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2006年7月23日 (日)

横田早紀江さん 石垣島(2)

横田早紀江さん 石垣島(1)の続き

長男が(アメリカに)一緒に行ってくれましたので、めぐみが北朝鮮に連れて行かれて半年目ぐらいに写された写真だと思いますが、三枚の写真が出てきた中の一枚の、白いブラウスを着ている悲しげな写真を(それを持っていきました。)

あの寄居中学校の帰りに着ていたものと同じような白のブラウスの悲しげな写真を出してきました。骨も一緒に出てきました。けれども私はその骨を見たときは、「絶対にこれはめぐみの骨ではありません、めぐみのものとは思っておりません」とはっきりと藪中さんや斉木さんの前で申しました。「このような写真を出してきたんですよ」と三枚の写真を並べられました。後の二枚は大人になった、私達が想像もしていなかったような、めぐみの初めて見る大人の写真でしたけれども、あの白いブラウスの写真は本当に悲しい顔をしておりました。

もう、何とも言えない、悲しい目をして私達をじっと見ていました。「お母さん、私はどうしたらいいの?助けて、って言えないんだよ。でも生きてるんだよ。」と言う思いでじっと私を見ていました。本当に私は悲しくてたまりませんでした。あの、骨の白い骨壺に対しては、全然感じなかったものが、あの白いブラウスの写真を見たとき、本当に思わずあの写真を手にとって「あ~、めぐみちゃん どんなに探したかわからなかったのに、こんなところにいたのね!」と思わず涙があふれて止まりませんでした。

二人の弟たちも滅多に泣かない子ですが、声を出して泣きました。
ほんとーになんと残酷なことを、冷酷なことをする国だと思いました。
そしてその後、その骨は日本の科学的な鑑定の結果、やはり思っていたとおり、偽の骨が、二人の他人の骨が入っておりました。

それでも北朝鮮側は、「日本はいい加減なことを言っている。そんなこと言うなら、あの骨壺を返せ、そして拉致問題はこれで終結したんだ。みんな死んだんだ」ということで、今回また考えてもいなかった、あのチョルジュンさんといわれる方、めぐみの夫だとされる方が、外務省の方の前に表れたあの人が、あの時に、政府が「貴方の毛根と血液を差し出してください」と頼んだときにも、「私は特殊機関の者であり、顔を出すわけに行かないので、一切渡すことはできません」と断り続けていたのに、どういう訳か、北朝鮮は今回、めぐみの夫とされる人が、韓国の高校生を5人拉致した中のひとりである、金英男(キム・ヨンナム)と言う名前の、その方が夫である、それがチョルジュンさんだったんですけれども。その人を堂々と、出せないと言っていた人を、完全に世界に見えるように、差し出してきました。

そしてきっと私はその方が出てくるときに、「もう私の妻は死んだんです。私がその骨を持って大事にしていたんです。だから本当に死んだんです。だからこんなに元気な孫が、あなた方の孫がここにいるんですよ。」ということをきっと言うだろうと思っていたら、本当にその通り、間違いなくぴったりのことを証言をしております。

そのようにして、「おじいちゃん、おばあちゃん、私に会いたければ、北朝鮮に来てください。」とウンギョンちゃんと又名前が変わりましたけれども、(以前はヘギョンさんが)言っておりました。

あの当時も(2002年)小さかったまだ15歳の、ヘギョンちゃんの時に泣きながら、フジテレビが放映した中に、「おじいちゃん、おばあちゃん、私に会いに来てください」と言っていた姿を皆様も覚えてくださっていると思います。本当にどんなに揺れ動いたかわからない、すぐにでも抱きしめたい思いでいっぱいでしたけれども、そのようにして又向こうに行ったときに、あちらのラインの中に入ってしまった者と、あの北朝鮮のラインからこちらの自由な世界にいる者とでは、発する言葉が全然違うと言うことを、私達は勉強していました。

金英男さんが出てきたときに、お母さんやお姉さんにも申し上げました。「会いに行かれるのは親心として当然ですけれども、本当にどうしても返してもらいたいと思われるのであれば、ここの膝に、貴方の膝に金英男さんを抱きしめてください。あの北朝鮮のラインから外に出して抱きしめてあげましょう。私達もヘギョンちゃんや、めぐみを取り戻したいと活動しているんです」と言うことを申し上げましたけれども、やはり韓国と日本では拉致問題についての考え方も違うので、やはりまた向こうに会いに行かれました。

そのような中で、今のような状況に動いてきているわけです。けれども本当に先ほど砂川さんのお話にもありましたとおり、もうあの頃から、大韓航空機縛は事件から、そのことさえも北朝鮮は「我が国がやったことではない」と言い続けております。

拉致は認めましたが、「7名の人は全員死亡」、後の二人は、曽我さんのお母さんを含めて「見たことも入ってきたこともない」と言い続けて、「これで拉致問題は終わりだ」と言っています。

みなさま考えてみてください。何にも悪いことをしていない大切な子供が元気いっぱい帰ってきてときに、はっと捕まえられて、あの国に監禁されて、向こうの思想を埋め込まれて、向こうのために、工作員養成のためにこき使われて、今、三十年間もあちらで助けを求めているんです。

今も何処かで「助けて!」と言っている声が聞こえています。けれども、北朝鮮はそのようなことをして、もう、気が狂うようになる、気が狂ったかもしれない。。。めぐみは鬱病になったと言われていますが、本当にそうならないのがおかしいぐらいのことです。

そのような中で、「はい、死にました」「はい、拉致問題は終わりです」と言われて、みなさまは「あ、そうですか」、「残念でした」とおっしゃるでしょうか?

こんな馬鹿なことをされて、そのようなことを言われて引くことができるでしょうか?こんな大事な問題をこのままにして、日本の国は世界に笑われるのではないでしょうか?

さきほどもお話がありましたが、アメリカならば、たったひとりの自分の国の大切な者が連れ去られたら、空母を出してでも取り返すぐらいの力を持っています。

本当に日本中が怒って、外務省が怒って、国会議員全部が怒って、小泉総理が怒って(ほしかったんです。)骨が出てきたときに、偽だったとわかったときに、「何と言うことなんだ!」と怒っていただきたかったんです。誰も怒らなかったんです。「遺憾でありました。」とおっしゃっただけでした。

ご自分のお子様がそうであっても、「遺憾でした」とおっしゃるんでしょうか?

気が狂うような思いで私達は何十年間、本当に、一生懸命皆様に助けられて、ここまで来ました。、
そして北朝鮮のいろんな事が明らかにされ、拉致だけでなく、不審船が入ってきたり、そして万景峰号というあの大きな船が、いつも新潟港に入港して、向こうの国会議員といわれる人が、行ったり来たり、堂々とできて、向こうの秘密、こちらの秘密をいろいろ持って帰って、情報をつないでいるような、「そのような船をを止めてください」と、私達は垂れ幕を持って、蓮池さんのお母さんやお父さんと一緒に、もっと前から、万景峰号の前に立って、「子供達を返してください!この船に乗せて返してください。」と何度言ってきたかわかりません。それでもどういう訳か、あの船はなかなか止めて頂くことができませんでした。

「法律がないから、できないんです」ということでしたので、若い議員の方が、一生懸命頑張って、考えに考えて、計画を立ててくださり、ようやく船を止める法律を作ってくださいました。「今ならば、すぐに止められる、だから止めてください!」と言っても、なかなかそのことが実行されないで、発動がなされませんでした。

こーんなに悲しいことが、次から次から、起きていても、どこまで我慢をしなければならないのでしょうか?もしみなさまの大切なお子様やご兄弟が、このような状態にあったら、どうなさるでしょうか?本当にこの日本の国は、どうしてしまったんだろうと思うほど、悲しい思いでいっぱいです。

私達は新潟時代に、毎日、毎日、毎日、泣いて、泣いて、泣いて、絶叫して、畳をかきむしって「もーう、死にたい、早く死にたい」「こーんな哀しいことをひっさげて人生を歩みたくない」と、どれだけ思ったかしれません。どれだけ涙を流したかわかりません。

だんだん年が言ってきましたので、涙が枯れ果てたというか、何か体中の水分が全部抜けてカラカラになったような想いの毎日なんですけれども、今ようやく、大きく国際的に、この北朝鮮に対する人権問題ということが大きく問われているようになってきましたが、(それでも)なかなか、全部の国々が心を一つにして取り組むことができなくて、残念なんですけれども。

いろんなものが突然飛んできたり、恐ろしいことを平然と「これでもか?これでもか?」と北朝鮮はやっておりますけれども、本当にこのようなことを許していて良いのでしょうか?

私は別に戦争をしたいとも、あちらに国を責めてめちゃくちゃにしたいとか、そんなことを考えてはいないのです。本当にあの北朝鮮という国が、あの指導者の方が、ちょっと心を入れ替えて、拉致をした人たちを、「大変なことをやったけれども、これは本当に申し訳なかった」と、みんな待ち望んでいる、年老いた家族の元に、戻してほしいとお願いしているだけなんです。

そしてそのことで、本当にみんなが、国家が全部が、心を合わせて、「よい交流をしましょう」と、本当に「心からの暖かい交流をしましょう」と言うことになってほしいと、いつも願っております。

このような難しい問題を、どのようにするか、これ以上政治的なことは私達はわかりませんが、アメリカが一生懸命に拉致問題に対しては「必ず最後まで、核の問題と一緒に、声を表に出してやっていきましょう」と約束をしてくださいましたし。

本当にあの時に、ブッシュさんが、めぐみの写真を持っていった息子が、あの白いブラウスのめぐみの写真を見せた時、「私の姉は、本当に朗らかな明るい姉でした。いつも、歌っていました。けれども、こんなに悲しい顔をして写されてきたんです。」と言ったときに、ブッシュさんは、悲しそうな顔をなさって「この子の体はここにないけれども、この子の心をここに一緒に置きましょう」と言ってくださって、自分の横のテーブルにこうして(写真を)立てかけてくださったんです。

そして「本当にこのことは勇気のいる、大変な仕事だけれども、忍耐もいるけれども、お母さん、がんばってね」と最後に私にしっかりと言ってくださいました。

本当に日本の国の、全部の人たち、国民、家族、被害者家族、全国民、警察の方、外務省のお一人お一人、国会議員のお一人お一人--あれだけたくさんの国会議員の人たちが、ぎっしりとあれだけいつも座っていらっしゃるんですから、あれだけの人たちが、心を合わせて声をだせば、ものすごい大きな声になるはずなんです。怒れば、その声が向こうに届くんです。何も言わなければ、「あぁ、何も怒っていないんだな」と向こうに伝わるだけなんです。

本当に大切なことに対して怒る心を忘れてしまった日本という国が、本当に私は悲しくて仕方がありません。

でもこうして全国のたくさんの支援の方々が私達に力を貸してくださり、いろーんな方々が、いろーんな知恵を出しあってくださって、国民大集会、署名活動、カンパをお願いしたり、みなさまに助けられて、遠い外国まで(行く)費用をだす事ができて、皆様のおかげで、こうして長い時間動いてくることができたことを、本当にありがたく思っています。

けれども、この拉致問題がはっきりと解決しないと言うことは、これは、日本の国にとって大変な問題だと私は思っています。

こーんなに大切な命を奪われている国が、何にもできないということが世界に知れ渡ることは、世界は日本をどう見るのでしょうか?
命がけで、みんなが命がけで、大切な国民を、若者を、取り返そうと、心を込めて団結したときに、初めて、「あぁ、日本という国は、さすがにすごいんだな」ということが、世界に発信されるんではないかと思っているんです。

私達は本当に、小さな、小さな一庶民でしかありません。難しいことは何にもわかりません。
けれども、大事な大事な、<命の問題>、<心の問題>というのを父や母から教わってきました。昔の日本は、みんな父や母が厳しくそのことを教えてきました。本当に「悪に対してだけは、絶対に負けてはいけない。口を、言葉を出して行動で示しなさい」といつも言われてきました。そのような想いがあって、私達は何もできないんですが、一生懸命にこうして動かせていただいてきました。

そして、今一番大切な時に来ておりますので、どうか皆様方の本当の真心を私達と共に合わせてください。この拉致問題、たくさんの被害者がいます。特定失踪者は、480名に近い方が、特定失踪者調査会の方に調査を申し込んでいらっしゃいます。中でも、100名に近い方は、必ず北朝鮮に拉致をされた方だと言われています。こちらの方でも、私達は余り知らなかったのですけれども、二名か三名の方が拉致をされているんではないかと、言われています。

本当に闇の中で埋没してしまって、助けを求めている。どんなに悲しい、暗い、悲しい、人生でしょうか?、あのような無味乾燥なところで、毎晩、毎晩、お月様を見ながら、「どうして助けてくれないんですか」と叫び続けている子供達、溺れ続けている子供達。
溺れている人を見たら、誰だって、すぐに飛び込むんじゃないでしょうか?ロープを持って、投げ出してあげるんじゃないでしょうか?
もうアップアップとして、ほんとうに水がここまで来て、「早くしないと死んでしまいます!」と言っている人たちをしらんぷりをして、あちらに向いて逃げていくのでしょうか?

必ず私達は、日本人は、心を一つにして、今、この拉致問題を、少しの危険はあっても、「命がけで助けてあげましょう、みんなの大切な国民なのですから」ということができ、それが現されたときに、日本の国は、本当に、素晴らしいことに変わっていくのではないかなーと、私は思っています。

恐ろしい親殺し、子殺し、何とも言えない曖昧な、曖昧模糊とした、何を目標にして良いかわからないような、ただ、「勉強しなさい、勉強しなさい」と。何のために勉強するのかわからない。素晴らしい大学だけ出ればいい。優秀な会社に入れば、もうそれでいいというような事だけではなくて、どーんな地位にあっても、大切な魂を、しっかりと人の命を大事にしなければならない。絶対に命を奪ってはいけないと言うそういった大事なことが、真心の中にしっかりと植え付けられた子供達が、育っていくことが、どんな地位にあっても、
それが(命を大切にすると言うことが)発揮されていく大事な問題ではないかと思わせられております。

どうかみなさま、本当に私達を応援してください。

拉致被害者の、苦しんでいる人たちを、一刻も早く、この自由な日本の国の中に取り戻して、本当に自由な空気を吸わせてあげてほしいと願っております。

どうか宜しくご支援くださいますように、お願いいたします。
ありがとうございました。

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