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2005年11月21日 (月)

三多摩市民集会7 参加政治家から

『梅田俊幸 日野市議会議員、渡辺眞 日野市議会議員による日野市の救出活動報告と拉致の実情報告』

★梅田俊幸 日野市議会議員

ご紹介を頂戴しました、私日野市議会議員の梅田俊幸と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
そして横にいますのが同じくご紹介を頂戴しました渡辺眞(だたし)日野市議会議員でございます。
私たち日野市での活動を少しだけご紹介をさしあげたいと思います。

昨年の平成16年8月の3日から日野市においては、皆様良くご存知の東京都議会議員・古賀俊昭、地方議員の会の副会長をやらせていただいておりますが、を中心に今ご紹介を頂いた私と隣の渡辺日野市議。
そして私たちの地元での支援者を中心とした救う会日野の有志と言う形で、日野市にはJRの駅が二つ、そして京王線の主要な駅が高幡不動と言う駅があるんですが、その3つでですね。
順次、順番に署名活動そして募金活動を去年の8月3日からやらせて頂いております。

そして去年はですね。
8月3日からやっておりますので1235名の署名、そして12万とび366円の募金が集まりました。
そして今年に関しましても1月の3日、高幡不動の駅前から始めまして、先日の11月の11日まで豊田の駅前でやらせて頂きました。
集計が2427名の署名、195・530円の募金が集まりました。
そして去年と今年、合わせまして3662名の署名、315・896円の募金が集まりました。
街頭に立ちまして3人を中心にお訴えをさせていただいております。
今、前に拉致被害者の家族の方のお話と言う事で大沢さんがお話になりましたが、度々一緒に参加しておりまして大沢さんの熱いお訴えをですね。
街頭の方にも聞いていただいて、署名活動そして募金活動を協力を頂いているような次第でございます。

先ほどからお話を聞いておりますと、政府は何をやってるんだと言うようなご意見が多いとは思いますが、やはり私たちに出来ることは国民全体で国全体でこの拉致問題を解決しよう。
より多くの国民の方市民の方にこの拉致被害の実態を知ってもらうって事が、私たちに出来る協力じゃないかな?と言う事で、政府に対してバックアップする意味でもですね。
逆にバックアップをしなければ解決しないと思いますので、そういう意味でも署名活動を通して今の拉致問題の状況、そして先ほど大沢さんが申しましたように、私たちが住む日野市においても3人の拉致被害が濃厚な方がいらっしゃいます。
後ほど隣におります渡辺さんよりご紹介をさせて頂きますが、この同じ市内に住んでた方が3人も拉致被害に遭われている。
そういう疑いが濃厚であると言う方がいらっしゃると言う事を、同じ市民の方にも幅広く知ってもらいたい。
そういう言う気持ちが私は非常に強くあります。

自分が住んでる家のすぐそばにもそういう方がいらっしゃる。
拉致被害は先ほどお話があったように日本海を中心とした日本海側だけの問題ではありません。
東京にもたくさんいらっしゃる。
そういうことを日野市民の方にも知ってもらいたいと言う事で、一生懸命支援者を募ってですね。
活動をさせて頂いているような状況でございます。
これからも幅広く支援者を募って、そして継続的にこの署名活動そして募金活動を街頭活動をさせて頂きたいと思っております。

またいろんな方法、いろんな方に知らしめる為の方法と言うのがあると思うんですが、先日つい直近になりますが、11月の11日にやりました活動に関しましては、市の広報誌にですね。
活動が紹介と言うかご案内と言う形で少しの欄ですけど載せて頂いて、11月の11日に活動をやりますと言う形の広報もやっております。
そうした中でよりたくさんのよりたくさんの方のご支援を頂戴できればありがたいなと思っております。
日野市には高幡不動尊と言うお寺があるんですが、東京都内では割と大きなお不動さんと言う事でございまして、お正月から参拝者が非常に多いと言う事で、来年の1月1日はですね。
午後2時から高幡不動の駅前でもですね。
元旦からやろうという事で話がまとまっておりまして、今年もまだ12月当然ありますが、来年も1月1日から頑張って皆さんで活動を進めて行きたいなとそのように考えております。

以上、雑把ではございますが報告させていただきます。
続きまして日野市の失踪者の疑いが濃厚である方をご紹介差し上げます。

★渡辺眞(ただし) 日野市議会議員

日野市議会の渡辺眞です。
お世話になります。
私のこの、そちらから見てこちらですね。(手元のパネル、会場より向って右端を指差す)
上田俊二さんて言う方は、一番最初にお話しました荒木さんが主宰していらっしゃいます、特定失踪者問題調査会のHPで、日野と言うところをサーチしましたら上田さんが見つかりましたんで、荒木さんにご連絡させていただきましてこの人の詳しいことを教えていただきました。
そしてその事を高幡不動の駅頭等で訴えをしておりました所、その次の馬場昌一さんと言う方がいらっしゃると言う事が分かりました。
この方は日野市の元の市議会議員の方の奥様の弟さんであります。
そして最近になって荒木さんの方からのメールで浜崎さんと言う方がいると言うことを教えていただきました。
この方は何と5年前の方でございます。

そしてひとりひとりちょっと詳しく申し上げますと、上田俊二さんは東京大学を出られて医学の翻訳をなさっていた方だそうであります。
すごい技術を持っている方でございます。
高幡橋の南の、南平一丁目のところのアパートに住んでいらっしゃったそうでございます。
失踪直後、お兄さんがそのアパートを訪ねてみましたら、いつもはきちんと、東大出の方でしょうから当然きちんと片付けている性質の方であったそうですが、部屋は乱雑になっていたと言う事らしいです。
そして部屋の中にある電話番号が書かれたメモが残っていて、どうもそれが怪しいと言う事で何度かその電話にかけてみたところ、何の返事も無かったと。
それを取ってくれる人がいなかったと。
暫くしてからその電話は「使われなくなりました」というNTTの連絡に代わったそうであります。
失踪して1~2年して千葉の友達の所に金正日を称える文書が入った荷物が届いたと、言うような事だそうであります。
現在、上田さんのお兄さんは浜松の方に住んでいらっしゃって、今まで2~3回日野市の方に訪れられまして、古賀俊昭さんの事務所で私もお目にかかりました。
かなり周辺に対して非常に怯えていらっしゃると言う事だそうでございます。

・・・資料引用開始・・・
氏名 上田俊二 (うえだしゅんじ)
失踪年月日 昭和56(1981)年7月14日
生年月日 昭和6(1931)年11月20日
性別 男 当時年齢 49
身長 174センチ
当時身分 翻訳業
特徴 タバコは吸う。酒は飲む。趣味はテニス。
失踪現場 東京都日野市の自宅を出て
失踪状況 当日本人宛に誰かから電話があり出かけたまま失踪。通帳、パスポートはそのまま。失踪後1~2年後に友人宅に差出人不明の金正日をたたえるパンフレット数種類の入った小包みが届く。

※情報は特定失踪者問題調査会HPより
   http://chosakai.jp/index.html
・・・資料引用終了・・・

そして二人目の馬場昌一さんですが、国立高校をお出になって卒業して新宿にある工学院大学に通われていたのです。
昭和39年と言うことだそうですが、6月でしたか。
失踪になったと言うことらしいです。
そして私も39年大学に入りまして、当時は学校はカラーグラビアみたいな物が生協会館みたいな所にありまして、金日成・北朝鮮を称えるようなグラビアがあったように記憶しています。
ですから当時は北朝鮮と言う国の悲惨さと言うものについて皆さん理解が行ってなくて、素晴らしい国だと言う宣伝があったんだと思います。
それでご家族の方に伺いますと、部屋の中に残っていた、それもゴミ箱の中に捨てられていたメモに「行くべきか、行かざるべきか」と言うようなお話でございます。
平山の方にはお姉さまは近くにお住まいでございますし、その一番上のお姉さまは元市議会議員のお姉さまでいらっしゃって時々高幡不動での活動にごきょうだい共々参加していただいています。
ずい分古い話の事でございます。

・・・資料引用開始・・・
氏名 馬場 昌一 (ばばまさかず)
失踪年月日 昭和39(1964)年6月4日
生年月日 昭和19(1944)年12月13日
性別 男 当時年齢 19
当時身分 大学2年生(機械科)
失踪現場 東京都日野市の自宅から出たまま
失踪状況 失踪当日朝、両親とは顔を合わせている。そのまま行方がわからなくなった。姉に「新宿でアルバイトがある」と話していた。お金も衣類も持ちだした様子はない。

※情報は特定失踪者問題調査会HPより
   http://chosakai.jp/index.html
・・・資料引用終了・・・

そして3番目の方は浜崎真嗣さん、今日はここに九州の長崎の方からお父さまの浜崎さんがいらっしゃってますが、ちょっと手を挙げて頂ければ・・・ありがたいと思いますが。(お父様その場で立ち上がって会釈、会場より拍手)
浜崎さんはここに書いてありませんけども、北八王子にビクターの工場がありますけどもそこのオーディオビジュアルの技術者でいらっしゃったという事でございます。
私は金正日が(韓国人の)映画監督を香港から拉致したとかですね。
ああいう喜び組であるとか、芸能関係が好きでオーディオが好きでビジュアルが好きであると思ってますので、そういう技術者を欲しがっていたのかなぁ?と言うふうにも思っております。
浜崎さんの出身大学が九州大学であるという事でありまして、その九州大学の先輩でいらっしゃる方、そして会社の先輩でもいらっしゃる方が生田の方にお住まいの方で、今は大学の教授をされている方ですが。
その先生に連絡を取らせていただいて実は明日、日本ビクターの方にお訪ねをして私と同僚の方とお話をして何か証拠でも出てくれば良いんですけれど、その話をさせて頂きたいと言う事で思っている所でございます。
浜崎さんは25歳の失踪と言う事でございますから非常に若くてですね。
持てる技術をあの社会に利用されてしまっているのかなぁ?と言うことを思っています。

失踪当日は5年前の正月明けのですね。
仕事始めの日の朝方ということですね。
起きたままであった事、携帯電話もそのままと言うことらしいです。
その日の朝方に東京駅の銀行、そして12時くらいには函館の銀行で合計15万円程が引き出されている。
ご本人が引き出したんでしょうか、あるいは誰かが引き出したんでしょうか。
それはよく分からないと言う事であります。
私もちょっとその浜崎さんの住んでる場所、実はこれは私の高校の同級生がオーナーやってる所のアパートでありまして、そのアパートが日本ビクターに借りられている訳でありますがそこも知っておりますし、勤め先の日本ビクター周辺も分かります。
行って見られてお分かりのように、どうもそういう関係の業界の人たちが周辺に住んでいそうな雰囲気のある所でもございます。
浜崎さんは趣味が当時ビリヤードだったと言う事で、ビリヤードと言うのは今時珍しい趣味をお持ちだなぁと思っていたら、その周辺にもそういうお店がありますし。
そういう事でございます。

・・・資料引用開始・・・
氏名 浜崎 真嗣 (はまざきまさつぐ)
失踪年月日 平成12(2000)年1月6日
生年月日 昭和49(1974)年8月2日
性別 男 当時年齢 25
当時身分 会社員(業務用ビデオの設計)
失踪現場 東京都日野市の会社寮
失踪状況 失踪当日は会社の新年の始業日。午前6時から7時にかけて、東京駅のATMで3万円、続いて午後1時半ごろ北海道の北洋銀行函館中央支店で普通預金口座より12万円を引き出した(定期預金には一切手をつけていない)。当日の朝刊は部屋にあり、布団は敷きっぱなしの状態。食べかけのパンが残っていた。PHSは置きっぱなしで、書置きもなかった。ごく普通の服装で出かけ、自転車も置いたまま。職場の机はすぐにでも仕事が始められるような状態になっていた。失踪直後に航空会社に飛行機に搭乗した形跡がないかを調べてもらったものの記録がはっきりしないとのことであった。

※情報は特定失踪者問題調査会HPより
   http://chosakai.jp/index.html
・・・資料引用終了・・・

これで3人の紹介を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)

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