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2006年9月 6日 (水)

八重山集会 横田滋さん2

   「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」
06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田滋さんの講演 その2』

そしてめぐみの事は橋本総理がその時には拉致かどうかと言う返事はなかったんですけど、5月になってから調査の結果、「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である」という事で従来の6件9人、アベックの場合は一件で二人になりますから件数と人数が合わないんですけど、そこにめぐみを加えて7件10人の北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である事案という事が国会で答弁されまして、そしてその年の警察白書にも載りました。

そしてめぐみの事でちょっと前に戻りますけど、2月3日に国会に取り上げられた時に新潟市の方で、この事件は新潟で起きたんだから我々の手で救出しようと言う事で、横田めぐみさん救出のための救う会というのが新潟で出来ました。
そしてそうした救う会が警察に行ったり外務省に行ったり日赤に行ったりと言う事で活動を始めたもんですから、後の家族の人も「やっぱり今自分達が立ち上がらないと救出のチャンスが無くなるだろう」と言う事で集まって、そして家族会という物を作りました。
これが平成9年の3月25日です。

それ以降はめぐみさんを救う会と言うのが、今度は「北朝鮮に拉致された日本人を救う会」ということで名前が変わりました。
そしてその時はまだ新潟一つだったんですけど、その会に集まってきた人が東京の会、東京の会と言っても実際的には関東の会だったんですけど、それが千葉の会とか埼玉の会・神奈川の会とかって発展的に分裂して、そういったところに出席した方が北海道の会とか福岡の会・大阪の会・京都の会とかって段々広がって、今日本全国殆どの県に救う会ってのはあります。

それから救う会に入って無くてもこちらのように八重山ブルーリボンの会というのと同じ名前で、要するに群馬県ブルーリボンの会と言うのが前橋にありますから、今は実質的に全県に救う会ってのは出来ました。
そういった方の活動と、国会議員の方が超党派の議員連盟を作ってくださった結果、かなり拉致問題は国民の関心が高くなってきましたし、政治的にも動くようになりました。

そして平成14年の1月か2月に日米首脳会談が開かれましたときに、小泉総理がブッシュ大統領に「拉致問題の解決無しに国交正常化交渉の妥結はありえない」と仰って下さって、それから国会の方でも衆参両院で拉致解決の決議がなされたり、それから拉致の専門幹事会と言うのが出来たり、国内的には随分救出の条件が整ってきました。

そしてブッシュ大統領がクリントン大統領から政権を引き継いで北朝鮮に厳しい態度を取るようになりましたし、それから北朝鮮自身も経済政策に失敗して配給制度が成り立たないようになったので、なんとか政権を維持するためには日本と国交を結んで経済協力を得なければならなくなると言う状況に追い込まれまして。
そして平成14年の9月の17日に初めての日朝首脳会談が実現致しました。
そしてその際に金正日は拉致を認めて謝罪をして5人が生存、それから8人が死亡と言うふうに発表をしました。

その日各家族に内訳の伝達があるので待機していたわけです。
そして中々伝達がありませんで、政府は「今ちょっと最後の詰めの作業をしています」と言う事で、まず一番に私たちの家族が呼ばれました。
その時世間ではめぐみについては確認されたわけではありませんけど、生存情報と言うのがたくさんありましたし、歳が他の人より10歳は若いので、今日はいつ頃帰ってくかというのが分かるのかと楽しみにしてたんですが。
実際に行きましたら、副大臣の方が「誠に申し上げにくい事ですけど、お嬢さんは亡くなっておられます。そして結婚して女のお子さんがいます」とそれだけの伝達がありました。

全く思いも寄らない事ですけど政府が詰めの作業をした上での公式の伝達ですから、反論するということも出来ませんので「いつ死んだんですか?結婚した人は日本人ですか?北朝鮮の人ですか?女の子は何歳ですか?」とかって聞いたんですけど、何を聞いても「分かりません、分かりません」ということだけだったので、またそれは別途教えてくれるのかと思って帰って来たんですが、全く思いもしない状況だったので愕然と致しました。

そしてその後も個別に呼ばれまして生きているとか死亡したとか言う事だけで、他の人も死亡したと言われても何日に死んだのか?原因と言うのが全く分かりませんでした。
しかし翌日になって、それは北朝鮮が言って来たのをそのまま右から左に伝えただけだと言うのが分かったので、我々はそんな事ではとても納得できないといって。
それでも更に2~3日後になって何日に死亡したかと言う事と、後は原因としては事故か病死かという2種類だけでよく分かりませんけど、めぐみの場合は自殺だという事で言って来ました。

それからその月の月末に政府の調査団が(北朝鮮へ)行ったわけですが、死亡したと言われた8人は、原(敕晁)さんは元々40代で拉致されていますから40代で亡くなっていますが、それ以外の7人はめぐみだけ10代、それ以外は20代で拉致されて全員20代で死亡しています。
そして2人だけが病死で後の6人は事故死です。

うちのめぐみの場合はうつ病で入院して回復期に病院の中を散歩している時に、医者が用事が出来て席を外した隙に来ている物を破ってロープを作って首吊り自殺をした。
遺体は病院の共同墓地に埋葬したが夫が秋になって持ち帰った。
その時に焼いたか墓を作ったとか内訳は分からないんですけど、夫が持ち帰ったと言う事。
証拠と言うのは患者入退院台帳という(物の、表紙の)入退院と言うのを消して上に死亡と書き直してあるんですけど、患者死亡台帳に名前が載っているというだけで具体的な証拠と言うのは何もありません。
カルテもその時は見つかりません。
その様な状態でとても納得できるような状態ではありません。

そしてそのひと月くらい後の10月15日に5人の方は帰国しました。
しかし当初は2週間くらい滞在して、また北朝鮮に帰って家族と相談してから来ると言うふうに言われていました。
この帰ってくるというのは約束があったともなかったとも言われてハッキリしませんけど、少なくとも文書としてはなかったと思います。
それがあれば北朝鮮が出してくるはずですから。
そして日本は、そのまま(北朝鮮に)帰すと二度と日本に戻って来られないだろうという事で福田官房長官が談話を出して、そのまま留め置いたわけです。
そうすると北朝鮮側はそれは約束違反だと言う事で、子供たちを返さなかったわけです。

それから約2年くらい経ちました2004年の5月に小泉総理が再訪朝したときに、蓮池さん・地村さんの家族は子供を連れてきて、それから曽我さんの家族はちょっと遅れてジャカルタ経由で帰ってきましたので、生存したと言われた人については全て帰って来ました。
家族も含めて帰って来ていますが、死亡と言われた人については小泉総理が訪朝した2002年(9月17日)の死亡したと言われた時から、全く一歩も進展していません。

北朝鮮は再訪朝したときに、これは生きている人は全て返したし、後は死んでいるんだから拉致問題は全て終わったんだという事で、それこそ経済協力を貰う為の交渉を始めようと考えたようですが、日本側はそれではとても納得できないから再調査を要求したわけです。
そして再調査を要求して8月頃になってようやく調査委員会を作ったと言う報告があって、9月頃になってほんの少しだけ修正があって、めぐみは93年に死亡と言ったんですけど、蓮池さんがお帰りになって子供さんが帰ったので、「93年死亡と言ったんだけど94年まで一緒だったんだ」と話をしたのが新聞に載って、それを受けて向こうは「93年死亡というのは勘違いで94年死亡だ」と訂正して来たくらいです。

そしてその年の11月に開かれた実務者協議で、後の人に対しては余り情報が無かったんですけど、めぐみの物は学生証だとか自筆のメモ、写真等が出てきまして。
決定的なものとして夫のキム・チョルジュンさんが「めぐみの遺骨」を持ってきました。
それは規則を破って自分が、これもいつ掘り出したかも何回も変わるのでどれが本当か分かりませんけど、一番初めは93年に遺骨を持ち帰ったと言いましたけど、その後96年になって今は97年と言ってますけど、その都度その都度変わるので信用できませんけど。
それを自分が持ち帰って、遺体を焼いてその骨を自宅に保管していたんだと。
それを親に渡したいと言う事で骨を持ってきたわけですけど。

しかしその骨はDNA鑑定しました結果、5つの検体といいますか4つのかけらからは同一のDNA、もうひとつの骨からは別のDNAが検出されたわけですけど、いずれもめぐみの物ではありません。
めぐみの物はへその緒とかいろいろな資料がありましたから、早い段階でめぐみのDANと言うのはどういう物かというのは分かっていたわけですけども。
ですから向こうは決定的証拠と言う事で持ってきたにも拘らず、向こうはおそらく写真なんかも何枚か持ってきまして、不安そうな顔をしているこの少女を我が国が立派な大人に育てて幸せに暮らしたんだけど、病気で自殺をしてそして夫が大事に保管していた物を持ってきたんだと。
しかし1400度で高温で焼いたのでDNAが鑑定出来なかったから、科学的には証明できないんだけど実際には間違いないんだという形で、持って来たんだと思います。

そうすると我々は反論する材料もありませんから納得せざるを得ない所になり兼ねなかったんですけど、しかし日本の技術水準の高さで反論する事が出来たので、それは違うと言う事を北朝鮮に通知をしたわけです。
そうしますと北朝鮮側は、それは鑑定がでたらめなんだと言う事で反論しただけで、科学的に説明すると言っても何も聞く耳を持ちませんで、そしてずっと1年半くらいそういった状況が続いていまして。
今年の2月に二日間、日朝の交渉が行われましたんですが、しかしこのときも北朝鮮側は相変わらず拉致は解決したと言うだけで、具体的な進展は何もありませんでした。

めぐみの骨が他人のものだと分かったんですが、その時に細田官房長官が「北朝鮮が速やかに誠意ある対応をとらなければ、日本としては厳しい対応を取らざるを得ない」と言う談話を発表して、我々もすぐにと言うわけでもありませんけど、何ヶ月経っても北朝鮮が誠意ある態度を示さないので、政府に対して経済制裁を、具体的に言えば例えば万景峰号を止めて欲しいとかいろいろな事を要求したんですが、小泉総理は対話の窓口が途絶えると言う事を理由に制裁という事は積極的ではなかったわけです。

しかし、今回のミサイルがきっかけになって経済制裁を検討するようになり、即日万景峰号を6ヶ月間入港禁止するっていうような方針を発表しました。
そしてその翌日には、これはミサイルだけでなくて拉致問題も解決しなければ解除をしないという形で、最初はミサイルだけ。
しかし後で拉致も含めて制裁を実施致しましたので、そうなるとミサイルだけを解決しても制裁を解除して貰えなくなりましたので、北朝鮮側としては何らかの対応を取らざるを得ないと思います。

今年の2月に日朝の包括並行協議とちょっと名前を変えたんですけど、これは拉致の問題だけ協議すると北朝鮮は追及される一方ですから、核の問題・拉致の問題・経済支援と並行的に協議するけど、その場合でも拉致が解決しなければ他の物が一時的に先行する事があっても妥結はしないんだと強く相手方に伝えてありますから、北朝鮮側としては拉致を何とか解決しなければ経済支援は受けられないわけです。
そしてその時に行きました梅田さんと言う参事官の方が団長で行きましたけど、いろいろな説明があった後に個人的な感想だと言う事で3つの感想を述べられたんですが。

一番目には、北朝鮮は日本の世論を非常に気にしているということです。
その例としましては、めぐみの写真展を全国で今やっておりまして、十数万人の方が見てくださったんですけど。
そして北朝鮮側はめぐみの事を知っていますから、「新潟で写真展を開いたら二千人の人しか来なかったですね」と言うような事を向こうが言ったんだそうです。
それで梅田参事官は、「いや私も新潟へ行って見たけど超満員でしたよ」と「誰がそんないい加減な事を教えたのか知らないけど、実際は2万5千人来たんだ」と言うような事を教えたそうです。

それから北朝鮮は日本人記者向けの記者会見をしたんですが、そのときに「記者の質問が少ないから日本は拉致の関心が薄まった」とか言う事を言ったそうですけど、それはあくまでもそういった発言と言うのは金正日向けのなんと言いますか、発言ですね。
日本向けにしていてもそういう事はすぐ本国に伝わりますから、そんな事で非常に日本の拉致を気にしていると言うことです。
ですから今日もこんなに満員に来てくださったという事も、きっとそれは3分の2くらいの人数で言ってちょっとしか来なかったんだよと報告が行くかもしれないですけど、こういった入場者数も新聞に載りますから、チェックして知っていると言いますか。
そういった事なので本当に満員の方が来てくださった事は、そういった点でも非常に北朝鮮に対して強い圧力になると思ってありがたく思っております。

それからもう一つは経済制裁が非常に、アメリカの経済制裁によって効いているわけですけども、それ以外にも日本は法律を厳格に適用する事によって実質的な経済制裁をしている事で非常に向こうにしては堪えていると言う事で。
3番目には拉致の国際化という事を気にしているということで、以前は日本と韓国しかなかったわけです。
レバノンもありましたけど一応解決していましたので。
ところがジェンキンスさんの著書によってタイ国の女性が拉致されたとか、マカオの人が拉致されたとか、イタリアの人が拉致されたとか、いろんな事が現れて来たわけです。
現在では12ヶ国の人が北朝鮮に拉致されていると言うふうに言われてますので、そういった事で拉致問題が国際化して、そして後で話が出ますけど早紀江がアメリカへ行ってブッシュ大統領に会って、拉致の問題を訴えたりすると言う事は北朝鮮側からすれば非常に困るわけですけども。
拉致の国際化と言う事を非常に恐れていると言う事でした。

それで、最後時間が来ましたので、最後にやはり拉致問題の解決と言うのは世論の後押しと言う物が欠かせませんし、また一番大きな力になります。
今日も皆様方が台風の接近にも拘らず大勢来て下さったと言う事は、如何に大勢の方が同胞を救わなければと言う事で来てくださったわけで、本当にありがたく思っております。
引き続き拉致問題に関心を持って見守ってくださいますようお願い致します。
どうもありがとうございました。(拍手)

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この集会の模様はオンデマンド放送で見る事が出来ます。

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