北朝鮮問題」拡大版(『諸君』1月号より)
蒼き星々掲示板 安倍貞任 さんの投稿より
北朝鮮問題」拡大版(『諸君』1月号より)
中国のアキレス腱
荒木 これまでの中国にとっての北朝鮮という存在は、経済よりも安全保障が優先されてきました。そもそも朝鮮戦争にしても、多大の人的、経済的被害を出し、収支からすれば合わないけれども、安全保障上、「北朝鮮が滅びれば次はわが国」という、文字通り「唇滅びて歯寒し」という危機感から参戦したわけです。以後、半世紀以上の間、「中国は朝鮮戦争であれだけの犠牲を払って北朝鮮を守ったのだから、絶対に北朝鮮を守り続ける」と主張してきた。それだけに、青木さんが指摘されたような経済優先への転換は、中朝関係の安保・共産イデオロギー重視の大前提を覆すものでもあります。
では、その大転換を前提とした上で、北朝鮮の外交はどのように変わるのか。まずいえることは、当面の間、核やミサイルで周辺諸国を脅しつつ、自分の言い分を通そうとする北朝鮮の“跳ね上がり外交”を中国は決して許さないということです。
青木 同感ですね。中国から見れば、日米韓、そしてソ連と文字通りの四面楚歌だったかつての冷戦時代とはまるで違って、いまや韓国、ロシアは完全なる友好国に変わってしまった。アメリカとは多少ギクシャクはしていますが、ニクソン訪中以来、カギカッコつきの「友好国」にはなっている。「政冷」の日本にしても、経済定期関係は深まる一方です。いまや日米からの投資こそが、中国の命綱なのですから。北朝鮮の“跳ね上がり外交”に巻き込まれて日米と対決する、などという選択は、中国が今の経済最優先路線をとり続ける以上、ありえない。
荒木 もし日本が北朝鮮に本気で「何が何でも経済制裁を行う」と決意を固めたとします。そのとき、中国が日本との経済関係を捨ててまで、北朝鮮の立場を擁護するかといえば、疑問ですね。
青木 中国は言葉の上ではひとまず反撥するでしょうが、本気で日本と対立するという選択肢は、実は今の中国にはありません。
<日本が制裁をすると、中国が反撥する、中国の北朝鮮への支援がより増加するから制裁に意味はないと、いっていた人が多かったけど、それは誤りということをよく理解してください>
中国経済の根幹は、資本の面でも技術の面でも、日本をはじめとする自由世界の外国企業が支えている。その外国企業に逃げられたら、もうお手上げなんです。失業者が増大して、大問題になるでしょう。日本では経済界を中心に「中国は巨大な市場だ。早く行かないと乗り遅れる」という声が大きいようですが、実際に中国を取材すればするほど、中国経済の内実はぼろぼろ、あちこちが綻びていて、「張子の虎」もいいところです。
もうひとつ、中国のアキレス件は、先にも触れた東北部です。北朝鮮と国境を接しているこの東北部が不安定化することこそ、中国共産党首脳部にとって最悪の事態といっていい。中国の重工業の中心であり、最大の農業地帯でもある東北部は、いわば中国社会主義のシンボル的存在ですが、経済成長に取り残された不満がたまっている。しかも北京に地理的にも近く、民族的にも“異民族”の満州人や朝鮮人が多い。
すでに大規模な暴動やデモはいくつか起きていて、2002年には中国最大の大慶油田で労働者2万人のデモがありました。このとき、瀋陽軍区の戦車部隊がスタンバイしたといわれています。この大慶は、文化大革命のころには「工業は大慶に学べ、農業は大寨に学べ」という有名なスローガンが唱えられたほどの社会主義工業のシンボルだったのです。そこの労働者に人民解放軍が発砲でもしたら、中国国内に与える動揺は、それこそ1989年の天安門事件をも上回るでしょう。人民軍が労働者に銃口を向けるのですから、中国共産党にとってはレーゾンデートルの崩壊以外の何物でもない。
北朝鮮が“跳ね上がり外交”を行って、朝鮮半島が混乱することは、東北部の社会安定にも悪影響を及ぼしかねず、中国政府にとって非常に望ましからざる事態なのです。
“南吉林省”か傀儡政権か
荒木
もし北朝鮮が跳ね上がり、ミサイルや核を使った“恐喝外交”を再び展開したら、中国の選択肢は大きく3つしかないでしょう。
ひとつは北朝鮮を切って、日米とともに制裁に回ることです。かつてのようにイデオロギーと安全保障を紐帯とした同盟関係ならば、この選択はほぼ不可能だったでしょう。しかし、中国の北朝鮮政策が経済の論理を取り込んだ今、中国は場合によっては北朝鮮を切ることがありうる。
ふたつ目は、直接支配です。いわば北朝鮮全体を“南吉林省”にしてしまう。
そして三番目は、まったく信頼のおけない金正日を排して完全な傀儡政権をつくることです。これは「金正日独裁体制は容易には崩壊しない」と考えている人にとっては非常識に聞こえるかもしれませんが、中国は非常に警戒している。オルブライト訪朝のエピソードでもわかるように、いつアメリカと通じるかもしれない。もし中国が北朝鮮に本格的にコミットするとすれば、これまでにも不安定な外交戦術をとってきた金正日を、政権から追い出すことになると思います。いずれにしても、青木さんの著書のタイトルではありませんが、「北朝鮮処分」が行われることになる(笑)。
青木
金正日を追い出した場合は、後釜は誰だと?
荒木
巷間言われているような「金王朝による世襲」はありえないと、私は思います。もともと金正日自身が、父からの継承というよりは、お互いを利用し合う形で軍などの支持を受け、かろうじて地位を保っている状態ですから、世襲が可能なほどの求心力は持っていません。中国の意向が重きをなすことを勘案すれば、息子たちの出番はまずないでしょう。
胡錦濤訪朝直前の10月22日に、対中国の窓口だった元首相・延亨黙が死去しましたが、彼が生きていれば有力な候補の一人だったと思います。国防委員会の中で唯一非軍人、行政テクノクラートで、中国の意向をくむことができる人物だった。私は、もともと胡錦濤は北朝鮮にはあまり行きたくなかったんじゃないか、とみています。しかし、この延亨黙が死んだことで、自分が直接手を突っ込まないと、北朝鮮は持たないと考えたのではないか。延死後では、実力を伴った後継者になりうる候補は、元総参謀長だった呉克烈あたりしかいませんね。後はせいぜい謹慎処分を受けている張成沢あたりかな。
いずれにしても、直接支配にせよ、傀儡政権にせよ、北朝鮮への支配を強化することは、中国にとっては大きな負担となる。国家の体をなしていない、解体寸前の国を抱えていかなければならないのですから。その意味では、胡錦濤が訪朝して、垂直的な支配の方向を鮮明にしたことは、ひとつ間違えば、自分の足元をすくう羽目にもなりかねません。
青木
確かにある意味では、非常にリスキーですね。本音を言えば、どこの国も北朝鮮にはかかわりたくないんですよ。中国にしても、何も好きこのんで「北朝鮮処分」をやるのではなくて、北朝鮮が経済的にも社会的にも解体しつつある状況をこのまま放置したら、自分のところにも火がつくから、てこ入れするしかなくなっている。どうせ面倒をみなければならないなら、これまでのような無償援助を続けるのも損だし、東北開発も行き詰まっている。なんとか北朝鮮の安い資源と労働力を利用してやろう、という助平根性を出したわけです。北朝鮮は、いわばかつての日本にとっての満州なんです。日露戦争の莫大な犠牲があったので、国も世論も満州を放棄できなかったように、中国、なかんずく人民解放軍は北朝鮮という地域を手放すことはできない。しかし、金正日をはじめとする現在の政権を守り続けるか、といえば疑問ですよね。
荒木
今の北朝鮮を見ていると、日韓併合にいたる前の大韓帝国の末期にそっくりですね。皇帝は統治能力を持たず、好感の中であるものは清につき、あるものはロシアを頼り、あるものは日本と結ぶ。それで、鉱山の採掘権などを、ロシアに次から次へと売り飛ばしていた。違うのは今は日本人が、右から左まで誰も併合を望んでいないことくらいかな(笑)。
青木 私は文革末期の中国にも似ていると思うんですね。そもそも軍部の力を支えに国民を抑えつつ、一方で政権内部の中心勢力はナンバー2の林彪失脚など内ゲバでほとんど自滅していった。1969年の中国共産党第九回大会では、中央委員の約四割を軍人が占めていましたからね。その結果、軍が最大の権益を握るようになった。これはまさに今の北朝鮮が行っている先軍政治(軍が党や政府を指導する)そのものなんですよ。
ただ、北朝鮮と中国が異なるのは、中国では文革の失敗の後、鄧小平のような優れたリーダーが登場し、経済テクノクラートを使って、市場開放政策を実施したことです。また文革前の第八回大会で決定された経済向上という路線がとにもかくにも残っていた。ところが北朝鮮には鄧小平のようなリーダーもいなければ、経済テクノクラートも育っていない。だいたい、改革や開放という概念がありませんから。
荒木
文革前の毛沢東には、少なくとも自分が国の指導者だという当事者意識がありました。しかし、今の北朝鮮には金正日をはじめとして、統治者としての責任意識のある人間は育っていません。だから、外国の力に頼るしかないのでしょうね。
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北朝鮮問題」拡大版(『諸君』1月号より)
中国のアキレス腱
荒木 これまでの中国にとっての北朝鮮という存在は、経済よりも安全保障が優先されてきました。そもそも朝鮮戦争にしても、多大の人的、経済的被害を出し、収支からすれば合わないけれども、安全保障上、「北朝鮮が滅びれば次はわが国」という、文字通り「唇滅びて歯寒し」という危機感から参戦したわけです。以後、半世紀以上の間、「中国は朝鮮戦争であれだけの犠牲を払って北朝鮮を守ったのだから、絶対に北朝鮮を守り続ける」と主張してきた。それだけに、青木さんが指摘されたような経済優先への転換は、中朝関係の安保・共産イデオロギー重視の大前提を覆すものでもあります。
では、その大転換を前提とした上で、北朝鮮の外交はどのように変わるのか。まずいえることは、当面の間、核やミサイルで周辺諸国を脅しつつ、自分の言い分を通そうとする北朝鮮の“跳ね上がり外交”を中国は決して許さないということです。
青木 同感ですね。中国から見れば、日米韓、そしてソ連と文字通りの四面楚歌だったかつての冷戦時代とはまるで違って、いまや韓国、ロシアは完全なる友好国に変わってしまった。アメリカとは多少ギクシャクはしていますが、ニクソン訪中以来、カギカッコつきの「友好国」にはなっている。「政冷」の日本にしても、経済定期関係は深まる一方です。いまや日米からの投資こそが、中国の命綱なのですから。北朝鮮の“跳ね上がり外交”に巻き込まれて日米と対決する、などという選択は、中国が今の経済最優先路線をとり続ける以上、ありえない。
荒木 もし日本が北朝鮮に本気で「何が何でも経済制裁を行う」と決意を固めたとします。そのとき、中国が日本との経済関係を捨ててまで、北朝鮮の立場を擁護するかといえば、疑問ですね。
青木 中国は言葉の上ではひとまず反撥するでしょうが、本気で日本と対立するという選択肢は、実は今の中国にはありません。
<日本が制裁をすると、中国が反撥する、中国の北朝鮮への支援がより増加するから制裁に意味はないと、いっていた人が多かったけど、それは誤りということをよく理解してください>
中国経済の根幹は、資本の面でも技術の面でも、日本をはじめとする自由世界の外国企業が支えている。その外国企業に逃げられたら、もうお手上げなんです。失業者が増大して、大問題になるでしょう。日本では経済界を中心に「中国は巨大な市場だ。早く行かないと乗り遅れる」という声が大きいようですが、実際に中国を取材すればするほど、中国経済の内実はぼろぼろ、あちこちが綻びていて、「張子の虎」もいいところです。
もうひとつ、中国のアキレス件は、先にも触れた東北部です。北朝鮮と国境を接しているこの東北部が不安定化することこそ、中国共産党首脳部にとって最悪の事態といっていい。中国の重工業の中心であり、最大の農業地帯でもある東北部は、いわば中国社会主義のシンボル的存在ですが、経済成長に取り残された不満がたまっている。しかも北京に地理的にも近く、民族的にも“異民族”の満州人や朝鮮人が多い。
すでに大規模な暴動やデモはいくつか起きていて、2002年には中国最大の大慶油田で労働者2万人のデモがありました。このとき、瀋陽軍区の戦車部隊がスタンバイしたといわれています。この大慶は、文化大革命のころには「工業は大慶に学べ、農業は大寨に学べ」という有名なスローガンが唱えられたほどの社会主義工業のシンボルだったのです。そこの労働者に人民解放軍が発砲でもしたら、中国国内に与える動揺は、それこそ1989年の天安門事件をも上回るでしょう。人民軍が労働者に銃口を向けるのですから、中国共産党にとってはレーゾンデートルの崩壊以外の何物でもない。
北朝鮮が“跳ね上がり外交”を行って、朝鮮半島が混乱することは、東北部の社会安定にも悪影響を及ぼしかねず、中国政府にとって非常に望ましからざる事態なのです。
“南吉林省”か傀儡政権か
荒木
もし北朝鮮が跳ね上がり、ミサイルや核を使った“恐喝外交”を再び展開したら、中国の選択肢は大きく3つしかないでしょう。
ひとつは北朝鮮を切って、日米とともに制裁に回ることです。かつてのようにイデオロギーと安全保障を紐帯とした同盟関係ならば、この選択はほぼ不可能だったでしょう。しかし、中国の北朝鮮政策が経済の論理を取り込んだ今、中国は場合によっては北朝鮮を切ることがありうる。
ふたつ目は、直接支配です。いわば北朝鮮全体を“南吉林省”にしてしまう。
そして三番目は、まったく信頼のおけない金正日を排して完全な傀儡政権をつくることです。これは「金正日独裁体制は容易には崩壊しない」と考えている人にとっては非常識に聞こえるかもしれませんが、中国は非常に警戒している。オルブライト訪朝のエピソードでもわかるように、いつアメリカと通じるかもしれない。もし中国が北朝鮮に本格的にコミットするとすれば、これまでにも不安定な外交戦術をとってきた金正日を、政権から追い出すことになると思います。いずれにしても、青木さんの著書のタイトルではありませんが、「北朝鮮処分」が行われることになる(笑)。
青木
金正日を追い出した場合は、後釜は誰だと?
荒木
巷間言われているような「金王朝による世襲」はありえないと、私は思います。もともと金正日自身が、父からの継承というよりは、お互いを利用し合う形で軍などの支持を受け、かろうじて地位を保っている状態ですから、世襲が可能なほどの求心力は持っていません。中国の意向が重きをなすことを勘案すれば、息子たちの出番はまずないでしょう。
胡錦濤訪朝直前の10月22日に、対中国の窓口だった元首相・延亨黙が死去しましたが、彼が生きていれば有力な候補の一人だったと思います。国防委員会の中で唯一非軍人、行政テクノクラートで、中国の意向をくむことができる人物だった。私は、もともと胡錦濤は北朝鮮にはあまり行きたくなかったんじゃないか、とみています。しかし、この延亨黙が死んだことで、自分が直接手を突っ込まないと、北朝鮮は持たないと考えたのではないか。延死後では、実力を伴った後継者になりうる候補は、元総参謀長だった呉克烈あたりしかいませんね。後はせいぜい謹慎処分を受けている張成沢あたりかな。
いずれにしても、直接支配にせよ、傀儡政権にせよ、北朝鮮への支配を強化することは、中国にとっては大きな負担となる。国家の体をなしていない、解体寸前の国を抱えていかなければならないのですから。その意味では、胡錦濤が訪朝して、垂直的な支配の方向を鮮明にしたことは、ひとつ間違えば、自分の足元をすくう羽目にもなりかねません。
青木
確かにある意味では、非常にリスキーですね。本音を言えば、どこの国も北朝鮮にはかかわりたくないんですよ。中国にしても、何も好きこのんで「北朝鮮処分」をやるのではなくて、北朝鮮が経済的にも社会的にも解体しつつある状況をこのまま放置したら、自分のところにも火がつくから、てこ入れするしかなくなっている。どうせ面倒をみなければならないなら、これまでのような無償援助を続けるのも損だし、東北開発も行き詰まっている。なんとか北朝鮮の安い資源と労働力を利用してやろう、という助平根性を出したわけです。北朝鮮は、いわばかつての日本にとっての満州なんです。日露戦争の莫大な犠牲があったので、国も世論も満州を放棄できなかったように、中国、なかんずく人民解放軍は北朝鮮という地域を手放すことはできない。しかし、金正日をはじめとする現在の政権を守り続けるか、といえば疑問ですよね。
荒木
今の北朝鮮を見ていると、日韓併合にいたる前の大韓帝国の末期にそっくりですね。皇帝は統治能力を持たず、好感の中であるものは清につき、あるものはロシアを頼り、あるものは日本と結ぶ。それで、鉱山の採掘権などを、ロシアに次から次へと売り飛ばしていた。違うのは今は日本人が、右から左まで誰も併合を望んでいないことくらいかな(笑)。
青木 私は文革末期の中国にも似ていると思うんですね。そもそも軍部の力を支えに国民を抑えつつ、一方で政権内部の中心勢力はナンバー2の林彪失脚など内ゲバでほとんど自滅していった。1969年の中国共産党第九回大会では、中央委員の約四割を軍人が占めていましたからね。その結果、軍が最大の権益を握るようになった。これはまさに今の北朝鮮が行っている先軍政治(軍が党や政府を指導する)そのものなんですよ。
ただ、北朝鮮と中国が異なるのは、中国では文革の失敗の後、鄧小平のような優れたリーダーが登場し、経済テクノクラートを使って、市場開放政策を実施したことです。また文革前の第八回大会で決定された経済向上という路線がとにもかくにも残っていた。ところが北朝鮮には鄧小平のようなリーダーもいなければ、経済テクノクラートも育っていない。だいたい、改革や開放という概念がありませんから。
荒木
文革前の毛沢東には、少なくとも自分が国の指導者だという当事者意識がありました。しかし、今の北朝鮮には金正日をはじめとして、統治者としての責任意識のある人間は育っていません。だから、外国の力に頼るしかないのでしょうね。
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