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2006年9月

2006年9月27日 (水)

南越谷集会(4) 鈴木智さん

   『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え』

それと3番目になりますが、この写真は私の弟、特定失踪者・鈴木賢でございます。
私の弟は昭和47年5月に大学を卒業し、就職した会社の春のレクリェーションで奥多摩に行くということでハイキングスタイルで、当時の自宅でございました三芳町藤久保の家を、母親と言葉を交わして朝6時に家を出ました。
何としても不可解なことが数多くあるんですけども、ハイキングに行くといって現地に行ってないわけですね。
会社の上司・同僚、どうも本人を見ていない、会っていない。
私も数日後に会社を訪ねましていろいろお聞きしたんですけど、全くと言って良い位本人が現地に行っていると言う姿は見えませんでした。

それともうひとつはハイキングスタイルですから、まさに白のシューズを履いているわけですね。
上着は紺地に白のカーディガン、それから免許証を持って出ているわけです。
この免許証も更新は一切されておりません。
その後も毎年免許証の更新についてはそれぞれの機関に行って調べておるんですけど、全く更新はされていない。
言うようなことで、今年でですね。
丸34年になります。

この間、今お話しましたように家族・友人・同僚その他、誰一人として本人の顔を見たとか、あるいは声を聞いたというような人は一人としておりません。
もちろん私どもは考えられる手立てを尽くしてやるだけの事はやりました。
調べるだけのことは調べました。
しかしながらそれ以降、生死にかかわる情報とか資料などは一切ございません。
今日は特定失踪者調査会の荒木代表がお見えになっておりますが、これからですね。
拉致問題の現状とか、あるいはこれからの展望について、グローバルな視点からいろいろお話を頂けると思いますが。

私、特定失踪者が全員拉致被害者だとは思っておりません。
しかしながら数人か数十人か数百人か分かりませんが、政府で認定された拉致被害者と同じように北朝鮮で拘束されて、国を思い肉親を思って救出を待ち続けている事は間違いないことだというふうに考えております。

現在北朝鮮はミサイルとか核の問題が大変大きく浮上しまして、そちらの方に眼が向いておりますけども、この拉致問題はですね。
国のトップが先送りをしているんじゃないか?と言うふうに考えております。
まさに拉致問題の全面解明、拉致被害者の救出については先送りをされてはたまりません。

私たちはこの拉致問題を次の世代に引き渡すことは出来ません。
なんとしても私たちの世代で解決せねばなりません。
今日お集まり頂きました市民の多くの皆さんのご支援を力にしまして、これからも継続的に拉致被害者救出に向けてのアピール活動を継続していきたいとこういうふうに思っています。
ありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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南越谷集会(3) 特定失踪者家族の訴え

   ~~特定失踪者家族の訴え~~

★司会 古藤勝次 埼玉救う会副代表

それでは次にですね。
埼玉は多くの拉致被害者、特定失踪者の方を抱えています。
特に川口では8人もの方があります。
鈴木さんの方から説明して頂きたいと思います。

★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)

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こんにちは。(「こんにちは」の声)
はじめまして。
私、「拉致問題を考える川口の会」の鈴木と申します。
拉致問題を考える川口の会の発足は平成16年で、皆さんご承知のように拉致被害者の田口八重子さんのご家族と、川口市に居住あるいは勤め先を持つ特定失踪者7名の家族とともに、更に拉致被害者田口八重子さんを救う会、それと拉致問題は何があっても許すことが出来ない。
拉致被害者を一刻も早く救出しようと言うことで、川口市を中心にした数多くの市民の皆様のご支援を頂いて、私どもは定例的に拉致問題の全面解決、拉致被害者の救出に向けてアピール活動を続けております。
それでは私の方からご紹介したいと思うんですけど、田口八重子さんの義理のお姉さんです。
飯塚綾子さんです。(拍手)

『飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉)の訴え』

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こんにちは。
今日はたくさんお集まりくださいましてありがとうございます。
私は田口八重子の2番目の兄の妻の飯塚綾子と申します。
よろしくお願いします。

田口八重子は(昭和)53年6月に、池袋から2歳と1歳の子供を残したまま北朝鮮に拉致されました。
私は(昭和)51年に結婚しましたので、妹とは1年半くらいの付き合いと言うか、1年半くらい知っているんですけど、妹の性格は私が初めて会った時、私より8歳年下なんですけど、かなり親しげに話してくれる人懐っこい性格だったと思います。
会ったのは何回しか無かったんですけど、きれいにお化粧していてスタイルが良くて、若くてきれいなお母さんだなと思ったのを覚えています。
これからもどうぞ、ご支援よろしくお願いします。(拍手)

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南越谷集会(2)井上克美さんの紹介

★鈴木智さん

『特定失踪者・井上克美さんの紹介』

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続きましてこちらのパネルをご覧頂きたいんですけど、同じく川口市内から失踪いたしました井上克美さんです。
職業は電気工事士でございます。
昭和46年12月に川口市内でこの会社の忘年会がございまして、その忘年会の時にですね。
友人と別れて行方不明。
自宅には長男が誕生する数日前だったので、自分の意思でいなくなるというのは考え難いわけです。

・・・・・・・・・・・
氏名 井上 克美
失踪年月日 昭和46(1971)年12月29日
ふりがな いのうえ かつよし
生年月日 昭和25(1950)年6月8日
性別 男 当時の年齢 21
身長  体重
公開 第4次公開
当時の身分 電気工事店勤務
特徴
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況失踪当日会社の忘年会の後、川口市内の飲食店で飲み(午前0時~1時)、すし屋で食事をした後友人と別れた。当時泥酔状態。夜帰宅しなかったので翌30日前実家にtelがあり両親も知った。妻の話では正月は家に行くと言っていたので実家に帰っているのではと思いtelしたとのこと。運転免許の更新もなし。連絡も一切なし。長男が生まれる直前だった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html 

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南越谷集会(2) 大澤茂樹さん

   『大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄)の訴え』

ただ今ご紹介にあずかりました、私、特定失踪者・大澤孝司の兄で大澤茂樹と申します。
本日は、埼玉の東部第一回の集会に参加させていただきまして本当にありがとうございます。
私ども兄弟は3人で、一番上の兄は新潟市で家業の跡をとっており、私は次男で横浜市瀬谷区に在住している関係上、埼玉の救う会の皆様には日ごろから大変にお世話になっております。
そういう関係で本日は埼玉救う会の古藤さんに(声をかけていただき)、私の弟はまだ特定失踪者の身でありながらこのような貴重な時間を頂き、私まで訴える時間を割いて頂きまして埼玉の救う会には本当に感謝申し上げます。
ありがとうございます。

私が、拉致されたのは一番下の弟で、新潟県の佐渡島で赴任中、曽我さんたちより約2年半前の事件になります。
私はこのようにして越谷市民の皆様方にお会いするのは初めてであり、おそらく私の弟の拉致の内容についてはご存知の方はお出でにならないと思いますので、ちょっと話がくどくなるかも分かりませんが、弟が失踪した時の状況よりお話をさせて頂き、ご支援を頂ければ幸いに存じます。

弟隆司は昭和49年、1974年の2月の24日、新潟県の佐渡島で曽我ひとみさん・ミヨシさん親子が拉致された真野町の現場から7~8キロしか離れていない、トキの保護センターのある新穂村と言う所で北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。
失踪時27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります佐渡の農地事務所に勤務する新潟県庁の職員でございました。

事件当日は日曜日で寄宿舎の仲間と卓球で遊び、午後から一人で隣の金井町と言う所に遊びに行き、その帰り寄宿舎に戻っても寄宿舎の食堂が休みとなってい事で、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも取った様でございますが、そこの店を7時半ごろ出るとき店の女将さんに、「ああ飲んだし、食べたし、これから寮に帰って寝るか」と、いつもと変わらぬ様子で挨拶を交わし、そこの店を出て帰宅途中知人宅に立ち寄り2~3分話をした後帰ろうとした所、その知人宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2~3人の仲間かまたそこの店に入ろうとしていたお客さんか定かではありませんが、弟が出ると同時に店に入るのをやめ弟の後を追ったようで、それから間もなくして車が急発進するタイヤの軋む音を、そこの女将さんともう一人近所のおばさんが聞いたのが最後で、その後の足取りはつかめておりません。

翌日その車が急発進したと思われる周辺からハングル文字のマッチが一つ見つかっただけで、それ以外の証拠物は何一つ見つかっておりません。
またその知人宅から寄宿舎までの距離は200メートル足らずで、その間に海があるわけじゃなく流されるような大きな川もなく、周りはその当時田んぼと畑が多いような非常に長閑な所で、突然大の男がそこから消えると言う事は不自然であり、佐渡の両津警察さんの方から佐渡警察始まって以来の大掛かりな捜索と、新潟県の方と私どもの方でお願いした捜索隊も加わり、くまなく佐渡中捜索するも弟を見つけ出す事も、失踪する理由さえ掴む事は出来ませんでした。

私ども家族は、こんなに大掛かりな捜索をして頂いたにも拘らず見つからないということは、神隠しにでも遭ったものと諦めもしておりましたが、その後の情報によりますと、曽我さんたちと同じような手口で北朝鮮に拉致されている疑いがあるという情報を頂き、私どもは新潟県警の方に再調査を要請。
それと同時に特定失踪者問題調査会、この後ご講演されて頂く荒木先生の元にお願いし調査して頂いた所、弟隆司は北朝鮮に拉致された以外に佐渡島から失踪する理由は何一つないということで、平成15年の9月調査会の認定を頂き、また調査会の中の拉致の疑い濃厚な000番台リストにも載せて頂く事が出来ました。

一方日本政府は証拠不十分とし、今現在も新潟県警の方で再調査が継続されておりますが、同じく15年の10月に新潟県の定例記者会見の場におきまして、私の弟ともう一人山梨県甲府市で、図書館に行くと言って自宅を出たまま行方が分からず、4日後柏崎の荒浜海岸。
この荒浜海岸というところは蓮池ご夫妻が拉致されたすぐ隣の海岸でございます。
その荒浜海岸で4日後セカンドバッグが見つかった山本美保さんの二人は、拉致の疑い濃厚と言う新潟県警の異例中の異例の見解を頂くことが出来ました。

そして年が替わり平成16年の1月、その時点で調査会の中の拉致の疑い濃厚な16名が一斉に、法律家の会の先生方のご援助を頂き、拉致されたと思われる各都道府県の県警本部に被疑者不肖のまま、国外移送目的略取容疑で告発状を提出。
それと同時に日弁連の人権擁護委員会に、人権救済を申し出る手続きを取って頂く事が出来ました。

そして年が替わり平成17件の3月、人権擁護委員会の方で調査し、16名全て全員が拉致の疑いが高いという事で日本政府と警察庁の方に人権救済の要望書を提出していただく事が出来ましたが、いまだにこの16名の中で一人も日本政府の認定には至っておりません。

またすぐ隣の川口市で失踪した藤田進さん、そして千葉で失踪した加瀬テル子さんの顔写真が一昨年、脱北者の手によって北朝鮮から持ち出され、法医学の権威者であります橋本先生がその写真を鑑定した結果、本人に間違いないと言う鑑定を頂いているにも拘らず、日本政府はこの二人さえ拉致認定には至っておりません。
何なんでしょうか?
これ以上拉致害者が出たら困る事でもあるんでしょうか?
私は拉致は人権侵害であり、決して許すわけには行きません。

今ある日忽然と行方不明になり、拉致の疑いが排除できない470名のご家族が荒木先生の元に調査依頼が出され調査した結果約250名の、このポスターにも掲載されておりますが、約250名の方々が特定失踪者としてこのように公表されております。
私はこの中で実際に何人の方々が北朝鮮に拉致されているか想像も付きませんが、北朝鮮の研究者によりますと少なくとも100名から150名は拉致されていると言うことであり、まだまだこんなにたくさんの拉致被害者がいるという事を知って頂きたいと思います。

北朝鮮は国家として国として偽札を作ったり偽タバコを作ったり、また麻薬まで作っているような国でございます。
そんな国を相手に話し合いだけの拉致問題の解決が付くんでしょうか?
私は交渉するだけ無駄だと思っております。
今北朝鮮に拉致されている拉致被害者は、日本政府が認定している11件16名の他に、まだまだこんなにたくさんいるという事を知っていただき、私はですね。
この拉致問題を一刻も早く解決して頂くには、今世界中の国々がですね。
北朝鮮の大量核兵器の開発を断固阻止しようと包囲網を狭める中、今こそ日本政府は毅然とした態度でありとあらゆる手段を用い解決して貰わなければならないと思っております。

既に特定船舶入港禁止法で万景号の入港禁止措置が講じられ、また明日からでも一部の金融制裁の発動がなされるとニュースで聞いておりますが、経済封鎖の出来る物は全て経済封鎖をしていただき、金正日体制の崩壊をしなければ、私はこの拉致問題の完全解決は有り得ない物と思っております。

拉致被害者と拉致被害者家族は年々老いており、私のところも例外ではなく弟は今年の6月で還暦となりました。
また母親は既に(昭和)63年に他界しましたが、今現在96歳になる父親は今のところ健在でございます。
せめて父親が元気なうちに弟ともう一度再会を果たしてやりたく、それにはもう時間がございません。
もうこれ以上待てません。

近々、この26日にも安倍新政権が誕生するものと思いますが、私は安倍新政権に期待しております。
安倍さんならきっとこの拉致問題を全面解決してくれると思っております。
ですからこの拉致問題を解決するには更なる皆様方のお力で安倍新政権にバックアップをして頂き、一刻も早く解決して頂く為に更なる皆様方のご支援とご協力をお願いしまして、甚だお粗末ではございますが私の訴えとさせて頂きます。
今後とも宜しくお願い致します。(拍手)
 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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南越谷集会(1) 関口陽一氏

   『関口陽一 救う会埼玉東部の会会長の挨拶』

おはようございます。
今日は天候も悪かったんですけど、回復したようで多数の皆さんに参加して頂いていてありがとうございます。
今日はですね。
ちょっと話変わりますけども、九州の方では台風で被害が出ておりまして、本来遠くの方の被害に遭われた方々に対しても、我々は同じ日本人である限りはその方々に対しても同じように悲しみ同じようにですね。
・・・(聞き取れず)思いしなければならないと思うんですが、残念ながら最近の日本人は自分の身内が被害に遭わない限り、他人事として終わっている傾向があります。
これが今回の最近起きている飲酒運転もそうなんですけども、自分の家族が交通事故に遭わない限り、絶対飲酒運転は無くなりません。

それは、この拉致被害でもそうです。
これだけの1億数千万の国民がいるにも拘らず、いまひとつ国民の意識が薄い。
これが他の国であれば大変な暴動が起きて、もうすぐに解決するような問題です。
残念ながら我々が出来るのは運動は市民運動どまりで、これを解決するのは国です。
拉致被害と言うのはですね。
最近テロと言われておりますけど、テロと同時であるとどうじにですね。
これが日本の主権侵害です。
主権を侵害された以上、国は主権を前面に押し出し国力を使って全てを解決しなければならない。

我々国民は国に多額の税金を払い、そして貴重な一票を投じ、子供たちの未来を国に委ねています。
国は国民の生命財産を守る義務があり、我々国民はそれを国に要求する権利があります。
しかし国が動かない以上、我々国民が・・・(聞き取れず)にして圧力をかけなければならない。
ごくわずかな拉致被害者が解放されただけで、一部の世論では解決したように思われていますが、まだ何も解決していません。
国が動かない以上、我々国民が総力を挙げて国に圧力をかけて、拉致被害者早期全員奪還に向けて動かなければなりません。

そのために今回救う会埼玉の他に、この越谷を基点として近隣の草加、春日部といった近隣の方々の協力を仰ごうと思いまして、救う会埼玉東部の会と言うのを設立しました。
今日はその第一回目の講演会であります。
今後、我々救う会埼玉東部の会は総力を挙げて、拉致被害者早期全員奪還の為に死力を尽くして頑張りますので、是非皆さんの協力をお願いします。
これで挨拶に代えさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手) 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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大阪集会(15)決議文朗読とシュプレヒコール

   『決議文朗読とシュプレヒコール』

(決議文朗読&シュプレヒコールのリード:ウツミヒロミさん)

北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める大阪集会アピール

北朝鮮金正日政権が、長年にわたり、日本人拉致という国家犯罪を繰り返し行ってきたことは、北朝鮮からの脱北者などの目撃や証言により既に明らかになっているにかかわらず、国際的な世論に背を向けて拉致の実態、全体像を依然として明らかにしていない。拉致被害者、そのご家族はもとより、日本と日本人を愚弄し続ける北朝鮮に対し、また日本政府、国の内外に対し、私たちは以下の3点について訴える。
1北朝鮮による日本人拉致は、日本の平和と安全を脅かす国家犯罪であり、日本の主権を犯し、日本人の人権を著しく蹂躙するものである。北朝鮮は日本政府が認定する拉致被害者は勿論、特定失踪者を含む全ての日本人拉致被害者の無条件で一日も早くかつ安全な帰国を実現させ、家族の元へ返すことを要求する。また 460人にのぼる特定失踪者についても、ただちに調査を行いその正確な情報を明らかにすべきである。
2しかし、北朝鮮から誠意ある回答が望むべくもない今となっては、拉致被害者を一国も早く取り返すため、日本政府は躊躇なく北朝鮮の船舶すべての入港禁止や、改正外為法の完全実施をはじめとする経済制裁の完全実施に踏み切るべきである。日本政府は「拉致問題の解決なくして、日朝国交正常化はあり得ない」という原則を絶対に崩すようなことがあってはならない。拉致問題の解決とは、北朝鮮に残された日本人拉致被害者全員の帰国と拉致実行犯の引渡しである。
3 北朝鮮による拉致問題は、全ての日本人が日本の平和と安全を守るために取組むべき最も重要な課題であり、私たち一人ひとりが日本国民であるという誇りを再認識し、拉致問題の早期解決に努力することをここに誓う。

        平成18年9月10日
北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める
大阪集会参加者一同

(大きな拍手)

(引き続きシュプレヒコールへ)

それでは私の方から「北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!」と申し上げますのでその後に続きまして、「直ちに返せ!」の部分だけご唱和願います。
宜しくお願いします。
それでは申し上げます。

北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!(返せ!)
北朝鮮は有本恵子さんを直ちに返せ!(返せ!)

次は「明らかにせよ!」です。
北朝鮮は特定失踪者を明らかにせよ!(明らかにせよ!)

次は「放棄しろ!」です。
北朝鮮は核開発とミサイルを直ちに放棄しろ!(放棄しろ!)

次は「実施せよ!」です。
日本政府は更に強い経済制裁を実施せよ!(実施せよ!)

次は「取り戻すぞ!」が続きます。
必ず全員を取り戻すぞ!(取り戻すぞ!)
一日も早くとり戻すぞ!(取り戻すぞ!)

どうもありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年9月22日 (金)

大阪集会(14)増元照明さん

   『増元照明 家族会事務局長のお話』

こんにちは、家族会事務局長の増元です。
暑い中、皆様本当にご苦労様です。
今日、有本さんが歩かれると言うので、ちょっとそれはやばいかな?と。
私たちがもし代わりに歩けるものならと思いました。

今年、先週ですか。
家族会が開かれまして、家族会総会の中で横田夫妻の活動軽減という事が言われております。
横田ご夫妻8月12日にすでに青森県で講演をされまして、日本全国行脚が終わりました。
その回数が1000回です。
1000回の内、殆ど3分の2が2002年9月17日以降です。
4年の間に1000回の3分の2をこなされて、今本当に疲れている状況でした。
横田拓也君、事務局次長からも・・・(聞き取れず)があり、今控えて頂くようにしています。

それ以上に有本ご夫妻はご高齢なんです。
ですからだいぶ、昨年くらいからお母さんが足腰が弱くなられたのを私見ておりまして、炎天下で歩かれたら困るなと思ってます。
けれどもおそらく「私大丈夫よ」と言って歩かれると思いますが、なるべく歩いて頂かないようにして欲しいと思います。
その家族会の中で今年の方針を決定しておりますが、従来と同じようなことなんでしょうけども。

ただ今年の2月に日朝交渉が開かれました。
実務者会議です。
その中で北朝鮮が一番気にしていること、それは(日本の)国内世論です。
国内世論の沈静化、それを非常に気にしていると梅田参事官、西村先生の大学の後輩ですが、関西弁を喋られるキッチリとした意見を持っている方です。
その方が担当官でやってらっしゃって、その方が仰っておりました。

もうひとつ国際社会に我々家族会が訴えている、救う会が訴えていること、これを非常に快く思っていない。
この二点を梅田参事官から聞きまして、相手に嫌がる事をやるのが外交ですから(拍手)、私たちはこれからも相手に嫌がる事を推進していかなければなりません。
ですから今年アメリカに行ったり、そして先日は中国まで行って来ましたけど、余り中国は相手にしない方が良いのかな?と少しは思ってしまいました。(拍手)
こういう事を言うから強硬派と言われるんですけども。(笑い声)

私たち、そうです。
今年この二つの点を強調しながら更にやっていかなければならないんですが、私たちはこの秋ぐらいまでにはもう少し進展するだろうと思っていたんです。
進展したいと思っていました。
この度、親王殿下がご誕生になられました。
非常におめでたい事だと思っております。
昨年、紀子様がご懐妊されたときから、既に9月のご誕生はある程度予測されておりましたが、それまでには私たちの家族を日本に取り戻して、日本国民として私たちと一緒にこの慶事を祝いたいというふうに思っておりました。

更に10月5日には横田めぐみさんの42回目の誕生日です。
ですからそこまでにはどうにか目処をつけたいと思って、この春からずっと一生懸命やって参りましたけど、結局今こういう状況です。
ただ、水面下ではいろいろと動いています。
先ほど、前上さんのお母さんでしたか、今分からないと仰って、余り表面化していないので分からないと仰っていましたが、昨年の秋からのアメリカの金融制裁、更にアメリカの・・・(聞き取れず)が行っている国内での北朝鮮関連施設の適正な法適用。
これによって北朝鮮が非常に困ってきているのは耳に入って来ております。
金正日が何故中国訪問をしなければならないのか?
嫌いな中国に訪問してまで金融制裁を解いてもらいたいから、でもアメリカは一歩として動きません。

ただ、残念なのは私たちはアメリカ主導で、この拉致問題がどんどんどんどん解決の方向に向かっていると言うことです。
日本が主体的に自分の国の国民を助けようとするその姿勢が、私たち国民に対して見えないということが非常に残念でなりません。
それを訴えてはおります。
安倍官房長官は「国民の一人たりとも」と仰ってくださって、「全ての拉致被害者を救出するまでこの拉致問題を追及していく」と仰っております。

今、確かに特定失踪者のご家族は不安の気持ちは分かります。
ただ、今年本当にもう一歩の所まで来ています。
それは金正日の政権が揺らぎ始めていると言うことです。
今年、彼らを全て取り戻す為には、やはり私たちが一番感じているのは金正日政権があの国にあってはならないという事です。(拍手)
あの国にあっては全ての拉致被害者を取り戻すことは出来ません。
日本人が日本の国が日本人が何人やられているか分からない状態で、金正日一人のせいにしてでも良いから、とにかく金正日を排除する形で、あの北朝鮮と言う国をもう一回再興させなければならないという。
今金正日を支えている幹部たちに分からせなければなりません。
ですから経済制裁の圧力で、もう金正日ではこの国は成り立たないんだと言う事を幹部が分かりさえすれば、それだけで大きく動くというふうに考えています。

今金正日はアメリカの金融制裁で大きく揺らぎ始めています。
で、その時に何が大切か?ということ。
日本政府として北朝鮮に、今(調査会では)しおかぜをやっています。
NHKも短波放送を持っていますから、韓国から自由北韓放送をやっています。
日本人を傷つけるなというメッセージを強く北朝鮮の方に向けて発信して貰いたいんです。
今いる拉致被害者を管理している人間に対し、必ず日本人を傷つけるな、保護しろと言う、さもなければ我々は一切の経済協力をしないというメッセージを北朝鮮に強く送っていかなければなりません。

そのためには国民の皆さんのご理解が必要です。
皆さんが一緒になって日本人を傷つけたその国に対しては、日本は一切の経済協力をしないんだという強いメッセージとして発信していって頂かなければなりません。
是非皆さんにご協力をお願いしたいと思います。

更にもう一つ、今ブルーリボンバッジをつけていらっしゃる方が大勢いらっしゃいます。
これが普段、常に、日本の国民の8割の方がどこかにブルーリボンバッジ、服でも良いですしバッグの所でも良いです。
付けていただければ金正日に対して大きな強い圧力になります。
日本人の8割が拉致問題を忘れていない。
被害者が帰ってくるまで絶対にこの拉致問題を忘れないと言う強いメッセージになります。
更に皆さんの地元で選出されている国会議員に対しても、拉致問題は有権者の間では非常に大きな問題であるという事を認識させる強い圧力になります。
拉致問題を解決させなければ、私はもう投票しませんよと言う強い圧力になります。
是非皆さんに、このブルーリボン運動、この2~3ヶ月の間に日本の8割の方がして頂けるように一緒になって声を上げてください。
ありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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大阪集会(12) 有本嘉代子さんのお

   『有本嘉代子さんのお話』

皆さんこんにちは。
本当に家族会が出来ていろいろあって、本当にここまで来れたということをしみじみと感じています。
だから私たちにとっては一番良い状態だと思っております。
安倍先生が総理になられて、私たちの事はきっと感じてしてくださると信じております。
その一番最初に主人が申し上げたように、1988年に子供から手紙が来たことによって運動が始まりました。
それで9年間は一応私たち二人、殆ど主人が動きましたけど、どっこも相手にしてくれませんでした。

だけど先ほど西村先生が仰ったように、国会の場で横田めぐみさんの事を明らかにしてくださって、家族会を立ち上げる事が出来ました。
それまでもマスコミの方で朝日放送の方お一人、この拉致問題をどっこも手掛けてない時にお一人でコツコツとしてらした方があるんです。
それで私の事を分かった時点で連絡してくださったんですね。
「あなたとこ一軒じゃないんですよ、この拉致と言うのは他にもあるんです」って、今皆さんと一緒に運動しました。
福井の二人と柏崎の二人と、それから今来ていらっしゃいます増元さんのお二人と、一軒ずつ名前と電話番号を言ってくださったんです。

その時点で私が関係のお宅に全部電話を入れました。
「こういう事で私は動いておるんですけれども、皆さんもご一緒に動いて頂けませんか?」と「皆でしたら力が付きますから」ということを申し上げたんですけども「お宅は手紙が来ているから証拠があります。でも私どもはただそうじゃないかな?ということであって警察もどこも取り上げてくれない。これでは動けないので多分駄目だと思いますよ」と皆さん仰いました。

でも西村先生が国会などで言ってくださってめぐみさんの事が表に出ました。
その時に奥さんが初めて会った時に仰いました。
早紀江さんがその時に本当に私もね。
18年か確か19年になってたと思うんですけど、「めぐみさんがいなくなってこの厳しい北朝鮮でめぐみが元気に生きておったならば、私が表に出る事でもしもめぐみに何かあったならばどうしようかと思ったんよ。でも主人がね。表に出ないと解決しないと言ったもんだから、出て来たのよ」と言う事を仰いました。
私もはっきり覚えております。
それで初めて家族会が結成できたんです。

そうしましたらね。
皆さんが会ってくださいます。
今までは全然会ってくださらなかった方が、会って話を聞いてくださいます。
それで2002年に9月にああいう事があって、大勢の方が帰って来られました。
それで5月に全国大会が、今西村先生が仰った有楽町フォーラムでありました。
その時に本当に5000人それしか入らないところに、たくさんの方が来て下さったんですね。
表にまだまだたくさんいらっしゃるんですよ、と言う事をお聞きしました。

それで私どもはここに今のようにずっと並んでおりました。
緞帳がばっと上がったんですね。
そのときにばっと見ましたらね。
ぎっしりだったんです。
それを見ましてね。
感激で涙が一杯に胸が一杯になりました。
本当にやはり日本人は素晴らしい、これだけの方がここに来てくださったと言う事でやはり日本人は素晴らしいとその時つくづく思いました。
私はいつも子供の時分からそういう教育を受けておりますから、日本人に生まれて良かった日本人に生まれて良かったと思って暮らして来ております(拍手)
この事によって本当に日本の皆様が目を覚ましてくださったと、その時思いました。
それで今現在に至っております。

それでいろいろと、特定失踪者の方も来られましたけれどもね。
私も1988年に分かりまして、それから家族会を結成したのが1997年です。
その時にね。
私どもも一緒に運動しましたけれどもね。
全然私とこは家族会に入っておりましたけども、国が認定をしておりませんでした。
初めて認定されましたのは2002年の3月12日に八尾(恵)さんが、皆さんご存知と思いますけども、よど号ハイジャック犯の奥さんがヨーロッパへ出て何人かの人を連れて入ってるんですね。
よど号の人は20人連れて入ったと言っておりますけども、今のところ分かっているのは3人ですけども、その時に、とにかく3月12日に八尾さんが証言する言われてその前日です。
初めて国が拉致被害者であると認定してくださったんです。
だから拉致家族の認定はどこからくるのか、私には分からないんです。

手紙が参りましたときにですね。
最初に外務省に行きました時にですね。
「これは北朝鮮から来ていませんから」言われましたですね。
ポーランドの消印だったんです。
北朝鮮から手紙は出せないんです。
だからそういう事で、結局はっきり言うたら相手にしてくださらなかったんですね。

そういうような状態ですからきっと近い将来に、特定失踪者の方もきっと国は認めると思います。
何が基準かいまだに分かりませんけれども、そういうような状態でしたけども、国が認めなくても私は手紙が来ているし、その手紙と言うものは小さく折って切手くらいに折ってあったらしいです。
それを多分身に付けていたんだろうと思いますね。
それをある機会にポーランドの人に渡したのかな?と思ってるんですけども、私がその手紙が来ました時に主人と二人はそう思ったんです。
助けてくださいと言う手紙が、ここにおる事は絶対に知らせなあかんと、もしもの事があったら、こんな所で死んでしまったらどこで死んだか分からないから、とりあえずここにいると言うことだけは知らせなあかんと言う事と、やはり助けられたら助けてくださいと言う事でやったと思います。
その思いで、私たちは動いてきました。

だからこの20日には総理が決まると聞いております。
一番待望の安倍先生が総理になってくださると、私たちは期待しております。(拍手)
その事によって私たちはきっと解決すると望みを持っております。
だから特定失踪者の方も皆含めて全員の方を返しなさいと言う事はきっと・・・(聞き取れず)と思います。(拍手)
皆様方が支援してくださらないと、私たち今まで来れなかったんです。
今本当に並んでいらっしゃる先生方、それから救う会の方々が支援してくださったことによって、私たちも元気で今まで動いてこられたんです。
皆様のお陰でこういう状態になったんですから、どうか皆様、最後まで私たちを支援してください。
宜しくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手) 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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大阪集会(11)有本明弘さん

   『有本明弘さんのお話』

Arimoto_2

拉致家族の有本明弘です。
宜しくお願いします。

私がこの問題に関わってきたのは、子供が親元へ手紙を北朝鮮から出してきました。
それを元に政府の方にお願いをしました。
それが1988年9月と言いますと、丸々18年になるんです。
この18年の間にいろいろ動いて来ました。
それを国民の目の前に大きく喋りたい。
喋ったら政治生命を失う人がたくさん出てくる。
そういうような問題を抱えてこの18年間やってきました。

今西村先生が仰ったように、めぐみさんの件が出ました。
それから10年、やっと私が長い(間)心に思っていた、そういう状況が目の前に現れて来ました。
誰かと言いますと、その手紙を持っていったところが当時の自民党幹事長であった安倍晋太郎さん。
その時は今の晋三さんは秘書をしとったらしいです。
手紙を持っていったときは私は晋三さんとはお会いしていませんが、それが元で今次期総理は安倍さんだと言う話が現実の物となっております。

そしたら安倍さんが総理になったら放送したいと言うので、当時の安倍事務所に手紙を置いていった。
それに関しての取材をしたいと言うメディアがパラパラ出てきた。
もう既に映像を持って帰ったところも数社あります。
そして活字にも・・・(聞き取れず)ですか?
・・・(聞き取れず)2社ほど話を聞きたいというふうに言って来ております。

私はその間ずっと言ってるんです。
この1990年に始まった自社訪朝団。
田辺さん、金丸さんこの人たち、これ、さん付けするほどの人ではないです。(拍手)
・・・(聞き取れず)たら、どんな事に突かれるか分からない。(笑い声)
さん付け出来ません。(笑い声)

田辺さん、金丸さん、この朝鮮外交を明らかにせよと私ずっと言い続けているんです。
なぜかと言いますと、この朝鮮外交をやった金丸さんと言う人は脱税をかけてきた。
脱税で逮捕されたんです。
分かりやすく言うと別件で警察は逮捕してきた。
ここの闇の世界を明らかにすべきだと私はずっと言ってるんです。

これのお陰で自民党は割れて細川政権が出来て、現在では民主党の小沢さん、マスコミが小沢さん担いで次の参議院選がどうのこうのと、マスコミ言うのはそういう業界なんです。
だから私はこれを明らかにしたら当時の朝鮮外交をやったその時の総理は、手紙を持って行ったときは竹下さんだったけれども朝鮮外交をやった。
2年後に、手紙を持っていってから2年後に朝鮮外交をやった。
その時の総理は海部さんなんです。
海部俊樹さん。
総理になる前はようしゃべりおったでしょう。
その時の会長が小沢さんなんです。

だからこの経緯はどちらも政権のトップにおった限りは知らんとは言わさん。
でも彼らはこれだけ拉致の問題で国内が関心を持ってきている。
また、我々も一生懸命運動している。
そういう中において、この運動始めてから10年経ちますが、何一つ喋らんでしょ?
こんな不思議な事があるんです。
これが日本の国の政治の状況なんです。

やっと、私がこういう話をしたらすぐにお時間ですよといつも言われてきて(笑い声)、それで止めるんですけども、今日は15分という時間を頂いております。
でも、私の持ち時間はせいぜい10分。
現在は今はそういう状況になっているんです。

・・・(聞き取れず)この問題が出てきた夏ごろには国民大集会があって、私言いました。
憲法改革、憲法変えろというこの問題に関しては、・・・(聞き取れず)のおじさんの任期のある間に教育法案と憲法法案は強行採決してでも成立させる事べきだと。
・・・(聞き取れず)なれば、小泉さんは解散の時期を早めるだけだと、それは言い切れなかった。
でも強行採決してでも法案を達成すべきだと。
何故小泉さんはそれをやらなかったか?
全部安倍さんが引き受けてやらなければならない。
そういう状況が今の日本の状況なんです。

だから私が思うのは憲法改正すると、草案を書くと・・・(聞き取れず)で草案を書くと、そこまで言うという事はこの戦後の60年の歴史を逆転させる、そういうような状況になるんです。
国民がそれを自覚しなければならない。
これはメディアが国民に詳しく、国民にひとりひとりに行き届くように説明しなければならない。
これは私は政治の一つの仕事ではあるけれど、これは日本の国で営業をしているマスコミの仕事だろうと思っておるんです。(拍手)
・・・・・(聞き取れず)というのは議連が出来た当初から私は、教育改革よりもマスコミ改革の方が先だと言う事も、それに関する証拠・資料を提出して言うております。
内容がどうかと聞いておりませんが、マスコミはもう、私とこ取材に来た人はみんな言われて帰ってるんです。
これが今の日本の現状なんです。

だから安倍さんが総理になるという事は私は心強い。
これからが勝負だなと、そういうふうに思っております。
だから日本の国民の意識が変わる。
憲法改革という事は、この60年間平和だ!平和だ!戦争はいけない!戦争はいけない!
これが変わるんです。
この話は長い事しとったら時間が2時間くらいはかかるので、家内に代わります。

でも私たちはやっとこの20年前は、竹下総理の時に手紙を持っていったんです。
この20年経ってやっと期待できる総理がやっと生まれてくる。
そういう吉を迎えました。
後は、家内と代わらせていただきます。
ありがとうございます。(拍手)   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年9月20日 (水)

大阪集会(10) 飯塚繁雄さん

   『飯塚繁雄 家族会副代表のお話』

皆様こんにちは。
今日は埼玉県から大阪までやって来まして、皆様に更にお訴えをしたいと言う事で急遽飛び込みで参りまして失礼しました。
日頃から、この拉致問題に関しまして非常なご理解とご支援を皆様には頂いております。
そう言う意味でお陰を持ちまして、前から比べれば相当な世論が高まりまして、それに影響される・・・(聞き取れず)活動、あるいは政府の動きもも含めましてようやく動き出したという時点でございます。

更にですね。
いろいろ問題がありましたけども、前回の北朝鮮と韓国の家族がいわゆる面会しましてその話題が持ちきりになりましたけど、あれは横田家を諦めさせてこの問題を全て終わりにしたいと言う思いでありまして、それは失敗に終わったと。
これはあくまでも皆様のバックアップがあって、我々家族会としても救う会としてもその他の団体としても、これが正しいと言うご意見をかなり頂きまして、確か横田滋さんは肉親ですから孫を抱きたいと言う思いは分かるんですけど、これを行ってしまってはこの問題は全て幕引きで終わりになってしまうと言う重大な決断を要するときだったんですね。

そういうことでは今改めてこの問題の重大さを認識しながら、更なる努力を続けていかなければなりませんけども、考えてみますれば例えば私の家の例ですけど、妹が22歳の時、1歳と2歳の子供を置いて東京の真ん中の池袋から拉致されてしまったと言う、1978年。
あれからもう28年ですね。
男の子の耕一郎、1歳の耕一郎が今29歳で、いまだにお母さんと呼べなくて「田口八重子さん」というような表現をしている、こういう事をみますと、非常に私たち悲しく思うわけですけども。
それぞれの家庭、被害者の家庭ではずっといろんな苦しい状況を抱えながら何とか家族を救いたいという願いで、長年戦って参りました。

私たち先ほど先生方の仰ったように、被害者なんですね、完全な。
他国の犯罪による被害者の家族が頑張っておるわけですけども、もちろんこれは当時の日本政府が的確なる対応をしなかった為に、私たちは国民の皆さんに訴えてそして世論を盛り上げ、政府が動かざるを得なくなったと言う状態まで来ておりますけども。
更にそれに輪をかけて、先日安倍官房長官が就任されて以来、突然日本政府の対応の動きが見えて来たと。
どの部署を見てもそういうふうな状況が判断されるような状況になって来ました。
そういうことでは今年こそはと言う気持ちが高まるわけですけども、何せいろんな複雑な問題を抱えている北朝鮮問題の中で、どうしたらこの拉致問題を表沙汰にして最優先な課題として解決する対応が出来るかどうか?
それをいつも私たち考えております。

先ほど荒木先生の方からも具体的な説明がありました。
それから西村先生からもありましたけども、いまだに日本人が拉致されてどこにいるのかも分からない。
こういう状態でどうやって助け出すんだ?と言う論議が非常に高まっております。
確かに、そうですね。
どういう形で解決の方向に向かうのか分かりませんけども、例えば北朝鮮が崩壊寸前混乱した状態の中で、日本人をどうやって助けるんだ?という具体的な話になると何も手が、今のところ何も打てていないと言う状況ですけども。

それに関しては私たち家族会が、私もそうですけども、今回の総裁選、安倍総理誕生の暁にはですね。
拉致を専門に考える大臣を置いてくださいというふうに要望をしていこうと思うんですけども、今まではどっちかと言うとどこかに入ってて片手間という形でありましたけども。
今現在拉致問題を担当する特命チームと言うのを各省庁から代表を上げてやっていますけども、あれをしっかりとした具体的な対応の出来る組織にしていく為に、やはり24時間拉致問題を考えている部署を置いて欲しいと。
これが今後この問題を解決する為の大きな方法ではないか?と私は考えております。

北朝鮮の今までのいろんな報告については、全ての人が全く嘘だと、何を取っても嘘。
これが国民の皆様も私たちもあるいは政府も、はっきりと認識して北に対する対応をしているわけですけども。
やはりそれには経済制裁、経済制裁と言う言葉を使って参りましたけど、それが少しずつ具体化されて来ています。
しかしこれだけではとてもじゃないけど不足であって、北朝鮮が手を上げるわけが無い。
更なる制裁をということで私たちはこれからも訴えていきますし、昨日の安倍候補の話の中でもやはり圧力と対話と言う言葉の中で、更なる制裁も考えていかねばならないでしょうねと言う話もあったようです。
そういう意味では非常に次期内閣の組織あるいは対応の仕方、これには相当私たちも期待をしております。

もちろん、この拉致被害者と言うのは今お話のあったように、私たちだけ、認定されている被害者だけではなくて、物凄い数のいわゆる特定失踪者と言う名前で訴えられている方がおります。
北に対しては交渉時に「拉致を認めた人以外には承知をしておりません」という答えしか出て来ていないんですね。
ですから北に対する大きなメッセージと言うのは、我々後11人ではなくてまだまだ北に拉致された疑惑の濃い被害者がこれだけいるぞということを、どんどんアピールしていかないといけないと思うんです。
認定とか認定じゃないとか言う話がいろいろ持ち上がっていますけど、これひとりひとり証拠を固めて認定するまであと何年掛かるか分かりません。
従って先ほど言いましたように、専門委員会あるいは担当大臣がですね。
予算をきちっと取って、今一生懸命民間で荒木先生がやっている調査も含めて、きちっとやって貰いたいと言うふうに私も思います。

あちこちからの情報の中では、拉致された日本人はまだまだたくさんいるという事も出て来ておりますけども。
ですから日本人、先ほど言ったように特定失踪者の方々も一緒にこの問題の解決のテーブルに乗せて、北に連れて行かれた疑いのある人はこんなにいるぞと、返せと言うような。
認定はしなくてもそれと同等の扱いで交渉をすると、あるいは国の中でも対応調査もすると言うふうにしていかなかったらば、早期の解決にはならない。
まだまだ5年も6年も7年も掛かるという状況になってしまうわけですね。

私たち家族会のですね。
いろいろ論議の中で今年後4ヶ月ありますけども、そういう中で更に国民の皆様に訴えて世論を高めるという事に全力を尽くして行きますし、それから政府に対しても先ほど言ったようなお願いもしていきますし、それから更に言えば国際社会への訴えも考えております。
アメリカへ行く予定も一応今のところあるんですけども、そういったアメリカを中心とした国際社会がこの拉致問題を非常に関心を持ち、支援をして頂けるような雰囲気が非常に強くなっています。
従ってそう言う搦め手からもこの問題の解決に頑張っていくつもりですけども、先ほど荒木先生が仰ったように当事国の日本政府がはっきりとした毅然とした態度が不可欠だと。
これは今までの苦い経験も含めて今強く感じる所でございます。

そういう中で横田夫妻もですね。
有本さんもおられますけども、非常に歳をとって歩くのも苦しいくらいな、体を引きずりながら全国を回っております。
これは何とかして、自分が犠牲になっても良いからめぐみちゃんを助けたい。
そういう気持ちが今あるから何とか頑張っておりますけども、また1年経ち2年経ち、もうそんなに待てないんですね。
従いまして今回大きなチャンスが来ているわけですから、これが後ずさりしないように日本国民全部が、あるいは政府、あるいは国会議員・地方議会にしろ、全てこの問題に関してご理解の有る人は全員一致でですね。
この問題を片付けるべく色んな形でご支援をお願いし、また皆さんと共に戦えるところは戦い、政府にお願いする所はお願いしながら、今後とも老体に鞭打ってですね。
私も68になったんですけども、頑張っていきたいと思いますので、絶対に世論を下げない盛り上げると言う事を大きな狙いとして頑張って参ります。

北朝鮮は日本の国民の世論が一番怖いらしいですね。
で、日本の国民の世論がこれだけ盛り上がったという誤算があったと。
今まで何となくちょろまかして来たと言う経験がありますから、ここで国民の怒りがこれだけ出ているということは誤算だったというふうに言ってます。
そういうことからしてですね。
相当な強い圧力と言うか強いメッセージと言うか、解決の大きな力として、これからも凄い効果が上がってくるんじゃないかと思いますので、私たちは全国を歩きますが大阪の皆さんも今までと変わりなく、更にこれ以上お力添えを頂きたく、今日お願いに参りました。
どうぞ一つ宜しくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)   

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大阪集会(9) 三宅博八尾市議会議員

   『三宅博 八尾市議会議員・地方議員の会副会長のお話』

今の前上さんもそうなんですが、病身を押してお訴えになる為にここまでお出かけになって来られました。

昨年6月は国会議事堂、首相官邸のすぐ横でですね。
家族会の方々、これは認定被害者も特定失踪者失踪者のご家族も同じなんですけど、毎日34度35度の炎天下で、特に有本さんなんかは点滴を打ちながら3日間も座り込みをされたんです。
何故こうしてそこまで被害者家族がしなければならないのか?
しかも政府の政策は後手後手に回っておるという事でございます。
もっと積極的にやって頂きたい。

特にこの特定失踪者の方々はですね。
政府から拉致被害者であるという認定さえもいまだに実現されていないわけでございましてね。
本来ですと、認定されて然るべきような状態の方でも未認定であると。
政府はこれを非常に大きく問題をしたくないと言う事が有り有りでございます。

やっぱりこの拉致問題のですね。
全容解明という物を一刻も早くしなければならないと言う。
この日本国内から数百名の方がおそらく北朝鮮に拉致された。
してみるとこれをサポートする、あるいは実行する相当大掛かりな組織が日本国内にあると。
こういう連中を暴き出してですね。
犯した罪に相応しい罰を与えなければならないと思います。(拍手)

既に帰国された5名の方々なんですけど、この方々もですね。
まだ殆ど真相を語っていらっしゃらないんですね。
ひょっとしましたらまだ脅迫下に置かれているかも分からない。
その様な事でございます。

で、金正日体制ですね。
北朝鮮の状況が非常に深刻な状況になってきたと。
いつ体制崩壊があってもおかしくない。
この時にですね。
じゃあ、拉致被害者を救出する為に日本政府として具体的なシュミレーション、救出策、これを策定しておかなあきませんけども、この部分は全く手付かずです。
報道の方も多く来られていますので、その辺の所も強く訴えて頂けたらと思います。

皆さん、どうかこういうご家族の方々にこれからもお力を貸して頂きたいと思います。
以上です。
ありがとうございます。(拍手) 

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めぐみ-引き裂かれた家族の30年・上映

  ◆東京シネマフェスティバル
 
  ◆東京シネマフェスティバル公式サイト

  ◆作品情報

  下記の通り、東京シネマフェスティバルに『アブダクション・拉致』=『めぐみ-引き裂かれた家族の30年』が出品されます。
 
 日本での公式上映です。
 是非お運びください。
 
 

 日  時 :11月23~26日
 場  所 :新宿ミラノ1・シネシティ広場
 チケット :電子チケットピア 電話(0570-02-9999)

  めぐみ-引き裂かれた家族の30年
 監督:クリス・シェリダン、パティ・キム
 製作総指揮:ジェーン・カンピオン
  全米騒然!アカデミー賞最有力候補とも囁かれる話題作がいよいよ日本上陸!30年前に北朝鮮拉致事件に巻き込まれた横田めぐみさんとご家族 ― ニュースでは語りつくせない想像を絶する孤独な闘いと決して折れない親の愛で綴られる感動のドキュメンタリー! [配給]ギャガ・コミュニケーションズ

追記このイベントを知らない人もいると思います。よかったら、日記やブロクで取りあげて、知らせてあげてください。お願いします。

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金融制裁の対象

平成18年9月19日

外務省
財務省
経済産業省
警察庁
金融庁

外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮のミサイル又は大量
破壊兵器計画に関連する資金の移転を防止する措置について

 我が国は、今般、国際連合安全保障理事会決議第1695号及び閣議了解「北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する資金の移転を防止する等の措置について」(本日閣議了解)に基づき、資金移転防止措置の対象者に指定された北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する者(15団体・1個人)に対し、次のとおり資金の移転を防止する措置を講ずることとした。

(1)措置の内容

 外務省告示(本日公布)により、北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する者として指定された者に対し、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき、次の措置を本日から実施する。

[1] 支払規制
 資金移転防止措置の対象者に指定された北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する者に対する支払等を許可制とする。

[2] 資本取引規制
 資金移転防止措置の対象者に指定された北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する者との間の資本取引(預金契約、信託契約及び金銭の貸付契約)等を許可制とする。

上記措置の確実な実施を図るため、外国送金について確認義務を果たすべき全ての金融機関に対し、その実施体制の集中的な検査(外為法に基づく特別検査)を行うこととし、併せて、金融機関等に対し、本人確認義務等の履行及び組織犯罪処罰法に基づく「疑わしい取引」の届出義務の履行の徹底を要請することとする。
 
 
(2)対象者

  

1.コハス・AG
Kohas AG
所在地:Route des Arsenaux 15, Fribourg, FR1700, スイス

2.コリア・インターナショナル・ケミカル・ジョイント・ベンチャー・カンパニー
(別称:チョソン・インターナショナル・ケミカルズ・ジョイント・オペレーション・カンパニー、チョスン・インターナショナル・ケミカルズ・ジョイント・オペレーション・カンパニー、インターナショナル・ケミカル・ジョイント・ベンチャー・コーポレーション)
Korea International Chemical Joint Venture Company
(a.k.a. Choson International Chemicals Joint Operation Company, Chosun International Chemicals Joint Operation Company, International Chemical Joint Venture Corporation)
所在地:北朝鮮咸鏡南道咸興
北朝鮮平壌特別市万景台区域

3.コリア・クァンソン・トレーディング・コーポレーション
Korea Kwangsong Trading Corporation
所在地:北朝鮮平壌特別市普通江区域楽園洞

4.コリア・コンプレックス・エクイップメント・インポート・コーポレーション
Korea Complex Equipment Import Corporation
所在地:北朝鮮平壌特別市普通江区域楽園洞

5.コリア・トンへ・シッピング・カンパニー
Korea Tonghae Shipping Company
所在地:北朝鮮平壌特別市

6.コリア・プガン・トレーディング・コーポレーション
Korea Pugang Trading Corporation
所在地:北朝鮮平壌特別市普通江区域楽園洞
 
7.コリア・マイニング・デベロップメント・トレーディング・コーポレーション
(別称:チャングァン・シンヨン・コーポレーション、エクスターナル・テクノロジー・ジェネラル・コーポレーション、ノース・コリアン・マイニング・デベロップメント・トレーディング・コーポレーション)
Korea Mining Development Trading Corporation(KOMID)
(a.k.a. Changgwang Sinyong Corporation, External Technology General Corporation, North Korean Mining Development Trading Corporation)
所在地:北朝鮮平壌特別市中区域

8.コリア・リョンハ・マシナリー・ジョイント・ベンチャー・コーポレーション
(別称:チョスン・ヨンハ・マシナリー・ジョイント・オペレーション・カンパニー、コリア・リョンハ・マシナリー・J/V・コーポレーション、リョンハ・マシナリー・ジョイント・ベンチャー・コーポレーション)
Korea Ryonha Machinery Joint Venture Corporation
(a.k.a. Chosun Yunha Machinery Joint Operation Company, Korea Ryenha Machinery
J/V Corporation, Ryonha Machinery Joint Venture Corporation)
所在地:北朝鮮平壌特別市中区域
     北朝鮮平壌特別市万景台区域

9.コリア・リョンボン・ジェネラル・コーポレーション
(別称:コリア・ヨンボン・ジェネラル・コーポレーション、旧称:リョンガクサン・ジェネラル・トレーディング・コーポレーション)
Korea Ryonbong General Corporation(KRGC)
(a.k.a. Korea Yonbong General Corporation, f.k.a. Lyongaksan General Trading Corporation)
所在地:北朝鮮平壌特別市普通江区域楽園洞

10.コリア・リョンワン・トレーディング・コーポレーション
(別称:コリア・リョングァン・トレーディング・コーポレーション)
Korea Ryongwang Trading Corporation
(a.k.a. Korea Ryengwang Trading Corporation)
所在地:北朝鮮平壌特別市普通江区域楽園洞

11.タンチョン・コマーシャル・バンク
(旧称:コリア・チャングァン・クレジット・バンク、チャングァン・クレジット・バンク)
Tanchon Commercial Bank
(f.k.a. Korea Changgwang Credit Bank, Changgwang Credit Bank)
所在地:北朝鮮平壌特別市平川区域セマウル1洞

12.トソン・テクノロジー・トレーディング・コーポレーション
Tosong Technology Trading Corporation
所在地:北朝鮮平壌特別市
    
13.ピョンヤン・インフォマティックス・センター
(別称:ピョンヤン・インフォメーション・センター)
Pyongyang Informatics Centre
(a.k.a. Pyongyang Information Center)
所在地:北朝鮮平壌特別市普通江区域慶興洞

14.ヘソン・トレーディング・コーポレーション
Hesong Trading Corporation
所在地:北朝鮮平壌特別市
 
15.ポンファ・ホスピタル
(別称:ボンファ)
Ponghwa Hospital
(a.k.a. Bonghwa)
所在地:北朝鮮平壌特別市普通江区域
 
16.ヤコブ・スタイガー
Jakob Steiger
コハス・AG(上記1.)社長
生年月日:1941年4月27日
住所:Fribourg, FR, スイス

外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮のミサイル又は大量破壊兵器計画に関連する資金の移転を防止する措置について

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2006年9月19日 (火)

安倍政権への期待

安倍政権成立が目の前、中山参与を拉致特命大臣に任命するのではとの観測もでて、ご家族・救う会も、一気に拉致問題解決への期待が膨らんでいると思います。

思えば昨年九月の郵政選挙のあと、安倍さんには2つの道がありました。ひとつは、閣外に出て次期政権を狙い小泉首相の怠慢に抗議し小泉首相と一線を画すと言う道、もう一つは閣内に残り政権内で拉致問題解決を推進する道。

どちらの道を選ぶかは安倍さん自身にも迷いがあったかもしれませんが、2つの道のうち、安倍さんは後者を選びました。閣内に残るべきではないという意見もNET内では多かったと思います。この掲示板でも、閣外にあるべきと言う意見もありました。

拉致に関心の深い人の中では、郵政選挙後、『安倍政権実現の可能性のある一年後までは辛いけれども忍の一字で耐えるしかない。ご家族には、その間健康に留意されて、待つことをお願いしなければならない。』と言う声もありました。

私は、どちらの道をとっても、安倍さんの拉致解決への気持ちは変わらないと信じていました。ですから安倍さんには、閣内に残ったことを最大限に生かして欲しいと思っていました。

安倍さんは、そのことを実現してくださいました。彼がいて拉致問題の特命チームができ、拉致のポスター持つくられ、調整室の機能も拡大されました。最大の効果は、北朝鮮がミサイルを発射したときに即制裁処置を執れたことです。

官房長官という要職にあり、直接小泉首相に進言したり説得することができるポジションにあったことが、迅速な対応にどれだけ力になったかと思うと、彼は選択した道を最大限に生かしてくれたのだと思います。

今安倍政権に対する期待は風船のように大きくふくれあがっています。しかし、こういうときであるからこそ、私たちは冷静でいなければならないと思うのです。

既にテレビ各局、マスコミでは、安倍さんは、拉致問題での活動があってこそ政権への道が開かれたが、今後拉致問題に展開が生まれなければ拉致問題が安倍政権のアキレス腱になることも考えられると伝えています。

最終的に日本の政治を左右するのは世論です。民主主義の国家として、正論を大切にするのは当たり前。拉致問題の解決を早めるのは、安倍さんではなく、世論なのです。

どこまで世論が安倍さんの北朝鮮政策を支持し、推進していけるかに、今後はかかってきます。
なぜなら、拉致問題への対応を理由に安陪おろし、安陪批判をしようという勢力が手ぐすねを引いているのは見え見えだからです。

進展が遅いとき、又は効果がなかなか上がらないとき、どれだけ世論が安倍さんを支持できるか?
既にテレビのコメンテーターなどには中山参与の起用や拉致担当特命大臣の設置が大げさであるとの論調も散見されます。

大きな転機を迎える拉致問題ですが、これですべてが解決するなどと言う楽観は禁物。
安倍さんがその行動力を遺憾なく発揮できるよう、世論が支えなくてはなりません。

万全な世論形成も小さな一歩からひとつづつ。
私たちができることは、国民全体に、動きが遅ければ、「もっとやれ」と激励し、頑張っているときには「良くやった」とほめることのできる雰囲気を作ること。そのために、リボン着用や、日々の話題、一筆の署名、そしてここに投稿してくださることも、その一歩だと思います。

気を引き締め、冷静に安倍政権スタートを見守りたいと思います。

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2006年9月17日 (日)

四年目の9.17

4年目の9.17 
 
  4年目の9.17を迎えました。この日を迎えるにあたって、私たちはどのように表現したらよいのでしょうか。多くの日本人にとって、それは驚きであり、喜びであり、悲しみであり、喜びであり、怒りでした。今日の私たちの多くには、苦渋の思いであり、ふがいなさであり、いや、明るい幾く筋かの光を見つけた希望であり、奮い立たせる想いでしょうか。
 
 その当時、いや、それ以前と、現在と何が違うのかと言えば、三点あると思います。第一は、多くの国民の理解です。拉致事件というものを日本国民は理解してくれました。それまでは、拉致事件の存在自体も認めてくれませんでした。被害者や家族の方からすれば、飛んでもない意見も公然と叫ばれていました。例えば、帰ってきた5人の被害者は一旦返すべきだ。日朝正常化を優先させるべきだ、等々。
 
 第二点は、日本政府が北朝鮮に対して毅然とした対応をとり始めた点です。未だ、本格的な経済制裁ではなく、法の適正執行というレベルが多いですが、明確な圧力となっています。さらに、この月末からは、家族会と共に戦ってきた安倍さんの政権となります。家族会にとっては、これは大きな力、そして励みになります。先日の大阪集会では、さる家族会の方が、喜びのあまり涙を流していたと聞いています。しかし、この点については、改めて分析が必要です。
 
 第三点は、拉致事件が国際的に認められ始め、包囲網が出来つつあることです。早紀江さんとブッシュ大統領との会談など、更には国連での北朝鮮制裁決議などです。
  各地での集会でも、解決への条件整備は整いつつあると言われています。しかし、拉致事件の解決を促すための多くの国民が、実際の行動を取っているかと言えば、未だ低いレベルです。私たちの役割は、一人でも多くの方が拉致事件解決への理解を示し、具体的な行動に出ることです。日本としての世論形成、そして国際的な包囲網の形成には一人でも多くの方の行動が必要です。
 
 胸にブルーリボンを付けるのが恥ずかしければ、先ほど提案されたように、バックに付けてください。集会への参加が無理ならば、Upされている音声ファイルを聞いたり、テキストを読んでください。そこから行動がはじまります。
 
  私たちは、日本人の心を信じています。守るべき人たちを守らねばならない時、その行為が法律を犯すものであっても、この国には身を呈して愛する人たちを救う人たちのいることを。先日の一橋総合研究所と戦略情報研究所の共同シンポジウムで、それを知りました。老齢の防人の方(佐藤守元空将)の心の叫びでした。この心の叫びを聞いた時、拉致事件は絶対、解決する、解決させなければならないと思いました。
 
 4年前、日本人の心を教えてくれた人がいます。曽我ひとみさんです。
 彼女が、日本に帰ってきた時に作った詩は、私たちに日本を取り戻してくれたと思います。
 

帰ってきました ありがとう
                 詞 曽我ひとみ


   人びとの 心  山 川 谷
 
 みんなあたたかく 美しく見えます
 
 空も 土地も 木もささやく
 
 「お帰りなさい」「がんばってきたね」と
 
 帰ってきました ありがとう

蒼き星々掲示板momoedake管理人の投稿より  

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四年目の9.17~上野署名活動

新聞各紙、テレビなどでも、やはり9.17は節目として取りあげられていますね。
 参照記事:【闘い続く 9・17から4年】DNA鑑定 北の“決定打”封じ込める
 先日のNHKクローズアップ現代も、四年目の節目を機に作られたものでした。
 もちろん、救出運動はその前から行われていたのであり、初期からの参加者や運動体では、9.17はそれほど重要視されないのかもしれません。その後の<12.24>(細田官房長官が北朝鮮への制裁を発言した日)を、一つの節目と考えてきた人たちもいます。
 
   しかし、世論全体に強いインパクトを与えたのは、やはり<9.17>です。
 
  あのとき、もたらされた「5人生存・8人死亡」というニュースとその後の記者会見がどれだけ日本全国に拉致への認識と関心を生み出したかを思えば、やはり節目の日なのだと思います。
 
  四年目の9.17、上野では、継続している署名活動が行われました。
 救う会全国とは別の活動ですが、定着して活動しています。立川の署名活動と共に、東京でたった2つの署名活動のひとつです。
 
  懐かしい画家さんが、進んできてくださって、「ひさしぶりだね!」と声をかけてくださいます。色紙を書いてくださった書家の方も健在です。
 
 ここ上野の署名活動は、こういった人々の無言の理解と支援に支えられています。
 
  マイクのない署名活動、メガホンと肉声で「四年目の9月17日」を訴えます。
 近頃の署名活動の中では、反応が良いのは、やはり、9.17のせいでしょうか?
 
  一人二人と署名台の前に進んでくださいます。4~5人のグループのご婦人が全員で署名してくださいました。「頑張ってください」という一言がほんとうに有り難く、勇気を与えてくれます。
 
  「四年たって、まだ帰ってこれない被害者のために、あなたの取り戻したいというお気持ちを、署名という形で現してください。9.17のこの日に、取り戻す願いを署名として記録しましょう」
 
  訴える声に、行き過ぎた人が、親子連れで署名台に戻ってきてくれます。お母さんと一緒の三人兄弟は、8才と6才の女の子、そしてその下の男の子。
 
  「あなたの分、お母さんの分、これはお父さんの分ね、めぐみさんは、急に大好きなお母さんの側から、怖い国に連れて行かれたの。早く会えるように、このリボンをつけるのよ」と会話を交わし、こっくりうなずいてくれる純真な目がまぶしく見えます。手を振って後ろを見ながら歩いていく女の子の姿に、写真展のめぐみさんの幼い笑顔を連想もします。
 
  今日は、少し多くの署名が集まったように思います。あいにくの小雨模様の中ですが、暖かい署名活動でした。
 
  ただ、願うのは、もう一人二人、ボランティアが増えてくれたら、どんなに他の人が助かるだろうということです。
 
 
 
 
 
  救う会全国に加盟していない団体の活動も全国に広がってきました。ここ上野もそのひとつ。ボランティアは、ただ被害者を救いたいだけ。所属がどうのこうのは、横に置きます。
 
  茨城は独自の活動の道を選びましたね。それも選択の一つ。今までの積み重ね、水戸駅前の署名活動はきっと変わらず続けられることでしょう。
 
  新潟の小島さんも、独自の活動を続けています。全国加盟団体ではなくても、昨日の群馬の集会のように、有志で集会を開く方もいます。特定失踪者のために、奔走する人たちもいます。
 
  4年目の9.17に思いを新たにし、そのすべてが総合力になって拉致解決につながるよう、祈ります。
 

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ブルーリボン80%が実現しない理由

街頭でも、職場でも、町を歩いていても、やはりブルーリボンは少ないですね。
 。しおかぜカンパストラップなど、しおかぜグッズも、まだまだ普及しているとは言えません。
 
 しおかぜカンパストラップは3000個限定にもかかわらず、まだ売り切れていないのが私には不思議なくらいです。
 
  ブルーリボンは各地の街頭活動や、集会で署名やカンパをしてくださった方、集会の参加者などに配られていますが、日常的に付けている人を見かけるのはまれです。
 
  リボンを作ってくださる方も、材料も自己負担で、ほんとうにボランティアとして、こつこつと作られていますね。茨城では、施設のこどもたちが作ってくださっているとも聞いています。ぴろんさんを含めて何人かの方の手作りのリボンが、街頭で、集会で配付されているのを見るたびに、「どうか明日も付けてください」と受け取ってくださった方の後ろ姿を見つめてしまうこともあります。
 
  受け取ったリボンを堂々と付けてくださる方が少ないのは、ほんとうに残念です。増元さんは、新座の集会でアメリカの国防総省を訪れたとき、国防総省の人たちが、どこで手に入れたか、全員がブルーリボンバッチを付けて出迎えてくれたことに感激したとおっしゃっていました。
 
  リボンを遠ざける理由は何でしょうか?
 時折街頭で「リボンをどうぞ」と署名をしてくださった方に差し上げると、「いえ、結構です。ちょっと付けるのは。。」とおっしゃる方がいらっしゃいます。この人達は何を怖がっているのだろうと不思議に思うこともあります。
 
  考えてみると、今までの活動に対して、「政治的である」と見られたり、左よりの人たちから「右翼的である」と非難されたりもしてきました。
 
  けれども、横田早紀江さんが、いつも言うように、これは、理不尽な国家犯罪であり、溺れている子供達を助けることなのです。
 その部分がまだまだ理解されていないんですね。全国を行脚して、疲れた体にむち打って活動している横田さん達のおかげで、多くの人が拉致を知るようになりました。
  しかし、集会は、200、500、1000、最大で2000程度です。一歩進んだ理解まで至っている人は、まだまだ足りないのだと思います。そう言う意味で、クローズアップ現代が取りあげた≪写真展≫や、≪てんびん座の演劇、≫、≪アブダクション≫の映画、そしてこれから活動の始まる、日本での拉致問題を取りあげた映画作品作成などは、家族に負担をかけない形の訴えであると共に、集会にこない人たちにも、この問題を訴えかけ、ブルーリボンの普及に役立つ活動だと思います。
 
  そのことは、昨年有楽町で行われた写真展の時に、会場に集まっている人たちの雰囲気が集会に集まる人たちと違っていたことで感じました。
 写真展にはいける。でも、集会には二の足を踏む人が多いんだろうと思います。
 
  本来この運動は、拉致された人々を多く抱える日本国民全員の国民運動であるべきですし、報道も、もっとされるべきであり、署名などは、組合や企業などが組織的に協力しても良いはずだと私は思っていました。
 
  何故集会にまで足を運べないのでしょう?
 運動体の中枢の人たちに、その危機感はあったでしょうか?
 9.17移行関心を持ち、2003年5月7日に東京フォーラムに集まった2万人とも言われる人たちの力を結集することができたのかどうか?その部分は、未だに確信が持てません。
 
  運動体の中にいる人たちの極々一部に、「この運動は自分たちのもの」という感覚はなかったでしょうか?
 運動に参加しているものは、何をやっても良いというような感覚は全くなかったでしょうか?
 外部に警戒する余り、仲間を失ったことはないでしょうか?
 
  杞憂かもしれませんが、そう言う部分がないかどうか?

  この運動は、まっさらなもの、何の曇りもないものとして、国民全体に受け容れられれば、リボンは普及するでしょう。 毎日付けようとする人が、もっと増えるはずです。そのために、運動体の浄化も必要でしょうし、救う会加盟組織でなくてもしっかり活動をしている組織と更なる連携を図るべきだと私は思います。
 
  ブルーリボンシール頒布も継続されています。
 
  まず、私たちができることは、周りに知らせていくことです。そしてリボンに対する更なる理解を、ひとりひとりに、私たちが広げていくしかありませんね。身を正しつつ。
 

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大阪集会(4)西村眞悟氏

   『西村眞悟 衆議院議員の講演』

皆様、暑い中、誠にご苦労様でございます。
この大阪の地、我々の大阪の地で拉致被害者救出のための集会を開けると言う事は、我々にとって非常に心強い事であります。

今、荒木和博さんが皆様にご報告されたとおりです。
客観的な情勢は極めて我が方に有利に展開しつつあるんです。
その中で奇妙な事が起こっている。
その中で政界の関心は急速に拉致問題から、去っていっております。
8月から9月にかけて自民党総裁選挙が行われる。
総理大臣はどこにおるのか?と思えば日本にいない。
現在、まさに政治の空白が我が国に存在すると言う事でございます。
その中で、この空白の中で我々は何をすべきか?という事。
これがこの集会を開催し、そして皆さんと共に考える本日の課題であります。

さて、本日は拉致被害者家族会の皆様と共に特定失踪者のご家族の方もこの場におられます。
この姿が我々の政治に向かう時にどうしても忘れてはならない問題点なんです。
すなわち、1年以上前、JRの車両が脱線転覆致しました。
あの時に被害者数が初め分からなかった。
時間の経過と共にどんどん被害者の数が増えていった。
しかし、我が国の行政機関、警察・消防は救助に向かった。
救助に向かう時に第一に確認しなければならないのは、今何人その中に閉じ込められておるのかでございましょう?

拉致被害者救出も同じなんです。
我が国の行政機関が救助に向かわねばならない。
その時に何人被害者がいるのか?を確認しなければならない。
しかし、その事を今やっていないという事なのであります。

4年前、極論を言うならば4年前金正日が拉致を認めた。
犯人が白状をした。
犯人が白状をしたその白状の内容は、5名は平壌に集めておるので会っていってくれ。
彼らはこの平壌を素晴らしい場所だと、お父さん・お母さんこっちに来てくれというメッセージを送って来た。
そして8名は死亡したと、白状した者が言ったと。
白状した者が言った事をそのまま鵜呑みにして、それで問題を拡大しようとはしない。
何人が車両の中に閉じ込められておるのか?
何人が北朝鮮と言うあの収容所列島の中に閉じ込められているのか?と言う事も、我々の政府が全力を挙げて調べようとしていないわけであります。

そこで拉致被害者救出の議員連盟でございますが、この議員連盟は4年前の小泉さんの訪朝前に結成されました。
それ以前の議員連盟はハッキリ言って潰しました。
なぜなら、会長が北朝鮮から亡命して横田めぐみさんの情報をくれた元工作員に対して、「亡命者の証言は信頼できない」というふうに発言するに至ったからであります。
この現在ある拉致議連の歴代拉致議連の会長は閣僚にピックアップされております。
私は拉致議連の会長が、閣僚・内閣の一員になった以上問題が進展しなければならないと、そして二人が閣僚になった。
三人目が出たらば、それは総理大臣がやらなければならないんだと、総理大臣にならねばならないんだと公言しておりました。

拉致議連の会長が、総理大臣になりそうだという事ではございません。
拉致議連の役員、私と同じ第一次拉致議連で事務局長代理をしておりました安倍晋三さんが、総理大臣になりそうだと。
しからば私の予言、拉致議連の会長という予言でしたけれども、拉致議連の役員が今度はいよいよ総理大臣になる、いう事になってきた。
客観的には大きな大きな一つのチャンスであります。
先ほどそのチャンスの中で関心が薄れて行くと言う事を申し上げた。
従って我々は頑張らねばならないと思うわけであります。

現状を象徴する一つの現象として万景峰号の入港禁止という事を申し上げましょう。
あの時に入港禁止を決定した、これは高く評価します。
高く評価したけども、接岸させたんです。
そして在日の子弟が修学旅行か何かで数百人、北朝鮮に見物に行っておった彼らを岸壁に着いた万景峰号から日本の陸地に上げた。
これは今、政府が制裁と言うものは何たるものか?ということを認識していない一つの証拠なんです。

万景峰号を接岸させない。
日本に入港させないと日本国政府が決めた以上、断じて接岸させてはならんのです。
彼らは一旦平壌に引き上げてもらわねばならない。
そして平壌から在日の彼らの子供たちが北朝鮮から日本にいる両親に対し、
「平壌は北朝鮮は素晴らしい地上の楽園です。お父さん・お母さん、日本のようなけったいな国にいるよりは、我が祖国に共に帰って来て下さい。」
このようにコメントさせたら良かったんです。(拍手)
これが出来ないということは制裁の何たるかを日本政府が分かっていないという事であります。

ただ万景峰号接岸禁止の、接岸させて子供たちだけを帰した訳でありますが、物資を揚げなかった効果はてきめんに現れておる。
覚せい剤の価格が暴騰しています。
皆さん、こういう事なんです。
やってみれば分かるんです。
警察の方はご存知だと思いますが、覚せい剤の値段が上がっておると言う事は何を意味しておるのか?

我々が小さい時、記憶が生まれるか生まれないかの境目の時、ヒロポン中毒の患者の犯行が、奇妙奇天烈な犯行が相次ぎました。
もうじき日本そういうことが大阪でも起こるかも分かりません。
覚せい剤中毒の者が覚せい剤が切れた中で精神的な錯乱状態になって、突拍子も無い犯罪を起すということです。
万景峰号が接岸してなかった、ということがこれほどの効果があるという事を、我々はもうじき知ることになるでしょう。
経済制裁をやれば効果があるんです。

さて現状のご報告を一応概観したことで、拉致問題の本質という物を改めて述べてみたいと存じます。
荒木和博さんが言ったように拉致問題は戦争である。
これは戦争状態です。
戦争といえば国家が宣戦布告して正規軍が動いてくるというふうに我々は思い込んでおります。
これは19世紀から20世紀全般までの戦争形態である。

現在、戦争で無いと思えば戦争である。
戦争であると思えば戦争では無い。
適切な日本語後がございません。
other than war、 other than war、これが現在の戦争なんだと。
従って、明らかに拉致問題は現在の戦争であります。
従って拉致問題の最終目的は金正日の降伏、これしかない。
戦争なんです。

それを前提にして外務省に「北朝鮮の地図は外務省にあるのか?」と質問しました。
外務省答えて曰く、「北朝鮮の地図を外務省は持っておりません」
これでどうして救出できるのか?と。
自衛隊が持っている、持っていないと言う事は私には答えませんでした。
ただ、我が日本で国会議員にもその訓練内容を見せない部隊が存在致します。

その部隊長に聞きました。
実は訓練内容を見ました。
そして質問をしました。
「北朝鮮のあのポイント、あのポイント、あのポイントにいる日本人を、命令があれば救出できるか?」
隊長は答えて曰く、
「我々にはその命令を実行する能力がございます。ただ、政治がその命令を我々に出すかどうか?これが問題です。その命令があればやります。」
これが我が国の自衛隊の一つの部隊の答えでありました。

さて、物の本質が戦争であるとするならば、我々のやるべき事はなんでしょうか?
現在の政治は空白状態であります。
我々の歴史を振り返るのではありません。
平成8年の暮れ、荒木和博さんたちが発行している現代コリア、横田めぐみさんの被害の状況らしき記事が出ている。
平成9年明けてすぐ荒木和博さんが、我々は同じ民社党の出身なんです。
で、「実は13歳の女の子らしい。拉致されたままだ。なんだ?」という事になる。
この質問を始めた。

国会の日程など二日前じゃないと分からないんです。
いつ質問が出来るか分からない。
従って議員が持っている権限、内閣に対して質問趣意書を提出するという事で、直ちにそれを内閣に質さねばならないと言うふうに動きました。
その時の状況は多くの人たちが、今拉致議連に参加している党派を含む全党派が心にはともかく、全く無関心を装ったのであります。
そういう中で有本さん、また家族の皆さん。
「娘を返せ、息子を返せ」という運動を続けておられたのであります。

その時にコメ50万トンを出す。
また25万トンを出す。
10万トンを出す。
政府の動きを止める為に、「コメを出すなとは言わない。しかし私の娘は返って来ていない。息子は返って来ていないんだ。」と。
自民党の前で、外務省の前で、寒い中座り込むこの拉致被害者の決して若いとはいえないご家族・ご両親を前にして、「国内で吼えておっても、拉致被害者は返らないんだ」と言うふうに言い放ってコメを出した与党幹部、これが存在した。
皆さん、国内で吼えておってもという吼えておると言う言葉は人間に使う言葉ではないんです。
しかしそれをまさに使った、これがその時の状況です。
しかしその人間に使う言葉を投げ掛けられる事無く、命の使う言葉を投げ掛けられている中で、拉致被害者家族と心ある運動が続いていく。

平壌、9月17日、総理大臣訪朝。
それに対して金正日は「拉致問題に触れなければ日本からは金を出せない」という判断に至ったと。
これはまさに、政治が無関心な中で国民が重大な関心と救出の熱意を示した賜物であります。
我々が今やるべき事はその事を思い返す事。
そしてその地点に立ってまた運動を組み立てる事でありましょう。

拉致問題がこの国民運動として盛り上がる前、今から思えばそのきっかけになったのではないのだろうか?と思う、東京フォーラムでの集会がございました。
5000人が座れる東京フォーラムでやろうという事になった時、西岡さんが私に言いました。
「今まで1000名を越える集会を経験したことが無い。5000名、出来るだろうか?来てくれるだろうか?」
その時に我々は言いました。
「50名来てくれたら良いじゃない。5000名の中に50名来てくれても良い。しかしこれは国民の運動なんだ。5000名座れる所でやろう。」
と言うふうに、我々は顔を見合わせながら決断していきました。
結果は2万5千が集まって頂きました。

さて、我々は既に拉致被害者救出運動を続けてきて、そして金正日を白状させたという実績を持っているわけであります。
この実績を元にこれから進まねばなりません。

最後に、平壌共同宣言とは何か?
この平壌共同宣言をこのまま置いておいて良いのか?という問題意識だけは持っておきましょう。
なぜなら、無名の運動のときと違い、今や内閣総理大臣と金正日の取り交わした約束文書が存在するからであります。
この約束文書こそ、欺瞞の文書であります。
平壌共同宣言を遵守するという小泉総理のこの発言は、61年前の8月8日に日ソ不可侵条約が有効である事を前提にして、ソビエトの仲介によって日本とアメリカが和平を結べるのではないか?と錯覚しておったと。
この茶番劇のような事態と全く同じ事態であります。

平壌共同宣言は4つの約束からなっております。
第一の約束は万難を排して日朝は国交を回復すべきである。
正常化すべきである。
そのために来月から、十数日後の来月から日朝国交正常化交渉を始めよう。
これが第一の約束。

第二の約束は、我が国が悪い事をして申し訳ないです。
従って国交が正常化したときに、我が国は莫大なお金を金正日さんにお渡し致します。
これが第二の約束。

第三の約束は、日本国民の安全に関わる事態に関しては、日朝は国交が無いと言う不正常な時代に起こった事である。
従って二度と再びこのような事態を起こしてはならない。
これは何を意味しておるんですか?
これは拉致問題というものが、日朝の国交の無いという異常な事態で起こったものでありますと。
今後は、将来は拉致は起こりません、と言う約束に過ぎない。

第四は、核の開発は致しません。
ミサイルは飛ばしませんという約束です。
この第四の約束は全て反故にされております。

第三の約束、日本国民の安全に関する約束は守られておるんですか?
この約束はそもそも何の約束ですか?
この約束は拉致問題、金正日が白状した拉致問題というものは既に過去のものとして終わったと。
金正日さんは将来は拉致をしませんよと約束したに過ぎないんです。

そして先ほど言いましたように、5名が平壌に集まっている。
それに会っていってくれといって会った。
8名は死亡だといわれて、愕然としながらもその上で署名した文書です。
この約束こそは、拉致問題は終わったという金正日の言っている事を受け入れた条項なんです。
金正日が約束した事は全て破っている。
我々だけが、総理大臣だけが約束した事を守らねばならないと言っている。

つまり日本人を拉致して、数百名拉致して返さない。
抹殺しようとしている。
北朝鮮の土に返そうとしているこの独裁者に対して、我々の税金が1兆円以上支払われなければならないという約束が、新しい政権に引き継がれてはならない。(拍手)
そのように申し上げて、私の報告を終わらせて頂きたいと思います。
暑い中来てくださった皆さん、これから頑張りましょう。(拍手)   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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大阪集会(3)荒木和博氏

   『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演』

ご紹介いただきました荒木でございます。
今日はまだ暑い中皆様多数のご参加を頂きまして本当にありがとうございます。
先ほどの吉田議員の仰った言葉にもありましたけども、まさにこの拉致問題が動いて参りましたのはこの会場にお出でになった皆さん、そしてこの集会を催すに当たって炎天下の中街頭でビラを撒き、また多くの方に働きかけてくださった皆さんのお気持ちの賜物でございます。
それがなければ拉致問題が動くことはございません。

これから若干のお時間を頂いてお話を致しますけども、私がお話が出来る事で拉致問題に貢献できる事はごくわずかでございまして、しかしこの集会を開く為に皆さんが一生懸命努力をされた。
そして暑い中、ご自分の仕事があったかもしれない。
あるいはご家庭の用事があったかもしれない。
遊びに行きたかったかもしれない。
そういう思いを持ちながら、ここにお運びいただいた皆様の気持ちこそが、まさに拉致問題を解決する原動力である、と言う事を確信する次第でございます。

で、これから私がお話いたしますのはやはり拉致問題の本質ということと、一体どういう事をこれからしていかなければならないか?という事でございます。
壇上に画面が出ておりますので、画面を指しながらお話をしていきたいと思います。
何度もこのブルーリボンの会の集会でも私申し上げておりますが、拉致問題というのは今日ここに家族会の皆さんそして特定失踪者の家族の皆さんがお見えでございますが、拉致被害者があるいは家族が可哀想だからやる問題ではない、と言う事でございます。
あくまで私たち、そして自分達の家族を守る為に行うのだと言う事なわけであります。

もし今拉致をされている人たちを助ける事が出来なければ、次に拉致をされるのはここにお出での皆さんのご家族かもしれません。
お友達かもしれない。
また拉致被害と別の主権侵害が北朝鮮以外の国によって行われるかもしれません。
日本と言う国は国民を攫って行っても何もしない国だ、安心して何でも出来るんだというふうに思えば何をされるか分からないわけでありまして、そういうことは絶対に許さない。
一人の国民でも絶対に助け出すんだという、断固とした意思があってこそ我々は国民全部を守る事が出来るのだ、と言う事でございます。

そしてもし被害者の家族が可哀想だからという思いだけでやっていた運動であればどうなるか?
北朝鮮がもし例えば日本にミサイルを発射するぞというふうに恫喝したと。
今まででも同じような事をやってますがその時にですね。
しかしそれを助ける為にもっと被害が出ちゃ困る。
止めておこうというふうになるわけでございます。
しかし実際はそうではない。
もしそういうふうに恫喝をして日本が言うことを聞いたらば、もう拉致問題止めにしましょうとなったらば、北朝鮮はまた別の恫喝をして参ります。
金を出せとか物を寄こせとか、そういう事をどんどん言ってくる。
つまり問題はどんどん深刻化して更に次の被害者が出るということであります。
だからこの問題はご家族とか今の拉致被害者だけの問題ではなくて、私たちの問題だとして考えなければいけない、いう事であるわけでございます。

この大阪を舞台にしました政府認定の拉致被害者の方で、原敕晁さんという方がおられます。
ここにお出での多くの方がご存知だと思いますけども、昭和58年の6月に、元々大阪のラーメン屋さんの店員でしたけども、騙されて宮崎県の青島海岸から拉致された方であります。
その後、辛光洙と言う工作員が原さんに成り代わりまして、そしてスパイ活動を続けて参りました。
この工作員・辛光洙は韓国に5年後に入国して逮捕される。
その時点で原さんの拉致を自供しております。

これに対して平成14年、小泉さんの訪朝で北朝鮮は原さんの拉致を認めます。
翌年15年には、今ご挨拶をされました吉田(利幸大阪)市議、そして壇上におられます三宅(博)八尾市議が、この犯人を告発をする。
そして・・・(聞き取れず)には大阪府警が中華料理店とか関係者を家宅捜索し、事情聴取を行うわけであります。
しかし今でも原さん拉致に関わる犯人は逮捕されておりません。
もちろん、原さんも帰って来ていない。
そして原さんに限らず、いまだに一人として拉致事件の加害者として逮捕された人間はおりません。
ですから事件と言うのは、今政府認定になっている事件も含めて過去の事件ではなくて、現在そして未来に関わる事件である、という事であります。

この国は自由に外国から出入りの出来る国です。
この映像で見て頂いているのは今から6年ほど前に富山県の黒部川河口で発見された、北朝鮮製の侵入用の水中スクーターです。
この海岸の河口に埋められてありました。
雨などで被せてあった土が露出して明らかになった事件でございますが、わずか6~7年前に埋めた物でございまして、これと同じ物は奄美沖で沈んだあの工作船、あるいは福井県の美浜それぞれで見つかっておりまして、これを使って上陸をして来た工作員と言うのが相当の数いるはずである。
そしておそらくは今でもいるであろう、いうふうに思われます。

そしてこれはつい最近起きた事件ではございません。
これは公安関係者では有名な事件でございますが能代事件と言う、秋田県の能代海岸に2回に渡って工作員の死体とか遺留品などが流れ着いた事件がございました。
昭和38年ですから今から41年前(43年の言い間違い?)の事件です。
この昭和38年には石川県であの寺越事件と言うのが起きまして、寺越武志さんを含める3人が拉致をされています。
この遺留品の中にありましたのはこういうピストルですとか、様々な道具がございました。
たまたまこの事件は失敗したからこれが見つかっているわけでございますけど、実際には大部分の侵入が失敗をしていない。

つまりひょっとしたらここの席のどこかに居るかもしれませんが、北朝鮮の工作員がピストルですとか武器を持って日本に上陸して、そしてごく普通の市民を装って行動している。
おそらく今でも同様の状況が続いているだろうというふうに思います。
日本の海岸と韓国の海岸をこうやって比べて頂ければ分かりますが、韓国の海岸はこのようにですね。
ずっと鉄の柵、かなり頑丈な鉄の柵が巡らしてあります。
日本の海岸と言うのは、こうやってどこからでも入って来て下さいというような海岸でございます。
韓国の海岸は、ここでもちょっと左の方に見えますが韓国軍の警備歩哨がありまして、ここで特に夜は実弾を込めた銃を持った兵隊が警備している。
で、海は船がパトロールしている。

それでも韓国にはどんどん入って来るわけでございまして、いわんや日本の海岸などはですね。
本当に安明進さんをはじめとする元工作員が言っておりますけども、飯を食ってトイレに行くのと同じくらい簡単だという事であります。
我々はそういう中で、どんどん出入りが来るような状況の国の中で生きているんだ、と言う事を考えて頂かなければいけません。

この地図は韓光熙(ハン・グァンヒ)という元朝鮮総連の財政局の副局長だった人が一人で見つけた侵入ポイント。
全国歩き回りまして、ここならば侵入しやすそうだと、人に見つからずにそして海から入って来るときも目印がある。
こういうポイントでございます。
彼が出した本(=「我が朝鮮総連の罪と罰」)の中に出ておりますが、一人で38ヶ所の侵入ポイントを設定しております。
韓光熙一人でこういう事をやる事はございません。
何十人もの人間がこういう事をやるわけでありまして、日本国内おそらくは太平洋側も含めまして数百ヶ所のポイントが日本国内にある事は間違いが無いだろうというふうに推測がされるわけであります。

そして日本に入って来るのはこのような工作船を使って入って参ります。
これは平成13年に奄美沖で沈んだ工作船ですが、この左側の工作母船からその隣の小さな工作小船と言う船が後ろから出て参りまして、それで沖合いから海岸近くまで行ってゴムボートですとか、先ほどの水中スクーターで上陸をする、言うパターンでございます。
船に詳しい方であればお分かりだと思いますが、この工作船の先頭の形状は普通の漁船とは全く違います。
普通の漁船はもっと丸っこくなっています。
いかにスピードを出すか?の為に作られた。
つまり、漁船を改造したとかそういうのではなくて、日本とか外国に侵入する為に北朝鮮はこういう船を作り、そしてそれを使って侵入をしているということです。
単に思いつきやその時の必要性だけで作ったのではない。
これをやる事が北朝鮮にとって当たり前の事だと思っているから、やっているんだという事であります。

拉致もその通りです。
たまたまちょっとした目的でやっているんでは無いんだ、という事はご理解を頂けると思います。
ちなみにこの大きな工作母船は約40ノット(1ノットは1.852キロメートル毎時、40ノット=時速約74キロメートル)、そして右側のポンポン船のようにみえるそれより小さな船は50ノット(=時速約79キロメートル)のスピードが出る、非常に高性能の船でございます。
そしてこういう船で日本海側にどんどん入って来るわけですが、しかし海岸だけが危ないわけではありません。

原さんの拉致もそうですけども、舞台となっているの基本的には殆ど内陸です。
原さんの事件は連れて行かれたところは確かに青島の海岸ですが、実際に拉致の舞台になっているのはこの大阪市内であるという事であります。
ちなみに蓮池さんたち地村さんたちも、海岸で歩いていたらあるいはデートをしていたらたまたまやられていた、と言っていますが私はこれは嘘だと思っております。
彼らをやった人間は絶対に彼らの事を知っている人間であります。
彼ら自身があるいは直接知っている人かもしれない。
そういう人がやったから、今もしここで喋ってしまえば彼ら自身、あるいはご家族の身辺が危なくなる。
あるいは何かを喋れ・・・(はっきり聞き取れず)てしまう、という理由で話さないんであろうというふうに思っております。

内陸での拉致の為にはですね。
当然固定スパイ、あるいは協力者という者が必要です。
しかし今までですね。
この捕まった人間というのは久米(裕)さん拉致におけるサラ金業者一人だけで、そしてそれ以外には一切捕まった人間もいない。
拉致に関わった人間の多く、これはですね。
通常考えられるのは朝鮮総連系の在日ですが、中には民団への偽装転向者もいるでしょう。
あるいは日本国籍を取った、また思想的に共鳴した、あるいは金目当てに北朝鮮の拉致を手伝った日本人も多数いるはずです。
そういう人間はおそらく今でも普通の市民として平然と暮らしているだろうというふうに思います。

政府はじゃあいったいどうしているんだろう?となるわけですが、これ当然我々もよく言われるんです。
拉致問題とはそもそも国がやるべき事では無いか?個人や民間の団体がやるべき必要があるのか?というふうに言われたりする事がございます。
しかしこの事は政府に任せただけで出来ることではありません。
私たちの全体の生命に関わる問題であります。
民間でも一人一人の国民としても、一人一人の住民としても、これに何らかの努力をしていかなければいけないだろう、いうふうに思います。

個別にお話ししている時間はありませんが、ここに出ておりますのは田口八重子さんや有本恵子さんを含めまして、16人の政府認定の拉致被害者でございます。
どうやって明らかになったのか?
右側を見て頂ければお分かりだと思いますが、日本政府が誰も知らなかったときに自ら明らかにしたケースは一つもありません。
これはどういうことか?
つまりこれ以外に多数の拉致があって、それを明らかにしていないということの証拠でございます。
   
現在日本の拉致問題を解決するには今どういうふうに行われているか?
まず警察が捜査をする。
そして内閣が拉致認定をする。
で、その人について外務省が交渉して北朝鮮から帰国をさせる、と言う事でございます。
ところが警察と言うのは、これは当たり前の話ですが法と証拠と言うのが必要になります。
つまり証拠がなければ立件が出来ない。
これは当たり前で、我々も証拠も無いのに捕まってしまったら困りますが、やはりその壁がある為に多くの方々は5年10年、あるいは長い方では50年と言う月日の経った方々、これを調べても証拠が出てくるケースと言うのは極めてわずかになってしまいます。

そしてまた証拠が何とかある、という事で警察が「この人は拉致ですよ」と内閣に具申したとしても、今度は内閣の方では日朝交渉面倒臭くしたくないということで中々認定をしない。
認定をしても外務省が交渉をするときに経済制裁と言う力の裏づけを持たない。
やっと今(制裁が)始まったばっかりですが、そういうことでは大部分の拉致被害者を見捨てることになってしまうのが、残念ながら今の現状でございます。

そして今こういう状況の中で仕組みの問題以外に何が問題点だったのか?言う事がございます。
常にそれはひとつは北朝鮮政策が何かをされたら、あの16人を見て頂けば分かりますが、先に仕掛けて政府が出すんじゃないんです。
マスコミが明らかにしたあるいは工作員が捕まって自白をした、言う事で拉致問題が動き始めると、いう事になっております。
こういう後手後手に回って来た対北朝鮮政策というのが非常にひとつ拉致問題の大きな問題でございます。

もうひとつ、この問題が安全保障上の問題だという観念が欠如している。
あるいは政府があえて回避して来た、と言う問題でございます。
これは個別の事件ではありません。
これはある意味で北朝鮮が日本に対して仕掛けている戦争です。
そういう観念が回避をしている。

それから今回国連安保理での決議に関して日本は先頭に立って動かして、そしてこの決議を実現させ中国やロシアまで賛成を出しました。
日本にはそれだけの力があるんです。
今までしかし、それをして来なかった。
そういう世界の枠組みみたいなものはアメリカとか中国とかそういう国が動かすもので、日本には出来ないんだと言う思い込みがあった。

そしてこの国の中で、この憲法を直さなきゃ駄目だと、マスコミが悪い、外務省が駄目だというような責任回避の思いが我々自身にもあったのではないか?
そんな物が全部変わるのを待っていたら、その間に拉致被害者はみんな死んでしまいます。
そういうことではいけなかった、という事であります。
これからもその法律、あるいは世論、あるいは国際的な問題とか取り組みはずっと続きます。
ただそれが全部良くなるのを待っていたらいけない。
逆に言えば現状でも対応は十分に可能である、と言う事であります。

そしてもう一つはこの北朝鮮の問題、拉致とか核とかミサイルとか人権、こういう問題の解決には体制の転換が絶対に必要だという事も忘れてはならない。
拉致問題、特に日本人拉致問題だけでの解決というのは絶対にございません。
拉致問題は日本人、あるいは在日朝鮮人・韓国人の拉致、それ以外に韓国の本国の人たちの拉致があり、そして更に他の外国人の拉致もあるわけです。
それだけではなくて北朝鮮の強制収容所とかあるいは脱北者の問題、様々な問題があります。

この問題は一括して解決するしか方法がありません。
その方法と言うのは体制の変換です。
そこへ持って行かなければいけない、ということです。
それはある意味、人に任せておくことでは無い。
そんな事はアメリカにやらせたって出来ません。
絶対に我々がやるしか無い、日本がやるしかありません。
日本が自由とか民主主義とか人権、そういういう価値観によって東アジアの秩序作りをリードしていく。
これが絶対に必要である、言うふうに思うわけであります。

そしてこの事態というのは私たちに優位に進んでいます。
今の時点では、国内の官民における対応の強化、これは例えば北朝鮮人権法と言うのが今年の6月に出来ました。
今これからお話をされます西村眞悟衆議院議員が、この拉致問題、横田めぐみさんの事件を初めて取り上げて国会で質問をされたわけでありますけども、あれ以降第一次の拉致議連が出来ました。
しかしその時点で北朝鮮人権法を作ろうなんて話が出ていたとしても、おそらく国会の中で誰も相手にしなかっただろうと思います。
今は自民党・民主党そして公明党が一緒になってこの人権法を作って、そして6月の通常国会で通過させる・成立させるという事が出来たと。
随分、そういう意味で言うと大きく世の中変って来ているという事であります。

そして国際世論も、これはもちろん日本人拉致と言うことだけではなくて、様々な北朝鮮の人権問題について高まっている。
また北朝鮮は最初は隠していた金英男さんを出してきて、そして家族に会わせたり、あるいはミサイルを発射してわざわざ国際的な孤立を招いたり、また中国や韓国と関係を悪化させたりと言う事で、非常にですね。
状況は変化をしている。
もちろん、これからチャンスだけではありません。
ピンチも一緒にやってくると思いますけども、それを物に出来るかどうかと言うのはまさに私たち、ここにいらっしゃる皆さんも含めて私たちの姿勢次第であると言うふうに思う次第でございます。

そしてこのあるべき拉致問題の解決の仕組みと言うのは、中々これ全部ちょっと説明している時間がございませんけど、やはりこれが安全保障上の問題だと言う意味では、やはり軍が動くしかないわけでございまして、自衛隊がそれなりの役割を果たしていく。
最終的には邦人の救援、と言う事もしていかなければいけないのである。
もちろん、外務省・警察も今までやって来てるわけですけど、更に強化していく。
公安調査庁も、これ同様でございます。
それら全ての省庁、そして国民全体が動いていく。
最終的には首相官邸がこれを統括して実現をしていくという方向に持っていかなければならない、いうふうに思います。

ここにおられる皆様方にはどういう事を特にお願いしておきたいか?という事でございますけど、一つは政府・議会とのですね。
建設的な緊張関係。
どういう事か?
我々も政府に対して批判を申します。
外務省のこういう所がいけない、警察のここは直さなければいけない。
あるいは元々警察が出る幕ではなくて、ここは自衛隊がやるべきだとか、そういうことは言っておりますが、しかしそれが単に批判をする事だけで終わってはいけない。
協力をしなければいけない所は全力を挙げて協力をしていかなければいけない、と言う事でございます。

逆に言えば先ほどの吉田議員のお話で安倍政権という事になってくるわけでありますけど、しかし同時にその安倍政権にはいろんな有相無相がくっついて政権の中に入って来てしまいます。
その中にはこれまで拉致問題に批判的だった人もいます。
ですからそれを単にですね。
ある意味で言いますと、我々が政権べったりになってしまったらば、逆に安倍さんが総理になったとしてもその手足を縛ることになる。
我々が是々非々の態度で、こういう事は良いけれどこういう事は絶対に許せないと、言う姿勢をしっかりと持っていくことが必要であろうと言うふうに思います。

それから経済制裁などへの圧力が掛かった時に、それを頑張れという国民の支持が必要であろう。
あるいは北朝鮮がさっき言ったように、恫喝をしてくるかもしれない。
そういう物に屈しない我々自身の姿勢が必要です。
そういう事をやるならやってみろと、我々タダではおかないという姿勢があったときに、初めて北朝鮮は交渉に乗ってきますし、そしてまた自分達が譲歩をするという事になるわけであります。

ここにはいつものマスコミの方がお見えでございますけど、やはりこの北朝鮮の人権問題に積極的な報道等があれば、それに対しても声援をして頑張ってくれと、もっと報道してくれというような事を言って頂く事も必要でございます。
そして言うまでも無く、これまで皆さんが活動を続けて来て下さいました署名とか街頭活動、あるいは集会の開催、そしてまたご近所の方にこういう問題があるんだよというふうに口コミをして頂くと、いうような事をやっていく必要がある、という事であります。

そして後一つ、国際的な事案について述べておきますが、国際的な人権問題として家族会の方々も救う会の方々も、皆さんいろいろ一生懸命訴えておられます。
我々も国際的にあちこち出掛けまして訴えているわけでございますけども、その時にやらなければいけない事は何か?
これは我々の同胞を助けて下さいと言う事ではありません。
あえて誤解を恐れず申し上げますが、日本人を助けてくださいという事だけを国際の場で外国に言ったってですね。
それは逆に日本人が勝手にエゴを言っているだけだとしか捉えないだろうと思います。

我々はどういうふうに言わなければいけないのか?
拉致被害者を持っている我が国こそが、北朝鮮の人権問題が如何に酷いか?ということを一番身を持って自覚をしている国だ。
だから我が国が先頭に立ってあの北朝鮮の人権問題を解決するんだ。
そしてそれをもちろん同胞を助ける事もそのひとつである。
だからあの国を倒すために頑張るから一緒に頑張りましょうと、言う事をしたときに初めて国際的な説得力が出てくると、言う事でございます。
その点をどうかご理解を頂きたいというふうに思います。

私どもは、いちいちご説明をしている時間がございませんけど、いくつかの活動をやっております。
国内外での調査活動や、あるいは北朝鮮向けの短波放送「しおかぜ」というのを、今一日1時間流しております。
先々週、8月の末に韓国に行きまして、これから進めようと思っておりますのはこの画面に出ておりますバルーンプロジェクトという物でですね。
これは韓国のNGOの方々がすでに100回以上やっているんですが、気球にですね。
ビラを入れてそして北朝鮮に送るという事でございます。

北朝鮮のすぐ近くでこれを飛ばします。
この右側の写真の山の向こうはですね。
狭い海峡を隔ててもう北朝鮮です。
北向きの風が流れてくれれば、これが一つの袋に約1万2千枚入ったビラが拡散して北朝鮮に行くと。
すでに北朝鮮政府から韓国政府に対して、9回に亘ってこのビラを止めさせろという抗議が来ているそうですから、相当効果があるようです。
我々はこういう事もとにかくやって行きたい。

私はこの間、ずっとですね。
今年の末、平成18年の末までに拉致問題全て解決する。
それが出来なければ責任を取るという事を言い続けて参りました。
後残り、9、10、11、12と4ヶ月しかございませんけど、絶対にそのうちに解決をするつもりでございます。
そのためには出来る事はすべてやっていきたい、いうふうに思っている次第でございます。
今国際的な状況、北朝鮮を取り巻いた状況、そして我々の今の力量から考えてこれは絶対に不可能なことでは無い。
逆に言えば、今を逃したらその先何年かかるか分かりません。
今出来る事を全てやって参りたいと思います。

最初に申しましたが、この運動が9年前西村議員の質問を初めとしてスタート致しました。
その間、この運動を支えてくださったのは今日ここにお見えの皆さん、そしてこの集会を広く伝える為に炎天下ビラを撒き、そして宣伝をしてくださったブルーリボン大阪の会の皆さんであり、全国の方々の力であります。
その意思こそがまさにこの国を動かして来たと、いう事であります。
ですから、我々には絶対に出来る。
その自信を持って頂いて間違いは無いだろうというふうに思います。
それがあったら絶対に出来る、言うふうに思ったときこそ、あの国から拉致をされた方々を救い出し、そしてもしこの冬を越えればまた何人死んでしまうかもしれない北朝鮮の子供たちを、救う事が出来るわけでございます。

暑い中お出で頂きました事を御礼申し上げまして、私からの話を終わらせて頂きます。
どうもありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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大阪集会(2)吉田利幸氏

   『吉田利幸 拉致被害者を救出する大阪地方議員の会会長 挨拶』

皆さんこんにちは。
実は昨年の12月に大阪国際会議場で2700名の方々がお集まり頂いて、断固たる姿勢で経済制裁をするべきだという国民の皆様方の熱い思いを届ける為に、集会をさせて頂いて以来の集会でございますが、本日は特定失踪者のご家族の方がお見えを頂いて、この大会を開催する運びになりました。
私ども地方議員の会も後援をしております。
この会場にも地方議員の方お見えでございます。
まさに人権侵害の最大の問題であります。
国家主権侵害の最大の問題であります。
この拉致被害者、全員を救出しなければなりません。

私ども地方議員の会においても、度重ねてこのために何が出来るか?ということで、出来ることはすべてやっていかなければならない。
そこから解決の糸口を見出したい。
そんな思いで今同志が結集して、既に100名近くの議員の皆様方が参画を頂いております。

時あたかも自民党の総裁選挙がこの9月20日に投開票されて、多分安倍政権が誕生すると思います。
ならば一番にこの事について心を砕いて頂いているのが、安倍晋三さんでございますから必ずや一条の光が見えるようにですね。
具体的に一つ一つ解決に向けて動いて頂ける、その環境作りの為に努力をいただけるものと確信を致しております。
私も自民党の議員の一員でありますから、地方からもその声を続けて行きたい、いうふうに考えております。

実は拉致議連の幹事長の西村眞悟先生。
そして特定失踪者問題の代表の荒木和博先生。
そして私どもの同志であります、三宅(博)八尾市議会議員。
全国のこの地方議員の会の副会長をなさっておられます。
私どもも全力を尽くしてこの問題の解決に向けて尽くしていきたいと思います。

今、しかし最も心を砕いて頂いているのは、天皇・皇后両陛下ではないかと思います。
毎日宮中三殿で祈って頂いておりますが、9月6日に秋篠宮殿下ご夫妻に親王様がご誕生いただきました。
しかし、多分この問題が解決しない限り、天皇・皇后両陛下のお心も晴れないと思います。
そのことにやはり国民の皆さん方お一人お一人が自らの問題としてこの問題を留めて頂き、家族の一員だと言うような思いで、どうぞ日々の私の祈りと言うか、そのエネルギーを結集する事が一番大事ではないかと思いでございます。

どうか今日、お越しを頂いた方が、一人でも多くの方にこの事をお伝え頂いて、毎日必ずや全面解決に向けて、この問題を解決するんだと言う意思をですね。
荒木さんがいつの集会か忘れましたが、その話の中に歴史に我々の意思を刻むような、いうようなお話を頂きました。
どうか今日お見えの会場のお一人お一人がこの日本の歴史に、正しい歴史を守るようにその意思を刻んで頂きたいと思います。
皆さんの意思を結集する事によって必ずや全面解決に向けて動き出します。
どうぞ宜しくお願いを申し上げまして、ご挨拶とさせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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大阪集会(1)迫田茂雄 氏

「関西地区における拉致被害者の現状を知る」集会
    06.9.10 エルおおさか大ホールにて

『迫田茂雄  大阪ブルーリボンの会会長 挨拶』

本日の主催を代表致しまして、一言御挨拶を申し上げます。
本日は大変蒸し暑く日曜日にも拘らず、このように多数ご参加いただきまして誠にありがとうございます。
私たち大阪ブルーリボンの会は、北朝鮮に拉致されその拉致被害者を救うために、その輪を大阪府民に広める為に3年前に設立致しました。
現在大阪ブルーリボンの会員は100名を超えております。
大阪市民のボランティアの会員により現在も活動を続けております。

今回の大阪大会は6回目の集会となりました。
特に今回の集会はあまりマスコミなどに取り上げられていない特定失踪者の実態を知っていただく為に、関西だけでも53名の方がいらっしゃる中から、本日は5名の皆さんにご登壇頂いてこの後お話を賜ることになっております。
日本政府はこれまでに何度かこの拉致問題を幕引きをし、北朝鮮と正常化会議って言うんですか?
協議をしようと致しました。
しかしその度に、長い間粘り強く活動してこられた家族会の皆さんやその支援団体、あるいは幅広い国民の世論によって阻止されました。
大阪においても我々ブルーリボンの会は、いくらかお役に立ったんじゃないかな?と自負をしております。

しかし、それ以上に本日参加をいただいております市民の皆さんの後押しと言うのは、大変心強く感じます。
この時期に至っても北朝鮮の拉致をまだ応援している国もございます。
それから国内においては、この大犯罪を利用した国会議員もありました。
皆さんこんな状態の中で拉致問題は解決するんでしょうか?
我々は出来ない事は無い、その様にみんな確信して活動しております。
しかしそのためには国民を上げて政府に対して、この拉致、責任をどこまで追及できるか?
そして北朝鮮に対してはこれまで以上に幅広く、もっと早く完全に経済制裁をすべきだと思います。

どうか皆さん、今こそ一人一人の力は本当に小さいですけれど、その力を一点に集中し国民の声としてアピールしようではありませんか。(拍手)
そして我々と一緒にこの拉致問題が完全に解決するまで一緒に行動しようではありませんか。(拍手)
本日は本当にお忙しい所、この集会にご参加いただきまして本当にありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年9月16日 (土)

新座集会(5) 西岡力氏-2

   『西岡力 救う会副会長の講演 その2』

家族会が出来て、最初は訴えても訴えても、銀座でチラシ配りをやっても取ってくれる人が殆どいなくてですね。
冷たかったです。
マスコミの報道も拉致疑惑という事で、産経新聞を除いては大変小さかった。
増元さんが記者会見開いて、あんまり記者が来なかったんで来た人たちに、「こっちから質問がある。拉致と言うのは犯罪じゃないのか?何で扱いが小さいのか?答えてくれ」
記者に質問(笑い声)、逆質問をしていたのを思い出しますけど。

しかしそれでも少しづつ少しづつ全国で救う会が出来て、埼玉もかなり早い時期に出来ましたけども、そして小さな集会をたくさんやって、横田さんたちは今累計で1000回講演をやったと。
全国全部の都道府県を回ったと。
その結果くたくたになって、去年の12月には滋さんは重篤にまでなったし早紀江さんは腕が上がらなくなって、本当に肉体的な限界に来ているわけですけども、しかし世論は少しづつ盛り上がって来たと。
横田めぐみと言う名前を知らない日本人が段々いなくなってきたと。

そしてごく少数の国会議員が当初はごく少数の国会議員の人たちが、西村眞悟さんがめぐみさんの事を最初に取り上げて、そして今の議員連盟じゃなくて前の議員連盟を作ったときに実質的に動いてくれたのは安倍晋三さんとあと中川昭一さんとか何人かの人です。
で、そういう人たちは自民党の中で野中広務さんにみんな睨まれて、というような力関係があって、西村さんは当時は新進党だったかな?
党の幹部にも秘密でめぐみさんの質問をやったと。
党として取り上げるという事になってなかったわけです。
ごく少数の人たちが、都議会議員の土屋たかゆきさんとか、ごく少数の地方議員の人たちが付いてくれた。

しかしそれでも運動をして来て世論が盛り上がったのは、政府は少しづつ変わってきたわけです。
そして2002年の9月17日を迎えて、そこで日朝首脳会談の主要議題の一つが拉致になったんです。
日本政府が分からなかったから、金丸訪朝のときや第一次日朝会談で拉致問題を出さなかったんじゃないんです。
分かっていたけど出さなかった。
じゃあ何が変わったのか?
2002年と90年、91年、92年と。
世論があるか無いかです。
国民が日本人が拉致されていると思って怒っているかどうか?

今は金正日が拉致を認めた後、死んだと言っていますけど、偽の遺骨だったと。
けしからんと。
で、テレビでも各局、そういうふうになると横田さんたちが忙しくなるくらい報道するわけですね。
今は、今日の家族会(総会)のテーマはマスコミの報道をどう自粛させるか?というくらいで(笑い声)、逆の事が議題になるくらいで、何故報道しないのか?と怒る時代じゃなくなった。
世論は最高度に盛り上がっているんです。
今地方議員の会もネットワークが出来ていますし、署名は今600万近く集まっています。
第一の国民の世論という問題は、かつて無い盛り上がりを見せている、いうことです。

じゃあ2番目の政府の毅然たる対応という事ですけれど、2004年の12月に偽の遺骨という事が判明しましたよね?
それ以外、増元るみ子さんが死んだと言う証拠として北朝鮮が出して来たのは死亡診断書だった。
で、田口さんや松木薫さんについては、死亡診断書が出ましたけどもう一つ、交通事故調書という警察が作った書類も出て来たんです。
後もちろん、遺骨がありましたよね?
それら北朝鮮が出してきた死亡の証拠とされるものは、日本政府が全部調査しまして、その結果として8名死亡・2人は入境を確認せず、2人というのは久米さんと曽我さんのお母さんのことですが、この北朝鮮側の説明を裏付ける物は皆無であると。
北朝鮮側の説明を裏付ける物は皆無であると。
北朝鮮側の結論は客観的に立証されておらず、我が方としては全く受け入れられない。
生存者は直ちに帰国させる事が基本であり、これを要求していく。
言う政府方針が出た。

全く受け入れられないと言うのは、家族会・救う会が言ってるんじゃないんです。
日本政府が北朝鮮の主張は全く受け入れられない。
客観的に立証されていない。
生存者は返せと、それが基本だと。

ここまでは良かったと思うんですけども、しかしその後がある。
細田官房長官が発表した後、北朝鮮に対して「迅速且つ誠意ある対応をしろ」と、「それが無い場合は厳しい対応を取らざるを得ない」という有名な制裁の予告の官房長官としての発言をされたんですが、迅速で誠実な対応をしろと言ってるんですね。
北朝鮮は遺骨の鑑定を日本が捏造したと。
めぐみさんは死んでいると、いまだに言ってますよね?
拉致問題解決したといまだに言ってますよね?
それで誠意ある対応をしていないわけです。
迅速がいつ迅速なのか?
言う事で去年は24日のたびにいろいろ行動して、半年たって何もしないから3日間炎天下で座り込みをやったりしたわけです。

実はですね。
日本政府の中には拉致問題を担当する部署と言うのがあるんです。
安倍晋三さんが副長官の時に作ったんですが、専門幹事会と言うのがある。
ちょっと専門的に言いますと、日朝国交正常化交渉に関する関係閣僚会議と言うのがありまして、その下に専門幹事会と言うのがある。
閣僚会議の下に専門幹事会と言うのがありまして、トップは官邸の官房副長官で、各省庁の局長クラスが今入っているんですね。

そこで拉致問題について政府の対応を情報交換を話し合うんですが、その17回目の会議が「厳しい対応を取らざるを得ない」という事を言った細田官房長官の平成16年の12月26日、2004年の12月26日に開かれたんですが、その後ですね。
ほぼ1年会議を持ってないんです。
17回目が平成16年12月26日ですが、18回目が翌平成17年の12月6日なんです。
北朝鮮が偽の遺骨を出してきて、誠実な対応を取っていないのに日本政府としてどうするか?を話し合ってないんです。
そこでも見捨てたんじゃないのか?分かってたのに。
偽の遺骨だと分かっていて生存者を返せと言っているという事は、生存者がいると分かっているのに何もしなかった。
という事です。

しかし官房長官が去年の10月に安倍晋三さんに代わったんです。
すると突然会議が活性化するんです。
12月に会議が持たれまして、そしてそこで、今まではですね。
12の省庁が参加していたんですがそれをですね。
9プラスして、宮内庁以外の全ての省庁の代表を出せと、全政府で取り組むべき課題だからといって拡大しまして、専門幹事会の名前も変えて「拉致問題特命チーム」とした。
全省庁から局長クラスが出てきて、特命チームが出来て、そしてその下にですね。
二つの作業グループが(出来た)。

一つは法執行班というのがある。
法律を執行する。
海上保安庁と経済産業省と財務省、これ税金担当ですね。
法務省が入国管理担当、警察庁、金融庁が入ってですね。
法執行班というのが何かと言うと、後でちょっと申し上げますけど、ブッシュ政権が今北朝鮮に金融制裁をかけていますね?
しかしブッシュ政権の担当者に会うと、「我々は制裁はしていない、法を執行しているだけ」

偽札を作ったりテロ資金を扱っていたりする銀行に対しては、アメリカは法に基づいてアメリカの国内の金融機関が取引を停止するという法を執行しているだけだという。
制裁法では無いから交渉の対象ではない。
北朝鮮がテロ行為を止めない限り、法の執行は続くんだとアメリカは言ってるんですけど、同じ単語を実は特命チームの下の法執行班は使っていまして、北朝鮮に対して今ある法律を厳しく執行する。
いう作業が進んでいるんです。

代表的な例を上げますとですね。
昨年の11月の22日に日本政府が朝鮮総連を相手に、628億円を返せという訴訟を起こしています。
日本政府の機関として整理回収機構と言うのがあるんですけども、破綻した金融機関に公的資金が入る。
そしてそこで焦げ付いていた債権を整理回収機構が買い取って、その回収作業をするという機関です。
朝鮮総連系の朝銀信用組合がどんどんと破綻していきまして、最初38あったのが今は7になった。
そのプロセスでなんと合計1兆4千億円の公的資金が投入されたわけです。
一説によると野中さんが面倒見たよと言ったという説が有ります。
週刊誌などに出ていますけど、とにかく1兆4千億が投入されたと。

しかしその内ですね。
約2千億くらいはRCCに回ってきたわけです。
そして朝鮮総連というのはこれは任意団体なんです。
まぁ救う会・家族会と同じですよね?
だから法人格を持たないわけです。
お金を借りる時は個人で借りるか、総連系の人間の持っている会社で借りるんです。
総連は金を借りていないんです。

しかし日本政府は総連を相手に金を返せと訴訟を起こした。
それはどういうことか?というと実際には総連が借り手だとみなして、名義は違う。
訴えを起した。
厳しく実態を調べて実は総連が借りていたと。
貸し手も総連で、借り手も総連で焦げ付いていると。
おかしな話なんですね。

朝銀信用組合は一応信用組合として法律上は成り立っていますけど、その上に人事だとか方針を決めるのは総連が決めるわけです。
誰に何を貸し出すか?と言う事も最終的には総連が決められるわけです。
朝銀信用組合が総連系の人間や総連系のペーパーカンパニー等に融資をする。
担保は何にするのか?
総連系の民族学校の土地とか、朝鮮総連の中央の土地建物とか、朝鮮出版会館とかですね。
そういうものが担保になっている。

学校は学校で学校法人なわけなんです。
個人は個人なんです。
で信用組合なんですけど、全部その上に総連があってお金が貸し出されて返せない。
不良債権になって信用組合が潰れると預金者保護といって公的資金が入って来る。
善意の預金者を守るというシステムなわけですけど、性善説によって成り立っているわけですけど、意図的に不良債権を作って個人が破産してしまえばそれで済むと。

借りた人のところにですね。
朝日新聞のアエラの記者が行って見ると、裸電球ひとつで6畳一間の所に住んでる人が3億円とか借りてる。
インタビューすると「返す気なんかありませんよ]]と言う。
どこに行ったのか?という事になるわけです。
当然北朝鮮に送金されたんじゃないか?と私は思ってますし、それを実は今までも活字で書いています。

しかしそれを分かっていながら、日本政府は公的資金をどんどん投入してきたわけですけども、安倍さんが官房長官になって法執行班が出来て、突然裁判です。
実際に借りたのは総連だと。
破産した個人じゃないんです。
2千億円を精査して600億、3分の1はそうだと証拠をとって裁判起した。

ある朝鮮総連系の元幹部によりますと全国にある財産は200億円くらいじゃないか?と。
その計算が正しいとすると600億円以上の損害賠償請求をすると言う事はですね。
日本政府は総連の財産を全部差し押さえすると、いう裁判を起しているんです。
そういう法執行が法律に基づいて、あんまり言わないんです。
法律に基づいて執行しているだけだから。
しかし朝鮮総連は今存亡の危機を迎えている。
不正な事をやっていたという事ですからしようが無いんですけど、自業自得だと思うんですけど。

あるいは、この朝鮮総連はですね。
1976年に国税庁の幹部と、当時の社会党の高沢寅雄という国会議員が間に入って国税庁の幹部に会って、そして自分達の税金問題について特権を要求したわけですね。
それが通ったといって自分達のパンフレット等に、税金問題で自分達は治外法権が認められていると言って、5項目の合意があると公然と書いていたわけです。

実際にパチンコ屋さんとか何かが、書類を作るときに朝鮮総連の商工会というところに頼むと書類を作ってくれる。
そして代わりに商工会が税務署に持っていくといってですね。
横に集められて普通の扱いでなくなってくる。
で、何か問題が起きると商工会が税務署に乗り込んでいって「36年お前たちは何をやってきた!」「従軍慰安婦は20万人どうしたんだ!」とかいう話をするわけです。
それでも駄目だとデモ隊が来る。

という事をやって税金を事実上脱税してきたわけです。
で、その代わり日本に払わないで祖国に払いましょうと。
商工会を使えば安くなる、と言って献金をして来たと。
ところが今年の3月にそれが出たわけです。
かなり厳しく書類を今税務署も見ていると。
厳しく見るといっても、ニュースじゃないですから何も(表に)出ませんが、今までが酷かったですから当たり前のことになった。

・・・その3に続く・・・   
新座集会(4)  投稿者:ぴろん  投稿日: 9月 7日(木)12時36分21秒    引用  編集済
   『西岡力 救う会副会長の講演 その1』

皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声)
お忙しい所、国会議員の先生方も来て頂きまして、嬉しく思っています。
今日はちょっと時間があって1時間くらい話しても良いということなので、今日はですね。
今の増元さんの報告を踏まえてですね。
現状がどうなっているのか?今後どういう展開が予想されるのか?ということを申し上げたいと思うんですが、一言で言いますと拉致問題は勝負の時を迎えた。
いよいよ全面解決が近付いている、いうふうに思っております。

金正日に時間稼ぎを許さない。
彼らが拉致被害者を返さないんであれば、いよいよ締め付けを圧力を強めていく。
と言う事こそ、拉致問題解決への正道だと我々は主張してきましたが、実はその様な体制が今整いつつある。
時間稼ぎをすればするほど彼らは苦しくなる。
その様な体制が今出来つつあると言う事であります。

拉致問題解決のためには3つの条件があるというふうに思って、家族会結成そしてその後に救う会を作って10年になりますが、運動をして参りました。
第一は日本国内の世論の高まりであります。
そして第二はそれを背景とした日本政府の毅然とした対応です。
そして三つ目は同盟国アメリカを始めとする国際社会の支援です。
日本の国内世論、日本政府の毅然たる対応、そして国際社会の支援。
この3つを目指して10年近く運動をしてきました。
ここにいらっしゃる皆さんにも大変助けて頂いてここまで来たわけですけども、今この3つがほぼ揃いつつあるというふうに思っております。

そして日本では今の国内政治の情勢になると、9月に安倍晋三政権が出来る可能性が大変高くなって来ている。
そしてブッシュ政権が後2年半ほど続くと。
韓国でも盧武鉉政権の支持率が十数パーセントに落ちてレームダック化が始まって、来年には韓米同盟・日本との友好関係を大きく支持する保守派の政権に変わる可能性が高まっている。
言う政治情勢であります。
ですから、今言ったこの3つの条件が整えば、そして国際政治情勢も我々の味方になるということですが、先ほど申し上げてきた3つの条件について、一つ一つ見ていきたいと思います。

まず国内世論についてですが、増元さんが先ほど最後の方で仰っていましたが、日本政府は世論が無いと動かなかったんだと、言う事を仰いました。
これは事実です。
というのは、日本政府はではいつ国民が拉致されている事を知ったのか?という事です。
いつから知っていたのか?
日本は北朝鮮の工作員が自由に入っていたけれども、事件直後には分からなかったから救えなかったのか?
という事ですが、実は少なくとも9人の被害者については、日本政府は事件発生直後に北朝鮮による拉致だと分かっていたんです。

分かっていないから手を打てなかったんでは無いんです。
分かっていたけれども見捨てたんです。
日本政府がこの4月にポスターを作りまして、「北朝鮮による拉致を日本は見捨てない」と書いてある。
当たり前の事なんですが、なぜそんな事を書かなくちゃいけないのか?とある理由ですね。
30年経って見捨てないとポスターが出てくるのか?
実は過去に見捨てた経緯があった、という事であります。

読売新聞の2002年の12月20日の夕刊。
読売新聞の2002年の12月20日の夕刊に、驚くべき記事が出ていました。
実は増元さんたちが拉致されたのは1978年の8月ですよね?
当時警察庁の警備部という、北朝鮮関係の取締りなどを担当する公安警察ですが、警察庁の警備局の幹部が読売新聞の取材に応じて、実は24年前自分達は知っていたんだと。
しかしそれを公表しなかった、言う事を話しているわけです。

その幹部というのは読売新聞によりますと、おそらく日本で最初に北朝鮮による連続アベック拉致を確信した人物である、いうように読売新聞は書いている。
連続アベック拉致と言うのは蓮池さんたち、地村さんたち、増元さん・市川さんたちですね。
そして富山で未遂事件がありましたね。

この記事を一部読みますとですね。
1978年7月、福井県警から届いた報告書には、特異事案アベック蒸発事件という表題があった。
小浜市の海岸から七夕の夜に失踪した地村保志さん・富貴恵さんの事件だった。
その一週間程前から東京霞ヶ関の警察庁総合庁舎に泊り込んでいた。
この幹部が。
警察の無線傍受施設が、日本海の真ん中で北朝鮮の工作船が発したと見られる電波を捉え、各県警に沿岸警戒活動を指示していたからである。

北の工作船が来ている。
電波で分かって、警備しろという命令が来て、その幹部は一週間泊り込んだ。
そしたらば、その泊り込んでいたときに小浜でアベックが蒸発したと言う事件が起きたと言う報告が来た。
その後まだあるんです。

それからしばらく経って同じ月の31日に、やはり警戒活動中だった。
つまり電波が分かって船が来ていると。
沿岸警戒をかけていたときに、今度は新潟の柏崎市で蓮池薫さん・祐木子さんが行方不明になった。
海岸近くで若い男女が家出する理由が無い。
机の前に積まれた2冊の報告書を前に、元幹部は背筋に寒い物を感じた。
これは記事のそのままです。

更にその翌月、鹿児島で市川修一さん・増元るみ子さんが失踪。
富山県高岡市でもアベック失踪未遂事件が起きた。
高岡では沿岸を高速で走る不審な船が目撃されていた。
現場に残されていた猿轡を、ゴム製の猿轡が高岡の未遂事件では残されていたんですが。
韓国当局に照会すると、「我が国に不法侵入し死亡した北朝鮮工作員が所持していた物と極めて似ている」という回答が返ってきた。
不安は確信に変わった。
北朝鮮が拉致しています、と言う報告書を書いたと。
それを受け取った上司たちも、これは間違いないと声をそろえた。
言うのが記事に載っています。

工作船が来ているのが分かっていて警戒している時に、アベックが連れていかれたと。
現場に未遂事件では猿轡があって、韓国に照会したらば韓国で発見された物と同じだと分かっていたと言う事です。
じゃあ、その幹部が書いた報告書を誰が握りつぶしたのか?と。

実は78年の8月に拉致があった、7月8月にあったんですね。
次の年の79年の春に警察庁で秘密に会議があった。
関係の4県の担当者が呼ばれた。
つまり鹿児島・福井・富山・新潟ですよね?
各県警の担当者が呼ばれたと。
そしてそこで、電波傍受を秘密にする為に事件を公開しない。
電波傍受を秘密にする為に事件を公開しない事と決定された。
その元幹部が読売新聞に話しています。

分かっていたけれども公開しない事に決めた。
産経新聞が、実は1979年の春に書いてありますけど、次の年の80年の1月に最初の拉致問題の報道をしますよね?
これは、その会議に多分出ていた誰かが、公開しないという原則は余りにもひどいと思って一部情報をリークしたと思います。
産経新聞は書けたんです。

分かっていたけど手を出さない。
6人のアベックと、それから二人の未遂がありますからそれで8人。
もう一人、石川県の宇出津海岸で拉致された久米(裕)さんの事。
久米さんの犯人は捕まっていたと言う事を、ご存知の方は多いと思いますけど。
つまり9人については分かっていた、最初から、という事です。
報告書があるんです。
どこかに、警察庁に。

警察がその方針を変えるのは、その10年後です。
1987年の11月に、大韓機爆破事件が起きたんです。
拉致を分かっていたけれども手を打たなかったら、新たなテロが起きた。
拉致被害者がテロリストの教師になって、テロリストが日本人に化けて日本のパスポートを持って115人空中で爆殺した。
そこで警察は方針を変えて、拉致されていると言う事を、日本が拉致されていると言う事を分かっているという事を公開するんです。
有名な梶山静六答弁が1988年の3月に、大韓機爆破事件の直後に参議院の予算委員会であるわけです。
3組のアベック失踪について、北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚であると、いう答弁をするわけですね。

それは何故そこで出来たのか?と言うと、新しい証拠がそこで出たんじゃないんです。
最初から分かっていたから答弁出来たんです。
金賢姫は蓮池さんや地村さんや増元さんの事を証言していないんです。
田口さんの事は証言している。
それならなんでアベックの事が言えたのか?
最初から分かっていたから言えた。

ところがそれでも世論は起きなかった。
なぜならマスコミが今度はそれを無視した。
梶山答弁を朝日新聞も読売新聞も毎日新聞も一行も書かなかった。
無かった事にしたんです。
国会で治安の最高責任者が「日本人が北朝鮮に拉致されている」と言っているのに、書かなかった。
10年間は政府が知っていながら見捨てたと。
後の10年間は政府が答弁をしているのに、少なくとも警察は答弁をしているのに、今度はマスコミが、そして外務省と政治が警察の情報発信を潰したと、言う事です。

梶山答弁はマスコミが書かなかったですね。
そしてその後2年後に金丸訪朝になるわけです。
その時実は金丸さんは金日成と会っているわけです。
2年前に国会で政府の治安の最高責任者が「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚である」と言っている事について、与党の元副総裁と言う人が、それも総理大臣の親書を持って行った人が一言も触れなかった。
有本さんたちは、金丸訪朝団のときに何とか取り上げてもらおうと思って、北朝鮮から来た手紙のコピーを持って金丸さんに会いに行ったけど会ってくれなかったと。
その訪朝団の事務総長の石井さんと言う人の事務所に行って会ったという話がありますけど、分かっているのに取り上げなかったんです、政治家が。

私はあるところで海部元総理と会いましたが、海部元総理は「自分は拉致問題に詳しい」と言うんです。
何故ですか?と聞いたら、自分が総理になったときに警察が来た。
金丸訪朝を前にして警察が、「総理、日朝関係を軽々に動かさないで下さい。拉致問題は深刻です」と言われた。
ブリーフィングを受けたと。
総理大臣はそこで知っていたんです。
しかし、自分の名前で金丸さんに手紙を託していながら、そこに増元るみ子と書かなかったんです。
分かっていたけど手を打たなかった。
分かっていて、北朝鮮と話をする事が出来た。
最高指導者と日本の政治家が会えるときに出さなかった。
小泉訪朝ではなくて、金丸訪朝で主要議題になるべきだったわけです。
それは90年の話です。
1990年。

そしてその91年から92年にかけて8回、今度は外務省が日朝交渉をするわけです。
そこで拉致問題が正式に会談で取り上げられたのは一回だけです。
第三回会談で、田口八重子さんの事が一回だけ取り上げられただけで、先ほど言っていますアベックの事について政府が最初から分かっていたのに、国会でも取り上げているのに、外務省はその8回の会談の中で増元るみ子と言う名前を一度も出さなかったんです。
分かっていないから出さないんではなくて、分かっているけれども見捨てたんです。
北朝鮮がけしからんと言ったんじゃ無い。
出さなかったんです。

この状況を変えたのは何か?というと拉致発生から20年経った1997年、安明進さんの証言の後で横田めぐみさんの拉致が明らかになった。
横田さんのご両親は大変悩まれた。
名前を出して写真などを持って訴えたらば、北朝鮮にいるめぐみがもしかしたら殺されてしまうかもしれない。
20年間はどこにいたのか分からなかったけれども、やっと消息が分かった時に親がやる事が、娘にとってマイナスになると。
危害を加えられたらたまらない。
娘は20年間、「お父さんお母さん、いつ助けに来てくれるの?」と思っていたはずだと。

しかしいろいろ調べてみると過去20年間、拉致が発生して増元さんたちの事は産経新聞の報道があったり、大韓航空機爆破事件があったりして、分かっていたけれども政府は取り組まなかったと。
20年間過ぎていると。
このまま新潟出身のYさんというような形で記者会見をしても、多分マスコミは一過性で一度報道してすぐ終わるだろうと。
そうするとあと20年、何も起きないかもしれない。
親たちはみな死ぬだろうと。
一定のリスクはあるだろうけども、世論に訴える、と言う選択を家族会はした。
横田さんたちがして、そこに、増元さんたちも合流したんです。

20年間は政府が動いてくれるだろうと思って信じて何もしないで待っていた。
特に増元さんたちは産経新聞の報道があって、ある程度分かっていた。
しかし動いたら危ないといわれていたから、動かなかったわけです。
そしたら20年見捨てられていた。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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新座集会(6)西岡力氏-3

   『西岡力 救う会副会長の講演 その3』

あるいは朝鮮総連の機関にですね。
在日本朝鮮人科学技術協会と言うのがある。
在日本朝鮮人科学技術協会と言うのがあるんですね。
略称して科協って言うんですけども、科学技術協会、科協、科協っていうんですが。
そこは日本の大学の特に理科系の大学院とか入って博士の学位を取っている人たちが入っている協会なんですね。
ロケット技術の専門家とか核開発の専門家とかたくさんいるわけです。
日本は自由な社会ですから、日本に在留資格を持っていれば朝鮮総連の人たちももちろん日本の大学、東大とか優秀な所で理科系の大学に入れて研究が出来るわけですね。
そこの科協を通じて核技術やミサイル技術が北朝鮮に流されているんではないか?という疑惑がずっと指摘されていたわけです。

昨年の10月に警視庁の公安部が薬事法違反の疑いで二人の在日朝鮮人を逮捕したんですけども、その容疑はHPでですね。
朝鮮人参を売っていたと。
万病に効くと書いてあった。
薬として許可を取ってないのに万病に効く人参だから薬事法違反だと。
その二人の内の一人が実は科協の副会長だったんです。
科協として朝鮮人参を売っていたんじゃないんですけど、その人が科協の副会長だったからといって科協の事務所を家宅捜索して、コンピュータその物まで全部持っていった。
CD-ROMじゃなくて、コンピュータ本体を持っていった。
押収した。

そしたらば、陸上自衛隊の最新型の地対空ミサイルシステムに関する研究開発段階のデータがそのコンピュータの中に入っていた。
それがそれで事件になったわけです。
と言う取締りを今やっている。
法律に基づいてやってるわけです。

一時のオウム真理教に対して行われた、小刀持っていたら銃刀法違反だとか、電柱にポスター張ったら軽犯罪法違反だとか、言って麻原彰晃がどこに隠れているかと言う情報を公安警察は取りましたけども。
警察は一言も言いませんけども、私が見ていると同じように見える。
法執行チーム。
それも法執行班と言うのが政府の組織にある。
拉致問題特命チームの下に法執行班があるんです。
なんで税金担当が拉致問題(特命チーム)の下に入るか?というと、そういう事をやってるわけです。

制裁と言うのは広い意味での制裁と狭い意味での制裁がありまして、こういう法を厳しく適用するのはソフトサンクションと言うんですね。
軟らかい制裁という言葉があるんですが。
それは既に昨年の秋から始まっている。
アメリカも昨年の9月から金融制裁を始めたんですが、日本は10月から発動している。
真綿で首を絞めるようにどんどんどんどん絞めている。
何も言わないけれど。

そしてもう一つですね。
その特命チームで情報収集会議と言うのを作りまして、そこには内閣情報官ですね。
内閣府の・・・・・・・・(はっきり聞き取れず)ですけども。
それから警察庁の長官、公安調査庁の長官、外務省の事務次官、日本で情報を扱っている所のトップが集まる。
何で防衛庁が入って無いのかが不思議に思うんですが、とにかくそのトップが入っている。
拉致問題に関する情報を収集する会議をやる。
つまり日本の全ての機関が、トップが会議に入っていて全力を尽くして拉致被害者が今どこにいるのか?と言う情報を取る。
それを縦割りでお互いが見せ合わないんじゃなくて会議があって、官房長官の下で皆が持ち寄って検討する、と言う体制が出来たんです。

例えば海上自衛隊はですね。
対潜哨戒機という飛行機を飛ばして潜水艦が来るのを見張っているわけですが、今でも見張ってるわけですが、その対潜哨戒機で工作船を発見するわけです。
そのデータの蓄積があるわけですね。
写真を撮る。
一方無線の傍受は警察がやってますね。
もちろん防衛庁もやってますけども。

藤田進さんと言うですね。
こちらに関係する特定失踪者の方が失踪する直前に、実は海上自衛隊が日本海で北朝鮮の工作船の写真を撮っていた。
と言うデータがあって警察が調べてみた所、同じ日に無線が傍受されていたと。
その無線の傍受データを確かめると、横田めぐみさん拉致の頃の交信情報と大分似ている。
北朝鮮の基地と船、それから日本にいる協力者の三者でやるんですが、そのパターンがあるんですね。
中身は全部暗号がかかってますから分からないんですけど、どういうパターンであるかと言うのが似ていると言う事を拉致認定の基準にしているんですけども。
ただ、直後じゃなくて直前ですから、それでまだ認定までいかないんだと思いますが。
そういうことをクロスチェックできる体制にある。

官房長官が代わるとこんなに変わるんだと。
先ほど言ったポスターも、家族会・救う会でポスターを作れと要求した事は無いんです。
政府が20万枚作って地下鉄なんかに貼ってますよね。
「日本は見捨てない」と今頃作るのは当たり前じゃないかと思うけど、しかし突然ポスターが出来たりするんです。
それから日本政府がパンフレットを作った。
20万部作って日本語のパンフレットがありますね。
それが英語とフランス語とドイツ語、ちがう、英語と中国語と韓国語とポルトガル語だったかな?
パンフレット作る。

(「これですね」と壇上脇でパンフレットを示す人あり)そこにあります。
それは日本語のやつです。
それもどんどん作ってタダで配っている。
内閣府に電話したらくれますからね。
調整室に電話すれば、下さいといえばくれます。

総務省は各自治団体に中にある朝鮮総連施設について、固定資産税の減免をやっているんだったら見直すべきだと通達まで出している。
総務省はどこが減免しているか、全国的な調査までしている。
それを記者会見で発表したりします。

今回横田早紀江さんが訪米したとき政務官が二人ついて行ってくれましたけど、拉致担当の安倍官房長官の下にいる政務官・山谷えり子さんが任命されて、外務省の中にも山中あき子(あき=火へんに華)さんという政務官を任命されて、二人が付いて行って。
政府として横田さんをサポートする体制だったし、家族会の訪米の費用は全部政府が出してくれた。
公的な訴えだという事で。
普通民間人にそういうことをするのは異例ですけど。

そういうかつて無い厳しい体制を作った官房長官が、作った本人が上に上がろうとしている。
特命チームがいよいよ強化されるだろうと思います。
政府の毅然たる対応、拉致問題で安倍晋三さんが妥協する、落としどころを見つけるなんて有り得ないですから、二つ目の政府の毅然たる対応もかつて無いくらい整った。

そして三つ目の国際的支援ですね。
特にアメリカ、同盟国アメリカを中心とする国際的支援も先ほど増元さんから詳しく報告がありましたように、ブッシュ大統領が会ってくれたわけですよね?
それだけではなくてですね。
実は私はブッシュ大統領に会う前にですね。
国防総省に行った時の話を増元さん報告がありまして、その日の午後、NSCと言います。
国家安全保障会議、ホワイトハウスの大統領の下にあるんですけども。

安倍さんは総理になったら、日本版NSCを作ると公約していますけども、つまりNSCのクラウチ安保担当副補佐官が1時間くらい時間を取ってくれた。
ハドリー補佐官と言うのがいて、そのすぐ下に。
ハドリーさんと安倍さんはしょっちゅう電話をして、国連でミサイル発射に対する非難決議をまとめたんですけども、そのハドリーさんのすぐ下に安保担当の副補佐官が我々の所に来てですね。
そしてこういうふうに言ったんですね。

「拉致問題についてブッシュ大統領は日米同盟の観点と共に、普遍的人権・自由の力を信じるという立場からも自由な・・・(聞き取れず)。
ある人たちは発言しすぎと批判するが、大統領は北朝鮮住民の苦しい状況・拉致された人々の困難な立場への疑念の表現は止めない。」

政権の中でもちょっと言いすぎじゃないかと国務省、日本で言うと外務省なんです。
外交官は「今折角核・ミサイルで交渉しているのに、他人の国の拉致とか北朝鮮の人権とか言われると北朝鮮が硬化してしまって交渉が上手く行かない」と言うんですね。
どこの国でもそういう人たちはいるんですけども、しかし大統領は止めない。
普遍的な人権の立場から自由の力を信じるという立場から発言を止めない。
アメリカの国益だけじゃなく。

そしてそういう事を言って、その後いろいろ家族が訴えた後にですね。
「私たちの方から伝えたい事がある」と言っている。
多分準備してきた内容だと思います。
「皆さん方に伝えたい事がある」といってこういう話をした。

北朝鮮の核問題は大変重要である。
だから出来る限りの努力をすると。
それは日米同盟の観点からも解決が必要であると。
拉致問題は重要で努力する。
日米同盟の観点からも解決が必要だろう。
だが、核問題を解決していく中で拉致について忘れず、原則を守りながら取り組んでいくと約束する。
各問題を解決していく中で、拉致について忘れず原則を守りながら取り組んでいくことを約束する、と言ったんですね。

これを読んだ時ちょっと震えが来た。
驚いたし嬉しかったんですが、つまり一番国際的な状況の中で心配していたのは、北朝鮮の核問題・ミサイル問題が国際的な焦点になって、拉致問題が棚上げになる恐れがある。
アメリカの国益とすれば、北の核開発を止めさせる事だと。
アメリカまで届くミサイル開発を止めさせる事が絶対にアメリカが譲れない国益で、そのために全力を尽くすだろう。
その時に自国民が入っていない拉致について、どこまでリップサービスの同情を越えて政策に反映させるのか?
言うふうに考えていたわけですね。

実際に実は第一次核危機と言うのが1993年、94年にあったわけです。
93年にはノドン発射がありましたけど。
で、94年には北朝鮮が核開発を止めないということで、安保理事会で北朝鮮に対する制裁決議案が準備されていたんです。
北朝鮮は制裁するなら先制攻撃とみなすと、アメリカはそれでも制裁すると言って在韓米軍を増強したんです。
で、在韓米軍の家族を日本に送ったんです。
朝鮮戦争を休戦して以来戦争の危機が一番高まったのは1994年なんです。

日本も憲法の許す限り制裁に協力するといって、実は今先ほど言ったソフトサンクションと同じような事を、警察は93年94年にやっていました。
朝鮮総連に大変厳しい取締りもやっていました。
日本から北への送金の実態も把握して、国税庁を動員して税金をかけて止めるという事をやっていたんです。
それで金日成が出てきてカーターと会談をした。
このまま行ったら朝鮮総連は潰され、アメリカは安保理で中国が拒否権使ったらば、拒否権使ったら日米韓で三国制裁をやると言って在韓米軍をどんどん増強している。
第7艦隊が日本海の公海に浮かんでいる。
と言う中で金日成とカーターの会談があって、妥協が成立をして核開発を凍結すると言ったんですね。
しかし、その時拉致問題は一切言及されなかった。
議題に上がらなかった。

戦争直前まで緊張した。
そして日本も戦争に協力する、北朝鮮に脅しをされても制裁に協力するとの姿勢だが、その理由は北朝鮮の核を止めさせるという一点だけで拉致は入っていなかった。
だから妥協が成立したら、日本はソフトサンクションを止めてしまった。
そして95年からはコメ支援をする。
そして原子力発電所をタダで作ってやるという事になりましたから、日本は10億ドルを出す約束をして5億ドルくらい実際支出しちゃったわけです。
拉致問題は解決していないのに、億ドル単位の資金を北朝鮮に提供した。
国際的合意の中で、そういう事をさせられたんです。
村山内閣の時。

今後もそういうことが起きるかもしれない。
アメリカも緊張を高めて行きますけど、最後に目標は核・ミサイルを止めさせる事ですから(北朝鮮が)止めると言ったら妥協が成立するわけですね。
つまり日本だけが拉致だって言っても、ここまでやって核を全部難しい交渉をまとめてもなんで日本が入らないか?って事になりかねない。
だから我々は拉致はテロだと言うスローガンを出していたわけです。

テロと言うのは二国間の問題ではない。
国際社会が団結して戦うべき共通の敵だと。
北朝鮮が核を持ってはならないのはテロ国家だからだ。
テロを解決しないで、核を解決しても完全な解決にならないじゃないか。
アメリカはテロとの戦争に日本も一緒に戦えと言って、日本も一緒に戦っている。
それはしかしテロと言うのは普遍的な価値観からして、悪だから戦ってるんだ。
そうだとすればアメリカにとって日本人拉致も普遍的な価値観から悪であるから、一緒に戦うべきだと。
核問題だけで拉致を置き去りにしたら、アメリカは普遍的な価値観でテロとの戦争をしているんじゃないと。
自国民の事だけ守ろうとしているんじゃないか?と。

言うふうにアメリカに訴える為に拉致はテロだという事をずっと言っていたわけです。
総理にもその事を早く断言してもらいたかったんです。
しかしそれに対してブッシュ大統領は、普遍的人権と自由の力を信じるという立場から、拉致問題について強い関心を持っている。
普遍的な立場から拉致問題に関心を持っていると言って、そして核問題の解決の中で拉致について忘れず原則を守りながら取り組んでいく事を約束すると言ったんです。
アメリカの政権の中枢にいる人が。
これはある政策決定があったんではないか?と私は推測して(います)。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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新座集会(7) 西岡力氏-4

   『西岡力 救う会副会長の講演 その4』

だからブッシュ大統領が言い過ぎだという人もいるんです、当然、中にはですね。
そういう人を抑える為にブッシュ大統領は早紀江さんと会ったんです。
早紀江さんと会うときにですね。
狭い所なのに、その安保担当のハドリー補佐官とかそういう人たちがみんないてですね。
戦争するとかしないとか、北朝鮮との核問題について最終決定するような会議に出る人がずっといて、ブッシュ大統領と早紀江さんのやり取りをメモして見ている。

見ろって言ってるんです。
ブッシュ大統領が呼んだんですね。
俺がここまで言ったんだから、これは国家の意思として発言しているんだから、核問題で最後の決断をするときにこの事も入れてやるんだぞと、言う事を政府の内部に対しても発信しているんですね。
ですからアメリカが核問題を解決しようと思って北朝鮮に強い圧力をかけていますけど、そのアメリカは拉致問題を忘れないと。
約束すると言ったんです。
ここまで来れたのかなぁ?というふうに思って、・・・(聞き取れず)来たわけですね。

そしてもう一つ先ほど言った国防総省に行きましたらば、国防省のラムズフェルドさんがイラクに出張中だったので、副長官が、副長官の資格じゃなくて長官代理という資格で、その国防省の建物の中で一番トップ、今その日現在のね。
ラムズフェルドさんがいたらラムズフェルドさんが会うわけです。
という儀典上の扱いで出て来て、その下に太平洋司令官とか、その人たちに会うったって大変な人たちが後ろにいるわけです。
で、増元さんの話なんか聞いてメモしているわけです。
そして最後にイングランド副長官が「国防総省の中に皆さんのフレンドがいる。忘れないで下さい。」
フレンドと言うのは英語で敵味方って言うんですよね。
味方がいる。

アメリカ軍はですね。
5029作戦計画という計画を持っているんですね。
50と言うのは在韓米軍の番号なんですけども、5027と言うのは北朝鮮が攻めて来た時にどう対応するか?と言うやつで。
・・・・・・(聞き取れず)29が、2930と言うのがあるんですけど、29と言うのは北朝鮮の内部でクーデターが起きたり、内戦状態が起きたりあるいは大きな天変地異が起きて、北朝鮮当局が治安を維持出来なくなった場合に発動される作戦計画なんです。
その場合に、米軍と韓国軍が出ていって大量破壊兵器、つまり核・ミサイルや化学兵器などをテロリストに渡らないように確保する。
で、治安を回復するという作戦ですけども。

北朝鮮情勢は余談を許さない状況に、今ソフトサンクションが日本の安倍政権とブッシュ政権がどんどん真綿で首を絞めているわけですね。
何が起きるか分かりませんが、可能性としては5029が発動される事も有りうる。
その時にそれをオペレーションするのは国防総省ですね。
国防総省の中に味方がいると言ってくれた。
この発言の意味も大変重いと思っております。

そして国際社会全体に拉致被害者がいるという事でですね。
今中国に行きましたし、タイとかいろいろあって国際社会の中に拉致の関心が大変高まっているんですね。
これは先ほど増元さんが話をされたとおりで、ですから最初から言いましたように、日本の世論と政府の毅然たる対応と国際社会の支援がかつて無いほど揃ったんです。
そしてアメリカは北朝鮮から核・ミサイルを取り上げると、言う事をブッシュ政権は後2年半の東アジア政策での最優先に置いているわけですね。

アメリカは今戦争中なわけです、戦時です。
有事なんです。
テロの戦争の目標をブッシュ大統領は二つあると言ってるんです。
第一はテロリストに正義の裁きを下して、そしてテロリストの基地を叩き壊す事だと。
アフガニスタンの戦争がそのタイプだったと。
第二はテロ国家が大量破壊兵器を持つ事を止めさせる、と言ってるわけです。
イラクの戦争は第二の目標の為の戦争だったんです。
フセイン政権がアルカイダを支援していたとかアルカイダの基地があるという事で戦争を起したのではなくて、フセイン政権が大量破壊兵器を持っている、言う事で戦争を起したんです。

その大量破壊兵器を絶対に持たせてはならない代表として、悪の枢軸といって三ヶ国挙げたんです。
イラクとイランと北朝鮮です。
今イラクは、フセイン政権事態は倒れましたが、フセイン政権から大量破壊兵器を奪う事は達成されたわけです。
今度はイランが核開発をしているという事で、国連安保理で今議論されている。
北朝鮮の核問題が6者協議で議論されている事も、北朝鮮が話し合いに出てこなくてミサイル発射した、言う事なんですね。

ブッシュ政権に対して民主党などの批判は、イラクは持ってないのか分からないのに戦争をしてそして結局泥沼になったじゃないか?と。
北朝鮮はその間に核兵器の数を増やしたじゃないですか?
北朝鮮の持っている核がテロリストに渡らないという保障はどこにあるのか?
言う批判が出ているわけです。
悪魔だとか何とか強い事を言って結局話し合いは進まないじゃないか?
それよりはクリントン政権がやったみたいになだめながら、石油とかをやりながらやった方が良かったんじゃないか?
強いことばっかり言うけど拉致なんかを取り上げたり人権を言っているけど、だからこそ北朝鮮がへそを曲げている。
核開発は進んじゃったじゃないかと批判を受けているわけです。

実際北朝鮮の核は2003年から増産体制に入ったわけです。
2003年にアメリカが北朝鮮に対して2002年の10月にですね。
凍結すると言っていながらパキスタンから技術を入れて濃縮ウラニウムの核開発を続けているじゃないか、と指摘したらば北朝鮮は開き直って何が悪いんだと、(核開発を)やっていると認めて。
アメリカが50万トンの重油を入れると言う約束を、北が約束を破ったんだから重油を提供するのを止めると言ったら、凍結を約束していた濃縮ウラニウムじゃなくて今度はプルトニウムを材料とする核開発を再開しちゃったんです。
濃縮ウラニウムの方は広島型でプルトニウムの方は長崎型なんですが、今両方の核開発が進んでいると。
プルトニウム型の核開発はだいたい、色んな試算がありますけども、私の試算は年間2個から3個程度です。
私は今北朝鮮は少なくとも十数発の核爆弾を持つに至ったと見ています。
少なく見積もる人でも5~6発は持っている。

だから核実験が出来るわけです。
1発じゃ出来ないんです。
1発しかないんですから実験するわけ無いですから。
10発くらい持ったからこそ実験するという事になるわけです。
増えてしまったと。
悪魔だと言ったら増えてしまった。
どうするんだ?という事になっているわけですけども、それに対するブッシュ政権の意見の答えが法の執行なんです。

北朝鮮は偽札を作っている。
世界中の金融機関に対してですね。
今北朝鮮と取引をしたらアメリカは取引を停止すると言っている。
北朝鮮の方は、世界中の銀行にある口座をどんどん凍結されてしまって、お金を今どんどん動かしてベトナムに持ってたら、ベトナムにアメリカが取引を止めろといって、ベトナム政府は協力すると言っている。
取引出来なくなった。
今ロシアに持って行っているみたいですけども。
通常の貿易が出来ない。

中国の、中国銀行ですね。
バンク・オブ・チャイナも、香港にあるバンク・オブ・チャイナも北朝鮮の口座を凍結しています。
北朝鮮の金はどこまでが犯罪資金でどこまでが通常の資金が分からないと言うのが、アメリカの財務省の次官が記者会見で言っています。
ということは北朝鮮との普通のお金の取引だって、結局は犯罪資金になってしまうと言われてしまうと言う事です。
国家が偽札を作っているんですから。
偽札を犯罪集団が作っていて、その犯罪集団と付き合っちゃいけないというんじゃなくて、国家が偽札を刷っているとすると、その国家のお金というのは犯罪集団の金だというアメリカの論理が通るわけです。

アメリカもどこで作っているか?知っているんですね。
北朝鮮の自国の紙幣を刷る印刷工場だそうですけど、というのをアメリカの大使が言っていました。
造幣局で作ってるんですから、ドルを。(笑い声)
国家がやってるなら、北朝鮮の国営企業は全部犯罪企業だと言っても良いわけです。
麻薬も覚せい剤も国家がやっているんです。
偽タバコも国家が作っている。
ただ国家が犯罪国家だ。

今アメリカの外交官は公然と記者会見をやって会議の場で、北朝鮮を犯罪国家だと言っています。
犯罪国家だというって言うよりもなっています。
犯罪国家だから北朝鮮の資金は犯罪資金だと。
北朝鮮と取引をやる銀行はアメリカは制裁をかけて、アメリカの金融機関と一切取引が出来なくなりますよと。
北朝鮮と商売をするのかアメリカのどちらかを選べと世界中の銀行に対してアメリカが言っている。

北朝鮮の金正日の個人資金がだいたい40億ドルくらい有りまして、40億ドルから50億ドルくらい。
それがスイスの銀行なんかに預けられている。
今それを動かせない。
動かすと・・・(聞き取れず)だと分かっちゃう訳ですね。
北朝鮮に入った後、どこの口座に行くかね?
だれか北朝鮮人が持ってくれば分かりますから。
それがミサイル開発費用になったり、北朝鮮の治安機関を維持させるような最低限のお金になったりするわけです。
それが動かなくなっているという事は治安機関も、段々言う事を聞かなくなってくる。

どうも国民のセーブも利かなくなる。
最高幹部たちも贅沢な暮らしが出来なくなる。
そこまでしてなんでアメリカに逆らって核を持ち続けなくちゃいけないのか?
日本人の拉致被害者をなんでずっと持ち続けなくちゃいけないのか?
返してしまえば良いじゃないかと思う人達がどんどん増えてくる。

一方アメリカは先ほど言った5029という作戦計画の他に、もうひとつ5030と言う作戦計画もありまして、これは5029を起すという作戦計画。
・・・(聞き取れず)クーデターを起す。
実際に戦争を起すんじゃなくて、心理戦です。
ビラを気球で撒いたりですね。
脱北者を使って中に人を入れて地下組織を作ったり。

あと、ステルス戦闘機と言うレーダーに引っかからない戦闘機がグアムに来まして、3ヶ月くらいいたんです。
その時朝鮮半島で通常の訓練をしたと言っています。
朝鮮半島で、韓国の上空じゃない。
北の領分に入っています。
入って、ステルス、あのレーダーに引っ掛かりませんから、急に急上昇するとドンッと言う音がする。
そこに金正日がいるという情報があったところでやるんですが、爆撃したかと思う。

衛星でどうやって逃げるかを見ている。
何かあったときに、彼らはこういう逃げ方をする。
あるいは金正日がここにいたという内部情報が本当に正しいかどうかをチェックしている。
無線と衛星で見ている。
金正日は寝ていても、いつステルスが来て知らないうちに爆撃されて死んでいるかもしれないと思っているわけです。
そういう事をやっています。

内部矛盾は高まる。
まぁ言ってみれば、ブッシュ大統領が早紀江さんに会ったのも心理作戦ですね。
あいつは本気だぞと。
拉致まで持ち出して来て金正日を潰す気だと。
アメリカの要求はどこまでなんだろう?と。
疑心暗鬼になりますよね。

強い圧力が掛かっていて、時間が経てば経つほど彼らの首が絞まっていく。
だとすると何かしなくちゃならない。
今までの手法は緊張を高めてミサイルを発射して、もう撃たないでくれと言って話し合いに応じる。
もう撃たない為に何をするのか?
金融制裁解いてくれ。

ところが撃ったらば逆に国連決議で中国まで賛成した。
日本は制裁をかけた。
核実験をすると言います。
核実験をするするって(言えば)止めてくれって、逆に中国がアメリカに金融制裁をちょっと緩めてくれと。
緊張を高めて高めた緊張をテコに何かを得ると。
言うのが彼らの常套なんですが、ブッシュ大統領は悪い事をした人間に褒美は出さないんです。
アメリカの北朝鮮政策のブッシュ政権での北朝鮮制作の原則と言うのを決めて、悪い事をした人間に褒美は出さないんです。
法を執行する。
悪い奴には。

今までの手法は前のクリントン政権だったら、日本でも前の政権だったら、そう言ったら止めてくれといって脅す。
核開発をしてたのに、止めたからコメ支援をしたんです。
悪い事をしていた人間に止めたらば、何で褒美が出るのか?です。
しかし94年はそうしてしまったわけです。
今はしない。
しかし彼らはその方法しか今のところ無いから緊張をちょっと高めている。
しかし戦争は出来ない。
負けますから。
金正日は死ぬのは出来ない、彼は自分の命は絶対に大切ですから。

緊張は高めています。
緊張が高まった時に世論がもう駄目だと。
拉致のことでミサイルが飛んでくるのは反対だとなるかどうか?
逆にミサイルが発射された後、安倍さんの人気が上がったわけです。
制裁をしたのに制裁をした人が良いと言っています。
総裁選挙で、安倍さんの世論の支持が落ちなかったんです、日本が。

それは家族の人たちが向こうに人質がいるのに制裁しろと言っていると。
それなのにやらないという事で、国民は目覚めていると言うことですね。
先ほど言ったように世論は拉致問題では絶対に妥協出来ないと思ってるわけです。
そして政府もそれに応えて厳しい姿勢を取っている。
いくら脅されても・・・(聞き取れず)。

脅すしか出来ないから、実際の事は出来ないから。
やったらアメリカが攻撃する口実を与えちゃうわけです。
何か北が攻撃したら日米同盟ありますから、アメリカはいつでも金正日をミサイルで殺せるんです。
国際法上も何の違反も無いんです。
アメリカは殺す手段を持っているんです。
だけどアメリカは民主国家ですから、先制攻撃をしないと言うだけです。

追い込まれてきている事は間違いが無い。
で、その中でだからいろいろ嵐が吹いて来ている。
私は埼玉の講演でも今はこう着状態ではなくて嵐の前の静けさだと。
去年からずっと言っていたんですが、いよいよ嵐が吹いてきた。
体制が整ってきた中で嵐が吹いてきた。
いよいよ勝負の時を迎えてきたと思います。

言う事を念頭の報告として申し上げて・・・(聞き取れず)を終わりたいと思います。
ありがとうございました。(拍手)   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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新座集会(8)質疑応答

   『質疑応答』

★質問者1

○○から来ました○○と申します。
2点ほどお伺いしたいんですけど、工作員などを摘発する為におそらく別件とかでやってると思うんですけど、日本にはスパイ防止法が無いので、その辺が何故国会で議論されないのかな?と、いうことを国会議員の先生もいらっしゃるので、伺いたいのと。
西岡さんもその辺については必要性があるんじゃないか?と思うんですが、その辺の論評等を。

もう一点は30兆円産業と言われているパチンコ業界。
その7割が北朝鮮系だという話を聞いているんですけども、そこからやはり在日の工作員への資金が流れている可能性もあるんではないか?と思うんですけども、その辺の北への送金停止のこととか、または換金システムは賭博ですのでこれを廃止する事でパチンコ業界をある程度もうちょっと、パチンコやる事でいろいろな弊害も出ていますので、するという事も一つの考えでは無いかな?と思いましてお願いします。
パチンコ業界からの資金の流入について何か情報があれば教えてください。

★西岡力氏

スパイ防止法については、私は必要だと思っています。
議論して頂きたいと思っていますけど、国会でその議論がない事については私はちょっと分かりません。
それとですね。
つまり北朝鮮はいわゆるスパイと言うのではないですよね?
韓国の情報、韓国を取ろうとしているわけで、日本を取ろうとしているわけじゃないですから、もっとテロをする工作員ですよね?
その場合にはスパイ防止法よりも、日本に忍び込んで情報を盗む事についての法律があるかどうかと言う事で。

もうちょっと安全保障上の問題で自衛隊がどう対応するか?とか、自衛隊の特殊部隊が対応するか?とかそういう質の問題だなと思うんですけど、日本の警察はですね。
少なくとも二桁三桁の人間が日本に入って来ていると。
入って来ているという言い方は正確じゃないんですけど、日本にいる在日朝鮮人の中で北朝鮮へ行って軍事訓練を受けて帰って来た人を含めてですね。
銃火器も一部持ち込まれている、いうふうに認識しているようです。
しかしそれについては24時間尾行をつけている。
分かっているからです。

え~~と、それからなんでしたか、パチンコか。
パチンコ業界は7割が北朝鮮系じゃなくて、だいたい3分の1が韓国系で、3分の1が北朝鮮系で、3分の1が日本及び台湾系。
その韓国・北朝鮮でだいたい7割と言う事です。
ですから業界=北朝鮮と言うわけにはいかないんですね。
国内の問題としてパチンコをどうやるか?という事についてはまた別の議論だと思いますけど、脱税の巣である事は間違いが無いんで、それについてはプリペイドカードが入ることによって、だいぶ明朗化したわけです。
明朗化したら売り上げが随分伸びちゃったわけですね。

という事はちゃんと売り上げを申告しなかったんじゃないか?と思われるんですけど、とにかく同じ玉が回ってますから。
ラーメン屋さんだったら割り箸の量とか小麦粉の量とか他の人との付き合いでだいたい分かるんですけど、分かんないんですね。
プリペイドカードになったんで、プリペイドカードが何枚売れたかでパッと分かるようになったんですけど。

ただ今は、今は日本からの送金はかなり無くなってます。
つまり日本からの送金の手法と言うのは、税務署を脅して税金を払わないでそれを送ってたりしてたんですね。
今はバブルが崩壊してしまって赤字が多くて、元々払う税金が無いんですね。
無いところで税務署を脅してもしょうがないんで、儲かっている所で初めてその手法は使える。
バブルの右肩上がりの時は良かった。

後もう一つは電話一本で信用組合から1億とか2億とか融資をもらえると。
そうすると右肩上がりの時は何でも土地でも株でも買ったらどんどん上がったんです。
それやってたから、バブルの後みんな焦げ付いてですね。
そういうこともあって朝銀の融資がどんどん焦げ付いて、信用組合が潰れたわけですね。
だからどんどん右から左へお金を出せるような状態ではまず朝鮮系の朝銀は無いと言うことは一つあります。

だからバブルがはじけた後は献金が出来なくなったので、今度は預金を持って来いと言われた。
いう事になって、預金はあるわけですから不正に融資した事にして、担保もあるけど総連が中でやって、今度は預金を持って来ても後で補填で公的資金が入る。
でも一度公的資金を貰ってしまうと、今度は理事に日本人も入っていますし厳しい監査を受けますから、二度目はその手法は使えない。
それで逆に総連は今は損害賠償の裁判をされている。
いう形に今なっていますので、それも今は使えなくて、日本からの多額の送金と言うのは今は無くなっているんじゃないかと思います。
ただ、小口の9万人くらいの(北朝鮮に)帰った在日朝鮮人が飢え死にしてしまいますのでね。
家族が送っていると言うのはあると思いますが。

93年94年の時は日本からの送金を止めると言うのが一番大きな争点だったんですが、今は韓国・中国ですね。
韓国がかなり送っています。
日本がバブルはじけたら金大中政権になっちゃったんです。
それが無ければですね。
もうちょっと北は早く倒れたんじゃないか?と思うんですが、金大中・盧武鉉という事で、どんどん今度は生の現金が韓国から入った。
しかしアメリカは韓国のそういう動きに対して、韓国の銀行とか何とかが北朝鮮に送金したり北にお金をやると、アメリカの金融機関と付き合えなくなりますよと今言ってるわけです。
アメリカと韓国の間に今厳しい緊張関係がありますけど、今はそう簡単に韓国政府もお金を送れない。

★質問者2

RENKのですね。
HPいろいろ見させて頂いているんです。
あれ、とんでもないです・・・(聞き取れず)

★西岡氏

RENKの李英和さん、友達で良く知っていますけど。
一緒に・・・(聞き取れず)でやってたりしているんですけど、信用力はあると思いますけどね。
中にかなり線を持っているようですね。
一つ一つの情報について私よく見て無いので分からないですけど、そんなでまかせな事ではないと思いますけどね。

★質問者3

○○と申します。
ずばり、お聞きしたいと思います。
小泉総理が対話と圧力と言ってますけど、対話ばかりで圧力をかけない理由は何だと思いますか?
ご見解を。

★西岡氏

小泉総理がと言う主語で言うと、小泉総理は安倍官房長官を任命したんですね。
昨年の秋に多分考えが変わったんじゃないか?と。
ソフトサンクションやってます。
それまで、だからアメリカがソフトサンクションに入って、アメリカと北朝鮮のどちらを取るか?と考えたんですね。
自ずと回答が出て、アメリカと一緒になって戦争直前の危機まで行くかもしれないような北朝鮮拉致問題についてマネージメントする為には、圧力をかけるという事を言っている安倍路線で無ければ駄目で、山崎拓さんや平沢勝栄さんのように裏で話し合いするって言った人たちは一切論功行賞を入れるべきではないと、入閣させなかった。
これは小泉総理がやった人事ですよね?
で、麻生さんを入れたわけです。
そこからは圧力をかけるやっぱり路線に変わったんではないか?

★質問者4

あの足立区の方の病院だか事務所だかで、それが千葉の方の病院の寮の保養所の方に拉致被害者が投獄されていた事がある。
その後の経緯については政府はどのような対応をしているんでしょうか?

★西岡氏

西新井病院ですね?
それが実は先ほど言った科協の取調べなんです。
同じ事件です。
警察と言うのは怖いと私思っているんですけど、今仰った西新井病院の千葉にある寮みたいなものかな?
研修所のようなところに、藤田さんが拉致された前後にですよね。
誰か袋の中にいれられた女性がいて、それを日本海の方に運んだという運転手が特定失踪者問題調査会に連絡をしてきて、その後警察に連絡して今警視庁が囲っているようですね。
週刊新潮がその事を書きました。
しかし裏がどうも取れないようです。
話が確実では無いようなんですけど、でも警視庁が囲って外部との接触をさせないでいるんですね。

それで薬事法違反で二人を逮捕する直前には、「拉致の犯人が逮捕される」と言う情報が警察からマスコミにリークされて、マスコミは物凄く緊張してたんです。
でも最初は別件ですから、いつ実名で報道するのか?
薬事法違反ではNHKニュースでは実名報道出来ないんですね。
拉致犯人だと言うと他の社に、拉致犯人を最初に日本政府逮捕という事になると、実名(報道)しなくちゃ抜かれちゃうかもしれない。

★質問者4

それは日本その物が、その件に関わっていたのか?

★西岡氏

いや、分かりません、全く。
そういう事を言ってる人がいるだけで、分からないんです。
そうだと言っていたのでみんな緊張していたら、実際やってみたら科協の方に行ったんです。
西新井病院のその保養所には捜索は入らなかったんです。
病院の中の奨学金を作っている奨学金委員会をちょっとやって、病院の方も大規模にはやらなかったんです。
大規模にやられたのは科協だった。

そしてそこに、つまりその日にですね。
マスコミもあるいは社民党の誰だっけ?何とかさんという女性の弁護士がいるじゃないですか?(会場より「福島瑞穂」の声)
ああいう人たちが普通だったらですね。
「薬事法違反でコンピュータ持っていったら人権違反だ」とか何とかってやっていけるわけですね。
出来なかったんです。
拉致の犯人を弁護した事になっちゃうんです。
次の日薬事法から拉致の犯人逮捕だったといって、社民党が「拉致の犯人を助けろと言った」って言えば、もう政党おしまいですからね。

そういうふうに思わせておいて実は科協。
警察って怖いな、と思って。(笑い声)
敵にしたらどうなるんだろう?って。
警察は治安の為にテロと戦っているんだから、法律の範囲の中で法治国家としてやっていると言う事で、法執行をやったので。
そこで意図的にそういう話が出たんですが、そこの週刊新潮が書いたことについては結局警察は、まだそんなの駄目だよと言っている。

まだまだ裏が取れて無いんですけど、だから分かりません。
どこかで調べて本当にそれをやるつもりなのか?
でも保養所が問題だといいながら保養所を家宅捜索しなかったのは事実です。
そっちやるよと見せておいて、実は科協。
そしたら陸上自衛隊の秘密のデータがコンピュータから出て来た。
それ以外にもたくさんのものが出て来ている。
今言っていないけど。

・・・質疑応答終わり・・・

・・・この後出席した国会議員の先生方の挨拶があり、講演会は終了・・・

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2006年9月15日 (金)

大阪集会(8)前上 昌輝さんのご家族

三宅さん
 賀上大助さんさんと秋田さんは今日、朝早く、徳島のほうからこちらのほうにおこしになりました。
 では、次の前上さんは、京都からさきほど、おこしになりました。
 病身を押してお母さんと、おねいさんの前上 典子さんお二人が話をされます。
 
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  前上 昌輝さんのお姉様 前上 典子さん
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 前上昌輝さんのお姉さま・前上のりこさん
  ※音声はBlue jewel Voiceで。
  私の弟昌輝は1977年 北海道富良野市、当時牧場で3ヶ月ほどアルバイトをしておりました。そのあと、一年受験を失敗して浪人していたんですけれど、もう一度受験をするということで、「京都に帰る」と連絡をして、北海道の旭川に荷物を預けて、三日間ほど荷物を預けて、旅行したいということで、当時の手荷物預かり所に荷物を預けて、その中に現金11万円、それからほとんどの荷物、カメラとか・・。だからちいさいバックに身の回りのものだけを持って、そのあたりをたぶん小さな旅行でもをするつもりで、手荷物預かり所に預けたんだと思います。
 
  「三日間」という言葉をその預かり所の方に言い残して、そのまま行方がわからなくなりました。
 
  一ヶ月後、手荷物預かり所の人から連絡を受けて、北海道にすぐ飛んだのですけれど、その時点で一ヶ月たっていて、警察とか、いろいろお願いはして探し回ったのですが、やはり私たちの場合も、<単なる行方不明>、<失踪>ということで何の調査もしていただけなくて現在に至っている状態です。
 あの、上手く話せませんので、少し用意したものを読ませていただきます。
  弟が不明になり、29年、とても長い年月でした。でも、小泉総理の訪朝以後の4年間は、その中でも最も長く感じられます。解決への扉が開かれたかと思われたのもたのもつかの間。長い膠着が続いています。
 
  認定された方の救出もままならず、≪特定失踪者≫と呼ばれる私たちの家族は、交渉の場にすら(名前が)のぼらないような現状です。
 
  私たちは、小泉首相の訪朝以後、弟の拉致を信じる同窓生達のお力を仮り、認定を求めて、何万人もの方の署名を頂き、当時の安陪官房副長官にお渡ししたこともあります。
 
 でも認定は絶対的な証拠を重ねた上でなされるもので、とても困難なものだと知りました。
 二年前には、調査会の方達のお力添えで、≪刑事告発≫というかたちで、京都府警の再捜査も受けております。
 
  しかし長い年月のたった今、期待された証拠もなく成果もなく今に至っております。
 
  特定失踪者と認定された方々との間には、とても大きな壁があるとさえ思えます。
 でも、実際、みなさまもご存じのように、拉致は認定された方々だけの問題ではありません。
 認定された方の何倍もの人間が、事実、拉致されていると聞かされています。
 
  私たち特定失踪者を持つ家族は、確かな証拠がない故に、より強い不安の中におかれているのです。
 拉致された最後のひとりまで帰国して初めて、私たちに真実がわかるのです。
 みなさまに、この思いをご理解いただき、温かいご支援をお願いしたいと思います。
 
  本日はほんとうにありがとうございました。
 
  1000番台リスト

 
 氏   名: 前上 昌輝
 失踪年月日: 昭和52(1977)年10月22日
 ふりがな :まえがみ まさてる
 生年月日 :昭和32(1957)年7月16日
 性   別: 男 当時の年齢 20
 身   長: 173センチ 体重  
 公   開: 第1次公開
 当時の身分: 無職 直前まで北海道富良野の牧場で働く。
 特   徴: 筋肉質の体格。大けがのため左目がやや小さい。
 失踪 場所: 北海道旭川駅
 失踪 状況: 北海道富良野の牧場を退職し、京都の実家に「お世話になった人たちに会って、京都に帰る」と連絡していたが、以来消息を絶つ。後に旭川駅の荷物一時預かりにザックを預けていたことが分かる。同年11月初旬、実家に男性の低い声で「前上昌輝の家の者か」と電話がある。電話に出た母親が「昌輝のことを知っているお方ですか」と数回叫んだが、それには答えず「また電話する」と言って電話を切った。以来手がかりは全くない。平成16年9月28日、京都府警に告発状提出。
 
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  前上 昌輝さんのお母様 前上なみゑさん 
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 前上昌輝さんのお母様、前上なみゑさん
  ※音声はBlue jewel Voice
  前上 昌輝の母です。ありがとうございます。
 ちょっとひとこと言わせていただきます。今日は大勢のみなさんにご支援を頂き、ありがとうございます。
 家族会及び、特定失踪者の会のみなさまには、いつもいつもお世話になっています。ありがとうございます。(関係者のほうに向かって頭をさげながら)
  さきほど娘が説明させていただきましたとおり、息子は(失踪から)もはや29年の月日がたってしまいした。
 私は、二年前から、体調を崩しまして、入退院を繰り返して、皆様と共に活動をすることもままならず、心苦しい日々を送っております。
  皆様方のご厚情にすがりまして、ひたすら1日も早く解決の日が来てくれますことを、ただ祈るばかりでございます。
  こうして大勢の皆様のお力を借りなかったら、なんにも解決しないと思います。
 どーーぞ、これからも、みなさん、どーーぞ応援して、救ってやってください。
 お願い申し上げます。

音声はBlue jewel Voice

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2006年9月14日 (木)

大阪集会(7)賀上大助さんのお母様

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
 賀上大助さんのお母様 賀上文代さん

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 賀上大助さんのお母様 賀上文代さん こんにちは。この大阪から23才の時に失踪いたしました、賀上大助の母親でございます(声が震えている)息子大助は2001年、平成13年ですけれども、12月22日、大阪にある松下電器産業の社員寮の部屋を夜の10時18分に出たのを最後に、行方がわからなくなっています。肩掛け鞄に携帯電話と財布だけを持って外出で その日に帰ってくるつもりで出たものと思われます。その後の足取りは全くなく、携帯電話も、預金も使われてはおりません。
 
  本人は人と争うような子ではなく、穏やかーな性格の子です。家族思いで、お盆や正月の集まりには必ず参加しておりました。そして、その年の暮れには、帰省することを電話で伝えてきておりました。
 
  そんな息子がいなくなると言うことは、どーうしても考えられず、事故、事件に巻き込まれたのではとの思いで、十三(地名=じゅうそう)で、ビラ配りをしたり、テレビに出て呼びかけたりと、情報収集に努めて参りましたけれども、本人につながる情報は得られませんでした。
 
  息子はお酒も飲みませんしたばこも吸いません、すごく用心深い子でしたので、夜にひとりで出歩く子ではありませんでした。その子がカードキーの記録からで夜の10時18分に出かけたと言うのがわかったとき、誰か顔見知りの人に呼び出されたのではと思い、警察の方に事件として扱ってもらえるようにお願いにあがりました。
 
  でも、息子のように、急にいなくなったというだけでは、事件としては扱ってもらえませんでした。何か自分たちで、証拠となるものを見つけなければ、事件としては扱ってもらえませんでした。
 
  今警察の初動捜査がすごく問題視されていますが、その時に、警察が本腰を入れて捜査をしてくださっていたら、ひょっとして、息子につながる糸口が見つかったのではないかと悔やまれて仕方がありません。
 悔やまれて仕方がありません。
  息子のいなくなったその日というのは、北朝鮮の工作船が撃沈されたその日であります。私の頭の中では、拉致というのは随分昔のことのように思っておりましたが、こうして工作船が行き来している現在、今あっても不思議ではないと思います。
  息子が北朝鮮にいるかどうか私にはわかりません。
 調べたくても、国交のない国ですので、どうすることもできないんです。
  現在民間団体である特定失踪者問題調査会のほうで調査していただいています。調査会の方では、調査だけでなく、政府へのに働きかけ、それからラジオの短波放送を使った北朝鮮方面への呼びかけなど、いろんな面で、あらゆる方法で働きかけをしてくださっています。みなさまお仕事を持ちながらのボランティアですほんとうに有り難く、頭が下がる思いで一杯です。
 
  本来なら、こういうことは政府の機関がすべき事だと思うのですが、今少し、動きが感じられません。すごく残念です。
  こうして支援してくださる方がおいでで、今日こうして息子のことを話せる機会を与えてくださて、ありがとうございます。息子のことを話すことでひとりでも多くに息子のことを知ってもらい情報を得ること。そして、息子を一生懸命捜しているというメッセージを送ること、それが私にできる精一杯のことです。
 
  今北朝鮮の情勢はすごく深刻な状況です。そんな中、拉致された人たちは、救出されることを信じて必死で頑張って生きていると思います。
 
  ひとりの人間の力というのは、すごく弱いものです。でも力をあわせれば、政府をも、世界をも、動かせる大きな力になると思います。
 どうかみなさま、拉致された人々がこの日本の地を踏むことができきますよう、力をあわせて共に闘っていただきたいと思います。
  どうか一緒にメッセージを送ってください。
 宜しくお願いいたします。
  名前  賀上 大助
  失踪年月日: 平成13(2001)年12月22日
 ふり がな: かがみ だいすけ
  生年 月日: 昭和53(1978)年8月17日
 性   別: 男 当時の年齢 23
 身   長: 169センチ 体重 64キロ
 公   開: 第3次公開
 当時の身分: 会社員
 特   徴: 左目下に小さいほくろ、近眼、本来は左利き、筆記と箸は右。虫垂炎の手術跡、音楽好きでピアノが弾ける。
  失踪場所:大阪府大阪市の会社の寮
  失踪状況:

  22日午後2時頃帰寮したのを防犯カメラで確認。午後9時に電子メールを出している。午後10時18分、部屋のドアを施錠したあと、足取り不明。夜出歩くタイプではない。眼鏡、携帯充電器が残されている。財布、携帯電話くらいしか持って出ていない。預金も手つかず、携帯からの発信は22日午前零時以降なし。友人との約束、上司との会話から年末は徳島県の実家に帰るつもりでいたことが窺える。帰省に備え預金5万円を別の銀行に移している。  
  ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ※時折涙で声を詰まらせながらのお話に会場からもすすり泣きが漏れました。拉致は現在進行形であるということを強く感じました。

音声はBlue jewel Voice

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2006年9月13日 (水)

大阪集会(6)福山ちあきさんのお母様

三宅さん 続きまして、お嬢さんの福山ちあきさんが失踪されています、母親の福山晴海さんから訴えをしていただきたいと思います。
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  福山 ちあきさんのお母様
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 音声はBlue jewel Voiceで、
 
 福山ちあきさんのお母様
  ただ今ご紹介いただきました福山ちあきの母で、福山はるみと申します。うちの娘が失踪してもう15年になります。当時子供向けアトラクションショーのアルバイトをしていまして、その前日には代役でしたが、主役の座を射止めたと言うことで、とっても喜んで、「お母さん、ビデオとってみんなで見ようね」そう言って「言ってきます」と出かけた子が、その後地下鉄動物園前の駅で、友達と「また明日ね」と、にこにこ笑って手を振って、そのまま姿を消しました。
 絶対家出する状況でもない、・・・でもない。それをいくら訴えても、わかっていただけない。必死に、日本全国走り回りました。
 テレビに出させていただくたびに、似てる子がいると言えば、北海道から、沖縄まで、恥ずかしい話、借金をしてまでも娘を捜しに全国を走り回りました。でもいまだ娘は帰ってきていません。
  娘の無事を思うならば、今としては矛盾しているかもしれませんが、「拉致であって欲しい」、「拉致ならば命があるだろう。」「しかし、国内だったらもう、悲しい姿になっているんじゃないか。」
  テレビ等で、悲しい事件がでるたびに、性別、年齢、血液が違うたびにほっと胸をなで下ろす。そんな自分に自己嫌悪を感じながらも。「人の子なら良いのか?自分の子だけ助かったらいいのか?」と、そういう自分に恥ずかしさを覚えながらも。
  ほんとうに1日として子供のことを忘れることなく、必死で頑張っております。諸先生方のお力をお借りて、ひとりではできません。こうして集まってくださった皆様方の温かい気持ち、お心と、協力の下で今後とも頑張っていきたいと思います。今後ともどうぞ宜しくお願いします。
 
氏   名 福山 ちあき
  失踪年月日: 平成3(1991)年11月3日
 ふり がな: ふくやま ちあき
 生年 月日: 昭和48(1973)年9月16日
 性   別: 女 当時の年齢 18
 身   長: 156センチ 体重 45~6キロ
 公   開: 第1次公開
 当時の身分: 高校3年生
 特   徴:右の目の上のまぶたの上に子供の時ベッドから落ちたときの傷がかすかにある。前歯は2本少し大きい。
  失踪場所 大阪市
 失踪状況 アルバイト先から帰宅途中、大阪市営地下鉄動物園前駅で友人と別れ、それ以後行方不明。就職も決まっていた。生活道具は一切そのまま 。
  参照 特定失踪者問題調査会

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大阪集会(5)秋田美輪さんのお父様

 司会
 続きまして本日の集会のテーマでもあります、関西の拉致被害の現状について、長年関西で活躍されてきました、三宅博先生に報告をしていただきたいと思います。先生は特定失踪者問題調査会の理事として関西のご家族のみなさんの相談相手になってきました。それでは、三宅先生お願いいたします。(拍手)
 
  三宅さん
 ご紹介を頂きました特定失踪者問題調査会の理事の三宅でございます。プログラムと順番を変えまして、まず壇上にいらっしゃいます特定失踪者のご家族ほうからお話をしていただきたいと思います。そえぞれ、だいたい5分程度で自己紹介 失踪者との関係 失踪時の状況、現在のお気持ち、家族としての訴え、こういったものをお話しいただきます。  まずはですね、お嬢さんの秋田美輪さんが失踪している、お父様の秋田正一郎さんからお話をしていただきたいと思います。 (拍手)
 
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 秋田美輪さんのお父様
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 音声は、Blue jewel Voice
 
 
 秋田美輪さんのお父様
 
 みなさんこんにちは、私、徳島からやってまいりました。私の娘秋田美輪は、その当時兵庫県にいたんですが、神戸松蔭女子大学4回生、その当時、1985年昭和60年12月4日に、その校門付近、(これ六甲にあるんですがね)校門付近から忽然と姿を消しました。翌る日ハンドバックと靴が、兵庫県の城之崎のまだ向こうにある、竹野町、弁天浜海岸から発見された。
 
 その中から出てきた急行券、私はこれから、決して娘は死亡してるんじゃない、自殺でないという理由を三つだけあげて申し上げておきたいと思います。 その中から発見された急行券が、12月4日、大阪駅発行の150キロまで通用する急行券だったんです。それは、だいたい福知山の先ぐらいまでしかいけない 城之崎にも行けない、竹野町までもいけないような切符なんです。その急行券には、又(当時国鉄の経営だったんですが)はさみが全然入っていない。改札口で入れるはさみもなければ、検札で入れる丸いはさみもない、そう言う急行券でした。
 
 それからそのこと、色々捜索したんですがみつからない。それで各駅その他目撃者を捜して、警察の方も、消防の方も写真を片手に、一週間探してくれたんですが、目撃者が全然出てこない。いくら夜とは言ってもですね、そんな馬鹿なことはちょっと考えられない。
 
 それともう一つは、それからに二~三日後に、学校で、大学で発表するつもりで本人が書いていたレポート、それが大学の自分のロッカーから見つかった。 しかも(それでもの意)、新聞その他、警察でも自殺未遂ではないかという、そう言う疑惑で、単なる行方不明と言うことで片付けられました。 そういう今の三つの理由から、私は、単なる行方不明とは思えないと。犯罪性があるんじゃないかということで、警察にも再捜査を頼んだほどですが、今のところ、まだそう言う状況で、現在に至っている。再調査を頼んで、受け容れてくれたのは3年前です。そう言う状況でございます。
 
 ですから、私は特定失踪者、その中で1000番リストに入れられております。調査会のおかげでやっておりますが、必ずこれはもう、拉致疑惑者として260人(460人)のみなさんと同じように認定されて、しかも、「今年中に」と、荒木さんが言われたように、帰ってきて欲しいです。荒木さんは、先ほど≪責任をとる≫とまでおっしゃった。その熱意に答えてわたしらも、必死になって闘わなきゃいかんと思っています。宜しくお願いします。
 
   1000番台リスト

 

 
  氏   名: 秋田 美輪  
 失踪年月日: 昭和60(1985)年12月4日
 ふり  がな : あきた みわ
 生年  月日: 昭和39(1964)年1月29日
 性     別: 女 当時の年齢 21
 身     長: 155センチ 体重 43キロ  
 公     開: 第1次公開
 当時の身分: 神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
 特     徴: 両眼とも眼鏡をかけて1.2
 失踪  場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)
 失踪  状況:

 大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
  

 参照 特定失踪者問題調査会

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クローズアップ現代9.14(横田夫妻生出演)

拉致問題の特集が組まれます。9.17から4年を機に、放送されるこの番組には、横田夫妻がスタジオで生出演をなさいます。

横田さん夫妻 時間との戦い(仮題)

9月14日(木)放送予定

北朝鮮が拉致を認めた日朝首脳会談から今月17日で4年。娘の救出を訴え続けた横田めぐみさんの両親、滋さんと早紀江さんはともに70歳を超えた。滋さんは去年末、病気で長期入院を余儀なくされた。早紀江さんも長年の活動の疲労が重なり、体の不調を感じることが多くなった。「拉致問題は残された時間との戦いだ」。横田夫妻は今、同じマンションの住民たちの協力を得て、写真展を開いている。大切にしまってきた家族写真を公開することで、拉致の残酷さを訴え、事態を少しでも前に進めたいという決断だった。写真展は各地に広がり、15万人が会場を訪れた。番組では命を削って活動を続ける横田夫妻の日々を見つめる。(NO.2295)

スタジオゲスト : 横田 滋さん    横田 早紀江さん

是非ごらんください。

追記   沢山のかたに知ってもらい、見ていただきたいと思います。「みたかったのにー」 と見逃すことのないように、知らせてあげてください。横田さんもそのおつもりで、体調の悪いのをおして、生出演なさると思います。

 

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2006年9月 6日 (水)

古川了子さん第7回行政訴訟報告会(3)

0000912m

 
 
 
 
 
 
 

 
 

   『質疑応答』

※今回の報告会はマイク無しで行われた為、全体に音声が悪く、特にこの質疑応答の部分は不明瞭な部分が多数あります。
聞き取れない部分は全て・・・で飛ばして有りますので予めご了承ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★真鍋貞樹 調査会専務理事

私が聞くのも何ですけど、この間の打ち合わせで・・・の件ははどういうふうに。

★川人弁護士

その話は基本的には全然進んでおりません。
それで裁判所としてはですね。
・・・もですね、・・・もすると・・・で。
今日の一番最後に裁判所の方が証人が終わった後にですね。
また進め方についての協議があるかもと言うように言っていましたので、多分、証人尋問が次回終わった段階で、証言内容にもよると思うんですけども進行についての提案があるかもしれません。
その時はまたその時で柔軟に対応したいと思います。

★川添友幸 神奈川救う会会長

宜しいですか?
何か乙五証(オツゴウショウ・・・多分表記はこれで正しい?)がどうとか言ってましたが、何か新しい事が出たんでしょうか?

★川人弁護士

あのですね、これはしょうがないと言えばしょうがない。
荒木さんの方から。

★荒木和博調査会代表

ちょっとですね、・・・を持ってないので・・・あのですね。
私の書いた調査会のニュースが、逆にですね。
証拠として出てきておりまして、それはどういうことかと言うとこの2月にですね。
内閣府の方で日朝協議の状況について聞いたときに、1000番台リストについてですね。
出すと。
いう・・・のリストについて説明を受けたと。
ということが、こちら書いてあるわけです。

で、要は向こうの証拠というのは要は「説明したじゃないか」(笑い声)、という事になるわけですけども、この時はですね。
別にこの人入ってますよ、古川さん入ってますよという話じゃなくて、こちらから「30数人と言うのはこの人とこの人とこの人ですね?」というふうに言ったのに対して、外務省の側は直接は答えず、「だいたいご想像の通りです」というニュアンスで答えがあったということで。
まぁ向こうは向こうで誠意を見せたと言う事で、ハッキリと文書ないし行動で「「この人が入っている」という話が出てきてるわけじゃないんですね。

我々としてはそういう事をちゃんと言ってくれるかどうか?が問題なのであって、ニュアンスとして伝えられてもですね。
それは何も言わないよりもマシだけども、公的な意味も何も無いし、これではとても話にならないと思うんですが、まぁ向こうは突然これが出て来たという事は、ともかくやったという証拠を見せたいという感じですね。

★川人弁護士

あのですね。
訴訟経過の中で国はですね。
認定していない方々についても政府は一部でもやってるしと、しきりに言っていたわけですね。
実態と随分違うので少しずつですね。
認定している方以外の人々についてもですね。
例えば昨年の暮れの実務者協議でリストを30数名出したとか、あるいはその事について荒木さんにはご説明をしたとか、裁判の後半になってそういう事をいろいろやったり、あるいはその事を逐一裁判所に報告してですね。
如何に自分達は政府認定者以外の人について一生懸命やってるかと言う事を協調したいと、こういうことなんですね。
そういった一環として救う会ニュースが政府の国側の証拠として出てくるというのは、誠に奇妙な展開でございます。

結局ですね。
この問題に関しては以前言われましたように、要はですね。
きちんとした形で誰についてリストを出してですね。
という事は公式的には何らハッキリにしていないわけですね。
外務省政府にしてみれば、一種の阿吽の呼吸的な雰囲気でやっているんじゃないかと言う事で、この種の問題がそういう問題ですむ問題とは思えませんし、ましてや裁判でですね。
争われている件に関してはですね。
当然どなたについてもリストを出して、その中に古川さん含まれていたのか?ですね。
その時、出した時にどういう言い方をして出したのか?とかですね。
具体的な厳密な特定した事が当然裁判所に証拠として・・・。
そういう意味で言えばまだまだ不十分な点がたくさん、この問題に関してはあると思います。
ですからご丁寧に・・・。

調査会ニュースはいつも出るかも知れませんので(笑い声)、編集の方を宜しくお願いします。(笑い声)

★質問者A(マスコミ関係者、氏名所属不明)

すみません。
確認ですが、証人尋問はこれまでに荒木さんの分だけがされているわけですよね?
それで先ほど法廷を見ていたら、増元さんについては認めないということのようですが、それ以外には申請出していらっしゃるんでしょうか?

★川人弁護士

いえ、4人です。
我々は増元さんについても考えていたんですけども、既に増元さんかなり詳しい陳述書も出していまして、そういう意味ではですね。
今回の荒木さんの証言等でもある程度、増元さんにお話して頂こうと思っていた事も入っておりますので、まぁこの際ですね。
安明進さんを確実にですね。
証人尋問を実現するという立場で、あえて強く争わなかったと、こういう事です。

★真鍋貞樹 調査会専務理事

また宜しいですか?
こういうオープンなところで話をすべきかどうか、まぁ歴然とした事実ですからあれですけど。
さっき安明進さんの証言で古川さんの点に限定されざるを得ないと、時間の関係でですね。
そうなんですけど、是非ね。
この、やはり藤田進さんですよね。
事実上一番政府認定に近い特定失踪者だと思うんですよ。
今警視庁も頑張ってやっていますから。
11月までに政府が認定してくれれば当然必要が無いんですけども、もしそうでなければですね。
やはり彼が、安明進さんが藤田進さんを見たという証言を法廷でするという事は、とっても重要になると思うんです。

★川人弁護士

分かりました。
もちろんそれは絶対出来ないということじゃないですね。
ですから、法律的に言うと背景事情という事になりますけど、本件のですね。
本件は古川さんの裁判ですので、藤田さんについては背景的な事情という事になるんですが、しかしながら背景的な事情としても重要ですから、何とか時間調整してですね。
何とか工夫をしていくというふうになる。
まぁちょっと、いろいろ工夫してみます。
全く他の人のことに触れないというルールではないです。
時間の関係があるので、確実に触れなきゃいかん事をきちっと触れて、その他の方々に付いてひとりひとり詳しくやるって言うのは難しいと言う意味ですから。
いろいろと今言われた点は。

★真鍋氏

それは理解しておりますが、事実上、相当レベルの方なので。

★川人弁護士

ハイ分かりました。

★二瓶弁護士

同じ法廷でやるわけにいかないので、・・・・・・・・ということと、それから陳述書の問題。
それは先ほど主任が指摘したように・・・・・・とか来ていますのでこれも・・・・・・。
それは配慮して。

※音声が悪く、全文殆ど聞き取れず。内容は川人弁護士の補足。

★川人弁護士

これはあれですね。
次回は多分抽選の問題になりますね、多分。
多分次回傍聴券発行という事になると思います。
まずは近付いたら裁判所との協議になると思うんですが、調査会ニュース等で情報が流れると思いますので、だいたい通常は始まる時間の30分前に抽選を行うんですね。
通常はですね。
ですからまた日にちが近付きましたら調査会ニュース等を通じて傍聴券発行に関する情報は流したいと思います。

だいたい宜しいでしょうか?
だいたい宜しいでしょうかね?
ではどうもそれじゃ、ありがとうございました。

・・・報告会終了・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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古川了子さん第7回行政訴訟報告会(2)

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   『竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)の挨拶』

ご支援ありがとうございます。
今日思わず、裁判長のお話からもう早速に証人尋問のお話になりまして、この前の期日進行協議では打ち合わせしていたものの、思わぬ展開に私も胸がドキドキしたり喜んだりしております。
弁護士の先生方のたくさんのご努力と本当に皆さんのご支援の結果だと思っております。
今後、どういうふうに進んでいくか?
でも悪い方には進まないんじゃないかな?と言う、今日感触を得まして、今後の情勢の中でまだ認定されていない被害者の多くの家族の皆さんが、一つ力をこれで得てくれれば良いかなと、頑張りたいと思います。
どうぞ宜しくお願いします。
   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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古川了子さん第7回行政訴訟報告会(1)

0000910m

   『川人博弁護士による裁判報告』

今日はお忙しい中、大勢の皆様どうも傍聴ありがとうございました。
今日はですね。
良かったです。(笑い声)
で、いつも報告会では裁判所はどうもけしからんとか、相手方けしからんとかいう話ばかりをするんですが。(笑い声)
比較的腹が立つんですが、今日はとにかく良かったわけです。

でですね、今日裁判所は協議の結果と言う事で次回の証人の採用を決定し発表しました。
安明進さんと、原告本人の竹下(珠路)さんと、
裁判所から時間についてはですね。
いろいろと裁判所の法廷の混み具合もありますのでね。
配慮をして欲しいと言う事で、それはこちらとしては了解という事でですね。
お二人合わせて、反対尋問の含めて約1時間半くらい。
一時間半から一時間40分くらいと言う事で、11月の1日の3時から4時半という事になりました。

安明進さんにはこれまでもご協力をお願いして、一度傍聴にも来て頂きました。
ですので出頭いただけるものという事で、これから改めて是非日本へ来て頂いてですね。
国会でかつて証言をしたわけですけども、裁判所での証言は彼は初めてですので、そういう意味では大変重要な機会になると。

合わせて拉致家族の方あるいは特定失踪者の家族の他、すべてですね。
多分家族の方が証言台に立つのは初めてじゃないかと、そうですね?(周囲の人に確認を求める)
はいはい。
言う事で、そういう意味でもですね。
今回、時間はまぁ限られておりますけども、竹下さんの原告への拉致事件に対する証言は良かったと考えております。

裁判所の方はこれまでですね。
当初は全員の証人調べについて消極的でありました。
その中できちっと審議をしてもらいたいと言う事で、皆さん方の方で、裁判所の前でのビラまきを含めてですね。
やって頂いたりしまして、そういった状況の中で荒木さんの証言が実現したと言う経過がございます。
裁判所の方はそれで終わろうと言う事で考えていた節もかなりあったわけでございますが、今回ですね。
荒木さんの証言を踏まえてですね。
直接の目撃者の証言あるいは家族の証言と言う事で、この裁判、提訴をした趣旨に基づいて重要な機会を得たと言うふうに考えています。

おそらくですね。
安明進さんには、北の病院で目撃した古川さんの話を中心にという事になって、この古川さん以外の話についてはちょっと時間的にもあるいはこの裁判の性格からも、話を広げると言う事は時間的にも難しい場面もあるかもしれませんが、いずれにしてもですね。
目撃した事実あるいは一刻も早く救済しなければならない事情についてですね。
是非証言して頂きたいとと思います。

救う会も様々な形で政府認定者以外にですね。
様々な目撃情報が調査会にも寄せられているようで、それぞれ様々な形で活動を続けていらっしゃるわけでございますが、この裁判がですね。
拉致被害者救出をするためのひとつのですね。
運動の力になれば大変良いという事で、弁護団としては今後とも一層努力をしていきたいと思います。
どうも今日は、本日はありがとうございました。
 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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八重山集会 横田滋さん1

 
   「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」
06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田滋さんの講演 その1』

皆さんこんばんは。
ただ今ご紹介を頂きました、新潟で拉致されました横田めぐみの父・横田滋でございます。
今日は台風接近の中、こんなに大勢の方にお越し頂きまして、いかに皆様方が同胞を救おうと言う関心の高い事を感じましてありがたく思っています。
こちらにお伺いする前に中学校へ行きまして約1時間話をさせて頂きましたんですが、生徒さんも非常に熱心に聴いて下さいまして、関心の高さと言う物をここでも感じました。

めぐみは昭和52年の11月の15日、新潟市の寄居中学校でバドミントンの練習を終えて帰宅途中、自宅のすぐ近くで行方不明となりました。
めぐみは通常6時半くらいには帰って来ますが、その日はそれを過ぎても帰ってこないので早紀江が学校まで迎えに行きました。
そうすると体育館に明かりが点いて女の人の声で「わぁ~っ」と言う声が聞こえたので、「今日は随分遅くまで練習しているんだな」と思ったそうです。

それはめぐみは、その二日前くらいに開かれました新潟市のバドミントンの新人戦に出場しまして、そこで成績はまずまずだったんですけど、新潟市の強化選手に選ばれました。
その当時の新潟市の女子のバドミントンと言うのは全国のトップレベルだったので、非常に名誉だと思う反面、自分の代でここでレベルを下げてしまうと困るという事で心配もしておりました。

それで普通より遅くまで練習をしているのかと思って帰ろうかと思ったんですが、(体育館を)のぞいて見たら生徒は全部帰った後で、お母さん方がバレーボールの練習をしていました。
それで急いでとって帰りまして玄関を開けてみますと、めぐみの靴が見えません。
それで弟二人を連れて家の近くの空き地等を調べましたんですが見つかりません。
そのうち私も銀行から帰ってきて一緒に探したんですが、これまで学校の帰りに寄り道したことなど一度も無かったもんですから、その日のうちに警察に届けを出しました。
それで新潟の中央警察署と隣接しました東警察署の方がすぐに家に駆けつけてくれました。

学校と家の間は約500メートルくらいです。
学校の前の道路も非常に広い所でそのまま真っ直ぐ行きますとバス通り、これも広い所です。
そこを通って自宅まで帰るわけなんです。
警察の調べでは学校の校門を出るときは友達二人計3人、校門の前に広い道路が横に広がっていますが、そこを右に曲がって3人で自宅の方向へ向かいました。
一人はすぐに右の方に曲がって分かれまして、丁度学校と家の中間点くらいにありますバス通りの交差点で、もう一人の友達と左に曲がって別れて、めぐみがそのまま自宅方向に向かって直進しました。
それが最後の目撃情報です。

警察はそこから警察犬2頭を出してめぐみの匂いを追わせた訳です。
そうしますとそのままずっと真っ直ぐ自宅の方向に向かいまして、そして左に曲がると50メートルくらいで自宅と言う交差点で、ここで犬が匂いを追うことが出来ませんでした。
そこで警察はここで車にでも乗せられたんじゃないだろうか?と推測して、行方不明になった理由として身代金目的の誘拐、または暴行目的の誘拐。
それからそこには交通事故の痕跡は無いですけど軽く接触して、たまたまその人が無免許だったりして、処置に困って連れ去り運がよければそこで治療でもして帰ってくるのではないかということも考えましたんですが。
やはり重点的には身代金目的の誘拐と言ううことで県警の特殊班といって、誘拐なんかを担当する班の人たちが来まして逆探知の装置を付けたり、刑事さんが家の中に数人入り込んで、家の周りには覆面パトカーが張り込む。
そして大勢の方が近所を探してくれました。

しかしその日は12時くらいで一旦打ち切りまして、翌朝薄明かりになった頃から県警の機動隊も出動しまして、大規模に近くの空き地を大勢の警察官が長い棒を持って一列横隊に地面を突きながら歩いて。
防風林から海岸、護国神社の境内まで探してくれたんですが、めぐみの姿はもちろん遺留品も見つかりませんでした。
また、大勢の警察官の方が近所を聞き込みに回って悲鳴を聞いたかどうか?それから女の子が連れ去られるのを見たかどうか?という事も調べてくれましたんですが、しかし何の反応も情報を得る事も出来ませんでした。

1週間警察はそのままの状態で警察はずっと捜査を続けてくれたんですが何も無いままで、そのために公開捜査に切り替えて、地元の新潟日報に大きく少女行方不明という事で載りましたので、これで解決するかと思ったんですが、そういった新聞に載ったにも関わらず何も情報が入りません。
そのうち警察は、新潟の海流は北の方に流れていますから、山形県との県境くらいまでずっとヘリコプターを飛ばしてくれたり、それから(海岸の)侵食を防ぐ為にテトラポットと言うのが三角型の大きなコンクリートを沈めてある訳ですが、そこの外側に引っかかっていないか?と言う事で巡視船を出して調べたり、それから春になったらダイバーが潜って調べたりもしてくれましたが、そこからも何も遺留品も出てきませんでした。

我々もチラシを何回も警察に頼んで貼ってもらったり、テレビの人探し番組にも5回出て呼び掛けをしましたんですが、テレビの力は非常に大きくてすぐに他の方は見つかるんですが、めぐみについては何の情報も入りませんでした。
警察でも犯人は同じような事を繰り返しますから、そこでそうした犯人が捕まった場合、その余罪として見つけるしかもう方法がないということになって、世間では神隠しであるとかUFOの仕業であるとか言われましたんですが、全く何の情報も入りませんでした。

そしてそんな状態が約20年も続きました平成9年の1月の下旬に、参議院議員の橋本敦議員の秘書の兵本(達吉)さんという人から電話がありまして、「お宅のお嬢さんは、北朝鮮の工作員に拉致されて平壌に居るらしいという情報が入りました」という電話を頂きました。
20年ぶりに初めて入った情報です。
「あぁ、これで解決した」と思って、詳しい話を聞く為に議員会館に向かいましたら、そこでありましたのは公開捜査に切り替えた時の新潟日報のコピーと、それから現代コリアと言う雑誌の前年の10月ごろだったくらいと思いますけど、そこに大阪の朝日放送のプロデューサーの石高健二さんて言う方が書かれた「私が金正日の拉致資料を書いたわけ」と言うタイトルのページが20ページに亘ってコピーしてありました。

それを石高さんがソウルに行って韓国のソウルの安企部に取材して、蓮池さんや地村さんの行方不明事件について調べて本を書いたわけです。
「金正日の拉致指令」と言う本を。
しかし「その取材中にこんな情報があるんだけど、ちょっと情報不足で本には書けなかったけど、知っている人がいたら教えて欲しい」という前書きがありまして、そこには1977年から78年ごろ日本海のどこかの都市で13歳の少女がバドミントンの練習を終えて帰宅途中に任務を終えて出国しようとする工作員を目撃したので、工作員はそれを警察に通報されたら困ると言う事で少女を連れて帰った。
そして少女はお母さんのところへ帰りたいと頼んだんですが、しかし朝鮮語を習得したら返してやるといわれて一生懸命勉強して朝鮮語をある程度マスターしたんですが、18歳になったとき返して貰えないということが分かったので精神に破綻を来たして入院をした。
少女は双子の妹である、というように書かれていました。

それを見ましたときにこれはめぐみの事に間違いないなと思いましたんですが、しかしそれは新聞情報と殆ど変わりが無いものです。
実はめぐみがいなくなって3ヶ月くらい経った時に、身代金を要求する電話が入りまして、そして早紀江がその電話を引き伸ばしている時に逆探知に成功して犯人を逮捕した事がありました。
それでこれでもう解決かと思いましたんですが、それは高校生が新聞情報を元にして悪戯をしたわけです。
ですから今回も新聞情報が先にあったともいえないような内容で、ずいぶん20年も前の話でめぐみが有名人でもなんでもないのに13歳とかバドミントンとか非常に細かい事が書いてあったわけです。
ですからちょっと危惧を感じましたんですが、だだひとつ気になったのは少女は双子の妹であると書いてありますけど、めぐみは双子ではありません。
しかしめぐみには双子の弟がおります。
そして双子の弟の事は後には何回も新聞に出ましたけど、公開捜査に切り替えた時の新聞には載っておりません。

それで後でそれを書いた石高さんに聞いたんですが、韓国の安全企画部から話を聞くときは、例えば調書を見ながら教えてくれるという物ではなくて、食事をしながらとか歩きながら話を聞くというような事で、その時にきっとその人が下に双子がいるということが頭に残っていて、そして本人が双子の下のほうであると言ったのではないかといいましたけど、新聞には出ていない双子とあったのでそこは実際とは違いますけど、これはもしかしたら本当かな?と言う感じは致しました。

そして一番初めに直面しました我々のなんと言いますか困惑なんですが、それは実名を挙げて写真を載せて報道して頂くかどうか?という事です。
そしてそれは家の中でも意見が分かれまして、私は「内容を出して写真を出さなければ世間から信用されないからそれはすべきだ」と言いましたが。
子供たちと早紀江は「お父さんの言う方が正しいんだろうけど、そんな事をしたら北朝鮮は拉致は無かったという事にして、折角ここまで頑張ってきたのにこっそり殺してしまう恐れがあるからやっぱり安全を取るべきだ」という声が強くて、家の中でも意見がまとまらなかったんですが。

たまたま現代コリアのHPの中に日本人拉致リストと言うのがありましたが。
それは蓮池さんや地村さんの事が載っていたわけですが、その一番前にいつの間にか横田めぐみと言う事で、実名でいなくなった状況なんか載っていましたので、こんな事で中途半端に北朝鮮に知られるよりは一般のマスコミなんかにも公表した方が安全が保たれるだろうと言う事で、実名を出す事を了承しました。
そして平成9年の2月3日の産経新聞の朝刊に少女拉致事件という事で大きく報道されまして、それはその年の新聞協会賞って言うんですか?
大スクープだと言う事で取ったくらいの内容でしたんですが。

それから朝日新聞が出していますアエラと言う週刊誌にも載りました。
しかしながら両方ともそれ程発行部数がありませんので、日本全国の人が知ったというわけでもありませんけど、その日の午後に開かれました衆議院の予算委員会で新進党の西村眞悟代議士、今民主党でやっていますが、その方が衆議院の予算委員会で橋本総理大臣に対しまして、少女拉致事件という事で質問をしました。
それに対しまして橋本総理大臣は「現在調査中であるから」と、その時は明確な答えはありませんでしたが、それが全国へテレビで生中継されましたので、それで日本人の多くの方は「あぁ、北朝鮮へたくさんの日本人が拉致されているんだな?」と言う事が初めて知ったわけです。

今日若い方もお見えになっていますけど、そういった方は小泉総理が訪朝したときに日本人拉致が分かったと思ってらっしゃるかも知れませんけど、殆ど今日お見えになっている方は平成9年に拉致事件が分かったと思います。
しかし、実際にはもっともっと北朝鮮による拉致と言うのは早くから分かっていたわけです。
アベックの方が居なくなったのはめぐみが拉致された翌年の、昭和53年の7月と8月です。
このときに3件のアベックの行方不明事件がありまして、それと一件の未遂事件がありました。
そしてその1年半後くらい後の昭和55年の1月の6日付の産経新聞、これは二日くらい連続になりましたんですが、アベック行方不明事件と言う事で大きく報じました。
そして北朝鮮と言う名前は出していませんが外国の諜報機関が関与しているという事で、読めば北朝鮮と分かる内容ですがしかしこれは他の新聞の後追いがなかったので立ち消えになってしまいました。
しかしこれは一つの新聞社が今となってみれば立派な記事を出したんですけど、その当時はやはりそれ程、本当にこんな事があるのかな?みたいな事になってしまったわけですが。

しかし昭和63年には参議院の予算委員会で先ほど出ました、橋本敦議員が国会の場で拉致事件を質問しています。
それとその時は、大韓航空機を爆破した金賢姫に日本語を教えた田口さんの事についても質問しています。
それに対して治安関係の責任者であります梶山静六さんが国家公安委員長で、「北朝鮮による拉致が濃厚である」というふうに国会の場で北朝鮮による拉致と言う事を発言しておりますし、当時の外務大臣も「現在調査中ではあるが事実であれば断固たる処置をとる」と回答しておりますから、政府関係者とか議会関係者の方はその時には知っているわけなんです。
しかしその時たまたま産経新聞と日経新聞が小さく報じただけで、それ以外の新聞が報じなかったもんですから一般の方は気がつかなかったわけです。

そして親の方も我々がちょっと心配したのと同じように、自分達が名乗り上げると子供たちが殺されるかも知れないということで黙っていたわけです。
親が黙っていて、そして世間の人も世論も結局知らないから、救出運動なんか起きないわけです。
そうすると政府はどうしたか?というと、後になって記録を読んでみますとめぐみについては北朝鮮側に照会しています。
北朝鮮から「そんな人は実在しない」と回答がありましたんですが、アベックについては事実上何もしていないで放ったらかしにしていたわけです。
そして国交正常化交渉を重点にしたわけです。
めぐみの事が明らかになった直後でも外務省の局長の方が「たった10人くらいの拉致の事で騒いで日朝国交正常化交渉が滞るという事は国益に反する」というようなことを言って、ヒンシュクを買った事があります。

よくアメリカでは一人でも拉致されたら戦争をしてでも取り返すと言いますけど、結局世論の力が無ければやっぱりたった10人と言う。
その10人が非常に大事な事なんですが。
そういった拉致された国民を救うということよりも、北朝鮮と国交を結ぼうという事がやっぱり重要視するわけです。
それまでに中国とかソ連とか本当は国交がなかった時代がありましたんですが、両方とも結んだので北朝鮮が最後になるんですが、ですからそんなような状態ですからやはり世論の力が如何に大きいかという事がお分かりになると思います。

それから日本電波ニュースと言うメディアが韓国に行きまして、亡命した工作員から色んな話を、偽ドル札作りの話を聞いたときに、「日本では今日こんな事が話題になったんだ」という事でその産経新聞等を見せた所、その工作員が「この人は見たことがある」と。
「自分が工作員として教育を受ける時に金正日政治軍事大学で見たことがある」と言うような事を証言したわけです。
それによってもっと拉致の可能性が高まったわけですけど。
ただ工作員と言うのは我々の印象では初めて聞いた言葉なので、スパイとして入って来る人だから腕力は強いかもしれないけどあまり教養の無い暴力団のような人かな?と思ったんですけども。
実際ソウルに行って対面しますと非常に礼儀正しい精悍な青年が現れまして、そして知っている事はなんでも教えてくれましたし、知らない事やいい加減な事は言わないので、この人が言っている事は間違いが無いんだという事は確信しました。

・・・その2に続く・・・

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蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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八重山集会 横田滋さん2

   「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」
06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田滋さんの講演 その2』

そしてめぐみの事は橋本総理がその時には拉致かどうかと言う返事はなかったんですけど、5月になってから調査の結果、「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である」という事で従来の6件9人、アベックの場合は一件で二人になりますから件数と人数が合わないんですけど、そこにめぐみを加えて7件10人の北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である事案という事が国会で答弁されまして、そしてその年の警察白書にも載りました。

そしてめぐみの事でちょっと前に戻りますけど、2月3日に国会に取り上げられた時に新潟市の方で、この事件は新潟で起きたんだから我々の手で救出しようと言う事で、横田めぐみさん救出のための救う会というのが新潟で出来ました。
そしてそうした救う会が警察に行ったり外務省に行ったり日赤に行ったりと言う事で活動を始めたもんですから、後の家族の人も「やっぱり今自分達が立ち上がらないと救出のチャンスが無くなるだろう」と言う事で集まって、そして家族会という物を作りました。
これが平成9年の3月25日です。

それ以降はめぐみさんを救う会と言うのが、今度は「北朝鮮に拉致された日本人を救う会」ということで名前が変わりました。
そしてその時はまだ新潟一つだったんですけど、その会に集まってきた人が東京の会、東京の会と言っても実際的には関東の会だったんですけど、それが千葉の会とか埼玉の会・神奈川の会とかって発展的に分裂して、そういったところに出席した方が北海道の会とか福岡の会・大阪の会・京都の会とかって段々広がって、今日本全国殆どの県に救う会ってのはあります。

それから救う会に入って無くてもこちらのように八重山ブルーリボンの会というのと同じ名前で、要するに群馬県ブルーリボンの会と言うのが前橋にありますから、今は実質的に全県に救う会ってのは出来ました。
そういった方の活動と、国会議員の方が超党派の議員連盟を作ってくださった結果、かなり拉致問題は国民の関心が高くなってきましたし、政治的にも動くようになりました。

そして平成14年の1月か2月に日米首脳会談が開かれましたときに、小泉総理がブッシュ大統領に「拉致問題の解決無しに国交正常化交渉の妥結はありえない」と仰って下さって、それから国会の方でも衆参両院で拉致解決の決議がなされたり、それから拉致の専門幹事会と言うのが出来たり、国内的には随分救出の条件が整ってきました。

そしてブッシュ大統領がクリントン大統領から政権を引き継いで北朝鮮に厳しい態度を取るようになりましたし、それから北朝鮮自身も経済政策に失敗して配給制度が成り立たないようになったので、なんとか政権を維持するためには日本と国交を結んで経済協力を得なければならなくなると言う状況に追い込まれまして。
そして平成14年の9月の17日に初めての日朝首脳会談が実現致しました。
そしてその際に金正日は拉致を認めて謝罪をして5人が生存、それから8人が死亡と言うふうに発表をしました。

その日各家族に内訳の伝達があるので待機していたわけです。
そして中々伝達がありませんで、政府は「今ちょっと最後の詰めの作業をしています」と言う事で、まず一番に私たちの家族が呼ばれました。
その時世間ではめぐみについては確認されたわけではありませんけど、生存情報と言うのがたくさんありましたし、歳が他の人より10歳は若いので、今日はいつ頃帰ってくかというのが分かるのかと楽しみにしてたんですが。
実際に行きましたら、副大臣の方が「誠に申し上げにくい事ですけど、お嬢さんは亡くなっておられます。そして結婚して女のお子さんがいます」とそれだけの伝達がありました。

全く思いも寄らない事ですけど政府が詰めの作業をした上での公式の伝達ですから、反論するということも出来ませんので「いつ死んだんですか?結婚した人は日本人ですか?北朝鮮の人ですか?女の子は何歳ですか?」とかって聞いたんですけど、何を聞いても「分かりません、分かりません」ということだけだったので、またそれは別途教えてくれるのかと思って帰って来たんですが、全く思いもしない状況だったので愕然と致しました。

そしてその後も個別に呼ばれまして生きているとか死亡したとか言う事だけで、他の人も死亡したと言われても何日に死んだのか?原因と言うのが全く分かりませんでした。
しかし翌日になって、それは北朝鮮が言って来たのをそのまま右から左に伝えただけだと言うのが分かったので、我々はそんな事ではとても納得できないといって。
それでも更に2~3日後になって何日に死亡したかと言う事と、後は原因としては事故か病死かという2種類だけでよく分かりませんけど、めぐみの場合は自殺だという事で言って来ました。

それからその月の月末に政府の調査団が(北朝鮮へ)行ったわけですが、死亡したと言われた8人は、原(敕晁)さんは元々40代で拉致されていますから40代で亡くなっていますが、それ以外の7人はめぐみだけ10代、それ以外は20代で拉致されて全員20代で死亡しています。
そして2人だけが病死で後の6人は事故死です。

うちのめぐみの場合はうつ病で入院して回復期に病院の中を散歩している時に、医者が用事が出来て席を外した隙に来ている物を破ってロープを作って首吊り自殺をした。
遺体は病院の共同墓地に埋葬したが夫が秋になって持ち帰った。
その時に焼いたか墓を作ったとか内訳は分からないんですけど、夫が持ち帰ったと言う事。
証拠と言うのは患者入退院台帳という(物の、表紙の)入退院と言うのを消して上に死亡と書き直してあるんですけど、患者死亡台帳に名前が載っているというだけで具体的な証拠と言うのは何もありません。
カルテもその時は見つかりません。
その様な状態でとても納得できるような状態ではありません。

そしてそのひと月くらい後の10月15日に5人の方は帰国しました。
しかし当初は2週間くらい滞在して、また北朝鮮に帰って家族と相談してから来ると言うふうに言われていました。
この帰ってくるというのは約束があったともなかったとも言われてハッキリしませんけど、少なくとも文書としてはなかったと思います。
それがあれば北朝鮮が出してくるはずですから。
そして日本は、そのまま(北朝鮮に)帰すと二度と日本に戻って来られないだろうという事で福田官房長官が談話を出して、そのまま留め置いたわけです。
そうすると北朝鮮側はそれは約束違反だと言う事で、子供たちを返さなかったわけです。

それから約2年くらい経ちました2004年の5月に小泉総理が再訪朝したときに、蓮池さん・地村さんの家族は子供を連れてきて、それから曽我さんの家族はちょっと遅れてジャカルタ経由で帰ってきましたので、生存したと言われた人については全て帰って来ました。
家族も含めて帰って来ていますが、死亡と言われた人については小泉総理が訪朝した2002年(9月17日)の死亡したと言われた時から、全く一歩も進展していません。

北朝鮮は再訪朝したときに、これは生きている人は全て返したし、後は死んでいるんだから拉致問題は全て終わったんだという事で、それこそ経済協力を貰う為の交渉を始めようと考えたようですが、日本側はそれではとても納得できないから再調査を要求したわけです。
そして再調査を要求して8月頃になってようやく調査委員会を作ったと言う報告があって、9月頃になってほんの少しだけ修正があって、めぐみは93年に死亡と言ったんですけど、蓮池さんがお帰りになって子供さんが帰ったので、「93年死亡と言ったんだけど94年まで一緒だったんだ」と話をしたのが新聞に載って、それを受けて向こうは「93年死亡というのは勘違いで94年死亡だ」と訂正して来たくらいです。

そしてその年の11月に開かれた実務者協議で、後の人に対しては余り情報が無かったんですけど、めぐみの物は学生証だとか自筆のメモ、写真等が出てきまして。
決定的なものとして夫のキム・チョルジュンさんが「めぐみの遺骨」を持ってきました。
それは規則を破って自分が、これもいつ掘り出したかも何回も変わるのでどれが本当か分かりませんけど、一番初めは93年に遺骨を持ち帰ったと言いましたけど、その後96年になって今は97年と言ってますけど、その都度その都度変わるので信用できませんけど。
それを自分が持ち帰って、遺体を焼いてその骨を自宅に保管していたんだと。
それを親に渡したいと言う事で骨を持ってきたわけですけど。

しかしその骨はDNA鑑定しました結果、5つの検体といいますか4つのかけらからは同一のDNA、もうひとつの骨からは別のDNAが検出されたわけですけど、いずれもめぐみの物ではありません。
めぐみの物はへその緒とかいろいろな資料がありましたから、早い段階でめぐみのDANと言うのはどういう物かというのは分かっていたわけですけども。
ですから向こうは決定的証拠と言う事で持ってきたにも拘らず、向こうはおそらく写真なんかも何枚か持ってきまして、不安そうな顔をしているこの少女を我が国が立派な大人に育てて幸せに暮らしたんだけど、病気で自殺をしてそして夫が大事に保管していた物を持ってきたんだと。
しかし1400度で高温で焼いたのでDNAが鑑定出来なかったから、科学的には証明できないんだけど実際には間違いないんだという形で、持って来たんだと思います。

そうすると我々は反論する材料もありませんから納得せざるを得ない所になり兼ねなかったんですけど、しかし日本の技術水準の高さで反論する事が出来たので、それは違うと言う事を北朝鮮に通知をしたわけです。
そうしますと北朝鮮側は、それは鑑定がでたらめなんだと言う事で反論しただけで、科学的に説明すると言っても何も聞く耳を持ちませんで、そしてずっと1年半くらいそういった状況が続いていまして。
今年の2月に二日間、日朝の交渉が行われましたんですが、しかしこのときも北朝鮮側は相変わらず拉致は解決したと言うだけで、具体的な進展は何もありませんでした。

めぐみの骨が他人のものだと分かったんですが、その時に細田官房長官が「北朝鮮が速やかに誠意ある対応をとらなければ、日本としては厳しい対応を取らざるを得ない」と言う談話を発表して、我々もすぐにと言うわけでもありませんけど、何ヶ月経っても北朝鮮が誠意ある態度を示さないので、政府に対して経済制裁を、具体的に言えば例えば万景峰号を止めて欲しいとかいろいろな事を要求したんですが、小泉総理は対話の窓口が途絶えると言う事を理由に制裁という事は積極的ではなかったわけです。

しかし、今回のミサイルがきっかけになって経済制裁を検討するようになり、即日万景峰号を6ヶ月間入港禁止するっていうような方針を発表しました。
そしてその翌日には、これはミサイルだけでなくて拉致問題も解決しなければ解除をしないという形で、最初はミサイルだけ。
しかし後で拉致も含めて制裁を実施致しましたので、そうなるとミサイルだけを解決しても制裁を解除して貰えなくなりましたので、北朝鮮側としては何らかの対応を取らざるを得ないと思います。

今年の2月に日朝の包括並行協議とちょっと名前を変えたんですけど、これは拉致の問題だけ協議すると北朝鮮は追及される一方ですから、核の問題・拉致の問題・経済支援と並行的に協議するけど、その場合でも拉致が解決しなければ他の物が一時的に先行する事があっても妥結はしないんだと強く相手方に伝えてありますから、北朝鮮側としては拉致を何とか解決しなければ経済支援は受けられないわけです。
そしてその時に行きました梅田さんと言う参事官の方が団長で行きましたけど、いろいろな説明があった後に個人的な感想だと言う事で3つの感想を述べられたんですが。

一番目には、北朝鮮は日本の世論を非常に気にしているということです。
その例としましては、めぐみの写真展を全国で今やっておりまして、十数万人の方が見てくださったんですけど。
そして北朝鮮側はめぐみの事を知っていますから、「新潟で写真展を開いたら二千人の人しか来なかったですね」と言うような事を向こうが言ったんだそうです。
それで梅田参事官は、「いや私も新潟へ行って見たけど超満員でしたよ」と「誰がそんないい加減な事を教えたのか知らないけど、実際は2万5千人来たんだ」と言うような事を教えたそうです。

それから北朝鮮は日本人記者向けの記者会見をしたんですが、そのときに「記者の質問が少ないから日本は拉致の関心が薄まった」とか言う事を言ったそうですけど、それはあくまでもそういった発言と言うのは金正日向けのなんと言いますか、発言ですね。
日本向けにしていてもそういう事はすぐ本国に伝わりますから、そんな事で非常に日本の拉致を気にしていると言うことです。
ですから今日もこんなに満員に来てくださったという事も、きっとそれは3分の2くらいの人数で言ってちょっとしか来なかったんだよと報告が行くかもしれないですけど、こういった入場者数も新聞に載りますから、チェックして知っていると言いますか。
そういった事なので本当に満員の方が来てくださった事は、そういった点でも非常に北朝鮮に対して強い圧力になると思ってありがたく思っております。

それからもう一つは経済制裁が非常に、アメリカの経済制裁によって効いているわけですけども、それ以外にも日本は法律を厳格に適用する事によって実質的な経済制裁をしている事で非常に向こうにしては堪えていると言う事で。
3番目には拉致の国際化という事を気にしているということで、以前は日本と韓国しかなかったわけです。
レバノンもありましたけど一応解決していましたので。
ところがジェンキンスさんの著書によってタイ国の女性が拉致されたとか、マカオの人が拉致されたとか、イタリアの人が拉致されたとか、いろんな事が現れて来たわけです。
現在では12ヶ国の人が北朝鮮に拉致されていると言うふうに言われてますので、そういった事で拉致問題が国際化して、そして後で話が出ますけど早紀江がアメリカへ行ってブッシュ大統領に会って、拉致の問題を訴えたりすると言う事は北朝鮮側からすれば非常に困るわけですけども。
拉致の国際化と言う事を非常に恐れていると言う事でした。

それで、最後時間が来ましたので、最後にやはり拉致問題の解決と言うのは世論の後押しと言う物が欠かせませんし、また一番大きな力になります。
今日も皆様方が台風の接近にも拘らず大勢来て下さったと言う事は、如何に大勢の方が同胞を救わなければと言う事で来てくださったわけで、本当にありがたく思っております。
引き続き拉致問題に関心を持って見守ってくださいますようお願い致します。
どうもありがとうございました。(拍手)

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