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2005年1月11日 (火)

北朝鮮の核弾頭が日本人を無差別大虐殺するリスク」の一つの捉え方

北朝鮮の核弾頭が日本人を無差別大虐殺するリスク」の一つの捉え方 

 2005年1月11日(火) 



私は「今乗っている飛行機が墜落する可能性は万が一以下だがゼロではない」とのニヒリズム(諦観)くらいはいつも持ち合わせながら日本まで米国経由片道20余時間の機中に命を委ねている(尤も2001.9.11以降米航空会社の飛行機は避けているが)。

「ソウルが火の海になる」などの北朝鮮のこれまでのテロの脅しは全てブラフ(はったり)だった。その一方でラングーン爆破テロ、大韓航空機爆破、外国人拉致、自国民虐殺などあまたの実際のテロ行為は、予告無く秘密裏に着実に実行し、バレたらシラを切るか逆ギレして下品にわめき散らす、こういうルール無視の、喧嘩のモラルの片鱗も恥も外聞もない小心者特有の意地汚いやり方が北朝鮮の常用戦術である。

だから今回の「経済制裁を宣戦布告と見なす」を額面通りに受けるのは馬鹿げているし北朝鮮の謀略にはまることに他ならぬが、かような狂人国家がいきなりミサイルを発射する確率は確かにゼロではないし、様々な汚い謀略を仕掛けて来る可能性は十分ある、日本の社会インフラを一時的にマヒさせるくらいは可能だろう。しかし制裁しなくとも北が同様なテロ・謀略を引き起こす可能性も十分あり(もうすでにやっている)、日本のメシで体力を付け野放しにされた刃物を持った狂人は間違いなくさらに殺人を重ねるだろう。「制裁を宣戦布告と見なす」という狂人のブラフに応じるのはこのリスクの先送り、どころかいずれ今以上のリスクをもたらす。そして経済制裁をする場合もしない場合も、さらわれた邦人同胞が全員無事解放される確率はそれぞれ100%でもゼロでもないが、制裁発動により金正日体制崩壊と解放が実現する“可能性が高い”と判断するから我々は制裁を強く要求している。

避けられない危機に直面した場合、リスク・ゼロの確実な解決方法は無いのが普通であり、リスクのより少ない方法を採択するのが危機管理の基本である、もちろんリスクを下げる可能な対処方策を予め講じた上で。そのリスクは①加害当事者、②被害当事者、③第三者の3極を頂点とするダイアグラム上のスタンスの違いで異なる。①加害当事者の金正日にとっては日本からの搾取で体制を強化・堅持し拉致被害者を社会から抹殺してしまうのが最も(自分が殺される)リスクが少ない。そして当然ながら、②の拉致被害者とその家族、同胞の解放を願う我々日本人にとってのリスクは金正日とは正反対になる。もはや①加害者と②被害者の平和的共存・共栄はありえない。そして③第三者の中で代案もないのに経済制裁に伴うリスクを針小棒大に言い立てるのは無責任な事勿れ主義者の問題先送り(あるいは北の幇間)に過ぎない(それを北朝鮮と南朝鮮の区別も知らぬ南米の人間が口にするなら分かるが)。

机上の空想・理想を現実にこじつけ「あってはならないこと」を「あるはずが無いこと」と勘違いして本当の意味の危機回避やリスク管理の努力をしてこなかった戦後の日本だが、今年は少し真面目に考える必要がありそうだ、ツケを払う時は必ず来るのだ、我々日本人だけが地球上で特別な存在ではない、毒素と腐腫瘍を孕んだヌエのような今の中国・北朝鮮に隣接する日本にとって、イラクやチェチェンの事態は対岸の火事ではない。中国・朝鮮半島が5年後、10年後、さらに100年後も今のまま安寧に存在し続ける可能性よりも、その体制が破綻し崩壊の過程で周囲も巻き込み数十万~百万単位の犠牲者が出るリスクのほうが相当に高いと私は考える。「経済制裁してテポドン撃たれたらどうするんだよ」と問題先送りモラトリアム派が脅してきたら「今日何もしないで明日殺される可能性の方がずっと高いから心配しなさんな」と脅し返そう。もとより不完全な人類が不完全な人類社会で生きる覚悟とはそういうものではないか。

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