カテゴリー「大阪集会(2006/9/10)」の記事

2006年9月27日 (水)

大阪集会(15)決議文朗読とシュプレヒコール

   『決議文朗読とシュプレヒコール』

(決議文朗読&シュプレヒコールのリード:ウツミヒロミさん)

北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める大阪集会アピール

北朝鮮金正日政権が、長年にわたり、日本人拉致という国家犯罪を繰り返し行ってきたことは、北朝鮮からの脱北者などの目撃や証言により既に明らかになっているにかかわらず、国際的な世論に背を向けて拉致の実態、全体像を依然として明らかにしていない。拉致被害者、そのご家族はもとより、日本と日本人を愚弄し続ける北朝鮮に対し、また日本政府、国の内外に対し、私たちは以下の3点について訴える。
1北朝鮮による日本人拉致は、日本の平和と安全を脅かす国家犯罪であり、日本の主権を犯し、日本人の人権を著しく蹂躙するものである。北朝鮮は日本政府が認定する拉致被害者は勿論、特定失踪者を含む全ての日本人拉致被害者の無条件で一日も早くかつ安全な帰国を実現させ、家族の元へ返すことを要求する。また 460人にのぼる特定失踪者についても、ただちに調査を行いその正確な情報を明らかにすべきである。
2しかし、北朝鮮から誠意ある回答が望むべくもない今となっては、拉致被害者を一国も早く取り返すため、日本政府は躊躇なく北朝鮮の船舶すべての入港禁止や、改正外為法の完全実施をはじめとする経済制裁の完全実施に踏み切るべきである。日本政府は「拉致問題の解決なくして、日朝国交正常化はあり得ない」という原則を絶対に崩すようなことがあってはならない。拉致問題の解決とは、北朝鮮に残された日本人拉致被害者全員の帰国と拉致実行犯の引渡しである。
3 北朝鮮による拉致問題は、全ての日本人が日本の平和と安全を守るために取組むべき最も重要な課題であり、私たち一人ひとりが日本国民であるという誇りを再認識し、拉致問題の早期解決に努力することをここに誓う。

        平成18年9月10日
北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める
大阪集会参加者一同

(大きな拍手)

(引き続きシュプレヒコールへ)

それでは私の方から「北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!」と申し上げますのでその後に続きまして、「直ちに返せ!」の部分だけご唱和願います。
宜しくお願いします。
それでは申し上げます。

北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!(返せ!)
北朝鮮は有本恵子さんを直ちに返せ!(返せ!)

次は「明らかにせよ!」です。
北朝鮮は特定失踪者を明らかにせよ!(明らかにせよ!)

次は「放棄しろ!」です。
北朝鮮は核開発とミサイルを直ちに放棄しろ!(放棄しろ!)

次は「実施せよ!」です。
日本政府は更に強い経済制裁を実施せよ!(実施せよ!)

次は「取り戻すぞ!」が続きます。
必ず全員を取り戻すぞ!(取り戻すぞ!)
一日も早くとり戻すぞ!(取り戻すぞ!)

どうもありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年9月22日 (金)

大阪集会(14)増元照明さん

   『増元照明 家族会事務局長のお話』

こんにちは、家族会事務局長の増元です。
暑い中、皆様本当にご苦労様です。
今日、有本さんが歩かれると言うので、ちょっとそれはやばいかな?と。
私たちがもし代わりに歩けるものならと思いました。

今年、先週ですか。
家族会が開かれまして、家族会総会の中で横田夫妻の活動軽減という事が言われております。
横田ご夫妻8月12日にすでに青森県で講演をされまして、日本全国行脚が終わりました。
その回数が1000回です。
1000回の内、殆ど3分の2が2002年9月17日以降です。
4年の間に1000回の3分の2をこなされて、今本当に疲れている状況でした。
横田拓也君、事務局次長からも・・・(聞き取れず)があり、今控えて頂くようにしています。

それ以上に有本ご夫妻はご高齢なんです。
ですからだいぶ、昨年くらいからお母さんが足腰が弱くなられたのを私見ておりまして、炎天下で歩かれたら困るなと思ってます。
けれどもおそらく「私大丈夫よ」と言って歩かれると思いますが、なるべく歩いて頂かないようにして欲しいと思います。
その家族会の中で今年の方針を決定しておりますが、従来と同じようなことなんでしょうけども。

ただ今年の2月に日朝交渉が開かれました。
実務者会議です。
その中で北朝鮮が一番気にしていること、それは(日本の)国内世論です。
国内世論の沈静化、それを非常に気にしていると梅田参事官、西村先生の大学の後輩ですが、関西弁を喋られるキッチリとした意見を持っている方です。
その方が担当官でやってらっしゃって、その方が仰っておりました。

もうひとつ国際社会に我々家族会が訴えている、救う会が訴えていること、これを非常に快く思っていない。
この二点を梅田参事官から聞きまして、相手に嫌がる事をやるのが外交ですから(拍手)、私たちはこれからも相手に嫌がる事を推進していかなければなりません。
ですから今年アメリカに行ったり、そして先日は中国まで行って来ましたけど、余り中国は相手にしない方が良いのかな?と少しは思ってしまいました。(拍手)
こういう事を言うから強硬派と言われるんですけども。(笑い声)

私たち、そうです。
今年この二つの点を強調しながら更にやっていかなければならないんですが、私たちはこの秋ぐらいまでにはもう少し進展するだろうと思っていたんです。
進展したいと思っていました。
この度、親王殿下がご誕生になられました。
非常におめでたい事だと思っております。
昨年、紀子様がご懐妊されたときから、既に9月のご誕生はある程度予測されておりましたが、それまでには私たちの家族を日本に取り戻して、日本国民として私たちと一緒にこの慶事を祝いたいというふうに思っておりました。

更に10月5日には横田めぐみさんの42回目の誕生日です。
ですからそこまでにはどうにか目処をつけたいと思って、この春からずっと一生懸命やって参りましたけど、結局今こういう状況です。
ただ、水面下ではいろいろと動いています。
先ほど、前上さんのお母さんでしたか、今分からないと仰って、余り表面化していないので分からないと仰っていましたが、昨年の秋からのアメリカの金融制裁、更にアメリカの・・・(聞き取れず)が行っている国内での北朝鮮関連施設の適正な法適用。
これによって北朝鮮が非常に困ってきているのは耳に入って来ております。
金正日が何故中国訪問をしなければならないのか?
嫌いな中国に訪問してまで金融制裁を解いてもらいたいから、でもアメリカは一歩として動きません。

ただ、残念なのは私たちはアメリカ主導で、この拉致問題がどんどんどんどん解決の方向に向かっていると言うことです。
日本が主体的に自分の国の国民を助けようとするその姿勢が、私たち国民に対して見えないということが非常に残念でなりません。
それを訴えてはおります。
安倍官房長官は「国民の一人たりとも」と仰ってくださって、「全ての拉致被害者を救出するまでこの拉致問題を追及していく」と仰っております。

今、確かに特定失踪者のご家族は不安の気持ちは分かります。
ただ、今年本当にもう一歩の所まで来ています。
それは金正日の政権が揺らぎ始めていると言うことです。
今年、彼らを全て取り戻す為には、やはり私たちが一番感じているのは金正日政権があの国にあってはならないという事です。(拍手)
あの国にあっては全ての拉致被害者を取り戻すことは出来ません。
日本人が日本の国が日本人が何人やられているか分からない状態で、金正日一人のせいにしてでも良いから、とにかく金正日を排除する形で、あの北朝鮮と言う国をもう一回再興させなければならないという。
今金正日を支えている幹部たちに分からせなければなりません。
ですから経済制裁の圧力で、もう金正日ではこの国は成り立たないんだと言う事を幹部が分かりさえすれば、それだけで大きく動くというふうに考えています。

今金正日はアメリカの金融制裁で大きく揺らぎ始めています。
で、その時に何が大切か?ということ。
日本政府として北朝鮮に、今(調査会では)しおかぜをやっています。
NHKも短波放送を持っていますから、韓国から自由北韓放送をやっています。
日本人を傷つけるなというメッセージを強く北朝鮮の方に向けて発信して貰いたいんです。
今いる拉致被害者を管理している人間に対し、必ず日本人を傷つけるな、保護しろと言う、さもなければ我々は一切の経済協力をしないというメッセージを北朝鮮に強く送っていかなければなりません。

そのためには国民の皆さんのご理解が必要です。
皆さんが一緒になって日本人を傷つけたその国に対しては、日本は一切の経済協力をしないんだという強いメッセージとして発信していって頂かなければなりません。
是非皆さんにご協力をお願いしたいと思います。

更にもう一つ、今ブルーリボンバッジをつけていらっしゃる方が大勢いらっしゃいます。
これが普段、常に、日本の国民の8割の方がどこかにブルーリボンバッジ、服でも良いですしバッグの所でも良いです。
付けていただければ金正日に対して大きな強い圧力になります。
日本人の8割が拉致問題を忘れていない。
被害者が帰ってくるまで絶対にこの拉致問題を忘れないと言う強いメッセージになります。
更に皆さんの地元で選出されている国会議員に対しても、拉致問題は有権者の間では非常に大きな問題であるという事を認識させる強い圧力になります。
拉致問題を解決させなければ、私はもう投票しませんよと言う強い圧力になります。
是非皆さんに、このブルーリボン運動、この2~3ヶ月の間に日本の8割の方がして頂けるように一緒になって声を上げてください。
ありがとうございました。(拍手)

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大阪集会(12) 有本嘉代子さんのお

   『有本嘉代子さんのお話』

皆さんこんにちは。
本当に家族会が出来ていろいろあって、本当にここまで来れたということをしみじみと感じています。
だから私たちにとっては一番良い状態だと思っております。
安倍先生が総理になられて、私たちの事はきっと感じてしてくださると信じております。
その一番最初に主人が申し上げたように、1988年に子供から手紙が来たことによって運動が始まりました。
それで9年間は一応私たち二人、殆ど主人が動きましたけど、どっこも相手にしてくれませんでした。

だけど先ほど西村先生が仰ったように、国会の場で横田めぐみさんの事を明らかにしてくださって、家族会を立ち上げる事が出来ました。
それまでもマスコミの方で朝日放送の方お一人、この拉致問題をどっこも手掛けてない時にお一人でコツコツとしてらした方があるんです。
それで私の事を分かった時点で連絡してくださったんですね。
「あなたとこ一軒じゃないんですよ、この拉致と言うのは他にもあるんです」って、今皆さんと一緒に運動しました。
福井の二人と柏崎の二人と、それから今来ていらっしゃいます増元さんのお二人と、一軒ずつ名前と電話番号を言ってくださったんです。

その時点で私が関係のお宅に全部電話を入れました。
「こういう事で私は動いておるんですけれども、皆さんもご一緒に動いて頂けませんか?」と「皆でしたら力が付きますから」ということを申し上げたんですけども「お宅は手紙が来ているから証拠があります。でも私どもはただそうじゃないかな?ということであって警察もどこも取り上げてくれない。これでは動けないので多分駄目だと思いますよ」と皆さん仰いました。

でも西村先生が国会などで言ってくださってめぐみさんの事が表に出ました。
その時に奥さんが初めて会った時に仰いました。
早紀江さんがその時に本当に私もね。
18年か確か19年になってたと思うんですけど、「めぐみさんがいなくなってこの厳しい北朝鮮でめぐみが元気に生きておったならば、私が表に出る事でもしもめぐみに何かあったならばどうしようかと思ったんよ。でも主人がね。表に出ないと解決しないと言ったもんだから、出て来たのよ」と言う事を仰いました。
私もはっきり覚えております。
それで初めて家族会が結成できたんです。

そうしましたらね。
皆さんが会ってくださいます。
今までは全然会ってくださらなかった方が、会って話を聞いてくださいます。
それで2002年に9月にああいう事があって、大勢の方が帰って来られました。
それで5月に全国大会が、今西村先生が仰った有楽町フォーラムでありました。
その時に本当に5000人それしか入らないところに、たくさんの方が来て下さったんですね。
表にまだまだたくさんいらっしゃるんですよ、と言う事をお聞きしました。

それで私どもはここに今のようにずっと並んでおりました。
緞帳がばっと上がったんですね。
そのときにばっと見ましたらね。
ぎっしりだったんです。
それを見ましてね。
感激で涙が一杯に胸が一杯になりました。
本当にやはり日本人は素晴らしい、これだけの方がここに来てくださったと言う事でやはり日本人は素晴らしいとその時つくづく思いました。
私はいつも子供の時分からそういう教育を受けておりますから、日本人に生まれて良かった日本人に生まれて良かったと思って暮らして来ております(拍手)
この事によって本当に日本の皆様が目を覚ましてくださったと、その時思いました。
それで今現在に至っております。

それでいろいろと、特定失踪者の方も来られましたけれどもね。
私も1988年に分かりまして、それから家族会を結成したのが1997年です。
その時にね。
私どもも一緒に運動しましたけれどもね。
全然私とこは家族会に入っておりましたけども、国が認定をしておりませんでした。
初めて認定されましたのは2002年の3月12日に八尾(恵)さんが、皆さんご存知と思いますけども、よど号ハイジャック犯の奥さんがヨーロッパへ出て何人かの人を連れて入ってるんですね。
よど号の人は20人連れて入ったと言っておりますけども、今のところ分かっているのは3人ですけども、その時に、とにかく3月12日に八尾さんが証言する言われてその前日です。
初めて国が拉致被害者であると認定してくださったんです。
だから拉致家族の認定はどこからくるのか、私には分からないんです。

手紙が参りましたときにですね。
最初に外務省に行きました時にですね。
「これは北朝鮮から来ていませんから」言われましたですね。
ポーランドの消印だったんです。
北朝鮮から手紙は出せないんです。
だからそういう事で、結局はっきり言うたら相手にしてくださらなかったんですね。

そういうような状態ですからきっと近い将来に、特定失踪者の方もきっと国は認めると思います。
何が基準かいまだに分かりませんけれども、そういうような状態でしたけども、国が認めなくても私は手紙が来ているし、その手紙と言うものは小さく折って切手くらいに折ってあったらしいです。
それを多分身に付けていたんだろうと思いますね。
それをある機会にポーランドの人に渡したのかな?と思ってるんですけども、私がその手紙が来ました時に主人と二人はそう思ったんです。
助けてくださいと言う手紙が、ここにおる事は絶対に知らせなあかんと、もしもの事があったら、こんな所で死んでしまったらどこで死んだか分からないから、とりあえずここにいると言うことだけは知らせなあかんと言う事と、やはり助けられたら助けてくださいと言う事でやったと思います。
その思いで、私たちは動いてきました。

だからこの20日には総理が決まると聞いております。
一番待望の安倍先生が総理になってくださると、私たちは期待しております。(拍手)
その事によって私たちはきっと解決すると望みを持っております。
だから特定失踪者の方も皆含めて全員の方を返しなさいと言う事はきっと・・・(聞き取れず)と思います。(拍手)
皆様方が支援してくださらないと、私たち今まで来れなかったんです。
今本当に並んでいらっしゃる先生方、それから救う会の方々が支援してくださったことによって、私たちも元気で今まで動いてこられたんです。
皆様のお陰でこういう状態になったんですから、どうか皆様、最後まで私たちを支援してください。
宜しくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手) 

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大阪集会(11)有本明弘さん

   『有本明弘さんのお話』

Arimoto_2

拉致家族の有本明弘です。
宜しくお願いします。

私がこの問題に関わってきたのは、子供が親元へ手紙を北朝鮮から出してきました。
それを元に政府の方にお願いをしました。
それが1988年9月と言いますと、丸々18年になるんです。
この18年の間にいろいろ動いて来ました。
それを国民の目の前に大きく喋りたい。
喋ったら政治生命を失う人がたくさん出てくる。
そういうような問題を抱えてこの18年間やってきました。

今西村先生が仰ったように、めぐみさんの件が出ました。
それから10年、やっと私が長い(間)心に思っていた、そういう状況が目の前に現れて来ました。
誰かと言いますと、その手紙を持っていったところが当時の自民党幹事長であった安倍晋太郎さん。
その時は今の晋三さんは秘書をしとったらしいです。
手紙を持っていったときは私は晋三さんとはお会いしていませんが、それが元で今次期総理は安倍さんだと言う話が現実の物となっております。

そしたら安倍さんが総理になったら放送したいと言うので、当時の安倍事務所に手紙を置いていった。
それに関しての取材をしたいと言うメディアがパラパラ出てきた。
もう既に映像を持って帰ったところも数社あります。
そして活字にも・・・(聞き取れず)ですか?
・・・(聞き取れず)2社ほど話を聞きたいというふうに言って来ております。

私はその間ずっと言ってるんです。
この1990年に始まった自社訪朝団。
田辺さん、金丸さんこの人たち、これ、さん付けするほどの人ではないです。(拍手)
・・・(聞き取れず)たら、どんな事に突かれるか分からない。(笑い声)
さん付け出来ません。(笑い声)

田辺さん、金丸さん、この朝鮮外交を明らかにせよと私ずっと言い続けているんです。
なぜかと言いますと、この朝鮮外交をやった金丸さんと言う人は脱税をかけてきた。
脱税で逮捕されたんです。
分かりやすく言うと別件で警察は逮捕してきた。
ここの闇の世界を明らかにすべきだと私はずっと言ってるんです。

これのお陰で自民党は割れて細川政権が出来て、現在では民主党の小沢さん、マスコミが小沢さん担いで次の参議院選がどうのこうのと、マスコミ言うのはそういう業界なんです。
だから私はこれを明らかにしたら当時の朝鮮外交をやったその時の総理は、手紙を持って行ったときは竹下さんだったけれども朝鮮外交をやった。
2年後に、手紙を持っていってから2年後に朝鮮外交をやった。
その時の総理は海部さんなんです。
海部俊樹さん。
総理になる前はようしゃべりおったでしょう。
その時の会長が小沢さんなんです。

だからこの経緯はどちらも政権のトップにおった限りは知らんとは言わさん。
でも彼らはこれだけ拉致の問題で国内が関心を持ってきている。
また、我々も一生懸命運動している。
そういう中において、この運動始めてから10年経ちますが、何一つ喋らんでしょ?
こんな不思議な事があるんです。
これが日本の国の政治の状況なんです。

やっと、私がこういう話をしたらすぐにお時間ですよといつも言われてきて(笑い声)、それで止めるんですけども、今日は15分という時間を頂いております。
でも、私の持ち時間はせいぜい10分。
現在は今はそういう状況になっているんです。

・・・(聞き取れず)この問題が出てきた夏ごろには国民大集会があって、私言いました。
憲法改革、憲法変えろというこの問題に関しては、・・・(聞き取れず)のおじさんの任期のある間に教育法案と憲法法案は強行採決してでも成立させる事べきだと。
・・・(聞き取れず)なれば、小泉さんは解散の時期を早めるだけだと、それは言い切れなかった。
でも強行採決してでも法案を達成すべきだと。
何故小泉さんはそれをやらなかったか?
全部安倍さんが引き受けてやらなければならない。
そういう状況が今の日本の状況なんです。

だから私が思うのは憲法改正すると、草案を書くと・・・(聞き取れず)で草案を書くと、そこまで言うという事はこの戦後の60年の歴史を逆転させる、そういうような状況になるんです。
国民がそれを自覚しなければならない。
これはメディアが国民に詳しく、国民にひとりひとりに行き届くように説明しなければならない。
これは私は政治の一つの仕事ではあるけれど、これは日本の国で営業をしているマスコミの仕事だろうと思っておるんです。(拍手)
・・・・・(聞き取れず)というのは議連が出来た当初から私は、教育改革よりもマスコミ改革の方が先だと言う事も、それに関する証拠・資料を提出して言うております。
内容がどうかと聞いておりませんが、マスコミはもう、私とこ取材に来た人はみんな言われて帰ってるんです。
これが今の日本の現状なんです。

だから安倍さんが総理になるという事は私は心強い。
これからが勝負だなと、そういうふうに思っております。
だから日本の国民の意識が変わる。
憲法改革という事は、この60年間平和だ!平和だ!戦争はいけない!戦争はいけない!
これが変わるんです。
この話は長い事しとったら時間が2時間くらいはかかるので、家内に代わります。

でも私たちはやっとこの20年前は、竹下総理の時に手紙を持っていったんです。
この20年経ってやっと期待できる総理がやっと生まれてくる。
そういう吉を迎えました。
後は、家内と代わらせていただきます。
ありがとうございます。(拍手)   

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2006年9月20日 (水)

大阪集会(9) 三宅博八尾市議会議員

   『三宅博 八尾市議会議員・地方議員の会副会長のお話』

今の前上さんもそうなんですが、病身を押してお訴えになる為にここまでお出かけになって来られました。

昨年6月は国会議事堂、首相官邸のすぐ横でですね。
家族会の方々、これは認定被害者も特定失踪者失踪者のご家族も同じなんですけど、毎日34度35度の炎天下で、特に有本さんなんかは点滴を打ちながら3日間も座り込みをされたんです。
何故こうしてそこまで被害者家族がしなければならないのか?
しかも政府の政策は後手後手に回っておるという事でございます。
もっと積極的にやって頂きたい。

特にこの特定失踪者の方々はですね。
政府から拉致被害者であるという認定さえもいまだに実現されていないわけでございましてね。
本来ですと、認定されて然るべきような状態の方でも未認定であると。
政府はこれを非常に大きく問題をしたくないと言う事が有り有りでございます。

やっぱりこの拉致問題のですね。
全容解明という物を一刻も早くしなければならないと言う。
この日本国内から数百名の方がおそらく北朝鮮に拉致された。
してみるとこれをサポートする、あるいは実行する相当大掛かりな組織が日本国内にあると。
こういう連中を暴き出してですね。
犯した罪に相応しい罰を与えなければならないと思います。(拍手)

既に帰国された5名の方々なんですけど、この方々もですね。
まだ殆ど真相を語っていらっしゃらないんですね。
ひょっとしましたらまだ脅迫下に置かれているかも分からない。
その様な事でございます。

で、金正日体制ですね。
北朝鮮の状況が非常に深刻な状況になってきたと。
いつ体制崩壊があってもおかしくない。
この時にですね。
じゃあ、拉致被害者を救出する為に日本政府として具体的なシュミレーション、救出策、これを策定しておかなあきませんけども、この部分は全く手付かずです。
報道の方も多く来られていますので、その辺の所も強く訴えて頂けたらと思います。

皆さん、どうかこういうご家族の方々にこれからもお力を貸して頂きたいと思います。
以上です。
ありがとうございます。(拍手) 

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2006年9月17日 (日)

大阪集会(4)西村眞悟氏

   『西村眞悟 衆議院議員の講演』

皆様、暑い中、誠にご苦労様でございます。
この大阪の地、我々の大阪の地で拉致被害者救出のための集会を開けると言う事は、我々にとって非常に心強い事であります。

今、荒木和博さんが皆様にご報告されたとおりです。
客観的な情勢は極めて我が方に有利に展開しつつあるんです。
その中で奇妙な事が起こっている。
その中で政界の関心は急速に拉致問題から、去っていっております。
8月から9月にかけて自民党総裁選挙が行われる。
総理大臣はどこにおるのか?と思えば日本にいない。
現在、まさに政治の空白が我が国に存在すると言う事でございます。
その中で、この空白の中で我々は何をすべきか?という事。
これがこの集会を開催し、そして皆さんと共に考える本日の課題であります。

さて、本日は拉致被害者家族会の皆様と共に特定失踪者のご家族の方もこの場におられます。
この姿が我々の政治に向かう時にどうしても忘れてはならない問題点なんです。
すなわち、1年以上前、JRの車両が脱線転覆致しました。
あの時に被害者数が初め分からなかった。
時間の経過と共にどんどん被害者の数が増えていった。
しかし、我が国の行政機関、警察・消防は救助に向かった。
救助に向かう時に第一に確認しなければならないのは、今何人その中に閉じ込められておるのかでございましょう?

拉致被害者救出も同じなんです。
我が国の行政機関が救助に向かわねばならない。
その時に何人被害者がいるのか?を確認しなければならない。
しかし、その事を今やっていないという事なのであります。

4年前、極論を言うならば4年前金正日が拉致を認めた。
犯人が白状をした。
犯人が白状をしたその白状の内容は、5名は平壌に集めておるので会っていってくれ。
彼らはこの平壌を素晴らしい場所だと、お父さん・お母さんこっちに来てくれというメッセージを送って来た。
そして8名は死亡したと、白状した者が言ったと。
白状した者が言った事をそのまま鵜呑みにして、それで問題を拡大しようとはしない。
何人が車両の中に閉じ込められておるのか?
何人が北朝鮮と言うあの収容所列島の中に閉じ込められているのか?と言う事も、我々の政府が全力を挙げて調べようとしていないわけであります。

そこで拉致被害者救出の議員連盟でございますが、この議員連盟は4年前の小泉さんの訪朝前に結成されました。
それ以前の議員連盟はハッキリ言って潰しました。
なぜなら、会長が北朝鮮から亡命して横田めぐみさんの情報をくれた元工作員に対して、「亡命者の証言は信頼できない」というふうに発言するに至ったからであります。
この現在ある拉致議連の歴代拉致議連の会長は閣僚にピックアップされております。
私は拉致議連の会長が、閣僚・内閣の一員になった以上問題が進展しなければならないと、そして二人が閣僚になった。
三人目が出たらば、それは総理大臣がやらなければならないんだと、総理大臣にならねばならないんだと公言しておりました。

拉致議連の会長が、総理大臣になりそうだという事ではございません。
拉致議連の役員、私と同じ第一次拉致議連で事務局長代理をしておりました安倍晋三さんが、総理大臣になりそうだと。
しからば私の予言、拉致議連の会長という予言でしたけれども、拉致議連の役員が今度はいよいよ総理大臣になる、いう事になってきた。
客観的には大きな大きな一つのチャンスであります。
先ほどそのチャンスの中で関心が薄れて行くと言う事を申し上げた。
従って我々は頑張らねばならないと思うわけであります。

現状を象徴する一つの現象として万景峰号の入港禁止という事を申し上げましょう。
あの時に入港禁止を決定した、これは高く評価します。
高く評価したけども、接岸させたんです。
そして在日の子弟が修学旅行か何かで数百人、北朝鮮に見物に行っておった彼らを岸壁に着いた万景峰号から日本の陸地に上げた。
これは今、政府が制裁と言うものは何たるものか?ということを認識していない一つの証拠なんです。

万景峰号を接岸させない。
日本に入港させないと日本国政府が決めた以上、断じて接岸させてはならんのです。
彼らは一旦平壌に引き上げてもらわねばならない。
そして平壌から在日の彼らの子供たちが北朝鮮から日本にいる両親に対し、
「平壌は北朝鮮は素晴らしい地上の楽園です。お父さん・お母さん、日本のようなけったいな国にいるよりは、我が祖国に共に帰って来て下さい。」
このようにコメントさせたら良かったんです。(拍手)
これが出来ないということは制裁の何たるかを日本政府が分かっていないという事であります。

ただ万景峰号接岸禁止の、接岸させて子供たちだけを帰した訳でありますが、物資を揚げなかった効果はてきめんに現れておる。
覚せい剤の価格が暴騰しています。
皆さん、こういう事なんです。
やってみれば分かるんです。
警察の方はご存知だと思いますが、覚せい剤の値段が上がっておると言う事は何を意味しておるのか?

我々が小さい時、記憶が生まれるか生まれないかの境目の時、ヒロポン中毒の患者の犯行が、奇妙奇天烈な犯行が相次ぎました。
もうじき日本そういうことが大阪でも起こるかも分かりません。
覚せい剤中毒の者が覚せい剤が切れた中で精神的な錯乱状態になって、突拍子も無い犯罪を起すということです。
万景峰号が接岸してなかった、ということがこれほどの効果があるという事を、我々はもうじき知ることになるでしょう。
経済制裁をやれば効果があるんです。

さて現状のご報告を一応概観したことで、拉致問題の本質という物を改めて述べてみたいと存じます。
荒木和博さんが言ったように拉致問題は戦争である。
これは戦争状態です。
戦争といえば国家が宣戦布告して正規軍が動いてくるというふうに我々は思い込んでおります。
これは19世紀から20世紀全般までの戦争形態である。

現在、戦争で無いと思えば戦争である。
戦争であると思えば戦争では無い。
適切な日本語後がございません。
other than war、 other than war、これが現在の戦争なんだと。
従って、明らかに拉致問題は現在の戦争であります。
従って拉致問題の最終目的は金正日の降伏、これしかない。
戦争なんです。

それを前提にして外務省に「北朝鮮の地図は外務省にあるのか?」と質問しました。
外務省答えて曰く、「北朝鮮の地図を外務省は持っておりません」
これでどうして救出できるのか?と。
自衛隊が持っている、持っていないと言う事は私には答えませんでした。
ただ、我が日本で国会議員にもその訓練内容を見せない部隊が存在致します。

その部隊長に聞きました。
実は訓練内容を見ました。
そして質問をしました。
「北朝鮮のあのポイント、あのポイント、あのポイントにいる日本人を、命令があれば救出できるか?」
隊長は答えて曰く、
「我々にはその命令を実行する能力がございます。ただ、政治がその命令を我々に出すかどうか?これが問題です。その命令があればやります。」
これが我が国の自衛隊の一つの部隊の答えでありました。

さて、物の本質が戦争であるとするならば、我々のやるべき事はなんでしょうか?
現在の政治は空白状態であります。
我々の歴史を振り返るのではありません。
平成8年の暮れ、荒木和博さんたちが発行している現代コリア、横田めぐみさんの被害の状況らしき記事が出ている。
平成9年明けてすぐ荒木和博さんが、我々は同じ民社党の出身なんです。
で、「実は13歳の女の子らしい。拉致されたままだ。なんだ?」という事になる。
この質問を始めた。

国会の日程など二日前じゃないと分からないんです。
いつ質問が出来るか分からない。
従って議員が持っている権限、内閣に対して質問趣意書を提出するという事で、直ちにそれを内閣に質さねばならないと言うふうに動きました。
その時の状況は多くの人たちが、今拉致議連に参加している党派を含む全党派が心にはともかく、全く無関心を装ったのであります。
そういう中で有本さん、また家族の皆さん。
「娘を返せ、息子を返せ」という運動を続けておられたのであります。

その時にコメ50万トンを出す。
また25万トンを出す。
10万トンを出す。
政府の動きを止める為に、「コメを出すなとは言わない。しかし私の娘は返って来ていない。息子は返って来ていないんだ。」と。
自民党の前で、外務省の前で、寒い中座り込むこの拉致被害者の決して若いとはいえないご家族・ご両親を前にして、「国内で吼えておっても、拉致被害者は返らないんだ」と言うふうに言い放ってコメを出した与党幹部、これが存在した。
皆さん、国内で吼えておってもという吼えておると言う言葉は人間に使う言葉ではないんです。
しかしそれをまさに使った、これがその時の状況です。
しかしその人間に使う言葉を投げ掛けられる事無く、命の使う言葉を投げ掛けられている中で、拉致被害者家族と心ある運動が続いていく。

平壌、9月17日、総理大臣訪朝。
それに対して金正日は「拉致問題に触れなければ日本からは金を出せない」という判断に至ったと。
これはまさに、政治が無関心な中で国民が重大な関心と救出の熱意を示した賜物であります。
我々が今やるべき事はその事を思い返す事。
そしてその地点に立ってまた運動を組み立てる事でありましょう。

拉致問題がこの国民運動として盛り上がる前、今から思えばそのきっかけになったのではないのだろうか?と思う、東京フォーラムでの集会がございました。
5000人が座れる東京フォーラムでやろうという事になった時、西岡さんが私に言いました。
「今まで1000名を越える集会を経験したことが無い。5000名、出来るだろうか?来てくれるだろうか?」
その時に我々は言いました。
「50名来てくれたら良いじゃない。5000名の中に50名来てくれても良い。しかしこれは国民の運動なんだ。5000名座れる所でやろう。」
と言うふうに、我々は顔を見合わせながら決断していきました。
結果は2万5千が集まって頂きました。

さて、我々は既に拉致被害者救出運動を続けてきて、そして金正日を白状させたという実績を持っているわけであります。
この実績を元にこれから進まねばなりません。

最後に、平壌共同宣言とは何か?
この平壌共同宣言をこのまま置いておいて良いのか?という問題意識だけは持っておきましょう。
なぜなら、無名の運動のときと違い、今や内閣総理大臣と金正日の取り交わした約束文書が存在するからであります。
この約束文書こそ、欺瞞の文書であります。
平壌共同宣言を遵守するという小泉総理のこの発言は、61年前の8月8日に日ソ不可侵条約が有効である事を前提にして、ソビエトの仲介によって日本とアメリカが和平を結べるのではないか?と錯覚しておったと。
この茶番劇のような事態と全く同じ事態であります。

平壌共同宣言は4つの約束からなっております。
第一の約束は万難を排して日朝は国交を回復すべきである。
正常化すべきである。
そのために来月から、十数日後の来月から日朝国交正常化交渉を始めよう。
これが第一の約束。

第二の約束は、我が国が悪い事をして申し訳ないです。
従って国交が正常化したときに、我が国は莫大なお金を金正日さんにお渡し致します。
これが第二の約束。

第三の約束は、日本国民の安全に関わる事態に関しては、日朝は国交が無いと言う不正常な時代に起こった事である。
従って二度と再びこのような事態を起こしてはならない。
これは何を意味しておるんですか?
これは拉致問題というものが、日朝の国交の無いという異常な事態で起こったものでありますと。
今後は、将来は拉致は起こりません、と言う約束に過ぎない。

第四は、核の開発は致しません。
ミサイルは飛ばしませんという約束です。
この第四の約束は全て反故にされております。

第三の約束、日本国民の安全に関する約束は守られておるんですか?
この約束はそもそも何の約束ですか?
この約束は拉致問題、金正日が白状した拉致問題というものは既に過去のものとして終わったと。
金正日さんは将来は拉致をしませんよと約束したに過ぎないんです。

そして先ほど言いましたように、5名が平壌に集まっている。
それに会っていってくれといって会った。
8名は死亡だといわれて、愕然としながらもその上で署名した文書です。
この約束こそは、拉致問題は終わったという金正日の言っている事を受け入れた条項なんです。
金正日が約束した事は全て破っている。
我々だけが、総理大臣だけが約束した事を守らねばならないと言っている。

つまり日本人を拉致して、数百名拉致して返さない。
抹殺しようとしている。
北朝鮮の土に返そうとしているこの独裁者に対して、我々の税金が1兆円以上支払われなければならないという約束が、新しい政権に引き継がれてはならない。(拍手)
そのように申し上げて、私の報告を終わらせて頂きたいと思います。
暑い中来てくださった皆さん、これから頑張りましょう。(拍手)   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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大阪集会(3)荒木和博氏

   『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演』

ご紹介いただきました荒木でございます。
今日はまだ暑い中皆様多数のご参加を頂きまして本当にありがとうございます。
先ほどの吉田議員の仰った言葉にもありましたけども、まさにこの拉致問題が動いて参りましたのはこの会場にお出でになった皆さん、そしてこの集会を催すに当たって炎天下の中街頭でビラを撒き、また多くの方に働きかけてくださった皆さんのお気持ちの賜物でございます。
それがなければ拉致問題が動くことはございません。

これから若干のお時間を頂いてお話を致しますけども、私がお話が出来る事で拉致問題に貢献できる事はごくわずかでございまして、しかしこの集会を開く為に皆さんが一生懸命努力をされた。
そして暑い中、ご自分の仕事があったかもしれない。
あるいはご家庭の用事があったかもしれない。
遊びに行きたかったかもしれない。
そういう思いを持ちながら、ここにお運びいただいた皆様の気持ちこそが、まさに拉致問題を解決する原動力である、と言う事を確信する次第でございます。

で、これから私がお話いたしますのはやはり拉致問題の本質ということと、一体どういう事をこれからしていかなければならないか?という事でございます。
壇上に画面が出ておりますので、画面を指しながらお話をしていきたいと思います。
何度もこのブルーリボンの会の集会でも私申し上げておりますが、拉致問題というのは今日ここに家族会の皆さんそして特定失踪者の家族の皆さんがお見えでございますが、拉致被害者があるいは家族が可哀想だからやる問題ではない、と言う事でございます。
あくまで私たち、そして自分達の家族を守る為に行うのだと言う事なわけであります。

もし今拉致をされている人たちを助ける事が出来なければ、次に拉致をされるのはここにお出での皆さんのご家族かもしれません。
お友達かもしれない。
また拉致被害と別の主権侵害が北朝鮮以外の国によって行われるかもしれません。
日本と言う国は国民を攫って行っても何もしない国だ、安心して何でも出来るんだというふうに思えば何をされるか分からないわけでありまして、そういうことは絶対に許さない。
一人の国民でも絶対に助け出すんだという、断固とした意思があってこそ我々は国民全部を守る事が出来るのだ、と言う事でございます。

そしてもし被害者の家族が可哀想だからという思いだけでやっていた運動であればどうなるか?
北朝鮮がもし例えば日本にミサイルを発射するぞというふうに恫喝したと。
今まででも同じような事をやってますがその時にですね。
しかしそれを助ける為にもっと被害が出ちゃ困る。
止めておこうというふうになるわけでございます。
しかし実際はそうではない。
もしそういうふうに恫喝をして日本が言うことを聞いたらば、もう拉致問題止めにしましょうとなったらば、北朝鮮はまた別の恫喝をして参ります。
金を出せとか物を寄こせとか、そういう事をどんどん言ってくる。
つまり問題はどんどん深刻化して更に次の被害者が出るということであります。
だからこの問題はご家族とか今の拉致被害者だけの問題ではなくて、私たちの問題だとして考えなければいけない、いう事であるわけでございます。

この大阪を舞台にしました政府認定の拉致被害者の方で、原敕晁さんという方がおられます。
ここにお出での多くの方がご存知だと思いますけども、昭和58年の6月に、元々大阪のラーメン屋さんの店員でしたけども、騙されて宮崎県の青島海岸から拉致された方であります。
その後、辛光洙と言う工作員が原さんに成り代わりまして、そしてスパイ活動を続けて参りました。
この工作員・辛光洙は韓国に5年後に入国して逮捕される。
その時点で原さんの拉致を自供しております。

これに対して平成14年、小泉さんの訪朝で北朝鮮は原さんの拉致を認めます。
翌年15年には、今ご挨拶をされました吉田(利幸大阪)市議、そして壇上におられます三宅(博)八尾市議が、この犯人を告発をする。
そして・・・(聞き取れず)には大阪府警が中華料理店とか関係者を家宅捜索し、事情聴取を行うわけであります。
しかし今でも原さん拉致に関わる犯人は逮捕されておりません。
もちろん、原さんも帰って来ていない。
そして原さんに限らず、いまだに一人として拉致事件の加害者として逮捕された人間はおりません。
ですから事件と言うのは、今政府認定になっている事件も含めて過去の事件ではなくて、現在そして未来に関わる事件である、という事であります。

この国は自由に外国から出入りの出来る国です。
この映像で見て頂いているのは今から6年ほど前に富山県の黒部川河口で発見された、北朝鮮製の侵入用の水中スクーターです。
この海岸の河口に埋められてありました。
雨などで被せてあった土が露出して明らかになった事件でございますが、わずか6~7年前に埋めた物でございまして、これと同じ物は奄美沖で沈んだあの工作船、あるいは福井県の美浜それぞれで見つかっておりまして、これを使って上陸をして来た工作員と言うのが相当の数いるはずである。
そしておそらくは今でもいるであろう、いうふうに思われます。

そしてこれはつい最近起きた事件ではございません。
これは公安関係者では有名な事件でございますが能代事件と言う、秋田県の能代海岸に2回に渡って工作員の死体とか遺留品などが流れ着いた事件がございました。
昭和38年ですから今から41年前(43年の言い間違い?)の事件です。
この昭和38年には石川県であの寺越事件と言うのが起きまして、寺越武志さんを含める3人が拉致をされています。
この遺留品の中にありましたのはこういうピストルですとか、様々な道具がございました。
たまたまこの事件は失敗したからこれが見つかっているわけでございますけど、実際には大部分の侵入が失敗をしていない。

つまりひょっとしたらここの席のどこかに居るかもしれませんが、北朝鮮の工作員がピストルですとか武器を持って日本に上陸して、そしてごく普通の市民を装って行動している。
おそらく今でも同様の状況が続いているだろうというふうに思います。
日本の海岸と韓国の海岸をこうやって比べて頂ければ分かりますが、韓国の海岸はこのようにですね。
ずっと鉄の柵、かなり頑丈な鉄の柵が巡らしてあります。
日本の海岸と言うのは、こうやってどこからでも入って来て下さいというような海岸でございます。
韓国の海岸は、ここでもちょっと左の方に見えますが韓国軍の警備歩哨がありまして、ここで特に夜は実弾を込めた銃を持った兵隊が警備している。
で、海は船がパトロールしている。

それでも韓国にはどんどん入って来るわけでございまして、いわんや日本の海岸などはですね。
本当に安明進さんをはじめとする元工作員が言っておりますけども、飯を食ってトイレに行くのと同じくらい簡単だという事であります。
我々はそういう中で、どんどん出入りが来るような状況の国の中で生きているんだ、と言う事を考えて頂かなければいけません。

この地図は韓光熙(ハン・グァンヒ)という元朝鮮総連の財政局の副局長だった人が一人で見つけた侵入ポイント。
全国歩き回りまして、ここならば侵入しやすそうだと、人に見つからずにそして海から入って来るときも目印がある。
こういうポイントでございます。
彼が出した本(=「我が朝鮮総連の罪と罰」)の中に出ておりますが、一人で38ヶ所の侵入ポイントを設定しております。
韓光熙一人でこういう事をやる事はございません。
何十人もの人間がこういう事をやるわけでありまして、日本国内おそらくは太平洋側も含めまして数百ヶ所のポイントが日本国内にある事は間違いが無いだろうというふうに推測がされるわけであります。

そして日本に入って来るのはこのような工作船を使って入って参ります。
これは平成13年に奄美沖で沈んだ工作船ですが、この左側の工作母船からその隣の小さな工作小船と言う船が後ろから出て参りまして、それで沖合いから海岸近くまで行ってゴムボートですとか、先ほどの水中スクーターで上陸をする、言うパターンでございます。
船に詳しい方であればお分かりだと思いますが、この工作船の先頭の形状は普通の漁船とは全く違います。
普通の漁船はもっと丸っこくなっています。
いかにスピードを出すか?の為に作られた。
つまり、漁船を改造したとかそういうのではなくて、日本とか外国に侵入する為に北朝鮮はこういう船を作り、そしてそれを使って侵入をしているということです。
単に思いつきやその時の必要性だけで作ったのではない。
これをやる事が北朝鮮にとって当たり前の事だと思っているから、やっているんだという事であります。

拉致もその通りです。
たまたまちょっとした目的でやっているんでは無いんだ、という事はご理解を頂けると思います。
ちなみにこの大きな工作母船は約40ノット(1ノットは1.852キロメートル毎時、40ノット=時速約74キロメートル)、そして右側のポンポン船のようにみえるそれより小さな船は50ノット(=時速約79キロメートル)のスピードが出る、非常に高性能の船でございます。
そしてこういう船で日本海側にどんどん入って来るわけですが、しかし海岸だけが危ないわけで