カテゴリー「座り込み(2005/6/24~26)」の記事

2005年7月 3日 (日)

特定失踪者ご家族のことば

座り込み最終日6月26日星陵会館集会にて
(原良一さんの音声ファイルからテキスト化)

佐々木悦子さん(川口で失踪)のお母様

ほんとに今日は家族会・救う会のみなさまと一緒にできまして、ほんとうに嬉しく思っています。

特定失踪者のほうはなかなか国の方でも、認定してはくれませんし、ですから、一日も早く、横田さんや増元さんや田口さんたちが、認定されて、(北朝鮮に)居ると判っているのですから、一日も早く、返して頂いて、それから、私たち特定失踪者の私たちのほうにも、国が全力投球して頂きたいと願っております。一日も早く皆さんがお帰りになりますように。

佐々木さんのお母様

生島孝子さんのおねいさん生島けい子さん
生島孝子の姉、生島けいこ(漢字不明)でございます。
家族会の皆様、救う会の皆様、会場のみなさま、3日間本当にご苦労さまでございました。

特定失踪者でこういう場にでていいのかなと思いながら、疑問を持ちながら参加させて頂きましたが、みんさまの拉致問題への関心がとても高いので、特定失踪者のほうも、非常に勇気づけられました。
今後ともよろしくお願いします。(拍手)

◆孝子さんのお母様、生島ウラさんは、曾我さんのお父様と同じ日に亡くなられている。
生島さんは都会の真ん中で、地方のように地域の支援が受けられない状況にある。

生島さんのおねい様

高野清文さんの妹さん

伊豆七島の神津島から行方不明になりました高野清文の妹の高野美幸です。いつも家族会のみなさんに特定失踪者ことも話して頂いて大変心強く思っています。ありがとうございます。(拍手)

私の兄は、私自身は、たぶん平壌とかに居なくて、山奥で何か労働とか、開発とか、(技術系だったので)させられているのではないかと感じています。これは私のあくまで推測なんですが。

そうすると(藤田さんとうちの兄は同じ頃に居なくなっているのですが)藤田さんのように写真が出てきたり、情報が出てきたりはなかなかしにくいのではないかと思っています。そもそもまず拉致かどうかも判っていないのですが。

もしうち兄を助けることができるのであれば、私は金政権の崩壊しか無いと思っています。

そして、私の母は(朝鮮半島からの)引き揚げ者で(たぶん北朝鮮の板門店辺りだと思います。)引き上げたときに、そちらに住んでいる方たちから、お米を頂いて帰ってきたという話を聞いています。

そのお子さまやお孫さん達が、もしかして今北朝鮮の地で飢餓に瀕しているするならば、その人達に、手に返してあげられるような支援(食糧)の形にをして差し上げたいと思っていますが、今のキム政権がある限り、それは不可能だと感じています。(拍手)

そうすると北朝鮮の地に居る方を助けるためには、あの政権を倒すことしかないのです。

うちの兄、その他の特定失踪者(うちの兄は1000番にもはいっていません。)私と同じ同等な立場の家族の方は450人ぐらいのかたがいらっしゃると思います。また、いろんな事情があって、「拉致かもしれない」と心の中では思っていながら申し出をしないご家族の話もたまに聞いたりします。

そうすると、誰が拉致か拉致でないかはあの政権が崩壊しないと判らない。そして崩壊したとしても、もし死んでいたりとか何かの事情で亡くなっていたら、合うことさえも出来ない。

ただ、私が一つ思うことは、「兄がどうなったかという真実を知りたい」ということです。
私は今ここで聞きながら、「全員を取り返すまで」という話を、家族会の方々がされている間中、兄の写真に向かって『もうちょっとだからね』と話しかけていました。みなさんのご協力よろしくお願いします。(拍手)

◆大澤孝司さんのお兄さんも座り込みに参加・24日は古川了子さんのおねいさん竹下珠路さんも参加していた。
大澤孝司さんと再会を果たす会
古川了子さんを救う会
KONAborationSSQ高野美幸さんのブロク

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2005年6月30日 (木)

一通の手紙 (2005/6/26)

一通の手紙 
(2005/6/26)座り込み最終日・星陵会館の集会にて

~原良一さんに頂いた音声ファイルより~
(進行の増元さん)
昨日、小さなお子さんを連れて一緒に座り込んでいただいた方が、その女の子がお帰りになってから、横田のご両親に書いてくれた手紙を今日持ってきてくれました。
これを最年少の哲也くんに読んでもらうのが、一番年齢が近いのかなと。
(哲也さん)
昨日に引き続き最年少の哲也が読みたいと思います。
-S.Nさんの手紙--------------
私は今日、不思議なことがありました。テレビでよく見る関西弁のおじさんと会ったり、横田めぐみさんのお父さんやお母さんに会ったからです。それは北朝鮮に経済制裁を迫るため、座り込みにお父さんと一緒に参加したからです。お父さんは昨日もきたそうです。
私は、「悪いのは、北朝鮮なのだから、北朝鮮に抗議すればいいのに」と思いました。
お父さんは「北朝鮮とは正式な国交がないから、政府の、特に総理と外務省にお願いしないと向こうに伝えることができないんだよ。」と言ってました。
私は拉致されためぐみさんが北朝鮮にいることがわかっているのに、何で助けられないのか不思議でなりません。
めぐみさんはお父さんよりひとつ年上で、13歳のときに拉致されたと聞きました。
プラカードで見せてもらった写真のめぐみさんは、とてもさびしそうで、「早く助けて」と言っているようでした。

家でも、ニュースで見るたびに家族で話をします。
「遠くで起きてることでなく、私自身が拉致されたり、家族の誰かが拉致されても不思議なことじゃないんだよ。」と。
でも私は、テレビの中のことのように感じていました。

今日初めて、めぐみさんのおかあさんと握手して、声を聞いて、皆さんの話を聞いて、何でこんなに苦しんでいる人がいるのになぜ助けられないのか、本当に不思議です。

私はよくお母さんと一緒に、買い物に行きます。いろいろなことを相談したりもします。
たまに喧嘩もするけど、お母さんが大好きです。
私には何もできないけど、おとうさんに「早く、めぐみさんがお母さんのところに帰れるようにしてね」と言いました。

めぐみさんのお父さん、お母さん、めぐみさんが帰ってきて早く一緒に買い物したり笑ったりできるまで、元気にがんばってください。
------------------------
S.Nさんからでした。
増元さんが哲也さんに感想を促す。
(哲也さんの感想)
何才とは書いていないのですが、おそらく、小さなお子様だと思いますけど、私自身がこのぐらいの年齢の時に、ここまで考えられたかというと、昨日に引き続き、その自身もありませんし、本当に、人を思いやるということが大事なんだという気がします。

この3日を通して、内閣の一人である中川経済産業大臣がいらしましたが、それ以外の総理以下、政府関係者は一人もいらっしゃらなかったわけであります。

本当に薄情というか、情けないというのが、この3日間通しての思いでありますけれども。
およそ、この私たちの住む人間社会というものは、信頼ですとか思いやりで成立していると思うのですけれども。

本当にこの3日を通して、私は、家族会は、日本国民は、総理・政府に対する信頼を失ったのではないかと思っています。

この信頼を、総理・政府が取り戻すのは並々ならぬことだと思いますけれども、やはり効果が一番覿面と思われる、経済制裁であり、主権国家としての意地、プライドを示していただきたいと思います。

S.Nさんは存じ上げませんが、私の両親であり、家族会、拉致された被害者の方々のことを思いやってくださった、(S.Nさんの)その心を、私も(私の)心にしまって明日から頑張りたいと思います。

◆この手紙の朗読を聞いていた早紀江さんは、一瞬、闘う表情から、本当の素顔に戻ったように思えた。
ハンカチで何度も涙をぬぐう姿。
「早く一緒に買い物したり笑ったりできるまで、」と言う言葉は、いつも拓也さん、哲也さんがいう「私たちの両親に、なんでもない普通の一日を味わって欲しい」を表現していた。

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2005年6月29日 (水)

内側に響く声

3日間の座り込みが終わった。
連日マイクを持って訴えるご家族の声は悲痛であり、その声が官邸に届かないむなしさが支援者に更なる苛立ちを覚えさせる。
勢い集会では、マスコミ批判、政治家批判が過激になる。ご家族の気持ちはよくわかる。

だが、奪還のためには、私たちは、その声に寄りそうだけで良いのだろうか?
参照:お気に召すまま

集会の帰り電車の中で、「しばらく活動から離れようと思う」という声を聞いた。苛立ちのあまり過激なヤジが多かった集会に少しばかり嫌悪感を感じてのものらしい。

ご家族は只、走り続ける、走り続けないではいられない、その気持ちは、よくわかる。走り続けることを助け、支援していくだけで良いのだろうかという疑問がわいてくる。

ご家族は必ず「私たちはみなさんの支援が力になります。勇気を貰っております。」と言う。
私たちは、彼らを走らせる為のカンフル剤なのだろうか?

少なくとも、今回の座り込みは政府を動かさなかった。マスコミの反応も鈍かった。
外側からは、「なんでこんな時期に座り込みなんてするの?」という声も聞いた。

参照:山際澄夫のESSAYS6/24~26
引用------
家族はどこかに待機していていただいて、支援者だけで座り込んではどうなのか。それも国会を包囲するぐらいの勢いが重要だと思います。
--------
煽るだけではいけないと改めて思う。

酔夢 in Voiceで取り上げられているように、アメリカの人権団体が横田夫妻に支援の手を差し伸べようとしている。

記事:拉致問題の手記米宗教関係者に

これをアレンジしたのは、3日間ご家族に寄りそった、フォラツェン氏だ。(私は日本に山といる医師の一人も被害者ご家族に付き添いを申し出なかったのかとがっかりした。)医師も人権団体も国内からは積極的な支援がない。それともアメリカからの申し出なら受け入れられるという素地が救う会にあるのだろうか?そんなことは無いと思う。

我々は、すべての被害者を救い出すという目的のために、何が有効なのか、何をすればいいのか、救う会にも戦略を持って欲しい。私たちも、それを考え提言し、実行して行かなくてはならない。

声は内側に響かせるものではない。外側に広げ、支援の輪を広げ国民運動として拡大して行かなくてはこの問題は動かない。ご家族の疲労は増すばかりであり、それはとりもなおさず命を削ることになる。

今日も、家族は走り続けている。都議選の応援に立つ横田滋さんの表情を見るのが辛い。

参照リンク:奪還

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2005年6月28日 (火)

横田早紀江さんの訴え(2005/6/26)

2005/6/26、夕刻5時前、僅かにかげった日差しの中で、
北朝鮮の空を見上ているめぐみちゃんを瞼に描いているようにみえた早紀江さん
この願いを、何故日本政府は聞き届けられないのか?

私は、すべての日本の政治家、すべての日本人、世界中の人に、この声を聞いて貰いたい!


------------------------

みなさまお暑い中、本当に長時間、一緒に、このように座って頂きましてありがとうございます。
今日が最後の座り込みになってしまいましたけれども、この3日間、家族の者は小泉総理に一生懸命に訴えてまいりました。

本当に、今も、13才で囚われたまま、何にも罪もないのに、学校の帰りに突然連れて行かれて、船に乗せられて、北朝鮮で30年近くも監禁されながら、監視の中で故郷を思いながら暮らしている、めぐみのこと。また、るみ子さんや惠子さん、田口八重子さん、市川修一さん(松木薫さん・曾我ミヨシさん)をはじめ、多くの拉致被害者のお一人お一人。みんな今も、向こうで、このように今もこのような夕方の空を見ながら、「故郷の日本の空はどんなだろうな~」「暑かったけど今も暑いかな~」、「お父さん達はどんなに年をとったかな~」って、みんな思いながら毎日故郷を想いながら暮らしているはずなんです。

一日も早く、子供達を元の自由に返して頂きたい。

その為には、今まで北朝鮮に何度も訪朝なさっていらした政府の議員の方々、たくさんいらっしゃいます。特に「拉致などは信頼できない。そんなものはなかった。」と言い続けていらした土井たか子さんや、野中広務さん、橋本龍太郎さん、また、金正男を「早く返せ、返せ、早く返して」と仰ったと言われている、田中真紀子さん。このようにお名前を出して言って良いのかどうか私はわかりませんが、本当に、私たちは悲しいんです。

皆様、もし本当に、ご自分のお子さまがこのような状態だったら・・(このような状態ではないだろうと思うと)、どんな人の名前も出して私は言いたいと思います。そのような方は、今拉致問題をはっきりとあちらが認めた段階で、「どのように考えているのか?どう思っていらっしゃるのか?家族のことをどう思われているのか?」又、「残されている向こうにいる方たちのことをどういう風に思ってくださっているのか?」表に出て、テレビに出て、はっきりと国民の前に言い表して頂きたいと、私は何時も思っているんです。

そして、マスコミの方々もどうかそのようなこと(政治家への取材)を通して動いて頂きたいと思います。同じ日本人でありながら、あちらに行って、いろんな事も、きっとご存じではないかと思うほどです。何にも、判っていても、仰らないんではないかと思うこともたびたびあります。

外務省や上の方とお会いしたときに、「何にも仰らないけれども、何か知っていらっしゃるのではないですか?」「生きているのか、死んでいるのか、どうなっているのか、何処にいるのか、誰かのことぐらいご存じじゃないんですか?」 時々、私はお聞きすることがあります。けれども「イヤ、何も判りません」と仰いっていますけれども。

本当にこの北朝鮮の拉致問題というのは、特に闇の中に隠されたまま、向こうが拉致を認め、そして3組の方がお帰りになっても、あとの者のことは全く判りません。

「めぐみさんの骨です」と出された骨も、鑑定の結果、全く違うお二人の他人のものでありました。
そのような恐ろしい、冷酷なことを、やり続けている国に対して「もう許せない、制裁をするぞ」とはっきりと仰るのが、本当の日本の国の姿ではないかと思います。

お帰りになった方は24年間もあちらで生活していろんな事を経験してきておられます。
せっかくお帰りになったんですから、小泉総理、警察庁、外務省、政府、それらの方々が、お帰りになった家族の方々といっしょに組んで、あの方々をしっかりとお守りして、危害のないようお守りをして、そして、しっかり責任を持って「どうしたらいいか?」「ではこれはどうしたら良いんだろう」と計画して知恵をもって、日本の政府が動いて頂かなければ、(取り戻せません。)

せっかく持って帰られた情報も、(何か私たちには判らないこともいっぱいあります。もしかしたら、知っていることがあるのかと思うこともあります。)そのようなことを、みんなで、一つになって、心合わせて、心一つにして、「じゃぁ、どうしたらあとの人たちを救えるんだろうか」と計画してくださり、具体的に実行してくださらなければ、事は進みません。

せっかくお帰りになった、ほんとにやっと帰ってこられた方を、これは国がお守りする責任と義務ありますからどんな危害が加わるかもしれませんから、大切に守らなければなりませんけれども、本当の事が判るまでは、きちっと、みんなが、力を合わせて計画をして実行して頂きたいと思っています。

今は只、経済制裁をしなければ、本当に何にも日本は動かないというそのような思いにしかなれない。
そのような情け無い国にだけはなって欲しくありません。

小泉総理どうか、お願いです。
子供達を助けてください。
お願い致します。


※横田早紀江さんの訴えlogさんの音声ファイルからテキストにさせて頂きました。
logさんファイルを聞かせて頂いてありがとうございます。

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2005年6月27日 (月)

横田拓也さんの挨拶(2005/6/26)

2005年6月26日、座り込み終了後星陵会館での集会にて挨拶
(原良一さんから頂いた音声ファイルからテキスト化)
原さんありがとうございます。

事務局次長の横田拓也さん

皆様方本当にありがとうございました。(拍手)
今回本当に3日間、何の事故もなく終えられたことは本当に皆様方のおかげだと思っております。

はじめ、実施する前には、本当に高齢者の方を猛暑の中に座らせて良いのかどうかというご声もございました。また、5.22の頃のように私たちが官邸周辺の中で、本当に抗議活動アクションを起こして良いのかどうかというお声もありましたけれども、3日で合計2500人以上という方々がおいでになってくださって、何の呼びかけもないにもかかわらず、私たちの願いに賛同してくださって一緒に活動、行動してくださったことは、本当に私たちにとって大きな力ございますし、勇気を与えてくださいました。本当に心からお礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。

そして、この3日間の活動を、何の滞りもなく進めることが出来たのは、この会場にもまだ多くのかたが見えていないと思うんですが、救う会の皆様方のおかげだと思います。
本当こういった皆様方のおひとつおひとつの志によって助けられていることを重ねてお礼申し上たいと思います。ありがとうございます。

私たちも、この3日間を通しまして、そして何時も思うんですが、みなさ方から「力」を頂いています。
こうした人の気持というのは伝わるんだなと常々思うわけであります。一方で私たちの気持、切なる思いが何故小泉総理に伝わらないのかというのが判らないわけであります。

私たちの家族愛、人間として当然のことを言っているこの気持を、どうか小泉総理には正面から受け止めて耳を傾けて欲しいいうふうに思います。

私たちの座り込みは今回で3回目ということで、前回は約5年の実施でありました。
座り込みという行為自体は全く同じなのですが、状況は全く違うと言う環境認識をした方が良いと思います。
というのは、5年前というのは、(もちろんそれまで私たちは同じ事を訴えてまいりましたが)日本の世論の皆様も、情報が無かった為だと思いますが、金正日が認めていなかったために、拉致というのが本当にあったかどうか、ということが言われていた時代なんです。ですから私たちが座り込みをしても多くのかたが知らないために、お集まりになる方もほんとに少なかったですし、報道のみなさんも取り上げてくださらなかった訳なんです。

しかし、02年の9月に小泉さんと金正日の会談によりまして、「拉致が彼らによって為された」と言うことを彼自身が認めた訳であります。つまり被害者と加害者という構図が明らかに明白になって、誰もが判る構図があるにも関わらず、日本政府が私たちの叫びに答えてくれない。そして被害者がお願いする。被害者が総理官邸に対して、抗議、座り込みをしているという、この不自然な構図をどうしても私たちは理解が出来ない訳であります。(拍手)

昨日集会の中でも家族の誰かが申し上げておりましたが、本来であれば家族が日本政府が経済制裁をすると言った時に、私たちが「それは危険だから」と「待ってください」と言うのが本来の流れなのかもしれません。

今は全く逆なんです。私たちは命をかけて、リスクを承知で、日本政府に対して、被害者を一人残らず返して貰うために、日本政府に「こう言って欲しい」ということを言っているんです。何年も言っているんです。拉致されたのは昨日やおとといの話ではないのです。30年も40年も前に拉致されて判っていることなのです。しかも、先ほど申し上げたとおり、加害者が認めている事なんです。

それでいて、日本政府にお願いしなくてはならない。そしていつものように、聞き流してしまう小泉総理がいらっしゃるというこの構図がどうしても判らないのであります。

私たちの家族愛としての、人としての気持をどうか正面から受け止めて欲しいというふうに思います。(拍手)

もう一言言わせて頂きたい。
もしかしたら私の誤解かもしれませんが、小泉総理はこの拉致問題の救出のために、家族会・救う会が好きでやってるんじゃないかと思っていらっしゃるのではないかと思えてなりません。それであればほんとにそれは大間違いです。

私は座り込みの場所でも申し上げましたが、本来であれば、家族が言うべき事ではないんです。
日本政府が責任を持って、先頭に立って、やる必要のある事なのです。
小泉総理、日本政府、外務省は必死になって取り組んで頂ければと思います。


相手は北朝鮮。対話が通じる相手ではないんです。対話対話と言って、対話の一つも出来いない。
対話が出来たとしても通じる相手では無いのです。相手はテロ国家なんです。テロリストなのです。(拍手)

つまり、(一部拍手で不明)「経済制裁を発動する」、「工作母船の万景峰号の入港を阻止する」、これを実現して行かなくてはならない。

相手に対して下手に出ては、絶対にこの問題は解決しないんです。(拍手)

私たちの家族を取り戻すため、どうか国民の皆様、引き続きのご支援とご理解をよろしくお願いします。(拍手)

関連リンク
人生とんぼ返り

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有本嘉代子さんの訴え(2005/6/26)

有本嘉代子さん
logさんの音声ファイルからテキストにさせて頂きました。ありがとうございます。

みなさんこんにちは。本当にこの暑い最中、3日間どうもありがとうございました。
本当に、お向かいの沿道で一生懸命、聞いてくださるみなさま方、それと、参議院の方からちらにきましたんですけど、ここに、こんなにたくさんの方が座っていらっしゃるのが、私は判りませんでした。
ほんとに、みなさんのおかげで本当に私たちは心強く思っております。
この運動を始めて、皆様の応援してくださる、このことが一番有り難いと思っております。

どうぞ、総理ここで見ていらっしゃるなば、この皆様方の熱い想いをくんで頂いて、ほんとに経済制裁を発動していただきたい。

早急にして頂きたいことは、又、明日新潟に万景峰号が入ります。
そのたびに家族の有志の方々が、行ってくださるんです。救う会の皆さんも行ってくださって抗議してくださるんですけど、今飯塚さんが仰ったように、向こうで抗議するときに、本当に空しい想いがすると思うんです。

何故あの船が止められないんですか?
早急に止めてください。
これが第一の問題だと私は思っております。

「経済制裁をしてもダメだダメだ」と仰いますけれど、きちっと日本が(経済制裁を)して、どういう結果が出るか、きちっり見て頂きたいと思います。
日本としてはこの拉致問題は、避けて通れるものではないんですから。
この問題があって初めて、経済制裁をどうでもしなければいけないということが、国民の皆様方が解っていらっしゃるのですから。
何故総理が決断できないんですか?
どうか私たちの3日間の熱い想いを胸にきっちりと止めて頂きて、則、経済制裁の方をよろしくお願い致します。

みなさまほんとにありがとうございました。


座り込みを終え、集まった応援の人々に感謝を伝えながら、
集会会場の星陵会館へ歩いて向かう有本嘉代子さん
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平野フミ子さんの訴え(2005/6/26)

座り込み終了にあたって

官邸に向かって、悲痛な高い声で、懸命に訴える平野さん。

平野フミ子さんの訴えlogさんの音声ファイルからテキストにさせて頂きました。
logさんファイルを聞かせて頂いてありがとうございます。

平野フミ子さんの訴え
皆さん本当にありがとうございます。
小泉総理に申し上げます。このポスターが小泉総理の部屋にありますでしょうか?
おととい安倍晋三さんに託しました。このめぐみちゃんの悲しそうな顔を見てください。
これに心を動かされない人間はいません。
私の母でさえ、この写真を見て泣いてしまいました。妹るみ子とだぶったのだと思います。

どうぞお願いします。
私たちには時間がないんです。
一刻も早く決断をしてください。
「経済制裁をするぞ」という決断してください。

今でも、この日本に、朝鮮総連、北朝鮮の工作員が何人もいるということです。そして、日本人の協力者もいると言うことです。そして(不明)。。摘出してください。
私たちは平和な日本でゆっくり住めないではありませんか?

どうぞお願い致します。
そして、私たち拉致被害者を見捨てないでください。
絶対にめぐみさんも、惠子さん、るみ子も、田口八重子さんも、修一くんも松木薫さんもみんな生きているんです。

どうぞお願いします。このまま見殺しにしないでください。
絶対にあの羽田空港にみんなを降ろすまでみなさん、私たちと共に、怒りの声をもって小泉総理に迫ってください。

そして小泉総理が日本人を返せと金正日に言う日まで皆さんどうかお願いします。
私たちと共に一緒に闘ってください。私たちはみなさんの支援が力になります。勇気を貰っております。

本当に今日はありがとうございました。
3日間本当にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いします。

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2005年6月26日 (日)

座り込み最終日


飯塚繁雄さん 

横田早紀江さん

めぐみさんの写真              

3日間ご家族の側を離れなかったフォラツエンさん

取材する有田芳生さん 

応援に駆けつけた小川晴久さん

さすがに3日目、少し風があってしのぎやすかったとはいえ、みなさんお疲れの様子は隠しきれなかった。それでも家族は、気力を振り絞って、マイクを持ち、姿を現さない小泉首相に訴え続けた。

支援者だって疲れている。3日間連続で永田町に通った人たちの表情には疲れと共に怒りが募っている。

小川晴久さんが駆けつけてくださって、マイクをもたれた。
取材の有田芳生さんは「萩原遼さんもくればよかったのに」と仰っていた。

それにしても、政治家も知識人も、もっと応援に駆けつけても良かったのではないだろうか?
支援者から、「芸能人でも有名人でもいいからもっと応援があればいいのに」との言葉も聞いた。

ご家族の皆さん、本当にお疲れ様でした。
応援の皆さんも、お疲れ様でした。

昨日飯塚繁雄さんに「終わったら、一日ゆっくり休んでくださいね」と申し上げたら、「いや、休んでもいられないんです。集会もありますし。万景峰号もありますから」と。

何時になったら、ご家族は体を休められるのでしょう。
どうしても、早く、被害者を取り戻したいと言う気持がわき上がりました。
集会には、特定失踪者のご家族も多く参加されていました。
追ってまたご紹介します。

※写真はご自由に転載してください。

関連リンク
あんた何様日記
log
Adazakura's Weblog
★★★ぼやきくっくり★★★
大和撫子は眠らない

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寺越昭男さんの挨拶

3日間、どうもご協力ありがとうございました。
言いたいことは、今拓也さんが全部言ってくれましたので、一点だけ。

北朝鮮にいる武志、私のいとこなんですけれども、今平壌の職業総同盟の副委員長という地位にいます。いるというか、触らされているというか、こっちのほうが本当だと思うんですけど。
武志は今、お母さんの友枝さんが、北朝鮮へ、物と金と持っていっているんですね。これができなくなったときの事を、ものすごく心配しているそうです。

友枝さん、今、74~5才だと思いますけれども。これから、はたして3年、5年、物と金を持っていけるんだろうかという。。そして、それができなくなったときに武志自身がどうなるかということを、武志本人が一番心配しているそうです。

こういう国に10年、20年というこれから、生活していかなくてはならないという事を考えたときに、本当に、私は、それが幸せな人生なのかなと。

小泉総理は、国会で「人生いろいろ」と言いましたけども、国民の人生は、それはみんないろいろです。しかし、このいろいろな人生を少しでもよくしようとするのが、国会議員や、それから、総理の仕事ではないかと思います。(拍手)

「拉致された被害者や、我々家族の人生もいろいろで済ますんですか?」

これだけを言いたいと思います。
どうもありがとうございました。


※寺越昭男さん 、北野政男さん 、内田美津夫さん他ご家族は当日石川に帰る飛行機の都合で、この話が終わると退席なさった。

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2005年6月25日 (土)

座り込み2日目報告


平野フミ子さん(増元るみ子さんの姉)

座り込みのご家族

森本美砂さん(山本美保さんの妹さん)

斎藤文代さん・市川龍子さん

シュプレヒコール 

2日目の横田夫妻

寺越さんのご家族

座り込みに参加したさるのジョニーくん?            

新潟の大沢さん

有本ご夫妻のシュプレヒコール

訴える斎藤さん

フォラツエンさん

猛暑の中、ご家族は、強い意志で一日3度もマイクで訴えていました。
最初は座り込み開始から1時間30ほど。2度目は、座り込み終了前の4時~5時の間。そして場所を星陵会館に移して更にもう一度。
何故、これほどまでしなければならないのか?
政府は、拉致事件を真剣に解決する気持があるのか?

ご家族、特に女性陣の叫びは悲痛であり、官邸の方向に向かって、響くその声を、その訴えを聞く者がいない状況を悔しく思いました。
支援者は、その叫びを立ち上がり、聞き耳を立てて受け止めていました。
永田町には怒りが満ちていたように思います。

西村慎吾議員は一日中その場でご家族に付き添い、フォラツェンさんは体調を崩された支援者のひとりを丁寧に診察なさっていました。

有田芳生さんは開始から、星陵会館まで一日今日の活動に付き添っていました。

西村幸祐さん、山際澄夫さんともお会いしました。

酷暑の中明日もご家族は気力を振り絞り、座り込みをなさいます。

気になったこと
ゴミは綺麗に処理されましたが、明日以降は不燃と可燃の分別をしたほうが良いと思います。

追記
警備の警察の方にうかがったところ、今日は300~400の座り込み人数を想定し、約100名の警察官が警備と通行の整理にあたったとのこと。
警察の方は、丁寧にその仕事をなさってくださいました。警察の方の配慮のおかげで2~3の小さなトラブルもすぐに収まりました。何人かの警察官にそのお礼を伝えました。警察官の方も一緒に汗をかいてくださっていました。彼らには、家族の声が聞こえていたはずです。。。

※写真はご自由に転載してください。

関連リンク
山際澄夫さんのHP
酔醒慢録(有田芳生さん)
プロテクトX -傍観者たち-
Adazakura's Weblog
★★★ぼやきくっくり★★★
log
酔夢ing Voice(西村幸祐さん)
あの国の大きさと日本の小ささ

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