杉嶋たかしさんの国会証言(2)
衆議院会議録情報 第154回国会 安全保障委員会 第9号
第154回国会 安全保障委員会 第9号
平成十四年七月二十五日(木曜日) 午後一時三十分開議
○石破委員
では、杉嶋さんにお尋ねをしたいのですけれども、私も、杉嶋さんが文芸春秋にお書きになったのを、すぐ発売の日に買ってきて読んだのですよ。読んで、これは本当だとすれば大変なことだねと。ある意味、余りに、これは本当なのということが信じられない思いがしたのですよね。
あの中に書いておられますように、三つの条件を出されたんですよね、日本へお帰りになる場合に。一つは、日朝友好のために尽くしましょう。二つ目は、共和国の悪口は言いますまい。三つ目は、そこで起こったことは口外しない。三つのお約束を全部たがえておられるわけですよね、今。と思いますよ。それは使命感に基づいて、愛国心に基づいてということは、今お話を承りましてよくわかりました。ただ、私ども思いますに、そういうことを信じるほど北朝鮮というのは甘い国なんだろうかねという感じがどうしてもする。
つまり、有本さんのお母さんがあるいはあの手記に書いておられる中にあったかもしれないけれども、拉致された方々が、ひょっとしたら違う人になっちゃっているのかもしれない、マインドコントロールがかかって。つまり、金王朝というのかな、そういうものを本当に崇拝して、革命の同志だというようなことになってしまって、マインドコントロールがかかっておるのかもしれない。では、その人たちのマインドコントロールがかかったままであればどうなるのか、それが解けてしまったらどうなるのかということを、向こうは思うはずですよね。
北朝鮮の人たちもプロですから、杉嶋さんがマインドコントロールにはかかっていないということは知っておったはずだ。そして、この三つの約束を多分守らないであろうということも知っておったはずだ。にもかかわらず、なぜあなたは帰ってこられたのかということなのですよ。
そして、公安とか内調が全部情報を流している、私は十数年こういう問題に携わっていますが、日本の公安とか内調とか、そんなにいいかげんだとは思わないんですよね。もちろん、完璧だとは言いませんよ。しかし、お書きになっておられるように、すべての情報が全部向こうに流れているとすれば、これは間違いなく国家公務員法違反ですよね。事件になるべきものですよ。正直言って、にわかには信じがたい。
マインドコントロールにもかかっていない杉嶋さんが、なぜ日本に帰ってこられたと、御自身お思いになりますか。
○杉嶋参考人
私も、そのことをいろいろと考えていました。どういうことかといいますと、本当に帰るということが決まったのは、私は二月十二日に釈放されたわけですけれども、その前日になって、突然、きょうのあした帰れと、帰してあげると。それは、向こうの説明によりますと、家族からの嘆願と外務省からの嘆願、それを考慮して、おまえは我が国の主権を侵害したという大罪を犯したにもかかわらず、とにかく寛大な措置を施すことにした、こういう形で釈放するという理由が、表向きの理由だと思います。それが、私に通告された理由でした。
しかし、私は、今、石破先生がおっしゃられたように、自分で向こうで見ていて、そう簡単な国ではないということは認識しております。ですから、もっと大きな政治力学というか、国際社会の政治力学が働いたのではないか。よく言われているように、ブッシュ政権が悪の枢軸の中に北朝鮮を位置づけたとか。
あるいは、私自身が考えて、私自身が向こうに抑留されている二年二カ月の間、実に宿舎が六回ほど、最初に捕まったのがピョンヤンホテルというところで、次がピョンヤン郊外の山荘のところ、それから市内にまた戻りまして、また炊事婦のおばさんの妹さんのうちのところに行って、また戻ってきて、最後に羊角島国際ホテルというところに入ったわけですね。その転々としている中で、私の取り扱いそのものが、実に質的な変化があったわけです。
最初の一年近くの間は、おまえは自白すればすぐにでも帰すということで、何を自白するかは、正直、私、自分自身がスパイの自覚がないものですから、何を自白すればいいかわからないということは、文芸春秋にもお書きしました。それで、最初の一年は、実に待遇がよかったんですね。この国が果たして食糧危機の国であるかどうかというようなことを感じるぐらいでした。
ところが、捕まって、翌年の二〇〇〇年の四月五日から日朝交渉が始まったわけですけれども、どうもそのあたりから向こうがいら立ちを見せ始めまして、日本国政府はおまえを見放しているということを言い始めたわけです。そういうことで、全く私自身に、日本国政府を非常に中傷誹謗というわけじゃないけれども、とにかくおまえは見放されているということを言い始めまして、そういうことから、私の扱いが、宿舎が変わるごとにだんだん落ちていったわけですね。実に質的に落ちていって、食糧危機の国だというのを実感し始めまして、これは長期戦になることを覚悟しているからそうなったんじゃないかと思っていたわけです。
先ほど陳述の中で申し上げましたように、はっきり言って、どうも日本国政府と北朝鮮との間で、私の知らないところで何らかの取り決めというか、何かがあったのではないかと。それが成立したから、逆に帰ることができたのではないかと。
簡単に言えば、向こうは私が謝罪すれば、要するに罪を犯した人間でなければ捕まることはしない、それにもかかわらず日本国政府は何もおまえに対しての謝罪がない、おかしいじゃないかと。ですから、私は、謝罪をするに当たって、どうも身の代金要求があったんじゃないかと。向こうは、先ほども申し上げましたように、それは保釈金の扱いであるのではないかと思うんですが、とにかくそれが成立したから、私の利用価値としては今が、簡単に言えば、取引としてずっと北朝鮮にとどめておいても厄介であろうと。
常に私のところに、我が国が今経済的に大変苦しいときにおまえを捕まえていると、では放せばいいんじゃないかと思ったんですが、とにかく、そういうときにおまえを拘留しているんだと。つまり、私自身を拘留すること自体がもう既に負担になっているような、そんな言い方をしておりました。だから、それで、多分政府間取引か何か成立したからじゃないかなというのが、私の推測です。
○石破委員
有本さんの御両親、そして向こうに横田さんの御両親もいらっしゃいますが、私、有本さんのお母さんが書いていらっしゃるように、日本の政治家に北朝鮮から金が渡っておって、私は本当のことは知りませんよ、渡っておって、であるからこそ腰が引けているんじゃないかという疑念すら持ちたくなると、お書きになっていらっしゃる。
私は、実際のことは知りません。ですけれども、私たち日本の政治家というのは、そんないいかげんな者ばかりではありません。だから言うのをやめようとか、だから強く出るのをやめようとか、そういうような者は少なくともきょうのこの場には一人もおらないと、私は確信をいたしています。
私たちは、本当にこれを主権の問題としてきちんとやっていこう、私も子供を持つ親として、自分の子供がそういうことになったらば、私も日本海側にいる人間ですけれども、これは本当に、とてもいても立ってもいられない。
私はいつも思うのですが、皆さん方が怒っておられるのは北朝鮮に対してもそうですし、同時に、我々日本政府に対して、本当にこれでも国家なのかということを問いかけていらっしゃるんだろうというふうな認識を持っております。
そのような思いで、私ども、これから皆様方の思いがかなう日まで全力で取り組んでまいりますことを申し上げまして、質問を終わります。
第154回国会 安全保障委員会 第9号
平成十四年七月二十五日(木曜日) 午後一時三十分開議
○石破委員
では、杉嶋さんにお尋ねをしたいのですけれども、私も、杉嶋さんが文芸春秋にお書きになったのを、すぐ発売の日に買ってきて読んだのですよ。読んで、これは本当だとすれば大変なことだねと。ある意味、余りに、これは本当なのということが信じられない思いがしたのですよね。
あの中に書いておられますように、三つの条件を出されたんですよね、日本へお帰りになる場合に。一つは、日朝友好のために尽くしましょう。二つ目は、共和国の悪口は言いますまい。三つ目は、そこで起こったことは口外しない。三つのお約束を全部たがえておられるわけですよね、今。と思いますよ。それは使命感に基づいて、愛国心に基づいてということは、今お話を承りましてよくわかりました。ただ、私ども思いますに、そういうことを信じるほど北朝鮮というのは甘い国なんだろうかねという感じがどうしてもする。
つまり、有本さんのお母さんがあるいはあの手記に書いておられる中にあったかもしれないけれども、拉致された方々が、ひょっとしたら違う人になっちゃっているのかもしれない、マインドコントロールがかかって。つまり、金王朝というのかな、そういうものを本当に崇拝して、革命の同志だというようなことになってしまって、マインドコントロールがかかっておるのかもしれない。では、その人たちのマインドコントロールがかかったままであればどうなるのか、それが解けてしまったらどうなるのかということを、向こうは思うはずですよね。
北朝鮮の人たちもプロですから、杉嶋さんがマインドコントロールにはかかっていないということは知っておったはずだ。そして、この三つの約束を多分守らないであろうということも知っておったはずだ。にもかかわらず、なぜあなたは帰ってこられたのかということなのですよ。
そして、公安とか内調が全部情報を流している、私は十数年こういう問題に携わっていますが、日本の公安とか内調とか、そんなにいいかげんだとは思わないんですよね。もちろん、完璧だとは言いませんよ。しかし、お書きになっておられるように、すべての情報が全部向こうに流れているとすれば、これは間違いなく国家公務員法違反ですよね。事件になるべきものですよ。正直言って、にわかには信じがたい。
マインドコントロールにもかかっていない杉嶋さんが、なぜ日本に帰ってこられたと、御自身お思いになりますか。
○杉嶋参考人
私も、そのことをいろいろと考えていました。どういうことかといいますと、本当に帰るということが決まったのは、私は二月十二日に釈放されたわけですけれども、その前日になって、突然、きょうのあした帰れと、帰してあげると。それは、向こうの説明によりますと、家族からの嘆願と外務省からの嘆願、それを考慮して、おまえは我が国の主権を侵害したという大罪を犯したにもかかわらず、とにかく寛大な措置を施すことにした、こういう形で釈放するという理由が、表向きの理由だと思います。それが、私に通告された理由でした。
しかし、私は、今、石破先生がおっしゃられたように、自分で向こうで見ていて、そう簡単な国ではないということは認識しております。ですから、もっと大きな政治力学というか、国際社会の政治力学が働いたのではないか。よく言われているように、ブッシュ政権が悪の枢軸の中に北朝鮮を位置づけたとか。
あるいは、私自身が考えて、私自身が向こうに抑留されている二年二カ月の間、実に宿舎が六回ほど、最初に捕まったのがピョンヤンホテルというところで、次がピョンヤン郊外の山荘のところ、それから市内にまた戻りまして、また炊事婦のおばさんの妹さんのうちのところに行って、また戻ってきて、最後に羊角島国際ホテルというところに入ったわけですね。その転々としている中で、私の取り扱いそのものが、実に質的な変化があったわけです。
最初の一年近くの間は、おまえは自白すればすぐにでも帰すということで、何を自白するかは、正直、私、自分自身がスパイの自覚がないものですから、何を自白すればいいかわからないということは、文芸春秋にもお書きしました。それで、最初の一年は、実に待遇がよかったんですね。この国が果たして食糧危機の国であるかどうかというようなことを感じるぐらいでした。
ところが、捕まって、翌年の二〇〇〇年の四月五日から日朝交渉が始まったわけですけれども、どうもそのあたりから向こうがいら立ちを見せ始めまして、日本国政府はおまえを見放しているということを言い始めたわけです。そういうことで、全く私自身に、日本国政府を非常に中傷誹謗というわけじゃないけれども、とにかくおまえは見放されているということを言い始めまして、そういうことから、私の扱いが、宿舎が変わるごとにだんだん落ちていったわけですね。実に質的に落ちていって、食糧危機の国だというのを実感し始めまして、これは長期戦になることを覚悟しているからそうなったんじゃないかと思っていたわけです。
先ほど陳述の中で申し上げましたように、はっきり言って、どうも日本国政府と北朝鮮との間で、私の知らないところで何らかの取り決めというか、何かがあったのではないかと。それが成立したから、逆に帰ることができたのではないかと。
簡単に言えば、向こうは私が謝罪すれば、要するに罪を犯した人間でなければ捕まることはしない、それにもかかわらず日本国政府は何もおまえに対しての謝罪がない、おかしいじゃないかと。ですから、私は、謝罪をするに当たって、どうも身の代金要求があったんじゃないかと。向こうは、先ほども申し上げましたように、それは保釈金の扱いであるのではないかと思うんですが、とにかくそれが成立したから、私の利用価値としては今が、簡単に言えば、取引としてずっと北朝鮮にとどめておいても厄介であろうと。
常に私のところに、我が国が今経済的に大変苦しいときにおまえを捕まえていると、では放せばいいんじゃないかと思ったんですが、とにかく、そういうときにおまえを拘留しているんだと。つまり、私自身を拘留すること自体がもう既に負担になっているような、そんな言い方をしておりました。だから、それで、多分政府間取引か何か成立したからじゃないかなというのが、私の推測です。
○石破委員
有本さんの御両親、そして向こうに横田さんの御両親もいらっしゃいますが、私、有本さんのお母さんが書いていらっしゃるように、日本の政治家に北朝鮮から金が渡っておって、私は本当のことは知りませんよ、渡っておって、であるからこそ腰が引けているんじゃないかという疑念すら持ちたくなると、お書きになっていらっしゃる。
私は、実際のことは知りません。ですけれども、私たち日本の政治家というのは、そんないいかげんな者ばかりではありません。だから言うのをやめようとか、だから強く出るのをやめようとか、そういうような者は少なくともきょうのこの場には一人もおらないと、私は確信をいたしています。
私たちは、本当にこれを主権の問題としてきちんとやっていこう、私も子供を持つ親として、自分の子供がそういうことになったらば、私も日本海側にいる人間ですけれども、これは本当に、とてもいても立ってもいられない。
私はいつも思うのですが、皆さん方が怒っておられるのは北朝鮮に対してもそうですし、同時に、我々日本政府に対して、本当にこれでも国家なのかということを問いかけていらっしゃるんだろうというふうな認識を持っております。
そのような思いで、私ども、これから皆様方の思いがかなう日まで全力で取り組んでまいりますことを申し上げまして、質問を終わります。
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