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2007年3月30日 (金)

ニッポン人・脈・記第1回

朝日新聞夕刊に特集された ニッポン人・脈・記「安倍政権の空気」から、拉致問題に関係する記事を記録として残します。
これは、webには公開されていません。
全体として安陪批判、拉致を貶める意図を感じています。
みなさんも読んでおいてください。


   朝日新聞夕刊連載 ニッポン人・脈・記「安倍政権の空気」

第1回「娘と歌った おぼろ月夜」2007年03月05日

 カメラ好きの横田滋(よこた・しげる)(74)は娘めぐみが生まれるとすぐ、レンズを向けた。「本当にどこにでもある家庭だったんですよ」
その写真展が各地で開かれている。京都では8日から始まる。
 初節句の娘にほおずりする若い父、双子の弟が生まれてチュッする4歳のお姉ちゃん、運動会や家族旅行、お正月に母の赤い着物を着て口紅を引いて雪の軒先にたつ小学6年のめぐみちゃん……。
 が、写真は13年で途絶えた。77年11月15日、バドミントン帰りの中学1年の少女は突然、姿を消す。あれは北朝鮮の工作員による拉致だったと知らされるまで、それから20年の歳月が流れる。
 事件か家出か自殺か、母早紀江(さきえ)(71)は「何か私が間違っていたのでは」と苦しんだ。いつめぐみが帰ってくるか、電話がくるかと家族旅行に行かなくなった。
 新潟の冬の空の下、ひとり台所に立ち、めぐみと歌った「朧月夜(おぼろづきよ)」をくちずさむ。「この苦しみから放たれるなら死んでしまいたい」と泣き、ふと友人が置いていった聖書の「ヨブ記」を読む。
 信仰あついヨブは子を亡くし、羊をとられ、財産を失い、皮膚病にかかる。悲惨きわまりない人生。しかしヨブは信仰を捨てない。「主は与え、主は取られる」。すべて神の心として生きた。
 早紀江は84年5月、教会で洗礼を受ける。「めぐみは生きていると信じて待ち続ける。私も自分を見失わないで生きていく」

 02年9月17日、首相小泉純一郎(こいずみ・じゅんいちろう)(65)が訪朝。拉致被害者は「5人生存、8人死亡」と早紀江たちは知らされた。「人はみな死んでいきます。めぐみは本当に濃厚な足跡を残していったのではないかと思うことで私は頑張ってまいります。皆様とともに闘ってまいります」。ここで泣いたらあの人がほくそ笑むのではないか、負けないわと涙をこらえた。
 その1カ月後、拉致被害者5人が「一時帰国」する。滞在は1、2週間というのが日本と北朝鮮のあうんの約束だった。
 せっかく帰ってきたのに、なぜ戻らなければいけないのか。蓮池透(はすいけ・とおる)(52)は、弟の薫(かおる)(49)の言動にとまどうことになる。
 弟は、北朝鮮を「いい国」と言い、お土産に充電式懐中電灯やパソコンを買い求めようとする。兄は「お前は犯罪の被害者なんだぞ。また犯人のところに戻るのか」と必死に説得した。故郷の山や田んぼ、旧友の歓迎や温泉での語らいがあって、ようやく弟の心に「日本人」がよみがえる。だが、5人は子どもたちを北朝鮮に置いてきていた。
 外務省は「一時帰国」でムードを盛り上げ、年内にも日朝平和条約へと段取りを描いていた。それをひっくり返し、「政府決定として5人は北朝鮮には返さない」ことにしたのは当時、内閣官房副長官の安倍晋三(あべ・しんぞう)(52)と内閣官房参与の中山恭子(なかやま・きょうこ)(67)だった。
 蓮池は思い返す。「5人対金正日(キム・ジョンイル)だったら、戻るしかなかった。日本政府対金正日になったから、日本に残れたんですよ」。肉親の悲願が、外交の駆け引きをうちやぶった瞬間だった。
 小泉首相の第2次訪朝で5人の子どもたちは帰国したが、拉致問題は手詰まりに陥る。日本政府は「対話」より「圧力」を強め、解決は安倍政権にゆだねられる。
 蓮池は、時にこんな違和感も覚える。「私たちは、純粋に家族を救いたいという一心でやってきた。救出を願っているのであって、拉致報復とか勘違いされるのは困るんです。何か利用しようという人たちがいるのは残念です」
 横田夫妻に残されためぐみの声は、唯一、小学校の卒業式の謝恩会で歌ったシューマンの「流浪の民」の録音テープである。めぐみは透き通った声で独唱している。

 なれし故郷を放たれて 夢に楽土求めたり

 めぐみたちは、いつになったら帰ってくるのか。

 安倍は、初の戦後生まれの首相である。「戦後レジームの脱却」「美しい国」を唱える政権を生んだ時代の空気と人のつらなり、そこに国の転機が見える。

(このシリーズは本社コラムニスト・早野、編集委員・山田厚史、森川愛彦が担当します。本文は敬称略)

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