カテゴリー「第五回埼玉県民の集い(2007/10/20)」の記事

2007年12月15日 (土)

佐藤勝巳救う会会長(2007/10/20)

北朝鮮による拉致問題を考える 第5回埼玉県民の集い
07.10.20 埼玉会館小ホールにて

『佐藤勝巳 救う会全国協議会会長の講演』


皆さんこんばんは。

紹介を頂きました佐藤でございます。

ただ今中山補佐官の方からお話がありましたように、政府は昨年の安倍内閣成立以来、組織を作って救出に立ち向かったわけです。
実はそこに至るまでには、私たち救う会の側から申しますと、9年の歴史がございました。
拉致と言うのは、これは政府が全責任を持って救出をすべきことである。
政府が全面的に北朝鮮と戦うべきである。
その署名が五百数十万集まって、そして政府が拉致対策本部を立ち上げたと言う経緯がございます。

そこでこれからの戦いにも関連してくることですが、日本人が拉致をされているという事が分かっているにも関わらず、何ゆえに9年もかかったのだろう?
いや、もっと言えば、30年も40年も何故解決を出来ないでいるんだろう?
言う問題が、私の中にはず~っと残っております。

湾岸戦争が起きたとき、サダム・フセインは自国にいる外国人を全員収容しました。
その収容した時に飛行機が収容所の上を飛ぶわけです。
中にいる外国人は日本人を除いては全員窓に顔を出して、自国の軍が飛行機が助けに来てくれたと、皆そう思って救出を叫んだそうです。
日本人のみが収容所の片隅に毛布を被って、サダム・フセインが爆撃したと言って震えておった。
これが現実です。

私この話を聞いたときに、我が国の政府とあるいは国家と国民の関係。
拉致をされた時、政府が助けに来てくれるとは、国民が思っていない。
政府の方も全力を上げて救出に行くという姿勢は皆無だったわけです。
この国家と国民の関係を見たときに、この国は駄目だと。
多分、潰れるだろう。
というふうに思うと同時に、それは即同時に、北朝鮮に拉致をされている人たちに対する我が国の政府の、あるいは我が国社会全体の反応の現れである。
解決できないと言うのは、そういう事なんです。
つまり国家の体を基本的になしていないんでは無いか?
言う、大変な私にとっては重い、且つ辛い思い出が湾岸戦争のときにございます。

それ以来、兎にも角にも政府が悪いんだとか政治家が悪いんだなんていくら言ってみたって、拉致なんて全然解決しませんし、世の中何も変わりません。
思った人たちが行動すべきである。
気がついた人たちが行動を起こすことである。(拍手)
それ以外に、拉致の救出もなければ世の中をちょっとでも良くする方法などは存在していないと言うのが、この10年間の救う会の私の総括です。

一生懸命で心ある人たち、全国で大体40くらいの救う会があって、もちろん今日主催している埼玉救う会もその中心メンバーのひとつな訳ですが、そういう人たちが毎月のように街頭に立って署名をする、ビラを撒く。
と言うような事を繰り返し繰り返し行ってきた結果が、拉致対策本部が出来て中山さんのような優秀な人をですね。
迎え入れる事が出来たと。
これは私、闘いの成果だと思っております。(拍手)

しかし、外野にいるこの私からですね。
この1年の拉致対策本部の動きを見ていると、図体はでかくなったけど小回りが利かない。
政府って言うのはやっぱりですね。
大変なんですね、見ていると。
予算が無いとか、手続きがどうとかこうとか、大変な作業をきちきちと。
しかしですね。
どんな組織でも問題や軋みを抱えております。

私は拉致が救出できるか出来ないか。
主にね。
主に出来るか出来ないかは、政府について言うならば3人にかかっている。
福田さんと、町村官房長官、これは拉致担当の大臣です。
そして今お話をされた中山さん。
この3人の目の色が変わってきたときに、多分拉致は解決されるだろう。

どんな組織でもそうです。
指導者の目の色が変わったとき、全部の組織に人々に、本気でやるんだな、と必ず行き渡ります。
指導者がやると言う気概を示せない時に、運動や政策が成功するなどという事はまず私は無いと思っております。(拍手)
そういう点で、まずこの御三人の方々が、断固として拉致を取り返すとき、アメリカと北朝鮮が何となく今馴れ合って、変な事をほざいておりますけどね。
この場合、日本の拉致を脇において米朝の国交正常化、そんな事は絶対に日本が承知しませんよと言う(拍手)明確な態度表明を、私は内閣総理大臣をはじめ全閣僚がカウンターパートナーに示すべきだと思っております。

それから私本人も皆さん方も、アメリカ人に知り合いがおられましたら「拉致の解決は我が国にとって最大の国益である」「最重要課題である」「これを同盟国アメリカが無視して動くというのであれば、我が方にも考えがありますよ」という事を明確に伝えるべきです。(拍手)
そして尚、我々は今日開かれたこのような集会を、今次に熊本で予定をしております。
愛媛で予定を致しております。
岩手で予定を致しております。
と言うふうに次々と我々国民の決意を政府に対して金正日に対して、アメリカに対して中国に対して、示していく。
そこを示さないまま、アメリカや外国にいくら物を言ったって絶対に誰も聞く耳を持ちません。
そういう意味では拉致の解決は私たち国民の双肩にかかっているというふうに、私たち救う会は理解を致しております。

埼玉は来年ですね。
つまり自治体、埼玉県、救う会、そして政府は拉致対策本部、外務省、総務省、法務省との支援体制をとって、今一度この埼玉でもって大集会を是非とも開いて頂きたい。
思っております。
そういうふうに我々が靴底を減らして一人一人を説得をして、拉致を解決しなかったらこの国は大変なことになりますよという事を、全埼玉県民に訴え続けることによって集会を成功させ、それを全世界に発信して行く事が私たちが拉致を解決していく基本だと考えております。

全国協議会は総力を挙げて各地域の救う会の戦いにご協力をさせて頂きます。
今後とも宜しくご協力のほどお願い致します。
どうもありがとうございました。(拍手)

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特定失踪者家族の訴え

北朝鮮による拉致問題を考える 第5回埼玉県民の集い
07.10.20 埼玉会館小ホールにて


『井上イトノさん(特定失踪者・井上克美さんの母)の訴え』 



★杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事

今日は特定失踪者のご家族が見えられております。
代表いたしまして、鈴木賢さんのお兄さんでございます鈴木智さんにお出でいただいておりますので、ご紹介をしていただきたいと思います。(拍手)

★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)

本日ご来場いただきました皆さま方の日頃の拉致問題の解決・拉致被害者救出に対しましては、多大なご支援・ご協力をいただきましてありがとうございます。
私思いますのに、特定失踪者の家族でございますが、特定失踪者が皆が皆北朝鮮に拉致されたとは思っておりません。
しかしながら、数人か数十人か数百人か北朝鮮に拉致され、政府認定者と同じように、あるいはそれ以上に光の当たらぬところで日本からの救出を待ち続けている事は、間違いのないことだと思っております。

従いまして、我々ただ今「拉致問題を考える川口の会」としまして、拉致被害者・田口八重子さんのご家族と私ども特定失踪者の家族、さらに私どもをご支援くださる多くの市民の皆様と、さらに川口の自治体を長とする自治体の皆様のご支援・ご協力をいただきまして、日頃拉致問題解決のための署名活動を定期的に行なっているところでございます。

それでは本日は川口の会の関係の特定失踪者ご家族と、さらに白岡からみえましたご家族、さらに東京都から見えました家族を含めまして、7家族9人のご紹介をしたいと思います。
こちらにパネルがございますので、大変見辛いかと思いますけども、このパネルの向かって左から順を追って紹介をさせていただきたいと思います。

それと皆様にお渡ししましたチラシがございますので、そのチラシをですね。
後ほどで結構ですからひとつご覧いただきまして、何か情報なり、引っかかりなり、あるいは風の便りなりございましたら、それなりの対応を図っていただきたいと思います。
例えば警察に連絡するとか、あるいは私どもの「拉致問題を考える川口の会」、あるいは本日の主催母体でございます救う会埼玉の連絡先がございますので、そちらの方に情報をお寄せいただければありがたいと思っております。

はじめに井上克美さんのお母さんが見えていますので。


★井上イトノさん(特定失踪者・井上克美さんの母)

皆さんこんばんは。
私は井上克美の母です。
うちの息子は昭和46年の12月の29日、突然いなくなってしまいました。
何の便りもございません、それっきり以後。
で、ここにいるのが克美の息子なんですけども、この子は親の顔を知りません。
お父さんがいなくなってから生まれた子供です。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

私は今前橋に住んでおりますけど、息子は川口にいて拉致されました。
それで、前橋の方でもおかげさまで皆さんが一丸となって、署名運動もこの間の6~7日の土日曜日、県庁前での収穫祭を兼ねて署名運動をさせていただきました。
本当にありがたくおもいます。
でも私は川口の方には中々出て来られないものですから、川口の方の皆さんには本当にいつもいつもお世話になっております。
ありがとうございます。
どうぞ埼玉の皆さん、よろしくお願いいたします。
どうぞ皆さん、よろしくお願いします。

『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え』


引き続きまして、私、鈴木賢の兄でございますが、昭和47年5月に大学を卒業し就職したその年の、会社のレクリエーションという事で奥多摩に向かいました。
朝6時に三芳町藤久保の家を出まして、現在まで何の消息もございません。
もちろん、奥多摩の現地集合にも行っておりません。
あるいは会社の上司・同僚も誰も見ていない、会っていない、と言う状況でございます。
もちろん免許証等の更新も行われておりません。

続きまして藤田進さんの従兄弟さんの大平さんを紹介します。

『大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え』


こんばんは。
私、藤田進の従兄弟の大平と申します。
皆様にはいつもご支援をいただきまして、ありがとうございます。

藤田が北朝鮮にいると分かったのは3年前、脱北者からの1枚の写真からでした。
本日おられる特定失踪者問題調査会の方から力を頂き、北朝鮮にいるという事が判明致しました。
写真が出てから3年ですけども、拉致されてからは31年を経過しております。

取り戻すのに大変長い時間がかかっておりますが、北朝鮮は日本からの制裁が効いていると感じています。
日本からの食糧支援や、日本からの機械製品及び外貨、その辺が必要になっていると思います。
韓国の大統領が訪問した際も、日本の総理の対話の姿勢を評価し期待していると言っているのは、北朝鮮が日本を意識して話す機会を伺っているのではないか?というふうに解釈しています。

今後共ですね。
皆さんの支援を頂きながら、声を大にして、この事件はまだまだ終わっていないんだという事を発信していきたいと思っています。
よろしくお願い致します。(拍手)

『新木博さん(特定失踪者・新木章さんの弟)の訴え』

★鈴木智さん

続きまして新木章さんの弟さんです。

★新木さん

こんばんは。

私は新木章の弟の新木博と申します。
隣にいるのがうちの姉で「(ご本人の声で)横山木三子です。よろしくお願い致します」
本日は拉致問題に関心のある多くの方々にお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。
とても心強く思っております。

私の兄は29歳の時です。
昭和52年5月の21日の土曜日だったんですけども、いつものように「買い物に行く」と言って川口栄町の家を出ましてから今日まで31年間、全く便りもなく何の安否に関わる情報とかですね。
そういうのもなく過ぎてしまいました。
こんな事で、私どもは一日も早く安否に関わる確実な情報を得まして、一日も早く日本に戻れる事を願いつつ活動をしてまいりますので、ご支援・ご協力のほどをこれからもよろしくお願いします。(拍手)

『佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え』

★鈴木智さん

続きまして、佐々木悦子さんのお母さん。

★佐々木アイ子さん

皆様、こんばんは。

いつもご支援いただいてありがとうございます。
私、特定失踪者でお世話になっております、佐々木悦子の母です。
これからも皆さん、よろしくお願いします。

★鈴木智さん

川口の特定失踪者にもう一人いるんですけど、石井久宏さん。
49年5月に、自宅でもって化粧品店を開業しておりました。
その経営資金を持ったまま、自家用車ごと行方不明となり、現在まで何の音沙汰もありません。
もちろん車、免許証等の更新もなされておりません。

続きまして、白岡から見えました江原信明さんのお父さんです。


『江原さん(特定失踪者・江原信明さんの父)の訴え』

皆さんこんばんは。
いつもお世話になっております。
江原信明も1988年に、「大宮の方まで買い物に出る」と出たまま行方不明になって現在です。
どうか今後ともよろしくお願いします(拍手)

『生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)の訴え』

★鈴木智さん

本日、東京都の特定失踪者でございます生島さんが見えておりますので、一言ご紹介します。

★生島馨子さん


特定失踪者・生島孝子の姉でございます。
私のところは県外の東京都で妹はいなくなりました。
本日は主催者の方々そして会場にお見えの皆様方のご好意により、この場でご挨拶させていただける事を感謝しております。
ありがとうございます。
妹のために中々活動が出来ないんですが、埼玉の方も是非一緒に心に留めてよろしくお願いしたいと思います。(拍手)

★鈴木智さん

北朝鮮に拉致された拉致被害者の身の安全と救出について皆様方の大きな声をいただきたく、さらにご支援をお願いしまして、私どもの特定失踪者のご家族の紹介を終わらせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)

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家族のメッセージ(2007/10/20)

北朝鮮による拉致問題を考える 第5回埼玉県民の集い
07.10.20 埼玉会館小ホールにて

メッセージ


★飯塚繁雄さんのメッセージ

お兄ちゃん早く助けて!!妹田口八重子は北朝鮮に拉致されて29年も心の底からそう叫び続けているでしょう。
私もその届かぬ叫びを感じつつ、毎日が居たたまれない気持ちです。
他の拉致被害者家族の人達も同じ気持ちでいるでしょう。
日本にいる私たち家族は、どうしたらよいのか、どうしたら助けだせるのか、その手立はありません。
ひたすらに世論に訴えつづけ、そして日本政府に頼るしかないのです。
北朝鮮による容赦ない人材の略奪は、多くの被害者とその家族を悲しませ、苦しませ、悲劇のどん底に突き落としてしまったのです。
こんな事がこの地球上に当たり前いのように、存在していても良いのですか。
私たちは全国民と共に、北朝鮮に向け大きな怒りをぶつけ、日本人拉致被害者を全員取り返すまで戦います。
そして日本国政府は、重要課題として位置づけ、際社会と協力し、政府の責任で被害者を取り返すことを強く要望します。
タラップの下で家族が抱き合う姿を、是非正夢に!

飯塚繁雄


★飯塚耕一郎さんのメッセージ

『北朝鮮による拉致問題を考える第5回埼玉県民の集い』参加者各位様

家族会 田口八重子の長男であります 飯塚耕一郎です。
平素より拉致問題に御注視、御協力、御指導頂きまして誠に有難うございます。
また本日はお忙しい処、本集会に御参加頂き、誠に有難うございます。

さて、今年も2ヶ月ほどとなりましたが、私個人として昨今の状況から推察するに年末年始を田口八重子さんと過ごす事は厳しいと考えております。
この理由は6カ国協議の核無力化を中心とした協議進行、また、12月の韓国大統領選などのターニングポイント以外、現在の硬直状態に変化を与える要素が見当たらないと判断しているためです。また、一部では米国のテロ支援国家指定解除と拉致問題解決は切り離す報道がなされています。

私は最近“何故、帰ってくれないのだろう。何故、普通に母親と暮らすことができないのだろう。”と時折、煩悶してしまうことがあります。常々言っていますが、ただ普通の家族がある生活がしたい、ただ母親に逢いたいだけなのにどうしてこんなにも困難なのだろうと考えています。近頃は自分へのあまりの不甲斐なさなどで虚無感に駆られることはしばしばあります。

しかし、悲観的な事実だけというわけでもありません。
現日本政府は、福田政権が変わっても拉致問題対策本部の人員シフトは変わらず、また10月9日に経済制裁継続と言う判断を下しております。また先日町村官房長官にお会いした際には、「各メディアが6カ国協議で日本だけ浮いてしまうことを懸念する報道をがあるが私はそれで構わないと考える。」とお聞きしており、日本政府として拉致被害者を帰さないと許さないぞという強い姿勢は変わっておりません。

この継続性について、私はやはり世論が現体制の根幹にあり、拉致被害者の奪還を絶対にやらなければならないという皆様の声が届いているからこそだと感じています。
この問題を解決に導くのはやはり皆様の声であると改めて痛感しています。
いつも御願いばかりで申し訳御座いませんが、私共と一緒に日本政府へ、北朝鮮へ、世界へとうか声を上げ続けて下さい。集会へ御参加頂いたり、御署名へ御協力頂いたり、政府官邸へメールや電話などでできることで結構でございます。皆様の一人一人のお声がこの問題を解決するための“根っこ”となります。
また、特にこの問題の理解があまり高くない若年者へこの問題を伝えて頂ければ幸いでございます。

各位様におかれましては季節柄体調を崩しやすい時期ですので皆様お体をご自愛下さい。

平成19年10月20日
飯塚耕一郎

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飯塚繁雄さん、飯塚耕一郎さんのメッセージ紹介については、集会主催者・救う会埼玉の同意を頂いております。

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飯塚耕一郎さん(2007/10/20)

北朝鮮による拉致問題を考える 第5回埼玉県民の集い
07.10.20 埼玉会館小ホールにて

飯塚耕一郎さん挨拶

みなさん、こんばんは。
田口八重子の長男であります、飯塚耕一郎でございます。
本日はお忙しい中お集まりいただきまして誠にありがとうございます。

本日はいつもの集会と違って特別に、私の親父及び私からの皆さんへの手紙と言うのを出させていただきました。
封筒のほうに入っているピンクの紙がそうなんですけど、そちらに記載させていただいている内容と若干被る部分があるんですけども、私個人と致しましては、今年はまだ2ヶ月近くありますけども、ちょっと残念な1年になりそうだと。
正直後悔というか、慙愧の念に耐えない1年になってしまうと僕は思っております。

と言うのは、今年の年始から始まった対北の強硬路線というのは、どうしてもアメリカの動きで崩されてしまって、日本としてもどうしていいか、どう対北政策をとって良いか分からなくなっている中、安倍さんが退任されて福田さんに代わったというのが、私の所感ではあります。

私も含めて家族会というのは何でもありません。
ただ単に普通にある一般人なんですけど、やはり政局と言うのは我々は注視せざるを得ません。
なぜなら、私に関してはまだ一度も見たこともない母を取り戻すための答えと言うか、解決策がそこに現れているからです。
やはりこういう集会等で、私はどうしてもそういう政治的なお話をさせて頂くというのはとてもおこがましいと思いますし、また専門家でもないので穿った見方をしていると思われるのも正直嫌なので、そういう事はこれまで申し上げませんでしたけども、今回に限ってちょっと言わせていただきたいと思います。

私特に昨今、ここ近日中のお話なんですけども、やはり福田さんになってからの対話路線と言うのは、特にメディアの方で大きく囚われているような印象を受けます。
対話路線と言うのはこれまでの歴史を鑑みても、北朝鮮に対して対話路線を取って、いい答えが出た事がありますか?(拍手)
それは皆さんが本当に分かっているとおりだと思います。
ですので、アメリカに釣られて「日本としてバスに乗り遅れてしまうから一緒に対話路線に乗りましょう」という6カ国協議及びアメリカの姿勢と言うのは正直疑問がありますし、それに乗ったところで日本としては何のメリットもないと思います。

まだ現在調整中でありますし、私家族会の役員でもないのでこういう事を申し上げるのも何かと思うんですけども、来月あたりにまた家族会が訪米します。
その目的としましては、アメリカの議会の方に家族としての訴えを新たにして来ると言う事になっています。
まだ現段階では調整中ですので確定的なものではありません。
ただ、やはり今のアメリカのやり方と言うか、6カ国協議の流れと言うのは、どうしても融和路線になってしまっているので、そこはどうしても阻止しなければならないと。
それを阻止できるのはやはり当事者である日本ですと。

日本が動くために何が必要か?と言うと、この間新聞にもありました。
福田さんは妙案が無いから中々手を出せないと。
ただ、日本の国内世論が余りにも強いから対話路線には行かないんだよと。
これはまさに僕はその通りだと思っています。
その世論の強さと言うのは皆さんの一人一人の声だと思っています。
皆さん一人一人が署名いただくこと、官邸の方にメールを出していただけること、官邸の方にお電話していただけること。
こういう事が一つずつ重なって世論の強さになっているんです。

とても今日はちょっと過激な事を申し上げましたけども、逆に申し上げれば過激な事の裏返しというのは、私はどうしても今年1年何も出来なかった上手く行かなかったと言う、後悔の念から来ています。
これをメディアの方針と言われて、また何か怪しい事を言ったというような事を言われても仕方が無いかもしれませんけども、それくらい強くて残念な気持ちと言うのは今年に関しては一杯です。

ただ訪米然り、今後の政府のアプローチ然りですけども、皆さんのお声が無い限り私たちと言うのは動けません。
私たちは本当にか弱い人間です。
ですのでこれまで通り、また従来より力強く、皆さんのご声援及び政府へのメッセージと言うのを伝えていただきたいと思います。

また特に私から申し上げたい事は、特に若い世代の方、20代30代もしくは10代でもなんですけど、その方々に対して、拉致問題というのは名前だけ知っているような形で、実際どういう事件だったのか?と言うのはあまり知らないと言うのは正直私印象としては受けます。
ですのでご自宅に帰るなり機会があった時に、特に若い方々にこういう問題があった、本当にドラスティックで残酷な事実があるんだよと伝えていただければ幸いかと思います。

すみません、今日はちょっと変な話になってしまいましたけどありがとうございます。(拍手)

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飯塚繁雄さん(2007/10/20)

北朝鮮による拉致問題を考える 第5回埼玉県民の集い
07.10.20 埼玉会館小ホールにて

『飯塚繁雄 家族会副代表の挨拶』

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皆さんこんばんは。
ただ今、・・・(聞き取れず)にもありましたように私、田口八重子の兄の飯塚です。
日頃皆様には、この問題について非常に深い理解とご協力をいただきまして、本当にありがとうございます。

こういった雰囲気が全国的に広まり、いまや国民の多くの方々が、この拉致問題に対して早く解決して欲しいと言う願いが沸きあがっております。
今日もこの会場の雰囲気がまさにそれでございますけども、私たち愛しい、しかもかけがえのない家族をあの北朝鮮に拉致されてからもうすでに30年。
1~2年の差はありますけども、この長い間、全く消息もなく、もちろん帰国も出来なく、非常に私たちは無念といらだたしさと、後は北朝鮮に対する怒りと、こういった気持ちが混同して、本当にどうしていいか分からないと言う心境になる事もあります。

当の北にいる被害者が一番大変でしょうけども、今は「もうすぐ日本に帰れるから、取り返すから、もうちょっと頑張ってください」と「それまで元気でいてください」というふうに心の中で叫び、あるいは夜の星に願う。
こういう事しか今出来ない状態ですけども。
一方政府の方々、議連の要するに国会議員の先生方、さらには地方自治体の県会市会、あるいは町の中のいろんなボランティアの方のご協力がありまして、もうこの問題は政府としても後に引けないんだと。
このような重大な問題になっているはずです。

しかしながら、相手がいることですけども、ご承知の通り北朝鮮と言うのはまともな国ではない。
言ってみれば暴力団みたいな国ですから、これらと交渉してこの問題が単なる交渉で片付くのか?という心配がありますし、今まで何十年間こういったやわな交渉で、日本が相当な皆さんの税金を使って北朝鮮を支援してきた経過がありますが、これからは絶対にそんな事はさせないと。
ここで怒らなかったら、また元に戻ってしまうという事になると思います。

今回の6カ国協議の流れの中で、拉致問題と言うのは絶対にいけないと、日本にとしては重要問題と、総括的に解決しないと日朝正常化はありえない。
こういうように全くぶれない態度であたっております。
しかも国際社会の関係各国からもいろいろご支援を頂いておりますけども、やはりなんといっても当事国の日本が、自らの国民を取り返すんだという強い意思を示していただき、具体的な活動・行動、あるいは交渉、それに当たっていただきたいなと思っています。(拍手)

交渉と言うのはもちろん話し合いですけど、やはり何か後ろに力を持っていないと交渉にはならないと思います。
その力と言うのは一つは皆さんの世論、世論の大きさ・強さ、あるいは日本全体がこの問題について怒っていると言うこういった力。
もう一つは今までなんとなくごまかせて来た北朝鮮への支援を取りやめる制裁。
これは今までやっていなかったんですが、今度これを各法案を含めて制裁をしたという事は、本当に日本がこの問題を重要視して、北に対して要求を突きつけているというその流れでございます。

私たち家族会もその意味では北に対しては強く当たって欲しいと。
よくバスに乗り遅れるとか孤立するとかっていう話がありますけども、孤立しても乗り遅れてもいいんです。(拍手)
日本はやるんだと、・・・(拍手で聞き取れず)と言う意思があれば、全くそういう事は無いと思います。
今回、安倍さん、残念ながら辞任しましたけども、今回の福田総理におかれましてもこの問題を絶対に自分の手で解決するといってくれましたし、私たちは安倍さんに代わってこの問題をきちっと受け止めて、最重点課題として取り組んでいただきたいなと言うふうに思いますし、これからもその辺は訴えていきたいと思います。

少なくとも北朝鮮との交渉の中で拉致を取引の材料にだけはさせたくないと。
例えば拉致問題について、北朝鮮にいる日本人を再調査しますとか、再調査するから人道支援として米を何十万トンか寄越せというような話がチラッと出ていましたけど、とんでもないと。
まず、北朝鮮による拉致と言うのは全く国家的な犯罪であって、人道と考えればそれは確かに水害とかで苦しんでいる人はいます。
それと全く次元が違うわけですよね?
ですから日本人の拉致が片付けばそういった支援も出せると言うようなことも条件付けて、北朝鮮を説得すると言うことも一つだと思います。

我々は素人でそういった難しい話は分かりませんが、とにかく政府にお願いするしかないんですね。
皆さんと共に、皆さんのお力を借りながらお願いしていくという事に徹して、今年もあとわずかですけども、今後の方針としては私たち家族は全国民に更なるこの問題に対する喚起をお願いして、その力をバックに政府が動きやすいように、という事で活動してまいります。
もちろん、国際社会にも訴えてまいります。
そういった事を今後も出来る限り続けていこうというふうな方針でやっていきます。

今後とも皆さんのこういった怒りをですね。
是非示していただいて、具体的には首相官邸にメール、あるいはFAX、あるいはハガキ・手紙・電話、何でも結構ですからどんどんどんどん怒りの声を、あるいは支援の声を上げていただいて、本当に日本が一枚岩になってこの問題を解決すると言う態度をさらに強くしていただきたいなと言うお願いでございます。

あまり私たち時間がありません。
一刻も早い解決を願って老体に鞭を打ってですね。
頑張りますので、相変わらずのご支援をよろしくお願いします。
本日は、今日もありがとうございました。(拍手)

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