4.24日比谷集会(18)パネルディスカッション2
未帰還者家族によるパネルディスカッション 2

※司会 西岡力氏
同じよど号グループで、3人で一緒に暮らしているという手紙が来た松木薫さんのお姉さんの斉藤さんにも。今、薫さんが北朝鮮で思い出しているだろうな?と言う思い出は何かありますか?
斉藤文代さん(松木薫さんの長姉)
この間第3回実務者協議のときにですね。薫が北朝鮮で、母があの、たくさんカレーライスを作ってあげてたんでしょうね。たくさん私たちも食べましたけれども、その思い出があったと思うんですけれど。
北朝鮮で皆さんお世話になった方に「今日は僕がカレーライスを作って上げます」といって、作って何度か食べさせていただきました、と言う話をされたと。
言うことを聞いたときに、ああ本当に薫はいつもいつも優しい子だったのに、向こうに行ってもお母さんのことを忘れないで。いつもいつもそんなしてお父さんお母さんのことを忘れないで。そんなして日本のことを帰りたくって、辛抱して。なんとかして日本へ帰ってこなきゃいけないという気持ちと我慢強さと言うのを、本当にかわいそうだな、と思いました。
先月の18日ですかね、母が吐血いたしまして。救急車で運ばれて。本当にこれでもう今度は駄目なのかと私思いましたけども。やはり母は強いんですね。やっぱりどこの父母って強いなぁと私思いました。
胃がですね。先生に見せていただいたんですけど。胃カメラ通した所を見せていただいたんですけど、もうボロボロになってるんです。
それでもいつも病床で、ベッドで思うは薫のことばかり、毎日毎日思ってて。会いたい、会いたいという気持ちが毎日あったのか?と思うと可哀想で可哀想で。本・当・に・拉致された家族の皆さんが本・当・に・同じような苦しみを味わっているのかな?と思ったら、お母さんになんとしてでも会わせて上げなきゃと思ってですね。(拍手)私も一生懸命今看病しております。
母の苦しみは母だけで納めておきたいな、って。皆さん他の方にはこんなに苦しい思いをさせたくないなと言うことを顔を見るたびにいつも思います。私が涙を流すと母も泣きますのでなるべく泣かないように務めてるんですけど。私も泣き虫ですから、外に行ってずっと泣いては帰ってくるんですけど。
やっぱり見破られます。娘が泣いてるんだなというのは分かるんですね。
こんなことが皆苦しんでらっしゃるのかと思うと、家族会の方たち、皆歳を召して来てますので。こんな苦しい思いは母だけで十分だといつもいつも思っておりますので、何とか皆様助けてください。(拍手)生きてるうちに帰ってこられますように、よろしくお願いいたします。(拍手)
※司会 西岡力氏
何回かまわそうと思いますから、一回はなるべく短めに、(笑い声)全部話さなくても大丈夫ですから。
次は増元るみ子さんの弟さんの照明さんで。今日は新事務局長ではなくて。るみ姉と呼んでたそうですが、増元さんとしてお願いします。
増元照明さん(増元るみ子さんの弟)

あの、私・・・(会場より何か話しかける声)
はい?出身ですか?鹿児島県鹿児島市です。
私小さくて、小さい頃って本当に小さくて。中学1年のとき129センチだったことを私覚えてるんですけども。今でこそちょっと皆さんに偉そうなことを言ってますが、あの頃は自分でも言うのはなんですが、非常に可愛い子で。(笑い声)
るみ姉と非常に仲が良くて。家が小さかったもんですから、小さい頃は一緒に布団に入ったんですね。中学校になってもその癖が抜けなくて、中学校の低学年まで1年か2年のくらいまで、姉と一緒の布団で寝てたんです、本当に。それほど、私は4人きょうだいの末っ子で甘えん坊で、非常に私のことを可愛がってくれた姉でした。
大学に入って私がお酒を飲んでしまって、警察に捕まったんですね。まだ未成年だったもんですから。(笑い声)軽犯罪違反で、夜中でしたね。ほとんど1時2時でした。警察に捕まって始末書書かされた時に、家に電話して親父もいて。親父は怒ってるんですけども、結局るみ子が私を迎えに警察まで来てくれて、笑ってました。怒ることもなく笑っていました。そんな優しい姉でした。
私が大学、北海道なんですけど。北海道にいる間に必ず札幌の町を見せたい、小樽の町を見せたいというふうに思っていたんですけれど。それも叶わないままに、邪悪な金正日に北海道より寒い北朝鮮に連れて行かれてしまって、私は非常に怒っております。
札幌と言う町はきれいな町です。あんな平壌よりもっときれいな町です。(「その通り」の声)でもどう、どうすればいいんでしょう?北から帰ってきたら、また寒い国へ行けとは言えなくなってしまって、困ってるんです。早く日本に連れて帰って来て、あったかい鹿児島で過ごさせてやりたいと思っています。(拍手)
―――――――――――――――――――
◆この記事が参考になった方は、下記バナーをクリックしてください。


※司会 西岡力氏
同じよど号グループで、3人で一緒に暮らしているという手紙が来た松木薫さんのお姉さんの斉藤さんにも。今、薫さんが北朝鮮で思い出しているだろうな?と言う思い出は何かありますか?
斉藤文代さん(松木薫さんの長姉)
この間第3回実務者協議のときにですね。薫が北朝鮮で、母があの、たくさんカレーライスを作ってあげてたんでしょうね。たくさん私たちも食べましたけれども、その思い出があったと思うんですけれど。
北朝鮮で皆さんお世話になった方に「今日は僕がカレーライスを作って上げます」といって、作って何度か食べさせていただきました、と言う話をされたと。
言うことを聞いたときに、ああ本当に薫はいつもいつも優しい子だったのに、向こうに行ってもお母さんのことを忘れないで。いつもいつもそんなしてお父さんお母さんのことを忘れないで。そんなして日本のことを帰りたくって、辛抱して。なんとかして日本へ帰ってこなきゃいけないという気持ちと我慢強さと言うのを、本当にかわいそうだな、と思いました。
先月の18日ですかね、母が吐血いたしまして。救急車で運ばれて。本当にこれでもう今度は駄目なのかと私思いましたけども。やはり母は強いんですね。やっぱりどこの父母って強いなぁと私思いました。
胃がですね。先生に見せていただいたんですけど。胃カメラ通した所を見せていただいたんですけど、もうボロボロになってるんです。
それでもいつも病床で、ベッドで思うは薫のことばかり、毎日毎日思ってて。会いたい、会いたいという気持ちが毎日あったのか?と思うと可哀想で可哀想で。本・当・に・拉致された家族の皆さんが本・当・に・同じような苦しみを味わっているのかな?と思ったら、お母さんになんとしてでも会わせて上げなきゃと思ってですね。(拍手)私も一生懸命今看病しております。
母の苦しみは母だけで納めておきたいな、って。皆さん他の方にはこんなに苦しい思いをさせたくないなと言うことを顔を見るたびにいつも思います。私が涙を流すと母も泣きますのでなるべく泣かないように務めてるんですけど。私も泣き虫ですから、外に行ってずっと泣いては帰ってくるんですけど。
やっぱり見破られます。娘が泣いてるんだなというのは分かるんですね。
こんなことが皆苦しんでらっしゃるのかと思うと、家族会の方たち、皆歳を召して来てますので。こんな苦しい思いは母だけで十分だといつもいつも思っておりますので、何とか皆様助けてください。(拍手)生きてるうちに帰ってこられますように、よろしくお願いいたします。(拍手)
※司会 西岡力氏
何回かまわそうと思いますから、一回はなるべく短めに、(笑い声)全部話さなくても大丈夫ですから。
次は増元るみ子さんの弟さんの照明さんで。今日は新事務局長ではなくて。るみ姉と呼んでたそうですが、増元さんとしてお願いします。
増元照明さん(増元るみ子さんの弟)

あの、私・・・(会場より何か話しかける声)
はい?出身ですか?鹿児島県鹿児島市です。
私小さくて、小さい頃って本当に小さくて。中学1年のとき129センチだったことを私覚えてるんですけども。今でこそちょっと皆さんに偉そうなことを言ってますが、あの頃は自分でも言うのはなんですが、非常に可愛い子で。(笑い声)
るみ姉と非常に仲が良くて。家が小さかったもんですから、小さい頃は一緒に布団に入ったんですね。中学校になってもその癖が抜けなくて、中学校の低学年まで1年か2年のくらいまで、姉と一緒の布団で寝てたんです、本当に。それほど、私は4人きょうだいの末っ子で甘えん坊で、非常に私のことを可愛がってくれた姉でした。
大学に入って私がお酒を飲んでしまって、警察に捕まったんですね。まだ未成年だったもんですから。(笑い声)軽犯罪違反で、夜中でしたね。ほとんど1時2時でした。警察に捕まって始末書書かされた時に、家に電話して親父もいて。親父は怒ってるんですけども、結局るみ子が私を迎えに警察まで来てくれて、笑ってました。怒ることもなく笑っていました。そんな優しい姉でした。
私が大学、北海道なんですけど。北海道にいる間に必ず札幌の町を見せたい、小樽の町を見せたいというふうに思っていたんですけれど。それも叶わないままに、邪悪な金正日に北海道より寒い北朝鮮に連れて行かれてしまって、私は非常に怒っております。
札幌と言う町はきれいな町です。あんな平壌よりもっときれいな町です。(「その通り」の声)でもどう、どうすればいいんでしょう?北から帰ってきたら、また寒い国へ行けとは言えなくなってしまって、困ってるんです。早く日本に連れて帰って来て、あったかい鹿児島で過ごさせてやりたいと思っています。(拍手)
―――――――――――――――――――
◆この記事が参考になった方は、下記バナーをクリックしてください。

| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。

























コメント