法王死して私の下痢は続く
法王死して私の下痢は続く アンデスの声
鳳凰は不死身だが生身の法王は死ぬ。法王の死を悼み喪に服するよう、ブラジルもフィリピンもフランスもイギリスも大統領が国民に呼びかけた(政教分離は世界の非常識?)。カトリック教徒にとってのローマ法王の存在感は我々日本人(少なくとも無宗教の私)にはどうにもさっぱりわからぬが、たぶん彼等にとって民族・国家を超えた、国連よりも大切な精神的拠り所なのだろう。
植民時代の布教活動により国民の9割がカトリック教徒(リマの宗教裁判博物館には改宗に応じない先住民に対する往時のすさまじい拷問の様子が蝋人形で再現されている)となった当地では、今回の法王死去で昨日緊急政令が公布され3日間喪に服することになった。本日月曜も朝から街全体が静まり各教会で追悼ミサが行われている。ふだん付き合う中ではあまり意識しなかった、自分の知らない彼等の精神世界を垣間見た気分である。
その昔、英国教会圏の大学に滞在中、下宿屋のオバサンから「日本人のあなたは仏教徒でしょう?」と聞かれ私が「いえ、宗教は無い」と答えたら目を丸くして「宗教無しに人は生きられない、神がいないとみんな自殺しなきゃならないでしょう」と真面目に語り始めた。宗教が当たり前の国において無宗教にはアナーキストの印象があり物言いには注意を要する。アラブイスラム圏の仕事していたとき必要知識としてイスラムの本は色々と読んだが本はあくまで本、彼等の信心の心の襞の奥には部外者には窺い知れぬ部分がある。南米担当になるとき経験者から「ここのカトリックはいわば浄土真宗、みんな賛美歌は歌うが門徒のお経みたいなもんで、聖書をまともに読んでいる者は少ない」と聞いた。若い頃にプロテスタントの洗礼を受けた私の母の聖書には所々に赤線が引っ張ってあったが、そういうクソ真面目なのが(特に日本人の)新参信者の特徴らしい。南米の人々にとってカトリックは別に何もしなくても最初から精神・生活の中に溶け込んでいる空気のようなものなのである。
日本の天皇、ローマ法王、北朝鮮の独裁者を(不謹慎ながら)並べてみる。天皇制に反対する一部の日本人も人間としての皇族個人を嫌う者は少ないはずだ、天皇制大嫌いなあの本多勝一でさえ日本山岳会で出会った皇太子の人となりについては好感を持って高く評価していた。ヨハネパウロ二世の人柄は宗教・宗派・民族の壁を超えて広く敬愛されていた。で、一部の狂信者に支えられながら民族国境を越えて蛇蝎の如く憎まれ嫌われている金日成・正日親子、彼等は何をめざそうとしたのだろう。自信と自惚れ、自覚症状は似ているがその判断を下すのは他人である。ある価値観を人々が精神風土として受け入れ消化するのは理屈でも強制でもなく自身の良心からであり、寛容と慈愛を欠いた社会思想はいずれ必ず破綻する、膨大な屍とともに。
ところで私は先週水曜日に親不知の抜歯縫合手術して以来固形物が噛めず牛乳に浸したパンとヨーグルトだけ食べていたらずっと下痢ぎみで、今日ようやく抜糸の予定だったのに法王追悼休日で歯科医院も休業、私の下痢はまだ続くことになった。
―――――――――――――――――――
◆この記事が参考になった方は、下記バナーをクリックしてください。
鳳凰は不死身だが生身の法王は死ぬ。法王の死を悼み喪に服するよう、ブラジルもフィリピンもフランスもイギリスも大統領が国民に呼びかけた(政教分離は世界の非常識?)。カトリック教徒にとってのローマ法王の存在感は我々日本人(少なくとも無宗教の私)にはどうにもさっぱりわからぬが、たぶん彼等にとって民族・国家を超えた、国連よりも大切な精神的拠り所なのだろう。
植民時代の布教活動により国民の9割がカトリック教徒(リマの宗教裁判博物館には改宗に応じない先住民に対する往時のすさまじい拷問の様子が蝋人形で再現されている)となった当地では、今回の法王死去で昨日緊急政令が公布され3日間喪に服することになった。本日月曜も朝から街全体が静まり各教会で追悼ミサが行われている。ふだん付き合う中ではあまり意識しなかった、自分の知らない彼等の精神世界を垣間見た気分である。
その昔、英国教会圏の大学に滞在中、下宿屋のオバサンから「日本人のあなたは仏教徒でしょう?」と聞かれ私が「いえ、宗教は無い」と答えたら目を丸くして「宗教無しに人は生きられない、神がいないとみんな自殺しなきゃならないでしょう」と真面目に語り始めた。宗教が当たり前の国において無宗教にはアナーキストの印象があり物言いには注意を要する。アラブイスラム圏の仕事していたとき必要知識としてイスラムの本は色々と読んだが本はあくまで本、彼等の信心の心の襞の奥には部外者には窺い知れぬ部分がある。南米担当になるとき経験者から「ここのカトリックはいわば浄土真宗、みんな賛美歌は歌うが門徒のお経みたいなもんで、聖書をまともに読んでいる者は少ない」と聞いた。若い頃にプロテスタントの洗礼を受けた私の母の聖書には所々に赤線が引っ張ってあったが、そういうクソ真面目なのが(特に日本人の)新参信者の特徴らしい。南米の人々にとってカトリックは別に何もしなくても最初から精神・生活の中に溶け込んでいる空気のようなものなのである。
日本の天皇、ローマ法王、北朝鮮の独裁者を(不謹慎ながら)並べてみる。天皇制に反対する一部の日本人も人間としての皇族個人を嫌う者は少ないはずだ、天皇制大嫌いなあの本多勝一でさえ日本山岳会で出会った皇太子の人となりについては好感を持って高く評価していた。ヨハネパウロ二世の人柄は宗教・宗派・民族の壁を超えて広く敬愛されていた。で、一部の狂信者に支えられながら民族国境を越えて蛇蝎の如く憎まれ嫌われている金日成・正日親子、彼等は何をめざそうとしたのだろう。自信と自惚れ、自覚症状は似ているがその判断を下すのは他人である。ある価値観を人々が精神風土として受け入れ消化するのは理屈でも強制でもなく自身の良心からであり、寛容と慈愛を欠いた社会思想はいずれ必ず破綻する、膨大な屍とともに。
ところで私は先週水曜日に親不知の抜歯縫合手術して以来固形物が噛めず牛乳に浸したパンとヨーグルトだけ食べていたらずっと下痢ぎみで、今日ようやく抜糸の予定だったのに法王追悼休日で歯科医院も休業、私の下痢はまだ続くことになった。
―――――――――――――――――――
◆この記事が参考になった方は、下記バナーをクリックしてください。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。

























コメント