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2006年9月 6日 (水)

八重山集会 横田滋さん1

 
   「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」
06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田滋さんの講演 その1』

皆さんこんばんは。
ただ今ご紹介を頂きました、新潟で拉致されました横田めぐみの父・横田滋でございます。
今日は台風接近の中、こんなに大勢の方にお越し頂きまして、いかに皆様方が同胞を救おうと言う関心の高い事を感じましてありがたく思っています。
こちらにお伺いする前に中学校へ行きまして約1時間話をさせて頂きましたんですが、生徒さんも非常に熱心に聴いて下さいまして、関心の高さと言う物をここでも感じました。

めぐみは昭和52年の11月の15日、新潟市の寄居中学校でバドミントンの練習を終えて帰宅途中、自宅のすぐ近くで行方不明となりました。
めぐみは通常6時半くらいには帰って来ますが、その日はそれを過ぎても帰ってこないので早紀江が学校まで迎えに行きました。
そうすると体育館に明かりが点いて女の人の声で「わぁ~っ」と言う声が聞こえたので、「今日は随分遅くまで練習しているんだな」と思ったそうです。

それはめぐみは、その二日前くらいに開かれました新潟市のバドミントンの新人戦に出場しまして、そこで成績はまずまずだったんですけど、新潟市の強化選手に選ばれました。
その当時の新潟市の女子のバドミントンと言うのは全国のトップレベルだったので、非常に名誉だと思う反面、自分の代でここでレベルを下げてしまうと困るという事で心配もしておりました。

それで普通より遅くまで練習をしているのかと思って帰ろうかと思ったんですが、(体育館を)のぞいて見たら生徒は全部帰った後で、お母さん方がバレーボールの練習をしていました。
それで急いでとって帰りまして玄関を開けてみますと、めぐみの靴が見えません。
それで弟二人を連れて家の近くの空き地等を調べましたんですが見つかりません。
そのうち私も銀行から帰ってきて一緒に探したんですが、これまで学校の帰りに寄り道したことなど一度も無かったもんですから、その日のうちに警察に届けを出しました。
それで新潟の中央警察署と隣接しました東警察署の方がすぐに家に駆けつけてくれました。

学校と家の間は約500メートルくらいです。
学校の前の道路も非常に広い所でそのまま真っ直ぐ行きますとバス通り、これも広い所です。
そこを通って自宅まで帰るわけなんです。
警察の調べでは学校の校門を出るときは友達二人計3人、校門の前に広い道路が横に広がっていますが、そこを右に曲がって3人で自宅の方向へ向かいました。
一人はすぐに右の方に曲がって分かれまして、丁度学校と家の中間点くらいにありますバス通りの交差点で、もう一人の友達と左に曲がって別れて、めぐみがそのまま自宅方向に向かって直進しました。
それが最後の目撃情報です。

警察はそこから警察犬2頭を出してめぐみの匂いを追わせた訳です。
そうしますとそのままずっと真っ直ぐ自宅の方向に向かいまして、そして左に曲がると50メートルくらいで自宅と言う交差点で、ここで犬が匂いを追うことが出来ませんでした。
そこで警察はここで車にでも乗せられたんじゃないだろうか?と推測して、行方不明になった理由として身代金目的の誘拐、または暴行目的の誘拐。
それからそこには交通事故の痕跡は無いですけど軽く接触して、たまたまその人が無免許だったりして、処置に困って連れ去り運がよければそこで治療でもして帰ってくるのではないかということも考えましたんですが。
やはり重点的には身代金目的の誘拐と言ううことで県警の特殊班といって、誘拐なんかを担当する班の人たちが来まして逆探知の装置を付けたり、刑事さんが家の中に数人入り込んで、家の周りには覆面パトカーが張り込む。
そして大勢の方が近所を探してくれました。

しかしその日は12時くらいで一旦打ち切りまして、翌朝薄明かりになった頃から県警の機動隊も出動しまして、大規模に近くの空き地を大勢の警察官が長い棒を持って一列横隊に地面を突きながら歩いて。
防風林から海岸、護国神社の境内まで探してくれたんですが、めぐみの姿はもちろん遺留品も見つかりませんでした。
また、大勢の警察官の方が近所を聞き込みに回って悲鳴を聞いたかどうか?それから女の子が連れ去られるのを見たかどうか?という事も調べてくれましたんですが、しかし何の反応も情報を得る事も出来ませんでした。

1週間警察はそのままの状態で警察はずっと捜査を続けてくれたんですが何も無いままで、そのために公開捜査に切り替えて、地元の新潟日報に大きく少女行方不明という事で載りましたので、これで解決するかと思ったんですが、そういった新聞に載ったにも関わらず何も情報が入りません。
そのうち警察は、新潟の海流は北の方に流れていますから、山形県との県境くらいまでずっとヘリコプターを飛ばしてくれたり、それから(海岸の)侵食を防ぐ為にテトラポットと言うのが三角型の大きなコンクリートを沈めてある訳ですが、そこの外側に引っかかっていないか?と言う事で巡視船を出して調べたり、それから春になったらダイバーが潜って調べたりもしてくれましたが、そこからも何も遺留品も出てきませんでした。

我々もチラシを何回も警察に頼んで貼ってもらったり、テレビの人探し番組にも5回出て呼び掛けをしましたんですが、テレビの力は非常に大きくてすぐに他の方は見つかるんですが、めぐみについては何の情報も入りませんでした。
警察でも犯人は同じような事を繰り返しますから、そこでそうした犯人が捕まった場合、その余罪として見つけるしかもう方法がないということになって、世間では神隠しであるとかUFOの仕業であるとか言われましたんですが、全く何の情報も入りませんでした。

そしてそんな状態が約20年も続きました平成9年の1月の下旬に、参議院議員の橋本敦議員の秘書の兵本(達吉)さんという人から電話がありまして、「お宅のお嬢さんは、北朝鮮の工作員に拉致されて平壌に居るらしいという情報が入りました」という電話を頂きました。
20年ぶりに初めて入った情報です。
「あぁ、これで解決した」と思って、詳しい話を聞く為に議員会館に向かいましたら、そこでありましたのは公開捜査に切り替えた時の新潟日報のコピーと、それから現代コリアと言う雑誌の前年の10月ごろだったくらいと思いますけど、そこに大阪の朝日放送のプロデューサーの石高健二さんて言う方が書かれた「私が金正日の拉致資料を書いたわけ」と言うタイトルのページが20ページに亘ってコピーしてありました。

それを石高さんがソウルに行って韓国のソウルの安企部に取材して、蓮池さんや地村さんの行方不明事件について調べて本を書いたわけです。
「金正日の拉致指令」と言う本を。
しかし「その取材中にこんな情報があるんだけど、ちょっと情報不足で本には書けなかったけど、知っている人がいたら教えて欲しい」という前書きがありまして、そこには1977年から78年ごろ日本海のどこかの都市で13歳の少女がバドミントンの練習を終えて帰宅途中に任務を終えて出国しようとする工作員を目撃したので、工作員はそれを警察に通報されたら困ると言う事で少女を連れて帰った。
そして少女はお母さんのところへ帰りたいと頼んだんですが、しかし朝鮮語を習得したら返してやるといわれて一生懸命勉強して朝鮮語をある程度マスターしたんですが、18歳になったとき返して貰えないということが分かったので精神に破綻を来たして入院をした。
少女は双子の妹である、というように書かれていました。

それを見ましたときにこれはめぐみの事に間違いないなと思いましたんですが、しかしそれは新聞情報と殆ど変わりが無いものです。
実はめぐみがいなくなって3ヶ月くらい経った時に、身代金を要求する電話が入りまして、そして早紀江がその電話を引き伸ばしている時に逆探知に成功して犯人を逮捕した事がありました。
それでこれでもう解決かと思いましたんですが、それは高校生が新聞情報を元にして悪戯をしたわけです。
ですから今回も新聞情報が先にあったともいえないような内容で、ずいぶん20年も前の話でめぐみが有名人でもなんでもないのに13歳とかバドミントンとか非常に細かい事が書いてあったわけです。
ですからちょっと危惧を感じましたんですが、だだひとつ気になったのは少女は双子の妹であると書いてありますけど、めぐみは双子ではありません。
しかしめぐみには双子の弟がおります。
そして双子の弟の事は後には何回も新聞に出ましたけど、公開捜査に切り替えた時の新聞には載っておりません。

それで後でそれを書いた石高さんに聞いたんですが、韓国の安全企画部から話を聞くときは、例えば調書を見ながら教えてくれるという物ではなくて、食事をしながらとか歩きながら話を聞くというような事で、その時にきっとその人が下に双子がいるということが頭に残っていて、そして本人が双子の下のほうであると言ったのではないかといいましたけど、新聞には出ていない双子とあったのでそこは実際とは違いますけど、これはもしかしたら本当かな?と言う感じは致しました。

そして一番初めに直面しました我々のなんと言いますか困惑なんですが、それは実名を挙げて写真を載せて報道して頂くかどうか?という事です。
そしてそれは家の中でも意見が分かれまして、私は「内容を出して写真を出さなければ世間から信用されないからそれはすべきだ」と言いましたが。
子供たちと早紀江は「お父さんの言う方が正しいんだろうけど、そんな事をしたら北朝鮮は拉致は無かったという事にして、折角ここまで頑張ってきたのにこっそり殺してしまう恐れがあるからやっぱり安全を取るべきだ」という声が強くて、家の中でも意見がまとまらなかったんですが。

たまたま現代コリアのHPの中に日本人拉致リストと言うのがありましたが。
それは蓮池さんや地村さんの事が載っていたわけですが、その一番前にいつの間にか横田めぐみと言う事で、実名でいなくなった状況なんか載っていましたので、こんな事で中途半端に北朝鮮に知られるよりは一般のマスコミなんかにも公表した方が安全が保たれるだろうと言う事で、実名を出す事を了承しました。
そして平成9年の2月3日の産経新聞の朝刊に少女拉致事件という事で大きく報道されまして、それはその年の新聞協会賞って言うんですか?
大スクープだと言う事で取ったくらいの内容でしたんですが。

それから朝日新聞が出していますアエラと言う週刊誌にも載りました。
しかしながら両方ともそれ程発行部数がありませんので、日本全国の人が知ったというわけでもありませんけど、その日の午後に開かれました衆議院の予算委員会で新進党の西村眞悟代議士、今民主党でやっていますが、その方が衆議院の予算委員会で橋本総理大臣に対しまして、少女拉致事件という事で質問をしました。
それに対しまして橋本総理大臣は「現在調査中であるから」と、その時は明確な答えはありませんでしたが、それが全国へテレビで生中継されましたので、それで日本人の多くの方は「あぁ、北朝鮮へたくさんの日本人が拉致されているんだな?」と言う事が初めて知ったわけです。

今日若い方もお見えになっていますけど、そういった方は小泉総理が訪朝したときに日本人拉致が分かったと思ってらっしゃるかも知れませんけど、殆ど今日お見えになっている方は平成9年に拉致事件が分かったと思います。
しかし、実際にはもっともっと北朝鮮による拉致と言うのは早くから分かっていたわけです。
アベックの方が居なくなったのはめぐみが拉致された翌年の、昭和53年の7月と8月です。
このときに3件のアベックの行方不明事件がありまして、それと一件の未遂事件がありました。
そしてその1年半後くらい後の昭和55年の1月の6日付の産経新聞、これは二日くらい連続になりましたんですが、アベック行方不明事件と言う事で大きく報じました。
そして北朝鮮と言う名前は出していませんが外国の諜報機関が関与しているという事で、読めば北朝鮮と分かる内容ですがしかしこれは他の新聞の後追いがなかったので立ち消えになってしまいました。
しかしこれは一つの新聞社が今となってみれば立派な記事を出したんですけど、その当時はやはりそれ程、本当にこんな事があるのかな?みたいな事になってしまったわけですが。

しかし昭和63年には参議院の予算委員会で先ほど出ました、橋本敦議員が国会の場で拉致事件を質問しています。
それとその時は、大韓航空機を爆破した金賢姫に日本語を教えた田口さんの事についても質問しています。
それに対して治安関係の責任者であります梶山静六さんが国家公安委員長で、「北朝鮮による拉致が濃厚である」というふうに国会の場で北朝鮮による拉致と言う事を発言しておりますし、当時の外務大臣も「現在調査中ではあるが事実であれば断固たる処置をとる」と回答しておりますから、政府関係者とか議会関係者の方はその時には知っているわけなんです。
しかしその時たまたま産経新聞と日経新聞が小さく報じただけで、それ以外の新聞が報じなかったもんですから一般の方は気がつかなかったわけです。

そして親の方も我々がちょっと心配したのと同じように、自分達が名乗り上げると子供たちが殺されるかも知れないということで黙っていたわけです。
親が黙っていて、そして世間の人も世論も結局知らないから、救出運動なんか起きないわけです。
そうすると政府はどうしたか?というと、後になって記録を読んでみますとめぐみについては北朝鮮側に照会しています。
北朝鮮から「そんな人は実在しない」と回答がありましたんですが、アベックについては事実上何もしていないで放ったらかしにしていたわけです。
そして国交正常化交渉を重点にしたわけです。
めぐみの事が明らかになった直後でも外務省の局長の方が「たった10人くらいの拉致の事で騒いで日朝国交正常化交渉が滞るという事は国益に反する」というようなことを言って、ヒンシュクを買った事があります。

よくアメリカでは一人でも拉致されたら戦争をしてでも取り返すと言いますけど、結局世論の力が無ければやっぱりたった10人と言う。
その10人が非常に大事な事なんですが。
そういった拉致された国民を救うということよりも、北朝鮮と国交を結ぼうという事がやっぱり重要視するわけです。
それまでに中国とかソ連とか本当は国交がなかった時代がありましたんですが、両方とも結んだので北朝鮮が最後になるんですが、ですからそんなような状態ですからやはり世論の力が如何に大きいかという事がお分かりになると思います。

それから日本電波ニュースと言うメディアが韓国に行きまして、亡命した工作員から色んな話を、偽ドル札作りの話を聞いたときに、「日本では今日こんな事が話題になったんだ」という事でその産経新聞等を見せた所、その工作員が「この人は見たことがある」と。
「自分が工作員として教育を受ける時に金正日政治軍事大学で見たことがある」と言うような事を証言したわけです。
それによってもっと拉致の可能性が高まったわけですけど。
ただ工作員と言うのは我々の印象では初めて聞いた言葉なので、スパイとして入って来る人だから腕力は強いかもしれないけどあまり教養の無い暴力団のような人かな?と思ったんですけども。
実際ソウルに行って対面しますと非常に礼儀正しい精悍な青年が現れまして、そして知っている事はなんでも教えてくれましたし、知らない事やいい加減な事は言わないので、この人が言っている事は間違いが無いんだという事は確信しました。

・・・その2に続く・・・

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この集会の模様はオンデマンド放送で見る事が出来ます。

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蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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