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2005年10月 8日 (土)

第12回藤沢集会(2)

『市川健一さんのお話(市川修一さんの兄)』
10082 藤沢の皆さん、こんにちは。(会場より「こんにちは」の声)

鹿児島から来ました市川修一の兄です。
いつも変わらぬ支援を頂き本当にありがとうございます。
心から御礼申し上げます。
あの~、私は標準語は話せないんですよ。
鹿児島弁的標準語になっちゃいますので、本当聞き取り難いと思いますけども、勘弁してください。

修一が北朝鮮に拉致されて27年になります。
本当に家族においては辛く苦しい歳月で、現在もその苦しみは続いております。
金正日の指令によって残虐非道な拉致を行われ、政治的・思想的に何のかかわりも無い、無辜の人たちが日本人が次々と拉致されていきました。
20代30代の被害者においては大きな夢を持って、青春を謳歌していたと思います。
ところが突然拉致されて青春までズタズタにされてしまいました。
また家族においては塗炭の苦しみ。
我が子・が兄弟を引き裂かれて塗炭の苦しみを負って20年30年と苦しんでおります。

日本の政府は国民の生命・財産を守る義務があります。
ところが8年前まで、政府は何もして来なかったんです。
北朝鮮が拉致をしていると言う事を知っていながら、本当に何もしてこなかった。
拉致被害者が見捨てられていたんです。
その後私たち家族会・救う会、全国で集会を行い、この拉致問題を訴えてきました。
世論の力によって政府もやっと重い腰を上げたと思います。
ところが皆様もご承知のように、政府は拉致被害者を全員取り戻そうと言う強い意志は全く感じられません。
本当に腹立たしい、憤りを感じます。

失踪当時どの家族も大捜索を行ってきましたが、何も分からず進展せず、時間だけが空しく過ぎ去っていきました。
北朝鮮による拉致と言うことは、私たちは拉致を行っていると言う事は以前から分かっておりましたが、本当にその、弟たち全員が生きているのか?死んでいるのか?
生死の分からない、これほど辛い物はありませんでした。
私の母は修一の事を話すと涙ぐみ、本当に悲しい顔をするもんですから、私たちは修一のことは全然話すことが出来ませんでした。
8月12日の失踪日が来ても10月20日の誕生日が来ても、修一の事は一切話をすることが出来ませんでした。
本当に私たち家族の間では、修一の事は長い間タブーになっていたんです。

事件から20年後、北朝鮮の元工作員・安明進さん(の証言で)金正日政治軍事大学で弟を何回も目撃し、タバコも貰った、会話も交わした。
その証言から少しづつ母親も明るさを取り戻して来たわけなんです。
修一が帰ってきたら困るだろうと言って、二十歳の頃のスーツを取り出し虫干しする姿を見るにつけ、本当に痛々しい。
なんと言って良いのか分かりませんけども、本当にね、辛い思いでした。
と同時に金正日に対しては心から憎しみを抱くようになりました。

3年前、金正日は拉致を認め謝罪したものの、「8人死亡・2人未入国」の発表をしましたけども、北朝鮮から提供された情報あるいは調査書など全てが不自然で捏造された物で、とても信憑性のある物ではありませんでした。
5人の被害者を帰国させ、そしてその他の被害者を死亡としてこの拉致問題を幕引きしようとしていたのです。
そして日本と国交正常化をし、日本から経済協力を(得ようと)企てていたのです。

金正日は極悪の独裁者です。
日本政府が誠意を持って対応しても、彼には通じません。
自国民に対しても食料を配給せず、350万人もの国民を餓死させ続けているんです。
今でも食料が不足で脱北し続けております。
また金正日は十数か所の招待所をすなわち別荘を持ち、その別荘を転点と移動しております。
日々贅沢三昧の生活をしているのです。

小泉総理は対話と圧力を持って拉致を解決していくと、繰り返し盛んに言われております。
会話してもおざなりと言うしかない、北朝鮮の態度です。
情報も物的証拠も全てが捏造された物しか提供しません。
近々、日朝政府間の話し合いが交渉が行われます。
行われる(と言う)ニュースが最近流れています。

対話だけでは絶対にこの拉致問題は解決するはずがありません。
この交渉に出てくる北朝鮮の責任者、その責任者には権限が無いんです。
決定権があるのは金正日だけなのです。
権限の無い者と交渉しても、本当に進みません。
堂々巡りするだけなんです。
圧力を持っての対話しか解決の道はないと思います。
まだ総理は一回も圧力をかけておりません。
経済制裁の発動は拉致被害者を全員取り戻そうと言う意思を強く示すと同時に、金正日に対しても大きな圧力になるのは間違いないと思います。

北朝鮮の万景峰号は新潟港に入ってきます。
この万景峰号を止めるしかないんです。
金正日に直接渡る金・物をセーブすることが出来るんです。
総理が経済制裁を発動せざるを得ない所まで持っていくには、どうしても皆様方の力が必要なんです。
あの5人の被害者が帰国出来たのも、世論の力があったればこそ帰国出来たんだと思います。

私の両親は90歳です。
高齢の身なんです。
本当に朝、私早く起きるもんですから、「両親が今日も元気で起きてきてくれるかなぁ?」と、まず最近はそれを心配しております。
本当に二人の食事が早いもんですから、二人の会話を聞いていると、「お父さん、修一が帰ってくるまで元気でいようね」と、「本当に長生きするのよ」と、聞くたんびに金正日が憎くなります。(健一さん少し涙ぐむ)
一刻も早く両親に会わせてやりたい。
胸に抱かせてやりたい。
この一念で私たち闘っております。

鹿児島でも署名活動したり集会を行ったりしますけど、皆様方が「体に気をつけて頑張ってよ」と。
この言葉が本当に、私は悲しい中でもこの言葉ですごく元気になって、「修一待っていろよ」と。
「必ず助けるからね。それまで元気してくれないといけないよ」と心に呟いております。
去年から、親父は店に出て手伝ってくれたんですけど、ほとんど一年間店に出て来られない状態なんです。
私の家と店とは本当にわずかしか離れていないんですけど、私なんかが歩けば何歩で店に行く所を20分も30分もかけてレジに来るわけなんです。
それを見てやはりもう、「お父さん、もう店に出てこなくても良いよ」と、僕らがするから。
親父が60歳の頃弟が拉致されてもう今は90代になりましたけども、本当にね。
親父・お袋の心を思うと・・・(言葉を詰まらせる)もう、本当になんとも言いようが無いです。

皆さんのお力を借りて、どうしてもこの拉致被害者全員を祖国の土を踏ませてやりたいわけなんです。
そのためにも私たち家族に力を貸して下さい。
一緒に闘ってください。
よろしくお願いいたします。(拍手) ____________

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