« ■訪米報告 | トップページ | 横田早紀江さんの陳述書全文  »

2006年4月28日 (金)

早紀江さんの証言

電脳補完禄さんのご厚意で、サイドバーに、アメリカ公聴会での早紀江さんの証言動画を掲載しました。
是非ご覧ください。

そして、私達が何ができるか、考えていきましょう。

早紀江さんの証言全文も、電脳補完禄さんからお借りして掲載します。
――――――――――――――
  早紀江さんの証言全文
――――――――――――――
本日はこのような貴重な機会を与えて下さったリーチ委員長、スミス委員長を初めとする米国議会の先生方に感謝いたします。

私は今から29年前、1977年11月に13歳で北朝鮮に拉致された横田めぐみの母、横田早紀江でございます。めぐみが中学校からの下校途中に行方不明になってから、どうしていなくなったのかわからない長い長い二十年間の苦悩の日々を過ごして参りました。めぐみが北朝鮮の工作員によって拉致をされたという情報が入ったのは、1977年のことでした。

私たちはめぐみが生きていたのだ、すぐにでも会える、という思いで大変喜びました。けれども北朝鮮にいることがわかって、それから9年以上が過ぎたのにまだ救出出来ません。なぜ助けられないのか、悔しくて、悲しくてたまりません。

金正日は2002年9月の日朝首脳会談で一転して13人だけの拉致を認めました。北朝鮮が拉致した日本人は13人どころではありませんが、彼らは数多くの被害者について、いまだに拉致したことさえ認めていません。拉致の疑いのあるケースは450人以上あります。

娘めぐみと、本日家族がこの席に来ています田口八重子さん、増元るみ子さん、市川修一さんら8人は死亡と通告されましたが、めぐみの骨とされるものなど北朝鮮が8人の死亡の根拠として提供したものは、日本政府の精査の結果、全て信じるに値しないものでした。

これは1年半前にニセ遺骨と一緒に日本政府に提供された拉致直後のめぐみの写真です。めぐみは歌の好きな明るい少女でした。この淋しそうな顔見て私たちは思わず写真をなでながら、「めぐみちゃん、こんな所にいたの? どれほど不安だったでしょう。まだ助けてあげられなくてごめんなさい」と話しかけました。

めぐみの娘、私たちの孫であるキム・ヘギョンさんの存在が明らかになり、今年4月にヘギョンさんの父親が韓国の拉致被害者キム・ヨンナムさんであることがDNA鑑定で証明されました。ヨンナムさんは16歳、高校生で拉致されました。北朝鮮による拉致被害者は日本、韓国だけでなく、中国、タイ、レバノン、フランスなど12ヶ国に及んでいます。

亡命工作員の証言によると、娘めぐみは工作船の暗い船底に閉じこめられて、「お母さん助けて、お母さん助けて」と壁をかきむしって絶叫し続けて暗い海を運ばれたと言います。

めぐみたちはまだ元気であちらにいるのです。本当にもう心身疲れ果てておりますけれども、子供達が助けを求めている間は、どんなことがあっても倒れることは出来ません。

子供達の失われた年月は取り戻せません。世界各国から拉致された全ての被害者たちを助け出し、これからの人生を自由の地で過ごさせてやりたい。ひどい人権侵害に苦しんでいる北朝鮮の人々も助けなくてはなりません。

世界が心を合わせて、「拉致は許せない。全被害者をすぐ返しなさい。それがないなら経済制裁を発動します」とはっきりと言っていただきたいのです。それが私たち家族の心からのお願いでございます。

米国議会、政府、国民の皆様のお力添えをお願いします。
本当に今日はありがとうございました。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
この記事が参考になった方は、下記バナーをクリックしてください。

|

« ■訪米報告 | トップページ | 横田早紀江さんの陳述書全文  »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 早紀江さんの証言:

» やっとこの日が、と。 [園 丁 日 記]
これが日本政府のコーディネートでないのには、 複雑な思いがいたしますが、拉致被害者家族の方々と ブッシュ大統領の面会がようやくかないます。 昨年の首相官邸前座り込み(2005/6/24~26)以来、この日を 待っておられたのは何より被害者家族の皆さんでしょう。 その1 ..... [続きを読む]

受信: 2006年4月28日 (金) 20時58分

« ■訪米報告 | トップページ | 横田早紀江さんの陳述書全文  »