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2006年8月 5日 (土)

「美しい国へ」から

安倍晋三(文芸新書)より

はじめに――――――
  「闘う政治家」「闘わない政治家」

私は政治家として14年目を迎える。この間、素晴らしい仲間にめぐり合ったし、尊敬する先輩の指導を受けることもできた。
政治家の中には、あまり政策に興味を抱かない人がいる一方、特定の政策については細部まで突き詰める人もいる。政局になると力を発揮する人もいるし、そうしたことには一切興味を示さない人たちもいる。かつて自民党に「官僚派」と「党人派」という区分けがあったが、現在は「政局派」と「政策派」という分け方ができるかもしれない。その意味では、若手議員のほとんどは、かつてと比べて政策中心にものを考える傾向が強くなっているのではないだろうか?

時代は変わったが、私は政治家を見るとき、こんな見方をしている。それは、 「闘う政治家」と「闘わない政治家」である。

 「闘う政治家」とは、ここ一番、国家のため、国民のためとあれば、批判を恐れず行動する政治家のことである。「闘わない政治家」とは、「あなたの言うことは正しい」と同調するものの、けっして批判の矢面に立とうとしない政治家だ。

私が拉致問題について声をあげたとき、「右翼反動」というレッテルを貼られるのを恐れてか、運動に参加したのは、ほんの僅かな議員たちだけだった。事実、その後、私達はマスコミの中傷の渦のなかに身をおかざるをえなかった。「応援しているよ」という議員はたくさんいたが、いっしょに行動する議員は少なかった。「闘う政治家」の数が少ないのは、残念ながら、いつの時代も同じだ。

1939年、ヒトラーとの宥和を進めるチェンバレン首相に対し、野党を代表して質問に立ったアーサー・グリーンウッド議員は、首相の答弁にたじろぐことがあった。このとき、与党の保守党席から「アーサー、スピーク フォー イングランド(英国のために語れ)」と声が飛んだ。グリーンウッドは、その声に勇気づけられて、対独開戦を政府に迫る歴史的な名演説を行ったという。

初当選以来、わたしは、つねに「戦う政治家」でありたいと願っている。それは闇雲に闘うことではない。「スピーク・フォー・ジャパン」という国民の声に耳を澄ますことなのである。

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