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2005年10月 8日 (土)

第12回藤沢集会(8)

『横田哲也さんのお話(横田めぐみさんの弟)』

10088
皆様こんにちは。
横田めぐみの弟のひとりで横田哲也と言います。
我が家の話でお時間をいただきますけどよろしくお願いします。

 まずお話に入らせて頂く前にこういう講演会ですとかで思うことなんですけども、私たちは拉致被害者で関係者・当事者で当然運動に携わるんですけども、救う会のみなさんとか、ボラティアのみなさんとかが、我事と捉えて実際思うだけでなく行動してくだるという、その勇気と言うものには、本当に感謝を申し上げますし、ほんとに頭が下がる思いです。

また実際、私が拉致問題に関係なくて、そういう運動や集会がある時に、皆様方みたいに、こういう会に参加していただろうかと、強い関心を持ったかどうかとおもう時に、自信もない面もあるんです、正直に。

そういうときに今日お越しいただいた皆様に本当に感謝したいと思います。
ここまでこられまお越しになっている皆さんの力であり、国民の大きな声があったからこそだと思いますので、引き続きましてのご支援をよろしくお願いしたいと思います。

今日の10月8日の公演の依頼を会長の川添さんから頂いたのが確か2~3月前のことだったと思います。その時点でお話しを頂いたときに、10月8日の時点でどういうお話しが出来るだろうか、もしかすると、明るい話も出来てるんじゃないかというふうなことも思っていました。と申しますのも、2~3ヶ月前に(公演の依頼を)受けた時点で、一二ヶ月後には、六カ国協議あるからと言うことがあったわけですけれども。結果的に蓋を開けてみれご存じの通り、何の解決も進展もなかったということで、北朝鮮を除く5カ国は空虚に時間を費やし、振り回され続けたということで、改めて圧力をかけなければ進展しないのだと分かったと思います。

最近のニュースでは、来週中にも日朝協議が行われるのではというふうに言ってましたけれど、今日家をでる前にインターネットを見てきたんですが(ご覧になった方もいると思うんですけれど)今月中の日朝協議の開催は困難だという外務省幹部のコメントがあったということで、結局そうなると、何時話し合いであり、進展がみられるかと、全く見えない状況、つまり、前から全く何も変わっていないというのが現状であります。

先般行われた選挙においても郵政一色で、拉致の問題など全くなかったわけですけれども、近日中にこの郵政法案は可決するんじゃないかと思いますが、その可決後には、速やかに且つ第一優先に、拉致問題に国会議員の先生方は取り組んでほしいと思います。

ちょっと見ながらお話しさせて頂きますが(メモを見ながら)この6日、衆議院拉致問題特別委員会において、町村外務大臣が『首相訪朝も排除しない』ということをコメントされましたけれど。先ほど市川さんもお話しされていましたけれど、あの北朝鮮という国は、金正日じゃなければ話が進まない、解決しない国であります。トップ同志の話し合いがなければ解決しないのであれば、小泉さん、相互主義という原則を破ってでも3度でも4度でも行って解決に走って貰いたいという風に思います。

まぁ本当は、小泉さんが、どれだけ本気で解決しようと思って一回目、二回目訪朝されたかわかりませんけど、国交正常化を成立させるよりも、この拉致問題を解決した方が、よっぽど小泉さんも歴史に名を残せるのではないかと思うんですけれども。(会場拍手)なかなかそれが分かっていないんですね。

郵政解散で小泉首相は「国民の総意を聞いてみたかった」と言って解散しました。一方でこの拉致問題を打開する為に「経済制裁を発動すべきだ」と我々は言っているわけですけれども、いろんなメデイアの調査によりますと、約六割から七割の人たちが「経済制裁すべきだ」と言ってるわけですね。何故国民の総意を実行しないのかというふうに思いますけれども。
非常に、小泉さん、自己矛盾をあの日と自身が生じさせているのではないかと思います。、

国民の動きを機敏に感じ取る方なのであれば、正にこの問題に最優先に取り組めば、あの人の人気であり、自民党の人気も株も上がるんではないかと思うんですが、それに手をつけないのは、やはりなにかこの問題の解決すると困ることがあるんじゃないかというふうに勘ぐってしまうわけなんです。
裏が取れているわけじゃないので、何もこれ以上言えないんですけれども。

よく特定失踪者問題調査会の代表の荒木先生も仰っていますけれど、「この問題が解決したら歴史が変わるんじゃないか」とも仰っていますけれど。もしかすると、日本政府、日本国というのは暗い闇の部分を抱えているのではないかとも思います。

本題の方にはいりまして、姉のことに関してはいろんなニュースとか書籍とかでみなさまもう十分ご存知かと思いますけれど、私の姉は4つ上でありまして、つい3日前に41才の誕生日を迎えました。しかしながら41歳と言いましても全くイメージがわかなくてですね、中学の時の小さなといいますか、当時にすれば大きな姉だったのですが、幼少の頃の映像しか頭に浮かばないんですね。

その後、姉の写真なんか出てきた訳ですけれど、やはり現実感どうしてもわかないですね。当時中学の時の写真しか、イメージしかわかないんですね。
早く本当の姉に会いたいと思っている次第であります。

1977年の11月15日に北朝鮮の拉致工作員によって拉致されたわけですけれど、その当時、<拉致>という言葉すらなかった、たぶん、なかったんだと思います。<誘拐>とか<人攫い>、<神隠し>、その辺の言葉だったんだと思いますけれど。

ほんとに何処に頼っていいのかわからない、何処に怒りをぶつけていいのかわからないという日々でございました。で当時母なんかに連れられて(当時、私小学校3~4年だったと思うのですが)家のそばに護国神社があったんですけれども、新潟の冬、そして夜は真っ暗なんですね、神社なんか電灯が少ないんで、真っ暗な中を、懐中電灯を照らしながら、手を握られながら、「お姉ちゃん」「めぐみちゃ~~ん」と探すわけですけれども、やはり子どもながら怖かったという思い出と、その瞬間であり、家に帰ったときの、父であり母の顔をみると、悲壮感であり、鬼のような形相というのを子どもながら見ていたような気がします。

まぁ、ずっとそう言う日々を過ごして行く中で、当時小学校低学年で、子供の頃というのはみんな正直であり、残酷で、子供同士なんか言い合ったり、けんかしたりすると周りの友達から「あれ横田んちの姉貴いなくなるんだよ」と言うんですね。まぁ、罪があってそういうことを発言しているわけではないと思うんですけれど、やはりそういう言葉を聞くときに、こどもながら「なんでそういう事を、言われなきゃといわれなきゃいけないんだろう」と思って非常に歯がゆい思いをしました。

そういう状況は、今回帰国された5人の方々のお子様も、(日本に今永住されているわけですけれど)、けっして僕たちみたいな、二の舞を踏まないように、日本国民は、暖かくお子様たちを見守っていかなきゃならないんではないかと思ってますので。やはり一人一人がそういう悪い発言をしていないかとかみていくが責任じゃないかと思っています。

そういう長い日々が続いていくわけですけれど、非常に父や母なんかは不安のピークにず~と達していたと思いますが、そんな中でも、私たち兄弟(兄の拓也というのがおりますけれど)を、兄であり私を、できは悪いけれど、一応の社会人まで育ててくれたと言うことに関しては、非常に両親には感謝したいと思います。
まぁこういう事件があって、両親との連絡も密にとっていますし、みなさまとそんなに変わりないと思いますが、ちょっとだけ、親に対する気持というんでしょうか、強いのかなと、勝手なうぬぼれではありますけれど、おもっております。

我々兄弟は姉を救いたい、肉親であるから何とかしなければという気持ちは強いんですけれど、両親の娘に対する気持ちと言うのは、私が子どもをもうけるにいたって、なおさら実感として湧くようになりました。子どもって、皆さんもそうだと思いますけれど、なにより代え難い存在であって、自分の命に変えてでも何とか救いたい存在じゃないかと思うんですけれど、自分が子どもができたときに、「さぞ、両親は辛いんだな」と、「早く楽をさせたい」と思っております。

姉の情報が具体的形で現れてきましたのが、平成9年、まぁ8年前の話でありますけれど。それからず~と暗中模索の状態でしたけれど8年目に我々は家族会を作りました。発足した年というのは、姉が拉致されてから20年と言う年ですけれど、何故こんなに長時間時間を要したのかと、それは、日本政府の怠慢以外の何者でもないというふうに思っております。

怠慢を通り越して怒りすら覚えることが、多々あったわけでありますけれど。

この拉致問題に関わって一番何が悔しかったかというと、どいいう発言が一番惨めだったかと言いますと(文字を間違いたくないので見ながら言いますけれど)平成11年の自民党の外交部会で当時の外務省のアジア大洋州局長で槙田邦彦という人がいたんですね。

その人が外交部会で『たった10人のことで日朝国交正常化交渉が止まってもいいのか? 拉致にこだわり国交正常化が上手くいかなければ国益に反する』というふうに言ってるんですね。何処の国の人間かと私は思います。「国益ってなんなんですか」と。ほんとに許しがたい発言に、今でもこの発言は、許すことができないです。

この槙田邦彦というのは、シンガポール大使を経まして、現在エジプトの大使を多分歴任中だと思うんですけれど、決して、槙田という人間は、エジプトで、我々旅行に行って何かあっても、助けてくれない人間でありますので、エジプト旅行を計画されている方は、(笑い)やめた方がいいと思います。(拍手)

こういう発言からもわかるように、拉致された人命や人権よりも、日朝交渉を推し進めて、自分の手柄にしたいんだと言うのが見え見えの歴史がず~と日本国政府、外務省に続いているわけですね。非常に不信感が我々家族会にはあるんです。いろいろ今現在は日本政府は北朝鮮に対して、話を投げかけてくれてるとか、もちろんそういうことには否定はしませんが、解決しようと思って動いているのか、うやむやに時間を浪費して、解決と言うか、終結させようとしているのか、ほんとに猜疑心でいっぱいなんですね。

そう言う意味で我々国民は、一事象、一事象に、注目、傾注して、「おかしいことはおかしいよ」と言っていかなければならないと思います。その手段として、首相官邸にメールであり手紙と言うのがありますけれど、とにかく我々の声を政府、中枢にあげていくことが大事なんだと思います。

ま、そういう、本当に、解決しようと思っているのかどうかわかりませんが、小泉首相が、2度も訪朝したわけでありますけれど、「何をしに行ったか」ということですね。解決しに行ったのか、終結しに行ったのか、我々にはわからないですね、我々のスタンスでは。

実際9月17日に我々は肉親の死刑宣告を受けたわけですけれど、何の裏もとっていないままで、「あなたのお子様は死んでいます」と。「なんか情報があったんですか」と聞いても、「何も確認していません」と。そんな話ないですよね、ほんと。その辺が外務省、政府と言うのは、今なお(一部不明)

同じような話題で、家の姉とされる遺骨が出てきたわけですが、結果的に捏造だったとわかったわけですが、ほんとに甚だしく姉の人権を冒涜するものであり、日本政府を侮辱した、日本国を侮辱した、つまり、みなさまを侮辱したと言うことです、北朝鮮は。
本当にこれは、日本国民は許せないですよ、ほんとに。こういうことに政府はもっと怒って北朝鮮に対して発するべきなんですけれど、あまり言わないですね。

去年の12月末に細田官房長官が「誠実な対応をしなければ厳しい判断をとらざるを得ない」と言ってるわけですね。それから、もう10ヶ月立とうとしていると。そこからみても、ほんとに解決する気があるのかと、我々はあるわけです。

でも、本当は「経済制裁しろ」と、我々は日本政府に希望しているわけですが、本当にここでほんとうにそういう行動に移さないと、諸外国から北朝鮮以上に、日本国政府が不思議な国、奇異な国と見られるんじゃないかと思っておりますので、主権国家であることを確認する意味でも、やることはやる、国家が講義をするということを早急に取ってもらいたいと思います。

そういう中で、この拉致問題は、相変わらずこう着状態で進展がないわけですけれど、ま、政府が第一義的に動くのはもちろんでありますけれど、もちろんそれだけが手段ではないと思います。

その中の手段としまして、やはり帰ってこられた5人の方々が、もっと北朝鮮であったこと、見たことを、我々家族のものだけじゃなく、日本国民に対してもっと公開して、PRして欲しいと思います。

全てを言うことが、もしかしたら彼ら5人が危険に晒されるのかもしれませんが、その一方で、元北朝鮮工作員・安明仁さんなんかは、北に自分の家族がいながら、危険を省みず、そういうみた事、やってきたことを発言しているわけですね。ほんと、これ立派なことで、なかなかできないことだと思いますけれど、そこまで、同じような危険を冒してまで「発言してください」とはなかなか、帰ってきた5人の方々に言うのは酷なのかもしれませんが、やはりお子様も帰ってこられたことですし、言うことが責任の一つなんではないかという気もしますので。もうちょっと落ち着かれてというか、帰国してだいぶ経過してるんですけれど、やはり言うべきときに言わないと、変な方向で、日本国民の目が帰って来た5人に「何やってんだ」というふうに目が行かないように、やはり「おっしゃっていただければな」と思っております。

日本政府であり、六者協議もそうですし、今回国連の方もいろいろ動きがあるようで、対北朝鮮人権決議案というのが国連総会に付託される見込みというのをこれも今朝インターネットで見たきたんですけれど。諸外国が動いていながら、日本国が動いていなかったら、ほんとに話にならない恥ずかしい行為でありますので。

国がやって、周りが動くと言うのが普通の流れですよね。特に毅然とした主権国家としての動きをとってもらいたいと思います。

今日も先ほどジャーナリストの西村さんから、専門書のご紹介がありましたけれど、我々成人はああいう専門書を読んでもわかるわけですけれど、(会場笑い)もっと若い方々、皆さん若いんですけれど、基本的に若い、実年齢で中学生、高校生の方々が読んでもわかりやすい本を。決して双葉社の回し者ではないんですけれど。(笑い)こういう「めぐみ」というドキュメンタリーコミックが出ているんですね。やはり次世代を担う若い方々が、この拉致事件の真相というところを知っていただくことが、日本国を支えていく原動力になりますので、是非お子様や、学校のお友達に薦めていただきたいよいうふうに思います。

上巻、下巻がありまして、下巻の最後の〆に両親、父母が、姉が帰ってきたらこういうことをしてあげたいと言うことが書いてあるんですけれども、父は何でも新しも好きで、昔から、「六本木ヒルやディズニーランドとか連れてって、進んだ日本を見せてあげたいね」と書いてありまして、一方母は「北海道のような大草原に寝そべって『自由だー!』と言うようなことを一緒に言いたいね」と書いてあります。
ほんとに早くそう言う日が、来ることを祈ってやまないですけれども。
問題の主体である日本政府が非常に消極的なので、非常に怒りを覚えるんですけれども。

早く、そういう日が一日でも早く来ることを祈っています。

つい先日これ、拉致問題とは外れるんですけれど、水曜日だったと思いますけれど、巨人の最終戦があったんですね。そこに後藤選手という選手がいまして、引退試合だったんですね。終わったあとに、確かアウトだったと思いますけど、お嬢さまがやってきて、後藤選手とわーっと泣き崩れて、お嬢様と抱擁するシーンがあって。(哲也さんの目に涙が)そのニュース映像ををみて、私も目が潤んでしまったんですけれど。

そういう、めぐみと両親が抱き合える日が早く来ないかなと願っています。

今日は直接的には姉の問題を話させていただきましたけれども、となりにいらっしゃいます市川さんしかり、特定失踪者の方々、何百人いらっしゃるかわかりませんけれども。そういう方々を救わなければなりませんし。フォラツエンさん、西村さんがおっしゃっていましたけれど、もう、人間とは思えないような扱いを受けている北朝鮮人民。ピョンヤンにいる高所得者、党の幹部は例外なのかもしれませんけれど。虐待をされ、強制収容所に送られて殺されている人間が、ほんとにすぐ隣の国に、そこにいる現実を、私たち、見過ごして良いわけないと思うんですね。

近代社会に、ほんとにあり得ない、こんな国なんですよ。

ほんとに北朝鮮政府、私は、政権交代=レジュームチェンジすべきだと思うんですけれど。
経済制裁発動であり、私たち国民レベルでできることは何かと考えるときに、北朝鮮産のものを口にしないとか、北朝鮮が絡んでいる遊戯なんかに参加しないとか、いろいろあると思うんですけれど。
一個一個から崩していくのがやはり近道になるんだと思いますので、手に取り、口にするときに考えながら進んでいかなければならないと思っています。

いろいろ話したいこともあるんですけれど、時間も限られていますし、また家族会家族会の面々、両親はじめかなり高齢化がすすでおりまして、私たちみたいなちょっと若い世代が担っていかなくてはならないですし、また我々ひとりひとりの力は非常に限られていますけれど、全体で影響すれば、拉致問題が何もなかった所から、ここまでこれたと言う現実もありますから、やはり手を取り合って進んでいくことが、日本国民の証明であると思います。拉致被害者が日本国に帰ってきたときに、「あなた方は何も運動に関与していないではないか」と、我々兄弟がもし運動に参加していなかったときに「おまえなんか兄弟家族じゃないよ」と絶対に言われたくありませんので。

何らかの形でこの運動に関与して、日本人であることを噛みしめて、帰ってきたときに「ほんとうによかった、よかった」と同胞を迎える体制がなければ、やはり日本人でないと私は思いますので、ま、いつ帰ってくるかわからない問題ではありますけれども、みなさまのこれからのご協力、ご支援をよろしくお願い致します。
  
  
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