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2007年4月 3日 (火)

続いて、南の元属国・ベトナムから中国を通して北の現属国・北朝鮮を考える

演算の声さん投稿

投稿日2007年3月31日

続いて、南の元属国・ベトナムから中国を通して北の現属国・北朝鮮を考える
 
 
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   【民族と国境】
もし我々と同じDNAと文化を持ち日本語を話す「大和族」が国境を越えて朝鮮半島や大陸のあちこちに存在したら、我々の民族意識も少し違ったものになっていたのではないか。

ベトナムの主要民族であるキン(京)族は、中国南部、ラオス、カンボジア、タイにも分布しそこでは「少数民族」として暮らしている。一方、ベトナム国内にも50以上の少数民族がいて、その中には華族、タイ族、クメール族などが含まれる。民族分布は必ずしも国境とは一致しない、それがむしろ当たり前なのだが、国境と民族と言語の分布域が三つともピッタリと一致してしまう世界的に稀有な日本民族にその感覚は理解しにくい。

タイ・ミャンマー国境付近に暮らす山岳民族カレン族の場合のように、平地マジョリティー民族が勝手に引いた国境線によって山岳部マイノリティーたちは分断されしばしば紛争に巻き込まれる。アンデスのプーノ地帯に棲むリャマの群れはペルー・ボリビア国境をノービザで自由に往来していたし、中央を国境線がとおるチチカカ湖に棲むニジマスもフラミンゴもパスポートは持っていない。最近まで紛争地だったチリ・ボリビア国境帯には地雷踏んで片足になったアルパカがいるが、群れ単位で自由に暮らしてきた彼らにとって国境はハタ迷惑もいいところだ。

【殺されずに消えゆく少数民族たち】
私がベトナム北部の中越国境地帯を初めて訪れたのは今から十数年前のこと、ハノイから山道を三日がかりでたどり着いた深い山あいの交易市場には、様々な民族衣装が混ざり、少数民族たちがそれぞれの個性を主張していた。男も女も眉毛と頭髪を剃る風習のある部族の奇異な風貌は今も強く印象に残っている。しかし今回出会った彼らの幾人かは頭にスカーフを巻きそのスキンヘッドを隠していた。開発による道路・情報網の発達とともに文明浄化が山奥まで押し寄せ、外来文化への同化・均質化がこのまま進めば、閉ざされた山奥ゆえに守られてきた少数民族のその特異性も消えてゆくのだろう。

【中越戦争】
1979年2月17日、20万人の人民解放軍兵士と300機の戦闘機が中国から国境を越えベトナムに攻め込んだ。しかし、長年にわたる対仏・対米戦争で実戦経験を積みソ連製近代武器を備えたベトナム軍は、旧装備で人海戦術だよりの中国軍に深手を負わせ追い返した。中越国境での武力衝突はその後10年続き、両軍合わせ数万人が戦死し、ベトナム住民も1万人が犠牲になった。中越国境が画定したのは2000年代に入ってからである。ベトナムは中越戦争の謝罪を中国に要求しているが中国側は「カンボジアに攻め込んだお前が悪い」と拒否している。ハタからみれば「カンボジア人民を苦しめるポルポトを懲らしめるベトナムを中国が懲らしめようとして反対に懲らしめられた」という按配だが、それまで「化外(けがい)の民」として見下し属国扱いしてきたベトナム・キン族に負けた中国・漢族首脳のショックは大きく、これを機に中国は軍備増強・近代化を推し進めることになるから、中越戦争は日本の安全保障環境にも重大な影響を与えたことになる。

【今とこれから】
中越戦争の背景にはソ連(-ベトナム) vs 中国(-カンボジア-北朝鮮)という中ソ対立構造があった。米ソ対立の代理(ベトナム)戦争のあとに中ソ対立の代理(中越)戦争じゃ、なんだかベトナムは代理戦争ばかりやらされたようだが、自分の立ち位置は一貫してブレていない。先日のハノイ日朝協議も場所提供ついでに日越政府間協議も行われ自国利益もちゃんと押さえている。

この国にも裏世界はある。中国人ほどドギツくないが、共産党独裁の社会主義体制であり地方政治は地元の共産党組織「人民委員会」が支配し、党の同意が無ければ何事も進まない。膨大な援助と企業投資が進む中で党関係者や役人たちの袖の下も広がっている。中国に嫌気がさしてここに逃れてくる日本企業も多いが、この国の本質は中国と大差ないのかもしれない。仏・米・中を何年もかけ執念で打ち払った国だ、したたかでないはずがない。ある商社は「この1年で日本人駐在員7人のうち過労で3人倒れた」と言っていた。

我々がベトナムを「中国よりマシ」と感じるのは、人当たりが柔らかく温厚・真面目(そう)で、親日的な面があるからだろうか。じっさいベトナムでは外国の中で日本人の評判が一番良く、韓国人はまあまあ、中国人は嫌い、アメリカ人に対して年配者はまだ反感が残るが若者はこだわらずにコカコーラも飲む。

ベトナムが他の独裁社会主義国と違う点がある。これまでにスターリンや毛沢東、金日成のような独裁者を出していない。独裁集団はあってもその集団内部でゴニョゴニョ話しながら進めるのがこの国の伝統的やり方であり、ややカリスマ的だったホーチミンも独裁権力を有したことは無く、一時期失脚しかかったことさえある。

強烈な個性は無くとも、自分たちの民族性に根ざした自分なりのやり方で、ベトナムは粘り強く着実に歩みを進めてきた。もつれた対中関係を1992年に修復し、米国とも1995年に国交樹立、同年ASEANに加盟。もともとASEANは東南アジアの防共目的に設立された協定であり、社会主義国ベトナムの参加は驚きをもって受け止められた。

そして今年2007年1月11日、ベトナムはWTOに加盟した。本当のドイモイはこれから始まる。

【そして我が祖国日本】
東南アジアの少数民族の多くは自分の国さえない。朝鮮民族も同じ、古代から中華の属国で今も民族は二つの国境で三つに分断。やたらこっち(大和)を向いて吼えたがる彼らの背後には中国という悪魔のような国を抱えている。海に囲まれ中国と国境を接しなかった自然の恩恵、幸運を我々は感謝したほうがいい。

アジアにはいま、欧米世界に伍す経済・政治力を持つ大国が二つ存在する、日本と中国。その大国の周りに散らばる小国、その小国の狭間で自分の国すらもてない少数民族たち、彼らは中国と日本二つの大国の様子をじっと見ている。幸い、我々日本には(力無くとも心情的な)味方が多い、今はベトナムでさえ日本側にいる、我々は自らに恥じぬ態度で地道に臨めばよい、中国とその属国北朝鮮へのボディーブローは確実に効く。

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