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2005年8月28日 (日)

アジアの中で生きるために

中・露の海上封鎖演習は重大な行為だと思う。イージス艦が給油のために寄港するだけで、がなり出す北朝鮮に比べて、余りにも静かすぎる日本という国。ここにも拉致問題が進展しない素地がある。

momoedake管理人が書いているとおり、自己主張が主張すべきをはっきり主張して行かなくては、現在の東アジアでの国際関係を円滑に進めることはできない。

『靖国参拝をすると日本が戦争を始める』という飛躍した論理を共有する左の日本人は何時から生息しているのだろう?教科書が一部変わったからと言って、戦争をしたいと思う子どもは、今の日本には皆無だと思う。ゲームや携帯のほうがずっとおもしろいし、今の日本の子どもには残念ながら闘いなどできる『耐える』という精神を持ち合わせない。

街の監視カメラや犯罪者の情報を警察が把握することが人権に関わるという考え。
国の諜報機関の設置を治安維持法に繋がると考える人たち。
犯罪者の権利だけを守って、被害者の人権を置き去りにするマスコミや識者。
青山学院の英語の入試問題を非難する人たちは、現代の子どもの正直な実態を知っているのだろうか?

過去のトラウマだけに囚われて恐がり、必要なことを行ってこなかったことが、今の社会を生んでいる。拉致問題の放置もその中で生まれた。

戦争に勝った「正義の国がそんなことをするわけがない」「理想の共産主義は犯罪を犯さない」

終戦前後のソ連の行動は、正に火事場泥棒のようなものだった。北方四島をなんの苦もなくさらっていった。そのソ連は崩壊した。理想の制度とされたコルホーズ・ソホーズによる国家による集団経営は、競争と生産性を無視したため破綻した。

日本の社会保険庁などの腐敗は、ほとんどその縮図のようなものだ。日本の中には労働組合が勝ち取ってきた働く者の権利によってできあがった社会主義の「負」の部分が蔓延している。

私達は戦争をしたいとは思わない。
子どもが言う「戦争したいのは中国だ。一回やって勝ちたいんじゃないの?」

外国から言われたい放題。拉致もやられっぱなし。
いったい日本は何時からこのような国になったのかと思う。
私達は、素直に歴史を学びたい。

言うべき事は言う。必要なことは行う。他国との間でもしっかりした主張をしていかなければ、日本は領土さえ失いかねない。

中学の歴史教科書を読んだ。元寇についても教科書では「友好の国書を持ってきた朴世忠(元の使者)を殺した」などと書かれている。更に寸劇まで指導されている。
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寸劇の内容
時は1275年4月、山口県にやってきた元の使者朴世忠は、皇帝の国書をもってきた。彼は鎌倉幕府の最高指導者北条時宗にようやく合うことができた。

役 人:「元の使者朴世忠が持参した国書です」
時 宗:「また国書を持ってきたのか?・・なに!元の家来になれと言うのか?けしからん、この使者を切り捨ててしまえ!」
役 人:「はっ!」(刀を抜いて)「えい!」
朴世忠:「う!」(倒れる)

ナレ-ター
使者朴世忠が殺されたことを知った皇帝フビライは、二度目の日本攻撃の命令を下した。

(教育出版)中学社会歴史~未来をみつめて~ より
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○この寸劇で子ども達は何を感じ、何を学ぶのだろうか?

半島は元へ服属してから、長い間大陸の属国に近い状態が近世まで続いていたにも関わらず、敵は「日本」という見方をしている。

今、拉致問題をきちんと解決しなければ、一方的な日本批判が火種として21世紀以降に引き継がれていく。

「言うべき事は言う」

この姿勢をきちんと打ち出し、今拉致問題を解決し、アジアでの日本の立場を確固たるものとして築かなければ、子ども達は何時までもうつむき、犯罪も核も麻薬も、北朝鮮のやりたい放題になってしまう。

また、秋がやってくる。9.17から3年という時は過ぎた。

このままでは絶対いけない。その気概を日本外交に求めたい。
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