カテゴリー「アンデスの声さん投稿集」の記事

2006年3月31日 (金)

なぜ日本は北朝鮮を制裁できなかったのか

アンデスの声さん2006年 3月31日(金)

事情により今後投稿が難しくなります、最後に単純素朴な疑問を確認したく。

制裁抵抗派が口にしてきた「一国では効果がない」と「制裁すれば北朝鮮が暴発する」について。金体制が制裁に反発し妨害するのはそれだけ効果があるということ。効果がなければ暴発もしない、だって何ともないのだから、つまり「経済制裁は効果があるから発動させられない」ということ。「効果がない」と「暴発の危険」をひとりの口から発するのは論理破綻、後付けの理由に過ぎない、制裁させたくないほかの理由があるのだ。それから「体制崩壊し北朝鮮難民が日本へなだれ込む」という「脅し」について。私はありえないと思っている。が、仮にあっても受け入れればいいではないか、そのくらい、国家崩壊という有事だ、かつて併合した相手でもある、今の日本人の意識を蘇生させるにはそのくらいのカンフル剤も必要だ。

私は最初の頃は(「10項目の質問」の頃まで)拉致日本人解放に金体制崩壊が必要、早道だと考えていた。しかし、金正日犯罪体制は想像以上に盤石で巨悪暴力組織として今なおきちんと機能している。金正日にとって体制維持が絶対条件ならそれを逆手にとり体制維持を拉致被害者解放の交換条件に使える、日本人を奪還できるなら金正日体制の崩壊は二の次でよいと、いま私は思っている。だいたい暴発して自滅するくらいなら金正日は拉致日本人を解放するに決まっている、全部部下のせいにすれば簡単なこと、だから経済制裁(を仕掛けた)くらいで暴発の危険はない、暴発(=自爆)する前に金は必ず譲歩する、制裁でも被害者を手放さないなら別の対応が必要だが、日本人人質を解放した時点で今の金正日と国交正常化してもかまわない、とまで私は思っている、とりあえず我々がなすべきことは、一刻も早く可能な方法で生きているうちに日本人を奪い返すこと。

もちろんそれ(日本人被害者救済)だけでいいとも思わない、いずれは体制崩壊も必要だ、しかし当面は戦術として日本人救済を最優先すること、そのためには悪魔との取引でもかまわない。

しかしその“たかが制裁”すら発動できないんだから、てんで話にならない。制裁発動について国務大臣をも動けなくする闇の圧力(=脅し)が作用している状態で我々が「経済制裁を」と官邸に向かって“吠えた”くらいでは効果はないだろうし、じっさいこれまで効果はなかった。制裁阻止を仕組んだ人間は高笑いしているだろう。この拉致日本人奪還運動は寄生サヨクの自己満足運動とは違う、現実に奪還しなければ運動の意味はない。小泉後の改変選挙時に全候補者に公開質問状を出すなら、せめて「なぜ制裁できないか、誰が制裁を止めているのか」を加えて欲しい。

この4年間、北朝鮮拉致問題が心の底に澱のようにずっとこびりついたままだった。

最後にもういちど聞きたい、「制裁を止めている犯人は誰なのか」。その自国の闇のメカニズムすら暴けないなら、日本は右も左も上も下もマスコミも政府も国民も、国全体が腐りかけている。

【Safety殿】

奪還運動の基本姿勢に関するあなたの見解は私も共感する部分が多いのですが、あなたのその妙なクールさが引っかかるので遅ればせながらお聞きしたい。

社会で何年も生きていればどうしても許せない相手にも出会う、そいつが関わっているなら慈善でも協力したくない、そいつが苦しむなら犯罪も素知らぬ振りをする、私は聖人君子になれない、かつて私に「お前みたいな駅弁大出身者が」とさげすんだ目で言い放ったT大出身の上司がいた、もし彼がチンピラに絡まれていても、私は彼の傍を黙って通り過ぎる、踏まれた者の痛み・恨みとはそういうものだ。しかしそういう私でも、いや、そういう感情を持った人間だからこそ、脱北者たちが語る北朝鮮人民の悲惨な苦悩を知れば、助けてやりたいと思うのが人情ではないか。彼らは一方的に情報に閉ざされた闇の中にいるから萎れきっているのであり、いい大人が自ら求めた総連やオウムや赤軍とは違う、外からの光を当てれば(少なからぬまともな連中が)生き返るのは分かりきっているではないか。

あなたにはこの情が感じられない。失礼ながら、あなたは、日本政府が制裁できないのが分かっているから(その安全地帯から)「制裁すべき」と口にしているようにもとれる。あなたは経済制裁の効果と必要性を説き、かつ北朝鮮の実態を直接知っておられるようだからお聞きしたい、なぜ日本政府は制裁できないのか、その最大の具体的理由は何か?そして制裁できない政府を制裁に導くにはどうすればいいとお考えか。(もちろん私にはわかりませんが)

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2006年3月 1日 (水)

「異邦人」との付き合い方

「異邦人」との付き合い方  
(>反核団体に抗議しますさん2/27付)

アンデスの声さん   投稿日: 2月28日(火)

先週買ったばかりの新品の公用車を日雇い運転手が地下駐車場でバック中に壁にぶつけてしまい、尾灯が粉々に割れた。

私 「なぜ後方確認しなかった?」
彼 「バックミラーが曇って見えなかった」
私 「なぜミラーを拭かない?」
彼 「対向車がいたので急いでいた」
私 「見えないままバックするやつがあるか、これはお前の過失だ」
彼 「倉庫に尾灯の交換部品があった、2時間あればなおる」
私 「その部品の値段を知ってるか?」
彼 「知らない」
私 「お前の日当5日分の額だ。ところで今日はずいぶんの遅刻だな」
彼 「(朝食の)お茶が熱くて・・・」

ミスが生じると決まって「ああ言えばこう言う」やりとりが続く。ペルー人に限らず、日本人以外の民族は一般に自分の過失は簡単には認めない、めったに「ゴメンナサイ」を口にしない。アラブ人はもっと露骨だ。長年の海外経験で私も免疫はあるほうだが、厚かましい言い訳を聞くとやはり腹が立つ。しかし腹を立ててもしょうがない、一般的な対策は相手に「謝罪」や「改悛の情」を求めるのではなく、相手に実害を課すこと。日本人はつい相手に「ゴメンナサイ」を求めそれで許してしまうが、そう知った連中は口先だけで「ゴメンナサイ」と言うようになり歯止めにはならない、公用車両は片っ端からすぐにボロボロになる。罰金、減給、累犯の場合の解雇措置など、具体的・物理的痛みで相手を変えて歯止めする、その目的は相手への教育や思いやりではない、あくまで自分への損害の拡大を止めるのが目的だ。

民族の違いを理由に他民族から虐殺された記憶がないためか、日本人は相手が誰でも「話せばわかる」と期待する傾向がある、相手に同化を期待する、そして相手が「ゴメンナサイ」と謝ると、同化に満足して「水に流」す。これは「自分も相手も同じ(価値観を持った)人間」であることが前提にあり、その背景にはそれが許されてきた我々固有の歴史文化がある。敵意を持つ他人への日本の甘さは人権派に限らない、戦前の植民地統治姿勢をみても、欧米白系の徹底した愚民化・搾取統治政策に比べれば日本はまだ甘かった、日本の植民地政策には相手との同化の情を感じる、中途半端なのだ、つまり欧米列強からみれば日本人は他人やドジンとの付き合い方が不慣れ、ヘタだったのである。地中海東部~中央アジアに発する欧米連中の対人・対民族関係は衝突・殺し合いの歴史の中で育まれ、それに適応した人間が生き延びた。自分と他人は「違う」ことが前提にある、そして残念ながらそれが今の人類社会の付き合い感覚の主流であり、我々島国日本人の甘えた同化願望こそ特殊なのだ。

25年前の学生時代、私が初めての海外暮らしを始めたころは、街の通りでたまに日本人旅行者に出合うとたいてい向こうから近寄ってきて、「あのぉ、あなた日本人ですかぁ?ちょっと一緒に話しませんかぁ」とよく話しかけられたものだ(が私は断った。そういうネチネチした感覚が嫌で飛び出した外地で、なにが悲しゅうて見ず知らず行きずりの日本人オトコとお茶しなきゃならんのじゃい)。いつも同じ水の中を同じ仲間と群れあって泳いでいるメダカが他所の池に一匹で放たれると不安になりやっと見つけた仲間に擦り寄ってしまうのだろう(だから海外での詐欺・強盗・強姦の日本人被害があとを絶たぬ。最近は日本人も海外ズレして旅先で出会うとむしろよそよそしかったりするが、これも一種同族意識の裏返しだろうか、普通にしてりゃいいのだ)。自分の家族親族でもない安倍晋三に感情移入し勝手に同化してしまい、相手が自分の思い通りに動かない(=同化できない)ととたんにすねはじめる、この「すねる」心理も「甘えの構造」と同じく日本人特有の、幼児性を孕む未熟な(=他人に殺されたことのない)精神状態といえる。

他人と自分は違う、他人が話したくらいでは変わらぬのがまともな大人だ、だから最初から違う前提で少し距離を置いたまま共通項を見出すほうが、長く安定して付き合える。ヘタに「同じ」と思い込むと違いが気になって気まずくなりやすい。だから他人との対話とは、互いがナカヨシコヨシ・同化同調・慰撫愛撫するためではなく、互いの自己利益確保のための共通条件を捜すのが目的、根っこが違うから上っ面の共通部分を探しながら、強く自己主張する(まったく同じなら以心伝心で済む)。以前ご紹介した諺「泣かない赤ん坊はミルクにありつけない」と対のコトバに、「沈黙は承諾なり(Quien calla, otorga.)」というのもある。

冒頭の運転手の場合は、彼は自分の罪を知った上で罰を避けるために懸命に言い訳しているのだが(気持ちは理解はできる)、北朝鮮を弁護する連中の中には今なお、(保身のための言い訳ではなく)本気で北朝鮮の国家と金正日に好感を抱いているのがいるらしい。北朝鮮のこれだけの蛮行の事実と危険性を前にして、我々と全く逆の感覚を抱く日本人たちがいるという事実。日本の反核左翼政治運動団体の有名な題目「きれいな核と汚い核」、さすがに最近は口にしなくなったが、言わなくとも連中の頭の構造は昔と同じである。中国・DPRKの犯罪はきれいな犯罪、米帝・日本・資本家の善行は汚い善行、ととらえ言わしめる信条が彼らの全ての価値判断の根っこにある。私の想像だが、こういう連中はコミンテルン傘下の昔から北欧毛唐思想運動の極東末端支部の歯車として移入思想の教条的咀嚼理解だけが唯一の習い性となってしまい、何か語っているようで他人の考えを集めなぞり解析披露しているだけ、自分の内部から自然に湧き上がる人間としての感性が衰滅しているのではないか。彼らは国境を越えた世界市民を口にしながら自国国民に寄生し害を及ぼし、国境を越えると他国国民にも相手にされない、最初に世界市民を唱え国家に殺されたソクラテスとは全く対照的な、その醜悪で矮小な姿が、面白くも哀しい。周囲に情的同一化を強要するその湿潤な感性は日本のメダカ社会そのものであり、中東欧米の砂漠的個人主義とは根本的に相反する、その腰巻・褌の上にスカート・ズボンを履いた按配では誰も相手にしない。

そういうヌエのような亜種連中を我々が言葉で説得できるとは思わないし、我々が変えて差し上げる必要もない、幸い日本は思想信条の自由が憲法で保障された国だ、我々としてはせいぜい、彼らの害毒が我々に及ばぬ対策を考えればよい、犯罪組織オウムが“正当に断罪”されたように(危害を及ぼさないなら放っとけばいい。単に気味悪がられ排斥され車で逃げ回っていた例の白装束教団の人たちを私は気の毒と思う、異物を警戒するのは動物の自己防衛本能だが、本能を理性で抑え許容するのも人間)。

しかし、互いの利害・価値観・感性・視界がまったく異なり、かつ当方に危害を及ぼしかねない他人(=異邦人)を相手にする以上、我々の付き合い方もある程度中東欧米型に変わる必要があるのではないか。同化目的で彼らに北朝鮮の醜悪さと危険性を語り説得すのは無意味、彼らが変わるかどうかは彼らの勝手、そして我々は勝手に自分自身を守る、そのために我々に危害を加える北朝鮮を援ける彼らの手の動きを止めることだけを考えればよい。

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2006年1月26日 (木)

連携と行動で最終段階を戦おう(3)

蒼き星々メイン掲示板より  アンデスの声さん の投稿  1月26日(木)

産声を上げて間もない頃の本掲示板に私が初めて投稿して3年が経ちます(それは拉致被害者にとってもさらに3年が経ってしまったということ・・・溜息がでる)。この間ずっと連日昼夜を問わず母屋を維持してこられてきた管理人さんたちの熱意とご苦労には心から感服・敬服、頭が下がります。たまに思いついて母屋の軒を借りて投稿するだけの私ですが、この板のアクの無さが私の性に合っていた気がします。会計年度が日本とずれているため1~3月は予算・決算期がダブルパンチで襲い本板へのアクセスもままなりませんが、みんなが戻ってくるまで最低月一回以上は投稿するノルマ(・・・情けな)を課してでも、今後も日本人の一人として私も声を出し続けますので宜しく。(ただし、もしめぐみさんが直接国際電話かけてきて「アンデスさん、迷惑よ、投稿やめて」と優しく言われたらすぐに止める・・・と書いたら本当にかかってこんかいな。)

【忙中断想】

日本がまともな国なら拉致事件は起きず、起きても初期段階で収まっていた。国家犯罪の事実と実行犯と被害者がわかっていながら(日本政府の関係当局者は我々よりはるかに多くの具体的事実を掌握しているはずだ)、実効性ある国家アクションをなにも起こさず、いまもって解決の目処は立たず、犯人と幇助者は野放し、裏の事実を知る為政者たちは沈黙、それが、今の我々の母国の現状だ。

こういう場合、問題を深刻化させている国家体制の不具合の抜本的変革を目指すのか、その不具合が生みだす問題を対症療法的に解決していくのか、戦略としての意見は分かれるでしょうが、拉致事件について私は後者を取る。被害者や家族には時間がないし、現代の自由・民主主義社会の改善は“社会破壊”や“流血革命”を経なくとも、個々の問題解決に取り組む過程と結果の中にまともな国の姿が自ずと形となって顕れてくると思うから。今の我々の相手は自由からも民主主義からも最も遠い国、そういう蛮国の独裁者に今の日本が、今の我々が、跪くことは絶対に許されない、我々の将来そして子供達の未来のためにも、我々は今のままの我々で勝たねばならない。

ジジ臭い昔話で恐縮ですが二宮尊徳のこういう言葉があったと記憶します、「大きなことをしたいと思えば小さなことを怠らず勤めるべし、およそ小人の常として大きなことを望んで小さなことを怠り、できにくいことに気をもんでできやすいことを勤めない、それゆえついぞ大きなことも小さなこともしとげられない」

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2005年12月31日 (土)

年の終わりに想う

アンデスの声 さん 投稿日:12月31日(土)

新年を外地で迎えるのは11度目である。暦の違うイスラム国は別として、欧米圏でも祝い騒ぐのは深夜12時だけ、家に親族知人が集まり時報を合図にクラッカーを鳴らし、男同士は握手し肩をたたき合い、女とは抱擁・キス、そしてシャンパンで乾杯、通りでは爆竹・花火・クラクションが鳴る、で、おしまい。華やかさだけでなく、清々しく厳かな心持ちで新年を迎える日本人の精神とはだいぶ趣が異なる。私は外地にいるときは現地方式につきあうが、夜中12時なると心の中に除夜の鐘が聞こえ、幼い頃の記憶、焚き火にあたりながら鐘を打つ順番を待つときの、凛然とした寺の境内の空気の感触が蘇る、それが、私の身体に流れる日本人の血だ。

ちょうどNHK紅白が始まった頃だが、当地はまだ31日の早朝、例年だと今日まで通常業務だが今年の今日は土曜で休みだから、これより部屋の大掃除をやる、ゴミやホコリが溜まったままじゃ新年を迎える気分にならぬ、が、周りの家の窓にはまだクリスマス飾りが残り“Feliz Navidad y Prospero Año Nuevo (= Merry Xmas & A Happy New Year)”のプレートが下がる、当地ではクリスマスから新年はケジメなくズルズルと過ぎてゆくものらしい。外地にいると日本では意識しなかった自分の中の日本人が顕れることがしばしばある、それを自覚しさらに日本にこだわり祖国と家族を懐かしむ。自分の意志で外地にいて自由に行動できる私ですらそうである。ましてや強引にさらわれ何十年も異国の地に閉じこめられ命を脅かされて続けている北朝鮮の日本人たちは、この新年を、いま、どこで、どんな想いで迎えようとしているのだろう。

「すべて話した」と語った蓮池さんたちは実行犯の名前も日本政府当局に話していた、そしてそれがなぜか今になって表に出た、下手をすれば自分の命の危険に関わる情報を、信ずべき頼るべき日本政府に伝えたあと、彼等はどのような気持ちで日本政府の対応を見守ってきたのだろう、普通なら武力行使も当たり前の国家犯罪であり、主犯も犯罪組織も特定され実行犯も判っているのに、いまだに誰も逮捕も断罪もされず責任すら取っていない、犯罪組織も犯人も幇助者もそのまま身の周り存在しているのである、これじゃポリさんご指摘の通り「全て一気に話せという方が土台無理」な話だ。帰国した被害者たちにとっては住む場所が北朝鮮から日本に変わっただけともいえる。ケジメがつかないまま、あと数時間で、ズルズルとまた新しく旧い年が始まる。

****************

先日一時帰国したときに(夏服のまま成田に降りたらどえらい寒くて震え上がった)、地元の若手郷土史家(一坂太郎氏)から聞いた話。

倒幕戦争に貢献した奇兵隊を長州藩は戊辰戦争が終結した明治二年に「目的は終わった」とあっさり解散し、不満で騒いだ兵士を自らの手で100名以上斬首刑に処している。幕末に命がけでロンドンに渡航した井上馨・伊藤博文は欧州列強の実力を知って急遽帰国し攘夷から開国に藩政方針を変えるべく命がけで訴えた。“そうせい候”と揶揄された毛利敬親も部下を信じ維新後は部下の決定に従い自分は隠居した。日露戦争を仕掛けた中心人物伊藤博文・山県有朋・桂太郎・田中儀一・児玉源太郎・乃木希典などは互いに幼な馴染み、いわば萩の町内会で日本の運命を決めあったようなものだが、特筆すべきことは彼らにはつまらぬ地元意識がまったく無く、伊藤は地元での演説で「長州藩への見返りなど一切考えぬ」と断言、その長州領民も日露戦争の日本海海戦で破れ海岸に流れついたロシア兵に食事を与え負傷兵を看護、敵兵に対しても敬意を払うこの姿勢はロシア本国に伝わり高く評価された、「正義」の摩擦は相手を認める努力無しには解決しない、日本人はこの100年の間にその大切な魂を失ったのではないか、等々。

一坂氏の話を聞きながら、国家民族の危機を前に冷静に情勢を読み命がけで対峙したかつての日本人と、現代日本人の“政治運動”の違いを思いました。㊨も㊧も運動が目的になるととたんに視野狭窄に陥ってしまう、今の日本人のほんとうの力は一見無気力無関心のような中間層にこそ潜在しているのではないか、亡国の芽は狭量な声ある声の中に芽生え、その声に中間層の声なき声が押し消された時に、国は滅びはじめるのではないか、と。

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2005年11月30日 (水)

永遠のジレンマへのレス

原良一さんの投稿永遠のジレンマ へのレス

投稿者: アンデスの声さん 投稿日:11月27日(日)

原様
貴論拝誦。

別に私はジレンマに悩んでいるわけではなく(ご心配ありがとう)、この運動の最重要目的が、①拉致されている日本人の無事解放なのか、②北朝鮮人民の救済なのか、③金正日体制の破壊なのか、それとも④拉致事件に便乗したサヨク叩き・朝鮮人叩き・による憂さ晴らしにあるのか、その目的を各個人が明確にすることで、自分の目的達成のためにとるべき具体的戦術も自ずと客観的に絞られるのではと思ったまでです。

リスク管理の基本「一般にリスクゼロの解決策はない、リスク回避とはリスク=コストのより少ない手段を選択すること」は私も(日常の中で)心得ているつもりです。そして目的の違いでリスクバランスも異なり、とるべき戦術も異なると考えています。


ところで、ペルー大使公邸事件と北朝鮮拉致事件の対応方法の対比ですか、う~ん(と思わずしばし唸ってしまった)。公邸事件解決のためにフジモリが採った戦略(日本政府は事実上何もしませんでしたので)には、北朝鮮対応の参考になる共通部分はありますが、個々の戦術、特に武力突入については社会背景を含め条件が大きく違います、リスクバランスからみても対北朝鮮での武力行使は割に合わない。


>私は範とすべきは、「粘り強く交渉しつつも、不当な要求には断固応じず、交渉と並行して慎重かつ周到に武力制圧の計画を立て、機会と必要があれば躊躇なくそれを実行して、最小限の犠牲で解決に到った」ペルー日本大使館占拠事件であると考えます。</原さん見解

時系列的、表面的にハタからはそう見えたのでしょう、しかし、あの大使公邸事件の大切なポイントは、フジモリにとって事件解決の最重要目的は「テロリスト組織MRTAの殲滅」にあり「人質の安全な解放」ではなかったということ、その目的達成までの彼の姿勢は終始徹底的に一貫していた。この時のフジモリの主目的「犯人の殲滅」は、北朝鮮拉致事件における(少なくとも我々の)最重要目的「拉致被害者の安全確実完全な救出」とは食い違う。フジモリが腐心したのはいかに人質被害を少なくして「テロリスト達を潰すか」ということ、人質の安全な解放は目的ではなく、目的を達するためにクリアーすべき課題だった。したがって、北朝鮮問題をそのままフジモリの公邸事件戦術になぞらえるなら、運動の目的は「金正日体制の崩壊」であり、その戦術・方法論として「拉致被害者の被害を少なくして金正日を潰すにはどうすればよいか」を考えることになります。

一方の日本にとって地球の裏の武装共産ゲリラMRTA(エメ・エレ・テー・アー)なんてふつうの日本人は名前を聞いたことも無かったし(MRTAを勝手に“マルタ”と読んでいた日本のTVアナウンサーもいたな)そんな知らない連中がペルーでどんな悪さをしようが関係なく、日本政府の最重要目的が日本人人質全員の無事解放だったのは、国家の邦人保護義務としても当然。

つまり公邸事件では日本側とペルー側とでは最重要目的が違っていた、すなわちリスクバランスが違った、それはどちらが良い悪いではなく、双方にとってはどちらも正しい。日本側とペルー側の目的が相克してしまったいうこと。社会背景が違えば目的も違う、そして目的が違えばとるべき戦術も変わる。

公邸事件解決の目的が(人質の無事救出よりも)テロリスト撲滅にあるフジモリにとっては、解決の最大の障害が、人質の1/3を占める日本人だった。フジモリ政権時代に日本からの対ペルーODA予算は増大突出し、この日本からの援助を引き出せることがフジモリのウリの一つだったゆえに、日本政府の「ヘーワテキカイケツを望む」圧力はそれなりに効を奏したのである。(この時の日本政府の圧力は自己陶酔型の日本の平和運動の効果には対応しない、政治的他者を動かすのは理念ではなく、相手が動かざるを得ないカードをこちらが握っていること) 日本政府の“要望”のために人質を簡単には死なせなくなったから、チェチェンゲリラのモスクワ劇場占拠事件のような惨事にはならなかった。しかしフジモリ側の目的「テロリスト殲滅」は長年テロに苦しんできたペルー国民の声そのものであり、強行突入で仮に人質に数十人の犠牲者が出たとしても、内戦状態でそれまでに3万人が殺されていた国民にしてみれば、リスクバランスはとれていた。そしてもし逆に日本人人質解放のため日本が無理矢理フジモリにゲリラの要求を飲ませ、せっかく拘束したグスマンなどのテロリストたちが野に放たれ再びテロの恐怖が蘇れば、日本は「テロ支援国家」の烙印を押され今の私もペルーではなくアラブかアフリカのどこかにいただろう、そのくらい当時のペルー国民のテロへの反感は強かった(つまりそのくらい共産ゲリラ連中は滅茶苦茶な殺戮をやった、その残忍さはセンデロだけでなくMRTAも同じ)。

フジモリは「平和的解決を望む」しか言わない(言えない)日本政府に早々に見切りを付け、早期からトンネル掘削を極秘裏に進め、小型マイクを廷内に潜り込ませ人質の軍人からの情報で内部状況を詳細に掌握した上で、機を見計らい精鋭特殊部隊による突入を強行した。突入の日の直前まで続いた主犯セルパとの交渉も、女性ゲリラの発砲を誘発した大音響の陽動行進も、このトンネル救出作戦のためのカモフラージュであり、ペルー側のごく一部の者以外だれも、この作戦を事前には知らなかった。4月22日の夕方の突然の突入の瞬間を迎えるまで、日本政府の人間は誰一人、橋本総理も寺田大使も対策本部の誰も、本当に全く何も知らされていなかった<尤も、3月末頃から公邸を取り巻く武装兵士に白人がまざり始めたので我々は「何か始まるかな」と気配は察していたが(白人兵士≒海兵隊→高レベル特殊部隊>。車に乗っては公邸を出入りするセルパとの交渉にいそしんでいたシプリアニ神父も、はるばるメキシコからやってきて日本側の全権を任された寺田大使も、ただのいい面の皮だった。この交渉を成功させローマカトリック教会内での出世を狙っていたシプリアニ神父は目論見が瓦解し涙顔になり、フジモリに完全無視されていたことを知った日本政府はただ唖然・憮然とするしかなかった。

いきなり始まった強行突入の爆音と吹き上がる煙と銃撃戦を目の当たりにしたとき、私は思わず目を伏せ、「これで人質の大半は死んだ、フジモリは人質の命よりゲリラ殲滅を優先しよった、なんちゅうことを、これで、日本人駐在員は総引き上げだな」と思った。結果的に日本人人質が全員生きて戻ったのは、半ば奇跡・幸運だったと今も私は思っている。フジモリの極めて周到緻密な、そして敵味方双方の予想の裏をかいた作戦、それを一人で行える大統領という一極集権体制がそれを可能にした。繰り返すが、人質に犠牲が出なかった(一人だけ心臓マヒで絶命)のはフジモリの強運に過ぎない、彼がもう一度同じ作戦を行ったら再び全員無事とはいかないはずだ。あれは極めて危険な賭だった、もし多くの人質の血が流れていたら、当時のペルー社会はそれを許しても、日本社会は許さなかったろう(少なくとも5年後のチェチェン・モスクワ劇場の悲劇までは)。

8000%近いハイパーインフレで経済が混乱し全土にテロが蔓延する国家崩壊状態で「誰がなっても失敗する」と言われた1990年当時のペルー大統領に就任したフジモリは、わずか数年で経済を建て直しテロも終息に向かわせ、追いつめられたMRTA残党が起死回生を懸けて引き起こした公邸襲撃もフジモリにとってはテロ撲滅作業の総仕上げのための、いわば飛んで火に入る夏の虫だった。

公邸事件のフジモリの戦略・戦術を振り返って感じるのは、彼は自分がなすべきことの目的が明確でぶれないこと、その目的達成に向けた極めて周到緻密な戦略と戦術があり、ことが決まったらそれを淡々と着実に実行していく冷徹ドライな彼特有の哲学を持っていることである。今回のチリ出国騒動も、フジモリしか知らぬその最終目的に向けて着々とプログラムが進んでいるような気がする。日本ではもう飽きたのか最近は報道が止まっているが、当地では先週からフジモリ支持派の巻き返しが始まっている。


>これ以外にも重要だと思ったのは、
f)人質は必ずしも「平和的解決」を望んではいなかった。即ちペルー人人質は、何度も武装蜂起計画を立てては当局に制止されており、日本人人質も危険の多い逃亡計画を立てていたことが判明しています。<原さん見解

これについても少し修正させて貰います。拘束されている人質達には外部状況、特に救出のための作戦行動状況はまったく分からない。拉致・人質事件では、事件中に自分が置かれた客観的状況に最も無知なのが人質本人という、反転空洞現象が起きる。情報遮断され銃を突きつけられた恐怖・緊張下の人質に正常な判断能力は期待できない、求めるべきでもない、武力行使に人質の希望は関係ない、基本的にこれは、状況を正確に把握できている外部にいる人間が冷静に判断すべき事項。共同通信記者の原田を廷内に招き入れてしまったのも、情報閉鎖の中での一種ヒステリー状態から「内部の俺達の声を外に伝えさせろ」という一部の人質達が引き起こしたもの。周囲状況のサッパリ分かっていない解放直後の人質は何を喋るか分からないからそのまま記者会見に出すのも危ない。2時間ブリーフィングの後に会見に臨ませた青木大使でさえ、ああいうブザマな姿を晒すハメになった。それから、あのとき武装蜂起を計画したペルー人人質は軍人たちであり、逃亡計画を立てた日本人人質もごく一部、もし実行していれば極めて危険だった。それから年齢も職場環境も拘束期間もペルーへのかかわり方もさまざまな人質達の心情は各人各様であり、それを一部の証言で代表するのは無理がある。日本人人質同士の深刻な感情対立もあった。とにかく内部はけっこうゴチャゴチャしていたのだ。こういう国の駐在員はクセの強い一言居士、一匹狼的な性格が多いし、特に最後まで残された支社長クラスには団塊=全共闘世代が多かったせいもある(解放後に青木大使を糾弾する文章を文芸春秋に掲載したS氏もそのクチだ、日本じゃガサツ飲んべえベランメエの私もここじゃとおっても上品なほうなのだ、ケケケッ)。


人命を踏みにじる、常識の通じない凶暴な相手との駆け引きには硬軟織り交ぜた複数の駒を使い分けることが必要になりますが、持ち駒の種類はその国の能力でも決まる、たとえば自衛隊の平壌急襲によるによる拉致被害者の武力救出のような、できない戦術ははじめからできない。それから、アメとムチを使う戦術ではまず相手をムチで叩いたあとにアメを見せるのが交渉の常道、アラブのスーク(市場)の値切り交渉も同じですから、先にアメをちらつかせる日本の北朝鮮対応はいわば常軌を逸しているといえます。

以下に北朝鮮拉致事件対応との対比の参考になりそうな、公邸事件のときの事例・要素を思いだせるままに(なにせもう10年前だ)挙げてみます、共通部分、異なる点、あまり関係ない私の思い込みもあるかと思いますが、個々の判断は原さん含めみなさんにおまかせするとして・・・、ただ、フジモリ(=ペルー政府)の目的の是非を考えるには当時のペルー社会の特殊な状況はふまえて下さい。

*)1980年後半から90年代初頭までペルー全土で共産ゲリラのテロが吹き荒れ治安軍兵士と衝突し、爆弾テロに巻き込まれ殺された一般市民のちぎれた遺体が日常のように路上に転がっていた。公邸事件が勃発した1996年頃もまだテロや武力衝突は残っており、公邸に武力突入した兵士たちはふだんから臨戦状態にあった。作戦を陣頭指揮したフジモリに実戦経験はないが、彼の学生時代のペルー社会は全国民に兵役義務(現在は部分徴兵制)があり学生だった彼は実務免除ながら軍事理論を(義務として)履修しそれを抜群の成績で修了している。

*)公邸事件の場合、人質もMRTAゲリラもわずか100m四方の公邸の塀に囲まれた袋の鼠状態であり、緊張した膠着状態が続きながらも“犯人も人質も逃げも隠れもできない、人質を殺せば犯人も確実に殺される、そのうちなんとかなるんじゃないか”という気持ちが(今思えば)我々の心の底になんとなくあった。

*)公邸内と外部との連絡、人質への手紙・弁当・医薬品などの差し入れは全て国際赤十字が取り持った。世界各地の紛争でリエゾン経験を積んできた彼等は詳細なマニュアルをもち、徹底した中立の立場を貫くためゲリラ側も彼等を信用した。日本人向けに差し入れた日本食弁当はリマの日本人板前が腕をふるったもの、その経費は各人質企業が負担した(ので贅沢などと部外者から文句を言われる筋合いはない!)。MRTAゲリラたちも美味い日本食のほうを好んで食べた(がもちろん金は払わなかった)。

*)日本のマスコミ取材の傍若無人振りはこれまで何度か触れたので詳しくは割愛する。共同通信の原田の強行取材のときは強い緊張感が現場に走り、ブンヤ風情の思い上がりに怒り殴りつけてやろうかと思ったが、あれは人質側が仕組んだことなので半ば仕方ない、しかしその時廷内で撮影した人質顔写真を当地のカレータス誌で晒した“売命行為”は許せない、が、写真を高額で買い取ったカレータスもいわば同罪、自由主義社会のマスコミのしつけの悪さはどこの国も似たようなものだし、権力の監視告発にはマスコミが必要、マスコミは功罪相備える、要するに使いようだ。

*)MRTAはペルー社会の矛盾が必然的に生みだしたもの、チェ・ゲバラを崇める彼等は、文革・毛沢東思想かぶれ(のくせに毛沢東が中国人であることも知らないのがいる)無知蒙昧狂信集団のセンデロに比べれば頭も良く良識的で真面目な人間も多い。だから正直なところ私は、この件でMRTAを金正日北朝鮮に対比することには抵抗があります。彼等を叩きつぶしたフジモリ自身も「MRTAの主張には共鳴できる部分がある、自分が大統領にならずに彼等に参加していた可能性もある」と語っていたくらいだ。ただしMRTAは自分の信条故に多くの無辜の民を殺戮してしまった、その社会的報いは受けざるを得ない、殺された者にすればMRTAもセンデロも北朝鮮も一緒だ。15年前、仕事仲間のペルー人スタッフが誘拐され半年後に発見されたとき、90kgの体重が35kgに減っていた。骨と皮に衰弱し銃弾を撃ち込まれた彼の遺体が、ある日、リマ市内の路上にボロ布のように捨てられていた。MRTAの犯行だった。彼等のどんなに崇高な理念も、なぶり殺された者の家族を納得させることはできぬ。

*)リマに設置された日本政府対策本部に詰めた総勢70名の中には、約10名の厚生省派遣の医師・看護士が含まれていた。彼等の任務は解放された人質達の精神的ケアだったが、彼等が言うには「日本にはこういう事件の症例が殆ど無いんですよ」とのこと、平和すぎる国ゆえに人質事件被害者の臨床データが日本には乏しく対応マニュアルも無かった。ベトナムなど各地の紛争に首を突っ込み不幸なデータを豊富に持つアメリカは簡単には教えてくれない、仕方なく彼等はダッカ事件や神戸地震の被災者の報告書、イラン大使館占拠事件の文献を入手して勉強していた、が、4ヶ月後に彼等は豊富な症例を手に入れることになる、その解析の中で「リマ症候群」も確認された。集められたデータは厚生省に保管され、その後世界各地の非常事態地域に派遣される医師団の間でも活用されている。前例のない不幸な事件はそれからの事件の前例として役立つ部分もある。

*)蛇足ながら、MRTAが占拠したのは“日本大使館”ではなく“日本大使公邸(=大使専用宿舎)”ですのでお間違えなく。事件の後、住処の無くなった日本大使はリマ市内最高級ホテルのスイートを3年間宿舎としたあと、今は更地となっている旧公邸から500m離れた場所に数億円の日本の税金をかけた要塞のような公邸が建った。羮に懲りて鱠を吹くこの日本的リスク(アン)バランスはペルー人の失笑を買い、大使自身も恥ずかしがっている。

*)また、貴稿中の“リマ症候群”というのはストックホルム症候群とは逆に「犯人側が人質に対して親近感を抱いてしまった」現象に対して付けられた名称です。(例のO氏は事件前から共産ゲリラに親近感を抱いていたからストックホルム症候群にも当てはまらない、彼は北朝鮮拉致事件について「帰国した被害者はいったん北に返すべき、自分が身代わりに北に行っても良い」という認識だったから、おそらく“日本的サヨク的親北症候群”とでもいうべきものでしょう)

*)なお、私は決してフジモリ信望者ではありませんので念のため。彼が大統領就任中の10年間に日本からのペルー向けODAは膨れ上がったが、日本が貢いだ見返りが公邸事件とワラル事件(1991年、JICA派遣の3名の日本人技術指導員が通勤バスからゲリラたちに引きずり出され3人並べて自動小銃でハチの巣にされ殺された事件)だ、明らかに日本側の一方的な持ち出し超過。フジモリが日系人ゆえに、しかも匿っているのが石原慎太郎や曾野綾子といった右派人士であるためか日本の右も左もウルサイが当地に日本の国内事情など関係ない、フジモリは飽くまでペルー人。アルベルト・フジモリは日系人だが、彼は(元妻のスサーナ・ヒグチも)日系人の中では極めて特異なタイプ。戦前の日本人街焼き討ち暴動・強制収容の記憶の残る日系人の殆どはいつも真面目に静かに目立たぬように暮らそうとしているから、フジモリの立候補にはみんな反対だった。今のフジモリ支持派デモに日系人は誰も参加していない。日系人の一人が公邸事件中に私に「あんたがた駐在員は、危険になれば日本に帰ればよい、しかし我々には、このペルーがどんなに酷い国になってもこの国で生きるしかない、我々には戻る国はないのです」と語った。地球の裏で拘束されたペルー人フジモリを助けろと誰も日本に頼んでないから、当地の事情に疎い日本人は関わらんでよろしい、そんなことしているヒマあったら自分の隣の国に拘束されている日本人をさっさと助けなさい。


蒼き星々~北朝鮮による拉致被害者・家族を支援する人の集う掲示板より

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永遠のジレンマ (原良一さん)

原 良一さんからアンデスの声さんへ 
           投稿日:11月26日(土)

 アンデスの声様

 お悩みの件、私は、北朝鮮との交渉は、ペルー大使館占拠事件への対処が参考になると愚考します。2年前、朝民研(朝鮮民主主義研究センター)に投稿した拙論を転載します。事件に対する認識などに誤りがあれば、ご教示ください。

 朝民研(朝鮮民主主義研究センター)より転載


永遠のジレンマ その1 ― ジレンマというよりリスクでは?―
2003/10/14(Tue) 03:17朝民研(朝鮮民主主義研究センター)掲示板に投稿

 T・K生発言に対する、Kazhik、SINKEN、川島各氏の思い入れぶりに私も引き込まれました。多くの親北派人士の言動に接してきた私には、一読してピンと来るものがありました。 忖度するに、多くの親北派と同様この老左翼は、つい最近まで北朝鮮の惨状を事実として受容していなかった。それをいきなり受容させられる体験を強いられ、動転してしまったのです。

 我がRENK代表李英和は北朝鮮での「留学生活」に耐え切れず、日本に逃げ帰った(正確には再来日ですが…)後、夫人である李明(リミョン)の前で「俺はどうすればいいんだ」と泣き崩れるなど、精神的に不安定な日々を過ごしたといいます(「朝鮮総連と収容所共和国」小学館文庫から)。

 また、9・17翌日の毎日新聞紙上で詩人の金時鐘翁も、「過去の清算などいえた道理ではなくなった」と嘆いて物議をかもしたのに通じる反応です。韓国民主化運動の修羅場をくぐってきた池明観氏の場合、それとの対比で北朝鮮の非道性をより一層理解できたはずで心痛はなおさらでしょう。

 私が思うに、池明観氏やKazhik氏が直面しているジレンマはリスクと言い換えることもできます。私は、対北朝鮮との交渉は、「フツーの国との外交交渉」ではなく、

・地域や空間を不法に占拠した武装集団(注1)による
 人質監禁立籠もり事件での人質解放交渉」

 つまり、ハイジャック事件などへの対応を基本にすべし、を持論にしています。この場合も人質の安全が最優先で、みだりに武力突入をしてはならないのは当然ですが、例外的に武力制圧が許される、またすべき事態が経験則的に成立しています。それは、犯人側が人質に危害を加え始め、人質の被るリスクが突入によるそれを上回ると予想される時です。

(注1)国連に加盟していようが、日本政府が日朝交渉で「黙示の承認」を与えていようが、朝鮮半島北半部を実効支配していようが、私は金正日現体制の正統性を認めていない=主権国家として認めず、単なる地域を「軍事的強占」する武装集団として扱っているので、こう表現しました。

 既に一部の集会で発表し始めていますが、私は

・95年以降の300万ともいわれる北朝鮮での大量餓死は、上位カースト(豚金父子を神と崇める核心階層)による下位カースト(「敵対階層」と貶められる奴隷階層)への「銃声なき大虐殺」であり、事実上の内戦であった。

・厳密にいえば、北朝鮮は建国以来ずっと「構造的で制度化された内戦」を自国民にしかけており、敵に指定された階層への粛清、迫害が不断に続けられてきた。悪名高い強制収容所とは、
「整然と秩序だった静かな虐殺」もしくは「重労働を伴う餓死の刑」が執行されている場所である。

との仮説を立てています。

 80万~100万人が虐殺されたルアンダ内戦は隣国ザイールなどの介入によって収束され、責任者は国際法廷で裁かれています。ベトナムのカンボジア侵攻は、当初国際社会から非難されましたが、ポルポト派の大虐殺が明らかになって、現在は「止むを得ない介入だった」が一般的です。より小規模な虐殺への対処をもって、NATOのコソボ介入も「人道的介入」と正当化されています。

 これらの前例と私見に基づくと、国際社会が北朝鮮に武力介入し、レジームチェンジ(体制打倒)を強いるべき時期は、大量餓死が進行していた95~97年頃だった、との結論になります。実際には、ジュネーブ合意で事実上の国体護持を約束し、重油まで(それも日韓の国費で!)貢いでいたのだからお話になりません。「悲劇が終わってから、真相が明らかになる。気付いた時は手遅れだった」式の不条理は、全体主義体制とりわけ社会主義圏で顕著ですが、隣国であり、間接的とはいえ自国が虐殺に加担する結果になっていたことに、より悔いが残ります。

 現在、北朝鮮の大量餓死は一段落し、小康状態を保っていますが、それは殺すべき対象がほぼ殺され尽くすか、国外に逃散したからに過ぎず、「静かな虐殺、重労働付き餓死の刑」は国際社会から見えない形で今も続けられています。しかしそうであっても軍事介入の必要性、緊急性自体は、95年当時よりは下がっています。

 長く運動を続けて感覚が鈍磨した私には「静かな虐殺」と見える現状も、「初心者」の池明観氏には「強硬策もやむを得ない、対案がない」ほどの惨状と映って過剰反応してしまったという構図でしょう。

 私としては、「今頃気づかれてもねぇ」と共感よりも怒りを覚えた口ですが、理解者を一人でも増やしたい立場にあり、どんな問題であれ目覚めた人を「遅すぎる」と難詰するのは政治的に賢明な態度ではなく、また池氏の苦悩は、対北朝鮮理解を深める上で、自身を含め誰もが経験してきた試練であって、同氏を責めるべきではない、と思い直しました。

 個人一人一人の人権を尊重し、「一人の死にも心を痛める。大の虫を生かすために、小の虫を殺す主張や行動に抵抗を感じる」という左翼本来の感性が維持されている限り、私たちは今回のジレンマから永遠に解放されないでしょう。

 ルアンダにしろ、カンボジア、北朝鮮にせよ理論上犠牲を最小限にするためには、虐殺が始まる前かその直後に(手段は何であれ)介入し、体制を打倒する必要があります。しかし、それが実行に移された場合、介入の根拠は仮定に基づく未来の死傷者の発生の回避という、極めて曖昧でわかりにくい理由になります。

 対して武力行使に伴う死傷者は、目の前に突きつけられるので、「武力行使は誤りだった」との批判になりがちです。しかしこの批判に一定以上の正当性があることは、原爆投下の是非論争や、今回のイラク戦争と国家権力の側が被害の算定をしばしば、それも開戦目的に意図的に誤る事例がいくつもあったことからも明らかです。個人レベルでも、「将来の犯罪者」との予言によって予防拘束される映画「マイノリティレポート」のような社会が、実現されることは悪夢でしかありません。

 冷戦初期、米国で「敵の力が強大化する前に先制攻撃すべし」との予防戦争理論が提唱されたことがあったと幼い頃平凡社の百科事典で読みました。この主張は「米国の建国理念に反する」と厳しく批判され、否定されたとありました。それを実践したのが、第三次中東戦争でのイスラエル軍の先制攻撃であり、稼動前のイラクのオシラク原発への空爆でした。米軍による北朝鮮核施設への限定空爆論がことある毎に蒸し返されるのは、その「成功事例」から二匹目のドジョウを狙っているからです。

 そんな米国に北朝鮮問題の解決を白紙委任することはリスクが大きすぎる、という認識はここに集う皆様は共有していると思います。

 さりながら、前掲のカンボジアに加え、ナチスのユダヤ人虐殺を拱手傍観していた連合国、中国で大躍進、文化大革命の度に数百万~千万単位の死者が出ていた事にまったく無頓着だった、とたっぷり教訓を学んだ後でも、北朝鮮での「構造的で制度化された内戦」により継続される「静かな虐殺」「重労働を伴う餓死の刑」を「民族自決」「内政不干渉」の美名で見殺しにする不作為はもはや許されないはずです。

 しかし、では「見殺しにしない」と決意したとして、北朝鮮に政策変更を強いる強制力を持つ勢力は誰かとなれば、それはやっぱり米国の軍事力しかないわけで、批判し、反感を持ちながらもその米軍に依存せざるを得ないというジレンマに再び直面させられます。

 右翼・保守派や医療を含む危機管理の実務につく人々は、上記のジレンマをリスクやコストに置き換え、それらを最小化するという論理で合理化し、悩みを克服している模様です。しかし、「止むを得ない犠牲」という合理化は、容易に「死んでも当然」「殺してもかまわない」との堕落に陥りやすい、ということも私たちは多く経験しています。

 軍事アナリストで危機管理の専門家の中ではもっともリベラル派に属する小川和久氏が、少年によるバスジャック事件の際、「被害者の人権擁護のためには、(たとえ未成年でも)犯人を速やかに射殺すべきだった」と当局の対応を批判しているのを聞いて、私はとても驚きました。私には(おそらく制圧に時間を空費した当局も)とてもそこまでの割り切りはできなかったからです。

 でも、殺された被害者の死因が失血死で、速やかに手当てすれば助かる可能性もあったとも聞いていたので、そうすべきだったのかとも悩みは深まりました。人一人の生き死にの扱いにこれ程動揺しているようでは、来るべき豚金体制崩壊時の混乱時にどうすんだ、との思いも募りました。

 結局、結論として私が出したのは、甘いとの批判を忍んでも個々の人命を大切にする感性は維持されるべきだ、との開き直りでした。殆どが作る会の会員でもある救う会と総聯など親北派・護金派が多く含まれる慰安婦問題という左右両翼の人々と話す機会を持つ私は、何の疑念もなく戦前の天皇制軍国主義体制や豚金独裁体制を翼賛する人々(もちろん全員がそうではないが)ともしばしば遭遇してきました。

 ある意味悩みが無いから、彼らは気が楽です。主張も単純明快、大変わかりやすい。でもそんな彼らが羨ましいとも思いません。人、特に他者とされる人々の生命や尊厳を尊重しない(そのくせ、そういう奴に限って身内に対しては下にもおかない接し方をするので、とかく内部的には評判がいいから困り者です)勢力が、左右双方の運動で主流にならないように頑張るしかありません。

 人間は現状に甘んじ、疑問を感じたり、悩むことがなくなったらおしまいです。

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 永遠のジレンマその2 ― ペルー日本大使館占拠事件の教訓 ―
 2003/10/14(Tue) 04:20 朝民研掲示板に投稿

 私は、対北朝鮮との交渉は、「フツーの国との外交交渉」ではなく、

・地域や空間を不法に占拠した武装集団による
 人質監禁立籠もり事件での人質解放交渉」

として対応すべし、を持論にしています。
 つまり基本となるのは、各種のハイジャックやシージャック、金嬉老の寸又峡事件、イランやペルーの大使館占拠事件などへの各国当局の対応なのです。この時当局に課せられた課題は、

1.人質の安全の確保、解放の実現
2.武装集団の不当な要求の拒絶
という二律背反を両立させることにあります。

 かつて「人命は地球より重い」の迷言の下、日本赤軍に資金や兵員を提供してしまったダッカ事件、逆に「三割までの人質の犠牲は許容範囲」との軍の論理で、武装集団の殲滅を優先させた、例えばチェチェン武装勢力によるモスクワ劇場占拠事件(他事例多数)の両極論を排するとして、私は範とすべきは、「粘り強く交渉しつつも、不当な要求には断固応じず、交渉と並行して慎重かつ周到に武力制圧の計画を立て、機会と必要があれば躊躇なくそれを実行して、最小限の犠牲で解決に到った」ペルー日本大使館占拠事件であると考えます。

 私が思うに対北朝鮮交渉は、ペルー日本大使館占拠事件解決のための交渉の拡大版に過ぎず、対応する事例も多々あります。MRTAが北朝鮮、ペルー政府が周辺諸国は当然として、
a)ことある毎に人命優先の解決を訴えた橋本首相(当時)が各種の反戦平和運動。
b)最後まで続けられた水道、電気等ライフラインの切断が経済制裁など北朝鮮封じ込め政策。
c)人質への差し入れが人道援助。
d)赤十字やカトリックによる仲裁が国際機関による調停活動。
e)共同通信などメディアの突撃取材とその評価を巡る論争が、NGOや野党による対北民間・野党外交の意義に対する論争、という具合にです。

 そして事件解決の過程で得られた教訓も多くの点で応用可能です。大きなものとしては

3.人質解放前に、武装集団に先に譲歩(メリット)を与えてはならない
4.武力行使の選択肢を絶対に放棄してはならず、常に「事あらば、いつでも突入するぞ」との圧力をかける必要がある。

 が挙げられます。3は、ペルー政府が服役中のゲリラの釈放に一切応じなかったことを指しています。対北朝鮮では、核開発を不問にして原発や重油をプレゼントしてしまったジュネーブ合意、拉致問題で何らの進展もなくタダ取りされたコメ支援、5億ドルもの外貨で買った「悪魔と詐欺師の抱擁(南北首脳会談)」と失敗だらけです。

 また4は、武力突入しないとの心証を与えてしまうと、相手は安心していつまでも居座り、不法行為を止めないからです。その意味でも、北朝鮮が求める国体護持=体制保証など絶対に応じてはならないのです。

 他にも、
a)の橋本首相の言動が、結果としてペルー側の性急な軍事行動を抑制し、トンネル掘りや入念な突入訓練など綿密な作戦計画を立てる「期間の利益」を与え、人的犠牲を最小限に抑えた。反戦平和運動は、たとえ開戦を阻止できない場合でも、一定の意義がある。
b)は何らかの痛痒を感じさせないと、相手は不法行為を止めない。
c)一時、幕の内弁当など豪華な差入れをするのが流行ったが、「人質の真の願いは、差入れの充実などではなく、監禁状態からの一刻も早い解消である」との「正論」が提起された。対北人道援助でも、体制延命にしか役立たないような「人道援助」は厳に慎むべきである。
d)国際調停には限界があり、最終的には対峙する両当事者間で決着をつけるしかない。
e)当局側からこの種の取材活動は利敵行為との批判がなされたが、当局の一方的な主張を検証・掣肘する上で有効との反論もあり、さらに議論を深める必要がある。対北朝鮮外交でも、NGOや野党外交が充分な成果を挙げていない理由を再度分析する必要がある。などが挙げられます。

 これ以外にも重要だと思ったのは、
f)人質は必ずしも「平和的解決」を望んではいなかった。即ちペルー人人質は、何度も武装蜂起計画を立てては当局に制止されており、日本人人質も危険の多い逃亡計画を立てていたことが判明しています。

 彼らとしては、「平和的解決」を名目に拘禁状態を徒に先延ばしされるほうが苦痛だったのです。もっとも人質の中にも、小倉英敬氏(「封殺された対話」平凡社の著者)のようにMRTAに親近感を示す人がいて、ストックホルムならぬ「リマ症候群」と揶揄されていますが…。

 この点は北朝鮮も同様で、脱北者や餓死線をさまよう貧困層からは、「戦争になってでも早く現体制を倒して欲しい」「飢えて死ぬのも、撃たれて死ぬのも同じだ」との声が常に発せられています。

 偽作の疑いも指摘されていますが「戦争になれば飢えは終わる―北朝鮮庶民の願いと現実」(李賛三著、三五館)というルポが、既に95年末の段階で出版されていることに注意する必要があります。

 拉致被害者家族たちはもっと積極的で、直近では私の地元千葉で7/26に開催された集会でも、めぐみちゃんの弟横田拓也氏が「私たちは(戦争の危険や姉を含む拉致被害者が苦しむ)リスクを覚悟の上で経済制裁を主張しているのです。私たちには時間がないのです。引き延ばしはごめんです」と断言しています。

 a)で当局側が「期間の利益」を得たのに対して、人質(被害者)側は「期間の不利益」を被っていたことになり、「人質の安全」を口実にして「武力による解決反対」など、自らの政治的主張を過度に言いたてることは、慎むべき態度なのです。

 そして言わずもがなですが、g)投降後のゲリラまで皆殺しにしてしまったのは、大きな汚点であり、事件解決の「成功」でそれをぬぐうことはできず、フジモリ大統領や軍の責任追及自体は当然である、ということ。

 これは逆も成り立ち、ゲリラの虐殺を以って事件解決の手腕まで否定してはいけない、個別の事例で是々非々に徹して処理すべきなのです。

そのg)に関連して、h)フジモリと軍の目的は、終始一貫してMRTAの捕捉殲滅にあり、平和的解決はまったく念頭になかった。その「殺意」はゲリラ側にも充分伝わっていて、相互の信頼がまったくないがため交渉が難航し、武力突入の破局に到った、とされています。

 武力突入の1ヶ月ぐらい前からゲリラの第三国への亡命を条件に人質を解放させる解決案が、希望的観測を含めて流布されていました。ところが事件解決後、フジモリと軍はその場合でもあくまでゲリラの逃亡を許さず、空港などに特殊部隊を潜伏させ、人質を解放した瞬間を狙って全員射殺を企図していた、との説が出されています。

 フジモリらの目的は、自らの威信を失墜させたMRTAへの報復殺害にあり、平和的解決など論外、人質の無血救出も二の次、三の次だった、など批判派のフジモリ政権への不信と反感はとどまる所を知りません。

 私たちにも思い当たる点があります。親北派、護金派(北朝鮮をではなく、豚金一味とその体制の決死擁護が目的の者)を問わず、「救う会の佐藤勝巳の目的は、あくまで金正日現体制の打倒にあり、拉致問題をそのために政治利用しているに過ぎず、真に被害者や家族のことを思って活動しているわけではない」といった類の「誹謗中傷」が常に浴びせられています。

 確かに私を含む「北の独裁者と戦う主要四団体」に参加する人の多くが、「金正日現体制の崩壊なくして、拉致、帰国者、収容所、脱北者と諸問題の根本的解決は不可能」と主張しています。私の場合はさらに金父子三代の全人格も否定していて、豚金親父(金日成)、豚金ジョンイル、バイ菌まさお(金正男)といった表現を平気で使う、というよりその使用に固執しています。

 しかしながら、私たちが豚金体制打倒を叫ぶのは、あくまでも諸問題解決という目的のための手段であって、目的ではありません。豚金が突然悔い改めて、全被害者を解放するから体制保証をと提案してきたら、責任追及を当面棚上げにして、被害者の安全確保を優先するでしょう。しかし、外国人である私たちが責任を不問にしても、「敵対階層」と貶められ、鬼畜以下の扱いを受けてきた国内の奴隷階級が報復を自制できるとはとても思えないので、その場合でも体制崩壊は不可避でしょうが…。

 問題は「体制打倒は手段であって、目的ではない」といくら主張しても、親北派は一切聞く耳を持たず「誹謗中傷」をやめないことと、実際に体制打倒や排外感情の表出が目的の者もいることです。

 そんな人でも、問われれば「被害者&家族の救援が優先だ」と主張するでしょう。日本に逃れ、老醜をさらしているフジモリも、「ゲリラの殺害が目的ではない」と否定するはずです。しかし彼がどう抗弁しようと、g)の投降後のゲリラまで殺害した事実がある以上、説得力はありません。殺害のツケを信用失墜という形で支払わされているわけです。

 たとえ「北朝鮮民主化」「拉致被害者救出」など掲げる大義が正しくても、実行する手段が誤っていれば禍根を残す、敵につけこまれないためにも一分のスキも与えてはならないのが教訓です。

蒼き星々~北朝鮮による拉致被害者・家族を支援する人の集う掲示板より
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奪還への一つのオプション

アンデスの声 さんの投稿 11月26日(土)

先般「10個の質問」の問9への答で私は、金体制崩壊が解決への早道だと書いた。問題の抜本的解決は確かに金正日独裁体制崩壊にある、しかし、その独裁者が現支配体制維持を最も強く望み、体制崩壊を最も恐れるなら、裏返せばそれが日本にとって一番有力なカードということだ。であれば、支配体制存続を条件に、拉致被害者を帰還させるのが、現実的に考えられる落としどころの一つかも知れない。制裁というムチで追い込み体制崩壊の恐怖をギリギリまで味わわせたところで、体制保証のアメを餌に日本人全員解放の交換条件を出す。

もし、自分の子供あるいは兄弟姉妹が、近所の極道チンピラが支配する家庭に誘拐・拘禁されそてこの家族子供達と共に虐待陵辱され続けている場合、極道の眉間に銃弾を撃ち込みその家庭から取り除けば悲劇はおおかた解決するが、極道が人質を盾にとり包丁を振り回して暴れ家督放棄を嫌がるなら、家督相続の保証を条件に私は我が子を連れ戻す。当面その極道の家族には申し訳ないが、まず自分の子供を救い、その後でその極道を消す、最終的に。



蒼き星々~北朝鮮による拉致被害者・家族を支援する人の集う掲示板より

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2005年11月29日 (火)

西村眞悟が終わっても拉致事件は終わらず

アンデスの声さんの投稿蒼き星々掲示板より  投稿日:11月29日(火)

私は逮捕された西村眞悟に同情しない、どころか、逮捕によって拉致運動にダメージを与えた責任を彼はとるべきと考える。拉致問題を気にかけながら彼に同情し持ち上げようとする人たちの気持ちが私には分からぬ。

代議士は国民の道具、使えなくなった道具は替えるしかない。政治に対する国民の意識がいまだ江戸時代のオカミ意識のままだから、オカミは動かず、拉致問題も進まない。

政治家の立場は支援者とは違う、誠意や熱意は政治家の評価にはならぬ、脇が甘いのはそれだけで十分政治家失格、失敗が国民の生命につながる政治家に甘えは許されない、みなさんは、人が良くて腕の悪い大工に自分の家の普請を頼みますか? 心優しいヤブ医者に家族の命を預けますか?

ちなみに、西村氏はこれまで国民の(一部の)声を引っ張ってきたかもしれないが、“拉致被害者の帰国”に関して彼がこれまでにどういう具体的成果を上げたのか、どなたか教えて欲しい。

運動が当初の理念本筋を離れ矮小偏狭で個人趣味的な政党政治運動の縄張り争いに穢れ堕ちていくのが、戦後日本の社会運動の常だった。私は、西村逮捕でこの運動が終わってしまうように狼狽する人たちに、核兵器禁止運動の覇権争いで罵り合う共産党員vs社会党員、エイズなんかどうでも良かったエイズ患者川田母子、取り憑かれた顔で熱心な折伏にやってくる創価学会員、そういう連中と同じ印象を受ける、自分たちが揶揄する小泉マンセー教徒と同類じゃないのか。

学生結婚だった私には二十歳前後から続く夫婦共通の友人が何人かいて、たまに夫婦同士で集まり旧交を暖めているが、その中に、途中からある新興宗教に夫婦でハマってしまったのがいる。昔から優しくて何事にも熱心で真面目な二人だった。最初は宗教の話題を避け昔の顔で話しているが、そのうち話の節々に宗教色が出始めるともうダメである、学生時代の面影が消え別人顔になってしまい、お互いの間にカーテンが下りる。思想宗教が絡むと世界は狭くなっていく。

西村逮捕で支援者の少なからぬ方々が別の顔を見せた、それが素顔なのだろうが、見たくない素顔だった。

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2005年11月13日 (日)

極東の“大国”日本

アンデスの声さん  投稿日:11月13日(日)

今週、日本がらみで流れたニュース。

11月6日 日本亡命中のフジモリ元大統領、いきなりサンチャゴに出現。
11月7日 ピースボートの51回クルーズ船、リマ・カジャオ港入港。
11月10日 日本大使館の車がアンデスで転落、日本人書記官死亡。

ピースボートの件はごく一部の者しか知らない些末ニュース。大使館員の死亡事故はTV、ラジオ、いくつかの新聞に出た。フジモリ問題については連日トップニュース、リマ市内のチリ大使館前に集まった“フジモリ解放”を求める群衆のシュプレヒコールが聞こえていた。

【フジモリ問題】

偏差知的価値観のはびこる日本の外交官の檜舞台は欧米圏、特に米国かイギリス、あるいはフランス・ドイツであり、南米はいわば「ドサ回り組」。中南米の日本大使館の業務はもともと移民関連の領事業務が中心で最近はこれに税金バラマキODAが加わったが、国運のかかったような高度な政治外交には縁がなかった。そういう外野席の外交官にとってフジモリ問題へのスタンスは、「我々日本政府は別にフジモリを匿っているわけではありません、現行法に従って邦人保護の観点から粛々と対応しているだけであります、と、言い続けて5年間かわしてきたんだよな、このまえ日本大使館前に来た“フジモリ支持派”1000人規模のデモ(これは反対派のデモを含めても過去最大規模)が『フジモリの政策を支持する。フジモリを保護してくれている日本政府に感謝する』なんてシュプレヒコールあげてたけど、賛成派のデモも我々にとっちゃ迷惑なんだよ、とにかく事を荒立ててほしくないんだよな、マスコミはほとんど反フジモリで四面楚歌でやりにくいんだから、日本政府が円借330億円出して6年がりで造ってやったユンカン水力発電所だって注目されたのは完成式典よりも式典に向かう大使館員の転落死亡事故のほうだもんね、フジモリははっきり言って迷惑、フジモリが日系人だから日本で話題になるけどそれ意外のペルーの興味なんてマチュピチュとナスカの地上絵くらいだろ、オレは平穏で手当ズブズブのリッチな外交官生活送りたいの、フジモリを保護しているバックに大物右派政治家がいるから情報収集しろって本国から圧力来るから会いには行ったけど痛くもない腹さぐられてマスコミにたたかれるしこっちには政策も戦略も何も無いからつっこまれても何も言えん、ブツブツブツ・・・」となる。

訴追中の他国の元大統領を5年も匿っておきながら、その明確な根拠を相手に説得できる国家思想・戦略が日本には無いのである。チリの日本大使館がフジモリと接見したことについて当地人たちは「“大国”である日本が何か思惑を持ってフジモリを支援しているのではないか?」と疑っているが、私は「何もありませんよ、政治的思惑があれば公然と会ったりしない、あれは何もない証拠、ポーズだけ」と説明している。

フジモリはチリにペルーのパスポートで入国した。つまり彼のチリでの立場はペルー人である、フジモリがそれを選択したのだ。そのペルー人フジモリに日本大使館が接見し「公正な扱いを要請する」のは明らかな越権行為であり、翌10日のペルー駐日大使の召還は当地の認識では「日本によってペルーの主権が侵害されたことに対する国家としての不服の明確な意思表示(clara muestra de disconformidad)」であるが、ペルーは日本との関係を壊したいとまでは思っていないし、日本人である私が日本人であるが故に私生活で嫌味を受けることもない(嫌味というのはどうも極東アジア民族に強い気質文化だ、日本人に誇りを持ちたい私も、言いたいことをはっきり言わず嫌味で満足したがるこの小児病的部分だけはどうにも好かぬ、LYNDON B.JOHNSON氏のせっかくの金父子・金体制批判投稿も最後のひとこと“相手は朝鮮人なのだ。” でぶちこわし)、言い換えれば、この程度の主権侵害でも、言うべき事、抗議すべき事は明確に具体的に意思表示するのが(たとえ個人的にフジモリをどう思っていようが)主権国家の責務なのである。

日本国籍を持っていてもフジモリはペルー人(そもそも日系1~2世のほとんどが二重国籍)、いまリマ市内にこだましている、社会的下層階層を中心とするペルー人達のフジモリコールは日本や日系人に向けられたものではない、ペルー人フジモリ大統領の手腕と実績を素直に高く評価し再来を希望しているのである。この問題に下手に日本政府が口を挟むのは、大国アメリカの覇権主義に翻弄されてきた彼等の琴線にも触れる。フジモリもそれを知っているから、今回日本のTVで見せたように彼は日本語を普通に話せるのに、ペルー大統領時代にマスコミの前では決して日本語を口にしなかったし、立候補のポスターにも日本人(Japones)ではなく東洋人の総称であるチノ(Chino)を掲げた。もし「日本人の血」という思い入れだけで日本政府が確たる外交理念も戦略も無しに彼におもねれば日本はしっぺ返しを受ける、フジモリがこだわるのはペルーの改革であり、そのために日本の利用できる部分を利用している。彼がペルーの政治に打って出た時のバイブルは日本の明治維新だ(ちなみに彼の妹婿の元駐日大使アリトミ氏は長州人、片腕の彼もフジモリと共に日本に残った・・・日本のマスコミは報じないが)、彼は外交大国時代の明治日本人の気迫、狡猾怜悧、したたかさはしっかりと受け継いでいる。

戦前の日本は、帝国主義国家の中では極めて貧しかったが、外交・軍事面では列強と対等に渡り合える大国だった。今回現地レポーターが日本を“大国”と評したのはもちろん経済・工業・技術大国の意味であり、外交政策・能力的には中南米諸国も呆れる小国に過ぎない。ま、南米随一の策謀政治家フジモリを使って国益を図るほどの長けた外交能力・姿勢があれば、たった一人の狂人が支配する世界最貧国北朝鮮相手にこんなに苦労はしまいが。


【ピースボート】

リマの日本食レストランでカウンター席に並んだ奇妙な連中に出会ったことがある。酒も飲まず静かに、ぎこちなくスシをつまんでいる、年輩の男ばかりの団体。話しかけてみたら、ピースボートの世界一周クルーズ参加者だった。ピースボートといえばツジモト・・と言いかけたら「あの女は関係ない、安く世界一周できるので乗っただけ」と答えた。若い元気な連中の多くはナスカ、マチュピチュ観光にでかけてしまい、残された年輩どうしで市内の日本食屋をハシゴしているのだという。彼らが店をでていったあと、カウンター越しに一緒に喋ってた板前が「あーやばかった、ちょうどピースボートの悪口言いかけたとこじゃった」と言ってへへへと笑った。 実はペルーの日系・日本人社会の多くはピースボートに対し極めて強い反感を持っている。

最初のきっかけは、ペルー大使公邸人質事件の時。ちょうど事件勃発から一ヶ月たった頃、彼らの船がリマへ到着し、対策本部の一つが置かれた日系人会館の一角で「ピースボート写真展」を開き自分たちの平和活動をアピールしたあと、「我々が船の中で祈りをこめて折った鶴であるから人質に渡せ」と言って公邸内との連絡パイプになっていたスイス国際赤十字事務所に千羽鶴の房を押しつけて帰っていった。国際赤十字はこの千羽鶴を邸内に差し入れず、日本側の対策本部に処置を依頼してきた。人質たちに食事や薬や防寒着を差し入れることにも苦慮していた我々にとって、そんなものまで邸内に持ち込めるわけが無かろう。「そんなもん捨てっちまえ!」という声もあったが、結局、日系人協会が引き取って会館の隅にしばらくぶら下げてあった。祈るだけで平和は来ない。

そして最近また当地日本人の感情を逆撫でしているのが、その後も毎年のようにやって来るピースボートが行っているフジモリ批判である。

フジモリ政権が発足した1990頃のペルーは治安と経済が破綻し国が崩壊状態だった。ペルーは南米で最も白人支配の強い社会である。国民の1割のスペイン系白人が政治・経済を支配し、その下に4割の混血(メスティーソ)と5割の先住民(インディオ=インディヘナ)たちがいる。混血の間では白人の血の濃い奴ほど先住民の血の濃い者を見下す哀しい傾向がある。そして白人の眼中に先住民の姿はない(これは差別というより無視に近い)。白人の圧倒的に多い(=先住民を殺し尽くしてしまったため)チリやアルゼンチンの街頭には白人の乞食がいるが、ペルーにはいない。交差点で車を止めると手を差し出して物乞いに群がってくるのは、全てインディヘナかメスティーソたちだ。

ペルーの日系人は8万人で人口比は0.3%にすぎず、このような階層社会のマイノリティーの中からフジモリという大統領が出たのは、在日コリアン(人口比0.5%)から日本の総理が生まれるよりはるかに「どえらい」できごどだったのである。これに対し白人階層は徹底的にフジモリ政権を妨害した。このためフジモリは1992年に白人の支配する国会を封鎖し、直接内閣を動かした。(このとき米国は「独裁者」のレッテルを彼に貼る)

フジモリの最大の功績のひとつは、テロリストと治安軍双方の弾圧に苦しむ山岳地の先住民インディヘナ達に武器を与え自警させたことだろう。初めてまともに国民扱いされた山岳地の住民は喜び、テロリストは衰退し軍による住民の犠牲も減少した。さらにフジモリは貧民窟や山岳部に学校を建て電気を配った。当時も今も、フジモリの熱心な支持者は日系人よりもインディヘナ達なのである。初めて彼らを人間扱いしたフジモリの評判は今も根強い。

ピースボートは「テロを減らすための武力攻撃は新たなテロの連鎖を生む」、だから「貧困の解決などテロの原因の根絶が必要だ」とヘイワ呆け日本式理想の弁をそのまま弄しているが、すでにテロが蔓延し日々巻き添えで無辜の命が失われている社会にとっては両方の処方が必要であり、今流れている血は今止めなきゃならない。そのために両刃の剣も使った。そしてもちろん血が流れないような手だても前もって必要だ。ペルーのフジモリは歴代大統領の中で初めてそれ(貧困対策によるテロ原因の根絶)に取り組んだ。

アメリカ+白人支配階層に事実上追い出されたフジモリに替わり先住民インディヘナ代表の看板をひっさげ2001年に登場したトレド政権は来年の任期切れを控え支持率10%を切るレイムダック状態、失業者や低所得者層がふたたび増え始め、壊滅したはずのテロ組織も不穏な動きを始めている。世銀出身でやたら英語をしゃべりアメリカ詣でをかかさぬトレドはアメリカ傀儡そのものであり、カミさんのエリアンカープはユダヤ系白人、先日、麻薬密輸のイスラエル人を特赦したため騒動になった。トレド大統領は南米の斜陽政治家がよくやる「前任者の徹底批判」で切り抜けようとし、復権をねらう白人勢力やマスコミも強権フジモリ復活を恐れて過去の公安部隊の人権侵害や不正蓄財をでっちあげて叩き、アメリカも自分に楯突くフジモリ叩きを支援する、という構図で社会が動いている。日本のマスコミもフジモリの人権侵害や不正蓄財問題を中心に取り扱いこれになぜかサヨクも便乗するが、この国に日本のマスコミは常駐しておらず、ペルーのニュースの多くはサンパウロ支社から発信されている。サンパウロの記者は当地の新聞記事をそのまま翻訳して打電するだけだから、日本でもそういう記事が多くなる。

今のフジモリの扱いをめぐる攻防は、ペルー社会の階層問題にアメリカの思惑、チリ~ペルーの国民感情対立に加え最近発生した領海域問題も絡んだ複雑な国家間の政治的駆け引きなのだが、地球人気取りの日本のサヨクNGOはこういうナマの政治世界に疎く、相手から無視され呆れられても嫌われても平気で毎年やってきて、自分の運動が米国覇権主義に便乗する矛盾にも頓着せずに、当地にとって何の意味も効果も無い、自己満足だけ得て去っていく。日系人新聞「ペルー新報」のコラムがピースボートの活動に触れ、「わずか数日の滞在と政敵からのインタビューだけでこの複雑なペルー社会の背景の何が分かるというのか」という論調でこき下ろしていた。


【で、所感】

愛知博の日本製最新ロボットの映像は当地で何度もTV放映された。世界のマーケットを席巻する日本の高度な工業製品の印象と相まって、音楽に合わせて踊るロボット達を彼等は驚嘆の眼差しで眺めていた。さまざまな分野の高品質製品の製造テクノロジーにおいて、日本は今やとんでもない大国である。しかし、それを造っている生身の日本人が現れると、他国の人々に対して何を言いたいのか、他国に来て何をしたいのか、その顔も心も見えないのである。こっちを向いて何か喋っているようでこちらに伝わるモノがない、それは、せっかく外地にいながら自国内の狭い自分の立場の勘定だけで外を見ているからではないか。それは日本政府の外交もピースボートもイラク3人組も、そして多くの企業も同類である。一つ抜けている、日本のウヨク、連中に関しては、外地ではその姿すら見えない。

今回の投稿は北朝鮮問題には触れなかったが、これも根っこは同じだと私は思っている。今の我々に、日本の国家としての、日本人としての、思想が無くなったのだ。

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2005年10月12日 (水)

変人はなぜ変わったか

2005年10月12日(水)

“奴隷の平和は選ばない”とまで喝破した人間がなぜ動けなくなったのか、石原慎太郎も同じ頃に変わった、何があるのか、その動機が個人的問題でないなら、安倍晋三が変わらぬ保証もない。「制裁する」ではなく「制裁すべき」なら誰でも言えるが、政治家は評論家ではない、安倍氏がガス抜きの可能性だってある。

>>「空白の10分間」に金正日が小泉総理に語った内容が以下のようなものだったら、小泉でなくとも同じだろう。・・・・・
>なぜ同じなのだろうか?拉致被害者家族は、最初から覚悟を決めているのに。 /月光氏

小泉が変わった理由が個人的脅迫でない場合についてhashimoto氏との話をきっかけに想像した「たとえば仮に」の話にさらに仮話を継いでもと思うが、一応レス。

拉致家族は「遺体で良いから日本に戻せ」と言ってはいない。目の前で銃を突きつけ「制裁したら殺す」と脅せば家族は制裁を言えなくなるし、“軍国の母”を我々は望んでもいない。

もちろんこんな野蛮な脅迫が公になれば安保理制裁決議は文句無く通る、中国もどうしようもない、北朝鮮の崩壊が早まるだけ。外交交渉は公式、非公式、水面下があり、どんな蛮国でも公式の場では形だけでもルールは守る、戦争で殺し合う横で和平交渉が進められるように。だから北朝鮮はいつも、公式見解とは別に、水面下で個人を狙う、極めて卑劣なやり方で。

閑話休題(ところで)、今朝のNHK国際放送「あの人に会いたい」の柳家小さんの言葉。朝飯食べながら聞いてたので正確ではないが、だいたいこんな内容だった。
『落語には噺家の人柄、了見がでてしまう、同じ噺をしても乱暴者が話すと乱暴に、卑しい者が話すと卑しくなる、芸は人なり、だから噺家の心根はいつも清廉潔白でなきゃいけねえ』
政治思想信条も、それを語る人次第、ではないか。
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2005年9月30日 (金)

拉致問題へのスタンス、私の場合

アンデスの声 さん 投稿日: 9月28日(水)

【トントンがある国の人間として】

「こいつらね、トントンが無いのよ、トントンが」と私に語ったのは技術指導派遣中の日本人技師。「書類をガサガサと束ねて適当にバッチンとホッチキスで留めてくるんよ。日本人なら留める前に誰でもやるじゃろ、束ねた紙の縁をトントンと机の上でそろえる、あのトントンが無いのよ。品質じゃの技術じゃの学ぶ前にね、そういう精神的基本から教えんといけんのよ。」 熱帯風土病のはびこるアフリカ内部の世界最貧国へ還暦を過ぎて単身で乗り込んだ彼は、博識で優れた技術者ながら決して気取らず現地社会に溶け込み、その誠実な人柄は現地の人々から“マンジュウ・ボボ”(バンバラ語で「マンジュウ族の酋長(ボボ)」の意)と慕われ、九州出身の彼はことさらこの呼称を気に入っていた。

日本のある高僧が「脱いだスリッパがずれていると、気になってきちんと揃えたくなる、それも禅の心」と語った。これは禅に限らぬ日本人の心、「もったいない」もその一つ。折りたたんで重ねた布団の縁をきちんと揃える、庭に箒の目が立っていると気持ちがいい、物事の道理を通さないと気が済まない。日本の異常に高度な品質管理・製造技術は、この「気がすまない」精神に負うところが大きい。国土が小さく資源もない日本が複雑高度な文明社会を維持できている所以でもある。これは趣味の問題ではない、日本人が日本人であることをcriticalに規定している精神的要素だ。

そういう日本人にとって、北朝鮮拉致事件とは、食卓の上に便所のスリッパが放り置かれたようなもの、たまらなく「気がすまない」のに、正す方法を理不尽に塞がれている、このままだといずれ我々は便所のスリッパの横で平気で飯を食うようになるのだろうか、そうして社会は壊れていく。道理を忘れた日本人は、なぜか簡単に、だらしなく、意地汚く、傲慢・凶暴に堕す傾向が目に付くだけに、そう思う。

以前この板で『拉致事件について私の根っこにある感情の一つは、自分と家族が生きる場である社会が壊れていくことへの危機感である』と私は述べた。拉致事件をウヤムヤにすることがどう危機なのか、上のように考えた。もちろん動機はこれだけではない、生身の人間としてのごく当たり前の普遍的な感情、被害者への情と加害者へのストレートな怒りと憎しみもあるが、動機は人それぞれだし一人の中には複数の動機があって良かろう。

拉致問題は根が広く深い、金正日をピンポイント処刑して終わりでもない、直情径行型の運動では簡単に解決すまい、腐りかけた根っこから社会を蘇生させる必要がある、それを叶える簡単で巧い方法は私には分からないが、クソの付いたスリッパが置かれている食卓で私は飯は食わない、飢えても箸はとらぬ。決して派手な動きでは無くとも、これは我々の命がけの運動なのである。


【民族・国家の差異とつきあい】

日本のある国立大学の留学生会館では留学生の生活費援助のためにアルバイトを紹介している。「人数が足りないから」と請われてその留学生たちに混じってアルバイトに参加した日本人学生の体験談。

その日の仕事は、あるイベント会場のテントを立てる作業。留学生の多くは国費留学で国籍は中国、韓国、台湾、タイ、インド、スリランカ、イラン、・・・。ふだんはみな真面目な学生達であるが、こういう「誰がやっても給料が同じ」仕事になると態度に差が出る。自分から仕事を買ってでる者、指示通りに黙々と身体を動かす者、作業が終わると次の指示まで雑談に興じる者、常にダラダラとしている者など。日本人の彼の見立てでは、仕事の真面目さの順序は次のようになった。

 1.韓国
 2.台湾
 3.中国
 4.タイ
~~~~~
 5.インド
 6.スリランカ
 7.トルコ
 8.イラン

ほぼ地理的な位置にしたがって東から西へと並んでしまった。それは等間隔で並んでいるのではなく、1~4の真面目なグループ、5~8の手抜きグループとの間に大きな断層があり、断層を挟んだ同じ側のグループ内部では大差なく似たようなものだったという。民族差別を信条として嫌うやや左巻きの彼は、目の前に自ずと浮き上がったその明確な差異に自分で驚いたそうだ。中東も極東も呼称は“アジア”だが、東経90°あたりに一つの境界がある、これは私自身の体験からも納得できる。

民族の気質の差は個人差・個性の延長だ。その差異に目を伏せず、差異を差別に短絡させるのでもなく、付き合うための事実として違いを認識し、相手の嫌いな点ははっきり嫌いだと伝えること。それに相手がどう反応するかは相手の判断、そこからさらに次の段階に進む。相手を知り、違いを認め、言うべき事を言い、やるべき事をやるのが正常な付き合いだ、相手が主権を持った利害相克する国家の場合はなおさら。この当たり前のことを怠たるから北朝鮮との関係はさらにイビツになる、すなわち北朝鮮との正常な関係とは、北朝鮮の犯罪に抗議し共犯者を封じ相応の具体的制裁を即刻科すこと、本当の対話はそこから始まる。

ところで、仕事が終わって親方が日本人の彼に言ったそうだ、「やっぱり日本人が一番ええ、兄さん、あんたこの次も来てもらえんかの。」
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秘策?奇策?珍策?

アンデスの声 さん 投稿日: 9月29日(木)

外交特権は外交官が職務を円滑に行うために“身の安全を保護され法的義務も免除される”ものであって、その国での勝手な行為が許されているわけではありません。しかも外交官の安全保護義務は接受国(=北朝鮮)側にあるからこれは殺人者に身辺警護を依頼するようなもの。他国から平気で一般国民を拉致誘拐抹消するような国が自国内で自分に不都合なガイジンを消すことくらいわけない。北朝鮮に限らず国家による思想統制の厳しい国では大使館職員にも公安の尾行が付く場合がある。いずれにせよ、北朝鮮が今のままでは外交官だろうが北朝鮮国内での自由な活動は不可能、下手な動きをすれば国外退去どころか、消されるか、弱点を捕まれて脅され逆スパイになるのが関の山、後者の例はすでにいくらでもある。

日本の外務省・在外公館には諜報機能が無く、外務省HPの各国治安情報のレベルは現地の新聞情報以下。その国の裏の情報を得たいなら直接その国の公安機関やマスコミに接触した方がはるかにマシで、必要あればかなり踏み込んだ情報も金で買える。本来国家が行うべきそういう諜報活動のための外務省機密費はいまだに大使館内輪の接待飲み食い大半が消えているのが日本の国家の現状だ。これは現場担当者のモラルのせいでだけはない、日本政府がそういう情報を必要としていないのが根本の原因であり、現場が頑張って情報を掴んでも本部が何もしないので現場はやる気もしないし、日本の政府機関は内部情報が外部に筒抜けのスカスカ状態だからせっかくの情報提供者に危険が及びかねぬ。アメリカは日本の防衛庁の機密保持能力も全く信用していない。

ところで、拉致被害者奪還への近道は、もし我々が「目には目を」の姿勢で「名を捨て実を取る」なら方法はある。日本の政治家を動けなくした最大の工作は北朝鮮旅行時の淫行映像と総連からのバラマキ献金の脅迫だ。脅迫ネタは「ばらすぞ、ばらすぞ」と脅している限りにおいて効果があり、バレてしまえば意味はなくなる。日本の政治家を動けなくしているこれらの証拠品を我々が手に入れて公開し全マスコミにばらまく。証拠品の入手のための資金はインターネットを通じて募る、うまくやれば億単位の金が集まるんじゃないか。そして「裏情報淫行ビデオ一本1000万円、収賄資料500万円で買い上げる」と持ちかければ寝返る総連工作員は間違いなく出る。公開する目的は、我々が逆に彼等を脅して拉致被害者奪還に協力させるのではもちろんなく、妨害勢力に消えて貰うこと、マイナスが消えることはプラスと等価。

もちろん仕掛ける側は命がけになる、なんたって敵は世界トップレベルの謀略国家で当方は世界最低レベルの公安国家だから、家族持ちには無理でしょう。皇族などの要人警備官の条件の一つが独身者であること、扶養家族がいると自分の命を投げ出せない、どうしても一瞬躊躇してしまうのだそうだ(要人警護に独身者を充てる例は他国にもある)。

ウヨクも敵の建家に銃弾撃ち込むような、敵失を与えるだけのチンケな自慰行動じゃなく、もっと効果を考えて頭使やいいのに。

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2005年8月30日 (火)

言葉の38度線

    2005年8月30日(火)

灼熱の太陽が照りつけるアラビア砂漠のテントの陰で一休みし、デーツ(乾燥ナツメヤシ)とアラブ茶を馳走してもらいながら、案内人のベドウィン(遊牧民)から「以前はまるで狂人だったリビアのカダフィが、最近はずいぶんマトモなことを喋るようになった」と聞いたとき、「へぇ、住所不定のベドウィンも周囲の国際政治動向をちゃんと勉強しているのだな」と思わず私は感心した。が、ことはもっと単純だった。彼等は言葉が同じなのだ。だから文字や翻訳のフィルターを通さずに、ラジオでカダフィ本人の喋りを直接自分の耳で聞いて、その語感とともに醸し出される人間性をじかに感じ取れるのである。

唐家旋は「ゲンメイした!」と日本語で喋ったから日本人の反発も大きくなった。日本語なんか使うから彼の本性が我々日本人の前にオールヌードで現れてしまい、「コンノヤロー、そこまで言うか!」と我々は怒ることができたのである、あれがもし字幕だったら見過ごしたかもしれない。同様に韓国人は北朝鮮からの放送で北の異常ぶりをいつも肌で知ることができる、羨ましい。

できないよりはできるに越したことはない外国語だが、数年程度の机上勉強や駐在で相手の生活言葉の微妙な綾まではつかみにくい、これは日本にいるガイジンも同じで、落語を楽しめるまでには相当の年期と努力が要る。相手の感情を読むのは言葉より表情のほうが簡単だ、これは万国共通、犬だって怒ったり困った顔をするし、たいていの民族は日本人よりもはっきりと感情が顔や態度に出るから分かりやすい(ただし、本心と表情が違うアニータみたいなのもいるから要注意)。

結局、ふつうの日本人が外国人の喋りを“近似的”に理解するには通訳に頼らざるを得ないが、無機質な字幕や同時通訳の平坦口調ではなく、雰囲気たっぷりのプロの声優に喋らせられないか。どうでも良い街頭インタビューなどはすでにそれをやっているが、もっと大切な、我々の命に関わる、金正日や北朝鮮放送の喋りを、映画の吹き替えのように、相手の言葉のニュアンスと雰囲気をできるだけ忠実に日本語で再現して放送してくれないかな。似たシンタックスだから難しくはなかろう。これぞお茶の間留学、自国語で国際感覚を磨く方法だ。

【余談1:日本語ペラペラの碧眼】

ある合同協議が数日続いた。メンバーは豪州人、米人、カナダ人、スペイン人、チリ人、そして私を含め日本人2人。協議中に交わす言葉は英語とスペイン語だったが、最終日に豪州人の接待で日本食レストランに行ったら、この豪州人が日本語ペラペラで、食事の注文から勘定までを自ら日本語でぜんぶやってのけた。実は東京支部に8年もいたんだと。感心する前に当方日本人2名は蒼くなって顔を見合わせた、「・・・つうことは、協議中の我々日本人同士の会話は全部筒抜けだったのね。」 最近こういう日本通のガイジンが増えたので要注意である。8年日本にいたその彼も、落語の日本語にはついて行けないそうだ。

【余談2:オウムな人々】

日本のシンポジウムで同時通訳つきの講演を聴いた。聴衆は机に備えられたイヤホンを耳に付け、講演者が話し始めると同時に通訳による日本語がイヤホンから流れてくる。通訳者は若い日本人女性、会場後部のガラス張りの小部屋の中にいて、二人で交代しながらマイクに向かい、ときおりコップの水を口に含ませながら数時間にわたってよどみなく翻訳を続けた。後ろのほうの座席に座っていた私は、講演者の話よりこの通訳女性の姿をしばし振り返りながら眺めた。若くて美人だったからではない。目を半開きにしたまま、何だが一種恍惚状態のような表情で淡々としゃべり続ける彼女の不思議な顔つきに興味を覚えたのだ。

同時通訳者にはなぜか女が多い。当地で必要に応じて通訳に使う男と女の日系人スタッフがいる。どちらも普段の日本語会話能力に差はないが、通訳をさせると女のほうが格段にうまい。機械的にきちんと訳すのだ。男のほうはなぜかしばしば主観を交えた意訳が混ざってしまうのである。主観を交えたのでは通訳としては失格である。

ロシアでCさんという朝鮮人男性の通訳に世話になったことがある。敗戦時まで北方領土で日本人として生まれ育ち、ソ連侵攻でそのままソ連に収容されモスクワで暮らしていたが、(戦前の)ていねいな日本語を覚えている人だった。あるときこのCさんが通訳中にいきなり真っ赤な顔をして、先方のロシア人と口論を始めた。こっちがキョトンとしてたらCさんが「いまこいつら日本人を侮辱するとっても失礼なこと言ったので、私から怒って言い返しておきました」と言う。「そりゃどうも、でも、すいませんが、そういう場合もそのまま訳してもらえませんか」とお願いした。

同時通訳のトレーニング方法について興味深い話を聞いた。テレビに向かってオウム返しの練習もするのだそうだ。テレビのアナウンサーのしゃべる日本語をそのまま“日本語で”くりかえす。相手のセリフを主観を入れずそのままそっくりオウム返しになぞる練習をすることで、内容を深く考えずに機械的に翻訳文章が自然に口から流れ出る、一種のサイボーグ状態の脳構造が作り出されるのだという。

オウムの信者たちも、自分の思考細胞を麻原の教条をなぞることで至福の快感を覚えるまでに改造したサイボーグである。麻原が死刑になってもサイボーグに殺された人たちは浮かばれず、サリンの後遺症でいまだ地獄の苦しみの中にある被害者もその家族も救われない。信者達は真面目だったらしいが、真面目が犯罪の言い訳にはならない。オウムと総連・北朝鮮との深いつながりも藪の中のまま、村井の刺殺で闇に葬られた。

オウム信者に受験秀才が含まれていたことが話題になったが、日本の大学入試の訓練も一種の条件反射で、オウム返しの練習に似ている。オウムは自分の言葉ではしゃべれない。

通訳としてはやや問題あったが、つい自分の言葉で感情を込めて喋ってしまうCさんの人情味豊かな人柄が、私は好きである。
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政府を見限った国民が勝手気ままに「ノー」と言いだした、悪しき例

2005 8月29日(月)

拉致事件について私の根っこにある感情の一つは、自分と家族が生きる場である社会が壊れていくことへの危機感である。拉致事件を深刻に感じない人はこの事件を危機だと思わないのだろう。単なる認識の違いで私の取り越し苦労ならそれで良いが。

個人的に降りかかった危機はまず自分で解決するが、共同社会全体への災厄は一蓮托生。その危機に対応するには危機意識を共有した個人の有機的な連帯が必要だ、烏合の反応は対応ではない。日本人は自分の身に危険を感じてもまったく動かないわけではないが、動き方が問題だ。悪しき烏合の反応の例を、北朝鮮拉致事件と同じように蒙昧ウヨ政府と奇形サヨ運動が結託して国の根幹をおかしくした、日本の公立初等教育の現状に見る。

日教組という、教育現場からの暴力革命を目的に創設された、教育目的と関係ない教員組織がある。彼等の直接の害は大したことはない、そのあまりに思想臭い教育姿勢に影響される生徒は少ないし、私が育ったような地方都市には、「毛主席万歳!」で終わる文革賞賛映画を中学の教室で授業中に平気で上映するような教師をキ印扱いして峻別する地域社会があった。日本の公教育を本質的に腐らせたのは、その日教組と国家(文部省)とが手を組んだ最近の「ゆとり教育」のほうだろう、私の3人の子供たちがこの波をモロに被った。

日本で勤務していた頃、仕事を終えて夜10時か11時頃に自宅近くの駅に降り立つと、塾帰りの小中学生たちが駅前のコンビニで立ったまま、おにぎりやパンをかじっているのを見かけた。私は「晩飯くらいちゃんと家で食え」と、自分の子供は塾に行かせなかったら中学に入って成績が一直線で下がった。何度か中学の授業参観に足を運び、内容がスカスカで退屈な授業が多いこと、生徒が塾で習っていることを前提に授業が進んでいることが分かった。仕方なく我が子も途中から塾に通わせたらなんとか持ち直した。塾の方がずっと分かり易く面白いという。これに懲りて、残りの子供は最初から中高一貫私立に入れた。海外勤務手当の付く私の給与は比較的恵まれている方だと思うが、3人の子供を私立に通わせると生活は苦しい、持ち家どころか貯金の余裕すら全くない。

文部省が「ゆとり教育で学力低下は起きていない」と言い張っていたが、それは教育制度の欠損を国民が自腹を切って穴埋めをしてきたからである、身に降りかかる危機を個人で回避するために。今の日本のゆとり教育は、能力弱者救済を謳った、経済弱者切り捨て政策である。日教組と文部官僚が守りたいのは日本の子供ではなく、自分たちの建前とメンツだけ。文部省初等教育課の職員の子弟の何割が塾・家庭教師の世話になっているか、誰か調査公表して欲しいものだ(私の知る限り、もちろんほとんどが塾通い・お受験組だ。日教組は最初から日本の子供の学力向上に興味はない)。

海外・日本双方の大学を経験した私は「ゆとり教育」の意図するものは理解しているつもりだ。欧米系大学の研究者・学生のレベルの高さは、広い視野と遊びごころを備えた「精神的ゆとり」とともに、アカデミズムを支える市民社会の奥の深さ・社会の成熟が背景にある。しかし浅薄な理念とメンツで初等教育現場だけに押しつけられた日本の姑息なゆとり教育政策は、子供の潜在力を腐らせ自堕落にし、親の負担を強い、社会のゆとりをさらに奪った。最大の犠牲者は、大人のメンツのモルモットにされた子供たちである。自分の家で晩飯も食べずに塾で学校の勉強を補うという異常な勉強漬け状態なのに、日本の大学卒の平均的専門学識レベルは先進国の中では極めて低い。

昨年、私の子供が卒業した小6のクラスは生徒の3割が中学受験して公立中学から逃げ出した。首都圏を中心とする昨今の私立中への生徒流出は、国の教育政策に納得できない国民による消極的抵抗であり、公教育への集団ボイコット、集団登校拒否が始まったのである。消費者は自分の役に立たないものは買わぬ。言っても聞かぬ相手には見切りを付けて黙って去る、日本の公教育が崩壊し日教組教師が失業しようが知ったことか、というのが、公教育から逃げ出した親たちの本音だろう。

こういう国は、いずれ滅びる。

次回の選挙テーマは教育でも拉致でもないが、我々の生きる社会の未来が、選ばれる政治家の腕にかかっているのは同じ。国民の大局的・長期的な真の利益と幸福を考え、拉致事件のもつ危機感を共有し我々の思いを汲み上げる意志のある、少しでもマシな政治家が少しでも増えることを願う.


<教育と拉致は直接関係ありませんが、上記の日教組=媚北組織、文部省=外務省、ゆとり教育=北朝鮮政策に置き換えると、その腐敗構造は同じであり、拉致事件のこれからを考える上で参考になるかと思います>
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空論幻想

2005年 8月30日(火)

憤ることを日本語で「腹が立つ」と言う。日本語に不慣れなガイジンが「私は、とっても、オナカが立ちました!」と言ってしまい、本人が真面目に怒っているので周囲の日本人は笑うに笑えなかった、という話がある。肉体の同じ部位だが、ハラは立ってもオナカは立たない、そういうキマリ、それが日本語なの!我々がそう決めたの!

外国語の業務レターを出す場合、必ずネイティブ・チェックして貰う。辞書をめくりながら書いた私の草稿は、あちこちズタズタに修正されて返ってくる。「意味は分かるが、こういう表現はしない」と説明を受ける。たとえば「その鋼板の厚さは2インチである」をつい“The thickness of the steel is two inches”と書いてしまうが、もっとシンプルに“The steel is 2 inches thick.”で良い。その理由は彼等にも説明できないが、本家の校正に抗弁して文法的根拠を問いただすのが、特に(受験)英語が“得意なつもり”の日本人連中に多いが、それは『立ったハラもオナカと同じだ』と日本人を問いつめるガイジンのようなもので、スジの通った理屈も事実と違えば屁理屈・空論。

日本人の技術系院卒採用者の実地教育をこの一ヶ月余り引き受けている。彼等は大学推薦と十数倍の筆記・面接試験を経て採用された連中だから専門知識レベルは高い、が、やたらと理論が先行するのが鼻につく。アタマの中に自分が机上で学んだ出来合いの理論があり、目の前の事実をその理論に当てはめようとし、うまく合わないと腕を組みブツブツと唸り始める。その姿はまるで、南米アマゾン原生林の中に日本の動植物図鑑を持ち込んで「無いぞ、変だな」と呻吟しているようなものだ。

既成理論から演繹して事象にアプローチするのは科学ではなく“なぞった”だけ。その後に事実から仮説の検証に戻る部分が科学の本質で“エキサイティング”なのだが、なぜか日本人は一般に、大学の研究者でさえ、この帰納する部分が弱いのである。帰納過程では「ひらめき」と「創造性」、そして自分の過去を捨てる「勇気」が必要だから、変化・冒険を疎み自分から定型にハマりたがる日本人に馴染みにくいのだろう。

それでも自然科学の仮説の多くは事実検証が可能で、仮説が事実と違ったら「ありゃ~、違ったわい、くっそぉやり直し!」で済む、そのための実験であり、失敗の解析の中から新たな仮説が生まれる。これが社会科学になると厄介だ、事前検証できないから、その応用は臨床試験無しの劇薬を飲まされるようなもので、実験の失敗は痛ましい犠牲を生み修復も困難である。ナチズム然り、旧態依然硬直化した日本のコミュニズム然り、独善偏狭な排外ナショナリズム然り、日本の教育をガタガタにした“ゆとりズム”然り。作業仮説が事実と食い違っても言説を変えるのは沽券に関わると思うから、日本の社会科学は世界の潮流に乗り遅れ今や日本国内限定の守旧スクラップになってしまった。

日本人生来の聡明な感性を残していた明治の日本民衆は、理論頼み訳知り顔の机上インテリが醸し出す胡乱臭と危険を感じ取って“書生臭い”という造語で警戒した。しかし、現代の日本はそういう書生レベルの空論が政治社会の舵取りを差配するまでに増長し、失敗しても非を認めず、責任も取らず、どころか他人に転嫁して逃げる。ひところ日本共産党が“科学的”社会主義と唱え始めたのは、自らの非科学性と書生臭さを自覚した疚しさの裏返しである。

実証困難ゆえに理論倒れの自己欺瞞に陥りやすい社会科学だが、北朝鮮を舞台にした壮大なる実験の惨憺たる大失敗結果は、そこから新理論を帰納構築する好機、生データの宝庫なのに、今まで実験に関わりサポートしながらその検証を試みる良心的科学者は少ない、自説が崩れることをのみ畏れ、錆びた刀で再び演繹的に切り込もうとする姿は科学ではなくもはや宗教。彼等の科学者としての資質・能力以前の、人間性・良心の問題だ。これは媚北学者に限ったことではない、論理構築と実証による自己否定を伴うドライな真理探求よりも自己保全・現状追随に安住したがる日本人に多い基質(マトリックス)だ。日本的マトリックスそのままにドライな西欧思想体系を皮相的にコピーしたため、我々は木に竹を接いでしまったのではないか、その木は、根元から腐り始めた。

北朝鮮人民の懊悩と惨状を目の前にして手も足も出ず、出さず、自分の作業仮説に不都合な事実から目を背ける日本人社会科学屋の学問レベルと民度は、実証科学を知らぬ未開ドジンと変わらぬ。これじゃ無謀な実験で虐殺された数百万の朝鮮人の魂も浮かばれまい。かかるドジン理論屋が社会の要衝に大手を振って居残る限り、我々はこれからも毒薬の非科学的臨床試験に晒され続けることになる。

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>今、子供が危ない

2005年8月30日(火)

つくる会の歴史・公民教科書は、昨年一次帰国したときに市販本を買って読んだ。実際にあの本を読んだ反対派は困ったんじゃないかな、振り上げた拳がおろせなくて。「勉強会」をやっても騒ぐほどの問題点が見つからないから、「戦争賛美のケシカラン連中が作った教科書だから戦争賛美でケシカラン」というトホホな結論になり、いつもの「半島・中国」の仲間に協力頼んでてマスコミ取材させてそのテレビ放映を見て、「よし、やることはやった」と自己満足、ってか。

昨今の教科書問題は「意地でも掲載したい」側と「意地でも掲載させたくない」側の大人同士の意地の張り合いで、当の子供たちは冷めている(そもそも教科書をまともに読んでるのかいな)。子供たちは、そういう大人たちの大人げない政治的メンツの張り合いをクールに眺めながらも、問題のポイントは把握してるように思う。私が読み終えて置いていた「市販本」を、高2の息子は勝手に部屋に持っていってゴソゴソ読んでいたようで「これ、最近話題のやつだね」と返してきた。「今使っている教科書と比べてどうだ?」と聞いたら「うん、まぁね・・・」と含みのある返事をしただけ、私もそれ以上聞かなかった。(本は親が子に読めと言えば読まず、読むなという本を子は読みたがる・・・反抗期の自分がそうだった)。

>浅川巧、阿弖流為、杉原千畝、長屋王、安重根、シャクシャイン、知里幸恵、李舜臣

momoedakeさんが挙げられた上の歴史人物は、その教科書掲載を要求した連中の人間的嫌らしさは別にして、やはり知っておくべきと私は思う、もちろん、日本のなりたちの礎となった人物をきちんと知った上での、補助的な歴史人物として。(杉原千畝は、瀋陽日本領事館の脱北者引き渡し事件と並べると分かりやすい。)

長い人類史の中で、加害者・被害者双方の経験のない国・民族は無いだろう。多くが弥生人の末裔である我々現代日本人は縄文・アイヌ人の累々たる屍の上に立っており、その縄文・アイヌの分身(mtDNAが最も近い)のケチュア~アイマラ族は南米アンデスに大侵略帝国築き、それをスペイン人が襲い破壊し黄金を略奪した400年後にそのスペイン系白人支配階層を押さえて君臨したのが、弥生人の末裔フジモリ、そのフジモリを引きずり降ろしたのが縄文・アイヌ分派ケチュア族の現トレド大統領だ。したがって、太平洋をはさんだ今のフジモリvsトレドのケンカは、数千年の時の流れを越え世界をまたぐ弥生人vs縄文人の末裔同士の戦いと言えるのだ(以上、一部曖昧な部分も混じっております)。

日本が加害者であったときの被害者の立場を知ることは、『自分の属する日本という国とそこに住む人々と文化と歴史を他の国のそれよりも自分にとっては大切だと感じる人々の側』(←これを『右翼の側』と書きかけてやめた、誰か新語を造ってくれ)にとって大切なことだ、それを知ることが、中国・北朝鮮・韓国の現在の横暴危険な振る舞いを押さえることにもなる。

やや露骨に言えば、①自分が与えた相手の傷を確認すること、②それを謝罪すること、そして③実際に補償することは、それぞれ別の問題だ(原爆投下した米国は日本の損傷データを徹底的に調べたが被爆者への謝罪も補償も無い、つまり①だけ。②~③をしないのは、米国にとってそれをしないほうが良いから)。

相手がどんなワルでも、こっちが先に足を踏んでしまったら、踏んだことは認めて「すまなかった」と言わねばならなぬ。つぶれた靴を弁償するのも仕方ない。しかし「骨も折れた、治療費も寄こさんかい」とワルの言うままに余計な弁償する必要はなく、さらに、もし弁償した靴でそのワルが別の人間をの足を踏んづけるのが分かっていれば弁償してもいけない、当然だ。もし過去に日本が与えた損害を理由に現在の中国・北朝鮮の国家犯罪を認めるなら、過去と現在トータルの犠牲者が増えるばかりだ。北東アジアの平和と安全を願うならこそ、現在の中国・北朝鮮の国家犯罪に加担するような謝罪や援助は一切してはならず、むしろ現在の彼等の動きを牽制する義務が、過去の加害者日本にこそある。

踏んだ側として靴のつぶれ具合を確認するのは、ワルを増長させないためにも大切なことなのに、「水たまりを避けるためだ、足を踏んだのはしょうがない」などとアラブ・イスラムみたいな事をいうから、墓穴を掘る(そういう言い方するなら何も言わない方がまだマシ、こらえきれずに先に踏んだ日本は辛抱負け、パールハーバーを先に踏ませたアメリカは作戦勝ち、しょうがないじゃん)。その結果、過去の日中戦争、靖国問題、現代中国・北朝鮮の国家犯罪が、同じ中華テーブルの上に一緒くたに乗ってグルグル回ってしまい収拾がつかなくなる、これはひょっとして、中国の謀略にまんまと引っかかっているんじゃないか?

ところで、これはあくまで私の個人的見解ですが、社会思想立場の軸足は右に、一方の補助足を左に置くのが、程良い案配だと思う。両足とも右または左に揃えて置くとバランスを崩して倒れやすい。ただし、左足は軸足には向かない、体重を支えきれず折れる。

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2005年7月 6日 (水)

政治運動に思う

アンデスの声さんの投稿  7月 6日(水)

私は家族会や救う会の内部事情や人間関係を全く知らない、知る術もないが、桜氏の投稿が本意なら実際に何か軋轢があるのだろう、これまでもそれを感じさせる投稿が無かったわけではない。強い意思を持った(=クセのある)生身の人間が連帯すると軋轢が生まれるのは町内会でも親族会でもテロリスト組織でも然りだが、そういうイザコザを見せつけられながら協力者故に我慢せざるを得ない家族の方々もつらいだろう。患者不在の医療論争はできれば避けてほしい。組織内の不協和音は敵を喜ばせるだろうが、私のような匿名個人支援者にとってはウラの事実も知りたい、まともな大人なら政治運動の世界がきれい事だけで済まぬことくらいはわかっているから、陰の部分も支援者の前に透明にした方が、その先の大きな破綻を防げるのではないか。今回の政府の無反応は、ひょっとしたら救う会内部のそういうアキレス腱を見越して「恐るるに足らず」とタカをくくったからじゃないか? などとつらつら一般論から憶測した、以下雑感。


【骨肉相喰み、両雄並び立たず】

同業他社とは本来ライバル・敵対関係のはずだが、付き合いはある。特に海外駐在員社会は狭いから、飲み会・ゴルフなどの交流はしょっちゅうだ。そういう付き合いの中で気づいた、面白い現象がある。公前での他社の悪口は紳士協定でいちおうタブーだが、気心が通じ酒も入るとたまに悪口も出る(その場合も相手に直接向かっては言わない)、そしてさらに気心が通じる(=酒が回る)と、自分の同僚・上司の悪口にも及ぶこともあるのだが、意外なことに、他社の悪口よりも身内に対する悪口非難の方がずっと辛辣な場合が多いのである。それはきっと、同じ目標・立場でどちらも真剣勝負で頑張っているからこそ譲れない部分も多々あって、メンツ・意地の張り合いも加わり感情がよけいにこじれてしまうのだろう。大人げないといえばそれまでだが、かく言う私だってこれまでの職場生活で譲れぬ意地を張りすぎて上司と大衝突し二度も出向(とば)されてんだから人のことは言えぬ(あるとき他板で『冷静なアンデスの声氏』と形容されて思わずのけ反った、実際の私は、特に業務中はとても気が短いのだ、今朝だって2週間も納期遅れの催促の電話入れたら先方担当者は一ヶ月のバケーションで不在だってよ、くっそぉあのペルー人ヤロー)。


【叩くために叩く】

思想・立場・目標が対立する場合は分かりやすい。“敵”の一挙手一投足すべて悪意に解釈し、相手の不幸は自分の幸福、相手の幸福は自分の不幸、エクボもアバタで坊主憎けりゃ袈裟も足袋もドブに放り込みたくなる。沈みゆく泥船の同舟相手が敵対思想なら自分が沈むのもそっちのけで相手を叩く、叩くことが目的になる。アルカイダの同時多発テロ事件で社民の原陽子新人議員の"ザマーミロ"発言叩きも保守ジジイ連中による集団的イジメ、言葉狩りそのものだった(彼女は「ザマーミロと思った国もあったはずだ」と言っただけ、当時アラブ担当だった私からすれば「何がおかしいの?彼女の言うとおりだよ」である)。日本だけではない、元ペルー大統領フジモリは22件の刑事事件で告発中だが、告発する側も糾弾が目的でほとんど難癖だからまだ一つも立証されていないし国民も本気にしていないから私の業務や日常生活にフジモリ問題が影を落とすことはない、どころかフジモリ人気は今だ根強い(フジモリ訴追を真に受け騒いでいるのが人権の衣を被った左翼政治団体日本アムネスティだが、彼等はフジモリの前任のガルシア政権時代の桁違いの国家犯罪は無視する、知ろうともしないのだろう)


【カモメのジョナ損】

人の通わぬ岩場で、雨の日も風の日も自分を信じて一人で釣りをしてたら、ある日ようやくアタリがきた。凄い大魚だ。最初にそこに釣り糸を垂らした彼の慧眼と勇気を、人々は褒め讃えた。かかった魚は獰猛なシャチだった、竿は大きくしなり糸は今にもちぎれそうだ。それを見た太公望たちが「俺も手伝おう」押しかけた、素人の釣り人もたくさんいた。しかし彼は「これは俺の魚だ」と自分の竿にしがみつき、気に入らぬ助っ人が差し出した手を払った。他の釣り人たちは諦めて、それぞれが背中を向けて勝手に釣り糸を垂らした。一人になった最初の釣り人は竿ごと海に引き込まれシャチの餌食になった。勝手を知ったシャチは同じように他の釣り人を次々に食べてしまい、岩場には誰も居なくなり、シャチはそのまま幸せに暮らしましたとさ、メデタ・・・くない!

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2005年7月 5日 (火)

情と運動

~座り込み後の運動を見据えて~                 2005年7月 5日(火)

私の親は戦後焼け出されて無一文・ゼロから始めたサラリーマン、子に残す資産も無く、わずかな年金で細々と暮らしている。その息子の私も40歳台半ばで持ち家もなく、高・狭・遠の賃貸マンション住まいで金のかかる中~高校3人の受験期の子供を抱え、日々汲々の生活だ。先日帰省したとき老いた両親に向かって「俺がもし外地で何かあったら、子供達はみんな退学・就職だな」とこぼしたら、父が「馬鹿ぬかせ、ワシらの食い扶持削ってでも孫にそういう思いはさせん、心配するな」と言い切った。自分の昔の苦労を無にしたくない、怨念に近い思いもあるのか。親が子を、孫を思う気持ちは誰も同じようなものだろう、だから拉致被害者家族が座り込みに至った姿に、つい自分の親の心境を重ねてしまい、私はたまらない気持ちになった。今の我々を突き動かしているのは、人間として内面から自然に沸き起こる情である。

しかし残念ながら、情だけで運動はできない。情が強いほど、危険性が高いほど、その行動には冷徹な判断と現実的な対応・采配が必要だ。1997年4月22日の夕方、日本大使公邸がいきなり爆音とともに銃声と煙に包まれたのを目の当たりにしたとき、「これで人質の大半は死んだな」と考え、全身総毛立つ緊張感の中で我々がまず行なったのは、人質家族の精神的保護とマスコミからの隔離、そして葬儀の手配だった(結果は奇跡的に日本人全員無事だったが・・・・)。救う会のリーダーの方々は何十年も運動の世界の裏表に通じてきた、いわばプロだから、運動論の技術的な部分はお任せし、我々はそのペダルを漕ぐ燃料補給となるべく情の補充拡大につとめたい。が、妙な動きにはカナリア役として、監視の目は怠らないようにしたい。

自ずと沸き起こる情では無く、理想・理念・理屈から麻薬のようにバーチャルな情を掻き立ててくれるのが宗教やイデオロギーだ、私はそういう、簡単に訳知り顔で利いた風な口を利く連中とその世界が嫌いだが、いざ運動となるとそういう組織のほうが強い。拉致事件を創価学会や左翼団体が本気で取り仕切れば、官邸・総連の糾弾行動も人間の鎖もとっくに完了し、動員数もマスコミ報道も総理コメントもこないだの座り込みの数倍あったかもしれない。しかし、この拉致問題は既成の日本式思想運動組織では根本的に解決しない、拉致被害者奪還運動は、我々日本人が自分たちの心の底に流れる人間の良心を掘り返し、それを、これからの子供達に伝えてゆく、大切な試金石でもあるように思う。

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2005年7月 3日 (日)

助っ人ヤンキー登場!? 嗚呼、頼もしくあり哀しくもあり

(座り込み後、いくつかのアメリカからのアクションをみて)

かつて私の子供が通っていたリマ市内の幼稚園の先生から興味深い話を聞いた。「他国から転入してきた子供でアメリカ人と日本人は対照的なのですぐに分かる、アメリカ人の子供は言葉が通じないのにお構いなしに英語のまま入り込み周りに話しかけリーダーシップをとりたがる、日本人の子供は言葉が通じないショックで隅に一人ぼっちでたたずんで涙ぐんでいる」と。大人社会も同じだなと私は思った。

拉致事件に対する今回のアメリカ人の助力には感謝したい。強く豊かで傲慢ゆえに敵も多いアメリカ国家だが、そこに住む国民の、他人の意見を真面目に聞き是々非々で判断する正義感と果敢な行動力は我々も素直に学ぶべきだろう。私が仕事を進める場合も北米連中相手だと仕事の道筋が明確で人間的性格も快活なのが多いから楽である(特に人間関係で気疲れしないのが助かる、アラブは付き合いは大変だが筋は通す、どっちもデタラメなのが中国・・・最悪である)。

アメリカ人の忌憚無い言動を、粗野・厚かましいと捉え、歴史の浅い新参国家が何言うか、と嫌うむきは少なくない。英国圏では米国製TV番組の影響で子供達の言葉に米式発音が混ざるのを露骨に嫌がっている年輩者がたくさん居たし、もともとイギリスに反感を持つフランス人はアメリカ的なものをさらに嫌いパリ・ディズニーランドも歴史あるパリ旧市街には作らせず設備はTDLより貧弱で現地人の人気も今一つ。あるアラブ人が「フランスでチーズ食べたら青カビはえてんのさ、フランス野郎ってなぁカビ食って気取ってんだぜ、ケケケッ」と馬鹿にしてた話をパリで紹介したら「カビチーズはワインといっしょにつまむものなの!酒の飲めねぇアラブが何ぬかす、おととい来やがれ」と反発した。フランス文化をけなすアラブ人、どちらもアメリカ的なものを嫌う。

単純な反米になれないのが中南米。地理・政治・経済的にアメリカ大国の庭でありいわば南北関係にある中南米国民はアメリカに対し反感と憧れのアンビバレントな感情を抱いている。アメリカ国家の横柄ぶりには反発しつつもその公正で豊かな国民社会に憧れ、マックもケンタッキーもピザハットも盛況で日本より早く6月に封切られたスターウォーズⅢは連日長蛇の列。英語教育も盛んで、金のあるペルー人は自分の子供をアメリカンスクールに入れたがるのが多い。先日出席した国際会合で私が当地の国語スペイン語で話しかけたら米語で答えたペルー人がいたっけ、しかも変に気取った口調でエーゴを話すのが鼻についた(この手の哀しい輩は日本人にもよくいる)。

フジモリはマイノリティー出身でありながら白人支配構造に楯突きアメリカまで敵に回したためアメリカによって独裁者のレッテルを貼られ事実上の国外追放になった。後任の世銀出身トレド現大統領はアメリカ傀儡でカミさんのエリアンカープはユダヤ系ベルギー人でイスラエル国籍も持ちトレド関係者にはユダヤ系が多く先週は麻薬密輸ユダヤ人を特赦したため騒動になっている。無為無策トレドの支持率は10%に落ち、訴追中のフジモリ人気の方が上回っている有様だが、昨年来の中国による資源買い漁りで原料国際価格が高騰している影響で資源立国ペルー経済も俄に潤い国民の不満は辛うじて抑えられている、が、北京オリンピック後に中国経済が破綻崩壊すればこの国の経済も崩れて1990年頃の狂乱インフレとテロに荒れる社会に戻る危険性を孕んでいる。

50~60年代のアジア・アフリカ植民地独立、90年代の東欧~中央アジア解放で国の数は増えたが、いまだに自国だけで自国を維持する能力のない、独り立ちできない国が、中南米に限らずたくさんある。国家安全保障については、残念ながら日本もそうである。軍事力も国家思想哲学もない戦後の日本の外交政策を進める上で、日本の経済・技術力の恩恵にずいぶんと預かりながら、企業の経済活動を“卑しいもの”と見下す空気が外務省内にはあり、パーティー外交ばかりで当てにならぬ日本の外務省に見切りを付けた通産省は自前の在外機関としてJETROを設置した。今の日本の実効性ある外交力は経済力だけだがその強大さは使い方次第で北朝鮮程度の小国を破綻させることも可能だ。しかし狡猾な中国はその日本の経済構造を自分の体内に取り込み意のままに差配するまでになり、自国の財界圧力を中国の手によって自分自身に向けられ身動きできない状態にあるのが、今の日本の姿ともいえる。

なぜ日本の国際問題対応能力はここまで劣化したのか。在外日本大使館主催の日本文化紹介イベントに顔を出したことがある、その日は茶道の紹介。日本の茶道の歴史について大使が英語で長々と説明している間退屈そうにしていた欧米人観客は、日本からやって来た高齢の爺さん師匠が和服で実演をはじめるとみんな色めき立ち覗き込み、終わったあとで質問攻めになった。この茶道師匠の爺さんはもちろん英語は全くダメで黙って作法どおりに行っただけだが、インパクトは大使の英語説明よりはるかに大きかった。国際化とは駅前留学に通うことではない。他人に媚びない、自分本来の価値観・哲学・文化・社会倫理がしっかりと確立していること、他人に語るべきものをもつことが、まず最低の条件だろう。

最近日本人もチーズを普通に食べているが私は今だチーズの何が美味いのか分からない。戦前派の私の父は決して食べない。「バタ臭い」の言葉が生まれたのと同じ頃におそらくチーズもバターと一緒に日本に入ってきたはずたが日本人の味覚には合わず根付かなかった。極めて好奇心旺盛な日本民族だが何でもかんでも無節操に取り入れてきたわけではない。日本人は自分の感性や価値観に合わぬものは異物として厳しく排除・峻別してきた・・・はずだが、ある時知人がフランスのカビだらけチーズを職場に持ってきてみんなに振る舞い「これはね、・・・」とウンチクを始めたので私はそそくさと退散した。毎年11月になると日本で意味不明の痴態が繰り返されるボージョレヌーボの馬鹿騒ぎなどを見ると(フランス人は高慢でクセが強くて食えない連中も多いが審美眼と味覚は確かにしっかりしていて、普段はスーパーで買った5~6ドルのワインで済ます-それでも十分に美味い-が年に一二度は三ツ星レストランで数百ドルのワインを飲みその味と価値の違いはしっかり認識していて味が気に入らなければソムリエにきっちりクレームを付ける、そこまで行くとホンモノだし嫌味は感じない。ボージョレヌーボーみたいな未完熟でジュース臭い赤ワインは体に悪いし、もともと新酒儀式用の酒で、ワインの奥深さを知っているフランス人はハナから相手にしないのだ)、日本人は戦後の自己喪失の過程で欧米ものならなんでもダボハゼみたいに跳びつく、自分の感性もプライドも無い卑屈な民族になりさがってしまったのか。民族の矜持に関する限り、私はアラブ人の誇り高き反欧米精神に私は共鳴する。

自立した先進国なら、あるいは後進国でも(アラブのように)誇りを持った民族なら、自国の問題にアメリカがしゃしゃり出てきてホッとするような、植民地・奴隷根性に近い卑屈な感覚は持たないだろう。北朝鮮拉致被害者を自らの手で取り戻せない限り、日本に国連安保理の常任理事国の資格は無い、隣国の政権によって暴力的にさらわれた自国民の安全も人権も守れず、数十年間ほったらかし、犯罪を渋々認め居直った加害国に抗議行動の一つも起こせない国の言うことなんか、“国際連合の安全保障理事会”では誰も聞かないって。

危機に直面し明治維新の改革をなしとげたのは、今の我々より遙かに情報が乏しく経済的に貧しくNOVAもTOEICも無い、しかし誇り高く崇高な民族自主独立の理念に燃えた、我々のほんの数世代前の祖先たちである(しかも20~30歳代)。その当時(少なくとも日露戦争まで)の日本人の行動と精神は今もアジア、アラブ、アフリカの多くの途上国が自国建設の範にしている。我々もここまで墜ちたら、もはや自分自身の過去に学ぶべきか。


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2005年6月20日 (月)

【情報と常識(コモンセンス)】

【情報と常識(コモンセンス)】 6月20日(月)

約20年前、東京勤務が始まった頃、朝の通勤電車内の異常なまでの静けさに違和感をおぼえた、満員の人混みなのに会話が聞こえない、無表情に吊革にぶら下がり黄泉の国へ向かう幽霊電車みたいに感じた(これと対照的なのが夜の電車の酔っぱらいのダミ声だが、どっちも“傍若無人”ってことは同じ)。先月一時帰国で眺めた通勤車内の情景、携帯を見つめいじってる者が増えたが基本的には変わらぬ、沈黙の混雑の中で背を丸め新聞、週刊誌、文庫本を黙って読んでいる者が目に付く。

会話交流に乏しい日本人だが活字やTVによる情報収集は好きだ。どの街の本屋も実に立派で様々な種類の膨大な本がギッシリと並びまるで図書館みたい、活字離れと言うが、まだまだたいしたもの。単身赴任で(海外駐在員に珍しく)ゴルフ嫌いの私はたまに時間がとれると日本で買い込だ本を読みふける。私の日本人同僚も暇な時間は良く活字(新聞・週刊誌・単行本・文庫本etc)を読んでいるし、毎日の昼休みにしおりを開けては文庫本の続きを読んでいる者もいる。その昔の学生街の食堂じゃ飯食いながらうつむいて膝上の漫画週刊誌読んでる学生が多かったな。敗戦後の進駐軍が「日本じゃ靴磨きが新聞を熱心に読む」と驚いたように、日本人の本好き・活字好きは特異なほうだろう。ある米人教師から「食事中にはもっと喋りなさい」と説教されたこともある、漫画を膝に置いて黙々と食べる日本学生に我慢ならない様子だった。

しかし溢れる情報に囲まれ常に情報を求める日本人が、情報に乏しい民族よりも常識に通じているとは限らぬ。今だ文盲のいるアンデス山岳民族やアマゾン流域の部族社会にも人付き合いのルール・常識はあるし、その常識・マナーは我々にもちゃんと通じる。ある欧米先進国の大学で、大人のつきあい・マナーを知らず留学先の研究室にこもりっぱなしで顰蹙を買っている日本人研究者を何人か見た。日本人の情報好きは、他人の視点を知識としてなぞり(宗教心に替わる?)精神的充足を求めているようにも思う。しかし情報は情報でしかない、情報を知識としてため込み常識(コモンセンス)と勘違いして虚の世界で満足してしまうなら危険だ。外地の本屋は「これ何屋だろ?」と思うくらい貧弱な本屋が多く人前で本を読む姿もあまり見掛けない。そして暇なときはよく人と喋っている。女の長電話は万国共通だが、男どうしでも何時間もず~っと喋ってられるし、生活の中の人付き合いも濃厚だ。

彼等は言いたいことを腹に溜めず生身の考えをキャッチボールする中で共通感覚(コモンセンス)が生まれ、その緊張関係の中でバランス感覚も育つ。私が業務上の交渉ごとで相手と揉めて難渋していたとき傍らで見ていたアングロサクソンから「面白い! エキサイティングだね、俺も加わろうか」と言われ、私は「好きでこんな苦労してんじゃないわい、こいつらDNAが根本的に違うな」と思ったものだ。しかし万事つつがなく安泰平穏を求める日本人が得る以上のものを、彼等は人間どうしの生の切磋琢磨の中で学んでいるように見える、それも幼い頃から。それは一方的メッセージをなぞるだけの活字媒体よりもポイントがずれないし、最終的にはそれがより効果的にコモンセンスを身につける方法とも言える。

宗教のない日本は組織や国家の帰属意識や抽象理念にその代役を求めがちだが、宗教と違い国家の教義は変わる。安易な思い込みは楽だが危険である。まず人間社会の基本常識(コモンセンス)を核としてしっかり身につけそれを情報(理論)で補強補正するのがいわば常道、これと逆にコモンセンスよりも情報(理論)が先行し、人でなしが人を語り始めると人が殺される、北朝鮮のように。今やさまざまな掲示板が百花繚乱であり、その仮想空間の中だけで張り切る者も多いが(私の妹がそうである、バカモン!)、同じ時間を生の体験・議論に向けた方がコモンセンスはずっと簡単に身につく。恋愛小説書くなら恋愛映画ビデオを1000本見るより3人の生身の女とのスッタモンダ経験の方が役に立つ。(そういや映画見て世界事情を理解したつもりの独裁者殺人鬼がいたな) ネットも本もしょせん単なる情報であり、情報・知識をいくら蓄えてもコモンセンスは生まれない。「若者よ、書を捨て街へ出よ」と言った寺山修二じゃないが、たまには少しPCの前を離れ街へ出て署名し集会に参加し座り込もう(私も帰国時に近くで集会がある場合は必ず参加する)、被害者たちの感覚(sense)を共有(common)する大切な機会だ。
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【自己の足元利益を守るためにも】

【自己の足元利益を守るためにも】 6月20日(月)

日本の組織腐敗の中枢は霞ヶ関にある。我々納税者から見れば、とりわけ日々の資金繰りに呻吟し社員の給与に身銭を削っている零細企業のオヤジからすれば、一列に並べて機関銃で撃ち殺したくなるような、ロクな仕事もせず役得手当をせしめる意地汚くいじましいフザケた血税の浪費が既得権・慣行として黙認され、当人達に罪悪感は全く無く、部外者が問題を指摘すると「俺達だって納税者だ!」「これも生活費に織り込み済みの必要な収入だ」という答えが政労協組合員からも返ってくる(恥を忍んで言えばかつてそこにいた当時の私もその慣行に無批判に従っていた)。組織体にはその組織と人間を守るための常識がある。ゼネコンの談合も当事者にとっては真面目で真剣な、実際に自分たちの生活のかかった常識、だれもがやってる必要悪、バレたのは運が悪いから、上の人間がコクミンノミナサマに頭を下げればよい、そこの労働者は「仕事が無くてもキヨク・タダシク、不正な談合するな」とは絶対に言わぬ、言っても思わぬ。拉致被害者を見殺してきた外務省には外務省職員に好都合な大切な彼等の常識がある。そしてそういうあまたの不正常識を暴き追及する正義のマスコミですら自らの常識の汚れにはゼネコン並に開き直り、弱者の味方が党是の政党が自分の組織に不都合な弱者の命は虫ケラ扱いすることを、拉致事件で我々は知った。だからダニのような総連にもダニ組織として守るべき常識があるのだろう。そして冒頭の零細企業のオヤジも可能な脱税の手だては試みているはずだ、当然。

古今東西人間が自分の身を守るのは動物としても当然だから組織・集団間の利害対立も当然生じ、自己利益のため相手を殴る場合もある、そして殴られた側に相手の事情を斟酌する義務はなく、殴った“敵”を糾弾し殴り返すか場合によっては殺して良いのが、衝突と和解の葛藤の歴史の中で(日本人以外の)人類が辿り着いたコモンセンスとしてのとりあえずのルールだ。なのに、今の日本はその常識の範囲が自己組織保全の姑息な利益確保の中だけで組織間のとりあえずのルールもない、ゆとりがない故にそういう状況に追い込まれているのだろうが、一歩引いてもう一つ上の共通のルール(コモンセンス)を確立しないといずれ個々の利益組織すら根本から崩壊してしまう、その危機を避けるために、大局的見地から英断大鉈をふるうのが・・・、オイコラ!、聞いてるか官邸と外務省。

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【沈黙の国民】

【沈黙の国民】  6月20日(月)

「『声なき声』に耳を傾ける」と語ったのは安倍晋三の爺さん、亡くなった今もA級戦犯のレッテルを貼られ貶され続けている気の毒な爺さんだが、元気だった当時はこの国の行く末を、「一億の国民をどうやって食わせるか」を、矜持を持って真剣に考えていた、だからアンポハンタイでない派は黙って後楽園球場に向かったのだろうが、今の小泉はロバの耳だからそうはいかぬ。

日本には確かにアラブ欧米のような露骨な自己主張の文化はない。私が入社後に受けたビジネス英語研修の中では語学教育とともにユダヤ系米人によるプレゼンテーションの技術指導もあった、そう、PEELSというやつ。ちょうどその頃、河野洋平がこのPEELSの教科書通りの仕草論旨構成でぎこちなく演説しているのをTVで見て、「あ、こいつ、最近習ったな」と思わず笑ってしまい、日本人は政治家でさえプレゼンが苦手なんだな(だからあの歳で改めて教わったんだろう)、同じ手法を10代に学校でしっかり学ぶ多くのアメリカ人が見たら実に滑稽だろうと考えた(今思えば河野洋平のレベルの低さを示したに過ぎぬ、日本人相手には日本流のやり方がある、角栄はその天才)。

日本じゃ“喜怒色に顕わさず”は大切な常識だが、最近の反日中国朝鮮人に限らずたいていの民族は喜怒、特に怒りは顕わしまくる、TVニュースカメラは毎日のように拳を挙げわめき泣き叫ぶ人々を映し出す。日本人でこういうのは、まず少ないし見る側も嫌う。サッカーの国際試合で日本選手はファールを受けても自己主張しないから損をするとの指摘があったが、サッカーの盛んな当地南米の連中と日々付き合う中で私も確かにそう感じる。しかし自己主張をしない日本人に意思がないのではもちろん無く、むしろ欧米以上に強固な哲学・行動美学・倫理感・正義感は綿々と培われており武士道・五輪書は欧米でも熱心に読まれている。口べたな我々もじっくりと丁寧に渡り合えば口先だけの連中に臆する必要はない、むしろ今問題なのは自己アピールの技術よりも、その前提の意思哲学がだんだん希薄になっていることではないか、口に出さないのは昔からだ、それより価値観、倫理観の喪失の方がはるかに重大だ、これまでの北朝鮮との“ねばり強い対話”の内容の無さがまさにそうだろ。日本の子供の頭からシラミを消した進駐軍のDDTのように、戦後民主主義の浸透の中で国民の底に暗黙の了解として潜在していた声なき声が消えていき、ふだん弱者の人権を叫ぶミーイズム蝉たちが中国問題・北朝鮮拉致事件の犠牲者の人権では一斉にぴたりと啼き止み、残るのは街宣ウヨクのガマガエルの声だけという、不気味な沈黙の春がきた。だったら、疲れ果て声も枯れかかった拉致被害者のために、我々が、拡声器になろうじゃないの。時と場合次第で雄弁は金、沈黙は鉛である。

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【歪な日本の人権運動の根源】

歪な日本の人権運動の根源】 6月20日(月)

三日間ほど当地の政府機関主催の講習会に出た。出席者は外資系の技術~財務関係者、最近の法改定に伴う投資環境・経済性評価見直し方法の講習。参加者は約50人で、狭い会場に机はなく椅子だけがギッシリと並んでいる。椅子の幅よりオトコの身体のほうがでかいから詰めて座ると隣のオトコと身体がくっついて気持ち悪い。私は早めに行って一つ空席を挟んで座ってたら遅れてきたペルー人オトコがその空席に割り込んでけっきょくギュウギュウになった。ペルー人はエレベーターや満員バスのギュウ詰めは嫌うクセに座席のギュウ詰めは平気みたいである。(ギュウ丼も食う)

で、講師がボードに書き出した数式を私が顔を上下させながらノートに書き写していたら、割り込んできた隣のオトコがこっちを覗き込んで私のノートからせっせと書き写しているではないか。おまけに私のメモを鉛筆で指して「この数字は1か7か」と聞いてきた(数字の1と7と9は日本と欧米で書き方が違うのでよくこんがらがる)。「・・・ったく図々しいし野郎だな」と思いながら教えてやったら、そのオトコは私の西語のスペルミスを教えてくれこっちが「ありがと」と礼を言うハメになった。

<上の文章で、オトコをオンナにすると主旨は全く逆になる。なお、アラブ圏ではひげ面のオトコどうしが手をつないで街の通りを歩いているのをよく見掛ける、決してホモではなく-イスラムで同性愛は重罪-そういう文化なのだが、あれも何だかなぁ。ロシア圏のほっぺにブチュ式の挨拶もいま思いだしても鳥肌が立つ。日本の文化でオトコが肌を触れあうのは相撲くらいで、張り手・突っ張りはそれをさかんに嫌がっている組み手なのである。>

(以上の話は前振り)で、講習会そのものは熱が入り、講師は話が巧く、受講者から活発な質問・意見が飛び交い居眠りする者はいない。それを三日間朝から晩までぶっとおし、休み時間は2時間に一回15分、ふだんノンビリ屋のラテン連中がよく気力体力が持つなと感心するくらいだった。私が通っていた頃の日本の大学教養部では出席や点数やカンニングに甘いいい加減な教授が「ホトケの○○」よ呼ばれいい加減な学生に人気があり、講義中の脱線話も好まれた。今回の講習会のような講師・受講者双方の真剣さは社会人講習だったからではない、学生も同じである、講師は講義という商品提供で収入を得て、受講者は自分の身銭を切った授業料分の元を取るべく貪欲に吸収し、その受講証明書を携えて会社に自分を売り込む、そういう教育現場の真剣・ドライさにおいてペルーは欧米型なのである、というより、学ぶ気のない学生を無気力教師が教えている日本の教育が極めて異常なのだ。

日本の大学教養部の存在、中でも無気力無意味な文系講座の発生は、戦後の学制改革における旧制高校教員の失業対策に端を発する。失業対策だからもともと研究教育へのモチベーションは低い。淀んだ水は腐る、そしてそこが“進歩的”社会主義思想の温床の場になり、不幸なことに人権問題もその場に収斂されていった。大学入試だけで全てが終わる日本の退廃教育を受けた学生と、ロクに論文も書かず社会運動に生きがいを見出した失業対策教授の負の相乗効果である。20数年前の授業料値上げ反対闘争のストの時、スト破りした(つまり真面目に受講し出席してきた)学生を叱り学問の自治独立を説教していたのは、まったくつまらない講義だが全員に単位を出すので人気のある法学教授だった。学問の独立、大学自治は、もともと市民の知的探求の場として政治とは独立して自然発生したヨーロッパの大学がその思想的根源だが、日本の大学はもともと明治政府がお上の命で国のために創った官製大学なのに根っこのない形だけの自治意識が甘えとして内在されたからタチが悪い、形骸化した正義感と甘ったれた選民思想。そういう異常な思想集団に日本の人権運動が絡め取られてしまったのは不幸な事態だった。彼等が大切なのは弱者よりも自分の依ってすがる思想立場であり、彼等が好むのは自分の思想に好都合な弱者、尻尾を振るポチであり、噛みつくポチは平気で薬殺対象になる、拉致被害者が典型的な例だろう。

私の父親は旧制中学中退、母は新制定時制高校卒、時代は敗戦直後、会社に就職した当初の彼等は当然のように赤色組合員だったそうだが、そのうち学卒エリート組合リーダー達の鼻持ちならない選民意識を嫌悪し組合活動から距離を置いたと聞いた、思想の先行したエリート共産党員は自分より低学歴の労働者たちを動物愛護対象の動物と同じような目で見ていたのだろう。小学卒の田中角栄を当初熱烈に支持したのは低学歴の社会的弱者たち、その角栄をつぶしたのも霞ヶ関の東大エリート官僚たちだった。

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【座り込みに向けて】

【座り込みに向けて】 6月20日(月)

隣国の凶悪な虐殺・独裁者によって略奪され殺されかけている家族・同胞を取り戻すために圧力を掛けるべき相手が自国政府だという現実を、我々は重く受け止めたい。

昭和20年8月15日、私の父は、広島陸軍病院の避難所で死んだ被爆者の遺体から剥がした軍用毛布を上官の命令で太田川の川辺に運び水に浸して、毛布こびりついた血膿を素足で踏んで洗っていた。玉音放送の知らせを聞いたとき無念さ・悔しさでその場に泣き伏したそうだが、その後占領軍支配が進むにつれて「もう古兵に殴られない、殺されることもないし、殺さなくていいんだ」と開放感を覚え、「自由にものが言える、民主主義、自由っていいもんだな」としみじみ感じたという。それから60年間、少なくとも制度上は定着したはずだった戦後民主主義の正体がしょせん与えられたまがい物だったことが、拉致事件とともに顕わになった。60年前、多くの人々が殺され日本の都市は物理的廃墟になった。その後60年間かけて、こんどは日本人社会の精神的廃墟化がゆっくりと、深く確実に進んできたのではないか。

座り込む拉致被害者家族の姿を見ても官邸は何とも思わないだろう、それで心が動くような人間の正義の血が流れているならとっくに動いている、彼等が気にするのは座り込みへの世論の反応である、ならば相手はそこを攻めてくる可能性がある、拉致被害者の無視黙殺と奪還運動のイメージダウン、日の丸・菊紋街宣車を応援派遣して「あれはああいう連中の政治運動だ」とレッテルを貼り世論を切り離すのは簡単で効果的だ、私が工作員ならそうする、注意したい。この座り込みはもはやオカミへの請願では無い、人間としての基本的生存権を我々が自分で確保するための反権力闘争だと認識した方が良い。

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2005年6月 6日 (月)

痛々し過ぎる

アンデスの声 さん 2005/6月 6日(月)

ここまで不条理が明らかになった段階でなんでまだ当事者が座り込まなきゃならんのだ、なぜ彼等をそこまで追いつめる、日本はなんちゅう未開野蛮な人権蹂躙国か、この恥さらし的事実・・・。

彼等は私の父母とそう変わらない年齢だ。私の親は人一倍健康に気を使ってきたほうだが加齢による体力の衰えは必然、誰も避けられぬ、たまに年に一度会うたびその老いゆく姿に一抹の寂しさを感じている。もし私が拉致被害者であり、両親が体力の限界に近い中で気力をふり絞りながら私を救い出すために苦しむ姿を見たら、「もう良いから止めてくれ、もういいよいいよ十分だ、ありがとうな」と自ら命を絶つかも知れぬ、絶望感の中で、無能な祖国を呪いながら。

日本の政治家よ、被害者と家族を、なぜこれ以上苦しめるのか、それで平気なのか、なぜ動かぬ。拉致だけが政治じゃないってか、あれはウヨクが仕切ってるからってか、政治家としての自分の思想信条党利私利に益がなければ動かないってか、それが大局的見地だってか、ご立派だよ。

それから・・、老人を「お年寄り」とその表現にまで気使うマスコミよ、しっかり報道しろよな。

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2005年5月10日 (火)

二極対立を超えて

二極対立を超えて    2005年5月10日(火)

一時帰国の荷造りをしながら聞き流していたNHK国際放送のTV画面が突然事故現場の中継映像に切り替わり、飴のように曲がり潰れて壁にへばりついた電車の映像に驚愕し「3名の死亡確認」の報に「あれが3名で済むはずがない」と思いながら空港へ向かい、四日後に日本へ着いたら犠牲者の数は100名を超えていた。

事故発生直後に消防・警察による救出活動が始まり、付近住民や工場の工員たちも救助の応援に駆けつけた。精神的にも未熟不安定な23歳の若者が数百名の命を預かり、短期間に3度も訓告・厳重注意処分を受けながらハンドルを握らせていたJR西日本の“温情”と日勤教育という陰湿情緒的な制裁制度も明らかになった。遺族やマスコミがJR西日本の「誠意の無さ」「官僚的対応」「営利優先」といった“精神姿勢”の瑕疵を責める中で、ある遺族が「JRも救助隊も事故現場では犠牲者を必死で助けようとしていた、誰かを責めて終わる話ではない」と語りTVコメンテーターもこれに同調する。遺族たちの怒りの矛先も、資本の利益優先構造を非難する側も、鉄道経営の道理、社会人としての筋、あるべき姿を訴えているのは同じ、事故をめぐるこれらの反応に私は日本を感じた。JR職員の敵前逃亡出勤やボーリング・宴会・ゴルフコンペは国鉄時代を彷彿とさせるが、当事者がカメラの前に曳き出され晒されて「軽率でした」と頭を下げて詫びている姿はやはり日本的である、懺悔がものを言う日本社会。よその国で懺悔が有効なのは教会の懺悔室と家庭の中くらいだ。

10年前ペルー南部のアレキーパ郊外に旅客機が墜落した。墜落現場にはすぐに郊外スラム街の住民が押しかけ散乱する遺品の略奪が始まり、遺体の口をこじ開けて金歯を抜く者もいた。遺族に対する航空会社の保証金は申し訳程度で「金が無い、無いものは払えない」と開き直り運行も再開、「中国の上海列車事故の場合と同様、この国の事故で死んでも死に損だから、保険には自分で入っとけよ」と教わった。外国の企業は社員教育にはあまり力を入れない。必要な労働技術は労働者が自分で身につけるもので資本家はその技術提供に対して対価を払う、労働者の技術は労働者の資産であり他人にタダでは与えないから日本式の社員相互OJT教育によるスキルアップは難しく、なまじ技術を教え込むとそれを自分の武器にしてあっさりと転職していく、特に日本企業での職務経験はハクがつく。労務ミスは一般的に個人責任、会社に損害を与えたら減棒か解雇、あのJR運転手も外資企業なら2度目の違反時点で配転か解雇されて事故も起きなかったかもしれない、欠けた運転手は新たに公募補填すれば良い。労働者の死亡災害では「社内保安規定はあり保安教育も法定どおりやっている、事故は規定を遵守しなかった被災者の責任」に帰されて、企業組織の保安管理責任が厳しく問われることは少ない。今回の福知山線事故のように加害企業のトップが犠牲者の家族を尋ね一緒に涙を流すことは奇異にさえ映る。被害者側も補償金は求めても、口先の謝罪や原因の解明や誠意あるコトバに興味は無く、まして「我々のような悲しい思いを二度と起こさないでほしい」などと被害者が加害者の倫理目標までご忠言するのも興味深い光景だ。進化した個人主義は何より自己利益をしばしば優先する。銀行から金を下ろして出てきた会計課員が強盗に襲撃され応戦した警備員が犯人を射殺したことがある、犯人が先に発砲したので正当防衛が成立、射殺は罪には問われなかったが、数日後に強盗犯の家族が銀行に押しかけてきた、「一家の収入源を失った、遺族の生活を保障しろ」と。

日本人社会には守るべき動議・道理がある、日本の中にいるとあまり意識しないがハタから見ると日本人の行動を拘束している、まるで宗教のような、日本社会特有の強い社会倫理規定である。しばしばプレッシャーになるその規定が日本の高度緻密な社会を維持している、秒単位の正確さで複雑な同時大量輸送を行う大都市圏の毎朝の通勤ラッシュの過密ダイヤ運転はおそらく日本人にしか不可能じゃないか(ラテンの連中にハンドル握らせたらその日のうちに全国で福知山事故が大発生するだろう)、われわれ消費者もその精密さを当然のように要求し、そしてそれが世界トップレベルの正確・安全神話を生み、厳しい環境基準対応技術、きわめて高度な品質管理を支えている。今回の事故でもその責任プレッシャーから徹底した原因究明と対策がなされるだろう、今回の事故は利益優先の資本の原則からも大失態である(ただし安全対策に便乗した役所の焼け太り-これは役人の常套手段-に要注意)。これも日本社会の徹底主義と強迫観念のなせるわざで、日本の安全管理・公害環境対策・品質管理はそういう失敗体験を徹底検証する過程で、結果的に世界トップレベルの精緻なシステムを築いてきた。現在JR職員は中堅の30代がごっそり抜けている、技術・安全維持にとって重大な欠陥構造であるが、こういう歪な構造にならざるを得ないほど、新規採用を10年近く中断せねばならぬほど経営体質を劣化させた主要因の一には往時の国労の無責任税金泥棒寄生虫体質にもあるわけだが、今回、安全対策へ向けて労使双方が協力を表明した、その姿勢は評価したい、過去の古臭く硬直化した労使二極対立を超えて実効性のある結論を出して欲しい。

今回の鉄道事故に見られるような日本人社会の几帳面性、徹底主義、道理思想が、かくもデタラメ理不尽な北朝鮮拉致事件においてなぜ今ひとつ全国民に拡がらないのだろう。

今年の花粉はひどかったそうだ。花粉症でない私にはちっともその苦しさが理解できないのだが重度の花粉症の私の家族によると「くっそお、奥多摩の杉林を焼き尽くしてやる、ソドムの怒りを受けよ」と温厚ペルソナがはがれるくらいしんどいものらしい。花粉はあっても空気のきれいな田舎や、排気ガスはあって花粉の無い海外では症状は出なかったのに、排ガス+花粉の多い日本の都市部に戻るたびに症状が再発する。花粉症は明らかに複合汚染による人災であるが、毎年国民の2割が数ヶ月も苦しみその間接的影響による死者は狂牛病による死者より多いだろうに農水省は動かない。対症薬による製薬会社のモウケより国民のエネルギー損失による国全体の損失の方が多いだろうに政府も国会議員も動かない。不思議である。花粉は政治問題にならないので政治団体が動かないから政治も動かないのか。交通事故の年間死者1万人と年間自殺者3万人を一日当たりにすると福知山線事故と同じ犠牲者が毎日発生していることになる。大切な家族をいきなり奪われた衝撃と悲しみに差は無いが単体の交通事故のニュース価値は低い。ニュースの重さって何だろう。我々の日常の99%以上はニュースではなく、その報道されない部分で人々は悩み苦しみながら生きている。芸能スキャンダルニュースは別として、ニュースの重さはその社会性にある。以前にみなさんの反発を食らったせりふを敢てもう一度言う、交通事故であれ病気であれ拉致であれ突然理不尽に奪われた肉親を思う気持ちに差はないが、社会的にとらえた場合、『人命の重さに差はある』。

北朝鮮がたまたま社会主義を名乗り日本の左翼連中がこの国に甘かった経緯があるので、拉致事件の露呈をきっかけに左嫌いの連中がワラワラと便乗して頭をもたげてくる。しかし鬼の首を取ったようにサヨク批判に固執している限り拉致事件解決には何の効果も無い。そもそも今の北朝鮮や中国が社会主義なものか、一党独裁の全体主義・差別主義国家だ。日本人駐在員の多くは先日の反日暴動を「官製やらせデモ」と認識しているしデモを知らない中国人学生もいる。中国国民の貧富の差も身分差別もひどく日本企業が中国人を現地採用する場合には出身地・学歴・親の職業(共産党員)を考慮“せざるを得ない”。そういう国を賛美してきた日本の左翼組織が拉致日本人奪還の役にも立たぬなら所詮彼らの人権思想レベルはその程度だったわけで無視してほっときゃいいし、それでなくても萎えているんだから、邪魔するならつぶせばよいが、叩くべき真犯人北朝鮮とその直属を叩く刀はむやみにあちこち返さない方がいいのではないか。東西冷戦は10年以上も前にとっくにおわり、世界の人々は新しい視点の中で個別に是々非々の判断で動きつつある。5月1日のメーデーの日に近くの公園に出向いたら、労働旗を掲げた初老オジン連中と日の丸掲げた右翼の街宣車、戦後60年間日本を浅薄皮相な二極対立構造で硬直化させてきた馬鹿の双璧が拡声器でわめきあっていた。

北朝鮮拉致事件は独立した事件ではない、その病巣は日本社会の隅々まで根を広げているから拉致事件だけを引っこ抜いてもまわりの土壌ごとひっくり返る可能性が高い。拉致事件を風化を狙う連中は右にも左にもまたがっているから、この問題に既存の左右二極対立を持ち込むと双方を敵に回し、中間的な浮動票も離れ、却って風化が進むのではないか、それは風化を望む連中の思う壺である。だから、二極対立を離れて「北朝鮮・拉致事件のみ」で攻めるべきだと思う。拉致事件は国家の根幹にかかわるきわめて社会性の高い大問題であり、拉致被害者の命をおろそかにすることは自国の崩壊につながりかねず、そうなれば鉄道の安全も自殺も交通事故も花粉症もBSEもクソも無くなるのだから。

2002.9.17以降、多くの日本人もマスコミも変わったが、総連も北朝鮮も金正日も依然として変わらない、こっちの変化に対応は相応に変えても彼らの本質は何一つ変わっていない、日本人の怒りも非難も全く堪えていない。創価学会や池田大作を非難する記事や本はもう何十年も前からたくさん出ているが池田も学会も信者も依然として変わらない。オウム真理教も同様。彼らはいつも壁の向こうにいて、外部からの非難はまったく堪えない。私は10数年前の朝生での『オウムvs幸福の科学』を見て「へぇ麻原ってホンモノじゃん、かたや幸福の科学はアホだな」と麻原に素直に感心してしまった一人である。その後のサリン事件で正体は分かったが彼らの心の中は殻の中に封印されてしまいわけが分からずどうにも後味が悪い。我々もむやみに相手に殻をかぶせると自分も殻をかぶってしまう、すくなくとも周りの浮動票はそう捉える、そういうことを避けたい、このご時世では先に殻を脱いだほうが勝ちだと思うのだが。硬直化した北朝鮮戦略を進め浮動票を引き寄せ声を拡げるには、そういう認識が必要ではないか。

私は、日本の中国侵攻と朝鮮併合は日本の国家犯罪と認識している。しかし中国へのこれ以上の謝罪や補償は不要、東アジアの平和のためにもODAは即刻廃止し、靖国参拝も中国が反対するならむしろ中止すべきでないと考えている。北朝鮮への賠償も現金正日独裁体制が存続し拉致日本人を全員戻さない限り無用、凶器を持ったキチガイへのODA援助など検討すら論外。反日デモ直後にバンドンで謝罪表明した小泉は、それを要請した財界・外務省は死の商人と売国奴に等しい。こう言うと二極対立に慣れた視点から「いったいテメエはどっちなんだ」と罵声が聞こえそうだが、私は日本でしか通用しない特定の政治家や政党が得しようが潰れようがあまり興味は無い、私が大切に思い傷つけたくないのは、日本人が生きる場として世界唯一の日本社会である。

日本上空にさしかかった機窓から見る成田空港周辺の地面があたり一帯水浸しになっていたので「すわっ、利根川氾濫か?」と驚いてよく見たら水を張った水田だった。南北米大陸の西海岸の大部分、アフリカ、中東、豪州大陸の多くは乾燥沙漠地帯である。そういう自然が殺伐とした国から日本へ来ると日本の気候の湿潤さ、自然の細やかさ・豊かさ・密度の高さを実感する。久々に眺める日本の山野はちょうど新緑に覆われ瑞々しく穏やかに輝いている。数年ぶりに陽光の中のヒバリのさえずりを聞いた。気候風土の異なる国の人々の気質はその土地の自然環境にも大きく影響されるように思える(同様な気候と気質の相関は日本国内の気質の地域差にも感じる)。マルクス資本論の形成に強い影響を与えたダーウィン進化論の支えとなったのは洋上に孤立したガラパゴス諸島の閉じた生態系である。この競争原理・自然淘汰の解釈に基づくダーウィン進化論に対し、豊かで穏やかな日本の自然の詳細なフィールド観察に基づき種の共存・共生原理から進化論を唱えたのが京大の今西錦司*である。ダーウィニズムの心棒者が支配する当時の日本の学界は今西進化論をことさら無視したが、今私は、日本特有の生態系観察に基づく今西進化論の妥当性を感じ始めている、その日本の自然が数千年にわたって育んだ日本人の気質を(その底に秘められた陰湿・残忍性も含めて)考える上でも。

祖国でのつかの間の休暇を終えて、明日からまた砂漠の地へ向かう。

*: 『ダーウィンを越えて 今西進化論講義』  今西錦司 吉本隆明 著 朝日出版社
20数年前の本なので絶版でしょうが図書館にはあると思います、平易な表現で読みやすい本なので興味ある方は一読下さい。

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2005年4月18日 (月)

家族の絆と、国との絆

家族の絆と、国との絆
         アンデスの声さん  2005年4月18日

今週後半から一時帰国予定だったので「よおし、24日の国民集会に参加できるぞ」と土日返上で業務をこなしてきたが野暮用が入って日程がずれ込み無理になった。どうか、盛況で実りある集会になることを、祈っています。

最近、当地の知人がアメリカとフランスへ移住した。自国での将来に見切りを付け、むこうに住む家族・親族をたよって国を去った。「日本に行って働きたい」という相談もしばしば受ける。日本の事情を知らなくても、街中を走り回るピカピカの日本車や店のデジカメ・電器コーナーを席巻している日本製品に日本がとても豊かで輝く国に思えるようだ(当地の日本ブランド製品の多くはmade in Chinaなのだが)。良い仕事、より豊かな暮らしを望んでコトバができなくても文化が違っても平気で国境を越えたがる彼等の感覚は、我々日本人とやや異なる。彼等が国との絆よりも大切にするのが家族や知人・友人との絆である。中東ベドウィン社会でも国よりも血縁ベースの部族への帰属意識がずっと強く、アラビア半島の地図に一部国境が描かれていないのもそのため、サウジアラビアの国名も“サウジ家が(ようやくたまたま)統一したアラビア”の意味、彼等にとって国家は道具としての組織体に過ぎない、が、人間は一人では生きていけない、国が頼りないとなおさら人は人との絆、家族や部族との絆をより求めるのだろう。

日本に何年も暮らした日本事情に詳しいガイジンがかつて私に「日本人の親戚のつきあいって年賀状とお葬式の時くらいでしょう、私たちはいつも普段から親戚や友人との関係を大切に育てているわよ」と語った。我々はそうまで日々努力して人間関係を創り出さなくとも、ムラ社会や職場組織への帰属意識と同様、海外へ出てもただ日本人というだけで一種安心感を覚える、日本国籍であることが一種家族体のような意識を我々にもたらしてきた。そういう、自分を無条件に護ってくれるハズだった国から見捨てられた時、国の脆弱さに気づく。国は国民が創り出し声を上げきちんと支え動かさないと、何もしてくれないものだと。国に見放された個人に残るのは親子・家族の絆だけだが、特定失踪者にはその絆さえ希薄だった者も多く、そしてそういう人が特に狙われた。国家が見捨てた彼等を我々国民も見捨てるなら、彼等を救う絆はもう残されていない。

NHKニュースで、今日も街頭で国民集会への参加を懸命に呼びかけている高齢の横田夫妻の姿を見て、ふとそう思った。

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2005年4月11日 (月)

鰯を侮るべからず

  鰯を侮るべからず  アンデスの声さん

もとより我々は拉致問題で自己主張・自己実現をしたいわけではない。強引にさらわれ人生を、命を蹂躙されて続けている同胞被害者を助け出したいのが原点、そこから自国への危機意識も生まれてくるが、当事者は拉致被害者とその家族であり、我々はサポーター、マトリックス、一山いくらの鰯の群れであることは了解済みだ。そういう素朴な素人集団ながら24時間体制で掲示板を維持したり自主的に集会報告をしたり街頭署名応援に出かけている方々には、たまに思いついて投稿するしか脳のない私には頭の下がる思いである。

掲示板で経済制裁を求める声がトーンダウンしたのは気移りしたからではなかろう、昨年末に気運があれだけが高まっても政府・政治家が何も具体的に動かなかったことへの失望感から“いったいどうしたもんかいな”との閉塞感はあるが(私の場合)、少なくとも国交正常化の動きへの歯止めは掛かっている、とにかく火を絶やさぬようあの手この手でこれがダメでも別の点から騒げばいい、ベクトルの向きと大きさに変化はない。

この拉致事件は普通の国なら総連・社民党本部・総理官邸の焼き討ち暴動に発展してもおかしくない、国民・国家の根幹に関わる危険でスキャンダラスな事件なのに、何となく国民が静かなのはそれが日本人の気質なのかとも思う。あの中国の暴徒の姿を多くの日本人は“下品”と感じ顔をしかめたんじゃないか。我々は露骨な自己主張のDNAに乏しい。しかし我々には我々の方法があるはずだ、感情を爆発させるより効果を考えたい、目的ははっきりしているのだから。

戦後まともな市民運動がほとんど育たなかった日本人の意識は市民運動後進国といえる(今の市民運動の多くは思想趣味クラブの思想活動に過ぎぬ)。この拉致事件解決をめぐる動きにようやく一般市井人による、運動を目的としない本来の市民運動の萌芽を感じる。我々の市民意識は未熟だし運動も素人だし、最善の方法はわからない、しかしだからこそ目的達成の方法が具体的に見い出せれば、鰯の群れは動くべき方向へ動く。もし仮に総理官邸焼き討ちが最も効果的手段となれば、私はそれに参加する。

周知の通りペルー沖は世界最大級の漁場で、日本マグロ漁船の基地もあり高級マグロは冷凍せずに日本へ空輸されている。今年は海水温が高めで鰯(アンチョビータ)がチリ沖へ南下したのでマグロも南下ぎみだ。漁獲量の大部分はこの鰯なのだが魚粉と魚油に使われるので魚屋に鰯は置いてないしほとんど目に付かない。日本の商社は利ざやの多い高級マグロしか相手にしないが、そのマグロを、そしてペルー全体の漁業を支えているのは、水温変化と潮に流されているだけに見える、アンチョビータの大群なのだよ。

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2005年4月 5日 (火)

法王死して私の下痢は続く

法王死して私の下痢は続く   アンデスの声
鳳凰は不死身だが生身の法王は死ぬ。法王の死を悼み喪に服するよう、ブラジルもフィリピンもフランスもイギリスも大統領が国民に呼びかけた(政教分離は世界の非常識?)。カトリック教徒にとってのローマ法王の存在感は我々日本人(少なくとも無宗教の私)にはどうにもさっぱりわからぬが、たぶん彼等にとって民族・国家を超えた、国連よりも大切な精神的拠り所なのだろう。

植民時代の布教活動により国民の9割がカトリック教徒(リマの宗教裁判博物館には改宗に応じない先住民に対する往時のすさまじい拷問の様子が蝋人形で再現されている)となった当地では、今回の法王死去で昨日緊急政令が公布され3日間喪に服することになった。本日月曜も朝から街全体が静まり各教会で追悼ミサが行われている。ふだん付き合う中ではあまり意識しなかった、自分の知らない彼等の精神世界を垣間見た気分である。

その昔、英国教会圏の大学に滞在中、下宿屋のオバサンから「日本人のあなたは仏教徒でしょう?」と聞かれ私が「いえ、宗教は無い」と答えたら目を丸くして「宗教無しに人は生きられない、神がいないとみんな自殺しなきゃならないでしょう」と真面目に語り始めた。宗教が当たり前の国において無宗教にはアナーキストの印象があり物言いには注意を要する。アラブイスラム圏の仕事していたとき必要知識としてイスラムの本は色々と読んだが本はあくまで本、彼等の信心の心の襞の奥には部外者には窺い知れぬ部分がある。南米担当になるとき経験者から「ここのカトリックはいわば浄土真宗、みんな賛美歌は歌うが門徒のお経みたいなもんで、聖書をまともに読んでいる者は少ない」と聞いた。若い頃にプロテスタントの洗礼を受けた私の母の聖書には所々に赤線が引っ張ってあったが、そういうクソ真面目なのが(特に日本人の)新参信者の特徴らしい。南米の人々にとってカトリックは別に何もしなくても最初から精神・生活の中に溶け込んでいる空気のようなものなのである。

日本の天皇、ローマ法王、北朝鮮の独裁者を(不謹慎ながら)並べてみる。天皇制に反対する一部の日本人も人間としての皇族個人を嫌う者は少ないはずだ、天皇制大嫌いなあの本多勝一でさえ日本山岳会で出会った皇太子の人となりについては好感を持って高く評価していた。ヨハネパウロ二世の人柄は宗教・宗派・民族の壁を超えて広く敬愛されていた。で、一部の狂信者に支えられながら民族国境を越えて蛇蝎の如く憎まれ嫌われている金日成・正日親子、彼等は何をめざそうとしたのだろう。自信と自惚れ、自覚症状は似ているがその判断を下すのは他人である。ある価値観を人々が精神風土として受け入れ消化するのは理屈でも強制でもなく自身の良心からであり、寛容と慈愛を欠いた社会思想はいずれ必ず破綻する、膨大な屍とともに。

ところで私は先週水曜日に親不知の抜歯縫合手術して以来固形物が噛めず牛乳に浸したパンとヨーグルトだけ食べていたらずっと下痢ぎみで、今日ようやく抜糸の予定だったのに法王追悼休日で歯科医院も休業、私の下痢はまだ続くことになった。

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2005年3月26日 (土)

北朝鮮の公開処刑について

北朝鮮の公開処刑について  2005年3月26日(土) 

(所用でしばらく日本のニュースから離れていてやや浦島太郎の気分ですが、拉致事件の状況はあまり変化がない、残念ながら。最近の動きをざっと拝見し「北朝鮮公開処刑ビデオ」への反応について少し引っかかったので感じたことを述べます。)

ブラジルにシュラスコという串焼肉料理がある。サーベルみたいに長い鉄製の大串に刺した牛の塊肉を岩塩だけで味付けし炭火で焼きナイフで肉を削ぎ落としながら食べる風土料理で、霜降り状に脂肪が入ったクッピンと呼ばれる瘤(首の後ろコブ)の肉は特に逸品である。ブラジルの片田舎で数ヶ月の仕事が終わったとき現地の連中がこのシュラスコを馳走してくれた。中型の瘤牛が村の広場に引き出され、一人の男が柄長のハンマーを牛の眉間に叩き付けると牛は赤土の上にどうと倒れ、その場で解体作業が始まった。抜いた血をバケツにため皮を剥ぎ肉と臓物を分け骨を割り手際よく解体が進む。私はこういうのはわりと平気な方だが、同行の日本人は青ざめてその肉をあまり食べようとしなかった。牛の解体現場は大勢の子供達が取り巻いて目を輝かせながら眺めていた、それはちょうど、私が幼い頃、台所で魚を捌く母の手元をワクワクしながら眺めていたように。

アンデス山中でバスが転落した。そのバスに乗っていたはずの同僚を捜しに他のペルー人スタッフと一緒に現場に駆けつけたら、草原の上には約20名分の損傷した死体がまだ転がっていた。うつ伏せの遺体は後ろ髪を引っ張り顔を起こし覗き込んでは仲間の死体を捜しているペルー人たちの姿を少し離れた場所から眺めていて私は気分が悪くなり草の上に吐いた。当地では事件・事故の遺体の映像をそのままニュースで流す。公邸事件で射殺され階段の踊り場に仰向けに転がるMRTA首謀者セルパの遺体もそのままテレビ放映された。先週の朝のニュースで、誘拐・殺害・死体遺棄された下着姿の中年女性の死体が用水路の水門にゴミと一緒に引っかかってうつ伏せに浮かんでいるシーンがアップで映ったときはさすがに口に入れかけた朝飯の目玉焼きを飲み込めなくなった。焼き豚に巻き付けるタコ糸のように、膨らんだ背中にブラジャーの背ヒモが食い込んでいる光景がいまだ目に浮かぶ。植民地時代の白人入植者の数千体のミイラ(白骨)が並べられたリマ・サンフランシスコ教会のカタコンベ(地下墓地)は観光名所のひとつであり、プレインカ時代のミイラを自宅に飾っている御仁もいる。人の死体の扱いは民族・文化が違えばかく異なる。

サウジアラビアでは今も公開処刑である。テレビ放映はされないが、月に一度、各都市の処刑場に行けば誰でも見ることができる。死刑になるのは不倫・同性愛者が多い。死刑の受刑者は何か飲ませられているのか引き出されたとき既にフラフラになっている。不倫の男は刀で首を切られ、女は下半身を地中に埋め頭部に石を投げつけて殺される。イスラムで同性愛は重罪のためレイプした同性被害者を口封じのため殺してしまい殺人罪として裁かれる場合が多い。麻薬は死罪だが酒の密造は鞭打ちの刑、これは数が多いので受刑者が順番に並び鞭打つ側も手が疲れるので複数の執行者が交替で行う。これらの処刑は全てコーランの規定にのっとったいわば宗教儀式で淡々と行われる。不倫女の処刑方法もコーランの規定で「女の首は切ってはいけない」ためである。

日本のテレビが逮捕者の手錠にモザイクをかけるようになって久しい。逮捕者の“人権”を守るためか、子供への悪影響を恐れてのためか知らぬが、私の父は18歳の時に広島で何千人もの死と死体を目の当たりにし腐乱した死体の処理を何日も続けた悲惨な体験をしながら人や生き物の死には深い思いを抱いていて、飼っていた金魚が死んでも墓を作って弔うように幼い私に命じた。私の実家の近所に、前原一誠の乱の首謀者たちの処刑を幼い頃に目撃したというお婆さんがいた。「首が切れる瞬間にゃ“シャバッ”ちゅう音がしての、首から血がピューッと飛ぶんよ。」 幼少時に公開処刑を目撃したこの婆さんは決して人命を粗末に考えるような人ではなく、路傍の地蔵にも手を合わせる人だった。今の日本は人の死をことさら隠すことで、むしろ興味本位で見たがる、はたまたバーチャルと混同してしまう未熟なバカが現れるのではないか。かつて日本で処刑は公開されていた、京都三条河原は明治まで続いた獄門さらし首の場だ。そして今も日本に死刑はある。民主主義国家が国民を処刑するのであれば、その国家の主体である国民はその事実から目をそらすべきではなく、真の民主主義国家ならその処刑を国民に公開すべきともいえる(・・・ま、現実にはそうはいかぬでしょうが、私が言いたいのは、きれいにパック詰めされた牛肉を買ってきて美味そうにスキヤキを食うなら、その背景の事実を屠殺段階から、その生命の重さとともにきちんと理解しておくべきではないか、ということ)。

今回の北朝鮮公開処刑映像も、処刑が公開であることを問題にすると視点がずれるのではないか。我々が問題にすべき点は処刑の公開・非公開ではなく、あの受刑者達がなぜ処刑されたのか、“金正日という個人”が北朝鮮国民を情報閉鎖により一方的に洗脳し一方的に虐殺しその虐殺シーンを使ってさらに恐怖支配しているというおぞましく野蛮な強権支配の事実証拠としてあの映像の意味がある。一方のサウジアラビアでは北朝鮮と違い外部情報は(ヌード画像を除けば)結構正確にに入っており、彼等は他の世界も知った上で、酒や売春のはびこるだらしない世界を忌み嫌い、イスラムの戒律を至上の価値として自分の身を委ねている。サウジのイスラム教徒を律しているのは脂ぎった生身の野蛮な他人ではなく自らの強固な信心であり、その個人的信心に基づく戒律社会の決めごとによるサウジの公開処刑を欧米の“人権屋”が野蛮と言うのはお節介かつ“解放”に名を借りた中東支配の口実に過ぎぬ。したがって、サウジの公開処刑はちっとも野蛮ではなく、北朝鮮の公開処刑は野蛮極まりない、と私は考える。
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2005年2月 8日 (火)

多国間協力を求める前に、我々が第一当事者であることをまず自覚すべし 

多国間協力を求める前に、
我々が第一当事者であることをまず自覚すべし  2005年2月8日(火) 


 西日本生まれの私には宮城、岩手、茨城、栃木、福島あたりの位置関係がどうもピンとこないし、かつて私の出身地を「ヤマグチケン? あぁ、あの四国の」と抜かした東京バカッペ学生もいたくらいだから、地球の裏にあるエクアドル、コロンビア、ペルー、ボリビア、ウルグアイ、パラグアイなどの国の正しい位置関係と国情に明るい日本人は多くないだろう。これと同様に、一般的南米人は日本、韓国、北朝鮮、中国、台湾事情の知識は乏しく東洋みんなまとめて“チーナ”であり、人々は直接利害関係のないことに疎く、拉致事件の話をしてもたいした感想も返ってこない、「他人の痛みは我慢できる」のである。

 欧米中諸外国の威(意)を借りガイジンの言葉尻をもって持論を権威づけたがるのは左右問わず島国“拝外”日本人がよく使う手だが、北朝鮮事件の対処に国際社会への過分な期待はしない方が良い、まず南米の連中が殆ど役に立たないことは保証する、アフリカ諸国も似たようなもの、自分たちの問題で手一杯だ。その地理・歴史背景も含め、北朝鮮拉致事件の解決はハタからすればまず日本自身の問題であり、協力を求めるにしても、当事者である我々が今まで何をしてきたか、今、そしてこれから何をどうしたいのか具体的に明示できなければ他人は動かないし、助けようもない。日本の一部に妙に信望者の多い国連も基本的には各国の自国利益主張の場であることは、北朝鮮非難決議に反対した国のリストも示している。

 今のところ他国にとって拉致事件はヒトゴトであり印象も薄い(これは日本政府のアピール不足もある)が、長期独裁暗黒恐怖政治支配による自国民数百万人虐殺・他国民数百~数千人拉致誘拐の詳細な内実が暴かれればインパクトはある。解放後の北朝鮮領土内には、アウシュビッツやセネガル・ゴレ島(奴隷集荷場所)と同様の『人類の恥の遺産』がいくつも確認され、半世紀以上にも亘り人民が弾圧・虐殺され続けたおぞましい恐怖の実態を、いずれ南米の子供達も学校の教科書で学ぶことになるだろう。

 その歴史教科書の中で問われるのは、かかる惨状がなぜかくも長年放置されたのか、なぜ道理がひっこみ犠牲者の叫びが封印され続けたのか、その間当事者たちはいったい何をしていたのか、事件当時(すなわち現在)当事者の日本人がその危険困難な状況にどう真剣に取り組み果敢に行動し同胞や朝鮮人民を解放したのか、ということになろう。そして解決できなければ記載もされない、あるいは不名誉な傍観者、幇助・加害者として欄外に載るのか。 “日本人の民度”が世界史の中で末永く語られ問われることになる。

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2005年1月20日 (木)

結論ありきの取材はあり得るが、その結論のズレが問題なのだ

結論ありきの取材はあり得るが、その結論のズレが問題なのだ 2005年1月20日(木) 

 ペルー日本大使公邸事件の最中に検問を勝手にくぐり強行突入取材し現場を危険な状態に陥れたテレ朝H記者。人質を危険にさらす暴挙だと非難されると朝日側はNステ等で徹底して弁明し開き直った。

朝日コメント:「H記者の取材は記者個人の判断で行った行為、社は関係していない」
アンデス見解:大嘘である。他のクルーも乗ったテレ朝の車が彼を公邸横まで運んだのだ、実はそのテレ朝の車のすぐ後ろを私は走っていたのだよ。そして突入取材の夜、テレ朝取材チームが人質家族のいる日本食レストランで「Hよくやった」と祝杯をあげ大顰蹙を買ったことは、二年前の第1回投稿で述べたとおり。

朝日コメント:「マスコミとしては公邸内部の状況を国民に知らせる義務がある」
アンデス見解:H記者はほとんど何も情報を取れなかった、なにせ質問メモをオドオドと読み上げるだけなんだもん、人質は怒って無視するしテロリストもあきれていた。彼の行為は現場の緊張を高め混乱させただけ、クソの役にも立っていない、こういう意味のない報道は義務でも権利でもない。

朝日コメント:「彼の勇気ある行動がなぜ非難されるのかわからない」
アンデス見解:彼は勇気の無いただの気の小さい男である。公邸横の路上で立ち話をしていた我々に、おずおずと名刺を持って割り込み「あのう、次回の解放について何か情報はありませんか」と聞くので「そんなこと分かるわけ無いでしょう」と答えたら「まだ邸内に残っているオタクの関係者の人質のお名前は?」と言うので「そんなことを公前で聞くなよ、自分で調べなさい」と声を荒げたら暗い顔で去っていった(その時の名刺は記念に取ってある)。彼が強行取材をしたのはその二日後だ。気が弱く出来の悪い彼は朝日の鉄砲玉、「生け贄」にされたのだろうと我々は想像した。

取材ついでに彼は邸内にラジオ無線機を残していき、テレ朝はこの無線機でこっそり録音した人質の肉声テープを人質家族へ持ち込みコメントを取ろうとした。人の命がかかっている張りつめた現場を勝手に引っかき回すテレ朝に我々は激怒し記者クラブ出入り禁止にした(がこの措置について“報道の自由侵害”のクレームは来なかった、さすがに疚しさを感じたのだろう)

巨悪を暴くのも個人のプライバシーを侵害するのもマスコミの取材は一義的には自分の組織のための取材であり、効率的に記事を作るためには予め想定した筋書に沿って取材せざるを得ない(全くの白紙からの取材など無い)。どのマスコミも似たようなものだろうが、朝日の場合はその筋書きが現実とズレ過ぎているからボロが出やすいんだろう、誘導が過ぎるともはや機関誌であり、朝日流の筋書きが今の社会では通じにくくなってきたたということではないか。じっさい、このマスコミは拉致事件解決に関してはほとんど貢献していない。

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2005年1月11日 (火)

北朝鮮の核弾頭が日本人を無差別大虐殺するリスク」の一つの捉え方

北朝鮮の核弾頭が日本人を無差別大虐殺するリスク」の一つの捉え方 

 2005年1月11日(火) 



私は「今乗っている飛行機が墜落する可能性は万が一以下だがゼロではない」とのニヒリズム(諦観)くらいはいつも持ち合わせながら日本まで米国経由片道20余時間の機中に命を委ねている(尤も2001.9.11以降米航空会社の飛行機は避けているが)。

「ソウルが火の海になる」などの北朝鮮のこれまでのテロの脅しは全てブラフ(はったり)だった。その一方でラングーン爆破テロ、大韓航空機爆破、外国人拉致、自国民虐殺などあまたの実際のテロ行為は、予告無く秘密裏に着実に実行し、バレたらシラを切るか逆ギレして下品にわめき散らす、こういうルール無視の、喧嘩のモラルの片鱗も恥も外聞もない小心者特有の意地汚いやり方が北朝鮮の常用戦術である。

だから今回の「経済制裁を宣戦布告と見なす」を額面通りに受けるのは馬鹿げているし北朝鮮の謀略にはまることに他ならぬが、かような狂人国家がいきなりミサイルを発射する確率は確かにゼロではないし、様々な汚い謀略を仕掛けて来る可能性は十分ある、日本の社会インフラを一時的にマヒさせるくらいは可能だろう。しかし制裁しなくとも北が同様なテロ・謀略を引き起こす可能性も十分あり(もうすでにやっている)、日本のメシで体力を付け野放しにされた刃物を持った狂人は間違いなくさらに殺人を重ねるだろう。「制裁を宣戦布告と見なす」という狂人のブラフに応じるのはこのリスクの先送り、どころかいずれ今以上のリスクをもたらす。そして経済制裁をする場合もしない場合も、さらわれた邦人同胞が全員無事解放される確率はそれぞれ100%でもゼロでもないが、制裁発動により金正日体制崩壊と解放が実現する“可能性が高い”と判断するから我々は制裁を強く要求している。

避けられない危機に直面した場合、リスク・ゼロの確実な解決方法は無いのが普通であり、リスクのより少ない方法を採択するのが危機管理の基本である、もちろんリスクを下げる可能な対処方策を予め講じた上で。そのリスクは①加害当事者、②被害当事者、③第三者の3極を頂点とするダイアグラム上のスタンスの違いで異なる。①加害当事者の金正日にとっては日本からの搾取で体制を強化・堅持し拉致被害者を社会から抹殺してしまうのが最も(自分が殺される)リスクが少ない。そして当然ながら、②の拉致被害者とその家族、同胞の解放を願う我々日本人にとってのリスクは金正日とは正反対になる。もはや①加害者と②被害者の平和的共存・共栄はありえない。そして③第三者の中で代案もないのに経済制裁に伴うリスクを針小棒大に言い立てるのは無責任な事勿れ主義者の問題先送り(あるいは北の幇間)に過ぎない(それを北朝鮮と南朝鮮の区別も知らぬ南米の人間が口にするなら分かるが)。

机上の空想・理想を現実にこじつけ「あってはならないこと」を「あるはずが無いこと」と勘違いして本当の意味の危機回避やリスク管理の努力をしてこなかった戦後の日本だが、今年は少し真面目に考える必要がありそうだ、ツケを払う時は必ず来るのだ、我々日本人だけが地球上で特別な存在ではない、毒素と腐腫瘍を孕んだヌエのような今の中国・北朝鮮に隣接する日本にとって、イラクやチェチェンの事態は対岸の火事ではない。中国・朝鮮半島が5年後、10年後、さらに100年後も今のまま安寧に存在し続ける可能性よりも、その体制が破綻し崩壊の過程で周囲も巻き込み数十万~百万単位の犠牲者が出るリスクのほうが相当に高いと私は考える。「経済制裁してテポドン撃たれたらどうするんだよ」と問題先送りモラトリアム派が脅してきたら「今日何もしないで明日殺される可能性の方がずっと高いから心配しなさんな」と脅し返そう。もとより不完全な人類が不完全な人類社会で生きる覚悟とはそういうものではないか。

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2004年11月24日 (水)

殺される側にならぬために

殺される側にならぬために   
  アンデスの声さん  2004年11月24日(土) 


政策〔policy〕を実現するために戦略〔strategy〕が、その戦略の具体的展開方法として戦術〔tactics〕がある。民主国家であれば政策と基本戦略については国民への事前開示と支持の取り付けが必要だが、個々の戦術まで公開するとその意味が無くなるのは新人さんの指摘通り、むしろ私が気になるのは戦術以前の日本の対北朝鮮政策と戦略である。政策(まず全員奪還ありき)と戦略(圧力行使)の方針はむしろ相手にはっきり示したほうが効果がある。しかし表向き「まず拉致被害者奪還」を唱えながら真意は疑わしくその戦略も「圧力と対話」か「対話だけ」なのか、どころか敵の言いなりだ、そのような煮え切らぬ状態のまま戦術の一つ経済制裁の功罪の罪のみが表だって取りざたされる、こういう足元の定まらなぬ姿勢を凶悪狡猾な敵の前に曝すのはみっともないだけでは済まぬ、極めて危険な自滅行為だとなぜ感じないのだろう、もっと痛い目に遭わないと分からないのかと危機感を覚える。

一方の北朝鮮の日朝交渉への構えは盤石である。目的は「金正日独裁体制存続」、その戦略は「恫喝と略奪」、具体的戦術は「殺人、誘拐、脅迫、洗脳、虚飾うそ偽り、ならびにその実動工作組織の相手中枢への浸透。」 邪悪な前近代的ヒトゴロシ国家の謀略そのものだが、その効力は今回交渉に臨んだ日本側の体制よりもずっと“強い”。

似た力関係をサンティアゴの日中首脳会談にも見る。原潜領海侵犯、尖閣諸島侵攻、中国人凶悪犯罪など現在日本社会を脅かしている自分のあまたの不義理はシラッと流し、唯一のカード“靖国”で逆に日本を脅し、ついでに戦前日本を“ファシズム”とまで言った。日本の首相が靖国参拝しようがしまいが今の中国に利害が生じるわけではないのに中国が毎度「被害者意識」をタテにこれを持ち出すのは、抗議が実利につながるからである。中国の恫喝にさっそく幇間よろしく社説に「言い換えれば、靖国問題を打開できれば、少なくとも当面の日中関係にそう心配はないという現実が見えたと言っていいだろう(http://www.asahi.com/paper/editorial.html)」とまで書いてくれる御用新聞も確保している。これも日本社会の脆弱な部分を突いた中国らしい外交“戦術”だ。中国の対日基本戦略は“圧力=脅し”、その政策目的は“中国への利益誘導と中国国家体制護持”である。したがって国交樹立後30余年間、中国から日本へもたらされた恩恵はほとんど無く中国による一方的搾取略奪、この国に日本の北朝鮮政策に対し社会正義からの協調連帯を期待するのは無理、中国(に限らずだが)は自国独裁政党の党利でしか動かぬ。

それにしても、往時の日本を仮にファシズムと(彼等が勝手にそう)とらえたとしても現在の相手国首脳に面と向かってこれを口にするのは非礼きわまりない、相手次第ではとても危険な挑発行為であり、これまで数千万の人民を殺した/今も殺し周辺国を恫喝する国家の独裁政党のボスにそこまで言われるなら、「我々日本にも反ファシズム勝利記念館が必要にならぬよう、北東アジアの平和非核化を願っています」とサラリと応酬するくらいの気概が国家首脳には必要なのに・・・、小泉の狼狽振りに胡錦涛は内心呆れてんじゃないか。

長い歴史の中では正義が邪悪に勝ち続けてきわけではない、むしろ、断罪処刑されたヒトゴロシの数よりもヒトゴロシに殺された側の数の方が圧倒的に多い、ここ南米史だけを見てもスペインによる植民地侵略だけではない、スペインに侵略虐殺され滅亡したインカ帝国はその帝国拡大過程で自らすさまじい他民族浄化を行っており当時の先住民族間の力関係は今も残る、弱いものが負け歴史から消えていく理は昔も今も変わらぬ。正義は必要だが脆弱な正義は負ける、負ける正義は正しくない、いや、負けてはならぬというべきか。そういや「侵略されても抵抗せずに殺されましょう」と公言した党首がいたな、陸続きの大陸ではそういうオメデタイ民族はご希望通りとっくに消滅してしまったのだろう。

自分の利益生命を守るための方策について日本はこのしたたかすぎる隣国中国・北朝鮮との接触の中でこそ身につけるべきだ(そのままマネしてはいけない)。「人を殺さないため」はごもっとも、しかし今の日本人はまず「自分が殺されないため」の政策+戦略+戦術を身つけねばならぬ。

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2004年11月22日 (月)

制裁する・しない、小田原評定の段階は過ぎた

制裁する・しない、小田原評定の段階は過ぎた 
2004年11月22日(月)

この板は「拉致被害者を救いたい」意志があるなら少々の考えの違いや思想信条にはこだわらない(はずだ)、小泉評なんて5月22日を境にもう気の毒なくらいボロクソ、これも目的が具体的かつ明確なので自ずとそうなった、事実を前に君子は豹変するのであります(変われないカルト思想諸君、羨ましいだろ)。でも、目的が同じでも手段までみ~んな全く同じというのも気味が悪く、自分の考えを相対化する上でも新人さんの書き込みにややホッとしました。

私は、経済制裁に100%確実な効果がありそれだけで全てが解決するとは思わないが、やる必要は100%あると考える。相手に全く誠意が無く交渉は暗礁に乗り上げたまま2年以上たっても先が見えない以上、可能な方法は試みる、まず石を投げてみる、やってみる、寝た振りを決め込む相手をゆすり頬をつねってみること、そして反応を見ながら次々に手を講じる、中・露・韓が妨害(=北朝鮮へ援助)するかどうかもやらずに案ずるより、日本が制裁発動することで彼等の立場思惑がより鮮明になる、妨害するなら個別に抗議制裁すればよい、もともと相手は近代社会の常識・ルールの全く通じない連中だ、最善の方策は(机上論ではなく)走りながら考えれば良いではないか。

官庁では国会質疑に限らず記者会見などの前には関係担当者総動員ねじり鉢巻きで「想定問答集」を作る。ああ言われたらこう言う、すなわち「ワタクシどもはまちがってはおりません」のためのマニュアルづくり。リスクを伴う制裁措置のような思い切った決断ができない背景には、さいしょから明確な妨害意志のある北朝鮮利益グループだけでなく、「後でまずいことになったらまずい」というマニュアルことなかれ役人気質も大いに作用しているのではないか。役人が気にするのは「世論」と「自分の瑕疵」、向こう傷を容認する世論が形成されれば、政府も動きやすくなる、そのためにも制裁発動のための世論形成が大切と考える、「世論が騒ぐので中国原潜の領海侵犯に正式抗議」なんて実に情けない話だが、日本政府が情けないのは我々は拉致事件で十分に学習した、これはもうしょうがない。

ところで何もしないうちから「制裁は効果がない」や「危険」などと(政治家であれマスコミであれ)しかるべき立場の人間がベラベラと喋ることで制裁の潜在効果そのものも削がれてしまう、こういう際どい外交にポーカーフェースは当然だろうに、・・・わざとやってんのかな。
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2004年11月17日 (水)

拉致事件と日の丸

拉致事件と日の丸
2004年11月17日(水)

4月30日の日比谷集会の後、デモ行進のために配られた日の丸の小旗に抵抗を覚え、私はデモの隊列から離れた。当時ポークさんから「そこまで気にしなくても」という指摘を受けたが、私もなぜ気になったのだろうと気になっていた。

私は日本人、その文化、歴史、社会を含めての「日本」を大事に思う気持ちはきちんと備えているつもりだ、特に海外での様々な場面に遭遇する中で、自分の祖国日本のかけがいのない大切さを、理屈よりもまず実感として身に染み込まされてきた。

しかし、私は右翼の街宣車の日の丸を見ると吐き気に近い嫌悪感を覚える(これは彼等の構成員の多くが在日ヤクザと知る前からそうだった)。武道館を訪れたついでに近くの「物議の耐えない例の靖国」を訪れたとき、隅に止めてある日の丸街宣車と戦闘服集団を見て「ああ、やっぱりこういうことだな」と胸クソが悪くなった(が、境内に私の郷里が生んだ大村益二郎の像を見つけたときは、フンフンと胸を張って「これがな、・・・」と自分の子供たちに説明していた)。

日本の学校の校庭に掲揚してある日の丸は自然に映るが、強制問題が生じてからの卒業・入学式の日の丸・君が代には、それまで感じなかったよじれた抵抗感が生まれた。リマ日本人学校*に日の丸とペルー国旗が並んで掲げてあるのには好感を覚え、ペルー人との連帯感とともに「頑張れよ~、ニッポンの子供たち」と声をかけたくなる。遠く離れた異国の地で日本大使館の屋上にはためく日の丸と玄関の菊の紋を見るとなぜかホッと安堵し、外国船のひしめく港の中に日本のマグロ漁船の日の丸を見つけると「お、はるばる遠くまで、日本人の台所のためにがんばってんな、丘の夜の散財はホドホドにな~」とエールを送りたくなる。

中国大陸で日本軍の日の丸を見た中国人と日本人は、もちろん、それぞれ全く逆の印象を抱いたはずだ。そしてその当時の中国人の立場でのみ、何が何でも日の丸を『』カッコ付きで捉えたがる日本人がいる。拉致事件被害者奪還運動の日の丸にカッコを付けてはいけない、それでは真の国民運動にならないし、敵はカッコを付けレッテル張りによる妨害を狙っている。ブルーリボンの生まれた意味もそこにあると私は考える。日比谷公園で私がデモの列を離れたのは、その日の丸にカッコを警戒してしまったためだ(真偽は配布を決めた当人に聞かねば分からぬが)。

1996年12月17日の宵、ペルー日本大使公邸の庭の壁を破り爆音・銃撃音とともになだれ込んできたゲリラの戦闘服姿を見た多くの出席者は絶望的な恐怖に襲われたが、事情に詳しい者はゲリラたちの胸のマークが(凶暴なセンデロよりマシな)MRTAであることに気づき「あ、これですぐに皆殺しになることはない」と“安堵”した。そして4ヶ月後、同様な爆音、銃声とともに突入してきたペルー海兵隊の戦闘服は、囚われていた人質達にはまさに救世神のように輝いて見えた。

北朝鮮に囚われている日本人被害者を武力救出することになった場合、救出に来る兵士たちの腕に「UN」でも「USA」でもなく、もし「日の丸」があれば、その「日の丸」を見付けた日本人人質達はどんなに感激することだろうと思う。残念ながらそれはできなくとも(そういう事態にはならぬ方が良い)、日本人被害者の救出活動は我々日本人が、つまり“日の丸”が常に主体的に主導して当たらねばならない、それはもちろん、カッコの無い日の丸である。

ところで。 「すみませんでした...また、日本へ戻りたいです」と、か細い声で語っていた香田さんはアメリカ国旗の上で惨殺された。星条旗の上に押し倒された時、彼の目には遠く日の丸が映っていたのではないか。日本は、彼を救えなかった、いろいろな意味において。彼の祖国では死んだ者は全て仏になる。改めて合掌。、

リマ日本人学校 のスペイン語名称が学校(colegio)ではなく日本文化協会(academia cultura japonesa)となっているのは、学校法人にするとペルー文部省の管轄になり日本式教育ができなくなるからです。独自の教育を行っている朝鮮学校に日本の高卒(=大学受験)資格がないのは当たり前のことであり、自国内にそういう破壊工作教育機関が存在すること自体考えられない。リマ日本人学校はペルーの教科書は使いませんが反ペルー教育はやりませんし、行事の時に生徒たちはペルー国旗と日の丸を掲げ、校歌→ペルー国歌→君が代の順に斉唱します。

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2004年11月16日 (火)

制裁の賽は投げられた

制裁の賽は投げられた
2004年11月16日(火) 

日朝実務者協議は表向きは外交交渉だが実質は“犯罪者の取り調べ”だったはずだ。しかし犯人を拘束せず強制捜査権もなく、自由のままの犯人の居間に通されて口で聴取するだけじゃ、何かを期待する方がもともと無理だったのだ、それに、いくら嘘をならべても本人が痛くも痒くもないんじゃ外交交渉にもならない。

ふと、ロッキード事件を思いだした。田中角栄の受託収賄の事実は国民の誰も疑っておらず、国民が見つめ騒いだのは、角栄側がどう誤魔化すか検察側とのその攻防についてだった。北朝鮮が嘘を付いていること、しかも日本人被害者が10名どころかとんでもない数に上りそうな未曾有の国家犯罪であることも多くの日本人が感づいていて、いま注視の的になっているのも北朝鮮の嘘との攻防。しかしロッキード事件と違うのは、これは過去の済んでしまった事件についての攻防ではなく、現在進行中の事件であり、多数の人命が失われかけている、こちらが負けることはさらに多数の人命が失われること、そして一刻の猶予も許されない事件だということ。さらに、このままでは独裁者は権力を手放す気も独裁体制を変える気も、さらった日本人を返す気も全く無いことがこれまで3回の協議で明らかになったことは、経済制裁発動に反対する日本人も認めるところだろう。

こういう場合にふつうの国は国交断絶し武力を使うのだろうが、日本は北朝鮮とは国交はないし武力行使もできない。これは憲法上の問題だけではない、自衛権の拡大解釈で可能との意見もあったが、今回の場合日本のような諜報能力の裏付けのない武力は役に立たぬ。私は被害者の解放と奪還が最大の願いであるが、彼等を無事に救出するには日本人拉致被害者の居場所と状況を正確に把握した上で実戦に精通した特殊部隊を突入させないかぎり不可能だし、それならピンポイントで金正日を狙う方が簡単だが取り巻きが証拠隠滅する前に国全体を押さえる必要があるが今の日本の実力と体制じゃ無理だ、武力行使はアメリカに丸投げするしかない最後の手段だろう。

我々に残された可能な“平和的”方法が経済制裁だ、まず日朝間すべての物流を止めること、中露韓への協力要請はそれから、まず隗よりはじめよ。同時に日本国内の犯罪組織、総連と社民その他拉致容疑者の強制捜査と摘発、これはいつでも可能なはずだ、この両方をやれば必ず状況は動く、独裁者は自分の体制崩壊を最も恐れるもので、その場しのぎでも拉致被害者解放を体制崩壊よりも優先させるはずだ。ところでなぜ逃げも隠れもできない国内の犯罪組織の強制捜査が未だ行われないのだろう、そりゃちょっとした騒動にはなろうが、ことは独裁国家体制を一つ崩壊させ殺されつつある2000万の被抑圧人民を解放しようという話だ、そのついでに自民の汚い老獪連中が失脚しようが社民や総連がつぶれようが大した問題ではない。ファルージャもケリがつきそうだしブッシュ新内閣はさらに凶暴そうだし北朝鮮に時間的精神的余裕がないことは間違いない、どうしたらいいか分からなくなっているのは彼等のほうだろう、落ちかけた犯人を(本当の意味で)助けるにはさらに締めること。

と、私の素人考え通りにいかないように長年かけて日本社会の至る所に爆弾を仕掛けてんだろうなきっと。 ・・・ったく差別反対を口にする前に嫌われることをするな。

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2004年9月18日 (土)

嘘\"に対する恥の意識 から “実害\"による 罰の意識 へ変わる時 

◆嘘"に対する恥の意識 から “実害"による 罰の意識 へ変わる時                    アンデスの声さん  2004年9月18日(土) 
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中東欧米圏で広く使われる「泣かない赤ん坊はミルクにありつけない」の諺通り、自分の利益のための主張はウンザリするほどしても自分の瑕疵は決して認めず言い訳ばかり機関銃のように述べ立てるのが世界では一般的である。これも数千年以上にわたる民族間の侵略殺戮の長い長い歴史の中で培われてきた彼等の生きる術のように思える、他人=敵に対して自分の非を認めることは全面降伏、即ち殺されることなのだから。下記投稿で皆さんが触れられている朝鮮・韓国人・中国人にみられる一般的特質は、世界標準からすれば(やや下品な部類ではあるが)決して特別では無い、むしろ日本人の度の過ぎる人の良さの方が異常なのである。自分が殴られ血を流しながら「きっと僕たちも悪かったんじゃないか」「盗人さんの三分の理を聞いてあげましょうよ」「さんせ~い」などと小学校の学級会のような意見が国家政策や外交戦略にまでまかり通るのは、地理的に外部からの侵略を免れてきて公私、敵味方の境がシームレスになっている日本独特のカルチャーであり、その弱点に付け込んでいるのが中国・朝鮮である。

私が仕事で毎日付き合っている連中も、業務ミスや遅滞についてまずあらゆる「できなかった理由」を並べ立ててくる。スペイン語に嘘(mentiro)や嘘つき(mantiroso)の言葉はもちろんあるが、これは浮気した恋人をなじる痴話喧嘩によく使われても、対外的つきあいの中の嘘は(日本人が抱くような)罪悪性より方便性のほうが強いように感じる。日本では「あつかましい言い訳」にしか聞こえないこういう相手の“嘘”の矛盾をつくのは簡単だが、これをあまりギリギリと追求して公衆の面前で恥をかかせるのは彼等の文化のマナーにも反する。そして決して手を出してはいけない(あまりの図々しさにドタマに来てつい相手の胸を小突いたら大騒ぎになりパトカー呼ばれて豚箱に一晩入れられた気の毒な日本人同僚がかつて居た)。相手が自分に損害を与えた場合、再発防止のための一般的な対処方法は、相手の言い分は無視し黙って粛々とペナルティー(罰金、減給あるいは解雇、取引停止、すなわち実害)を課すことである。多くの国において“他人”との関係は基本的に情抜きのgive & take、「契約の世界」なのだ。

私が幼稚園の時、ある同級生が100円札(そう、あの板垣退助の)を拾って駅前の交番に届けたら先生や大人たちから「Yくん、えらいね~」と褒めちぎられて警察からも表彰された。それからしばらく園児たちはいつも地面を見つめて歩くようになり、一円玉を拾っても交番に届けた。ある日私も五円玉を拾って大喜びで交番に届けたが調書を書くため住所を聞かれて答えられず、困ってしまったお巡りさんは笑いながら「はい、ご褒美じゃけぇね」と飴玉をくれた記憶がある(あの五円玉はどこにいったのだろう)。

先日リマ市内の飲み屋のハシゴをしている間に定期入れを無くした。身分証(外国人登録証:写真+“指紋”付き)と運転免許証と職場のカードキーと名刺が入っていた。翌日、飲み屋を訪ねて回ったら三軒目にちゃんと保管してあった。その店は日本人専用だったので無事だったが、普通の店で財布や携帯などを忘れるとまず間違いなく戻ってこない。公共の場でものを無くしたら諦めるしかない。ここでは拾ったものはありがたく頂戴するのがアタリマエなのでネコババという言葉も特にない。職場の顧問弁護士に聞いたら、「ペルーでは公共の場で拾ったものを取得(=ネコババ)しても犯罪にならない」とのこと(ただし駐車中の車を拾ってはいけない)。落とし主の住所が分かれば連絡することはあっても、それはあくまで拾い主の良心の問題、拾った財布を警察に届けたりすると(何かあるんじゃないかと)むしろ怪しまれるのだそうだ。その店が私の定期入れを保管していた理由を聞いたら「そりゃ金が入ってなかったのと店の評判を上げるためだよ、ハッハッハ」だった。日本にいるとき通勤定期を何度か落っことしたが、いつも必ずそのうち出てきた(=誰かが拾って届けてくれた)。落とし物を拾ったら「持ち主は困っているだろうな」と思うのがふつうの日本人的感覚だろう。

アメリカ人によって書かれた日本文化研究の古典「菊と刀」では、西欧文化を“罪の文化”、日本文化を“恥の文化”であるとし、ムラ社会の対人関係における恥の意識で成り立つ日本人のモラルを、神に対する罪の意識で成り立つ欧米人のモラルよりも、何となく低く見ていたように思う。たしかに日本人にとって「不敬」といわれるより「恥知らず」と言われる方が侮辱であるが、私には“罪の文化”が“恥の文化”よりなぜ高尚なのかわからない。ペルー人はほとんどカトリック教徒だが社会的モラルは日本人に比べてはるかに低い(ただし、親族や友人関係などの『身内』どうしでは極めて義理人情を重んじる)。イスラム教も神-個人の契約意識で成り立つ一神教だが、なんだか信者の数だけ神がいるみたいで、喜捨はあっても、取れるものは獲る(泥棒的)文化は今もアラブの底流にある。「もしお前の妻が欲しくなったらお前を殺して妻を犯す、お前の財産が欲しくなったら殺して奪う、それが、ムハンマドが現れるまでアラブの文化だった、ムハンマドのおかげでマシになったのだよ」と、あるアラブ人が私に話してくれたことがある。神との契約に縛られずとも、もともと我々日本人には共同社会の中でお互いに分かち合うことを喜ぶ、アイヌや北米インディアンにも似た崇高な精神文化があった。そしてどちらの文化が高尚かどうかは、どちらが住み易いかどうかで判断するべきだろう。様々な民族の文化を、「恥」と「罪]ではなく、「拾った財布を届ける文化」と「ネコババする文化」によって色分けすると面白いのではないか。最近“恥知らず”な日本人はたしかに増えたが、それでもまだ、日本人はまちがいなく、最も優しくお人好しな集団に区分されるだろう。

同時多発テロから3年がたち、当地へも日本人観光客も戻り始めるとともに犯罪被害も増え始めた。すれっからしの多い南米に来ると日本人観光客はみんな小綺麗で人が良さそうで、みるからに不用心な感じなのですぐに日本人だとわかる(中国人や韓国人とは雰囲気が明らかに違う)から、クスコやマチュピチュ、リマで日本人観光客の窃盗・強盗被害が絶えない。日本人を襲う側も「日本人は金目のものをポシェットに全部まとめて入れている」、「カタコトの日本語で話しかけると喜ぶ」、「すぐについてくる」ことくらい熟知しているのだ。

今の世界状況の中で、変わらなければならないのは、中国人・朝鮮人ではなくむしろ我々日本人の側ではないか、それは決して我々が日本文化を捨て彼等のような刺々しい社会に染まるのではなく、そういう厳しい現実世界への冷徹な対処方法を身につけること。我々が日本人としてこれからも生き残るために、それを教えてくれようとしているのが、北朝鮮拉致事件と最近激しさを増す中国の横暴ではないのか。



(付録) 

すなわち、犯罪を誤魔化し責任転嫁し開き直ろうとする北朝鮮ならびにその体制擁護犯罪集団の姿勢そのものはいわばどこでもよく見られる“国際的ふるまい”の一種なのである、ただ、その厚顔無恥ぶりと悪質凶暴性が並はずれているだけで。そしてむしろ日本の方が異常なのが、身内の中にその加害者側の立場で同胞を攻撃した/する者、加害者と同じ立場で事件を隠蔽する勢力いること。国家共同体を破壊する敵に荷担する行為は多くの国で極刑が適用されるが、荷担どころか拉致候補者をピックアップし同胞を直接敵に売り渡した当事者・政党がいまだ罪を問われず平然と国政に参加していることのほうが理解しがたい。

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2004年9月 4日 (土)

日本国内の制裁対象

日本国内の制裁対象 アンデスの声  2004/ 9月 3日(金)

制裁対象は本丸の北朝鮮だけではない。拉致犯罪を支える日本国内の下記組織にも監視と締め付けが必要だ。

【朝鮮総連:これは本丸の一角】
朝鮮総連の構成員も自分たちの過ちは分かっているはずであり、個人事情があるにせよ、この期に及んで変われないなら最早同情も限界だ。北朝鮮犯罪を幇助する限り社会的差別・経済的制裁は当然覚悟してんだろうが、自分の民族に誇りを持ちたいなら、これ以上朝鮮民族を貶め人類世界の恥部になりたくなければ、もう妨害工作は止した方が良い。金正日体制がつぶれるのは時間の問題だ。ここまでこじれたら痛みもあろうが、痛みを伴わぬ改革はない、体制がどっちに転んでも今よりはマシになろう。拉致事件の具体的解明と責任追求についてはそのあとで徹底してやらせてもらう。そしてもし“寝返る”ならタイミングが大切だ、洞ヶ峠をきめこみいまだ卑怯者の汚名返上できぬ筒井順慶の二の舞にならぬことを祈る。礼節をわきまえケジメの付いた弱者をいつまでも恫喝しゆすりたかる意地汚い遊牧民大陸文化は対馬海峡を越えて日本には伝わっていない。警察の拉致組織解明捜査に協力されたい。

【売国政治家】
彼等への制裁はマスコミ・国民双方による暴露・糾弾と選挙権の実力行使に尽きる。

【外務省売国職員:常日頃接する組織なのでやや細かい話しになりますが】
過日現地で出会ったアラブ圏の日本大使館の領事。平日ゴルフ三昧の生活で日焼けした顔をさらに酒で赤らめながら彼はこう語った。「こないだなんてスイカ売りだよスイカ売り。日本人の若い女の旅行者が観光地で声かけてきた男に優しくされて舞い上がっちゃってさ、結婚の手続きに来たんだわね。ダンナの商売聞いたら露頭でスイカ売ってんだよ。日本人なんて一族郎党の金づるにされるだけなのにさ。日本の女ってのはバカだから彫りの深いガイジンなら誰だっていいんだよな。結婚はよしたほうがいいと忠告したらムッとしやがってよ、へっ。」 こういう大使館員がじっさいにいる。この男が特別なのではない。外務本省に行けばこういう輩がいくらでもいる。約10年前、南米のある日本大使館員が飲酒運転事故を起こし同乗していた売春婦が死亡した。大使館はこの不祥事に外交特権で対処(=無罪放免)し箝口令を敷いた。しかし一般の民間駐在員の事故は大使館への報告“義務”があり対応に手を抜くと陰湿な嫌がらせを受けるし、日本人観光客が旅行中に事故・病死した場合も遺体搬送の手続きなどで“大使館に多大なご迷惑をおかけした”おわびをしなければならない。自国民と自国権利の保護に徹しそのための情報収集体制・能力も極めてしっかりしている欧米先進国の大使館と対照的に、情報収集能力も自国民を守る能力も意思もないのにやたら権力をかざして威張り個人恋愛にまで干渉し、私利に汚く(仕事もロクにせずに)外交特権に安住し結果責任からは逃げ回るのが日本の外務職員である(一部良心的な人物もいるにはいる)。北朝鮮拉致被害者に対するこれまでの犯罪的対応も彼等のDNAからすればなんら不思議ではない。そして北朝鮮国交樹立にはなんたって“うまみ”がある。二国間援助で膨大なカネ(日本の税金)が動けば予算分配の際には弱者相手に威張れるし業者接待の甘い蜜も連日のように続くし、椅子が増え関連機関もできて退職後の食い扶持も確保できる。役所に自浄力は無い。彼等の生活の糧にとって拉致事件は明らかな“障害”なのだ。政治家は選挙の洗礼を受けそれが制裁にもなるが、国家公務員法で手厚く身分保障されている役人に国民が直接制裁はかけにくい。特に海外は国民の目が届きにくく、外界から閉ざされた大使館内の広い個室で欠伸しながら鼻糞ほじって一日週刊誌読んでいてもクビにはならない。様々な手当にズブズブに浸かり生活費を公費で落とし3年駐在すればマンションを買える金がたまる。彼等への制裁は情報開示法(これもザル法だが)に基づく監視と糾弾くらいしかないのが現状だ。日本国内組織で一番始末に負えないのがこいつらかも知れない。

【売国ウヨク団体】
今の日本国内の実状を私はよく知らないが、日本を心から愛し国家の尊厳を重んじる彼等なら北朝鮮系パチンコ屋の玄関に連日街宣車で押し掛けて入場客を恫喝し“実効ある経済制裁活動”を当然やっているんだろうな。彼等の真贋を確認するため全ての右翼団体に公開質問状を出して拉致事件への具体的取り組みを調査したいものである(がこっちの身元が割れると命が危ないのでどこかの気骨ある週刊誌がやってくれないかなあ)。敵失を与えるためのなりすまし売国ウヨクをこの際きちんと峻別する必要があろう。

【売国サヨク団体】
連続強姦殺人鬼の前に自ら進み出てパンツを脱ぎ足を開こうとする姿勢はもはや精神鑑定の必要な領域であり、制裁するまでもないかもしれない。歴史の鉄槌はすでに下りつつある。

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2004年9月 3日 (金)

経済制裁、それは当たり前の選択に過ぎぬ

経済制裁、それは当たり前の選択に過ぎぬ 2004/9/1

 『犯罪者への制裁措置か、それとも犯罪に荷担し、囚われた自国民を見殺すのか』、こんな自明な決断がなぜいまだにできないのか、外地から眺めている私には日本という国が何だか分からなくなってきた。問題をウヤムヤに先送りしゆくゆくアメリカによる頭越しの武力制裁を待つのか、それとも中国・ロシアの損得勘定の裁断の成り行きに委ねるのか、いずれにせよかかる重大な自国の危機管理すら自分で判断できないほど、今の日本は主体的意思決定のできない国になったのか、国民救済の意思がなくて国家といえるのか。国家主権と国民生命を踏みにじられながら無為無策のまま全てが終わった後で、拉致被害者に対しあの『一億総懺悔』を再び繰り返すつもりなのか。今日本が自ら行動しなければこの事件は必ず日本社会に重大な禍根を残す。

 香港誌FarEasternEconomicReviewが掲載したジェンキンスさんの単独インタビュー内容から明らかなことは(これもなぜ日本じゃなく香港の雑誌なのか)、北朝鮮は日本人拉致への反省どころかこのまま被害者を解放する気も毛頭なく、拉致被害者を恐怖で脅し支配する卑劣野蛮な体質はいささかも変わっていないということだ。つまり金正日が拉致を認めてからの二年間は拉致事件にとって全くの空白で日本政府の“努力”は無意味だったということ。世の中には矯正不能などうしようもないワルがいる、そういう生まれつき良心の欠落した者の良心に訴えること自体が馬鹿げている。罰則規定のない規制をザルと呼ぶ。何度も言う、根っからのチンピラを変え得るのは強制であり、その方法は実害を与えることしか無い。

 経済制裁に反対する理由の柱は『日本だけの制裁には効果がない』と『制裁は朝鮮人民をさらに苦しめる』というものだ。そのいずれの論拠も想像に過ぎず何度も論破されているが、私は仮に制裁反対派の反対理由が(一部)正しいとしても北朝鮮崩壊の可能性がある限り制裁を行わない理由にはならぬと考える。瀕死の重病患者を前にして効くかもしれない薬があればそれを試すのが当たり前だろう。ましてや経済制裁に北朝鮮があれほど猛反発するのは制裁が体制崩壊に極めて効果があることの証左に他ならぬ。今の北朝鮮を救うのは体制崩壊以外にない。そして、制裁反対派が制裁したくない本当の理由こそ、これから暴かれるべき北朝鮮問題の本質なのだ。◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2004年8月 3日 (火)

太陽政策を発動せよ、北朝鮮にも日本政府にも、アラブの太陽を

太陽政策を発動せよ、
北朝鮮にも日本政府にも、アラブの太陽を  2004年 8月 3日(火)  


私は自分や自分の家族がナイフで襲われる危険があればピストルで武装し、相手がピストルならショットガンを備える。日本国内では想像しにくいが、海外の多くの場所・場面ではそれが現実の日常生活の中にある。今の私の生活でも必要な場合には銃を携行した警備員を同行し、状況に応じて警備体制、武器の種類も変える。(こういう武装が“際限なき武装競争”とははならない、襲う側のリスクも高まる重武装ほど襲われる危険性も急速に減少する。) 武装したゴロツキ集団の中に自分の大切な家族を丸裸で放り出すような脳天気ウルトラバカに私はなれない。丸腰で銃を突きつけられ人間性を根底から踏みにじられる恐怖感、屈辱感、絶望感、そして犯人に対しあとで沸き起こる殺意に近い復讐心は、実際にやられてみると分かる。無分別に銃をぶっぱなすような相手を理性で懐柔できる、「まぁまぁ」と素手を差し出し説得で銃を下ろさせられると信じたい者、あるいは死をいとわぬ殉教願望者はどうぞご自由に、だが、それを他人に強要するならば自分が身代わりに人質になれ。自己防衛のための武力すら否定する連中の多くは無知蒙昧から無邪気に、あるいは対話の効用を(自分のために)信じたいがために盲目的に「タイワによるヘーワテキカイケツ」を唱えているだけなのだが、これを「オメデタイ人だ」では済ませられない、彼等を許せないのは問題が生じた後でその失敗の責任を絶対に取らぬこと、暴力的に拉致され人権を徹底的に蹂躙されている同胞を救出するために、北朝鮮擁護・幇助者に多い日本の人権平和一神教徒が今までいったい何をした?

北朝鮮にとって拉致被害者は犯罪体制を維持するための奴隷であり金づるである。北は破廉恥にも自分がさらった日本人を取引材料に使っている。この卑しさ・厚かましさ・恥知らずな態度は近代の国家範疇を越えたもはやキチガイの領域だが、それが我々の隣に現実に存在する“国家”なのだ。日本が要求に応じるたびに小出しに解放し(今回の藤田さんの件も北がリークさせた可能性はある)“平気で嘘をつき”ながら、絶対に最後のコマは手放さないだろう、いくら日本が貢いでも。だから日本は犯罪者と中途半端な取引に応じてはならぬのである、悔悛不可能なテロ国家を変えるのは強制しかない。無差別に平然とサリンを撒けるオウム教徒との共存共栄は不可能だ、我々がオウムを受け入れられるのはオウムがオウムを辞めたときだけである。圧力の無い対話だけで北が変わるというならまず日本国内の北朝鮮であるオウムを対話による説得だけで脱会・解散させてみよ。北朝鮮相手に日本側の目的(人質全員奪還)をかなえるためには日本側の条件を押し通すのが正当であり、ゴロツキのユスリに過ぎぬ『経済援助⇔人質解放』は無視して我々の要求『人質全員解放しなければ経済制裁を発動する』を絶対条件として前面に押す。外道に譲歩すれば味を占めた外道が増長し惨劇は深まる、外道のペースに合わせていて事件は解決しない。拉致被害者の家族達はそれをつらい思いで学習し十分すぎるほど身にしみているから、ピストルを乱射する相手の穢れた手から家族を解き放つために、ショットガンを相手の眉間に向けて構えろ(「経済制裁せよ」)と言っているのだ、囚われたままの、愛する家族の危険を承知で。

「乾燥していれば日陰や風は涼しい」というのは気温40℃くらいまでで、乾燥した50℃以上の風は日陰でも炉からの熱風を真正面から受ける感じであり、汗は瞬時に蒸発し皮膚は塩粒で白くザラザラになり、水分補給を怠ると1~2時間で人は意識を失い倒れる。アラブの太陽は人を殺す。日が沈みしのぎやすくなる夜間の月と星がイスラムのシンボルになったのも頷ける。人間社会のモラルから脱線した北朝鮮をまず軌道に戻すには、強烈なアラブの太陽を照射すべし。外套を脱がせ中のカビや雑菌を破壊するのが最短確実な解決方法だ。これは、自浄矯正能力のない“ならずもの国家”とそれを構成する“ならずもの国民”を人道博愛精神から救済して差し上げるのではない、我々が殺されないために彼等を強制的に変えるのだ、殺人者から自分の生命を守り奪われた家族同胞を取り戻すのは人間の普遍的基本的な権利であり義務だ。

小泉政権がこのまま自国民の悲痛な傷みをさらに踏みにじって異常国家との関係を“正常化”し、とらわれている数百人の日本人の生命と人生を見殺しに犠牲をさらに増やすなら、我々も然るべき強行措置が必要になるだろう、緊急避難ならびに正当防衛、国民の集団的自衛権の行使として。(最悪の場合、イスラエルに抵抗するパレスチナ人民の手段も参考になるかも知れぬ。)

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2004年6月19日 (土)

小泉総理批判考―国家と個人と民主主義について-

小泉総理批判考―国家と個人と民主主義について   2004 6月19日(土)  

 学生時代に1年間、ある欧米圏の大学に滞在した。初めての海外経験ゆえカルチャーショックも大きく、中でも(レジャーランド化した日本の大学と比べ)学生の熱意や学究レベルの高さとともに印象に残ったのが、彼等の “社会性のある個人主義”だった。同世代でありながらずっと大人の雰囲気があり、多くの学生が経済的にも自活していた。またその国の義務教育では学齢期に達する誕生日から学校に通い始め終了年齢の誕生日に学校を去る、全員揃っての入学式や卒業式は無い、「へぇ、これぞ個人主義社会だ」と感心した。自己主張も強い明快な個人主義社会ながら国家帰属意識が強いのも(今思えばどこの国でも当たり前なのだが)印象的だった。

個の集団として国家がある、個の幸福実現ために国家がある、そういう民主主義の基本意識が浸透していた。それに比べ我々日本人は政治に対していまだに江戸時代の“お上意識”が残っているように思えた(自分も含め)。それは遊び三昧に身を置きながら体制批判をしている日本のサヨク学生も同じなのではないか、当事者意識のない責任転嫁と他者非難の快感に酔うのは体制依存と同根に見える、これは日本人特有の甘えであり、個人の尊厳とともに社会責任を伴う本来の民主主義とは対極にあるものだと、今も私は考えている。

当初300万円近くしたトヨタのプリウスはいずれ100万円台になることになっている。そうしないと一般に普及しないからである。この「エコ車を一般に普及させる」という方針は国の環境政策ともリンクしている。(中国が日本からODA供与された脱硫装置もはずしてゼニモウケを優先し大量の有毒ガスをまき散らし西日本に酸性雨被害をもたらす一方で、日本は血の滲む努力で空気をきれいにしようとしているわけだ、権兵衛が種撒きゃ・・・) 実業に関わっている人なら生産コストの3~5割削減がどんなに困難を伴うものかおわかりだろう。

しかし競争市場経済ではまず最終価格を決定し、部品、素材納品業者にもどっとしわ寄せが来る。今皆さんが眺め触れているパソコンも然り。1~2年ごとに倍々で機能を向上させながら価格はほとんど頭打ち(これも普及のためには40万円以上にはできない)、その背後には技術屋と営業屋の、文字通り血の滲むような努力がある(ことにもたまには思いを馳せてくださいね)。徹底した合理化と競合の中で無駄が省かれ、結果的に使いやすく高機能な製品ができていき世の中が便利になっていく。IT社会もそういう生産者の自助努力と社員・下請け虐め(と捉えるかは別問題だが)の上に成り立っている。

今我々はそういう社会システムを選択している、その中にいくつも矛盾が生まれるから少しでも改善しようと声を上げる。しかしそういう清濁併存するシステムの成果の利便のみにしっかりあやかりながら、その自分の依ってすがるシステムを完全否定する人間、こういうのを当事者意識のない寄生虫という。以前左翼ネット人とやりとりしていて感じたのはこの自己責任を伴う社会的当事者意識の欠落である。もとより自分の気に入らぬシステムだから、全否定、反対のための反対、アラ探しでおしまい。スジ論でいえば彼等にパソコンを使う資格はない、算盤と糸電話と馬車で暮らすべきなのだが、“悪い奴から盗むのは正当行為”なのなら北朝鮮の意地汚い泥棒乞食的発想に似ている。

 大使公邸事件において国際赤十字はテロリストと政府、公邸内部と外部の唯一のリエゾン役として大活躍したが、事件中は徹底した中立主義を貫いた。

 スタッフの多くは30歳前後と若く、しっかりした見識と技術(豊富な経験に基づく詳細な危機管理マニュアル)をもち、数カ国語を話し(スイス人が多かったせいもあるが)、そしてなにより社会人としての人間性において柔軟なバランス感覚に優れていたため垣根を越えてみんなから信頼された。彼等も問題意識を持った生身の人間であり言いたいこともあったろうが、事件に関する発言は決して口にせず沈着冷静かつテキパキと対応していた。同時期に日本からやってきて数日だけ自己主張し騒いで帰っていった赤みがかったスーフリのようなピースボート連中とあまりに大きな隔たりを感じたものだ。

 そのピースボートと似たような腐臭をあのイラク人質3(5)人組にも感じ不快感に吐き気すら催した、そのあまりに無責任な一方的甘ったれぶりに。先日犠牲になった2名のジャーナリストについて(わたしと同郷であり)次回帰省したら墓参したいと思っているが、前者3(5)人組ならたとえ首を切られ火炙りにされてもそういう気にはならない、哀れみを感じるだけである。

  “おれは正しいから犯罪も許される”(罪と罰の)ラスコリニコフ症候群が集団化すると、本来の社会正義も倫理も論理もへったくれもなく自慰的思想で思考停止した考えぶりっこ狂信エゴ集団が生まれる。今回の日朝首相会談の結果を野党側が賞賛し一般国民がブーイングするという、奇妙なねじれ現象が起きているが、これは“ねじれ”というより、この狂信集団によってすでにねじれきってしまった日本社会のヨリを国民が戻そうとしている姿であり、ヨリ戻しを妨害する狂信集団すなわち犯罪者と国民とのはざまでふらついているのが、対中・朝政策で何ら外交戦略も哲学も持たなかった小泉ということではないのか。そして今回は残念ながら犯罪者側の狡知が長けていて向こう側に引っ張られてしまったということ。

 北朝鮮拉致事件は誰がどうみても邪が正を一方的に蹂躙強姦殺害した明確で分かりやすい不条理であり、その犯罪当事者への譲歩は方便以外にはあり得ない。政治は結果だ。もし思想的な贔屓の引き倒しで小泉の失態を弁護するなら、その姿勢には北朝鮮擁護にいまだに引きずられる左翼や総連と同様な腐臭を感じる。今回のような恥さらしの売国外交が批判糾弾受けるのは当たり前だ。ただし、彼の人格否定までする気はない、憎さ余って人間性まで貶めることに私は興味を感じない(嫌みったらしいイメージ操作による相手の人間性否定による攻撃はこれまで日本のサヨクが常用してきた卑しい戦法だ)、日本国の首相としてやるべきことをやってもらえれば、家庭の事情などどうだっていい。

 本板ではあくまで「拉致事件」を機軸に評価判断すべきと考える。「小泉の他にいない」という議論の視点にも違和感を覚える、それが失策の言い訳にはならない。為政者の政策を変えさせるのは我々の役目だろう。小泉総理は機を読む才は確かにあるし少なくともカルト思想に染まってはいないから、世論がもっと強く騒げば案外簡単に変わるのではないか(行革も押し切られっぱなし、結局口先だけの尻窄みじゃないか)。総理や政治家や政府は、我々国民のために何かをして下さるのではない、我々が彼等を使って我々の望む政治をさせるのである。

 戦後50余年間、朝鮮との関係の中で日本の政治活動は正義を殺しチンピラを増長させ、日本は物理的・精神的な深い損傷を負わされた。犯罪者たちは被害者を孤立させ国民がこの問題に“飽きる”ことを必死で狙ってるんだろうが(その使い走りが時々この板にも現れる)、そう甘くはない、蓋をするにはこの事件は臭すぎる、腐りきっている。

 これまでのような姑息・卑怯な犯罪隠しや開き直りが続くほど、いずれ来るその反動も大きくなるはずだ。年金問題のツケを先送りにして誤魔化そうとする者も北朝鮮犯罪の汚点を誤魔化そうとする者も同質である。国民主権国家においては自国の政治家のレベルをあまり悲観する必要はないのではないか、日本の一般国民のレベルは(黙っているだけで)決して低くはない(中間層の質の高さは日本の強みだ)。多くの国民=優秀なるサイレントマジョリティーは特定の政治思想にはとらわれていないからこそ、自分の頭で判断できる。自分の感性の中の義と道理に基づき是々非々で判断し批判するのは健全な本来の民主主義社会の姿である。今回の国民の小泉批判は当然であり、国民の批判を批判するほうがおかしい。

 なお、拉致被害者が国政選挙に立候補することに最初は抵抗を感じたが、今回の増元さんの件では考えを改める。HPも拝見した。本人が考え抜いてそれが最善策と判断されたのなら、蔭ながら応援したい、これも日本の民主主義が成熟する過程の、個人が個人として国に参加する意識改革のきっかけの一つになるのではと期待したい。ふつうの政治家になっては意味がない、無党派ゆえ、増元さんが志を通せるかは我々未組織個人の支援にかかっている。

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2004年6月12日 (土)

日本の支援は誰も知らず

日本の支援は誰も知らず 2004年6月12日(土)

これは北朝鮮の場合に限らず、日本の援助につきまとう問題しです。3年前のペルー南部アレキーパ地震のとき、家を失った多くの住民に各国から天幕が届いた。日本からも多量の救援物資が送られたが、他の国が援助物資に国名や国旗を印刷しある天幕には企業名までプリントしていてニュース画像見ただけで支援者が分かるのに、日本のテントは無地だったのでほとんど誰も気付かなかった(これには外務省内部でも反省の声があった)。大和民族は自己主張が下手なのだ。

欧米・アラブ(や中国・朝鮮)流の露骨な自己主張は日本人古来の美意識には合わぬが、世の中黙ってたら相手も分からないのが当たり前で、誕生プレゼントもらったその場で開封し披露し内容確認し謝辞を述べるのも長い人付き合いの中で生まれた彼等の知恵の一つなのだろう。ましてや殴られたら黙って切り返すくらいの毅然とした姿勢も、自己主張以前の人間の基本「マナー」であり、その程度の矜持すら持てない人間はむしろ蔑まれるものだ。

それにつけても、血を吸うだけのダニのような北朝鮮をなんでこっちが分かってさしあげなきゃならんのだ? 分からせるのはむこうだろに、そのへんは日本人も変わらねばならぬ、足だってそんなに長くないのだ。
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コンプライアンス(compliance)

コンプライアンス(compliance)  
                  2004 6月12日(日)

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コンプライアンスという言葉が最近の日本の企業経営のキーワードの一つになりつつある。
もともとcomplianceは「追随」といったような意味だが、企業倫理の中では“遵法精神”、つまり「反社会的行為、不正による浮利を廃す」という風にとらえている。

表向きは倫理規定みたいだが、要は悪事がバレることを恐れる、消費者にバレてイメージダウンで売り上げと株価が落ちること、即ち「実害」を恐れての対策である。三菱自動車の“惨状”をみて冷や汗をながしている企業も多いはずだ、我が身でなくて良かったと。そして、小ずるく儲けるより地道に正直にやったほうが損をしない(結果的に儲かる)と考える。これが企業の腐敗ベクトルのフィードバック効果の一つとなっている。

企業に限らず、官もODAも政治家もあらゆる組織団体・制度も、独善に陥ったときに腐敗が始まる。人の組織はもともと腐りやすいのだろう。腐るのを防止するのが第三者の監視と外部が与える実害である。だから我々はあらゆる権力の監視を続け声を上げ続ける必要がある。自国民の声を封じ外部から情報を遮断し独善の極みに達し、自分でとことん腐りきってしまったのが北朝鮮だ。

これまで長い間サヨクだけが市民みたいだった日本の奇妙な市民運動史において、北朝鮮の腐臭と一体化したサヨクが死滅しかかった今こそ、本来の市民運動が日本に立ち上がる好機なのかも知れない。生物学で「亜種は共存できない」という法則がある、一方が絶滅することでもう一方が繁栄できる。(例はマズいが、そう感じる)

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2004年6月 1日 (火)

官僚たち  

官僚たち  2004 6月1日(火)

“北京で会え”と自分の都合で勝手に決めといて、思い通りに言うことを聞かぬと、お為ごかしついでにイヤミと脅し、もし国民の目が無かったらもっと徹底した恫喝がなされるだろう、天下国家のために愚民なぞは依らしむべしってね。似たような体験を紹介する。

ペルー大使公邸事件も大詰めにさしかかった1997年3月下旬、人質解放時のロジについて外務省対現地策本部から人質企業側に提案がなされた。「マスコミを敵に回すと何を書かれるかわからない、あいつらのガス抜きはどうしても必要だから、解放後の人質の記者会見はやらざるを得ない、しかし青木大使は記者会見には出さない、本部からの通達だ、したがって解放後の記者会見はあなた方民間の人質に出席してもらう」 そう突き放すように命令口調で伝える外務省キャリアMの人を見下した冷たい目つきを今も良く覚えている。
自分たちの(警備上の)落ち度で来客を人質にしておきながら、被害者を表に晒して自分は被害者の裏に隠れて保身をはかろうとするこの傲慢かつ意地汚い姿勢には、人質の命がかかっている故にそれまでずっと我慢してきた民間もキレた、全ての企業が激怒し、人質引き取り場所には「(外界から隔離された最も安全な)日本大使館内を使わせよ」と、何だかんだと抵抗する外務省を押し切り、社有車を大使館敷地内に待機させ人質を回収したあと一斉に引き上げ、外務省には総スカンを喰らわした。

困り切った外務省は解放直後の青木大使に2時間余りブリーフィングをして記者会見に臨ませた。その結果が、フジモリファンのペルー人も呆気にとられ大顰蹙を買った、あのタバコスパスパ、「カーチャンに会えなくて寂しかった」と語った使記者会見である。(上述と別のある官僚はこうも語っていた、「役所もリークによる世論誘導などではマスコミを上手く利用していて、まぁおたがい持ちつ持たれつの関係にはあるんだがね」)

外務省に限らないが政策に関わるキャリア職員に比べればノンキャリの扱いは虫けら同然、自分の息子のような歳のキャリアに顎で使われりゃノンキャリ職員はウップンも溜まる、業者からのピンハネ裏金づくりも公金流用で囲った女も馬も、ノンキャリのガス抜きの意味合いもありキャリアは黙認しかつ便乗している。

こういう上から下まで糞と小便がズブズブに混ざり合ったような組織も外圧に対しては見事に一丸となって徹底抗戦する。2000年から始まった特殊法人改革の動きに際してはキャリ・ノンキャリあげてあらゆる存続理由をでっちあげて存続をはかった、その結果はみてのとおりである。ふだんは天下国家を論じているキャリアも、自分のシマを守るためには国も国民も売る。これは彼等の人間性というより、組織の特性なのだろう、思想の右左も関係なく、いわゆる“官僚的”なあらゆる組織に当てはまるように思える。

今この拉致事件の日本政府対応をめぐって覚える怒りの向く先には、日本政府も民社・共産も自民も、この官僚的組織保全の論理が見えてくる。我々が戦う相手は、金正日に加えにこの官僚の論理である。彼等がマスコミや世間の目を一番恐れるのは、それにより自分たちの権力が削られてしまう場合だけである、そこに大義はない。そして北朝鮮も中国も、独裁体制とは官僚体制そのものなのだ。

曽我さん、これはあなただけの問題ではない、外務省・政府はあなたの生命の安全のことは屁とも考えていない(ことはご自身が一番よくわかっているでしょうが)、自分と組織保全のためのメンツが優先している、そんな下らぬ奴らの下らぬメンツにあなたがこれ以上気を使って差し上げる必要はない、外務省があなたの言うことを聞かないならすっぽかせませんか、味方はたくさんいますから。さいわい参議院選が近い、公示前までなら我々も自由に騒げる、官僚も政治家にはかなわないのだ、つまるところでは。

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2004年4月14日 (水)

イラクの日本人人質グループが国民の共感を得られない理由

イラクの日本人人質グループが国民の共感を得られない理由 2004年4月14日(水)

最近までテロが吹き荒れてて死体への慣れもあるのか、もともとミイラ文化があるせいか、当地ペルーのマスコミは死体をそのまま放映する。過日も10数年前に共産ゲリラセンデロに虐殺された白骨死蝋化した遺体の山が発掘されその傍らで肉親を見付けた家族が卒倒せんばかりに泣き叫ぶ姿が放映された。イラクでもフセインになぶり殺された遺体を見た肉親はフセインを何度殺しても殺し足りないだろう。土足で入り込んできたアメリカの異教徒に殺されたイスラム仲間や肉親のちぎれた遺体を見たら敵めがけ爆弾抱えて突っ込みたくもなろう。ファルージャで欄干に吊された黒こげの米国人の前で笑いながらVサインし死体を棒でつついて歓声上げているイラク人(子供もいる)を見たら米国が無差別総攻撃をかける衝動もわからんでもない。

イラクの日本人人質のビデオ画像も当地のレテビではノーカットで放送されている、ナイフを突きつけられて恐怖でおののき泣いているあの姿を親族が見たらたまらんだろう、何が何でも助けて下さいと土下座し泣き叫んで不思議ではない、なのに国民の同情が今ひとつなのは共感できないからである。左翼団体の口にする反戦も平和も弱者救済も運動の道具に過ぎないことはもうみんな分かっていることで、イラク、アフガン、チェチェン、チベット、ミャンマー、台湾、北朝鮮、核、世界あまたの政治紛争を思想の篩でピックアップし日米の資本主義体制を非難するために都合良いように使う、もともと他者の非難糾弾を寄りどころに成立存在している思想体系であり、それも生き甲斐の一つならわからんでも無いが、今回のイラク人質事件で彼等は肉親・仲間の生命の危機においてすら政治運動を表に出したからみんな一斉に引いてしまったのである。エイズ問題の川田母子効果に似ている、そういう意味においても自業自得なのである。

共感を呼ばないもう一つの原因、登山家は遭難リスクは可能な限り回避する手だてを講じそれでも遭難した場合に救助は求めるが、二次遭難の危険を冒しての救助を強要したりはしない、その家族も。むしろ最近は登山の企画者やリーダーが遭難後に安全管理責任で訴えられるケースが多い。今回の件で未成年の朱色ボウヤには親の教育管理責任が大きいとしても他の二人はもう大人であり、子供たちと一緒に歌を歌う平和ごっこの向こうに控えている厳しいアラブ社会の掟と現在のイラクがおかれてい状況を知った上での覚悟の行動だろう。なのに彼等のサポーターは本人の非はおろか誘拐犯人よりもまずまず他人(日本政府)の非をあげつらい無理を承知のダダをこねた、これは日本人の倫理観にそぐわない。

それにしてもと、どうしても思ってしまうのが、イラク人質への想像力や感情や行動と同じものが、圧倒的に理不尽かつ不利な北朝鮮拉致被害者についてはぽっかりと欠落している、他人の痛みを(本心では)屁とも思わない日本の奇妙な人権平和団体や一部マスコミのことである。北朝鮮被害者の場合は映像が無くとも被害者と家族の計り知れない苦悩の深さを知りそれを北朝鮮への怒りと行動に変えることは自然かつ容易だろうに、あえてそれを忌避し北朝鮮を弁護し拉致被害者解放を妨害してきた連中がイラク人質で騒げば騒ぐほど、人権・平和ゴロのニセモノぶりが顕わになり人心も離れていくだけであるということを、彼等はまず素直に認識しておくべきだろう。

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2004年4月12日 (月)

ふたたび・・・イラク人質vs北朝鮮の比較

ふたたび・・・イラク人質vs北朝鮮の比較 2004年4月12日(月)

イラクの3人の人質がまだ解放されない。交渉が外務省vs犯人かその代理によるのか、はたまた犯人vs人質(グループ)間で行われているのかわからないが、彼等と条件交渉に入ったら最終的解決は大幅にずれ込む可能性もある。犯人側がやっとアラブらしい顔を見せてきたような気もするが、最悪の事態に行きつくこともあり得る。一般社会でも彼等との契約は交渉自体も大変だが契約後の実施はさらに大変であり途中で紛糾頓挫し空中分解したプロジェクトは数え切れない。気心の知れたあるアラブ人(政府関係者)が交渉のコツについて語ってくれた印象に残っているコトバがある。「いいか、交渉の場では自分から先に喋るな、まず相手に十分喋らせて相手のfault(欠陥・弱点)をしっかり探せ、そのあとでそのfaultを徹底的に攻めろ。」

支援グループが「24時間以内に解放」情報に思わず歓声上げてはしゃいだのもアラブ文化に無知な証左だろう(気の毒ではあるが)。そして、以前にも一寸紹介したが、アラブ経験の長かった高野大使がその後北朝鮮との交渉でまったく歯が立たなかったこともあらためて考えたい、北はさらにおぞましいテロ組織であるということを。

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2004年4月 7日 (水)

マスコミ、そして我々は何を見つめるべきか

~~マスコミ、そして我々は何を見つめるべきか ~~ 
      2004 7月13日(火) 



 ちょうど1年半前、私がこの板(というより掲示板なるものに)初めて投稿したのは週金の北朝鮮(めぐみさんの娘)取材に対する怒りがきっかけで、事件解決に何の役にも立たない、どころか障害になる、視聴者のデバガメ趣味に迎合し酷いプライバシー侵害もいとわぬ横暴傲慢なマスコミ取材姿勢を、自分の体験したペルー大使公邸事件を例に紹介、批判した。その時は触れなかったが、そういうニュースを見たがる側も変わらねばならない。

政府は公式には触れていないようだが、「ジェンキンスさんが日本への移住を希望している」との情報が流れた。これは我々にとっては心から胸をなで下ろせる吉報であるが、いま水面下で進んでいる米国も入れた駆引き・交渉にとってこの情報が事前に漏れるメリットはない。仕事熱心な記者ほど、対策室から出入りする外務省職員を追いかけ食い下がり夜討ち朝駆け電話攻勢にハッタリも噛ませて、あの手この手で内部事情を聞き出そうとする。何らかのきっかけで「ジェンキンス日本へ」らしき情報を得た(作った?)記者は「ヤッタヤッタ」と興奮し喜び勇んで日本へ打電したのだろうが、少しタイミングを考えてもらえないか、事件は記者のためにあるんじゃない。

北朝鮮から派遣された3人の監視人が「ジェンキンスに会わせろ」と必死で圧力をかけているのは、北朝鮮サイドがジェンキンス氏に事前に打合わせた(日本政府の知らぬ)筋書があるからに他ならない。ジェンキンス氏の言動はその内容如何で彼の生命に関わる。相手はそもそもマスコミの存在しない独裁殺人国家だ、そういう国を相手にきわどい駆け引きを進める中でこちらの手の内の状況が漏洩することは極めて危険だ。敵は殺人のプロ、蚊を叩く程度の気持ちで人を殺せる連中であり、そして彼等が自由気ままに振る舞えるのはインドネシアよりもむしろ日本国内であることもよく認識しておきたい。

今の北朝鮮体制が崩壊し拉致事件が全面解決するまでは(でなければ日本が崩壊する)、既に帰国した拉致被害者の方々も決して喋れないことがたくさんあるはずだ(記録は綴られているだろうが)。拉致事件はまだ進行中の大事件であり、全面解決の糸口は何も見えていない。被害者たちが言える時がくるまで待つ、我慢すべき部分は我々も我慢すべき、今の日本北朝鮮の国家関係は(見える血が流れていないだけの)一種の戦時状態と言っていい(すでにむこうはその気だろう)。事件が解決した段階で次になすべき事は、国内の当事者や加担者、その犯罪内容と背景を徹底的に洗い出すことである、南米に逃げたナチをも追跡するユダヤ人並の執念で、それをしないと日本人のための日本は再生しない。そして、その時にこそ関係者は事実を洗いざらい話して協力して欲しい、今見えている部分は流れに浮かぶ泡沫の一断面に過ぎない、我々がしっかり見つめなければならぬのは全体の流れである。拉致事件は数十年間に及ぶ国家犯罪である。隣国の一般国民を平時において何百人も国家が暴力的に誘拐したまま20年以上しらばっくれる、誘拐された側も20年以上自国民にしらばっくれ誘拐犯に媚び取り入ってきた、こんな前代未聞のトンデモ国家同士が内情をそのまま二国間で「国交正常化」なんて許されない、拉致被害者が生還してシャンシャンではない。

4ヶ月に亘る公邸事件が終わり大量のマスコミ記者が日本へ引き上げたあと、焼け焦げた公邸とともにその周辺には日本マスコミが札束で借上げた家の成金家主たち、高額で雇用されて金のだぶついた通訳や情報提供者(10年分稼いだと豪語する者もいた)、そして毎夜買い漁った売春婦たちの、退廃的殺伐とした空気が残り、事件(の背景)に対する日本人の興味もそれきりだった。公邸事件はたまたま日本大使公邸が狙われたがあくまでペルー国内問題であから、あれはあれで良かったのかも知れない。しかし北朝鮮拉致事件は日本の国内問題、日本国内の破壊要員・要因が北朝鮮の狂人国家とタイアップして日本国民にもたらした、数千年の希有な歴史を持つ日本民族全体の存亡にかかわる重大な災いであり、これが日本人の中できちんと整理されるまで、まだまだ時間と忍耐が必要だと、私は感じている。

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