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2006年10月

2006年10月31日 (火)

邦人保護~希望~

中山恭子さんは、各地で邦人保護という立場で拉致事件の解決は政府の責任で行わなくてはならないと、そのために世論の支持が必要だと訴えています。
中国からの石油が止まった北朝鮮。夜明かりも無く、これから厳しい寒さを向かえる季節。
拉致被害者はどんな暮らしをしているのでしょうか?

どんなに苦しい暮らしでも、食料が乏しくても、明かりが無くても、生きて待つ気力を失わないように、救出への望みを失わないように、日本からの発信は重要です。邦人保護の観点からも、情報を流し、生きる希望を持ってもらうことは大切なのです。彼らが希望を失ってはいけないからです。

NHKによる報道は、『邦人保護』=『希望を持ってもらうために』=『命を失わないために』必要だと私は思います。
これは実質的に『要請』であると総務大臣も見解を示しています。

NHKへの『命令』という言葉に、反発する人たちに問いたい。もし、情報が流され無いことで、希望を失ってしまう人が出たら、そのときあなたは、責任が取れますか?

無理やり家族から引き離され、非道な国家で精神的にも追い詰められ、肉体的にも厳しい状況で、20年、30年を生きながらえて、もうすぐ帰還できるかもしれないのに、その希望を、電波で伝えられなかったことで、もし拉致被害者がこの時期に命を失ったら、どうやって責任を取るのでしょう?

放送命令という言葉であっても、内容には口を出さないと言っているのに、なぜそこまでNHKによる報道を阻止しなければならないのか、私は彼らに聞いてみたい。

情報を流させないことによって、
<実質的殺人>
    を犯すことになっても、

守るべきは
<形式的報道の自由>
    だと言うのですか?と。

報道の自由とは何なのか?命より重いものなのかと、問いたい。

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2006年10月28日 (土)

町田シンポジウム(3)

   町田シンポジウム ~救出してみせる~(3)
        2006/10/8 町田市民ホールにて

<コーディネーター:荒木和博氏>
今日はまさにこのところを更に詰めてまいりたいと思います。のちほどまたお話しいただきますが、増元さんお願いします。

◆<b><font color=blue>家族会事務局長 増元照明氏 </font></b>
こんばんは、増元照明です。
一陸曹が元空将と同席するのが恐縮だと言われますと、私、ここにいて良いのかとちょっと考えてしまいますが、空将と、衆議院議員と大学教授ということになるんで、私は何も言えないんですけれど、今、家族の気持ちとして、ほとんどの家族会の人が思っていると思いますが、今解決に向かっているというその実感を感じております。

残念ながら、アメリカの圧力によってですけれども、最初の小泉総理の訪朝も、アメリカが9.11以降、テロ国家とテロ支援国家に対する厳しい姿勢をみせて、そしてアフガンを攻撃しました。そして、イラク、イラン。北朝鮮を悪の枢軸として名指しして、北朝鮮に『そんなに悪い事をしたら、いつでもいくよ』と言う姿勢をみせたからこそ、北朝鮮が脅えて、日本との友好関係を結ぼうとしたというのが現状だというふうに私たちは認識しています。

あのときも、アメリカの圧力で、拉致問題の扉が開きましたけれども、今回も昨年からのアメリカの金融制裁、すべてアメリカ主導であるというのは非常に残念ですが、それでも、また金正日を追い詰めつつある状況、ここで拉致問題が全面解決しないのであれば、また10年かかるんだろうなという思いで、私はいます。

それにアメリカの強い姿勢に呼応するように、日本でも阿部総理が誕生し、これに準ずるように、厳しい姿勢をとることは、まず間違いないと思います。
安倍総理の今回の内閣、所々不満があります。安倍総理がやることを、今文句を言うわけにはいきませんので、絶対に支持していくという立場で行きますので、松原先生には申し訳ないですが、民主党には応援を出来ない立場ということを申し上げておきました。

先週鹿児島でですね、1700人ほどの集会がありました。その時に、西村眞悟幹事長=拉致議連の幹事長、地元選出の国会議員がこられましたので、後の二人は自民党と無所属と、民主党の方が三人こられたんですが、どうも、おかしいですね。阿部総裁が、出来るときからそうなんですが、マスコミがネガティブキャンペーンをやっているように、非常に感じているんです。

安倍さんが余り右よりな考え方を持っているので、安倍さんが総理総裁になったら、日本は右に行くとか言い始めている人が、マスコミの中にもいらっしゃいますし、どうも安倍さんを総理にしたくないというような、北朝鮮と同じ考えなんですけれども、そう言う方たちが、ネガティブキャンペーンをやっているような気がしておりました。

そこで、先週、その民主党の方もそうおっしゃるんですが、安倍さんがまず総理になったら、『まず安倍さんが言うべきは教育問題ではないだろうと。拉致問題をまず解決すると言うべきではないか』と言って攻撃されたんです。

それは、更に拉致の被害者を救出すると言う集会だったんですけれども、そこに又、集団的自衛権ということを持ち出して、どうも安倍さんを右翼的考えの強い持ち主だということを、そういうことを国民のみなさんに植え付けようとする姿勢が見えたので、すかさず私が『とにかく今の現体制の中で、総理が対策本部長になって、内閣官房長官が拉致問題対策副本部長になり、更に中山恭子元参与が事務局長としている、この組織を即座に作ったということが、拉致問題に対する総理の強い姿勢の表れではないでしょうか?』と申し上げたんですね。

それこそが安倍体制の拉致問題に対する取り組みであり、更に、教育を最初に言われましたけれど、拉致問題の解決のためには、日本の国民が変わらなければならないし、日本の国というものがもう少し変わらなければならないと言う思いを、我々家族も持っていますし、総理は当然昔からそう思っていたでしょうから、それを同じ同時期にやらなければならないと思って、教育を大事な問題として、まずあげられたんだと私は思っています。

それにしても、マスコミには、今やはり、安倍さんの歴史認識とか言っていろいろ色々責めていますけれども、果たしてまだ、安倍さんが総理になって一ヶ月も経っていません。小泉さんの時も、そうでしたけれど、歴代内閣、一ヶ月や二ヶ月、そういうネガティブな責めるような姿勢、マスコミはならないんですが、静観して、なにをやるんだろうと見るんですが、直ぐ攻撃態勢に突入したような感じの報道をしております。

あまりにも偏ったやり方ではないかと私は思っています。
そのへん、メディアの方々はご自分でもう一度最初から反省してください。

今日の産経抄に書かれてあったんですけが、今の国会で論じられていること、北朝鮮が核保有宣言をした、核実験をすると言うこの時期に、今を国会で話されているのか?一体国会で何を一番先に話さなければならないのかという批判をされておりました。

昨日は、田中真紀子さんが--まぁ、あの方はちょっと無謀な方だと思います。拉致問題で安倍総理に論戦をいどむなどということは、そう言う無謀なことを考える自体、私には信じられないんですが--歴史認識問題、そう言った問題をやるよりも、今北朝鮮が核を持つと言う本当に重要なときに、国会議員はもっと緊張感を持っていて良いんじゃないかと、私も思います。

ただ、一般の国民の方は、そんなに怖がらなくて良いと思います。
これは、荒木さんからいわれるんですけれども、8年前テポドンが撃たれたとき、経済制裁とか、そういったことをしたら、『ワシントンとソウルと東京を火の海にする』と言ってすぐに脅しをかけてきました。

私たちはもうだいぶ北朝鮮のそういう脅しには慣れてきましたが、荒木さんがおっしゃいますが、北朝鮮がこういう脅しをするときには、『日本のみなさん、こんにちは、私たちも一生懸命やってます』 ぐらいの気持ちで聞いていた方が良いでしょうとおっしゃてくれるので、だいぶ私たちも慣れてきました。
今日本の国民のみなさんも、北朝鮮が核の実験をするといってそんなに大騒ぎする人たちはいらっしゃいません。

ただ、国会議員だけはきっちりと核が実験されたときにどうするのかと国会でまず話していただかなければ、国民はどうすればいいのかということになりますので、必ずそれは、やっていただかなくてはならないのに、安倍さんの歴史認識問題をやってみたり、訳のわからない拉致問題のしくみとか、そんなことやってる暇はないと私は思っているんです。

この時期北朝鮮が核実験をやったら、確実に崩壊の道に行くでしょう。もうすでに、日本の中で法体制をこれから作って、そして自衛隊を動かすなどと言うのは、なかなか難しくなる。超法規的というのか、先ほど佐藤空将がおっしゃったんですが、法人保護と言う目的、名目は何でも良いんですけれど、だせるということです。ただ飛行機が向こうに行って帰ってこれないから空中給油機だけは買わなければないのではないかと私はおもいます。

更に、もう一つ、私たちが一番心配なのは、北朝鮮にいるであろう私たちの家族のことです。ですから総理とお会いしたときも申し上げたんですけれども、まず日本の国家予算を使って、短波放送で北朝鮮に脅しをかけていくというか、まず拉致被害者の安全確保を呼びかけて欲しい。

これは、アメリカが、アフガン戦争の時にやったことらしいのですが、アフガンに入っていた、キリスト教布教者を、アフガン戦争で攻めていくときに、アフガンの国民に対して、『アフガンに入っているアメリカ国民を必ず守りなさい。そうすれば褒賞金も与えるし、のちのち、保護もする。』そう言う放送をバンバンバンバン流していたらしいんですね。結果、キリスト教布教者たちを管理する人がその放送を聞いていて、その人達をしっかりと守っていたという事実がありました。

これと同じように、私たちの国も、北朝鮮の国民に対して--まぁ金正日はどうしようもないでしょうけれど--、国民に対して、そう言うメッセージを、どんどん、どんどん送ってくださというふうに申し上げました。そうすることが私たちの家族を守る大きな力になるでしょうし、そのために、しおかぜを国営でやっても良いし、NHKの短波放送をつかってもいいじゃないかということを申し上げておきました。
とにかく崩壊のシナリオがどんどんどんどん進んでいくときに、法改正したり、その後に救出と言うことでは、もうちょっと間に合わないと思いますので、同時進行していくような姿勢でやっていただきたいと思っております。

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町田シンポジウム(2)

荒木和博氏
ありがとうございます
続いて佐藤先生お願いいたします。

佐藤守元空将

ご紹介いただきました。
佐藤でございます。私はもともと戦闘機乗りでございまして、防衛大学校卒業後34年間ずっと戦闘機乗り一筋でございまして、今日この会場に来まして、ふっと数年前のことを思いだしたんでありますが、最後沖縄でございまして、いろいろどんぱちがあったところで、お役御免になりまして、無事生き抜いて復員してきたんですありますが、その後荒木さんや、櫻井よし子さんたちから、引っ張り出されてこの拉致の全国集会、第一回目が日比谷でございまして、その時に私もこの壇上に上がれと(言われ)なぜか私の前に<軍事ジャーナリスト>と言うタイトルが付けてございまして、櫻井さんから笑われたんですけれども。熱気あふれるお話を聞いていまして、粛然たる気になったのであります。

ご承知のように陸海空自衛隊、それぞれそれなりに祖国防衛と主権確保のために働いているわけでございまして、特に航空自衛隊は24時間ですね、全国28箇所のレーダーサイトで見張っておりまして、私が現役の頃には、特に極東、・・・北海道半分をとられる恐れがあるという80年代の緊張した時代に、このときに死にものぐるいで防空作戦、訓練をやってきたわけですから、それを続けてきた私、戦闘機乗りが、急に民間人になりましてね、日比谷公会堂の壇上にあがって拉致の問題に対処したときに、『一体防衛というのは何なんだろう』と、非常なジレンマを感じたのであります。

本来国民のたったひとりでも、ああいう狂った国に拉致されると言うことがあったら、軍隊を派遣して取り戻す。相手の首領を(松原先生が言ったように)とっつかまえて処刑するというのが、国家の本来の機能であるにもかかわらず、全く放置。だから日本は法治国家であると私は言っているんでありますが(小さい笑い)。

その場で、私はお詫びを申し上げました。戦闘機に乗って、一生懸命やっている上の空の間にですね、足下から、漁船、あるいは工作船で、我が守るべきみなさんが、北朝鮮にさらわれてですね、13才のめぐみさんなんか30年も帰ってこれない。何という国家だろうということで、きわめて慚愧に堪えなかったことを、今思いだしたのでございます。 

その時私は、これは、やはり世論でございますから、地道に来た第一回目の全国集会ではございましたけれど、これを契機にひとりひとりが力を合わせてと言うことではなく、かけ算で、幾何級数的に、この国民のみなさんにバックアップして貰うようにしなければならないと言うことを、言ったことを覚えております。
効果があったかどうか知りませんが、非常に爆発的になった。そして今私が気にしているのは、5周年記念、とか7周年記念などという問題ではなくて、速やかにこの問題を解決しなければならない。
私の予測では、今年が一つの、基準点になると思っていたわけであります。

今松原先生がおっしゃったとおり、戦後の総決算をするにふさわしい方が、(総理に)なられました。(安倍総理のこと)今北京に行っている、明日は韓国ですか、大変大きな節目を迎えているのであります。

私は、最初にお断りすべきでありましたが、常々、ヘルメットをかぶって、酸素マスクをつけて、両手両足は曹達装置につけてですね、隙を見てスイッチを押したり離したりして、精神分裂的な状況で三次元の世界を飛んできた者でございますから、大変言葉遣いが荒うございまして、不適切用語がどんどん、飛ばすという悪い癖がございますので、もしこのお話の中で出た場合はですね、(NHKの方はおられないと思いますが)どうぞお許しをいただきたいと思います。

さて、この問題にからみましてから私は荒木さんや、いろんな方々と交流をして、今年の春頃にですね、一等陸曹殿(荒木さんのこと)から命ぜられまして、「軍事的救出作戦を立案せよ」ということで、荒木さんの戦略研究会で一案を提示したことがあります。

大変熱心な人たちが集まっておりまして「なんだ結論は出来ないのか?」「自衛隊はなんだ」と言う話からですね「何がポイントなんだ」ということがその場で大変問題になりました。大変熱気が収まらなくて、二次会に、荒木さんのポケットマネーで飲み屋にはいって、それでも継続してですね、侃々諤々のはなしになりました。軍事評論家の惠谷君なんか、口角泡を飛ばすようなことであったんですが、「これは、まだいける。日本人も捨てたものではない」と、大変失礼ですが、その時思ったのであります。

その時の資料をたまたま持ってきておりますから、全く私個人の見解でですね、荒木さんの研究会で言ったことで、ちょっと筋を述べてみたいと思います。あと十分ぐらいですが。

それはですね、こんど、金正日が7月5日のミサイルは失敗したので、最後の切り札として核実験をやると宣戦しました。世界中、アメリカは怒っておりますが、国連も、何となく前向きに制裁を別として動き始めている。

これをやったらどうなるかと言うことでありますが、つまり核実験というのはどういう事かと言いますと、
作った爆弾のテストであります。これが爆発するのかどうか、起爆装置から爆発がうまくいくかどうかを、大気中ではありませんから、地下でやる。その穴を掘っているということですが、これは24時間態勢でアメリカの人工衛星が監視しております。で、問題は、核が爆発に成功した次は、7月5日に失敗したテポドン、(ノドンは飛ぶことが証明されておるようでありますが)テポドンに積み込んで、始めて兵器=ウェポンになるのであります。今の段階はロケットはロケット、弾頭の部分は実験の段階ということであります。

情報によると、かなりでかい爆弾、つまり爆発装置でございますから、これをミサイルの先端部分に積むのは、大変難しいと言われています。多分そうでしょう。昔、広島・長崎がやられたのは、B29のお腹を改造して、やっと一発積みこめたような状態でありますから、それほどひどくはないですけれども、これを爆発させる。爆発させたら、次は飛ぶことが確証を持ったミサイルに積み込んで、やっと一つの脅威になる、ウェポンになると言う段階でございます。

これをアメリカが許すかどうかと言うことでございます。
本来ならば、一番側にいる日本が許しちゃいけないんですけれども、<みんな、アメリカさん>と言うことですから、アメリカが許すかという問題です。これは、全く個人的想像でありますが、湾岸戦争の時に私は三沢基地勤務でしたが、半年、10ヶ月前に、『アメリカはやる』と。『確実にやる』ということを確証を持っておりました。

1月17日に朝部下を集めた会議の最中に、副官がメモを差し出して「始まりました」と言いました。「今日やるぞ」と言ったんですが、たまたま賭ていれば、大もうけしていたんでありますが、賭ける前のことですから大変残念だったんですが。、1月17日に湾岸戦争は始まりました。

この予兆というのは、軍事的なセンスでみておると大変よくわかるのであります。
その当時三沢では、輸送機がですね、(この上も良く飛んでおります。私も多摩丘陵のほうに避難してきておりますから、頭の上を良く飛びますが)C○○であるとか、C17であるとか、チャーターされたジャンボであるとかですね、いろんなものが、出入りしているんですが、早朝から飛んできます。これが、、パパットいなくなるんですね。

輸送機の動きが止まるんですね。そしてどんと始まるんですね。私は既に一民間人でありますから、おそらく、沖縄の嘉手納も三沢も、かなりの状況で、緊張しているんじゃないかと思います。

理由は簡単です。もし金正日の核実験を許してしまえば次はイランです。これをずるずると許してしまえばイランは確実に意思を持ってやります。

アメリカの政策の中心は(釈迦に説法ですが)中近東でございます。
極東なんて、どうでも言いと言えば、語弊がありますが、中近東でこの火種を消さなければならない。
この問題をアメリカはどうするか?本来ならば、先制攻撃ですが、それをやるかやらないかは、今作戦計画ができあがっているところでしょう。

そこで、もしやったらどうするか。これは非常な問題であります。そこで、もしやったら、どうなるかというところが、実はこの前のその荒木さんの研究会でやったことですが、前段の自衛隊独自で行動して、救出をできるかという問題では、最大の弱点が、目標でございまして。つまり拉致されたみなさん方を目標として。すくなくとも目標がどこにどのような形でいるか、この情報がとれない。この人たちを救出作戦を発動したときに何処に終結させるか?そしてそれが、映画に良く出てくるような、絶妙のタイミングで我々のヘリや艦艇が駆け付けたときに、さっと逆拉致された形で、収容して帰ってくる。

ここがポイントですが、結論は『自衛隊独自の作戦行動はできない』ここで大変紛糾いたしまして『なら自衛隊なんかやめてしまえ』てな声がいっぱい出たんでありますが、では何が可能性があるかと言いますと<b>『日米共同作戦』</b>ということです。一部の保守系の物書きのみなさんには、アメリカと一緒になってやることに対して、きわめて不快感を示します方が散見されますが、アメリカの力には残念ながら、叶いません。60年前は、四年間、アメリカと四つに組んで、負けはしましたが、徹底的にいじめた経験がありますけれども、今や日本人にはそのような<どしょ骨>はありません。朝青龍に投げ飛ばされているというのが実体でございます。

そこで、アメリカを利用すればいいということであります。

つまり私がその時に書いたのは、米軍の作戦も目的がある。北の核施設破壊と金正日爆殺、つまり排除、こういう作戦計画があるので、これに動きが出たときに、我が陸海空自衛隊は『拉致被害者救出』という目的でこれに合同行動を行う。これが唯一である。

ただし最大の弱点は、韓国内の基地を使えない。海上自衛隊は洋上に基地を作れるが、航空自衛隊の場合は、よほどのことがない限り戦闘行動をした戦闘機は、F15以外はかえってこれなくなる。

でも8年前にテポドン1が飛んだときに、私は内々にパイロットに対して、必要なところを攻撃するかと言うことを聞いたところ、全員が『片道で行く』と言ったんです。そこのところを私は期待しておりますので、後問題は、国民のみなさんがこれを支援してくださること。そしてできたら松原先生が国会で、『自衛隊は何をしているんだ。拉致被害者を救出する作戦はどうなっているんだ、防衛庁長官!』という火を付けてくだされば、大変ありがたいのです。

(テキスト金木犀)

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町田シンポジウム(1)

シンポジウム「救出してみせる!」 (1)
      2006/10/8 町田市民ホールにて

◆コーディネター荒木和博氏 

今日はみなさまお忙しい中しかも、連休の真ん中の所、これだけ沢山のかたにおいで頂きまして、本当にありがとうございます。本来でしたら午後の集会で、もう少し時間がとれるんですが、今日は夜しか会場がございませんで、短時間のうちに終わらせなければなりません。できるだけ効率的にやってまいりたいということで、今日は、拉致被害者をどうやって救出するかいうところに絞ってパネルディスカッションを行いたいというふうに思います。

まぁこのあいだも、テレビ等々で出ておりましたが、横田ご夫妻、お母さんの体調のことがでておりました。横田代表も先年来入院されたりしておりまして、家族会のみなさん、特に横田さんご夫妻大変大きくなっていまして、なんとか軽減していくと言うことになっておりますが、今回、「何とかして取り戻す」というタイトルになっていますとおり、この集会が横田さん夫妻が町田に来て訴えられる最後の集会にしたいと是非考えていただいて、どうやったら取り戻せるかと言うことを、真剣に一緒に考えていただければと思います。

8時15分までのシンポジウムと言うことでございますが、私が最初にちょっとだけ、基調講演をいたします。今日お集まりの他のパネルのみなさん、お顔はみなさんもうご存じのかたばかりだと思いますが、実際に、これまで具体的に現場で評論ではなく闘ってきた方々ばかりでございます。

私自身も、この拉致問題を年内いっぱいで、解決をする。今年いっぱいでに解決をする。それが出来なければ、責任をとりますということを繰り返し繰り返し申しております。ここあと3ヶ月と言うところでございますけれど、情勢は、事態は、決して我々に不利ではない。

あのミサイルの7月5日の発射によって、北朝鮮はますます周りから孤立をしてまいりました。国際的圧力が強まっている。今回核実験をやるということを言ったことで、で、今回実際に核実験をやれば、更にそれが全く逃げ場のないところに追い込まれていくだろうと言う風に思います。一方日本では安倍政権ができまして、安倍さん自身が、それ=拉致問題を中心にされることで、或意味で(それが)首相になられたひとつの原因でもある。

これ、拉致対策本部を作ったり、担当の大臣を任命したりと先頭に立ってやってきてくださっています。さまざまな状況は、私たちにとって良い方向に動いているんですが、問題は、これを実際に結実させる事が出来るのかということです。
安陪内閣になったから大丈夫だろうと言う風に思っていたら、これは絶対にうまくいきません。
自由民主党の中も、様々な方々が安倍さんの支持にまわりました。これは逆に言うと、安倍さん自信が、ちょっと風向きが変われば、ご自分の思っていることが出来なくなると言うことでございます。

その意味では今日おいでの松原議員を先頭にいたしまして、民主党が或意味で自民党と建設的な緊張関係を持っていただいて、自民党のだめなところは、「とんでもない話だ」と言って突っぱねる。そして協力するところは協力するということでやっていただくことが、本当の意味での国全体の力につながっていくということだろうと思います。

去る6月に北朝鮮人権法という法律が成立しました。
これは民主党が案を作りまして、そしてその後自民党が案を作る。最終的には自民党と民主党がすりあわせをやって、こないだの通常国会の最後の日でまとめることが出来たという法律でございます。このような形を是非とっていただいて、先頭に立って、まさに拉致特の理事として、松原議員には活躍して頂きたいと思いますし、それが実を結ぶことを期待をしております。

また、私自身が「この問題は安全保障の問題だ」ということを常々申し上げております。この問題は、個別の事件ではありません。ひとりひとりの、横田めぐみさんが拉致をされた、あるいは、田口八重子さんが拉致をされた、増元るみ子さんが拉致をされたという、個別の事件ではなくて、これは、総体として北朝鮮から日本に対する戦争でございます。

この戦争を我々は勝たなければいけません。これが戦争であると言うことを我々がちゃんと認識して、そしてそれに正面からそれに向き合ったときに、この日本の国力を持ってして、北朝鮮ごときに負けるわけがない。そこに何とかして、我々自信の意識を持っていかなければならない。ということで今日は佐藤空将においでいただきました。

私は、予備役の予備一等陸曹で、旧軍で言えば軍曹でございまして、佐藤将軍は、昔風に言えば、空軍中将ございまして、本来であれば、こうやって横に坐ってお話をすることが出来るわけはないんですが、今日は特別に一緒に坐っていただきまして、お話をしていただくということです。

そして、まぁ、今日増元さんは、家族会の事務局長として先頭にたって、身を粉にして、活躍をしています。
すでに、二年前に、家族会の活動に専従をされている。ともかくおねいさんを取り戻すまで、そして拉致被害者をすべて取り戻すまでは、自分は絶対にこれをやり抜くという覚悟で、やっておられるわけでございます。

私どもに必要なことは、今最初にいったように、すべての条件は、我々にとってプラスの方向にきております。ただし、プラスが来るときは必ずマイナスがやってきます。そこで我々が躊躇していたら、できない。増元さんが先頭に立って、活動しているように、今必要なのものは、絶対に取り戻すという決意と気合いでございます。

今日は短い時間ではございますけれども、そういうことをお話ししていければと思っております。

以上で私の基調講演は5分で終了いたしました。
このお三方、一人で一時間でも二時間でもほっとけば話す方でありますが、まさか、基調講演よりも長い時間しゃべるということはないであろうと思います。その辺ご十分理解いただきまして、出来るだけたくさんの回数やり取りをしたいと思っております。
という難しいところで、まず松原議員から、お願いします。

◆ 松原仁民主党衆議院議員

こんばんは、ただ今ご紹介いただきました、松原仁でございます。荒木さんから、あらあら、お話があったとおりでありまして、政党は民主党に属しておりますけれども、今回の安倍内閣が安倍さんの前任だった内閣に比べて遥かに早く、そして実効的な施策をこうじられるのではないかというふうに期待をいたしております。それは、今荒木さんがおっしゃったように、今日の安倍さんが、日本の総理大臣になる、その大きな原動力になったのは、彼が拉致問題に毅然たる態度をとってきた、このことが高く評価されたんだろうと思っています。

私たちは、従来から、この何年かの間、「なぜ拉致の対策室が作れないのか?」予算委員会でも、しばしば他の委員会でも訴えてきたわけですが、安倍さんになって、即座に拉致対策室もつくられた。そしてさまざまな北朝鮮に対する効果的施策の模索が行われ、また実行が行われている。そういった意味において、安倍さんの内閣で拉致の問題が解決ができなければ、これは他の内閣ではできないというふうに、それくらいに私は思っております。

しかし自民党というのは大変に幅の広い政党でありますから、中には「そこまで、北朝鮮をやるなよ」というふうに言うような反対勢力も存在しているわけであります。私はその時には、民主党が、或意味では、そういった自民党の中において、拉致の問題の解決に、竿を差すような勢力に対して、安倍さんに対して「もっと頑張らなければ、我々は、安倍さん、貴方に対して、もうちょっとがんばれよ、という叱声をあたえますよ。」という事を言いながら、更に拉致の問題に対して安倍さんが動くように私は民主党の中で頑張っていきたいと思っております。

しかしながら、実際に
どのようにして、この問題を解決するのか?
どのようにして、横田めぐみさんを取り返すのか?
どのようにして、他の拉致被害者を取り返すのか?
どのようにして、更に特定失踪者と呼ばれる私たちが少なくとも日本の国家として認定していない拉致被害者を取り戻すのか

これが大きな課題であります。

結論を言えば、こういった問題の解決というのは、誘拐された人たちを取り返すだけでは、当然不十分である。
誘拐した人間をとっつかまえて処罰をしなければ、こういった案件は解決したと言えないのは当たり前であります。
そのためには、誘拐した当事者は、金正日その人でありますから、彼をつかまえないかぎり、私は本質的に拉致問題の解決はできないと、このように思っております。

また、誰が拉致されたか、実際北朝鮮のこの体勢が或意味で崩壊しないかぎり、私は明らかにならない(と考える)。チャウセスクのルーマニアにおいてもそうでありました。従って、最終的なところ、最終的もなにも、拉致問題の解決は、この金正日体制の体制をいかにして崩壊させるかというところ、本音の部分、本質的には、それを目指していかなければならないだろうと思っております。

当面、民主党としては、前回も拉致対策本部を開催いたしましたけれど、いわゆる特定失踪者を政府認定の拉致被害者にどんどんと繰り入れていくということを強く国会の中に於いて、これを要望していこうと。

もちろん安倍さんにしても、その(認定拉致被害者の)後ろの何人かは明らかに、特定失踪者、これは拉致被害者に間違いないと思っている人はいるわけでありますから、彼自身も、民主党から、そう言った声が大きく上がることは、彼の決断にとってもマイナスにならないというふうに思っております。

今、すでにお話があったように、北朝鮮が核を使うというような話がある。彼等は更に国際的に孤立し、少なくとも、六カ国協議において北朝鮮の肩を持ってきた中国にしても、韓国にしても、もはや北朝鮮をかばえない状況になってきている。
私は、このチャンスに乗じて、我々日本が特に外国の世界に於いて、北朝鮮に対する包囲網を作り、そしてアメリカとの連携を強くして効果的施策をとり、最終的には、どうやってこのレジュームを変えていくのかということを、(これは・・ですが)政府部内で考えていただき、解決に向かって努力するように、そのためには、私たちはまさに、政党を超えて応援していきたいと思っております。

以上です。

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この集会は、9日、北朝鮮が、第一回目の地下核実験を行う前日、10月8日に行われたものです。8日は安倍首相は、中国滞在中。 

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2006年10月27日 (金)

藤沢集会(12) てんびん座代表挨拶

『森木エリ子 劇団てんびん座代表の挨拶』

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皆さんこんにちは。(拍手)
ただいまご紹介を頂きました、私、鎌倉の劇団てんびん座の代表の森木と申します。

去年の8月ですか。
まだこの事件が解決していないと言うのをいつも繰り返し繰り返し新聞で読んでいたんですけれども、また秋になって冬になって今年も暮れてしまう、と思ったときに何して良いんだろう?
その時新聞を読んで一喜一憂して、全く関係ない私はメッセンジャーにもなれないという思いがして、とってもジレンマに陥っていたんですね。
でも皆それぞれのやり方で表現が出来るんじゃないか?
例えば歌が歌える人は歌を歌えばいいし、井戸端会議でも良いんじゃないか?
このことに関心を寄せ続ける事が大事なんだなぁと思ったので、私が出来る事はなんだろう?と思ったらお芝居しかなかったのでお芝居をやりました。

その時にたくさんの方が観にいらしてくださったんですけど、とっても嬉しかった事はアンケートに「私の出来る事はなんでしょう?」と書いてあるんですね。
あぁこれなんだなっていうふうに思いまして、そのまんま8月の公演、再演しました。
突然でいろんな条件も違っていてとっても大変だったんですけれども、本当にそれこそそのときは劇団員一同で、何もかも投げ捨てて一生懸命やったんですけれども。
そのときはお盆で、しかも急に6倍の広さの劇場しか借りられなかったので大変に苦しい経営となりましたが、やはりいらしてくださった方々がたくさんいらっしゃってね。
こんな事を仰いましたね。
後からメールとか手紙で一杯来るんですけれども。

「初めね、私は拉致の事は知っていると思いました。
ニュースなんかで見て嫌だった。
私だって苦労してるのよ。
夫と辛い思いをしたり、子供はグレちゃったり、明日の事を考えたり、立身出世や家を建てる事を考えたり、私は私なりに必死になって今日まで一生懸命生きて来て、なんでここで人の苦しみまで知らなければならないんですか?
私はざっと知っているから、それは大変ですね、と思ってます。
でもこれ以上知るのは辛い」というような事で、「知りたくないのよ。どうして勧めるの?」

と言う言葉を公演前にもだいぶ聞いたんですね。
特に今度の公演はロビーでやりましたので、そのロビーが広かったので、いろんな展示販売が出来ますので、そこで地域授産所の展示販売をしました。
私たちはいつもそうやって障害を持った方々が、そこで何か作ったものの売ったりする場所を提供してね。
やって頂いているんですけども、そのお母さん方が喜んでロビーで展示販売をしてくださったにも関わらず、お芝居にはタッチしたくないと仰るんですよ。

その言葉に驚いて、人間ってこういうもんだなって。
いつもね、うちの子供は障害を持っていてこんなに辛い思いをしている。
それをこの場でね、ロビーを貸してくださってありがとう。
別に売り上げの幾らを下さいって言うんじゃない。
一切無しで貸してくださってありがとう、てんびん座さん感謝しますと言って下さっているにも拘らず、いざ自分がこういう問題にタッチする事は嫌なんです。
皆自分の身に降りかかった事を助けてもらえればありがとうであって、人の身に降りかかった事はちょっと辛いって、私本当にその時しみじみ感じて、あぁ中々世の中進まないんだなって実感しました。

そして例えばこの席にですね。
いろんな拉致の被害者の家族の方々が大勢集まって、新聞に例えば大きく報道されれば人々はもっと集まります。
何倍も何十倍も集まりますね。
横田早紀江ご夫妻が参りますとか、そうすると新聞社の方々も来るんですよ。
それで、大きな集会になるわけです。
それがひっそりとコマーシャルするだけだとこのくらいの人数しか集まらないわけですね。

そうやって人の意識が遠のくと、また新聞社の方でも取材する方でも、あぁこれだけ人の意識が遠のいているならば取材しなくてもいいかなって。
視聴率下がるんだったらばという事で、内容で取材するんじゃなくて、視聴率とかみんなの関心度で新聞記者たちが動きます。
だから私たちはちょっとの事でもきっかけを作って、今皆これだけ関心を持っているんだという事をアピールするしかない、と思うんです。
そうするとまた、総理大臣も放っておけないと思って立ち上がりますね。

安倍総理、絶賛されていたようですけど、ちょっと私個人的には不安なものがありまして絶賛しきれないんですけれども、これはその後の問題という事で期待するしかないと思います。
あの安倍総理のね。
それこそ穴をひっぱたいてですね。
するようになるには、まず新聞記者がばんばん騒がなくちゃならないし、新聞記者がばんばん騒ぐには私たちがもっとこのことに関心を持って一人ひとりの出来る形で声を上げるしかない、と思います。
以上です。(拍手)

・・・集会終了・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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藤沢集会(11)特定失踪者家族の訴え

『特定失踪者家族の訴え』

★大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤隆司さんの兄)

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みなさん、こんにちはです。
私、北朝鮮に拉致された疑いが濃厚な特定失踪者・大澤隆司の兄で、大澤茂樹と申します。
本日私のほかに二家族の、特定失踪者の家族が参加されております。
この中に初めて集会に参加される方も多いと思いますので、簡単に紹介させていただきます。

皆様方から向かって左側のご家族は、昭和51年、お兄さんが電気通信大学2年生のとき神津島に寮生の仲間と遊びに行き、そのまま神津島から失踪した高野清文さんの妹さんの高野美幸でございます。

★高野美幸さん(特定失踪者・高野清文さんの妹)

ただいまご紹介がありました、高野清文の妹の美幸でございます。
今日はご足労ありがとうございます。
今ですね、いろんな方向で拉致が解決の方向を見せているように思います。
ただ、安倍さんが総理になったという事でここで安心してしまうのではなくて、これから本当の解決に向けて私もやっとスタートラインに立った所だと思っています。
皆さんに、言い方悪いですけども穴を叩いていただいて、本当の解決に向けてこれから更にお力をお貸しいただきたいと思っています。

まだ、兄は拉致かどうか分かりません。
分からない人がたくさん居過ぎます。
早く解決する事で拉致かどうかハッキリします。
それをご協力をお願いしたいと思っております。
よろしくお願いします。(拍手)

★大澤茂樹さん

私の隣にいるお二方は、昭和54年、銀行の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、その帰り同僚と別れて最寄のバス停まで来られて、そのバス停から自宅へ戻る間に行方不明となりました寺島佐津子さんのお父さんとお母さんでございます。

★寺島ロクロウさん(漢字表記不明、特定失踪者・寺島佐津子さんの父)

私、戸塚の寺島ロクロウです。
こちらは家内です。
この事件は私たちにおいては本当に悲しい事件です。
一日も早い解決を願っております。
皆様のこれからの一層のご支援をお願いいたします。(拍手)

★大澤茂樹さん

ありがとうございます。
私の弟は、昭和49年1974年の2月の24日に新潟県の佐渡島で、曽我ひとみさん親子が拉致された真野町の現場から7~8キロしか離れていない、トキの保護センターのある新穂村と言うところで、日曜日で寄宿舎の食堂が休みという事で行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、その帰りに突然と失踪した北朝鮮に拉致された疑いが濃厚な失踪者となっております。

今日本政府の拉致の取り組み状況は、先日7月の5日北朝鮮が挑発的に弾道ミサイルを5発も6発も発射して以来何の拉致問題の進展はございませんが、今北朝鮮の核問題を世界中の国々が核の実験と核武装を断固阻止しようと包囲網を作りますと、我が日本政府はこの拉致問題を解決するいいチャンスじゃないかと思っています。
ありとあらゆる手段を用い、一刻も早く解決して頂きたいと思っています。
安倍新政権が誕生され、先ほど飯塚副代表の方からもご説明がありましたが、首相自ら委員長となる拉致問題対策本部が発足され、私は拉致問題の解決を大きく期待しております。

先ほどまた、副代表のお話を聞いて更に私は安心を致しました。
安倍さんならきっと私ども特定失踪者を含め、すべての拉致被害者を解決していただけるものと私は確信致しております。
それには更なる皆様方のお力で、日本政府に応援して頂かなければならないと思っています。
それをお願いし、私の訴えとさせて頂きます。
どうもよろしくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※文中に紹介のあった特定失踪者の個別情報は下記の通り

情報は全て特定失踪者問題調査会のHPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

★氏名 高野 清文
失踪年月日 昭和51(1976)年7月30日
生年月日 昭和31(1956)年10月31日
当時年齢 19
当時身分 電気通信大学2年生
特徴 中肉、丸顔鼻低い、口は大きい、眉濃い。
失踪現場 東京都神津島村の民宿から
失踪状況 大学寮の仲間と神津島へ行き行方不明に。前日に山へ行くと言っていたため、神津島村の天上山を捜索するが発見できず。同月12日に隣の新島でも若い女性が行方不明になっている。

★氏名 寺島 佐津子
失踪年月日 昭和54(1979)年8月10日
生年月日 昭和35(1960)年7月26日
当時年齢 19
身長 体重
当時身分 銀行員
失踪現場 神奈川県横浜市戸塚区
失踪状況 失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。

★氏名 大沢  孝司
失踪年月日 昭和49(1974)年2月24日
生年月日 昭和21(1946)年6月21日
当時年齢 27歳
当時身分 新潟県佐渡農地事務所勤務
失踪現場 新潟県佐渡郡新穂村
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。当時事務所には50~60人が勤務、うち15~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我さんと違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。北朝鮮製と思われるマッチが漁の前あたりに落ちていたという。平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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藤沢集会(10) 飯塚繁雄さん-2

   『飯塚繁雄 家族会副代表の訴え その2』

ああいった公聴会で拉致の話をするというのは多分初めてと思いますし、これは正式に下院の記録として残り、アメリカの政治の中にもちょこっと入ってくるという確約もあるようですけど、何よりもブッシュ大統領がですね。
会っていただけると言う情報が実はさっき言ったイングランドさんという副長官が漏らしたんですよ。
私びっくりしたんですけども、「あ、言っちゃった」と「ちょっと今日は黙っていて欲しい」という事でですね。
堪えていたんですが、これはもう確定だなということで準備に取り掛かりまして、私たち全員は会えなかったんですけども。

ブッシュ大統領に置かれましては忙しい中我々一般の市民に、日本のしかも外国の市民と直接お話が出来るという事に非常に感激しておりましたし。
それから「お忙しいのに」と言う言葉に対して「私はこの人権の問題を論議する時間が無いほど忙しくは無い」と。
と言う事は、これ名言だと思っているんですけど、この人権問題というのはまず第一番に最優先するんだという事の意識の現われだと思うんですね。
そういうことから今までの対応も非常にてきぱきやって頂きまして、その後のブッシュさんの話でも「私は最近に無く感動をした対面をした」と言うふうな評価もしておりましたけども。
やっぱり我々被害者家族の訴え、本当の気持ち、家族としての気持ちを訴えたという事に対しては、非常にアメリカのトップまで動かすと言う、こういう結果にもなったわけですよね。

これは単に会ったからと言って解決するじゃないんですけど、アメリカ政府、アメリカのトップがそういう思いでいるということを全世界にメッセージを出したという事ですね。
更には北朝鮮に対してアメリカとしてもこの問題は、こんな問題はあってはならないと言う事の強いメッセージを与えたと思うんです。
そういう意味では非常に、いろんな人のおかげでこれが実現したんですけども、活動の経過の途中の成果としてはあったというふうに私たちは感じております。

折角ですからね。
早紀江さんが大統領に出したお話、これは実際の言葉で自分の言葉でしゃべったんですけど、これを文章にしたものを急いで読んでみます。

・・・・・・・・・・

大統領閣下

私の娘・横田めぐみは今から29年前、1977年11月に13歳で中学校からの下校途中に北朝鮮に拉致されました。
めぐみが行方不明になってから、どうしていなくなったのか分からない。
長い長い20年間の苦悩の日々を過ごして参りました。
めぐみが北朝鮮の工作員によって拉致されたと言う情報が入ったのは1997年の事でした。
亡命工作員の証言によりますと、娘は工作船の暗い船底に閉じ込められ、「お母さん助けて!お母さん助けて!」と壁を掻きむしって絶叫し続けて暗い海を運ばれたと言います。

同封しました物は1年半前、偽遺骨と一緒に日本政府に提供された拉致直後のめぐみの写真です。
めぐみは歌の好きな明るい少女でした。
この寂しそうな顔を見て、私は思わず写真をなでながら「めぐみちゃん、こんな所にいたの?どれほど不安だったでしょう。まだ助けて上げられなくてごめんなさい」と話しました。
めぐみたちはまだ元気であちらにいるのです。
子供たちの失われた月日は取り戻せませんが、世界各国から拉致されたすべての被害者たちを助け出し、これからの人生を自由の地で過ごさせてやりたいのです。
酷い人権侵害に苦しんでいる北朝鮮の人々も助けなければなりません。

大統領閣下と米国国民の皆様のお力添えを心からお願い致します。

・・・・・・・・・・

と言う内容のお話を大統領に直接したわけです。
今日はちょっとめぐみちゃんの写真はここには無いんですが、あ、これのあれですよね。
この写真。(後ろのホワイトボードに掲げた写真を見る)

たまたま私たち一緒にアメリカに行った家族のメッセージも写真と英語のメッセージで出しまして、大統領が一枚一枚全部読んでくれたそうです。
市川さん、これは増元るみ子さんですね。
そしてこれは市川修一さん。
それから、そうか、5人しか行きませんでしたのでもちろん私の方も出しましたけども、非常にそういう意味では日本とちょっと違うなと残念ながら思う場面が多いんですね。

それはそれとしてですね。
ようやくこの問題に対する流れと言いますか、非常に去年あたりは嵐の前の静けさと言ってじっと何も情報も入らず何も活動せず来ましたけども、今が嵐の最中だと私たちは認識しています。
例えば日本の総理大臣がトップになって、この問題片付けるというハッキリした意気込みを形に出来ましたし。
それから世界の人たちについても非常にあちらこちらにおいて、この拉致問題を訴えながらこれは世界の問題として人権問題として、解決しなきゃいけない問題ですよというアピールを相当して参りました。
そういう意味では余り時間が多分かからなくて解決の目処がつくのではないか?と私は楽観的な見方をしていますけども。

なにせキチガイ国家ですから、どうなろうと構わないというそういう乱暴な処置をする国なんですね。
例えば一番ハッキリしているのは自国の国民なんかどうなっても良いと、平壌だけしっかりしていれば良いんだという考えとか。
今金融制裁含めて経済制裁、たくさんの制裁を受けて相当苦しんでいる事は確かです。
そうなっていても構わずわがまま言い放題やり放題。
核の実験については、当然これはアメリカと一騎打ちというか1対1で話をするべくカードをどんどん切って来ているんじゃないかと思うんですけど。
こういった問題と拉致の問題とどうやって上手く平行して進めていけるのかな?と言う心配はあるんですけどね。

もちろん核問題についても日本としては相当な脅威でありますから、そういう意味では徹底した北朝鮮のこういった事を止めさせるメッセージ、努力をしていかなければなりませんし。
また逆に拉致問題についてもこれが片付けばあなたたちは支援が貰えるんだと、言うような事もいつかはチャンスを見て言わなきゃいけないし。
ましてや今北にいる日本人を傷をつけたら承知をしないぞと言う事も言わなきゃなりませんし。
逆に日本人を大事にすればそれだけの報酬はあるということもですね。
どこかのラインの中に入れて伝えていかなきゃなりません。

安倍総理、制裁制裁と言う事の一本やりについては他からの意見も少し出てますけども、今はそれをする、北に怒りを示す。
あるいは非人道的な事をやっていれば制裁するのが当たり前、これはどこの国でもそうですけども、そういうようなことも含めて制裁はするとハッキリと言っています。
ましてやこの核実験なんかすればですね。
これは日本だけではなくて各国から相当な非難を受けると思いますし、日本は隣の国ですから一番怒らなくてはいけない筈ですよね?
そういう面ではかなりの強い制裁があるんではないかと思います。

ですから私たちはそれを見守るしかないんですが、家族会の今年の方針としても更なる制裁をという事で世論の盛り上げを図っていこうと。
それからもう一つが先ほどから話に出ています国際世論にどうやって訴えていくか?
更に訴えて行こう、こういう動きがあります。

それからいろんな法的な措置がここのところどんどん進んでおりますけども、そういった北朝鮮に対する適正化の問題でそういった法律が出来る。
そういったこともきちんと援護していきたいと、いうような形で今後も活動としては余り変わりは無いと思いますけども、このアピール活動は今後も続けて行きたいと思います。

しかしながらですね。
非常に申し訳ないんですけど、横田夫妻がですね。
非常に疲れているんですね。
もう気の毒なくらい疲れているんですよ。
ただ、こういう場所で「私は疲れています」と言えないじゃないですか?

ホッと終った後ね。
私たちいつも仲間ですから話をするんですけども、「手が上がらない、肩が痛い、歩けない」というような話もしているし、当然ながら皆さんも感じていると思いますけど、もう73歳と70歳ですからね。
全国津々浦々飛び回るのは、もう段階としては良いのではないかと。
後は私たち若い、私も若いったって私も68ですけど、他の人たちが手分けをして全国を回る。
あるいはアメリカへ行く、ヨーロッパへ行く。
そういった事を担っていこうと言うふうに覚悟はしていますけども。

とにかく長過ぎますよね、この問題の解決の期間というのは。
ですから長いから長いからいろんな問題がちょこちょこちょこちょこ出て来るんですよね。
だけど私たちの願いはあくまでも一つ、家族を帰して欲しいと早く、それだけですから。
あまり問題を複雑化したり情勢分析をしたり経済的な勉強をしたりと言うのは、当然私たち一般の国民・市民ですから出来ませんが。
ただ願いは早く返して欲しいと、これだけですね。
そういう気持ちを安倍さんは良く理解していただいて、多分この間は涙を流したと思いますけども。

私たちこれから皆さんと共に戦いながら期待しながらまた頑張って行きたいと思いますので、またご支援のほどよろしくお願いします。
どうもありがとうございました。(拍手)   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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藤沢集会(9)飯塚繁雄さん-1

『飯塚繁雄 家族会副代表の訴え その1』


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どうも、皆さんこんにちは。
今、司会の方からご案内のあったように私も被害者家族の一人として、八重子のこの最後の写真、これを最後にもう29年も顔を見ていないんですね。
もちろんこの子供が1歳だったとき連れて行かれたんですけども、その耕一郎はですね。
未だに母と呼べない、田口八重子さんって言ってるんですよ。
非常にそういう事を聞くと私も胸が詰まってしまうんですけども、これはもう仕方が無い事実で、抱かれた事もない叱られた事もない抱っこされた事もない、記憶のない人をね。
そうだそうだと言ってお母さんとは呼べないと、そういうことでは非常に気の毒なんですけども。
もう成人になりましたし一緒になってこの問題に対して取り組み、挑戦するんだと言う強い意思の元に今必死にやってますけども、非常にこれは悲劇ですね。

他の家族の方皆そうですけども、一番人生の大事なときに北に連れて行かれてしまったと。
これはもう取り返しのつかないことで帰って来てもですね。
日本にいたときのすべてが取り戻せるか?と。
いわゆるその、向こうに20何年いれば感化される部分も知らず知らずあると思いますし、そういった心のケアだとか、それから経済的な援助だとか、そういった生活を含めてですね。
これからも大変、先に苦労が待っていますという事なんですけども。
私たち、こういう境遇の人たちが集まった家族連絡会というのがありますが、これは全くその家族を拉致された本当にかわいそうな家族なんですね。
こんなに皆さんの前に出て、皆さんの理解を高め支援を頂き活動をしなきゃいけないのかと言う事にも考えとしてはなるんですけども。

先日安倍総理が決まりまして、組閣を始めてそれが決定して3日後にすぐですね。
私たち家族会・救う会の役員の人たちと会いたいと、今までなかった事柄が突然出て来まして私たちもびっくりしたんですけども。
そういう中で安倍さん、以前官房長官時代からこの拉致については物凄い強い態度で行動して参りましたし、それの続きと言っては何ですけども、総理になってからもそれは全然ぶれてないと。
ハッキリと日本人拉致問題は自分の責任において解決させるんだという意識が、ありありと見えてますね。

とにかく、総理になってもやる事が早いんです。
この対策本部を作ると言う事自体も前々から考えていて、自分が総理になったら即それを設置するという事で、我々に対して説明がありました。
対策本部長に総理大臣がなると言うのはかつてない事なんですね。
ですからそれだけにこの拉致の問題というのは、非常に日本の重要課題として、最も基本的な人権の問題として政府としては責任を持って取り組まなければいけないとそういう強い気持ちが、今回の表れだと言うふうに私は感じております。

対策本部の組織図を早速もらったんですけども、もちろん総理大臣が対策本部長。
それで官房長官は官房長官という役割の中に拉致問題対策をやれという、直結した指示を持っています。
それからこの下に事務局長というのがあるんですけど、これは総理大臣補佐官、いわゆる前の中山参与です。
この人は24時間拉致の問題専門に仕事をすると、24時間てちょっとオーバーですけども、専門にこの仕事をすると。
この事務局長の横と下にですね。
それぞれ幹事会と言うのがありまして、これは関係省庁全部の大臣ならびに局長クラスが入って幹事会を開いて拉致問題に対する取り組みも考えていくと言うそういう幹事会です。

今、これが出来る前は「拉致問題特命チーム」と言うふうになっていましたけども、それと同じなんですがもっともっと力をきちっと固めて行きたいと。
その下に更に分科会がある。
それから事務局長の下に次長といいますか、内閣副官房長官補が当たるということです。
それから更には今情報の問題がたくさん出ていますけども、情報担当次長として内閣情報官をここに当てる。
で、その下に今私たちがお世話になっています連絡調整室と言うのがあるわけですけど、多分ここが窓口になって我々とタイアップしながらいろんな情報交換なりあるいは報告なりをしていくと。

で、更にですね。
情報室というのがありまして、これは今まで情報が錯乱していてですね、何が正しいのか?どれが信憑性があるのか?と言うのが分からない。
要するに各省庁単独でやってますから、これを一本にまとめて警察庁も含めてですね、当然。
この本部として情報をハッキリと掴んでいくと。
もっともそれによってどう活動するか?どう動いていくかを決めたいという事ですね。

後は制作企画室と言うのがあって、例えば日本の政治の中にこの問題をどうやって組み込ませて、皆さんと協力しながら解決していくのか?と、言うような事でですね。
錚々たるメンバーなんですよ。
私初めてああいったテーブルに着きましたけども、総理大臣を初め塩崎官房長官、それから各担当の副大臣、それから外務省の面々、それと中山補佐官含めてですね。
この問題に対する直結したメンバーをずらりと並べて私たちと話が出来たんですけど。

ですから先ほど誰だか仰ったようにこの問題を片付けると言う形は、要するに組織は出来たと。
しかしながらその組織は今までに無いような最高レベルのね、組織だと言うふうに私は感動しました。
私もちょっと発言の中でいつも官邸に行くときは、不安な気持ちとか不信な気持ちとかでどうも冴えなかった状態で入って来たんですけど、今日は爽やかな気持ちでここへ来る事が出来ましたと、いうふうに言ったんですけども。
まずその面会の場と言うのは本当に今までに無い確たるものだという事で、私たちも自信を持ちました。

だとすると完全にやってくれる総理大臣以下、対策本部があれば私たちあんまり動かなくても良いんじゃないか?と。
すべて任せ切ってですね。
家で待っていれば良いのではないか?という話もありました。
半分冗談かもしれませんけども、それだけ期待できる組織である事は言えますね。
総理の方からは、いやそれはちょっとという事で、やっぱり皆さん救う会の人たちも含めて世の皆さんにこの問題を一緒になって戦って行こうという事を、出来ればアピールして頂きたいという話がありました。

その後ちょっと感動した場面がありまして、4年前の9・17の日。
5人の方が帰ってきてタラップから降りて、留守家族と抱き合ったシーンが未だに頭から離れない。
早く早紀江さんがめぐみちゃんを抱きしめて迎え出るという事を夢見ていると言うか、実現させたいと。
その時に私も初めて見たんですけども、声が詰まって涙を流したんですね。
総理大臣のああいう姿を見たのは初めてなんですけども、それだけに形も心もやる気満々と言う感じですかね。
もちろん発言もそうですけども気持ちもそうだと、言うふうに強く感動しました。
そういったことで皆さんに報告がてら、詳しい人員はですね。
後ほど発表があると思いますけども、とにかく今までに無い強力な組織でこの拉致問題を取り組んでいくんだという事で、ご報告をしたいと思います。

今日は国際連帯というテーマと聞いていますけど、皆さんにまだご報告はしなかったかと思うんですが、私も4月の25日から1週間、訪米しましてワシントンへ行きました。
その時皆さんすでにご存知のように、横田早紀江さんと一緒です。
行く前まではブッシュ大統領とまさか会えるとは思ってなかったんですね、もしかしたら、と言う程度で。
向こうへ行って日が経つにつれて、そういうブッシュさんと会えるという情報がちょろちょろちょろちょろ漏れてくるんですね。

実は私アメリカの国防総省、ペンタゴンて言いますけどそこのそのときにいたトップと、イングランド副長官と会いまして、家族会、その時参加された家族と話をしてですね。
こんな偉い人と普段会えて話も出来ないんですけど、非常に身近でですね。
目を見てしっかりと話を聞いてくれて、しかもこんな拉致なんて絶対に許せないと言う気持ちでですね。
対応をして頂きました。

この日ですね。
ペンタゴンにいるすべての高官をすべての行事を中止させて全部集まれと。
ですから太平洋総司令官とかね。
それからちょっと忘れましたけど肩書きが物凄い、ずらっとした人たちが座っていまして、私たちの話を熱心に聞いてくれました。
そういう場面とですね。

メインは横田早紀江さんがアメリカの下院でですね。
正式に公聴会という事でこの拉致問題を訴える、これが一つの大きな目的で行ってきました。
このときはまだブッシュさんに会えると決まっていませんでしたけど、この公聴会に訴える文書の内容をですね。
夜中の1時2時まで詰めて、ああいう場面ですからきっちりと時間内に終らなければいけないと、言う事も含めてですね。
何回も練習したり文を直したりしてやっていました。

それを当日ですね。
通訳、向こうの弁護士のスーザン・小森さんという人がいるんですけども、この弁護士さんが通訳して頂きまして本当に感動、私英語は良く分からないんですけど、単に直訳じゃなくてこれを早紀江さんの気持ちまでも通訳して言葉に表したと言う、そういう何か感動した場面がありましたし。
それだけに委員の人たちも非常に熱心に聞いていて、頷いていたという場面があります。

・・・その2に続く・・・

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2006年10月25日 (水)

NHK短波ラジオ国際放送問題に見る詭弁・極めつけ

NHK短波ラジオ国際放送問題に見る

  詭弁・極めつけ         閑居 投稿日:10月19日(木)

総務大臣がNHKの短波ラジオ国際放送で拉致問題を重点的に扱うよう命じることを検討したい旨を発言したのに対して、様々な批判が紹介されたが、批判の多くは、詭弁や極めつけから出発したもので、詭弁や極めつけに気づかない人々を政府批判の方向に誘導しようという意図の見え透いたものである。そのことを実例に即して説明したい。

(1)朝日新聞社説:冒頭に「NHKは報道機関だ。国の宣伝機関ではない。そんな当たり前のことを」とある。総務大臣がどういう放送を命令するかも不明な段階で「総務大臣が国の宣伝を命令しようとしている」と極めつけているのが、そもそもの大間違いである。仮に総務大臣が拉致事件特集のようなものの放送を命じたとしても、それを国(政権)の宣伝と捉える心根が捻じ曲がっている。拉致事件について国際的理解を深めて解決に役立てたいという意図に発する命令と解釈するのが素直な解釈であり、そう解釈するなら、命令に反対すべき理由は思い当たらない。

(2)音好宏・上智大文学部助教授:「総務相の命令で特定の政治的な問題について放送することになれば、メディアの編集権の独立を侵食することにつながり、大きな問題」と言っているが、「拉致問題」を「特定の政治的な問題」と極めつけているのが、そもそもの大間違いである。拉致問題は人権問題または安全保障問題であり、拉致被害者を救おうという政府・国民の行動は、政府として国民として当然の行動であって、どちらも「政治的」というような形容をすべきものではない。保守政党や右派が拉致被害者救出運動の主体となっている現状を捉えて「政治的」と言うのなら、なおさら間違っている。革新政党や左派が拉致被害者救出運動に率先して取り組んでおれば、今とは違う状況になっていただろう。革新政党や左派は、反米・反日の裏返しとしての親北朝鮮や共産主義・社会主義に束縛されたがために拉致被害者救出運動に率先して取り組めなかったのだから、拉致事件については、革新政党や左派の方がむしろ極めて「政治的」なのである。

(3)服部孝章・立教大学教授:「政府による放送内容への関与は、放送の不偏不党、表現の自由をうたった放送法1条の理念に反する」と言っているが、「総務大臣の命令は一党に偏ったものである」と極めつけているのが、そもそもの大間違いである。(2)の例と同様の間違いである。

(4)津田正夫・立命館大学教授:「政府が特定の放送を命じるなどということを許容したら、NHKは報道機関というより、プロパガンダ機関、国策放送に堕してしまう」と言っているが、これも(1)と同様で、「総務大臣が政権・国策の宣伝を命令しようとしている」と極めつけているのが、そもそもの大間違いである。

この他に(1)~(4)に共通して見られるのは「一般化・拡大の詭弁」である。つまり、総務相は「拉致についての放送を重点的に」と、特別な問題について言っているに過ぎないのに、「一旦そんなことを許せば、どんどんエスカレートして命令が下されて、いずれNHKが政府与党の宣伝機関になってしまう」というように問題を拡大・一般化して反対をしている。そういう論は、事態がそういうように推移するという蓋然性が非常に高く、またそれを阻止することが非常に困難だというのでなければ、単に不安を煽って他人を動かす扇動に堕してしまう。

人を教える立場の大学の先生がこういう間違った論を行なうというのは、本当に困ったことです。
皆さんはせめてご自分の子弟がこういう先生のゼミに入ったりしないようにご注意ください。

蒼き星々メインボードへの閑居さんの投稿より

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反戦・平和・反核運動家の声明を笑う

  投稿者:閑居  投稿日:10月25日(水)

   北朝鮮の核実験に対して、反戦・平和・反核の運動団体や個人が声明や意見を相次いで発表した。その幾つかは

AML(http://list.jca.apc.org/public/aml/2006-October/date.html)で読むことができる。
どれもさすがに、冒頭で北朝鮮の核実験に反対を表明している。それに続けて書かれている論の内容も、その基になる主義・理想も、おおむね肯定することができる。
ただし、「拉致事件がなかったとしたら」という但し書きつきで!!
つまり、彼らの論はどれも、拉致事件を無視しなければ肯定できない論なのである。
彼らがそういう論を大威張りで述べられるのは、彼らが拉致事件を無視しているからに違いない。無視していることに何の後ろめたさも感じていないからに違いない。
拉致事件が緊急に解決しなければならない重大な問題であると認識し、この問題に誠実でありたいと思う人なら、彼ら反戦・平和・反核運動家のような論は、とても行なうことができない。

なぜなら彼らはたとえば、「核問題を解決するために、日朝国交締結に向けて話し合いをせよ」と主張する。「日本が国交交渉を拒んでいる」と日本を非難する者もいる。
ならば私は彼らに「拉致事件を解決せぬまま国交締結せよと言うのか?」と問いたい。自国民がまだ現に囚われているのが明白な国と、やすやすと国交を締結していいわけがない。
しかも、日本政府は国交交渉を拒んではいない。国交締結のためには拉致事件を解決することが必須の前提条件であるのに、北朝鮮が「拉致は解決済み」としているために交渉が停滞している、というのが事実なのである。
小泉訪朝以前にも日本政府は交渉の座に再三ついてきたが、日本側が「行方不明者」の問題を出す度に、北朝鮮側が座を蹴ってきた。その経緯は外務省のサイトに記して在る。
彼ら反戦・平和・反核運動家は、こういう経緯・事実を直視すべきである。

彼らはまた、「核問題を解決するために、米国が制裁を解除し、二国間交渉を受け入れよ」と主張する。
ならば私は彼らに「二国間交渉で核問題が収まって、拉致問題はどうなるのか?」と問いたい。
アメリカ・中国・ロシア・韓国・北朝鮮にとって、北朝鮮問題はすなわち核問題である。しかし、日本にとってはそうではない。
拉致問題を解決したいという日本の立場に立つなら、アメリカが二国間交渉を拒んで北朝鮮に制裁などの圧力をかけ続けていることは、むしろ好ましい。
彼ら反戦・平和・反核運動家は「制裁は最終的には戦争に行きつく」と言って制裁に反対するが、戦争と平和の二極端しかないかのような論は可笑しい。戦争と平和の中間には、無数の可能性があるのである。
現に、米国はずっとずっと以前から北朝鮮に経済制裁をしているが、まだ戦争にはなっていないし、ブッシュは「悪の枢軸」発言などで金正日に大圧力をかけたが、金正日は戦争を起こすのではなく怯えて日本に取り入ろうとして拉致を白状し、それで拉致問題に風穴が開いたのである。
前回の核危機の際には、クリントン政権は武力行使を検討したが、直ぐに全面戦争になって多数の犠牲者が出ると分かって、武力行使を思い止まった。
彼ら反戦・平和・反核運動家は、こういう経緯・事実を直視すべきである。「戦争になる」と煽るのは止めるべきである。

戦争のない平和な世界。そのための核兵器廃絶。それは、誰も反対しない、誰も反対できない、高邁な理想である。
だから反戦・平和・反核を唱えていれば、誰にも後ろ指は指されない。
しかしそれも、金正日が拉致を白状した日までのことである。
金正日の拉致白状により、日本国民は、外国によって侵害されるという現実を突きつけられた。
日本の国も国民も、遠くの理想を追うだけでなく、眼前の現実問題を解決するよう迫られているのである。
現実を突きつけられた国民の多くは、国家の使命・役割や安全保障の重要性や日米安保条約の意義に覚醒した。
覚醒した国民は、反戦・平和・反核運動家が実は眼前の現実問題を無視して遠くの理想を追うだけの裸の王様か、さもなくばアメリカや日本に抗うことが目的の似非反戦・平和・反核運動家であることに、もう気づいてしまっているのである。

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2006年10月22日 (日)

藤沢集会(8) 山田文明氏-2

   『山田文明 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会代表の講演 その2』

更にそこに加えましてですね。
少なくない人々がそれ以上の課題を抱えている。
それは北で、大変な目に遭って来ているという事です。
想像出来ないような目に遭って来ています。
また、中国へ出てからもいろんな目に遭って来ているという事です。

それは何度も売られたと言う経験のある方もあれば、「自分が売られたのは自分の両親が逃げるお金欲しさに自分を売ったんだ」というふうな思い込みをしてですね。
家族に対する激しい恨みの心を持ったままの人たちもいるのです。
現実にそうなんです。
で、親御さんはですね。
自分の子供を助けてやれなかったと言う罪の意識を持っています。

そして、いろんな拷問を受けた人も少なくありません。
その拷問の恐怖がときに甦るんです。
そして極端なうつ状態になります。
向こうではいろんな事を言う、言った事が罪に問われたりいろんな事になりますね?
ですから物凄く神経を使うんですね。
日本に来てですね。
思っている事をどんどん言っても構わないという、この事さえ理解してもらうのに1年くらいかかったりするんですよ。
ですから日本に入られてから、一応安定した精神状態で日本社会での生き方について安心感を持ってもらう。
これに数ヶ月から1年かかるという事ですね。
どんな目にこれまで遭って来られたかによって個人差があったりしますけれどね。

その間においてはですね。
予想外の事が起こったりします。
考えられない行動をされたりする場合もある。
しかし、1年ほど経てばですね。
日本の中での暮らしと言うものが理解でき、少なくとも自分が突然理由も無く捕らえられるとかですね。
収容所に放り込まれるとか、そんな事は無いんだと言う安心感を持ってこられます。
そうするとずいぶん落ち着いてこられる。
ですからそういう期間をですね。
考えてあげて欲しいと言う事なんですね。

もう日本に来てですね。
非常に一生懸命仕事をして自立されている方も多数あります。
若い人たちの場合ですと、本当に性格も素直な良い子が少なくありません。
一生懸命頑張ってくれます。
ですから日本に受け入れて、決してそれがですね。
日本の社会のお荷物になるとか、そんな見方をする必要は全く無いと私はこれまでの経験から考えています。
最初のケアがいる。

特に日本に到着されるまでのときは、やはり多くの大変な経験の中でそこから逃れてしっかり生きていくんだと、その為にはどんな事でもする。
その途中命がけで来たんだと言う決意があります。
その時にその決意の時にしっかりまず日本語に取り組んでもらい、職業に就くという練習をしていただくと言ますか、そういう機会が必要だと。

韓国の制度を悪く言うつもりは全くありませんが、韓国は非常に手厚く脱北者を保護しています。
国内に入った場合、3年間は簡単に言えば働かなくても生活できる状況を作ってくれます。
住宅も用意してくれます。
そうすると3年経った後、みんな自立をして仕事をしてくれるのか?と言うと上手くいってないのです。
それはやはり3年間、安心しきっちゃう。
仕事をしなくても暮らせる状況が続いちゃうという事ですね。
そして職業経験の無い人がそういう状況になるために、3年経ってから仕事をしろ言われても、定着出来ないですよ、仕事にね、入れない。

だから、もっと仕組みは考える必要がある。
私は日本でそういう手厚さはいらない。
むしろ最初の期間だけ支えてあげる。
そして仕事がどういうものかを経験していただく場所をたくさん作って欲しい。
これは企業にお願いするしかないと思います。

その時、雇ってですね。
全部そこで仕事をしてもらうと言う考えじゃなくして、1週間で辞めちゃうかもしれない。
それでいいんだというつもりです。
会社に役立つ仕事をして貰えないです。
そこを耐えて欲しいと思っているんですね。
ですからむしろ、補助するのはご本人じゃなくて雇ってくれた企業に給与保障をして欲しいと思っています。

そして日本での会社の仕事はこんなふうなんだと言うのを1週間で辞めてもいいから、いろんな所でとりあえず経験してみる。
そんな中から職業経験というものを少しでも持ってもらう。
職業意識をしっかり持ってもらって本当に勤めるところを、健康になれば気持ちも安定すれば勤めていって貰うという事ですね。
そういう仕組みがあればですね、良いのではないか?
例えば、そんな事を考えております。

現在、その他の方では日本から北に行った在日のコリアンの方の娘さんが一人、それから娘さんとそのお兄さん、兄妹ですね。
兄と妹さん、この二組が今直接私どもの関係で助けて欲しいんだ、日本に行きたいんだと言う連絡が来てます。
日本国籍者でもないし、元日本に住んでいた人でもない。
そのご家族だという事で、どう出来るか?
政府にも今お願いをしているところです。

だた、この事例で私たち初めて経験したと言える事がある。
それはこの二組のご親族です。
お兄さんと妹さんのご親族は、「ともかく日本に来れるようにしてやって欲しい。日本に来れば私たちが全部後はやります、親族で」
こういう、これは当たり前だと思われるかもしれませんが、そんな事例は無いのです。

もう一人のお嬢さん、娘さんについて連絡を取っているのはおじさんに当たる方ですが、当初少し戸惑われました。
何とかしてやりたい、いう事でありましたが親族ともいろいろ相談したけれども皆いろんな事情がある。
すぐに皆意見はまとまらないというような事でありました。
しかしその後また経過が来て電話を頂きました。
「自分たちの方で引き取る。そして自分たちの方でも相談して、住む所やいろんなことも準備できた。日本人のあなたがこういう問題でやってくれるなら、私たちもやります」
と言って下さいました。
それに加えてですね。
「他に4~5人なら自分たちの方で引き受けて、住む所も用意出来るようになりましたから」
こんな事まで言って下さった。
私たち初めてなんですね、こういう経験はね。

これまでの多くは、「あなたのご親族と言う方が北から出て来ていらっしゃるが?」と連絡をしてもですね。
多くの場合は北に行くときにね。
「あれだけ反対したのに勝手に行ったじゃないか。そりゃ北に行って苦労したかもしれないが、日本で残った自分たちも大変な苦労をしてようやく今まで来ているんだ」と。
「今になって助けてくれ言われたって、そんなことは出来ない」言うふうな事や、日本人妻でもですね。
そのご親族は、こういう経験がありました。
電話をすればね。
「そういう親族がいる事を夫にも言っていない。二度とそんな電話してくれるな」
つまりもういない事にされているんですよ。
そういう場合が多い。

また実際に特に在日コリアンの方の生活を私どもの関係で見てますと、この長期不況の中でですね。
経済的には大変上手く行かなかった方々が多いし、また高齢にもなられています。
そんな関係でですね。
支援したくても出来ないという方も多い。
ですから親族だけの力に頼る事も出来ない、と考えております。
そんな中でこの8月に出会ったご親族の対応は本当に勇気付けられるものであったし、こういう方々がもっと増えてくればですね。
もっともっと脱北者に対する対応も変えられるなと思っております。

今後、脱北者の方々が、まだまだいろいろ出てくると思います。
その方々を日本の関係者であるならば、少なくとも日本国籍者であったりですね。
あるいは日本で定住している人・永住している人の親族であるならば、日本は救うよというくらいの姿勢を日本政府・日本社会は示して良いのではないか?
そして中国へ脱出すれば、そこで新たにまた被害を受けることなく救って貰えるんだという状況が北の中に伝わればですね。
いろんな良い効果も出てくるだろう、そういう希望が北の中に伝わる事が大事だと思ってます。

北の中にですね。
中国に出れば、後は何とか世界のいろんな国が助けてくれると言う、この事実をどんどん伝える事が大事だと私は思っているんです。
孤立はしていないんだという事です。
北の人々もこれまでの話にありましたように、金正日政権の被害者である事は間違いない。
あの政権を支持しているなんてとんでもない、そんな事はもう今では無いです。
ですからその人たちに孤立していない、その事を伝える事、これが大事だろうと思っています。

北の核問題もありますけど、その中での今日の産経新聞にこんな事が出ていました。
北の方の内容のいろんな所からの情報として伝えられる話ですね。
「北の住民の一部では密かに『早く米国との戦争になればいい』との声が高まっている。米国が北朝鮮を開放すると言う意味だ」
もう戦争になってもいいと。
こんないつまで生きていられるかという状況が続くよりも、早く戦争になっても構わないと。
それは決して日本を恨んでや韓国を恨んでや反米からではありません。
この状態を逃れたいということなんですね。
そういう人々に世界から孤立していないと言う事実を縷々伝える。
これは必ず北の中でいろんな変化を生み出すだろうと思っております。

私たちの方は今後出来るだけ早い時期に、再び朝鮮総連を訴える裁判を起こすつもりでおります。
これは9万3千人、帰国事業で北に送っていた、このときの言葉が「地上の楽園」なんです。
本当にそう言ったんですよ?
徹底的にそういう教育をまたしたんです。
・・・(聞き取れず)を見せたり、いろんなものを見せたりね。
北に帰る人たちに何の準備も要らないと、裸で行ったら良いんだと、全部準備されているんだからというね。
そういう説明をしてたんですよ。
これはね、明らかに虚偽の宣伝であってね、虚偽の説明で人生を誤らせた。
これはもう犯罪だという事ですよ。
この点を裁判でですね。
法的にも判断してもらおうと考えております。

かつて一度やりました、私たち。
キム・ヘイルさんという脱北者で、ただこの人が脱北したのが早過ぎたといいますか、1964年に脱北してたんですね。
で、時効でですね。
最高裁まで行きましたけど、時効だけで終った。
内容の判断をしなかった。
今回は最近脱北して来た日本人妻やその他の人何人かを考えて準備しております。
親族がまだ北にいる人たちなんですよ?
私はそれを心配しているんですが、その人たちがね。
ある日本人妻の方がこう言いました。

日本に来て少し、もう2~3年経つんですよ。
それでも対北の関係で何の進展も無い。
自分の知っている日本人妻やそういう人たちもいるんです。
自分だけひとり助かっているわけには行かない。
自分の子供たちもまだいるけれど、自分は黙っているわけには行かない。

そういうふうに言ってくれました。
そういう、北に残った人たちのためにやるんだという、そういう脱北者や日本人妻の人たちが徐々に出て来ています。
そういう人たちの力で裁判を起こして行きたい。
朝鮮総連の犯罪性をハッキリさせてやる。
同時にそうであるならば、その人たちが日本に来るための対応をするのも、一つの被害者救済として法的にも成り立つのではないのか?という事であります。

そんな形で北に対する人権上の運動が広がっていく事が、大きなやがては流れを作り出すものだと考えております。
そういう点で皆さんも脱北者の人たちに対するご理解を持っていただきたいと思います。
どうかよろしくお願いします。(拍手) 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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藤沢集会(7) 山田文明-1

『山田文明 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会代表の講演 その1』

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どうも、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会というものをいろんなメンバーとやっております、山田文明と申します。
よろしくお願い致します。
救う会の皆様のこういう集まりで、私どもの事も話をさせていただく時間をいただけた事を何より嬉しく思っております。
今日は限られた時間の中ですので、この夏にあった問題を中心にちょっと説明を話をさせていただきながら、その点について皆さんのご理解を得たいと思います。

私ども、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、この名前は元々本来は1959年12月から始まりました日本政府がいう帰還事業、向こうを国とは認めておりませんので帰還事業という言い方になったわけですが。
北朝鮮へ帰るということを希望した在日コリアンの人々、その人たちが北朝鮮に帰っていく。
それを国交の無い国でありますから赤十字社の事業として推進した。
その事によって9万3千人ほどの方が向こうへ渡って行かれた。

その中に、在日コリアンの人と結婚されていた日本国籍者もですね。
大体4600人ほどが子供さんたちを含めて一緒に渡って行ったわけであります。
その中の1300人ほどが日本人妻という立場であったわけでございます。
この帰国事業で北に行った人たちの状況はですね。
とんでもない状況にあるという事をそのご家族から聞き、これは少ししっかり調べてですね。
考えなきゃならんのじゃないか?という事で始まったのが私たちの会でありました。

その後1998年ごろからですね。
脱北と言う問題がクローズアップされました。
その中に帰国者が含まれてきたという事ですね。
そしてその人たちが、つまり中国へ逃げたその後ですね。
何とか救われたいという事で、日本の親族に連絡があったりいろいろする。
その過程で私たちの会にも「実はこんな連絡が来たんだがどうしたらいいんだ?」と相談もあった。
そんな事から脱北者と言う立場の人と関わりを持つようになり、現在かなりの時間・労力をそちらに取られていくというか、取られていると言う言い方はおかしいですが、この問題に関わっているのが実情でございます。

前置きはそれくらいにしまして、この夏、実は二人の日本人妻であった人、あったというか日本人妻ですね。
もう80に近づいたお二人の方が、一人は自分の北朝鮮で生まれた娘さんをお連れになり、もう一人は北朝鮮で生まれたお孫さんを連れて中国まで出てきたと、言う状態の連絡を受ける事になったのです。
そういう状態を把握した。
それでどうするかという事になりまして、少しいろいろ時間がかかりました。
途中、こういう場合はですね。
善意でその人を助けてあげて日本に行けるようにお手伝いをしようという人が少ない。
中国へ出てからですね。
そこで巡り合う人たちの中に現在はかなりいろいろな形のブローカー、お金目的でですね。
関与しようとそれをやろうという人たちがたくさんいるわけです。

ブローカーがすべて悪いとは言いません。
危険を冒しながらもですね。
一生懸命匿い、保護されるまで対応してくれる。
それは事実そうであります。
ですから、これをブローカーはすべて悪いとは決して言えない。
そういう人たちがいなければ救わない人がたくさんいるわけですから。

しかし悪質なブローカーにかかると実際には保護されるのではなく、女性だと売られていってしまうという事例は数限りなくあるというわけです。
そういう事例は、PRで恐縮ですがこの中で証言してもらった人、自分も姉さんも妹もみんな一緒に売られていった。
幸い奇跡的に後で合流して、韓国のキリスト教団との連携もあって韓国まで無事に到着出来た人たち、その人たちの信じられない話などが出ております。
こちらにお任せいたしまして、そういうブローカーとのつながりを何とかつけながらですね。
その場合一定の費用もかかるわけです。
確かに匿ってもらうにはお金もいる。
本人たちはお金がありませんから、そうするとどうしようかという事になり、いろんな工夫をしていくわけです。
そしていろんな経過を経て安全なところで保護していただくと、そして日本に入国されるのを待つという事になります。

安全なところに保護されると言うのが、いくつかの場合がございます。
ひとつは日本の領事館・大使館に保護されると言うところまでいくという事ですね。
かつてはそれが非常に困難、出来なかった、そういう対応が無かったときは、ベトナムを経由したりしながら遠いですとタイまで、あるいはモンゴルまでというようなルートを経ながらですね、第3国まで出る。
そこで初めて日本の領事館・大使館に、日本の関係者であるからというようなことで対応をしてもらっていたわけですね。
いろんな事があったわけであります。

この度の日本人妻とお二人の娘さんお孫さんは今安全な所にいます。
中国がどんな対応をしてくれるかによって、後どれくらいで日本に入って来られるかどうか分かりませんが、ひとまずは安全、と言うところまで来た。
で、この人たちが日本に着いたとき、どうなるか?ということなんですが、日本に到着するまでは政府の関係の方がきちっと届けてくださるんですね。
日本に着いたら空港で、この、どう言いますかね。
空港に出迎えに行きまして、そしてこちらでお預かりするという事になるわけですね。
その約束をまずしておかないといけません。
日本での身元引受人になりますということで、そういう事になります。

そして空港で出会いまして、それからどうするか?と言うのが後は全く私的な問題になるわけなんですね。
空港で出会ってどうするか?と。
今夜どこへ泊まってもらおうか?これから食事何を食べるんか?全部これから始めるという事です。
その時泊まってもらう準備がそれまでに出来ていなければ、ともかくどこかホテルをとってですね。
そこに入ってもらう、そして出来るだけ早くもう少し経費の安く済む所を探すという事になります。
そしてアパートを借りて、その場合当然いろいろな費用が要るわけですけどね。
それは何とかみんなで思案して入ってもらう。

そしてそれから日本に入ってからの在留の資格をどうするか?と言う問題が出て参ります。
とりあえずは臨時のですね、これは密入国ではありません。
きちんと日本政府が認めて入っているわけですが、在留資格がハッキリしない。
そこの手続きをし始めます。
そしてひとまず、そういった手続きが何とかなればですね。
まずしなければならないのは日本語の勉強なんですね。
特に若い人たちにとっては日本語無しには日本での今後の生活は考えられないです。
いかに早く日本語を頑張って勉強していただくか。

それから大体ほとんどの場合が健康を害されている場合が多いんです。
検査を受けていただき、可能な治療ならするという事になります。
今回お出でになる(方の)場合、お一人はまだお元気なんですが、もう一人は体をちょっと壊されていると言う事。
お元気な日本人妻も、これまでの連絡では日本語をだいぶ忘れていらっしゃると言う事なので、日本語の勉強をこれからしていただく事になるかどうか。
まぁお歳によってどうするか、考えなければならないわけですけどね。

お嬢さん、娘さんが40代くらいで、長年の栄養不良から失明状態だという連絡であります。
それは中国に入られたときから、そちらを聞いておりますけども。
じゃ、日本で治療が出来るかどうか?
大体失明と言うのはいったんダメになると回復が難しいですね。
そうすると目が見えないとすれば、今後どうして行っていただくかですね。
まだ若いですから、目が見えなくても何とか生きていけるそういう準備をどうしたら良いかですね。
これもこれまで私ども経験した事の無い形であります。

そういうふうにしてから、今度は何とか自立してもらいたいという事を考えますので、高齢の方やご病気の方は生活保護を頂くしかありません。
地域へ行きまして市の方と相談をいたしまして、実はこういう人なんだという事でですね。
説得し切るしかないんですね。
ともかく出来るだけ自立を早くしてもらうから、その間しばらくだけでも生活保護で支えて欲しいという相談をする。
そんな事から始まっていきます。

で、仕事をしていただく。
これはもう、若い人・元気な人ならそれは必要であります。
ところがここで問題が生じますのは、例えば20代30代40代、まだ仕事が出来る年代であり健康な方であるとしても、北朝鮮でですね。
職業経験が余り無いのであります。
それをご理解いただきたいです。

なぜなら北の多くの職場は崩壊しております。
工場は原料もないし、エネルギーも無い、電気も来てませんから稼動していないところがほとんどなんです。
だから仕事をしていないんです。
それでも出勤するんですよ?
出勤しないと罰せられるんです、捕まったりするんですよ。
出勤して職務と関係の無い事をやるんですね。
ですから決められた時間、きちっと仕事をするとそういう習慣がないわけであります。

それと更にはですね。
仕事をしたら給料をもらえる、これは当前の事ですよね?
北にも給料はあるんです。
だけど北朝鮮の給料は生活できる金額ではありません。
極めてわずかです。
なぜなら向こうは配給によって食料は確保すると言う前提の制度ですね。
そんな給料なんてホンのわずかですよ。
それも現在はほとんど支給されないとかいう現状が続いているわけですね。
仕事をしたら給料がもらえて、給料をもらったらそれで暮らせるんだと言う意識が無いわけです。
知らない、そういう事を。

そういう状況の中でね。
日本のように労働密度の厳しい職場にパッと入って、体力的に耐えて仕事が出来るか?といったら出来ないんです。
職場へ行っていろいろ失敗したりはじかれたり、当然しますね?
叱られます。
もの凄いショックを受けるんですね。
こんな事を言われたと、差別されていると、北朝鮮から来たから差別されるようになったと。
そうじゃないんです。
説明しなければなりません。
日本人だって失敗して職場で叱られたりしながら仕事を覚えていくんだと、それに耐えてもらわなきゃならない。
あなたが特別差別されているんじゃないんですよ、という事を理解してもらわなきゃならない。
そういう時期が必要なんですね。

・・・その2に続く・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年10月20日 (金)

藤沢集会(5) 杉野正治-2

   『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事の講演 その2』

後もう一つ特徴的なのは、これは神奈川県内には見当たらないんですけども、出身の学校、これは非常に不思議な事なんですけど、失踪者の出身校と言うのを調べてみますと同じ学校出身の人と言うのがかなりあるわけなんですね。
450人くらいの中で、およそ300近くのサンプルがあるんですけれども、その中で中学校・高校で同じ学校出身の方というのは実は10組おられます。

後もう一つは大学なんですけども、関西の某有名私立大学、名前出ている事もありますからご存知の方もいらっしゃると思いますけど、そこだけなぜか9名いなくなっている。
非常に特徴的なところ、結果というのが出ています。

あるいは失踪の状況といいますか、言うところでまた特徴的なものがいくつか。
例えば車に乗って出かけてそのまま失踪したというケースがあります。
この中にはですね、車ごといなくなっている人が何人かいる。
事故を起こしたんじゃないだろうか?あるいはどこか、いわゆる蒸発と言うんですかね。
自分たちで家出しちゃったんじゃないか?というのも、他人が見れば考えられるんですけども自ら失踪するとは考えられない。
大捜索をしても車はおろか事故の形跡すら、車の破片もない、いうケースがこれいくつかあるわけです。

あるいはですね。
車を残しての失踪もあるんですけれど、こちらの方はまた逆に変な残り方なんです。
皆さんご存知かもしれませんけれども、福井県の小浜で拉致をされた地村さんご夫妻。
展望台に地村さんの軽トラックが放置されていたわけなんです。
なんですが、鍵を車の運転席のところに引っ掛けてあった。
そういう残り方なんですね。
地村保志さんというのは非常に几帳面な方で、そういった乱暴な止め方をする人では決して無い。
しかも拉致されるんですから、わざわざご丁寧に鍵を引っ掛けておくなんてのも変な話なんです。

そういうことまで考えるとこれはひょっとすると地村さんは、あの展望台で工作員に拉致をされたと本人は仰っておられるようですけども、どうも違うところで拉致をされたんではないだろうか?
拉致をした後に、後か前か分かりませんけども、誰かがあそこに車を置いて偽装工作をしたのではないだろうか?と言うのも十分考えられる。

同じ不審な車の残り方と言うことからすると、例えば非常に車を運転するときはカーステレオをガンガンにかける人なのに、車が発見されたときはカーステレオはボリュームが最小にしぼってある。
本人は外でお酒を買う人じゃないのに、缶ビールの買い物のレシートが残っている。
あるいは水戸でいなくなった人なんですけどこの人は、今警察では車の移動を途中で撮影が出来る。
それの記録なんかを見ると、一晩のうちに千葉県の房総半島の方までずっと下ってきて、また戻ってきて、茨城県内で車が発見される。
本人がどうしてそういう移動をしたのか?全く分からない。
そういうような非常に不審な事件があるわけでございます。

あるいは失踪するときにですね。
いい仕事が見つかったというふうに言い残していなくなった人。

あるいはフェリーを利用した方と言うのがかなりたくさんいらっしゃるんですね。
フェリー乗ったのに降りて来ないとか。
これが拉致だとして考えると、乗った事は乗った。
しかし、落ちたと見せかけるために、あるいは途中で車のトランクか何かに入れて、とそういった事も考えられる事です。

こういったようにですね。
今日はマッピングリストという、こういった事をしていると言う紹介になるんですけども、こういったことを改めて私ども明らかにして近く発表させていただこうと思うんですけども、いずれにしましてもこうやって分かるようにですね。
日本人拉致というのは、非常にこの職業ですとかね。
失踪の形態なんかを見ますと、ただその辺を歩いている人を海岸べりを歩いている人を、工作員が袋詰めにして持っていくと言うだけではない。
おそらくどういう人を拉致をするか?どういう人が必要なのか?いう事を非常に周到に考えて拉致をしていった。

おそらく、これは一番やりやすいのは本人をその気にさせる。
北朝鮮はいい国だ、北朝鮮にひと月くらい行って見ないか?
その気にさせておいて持っていく、と言うのがおそらく拉致をする方からすれば一番楽なんでしょう。
あるいは騙して海岸べりまで連れて行く。
ちょっと旅行に行かないか?
原敕晁さんなんかがそうですね。
そこからは強制です。
中には最初から強制と言うのもあるかもしれませんけども、犯罪者の心理とすれば非常にリスクが高くて少ないんじゃないか?というふうに思っています。
こういった事を中心に私どもは現在も調査を進めております。

しかしながら、残念な事にこれだけでは非常に限界があるわけでございます。
真相究明というのは確かに大事な事なんですが、我々の自己否定になるんですけど、真相究明をしてから政府認定を得てそして北朝鮮に返せと言う。
この順番でやっていると一体何年かかるか分からない。
真相究明をして救出ということではこの問題と言うのは、こう言っちゃなんですけど永遠に解決しない。
逆に言うと救出を先にして、それから真相究明でも良い訳です。

そういった意味においてはこの安倍政権、拉致被害者の救出。
これは言い換えればあの政権を如何にして崩していくか?言う事以外有り得ないと思います。
この集会3ヶ月に一回開かれておりますけども、必ず人権と言う事を冠にして活動をされています。
北朝鮮にとって拉致問題はもちろん重要な人権侵害であります。
であると共にですね。
自国民を蹂躙し、飯を食わせずに、そして迫害をし強制収容所にぶち込む。
この人権問題で我々は攻めていくという事は非常に重要な事であるという事です。

今日はその問題については先ほど宋さんが仰いましたし、この後山田先生からもお話があると思いますけど、この間の通常国会で北朝鮮人権法というのが通過致しました。
これは拉致問題について真相究明をしていくいう事に、脱北者の保護と言う事も書いてあります。
これについては異論のある人もいるんですけど、人権問題で攻めると、北朝鮮を攻めると言う事は非常にこれ重要な事なんです。
北朝鮮にとって非常に怖い事であります。

かわいそうだから助けてあげる。
基本はそうなんですけども、人権問題というのはこれは国際的なルールでありますから、国際的な連携、12ヶ国で拉致被害者がいるということ。
拉致の事だけではなくて、拉致は人権問題で北朝鮮を崩壊に追いやる言う事が、別の意味で拉致問題の解決につながる、いう事を是非皆様もご理解を頂きたいと思います。
以上で私の話を終らせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)

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2006年10月18日 (水)

藤沢集会(4)杉野正治氏

   『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事の講演 その1』

皆さん、こんにちは。(「こんにちは」の声)
今ご紹介を頂きました調査会の杉野でございます。

先ほど来お話にも出ておりますけども、安倍内閣と言うのが先日誕生をしました。
安倍総理自らが拉致対策本部長になりまして、この問題を解決すると言う強い決意を見せられたわけですけども、一言で印象を申し上げればこれでやっとスタート地点に立ったのかな?と。
やっと道具が揃いました。
これからどうやって拉致被害者を取り戻すのか?
まずは拉致被害者、どういった方が拉致をされたのか?

私ども調査会が出来まして、年が明ければもう4年になるわけですけれども、私どものところに今460名の方から自分の家族も拉致をされたのではないだろうか?と、今日も会場の中に御家族が数名いらしておりますけども、460名の方。
警察にはその倍、900名くらいの方が同じようにご相談をされています、と言うふうに伺っています。
この方たちの中であるいはこの方たち以外で、一体どんな人が拉致をされて日本人の拉致被害者一体どれくらいいるんだろうと言う事が、実はまだ分かっていないわけです。
私ども調査会と自分たちで言っておりまして自分たちで調べているんですけども、私たち自身も実は良く分かっていない。
少なくとも100名以上と言う規模で日本人が拉致されているんじゃないか?いうふうには考えておるんですけども、じゃあ一体どこまでなのか?

日本の政府はですね。
これまでは小泉政権の時代、私どもも再三申し上げて来たんですけども、一体日本人の拉致被害者はどれくらいの規模いるのか?どこにいるんだ?と、これを調べて欲しいというふうに申し上げてきました。
しかしながらおそらく分からない事も多いんだろうと思います。
結局それに対する答えと言うのは、未だ明確にはなっておりません。
一体何人拉致されたのか?分からない。

しかしながら今回安倍内閣ですね。
拉致対策本部と言うのが出来ました。
日本には警察を初めとして公安調査庁、それから海上保安庁、自衛隊の中にも情報機関というのはあります。
こういった各情報機関の情報を統合してですね。
日本の国として失踪者にこういう情報があるというのを一括して調べていただいて、一体どのくらいの規模日本人が拉致されているのか?
いう事をまず明確にしていただきたい、いうふうに思っております。

これはこれまで言ってきた真相究明と言う事なんですけども、真相が分かっただけでは実は何もなりません。
取り返さなければいけないんです。
どうやって取り返すか?ということをこれから、これはもう長い時間をかけるべき事ではありません。
今市川さんも斉藤さんも仰いましたように、親御さん、もうかなりご高齢の方がいらっしゃいます。
特定失踪者のご家族でもこの3年半、4年近くの間にずいぶんたくさんの方が亡くなられています。
それを聞くたびに私ども、この問題一刻の猶予も許せないと思って活動を続けているわけでございます。

そこでですね。
本日は私ども調査会、先ほど申しましたように平成15年の初めに設立をいたしまして、これは皆さん私もいろいろな所で話もしておりますしこの集会でも申し上げたかと思いますけども、当初小泉訪朝9・17のとき北朝鮮が拉致を認めました。
その中で曽我ひとみさん、佐渡で失踪されました曽我ひとみさんの親子。
この方は全く日本の政府も警察もみんな拉致だと思ってなかったんですね。
この方たちが実は拉致をされていた、いう事実が明るみになったことから私どものところにご相談がたくさん来ているわけでございます。

その当時かなりのたくさんの方が100名以上の方がご相談を持ちかけられたんですけど、私どもとしてはそれを整理しなきゃいけない。
パソコンなんか使ってデータベースを作っていたんですけど、非常に奇妙な偏り・塊と言いますか、例えば職業ですとか例えば失踪した年代というように奇妙な塊があるという事に感付いたというか、誰でも分かるんですけど。
という事でこういったものを整理して参りました。

最初の頃はこういったものをいろいろ発表しておったんですけども、真相の究明と言う原点に改めて立ち返ってやらせていただきたいと言うこともあって、この9月からですね。
マッピングリストと言う名前で、これは名前適当なんですけどもマッピング、つまり地図を作る意味なんですけど。
例えばここにいらっしゃる市川さんもそうなんですけども、1978年アベックで失踪された。
こういう方っていうのは、アベックで失踪と言うのは実はおられるわけなんですね。

そういった特徴、あるいは後ろの方に私どもの作ったポスターが貼ってある、休憩時間にでもご覧になられたら良いかと思いますけども、例えば1960年代後半、就職の決まった高校3年生が立て続けにいなくなっている。
これは何か意味があるのではないだろうか?
あるいは1991年平成3年、若い女性が立て続けにいなくなる。
こういったものを私どもとしては分類してそしてご提示をしていきたい、というのがマッピングリストと言うのを発表させていただいております。

まだ途中なんですけどこれは今年中にでもまとめてご発表させていただきたいんですけど、例えばですね。
今日は時間の関係で余り詳しくは申し上げらませんけども、例えば年代。
先ほども申し上げましたように1960年代後半、男子高校生が立て続けにいなくなる。
あるいは1970年代中盤から後半にかけて、男子大学生がいなくなる。
今日は高野(清文)さんの妹さんがいらっしゃってますけど、皆さんお聞きになったかもしれませんけども、埼玉の川口でいなくなった藤田進さん、大学生でした。
その直後ですね。
同じ年の直後、高野清文さん、これは電通大の学生さんだったんですけども場所としては外れるんですけども、神津島でいらっしゃらなくなっている、いうような事。

あるいはアベックという事で言えば、1970年代を中心に立て続けにいなくなっている。
ちょっとざっと数えただけですけども、これはご夫妻あるいはきょうだいということも含めれば、この1970年代に11組のアベックが、これは拉致被害者、蓮池さん・地村さんそれから市川さん・増元さんを含めてですけど、そういった非常に特徴があると。
これは年代からいうと、古くから全部が全部拉致されたとは言えないかもしれないんですけど、1950年前後から私どもに来ているリストの中には2000年後まで来ています。

これが拉致だとすると横田めぐみちゃんの名前が出てきた、あれは日本で拉致問題が浮上したその後も、拉致をしていたかもしれない。
我々はまさかそんな最近までやってないだろうと思ったんですが、安明進氏にその事を話したら「そんな事を考えない方が良い、北朝鮮は何があってもやる、必要であれば」と言うふうに申しております。
と言う事からするとかなりの長いスパン、非常に恒常的にレギュラーなサイクルとして、北朝鮮は拉致をやっていたのであろうと言うふうに考えています。

あるいは失踪者の場所という、地域的なものという見方のマッピングも作成しています。
先ほども話が出ました埼玉県の川口市、今日お出でになっています飯塚さんの妹さんの田口八重子さんも、ご実家は川口市であります。
この川口ではかなりたくさんの人の失踪がある。
それぞれ非常に拉致をした可能性が高いと思われる方が何人もいらっしゃる。
それから兵庫県の神戸も、神戸の中でも非常に偏った地域で失踪者がかなりいる。
田中実さんと言う政府認定の拉致被害者がいますけども、この方もその地域の中にいらっしゃる、という事でございます。

それからもう一つ特徴的な事は職業、職業的な特徴が非常にあるわけです。
例えば私どものリスト機械的に見ただけですけど、特に多いのは看護婦さん。
なぜか看護婦さんが多い。
それを含めて医療関係者が非常に多いです。
大体400名の中でおよそ20名の方が看護婦さん、医療関係者の方々である、という事であります。
中には医師の方あるいは薬剤師の方、あるいは医学書の翻訳をやっていた方、という人も含めますとおよそ20名。

それともう一つ印刷関係者が非常に多い。
これはですね、年代が限られていまして1970年・昭和45年を中心として、大体前後3年間というふうに考えていただいて良いと思いますが、そういった方がおよそ10名います。
印刷関係者と言うと、皆さんピンと来られるかもしれませんけども、もしかすると北朝鮮が作っている偽ドル、偽札というものの技術のために、もしかしたら拉致されたのではないだろうか。
中には非常に高度な知識を持っておられる、つまり日本でお札を作るようなところに就職される方というのも含まれております。

あるいはですね。
電電公社の職員の方、市川修一さんも電電公社の職員でございました。
こういう方も6名の方がおられます。
あるいは電話交換士とか電話に関連した方です。

あるいは女性の方ですね。
先ほど看護婦さんと言うのが出てきましたけど、美容師・理容師、あるいはパーマに行くと言ったままいなくなった。
いう方が、これまた非常に多い。
あるいは洋裁だとか和裁、編み物教室へ行く途中だったとか。
あるいは和裁の先生のところから商品を届けに行く途中いなくなった、言う方が非常に多い。

あるいは自衛隊員。
この神奈川県にも自衛隊の基地・施設と言うのがあります。
特に横須賀には陸海、武山の方にもございます。
こういったところに勤務していた、なぜかこれは元自衛官、自衛官を退官した人の失踪が非常に多い。
ご存知の方もいらっしゃると、これは川添会長の方が非常に詳しいんですけど、よど号の妻である八尾恵さん。
この人はあそこでカフェバーを開いて、そしてお客に米軍の関係者、自衛隊員という人が来ていたんですね。
そういう所から情報を取り、あるいはリクルートしようと言う事をしていたと言われています。
そういったものと関係があるのではないか、と言った事が考えられます。

で、これは神奈川県の特徴なんですけど、元自衛隊員で退官をしてその後自動車工場の季節工に再就職して、そのままいなくなっちゃったと言う人も数人おられます。
神奈川の自動車工場いくつかあるんですけど、日産自動車ですね。
あるいはその他いろいろあるんですけど、自動車教習所、建設に携わっていた人。

・・・その2に続く・・・
 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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藤沢集会(3) 宋允復 氏

『宋允復 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会事務局次長の講演』

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どうも、何回かこちらにはお邪魔させて頂いたんですけど。
今日本当にさわやかな秋の日で、モンゴルに関してお話ししようと思ったとき最初に思いつきましたのは、もちろん8月7日でしたから日差しが強くて夏日でしたが、風のさわやかさが印象的で今の藤沢の気候のような感じだったんですけど。
東京を出発するときは東京はジメッとしたうっとおしい季節だったんですけど、モンゴルに着いたらカラッとさわやかに過ごして、それだけで行って良かった。

と申しますのも、ちょうどモンゴルは今年建国800年なんですね。
チンギス・ハーンから800年。
夏と言うのは向こうは一番の観光シーズンで航空チケットが高いものですから、そんなに4日間も・・・(聞き取れず)とぐずぐず言ってましたら、今ここにいらっしゃる山田代表に叱られてしまいまして、何を言っているんだと。
私どもの代表が山田なんですけど、せっかく日本の先生方もご苦労してモンゴルと言う国で開催にこぎつけた物ですから必ず行ってくださいということで行きました。

で、この国際議員連盟の総会ですけど、今年で3回目ですね。
最初にソウルでやって前回が昨年東京でやりまして、今年モンゴルと。
もちろん拉致問題で盛り上がれますし、韓国でも北朝鮮にさらわれていった人々が数百人がいますし、それ以上に朝鮮戦争時そのまま抑留されたままの人が万単位でいるわけですから、分かるんですけど。

モンゴルと言う地でやりますのはかなりやり難いと言いますか、やはり隣国の問題がありますから。
ご存知のようにモンゴルと言うのは地政学的に中国やソ連に挟まれて、特に中国に最近は経済的にも依存している歩合が非常に大きいんです。
現地行きましても食料品や野菜やら果物がほとんど中国からの輸入で賄っている状況で、膨張している中国の動きと言うのはいつも気にならざるを得ない様な状況です。
当初、非常に難色を示していたようなんですね。

なんですが、昨年末にブッシュ大統領がモンゴルを訪問して、そのときにどうも、大統領からは言及は無かったんですが、実務者レベルで話をしている中で北朝鮮からの難民と言いますか逃亡者ですね。
それに対する配慮をお願いしたいと言う言及があったようですし、その後も民間、議員外交レベルであってもそのような働きかけがあって、モンゴルの方も重い腰を上げて開催にこぎつけたという所です。

簡単に、私の話は5分なんですよね、余り長い話になっても。(笑い声)
参加したのは主に40名ほどだったんですけども、議員とNGOのメンバーで、もっぱら日本からと韓国から。
特に日本からのNGOのメンバーの参加が多かったです。
それ以外の国で見ますと、イギリスから一人。
あとアフリカから3人か4人。
来てくださった方に聞きますと、アンゴラとかあと2カ国なんですけどね。

「いや、私たちも良く知らないんですよね」と北朝鮮の事を余りご存じないような方が多い。
どういうきっかけ出来てくださったのか分からない。
きっといろいろ熱心な説得で来て頂いたのでしょう。
主力はもっぱら韓国とモンゴルの方ですよね。

一番やっぱり感じましたのはモンゴルと言うのは元々社会主義圏ですよね?
1940年代にソ連の進駐によって社会主義国として建国されたと言いますか近代化が始まって、ソ連の崩壊に伴って1990年代くらいに自由化して、今は一生懸命経済建設に励んでいる状態です。
だからそういう国ですから、もちろん強制収容所とか密告社会とか言論の自由が無いとか、良くご存知。
議員さんたちに言わせると、北朝鮮については私たちの過去であるし韓国というのは自分たちの未来だと。
今、モンゴルでは韓国の経済的進出が非常に多くて、モンゴルも何とか手近な手本として韓国の力を借りて経済をもっと発展させたいと願っておりますが、そんなお世辞も言ったりしてですね。
韓国から来た議員も喜んでいたんですけど。

それにしてもどうも話を伺っていると、北朝鮮の人権状況についてディティールについてご存知ではないんですね。
マスコミ等での報道についてもお伺いしても、北朝鮮について報じられると言う事はまずほとんど無い。
自分たちの過去であると言いつつ全然関心もないし、モンゴルの議員さんたちが仰る事はこういう事なんです。
もちろん日本が主権を侵害されて自国民がさらわれていると。
だから一生懸命北朝鮮に対して圧力を加えて一生懸命叩くと言うのは分かるけども、犯罪者を叩く場合、犯罪者を徹底的に処罰すると言う方法もあるし、一生懸命矯正していく教育していくと言う方法もあるんだと。
私たちモンゴルとしては、犯罪者に一生懸命いろんなチャンスを与えて教育して更生させたいと、こういう事を言っております。

それを聞いて分かってないなと思いますね。
全然分かってない。
過去何十年日本は基本的に北朝鮮に柔らかくて、言ってみれば北朝鮮に非常に甘くて甘やかしすぎて、今ちょっと厳しく叱らないとどうしようもならないと言う段階に来ていて。
しかも何十年と言う流れを全然ご存じなくて、今一生懸命圧力を加えようとしているその断面だけを見てそう仰っているんですね。
その場にいらした日本の議員の先生方韓国の先生方、特に反論とか仰りにはならないです。

会議でいろいろやり取りがあった中で、モンゴルとして特徴的だと思ったのは今モンゴルでは労働者が足りないと言えば足りないと。
だから脱北者ですね。
北朝鮮から逃れて来た人たちを一定数労働力として受け入れていく事は可能である。

元々日本や韓国がモンゴルで会議をやろうとした動機と言うのも、モンゴルと言うのは北朝鮮から逃れてくるところの一つのルートになっていますので、なんとかシェルターですね。
避難所をモンゴルに作って安定的に脱北者の確保をしたいと言う事だったんですけど、それについても内々には、個人とかいろいろあるんですけどこういう人たちを活用する事を考えてはどうか?と。
モンゴル側から提案もあったです。

実は私今回の8月の会議の前に、今年の1月の段階ですけども、モンゴルに韓国の関係者と行っております。
行った目的と言うのは今申し上げた避難所、シェルターの確保なんですね。
そのために向こうの現役の大臣とも会いまして、モンゴル政府内で北朝鮮政策といいますか、各政策に携わっている実務者たちとも話し合いました。

これちょっと5分しかないのにこぼれ話です。
今モンゴル政府で中枢に携わっている人の多くの人たちが、実は北朝鮮に留学経験のある人たちなんですね。
モンゴルと北朝鮮はかつて友好国でありまして、金日成が生きていた時代、1980年代の半ばですけども首脳会談をやった。
モンゴルと金日成が首脳会談をやりまして、そのときにモンゴルの方で北朝鮮におねだりをしたようです。
そのおねだりの内容と言うのは北朝鮮に化学繊維を作る工場があるんですね。
石炭から繊維を作る、ビナロンというんですが、工場がありまして。

モンゴルも燃料はもっぱら石炭ですから、石炭を活用して繊維が作れるならそういう工場を持ちたいと金日成に持ちかけて、金日成が「よし、じゃあ工場を作ってやる」と。
作った後、それをオペレーションする人材が必要だろうと。
それを私たちが北朝鮮で育ててあげるからモンゴルから人を送って来なさいと。
いうことでモンゴルでそこそこのエリートたちが選抜されまして、その人たちが人数は10人くらいだったらしいですけど北朝鮮に派遣されて・・・(聞き取れず)と言う工場です。
そこで7年くらい教育を受けまして戻ってきた。

実はその人たちが北朝鮮関係で行政の中枢にいて、携わっているんです。
その人たちと話した事なんですが、彼らは北朝鮮の国家でどれだけ酷い事が行われているかと言う事はよく承知をしていると。
北朝鮮から生き延びるためにモンゴルを目指している人たちが大勢いることも承知っていると。
私たちは北朝鮮に留学しているときに大変お世話になったと。
当時80年代後半から90年代前半ですけど、すでに北朝鮮は食糧事情が厳しくて一般の人たちは肉なんて食べることが出来なかった。
だが、私たち肉食の国から来た留学生という事で、毎日のように肉魚が振舞われて、それがしばらく経って北朝鮮の一般の人たちにはとても考えられない待遇だと言う事を知ったと。
もちろんモンゴルの水準からしてもそれほど恵まれているものではなかったけれども、北朝鮮の当時の生活水準からすればはるかに恵まれた待遇をしてもらった事は感謝していると。
北朝鮮の人たちがどれほど素朴で懸命に生きているかが良く分かった。

そういう人たちが生き延びるために今一生懸命逃げて来ている。
それは私たちも彼らを守ってあげたいと思うし、それはモンゴルの国益にもなるだろう。
将来あの体制が何らかの形で変化を迎えたとき倒れたときに、そうして私たちが守って逃してあげた人たちが、こうやってモンゴルにお世話になったんだと言う事を思い起こして、私たちの国のためになる事をやってくれるだろうから、私たちは彼らを守りたいと思いますと。
ただ、困るのはそれが余り表に出る事は大変困るんだと。
中国を刺激するのは今モンゴルの国力からして、なるべくなら避けたい。
だからこのような避難所を提供すると言う動きについても、マスコミには一切漏らさないで欲しいし、なるべく外部には流さないで内部で内々に静かな形で出来るようにして欲しい。
それが向こうの要望だったですね。

ところが8月に議員が以降の成果で国際会議をやるとなりますと、そういうのも全部外に出てしまいまして、やっぱり議員さんも対外的にアピールすると言うのも仕事の一つですので、表に出てしまう。
私もこうやって今気にせずしゃべっているわけですけど。
ここにいる市川さんとご一緒させていただきましたし、ノルウェーでは斉藤さんとご一緒させていただいたんですけども、やっぱりまだ知られていないと言う事なんですね。
知られていない。
議員になってああいう場に出てくるような人であればある程度の概念的な知識は持っていたとしても、日本のこういう一定の関心を持っている皆さんが平均的に持っているような知識までは持っていないです。
まだまだ国際的規模ということでは仕事をたくさんしなければいけないなぁと言う事を、感じて帰って来ました。

そういう事でやれる仕事は結構多いと思うんです。
インターネットもありますし、モンゴルから留学に来ている学生も多いですしね。
そういう小さな国だからと言って意外と力が無いわけではなくて、意外とそういう人たちがちょこちょこやってくれているような事が後々効いて来ると言う事はたくさんあると思うので、皆様も手近なところできっかけ捕らえてですね。
こういう事をちょこちょこしていただいてきっかけを作っていただいて。
小さな働きかけと思うかもしれないけれど、後々、日本に留学に来るような人たちへでも良いです。
政府中枢の仕事をする人たちも一杯いるわけですから、そういうことで皆さんのご活躍を祈念しております。
よろしくお願いします。(拍手)

※休憩時間前に宋允復氏より、訂正の話

すみません、肝心な話が漏れてしまいまして、貴重な時間をちょっと頂きたいんですけど。
今杉野さんの話にもありましたけども、モンゴルの会議でも感じましたのは、日本の議員の先生方の意外な力強さと言いますか、人権外交というのを正面切ってですね。
押していくと言う力強い姿勢を感じたんですね。

これまでの日本と言うのは国際社会でのイメージと言いますと、おしとやかと言いますか、あんまり仰々しく表立ってこうだとかいうことは、ことさら事明けはせずに後ろでいろいろ調整役をやったりですね。
お金を回したりですね。
何とか上手くまわしていくと言うような、気配りというか心配りでやってきたと思うんですけど。

この国際会議では拉致問題ももとよりですけど、人民をあれだけ虐待している政権はもう許されないんだということで、特に民主党からご参加だった松原仁先生。
テレビ等で皆さんご存知だと思うんですけど、あの方が早く金正日体制打倒についてどう調整を取るか?と言う事をペーパーにもお書きになりましたし会議でも発言されましたし、そういうご発言も結構ありました。

それに関して結構ですね。
与党自民党からご参加された、例えば葉梨康弘と言う議員がいます。
若手の方で、これまで拉致問題で自民党の事務方を結構なさって実務をなさっている方なんですけど、その方はもうちょっと実務的に北朝鮮にどういうことがやれるか詰めていくべきだと。

韓国の議員さんは野党であると言うこともあって、金正日を国際裁判所に引き出そう!とか言って、スローガン的なエィエィオゥで盛んに意気を上げておられたんですけども、それに対してかえって自民党の葉梨議員は距離を取られる様な感じで、あとで何でですか?と聞きましたら、「ここで一緒になってエィエィオゥやったら、韓国の議員が後で帰ってね。日本の議員とつるんで紳士的にそういう事をやったとつるし上げられて、立場がますます悪くなるかもしれないから、ここでは距離を取って見せたんですよ」なんて仰るわけですよね。(笑い声)
さすがに違うな、と思って(笑い声)感心していたんです。

そういうことでここの議員、必ずしもああいう場で国際会議と言ったところで別に報じられる事もないし、有権者に知られることも無いわけですから、彼らにすればそれほど票になる事でもないんですよね。
それでもそういう見えない所で結構汗をかいていらっしゃる議員がいるので、皆さんもよく承知を頂いて応援していただければと思います。

この国際議連もそもそもは民主党の中川正春議員ですか?
あと渡辺周さんなどが中心となって何とか立ち上げて、3回目になってようやく与党の自民党からも正式に参加していただけるようになって、結構長い間汗をかいて頂きました。
そういう意味で皆さんの応援もよろしくお願いしたいと思います。
ありがとうございました。(拍手)

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藤沢集会(2)市川龍子さん(2006/10/7)

   『市川龍子さん(市川修一さんの義姉)の訴え』

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皆様こんにちは。
昨年も来させていただきました。
母校が藤沢に有りますので足を伸ばした事はないんですけども、藤沢と聞くとやっぱり懐かしく思っています。

昨年もお話させていただきましたが、1978年の8月12日に、曽我ひとみさんと同じ日です。
同じ日に弟が拉致されたと言う事は、日本列島に如何に北朝鮮の工作員がたくさん入り込んでいたか?と言う事なんです。
同じ日の同じ時刻まで行きませんけども、やはり夕暮れですので本当に北朝鮮はもうけしからんと言うのが私の腹の底に一杯にあるんですけども、何とかしてですね。
この悪の悪の悪逆の限りを尽くす北朝鮮、悪徳政治ですか?
これを断固として阻止しなければ北朝鮮にいる一般民衆が本当に浮かばれないと思うんですよ。

何とか北朝鮮の民衆を救って上げなければならないんだと、その為に弟たちは犠牲になっているんだ。
だから日本国民よ、何をしているんだと、今立ち上がってくれ!と弟は叫んでいるんじゃないかと私は思っているんですよ。(拍手)
一丸となって私たち拉致被害者家族だけの問題ではありません。
本当に真剣に考えていったら日本国国家が、それこそ国家侵害を受けているそういう問題ですので、本当皆さん一生懸命模索しながらとにかく真剣になっていただいて、この問題を解決していただきたいと思うんです。

私はこの前ですね。
10月1日に鹿児島の方で第一回の鹿児島県民総会を開いたんです。
せいぜい1400名くらいしか入らない会場なんですが、もうびっくりしました。
メディアが私に言いました。
「龍子さん、今までに無い鹿児島一の集会だよ」
2000名集まってくださいました。
ぞろぞろ、ぞろぞろとですね。
本当に満場の会場を見ましたときに涙が出て仕方がありませんでした。
本当に皆さんのおかげでですね。
世論の喚起を高めていただいてようやくここまで来たという感がします。

そこでですね、いつもはですね。
私はいつも政治家をくさしたりですね。
メディアを叱ったりですね。
そういう事ばっかりいつも言っているんですよ。
で、帰るたびに主人に怒られるんですよ。
「お父さん、腹が立たないの?って。
「腹は立つけど、今は味方にして行かなきゃいけない時なんだよ」
分かってるんですけど、今までいっつも私はそういう事ばかり言ってきました。
もう、今日は言わないと思うんですけど。(笑い声)

私はですね。
各国の関心がミサイル発射で北朝鮮に集まっております。
その中でですね、拉致問題の解決に向けて国際社会の働きかけをいっそう強めるためにですね。
8月7日にモンゴルで開かれました「北朝鮮難民と人権に関する国会議員連盟」と言うのがありまして、その総会に家族会を代表して参加させて頂きました。
脱北者や難民問題ですね。
拉致を含む北朝鮮の人権問題について各国の国会議員や、非政府組織、いわゆるNGOですね。
が協議して、共同宣言が採択されたんですけど、参加国はアジアとか北欧・アフリカと約30ヶ国です。

拉致問題は人権蹂躙だ、拉致が如何に残酷なものかと言う事をお話させていただきまして、いろいろお話させていただく中で、モンゴルの国会議員・各国の国会議員が「金正日を国際裁判に出せ!」と言ったりですね。
そういう言葉も出て来たんですけども、モンゴルの人たちはですね。
本当は心の中ではですね。
北朝鮮に対しては不満が一杯あるんだって。
だけど一応友好国であるために、中々それを表に出せないと言う事を仰いまして、この拉致問題についてもいろいろお願いしてきましたけれども、情報収集には協力していくが表面的には中々出来ないという事を仰いました。
でも、必ずモンゴルの国会議員の先生たちも私たちの声に賛成してくださいました。

モンゴルではですね。
北のいつもの常套手段で脅かされて本当に困っているんだって。
北朝鮮の大使館を閉めるぞ、とかですね。
なんか脅しをかけてくるそうなんです、モンゴル政府に対しても。
この2月にはですね。
闇ルートで物凄いお金が暴露されて警察に捕まったそうなんです。
だから本当に悪逆の限りを尽くす北朝鮮なんですよ。
もう一度再認識してください。
本当に友好国であるモンゴルにさえも、こういう悪い事をしているんだという事を仰いました。

で、私はモンゴルの北朝鮮の大使館前まで行ったんです。
白い建物でした。
その周りはですね、鉄柵が巻いてありました。
草はぼうぼうでしたけども、そこをカメラマンの方と「大使館を見ながら行くところを撮るからね」と言われてですね。
歩いていくんですが、向こうから変な人が軍人みたいなのがいるんですね。
だからカメラマンが「龍子さんストップするよ、ストップするよ」とカメラをぐっと下に下げてですね。
「龍子さん普通に歩きなさい」と言われてですね。

私は最初行きたくなかったんですよ。
拉致されたら困ると思って(笑い声)、行きたくないと言ったんですけども、行ってくれって仰いましたので行ったんです。
本当は写真撮影も出来ないと言われていたんですけど、ちょうど休みだったもんですから軍人もそんなにたくさんはいなかったです。
私は空に翻っている北朝鮮の旗をですね。
引きずり落としたいなと思って、市川さんが反対に捕まっちゃうよと言われてですね。
本当にその端を引きずり落としたいくらいの心境で憎らしげにですね。
北朝鮮の大使館を憎らしく見て帰って来ました。

どうしようもないんですけど、私たちはとにかく政府に委ねるしかないんですけど、北朝鮮は本当にですね。
人の命を虫けらのようにしか扱わない金正日の独裁政権なんです。
人口はわずか2300万人の国なんですよ?
その中で20万30万人と言う北朝鮮の国民が強制収容所に入れられて、また自国民にも食料は全然配給しないでですね。
300万人以上の餓死者が出ていると言う状況なんです。

本当にですね。
人道支援人道支援と仰るけども、本当の人道支援はどこにあるのか?と言う事をまたみんなで考えていかなければ、いくらお米を、金を、いろんなものを送ったとしても上層部の方で、もう後は一般民衆の方には行ってないということをね。
再確認していって頂きたいと思うんです。

本当に金正日の行った拉致は、被害者本人はもちろんですけども、その家族または周辺の人々にまでですね。
本当に不幸をもたらしました。
今世界12カ国に拉致をされている人がいると言う事を聞きまして、本当に許しがたいこの金正日なんです。
私は八つ裂きにしたいくらいなんです。
またこういう過激な事を言うと実は主人は来ていませんけども、怒られるんですけども、本当に八つ裂きにしたいくらいなんです。
絶対に許してはならないと思います。

皆さん、いろいろなテレビでご承知だと思います。
愛娘を奪われた深い悲しみや精も根も尽き果てんばかりに、娘の帰りを待ち続ける横田さんご夫妻とか有本さんご夫妻。
また病床で待ち続ける松木薫さんのお母さん。
田口八重子さんのお兄さん。
それから我が子との再会を果たせずに逝ってしまったるみ子ちゃんのお父さんですね。
お父さんの分もと思って一生懸命病と闘いながらるみ子ちゃんのお母さんも頑張っていらっしゃいます。

そして私の母、修一の母、私の母もなんですけども、もう90を過ぎたんです。
家族会発足から9年です。
私も声を枯らして叫んで叫んで叫んで参りました。
いろいろ悔しさとか歯がゆさとか述べて来ましたけど、今回ですね。
母が、北朝鮮に向ける短波放送「しおかぜ」と言うのをご存知でしょうか?
あの短波放送に主人が前回乗せたんです。
で、今度は「お母さん、乗せてみないね?修ちゃんに呼びかけてみないね?」と言ったら「うん」って言ってくれたんです。
初めて母が原稿を書いてくれましたので、それを読まさせて頂きたいんです。

・・・・・・・・・・

修一、お母さんですよ。
修一、修一と叫び続けて丸28年が過ぎました。
お母さん、生きていくのも大変な毎日です。
人には涙は見せなかったけど、独りになると涙は滝のように流れ、修一の使っていた物は見る勇気も無く一人で泣き続けましたよ。

北朝鮮の元工作員だった方と会い、修一の事をいろいろお話してくださいました。
修一が北朝鮮で生きていてくれた事を聞き、お母さんはもう嬉しくて嬉しくて。
それから毎年毎年、今ではもう着られそうもないかもしれないけど、修一の洋服を出して思い出しながら虫干ししていますよ。

お母さんは北朝鮮の38度線の鉄柵の前まで行って、大声で修一の名を何度も何度も呼びましたよ。
お父さんもお母さんも90を過ぎましたが、元気な姿で修一を迎えてやりましょうとお父さんと励ましあって生きていますよ。
修一もるみ子さんを励まし、二人揃って会える日を楽しみにしていなさいね。
修一たちに会える日を一日千秋の思いで待っています。

今度安倍さんが首相になられました。
拉致問題に一生懸命に取り組んでくださっています。
必ず解決してくださる方です。
だから修一、体を大切に大切にしてくださいね。

修一とお母さんの心は必ず通じ合っています。
必ず会える日が来ます。
一日も早く会いたいね。
お母さん、どんな事になってでも待っていますからね。

るみ子さんと二人揃って、必ず生きて生きて生き抜くんですよ。
機会があったらまた短波放送に乗せてもらいます。
我が家の柿や栗の実もたくさん生りましたよ。

・・・・・・・・・・・

っていう、今日杉野さんに託したいと思います。
また母の生の声を乗せて頂いて、必ず修一に届くと思ってたくさんこれからも乗せて行きたいと思ってます。
すみません、泣いたり怒ったりで。

それで昨日何かこの藤沢では大変な、バケツをひっくり返したような雨と聞きました。
ところが反対に鹿児島はそれはそれは綺麗な満月でした。
そこでまた、この前ここで短歌を披露させて頂いたんですが、その時母がお月様を見ていました。

 満月を見上げる母の寂しげに 安らぐその日待ちに待ちたり

と言う短歌を作りました。(拍手)
安倍総理の誕生でようやく被害者、拉致被害者家族もですが、本当に一条の光が差し込んで来たように思います。
世論の喚起を高めてくださった本当に皆さんのおかげです。
本当に心からお礼を言いたいと思います。
でもまだ帰って来ていませんので、後もう一歩ですので、皆さんお力添え頂きたいと思ってます。

年老いていく母たちがたくさんおります。
その母に一刻も早く子供たちを抱かせてやってください。
ご協力よろしくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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藤沢集会(1) 斉藤文代さん

   『斉藤文代さん(松木薫さんの姉)の訴え』

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皆様、こんにちは。
お世話になります。
藤沢の方には本当に何度か呼んで頂き感謝しております。
皆様の前でお話をさせていただけるという事は、本当にありがたい事だと思います。

私の弟も1980年に拉致されまして、今年の6月の13日で53歳になりました。
本当に年月が経つのが早いです。
私たち家族もみんないろんな小さい頃からの思い出があり姉弟仲良く暮らしてきて、こういう問題、拉致と言う事が起こるとは想像もつかなかったんですけど。
本当にいなくなってからは家庭もみんなバラバラの様な状態になり、親も本当に苦しんで弟の事をずいぶん探し回って、いろんなあの手この手でみんなでやったんですけども、弟は1988年に北朝鮮にいるという事が石岡さんの手紙で分かりまして。
父は余り私たち子供には言ったらいけないという事で伏せていたので、私も知らなかったんです、最初の頃は。

父は一生懸命になって時間のある限り手を尽くしたんですけれど、私に父は平成2年にもう亡くなりました。
母のベッドの横に手をこう、差し伸べるようにして亡くなっていました。
やはり母に後をお願いするよという意味だったんだと思いますけども、私の母はとても父を頼りにずっとついて来た、家庭の事だけしか出来ないようなおとなしい母でしたので、父が亡くなったという事に関してはショックが大きかったんだと思います。

現在85歳で病院の方に入院しておりますけども、本当でしたらまだ元気でいてくれてもおかしくない歳なんですけども、痴呆の方が早くなりまして、どうしても薫を探したい一心で乗り物を見ると乗って海の方に行っちゃうんですね。
遠いところでも近いところでも海の方に、ず~っと一日中そこに座って眺めているような状態で。
私もそれを探すのに本当に苦労した事があるんです。
それで一度は名札をさせたこともあるんですけど、それは取ってしまうんですね。

それでどうしたらいいもんだろうかと自分でも思って、サンダルが、気に入ったサンダルがありますので、そのサンダルに電話番号を書いてですね。
履かせたら、そのサンダルはいつも気に入って履いて歩いているもんですから、お電話いただくんです。
お母さんがここにいますよとかって、近いときには私が迎えに行くんですけれど、遠いところになるとバスで3つも4つも、酷いときにはもっと先まで主人と迎えに行って。
海でじ~っと向こうを見ているもんだから、「帰るよ」というと「あんたたちは帰っていいよ」と言うんですよね。
だからどうしても自分のそばに薫がいないという事が納得出来ないわけですね。

だから家で寝込んでしまうのも早かったもんですから、足は丈夫でしたんですけども夜中も何度も何度も家から出て歩くもんですから、どうしてもこれは私たちも寝不足になりますので、病院に入れなきゃという事で主人と話をして病院に入れたんですけれど。
結局病院の中でも弟を探して歩くような状況なんですね。
結局は事故に遭うとかそういうことになってはいけないからということで、下半身は動けないような状況になりまして結局は車椅子になりました。

だから車椅子に乗って座っているときに姿を見たときは、本当にかわいそうだなと思いましたけれど、元気で薫が帰ってくるのを待つしかないと。
それでも亡くなるよりは元気で薫が帰ってくるのを待っていてもらうしかないと思って、そこで自分には言い聞かせをしながら母の看病をずっとして参りました。

でも母も辛いんでしょうね。
ずっとベッドで寝ていても弟の事ばっかりなもんですから、26歳で歳が止まってしまっているもんですから、若いときの弟の姿しかないものですから、私に何かを注文するときでも「ご飯は炊いてあるからおかずはお肉をたくさん食べさせてやってね」とか、もう53歳になっているという事すら分からない状態で今も病院の方にいます。

でも今回は私たちがいろいろとやって頂いた安倍さんが総理になられました。
本当に私は心強いと思って、これでもう薫、また家族皆さんですね。
家族会皆さん、特定失踪者の家族皆さんが帰って来られるということを、本当に私は待ちに待った新しい総理だなと思っております。
やはりここまで来るのには私の事はそんなたいした努力じゃないですけども、父や母のやってきた事は精神的な苦しみ・年月を過ごして来ておりますので、いろんな事が母の頭の中にも回っていると思います。

ですから母にも、「今度はね」って。
いつも大平総理で頭が止まってるんですよ、昔のままでね。
それで私に「ちょっと手紙を書きたいから郵便局はあるのかね?」っていうから、「すぐ傍にあるよ」というと、「じゃあちょっとペンを貸して頂戴」と手紙を書くから、「じゃあ誰に出すの?」というと「大平総理に出す」って言うんですよね。
だから私も、「あぁそうね」って言ってペンを預けるんですけど。

この間安倍総理が誕生したときに私が母に「お母さん」って。
「今度はね、今まで私たち支えてくれたね、安倍さんがね、総理になったんだよ」って。
「だからね、今度はお母さんね、良い事あると思うから絶対に病気しないでね、頑張ってしっかりご飯も食べなきゃ駄目よ」って言ったら、「はい」って言って今一生懸命食事もしてくれます。

今のところ熱も出さないで、何とか頑張ってくれておりますけど、やはり母は会いたくて会いたくてしょうがないもんですから、いつもいつも私が写真をそばにおいておくと、写真を見て写真に子供のように語り掛けるんですね。
「薫、もう帰っておいで、帰っておいで」って言うんですよね。
だから本当に私はそれを見ていると辛いんですけれども、でもやっぱり母がそれを待ちに待って頑張るという気持ちがあるんだったら、私も一生懸命頑張らなくちゃいけないと。

今、私の松木の場合は二度も骨を渡されて参りましたので、私は大きなショックを受けました。
北朝鮮のやることですから、それは嘘だということは分かっているんですけれども、二回とも他人の骨でしたから本当に信用のならない北の国だなと言う事で、私も自分なりにああいう国には嘘つきが多いんだから自分が頑張らなくちゃいけないということで、自分に出来る事は何かないかな?と、いろいろ毎日考えながら皆さんと一緒に活動させていただいたりしております。

また、今回今年はノルウェーの方に国際会議がありましたので、私でお役に立つかどうか分からないですけど、何としてでも皆さんと私たちの家族、拉致家族が一日でも早く帰ってこられるようにお願いをしたいからということで、ここの救う会の会長の川添さんと一緒にノルウェーの方に行かせて頂きました。
私は私なりに、お話も私は向こうの言葉は分かりませんけども、ジェスチャーでやるしかないと言う覚悟で行きましたけど、私の周りにはいろんな日本から来られた方がおりまして本当に助けていただきました。
パンフレットを配るにしても何にしても、皆様方が通訳をして下さったりして、私は本当に恵まれているなと思いました。

斎賀大使は私もお会いしたのは初めてでしたので、斎賀大使の持ち時間は30分だったんですね。
私は斎賀大使がお話をされる前に何としてでもお会いしたいと思ってお話したいと思って、打ち合わせしていただいてお会い出来るようになりまして。
私は壇上に立ってお話をするのは、スケジュールが決まっておりますので出来ないと思いますけど、拉致被害者は何としても私たちには時間が有りませんし、家族が本当に時間がないのでなんとしても助けていただきたいんです。
ですからそれを何とかお話していただけないでしょうか?という事を言いまして、私の母も毎日毎日書いているものをちょっと持って参りましたと言って斎賀大使に見せまして、「薫に会いたい、会いたい」って書いてあるんですね。
それをみせて、どこの親御さんでもみんな同じ気持ちでいらっしゃるから、どうか助けていただきたいんですと。

アメリカの方からも声を上げて世界が一つになって拉致問題を解決していただきたいと言う気持ちで私は参りましたので、何としてでも時間をとってお話していただきたいと思いますという事で、お願いしましたら「はい、分かりました」といってくださったので私は会場の方から見守って、斎賀大使がお話をされるときに私がじっと聞いておりましたら、何とありがたいことにですね。
30分の持ち時間で本当は人権のお話をされるはずだったのに、20分お話をしてくれました、拉致のお話をですね。
私は言葉が分かりませんから日本から来られた団長の方が、「今から斎賀大使がお話しをされます」とかメモを書いて送ってくれるんです。
「今終りました」とかですね。
(時計を)見たらちょうど20分くらいお話をしてくださったんですね、拉致問題に関して。

本当に私はありがたいなぁ、遠いところへ行って、こんなにして来た甲斐があったと思ってですね。
私は何も出来ないけれど、拉致と言う事が世界の方に分かっていただいて、これは本当に許せない事であると言う事を分かっていただきたいという一心でしたので。
本当に私も、そういう場に行くと言う事は何か胸がどきどきどきどきして怖かったんですが、勇気を持って斎賀大使と会ってお話をして良かったなと思いました。

横田早紀江さんは私たちよりうんと年上なのに、お体もそんなに丈夫でないのに、めぐみちゃんの事を思ってあちこちずいぶん回られて、本当に私は頭が上がりません。
13歳で親子の(間を)引き裂かれて悲しい思いをして、本当に戦ってこられて、市川さんの所も同じですね。
市川さんのところもみんな悲しい思いをしてこの年月を過ぎてきましたので、今回は何としてでもですね。
安倍総理のですね。
私、タラップから家族がみんな降りてくるのを待っているんですね。
最初に5人が帰ってきたときには私は本当に喜んで、今度は私たちの番だからと言う気持ちでお帰りなさいと言う気持ちで私は迎えました。

ですから今回は日本人の家族がこんなにいたんですよ、北朝鮮にと。
飛行機一台に乗れなかったんですよ、というくらいのそういう私は嬉しい話を期待して、待っていたいと願っております。
それが私の母親に対する親孝行だとも思っております。
母もやっぱり会うまでは死ねないと思っていると思います。
去年も2回血を吐いて、上からも下から下血も致しまして、病院から病院へ搬送されてもう助かりませんと言われたのをですね。
乗り越えてくれたんです。

ですからやはり私がここで頑張らないと母に申し訳ないなと思いまして、皆様の前でご協力を願うのも、最後の最後にみんなと笑っていただきたいと言う気持ちで、喜んでいただきたいと言う気持ちで私いつも来ております。
ですからこれからも皆様方のお力を借りて、あとは政府が一生懸命やっていただかなければいけないと思いますので、どうかこれからもよろしくお願いしたいと思います。

本当にこういう場でお話させていただけると言う事は、私たちの家族は一日でも早く帰って来られると言うことですので、なんとしてでも私は時間がないから、家族みんな時間がないから助けていただきたく思って、皆さんの前でお話させていただきました。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。(拍手)
 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年10月15日 (日)

チェコのハヴェル元大統領 Time to Act on N. Korea と題した北朝鮮の人権問題についての論説

チェコのハヴェル元大統領の Time to Act on N. Korea と題した北朝鮮の人権問題についての論説の訳を掲載します。
ハヴェル氏が極東から遠く隔たった地にありながら北朝鮮の人権問題に深い造詣と関心と怒りをもっていることに驚かされます(ハヴェルがブッシュに成り代わって書いているかのようです)。
論説には「拉致」の言葉こそ出てきませんが、北朝鮮と周辺国の何を問題視し北朝鮮にどう対処すべきかについてのハヴェル氏の考えは、我々の考えと同じです。
また、二年以上前の論説でありながら、今のこの時機にぴったりの内容です。もっともそれは、二年たっても事態が好転していないからなので、 憂うべきことなのですが。

参照: ハヴェル大統領の北朝鮮人権問題についての論説

今こそ北朝鮮に対して行動を起こせ

ヴァーチュラフ・ハヴェル(元チェコ共和国大統領)
ワシントンポスト2004年6月18日

ルドルフ・ヴルバとアルフレッド・ウェツラーのアウシュビッツ収容所からの脱出のことを世界が知ってから60年になります。
ヒトラーのユダヤ人抹殺のための収容所の存在を明るみに出した脱出です。
彼らの証言により民主主義世界の代表的国々は、戦後になっても、信じたくないような事実に直面させられることになりました。
ヴルバ、ウェツラーら沢山の目撃者のお陰で、ナチスの「最終解決」の恐ろしさと規模は広く知られています。

ホロコースト同様ソビエト共産主義の罪悪と野蛮な実相も、ケストラーやソルジェニーツィンらの著述で略述され理解されています。
人間性に反する大罪を目撃証言によって暴こうと試みる人たちがどの時代にも世界のどの地域にもいるということは幸いなことです。
たとえば、リティ・パニュはクメール・ルージュの恐怖を描き、カナン・マキヤはサダム・フセインの野蛮な刑務所について詳述し、ハリー・ウーは中国の強制労働収容所での労改(労働改造)制度の濫用を知らしめようとしました。

今日では、中共経由で自由韓国に到る惨めな逃避行を生き延びた何千もの北朝鮮難民の証言が、北朝鮮独裁制の犯罪性を物語っています。抑圧の存在は、最新の衛星写真によって確認・立証されています。衛星写真は、北朝鮮で強制収容所制度が機能していることをはっきり示しています。「管理所」すなわち政治犯の労役のための群居地が20万もの囚人を収容し、囚人らは、ソビエトのグーラグ(強制収容所)制度下の何百万の囚人がそうだったように、日々を辛うじて生き延びるか、生き延びれずに死んでいます。

朝鮮半島北半は、世界最悪の全体主義的独裁者によって統治されています。この男のために、数百万の人命が失われたのです。この男金正日は、父金日成の死後、その共産主義政権を受け継ぎ、個人崇拝強化を続け、その計画経済と「主体思想」というナショナリズムと自立主義を混合した国家イデオロギーとが国に食糧不足を招いているというのに、世界最大級の軍隊を持ち続け、大量破壊兵器を生産しています。北朝鮮政権の犠牲者は何百万にも達します。

絶望した北朝鮮国民何十万もが軍隊と警察の警備をかいくぐって中国に脱出しましたが、中国政府は国際条約に反してこれら脱出民の難民認定を拒み、中国官憲は、国連難民高等弁務官事務所が中国国内の北朝鮮国民と接触することを妨害しています。中国政府は、国境沿いの森で北朝鮮難民狩りをし、難民を北朝鮮に送還しています。彼ら難民の旅路の果ては「管理所」です。こういうことがみなたった今起きているのに、世界は手をこまねいています。

韓国に辿り着ける幸運な難民もいます。しかし彼ら難民が韓国に居るということは、「太陽政策」と表向き呼ばれる韓国の政策にとっては目障りなことです。太陽政策というのは、善意と言い条、譲歩と慰撫を絶え間なく行なうことを基本とするものです。この政策に韓国は何億ドルも費やしていますが、それは無辜の人命を救おうという努力の役には立ちません。太陽政策はつまるところ、平壌の指導者の権力の座を守るだけです。

金正日には、巨大な軍隊や核兵器によって、また長距離ミサイルや兵器・軍事技術を世界中の同好の独裁者へ輸出することによって、世界を恫喝するという能力があります(訳注:皮肉です)。金正日は、外国から畏敬され、世界屈指の強力な指導者と認められたいのです(訳注:これも皮肉です)。金正日は国民を餓死させることを厭わず、自らの統治への忠誠をいささかでも躊躇う素振りを示す者を粛清するために食糧不足を利用しています。金正日は恫喝によって食糧や石油をせしめ、それを自分に忠誠な者(その第一は軍隊)だけに分配するのです。

驚いたことに、国連人権委員会が北朝鮮政権の酷い人権侵害を批判したことは、委員会創設以来二回しかありません。北朝鮮政府が人権委員会の勧告をまだ何も実施していないという事実には、それほど驚きはしませんが、心穏やかではいられません。

今こそ、世界の民主主義国(EUや合衆国や日本や韓国)は同じ立場に立つべき時です。全体主義的独裁者には譲歩しないということをはっきり示さなければなりません。今後の平壌との話し合いでは基本的人権の尊重を必ず議題にすると明言しなければなりません。金正日やその同類に通じるのは、断固とした態度、不屈の精神、強硬な交渉のみです。

蒼き星々メインボード閑居さんの投稿より

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2006年10月13日 (金)

ブッシュ大統領のコメント(2006/10/12)

(ゆるりさんの投稿より)
   ホワイトハウスのホームページに今朝の記者会見の内容がビデオと共に掲載されています。 横田早紀江さんとの会見について触れた部分です。

≪英文≫

You know, one of the most meaningful moments of my presidency came when a Japanese mother came to the Oval Office to talk about what it was like to have her daughter kidnapped by North Korea. You can imagine what that was like. It broke my heart. And it should break everybody's heart. But it speaks to the nature of the regime. And, therefore, we -- I am convinced that to solve this
diplomatically requires more than just America's voice.

ホワイトハウスホームページ

≪閑居さんの投稿より和訳≫

私の大統領在任中で最も有意義な時の一つは、日本人の一母親がオーバルオフィスに来て、自分の娘が北朝鮮にさらわれたということがどういうことであったか話してくれた時でした。
それがどういうことであったか皆さん想像できますね。
とても悲しい話でした。
誰が聞いてもとても悲しい話に違いありません。
でもそれが、北朝鮮政権の本質を物語っているのです。
ですから私は、北朝鮮に反対する声がアメリカだけでなく多くの国々から上がることが、これ(北朝鮮の人権侵害)を外交的に解決するために必要だと確信しています。

参考ニュースNHKニュース

蒼き星々メインボード より

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参院北朝鮮核実験に抗議する決議文

 11日の参院本会議で、全会一致で採択された北朝鮮の核実験に抗議し、すべての核兵器及び核計画の放棄を求める国会決議は次の通り。

 北朝鮮による核開発は、我が国を含む北東アジア地域全体の平和と安全に対する直接の脅威であると同時に、国際社会全体の平和と安全に対する重大な挑戦である。このため、国際連合を中心とする国際社会は、北朝鮮の核開発問題に重大な関心を持ち続け、我が国を始め関係各国は、六者会合を中心に、あらゆる機会をとらえ北朝鮮に対し核兵器の開発を断念するよう最大限の外交努力を続けてきた。

 しかるに、北朝鮮は日本人拉致問題についても不誠実な態度をとり続け、拉致問題解決に向けた我が国の要求に何ら応じないばかりか、去る七月の弾道ミサイル発射の強行に続き、核実験の予告を行うに至った。これに対し、国際社会が国際連合安全保障理事会の議長声明の発出を始めとする様々な取組により、北朝鮮の自制を促したにもかかわらず、このような努力を無視して核実験を強行したことは、いかなる理由に基づくといえども全く正当化の余地はなく、我が国はその無謀な暴挙を絶対に容認することはできない。

 本院は、我が国が広島・長崎への原爆投下を経験した唯一の被爆国であることにかんがみ、あらゆる国の核実験に反対し、あらためて、核兵器廃絶への不断の努力を誓うとともに、北朝鮮の核実験に厳重に抗議し、断固として非難し、北朝鮮が直ちにすべての核兵器及び核計画を放棄することを強く求める。

 政府は、本院の主旨を体し、更なる情報の収集・分析に努めつつ、直ちにあらゆるルートを通じて北朝鮮に対し、我が国の断固たる抗議の意志を伝え、日朝平壌宣言に違反した北朝鮮が関係五か国の求めに応じ、早期かつ無条件に六者会合に復帰し、すべての核兵器及び核計画を放棄するよう促すとともに、今後は中国、韓国など地域の関係国との協調を強化し、米国など関係各国と連携し国際連合憲章第七章に基づく措置も含め、国際社会が結束した外交を展開し、平和的な解決を模索すべきである。

 右決議する。

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2006年10月12日 (木)

東京連続集会(9)西岡力氏-4

   『西岡力 救う会副会長の講演 その4』

あるいは去年10月、警視庁がですね。
西新井病院を手入れをしまして、藤田進さんの拉致に関する犯人が捕まるんじゃないか?と言う報道が一部あったんですが、実はあの時は西新井病院はほとんど捜索されなくて、在日朝鮮科学技術協会の事務所が家宅捜索されたわけなんですね。
あの事件の法的根拠は薬事法違反で、在日朝鮮科学技術協会、略称は科協ですが、科協の副会長の一人が科協の仕事じゃなくて自分の個人でやっている仕事で、インターネットを使って朝鮮人参を売っていた。
その宣伝文句に「万病に効く」とか書いてあって、きちんと認可をとってないのに万病に効くと書いたから薬事法違反だと。
そして、その人が副会長だから科協の事務所へ行って、コンピュータその物まで持ってきた。
そして捜査をしてみたらば、コンピュータの中から陸上自衛隊がミサイルの起動を計算するときに使うソフトが出て来た。
これ報道されている部分だけです。

93年4年の、先ほど京都の書類一枚出ていないと言って朝鮮総連の京都本部でフロッピーまで持っていったと言いましたけど、今日本の警察は朝鮮総連に対して大体それと同じようなレベルでの法の執行をやっていると、私は見ています。
アメリカと足並みを揃えて今まで余りにも不明朗だった特権的な対応をしていたところを戻す。
逆に不明朗だった分があるので、やれる事がマイナスをゼロにするのでやれる事は多いです。
朝鮮総連の土地建物の競売がどんどん進んでいます。
この600億の裁判で彼らが負ければ全国の財産が全部競売されると言う事も有り得る、言う事を日本政府がやっています。
そういうことをやる法執行班というのが拉致問題特命チームの下に出来た。
今もそれは動いています。

そしてもう一つが情報分析会議と言うものです。
警察や公安調査庁や海上保安庁や外務省の情報の専門の幹部がそこに入って、拉致問題に関わる情報を集中的に収集分析するという作業をして。
今年のちょっと時期は忘れちゃったんですけど、2月だったかな?
産経新聞が藤田進さんが失踪した直前に、海上自衛隊の対潜哨戒機が日本海に北朝鮮の工作船が来ていた事を写真に撮っている、言う報道をしました。
あれは偵察情報なんですね。
警察は自衛隊の写真を見る事は・・・(聞き取れず)過去に遡って、30年位前の。
と言う事が今安倍さんになってからやれる。

去年の12月から、1月でしたっけね?
蓮池さんや地村さんが自分を拉致した犯人のことを話したという報道がありましたよね?
安倍さんになってから警察にかなりの話をし始めたというように聞いています。
北朝鮮と勝負をしたければ、自分が守るから何か情報を出してくれというように安倍さんが話をして話し始めたと、どこかの新聞が書いてますね。
警察庁も今年は拉致問題で勝負をかけるというように、長官が言ってるんですね。
漆間長官と安倍新総理は大変関係が良いんです。
2002年の最初の訪朝のとき漆間長官は警備局長で安倍さんは副長官で、そういう情報の分析を一緒にやっていましたから、大変息は合っている。
今度首相官邸の補佐官とかあるいは副長官とかにするんじゃないか?という話も出ています。

と言う事を実際やって来ているわけで、安倍さんは確か2年位前にですね。
神奈川県で講演をしたときに、北朝鮮に話し合いだけで問題解決出来ると言っている人間は物事が分かっていない。
北朝鮮のやっている事は暴力団と同じだと。
麻薬を作って偽札を作って13歳の少女をさらって行っている。
このような相手に対しては圧力をかけてそして話し合いをするしかないんだと。
彼らの瀬戸際政策は放っておけばいいと、これは講演で言っています。
報道されている内容ですけどね。

時間稼ぎは許さないと。
緊張を彼らが高めてきたとしても、それでおたおたしないと。
時間が経てば経つほど真綿で首を絞めるように、あるいは狸を洞窟からいぶり出すように煙を強くする。
言う事が日本とアメリカで今、去年の9月から1年間事が進んでいて、ミサイル発射もそれに対するあがきのようです。
緊張を高めて瀬戸際まで来て「ちょっと待ってくれ、ミサイルを撃つのはもう止めてくれ」「それじゃあマカオの銀行をどうしてくれるんだ?」というふうに、緊張を高めて高めた緊張を下ろす事と、何かをバーターするのが彼らのやり方なわけです。
緊張を高めたらば余計圧力が強まると言う事を今回、日本が単独制裁をかけ、国連で非難決議が出てその非難決議に基づいて更に金融制裁をかける。
オーストラリアもかけたんです。
彼らが今核実験の準備をしていると言いますが、実験をすればまたもっと圧力がかかるんです。
言う状況が出来て、いよいよ本当に勝負のときになったんではないか?

一番心配だったのは、安倍さんが9月の昨日ですね。
官房長官辞める事は決まってたんです。
総裁選で負ければ一代議士に戻って首相官邸を出るかもしれない。
すると去年の9月からブッシュ政権と足並みをそろえていた圧力をかける路線が揺らぐかもしれないと。
それが心配だったんですが、官邸に残ってもっと偉くなった訳ですから。
ただ、安倍政権の対北朝鮮政策は去年の10月以降、アメリカと一緒に進めている圧力を強めていくと、経済制裁ですね。
そして話し合いの門戸は開いておく。
しかし話し合いをするに当たっては、彼らに実質的な譲歩をさせることです。
口先だけの譲歩ではなく、と言う体制になっていると思います。

安倍さんが北朝鮮に行くんじゃないか?とか、なにかそういう観測だとか水面下でありますけども、アメリカと足並みを揃えて核とミサイルと拉致を含む人権問題、三つの解決を求めている。
小泉総理はその中の拉致問題の、それもその一部だけを自分にやらせて欲しいと、そしてその一部だけを解決するのに経済制裁をしないと言うカードをですね。
大規模な経済協力をするというカードを切ろうとしたんです。
それは日米関係からすると裏切りですよね。
安倍さんはそういう事はしないでしょうから、最後に話し合いをするとすればブッシュ政権と緊密な連携の下に大規模に折れてきたり、あるいは94年のときも父親と息子が対立して父親が死んだんですね。
同じような事がおきて、その次の人と話し合いをするためなら行くことも有り得るかも知れませんけども、今はこちら側が何か譲歩する必要はない。

そして、時間が経てば経つほど苦しくなってくるのは彼らである。
北朝鮮はまさに時限爆弾が国内にあるわけです。
国内には人口の15%が餓死させられたんですね。
金正日によって殺されたわけですから、配給を止めて、自分はどんどん食べていたわけですから。
藤本さんの本を読めば彼らは同じ時期に何を食べていたのか?と、良く分かるわけです。
39号室資金は国庫の配給資金とは全然別だから、そういうことが出来るわけです。
だから39号室に対して制裁をしても一般の国民には何の被害も与えないんです。

と言うところまで今来ていて、日本は体制が整ったと。
官房長官に誰がなられるのか?官房副長官に誰がなられるのか?あるいは拉致担当の大臣が本当に置かれるのか?
細かい事ではいろんな事を早く知りたいと思いますけど、状況は安倍さんが去年の10月以降やってきた路線で行くだろうと。
アメリカと緊密な連携をとりながらどんどん行くという事で、そこで変数はですね。
韓国です。

中国はずるいですから、両方顔を見ながら金融制裁に協力しながら北に援助もしているわけですけども、今韓国の保守派の中で言われているのは、突然盧武鉉大統領が夜テレビに出て「明日平壌に行く」と言う事が起きるかもしれない。
「核問題で国際的に話し合いが息詰まっているから民族の中で話し合いをしよう」と金正日に言われて、「本来なら金正日が来る順番だけどそんな体面なんか関係ないから私が行く」と言う事はある。
そして口先だけの核を止めるとか凍結するとか約束を金正日がして、そして「その代わり制裁を解け」という事を国際社会に要求して、そして南北連邦制の開始を宣言すると、言う事をするかもしれない。

韓国の憲法を改正しなければ出来ない事を大統領が憲法違反をすることですから、帰ってきたらば今保守派の人たちが20万人30万人の大デモを、盧武鉉の金正日との約束無効と言うデモをしなくちゃと。
いつでも動員できる体制を取らなくちゃいけないと、準備が始まっていましたから。
南北首脳会談賛成のデモも起きるでしょうから、デモ隊とデモ隊の暴力的な衝突も有り得る。
その時に警察そして軍隊がどちらにつくか?
言う事もありうると、韓国のこの間国民大集会に来てくれた趙甲済さんなんかは言っています。

しかし、何があろうともアメリカは経済制裁で39号室資金を凍結して金正日を追い込んで、核とミサイルとそして拉致問題を解決すると言う姿勢は変わらないです。
訪米したときにですね。
ブッシュ大統領が早紀江さんに会って下さったのも大変な感激だったんですけども、クラウチ氏ですね。
ホワイトハウスにNSCと言うのがあるんですが、安倍さんも日本版NSCと言うのを作ろうとしているんですけど、安全保障の副補佐官と言う方が我々に一時間くらい会ってくださったんですね。

そこで最後にその人が言ったのは、皆さん方に約束すると。
アメリカにとって、そして日米同盟にとって北朝鮮の核問題は必ず解決しなくちゃいけない問題だと。
しかしその問題を解決するに当たって拉致問題は忘れない。
原則を守りますと、いうふうに安全保障会議の副補佐官が約束しますと言ったんです。
これは多分、準備されていた原稿だと思います。
それまではそれを言うと、家族に対して。
それで何か・・・(聞き取れず)感激して。
つまり今言ったような状況で緊張が高まったときに、アメリカは拉致問題を見捨てないと言ったんです。
忘れないと。

そして国防総省に行ったらば当時のイングランド長官が、ラムズフェルドさんが中東に出張中でしたから、長官代行として、国防総省のトップが太平洋司令官とかそういう人たちを従えて出て来てくれて、国防総省にあなた方の味方がいることを忘れないでくださいと。

アメリカには5029という作戦計画があるんですね。
5029というのは北朝鮮で天変地異が起きたりですね。
あるいはクーデターが起きたり内乱が起きたり、そして治安が維持出来なくなった場合に韓国軍とアメリカ軍が出て行って、大量破壊兵器を確保してそれがテロリストの手に渡らないようにして治安を維持するという作戦計画です。
去年の5月に出来たんですけども、盧武鉉大統領が北朝鮮が倒れることを前提とした作戦計画にサイン出来ないといって、大統領のサインが出来なくて宙に浮いている作戦計画なんですが。

つまり今アメリカがやっている事は5029自体を作ろうとして、39号室資金を止めていると言う事です。
すごく大雑把に言うと。
そのときに動くのは韓国軍と米軍なんですが、米軍の最高司令部が皆さん方の身内ですと言ってくれたんです。
と言う事も大変大きな意味があるなと。
実際に北朝鮮に米軍が入るという事は可能性としては有り得るわけです。

最後に今、一番大切なのは安倍さんも分かっているから情報収集委員会と言うのを作ったわけですけども、どこに何人いるのか?と言う事です。
今どこに幽閉されていて、日本人が後何人、分かってない人たちが何人いるのか?と言う事を、我々は正確に知らないわけです。
嵐の中で目隠しをしたまま遭難者を救出していく事にこのままではなり兼ねないです。
もちろん、政府は情報を持っているかもしれません。
情報担当者というのは嘘をついていいわけですね。
持っていても持ってないと言って良いわけです。
分からないと言っていても持っていて欲しいなと思いますけども、いよいよ決戦のそういうときが来たと思いますし、家族の人たちの体の具合も本当に限界で、もう安倍政権が出来たわけですから少しゆっくり休んで頂いても良いんじゃないかなと。

そういう点でも本当に良いタイミングで最後の時を迎えることが出来るんじゃないかなと。
親でなければ娘さんが帰ってきたら、親でなければ出来ない事がありますから、もう地方を回って訴えるという事をしなくても別の人がしても良い部分は休んで頂いてもいいんじゃないかな?と思います。
これで終ります。(拍手)

・・・集会終了・・・ 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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東京連続集会(8) 西岡力氏-3

   『西岡力 救う会副会長の講演 その3』

アメリカは、イラクには軍事攻撃をしたわけです。
北朝鮮に対してはしていないわけですね。
イスラエルと言う同盟国があって中東は石油もあるし、アメリカはイラクそしてイランの問題を重視しているという説があります。
しかし、これは島田洋一さんに教えてもらったんですが、ブッシュ政権は発足の当初から悪の枢軸といってイラク・イラン・北朝鮮を上げていますが、対処の仕方は違うんだとハッキリ言っています。

イラクには経済制裁は効かないと、イランにも効かない。
なぜなら彼らは石油を持っているから。
石油を闇で売ることができる。
イラクは湾岸戦争以降ずっと経済制裁がかかっていたんです。
しかしそれほど効果は無かった。

しかし北朝鮮の場合は経済の土台が腐っている。
国内で物を生産する、当たり前の産業や農業の能力がどんどん落ちている。
しかし犯罪資金や総連からの吸い上げとか韓国からの賄賂とか、あるいはミサイルを売ったりしてそういう形で統治に必要な資金、大体年間10億ドルとか20億ドルとか言われているんですが、を集めている。
それがある限り逆らった人間を殺す事が出来て、ミサイルを開発し続ける事が出来て、金正日及び周辺にいる幹部たちの特権的な暮らしが維持出来ている。
人口の15%が死んでも彼らはなんとも思わないわけですが、選挙も無いので、言論の自由が無いわけだから政権交代も無いんです。

私は1997年に出した本で、北朝鮮は国家全体が政治犯収容所になってしまったんだと、書いたんですね。
収容所の中の人間が餓死しても殴り殺されても、警備兵は何のお咎めも無いわけなんです。
ただ警備兵がチェックしなくちゃいけないのは反乱だけです。
反乱と逃亡だけです。
95年以降金正日時代になって配給を止めてしまって、国民がばたばた死んでも何も手を打たなかったのは、反乱さえ抑えれば良いと言うふうに、国全体をなしたからです。

それはアメリカは最初から分かっていて、北朝鮮の経済基盤は弱いから経済制裁が効くと言っていたんです。
39号室資金を止めれば良いと言っていた。
この金融制裁は実は3年位前からプロジェクトチームが出来て、いろいろ検討していて行われたものだと言うふうに中に入っていた人が、今出て来てる人が言っています。
なにか、中国人のマフィアが偽札に関わっていて、それでアメリカの捜査機関がそのマフィアを仲間の結婚式があるから来てくれといってアメリカまで呼んで、タキシード着て来た奴をみんな捕まえてしまった。
そこで偽ドルが北朝鮮から来ていると言う様々な証拠を握ったと。
それが去年の7月くらいだったから9月まで発動しなかったんだというような、今アメリカの新聞や雑誌にその事が出て来ていますけど。

ブッシュ政権としては、これは何回もここで申し上げていますけど、任期中に北朝鮮に対して圧力を加えていますけども、結果として今のところは北朝鮮は核兵器を増やしているんです。
2003年以降北朝鮮は核の量産体制に入って、年間3発くらいずつ増やしているわけです。
今も北朝鮮の寧辺の原子炉には・・・(聞き取れず)棒と燃料棒が入って、プルトニウムが作られつつあって2年に一回抜いて、そしてそこから5~6発分くらいのプルトニウムが出来て、2年に一回で5~6発ですから一年に2~3発出来つつある。
パキスタンから導入した濃縮ウラニウムの工場は完成したかどうか分かりません。
アメリカの情報ではまだ完成していないと言っているようですけど、完全には分からない。
それが完成すればまた年間2個ずつ位は出来ると言われている。

そして今稼動しているのは5千キロワットの原子炉ですが、今5万キロワットと20万キロワットの原子炉の工事を再開したんですね。
5千キロワットで年間2~3個だったら5万キロワットだったら、単純に言えば20個30個になっちゃうわけです。
この原子炉の工事が再開されたわけです。
私理科系じゃないんで単純に10倍して良いかどうかちょっと自信が無いんですが。
・・・・・・・(聞き取れず)は間違いが無い。
ブッシュ大統領があと2年数ヶ月で任期終えたときに悪の枢軸だといって、テロ国家が核武装することは絶対に防ぐと言っていたのに、防ぐどころか増えてしまっている。
いう事では、次の選挙で民主党からどう言われるか分からない。

イラクではテロで足元を取られ北朝鮮は核を増やしているいう事に現状ではなるわけですが、だからこそアメリカは全力を尽くして北朝鮮を今追い込もうとしている。
それは海外に出た39号室資金を凍結するという事。
伝家の宝刀を抜いたといえます。
前回のときは親子対立までになり、父親がもしかしたら殺されたのかもしれないという所までになり、そして金正日もアメリカに妥協して核開発を凍結と表面上の・・・(聞き取れず)はありましたけど、凍結とまで言ったわけです。
プルトニウムの開発も中断したわけです。
ミサイルの発射なりそういうこともありましたけど。
まさに、それがここで私が嵐が来るとずっといっていた根拠です。

北朝鮮が核を増やしていてアメリカはそれを絶対に許さないと。
アメリカが圧力を強めていくと。
2002年の9月の状況も、まさに2002年の1月に悪の枢軸と名指しする状況があって、北朝鮮がパキスタンの技術で濃縮ウラニウムを作ってるのは分かってるんだぞとメッセージをブッシュ大統領から発せられたところから始まっている。
金正日が日本と韓国をアメリカから引き離さないと危ないと思った。
しかし日本は安倍さんが当時副長官で、田中局長路線でアメリカから距離をとって国交正常化に行くというあぶないところまで行ったんですけど踏みとどまった。
そして今は昨年の10月、郵政の選挙で勝った後ですね。
小泉総理は安倍さんを官房長官にしたわけです。

9月にアメリカは金融制裁を始めたと。
そして10月に山崎拓さんの派閥からは誰も使わなくて北朝鮮と裏交渉をして、まぁ5人の家族が帰ってくるときは一役買ったわけですけど、その人たちを完全に排除して安倍さんを官房長官にしたんです。
アメリカは伝家の宝刀を抜いていたわけですね。
小泉総理はおととしには「自分の任期中に国交正常化をしたい」とまで言っていたんですが、安倍さんを官房長官にしたらそんな事出来るはず無いので。
じゃあなぜ変わったのか?というのは、もちろん安倍さんを後継者にしたというのもあるんでしょうけど、大きな理由の一つはアメリカとの関係を緊密に取らないと朝鮮情勢の緊張が高まる。
朝鮮情勢の中で日米同盟が第一重要課題で、イラクに出兵したのも日米同盟を固めて朝鮮情勢に向かうためですから、いよいよそういうときが近づいてきたと小泉総理は判断したんじゃないかな?というのが私がここで前に申し上げた事ですが。

安倍さんが官房長官になって、ブッシュ大統領が39号室資金を凍結するという事をやり始めたときに、日本は何をしていたのか?ということを申し上げます。
それが安倍政権が今後北朝鮮に対してどう対応するか?ということの予告になっていると思うからです。
先ほど横田代表がご説明をして下さったとおりですが、拉致問題専門幹事会と言う組織があるんです。
内閣官房に有りまして、北朝鮮と関係する各省庁の局長クラスの人たちが入っている会議で、官房副長官が議長なんです。
安倍さんが副長官のときに出来た会議です。

それがだから、細田官房長官・杉浦副官房長官の時代におととしの12月に開かれたわけです。
偽の遺骨が出てきたり黒塗りされていた交通事故調査書が来たりして、北朝鮮から提供されたすべての証拠と証するものや情報は信じるに足らないと。
生存を前提として被害者の返還を求めるというような事を決めたわけですね。
その後専門幹事会は細田官房長官時代一回も開かれなかった。
おととしの12月に開いた後、厳しい対応を取らざるを得ないと細田さんが言いましたけど、ここでも言いましたよね?
厳しい対応をどう取るのか?という事の話し合いはしていなかったと。
我々は実現のために申し入れをしてたりしたわけですね。

もう一つは、私はこれ個人的に思って多分間違いないだろうと思うんですが、中山参与が離任したのはおととしの9月だと思うんですが。
中山参与は、参与と言うのは非常勤の職責なんですが24時間拉致問題の事を考えてくれて、職位としては24時間拉致を担当する職位がないですけれど、24時間ずっとその事を考えていて専門幹事会を開いた方がいいと思って根回しをして動いていたわけですね。
副長官は忙しいわけですね。
官房長官も忙しいですね。
いろんな課題があるわけです。

中山参与がいなくなって細田・杉浦体制になった後、偽の遺骨が出てきて、政府として当面絶対にやらなくちゃいけないことをやった後ですね。
今後どうするのか?と言うことの検討はされないで、北朝鮮の出方を見るという事でずっと放って置かれたんです。
言う事だったんじゃないかな?と思うんですが、それが北朝鮮の出方は何も変わっていないのに安倍官房長官になったら、すぐ専門幹事会の増強を図って各省庁から全部出したんです。
それから政務官を外務省の政務官と内閣官房の政務官を拉致担当として入れるんです。
山谷(えり子)先生と山中(あき子、あき=火へんに華)先生が拉致担当の政務官になったんですね。
宮内庁以外のすべての役所が入る専門幹事会になって、それを呼び名を「拉致問題特命チーム」とすると決めたわけです。
そしてひと月に多いときは2回とか3回、会議を開いている。
ポスターを作ったり、英語やいろんな国の言葉でパンフレットを作ったりする作業が突然大胆に始まるんですよね。

それだけではなくてですね。
その専門幹事会は全体の会議ですから各省庁が上げてやるという事でやるわけですけども、実質的に動くためにはプロジェクトチームみたいのが必要なんです。
その専門幹事会の下に二つのチームを作ったんです。
ひとつが「法執行班」というので、法律を執行する班です。

実は安倍さんが官房長官になった直後に、井上さんと言う今度政務担当の首相秘書官になる人がいるんですが、井上さんが事実上の責任者になって法執行班的な事をやっていたんですね。
非公式にやっていたんです。
官房長官直属でやっていたんです。
実はその井上さんは内閣拉致問題連絡調整室にいたんですね、安倍さんが官房長官になるときに。
それまでは安倍さんが副長官のときの秘書官だったんですが、調整室にいたときに実は法執行について検討していたんです。

我々は当時経済制裁法の発動と並んで、北朝鮮や朝鮮総連に対する余りにも今まで法律の適用が不適切だったと。
法適用の適正化も求めるという事も広い意味での制裁として求めていたんですね。
税金の問題やあるいは朝鮮総連の幹部で北朝鮮の国会議員を兼ねている人が自由往来できるのはおかしいじゃないかと。

その時はですね。
細田官房長官に言ったときは、これを法務省に聞いたときは法律上出来ないんだと言われたんですけど、ミサイルが飛んできたら法律が変わってもいないのに出来たんですよね。(笑い声)
法務省に聞いてもらったら法務大臣の権限で出来るんだと、何であの時出来なかったのか?と釈然としないものはありますけど。(笑い声)
そういう事をですね。
実は検討していた人を官房長官の秘書官にして、各省庁に「これとこれとこれは出来るはずだよな」と言う事はやっていたわけです。

RCCというのがあるんですね。
朝鮮総連は朝銀信用組合を持っているんですが、それがどんどん破綻していきまして公的資金が1兆4千億円も入ったんです、合計で。
公的資金が入るとですね。
その債権を債権回収機構というところが引き受けて借金取りをするわけですね。
不良債権を返せと。

そのRCCがですね。
朝鮮総連というのは任意団体なんですね。
商法上の法人格を持たないわけなんです。
だからお金を借りられないんです、総連では。
でも朝鮮総連系の個人や会社がお金を総連系の信用組合から借りているんですね。
担保は何か?というと、総連が持っている民族学校の土地や総連朝鮮出版会館と言う土地建物を担保にして、総連の信用組合から総連の人間がお金を借りて踏み倒している。
そうすると預金者保護といって公的資金が入ると、言う事が行われて来たわけです。

善意の預金者を保護するというシステムを借りている人と貸している人と担保を全部、書類は別だけど上で操って作っている人がいたんじゃないか?と。
その借りた人のところへですね。
ジャーナリストが、これはアエラと言う雑誌が一番最初にやったんですが、1億とか2億とか借りている人の家へ行ってみると6畳と4畳半くらいのところに裸電球ひとつで暮らしていて、「返すつもりなんか無いですよ」と言っていると。
書類上だけ彼が借りた事になっていて、破産してしまえば終わりです。

しかしそれに対してRCCは、2千億ぐらいをRCCが担当していて今回収作業をしているんですが、そのうち600億円について名義上は朝鮮総連と入っていないけれども、実際は朝鮮総連が借りたとみなすと言って去年の11月に朝鮮総連を相手に日本政府が民事訴訟を起こしたんです。
金を返せと。
これは法律を執行しただけです。
しかし、不明朗な金の流れがあったわけですね、今まで。

アメリカも不明朗な金の流れをやっている所にはアメリカの法律を適用しただけなんですが、先ほど法の執行と言いましたよね?
実はアメリカも金融制裁と言う言葉は政府の中でも使っていないんです。
法の執行と言っています。
安倍さんはその言葉まで足並みを揃えているんですよ。

・・・その4へ続く・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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東京連続集会(7) 西岡力氏-2

   『西岡力 救う会副会長の講演 その2』

それでその亡命者の話によると、カン・ソンサンですとか金タツゲンというそういう経済官僚が計って、金日成に直訴した。
このまま行ったらば経済がめちゃくちゃになってしまう。
国庫に金が無くて39号室に行く。
それを止められるのは父親だけだ。
父親は実態を分かって、息子を呼びつけて怒鳴ったと。
死ぬ一年前くらいです。
そして経済活動を息子から取り上げて自分が直接やると。

息子を監視するために息子との後継者争いに敗れた自分の弟を、これ田舎に引っ込んでいたんですが、それをもう一回持って来たわけです。
副主席にしまして、経済は自分がやる。
息子は、「39号室資金と言うのは韓国を革命化するための資金として使っていたんです」と、必死で弁明をしている。
しかし、その亡命者の人の言葉によると時はすでに遅かったと。
息子は父親の活動や父親に入る情報をすべて管理できる体制を作っていた。

最終的に妙高山の別荘で父親は心臓病で死ぬんですが、その時心臓病の侍医はそこにいなかった。
心臓蘇生装置、海外から輸入した最新の装置があったんだそうですが、それは妙高山に持って行っていなかった。
いうことを、かなり高いクラスの今韓国で非公開になっている亡命者が言っているということを、間接的にその人から聞いた人がいると。
39号室資金をどう使うのか?ということでつまり親子の対立が起きて、金日成がもしかしたら殺されたのかもしれない。
あるいは少なくとも重病だったのを放置されていたのかもしれない。
それくらい体制の根幹に関わるものなんですね。

前回の第一次核危機の時、アメリカ政府は日本に対して朝鮮総連の送金を止めろと言って来たんです。
アメリカはそれが分かっていて、39号室の資金を止めれば北朝鮮は苦しいと。
爆撃などしなくても北朝鮮に体制の危機まで追い込むことが出来るから、その後話し合いが出来ると。
実際日本は朝鮮総連からの送金を止めるべく動いたんです。
警察はかなりの事をやってます。

一例だけ挙げますと、京都でですね。
朝鮮総連の民族学校が土地を売ったか買ったか、土地の取引をした。
京都市役所に書類が一枚出た。
いう理由で朝鮮総連の京都本部を家宅捜索して、金庫の中にあったフロッピーとか全部持っていった。
しかし書類は出ていたんです。
出ていたけれども、京都府警は全然動じず、「いや我々は何も法的に間違った事はしていない。なぜなら京都市役所が我々に書類が出ていないと言ったからです」
言って、一週間くらい持っていった物を返さなかった。

そういうふうにしてですね。
資金の流れを掴んで国税庁を使って脱税を上げて資金を止めるというプロジェクトが進行していたわけです。
93年の12月に警察庁が作った秘密・・・(聞き取れず)の文書がありますね。
それは私が書いた2002年に出した「テロ国家北朝鮮に騙されるな」と言う本の中に全文書いていますから、関心のある人は全文そちらでと思いますが、そういったことを書いていますが。

39号資金を手をつけようとしたらば親子の対立が起きて、最終的に父親が核を止めると言って核開発を凍結するいう所になったわけです。
そのときは北朝鮮は制裁は宣戦布告とみなすと言っていて、ミサイルも飛んできたわけです。
経済制裁をして39号室資金を止めても、ミサイルは飛んでくる。
今とそっくりなんです。
内部でも対立が起きると。

そのときは日本側は拉致問題を一切出していませんでしたから、そのときのテーマはあくまでも核問題。
金日成・カーター会談で核問題凍結が決められて、父親が亡くなった後も金日成がそれは守ると言ったので、39号室に対する制裁はそれで止まってしまった。
そして村山内閣は逆に北朝鮮に、北朝鮮に対して核凍結の代価として35億ドルで原子力発電所を作ってあげるという事と10億ドルを出すと約束したんです。
拉致問題が一切進展していないのに、10億ドル出すという約束が94年にされてしまったわけです。
実際5億ドルくらいは出したようです。
安倍さんは官房長官になったとき、「あれは借款で出したんだから返してもらう」と言っていましたから、ぜひ返してもらいたいと思います。(拍手)

しかし朝鮮総連の送金は今ものすごく引いています。
今はもう、往年の金額ではありません。
今度アメリカが狙ったのは日本からの送金ではなくて海外の預金、つまり北朝鮮に入っていない39号室の資金は。
海外の銀行に外貨の形で預けられている。
マカオの銀行や香港の銀行を使って、そしてスイスの銀行、ヨーロッパの銀行もたくさん使われているんですが、外貨の形で各地にある。
つまりそれを動かせなくしてしまえば良い。

その銀行は北朝鮮の銀行ではないですから、北朝鮮と付き合ったら犯罪資金を洗浄した事になる。
アメリカの金融機関は一切取引をしてくれなくなる。
世界中の銀行に預けられている39号室資金を動かすな、というんです。
動かしたらばその銀行はテロに加担したとみなして制裁をかけるぞ、ということを今言っているわけです。
北朝鮮もいろんな国に、ベトナムやモンゴルやいくつかの国に口座を移したと。
それが明らかになって、アメリカの財務省が言って止めにいったらば、ベトナムは作った後北朝鮮にいったん下ろす時間を与えて口座を廃止したようですけどね。
世界中を転々としているわけです。

今北朝鮮の貿易をする人は銀行送金出来ないから鞄にドルを詰めていく。
今年の2月と聞いているんですが、中国の瀋陽に北朝鮮から潤滑油を買いに来た。
中国に対して銀行送金が出来なかったのでドルを鞄に詰めてきた。
中国の業者が、「俺がいくら勇気があるといっても、お前の国から出てきたドルは受け取れない」(笑い声)
一枚一枚全部鑑定しなくちゃならないんです。
鑑定機は瀋陽に無いから北京から持って来なくちゃいけない。
(中国の)業者は「その費用お前の方で全部持ってくれ」と要求したんです。
潤滑油を買いに来た人はその権限を与えられていなかったので物を買えないで帰っていった。
通常の貿易についてもそういう事が今起きています。

だから金正日は中国に1月行ったんです。
中国の銀行だけでもどうにかしてくれと。
中国政府が核問題だけでも中間的な立場でアメリカと北朝鮮の間の立場を示していますけど、犯罪資金の洗浄の問題で北朝鮮を助けられない。

もう一つ、偽人民元も作ってるんです。(小さな笑い声)
それから中国にも麻薬を、中国人マフィアを通じて売ってるわけです。
中国は麻薬については厳しいですから、国家が偽札作ったり国家が麻薬を作ってることを、社会主義政権の中国もそれは認められない。
アメリカに証拠を突きつけられた場合は、それに加担していた中国の銀行が制裁されてもアメリカに文句は言えない。
中国を使って北朝鮮に圧力をかけるという意味があるわけです。

北朝鮮は先軍政治といっているんですね。
金日成が死んだ後金正日になって先軍政治で軍隊が先だと。
様々な資源がまず軍隊に送られる。
軍隊とそれから政治警察ですね。

北朝鮮の統治を支えていた柱は大きく3つありまして、一つは情報の統制と洗脳教育。
外の情報を都合の悪いものは一切入らないようにする。
ラジオもチューナ付いてない訳ですね。
スイッチしかない。
そして学校で幼稚園のときから金日成・金正日万歳しか教えない。

それから二つ目は主食の配給です。
主食は配給だと。
党が決めた職場にいない限り、配給はもらえない。
逆らったらば配給は止められる。
主食の自由販売を許していないわけです。

三つ目が逆らう人間に対する暴力です。
国家保衛部という政治警察があって、政治犯収容所がある。
人口の1%が常に収容所に入れられている。
みんな収容所に入れられたら生き地獄だと知っている。

ところが94年の金日成が死んだ後にですね。
大飢饉が起きて年間100万人が死ぬというような状況が98年くらいまで続いた。
300万人以上が死んだと。
その理由は配給が止まってしまったからです。
党に忠誠心を尽くしていた、まじめに配給を待っていた人もばたばた死んでいった。
闇をやった人だけが生きている。
闇をやったか泥棒をやった人か海外に親戚がいるか、親戚に政府高官か党の高官がいて横流ししてもらったか、そうした人しか生き残れなかった。

元々配給で国民を統制していたんですけども、配給を止めてしまった。
逆らったら配給止めるぞと言っていたんですが、逆らわなくても止めてしまったので、配給による国民の統制は利かなくなってしまった。
みんなそれぞれ自分で食べるしかないと思って闇をやるようになって、今も配給は復活していませんが食べているんです。
何とかして自分で食べる事が出来る人が生き残っているんです。

そしてもうひとつ、目の前で家族がばたばた死んでいきましたから、金正日に対する信頼と言うのは地に落ちたんです。
北朝鮮は韓国の情報を入れないようにしているんですね。
比較は時系列の比較しかさせないんです。
70年前とか60年前は地主は全部日本人だったと。
金日成が戦争をやって日本を放り出したおかげで我々は主人になったと。
アメリカが戦争を仕掛けてきたけどそれを追い出して、だんだん生活は良くなってきたと。

言ってるわけですけども、見ている前で自分の家族が死んでしまったわけで、金正日時代になったら家族が死んだ。
時系列で比較すると金日成のときは良かったけれども、金正日になったら家族が死んだ。
アメリカのせいだというけれど、アメリカの経済封鎖はずっと続いているわけで、金日成時代は人は死ななかったのに金正日になったら死んだ。
洗脳教育・情報統制、もうひとつは後は脱北者が最盛期はですね。
30万人くらい出たんです、中国に。
それで8割くらいは(北朝鮮に)帰ったんですね。
食べ物とお金を調達して家族を助けるために帰る。
そこで情報を知ってしまう。

外のことを知っている人たちが(北朝鮮に戻って)、情報が流入して来た。
中国の犬が食べているものは北朝鮮の人間が食べている物より良いと。
しかし、韓国の犬はもっといい物を食べているらしいと。(笑い声)
言うふうに思ってしまう、事実ですよね?
それを知っているわけです。
情報がどんどん入って来てしまう。

しかし一つだけ残っているのは暴力なんです。
逆らった人間は家族連座制で殺すと、あるいは家族連座制で収容所に入れて酷い目に、生き地獄の苦しみに遭わせているんです。
そういう事がまだ金正日政権は出来ると思っているから、まだ持っているんです。
国民の恐怖心がまだ維持されているんです。

95年以降実は公開処刑がどんどん増えているんです。
脱北者の話によると金正日が教育事業をやっている時代じゃないと、銃声を聞かせろと。
ひと月に一回くらい住民を集めて公開処刑をして逆らうとこうなるんだぞと見せる。
政治犯を処刑するんですか?と聞いたら、政治犯はいない事になっているから政治犯は隠れて殺すんだと。
普通の食べ物とかを盗んだ人間を公開処刑にする。
ということを95年くらいから始めたわけですが、恐怖だけによる統治と言うのは恨みを買うわけです。
やられた人たちの家族・親戚は、金正日のせいで殺されたと思うわけです。
あるいは政治警察の人間に殺されたと思っているわけです。
やればやるほど、目に見えない形での反発が増えているわけです。

韓国は同じ民族なのに豊かに暮らしていると。
同じ共産党の支配でも中国人は豊かに暮らしていると。
餓死者が出ていないと。
なんで我々だけこんな目に遭わなくちゃいけないのか?と。
金正日のためだと、思う人たちが少しずつは出て来ている。
しかしその事を言ったら殺されますから。
それも家族連座制ですから。
その暴力装置を支えているのが39号室の資金なんです。

国内の一般の工場や共同農場は動かなくなっちゃったわけです。
配給を止めてしまってますから、人々が出勤して来ても大体エネルギーも無いし資材も無いし、出勤して来て自分の工場にある道具とか何とかをくず鉄にして中国に売って食べている。
「自分の工場の物を盗むのは泥棒と言わないんだ」と脱北者に言われて(笑い声)、あぁそうか、そういう物なんだと思った事が聞いていてありましたけど。
だからもう抜け殻みたいになっちゃってるんです。

しかし39号室にはお金があって核開発・ミサイル開発、政治警察の維持、金正日の贅沢な暮らしは出来ているわけです。
一般の人たちは餓死をしていても、39号室には別のルートでお金が回っていて、国民に対しては外貨を稼げと。
砂金を採るとかマツタケを採るとかいったお金は国庫に入らないで、そっちに行く。
金大中が送ったお金もそこに行った。
しかしそれを今、止めようとしているんです。

・・・その3へ続く・・・   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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東京連続集会(6) 西岡力氏-1

   『西岡力 救う会副会長の講演 その1』

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先ほど飯塚副会長が少し引用してくださいましたが、私がここで膠着状態ではないと去年からずっと言っていたんですね。
嵐の前の静けさで必ず嵐が来るだろうというふうに言っていましたが、昨年の9月のアメリカの発動した金融制裁が大変効いていると。
そしてもうひとつ、実は昨年の10月の末に安倍晋三さんが官房長官になった後、日本政府が余り目立たない形ではありますけども法を執行すると。
現行法規を厳しく適用すると言う形のかなり厳しい、広い意味での経済制裁をしてきて、それも効いて来ています。

それで北朝鮮側は今年になってからは1月には、突然金正日は訪中をして。
去年の12月に胡錦濤さんが訪朝をしたんですね。
首脳会談があって2ヵ月後に突然訪中をするということがあって、2月には日本との間で拉致問題を含む会談が持たれ、また金英男さんが出てきて記者会見をし、ミサイルの発射があると。
バタバタ、バタバタしているんです。
打つ手がみんな失敗していると思っていますが、とにかく現状を維持するのが辛くなっているんです。
動かざるを得なくなっているんです。

彼らの側からするとですね。
民衆政治というのは弱点になると思ってるんです。
民衆じゃなくて選挙なんです。
ブッシュこそが一番の敵だと思ってるわけですが、彼はもう次の選挙には出られない。
自分は彼が任期を終えても良いと、ブッシュが大統領府からいなくなるまで時間稼ぎをすれば新しい展開が生まれると、言うふうに思っていた事は間違いないし、一部の非公式の情報でもそういう事を言っていたようですが。
それに対して時間稼ぎを許さないと。
彼らが拉致と核とミサイルの問題で、誠実な対応を見せなければ時間が経てば経つほど苦しくする。
圧力を高めて彼らの状況が苦しくなっていくようにするという方針を、ブッシュ政権そして安倍さんが官房長官になってからの日本もとって、今それが効いてきているという状況だというふうに見ています。

ですから安倍さんが総理になってこれから何をするであろうか?というのは実は拉致問題だけに限って言うとですね。
分かっているんですよ。
去年の官房長官になってから、何をして来たのか?というのを見ればその延長線上で総理としてもやっていく事が分かるんです。

その事を説明する前にアメリカの金融制裁について少し中身を見ておきたいと思うんですが、アメリカは昨年の9月に「愛国者法」というアメリカの法律をマカオの銀行に適用したんです。
犯罪資金・テロ資金、あるいは偽札資金などの資金洗浄にマカオの銀行が、分かっていながら加担していた。
20年間くらい北朝鮮と商取引があって、分かっていながら加担していたという事で、そのマカオの銀行に事情を言わせたり弁明の機会を一切与えないで、アメリカの国内法で一方的に制裁をしたんです。
その制裁の内容は、アメリカの金融機関がそのマカオの銀行と取引を止めると言う事です。
あの銀行は、テロ資金・犯罪資金を分かっていても取り締まってないと。
そういう銀行とアメリカの銀行は取引を止めると一方的に決めたんです。

その結果どうなったか?というと、そのマカオの銀行、取り付け騒ぎが起こったんです。
アメリカの金融機関と取引が出来なければ、この銀行潰れるだろうと思って預金者が預金を下ろしに来て、それでマカオ行政府管理と言うことになって、北朝鮮の講座が約20あったんですがそれがいまだに凍結されているんです。
いうことです。
だいたい20億円くらいですかね?
余り金額はたいした事無いんですが、それよりも講座が凍結されたと言う事の方が重大でありまして、世界中の金融機関がそれを見ているんです。

実は昨年の9月にマカオのバンコ・デルタ・アジアと言う銀行に金融制裁がかかったんですが、そのバンコ・デルタ・アジアにかけたときに、・・・・・・・(聞き取れず)トリビューンという香港の経済専門の雑誌に、アメリカの財務省の人間がリークをしているんですね。
バンコ・オブ・チャイナも実は制裁の対象として我々は検討しているんだと。
バンコ・オブ・チャイナと言うのはマカオの銀行ではなくて中国の銀行です。
中国の5大銀行に入るような国営銀行ですが、日本で言うと昔の東京銀行のような外国為替に強い銀行です。
日本にも支店がいくつかあります。
その銀行とアメリカが取引を止めると。
かも知れないとリークをしたんです。

実は2000年の6月に金大中、当時の大統領ですが、平壌を訪問したときに4億5千万ドルの裏金・秘密資金を金正日に送ったわけですね。
そのうち2億ドルが中国銀行のマカオ支店にある金正日の口座に送られた。
ということを韓国の捜査当局が掴んでいるわけです。
中国銀行のマカオ支店にもアメリカがターゲットにしている金正日の個人口座があった、ということをアメリカは知っている。
当然その4億5千万ドルを送った事は不法行為ですから、韓国の裁判所で有罪になってまして当時の韓国の経済部長だとか・・・(聞き取れず)の長官は刑務所に入ったんですけど恩赦で出て来てしまった。
金大中元大統領だけは盧武鉉大統領がかばって、法治行為だから裁判には馴染まないと言って逮捕されなかったんですが、次の選挙でハンナラ党が勝てば当然金大中は逮捕されて、その問題で騒がれると私は思っています。
それでなければ韓国は民主国家とはいえないと私は思っていますが。

アメリカから見ればその2億ドルも犯罪資金だと。
韓国の法廷で有罪だとされた資金が中国銀行のマカオ支店に入っている、いうことですね。
中国銀行は慌てましてアメリカの財務省と水面下でいろいろ交渉したようです。
制裁は発動されませんでしたけれども、中国銀行のマカオ支店の北朝鮮の口座は凍結されている。
言う事をアメリカ政府の当局者がこの7月に認めました。

今アメリカの財務省の金融制裁の担当者の高官で次官とかがいるんですが、折に触れてでこう言っているんですね。
「北朝鮮の商業活動・経済活動は犯罪に関わる部分とそうでない部分を区別するのが難しい。なぜなら国家が偽札を作り、国家が麻薬を作っているからだ」と。
と言う事はですね。
逆に言うと北朝鮮と通常の経済活動をしている銀行もアメリカが一方的に制裁の対象にするかもしれませんよ?とアメリカの財務省の高官は公然と言っているんです。
犯罪資金を扱ったら制裁すると言っているんですけれども、北朝鮮は国家が犯罪をしているから、北朝鮮と付き合えば犯罪資金と付き合ったことになるのと同じだと言っているんです。

去年の12月に増元さんと私とソウルで開かれた北朝鮮の人権会議に行ったんですよね?
そこにレフコウィッツという、アメリカの議会が決めた北朝鮮人権法で任命された北朝鮮人権特使が来ていたんです。
駐韓大使とレフコウィッツが前に出てきまして、口をそろえて言うのは「北朝鮮は犯罪国家だ」
レフコウィッツさんはもっと過激でして、「国家が偽札を作っているのはナチスドイツと北朝鮮だけだ」
いうふうにテレビカメラが回っている国際会議場で、増元さんが言うんだったら分かりますけども(笑い声)、特使という人がアメリカを代表して断定したわけです。

日本からは安倍官房長官が急遽任命してくださった斎賀人権大使がいらっしゃったんですが、私が斎賀大使と挨拶しただけで何もしないで帰ってしまった。(笑い声)
ナチスドイツだって13歳の少女はさらわなかったと言って欲しかったんですけど。
つまり犯罪国家だと言う事は、国家と商取引をすると犯罪資金と取引をした事になる、言う事を言っているわけです。
そしてそうするとアメリカの国内法が適用にされる。
国連安保理事会も何も関係ないです。
一方的にアメリカがやる。

私の韓国に住んでいる知人がですね。
8月に韓国から、ワシントンにありますある北朝鮮関係のNGO団体にカンパしようと思って送金をした。
韓国の銀行を使って送金手続きが終ったら数時間後に自宅まで銀行から電話がかかってきた。
「あなたの送金先には口座名にNorth Koreaと名前が入っているけど、この講座は北朝鮮政府や個人と何か関係があるのか?」と。
「事情を聞かせて欲しい」と。
「調べがつくまで送れません」と。
多分コンピュータで自動的にNorth Koreaと出てきたら、止めろという事になっているんだと思う。
北朝鮮の人権活動をやっているNGOの口座なんですけど、North Koreaと入っているんです。
救う会も駄目かもしれないけれど(笑い声)、海外からの送金、もしかして。

つまり、韓国の今の政府はアメリカの金融制裁に賛成していないわけですね。
盧武鉉大統領は解除してくれとブッシュに今回も言ったし、前からブッシュ大統領に何回も言っている。
だから韓国政府は韓国の銀行に北に送るなと言っていないんです。
韓国の銀行でもアメリカから制裁がかかるんですよ。
アメリカは国内法で一方的にやりますから、アメリカと取引出来なかったら大変な事になりますから自粛しているわけです。
自主規制。

北朝鮮は金融制裁で送金だとか金融業務が出来なくなって困ってですね。
ケソンという韓国が投資している工場があるんですね。
そこに韓国人の企業のために韓国の銀行が出ているんですが、そこに北朝鮮の口座を作ってくれと要求して。
その銀行はアメリカが怖くて断ったんですが、今日でしたか、ニュースによると韓国政府はその銀行に「口座と作れ」と圧力をかけている。
言う事が分かっているわけですが、作れと言われても北朝鮮にわざわざ出ている銀行でも口座を作れない。
アメリカが取引を止めろということを脅している。
世界の金融秩序は今アメリカが中心に回っているわけですが、アメリカの銀行と取引が出来なくなると言う事は取り付け騒ぎが起きると言う事につながるわけです。

アメリカが狙っているのは先ほど金正日の個人資金と言いましたけど、これが実は重大な意味を持つんです。
今度10月の10日に発売される月間Voiceと言うところにその事を詳しく書いたんですが、なぜ?北朝鮮は貧乏な国なのに海外になんで口座があるんだ?ということです。
金正日のポケットマネーくらいだったら、党が食えないくらいだったらそんなにたいした事無いじゃないか。
我慢するだけだ。
いう事ですけど、そうじゃなくて海外にある資金を動かせなくなると政権の維持が大変難しくなるくらい、重大な意味を持つのが海外の口座にある資金なんです。
金正日の個人資金と言いましたけど、それを管理しているのは朝鮮労働党39号室と言うところです。
金正日の個人資金を管理する部署があるんです。

北朝鮮はですね。
国民に外貨稼ぎ事業と言うのを指導していて、マツタケとか砂金を採らせているんです。
それは政府には入らない。
国庫には入らなくて39号室に行く。
それから朝鮮総連が一時期は大変多額のお金を北朝鮮に送金していました。
いわゆるパチンコマネーとか言われていましたが、それも大部分は39号室に入っていた。
ミサイルを売った代金などもかなりの部分、39号室に入っている。

金タツゲン、キム・ダムヒョンという経済官僚が北朝鮮にいたんですが、国家計画経済委員長と言う、北朝鮮は一応社会主義で計画経済になったんですが、今は崩壊してしまっていますけども、その責任者になった人間がいるんです。
その人間と親しかった人が最近韓国に亡命したんです。
金タツゲンの話を今でも覚えているんですね。
ソ連が崩壊した後、北朝鮮経済はそれほど影響は無いと彼は言っている。
なぜなら、ソ連の経済圏に入っていなかったから。
日本との貿易も、・・・(聞き取れず)ながらもしていた。
帳簿上は大丈夫だった。

ところが国庫に入らなかった。
調べてみるとマツタケを輸出したと、マツタケの代金が入って来ていない。
調べてみると39号室の海外の口座に横流しされていて国庫に入って来ない。
物を売っても、生産した物を海外に売っても代金が39号室に行って国庫に入って来ない。
社会主義経済というのは計画経済で、国家がすべての経済を管理しているにも拘らず、収入は39号室に行ってしまって外貨が入って来ないと。

フンナムというところに肥料工場がありまして、日本の植民地時代に作ったんですが、それが施設が老朽化している。
外貨を下ろして新しい施設を入れないと、肥料が作れなくなって大飢饉が起きると金タツゲンは思って、しかし国家に金が無い。
金正日の所に行って「何とか39号室の資金を使わせてくれ」と言ったらば、労働党の組織指導部というところに呼ばれてつるし上げを食ったと。
「お前の思想が悪い」と。
「思想が良ければ肥料は出てくるんだ」とか、言われたと。(笑い声)
90年代の後半の大飢饉の一つの理由は、その肥料工場の肥料生産がすごく下がったと言う事なんですね。

・・・その2に続く・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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東京連続集会21(5)本間勝さん

   『本間勝さん(田口八重子さんの兄)のお話』

皆さん、こんばんは。(「こんばんは」の声)
田口八重子の兄の本間勝と申します。
本当に、安倍さんが総理になったことで政治家の中の最高の、我々拉致を抱える家族とすれば最高の人が日本のトップになってくれたなと本当に嬉しく思います。
今まで安倍さんが拉致被害者(家族)の我々に対して、皆が署名を持って行ってもちゃんと受けてくれて、会ってくれて、お話をしてくれて。
拉致問題については2002年の9月17日の小泉さん訪朝の時について行った経緯から、ずっと見守って支援して一番拉致問題について理解してくださる方だと言うことだと思います。

その人が今度トップになったという事で、今までの発言のブレが無いように、総理になった立場と官房長官の立場と、言えるトーンの大きさが多少影響があると思いますけど、今まで通りですね。
トップが今度は毅然としてやれば今度はトップが言う言葉ですから、官房長官の言葉とは違うわけですから、それが北朝鮮に対し大きな力になると思うんですね。

北とか韓国もそうなんですけど、中国の靖国問題を政治利用して反日キャンペーンを打って、北東アジアから日本をちょっと・・・(聞き取れず)のような形で今まで相手にしないような政治的体制を取ってますよね?
これが安倍さんになったときに、果たしてこれが本当の北東アジアの繁栄につながるだろうか?ということは、向こうも考えていると思うんですよ。
いつまでもそんな戦後60年も経っている問題に対して、過去の問題を引っ張り出して自分たちの体制維持のためにそれを利用して反日キャンペーンを打ってきたという事は、断じてここで切って頂いて今の政権に対してですね。
拉致を抱えていると、また先軍政治を抱えていると、自分のところの国の繁栄は無いんだと言う事を思い知らして、びしびし制裁をかけてそれを理解させるように、トップ同士の国同士の交渉を早く、小泉さんでちょっと滞ってましたけども早く軌道に乗っけて、この拉致問題を解決させて頂きたいと思います。

これからも皆さん、安倍政権の行方を支援していただいて、我々も出なくてもすると。
安倍政権が毅然として相手に対してくれれば、我々はここにいるように出て行かなくても済むわけなんですよね。
もう我々に任せろとトップに任せろということで、我々は国際的な拉致問題の包囲網、それをこれからもまだ軌道に乗っていませんから、それが我々のやる運動の最たるものだと思うんですよね、これからは。
そういった力を安倍政権の支援という形でしてバックアップしていければなぁと思っています。
これからもよろしくお願い致します。(拍手)

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東京連続集会21(4)飯塚繁雄さん

『飯塚繁雄 家族会副代表のお話』

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どうも遅れましてすみません、飯塚です。(拍手)
すでにお話があったかと思うんですけども、今回の総裁選の結果については本当におめでとうと言うふうな気持ちでいます。
私たち以前から安倍さんにつきましては、この問題を本当にやってくれるんだという全幅の信頼の元に今までおりましたし、その辺の対応をして頂きましたし。
官房長官のときからこの問題について具体的な姿勢を示さなきゃいけないという事で、非常に大きな範囲で例えば北朝鮮に対する制裁を考えていただき、更に今回の選挙中にでもですね。
いろいろ制裁面も、法律その他を含めた北に対する圧力を考えていってくれるという事ですし。

もちろん安倍さんが総理になったからといって即解決するとはいかないと思うんですけども、今度総理になるんですけど、圧力圧力圧力、そして対話だというふうに言っております。
これは今までの長い経過を見ると、この問題を蔑ろにして今まで日本の国民の税金をただ北に取られていただけだと。
挙句の果て人まで取られたと、いう経過がある中で、やわな交渉では絶対に日本の有利な国益、または結果は出ないというふうな事も信じておりますし。
そういう意味では日本の国内、更にはアメリカを初めとする世界の国際社会からの北朝鮮に対する非難。
それが相当広まっておりますし、実際に経済制裁を含めた今の北朝鮮の状況というのは相当苦しいと言うふうに聞いております。

そういう状態でありながらも北はあくまでも意地を張り、虚勢を張ってですね。
しからばやっぱり更に北に対するメッセージを強く言って、要するに制裁を強めてですね。
我々の国民の声と政府の態度と、あるいは世界を巻き込んだ北への非難を含めて、絶対に中途半端な交渉にならないように、目的は日本人をあるいは韓国人をあるいは世界の拉致被害者を全部返しなさいと言うのが最終目的ですし。
一人一人状況を説明してそれを終わりにすればもうこの問題終わり、拉致問題は終わりと、しばらく前の話ですけどもそういう傾向がありましたですね。

・・・(聞き取れず)から5ヶ月ですけども、例の韓国の金英男さんの話から進んで、横田家の情報だけを言って・・・(聞き取れず)する。
挙句の果てヘギョンちゃんを使ってですね。
この問題を諦めさせるまでいろいろ手をこねて来た経過があります。
ですからその他の家族の話は全く情報は全く無い。
どこからも話も無い。
と言う事は今までやってきた中で苦い経験がありますから、絶対にそういうことではごまかされないぞという精神面の元に今回この体制が、組閣はこれからですけど、前から言っているように拉致を24時間担当する専門の大臣を作ってくださいと、いろんな集会でも私も言っていましたけど、そのような気配もあるようですし、そういうものを含めてですね。
総理の指揮の下にこの拉致問題を絶対に後には引けないと、そういう態度でおります。

言葉の中に、たとえ一人の被害者があったとしても私は国家的な責任の元に取り返すと言う話もしておりますし。
・・・(聞き取れず)でも思いましたけど、一人二人どころか、特定失踪者も含めれば300人とも言われる日本人が向こうに行っているわけですから、それを一人ずつ一本釣りで解決すると言うのはこれはもう難しい問題ですから、この機会にですね。
一気に片付けていきたいと、日本人が全員一緒に帰ってくるというふうにして頂きたいなと感じるわけです。

という事で私たち、私もそうですが今回この・・・(聞き取れず)を取り巻く環境・情勢を見ますと、千載一遇のチャンスだと。
前、西岡先生が今は嵐の前の静けさだと沈黙だと、もうすぐ嵐が来ると。
今まさに嵐が来ている状況で、こういった機会を絶対に逃すことなく後退することなく前進していく。
政府には対応していただきたいし、私たちも安倍総理のですね。
足を引っ張ることなく出来るだけ連携を取り合って、今度こそこの問題を解決するんだと言う事を日本が一丸となってですね。
一枚岩で・・・(聞き取れず)を与えていきたいなと思います。

結果はどうなるか分かりませんけども、黙っていたんじゃ解決しない。
何かしなければいけない。
そういう意味では今前進しているんですよね。
そしたらこの前進を更に進めて・・・(聞き取れず)ように、また私たち、あるいは皆さんと一緒にこの問題を・・・(聞き取れず)し、あるいは活動し、目的に向かって頑張りたいと思いますので、相変わらずのご支援をよろしくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)

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東京連続集会21(3) 増元照明さん

   『増元照明 家族会事務局長のお話』

こんばんは、ご苦労様です。(「こんばんは」の声)
番組の宣伝じゃありませんが今代表が仰ったように、先週の放送では有本ご夫妻にお話をして頂きました。
来週は横田代表、再来週は飯塚副代表に新政権について聞いております。
スカパーを、もしお持ちの方はご覧になってください。
で、その中でもいろいろお聞きしているんですけども、まずなぜ安倍さんを信頼しているのかどうか?という事で、それぞれにお聞きしました。

一番やはり関わりが長いのは有本さんご夫妻です。
有本さんご夫妻も1988年、(北朝鮮から)手紙が来た時点から安倍晋太郎事務所ですよね。
そこへ行って、奇しくもその時に秘書官として晋三先生もいらっしゃったようですが、一番親しく接したのは飯塚さんと言う秘書官の方です。
飯塚さんと言うと副代表と同じ名前で、奇しくもそういう偶然が重なっているのかもしれませんが、人柄が本当に親身になって彼は外務省、それから省庁を一緒に回って頂いたというのがきっかけだったそうです。

その後何年かして1993年くらい、4年くらいだと思いますけども、当時日本新党が政権を取ってそのときの幹事長にお願いしに行ったらしいですね、有本さんご夫妻が。
そしたら会見が終って衆議院会館を歩いていたら、飯塚さんという方がたまたま偶然そこで会って、それで有本さんたちを見かけて向こうから声を掛けて来たそうです。
それで「今度晋太郎先生は亡くなったけど、晋三先生が一年目として今活動しております。必ずこの拉致の問題は晋三先生もやる」と言うふうに仰って手を取って頂いて。
その辺りから、安倍さんに対する信頼も強くなっていると仰っていました。

私が安倍晋三先生に初めて会ったのは、2000年の首相官邸で土下座したときだと私は記憶しています。
あの時初めて官房副長官としてその場にいた安倍さんに初めてお会いして・・・(聞き取れず)ました。
それ以前にこういう勉強会はひと月ふた月に一辺くらいあったんですね。
家族会とそれから救う会の幹事会の中でも、安倍さんと言う名前は常に信頼できる政治家、西村先生と同じように信頼できる政治家という、そういうことは聞いておりますし、そういうふうに私も見ていますし。
安倍さんと言うのは信頼できると思っていたんですが、初めてお会いして誠実な態度に非常に信頼できる方なんだなぁと言う思いをしております。

それに当時官房副長官として、官邸にメールが一杯来ているんです。
その中に横田拓也君がちょくちょく官邸にメールを送っていた、この拉致問題で。
で、それを全部見ていて、拓也君に「メールを見ています」と仰ったそうです。
そういうところからもこの拉致問題に対して、安倍さんは非常に強い気持ちを持っていらっしゃるということです。

更に一番信頼出来る所はですね。
これは拉致と言う非常な悲劇ですがそれが家族の問題ではない、と言う捕らえ方をするんです。
家族がかわいそうだから、だから私がやらなければならないという、そういう考え方ではありません。
国として間違いなんだ、これは。
国家として放っておいてはいけないんだという、その強い気持ちから取り組んでおられます。
最初っからそうです。
だから国会議員として当たり前のことをやるんだという、その気持ちが前面に出ていましたので、それからずっとぶれていません。
いまだにその気持ちを前面に押し出してやって頂いてます。

幹事長になっても幹事長代理になっても官房長官になっても、東京にいる役員を三ヶ月に一辺くらい一緒に集めていただいて話を聞いていただいたり、政府レベルではどうなっているのか?というのもすべて官房長官として、・・・・・(聞き取れず)個人としてもやって頂いてます。
その中に必ず中山元参与が同席されていますから、安倍さんのこの中山恭子さんに対する信頼も、拉致問題では非常に強いのではないか?と私は思っています。
中山参与は参与を辞められてもずっと家族との集まりの中では、必ず安倍さんが主導だったら中山元参与を同席させておられますので、非常に信頼を申し上げています。

拉致問題担当相か補佐官かまだはっきりしないですけども、我々が拉致問題担当相を作って頂きたいと申し上げたのは外務省と言うのは今谷地体制と言うのがあって非常に良くなっています。
昔は川口順子(外務大臣)それから・・・(聞き取れず)さんと言うラインじゃなくて、安倍・麻生さん、それから谷地さんというラインがあって非常に毅然とした態度を取って、今の担当の梅田参事官この方も関西弁ですけど、非常に強い気持ちを持っておられるので、外務省としては今我々が知っている限りでは、斉木さんがいればもっと良いんですけど、ベターな体制だと思います。
ただASEANとか地域フォーラムとかそれから対中、対韓でどうしても時間を取られますから、太平洋アジア局長はすべての事で出て行かなければならないですから、北東アジア課の課長もそこに同行しなければなりません。

その間この拉致の問題と言うのは、やはり手を付けられない状況になるわけですね、外務省としても。
ただ私たちは24時間、どうやったら救出できるのか?どういうふうに情報を集めればいいのか?どういう交渉の仕方をすればいいのか?
それを考えていける部署は、特命でも担当大臣と言う者がいて権限を持たせ予算もつけて、情報収集するためにもやはりお金がいるでしょうし、そういう面でもしっかりとした部署を作っていただきたいと思ってはおります。
今確かに外務省はしっかりしているけども、それだけではやはり足りないものがあるのではないか?
もし最優先の重要課題と政府が捕らえているのであれば、少子化も大変でしょうけど、少子化って確か猪口さんがなってらっしゃいますよね?
男女共同参画というのもあるのであれば、拉致問題担当相があっても良いじゃないか?
私は素直にそう思ったもんですから、あちこちで言わせてもらっていますが。

それは補佐官になるか、担当相になるか分かりませんけど、私たち家族がずっと言い続けてきた事。
安倍さんもきっと聞いて来て頂いて添った形に、おこがましいですけどもそんな形でもどういう形でも発信していっていくことは、非常に大きな意味合いを持つと言うふうに私は思っています。
確かにこれが担当相が出来てすぐに、一ヶ月や二ヶ月で解決するとは思いません。
でも金正日に対しては日本がこれだけの担当大臣を作って部署を作って、拉致問題を重要視していると言うそのメッセージを送る事になりますから。
今までは本当に制裁はしないわ、対話を急ぐわけではないわ、日本ってじゃあ拉致問題はどうでもいいのか?というふうに金正日は思ったかもしれない。
李登輝さんなんかそう言ったらしいですよ?
「日本って本当に拉致問題解決する気があるのか?」と。

そのくらいの誤ったメッセージを送り続けていた。
安倍さんだったらきっちりとしたメッセージを示していける。
大きな力があります。
だからこれはやはり安倍さんが来年の参議院選に勝てるかどうか?と言うのが一番問題なんですが、今ここまで言うとちょっと政治的になるんですが、当然テレビがあるからカットされるでしょうから話してしまいますが(笑い声)、民主党の小沢さんと言うのはハッキリ言ってまだ分かりません。
確かに豪腕なのかもしれませんが、つい2年ほど前はもうすべて終った政治家だと思っていたのが、・・・(聞き取れず)で国会対策委員長になって人気が出てきましたけども。

ただ、安倍さんと小沢さんではやはり安倍さんと私達は願うし。
国としてあれとか、国家としてどうやってしていくのか?は、私はまだ明確に安倍さんの方が私は示していると思ってますので、拉致問題、私は来年の7月までかかると思ってませんけども、今後の・・・・・・・・・・・(聞き取れず)非常に私たちにとっても深刻な問題になるわけです。
更に言わしていただければ、2年前の5月22日に小泉総理に「もしあなたがこの拉致問題解決できないのであれば次の政権に期待するしかない」といって、逃げてしまいましたけど。
昨年の衆議院選挙が政権交代のというか、政権を小泉さんがどなたかに渡すチャンスだったんでしょうが、あれはメディアのメディア戦略と言う点では非常に小泉さんを有利にしてしまって勝利してしまった。
そこら辺は、私たちと考えの違う方が大勢いるのかなと思います。
これから、ただ、そうですね。
私たちがおそらく1年かかっても拉致問題が進まなければ、国民の間から批判が出るでしょう。
でも、私は信頼した安倍さんがトップにいる限り、すべて任せるしかないだろうと言うふうには思っています。

確かに本当に冬は厳しいですし、今年の初めから今年中にというふうに思っていました。
北朝鮮はこの夏の洪水で食糧が無くなっているでしょうから餓死者も出るんではないかと言われている。
更に中国からの流入も少しずつ減る傾向にありますので、暖を取るのが非常に厳しい状況です。
マイナス20度、30度と言うと我々の想像を絶する寒さです。
私も北海道で最高20度くらいまでは経験した事ありますけども、10度くらいでも非常に寒い状況です。
北海道は部屋の中に大きなストーブがあって暖を取れますので、全然なんら困る事はないんですが、北朝鮮ではマイナス20度30度の時に暖を取れなければ、下手をする凍死者が出るのではないか?
その恐れさえある。
そんな中でまたこの冬を越さなければならないのか?と思うと非常に残念でならないんです。
ただ、まだ二ヶ月ありますから、なるべく救出の道筋だけは付けて頂きたいと考えています。
それでも安倍さんを信頼する限り、私はお任せしたいと言うふうには思っています。

今後メディアの力は大きいと思いますので、メディアの方たちも安倍政権を批判するだけではなくて、もっと応援する形になっていただきたいと思います。(拍手)
今、安倍さんが一人勝ちしたらこれは拙いだろうと。
それは良いじゃないか、一人勝ちしたあと小沢さんと対決して、これからの自民党をまとめていけるだけの時間が出来て良いじゃないかと私は思っています。
一人勝ちしちゃ拙いだろうって、何が拙いのか?と私は思っていますが。

今政府はそれだけ北朝鮮に対して金融制裁も、先日閣議決定しました。
更に外務省も、申し上げたとおり今体制としてはベターです。
そして担当相が出来れば更に北朝鮮に強いメッセージを送ることができますが、政府がそういう状況になっている中、メディアが逆風に民衆を仰いだり、それから北朝鮮に媚を売っているような姿勢を見せていると日本人の怒りが伝わりません。
私達は横田早紀江さんが仰りますが全体にこれは拉致問題は非道な問題であるという、金正日にメッセージを送らなければいけないときに、政府はようやく固まったのに、民間の方がまだ緩くしていたのでは、日本人の怒りと言うのが全く通じないではないですか?
それを何を考えているのか支局を置くようなそういう通信社もいますので、私はもっと実行して頂きたいと思っています。

メディアの皆さんは凄い大きな力になっています。
我々の運動にとっても大きな力になっています。
それは非常に感謝申し上げます。
でももう少し解決のために私たちと一緒に何が出来るか?と言うのを考えながらやって頂ければ、本当にありがたいと思います。
以上です。
すみません。(拍手)

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東京連続集会21(2)横田早紀江さん

『横田早紀江さんのお話』

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皆様、こんばんは。(「こんばんは」の声)
長い間、本当に長い長い間こうして拉致の問題に対してこうしてお話を聞きに来てくださったり、・・・(聞き取れず)で本当にありがとうございます。
本当にどうしたら解決するんだろう?っていう思いでいろいろ・・・(聞き取れず)ですけれども、よく考えて見ますといつも・・・(聞き取れず)に思いますけど、特にめぐみの事に関しては20年も分からなかった。
真っ暗闇の中で何一つ分からなかったのに、こんなに鮮やかにいろんな事が出てきて、生死が分からない。
そしてどこにいるのかが分からないというだけなんですけども、北朝鮮にいるというのは確かだし、そしてキムウンギョンちゃんという人も現れてきたし。
そして最近も結婚していた方が、韓国から拉致された高校生の中の一人だと言う事が、本当に驚くような事が出てきましたし、結婚したときの写真だとか子供が一歳のときの誕生日とか、本当に私たち想像もしていなかったような写真が次から次から出てきて、本当に驚いてばかりいるんですけども。

必ず他の人たちも一緒に、拉致をされた人は何らかの形で一生懸命生きていると本当に信じているんです。
だから今回の安倍さんが自民党の総裁になられたというい事は、本当に長い間私たちが待ち望んでいた事がなされた事で、本当に嬉しく思っていますし。
安倍さんはお父様の晋太郎さんのときから、有本恵子さんは特にご両親が晋太郎さんのオフィスで会われて、恵子さんの事を何とかしてくださいといつも話をよく聞いてくださったといいますから、安倍さんもお父さんと同時にそういう事も良く聞いていると思いますので、拉致という事に対して敏感に考えていてくださる人だということを、私たちも分かっていますので。
今回はあと安倍さんを取り巻かれる・・・(聞き取れず)方が、本当に熱心な方が選ばれて安倍さんのなさる事を支えて、汗を一杯かいて本当に一体になって、心を一つにして、何とかどうしたらいいだろうかと本気になって考えて協力していって下さるような方が選ばれて欲しいなと、それだけが願いなんです。
だから本当に良い方がここに就かれることを一生懸命願っております。
これからもよろしくお願いします。(拍手)

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東京連続集会21(1) 横田滋さん

   拉致被害者の年内帰国を求めて

  次期総理に家族が期待すること 東京連続集会21
                   06・9・21 友愛会館にて

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『横田滋 家族会代表のお話』

皆さまこんばんは。(「こんばんは」の声)
予想通り安倍さんが2位に大きな差をつけて総裁に選ばれました。
従来から拉致問題の解決について幹事長をやったり副官房長官をやったり、それぞれの立場でこれまでも拉致についてご尽力頂いておりましたので、ぜひ安倍さんに総裁になってかつ、総理になると言う事は願っておりましたのでそれはそのとおりになった事は良かったと思っております。

先ほどもチャンネル桜で増元さんと一緒に出ていたんですが、安倍さんといつごろ知り合ったんだろうか?と言う話をしたんですけど、余りはっきりした事は覚えていません。
平成14年になりますと拉致の問題に対する関心が深くなって、小泉総理が「拉致問題の解決なしに国交正常化交渉の妥結はありえない」と言う事を、ブッシュ大統領との首脳会談で話されたんですけど。
その頃には安倍さんは、例えば省庁が縦の関係になるので横の連絡が悪いから拉致の専門幹事会を作っていただきたいとお願いしたり、それが実現して議長をやってくださったり。
・・・(聞き取れず)も出るとか出ないとか、いろいろな問題が起きるといろいろな事があった中で・・・・・・・(聞き取れず)て頂いたり、その頃は良く覚えているんですけど、一番初めというとどこかな?とちょっと記憶に無いわけです。

現在は組閣が決まっていない段階ですからどのような人選になるのか分かりませんけど、拉致の専門の担当大臣を任命するって言う噂も出ていますし、その人選も平沼さんとか前の中山参与とかいろいろな方が噂になっていますけど、やはり常時拉致問題を担当してくださる方を設けると言うことはやはり意味が大きいと思います。

それと先ほど言いました拉致の専門幹事会と言うのは、各省庁のかなり上の方の人がメンバーになっているわけですけど、安倍さんが昨年官房長官になって拉致を担当する官房副長官は杉浦さんから鈴木さんに代わったわけなんです。
それで平成16年の11月にめぐみの遺骨と称するものが伝えられまして、そして12月8日の日にそれが別人のものと鑑定されたわけです。
それで他の方の資料の精査もありましたので24日の日に杉浦官房長官が、「北朝鮮が速やかに誠意ある態度を取らなければわが国としても厳しい態度を取らざるを得ない」という発言をなさいました。
そしてその二日後の26日の日に専門幹事会が開かれて、これからどういう扱いをするかと言う事を協議されたわけなんです。

しかしその次がいつ開かれたか?と言うと、安倍さんが官房長官、鈴木さんが官房副長官になった昨年の12月ですから、1年間何もされてなかったわけです。
それを特命チームと名前に変えまして、前は直接関与する省庁だけのメンバーだけだったんですが、宮内庁を除くすべての省庁のかなり上の方のメンバーが、更に山谷さんとか中山さんの政務官の方も含めて拉致の特命チームを作って、その下にあるのか横なのかちょっとはっきりしませんけど、そこに情報収集チームが警察庁とか公安調査庁そういったところで情報収集のチームを作って。
そして法執行チームと言う実際の取締りなんかをする税関であるとか入国管理局とか、そうした一つの法執行チームと言うのを作って、昨年から最低月に一回開かれていますし、3月には3回開かれているんです。

そしてポスターを作ったり、英語のパンフレットを作ったり、それ以外にも韓国語とか中国語等も作って、山谷さん山中さんの政務官のような方がアフリカの方へ行って相手方の大統領なんかに渡して拉致の事を説明して協力を依頼すると、非常に活発に動き出したわけなんです。
安倍さんがトップという事になっていますけど、その上には当然小泉さんがおられる訳です。
今度は官房長官から・・・(聞き取れず)ということは、さらに安倍さんが総理になられて、その次どなたが官房長官になられるかというのは、それから拉致の担当の官房副長官がどなたになるかと言うのは、まだちょっと分かりませんけど引き続き有能な方を登用して拉致を一日でも早く解決するようにしてくださると思っています。

安倍さんが総理になると、いろいろなエピソード等をテレビで紹介していますが、やはり父上からは「政治をするときは命を懸けてやれと言われた」とか、「物事を決めるときは相手の立場に立ってやりなさい」と言う事を教えられたと言いましたけど、拉致の問題につきましても気持ち等を考えた上で、これまでも時々例えば昼食会などを開いてそのときの状況を説明してくださったり・・・・・・・(聞き取れず)やってくださっています。

今度の総裁選のスローガンも見ますと、他の方ももしかしたらお話になったんだけどウエイトが低かったんで・・・・(聞き取れず)されていますから、載っていたのは安倍さんが拉致問題の解決をと言う事がスローガンに載っておりましたし。
それ彼特定失踪者の人も未認定の人も救出しなければならないと言う事も言われておりますし。
それから秋葉原の立会演説でも、ポスターでも日本は見捨てないとポスターを作ってましたけどあれと同じで、横田めぐみさん他拉致被害者を見捨てないとはっきりと仰ってくださいました。

ですから拉致問題に関心が深い方が総理になってくださったという事で。
我々は交渉と言う事は日韓、日中にしてもギクシャクしてますけど、総理が変わればそれがまたきっかけで会談が始まるかもしれません。
それから北朝鮮についても同じ事が言えると思います。
今年の2月の平行協議以来何の接触もありませんし、次にいつ開かれるかと言うのも決まってませんし、やはり新しい総理が決まったという事で、何らかの動きが出てくるんではないか?という事で我々も一日も早い解決を望んでおります。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年10月 8日 (日)

『理念の逆転』と『感性の逆転』須藤久監督

『理念の逆転』と『感性の逆転』
                須藤久著
 「破邪顕正の浪曼」1974年第一版  三一書房より

『理念の逆転』と『感性の逆転』

またしても、一人の若者が病院の前に捨てられた。約2年前の海老原君は中核派の手によって捨てられ、今度の川口君は革マル派の手によって捨てられた。二年前、革マル派は大量のアンケートを主として知識人達に配って間接的に中核派の非難をもくろんだ。
 が、今度は自らがその立場に立った。目には目、歯には歯と彼等は言っているが、物はいいようである。今度のは、この言葉に値しない。こんなのは目くそ鼻くそを笑うという。
 赤軍派の隣地殺人事件の時に反スターリン主義を掲げる両派は、それぞれ大衆的、組織的な革命ビジョンを持ち得ない者の末裔と評した。
 当然のことながら問題はそんなところにあるのではない。問題は、『人殺しが平気で行える感覚を持てなければ革命家とはいえない』などという『感性の逆転』にこそあるのだ。

「14名もの大切な仲間を私は殺してしまった。『なぜ殺してしまったのか』『私はこんなために闘おうとしたんじゃない』と解決の付かない疑問にどうして良いのか解らなくなります。しかし、私がここで錯乱してはいけない。私がなぜ殺したのかここで必死に考えることを止めたら、14名の死者、そして今殺人犯として捕らわれている仲間の犠牲があまりにも無意味になる。これだけ大きな誤りを犯してしまった今は、すべての重みを心に受け止めるようにしたい。
私はこれおから明らかにする事実は、徹底して冷酷であり、人間性のひとかけらもないものです。この事実を私はいまでは、認めます。しかし、3月の中旬ごろまでは、これほど冷酷であり、絶対許されるものではないとは思わず、<u>私は革命戦争を闘おうとしたんだ。温かい人間になろうとしたんだ</u>と叫びたかったのです。いまはこの(人間性のひとかけらもない)事実の重みを芯に受け止めようとし、そのうえで、私は叫びたいのです。
この事実が精神異常者性格異常者によるものとして片付けられようとしている危険をいまはっきり私は感じます。このように片付けてはいけないのです。普通の青年男女が、こんなに残虐なことをしたところに歴史的教訓があると思います。この教訓を無視して、事実を精神的異常者の犯行として片付けてしまったら、14名の死はまったく無駄になり、現在殺人犯で問われている私たちの痛苦がなんだか判らなくなります。」(47年4月18日『朝日新聞』永田洋子自己批判書より下線筆者)

このような痛ましい『感性の逆転』が何故起こってしまったのか、永田洋子の自己批判書にもある通り、本人達にも判らないのである。私たちは彼女たちと一緒にこのことをあくまで考え抜かなければならない。
獄中にいる当事者の永田洋子ら自身が、ふつうの青年男女が何故このような残酷な事をしたのかと血を吐く思いで自らを問いつめているのに、獄外で原稿料を稼いでいる自称赤軍派評論家どもは気楽である。なかでも平岡正明と言う男はまことに威勢が良い。もっとやれ、どんどんやれと彼の原稿の売れ行きはなかなかである。しかし、彼の駄法螺を革命への勇気と取り違えて感心している知的特権階級養成所のガキ共ばかりが革命を考えているのではない。私はあくまで故高橋和巳の遺志を受け継ぎ、私は私なりの方法で、この問題をあくまで問いつめてゆく。

ここで書いたいま、テレビニュースによれば早稲田の一般学生による、川口君虐殺糾弾集会が18時間も続き、糾弾される側の革マル派の肉体的衰弱が心配との理由で大学側が機動隊を入れ、機動隊は一般学生を打ちのめしながら革マル派学生を救出したと言う。

あぁ、平岡正明よ、この機動隊によって救い出された、殺人の平気な革マル派も革命的であるのか?

ところでこの『感性の逆転』ということばは、吉本隆明氏の『理念の逆転』という言葉に対応して使ったものである。ここで読者の手元に本誌10月号があるならば、お手数だがもう一度私が引用した吉本氏の文章を読んでいただきたい。

吉本氏は、なんでもかんでも最下層民衆や後進地域を持ち出せば、そこには、そのまま正義倫理が完成してあるなどと楽なことを思うなと言っている。そこになんらかの『腹わたをつかみ出す』ような知的覚醒の努力を持たぬ限り、最下層民衆は常に理念が逆転して在るのだということを説いている。

私はこれをちょうど裏側から見たことになると思う。なんでもかんでも知的覚醒に基づく『正当なる理念』を持てば、それがそのままですなわち正義=倫理の完成であるなどと楽に思いよがられては困るのだ。そこになんらかの最下層民衆の共同体感性との間に血のつながりを持たぬ限り、知的覚醒は常に感性が逆転してあるのだということをいいたいのである。

おそらく吉本隆明氏も私も負っているものは一つのものであろうと予感するのだが、その立脚点は正反対のように思われる。吉本氏は『共同体の幻想』なるものを、そのまま、まるごとでなければダメだということを言っているのである。この『理念の逆転』と『感性の逆転』の対応関係は今後相当に辛い血みどろの格闘を自分に強いるものと覚悟している。

近代主義はまず人間の共同体構成と共同体感性を否定するところから出発している。親・子・兄・弟・姉・妹さらに夫と妻でさえ、これを『理性』によってすべて『他人』という『個』にバラし、そしてこれを『階級』という『利害』を共通の分母とする2つの階級社会によって再構成する。そして、この階級構成と階級理念以外は一切認めない。この一方が近代マルクス主義というわけである。

すなわち、人間と人間の実在関係の根本を『族』として『類』としての共同体感性によるものとせず、人間関係の原動力を『利害』という政治的人工的エサに定めて、理性的分配理念に求めようとした。

したがってそこでは人と人の結びつき、すなわち『団結』は人工的に構成された『敵』階級を殺すためのものであって、もっとも団結することは殺すためであり、もっとも殺すことは最も団結するためなのであるという『感性の逆転』が現実のものとなっていったのである。

近代のいう『統一と団結』はあくまで『利害』や『分配』を目前にした同一ブロック内だけのものであり、万一、何かの間違いでブロックを超えて団結しようものなら、たちまち裏切り者として殺されてしまうと言うわけである。始め、この『統一と団結』の提唱者はこんなはずではなかった。敵対する階級は2つだけであり、しかも片方はホンの一握りで、もう一方は残りの圧倒的多数全部だということであった。いつの世にもホンの僅かな悪逆非道な奴はいるものだ。だから2つの階級といっても、実際はひとつの階級みたいなものよとたかをくくっていた。したがって、この論理では、人類の『統一と団結』と我等が『階級の統一』は上手く重なって、問題ないはずであった。ところがどっこい現実はそうはいかなかった。利害の分配論理というものはタッタひとつであり得るわけがないから、圧倒的多数を自称するブロックが雨後の竹の子のように発生し、それぞれが『圧倒的多数』の利益を主張し、互いが相手を『圧倒的多数』の敵と規定し(反革命ともいう)、互いのブロック内だけにしか適用しない、『統一と団結』を叫んでちょっとでもブロックを超えようとすると、すぐさま病院の前に捨てられたり、裸にして埋められたりと言うことになった。こうなると、我が階級の『統一と団結』と、人類の『統一と団結』は重ならなくなる。近代のブロックはすべて統一理念を分母とした集団である以上、理念の種類が存在する数だけ集団の数もあることになり、理念は人の頭数だけ異なっておかしくないのだから、近代はもう自分以外はすべて『敵』として認識する他はない。そこでの『団結』はなんのことはない『自己愛』の役割しか果たさない。

人間関係の分母に論理や理性的認識を置くという近代主義はかくて、他者との結びつきに関して絶望的である。他者がすべて敵ならば、そこに『正当なる感性』があり得よう筈がない。
ここで『昭和残侠伝・死んで貰います』マキノ雅弘監督作品の一節を転載する。全東映任侠映画の中でその『正当なる感性』を証す代表的シーンであえる。
金もなく、メシも喰えず、おまけのチンピラたちに寄ってたかってなぐられ血だらけになった秀次郎(高倉健)はやっとのことである大きな銀杏の木にたどり着き坐る。そこへ15才の幾江(藤純子)が通りかかる。

幾江「お兄ちゃん、ケンカしたの」

といい乍ら近寄る。
秀次郎 「(思わず)よるなよ」
幾江  「(その声に驚くが)だって血が出ているよ」
秀次郎 「血が付くよ」
幾江  「大丈夫(徳利を差し出し)これで洗ってあげる。直ぐなおるんですって」

    と近づき、カサを置いて、かいがいしく徳利から酒を手拭いにしませて、傷の手当てをし始める。
    秀次郎の目にうつる----あかぎれた手寒そうにほっぺたの赤い顔。
    しゃべっている幾江の眼はおどおどしている。

秀次郎 「すまねえな・・・・ひでえあかぎれだな、痛えだろう
幾江  「ううん、修行ですもの」
秀次郎 「修行」
幾江  「あたし、ネ、芸者さんの卵なの。12の時に、可愛らしいなア、いい娘になるっていわれて買われたの、
      お父っあん、たくさんお金貰ったヮ・・・・」

    (中略)

幾江  「兄ちゃん、お金持ってる

     秀次郎、寂しそうに首を振る。

幾江  「今晩どこで寝るの
秀次郎 「うん、どこって・・・・・俺ア寝なくたっていいんだ、それよりその酒どうするの」
     と傷のところをおさえる。
幾江  「いいの、いいわ・・・・もう慣れてる・・・・ねえ、おかみさんにね、キセルでゴツーンと一つ、いや二つかな、たたかれたらいいの・・・・そう、そうだあたい、おかみさんに頼んでみる・・・今夜だけうちにとまりなさい・・・」

秀次郎 「とんでもねえ、そんな事したら、10も15もキセルで」
幾江  「あたい、おかみさんに、たのんでみる。兄ちゃんここで待っててね」
秀次郎 「いいよ、オイ」

幾江はそんな秀次郎の心配も聞かず、おかみに一生懸命頼む。がやはり、前借で半期奉公しているくせにと取り合ってもらえない。そのやりとりを表で立ち聞いた秀次郎はソッと去る。しかし、幾江はなおも粘り抜き、やっと物置ならよいという許しをもらって、飛び立つように表に出る。
   

   走って出る幾江、見回すが秀次郎はいない---。
   あっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・・・・。

幾江  「お兄ちゃあん!お兄ちゃあん・・・(と名前を知らないので困って・・・・しまって両手を口に当て)ヤクザの・・・ヤクザのお兄ちゃあーん

   と大声で叫ぶ・・・
   置き捨てられたカサに霧が尚も続いている・・・・。(F・O)

何という『正当なる感性』であることか。これは正に名作「難破船」に匹敵する名場面である。この少女の、この感性の美しさは一体どこから来るのであろうか。

ヒューマニズムや人民解放という近代思想が叫ばれ始めて、もう100年はゆっくり経った。にもかかわらず黒人問題、ユダヤ人問題、国内では被差別部落問題、在日朝鮮人問題等々と人間を差別してはならぬという実に簡単なことさえ、まだほとんど解決していない。政治的処置の問題ではなく、人間の心の問題として、近代人はまだほとんど「差別」一つ、なんとも解決していない。この100年の間に「差別」に関して幾百万の論文が書かれ、幾千万の書物が出版されたことだろう。差別を解消するための幾百の論理が立てられ、幾千の法律が立てられただろう。

「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と或るエライ人がいったそうである。そしてそのためには「学問のすすめ」をおこなわなければならぬといったそうである。だがしかし、学問や知識を充分に積んだと自称する者がどうであるかは今具体的に例をあげた通りである。それに引きかえ、この15才にして芸者に売られた、「汚れなき天使」は一個の文字も一片の理論も持っていないにもかかわらず、人間のまさに人間としての『正当なる感性』を、その<b>アカ切れた手の中で</b>知っているのである。孤独で淋しい15才の「売られた少女」は住所不定のルンプロに対して、なんらかの不信感、差別感も持たず、その姿が見えなくなると「ヤクザのお兄ちゃーん!」と涙声になって叫ぶのである。この少女の、この叫び声は、あらゆる文字や革命戦略をはるかに超えている。この少女の声が世界をおおいさえすれば、あらゆる差別はなくなる。あらゆる人間の悪を超えることができる。なぜか、なぜなのか。『正当なる感性』はなぜ、この少女の世界にしかないのであろうか。

近代理性は人間の感性をそのままでは「毒」になるものとして見てきた。しかし、人間の感性は、そのままでは共同体感性として現れる。人間が自然界の一部をなす動物という存在である限り、人間は性的な存在である。「男」か「女」かという存在であり、この両者の統合によってのみ人間は存在を続けているのであるから、それは否応なく、親子兄弟姉妹等の血縁共同体の世界である。従って、人間の最も自然な感性は共同体的感性であるわけである。

ところが、近代理性はこの共同体感性を蛇のように忌み嫌い、あらゆる血縁的存在を嫌悪し、「兄弟は他人の始まり」という後天的人工的因子で「階級」というような政治的なものにムリヤリ再構成しようとした。とくに近代マルクス主義は、この人間の協同的構成や感性こそが天皇制(領主制)の素因だとして、なお一層これを嫌悪し、一切の共同体理念を圧殺する挙に出た。これでは正当なる左翼理念(左翼理念を正当なものとして仮定して)が常に感性の逆転を伴うはずである。いかに天皇制(政治体制)が否定すべきものであっても、男と女が愛し合って、両親の下に子供が生まれる限り、工場から生産される自動車やロボットのように「個」という立場はあり得ない。人間であると言うことは、すなわち、男か、女か、親か、子か、兄か、妹かということである。人間が性的存在である限り、それは「血」の世界であり、近代のいう「個の主体性」なんてものは正確にはあり得ない。あるのは、共同体感性があるだけである。人間が共同体的存在であると言うことは、何といっても動かすことの出来ない事実である。このことと、どうにでも動かすことの出来る政治体制(天皇制)が良いか悪いかということは全く別の問題である。何よりも重要なのは、人間のまさに人間的実在であって政治ではない。もし政治が人間をおびやかすならば、政治をこそ粉砕すべきである。「良き政治」「良き革命」のために、人間の実存のほうが破壊されてたまるかということと全く同じ事である。

近代主義の理性や知識が、にもかかわらずあくまで「政治」や「生産」に奉仕し、共同体感性に敵対するものである以上、近代の「理念の正当」は常に「感性の逆転」を必然とせざるを得ない。

これを全く逆に考えれば、政治や生産に奉仕すべき何物をも持たない「売られた少女」がまさにその感性を毒されずに居ることは納得できるではないか。

東宝任侠映画。「任侠」とは近代権力に反逆する白刃の世界である。「任侠」が共同体感性の組織者であることは疑う余地のないものであるが、もう一つ、「任侠」はまた被差別絶対少数者のものであることから、これもまた、「政治」や「生産」に奉仕せねばならぬものと全く無縁である。だからこそ、東映任侠映画が、このような「汚れなき天使」の世界を創出し得たのである。否、東映任侠映画でなければ、このような「売られた少女」の立場にはとうてい立ち得ず、したがって、『正当なる感性』は手にすることが出来なかった筈である。

「ヤクザのお兄ちゃーん!」

これおほど『正当なる感性』に支えられた『正当なる理念』の世界が他にあろうか。

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須藤監督の挨拶(藤沢集会2006/10/7)

須藤監督の挨拶(藤沢集会2006/10/7)

~日本で拉致映画制作を目指す、須藤監督の思い~

          参照: 拉致映画制作委員会


 
 
 
 
 
 

どうも、みなさんこんにちは。

えーと、映画を作ると言うことは、なかなか信用していただけませんで、「拉致制作映画後援会」という話をしても、まず家族のみなさんに「へたなものを作るなら許可しないよ」みたいな反応の方が先に出てきまして、「そうですか、頑張ってください」と言う言葉より先にですね、そのくらい家族のみなさんがぴりぴりしているのが、よくわかります。

で、まぁそういうふうに、映画監督なり、映画界が信用がないのは私たちの責任でありまして。ただですね、映画監督にもいろいろいるということだけは、みなさんにわかってほしい。

まぁ、この飽食の時代にさまざまの映画が、しかも最近は、シネコンというのもできましたので、映画人口も少しはジりっと、あがてきたと言われていますが、そこに登場する(映画、監督?)、私たちの仲間が作るものですから、あまりこう良いことは言いたくないんですが。これは、ある評論家も言っていますけれども、≪最近は映像がほとんど社会とのつながりを失っている≫と。

で、じゃぁ、おまえはいったいどの辺に位置している男なのかということで、自分でちょっと説明をいたしますと、日本にはだいたい商業映画の流れと、それから、ご存じと思いますが、独立プロのの流れというものがありまして、独立プロの第一次、第二次、第三次まであります。

第一次は、みなさんもご存じのように、主に左翼系の監督たち山本薩夫さん今井正さん、家城己代治さん、その他のみなさんが頑張って一時期、戦後頑張られた時期。

それから、ここは藤沢でありますが、第二次独立プロの時代は、ヌーベルバーグ大島渚、 吉田喜重篠田正浩たちの、このころは、フランスの方でも、ヌーベルバーグがありまして、日本の方がまねをしたのかもしれませんが。まぁヌーベルバーグという、第二次独立プロと言う時代がありました。

ここまでは映画の制作費用は、ほとんど会社からでる。大島さんに言わせると、「会社を騙して作った。」これを彼は会社を≪犯す≫といってますが。そこまでは映画の制作費は、そう言う時代がありました。

こんどはその次ぎに、70年代第三次独立プロというふうになってきます。
これはみなさんご存じのように、同輩をあげますと、亡くなりましたけれど三里塚というあの大空港闘争を、延々と8年間も現地でとり続けた、<A HREF="小川紳介 、これが、第三次独立プロのまぁ看板であります。

※参考小川紳介

もうひとり私の同士、土本(典昭)という人が、水俣病にかかりまして、えーと、最近病気だと言うことをきいたんですが、これも地をはうように、12年も13年も水俣に取りかかると。
私はたまたまいろんな事もありましたが、自分の出生も兼ねまして、被差別部落に、だいたい7年半~8年ぐらいカメラを持ち込んだというふうな、そういう第三次独立プロのグループの中の一員と言うことであります。

この第三次独立プロからは、全部映画の資金も自分たちで作るというふうなのがこの特色でありまして。
最も、これは三里塚の映画にお金を出す企業というの全くいわけでありまして。70年から80年で、だいたい第三次独立プロというのは、みなさん年を取られましたし、収束していって、今のような、ちょっとこう、何とも言えないような、映画の世界が生まれてきて、その中で社会とのつながりを失った映像作品がいっぱいあるんでしょうが、ここで、「拉致問題の映画を撮るぞ」いうふうにと申し上げると「ん?」というふうな形で考えられるという現状であります。

でも、今私がそういう風なことを言ったのは、<映画をやり>ものには、いろいろありまして、家族や救う会のみなさんが命をかけてこれをやっていらっしゃるように、作家というのもですね、自分の作品には命をかけているんです。いや、かけてない奴がいっぱい多いから「ん?」という目で見られるんだと思うんですが、作品だってですね、良い映像をつくろうという人間は、それなりに覚悟をして望む者だと言うことを、判っていただきたいと思います。

で、まぁ、具体的なことですけれども、私がこれをやろうというふうに思い始めましたのは、福岡のほうですね、毎年一回デモがあります。そこに参加したときに、九州中の救う会の幹部の人たちが集まっていて、あとの懇親会のようなところで、「映画が欲しい」と。

私は、非常に、自分たちでお金を作るというのが、どんなに難しいかというのを、ちょっと知っておりますので、なかなかそこで「うん」とはは言えなかったんですけれども。

その後山口県で、県議会の中に拉致議連とうのができまして、そこの世話をしている人が、例の安倍晋三総理大臣の(言葉は下品ですが)選挙区で現金を握っている人という関係もありましてですね、そこで一生懸命、協力もしてもらい、はっぱをかけられる中で、「よし、この映画、やるべし」と。「資金作り難しいのはわかっているけど、やろう」と、それが、去年の2月から3月ぐらいの話です。

そういうわけで始めましたけれども、そのころの私の危機感は、政府認定の家族会のみなさんと、さっきお話のあった調査会のほうの未認定者(特定失踪者)がどっかで区分けされて、16人のみなさんのことだけであとはおしまいと言うことになるのではないのかという非常な危機感がありましたので、、『そうはいかないよ』という映画をつくるということで、拉致議連のみなさんと話をしながら、そのためにはどうしても、調査会の荒木さんのお話を聞かなくてはいけません。

荒木さんとは、映画をやりたいから知り合ったのではありません。映画の話の前から、荒木さんの本を読み、私も又本をお送りして、お互いがお互いの本の読者として交流がありまして、その中で、私は彼を盟友だと思っておりますが、そう言うことがあったので、「では相談しよう」ということになって、荒木さんに相談をし、こんどの映画のシナリオは荒木さんと共同で考えると言うことで、大変忙しい彼を、もう再三再四にわたって襲って、時間を奪ってですね、いまだかって完成しておりませんが。

荒木さんは、良い意味ですが、何をやらかすか判らん人です。
ですから私たちはこの拉致問題が、どう転がっていくかというのを、なかなかシナリオが端的にかけないんですね。で、もう、撮影に入る寸前までラストがかけない。何が起こるか判らない。

荒木さんも「何が起こるかわかりませんよ」とおっしゃるんでですね、そこんとこだけ、ラストがまだ決まりませんが、彼に食いつきながら、彼の意見を聞きながら、ラストは撮影直前に決めたいなーというふうに思っています。

ただですね、映画は、私たちは、劇映画ですから、≪後追いだけ≫では意味がありません。こうなって、こうなって、こういうふうになりましたということを、改めて劇にしたってそれは意味もないんでありまして。

映画はたとえばドキュメンタリーであり、劇映画であれ、『未来を予感するもの無ければならない』というのが、私の持論であります。

従って、私も荒木さんに負けないように、彼がいかなるどういう行動を起こそうといえども、俺たちの方にもやる気があるぞというふうな映画を考えています。

ただ、まぁ、制作資金の全くめどが立っていないのが、玉にきずでありまして、そっちの方、今鋭意いろいろと手を尽くして努力してる最中です。そういうことで、ご報告を終わります。宜しくお願いします。

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2006年10月 5日 (木)

南越谷集会(8)荒木和博氏-1

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その1』

今日は天気のお悪い中、多数の皆さんにお集まり頂きましてありがとうございました。
私、特定失踪者問題調査会の代表をしております荒木でございます。
今日は本当はうちの専務理事の真鍋が来ることになっておりましたんですが、ちょっと変えられない用事が出来てしまいまして、私がピンチヒッターで参りました。
ちょっと期待をされていた方には申し訳ないんですが、お許しいただきたいというふうに思います。

今日、これから画面を使いましてお話させて頂きますが、その前に今佐藤さんのお話の中で極めて重要な意味がございます。
というのは、我々どうしてもこの拉致問題という事で見るときにですね。
日本人の拉致のことばかりどうしても目が行ってしまう、と言うことでございまして、そうするとこの方々を取り返すということだけに視点が集中するんですけど、実はこのことだけに視点を集中させることが逆にですね。
問題の解決にとって決してプラスばかりではない、ということもあるんですね。

この先ほど佐藤さん仰ったように拉致問題の一番の根源と、それから北朝鮮の人権問題の根源はどちらも全く同じでございます。
私の話の結論にもなりますが、この問題の解決というのは北朝鮮の体制を変えてしまう以外にですね。
いかなる解決の方法もありません。
途中でですね。
金正日がごめんなさいと言って拉致被害者を皆返してくるということは絶対に有り得ないことでございまして、我々はその点は覚悟していかなければいけない。

私自身も北朝鮮の人権問題というのは最初からやっていたわけでもございません。
拉致問題で横田めぐみさんのご両親と一緒に動くようになり、やがて家族会が出来て、そして一緒にですね。
家族会の方々と救う会の活動をやるようになり、そういう中で韓国の拉致被害者のご家族の皆さんと一緒にやることになってですね。
実は救う会の最初の署名用紙というのは「北朝鮮に拉致された日本人を救出しよう」と言うような事になっておりました。
これが韓国の被害者の方々と一緒にやるようになって、「北朝鮮に拉致された人々を救出しよう」ということになり、その署名用紙の中に、韓国人の拉致の事が書かれるようになりました。
私自身、それをやっていく中で今度はですね。
北朝鮮の人権問題というのを、やはりこの深刻さと言うものを考えるようになって参りました。

ここにおいでの皆さん、それぞれに拉致問題に関心があってお出でだと思いますが、機会がありましたら北朝鮮から脱北した方々、姜哲煥さんですとかそういう方々がですね。
一体北朝鮮でどういう酷い目に遭って来たか?ということを、ぜひ一度本をお読みいただければというふうに思います。
必ずそうするとですね。
こういう体制だから拉致が起きるんだということがお分かりになる、というふうに思います。
私もそういうことでやって参りまして、本当にやるにつけですね。
今年も9月になってしまいましたけども、毎年冬が近づきますとまたこの冬が過ぎる頃までにはですね。
子供たちが何人も死んでいくんだろうなという思いをせざるを得ないわけでございまして、そういうことも含めて全ての拉致の解決が必要であろうというふうに思う次第でございます。

これからちょっと画面の方を見ながらご説明をさせて頂きます。
この拉致問題を考える上で是非とも一番ご理解いただきたいと私が常々言っている事なんですけど、これはですね。
救出運動と言うのは被害者の方々とかそれからご家族の方ですね。
皆さんが可哀想だからやるんではない、と言うことでございます。
これはあくまで自分とかですね。
それから自分の家族を守る事につながるものなんだ、ということでございます。

これ、どういう意味か?
今拉致をされている方々を助ける事が出来なかったらば次はここにおられる、今日は特定失踪者のご家族・拉致被害者のご家族の皆さんがいらっしゃいますが、全くそうではないと思っている方でもその後家族が拉致をされる可能性がある、という事でございます。
もともと拉致被害者の方々と言うのは誰一人としてですね。
自分がまさか北朝鮮に拉致されるなんてことを思っていた方は一人もいないわけでございまして、そういう方々が拉致をされている。
ですからその対象になる可能性はどこにでもある、という事でございます。

それから拉致以外の別の主権侵害ということがですね。
これ北朝鮮以外の国によって行われるかもしれない。
ひとつの例としてはこの間のロシアの漁船に対する銃撃なんかがございましたが、日本が何もしないという事であればですね。
周りの国と言うのは当然、じゃあもっと踏み込んで何かしても良いだろうと、いうふうになってくると。
これは竹島の問題もそうですし、あるいは尖閣の問題もそうですし、みな同じです。
ほったらかしても何もしない国だと思われてしまえば、その次にまた別のことをされるということ、でございます。

被害者とか家族が可哀想だからという思いだけ、これは私自身もここから入ってますので、これ自体を否定するわけではないんですが、これだったらどうなるか?
すると、北朝鮮が例えば日本にミサイルを発射するぞと、同じことは今でもずっと言っていますが例えばこうやってですね。
何月何日にミサイルを発射するぞというふうに例えば言ったとした時に、こういうふうになるだろう。

被害者とか家族の人たちも可哀想だと。
可哀想だけども、しかしそれを助けようとしてもっと被害が出たら困るじゃないか?と。
そうするとどうなるか?
じゃあちょっと拉致のことを言うのは止めておこうと、もうちょっと控えておこうという話になる。
で、そうするとどうなるか?というと、恫喝すれば効果があるんだなと北朝鮮は学習するわけです。
そうするともっとですね。
じゃあミサイルを撃つのを止めさせようと思うんだったらばこれこれこういう事をしろと。
例えば今であれば経済制裁を解除しろとか、そういうふうに言ってくる。

経済制裁を早く解除すれば話し合いに乗ってやるぞというふうに言われた場合に、日本の中で当然ですね。
これ拉致問題の解決のためにも話し合いに乗っかった方が良いんじゃないか?と、その為には経済制裁一度止めても良いんじゃないか?という声が出てくる可能性があります。
そうなると北朝鮮はどうなるか?というと、日本が良い事をやってくれたと。
だからこっちも誠意を見せよう、ということには絶対になりません。
どうなるか?というと日本はミサイルを撃つと言ったらこれだけ譲歩したと、じゃあ次何かあったらもう一回言ってやろうと、もっときつい事を言おうと。
そうするともっと譲歩するに違いないというふうに思ってくるわけでございまして、結局問題は進行化していくと言う事なんですね。

これひとつ、拉致の中の例でございますけど、原敕晁さんの拉致事件というのがございました。
昭和58年の6月ですね。
ちょうど田口八重子さんと同じ頃になりますが、原さんは大阪市内の中華料理店の店員でした。
58年の6月に騙されて宮崎県の青島の海岸に連れて行かれまして、そしてその工作員、辛光洙と言う工作員が原さんに成り代わって、全く他人なんですが原敕晁としてスパイ活動を続けて参りました。
そして昭和63年にこの辛光洙は韓国に入国して逮捕されます。
で、原さんを拉致したという事を自供します。

平成14年ですね。
14年になって小泉訪朝で初めて北朝鮮は原さん拉致を認めると。
これまでは韓国であれだけ証言しているにもかかわらず、原さんの拉致と言うのは一切認めませんでした。
翌15年に中華料理店の店主らを原さんの拉致の実行犯として、大阪の吉田府議あるいは八尾の三宅市議がですね、告発をする。
そして18年、今年になってから中華料理店とか大阪朝鮮総連の関係施設を家宅捜索しました。
しかし、今もですね。
猶原さん拉致に関する犯人は一人も逮捕されていません。
それからもちろん、原さんは帰って来ていない。
北朝鮮は死んだと言っています。

実はこの原さんの事件だけではなくて、いまだにですね。
一人として拉致事件の加害者として罪を問われた、略取誘拐で何年間と言う罪を問われた人間というのは一人もいません。
政府認定16人いますけども、その誰についても事件は立件されていない。
つまり、拉致と言うのは過去の事件ではなくて現在と未来にかかわる事件であるという事です。
全く誰も捕まっていないという事は北朝鮮に対してどういうメッセージになるか?と。
ああ、日本という国は拉致をやっても誰も捕まらないんだと、安心して出来るんだというふうになるわけです。
安心して出来るという事になるとどうなるかと言うと、またやるという事に当然つながって参ります。

2週間くらい前だったと思いますけどフジテレビの報道でですね。
スイスで拉致じゃないか?というような動きのですね。
ちょうどたまたまテレビのスタッフが調べていたらば、スイスの大使館でパーティーやるんで来ないか?と言うふうに誘われたと。
自分たち行かなかったけれども、その後誘った相手を尾行して行ったらば、途中で田舎の駅でですね。
車に東洋系の女性、おそらく中国人だと思いますが、女性とですね。
そして西洋人の男性を乗せてそして北朝鮮の大使館に入って行ったと。
後でここでパーティーがあるんだと聞いたんだけどもと言ったら、誰も入って来ていないと。
そんな事は無いと、いうふうに答えられたという報道がございました。
ご覧になった方もおられるかもしれませんが、あれが拉致であるというふうに断言は出来ないんですけども、最初ですね。
このテレビのスタッフから電話を受けまして、実はこういうことがあったんですと、いうふうに向こうが聞いてきたときはですね。
どうも局の中で話をしたけれども、何か半信半疑だったそうであります。

私はですね。
話を聞いて、ああ連れて行かれなくて良かったですね、と言うふうに申し上げたんですが、どういう形か分かりませんがやはり人間を連れて行こうとしたんであろうと。
本人たちがあるいはひょっとしたら留学などとして行ったのかも知れませんが、いずれにしても少なくとも正しい方法ではなく人を連れて行こうとしたんではないだろうか?
あるいは連れて行こうとしたんではなくても、中で協力者を作ろうとしたんではないか?という事で、基本的にはやってる事は全く変わりません。
だからこれから先も拉致をやる可能性は十分にある。
そのときに今まで政府が認定している人の犯人を捕まえていないということ事態がですね。
北朝鮮に対して大変誤ったメッセージを与えるという事になる、ということであります。

この写真は富山県の黒部川の河口でですね。
発見された水中スクーター、今から6年前ほど前に発見されたものであります
平成11年から12年の間に埋められたものなんですが、全長160センチで重量78キロ。
写真の左上に取っ手みたいな物がありますが、ここに捕まって工作員が移動するために使うものです。
見つかった場所はこういう場所なんですが、もちろん夜は本当に人通りが無い所なんですけど、非常に開けた場所です。
左下のこの写真の砂地のあたりに埋めてあったものが、雨で砂がだんだん露出していって見つかったという事で、これは本当につい最近こういうことが行われていた、いうことになります。

それから今のはつい最近ですが、これはすでに40年以上前、能代事件と言う公安関係者の中では有名な事件がございます。
秋田県の能代の海岸に2回に亘って工作員の死体ですとか、あるいはこういうゴムボートとか装備が打ち上げられたという事件です。
その装備はこういうピストルですとか、あるいは上陸したときに一般の民間人を装う背広ですとか、様々なものが打ち上げられておりました。
これはたまたま失敗したからこういうふうになっているわけであって、大部分の侵入は成功しますから。
つまりこういうですね。
ピストルを持ってごく普通の民間人の格好をした人が日本国内を平気な顔をして歩いていると、これは「いた」ではありません。
歩いて「いる」と言う事であります。

日本の海岸と韓国の海岸ですね。
こうやって比べてみると分かるんですが、韓国の海岸と言うのはこうずっとですね。
鉄の柵が巡らされています。
下の写真の左のですね。
端の方にちょっと小屋のような物が見えますが、これは韓国軍の警備歩哨です。
夜になりますとここにですね。
実弾をこめた銃を持った兵隊が立って、そして警戒をすると。
海は船がパトロールをすると。
そういうところでも平気で北朝鮮の工作員と言うのは入ってくるわけです。
今は韓国の政府がめちゃくちゃですからこんな事をしなくても入って来られますが、おそらくそれでも入ってはいるだろうと思います。

で、これと日本の海岸とを比べてみれば、一目瞭然なんですが日本の海岸と言うのは全くですね。
警備をしていない。
鉄の柵も無ければ、自衛隊員が警備をしているわけでもありません。
ちなみに今、陸上自衛隊のですね。
隊員と言うのは約16万くらいですから、これを例えば張り付けて休みも何も関係なく守らせようとして、どれくらいの範囲を守れるか?と言うと、全部投入して青森県くらいが精一杯と言う事だそうです。
全く出来ないということであります。

先ほどお話をされました、大澤さんがいなくなった佐渡と言うのはですね。
形を思い出していただければ分かるように、面積の割りに非常に海岸線が長い。
しかも人口が少ない所でして、船の上陸とかですね。
進入と言うのはきわめて簡単な場所だというふうに思います。

これは皆様も本屋さんで手に入りますので、立ち読みでも結構ですから一度ご覧頂いたら良いと思うんですが、「我が朝鮮総連の罪と罰」と言う本がございまして、これ韓光熙(ハン・ガンヒ)、ハンは韓国の韓に光にヒは朴正熙の熙ですが、と言う元朝鮮総連の財政局の副局長ですね。
この人が一人で設定した進入ポイントです。
全国を回りまして海岸で、こういうところなら入りやすい、ここだったらば入っていく方が目印になる。
それから待っている方は見つかり難いという場所を探した場所が、鹿児島から北海道まで38ヶ所、載っかっております。

で、大澤さんのいなくなった佐渡も2ヶ所か3ヶ所確かあったと思いますが、これだけの場所を一人で設定したと言う事であります。
あくまで一人です、一人。
こんなことをやったのは一人だけではありません。
何十人もの人がやっているわけですから、何百ヶ所もですね。
おそらく太平洋側も含めて進入するポイントがあったのであろうと、あったというか、あるのであろうというふうに思います。
ここから自由に出入りして、そして時には人を連れ出しあるいは拉致して行き、または弾薬を持ち込んだり武器を持ち込んだりとかですね。
あるいは日本の機密情報を持ち出したりとか言う事をやっていたという事であります。

これはもうご覧になった方もおられると思いますが、今から5年前の九州南西沖の工作船事件で沈没した北朝鮮の工作船でございます。
この船はですね。
船の事に詳しい方は見て頂ければすぐにお分かりと思いますが、非常に切り立ったV字型の船首をしております。
これは漁船の形とは全然違うんでありまして、ともかく如何にスピードを出せるか?ということだけを考えて作った船です。
で、この船で40ノットくらいのスピードが出ます。
この船の後ろが開きまして、そこからこの右側の工作小船というふうに言いますが、ちょっと一見するとポンポン船のように見える小さな船が出てきます。
この船は何でもない船みたいに見えますが、実は50ノットくらいのスピードが出る非常に高性能の船でございまして、これで海岸近くまで行ってからこの下のゴムボートですとか、あるいは先ほどの水中スクーターで上陸をするというふうになっています。

今の船にはですね。
対空機関銃とかあるいは地対空ミサイルとか、そういうですね。
様々な武器が積んでございます。
あの時はこの船はですね。
元々海上保安庁の船か銃撃は受けてもちろん破損はしているんですが、それで沈んだわけではありません。
そのまま逃げられれば逃げられたかも知れませんし、あるいはもっと反撃出来たかもしれませんが、船底に穴を開けてですね。
そして沈んでいったという事でございます。
我々は日本という国は平和だと思っておりますが、この平和な日本に自分で死ぬ事を覚悟して、そして非常に重武装の武器を持ってですね。
入ってくる人間がいるんだという事だけは、我々は覚えておく必要があります。

で、今お話したのは海岸線のお話です。
しかし、埼玉は言うまでも無く海がございません。
海が無ければ大丈夫じゃないか?と言うふうに考える方もおられるかもしれませんが、そう思うとですね。
なんで川口であんなにたくさん人がいなくなっているんだ?ということが、理屈が分からなくなる訳でございます。
問題は海岸だけが危ない、と言うことではないという事なんですね。
イメージとしてはこの拉致と言うのは、海岸で待ち伏せされてそして袋に詰められて連れて行かれると言う事があります。
しかしこれは完全な思い込みです。
田口八重子さんだって全然海でやられているわけでも何でもない。

連れ出されている場所は皆さん当然海ですが、しかしそこに行くまでの実際の拉致というのは、誰を拉致するか?ということを時間を掛けて調べて、そして騙して連れて行くと言う事の方が多い、と思われます。
全く海岸で待ち伏せされてというのが無いとは言えないと思いますけども、実際にはそれほど多くは無い。
先ほどの原敕晁さんの事件だって連れて行かれたのは青島海岸ですが、実際の拉致の舞台は大阪市内ということになるんです。

内陸での拉致をするためには当然・・・(聞き取れず)スパイとか協力者が必ず必要になります。
しかし先ほど言いましたように、誰一人として罪に問われた人というのはいません。
これまで拉致の実行犯として逮捕された事があるのは、久米裕さんの拉致。
久米さんと言うのは東京三鷹市(役所)のガードマンですけども、この人の拉致における東京のサラ金業者の李という男ですが、これだけです。
しかしこの李と言うのは結局ですね。
起訴されませんでした。
警察はしたかったようですけども検察が言う事を聞かなくて、結局不起訴処分で終ってしまって今でもこの人物はですね。
東京の今は現西東京市で普通の市民として、一回も罪を問われたことなく暮らしております。

・・・その2に続く・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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南越谷集会(9)荒木和博氏-2

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その2』

ちなみにこの久米さんの事件と言うのは昭和52年の三鷹ですけれども、藤田進さんの事件が昭和51年で小金井でございましてこの頃というは、小金井の大学に通っておられたわけですけど、この周辺でもですね。
三鷹とか調布ですとか小金井ですとか、そういう関係の場所でも非常に怪しい失踪ですとか、久米さんのように政府認定の拉致という事件が固まって起きているといいます。

で、この誰も罪に問われていないということはどういうことか?言う事になりますと、つまり今でもですね。
拉致にかかわった人間、これは朝鮮系の在日、あるいは民潭への偽装転向者、それから日本国籍を取った人、それから純粋な日本人で思想的に共鳴したかあるいは金に目がくらんでそして拉致を手伝った人間ですね。
これはおそらくやくざみたいなのがいるんじゃないか?と思うんですが、そういうのが多数今でも日本の国内にいるという事であります。

で、政府は一体どういうふうにしているのか?と。
この問題、先ほどもお話がちょっとありましたけども、この問題そもそも国がやる事じゃないのか?
そもそも個人とか民間団体がやる必要はあるのか?と言う声もございます。
我々もですね。
我々の事を慰労してくださる方は、元々国がやるべき事なのに、と言って下さる方があるわけですけども、しかしですね。
私はずっとこの事をやって参りまして思いました。

この問題はですね。
私たち自身の生命にかかわる問題であって、役所にだけ任せてはならない。
国がやるべき事であるのは間違いありません。
ただし国がやるべき事というその国と言う言葉の中には我々国民一人一人も入っています。
だからお役所だけに任せておいて、これはお役所の責任だからお役所がやれ、外務省がやらんのはけしからんとか、あるいは警察がだらしないとか言う事で終らせておいていいのか?というと、そんな事ではないということであるというふうに思うんですね。

で、政府認定の拉致事件というのは一体どういうふうに明らかになったのか?
昭和52年、久米裕さんの事件は最終的に久米さんを連れ出した、石川県の能登半島ですね。
宇出津海岸と言う所で北朝鮮の工作員に引き渡しているんですが、先ほど言った李が逮捕されました。
それで事件が分かった。
しかし、この件は不起訴になり、そして事件自体は極秘扱いをされています。

それから横田めぐみさんの事件は現代コリアと言う雑誌のですね。
平成8年の10月号に石高健二さんという大阪の朝日放送のプロデューサーが書いた論文で明らかになりました。
田口八重子さんの事件は金賢姫、大韓機爆破事件の犯人がですね。
リ・ウネという名前で呼ばれていた日本人の女性から日本語とか日本の風習を習った、いうふうに証言をしてそれによって明らかになったと。
田中実さん、この方は神戸のラーメン屋さんの店員ですけども、これはラーメン屋の店主が在日で北朝鮮からの指示に従って、自分のところに勤めていた田中さんを騙してオーストリアに連れて行って、そこから北朝鮮の工作員に引き渡すという事件ですが、この事件は文芸春秋にそのラーメン屋の主人と同じ北朝鮮の秘密組織にいた張龍雲と言う人が告白の手記を書いて明らかになった。

それからこの地村さん・浜本さん、蓮池さん・奥土さん、市川さん・増元さん。
この3件の記事は産経新聞の昭和55年1月のスクープによって明らかになりました。
それからヨーロッパ拉致の石岡さん、松木さん、有本さん。
この3人はその中のお一人、石岡さんが手紙を書いてそれをですね。
東ヨーロッパの人に渡して、「外国へ出てから投函をしてください」とお願いをしてですね。
そしてその手紙が札幌の石岡さんの実家に届いた事によって明らかになった。
手紙の中に松木さん、有本さんと一緒に暮らしてますと書いてあったわけです。
・・・(聞き取れず)によって明らかになった事件です。
原さんの事件はさっき言ったように辛光洙が証言をした事件。
そして、捕まっていない。
そして曽我ひとみさんとミヨシさんの事件は、曽我ミヨシさんは北朝鮮は認めていませんが、曽我ひとみさんについては警察の方から何も言う前に、これは我々が拉致していましたと言って出してきた事件でございます。

ちなみに、曽我さんの件を北朝鮮が出してくる9・17の前にですね。
佐渡で看護婦さんがいなくなっているという話は、私どもも聞いておりました。
実際にあの年の6月だったと思いますが、佐渡にですね。
当時私は救う会の事務局長でしたが、集会もあり、ついでにですね。
現地の調査に行って参りました。
その時当時の新潟の救う会の代表であった小島晴則さんがですね。
大澤さんの事があの当時は中心だったんですけど、ここでちょうど曽我さんが拉致されたあたりの所を通りまして、ここで曽我さんがいなくなっているんだと。
ただ新潟県警は、これは拉致ではないと認識しているというふうに言っておりました。
ですからあの当時は私どもはですね。
やはり佐渡でいなくなった方で一番可能性が高いのは大澤さんであろうと。
曽我さんはちょっとクレスチョンかな?と思っていたんですが、向こう側は逆の形で出して来たという事であります。

この16人を見ていただいてお分かりだと思いますが、警察や政府機関がですね。
誰も知らないうちからこれはもう拉致ですよというふうにいったケースはひとつも無い、という事でございまして、これはすなわちどういう事か?というと、これ以外の拉致が多数ある。
そしてその多数ある拉致を日本の政府は隠しているということでございます。
横田めぐみさんの拉致事件でも我々が聞いている範囲の情報では、いなくなって間もなく日本政府はあれは北朝鮮による拉致であるというふうに分かっていたという話がございます。
それをこの間、ずっと隠し続けて来た。
今から9年前までですね。
ということだと。

少なくとも9年前に西村慎吾衆議院議員の質問でですね。
明らかになる前に、少なくとも5年位前にはこの情報をですね。
これは安明進が元とした情報ですから、安明進が亡命したのは94年くらいだったかな?
亡命して、この事について話をしてからですね。
一度韓国の政府は日本政府に対してですね。
こういう情報がありますよと言う事は提供しています。
しかし一切調べていない。

日本海側で1970年代の後半に、バドミントンの帰りに中学校一年生の女の子が拉致をされたという、それだけの情報があればですね。
日本海側の県警に全部問い合わせをしていれば一発で分かっているはずです。
ひょっとしたらその時問い合わせをしてたのかも知れませんが、いずれにしてもそれを全く握り潰してしまったということでございます。
ですから今でも握り潰されている事件はたくさんあるはずです。

今拉致はですね。
どういうふうに問題解決をしようとしているか?言う事なんですが、こういうような左側の順番です。
まず警察が捜査をする。
そしてこれは拉致間違いない、証拠がありますねと言う事になったらば、内閣で認定をする。
拉致認定と言うのが16人いますが、認定をする。
そしてその後、外務省が交渉をする。
今はですね。
政府認定者以外でも1000番台リストの方を中心として、外務省が向こう側に名前を出してはいますけど。
それはあくまでも安否の確認です。
16人については生存を前提として帰国を求めるという交渉になっている。

そしてこれで北朝鮮が分かりましたと言う事になれば帰国をするという事になるわけですが、しかし実際はですね。
この間には山ほど壁があります。
まず警察の捜査と言うのは法と証拠の壁というのがあるんです。
証拠が無ければ警察は、これは拉致だとは言わない、と言う事であります。
例えば大澤さんの事件、今警察はそれなりに今一生懸命調べていますが、そうは言ってもですね。
昭和49年の2月の事件でございまして、この時に一体どうしたか?と。

この中におられる方でも、生まれてない方がたくさんおられると思います。
生まれておられて普通に仕事をしておられた方でも、昭和49年の2月の24日何をしておられましたか?と聞かれてですね。
私は朝ちょっと頭が痛くて起きて来るのが遅くなって、仕事へ行って帰りはあそこの店で一杯飲んで、二次会はあそこでカラオケを歌ったなんて話がですね。
出来るような人がいたらそれだけで十分飯を食っていける。
そんな方はいたらかえって気持ち悪いですね。
普通いません。

そうするとどうなるか?というと分かんないです、大抵。
分かんないと警察どうなるか?というと、証拠が無いと言っておしまいです。
つまり、例えば100件あったとしてね、仮に。
100件のうちで証拠が見つかってこれは拉致だと警察が言えるのはおそらく数件しかないだろう、という事になります。
そしてその数件を内閣に上げる。
上げたとしても今度は内閣がですね。
日朝国交正常化への未練があります。
それから拉致問題の方にしてもですね。
認定者が増えてしまえば北朝鮮が硬化するんじゃないか?いうふうに思うと。
そういうことで中々認定をしない。

今警察の方はもう一人、小住健三さんという方を拉致認定をするべく内閣に具申しています。
これは確か2年位前ですが、全く内閣の方は認定の方向を見せない。
田中実さんが拉致をされたのはですね。
1978年、昭和53年ですが、先ほど言いましたように事件が分かったのは平成9年でございまして、認定をされたのが去年の4月です。
北朝鮮が拉致を認めて、9・17の後でですね。
拉致を認めてからその次の認定が田中実さんですが、この間2年半かかっています。
こんな事をやっていたらいつまで経っても認定なんか出来ないです。

尚且つ、それでやっと認定したとしてもですね。
外務省の交渉に十分な力の裏づけが無い。
で、やっとですね、経済制裁をやりました。
安倍さんは経済制裁を発動した後に、これはミサイルの事だけではなくて拉致の事もあるというふうに言っていたんですが、しかし現実問題では拉致で経済制裁出来なかったんですね。
それが力の裏づけの欠如ということになって北朝鮮からすればどうなるか?というと、経済制裁をしないで済ましてくれているんだからありがたい、ということには絶対にならないんです、発想は。
経済制裁は向こうはしないんだなと、だから何をしても大丈夫だというふうになってしまうという事です。
結局北朝鮮からの帰国は出来ない。
大多数は見捨てる事になる、いう事になってしまいます。

いったいこの問題点はどう言うところにあるのか?
ひとつは常に後手後手に回ってきた。
大体拉致をされた、さっき言いましたように16人だってマスコミが明らかにしたとか、工作員が自白をしたとかそういう事でやっと認定をしたりするわけですね。
ですからそうじゃない人を認定するわけは無い。
後手後手に回ってきた。
北朝鮮がミサイルを撃ったから制裁をしましたが、ミサイルを撃ってきたからミサイル防衛をどうたらこうたらと言う話が出てくるという事で、非常に後手後手に回ってきたという事に問題がある。

それからこの問題を、拉致と言うのは戦争です。
北朝鮮が仕掛けている戦争であって、これは個別の犯罪ではありません。
そうすると安全保障という面から見る概念が必要なんですが、これがですね。
完全に抜けてしまっている。
あるいはあえて分かっているのに回避している、言う事でございます。

それからもう一つはアメリカや中国に対してですね。
無力感を非常に感じている人が多い。
どうせ日本が主導権を取れるわけが無い、いうふうに思ってですね。
だから何も出来ないんだと思い込んでいる人が多い。
現実にはこの間のミサイルの後はですね。
国連決議、安保理の決議でも、あれは日本が先頭に立ってやって実現した事でありまして、それくらいの事は日本にはやる力が十分にある。
それをですね、あえて見逃してしまっている所があります。

後は憲法が変わらなければ駄目だとか、総連が悪いとか外務省が駄目だ、警察がいい加減だ。
我々も確かにそれぞれの事については批判はします。
批判はしますけど、じゃあこれが逆に言うと全部上手く行くまで待っているのか?
こんな事をしたらみんな死んでしまいますので、そんな事では逆にそういう事を言っている人間の責任回避でしかないのではないか?と。
必要な事は今ですね。
攻撃は最大の防御という事でございます。
戦わなければ平和とか人権とかそんなものを守っていけない、という事でございます。

憲法を初めとする法制度的な問題、あるいは例えばマスコミの中に拉致問題に対して解決に批判的な人なんてまだわずかですけどいますし、あるいは・・・・・(聞き取れず)の人もいます。
それから国際的に言えば、韓国は足を引っ張る、中国は邪魔をする。
いうことはあるわけですけども、しかしこんな事は今後も続きます。
それがなくなるのを待っているわけには行かない。
逆に言えば今の日本の国力からすれば現状だって十分に対応は出来る、と言う事であります。

そして北朝鮮問題ですね。
これは拉致の問題、核の問題、ミサイル、そして北朝鮮の人権問題。
北朝鮮の人権問題といっても脱北者の問題もあれば強制収容所の問題もあり、一般への人権抑圧の問題もあり、それから日本から行った帰国者の問題ですとか、その日本人妻の問題、様々ありますがこういう問題の解決をするためには体制を変えてしまうという事がどうしても必要不可欠だということです。
その為には日本がですね。
やはり先頭に立たなければいけない。
自由とか民主主義とか人権とかですね。
そういう価値観で東アジアの秩序作りを我々が先頭に立ってしていくんだという事が必要でございます。

拉致問題を国際的に訴えるときに、「日本人の被害者助けてください」っていうふうに言ったってですね。
それはまじめにやってくれる人は余りいません。
だって我々が例えばですね。
アメリカ人がやって来てですね。
実はうちの息子がキューバに拉致されたんですと、日本は同盟国だから助けて下さいと言われてどういうふうに考えるか?と。
そりゃ確かに同盟国だから何かもし出来ることがあればやってあげましょうと、例えばキューバの大使館に一言言うとかそれ位の事は言ってあげられるかもしれない。
しかし、基本的にはあんたの所でやる話ですよねと、特に世界第一の経済大国であり軍事大国なんだからという事になります。

日本だってですね。
世界第二位の経済大国であり、軍事力だって小さいものではない。
回りの国からすればなんで日本人が言ってきて、他人の国に行って来て助けてくださいと言うのか?と言われてもおかしくない。
救う会なんかではそういうのもあってですね。
他の韓国とか他の国との連携と言うものを一生懸命やっているわけですが、やはり我々言わなければならないのは日本人こそがですね。
この北朝鮮の拉致問題を初めとする人権問題を解決、すべての問題を解決するんだという事をいう必要はあるだろうと。
それはどういう言い方か?というと、我々こそがこの北朝鮮の人権問題を一番身に沁みて分かっている。
国民を同胞を拉致され家族を拉致されて、そして苦しめられているんだと、だからその意味を我々良く分かっている。
もちろんその帰国していった人たちの問題もある。
だから一番良く分かっている我々が先頭に立って北朝鮮の体制を変えて、北朝鮮に住んでいる人が全てですね。
よりまともな生活が出来るようにしていくと、それはもちろん拉致被害者が日本に帰ってくる事でもあるんだと。
だから一緒に協力してくださいというふうに言うのがおそらく国際的には一番説得力があるんじゃないか?というように思います。

現在状況はですね。
我々にとって非常に有利に動いています。
これは一つは国内のですね。
官民における対応の強化、という事でありましてですね。
家族会・救う会が出来た9年前、あの時にですね。
同じ9年前に第一次の拉致議連が出来ているんですが、あの頃にですね。
日本の国会の中で、北朝鮮の人権問題で人権法を作りましょうというような話を言ったってですね。
ほとんど誰も相手にしてくれなかったはずです。

ところが今年の6月、北朝鮮人権法と言うのが大雑把な法律ではありますけども、ともかく自民党と民主党で話し合って法案を決めてですね。
延長もしなかった通常国会で通してしまった、いう事はこれはですね。
これはもう、大変な違いです。
先ほど佐藤さんの話の中でRENKの結成のときに、異常に激しい妨害があったというふうに言われていますけども、妨害は今ほとんど無いですね。
我々のところなんかにも、何かして来ないか?と思うんですけど妨害してくれません。
あんまり相手にしてくれないのかもしれませんが、あの、今妨害とかですね。
もし何かやっちゃったらマスコミがどれだけ書くか分からない。
朝鮮総連本当に潰されてしまうくらいの危機感を持っていますから、とてもそんな乱暴な事は出来ないと。
裏に回っての事はあるかもしれませんが、それは出来ないという事であろうと思います。

ちなみによく前はですね。
例えば核のミサイルの問題が出たら、朝鮮学校の女子生徒のですね。
チマチョゴリを切ったとかそういう話が出てきたのを覚えていると思いますが、あの話最近全然出てこないでしょう?
あれ何だったか分かります?
要はでっち上げ立ったんです、ほとんど。
全く100%でっち上げだったとは申しませんけど、あれをですね。
こういうふうに切れましたよなんて言って、こんなふうにやってですね。
何か記者会見とかやってたりしましたけど、あの切り口だってどう考えたっておかしい。
それからほとんど警察に申告、届けを出した例が無いですね。
で、しかも今こういうふうになって来るとですね。
全然出て来ない。

もしですね。
今の北朝鮮に対する怒りと、かつての北朝鮮に対する怒りと比べてみたらですね。
今の方がはるかに強いわけですから、もしですね。
本当に頭に来て、ああいう学校の女の子のスカートを切ったと言うんであれば、今なんかもっとやっていてもおかしくない。
ところが今全然出て来ないです。
どうしてか?と言うと、これは基本的にはでっち上げだったからです。
ああいう問題が起きるたびにそういう事を出して来て、そしてそれはですね。
後で北朝鮮に近いマスコミがこんな事があるんだから余り強い事を言っちゃいけない、いうふうになると。
そういうシナリオみたいな物があったかどうか分かりませんが、そういうふうになって来たという事でございます。

ちなみに在日朝鮮人のライターでキム・ムイさんと言う方がおられて、この方がこの事を実は昔10年以上くらい前ですか?
調べた事がありました。
宝島別冊にですね、書かれていたんですけども、その後しばらくしてですね。
キムさんは非常に不可解な死を自分のアパートで遂げるという事があったり致しました。
もちろんひょっとしたら例えばやった事件があったかもしれませんが、あったとしたってですね。
これが例えば在日とかその協力する人間がですね。
やったという事だって当然あり得るわけで、少なくとも今はこういう問題が出てこないという事の意味はですね。
そこにあると言って間違いは無いと思います。

それから何だかんだ言いながら制裁も実施をされたと。
それから国際世論も高まって来た。
これは拉致の事とか、あるいは北朝鮮の人権問題とかずいぶん国際的にもですね。
注目されるようになって来たという事ですね。

・・・その3に続く・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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南越谷集会(10)荒木和博氏-3

   『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その3』

それから北朝鮮自体もですね。
今非常に大混乱を起こしています。
例えばこの間の金英男さんですね。
彼を表に出して家族に会わせました。
最初拉致を認めたとき、4年前に拉致を認めたときには北朝鮮はですね。
横田めぐみの(夫の)名はキム・チョルジュンという人物である。
これは秘密機関に関わっているので、一切表には出せないというふうに言っていたんですが、日本がさんざんっぱら言うもんで、一昨年、去年か、出して来てですね。
日本の外務省と警察の関係者に会わせると。

ただこの時も血液を採ったりとか写真を撮らせたりという事はしていなかったんですが、それが韓国の拉致被害者の家族会の崔成龍さんという代表が中国で入手して来た情報で、これはですね。
韓国で拉致をされた高校生ではないか?という事で、そのご家族から血液等の採取をして、そして日本政府に渡してですね。
日本政府がDNA鑑定に出して、結果これが金英男さんであることが分かった。
そうなるとどうしようもないんで北朝鮮は金英男さんを出して来て、家族と会わせると。
どんどんどんどん譲歩しているという事になります。

彼が言った事をいろいろですね。
横田めぐみは死んだとかそういう話をいろいろしていますけど、しかし日本でも韓国でもあの話を信じる人はほとんどいません。
まぁ言わされているんだろうな、というのはみんな分かっちゃうんですから、そういう意味では北朝鮮は非常にですね。
厳しい状況に置かれている。

それから先日のミサイルを発射した事、これによっても中国とも韓国とも関係が難しくなってしまっている。
今北朝鮮の中は金正日のリーダーシップなんか全く無い状態でございまして、これによって完全に孤立状態で尚且つ国内は大混乱を起こしています。
もう少し手を突っ込んでですね。
引っ掻き回せば私はこの体制は倒せると思っています。

これから先、わたしはともかく年内の解決が出来なければ自分なりの責任を取ると申し上げておりますけども、ともかくですね。
これからおそらく山が今年の秋やって来ると思います。
その山はおそらくピンチとチャンスとして両方一緒にやってきます。
それをどうするか?ということは、要は我々の姿勢と言うか要は気合の問題でございます。
ピンチとチャンスとはどういう事か。
自分でも何となくピンチとチャンスが一緒にやってくるんじゃないかな?と思ってたんですが、ハッキリとですね。
それが何なのかいまひとつ分からなかったんですが、最近ひょっとしたらその一つが安倍さんではないだろうかな?と思うようになりました。

今までですね。
拉致の事を一生懸命やってくれた安倍晋三さんが総理大臣になってくれる、言うことはこれは我々にとって非常にチャンスであります。
この機会を逃さない手は無い。
しかしその一方で安倍さんが挙党体制みたいな形でですね。
総理大臣になってしまう。
あそこにくっついて来る人間は山ほどとんでもない奴がくっついて来るわけでございます。
例えばですね、ここで中川秀直ですとか二階とか、ああいうのがくっついて来る。
そうすると物凄く重たい荷物を抱えた状態で動かなければいけない。

おそらくそういう人たちの中からは、「いやまぁあんまりきつい事を言わないで、向こうと話し合いのルートを持っていた方が良いですよ」というふうに言う人もたくさんいるでしょう。
そういう中でそれを安倍さんが振り切ってですね。
この問題の完全解決に突き進めるかどうか?というのは私はかえって非常に難しいと思います。
何だかんだ言ってもですね。
安倍さん自身も自民党の役職のときは経済制裁についてかなり厳しく言ってましたけども、官房長官になってからは経済制裁をやるという事についてはトーンダウンしてしまっている。

いわんや総理大臣になってからですね。
そう簡単にそれを言えるかどうか?というのはまだ未知数です。
言えないとも言えないですけども、絶対に安倍さんだったら大丈夫だということは、私は言えないと思います。
それはある意味で言えば、安倍さんがそういう事をしたがっていると言うのは事実でしょうから、そこをですね。
何とかしていくためには我々自身がこの拉致問題の原則は絶対に曲げられないと、これだけで行くんだという事でですね。
やっていくしか方法が無い。
もし、安倍内閣がそれと違う事をするんであれば倒閣運動をするんだというくらいの気持ちでですね。
やっていく事が実は安倍さんにとっておそらく一番の追い風となると思います。

そうしないと逆に安倍さんが盾に使われて、安倍さんにマイナスになってはいけないからといって、我々が言うことをブレーキを掛けてしまえば、そういう使い道があるんだというふうにですね。
敵対する勢力は必ずそう言って来ます。
だからそういう意味でピンチとチャンス、それ以外にもピンチとチャンスがおそらくあると思いますが、これからどんどんやってくる。
だから我々はですね。
それはもう絶対にチャンスの方を掴むんだと言う事の意思を統一しておかなければいけないと思います。

この拉致問題解決についてですね。
どういうふうにやっていくか?という事で、これから解決の仕組みと言うお話ですけども、今やっています警察。
これは国内の捜査、これは警察の仕事ですからしっかりやってですね。
さっき言いましたように誰一人として罪に問われていない。
拉致をやった奴を次から次へと捕まえてですね。
どんどん裁判に掛けるというところへ持って行って貰いたい。

それからこちらは結構最近やっていますけども、北朝鮮系の組織の不法行為を摘発する。
それからよど号グループですね。
最近ポツリポツリとかみさんたち帰って来てますが、こういうのも海外の拉致の捜査を進めていく。
それから私は今全然ですね。
ほとんど話がなかなか出て来ない自衛隊の問題があるんですが、本来は安全保障上の問題と言うのは当然軍が関わって当たり前の話でありまして、自衛隊が当然ですね。
その役割を担うべきだと思います。

その一つは北朝鮮内部の情報収集という事で、被害者の状況とかですね。
北朝鮮の内部情報を収集して集める。
そんな広い国では無いので、情報収集それほど手間はかからないはずです。
私らはもちろんささやかながらやっているんですが、これはやはり本当にそういうことのプロがやっていく必要があるはずだと思います。
それから体制崩壊に伴って邦人を保護する準備をしていかなければいけない。
体制崩壊したときに拉致被害者の身辺が非常に危なくなりますので、これを救出するという努力が当然必要であります。

これは今年の3月に参議院でですね。
委員会で埼玉選出の山根隆治参議院議員が質問をしてくださいまして、初めて防衛庁長官が拉致被害者救出のための、関する答弁をしております。
これが初めてですね。
拉致の議連も出来て9年経ってですね。
やっと防衛庁長官が初めて拉致被害者救出で答弁をしたという、非常に酷い話なんですが、ともかく初めての答弁をした。
ただその答弁はですね。
外務大臣からの要請があったときに安全が確保されてから行きますという話でございまして、安全が確保されるんだったら自衛隊が行く必要は全く無いわけでございます。
誰が行ったって構わないんですが、そういう事でですね。

同じく、実はほとんど同じ事を今度は翌月に自民党の稲田朋美議員から衆議院で聞いてもらったら、安全が確保されればと言う事は、例えば航空機が着陸しようとしたときに飛行場に穴が開いていたら着陸出来ないと、そういう意味ですという事を言ってたんで、いくらかは前に進んだのかな?と。
これからちょっとバンバンやろうと思っています。

それから後特殊部隊による救出作戦ということで、これはですね。
拉致被害者の直接の連絡が取れるようになり、本人が危険を犯しても脱出したいという意思を明確にした場合は、例えば東海岸に何とかして連れて来てですね。
そこから回収をするという事、これは可能です。
今の自衛隊の力で。
習志野にあります特殊作戦部という部隊をですね。
使って、後海上自衛隊の潜水艦とか使えばですね、出来ます。
可能であればそこへ持っていってしまいたいという思いが実は非常にあります。

後、外務省はもちろんですね。
北朝鮮との交渉、それから同盟国とか友好国との連携をする。
そして脱北して、韓国人の拉致被害者が今まで4人ほど脱北しておりますが、この人たちの被害者の保護をする。
日本人でも拉致被害者が出る可能性がある。
その場合はこの保護をする。
それから海外での情報収集、これは当たり前の話です。

それから後、公安調査庁、比較的目立たないお役所ですけども拉致問題に関しては非常に一生懸命やってくれておりまして、国内での調査それから北朝鮮情報の収集等やっています。
もちろん経済制裁についてはですね。
経済産業省とか、あるいは厚生労働省とか様々な省庁が関係をするわけでございます。
だからまぁ、考えてみればほとんどの省庁が関係をする。
宮内庁はさすがにしないでしょうけど、それ以外はほとんどすると思います。

しかしそれを全部統括するのは首相官邸の意向であります。
これはまさに政治主導でやるしかない。
お役所ではこれいくら一生懸命やる官僚がいてもですね。
出来る事には限りがあります。
首相官邸がやるしかない。
特に今自衛隊を動かしたりするのは、いろんなハレーションがあるわけで、その中でやらなければいけない言う事は、総理の決断という事になるわけで次に総理になる方はそれを期待するわけであります。

民間の立場で我々何をしていかなければいけないか?と言うことなんですが、これは一つはさっき言いましたように、お役所だけにやらせておくという事だけでは駄目なわけで、姿勢としては政府とかあるいは議会等のですね。
私は建設的緊張関係と言ってますが、単に馴れ合いでも駄目だし、それから「あいつらもう駄目だ」と言うだけでも駄目だ、いう事でですね。
もし、それが望ましいと言う事をやるというときは、我々も犠牲を払ったって協力するべきであろう。
そしてまた、やってる事が誤りだと思うなら一人になっても闘う姿勢が必要ではないか?言う事がございます。

その延長線上でもありますが、例えば経済制裁などをやった場合に、やってそして外務省が交渉する。
こういうときに「経済制裁をすると危険があるんじゃないですか?」とか言ってブレーキを掛けようとする人がいるわけですが、そこはやっぱり国民が支持していかなければならない。
「外務省頑張れ!」という事を言っていって上げなければならない、言う事が必要であろうと思うわけです。
そしてミサイルを撃ってくるぞと言ったときにですね。
撃って来るんだったらやってみろと、いう位の国民の姿勢が必要です。

北朝鮮のテレビに良く出てくる、説教しているようなおばさんがいますが、ああいうおばさんたちがですね。
日本帝国主義は直ちに100倍1000倍にして、攻めて来たらお返ししてやるとかですね。
そういう話は良くするんですけども、北朝鮮の新聞なんかにも毎日出ています。
だからこれは時候の挨拶、「おはようございます」とか「こんにちは」みたいなもの(笑い声)で、余り気にする必要は無いです、全然。
ああそうか、また言ってるな?位で良いのであって、逆に今度はですね。

私は冗談半分・本気半分で言ってるんですが、せっかくこれまでですね。
誰がどう見ても軍隊と思えるものを「自衛隊」と言って来たんですから、こういう時はですね。
北朝鮮の東海岸のあたりにイージス艦でも浮かばしてですね。
派手にミサイル発射する演習でもやると、で向こうが文句言って来たらですね。
「日本には軍隊は存在しておりません、憲法で軍隊を持ってはいけないことになっているんで、あれは自衛隊です、軍隊じゃありません」と言ながらですね。
ぼかすかミサイルをぶっ放すと、あるいはF15をすぐ近くまで飛ばすとかですね。
どうせもう迎撃してくるような飛行機の油ありませんから、まぁ出来ない。(笑い声)

陸上ではゲリラをこれ見よがしに殲滅するような訓練でも見せ付けると、いうようなことをやって圧力を掛けると。
こういうのが北朝鮮には一番良く分かるんです。
何かしてあげるとかいうのは駄目ですね。
いう事を聞かなかったらぶっ潰してやるぞというのが、一番言語として理解してくれるのでそういうふうにしていく。
そういう姿勢が必要が必要である。
(会場より「行動で示すという事ですね」の声)
そうですね、行動で示さないとね。

後、ぜひお願いしたいのはですね。
拉致問題とか北朝鮮の人権問題もそうなんです。
拉致問題は最近よく言いますけども、北朝鮮の人権問題は中々マスコミも取り扱わない。
ここら辺の問題について積極的に報道したテレビの番組ですとか、あるいは新聞の記事ですとか、そういうのがあったらですね。
可能であればぜひ、「良かったよ」という事を一声電話でも掛けてあげるとか、手紙とかハガキでも送ってあげるという事をして頂きたいと思います。
そういうふうにすればですね。
やる人たちですね。
これ、どんなマスコミでもどんな新聞でも、やっぱり何人か一生懸命やってくれる人がいるんですね。
我々もそういう人たちに助けられています。

そういう人たちにとってはですね。
読者あるいは視聴者からの声と言うのは非常にバックアップになる。
局の中でですね。
「これはもっとやった方が良いかな?」という雰囲気を起こしてもらう、言う事が必要ですので良い事があったら是非支援をして頂きたい。
だいたいですね、けしからんと言って文句言う人はたくさんいるんですが、褒める人はまずいませんのでちょっとは褒めてあげて頂きたいと。

後はまぁ、この集会もそうですが、集会とか署名とか街頭活動とか、あるいはもう一つ大事なのは何かあったときに「実は拉致問題はこういう事があるんだよ、ご家族のこの人がこういう事を言ってたよ」と、そういう話をして頂きたいと。
一人でも多くの方にそういうことを伝えていただくと、言う場があればそういう事が広がっていきます。
例えば私がここでこうやって1時間ほどお話をさせて頂いておりますが、私がここで話をしてですね。
出来る事なんか本当にごく一部しかない。
それよりも実は本当には意味があるのは、この集会こうやって開かれるために事務局をやられた皆さんが一生懸命準備をされて、そしていろんな所でビラを撒かれて、そしてそのビラを手に取って、こうやっていろんな自分のご家庭の事情とかあるいはお仕事とかある中をですね。
時間を割いて来て下さると、いう事に意義があるんで、やはりそういう意味で口コミとか非常に重要なんですね。
それがあったからやはり今日の拉致問題があるんで、その点をぜひご理解いただきたいというふうに思います。

先ほど言いましたように国際的な問題については、やはりこの拉致と言う被害を受けている日本こそ北朝鮮の人権問題の深刻さを分かっています、いうことをやっぱり言っていくと言う事ですね。
と言う中で、北朝鮮人権問題を含めた包括的な問題としてやっていくという事であろうと思います。
原爆の問題とちょっと重ねてみると分かりやすいと思うんですが、日本は唯一の被爆国ですね。
ですからやっぱり外国へ行ってですね。
人に話をするときに、やはり我々は世界唯一の被爆国であるという事というのは、そう言われると水戸黄門の印籠みたいな物で、誰もですね文句は言えない。
我々もやられましたよ、と言えるところが無いわけでありまして、それはやはり日本がそういう事をいう事によって核の問題と言うのは説得力が出てくるわけですね。
だから逆に言えば核兵器を持つ必要があるという事になった場合は、我々はやられた我々だからこそ持たなきゃいけないと言うことが分かるんだという言い方ももちろん出来るんですけど、いずれにしても核の問題であれば日本と言うのは非常に説得力がある。
ですから北朝鮮の人権問題もですね。
やはり拉致被害者をたくさんやられている日本が言うと言う事は、それなりに意味があることだろうと思います。

私どもは今こういうような調査会の活動を様々やっておりまして、最初にちょっと聴いて頂きました「しおかぜ」
短波放送での働きかけをやったり、あるいはRENKの皆さんともそうですけど守る会とか北朝鮮難民基金などとですね。
NGOとも連携を取ってやっている次第でございます。

これはちょっと話題に出たこれは今難民救援基金と一緒にやっていますプロジェクトで、韓国からビラをつけた風船をすっ飛ばすということで、これは韓国のNGOの方がすでに一昨年から100回くらい飛ばしております。
北朝鮮の当局が韓国に9回ほど止めさせろと言う抗議が来たということですから、かなり効果があることですね。
韓国政府の方から、これやっているNGOの方にもですね。
止めてくれませんか?と言うのがあったそうですけど、全く言う事を聞かないでやっています。
これ非常に簡単な作りでですね。
農業用のビニールを使ってですね。
その中にガスを入れて飛ばすんですね。

右の写真の先の方の山がありますが、山と言うか丘がありますけども、あの丘の先が海でしてその海をちょっと越えたところがもう北朝鮮です。
だから北への風が吹けばですね、もう北朝鮮へ飛んでいくと。
この時はちょっと実験みたいな、私たちが行ったもんでですね。
試しという事を兼ねてちょっとだけやってくれたんですが、普通はこの一つの風船に三つ袋に入れたチラシをですね。
一つの袋に1万二千枚くらいのチラシを入れておいて、これを三つ付けて飛ばすんだそうです。
きわめて簡単な時限装置でですね。
短距離・近距離・長距離というふうに分かれて風船が、というか袋が割れてですね。
ビラが飛び散るということで、長距離の物は平壌の先まで風さえ良ければ行くそうです。
だからかなりのところまで届いている可能性がある。

ちなみにこのときは風が悪くてですね。
余り上手くいかなかったんですけども、どういうわけだか上に上がった風船の一つがですね。
途中で袋が割れちゃいまして、そこで我々が見ている前で地上高度どれくらいか分かりませんが、数百メートルか数千メートルの所で、ビラがばっと散っちゃったのが分かったんですが、翌日ですね。
ソウルの大統領官邸まで届いたと、いう事でございまして、大統領官邸まで約40キロくらいありますから、それくらいですね。
飛び散った後のビラでもそれ位飛んで行く、いうことですね。
この話をある人にしたらば、「いや韓国の大統領官邸も北朝鮮みたいなものだから(笑い声)、効果があったんじゃないですか?」と言っていました。
このときはまだ韓国で作ったビラですけども、出来るだけ早い時期に日本の他のNGOと協力してですね。
ビラを作ってそれを飛ばしたいと、このNGOの方々と協力して一緒に飛ばしていくという形になるんですが、そういうふうにしていきたいと思っています。

もう時間が大体来ちゃいましたが、ともかくですね。
私自身がこの拉致と言う事をやっておりまして感じるのは、平和とか安全とか人権とかこういうものはタダじゃない。
自分たちの力でやっぱり闘って勝ち取るものであるという事でございます。
どうか、出来るだけ短期決戦で終らせようと思っていますので、ご協力をお願い致しまして私の話を終りたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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南越谷集会(7) 佐藤悟志さん

   『佐藤悟志さん(RENK)の講演』

★司会 古藤勝次 埼玉救う会副代表

それではですね。
次にRENKの佐藤さんからお話を伺いたいと思います。
私どもはですね。
北朝鮮に拉致された日本人を救出するのが目的で、RENKとは目的が違います。

ただ、最近ですね。
私どもも北朝鮮のあの現体制が今のままで果たして拉致、あるいは特定失踪者の方を全員奪還出来るんだろうか?
やっぱり拉致問題を解決する為には、あの政権を何とかしないと何ともならないのではないか?と、そういう思いが非常に沸いて来てます。

そういう意味でですね。
北朝鮮の民主化と現政権の打倒ということを目的としているRENKの人のお話はですね。
ぜひ興味を持って伺いたいと、そういうふうに思っています。
佐藤さん、よろしくお願いします。

★佐藤悟志さん

(拍手)
どうもはじめまして、佐藤悟志です。
今日は古藤さんの紹介でRENKと言う事だったんですけども、RENKと言いましても要するに北朝鮮の民主化という一点で寄り集まっています団体でありまして、それ以上細かい意思統一があるわけじゃないので、中では左翼の人からネオコン的な私のような人物まで幅広く寄り集まっている団体で各人それぞれに活躍しているという形ですので、一応今日はRENKの会員と言うことで話をさせて頂きますけども、私がRENKの代表的な人物と言うわけではございませんが、RENKの会員の一例と言うことで話を聞いていただければ有難いと思います。

本日は東部の会結成と言うことで、これから頑張って頂きたい、ともに頑張っていきたいと思っていますけど。
ご存じない方もいると思うので一応RENKの簡単な紹介をしておきますと、テレビ等にも出演している李英和という関西大学の教授をしている人物が代表をやっておりまして、そのもとに私たちが集まっているわけですけども。
李英和が90年代の最初の頃に北朝鮮へ留学しまして、それで北朝鮮の現状を見るにつけて、これでは拙いのではないか?という事で、北朝鮮の民主化というようなことを掲げて。
それまでいろいろ政治活動をしていたんですけど、その仲間を集めてRENKを結成して大々的に北朝鮮の問題について活動をしたのが最初が93年だったんです。

今は拉致問題等で雰囲気は変わっているんですけども、当時は本当に今と全然違う感じでありまして、李英和が仲間を集めて北朝鮮の現状について告発したりと言う集会をやろうとしたんですけども、朝鮮総連の大部隊が襲って来ましてですね。
集会もデモも、完全に潰されてしまうっていうんですか?
要するにこういう集会をやっているところに団体がわぁっと入り込んでめちゃめちゃにして追い出すっていうんですか?
それで警察も一応来ているんですけど何も役に立たないっていうか、今でも多少そういう所があると思うんですけど、朝鮮総連というかそっちの方には手を出し難いというか、規制し難いという状況がありましてですね。
本当にやりたい放題のことをやってきまして、パレードも予定していたんですが、そういうものも全く出来なくなってしまって、参加者も老若男女が怪我を負わされてしまうということがあってですね。
と言う中でRENKの結成を行ったんですけども、そのころから比べると今の雰囲気と言うのは本当に変わって来たんですけど、初めはそういう感じだったと。

その後、小川晴久先生がやっている、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」が結成されて、それが94年に集会をやったんですけども、神田だったかな?
そこにも朝鮮総連の大部隊が襲ってきましてめちゃめちゃにされるということが当時ありまして、そういう中で、特にそれでも彼らがやられたのは一応在日という事で、内情についていろいろ詳しかったりしたので、そういうそういう奴にしゃべられるのは非常に厄介と言うか困るというか、生意気という事で潰されてしまったんですけど。

そのときにRENKが、やられたままではいかんということで刑事告発をして、それを受けて警察の方で初めてですね。
朝鮮総連の方にガサ入れが行われましてですね。
結局たいした処罰はされなかったんですけど、向こうの総連の幹部の方は。
ただそのときに総連本部の名簿がいろいろ警察の手に入ってきて、朝鮮総連がびびりましてそれ以降余りやって来ない、と言う状態になりましたけど。

そういう厳しい中で、当時万景峰号の入港等に関しても抗議船を出して抗議したりと、90年代の最初の頃ですけどね。
RENK的には挑戦的なことをやってきたのではないか。
こんな感じでやってきたんですけども、その中で結局組織的には、「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」と言うことになっていますけど、結果的には北朝鮮の民主化が必要なんではないか?と。
食料を送るという人道的なこともチラッとやったことはあったんですけど、結局それはほとんど意味がないというか、ほとんど北朝鮮に届かないで途中で全部抜かれてしまうということがありまして、結論的に北朝鮮現体制を解体しなければならないんじゃないか?という事で最近は、そういう主張と言うか宣伝活動を中心にやるようになって来ています。

で、そのような襲撃されているという経験を通じて僕なんかが感じたことですけど、やっぱり僕らまだ日本だから生きていられるんですね。
これがそれこそ北朝鮮だったりすれば全然生きていられないというか、例えば僕らが総連に襲撃されたりありましたけど、北朝鮮で朝鮮人の人たちが、あるいは日本から拉致された拉致被害者の人たちが、こうむっている暴力と言うのはそれの数千倍というか、数万倍と言うか、想像を絶するような酷い重圧と言うか暴力が北朝鮮の現体制によって加えられているということを、多少なりとも自分の体で想像する事が出来るようになったということで、襲撃されたことも結構いい経験になったのではないか?と、いうようなことも私的には考えています。

ただ北朝鮮を民主化するといった場合、どうしたらいいのか?ということ。
いろいろ意見もあるでしょうし選択肢等もあるでしょうけど、私の個人的な意見としては、まず圧力が必要であると。
北朝鮮問題の場合には、これは北朝鮮問題ではあるけども、実は中国問題でもあるわけですよね。
北朝鮮と言うのは実は北朝鮮だけで成立しているのではなくて、そもそも朝鮮戦争のときに中国がそれこそ何百万と言う軍隊を押し立ててきて韓国軍、米韓連合軍を押し返してですね。
北朝鮮をこしらえ上げたというか、北朝鮮の縄張りを守ることによって北朝鮮と言うのが成立したわけですし、それ以降も北朝鮮に対し中国は食料なりエネルギーなりを援助し、尚且つ中朝友好協力相互援助協約というのがありまして、要するに軍事同盟ですよね。
北朝鮮がアメリカなどに攻撃されたときは、中国軍が行って守るんだというような軍事同盟を中国と結んでいることによって、北朝鮮と言うのは結構ああいう無茶なことをしまくる、ということが実は可能になっているわけですね。

私としては北朝鮮の関係する問題ですけども、結局後ろで糸を引いている中国に対して、これときちんと対決していかなければいけないんじゃないか?
そのためには、それこそ憲法改正とかあるいは核武装とか、そんなことも考えなければいけないかな?というのはちょっと最近考えています。
そういう大問題的な問題を考えていく必要はあると思うんですけど、ただ、今特定失踪者の家族のお話を聞いていて思うんですけど、じゃあ何のために北朝鮮を民主化したり拉致問題を僕らは取り組むのか?
どうしたらいいのか?何が必要なのか?ということを考えたときに、やっぱり正義が必要だと思いますよね。

先ほどのご家族の話にもありましたけども、彼らは別にお金が無かったとか、仕事が無かったとか、って言うことでいなくなったと言う訳ではなくて、普通に暮らしていたわけですよね?
で、普通に暮らしている人間が何の罪も無く何の理由も無いのに、家族を奪い去られて攫われてしまう。
というような現実があるときに、私たちはじゃあ普通に生活していくために何が必要なのか?
やっぱり正義と言うかむやみに攫われない、むやみに勝手な暴力に晒されない、ということがまず第一にこの国においても確立されなければならないんじゃないか?
それは先ほど話に出てきた飲酒運転の話もそうですし、あるいは広島の木下あいりちゃんの事件がありましたよね?
あの事件なんかを見ても、そしたら拉致問題を鑑みるにつけても、僕らはまず正義と言うものを実現しなければならないんじゃないか?
その正義も当たり前に生活している普通の人々を守るための正義、と言うことが大事なんじゃないか?と。

RENKの立場からもう一点言っておくと、北朝鮮に住んでいる人々も私たちと同じように生活があり、家族があるわけです。
しかし彼らはまさに、正義の反対の不正義の存在によって普通の生活を奪われて、北朝鮮において普通というか、まともな人というか、優しい人、他人に対して思いやりのある人から先に死んでいくというか、順番に死んでいく。
と言う現実があります。

脱北者の人たちが90年代後半の飢餓の状況についてお話されていたんですけども、まず最初にお年寄りの方から死んでいったと。
彼らは食料が無くなった時に、自分よりも若い人たちを守って、例えば子供たちとかね。
そういう子たちを生存させていくために自ら食料を絶って年寄りたちが死んでいったんだと、そのように伺いました。
しかしそのような努力もむなしく北朝鮮では子供たちも次々死んでいく。
あるいは食糧不足から病気になり、あるいは寒さに耐え切れずに手足が腐っていって手足が無くなっていく中で死んでいくというような、厳しい状況におかれています。

これと拉致問題の元凶と言うのは実は全く同じなんですね。
北朝鮮に存在している不正義の塊と言うか、最悪の不正義であるところの金正日体制、これの存在によって彼らもそして私たちも苦しめられている。
従って結論的に言えると思うんですけども、拉致問題の取り組みも含めて北朝鮮の金正日体制との戦いは日本のためだけでなく、朝鮮とかひいてはアジアの解放のためにも正義の戦いであるということは言えると思います。
私が言えるのは今日、これくらいです。
どうも長々とありがとうございました。(拍手)

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アブダクション上映を成功させるために

シネマtodayサイトで『めぐみ-引き裂かれた家族の30年』のレビューが掲載されています。
コメント、評価を書き込む欄があります。
上映の全国展開に向け、意見や、評価を書き込んでみませんか?

アメリカでは「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演が危機的状況との情報があります。在米の方、アメリカに知人友人のある方にお願いします。

この公演をアメリカで成功させることは非常に大事なことです。

来月には、メグミストーリーの上映を控えていて、メグミストーリーがワシントンDCで成功しなければ、全米での火が消えてしまうとのことです。
「耀徳(ヨドック)ストーリー」も『アブダクション拉致~めぐみストーリー』も絶対失敗させるわけにはいきません。

拉致連絡会に連絡すれば、ヨドクの切符を5割引きで購入できるそうですので、<A HREF="ワシントンDC拉致連絡会のHPから、メールで連絡してください。

参照:「耀徳(ヨドック)ストーリー」について
北朝鮮の収容所の実体の話です。このミュージカルを作った鄭成山(チョン・ソンサン)=(Jung Sung-san)氏は脱北者の一人。自身もYoduk収容所の体験者です。
(彼は横田さんが米大統領に会った時、同様に招かれたゲストの一人でした)。

参照記事

鄭成山(チョン・ソンサン)氏 のお話

金英順(キム・ヨンスン)さんのお話

守る会集会の音声

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2006年10月 4日 (水)

南越谷集会(6) 佐々木アイ子さん

   『佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え』

皆様こんにちは。(「こんにちは」の声)
私は特定失踪者問題調査会にお世話になっております、佐々木悦子の母、佐々木アイ子と申します。
いつも皆様にはお世話になっております。

うちの娘は平成3年4月22日月曜日、浦和埼玉銀行に勤務、朝出たまま、パスポート・免許証・預金なども一切手付かず失踪です。
それで15年になります。
それから特定失踪者問題調査会にお願いしてから4年になります。
その間に脱北者の証言で悦子を目撃と言うことで、拉致濃厚と言うことで県警の方に告発してありますが、なかなかまだそれも何にも変わりは無く、国にも認定もされておりません。

とにかく今日は18日、主人の命日なんです。
娘がいなくなってから5年後、娘のことでどんなにか辛い思いをしてあっちこっち、警察、銀行関係、学校、本当にもういろんな関係者のところに足を運び一生懸命に探しましたが、その頃はまだ北朝鮮など娘がそんな所に、何にも考えておりませんでした。
本当に無念だったと思います。

今日18日は主人の命日で、「今日は越谷のサンシティへ集会に行って来ます」と挨拶して来ました。
どうか悦子が一日も早く日本の土を踏めますように、皆様これからもよろしくお願いします。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 佐々木 悦子
失踪年月日 平成3(1991)年4月22日
ふりがな ささき えつこ
生年月日 昭和38(1963)年12月6日
性別 女 当時の年齢 27
身長 162センチ 体重 52キロ
公開 第1次公開
当時の身分 埼玉銀行パート
特徴 左目の下に泣きぼくろあり、両手共ふっくらとしているが指先が細い。
失踪場所 埼玉県浦和市
失踪状況 「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。当日は休みをとっていた。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

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★引き続き、鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)による特定失踪者の紹介

続きまして新木章さん、年齢はその当時29歳でございました。
職業は銀行員です。
昭和52年5月21日に行方不明になりました。
川口市の自宅から外出したまま行方不明、いうことで、その後情報によりますと北朝鮮で見かけたと言うような情報も入っております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 新木 章
失踪年月日 昭和52(1977)年5月21日
ふりがな あらき あきら
生年月日 昭和22(1947)年10月16日
性別 男 当時の年齢 29
身長  体重
公開 第1次公開
当時の身分 銀行員(事務系、コンピュータを使う仕事)
特徴 中肉中背、眼鏡使用。
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 「買い物に行く。午後6時か7時には帰る」と川口市の自宅を出たまま失踪。家を出たときは財布しか持っていない。免許証、クレジットカードが入っていたが、更新がされていないし、カードは使っていない。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★引き続き鈴木智さん

続きまして、石井久宏さん
年齢は29歳です。
職業としましては化粧品店の経営。
49年5月1日の失踪でございます。
100万円以上の経営資金を持ったまま、自家用車ごと行方不明。
失踪後免許証の更新はされておりません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

氏名 石井 久宏
失踪年月日 昭和49(1974)年5月1日か2日
ふりがな いしい ひさひろ
生年月日 昭和19(1944)年9月29日
性別 男 当時の年齢 29
身長  体重
公開 第13次公開
当時の身分 化粧品、雑貨販売店経営
特徴
失踪場所 埼玉県川口市の店舗兼自宅から
失踪状況 化粧品店を経営しており、多額の借金を抱えてしまっていた。父親などが金を用意して経営を立て直す方向で話をすすめ、母親も店の経営を手伝っていた。本人の努力しだいで十分解決方法もある状態であったが、突然100万以上の経営資金を持ったまま自家用車ごと行方不明となった。当時、遊び方が派手になっており、マージャンやバーなどで、複数の朝鮮系?の方と一緒に居るところを従妹が目撃している(言葉からそう思ったとのこと)。店の隣もパチンコ屋だった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★引き続き鈴木智さん

続きまして、長谷山洋さん。
年齢は24歳です。
平成6年、平成になってからですね。
8月ごろの失踪です。
戸田市内にある会社を1週間勤めて辞めた翌朝、友人が目撃したのを最後に行方不明。
静岡県伊東市に住民票を移していたが、その番地には該当したものはありません。

いうことでもって、田口八重子さんの義理のお姉さんのご紹介と、特定失踪者7名のうちのここに皆様にお訴えをさせて頂いた3名。
今日はどうしてもやむを得ず事情によりまして、こちらに来ることが出来ない失踪者3人をご紹介させて頂きました。
どうもありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

氏名 長谷山 洋
失踪年月日 平成6(1994)年8月頃
ふりがな はせやま ひろし
生年月日 昭和45(1970)年1月16日
性別 男 当時の年齢 24
身長 175センチ 体重 70キロ
公開 第10次公開
当時の身分 無職(退職直後)
特徴 胸にペンダント形の大きなヤケドの跡がある。
失踪場所 埼玉県川口市付近
失踪状況 失踪の約1週間前、戸田市の会社に就職。川口市のアパートを引き払い、会社が借り上げた寮に移ったが、その会社を1週間ほどで辞め、寮も引き払った。その夜川口市内の弟の家で食事をし、翌朝、友人が川口市内を歩く本人を目撃したのを最後に失踪。失踪後、静岡県伊東市に住民票を移していることが分かり、そこ場所へ行ってみたが、転出先の住所の番地は存在しなかった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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南越谷集会(5) 大平一男さん

   『大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え』

こんにちは。(「こんにちは」の声)
私は藤田進の従兄弟の大平と申します。
藤田はですね。
昭和51年に失踪してしまいました。
今だから失踪と言えるんですけども、その当時は訳分からず行方不明者と多分扱われていたでしょう。

皆さん、ちょっと想像して頂きたいんです。
いつも家族が生活している。
そしてある時から、行って参りますってそれで別れてしまった場合、残された家族はどんな気持ちでどうしたら良いでしょう?という、非常につらい悲しい時期が始まるわけですね。
誰に聞いてもその場所が分からない。
どこへ行って探して良いかも分からない。
そしてそれが一日、一週間、十日と経っても何の手がかりも無い。
家族は、本当に生きているだろうか?どこに行ってしまったんだろうか?と考えるでしょう。

彼はこの年、失踪したときは19歳でした。
その年の6月に二十歳になるんです。
人生の節目の二十歳、やっと大人になれた成人になれた言う時期だった。
それから何と30年、今年彼は50歳になる。
もうなってしまいました。
それも北朝鮮でこの30年を過ごしたということに、私は非常に憤りを感じています。

日本にいて自分が20歳、20代のとき何をしたか?
仕事に夢を持ち、そしていい人と出会って結婚する。
当たり前のことです。
そして30代は家庭を持って子供を生み、子育てをする。
当たり前の生活が出来るはずだったんです。
20歳代、30歳代、40歳代の人生一番良い時に彼は北朝鮮で過ごしてしまっているんです。

彼が北朝鮮にいると分かったのは、私は2年前でした。
ある一枚の脱北者からの写真を見て、テレビ報道されて、私はテレビから初めてその事実を知らされたんです。
まさか、え?これが本当のことなの?
彼が生きているだろうと言うことに対しては非常に嬉しい思いはあったんですけれども、なぜ北朝鮮なんだよ?
そのような憤りは今でも失っていません。

昭和47年に戦争で、(旧日本兵の)横井庄一さんがグアム島から帰って来ました。
あの時には27年間グアムで過ごし、そして発見されて戻ってきた。
昭和49年には小野田寛郎さんが29年間、フィリッピンのルバング島にいて日本に帰ってくることが出来ました。
しかしまだ藤田は30年経ってもまだ日本の土を踏めていないんです。
これはもう戦争犠牲者、テロ犠牲者という言葉以外無いんではなかろうかと思っています。

私は小さいころ、川口の隣町の戸田と言うところに住んでいました
彼と私は子供の足でも歩いていける距離なので、20分とか25分で行けました。
そこでよく遊んでいたものです。
自分が結婚して三郷に移り、そして今越谷の隣の松伏町と言うところに住んでいます。
以前は川口・浦和・大宮と言う京浜線沿線で育った自分が、今草加・越谷・春日部と言う東武線に居を替えて、そしてこの場で皆様に藤田の話を出来ることが非常に不思議な気持ちでもあり、嬉しく思っています。

どうかここに今日お集まりの皆様、これからも私はこの沿線でせっかく今日、会を立ち上げて頂きましたので私の力の範囲で協力させて頂こうと思っています。
これからも皆さんのご支援をよろしくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)

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氏名 藤田 進
失踪年月日 昭和51(1976)年2月7日
ふりがな ふじた すすむ
生年月日 昭和31(1946)年6月16日
性別 男 当時の年齢 19
身長  体重
公開 第5次公開
当時の身分 東京学芸大学教育学部1年生
特徴 家ではあまりしゃべらないタイプ、ギターがうまかった。
失踪場所 埼玉県川口市の自宅
失踪状況 失踪当日6:30~7:00頃以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。脱北者が北朝鮮から持ちだした写真が、鑑定の結果、藤田進さんである可能性が極めて高いことが判明。平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html 

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年10月 3日 (火)

横田早紀江さんの歌

横田早紀江さんの歌Blue jewelより

はろばろと睦み移りし雪の街に
    娘を失いて海鳴り哀し

朝まだき さえずる鳥の声も哀し
      子を待つ淡き門灯三とせ

消えし子よ 残せるサボテン花咲けり
    かく小さくも生きよと願う

如雨露に涙の露もそそぎいつ
     行方しれじ子 残す花守る

秋のこの かそけし道を汝は何
     秘めてたどりしか 行方もしれず

巣立ちし日 浜にはなやぐ乙女らに
      帰らぬ我娘の名を呼びてみむ

佐渡も海も茜に染むる浜に立てば
       わが魂は神にふれゆく

 

 ~ 横田早紀江さん著参照『めぐみお母さんがきっと助けてあげる』より~

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