カテゴリー「第5回国民大集会(2003/5/7)」の記事

2003年5月 7日 (水)

第5回国民大集会(目次)

1.開会
2.帰国被害者の挨拶(5名)
3.ゲスト挨拶
ゲスト挨拶1
石破氏・安倍氏・中山氏・石原氏
ゲスト挨拶2
崔祐英さん・キム・ソン・ホさん・安明進さん
ノルベルト・フォラツェンさん・ブラウンバック米上院議員

4.荒木和博氏報告
5.家族からの訴え
6.大会関係者挨拶
7.閉会
8.レポートを終えて

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第5回国民大集会(1)

2003年5月7日(東京フォーラム)
1 開会  開式 櫻井よしこさん(司会)

みなさまこんばんは。

(おちついたゆっくりした声、拍手、会場からこんばんは~の声)

只今より第5回国民大集会を開催させていただきます。
きょうはまず最初に、みなさま方に心からのに御礼とお詫びを、申し上げなければなりません。
この広い会場にいっぱいに多くの人たちが来てくださいました。それと同時に1000人を超える人たちが会場にはいれることができずにお帰りになられました。(拍手)
日本国民の『拉致はテロである。決して許すことができない』という思いでご参集くださったみなさま方、会場に入りきれずにお帰りになった皆様方、その全員の方々に心からのお詫びと、そして来てくださった事へ心からの御礼を申し上げます。

1977年に 横田めぐみさん、久米裕さんが拉致され、それから26年間が過ぎました。
長い四半世紀を越える時間がが流れ、ようやく5人の方々が戻ってこられました。
私たちは、5人の皆さん方の帰国にどよめきました。
しかし未だに5人の方々のご家族の皆さん方は戻ってきてはおりません。多くのその他の人々は消息さえもわかりません。
私たちが愛する家族のひとりびとりの消息が明らかになっていない一方でいくつかのことも判明してまいりました。それは北朝鮮に拉致された人々は60年代から姿を消しているという事でございます。1960代から~1990代の始めまで拉致は続いていたとみなければならない状況がおきております。

日朝交渉がはじまったのが91年でございます。テーブルの上で日本と北朝鮮の友好をうたいそして国交正常化の交渉を行う一方で、卑劣なテロであります拉致事件は続いていたわけです。私たちは北朝鮮によるこのような拉致をけ・っ・し・て許すことはありません。

           (会場大きな拍手)

またこの拉致を只放置する日本の外交のメカニズムもけ・っ・し・て許すことはありません。
また日本国民、そして韓国の国民の皆さん方も含めて卑劣な拉致の犠牲者になっているの事態を見て見ぬふりをして無気力に只受け入れることも、私達はけ・っ・し・て許すことはありません。
日本人から拉致された全ての人々、韓国から拉致された全て人々、卑劣なテロ行為であります拉致の犠牲者を全員救い出すために、私達はまた今日ここに集い気持ちを新たにして共に手を携えながら、助け合いながら励まし合いながら進んでいきたいと思います。
           
               (拍手)

新たな決意を胸にこの会を進行して参りますけれども、まず北朝鮮の拉致被害者家族会代表の横田滋さんに開会の辞をおねがいします。

2.開会  開会の辞 横田滋さん

只今ご紹介頂きました拉致被害者家族連絡会の横田でございます。本日はお忙しい中、第五回国民大集会に大勢の方にお集まり頂き厚く御礼申し上げます。初めて5千人規模の会場を選んだわけでございまして、私たちはどのくらいの方にきて頂けるかとちょっと心配しておりましたんですが、杞憂に終わりました。
この姿を金正日に、是非みせてやりたい気がします。

             (大きな拍手)(そうだ~)

今までは『各家族会』『救う会』『行動する議員連盟』『地方議員の会』の主催でございましたが、今年はこれに加えまして『特定失踪者問題調査会』それから『北朝鮮による拉致被害者の救出に取り組む法律家の会』の6者で共催で行うことになりました。
昨年9月金正日は拉致を認めたにも関わらず8ヶ月以上(7ヶ月?)たった現在、5人の被害者は家族を残して帰国してから6ヶ月経過いたしました。この間は北朝鮮は蓮池さん地村さん曽我さんの家族人質として抑留し続け、横田めぐみら生存未確認者確認者10人に対して日本政府が提起した150の質問に一切こたえず、また15人以外の多くの拉致の真相を隠蔽した状態です。
この状態を打破するために我々は(家族会では)3月にはワシントン東部をおとずれました。また4月には国連に訴えるために(国連人権委員会)ジュネーブにも行きましたし、『民間との対話』ということでロサンゼルスも訪れております。

今こそ拉致問題の解決を図らなければならない時です。
そのためには日本国内で被害者、家族、支援者、政府、国民が一体となって救出の声をあげていくほか米国、韓国をはじめ国際社会に強い支持を得て金正日政権に対して拉致問題の完全な解決を断固として求めていくことになります。(拍手)
金正日政権は拉致問題すでにほとんど解決したとし論議する必要もないと主張していますがどうかみなさま最後までいろんなかたが来ておりますし。。。家族の声もありますのでお聞き頂き拉致の真相を、最後までお聞き頂きたいと思います。

          (大きな拍手)


いつもの、やさしい横田節、5000人の会場が満席の喜びが笑顔に表れていました。

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第5回国民大集会(2)

1.帰国被害者の挨拶 地村保志さん

《桜井さん(司会)》
ではここで四半世紀ぶりに日本の地を踏みました5人の方々にご挨拶をお願いしたいと思います。いろんな事情がございますのでみなさん方はここでご挨拶を頂いたあと、別室にさがりましてこの会の模様を見守ることになっています。
では5人の皆様方どうぞ。

帰国の5人会場中央へ
(長い拍手なりやまず)
台上中央に舞台右手から地村夫妻 蓮池夫妻 曽我さん、男性2人はダークスーツ、冨貴恵さんはピンクのスーツ、祐木子さんは淡いオレンジのスーツ、ひとみさんは、紺のブレザーに白のブラウス、プリントのスカート5人とも胸にブルーリボン、バッチはない。
舞台に向かって右側に、来賓(石原氏、石破氏、安倍氏、中山氏)、拉致議連議員他の席、左手に家族会(横田夫妻をはじめ帰国、未帰国被害者の家族)救う会の席、中央に演台、舞台後ろにはワイドスクリーンで発言者を大きく写し出し、2F席からも表情がよくみてとれた。客席右に手話通訳席が設けられ、耳の不自由な方も手話でこの大会をしっかり受け止めていた。
舞台向かって左手横にカメラマン席、目視で10台以上のテレビカメラ他新聞雑誌などのカメラ。
5人は演台の前で話し始めた。

《地村保志さん挨拶》
今日はお忙しい中、私たちの拉致問題解決のため沢山のみなさんにお集まり頂き、まことにありがとうございます。昨年私たちは帰国しまして約7ヶ月がすぎようとしていますがおかげさまで帰国しその間みなさまの絶大なるご支援とご協力の支えにより、きょうは帰国した当時と少しちがった面もち(気持ち)でこの場に立つことができました。またこの4月からは夫婦揃って仕事を頂いて二十数年前と同じように社会復帰もはたしました。

(大きな拍手、鳴り止むのを待つようにして。。)

これひとえに私たちの帰国を暖かく迎えてくださり、物心両面で支援をしてくださったみなさまのおかげと深く感謝しております。(拍手)

しかしご存じのとおり、まだ北朝鮮に残してきました家族との再開を果たせぬまま今日に至っております。この問題につきましては、日本政府の責任ある対応によりまして、早期解決するものと信じておりますが、これにはみなさまの深いご理解と認識そしてご協力とご支援がなくては難しいと思っております。

そういった意味で今回の大会が成功裏におわることを心から望んでいます。
最後にみなさんの変わらぬご支援とご協力を再度お願い申し上げ、挨拶に代えさせて頂きます。

               (大きな拍手)
          
朴訥とした地村さんの話し方はTVで拝見するのと同じに優しさがあふれていました。
地村さんの感謝の気持ちと、これから私たちに期待することの重さを、訥々とした話しことばのはしばしに感じました。
誠実な人柄、北朝鮮できっと随分自分を押さえて耐えてきたからこそ、あのようにお話になれるのだと思いました。
支援と声をあげ、私たち市民が彼らを後押ししなければならない。必ず経済制裁などの北に対する圧力を政府に実行させなくてはと、思いを新たにしました。
どうぞ、参加できなかった方も、同じ想いを感じ取って頂きたいと思います。

2.帰国被害者の挨拶 地村富貴恵さん(浜本)
みなさんの励ましと支援の中でおかげさまで私も職場にもだんだん慣れて生活に張りがでてまいりました。本当に帰ってこられてどんなにか良かったと思う毎日です。
本当にありがとうごさいました。

              (大きな拍手)

でも、日がたつに連れて、子どもたちへの想いは募るばかりです。親が子を、子が親を慕う想いはここに参加しているお父様、お母様も一緒だと思います。私は今、親兄弟の愛を受けながら暮らしていますが子どもたちには誰もいません。
どうか早く逢わせてください。みなさんのご支援とご協力、もっともっとお願いします。

              (盛大な拍手)

『帰ってこれてどんなにか良かったと思うと』というところでは、明るい富貴恵さんの笑顔が印象的でした。
募るお子さまたちへの想いを早く叶えて差し上げたい。
もうこれ以上耐えるのはあまりにかわいそうです。
まわりは、目がしらを押さえる人、ハンカチをバックから取り出す人が目立ちました。
拉致問題の解決なしに、食料援助などありえません。

3.帰国被害者の挨拶 蓮池薫さん
拉致問題まだ拉致疑惑と言われていた時、孤独とそれから絶望の中でうちの両親たちは私たちの救出運動を続けていました。その中で一筋の希望そして勇気と力を得たのはみなさまのくださった署名であり、又そのときにかけてくださった『がんばってください』という一言でした。

             (おおきな拍手)
             
そして私たちが帰国して日本に留まって子どもを待つという決心をし、その後一向に先の見えないそういう不安の中でも子供達を迎える準備をし、そして社会復帰の一歩一歩を歩んでこれたのも、みなさまの下さった励ましの手紙と声援と支援でした。

(支援協力がなければ)そのような拉致問題解決のための気運が高まることはなかったでしょうし夢にも思わなかった我々の帰国、帰郷という事実はありえなかったと思います。
現在我々が、私たちのひとつの又最大の願い、(それは)やはり子供達北朝鮮に残してきた子供達が1日も早く帰ってきてそして自分の意志で家族で自分の将来をきめるという、そのことです。
           (拍手)
我々、わたしたちは本当に、自分の意志に反して拉致されていった以上、これは我々が日本に留まって子供たちを待つというのは当然のことであり、(拍手)だれにも指示されたわけでもありません。(拍手)ありがとうございました。

只、言うか言われないかという事情、子供たちに知らせることができなかったという事情をすべて話し、そういうことを知った上で、本当に子供たちが自分の意思で将来を決めていく、これは我々の当然の権利であると思います。(拍手)

本当に我々の願いは平凡でありながら切実な願いであります。
我々はこの問題がみなさまの支援なくしては到底解決できないものと思っています。(拍手)
特に、今情勢が流動的な現在、みなさまの支援とご声援によって問題解決の気運がさらに高まることを心からお願い申し上げます。

                (大きな拍手)

4.帰国被害者の挨拶 蓮池祐木子さん(奥戸)

(さらに大きな拍手)

日本に帰ってきて7ヶ月、羽田空港であんなに沢山の方々が私たちを迎えてくれるとは夢にも思っていませんでした。歳月がたつに連れ、両親に私たちが元気でいることを伝えたいという気持ちが大きかったのですがどうしようもありませんでした。
元気でいてくれるのか、夜月を眺めながら思ったものでした。

それが、24年ぶりに現実となり、再会することができました。
両親は老人になり、私も中年になりました。本当に長い間離ればなれになっていたということを痛感しました。この日を迎えるために長い長い年月信念を持ってこの問題をなんとか解決しようと活動してくださった方々のおかげで私たちが帰ってこれたんだと思っています。心から感謝しております。(拍手)
そして、私たちの出身はもちろん全国各地から激励のお手紙をたくさん頂き大きな励みとなっています。(大きな拍手)
有り難くて何回も読み返したお手紙もありました。本当にありがとうございます。(拍手)
日が経つにつれ日本で子供たちを待つ決心をしたことをつくづく良かったと思っています。(拍手)

半日あったら行って連れて帰ってこれるところなのに、子供たちがいる大学もわかっているのにと考えるとたまらなくなるときもあります。いつも心の中で元気でいてほしいと、いつ帰ってきてもいいようにみんな待っているのだからと思います。

子供たちと1日も早く会える日を信じて、精一杯頑張ります。これからもご支援お願いします。
             (大きな拍手)
こんど東京に来るときは、子供たちを迎えに来るときだと思っています。
           (『そうだ』の掛け声と拍手)
こんなに多くの方がこの集会に参加して頂いて本当にありがとうございます。(拍手)


◆お二人とも、はっきりと『日本で子供を待つ』と、『自分たちで決めた』と仰いました。そして『日本で待つことに決めて良かった』と仰っています。『北に一度帰れ』などと言っていた識者のみなさんに会場に来てていただき、このはっきりとした発言を生で聞いてほしかったです。
上へ 2-5.帰国被害者挨拶 曽我ひとみさん  下へ
《曽我ひとみさん挨拶》
こんばんは。(客席からも『こんばんは』の声)
本日は行方のわからないわたしの母のことを知って頂きたくて佐渡からまいりました。
母について申し上げる前に日本に来て以来全国のみなさんから頂いた貴重なご支援に対してこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。
また先日は肺ガンの手術を受けご心配をおかけしてしまいました。
みなさん、重ね重ねのご支援に感謝しております。

さて日本に来るまでは、母は日本に暮らしていると思っておりました。大好きな、そして心の支えでもありましたので、北朝鮮にいる家族にも母のことはよく話をして聞かせておりました。
24年前に私と共にいなくなってしまったきりだと知った時、信じられないというショックで、呆然とし涙が止まりませんでした。
佐渡の実家に残された母の着物や日用品を見るのがとても辛く感じました。日本に来てしばらくはそれを見ながら毎晩泣いていました。
この半年の間いろいろな体験をさせていただき、だんだん日本の生活にも馴染むにつれて、冷静になってみると北朝鮮にいる家族のことと同様に母の事がとても気がかりになってきました。

一週間まえに私はある夢をみました。その夢はとても悲しく辛く信じられない夢でした。
母が死んだということがテレビで放映されている夢でした。朝起きてからそのことを考えると一日中何も手につきませんでした。突然の夢に心の中に、大きな穴が開いてしまったようで寂しさを堪えられませんでした。

しかしそのあとで、私は思いました。これは絶対夢で、現実ではないと。(拍手)
母に会ったら『生きていてくれてありがとう』とお互いに強く抱き合いながら涙が枯れるまで泣いてみたいです。(拍手)
まだまだ娘としてしてあげたいこと、そしてしてほしいことが数え切れないほどいっぱいあります。この24年間は母の大切さをとても深く感じる結果となってしまいました。生死もはっきりしない家族を想うことは辛く辛くほんとに苦しいことです。今日ここにいらっしゃる被害者の方々は、そのことを一番わかってくださると思っております。

明日からは又、心から願っているその日のために力を合わせて強く強く前進してください。
わたしも。(拍手)
今拉致被害者として手厚い保護を受けておりますが、わたしも母の行方を知りたい家族のひとりとして、なにか少しでもお手伝いさせていただきたいと思い、この国民大集会に参りました。

今日はお忙しい中を参加してくださった国民の皆さんに心から感謝しています。(拍手)
家族の大切さ、家族の絆の深さを少しでも理解していただければありがたく思います。
国民のみなさんの強い力を信じております。よろしくお願いします。
わたしの話をお聞きいただきほんとうにありがとうございます。
 
             (盛大な拍手)

《櫻井さん(司会)》
地村さん、冨貴恵さん、蓮池さん 祐木子さん、そして曽我ひとみさんありがとうございました。
私たちはこの5人のみなさんをここに迎えている喜びとともに、ここにいない多くの人々の哀しみも知っていたはずです。壇上に座っていらっしゃる拉致被害者の家族の皆さん方の哀しみを思いますと、私たちはここでもう一度、全ての人達が救われるまでは、みんなで力をあわせて、け・っ・し・て 諦めることはしないということを、大きな拍手でしめそうではありませんか。(長い長い拍手)
ありがとうございました。
わたしたちは、け・っ・し・て ここにいない人たちを忘れることはありません。



◆曽我さんの夢は、逆夢に間違いありません。『絶対夢で、現実ではないと』とのことばを聞いて曽我さんの強さを改めて感じました。北朝鮮のご家族とお母様と全員が帰国できますように。
ベーカー大使との面会の実現は解決に向け、心強いものになりましたね。

桜井さんの『け・っ・し・て』と『全ての』と『忘れることはありません』ということばには、力がこもり、心から被害者と家族を支援する気持ちがよく表れて胸に響くものがありました。

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第5回国民大集会(3)

1.ゲスト挨拶 石破茂防衛庁長官

《桜井さん(司会)》
私たちはけ・っ・し・てここにいない人たちを忘れることはありません。
このことは私たち国民の代表であります政治家にもそのことを忘れては頂きたくないと思います。
   
     (そうだ~!よ~し!などの掛け声、大きな拍手)

この会場には、今まで拉致問題の解決に力を尽くしてくださった多くの政治家の皆様方がいらしています。
まず現職の防衛庁長官、石破茂さんにご挨拶を頂きたいと思います。(拍手)
石破さんは防衛庁長官になられる前まで拉致議連の会長をしておられました。
家族にとっても多くの力を頂きました。石破さんお願いします。(拍手)
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 《石破茂防衛庁長官挨拶》
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石原都知事そしてまた多くの国会議員の先生方がご臨席いただいております。前に(拉致議連の)会長を務めていたという事で先にご挨拶をさせていただきます。失礼をお許しいただきたいと思います。

昨年の9月にやっぱりこういった会合をやりました。もっともっと小さな会場でした。一年たって『ほんとに努力というものは実るものだ。誠意というものは報われることがあるものだ。』というそういう思いを新たにしておるところでございます。 (大きな拍手)
(拍手の中)多くの方のご尽力に心から厚く御礼を申し上げます。(拍手)

9月17日、小泉総理が訪朝なさった日、覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、ほんとに雨の降る日でございました。強い雨の降る中、私たちは総理がいい知らせを持って帰ってきてくださる、そういう思いで家族のみなさま、家族会のみなさん、議連の同士のみなさん方と待ち焦がれておりました。外務省の飯倉公館に場所を移しまして届いた知らせというのは余りにも残酷なものでした。私は恥ずかしいのですが私自身余りのショックに言葉もでなかった。

            (周りからすすり泣きの声)

ありありと覚えていますがその話を一家族(ひとかぞく)一家族に外務省が説明をした。横田ご夫妻は、奥様の、お母さんの早紀江さんは、『私は絶対信じない』ということをきっぱりいわれた。私は本当にあれに勝る感動というものを受けた事はありません。

そして大事なことは日本国政府と国民と家族とこれから心をひとつにすることだと思っています。(拍手)家族会のみなさんと、そして帰ってこられた方々、国民、日本国政府、その思いがひとつになることがこの拉致問題を解決し大きな喜びを迎えるための最も大事なことだと私は思っております。(大きな拍手)
   
本日は政府から安倍官房副長官、あるいは米田内閣副大臣同士の方々がおいでになっております。
私たちは政府の中にあって国民の気持ち、家族の気持ち、そしてその政府が一体になり最大限の努力を今後してまいる所存であります。(拍手) したがいまして私たちは『テロにはけっして屈しない』『脅しにはけっして屈しない』 (拍手)この体質がなければなりません。
   (わきあがる長い拍手、掛け声が会場あちこちから) 
体質だけではなくこの拉致問題に我々取り組むにあたって『主権国家とはなにか』『国家とは何か』これが問いかけられているのだと思います。(拍手)
(拍手のを断ち切るように言葉を早めて)私たちはけっして脅しに屈することがないように、そういうような国の形成を行っていきたい。そして日本国、そして合衆国、韓国、そして多くの国々が一致してこの問題に取り組むようにと思っています。

去年の今ごろは、私たちは政府にお願いしてもなかなかやっていただけないので、この拉致問題を解説した英語のパンフレットを議連が自費で作りました。それをもって世界中を回りました。そして国連人権委員会にも訴えました。去年、たった一年前です。たった一年前には、それを訴えても誰も聞いてくれなかった。しかしこの一年間で国連の人権委員会でこれをもう一回審議しましょうというところまできたんです。

(力強く)努力をすれは、必ず実る。(拍手) 一年後に全員帰国という実りとして報われるように私どもとしても最善の努力をしていきたいと思います。我々の願いがほんとうに実る、日本国が国家として、再び大きく羽ばたいて行くその日まで、私達もみなさまとともに、努力したいと存じます。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。(拍手)
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《桜井さん(司会)》 
ありがとうございます。日本国が国家としてこの拉致に取り組むという力強いお言葉を頂きました。おおいに期待をしたいと思います。

力強いことばに会場は熱気を帯びてきた。掛け声も大きくなり身を乗り出して聞く人もいた。
3F席最後部は、やはり見難いらしく、2F席前の階段に来て、そこに座って見る人も随分いた。
桜井さんは最後のコメントをまるで会場とともにこの発言を確認し記憶するように言った。

2.ゲスト挨拶 石原慎太郎都知事
《櫻井さん(司会)》
拉致はまぎれもなくテロであるとはっきりと仰っている都知事の石原慎太郎さんおいでいただきました。
             (われるような拍手)

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 《石原慎太郎都知事挨拶》
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石原でございます。あの、私たちは昨年ある2つの出来事をきっかけに敗戦以来忘れていたものをようやく自分自身のものとして取り戻します。
それは、自分がまぎれもなく日本人という民族に属していること一員であるということ、それからまぎれもなく日本という国家社会に属している一員であるということですね。私たちはまずそれを最初に日本で催されたワールドカップで感じましたね。やっぱりとにかく我れを忘れて日本に声援を送らざるを得なくなった。あのときの心境というのはもう理屈を超えたやっぱり一番根源的なものだったと思います。
そして、この拉致事件なるものが正式にクローズアップされる、政治的問題として社会的にも登録された時に、帰還された5人の方々、そしてそれを待ちわび続けたですねご家族の方、そしてなお行方知れずの自分の肉親を思って余りある家族の方々のおかげで『これは大変なことなんだ。自分は同じ日本人なんだ。同じ日本人がこういう目に遭ったんだ。』ということを私たちはまぁ痛感しました。これはとっても大切な事なんだと思います。(拍手)
私たちはやはり日本の風土の中で同じ伝統ある文化の中ではぐぐまれて、共通の情念なり、感性というものを育てて日本人として形成されてきた、そういうことを相対的世界の中での立場というものを私たちが認識したということは非常に大切なことだと思う。

私はこの事件を私なりに考えてまいりましたし24年国会にいました間にも、外務委員会でも質問を相当しました。そのたんびにはずされてました。まぁ国会で質問してもどうなるものでもなかったんですがそういう苦い経験もしました。まぁある時点で決心をして『日本というのは去勢された考えの国なのだ』いうことばを残しまして国会を後にすることにしたのですが。(拍手)

今でも覚えていますが、日本でも上映されましたが、昔みなさんも知ってると思うが『風とライオン』という映画がありました。日本に戦争を布告したフランクリン・ルーズベルトの叔父さんのセオドア・ルーズベルトが大統領をやっていた時、アフリカを旅行していたアメリカ人の中学校の先生、女の先生です。子供連れだったんですけども、誘拐されましてモロッコのシークの大酋長のハーレムに入れられたんですね。それを知ったルーズベルトは即座に軍艦を送ってですね、大砲の火蓋をきって戦争をしかけた。そしてこの自分の同朋を取り戻した。
(断言するように)私はこれが、やはり国家だと思います。
    (大きな賛同の声、拍手)
    
国民の生命と財産を国家の権利責任において守るという事が国家の大原則だと思いますがそれを果たせない今日の日本の政府に、ほんとにこの政治家のひとりとして恥ずかしい思いが改めていたします。でも、私たちはいろんな力があるし可能性がある。それをですね相手に向かって誇示をすることでほんとの外交が進展していくと思います。この点で私は、なんで日本がこの事態になお、積極的に言ってみれば(きっぱりとした口調)報復を考えないのかわからない。
    (大きな拍手)

先日、ワシントンポストのインタビューを受けまして、今日言ってることとおんなじことを言いましたら、それがアメリカの新聞に載った瞬間にですね、北朝鮮は非常にヒステリックに反応してまして、私は日本の新聞にはいつも言ってることなんですが、アメリカの新聞にそれが載ったら非常にヒステリックに反応して、『石原のような病的な戦争論者、愛好者のような政治家を戴いているのは日本人の恥だ』というような論評が向こうの新聞に載りまして、これもまぁ外国の新聞記者から教えられましたが。それくらいですね、日本は舐められている。やっぱり欧米の論調というものをあの国は気にせざるをえない。
ならばなんで私たちはせめて(義憤に満ちて)日本は経済的な報復を、経済制裁というものをしないのか、私にはわからない。
          (大きな拍手 掛け声)
具体的な事案はたくさんあります。私の個人事務所のすぐ前に大阪経済法律大学というまことにわけのわからない-大阪に本拠があるようですが-大学がある10階だての建物ですが、だれも住んでいない。これは北朝鮮系のですね学校のようですけど資産としてそのビルを構えているけれども、大学並に固定資産税も地方税も払っておりません。この他ですね、美濃部時代に-あの人は社会主義と自由主義が戦争をして完全に社会主義に自由主義が負けたと言って金日成に最敬礼した人ですけど-この時代に北朝鮮系のいろいろな施設にもこれを在外公館並に扱って無税にしました。これは非常におかしな話で、昨年から調査しましてこれには私は東京都の責任で課税をしてまいります 。
     (われんばかりの拍手)(がんばれ~、やれ~の声)

大事なことはですね、具・体・的に、具・体・的に一つずつ事を重ねていかないと、絶対動かないんです。怒りの言葉、哀しみのことばはいくらでも出てくるでしょうが、それだけではやはり相手は絶対に動かない。私はやはり、政治家の責任として政治的に具体的に事をこうじて、これを積み重ねていくことではっきり日本の国家としての日本人の民族としての意識と意思というものを相手に伝えない限り(決然と強い口調)私たちの失われた同胞は帰ってこないと私は思っています。
           (拍手、そうだ~の声)
東京は東京の責任でやってまいります。国は国の責任でやってもらいたい。
           (大きな拍手)
             
米を送れば失った被害者が帰ってくるなどと言ったバカな外務大臣がいたが、そういう政策をしても誰も帰ってこないのはみなさんよく承知しているはずだ。(拍手)
やっぱり私たちは同朋を取り戻すために、積・極・的に、具・体・的に事を重ねていくという、その施策というものを国民が支持してくださらなかったら、これはですね政治家、政治は動かない。
(はっきりと)東京は東京の責任で一生懸命でやります。
         (大きな拍手)

私はたくさん方々がこの問題で集まられたのを見て、なんか残念なことに戦後50年日本が失ってしまった『垂直の倫理』立場、年代、世代を越えたですね、人間が人間として持ち続けていかなくてはならない心遣いを含めたですね、人間の垂直な出会いとか世代を越えた原理、倫理とかがまだやっぱり日本人に残っているなぁと思った。
頑張ってください。 (うずまく拍手)

【 桜井さん(司会)】
ありがとうございました。非常に勇気づけられる石原都知事のことばでした。


前半は緩やかに、後半になると早口でたたみ込むように強い口調で、石原氏は話しました。
会場は一気に熱気を帯び、感動で涙を流す人、声援の声を上げる人、かけ声をかける人が多くいました。
きっぱりと東京は具体策を実施すると明言したのです。
会場にいた人たちは強い感動を思い出してください。
いなかった人はこれを読みとってください。
国の無策を憂えるこの訴えに、政府はどう答えるのでしょうか。
国も積極的に具体的に動くべきです。


3.ゲスト挨拶 安倍晋三官房副長官

《櫻井さん(司会)》 
拉致被害者のみなさまがたがきわめて強い信頼を寄せてる政府関係者が安倍晋三官房副長官でいらっしゃいます。ご挨拶をお願いします。(長いおおきな拍手)
━━━━━━━━━━━━━━
 《安倍晋三官房副長官挨拶》
━━━━━━━━━━━━━━

 皆さんこんばんは。(会場から声をそろえて『こんばんは』の声)
ご紹介いただきました安倍晋三でございます。本日のこの国民大集会の開催にあたりましてこの家族会の皆様、救う会の皆様、多くの関係者ボランティアの皆さんに本当に心から敬意を表したいとこういう風に思います。そしてまた海を渡って参加していただいた韓国の拉致被害者のみなさんにも心から感謝申し上げたい。(拍手)

昨年の9/17日小泉総理とともに訪朝いたしました。東京におられた石破長官とともに私も北朝側からの報告を聞いて私もことばを失ったわけでございます。
しかしその結果10/15日、5人の拉致被害者の方々は24年ぶりに日本の土を踏むことができた訳でございます。これは本当に24年間、こどもたちを、兄弟たちを、生活を犠牲にして、仕事を犠牲にして一生懸命探しつづけたご家族の皆様の家族の絆、愛情として家族同士の団結の結果でございます。本当にそう思うのであります。(拍手)
                           
24年間、本当に長い年月であります。何故もっと早くこうした糸口を見つけることができなかったのか、我々政府としても是非とも考えなくてはならない点が多々あると思います。
そしてまた石原都知事が、石破長官が仰った通り、『日本は国家としてどうあるべきか』本当にそのことを考えました。(拍手)

しかし、今一番大切なことは5人の被害者の方の家族を、子供達をその両親のもとに、母親のもとに取り戻すことあります。(拍手)そして、北朝鮮によって『死んだ』といわれている8人の方々、『行方不明』といわれている2名の方々のの安否を私たちが納得する形で私たち自身でその安否を確認することです。

             (大きな拍手)
             
私と総理はこの原則を変える事はありません。(拍手)
拉致問題の解決によく落としどころということをいう人がありますが、『拉致問題自体にに落としどころはない』わけでございます。

          (『そうだ!』の大きな声、拍手)
          
我々、日本政府はけっして日本人を見捨てません。
そして又、『もしかしたら私の家族も』と捜索の申請をだされた方もたくさんおられるわけでございます。そういった方々の捜索も我々責任を持って、徹底して捜索を行っていきたいのです。そう考えているところであります。(拍手)
私は蓮池薫さんと大体同年代でございます。蓮池薫さんにおこったことは私におこったかも知れないのであります。同じ日本人におこったかもしれないのであります。

        (『そのとおり』と大きな声)
       
この問題は、単なる誘拐とかそうした事件とは違う問題なのです。この問題は、国家の安全保障上の問題なのである、そう考えております。(拍手)
我々はこの国を守る、日本人の生命と財産を守る大きな責任があるわけであります。
『国家としてこの問題を必ず解決をしていく』そういう決意を示すことが今の日本には大切じゃないだろうかそのように思う次第でございます。 (大きな拍手)

本日本当に多くの皆様にこの会場にご参集いただきました。
このみなさんの声は、この声は北朝鮮の指導者の耳に必ず届きます。
そして、今必ずまだ北朝鮮に残っている全ての方々にも届く、私はそう信じている。
我々は、拉致問題は必ず解決をするという結果をだすためにその責任を果たしていきたいとそう思っています。
大切なことは『国民のみなさんと我々政府、全ての日本人の声をひとつにしていくこと』だと思います。ひとつ、今後ともよろしくお願いいたします。
                  (拍手)

【 櫻井さん(司会)】
日本政府はひとりの国民も見捨てない。拉致問題は、日本国の安全保障上の問題であると言いきってくださった安倍官房副長官、私たちはそれが具体的に示されていった時に更なる全幅の信頼を安倍さんに寄せたいと思います。期待したいと思います。


家族の信頼を政府関係者としてこれからもしっかり受け止めて、具体的な形で実行していってほしいものです。
会場は、なにか連帯感のようなものが生まれ、掛け声や挨拶も自然にそろってきました。全体の気持ちが繋がっていくのを実感しました。

4.ゲスト挨拶 中山恭子官房参与

《櫻井さん(司会)》 
拉致被害者のみなさまが帰ってきて本当に頼りにしているのは中山恭子官房参与でいらっしゃいます。本当にやさしいお人柄ながら、非常にしっかりしたサポートをみなさんに与えてくださっています。中山さん、お願いいたします。(拍手)

 (『ごくろうさま~』と女性の大きな掛け声、会場、軽い笑いと拍手)
━━━━━━━━━━━━━━
 《中山恭子官房参与挨拶》
━━━━━━━━━━━━━━ 
みなさまこんばんは。(いつもの柔らかい口調)今夜この第五回国民大集会にこのようにたくさんの方々がご参集くださいまして大変ありがたく思っています。大変心強く思っております。ありがとうございます。

             (大きな拍手)
             
今まで、拉致被害者の方々が、そしてご家族の方々が二十数年間苦しんできたことを思えば、私どももできる限りのことをしなければならないと考えております。ここにご参集なさったみなさまも同じ考えだとおもいますが。(拍手)
私たちの仲間が拉致され、他の国に連れて行かれ音信不通になってしまっている、そのような時期が二十数年間続いてしまっているということは、決して許されない事だと考えております。(拍手)

なかなか思うように事が進まない状況ではございますけれど、日本の中の人々が心をひとつにして、あらゆる機会をつかい、国際社会にも訴え、日本自身としてできうるあらゆることを、なしうる全ての事をおこなって、被害者の方々--北朝鮮にいる方々--がもう一度母国日本の土を踏めるように、みんなが元気で帰国できますように、又、ご家族の方々--母国を知らない若い方々がいるかも知れません--その方々がもう一度自分の国の土を踏めますように、みんなが元気で帰ってこれますように、それまで一生懸命努力していきたいと考えております。

             (大きな拍手)

どうぞこれからもみなさまのご支援をお願いいたします。
みなさまのご支援なくしてはこの問題は解決に向かって進まないことと思います。
どうぞ最後まで見守り、なしうることをしてご支援くださいますように心からお願いいたします。
私どもも努力して参ります。よろしくお願いいたします。

            (感謝と励ましの拍手)
―――――――――――――――

《櫻井さん(司会)》 
中山参与はウズペキスタンからこの会のために急きょ戻ってくださいました。
ほんとうにありがとうございました。

◆会場にいると、中山さんの笑顔がどんなに拉致被害者と家族の力になっているかが伝わってきました。
被害者と家族の中山さんをじっと見つめる目に深い信頼を感じたからです。是非これからも頑張っていただきたいと思いました。
会場全体も、石破氏、石原氏の力強い挨拶の時とは違って、少し緊張から開放され優しい雰囲気になりました。


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第5回国民大集会(4)

5.ゲスト挨拶 チェ・ウ・ヨンさん
《櫻井さん(司会)》 
日本ではどれだけの人たちが拉致されているのかということがまだ特定されておりません。
特定失踪者問題調査会の調査のレポートによりますと、おそらく『300名以上の人々が拉致の可能性が排除しきれない形で失踪している』と、そこまではわかっております。
拉致の被害は、私たちが考える以上に大きく深刻なものがございます。

日本と同じように、もしくは日本よりも、もっと大・規・模・な拉致の被害にあっているのが韓国でございます。韓国の拉致被害者の家族の会のみなさま方と日本の家族会及び救う会は1999年以来交流関係をもち助け合ってまいりました。
そしてこの国民大集会にもそのたびに、チェ・ウ・ヨンさんたちが参加をしてくださいましたけれども、今年は7名のみなさまが来日してくださいました。
まず、拉致被害者家族協議会会長のチェ・ウ・ヨンさん、そして同じ会の総務のパク・ヨン・ホクさん、会員のキム・テ・オクさん、そして朝鮮戦争拉致被害者家族協議会の名誉理事長のイ・ミン・ギンさん、同理事長のキム・ソン・ホさん、キム・ヒョン・ギさん、そして運営委員のキム・ソン・チョンさんの7名でいらっしゃいます。(拍手)

韓国ではわかっているだけで私たちと同じ拉致の可能性を共有する拉致の犠牲者の方々が486名もいらっしゃいます。また、南北の朝鮮戦争当時に北に連れて行かれた、連行されてしまった人々、83,000人もの人々の行方が未だにわかっておりません。

       (『ゆるせねぇ~』との声)
     櫻井さんがそれに答えて(厳しく、はっきりと) 
       『許せません。本当に許・せ・ま・せ・ん。』
           (会場大きな拍手)

韓国の方々を代表いたしまして、韓国の拉致被害者家族協議会会長のチェ・ウ・ヨンさんにご挨拶をいただきたいと思います。チェさんは最初の会から5年連続、私たちと共に戦うために海を渡って駆けつけてくださいました。

              (大きな拍手)
《チェ・ウ・ヨンさん挨拶》(日本語で)
みなさんこんばんは (拍手)
韓国の拉致被害者家族団体を招待してくださった救う会の佐藤勝巳会長、家族会の横田滋代表、そしてこの集会を成功させようと努力された関係者のみなさまに感謝と尊敬を表し、申し上げます。(拍手)

私は去年9月韓国の拉致被害者家族協議会を代表して、『北朝鮮に拉致された日本人を救出するぞ、第4回国民大集会』に参加しました。私は今ここにいらっしゃる日本の拉致被害者家族とともに小泉総理のピョンヤン訪問が成功するように祈りました。これまで6年間、日本の拉致救出運動はキム・ジョン・イル(金正日)に日本人拉致の事実を認めさせ、謝罪までさせ、さらに5人の拉致された人々の国家への帰還を勝ちとりました。日本のみなさまがこれまで6年間活動してきたことに続けて北朝鮮を圧迫し続ければ、(強く)必ず残っている拉致被害者の帰還は勝ち取ることができるはずです。

              (大きな拍手)

拉致された韓国人の中には、犯人あるいは政治犯として収容所へ送られてしまった人もいます。私は金正日(キム・ジョン・イル)に要求します。
『キム・ジョン・イル(金正日)は直ちに、拉致された全ての日本人と韓国人を帰しなさい。』

              (大きな拍手)

私たち韓国の拉致被害者救出運動はまだまだ様々な障害があります。朝鮮戦争以後に拉致された486名のうちひとりも帰還が実現せず帰ることはできていません。
私たち韓国の拉致被害者家族協議会は日本の拉致被害者家族連絡会、救う会と国際的連帯を強化しようと考えています。
また、私たちは6月に訪米し、米国政府が北朝鮮の人権について設置する会に、韓国の拉致被害者の問題について言及してくださるように要請します。(拍手)
またヨーロッパ、中国や国連人権機構が日本の拉致問題だけでなく韓国の拉致問題についても言及するように努力します。

このたびの大集会が成功することを心より願っております。

              (大きな拍手)

《櫻井さん(司会)》 
チェ・ウ・ヨンさん本当に、ありがとうございました。
あなたのお父様も帰ってくるように、私たちも力をこめて貴女を応援したいと思います。


とても優しい声で、なめらかな日本語を使い、時には力をこめてチェ・ウ・ヨンさんは話されました。韓国には、また日本とは違った事情があることでしょうが、同じ想いの同士として、共に世界に訴えていくとの宣言に感動しました。

韓国の拉致問題の根の深さ、規模の大きさを実感し、改めて北朝鮮の犯罪に怒りを覚えるとともに、石原氏の言うとおり、具体的に目に見える形で日本の怒りを表して(報復)、相手に要求を伝え全員を取り返さなければと思いました。経済制裁賛成、万景峰号寄港反対、不買運動大賛成です。
それにしてもこの期に及んで経済制裁はないという川口外相に怒りを覚えます。

韓国の拉致被害者の方々にも一日も早く帰還して頂きたい。そのためにも国際的に北朝鮮を包囲していかなくてはなりません。

※韓国からのゲストの方のお名前は漢字表記が無理なので、櫻井さんの発音をカタカナ表記させていただきました。
6.ゲスト挨拶 キム・ソン・ホさん
《櫻井さん(司会)》
次に朝鮮戦争の時に拉致された被害者の家族協議会の理事長いらっしますキム・ソン・ホさんにご挨拶を、お願いします。キム・ソン・ホさんは今回初めてこの会に来ていただきました。通訳は荒木和博さんにお願いをいたします。

《キム・ソン・ホさん挨拶》
日本の皆さんこんばんは。(拍手)
まずい日本語で挨拶するのを許してください。(拍手)
私たちを招待してくださって、本当にありがとうございます。(拍手)
皆さんのおかげで、絶望的な私たちに希望が生まれました。

        (大きな拍手)

私たちは朝鮮戦争中に拉致された被害者の家族です。
日本の皆さんがこんなに多く集まったことに、ビックリしました。(拍手)
皆さんがここに集まった目的は、北朝鮮、キム・ジョン・イルのテロを糾弾すると共に、皆さまの家族を救うために燃える心で集まったと思います。(拍手)
この熱い力を韓国にもらっていきたいと思います。(拍手)

1952年五十数年前、韓国では、北朝鮮の共産軍によって占領されたすべてのところで各界の民間人が拉致されました。この席にいられる朝鮮家族会を創立したイ・ミン・ギン名誉理事長のお父さんは工場を経営していた有望なる実業家でした。ところが北朝鮮の警察が強制的に連れて行きました。
またキム・チョン・ヒさんは、お母さんの腹の中にあったときお母さんの出産前ですけどお父さんが鉄道業務を務めていたとき拉致されました。
私のお父さんも大学の教授だったんですけど、蒸し暑い9月23日、北朝鮮警察によって、拉致されました。
北朝鮮のテロリストは一万あまりの韓国の民間人を拉致したのです。。
しかしながら韓国の政府は拉致者の問題は特にわからないといいました。
けれども、私たちは、昨年2月大韓民国の政府が1952年公式的に作成した12,959名の拉致者名簿を発見したのです。
このよううな拉致行為はキム・イル・ソン秘密命令によって行われた『テロ』です。(拍手)

このようなことが、今も北朝鮮の政府に行われています。
日本の方に行った拉致テロはキム・イル・ソンの拉致を世襲したキム・ジョン・イルのテロ犯罪と思います。(拍手)
キム・ジョン・イルが日本の人たちを拉致したのも、韓国の人を拉致したものけっして許さない『テロ』だとと思います(拍手)
この問題は国際社会も容認されないけっして許されない犯罪だと思います。(拍手)

私たちは、日本の拉致被害者家族の皆さんと哀しみをを一緒にしながら、そして、まだ北朝鮮に残っていられる家族の送還と捜査に対する真相究明がいち早く達成できるよう祈ります。(拍手)
そして日本の皆さん、韓国の被害者家族の帰還も実現させるように力を合わせて戦ってくださ~い。

             (長い拍手)

アジアの平和と、世界の平和と、テロリスト金正日(キム・ジョン・イル)がなくなるまで奮闘します。日本の皆さん頑張ってください。私たちも頑張ります
どうもありがとうございました。

         (なりやまない拍手)(がんばれ~の声)
         
《櫻井さん(司会)》 
キム・ソン・ホさん一緒にがんばりましょう。ありがとうございました。

通訳の必要などなく、一言、一文、丁寧に力を込めて話してくださいました。
熱い想いが伝わってくる話し方でした。
韓国の拉致被害者のあまりに多いことに、愕然としました。

7.ゲスト挨拶 安明進さん
《櫻井さん(司会)》

次に元北朝鮮工作員で日本にもたびたびいらっしゃいまして、いらっしゃるたびに拉致された人々についての具体的情報を私たちに提供してくださいました。そして拉致されている人々、指導したとされている人々は必ず生きているということを、北朝鮮のことをよく知る人として言ってくださいました。安明進(アン・ミョン・ジン)さんお願いいたします。

        (大きな拍手鳴りやまず)
 
通訳は荒木さんにおねがいします。   (ありがとう~~の大きなかけ声)

《安明進さん(元北朝鮮工作員) 挨拶》
こちらこそ大変感謝をしなければなりません。(拍手)

97年のはじめに、初めてこの拉致の問題について証言して以来、自分がどうなるか、キム・ジョン・イルがどうなるか、あるいは拉致された人たちがどうなるかいろいろ考えました。失望した時もありました。

数万人の韓国人を拉致し数百万の北朝鮮の人々を飢え死にさせたキム・ジョン・イルは、今までただの一度も謝ったことはありませんでした。生まれてから両親にさえ謝ったことのないキム・ジョン・イルが日本の首相に謝ったという事を見まして、皆様の力に大変驚きました。(拍手)
その皆様方の、ここにいる関係者のみなさまの、努力が9月17日に実ったときに私は本当に感激をいたしました。
『過ちは必ず正される、そしてわからない事は必ず明らかになる』という事を、その時改めて確信をいたしました。(大きな拍手)

今日は『拉致はテロだ』というスローガンの基に皆さまはお集まりになったと思いますが、飛行機をハイジャックした人を普通テロ犯という風に言うのであります。飛行機の中にいる人を連れて行くほうがまだましではないかとすら、思うのであります。
北朝鮮のキム・ジョン・イルは北朝鮮という飛行機に日本人を拉致してきて乗せて、いつでも殺そうと思えばすぐ殺せるような状態でいるわけでございますから、これこそまさにテロ犯ではないでしょうか。(拍手)

ここにお集まりになっておられます日本の方、ご家族、そして韓国のご家族、この方々にお集まりいただいて、私としては大変うれしい気持ちでございます。(拍手)

いまも拉致されて帰ってこない多くの日本人たち、そして今ここに自分自身が韓国に浸透するためにそういう風な教育を受けた、その韓国人の教官のお母さんもおられるわけですが、その方々が救われてキム・ジョン・イルが最後の審判を受けるまで、みなさまの協力をお願いしたい次第でございます。

日本では多くの方々が拉致をされて、そしてこのような会が催されたわけでありますが、韓国では、数百人の方が拉致されても、このような場は持たれた事はございません。
皆様のこのお力が韓国にも伝わって、拉致をされた韓国人を救出するように、韓国の人たちが立ち上がってくれるように期待するものであります。

みなさま方の志とそして、力と努力は必ず実現すると考えます。カムサムニダ(ありがとうございました。)

《櫻井さん(司会)》
安明進さん、ありがとうございました。

命をかけて証言を続けてくれている安明進さんに、会場から心のこもった感謝の拍手が送られていました。初めて生で彼の姿を見、話を聞きましたが、強い正義感を持つ人だと感じました。
韓国の拉致被害者の救出運動がもっと盛り上げる為にも、日本の北朝鮮に対する強い姿勢が必要になると思います。
8.ゲスト挨拶 ノルベルト・フォラツェンさん
《櫻井さん司会》
次に、ノルベルト・フォラツェンさんをご紹介いたします。(拍手)
北朝鮮を知りすぎた医師として本を書き、多くの国々で北朝鮮での実態をお話してくださいました。

(ありがとう~の声)(拍手)

国連の人権委員会での北朝鮮非難の決議はフォラツェンさんなしでは考えられなかった事です。
お願いいたします。 (拍手)

《ノルベルト・フォラツェンさん(ドイツ人医師)挨拶》 
こんにちは(日本語)(拍手)
(ドイツ語で以下通訳内容)
私はドイツ人の医師として、北朝鮮で一年間半暮らし働いてきました。
北朝鮮、この国は巨大な監獄です。人々は飢え、殺され、そして拷問され、あるいは強制監獄所に送られます。
北朝鮮の政府は罪のない日本人を拉致しているだけではなく、とりわけ自国民に対して、そして核の脅威というものによって全世界を脅迫しています。

私は横田めぐみさんのご両親に二年以上前にめぐり逢いました。めぐみさんは笑顔のかわいい女の子だったと聞いています。そしてその彼女が北朝鮮に拉致されました。
北朝鮮の子供たちは笑うことも泣くことももうしません。そしてきっと拉致された人々も同じだと思います。
北朝鮮というのは、医学的にみて緊急事態に陥っています。だから今治療しなければなりません。
日本政府は拉致された日本人を救うためだけではなくて、(写真をみせながら)このかわいそうな北朝鮮の子供たちを救うためにも、今この経済力を利用するべきだと思っています。

     (大きな拍手)

現在北朝鮮政府は、国際的なメディアのプレッシャーに悩まされております。そして、それに抵抗するために今、核というものの脅威を持ち出してまいりました。

中国も今徐々に北朝鮮から距離を置こうとしております。そして中国はそれに加えまして現在、悪性肺炎SARSの
圧力に悩んでおります。

日本の政府は今これを解決するために、人権とそれから核の問題とそして拉致の問題と全部コンビにして訴えかけていくべきだと思っております。(拍手