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2006年11月15日 (水)

那珂市集会(2)荒木和博氏-2

   北朝鮮拉致被害者救出!那珂市集会
06.10.15 那珂市総合センター・らぽーる にて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その2』

で、これらの事は今日本で実は十分に出来る事です。
不思議なことですがこの国の中で拉致被害者の救出という話になったときに、自衛隊を使うとかそういう物理的な力を使って取り返すという事について、ほとんど誰もやっていませんでした。
常に話し合いでとかいう事でやって来た。

皆さん、「話し合い」と言うのはとってもきれいな言葉です。
話し合いで解決しよう、日本では何かとあれば必ずそう言います。
今回の制裁などについてももっと話し合いをいう事を口に出す。
それは結構です。
話し合いに応じる相手であれば話し合いをすればいい。
あるいは北朝鮮が「どうしても話し合いをしたいんだ」というふうに言って来たらば、そのときは応じるかどうかを考えればいい。
しかしこちらからいくら話し合い、話し合いと言ったって相手が応じる気がなければどうしようもありません。

大阪の池田小学校に刃物を持って入って来た宅間と言う男、あの男を前にして「話し合いをしよう」と言える勇気のある方はそういうふうにしたら良い。
相手が刃物を振りかざしてきてあるいは突き刺してきて、それでも私は話し合いをしたい、いうふうにいえる方はそういうふうにすれば良い。
しかし、もしそういうふうにしたとしても、ご自分が死ぬのは勝手ですがその後に後ろにいる子供たちがまた殺されていく。

この拉致と言うのは一種の戦争です。
個別の事件ではありません
私たちは戦争の中にいるんです。
この国は我々平和だと思って来ました。
確かにそれはそうです。
街中を夜の11時12時に女性が一人で歩いていても危なくないかもしれない。

しかしそういう事と言うのは本人が多少注意していればどうにかなるんです。
何の罪もない人が日本国内から外国の国家目的に従って連れて行かれる。
そのことに対して無力であったという事の方がよほど恐ろしいです。
これは個人が努力したってそう簡単に変えられる事ではない。
しかも更に始末の悪いことには日本政府はこのことについてず~っと隠し続けて来ました。

横田めぐみさんの事件が昭和52年の11月15日に起きた。
それから間もなくしてこの国のトップはこの事件について知っていたそうです。
横田めぐみが拉致をされたという事は当時、日本海にいた工作船の無線とか、そういう物から分かっていた。
しかし、その問題は伏せられてしまいました。

私たちがこの失踪者の調査で全国各地、沖縄から北海道まで参ります。
あちこちで聞きますが、警察のOBの方とかいろんな関係者の方から、
「あの事件は拉致だという事はほとんど分かっていたんだ。そういうふうに言ったんだけど上に上げたらみんな潰されてしまった」
いう話と言うのは、非常に多いんです。

皆さんもし例えば、すぐ近くまで台風がやって来ている。
天気予報で「明日も晴れますよ、明日もいい天気ですよ」と言われていたところに突然台風がやって来たらどうなるか?
日本は台風がたくさん来るところです。
そういう自然災害が多いところですけれど、台風であれば天気予報で大体いつごろ来るか?そういう事は分かる。
分かれば皆それに対して備えをするんです。
何にも言わないんです。
何も言わない状態で突然台風が来たら大変な事になります。
それと同じ事がこの拉致事件でずっと起きて来たんです。

政府が認定している16人、皆さんがお持ちの政府が作ったパンフレットがございます。
そこに16人の顔写真が入っていて、後ろの方にどういう状況かと言うのが書かれておりますが、この16人をどうやって政府が認定をしたのか?
半分はマスコミが最初に報道した。
そして田口八重子さんなどは工作員が捕まって、そして自供した事によって分かりました。
曽我ひとみさんに至っては北朝鮮が先に出している。

日本の政府が国民の誰も知らないときに「これは拉致ですよ、北朝鮮という国が拉致をしようとしているんですよ」というふうに言ったケースと言うのは実はただの一つもないんです。
皆工作員が自供したり、マスコミが書いてしまったり、そういう事でもう仕方が無いから拉致認定と言うのをやって来た。
いうのが、この国の現状です。

日本政府が初めて拉致を認めたのは昭和63年の3月、この茨城県出身の当時国家公安委員長の梶山静六さんが、国会答弁の中でした事が最初でございました。
それによって初めて拉致と、これはおそらく答弁をした方も相当の覚悟をした答弁だったんでしょうけども、しかし残念ながらその後が続かなかった。
「拉致の疑いが濃い」とまで言ったにも関らず、それでは「その人たちを救うためにはどうするか?」と言うところまでは、この国は残念ながら動きませんでした。
そしてその状態がずっと続いてしまったわけでございます。

現在の安倍政権もその流れの中にあります。
だから安倍さんご自身は確かに拉致問題を解決したいと思っている。
それは間違いがない。
私も安倍さんとは何度も話をしておりますし、それは感じております。
しかし、あの政権の中にはそれを支える者の中には、これまで拉致事件を隠蔽し続けてきた力と言うものが間違いなく働いているんです。
だから任せて置いてはダメなんです。
安倍政権になったというチャンスを利用して、そしてそれを物にするのは我々の力でやるしか方法がない、という事でございます。

で、これをやっていくためにはまず誰がどこにいるかという事を調べていくという事もしていかなければいけない。
それも警察では出来ません。
基本的には軍隊がやる役割であって、自衛隊がやるべき役割でございます。
そして見つかった人について何とかしてアクセスをして、もし例えば中国にでも逃がせるのであれば逃がす。
あるいは東海岸でも回収できるものであれば何とか回収をする。
そしてそういう人たちについて北朝鮮側に返せという事を制裁と共に強く申し入れると共に、北朝鮮の今の体制を倒していくという事をすること以外に、取り返す方法と言うのは無いんです。

今、北朝鮮の政権と言うのは日本人の拉致だけをやっているわけではありません。
韓国人の拉致被害者と言うのは、今韓国政府が認定しているだけで500人近くの数になります。
それ以外に10ヶ国以上の国から拉致をしている。
韓国の場合はそれだけではなくて、50年以上前の朝鮮戦争のときに捕虜にした人たちをまた未だに炭鉱に入れて働かせている。
そして北朝鮮の一般の人たちも世界で最悪の人権状況の中で苦しんでいます。
また・・・(聞き取れず)の方が何人も行っておりますけど、北朝鮮に帰国した在日朝鮮人、そしてその日本人妻をはじめとする日本人の家族なども北朝鮮の中で、あの酷い北朝鮮の中で最悪の状況で暮らしてしているわけでございます。
一言でも文句を言えば収容所に送られたり殺されたりしてしまう、いう状況です。
それをまとめて解決しなければ問題と言うのは全部・・・(聞き取れず)訳がない。

しかも拉致被害者の中には我々自身が気がついていない方もおられます。
今の政府認定者の中で、お手元の資料を見てお分かりになると思いますが、田中実さん・原敕晁さんそして久米豊さん。
この3人の拉致と言うのはすべて身寄りのない人を狙った拉致です。
身寄りのない人を狙った拉致が成功していれば、ご家族が声を上げることがありません。
つまり我々自身も、拉致と言うのは基本的にはご家族からお届けのあった人についての調査を中心としてやっていますから、全く誰も知らない拉致まで調べる事はとても出来ない。
しかし間違いなくその中で拉致をされている人がいるんです。

それから日本国籍を持っていない在日朝鮮人の拉致被害者と言うのもかなりの数います。
そういう方々は中々我々のところに来ない。
我々のリストに二人在日朝鮮人の方おられますけど、大部分の方はおそらく泣き寝入りをしているのであろうと思います。
そういう人たちも我々はすべて救う義務があるという事でございます。
そこまでしていかなければいけない。
そこまでする為にはどうしなければいけないのか?
あの今の金正日の体制をひっくり返すしか方法は無い、そういう事でございます。

今の金正日の体制は大変 曲がり角に差し掛かっています。
今、私自身が元々朝鮮半島の研究者ですが、4年前の5人を返して来た時と比べても全くリーダーシップが無くなったに等しいという状況です。
もう少し力を加えれば倒すことが出来る。
別に爆弾なんかを落とす必要は全くありません。
北朝鮮の中にもっともっと情報を入れて、そして今、金正日と最後まで手を結んでいるのか?
それともここで手を切って、北朝鮮の民主化とそして国民の安全、そして世界の平和のために立ち上がるのか?
どっちにするのか?と言う情報、そして宣伝活動を続けていけば自然とあの国は内部から倒れていきます。
そういうふうにしていかなければいけない。

私どもがやっております短波放送は一日朝夕30分ずつ1時間、毎日流れておりますけども、この中でも同様の事をずっと言い続けております。

「拉致被害者を返しなさい、そして我々自身も北朝鮮の民主化のために一生懸命努力をします、向かう道は同じです、一緒に立ち上がりましょう。
もし皆さんが拉致被害者を取り返すためにご協力をしてくれれば、我々は絶対にそれを忘れません。
しかし、もし皆さんが拉致被害者を取り返すことを邪魔するんであれば、私たちはそれも絶対に忘れません」

半ば脅迫みたいなものなんですが、しょちゅう北朝鮮からは脅迫みたいなことを言われていますから、たまに私が一言くらい脅迫しても別に罰は当たらないだろう、という事でやっているわけでございます。
そういうふうにしていくことで北朝鮮の体制を揺るがして、今もう周りから北朝鮮の事を何とか助けたいと思っている中国や韓国でさえ、それが出来なくなっている状況であります。
今このチャンスを絶対に逃してはいけないというふうに思っているわけでございまして、それを何とか我々としてはやっていく。

そして更に今丁度国会とかそういう所でですね。
私どもの放送についてNHKの施設を使って放送をさせてくれそうな雰囲気になって来ております。
総務省の次官がそういう事を検討するという事までわざわざ記者会見で言ってくれておりますので、我々としては何とかこれをFMを使ってやれる事はしていきたい。
この、どこだったか忘れましたが茨城県内に国際放送の送信施設があるんだそうです。
我々の放送は別の国から100kwで出していますが、その茨城の施設は500キロまで使える施設があるそうで、それを使って出せば現在北朝鮮で出している妨害電波も跳ね除けてですね。
一般の人たちに聴かせる事ができる

去年の初めにテレビ朝日の報道ステーションで流れましたのでご覧になった方もおられるかも知れませんが、平壌でも私どもの放送が聴こえたという事が確認されております。
そしてまたそれと別の情報で平壌でキム・ガクセイ(?)が聴いていて、北朝鮮の当局が問題視して何とかしろと言う通達まで出したとか言う話まで聞こえてきている次第でございまして、必ず拉致被害者の誰かは聴いていてくれると言うふうに思っております。
これを我々としてはともかくどんどんやっていく。

更にそれと併せまして韓国の北朝鮮の境のすぐ近くから風船でですね、ビラを飛ばすという作業もこれからしていくつもりです。
本当は今月中にやりたかったんですがちょっと間に合わなくなりそうなので、11月からですね。
我々のビラを北朝鮮に送っていくという事をやって、ともかく少しでも北朝鮮の中に情報を入れて、そしてあの体制をひっくり返して、あの北朝鮮に住んでいる2000万の人がそれぞれの立場で拉致被害者の人が自分の祖国に帰り、あるいは北朝鮮の人たちは中国に逃げている人たちは北朝鮮に戻ってきて安心して暮らせるようにしていくと。
あるいは在日朝鮮人の帰国者の人たちは戻りたいと言う意思があれば自由に日本に戻って来れるようにする。
そういう状況を何とかして作らなければいけない、いうふうに私どもは思っております。
これこそが解決でございます。

何度も言いますけども、あの北朝鮮の体制の間にいくら話し合いをしたって絶対に解決をしません。
もし例えば北朝鮮が援助したら拉致被害者を返してくれる。
一時的にはそれで評判は高まるかもしれません。
しかし現実にはその援助をもって、北朝鮮の金日体制は延命をしてしまう。
延命をすれば他の拉致被害者は更に苦しみを続ける。
他の一般の北朝鮮の人たちの中には、またこの冬を越せずにまた死んでいく人が増える。
それを許してはいけない。
我々としては、この千載一遇のチャンスに何とかして問題のすべてを解決していかなければいけないと言うふうに思います。
私自身、本年一杯でこの拉致問題を解決するという事を昨年来言い続けております。
それが実現しなければ自分なりの責任の取り方をするというふうにも申している次第でございますが、まさにその為の絶好のときに来たというふうに思うわけでございます。

皆さん、この日本と言う国は、もちろんこの那珂町もそうでございますけども、今住んでいる1億2千万の私たちだけのものではございません。
言うまでもなく国がこうやって豊かで安心して暮らせるようになるためには、何千年も何万年も前から私たちの祖先がこの国を作ってきて下さったわけでございます。
それがあり、あるいは戦争で命を落とし、あるいは災害で命を落とし、そういうふうにしていった人たちがいたから今日の日本があるのです。
そして私たちが死んだ後にはまた次の世代がこの地で生まれて、この日本を引き継いでいくわけでございます。
その過去と未来の日本人の数から比べれば、1億2千万と言うのはほんのわずかな数でしかありません。

私たちがやるべき事は何か?
私たちはその過去の我々の先輩たちと、そして後輩の中継ぎをするだけでございます。
私たちはこれまでこの国を作ってくださった先輩たちに恥ずかしい国にする事は出来ないし、そしてまた恥ずかしい国を次の世代に渡すことも出来ません。
私たちが何らかの犠牲を払うことがなければ、それは我々の時代を貶めるものになってしまうものだと言うふうに思います。
過去の私たちの先輩とそしてこれから生まれてくる世代も、今選挙権も何もありません。
ですから昔の人たちがどう思っていたとしてもそれを今言葉にすることは出来ない。
これから生まれてくる後輩たちも、もちろんそれを言う事は出来ません。
ですから私たちは過去と未来の言葉を聞き取って、そしてそれを私たちがやるべき事としてやっていかなければいけないと思います。

人一人の命はもちろん大切でございます。
しかし、あの中越地震の時に、岩の間に挟まれた自動車の中から子供を助け出したレスキュー隊の人たちは、一つ間違えれば自分たちが二次災害で亡くなっていたわけであります。
もし本当にただ命が大切なだけであれば、見ず知らずの子供なんか放ったらかしておけば良い。
自分が死ぬかもしれない。
自分にも子供はいるわけです。
放ったらかしておけば良い。
知らん顔をしていても別にいいじゃないですか。
生きているかどうかも別に保証も何もなかったわけであります。
しかし、あそこに行ったレスキュー隊の人たちはあの子を助け出した。
自分の命が亡くなる事も覚悟して。

やはりそういうものではないかと思います。
そういうふうにしてやって来たことの積み重ねが今日の日本。
ですから私たちも今拉致をされている方々、それが皆さんが帰って来てこの地を踏む。
それ自身が我々のためでもあり、そして次の世代のためでもあり、また過去の私たちの先輩に対して胸を張って「こんなにやりました」と言うふうに言える事だろうと思います。

バッターボックスに立っているのは皆さん自身、安倍総理ではありません。
皆さんの声がこれまでこの拉致問題を動かして参りました。
あと少しです。
絶対にあと少しで問題の解決に行きます。
最後までご協力をお願い致しまして、私の話を終らせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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