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2006年4月10日 (月)

NHKスペシャル ドキュメント北朝鮮 第二集「隠された世襲」(2)

  ◆映像:表彰された時の勲章

◆在日朝鮮人の証言―――――――――――――――――――
  金正日の指導に、これっぽっちの疑問も持たない。
  (指導は)すなわち命令、すなわち法律、
  すなわち自分の身を賭してでも成し遂げる。
  これが原則です。無条件貫徹する。
  日本人を拉致することは当たり前。
  革命のためには何でもやるんですからね。
――――――――――――――――――――――――――――

質問:日本人拉致もキム・ジョンイル総書記の指示ですか?

  ◆ファン・ジョンヨブ――――――――――――――――――――
   言うまでもありません。
  当時国内外全ての活動は彼の指示によって行われていました。
    
  ――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:2002年9月17日小泉訪朝

金正日総書記は拉致は盲動主義、英雄主義の工作員が行ったとして自らの関与は否定しています。

70年代末、板門店で撮影された写真です。
権力の世襲は最終段階に入っていました。

~ピョンヤン~
<ナレーション>
1980年、ピョンヤンでは10年ぶりの党大会が予定されていました。
党大会は労働党の最高意志決定機関です。
ピョンヤンの外交官の間では、党の最高ポストである総書記に金正日が任命され、後継者として発表されると言う観測が流れていました。

党大会の一月前、中国が後継者の選出についてある見解を発表します。
中国共産党の機関誌『人民日報』です。

  ◆映像:当時の人民日報の写真

中国が後継者の選出についてある見解を発表しました。
二日間に渡って社説を大きく載せました。

◆『人民日報』社説――――――――――――――――――――――――――――――――――

共産主義において一人の指導者が全てを決めることは封建制であり、マルクス主義に完全に反する。
個人が後継者を指定する制度は、最もあるまじき行為である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
人民日報は後継者を指名することは絶対に認められない。
国を指導する者は、優れた能力と実績が党と人民によって承認されなければならないとしたのです。

  ◆映像:第六回党大会の模様(1980年10月10日)

<ナレーション>
ピョンヤンでは第六回党大会の開催日を迎えました。
労働党の全国の代表3220人が参加し、外国からも来賓が招待されました。

公の場で外国人に姿を見せることがなかったキム・イルソンの長男、ジョンイルがはじめて登場しました。
大会では総書記に選出されませんでした。
東側が予測した後継者の発表は行われませんでした。

  ◆映像:ハンガリーの秘密文書

私たちは党大会の詳細な分析をおこなったハンガリーの秘密文書を入手しました。
大会に出席した情報員が作成したものです。

◆秘密文書―――――――――――――――――――――――――――――――
共産主義初の世襲政権、キム王国が成立するという予測はうらぎられた。
総書記に選らばれなかった理由のひとつは中国にある。
人民日報が、『政権の世襲はマルクス主義に反する』と報じたためである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ハンガリーの報告から3週間後、キム・ジョンイル(金正日)が後継者になったという情報が
チェコスロバキアの大使から東ドイツ大使館にもたらされます。
労働党幹部から次のような発言を聞いたというものです。

◆労働党幹部の話―――――――――――――――――――――――――――

金正日は優れた指導力を備え、党を指揮する才能を持つ。
彼はこれまで中央と地方の党機構を指揮・管理し、大きな実績を積んでいる。
労働党と人民はこの指導に納得し、運命を託した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

すぐれた能力を理由に党と人民が指導者として選んだという説明でした。

◆クラウス・バーテルの証言――――――――――――――

彼らのやり方でした。
重要な決定の通達にはこうした手段を使っていました。
外交官の一人に話せばすぐに広まることを知っていたのです。
――――――――――――――――――――――――――

これが北朝鮮による後継者の発表と考えたバーテルらはベルリンに打電しました。

しかしベルリンでは指導者としての資質に疑いの目を向けていました。

~ベルリン~

◆ホルスト・ジーベックの証言――――――――――――――――
金正日の能力に関する北朝鮮側の表現があまりにも大げさでした。
金正日はすぐれた能力を持っている。
党を指揮する才能があるなどと理由を挙げています。
しかし、どれ一つ事実に基づいて証明されていません。
我々は不安を覚えました。
――――――――――――――――――――――――――――
  ~ソウル~
この頃、韓国と北朝鮮との間で経済的格差が開き始めていました。
韓国は70年代後半から輸出産業に力を入れ、急成長を実現。
全斗煥政権が誕生した80年。
韓国統一省は、国民一人あたりのGNPの格差は二倍と推定していました。

北朝鮮では、党中央委員会書記となった金正日同士の下、
八〇年代に先進国入りするという目標が掲げられました。

◆朝鮮中央テレビの宣伝映像――――――――――

我が党が決心すれば、できないことは何もない
党が作戦を立て 命令を下した
もはや勝利も同然だ
―――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
生産現場では、短期間にノルマを達成する200日戦闘が始まりました。
外国に依存せずに自力で全てを達成するという、イデオロギー主体思想が強調され、大量の労働力が投入されました。
完成した施設は積極的に海外に公開されます。

 ◆映像:市民向け健康施設、ランニングマシーンなどの映像

キューバのテレビ局に公開された市民向けの健康施設です。
当時西側で流行していた器具が設置されていました。

 ◆映像:マンギョデ遊技場
およそ2万人の勤労奉仕で作られたとされる巨大な娯楽施設
高さが20メートルもある滑り台など、西側と同じ施設だと強調されました。

83年、北朝鮮は経済成長のデータの発表を突然取りやめました。
翌年東ドイツはその経済運営を批判的に分析しました。

◆北朝鮮との貿易に関する情報~東ドイツの分析~―――――――――
 
1983年北朝鮮の国民経済に大きな問題が浮上している。
対外貿易は前年比、5~10%程度のマイナスと見られている。
北朝鮮ではイデオロギーが最優先とされている。
経済の合理性を十分に考慮しない自己中心的な運営がなされている。
――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
報告書は当時の東ドイツ大使の情報をもとに作成されていました。
平壌に駐在していた、カール・ハインツ・ケルンです。

◆カール・ハインツ・ケルンの証言―――――――――――――――――――――――――
 
北朝鮮の経済政策は非生産的でした。
自己の力で全てをやり通すというイデオロギー、主体思想に基づいて運営されていたのです。
その結果、経済の発展が阻害されました。
全ての国民が、自力で目標を達成できると錯覚していたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
キム・イルソン(金日成)の主体思想を称える高さ170メートルの塔です。
建設におよそ1万人が動員されたとされ、キム・イルソン(金日成)が生きてきた25550日と同じ数の石が積み上げられました。

  ◆画像:完成した主体思想塔を訪れる金親子(1982年4月)

このとき70才を迎えるキム・イルソン(金日成)、。
金正日同士は優れた指導力を発揮したと息子を賞賛します。

この大衆動員を可能にした理由について、東ドイツの外交官が分析していました。
軍の駐在武官ホルスト・ローマンは自ら現場を回り収集しました。

◆ホルスト・ローマンの証言――――――――――――――――――――――――

ある朝鮮人がある朝鮮人が私にこんな発言をしました。
 『よき朝鮮人は4時間の睡眠で20時間働くことができる。
     それが我々が目指すべき理想の朝鮮人である。』

思想教育の結果だと考えました。
当時この国は人口の8割が40才以下でしたが、
生まれてからずっと、思想教育を受けてきたのです。
そのため金正日の指示する党の指示に不平不満を持たないのは当然でした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:オリンピック開催地決定の映像(1988年)

国際的地位の向上を目指す韓国はオリンピックの開催権を獲得します。
お論ピックの準備を進める韓国と北朝鮮との格差は83年、およそ三倍にまで拡大していました。
南の躍進に、金親子はあせりを募らせたとみられています。

  ◆映像:ラングーン事件
     ミャンマーを訪れた韓国大統領全斗煥を狙ったテロの様子。

ミャンマーを訪れた全斗煥を狙ったテロ。
全斗煥は北朝鮮と国交のあるオリンピック参加を呼びかけていました。
ミャンマー政府は北朝鮮の軍の工作員の犯行と断定しました。

東ドイツの文書は当時秘密工作はすべて金正日が指示していたと指摘しています。

2年後の85年、北朝鮮で親子の関係に変化があったとファン・ジャンヨブは証言しています。

ドキュメント北朝鮮 第二集(3)

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