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2007年10月 8日 (月)

東京と拉致 荒木和博氏講演(2007/8/11)

~~東京と拉致~~

失礼して座ってお話をさせていただきます。
ご紹介を頂きました荒木でございます。
今日は本当に暑い中、皆様こんなにお出でいただきましてありがとうございます。
また、この場所をご提供いただきましたご主人にも本当に感謝申し上げます。

先ほどお話にもありましたようにこのポスターはですね。
やはりこういう場所に貼って頂いて、なんとなく見ていただくというのが一番情報が集めやすい、という事でございまして、お蕎麦食べながら「そういえばこの人どこかで見た事がある」とかですね。
そういう情報が入ってくる事を本当に切に期待を致しております。

それでこのポスターはお気づきになった方あるかもしれませんが、この情報提供はお近くの警察署・交番へと書いてございます。
で、これが実は凄く大事な事でありまして、政府の出しています広報機材にはですね。
「情報があったらここへ」というのはどれを見ても全く書いてありません。
もう一つ、地下鉄の駅なんかに貼ってあります「我々は見捨てない」という政府のポスター、あれをご覧いただいてもですね。
あの中に「情報提供はここへ」と一言も書いていないですね。
ですからこれであれば何か気がついた方は、警察にご連絡を頂くか、あるいはうちの電話番号もありますので、こちらにご連絡を頂くという事が出来るという事はですね。
そういう事だけでも一つ大きな意味があるのでは無いだろうかと思います。

今○○さんのお話の中に、田口八重子さんのお話がありましたが、田口八重子さんだけではなくてですね。
認定されている拉致被害者の中で一番最初の方、久米裕さん。
この方も拉致は東京の拉致ですね。
三鷹市役所のガードマンで、そしてお金を借りていたサラ金業者、現在も西東京市に住んでおりますけども、この李シュウキチという人物にですね、要は騙されて能登に連れて行かれたと。
ですから連れ出された場所は能登ですけども、実際に拉致の現場はですね。
事実上東京であると、いうことでございます。

ここに来られている方は皆さんお分かりの方が多いと思いますが、今でもまだイメージとして海岸線で拉致をされていると、言うようなふうに思っている方が多いんですが、これは全くの間違いでございまして、現場となる場所は海岸も何も関係ないと。
いわんや東京みたいに極めて人の移動が大きくて匿名性の高いところであれば、逆に拉致と言うのは非常にしやすいんだという事を認識していただければと思います。
今日、生島さんお見えですけども、生島(孝子)さんも本当に東京都内でいなくなっているわけですが、ここにおられる方も本当に東京の街中でいなくなっている方が本当に多いという事でございます。

この間、今古賀先生もお話の中にありましたように参議院選挙も済みまして、そして残念ながら拉致のことなどはまったくと言っていいほど争点にはならなかった。
自民党が大敗をした中で中山恭子さんが高位で当選したという事は、それなりのもちろん意思表示であったと思うんですが、選挙自体には一切争点になっていなかったという事が残念ながら現状では無いだろうかと思います。

この間、安倍政権が出来まして約一年間の事を最近改めて思い直してみまして、安倍さんになったことの逆効果というのがですね。
私は非常に出てしまったのではないか?と私は思っています。
それはどういう事かというと、「あれだけ拉致の事を一生懸命やってきた安倍さんが総理大臣になるんだから、もう任せても大丈夫じゃないか?」という意識がですね。
全体の中にやはり蔓延してしまったのでは無いかと。
「安倍さんだからやってくれるだろう」という事でですね。
それが運動の低下につながっていなかったか?という事を、私は実は最近非常に感じております。

各地の救う会の方々といろいろ話をしてやはりですね。
例えば集会をやっても動員が中々し難くなったとか、あるいは署名を集めようとしても中々集まり難いとか、カンパも中々集まらないとかですね。
大変お恥ずかしい話ですが、我々調査会も基本的にはカンパだけで、いろいろなところからももちろんお力を頂いているのですが、結局突き詰めていけばカンパだけでやっているんですが、それもですね。
非常に少なくなったという事が、この間からSOSを出してしまった原因となっているわけですが。

問題は安倍さんが本当に拉致問題を解決しようという事であれば、よりさらに運動を高めていかなければいけなかったのではなかろうか?と。
私自身もその意味で責任を感じている一人ですが、どうも安心をしてしまっている間にどんどん事態が、時間だけが過ぎて行ったのではないか?と、最近これは非常に懸念をしております。

さっき言いました政府のポスターと東京のポスターが、この情報提供のこと一つとっても違っているというのはそういうところに意味がありまして、政府の対策本部の方々と話をしていてもですね。
「何とかして解決をしなくてはいけない」というような、切迫したような環境はあまり感じられない。
正直言って「助かってくれれば良いな」位のですね、感情では無いだろうか?という事をですね。
担当者の人たちと会うたびに本当に私は痛感をしています。
真面目にやっている人も確かにいるんですけど、中の全体の雰囲気では、あそこに行きますとまったりとした空気に包まれていまして、切迫した感じですね。
ともかく今助け出さなくてはいけないんだという感じはですね。
残念ながらあまり感じられないというのが正直なところでございます。

この間、中には読まれた方もおられるかもしれませんが、月刊誌の諸君に連載しているものの中で、今回安明進さんの事をちょっと長めに書かせていただきました。
で、あの中で実は私一つちょっととんでもない間違いをしております。
どこかと言いますと、一番最初に横田めぐみさんの事について情報を出した方、これは現代コリアの平成8年10月号にですね。
石高さんの論文の記事が載ったものですが、この情報を出した者が安明進さんと同一人物であると、私あの中で書いたのですがこれは後で石高さんからもちょっと指摘をいただきまして、全く別人であるという事でした。

私もこれは最初は別人だと思って人にもそう言っていたんですが、だんだんだんだんこんがらがって来まして、あれはやはり同じ人物ではなかったかな?というふうにって、あまり確かめもせずにあの諸君に書いたんですが。
改めて考えて見ますと、あの情報はそれぞれ別々の物でありまして、安明進とは全く別の脱北者・亡命者の方が言った情報だったんですね。
それで改めて考え直してみるとですね。
安明進さんはたまたま平成9年の2月3日にこの情報が出たことによって、それを見たと私は見たと言った事で明らかになった情報だったんですね。

ところがじゃあ考えてみると、あの情報と言うのは(韓国の)安企部の人から石高さんが聞いて書いていたわけですけども、あの時点ですでに日本の政府には情報は渡されていたと。
渡されていたのがどこかで潰されてしまったという事だったんですね。
明らかになり、そして横田めぐみさんだという事が分かって、そして西村眞悟さんの2月3日の質問に行くと。
その直後に高世仁さんがソウルに行くときにですね。
アエラと産経を持って行った事で、それが安明進さんが「この人は見た」と言って明らかになったという事です。

ということは、安さんがあの時ですね。
その情報に接していなければ、あるいは本人が、それまでも知っていたけどもちろん言っていなかったわけですね。
日本人拉致の事は安企部には一言も言っていなかった。
それをもし言わなかったらどういうふうになっていたか?というと、あの話はそこで止まっていたという事も無いとは言えない。
あの時やはり目撃したという人があった事のショックがですね。
その先につながったという事は間違いのない事でございまして、そういう意味でも安明進と言う人は非常に重要な役割を果たしたと思うんですが、同時にその情報がすでにあったにも拘らず、それを日本政府がどこかでブレーキをかけて止めていたと言う事は、これはやはり極めて重要な問題であって、そのことについては基本的に今も変わっていないというふうに思えるわけでございます。

あの時めぐみさんの事が出るに当たっては今日お見えの横田代表がですね。
ご家族の中でお名前を出すべきかどうか?という事で、相当いろんな議論があった時に、横田さんがお一人、ともかくこれは名前を出さないことにはここで終ってしまうという事でですね。
決断をされてそしてそれによってこの問題が明らかになったと。
あの時もし横田さんも、早紀江さんですとか息子さんたちの意見にですね。
同調して、じゃあ匿名のままで行こうという事にいっていたら、今日の事は無かっただろうというふうに思います。

しかし、そういう事を考えてまいりますと、結局この問題動かして来たというのはですね。
その時その時のご家族であり、あるいは民間の声であり、そういう物で動いてきたのでは無いだろうか?
そして政府の意思として拉致問題を解決しようと言うというふうな事と言うのは、実はほとんど動いて来ていなかったのではなかろうか?というのが、結局はとどのつまりの結論でございます。

だからその声が安倍さんだからといって弱まる事は実は非常に危険なことでありまして、安倍さんだからこそもっともっと大きな声にしていかなければならない。
これは今からでも何とかですね、正していかなければいけない事だと思います。

今日生島さんがお持ちの生島うらさん、お母さんのお写真をお持ちですけども、お母さんが亡くなった時、ほぼ同時に曽我ひとみさんのお父さんが亡くなったんですね。
同じ日、同時だったんですね。
それで私は生島さんのお通夜にもチラッと顔を出したんですけども、あの時本当に感じましたのは、曽我さんのお父さんのですね。
お通夜・お葬式の場面と言うのはテレビでも放送されまして、政府の関係者とか県の関係者とか皆さんたくさん来ていたわけですけども、生島さんのお母さんのお葬式の時は本当にもうご高齢で身内の方が少なかったという事も有るかと思いますが、本当に内輪の方だけでのお葬式でございまして、何でこんなに違うんだろうな?という事を非常に感じました。
認定をしていることと認定をしていないとかいう事だけでかくも違うのか?ああいう時になるとですね。
つくづくと我々感じさせられる事でございます。

政府の対策本部の人と会うと、認定してもしていなくても扱いは変わりませんと言う言い方はするんですけれども、決してそうでは無いと。
現在政府がやっております「ふるさとの風」という北朝鮮向けの短波放送でも、家族会の方々、それから家族会には入っていませんが石岡亨さんのお兄さんですね。
認定被害者の方については家族のメッセージ、放送しています。
石岡さんなんかについては、最初ご本人はやるつもりは無かったんですけど、わざわざ対策本部の方から電話をかけてですね。
「やってください」と言ってお願いをして、声を流しているんですね。

ところが我々ですね。
対策本部の人たちからこのふるさとの風について意見を聞きたいと言われた時に、最初は特定失踪者のご家族のメッセージも流してもらいたいというふうに言ったんですが、これは認定されていないと認定されている人々と一緒になるのは出来ないと言われたんですね。
それだったらせめて、次ですね。
この方たち拉致被害者だと言わなくていいから、名前だけでもいつどこで、東京でいなくなったとかですね。
そういう事の情報だけでも流してくれませんか?という事を再三再四お願いし、それから西村眞悟さんの質問趣意書などでも書いてもらったんですけども、一切やる気は無いということですね。
これはもう明確な拒否です。
検討しますとか、そういう事ではなくて明確な拒否をしていると。

どう考えたってですね、おかしな話ですね。
そういう形でやっていたら、こういう方たちの情報は絶対に集まらないというふうに思います。
確かに拉致じゃないかもしれないんですね。
それは我々だってやっていて、ご家族の本当の気持ちと言うのは私にも分かりません、正直言って、当事者じゃないんですから。
分かりませんけど、しかしまぁ、時々はそれに触れる者としてですね。
それはもう、拉致でなくて日本国内で元気で見つかってくれたら、その理由はどんな理由であれ構わないんです、全然。

それでかまわないんですけど、失踪していなくなって、どういう思いか?っていうのはこれはもう横田さんも同じようにですね。
一体どんなになっていなくなったのかも分からない。
事件か事故か、自分で失踪したのか?何も分からない中で生き地獄が続くという事から考えたら、それはですね。
ここにおられる方が拉致では無いという事が分かったとしてですね。
北朝鮮はそうするとほら見ろ違うじゃないかと言うんですけども、それでおしまいの話なんですね。

すでに北朝鮮は金正日が拉致を認めているわけですから、今更ですね。
今までやったことが無いと言ったのが拉致だったと認めているわけですから、別の人がそれ以上やっていないと言ったって、損なのは嘘に決まっているわけで、それがですね。
ここにおられる方の誰かが日本国内で見つかったからと言って、北朝鮮が拉致をやっていないという事には何にもならないわけですね。

ですからこれは可能性があるという事でやって、その結果見つかればですね。
それに越した事はない。
我々は今までやっていまして、大体20人くらいですね。
拉致でなかったと分かった方がおられます。
公開の方もいれば非公開の方もいる。

お一人東京で、もうこの中にはお写真ありませんけども、石川千佳子さんという足立区の小学校の先生がですね。
残念ながら殺人事件の被害者でおられたという事が分かったと、そういう事があったんですけども、非公開の方でも我々は見つかったらですね。
「非公開の方がお一人見つかりました」という事を、発表してます。
それはどうしてか?というと、非公開の方発表しなくたって誰も分からないですよ。
誰も分からないのにあえて発表するのは、ここにおられる公開の方の中でも、やはり拉致で無い可能性の方はいるんですよ」という事を言っておいた方がですね。
より理解はしやすいだろうと。
そういう事もあるかもしれないという事で、とにかく情報を何でもいいから集めて貰うと。

で、例えばこういうふうにやっているという事でですね。
ひょっとしたら何か情報が、この人の事はとか、あるいは上手く行けばですね。
日本国内に工作員がまだたくさんいるわけですから、かつてそれに関わった人間からですね。
見て、どうしてもこの人が気にかかるという事で、例えば匿名の情報でも何でもですね。
出して頂ければいいと思いますし、あるいはこういう物を見ているうちに、この中に載っていない方、福留貴美子さんとか横田さんでも何でも結構なんですけども、認定された方でもですね。
拉致に関わった人が実は、というふうにですね。
言ってくれる事が一番ありがたいことでありまして、そういう意味ではこうやってお蕎麦屋さんに貼っていただくという事はですね。
極めて、私は重要な意味があると思う次第でございます。

東京の都内で拉致というのはどういうふうに行われるのか?と。
これはですね。
別に東京に限らないんですけども、やはり何かの理由が有る事は間違いないと。
基本的には北朝鮮にとって拉致をやるというのは当たり前のことですね。
北朝鮮側は拉致というのは、日本が植民地支配をしてその清算をしていないという状況の中で、たまたま一部の人間が勝手にやったんだというような事を言っているわけですけども、これはもちろん全く嘘だという事は皆さんよくお分かりだと思います。

もし植民地支配をしたと言う理由でですね。
拉致をするんだったら、じゃあルーマニアもタイもですね。
北朝鮮を植民地支配したのか?という事になります。
何の関係もないところから拉致をする。
韓国からは朝鮮戦争中に連れて行った人を入れるとですね。
9万人とも言われる人が連れて行かれているわけでございまして、それは別に植民地支配も何も関係ない、わけであります。
ともかく足りなければ持って来ればいいと、言うようなことで連れてくる訳ですね。

その数には自分で行く人も入っています。
お蕎麦屋さんでは有りませんけども、日本でですね。
本を出しています藤本健次さんという寿司職人の人、あの人は要は金正日がですね。
そういうものが食べたいというのが最初の理由で北朝鮮に渡るようになる、わけですね。
技術者なんかで人によっては、中国へ旅行という事になっていて中国で北朝鮮のパスポートを渡されて、そして北朝鮮に入って仕事をしてまた出て来て戻ってくる。
日本のパスポートには中国に行ったことしか書かれていない。
こういう人はかなりいるというふうに聞いています。

しかし、それも駄目だった場合、自分から(北朝鮮に)行ってくれない。
でもこういう技術の人が必要だという事になった場合には、例えば何かの形で、一番早いのは北朝鮮になんとなくシンパシーを感じていて集会なんかに出た事があると。
そういう人であればそういう人に声をかけて、ちょっとひと月くらい行ってきませんか?と言うと。
で、そしていいですよと言ったらそのまま(北朝鮮に)入れて、そのまま返さないと。
技術者と言うわけではありませんけども、ヨーロッパ拉致の3人は皆それに近いですね。
ちょっと入って、また出てくるつもりだったのが出してくれなかったと。

技術者と言う意味で言えば、やはりですね。
北京経由で入ったりするのもバリエーションみたいな形で行って出られない人も、かなりいるであろうと。
あるいは今度はもうちょっと乱暴なケースで、人間関係を何か作ってそしてどこかにおびき出しておいて、そこから先はあとは強制的に連れて行くというケース。
こういうケースがおそらく一番多いんでは無いかな?と私は思います。

例えばこの間、去年ですね。
目撃証言があったという事で発表された日高信夫さん。
この方は調査会の事務所がある飯田橋の近くの印刷会社に勤めていた方ですが、この人がいなくなっている。
この早坂さんも印刷の仕事ですね。
後千葉の方とか、何人か印刷関係の仕事をしている方がこのあたり、1970年くらいにですね。
小林栄さんも、この3人ですね。
いなくなっているというのは、この頃印刷の仕事の人が欲しいなと言うような意向があって、それが伝えられてそれぞれが住んでいる人間でですね。
エージェントみたいなのが自分の近くにこういうのがいると。
場合によったら飲み屋かなんかで隣に座った人、と言うのがあるかもしれません。
そういうのを探していてですね。
そして騙してどこかに連れて行ったというのが、一番可能性がかなりあるのでは無いだろうかと言うふうに思います。

だからそういう意味で言うと、何処でも出来るんですね。
海岸なんか別に必要では無いです。
横田さんの事件だって、新潟ですから海岸の事件と言うイメージが多いですけれども、実際に拉致をされているのはご自宅の近くで車の中に引きずり込まれてですね。
そして連れて行かれている、と言うケースでございまして、これはやはり皆狙ってやったというケースがかなり多いだろうと。
海岸でですね。
たまたま偶然に連れて行ってしまったケースというのは、これは工作員が中にはですね。
進入したという証拠として持って言ったというのもあると聞いていますけど、それよりはおそらく計画的にですね。
狙って連れて行ったというケースが多いんだろうと思います。

北朝鮮と言う国からすれば連れて行くのは当たり前の話ですから、工作員はやはり連れて行けばですね。
それが何かの点数に関わった可能性がある。
あるいは場合によったらやくざをですね。
下請けにして、そのやくざに金を渡して連れて来させたというケースもあるのでは無いかと言う感じも致しております。
そういう事を考えますとやる事が当たり前だと思っていれば、今政府のパンフレットなどに書いてあります70年代の後半から80年代の初めって言うのは、これは真っ赤な嘘というか、全くの認識の違いであると言うふうに思えます。

これは金正日がですね。
拉致の指令を出したのが76年くらいという事でですね。
そういう事を思っているのでは無いだろうか?と思っているんですけれども、我々が見ていてですね。
70年代の前半、あるいは60年代にいなくなった方々、この中にもたくさんおられますし、あるいは80年代の後半以降にいなくなった方々もたくさんおられるんですけども、いなくなり方から考えてですね。
拉致が疑われる人たちは、いなくなり方から考えて70年代の後半から80年代の初めは特別な特徴と言うのは私はそんなに無いと思っています。
量的に多いという事は有るかもしれませんが、そんなに極端に多いというような感じもしない。

それより前からず~~っと計画的にやっていて、そしてその後もですね。
やはり計画的にやった拉致というのが続いているのでは無いだろうか?と言うのは、我々が実際にこれ調査して来てみてのですね。
感覚でございます。
北朝鮮と言う国にとって拉致をするというのは、金日成の時代から当たり前のことであって、当たり前の事をやっているわけですから、金正日になって多少拍車が掛かったという事があったとしても、現実にはその時だけの事であるはずが無い、という事でございます。

だからず~~と昔からやっている。
そして東京は非常に匿名性がある場所ですから、全く知らぬ人がどこかアパートに住んでいてもですね。
全く分からない、わけですね。
誰がいなくなっても一人住まいしていたら、全く分からない。
久米裕さんなんかを狙ったというのは、おそらくやはり当然ですね。
回りにあまり縁故が無いということを狙っているわけでございまして、そしてそういう事から考えればですね。
いくらでも逆に非常にやりやすい。
この東京と言う場所はですね。
場所であるというふうにいわざるを得ないであろうと思います。
田舎なんかで向こう三軒両隣ですね。
誰が住んでいてどこに勤めていてどういう暮らしをしているか?と言うのを分かっているような場所であれば、いなくなりゃおかしい、と言うふうになるわけですけども、ここはそういう所ではないという事ですね。

実際私もですね。
かつて新宿で昔民社党に勤めていた時に、通勤経路が歌舞伎町で地下鉄から西武新宿に乗り換えて帰っていました。
で、歌舞伎町を途中通るわけですね。
あるとき仕事の合間にですね。
暇だった時に夕方ですね。
ふらふらと歌舞伎町を歩いていたらばたまたま「まだん」と言う名前の店が目に入りまして、これはまだ80年代の半ばくらいだったと思いますが、「まだん」というのは朝鮮語で「広場」と言う意味なんですね。
まだ韓流ブームも何も無い頃で、非常に珍しかったのでそのスナックですが、入ったんですね。

入ったらばそこはですね。
そこのマスターから、飲んでいたらいきなり出された名刺にはですね。
統一革命党日本代表部と言う、これは北朝鮮の工作機関の名刺を出されてですね。
大体こういう名刺を出す方は大した方はいないんですけども、どちらかと言うとママさんの方がもうちょっと大物だったみたいでですね。
しかし、その後仲良くなりまして、私も向こうが所在を明らかにしたんでですね。
こっちも明らかにしないと卑怯だと思ってですね。
民社党の名刺出しまして、それから時々、ちゃんとお金払って飲んでいたんですが、少し安くしてもらってですね。
飲んだりしておりましていたんですけども、あれもしあの時ですね。
私が入って最初の時、一人しかお客がいませんでしたから、酒の中に眠り薬でも入れられて眠ってしまったら分かりませんよね?

酔っ払いみたいに見せかけてですね。
肩担がれて「おい大丈夫か?」なんて言いながら声かけながら車に乗っけちゃったら誰も分からない。
職場の方にいつまで経っても帰って来ないと言って家族が心配をして職場に電話をする。
「いや、普通に夜出て行きましたよ」という話になる。
警察に行ってもですね。
家出人の捜索願くらいしか受け付けて貰えない。
「何か悩みでもありませんでしたか?」と言うふうに聞かれてですね。
「そういえばあいつこの間塞いだみたいだった」とかですね。
そういう話になれば、やっぱりそれでいなくなったんだろうという話で片付けられてしまうという事が有ったのでは無いだろうか?と言うふうに思います。
そういうふうにして、実際拉致をされた人と言うのは、当然いてもおかしくない事でございまして、そういう事を考えると東京と言うのは何でもできる場所だというふうに思った方が宜しいのではないだろうかと、感じが致します。

だから、じゃあこういうのをどうしなければいけないのか?と。
これはですね。
やはりそういう状態の中で完全に拉致を防ぐなんて極めて難しい事であります。
まだ日本人の拉致の場合はそれでもご家族がいれば、ご家族がまだ声を上げてくれて何とか世論になる可能性がある。
久米さんなんかの場合は、犯人が捕まってなければ家族がいないわけですから、誰も何も言っている筈が無いわけですね。
それ以外の方々でもおそらく家族がいない人を狙ってやって、成功していれば誰も何も言わない筈であります。
そういう人が非常にたくさんいる。

それからおそらく日本人以上にですね。
在日の拉致と言うのもかなりあるんじゃないだろうか?と私たち推定しています。
我々のリストの中、この東京の中には無いですけども、在日朝鮮人の方でですね。
いわゆる帰国運動と別に拉致をされたのでは無いだろうか?と言うケースが結構色々ありまして、これはですね。
ご家族が数人、我々に名乗りを上げている方がおられますけども、それ以外はですね。
全く分からない状態のままに今日に至っているという事でございまして、ここら辺もですね。
我々としては非常に大きな問題だろうと思います。

そういうふうに非常に大きな事をですね。
防ぐという事は中々難しいんですね。
これは防御と言う形では絶対に出来ません。
それはどうするか?と言うと、ともかくですね。
少なくとも今拉致をされている人たちはどんな事をやっても、草の根分けてでも見つけ出してですね。
探し出すぞ、という事をですね。
やっていかなければいけない。

そして拉致をされていると分かった人はですね。
何が何でも取り返すぞと言う意思を我が国が見せていかないと、北朝鮮は返して来ないだろうと言うふうに、私たちは思っています。
そのためにはだからやっぱりこういうのが必要になるんですね。
こういう情報を、と言う話が。

政府も昨年度3月くらいにですね。
何回か拉致の事を放送、テレビコマーシャルをやりました。
拉致は許せない、許せないのは当たり前の話でございまして、そんなのはわざわざ膨大な金をかけて政府がやるなと。
誰も分かっているんですね。
日本中の誰に聞いたって、拉致を許せますか?って、ハイ許せますなんて人はほとんどいないわけでありまして、姜尚中位だと思いますが、それ以外皆許せないわけですね。

それを言われたって困るわけです。
それよりももし例えばですね。
金かけてポスターを作る、あるいはテレビコマーシャルをやる、パンフレットを作るというんであれば、ともかく拉致今のうちにしゃべった方が身のためですよ、というですね。
脅迫するぐらいのですね。
コマーシャルでもした方がいい。

今情報を出してくれればですね。
警察も不問にしますよと、まぁ警視庁の方もおられるんでですね。
そういう事を言っちゃいけませんかもしれませんが、ともかく今のうちに言った方が身のためですよと。
今吐けばですね、あなた本当に皆さん大事にしてあげますよ、と。
最後まで行って他の事が分かってからバレたらあんた必ず捕まえますよと、いうふうにですね。
それくらいの脅かしをする位の事をしなければいけない。

この間ニュースでですね。
外国の記者を対策本部で呼んで、そして拉致のことについてご家族の方に会って頂いたりとか、現場を見せるとか言っておりましたけども、その対策本部の人たちがですね。
自分で自腹切って外国から読んで来るんだったら構いませんが、税金使ってですね。
そんな事やる事か?と。
ジャーナリストと言うのは本当に価値が有ると思えばですね。
自分で金使ってですね、やってくるわけですね。
わざわざですね。
お足つきで呼んで来てですね。
そんな事を書かせるんじゃあ北朝鮮と何の変わりもないと言うふうに思います。

もう何か見ていると、何に金使っていいんだか分からない。
何をやればいいのか?分からないという状態では無いだろうか?というふうに私ども思っておりまして、本当はですね。
やらなければいけない事が山ほどある。
政府の中にもやらなければいけないか?って何か分かっている人が、実は本当にこのことに携わっている人がたくさんいるんですね。
こんなことでは駄目だと、我々も政府の中のいろんな立場の人から話を聞いておりまして、しかし中々動かすことが出来ないというのが、残念ながら現状でございます。

それを我々は何とかして変えて行かなければいけないんですが、変えるのには何が必要か?と言うとやはりですね。
皆さんの声が必要です。
こうやって暑い中ですね。
36度くらいあるだろう中をこうやって来て頂いて、お話を聞いていただくというような事をするというお気持ちがあるというお気持ちがですね。
まさに政府を動かして、そして拉致の解決につながるんだという事です。

この声を絶対に小さくしたらいけないです。
任せておいて大丈夫だろうと思うとですね。
絶対にその方向には行かなくて、逆の方向に行くという事でございます。
何か近々、山崎拓さんが平壌に行くという話が出ております。
28日から30日は韓国の大統領とですね。
北朝鮮のあの金正日がですね。
また2泊3日も何しに行くんだか良く分かりませんけども、行って話し合いをしてくるという事でございます。

ほったらかして置くと、どんどんどんどんこの拉致の問題はですね、埋もれてしまうと。
日本政府は今何とかですね。
それでも支援をしないと言うところで止まっておりますけども、下手をしたらばそういう所もですね。
何かちょっとした餌を与えられて、そして分かりましたと言ってですね。
アメリカや中国やそして南北朝鮮のですね。
ペースに嵌められてしまわないという事も限らないわけで、そこに嵌められないために必要なのは世論だと。
結局最後はそこにやって来てしまうんだという事をですね。
ご理解をどうかいただきたいというふうに思うわけでございます。

我々は今度お盆休み明けにですね。
例の問題の朝鮮中央放送委員会の愼範アナウンサーのとですね。
矢倉富康さんの声のですね。
ご家族の声の鑑定の結果が大体出るという予定になっております。
その結果も踏まえた上で、20日過ぎからですね。
具体的に動こうと思うんですけども、今のところ政府は、我々よりも前にこの情報に接していた事は間違いないにも関わらず、全く動いた形跡が見えないという事でございまして、ここが愼範さんが矢倉富康さんだという事がハッキリすればですね。
ここをきっかけに何とか切り込んで行きたいというふうに思っているわけでございます。

我々何度も何度も言っておりますし、是非皆さんにもご協力をいただきたいんですが、この問題の解決と言うのはですね。
話し合いでは絶対に解決できません。
話し合いをするにしてもそこに、力の裏づけが絶対に必要になります。
日本がですね、その力を行使するという裏付けなくして、この問題は絶対に解決できません。
そんなちょこっと話し合いをしただけで、彼らが帰ってくるくらいであれば、大体拉致なんかするわけが無いはずでありまして、こういう状態の中で拉致が起きまして、そして返して来ない。
この間の北朝鮮の外務省の備忘録なんてのを見ればですね。
読んでいくと日本が悪いんじゃないか?と思えて来るような内容でございます。

そういう相手から取り返すためにはですね。
ふざけた事を言ったらば張り倒すという力が必要でありまして、それをやはりやっていくのは軍隊がいなければいけないと。
どこまで使うかは別としてですね。
やはりその裏付けが無いと問題解決しないと、私は思っております。

幸いここにもですね。
私含めまして3人予備自衛官がおりまして、そこにいる○○君と、上島議員とですね。
さらに今古賀議員の息子さんも予備自衛官補として訓練受けているそうですので、大分昔に比べて比率が高くなったなと言う感じが致しますので、我々はもう召集が来れば直ちにですね。
これを迷彩服に着替えて、北朝鮮に乗り込む覚悟でおりますので、そういう、もう絶対に取り返すんだという意思が向こう側に伝わればですね。
あの国は力しか信頼していないんですから、こっちが力を使うぞと言う意思があればですね。
向こうはそれに応じて来ざるを得ないという事でございます。

そういう意思を国民全体が持つ事によって今度はですね。
北朝鮮側だけでなくて他の国もですね。
日本と言う国に対して手出しが出来ないというふうに思うわけですね。
それが無かったら、いつまで経っても拉致被害者取り返す事が出来ないばかりか、日本と言う国は何をやっても大丈夫なんだと回りから馬鹿にされてですね。
更に被害者がでるという事は間違いが無いわけでございまして、我々はそういう意味でですね。
この決意とそしてそれをですね。
世論をバックに実行させていくと、いう事が絶対に必要であろうという事を思っている次第でございます。

色々ございますけども、本当にですね。
この拉致問題をこの10年間進展させて来たのは、他でもないここにお出での皆さんの熱意があったからという事でございます。
私はあともう少しのところまで来ているというふうにですね。
思っておりますので、もう少しの間お力を更に高めていただくことをお願いいたしまして、お話を終らせていただきたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・
音声ファイル及びテキスト中に出てくる個人名は、プライバシーに配慮してあらかじめ削除をしております。
悪しからずご了承の程、よろしくお願い申し上げます。

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2006年7月25日 (火)

■金正日は「合理的な考え方をする指導者」か

■金正日は「合理的な考え方をする指導者」か

              荒木和博

 安倍晋三官房長官が昨23日、横浜市内で行った講演で、4年前の9.17第1次小泉訪朝で金正日と会った際に「論理的な話のできる、合理的な考え方をする指導者との印象を持った」と語ったとの報道がなされていました。一瞬目を疑いましたが、特に否定のコメントもないようなので、やはりその通りなのでしょう。

 しかし、もし金正日が「論理的な話のできる、合理的な考え方をする指導者」であれば、北朝鮮はこんな惨憺たる状況にはなっていません。官房長官の発言が本心であるとすれば、これはとんでもない勘違いだと言わざるを得ません。あるいは、何らかの部分的解決に向けての動きが北朝鮮との間であるのかも知れませんが、現体制が存続する限り、拉致問題の完全解決はあり得ず、結局は拉致問題の棚上げにつながるものと懸念せざるをえないというのが正直なところです。

 金正日体制の存続を前提に、話し合いでやっていけば、未認定の拉致被害者の多くは見捨てられてしまいます。また、身寄りがない人であった場合など、曽我さんのように北朝鮮が勝手に出してくることは奇跡でもない限りありえません。また、外国人の拉致被害者の救出や帰国者・日本人妻、そして北朝鮮2000万国民の人権問題解決も、体制の維持を前提としている限り不可能です。

 これまで拉致問題に熱心に取り組んできた安倍長官ですから、このような餌をぶら下げて北朝鮮当局を釣出しておいて一気に潰してしまおうという策であろうとは思いますが、あと一歩で倒れるというときに救いの手を差し伸べるようなことにはならないことを願うのみです。

 北朝鮮相手にはアメリカ頼みでもだめ、専守防衛でもだめです。拉致問題を自国の戦争と位置付け、攻撃は最大の防御(もちろんこれは武力だけの意味ではありません)との原則の元に手を打っていくことだけが解決の道だと確信します。

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2006年7月 3日 (月)

■悪者は誰か

[調査会NEWS 383](18.7.2) より

                      荒木和博

 金英男さんとご家族の対面、そして記者会見等を受けて日本のマスコミではその矛盾点がクローズアップされています。お姉さんの英子さんのインタビューなども流されていますが、正直なところ、「こんな間違い探しばかりやってどうするのか」という思いがしてなりません。

 寺越事件の例を挙げるまでもなく、あのようなときに金英男さんが事実を話せるわけはなく、また、それを聞いたご家族が、「英男の言葉は嘘だ」と言えるはずもありません。家族の思いからすれば何としても金英男さんを守ろうとするでしょう。北朝鮮当局のシナリオに沿って言わされているのは自明の理なのに、その矛盾ばかり突いていたら金英男さんやそのご家族が悪者になるばかりです。

 悪いのは拉致をした北朝鮮当局です。金英男さんにああいうことをしゃべらせている金正日体制に問題があるのであって、28年ぶりの再会で自分の感情を表現することすらできなかった彼に罪はありません。また、彼の発言をを否定することの許されないご家族でもありません。記者会見のときとうって変わって、お母さんとお姉さんを見送るときの金英男さんの顔は必死に耐えているようでした。あるいは彼の発言は、あえて矛盾を大きくし、自らが言わされているのだということを知らせようとしたメッセージかもしれません。

 ともかく報道される皆さんも、それを見られる皆さんも、本当に悪いのは誰かということをもう一度心にとめていただければと切に願う次第です。

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2006年6月21日 (水)

福留貴美子さん拉致事件を考える集い(4)

荒木和博 特定失踪者問題調査会代表 講演

~~福留貴美子さん拉致事件の本質~~

0000816m

ご紹介を頂きました荒木でございます。
今日はお忙しい中こんなにたくさんの皆さんお集まり頂きまして、本当にありがとうございます。

今、野村さんの話を聞いていてですね。
映画の話が出ましたんで、ふと思い出したんですが、私も実はその北朝鮮の映画を一回見に行った事がございます。
ずいぶん昔ですが、学生時代だったかな?渋谷にですね。
北朝鮮の映画を上映する映画館と言うのがあったんです。
確か、入場無料だったか千円くらい取ったか忘れちゃいましたけど、見に行きまして、観客私一人でした。(笑い声)
やってた映画はですね。
今でも覚えているんですが、「高圧線」と言う映画で、要は電気の技師がですね。
朝鮮戦争のときに米軍の爆撃から高圧線を守るためにですね。
その活動について描いた映画でございまして、これ、中々良く出来てですね。
正直言って私泣いてしまったという(笑い声)感動的な映画でありました。
で、私には幸いにしてその後お声はかからなかったんですけども、まぁそういうふうにして声の掛かった方はおそらくいたんだろうなと。

それからもうひとつ、これはまだ私が民社党の本部に勤めていたころですが、私の通勤経路がですね。
丁度歌舞伎町が通勤経路になっていまして、で、あるときですね。
もうだから20年位前かな?
仕事が比較的早く終わってですね。
ふらふらっと歌舞伎町の中を歩いていましたならば、こういう名前の看板がありまして、(後ろのホワイトボードに平仮名で「まだん」と板書する)これ韓国語がお分かりの方ならご存知と思いますが、広場と言う意味の韓国語です。
当時は今みたいな韓流ブームでも何でもなかったものですのでね。
こんな看板なんか殆ど見た事がなかったので、ふらふらっと入っていきました。
スナックでございました。

カウンターで飲みながらですね。
話をしてて、何でそうなったのか?今になるとよく思い出せないんですけども、マスターがですね。
おもむろに名刺を出してきました。
その名刺になんて書いてあったかと申しますと、(ホワイトボードに「統一革命党日本代表」と板書)「統一革命党日本代表」というこれは北朝鮮の工作機関ですが、この文章が突然出てきたもんですでね。
おそらく一体なんで入ったか?と言う話になって、韓国のこととかやっているという話をしたからじゃないか?と思うんですが、さすがに私もビックリしましてですね。
しかしまぁ、相手がそれを出して来たんだから、こっちも名乗らないわけにはいかないと思って、「いや俺は民社党本部の人間だ」という事を言って(笑い声)申しました。

そしたらそこに、これは名刺を出したのはマスターなんですけども、ママさんがいましてですね。
その人がいろいろ良くしてくれまして、それから数回行ったんですが、後で聞いたらこのママさんが、マスターは余りたいした問題じゃなくて、この人が大物の工作員と言うかエージェントだったという事が後に分かりました。
で、ふと今から考えてみるともしですね。
あの時、酒の中に薬でも入れられたらですね。(笑い声)
それでおしまいですね。
私だから、仕事終わって一人でふらっと帰ったわけであって、職場の同僚ももちろん分からないと。
で、家族ももちろん知らないと、いう所でですね。
入った飲み屋でそこで飲まされて、後はどこかへ行っちゃったという事であればですね。
誰も気が付かない事である。

その後私もですね。
性懲りもなく何回もその店へ行ったもんでですね。
そうすると今度はもし例えばそこの店に行ったという事が分かったとすると、今度はいやあいつはおそらく北朝鮮の事が好きになって自分で行ったんじゃないか?というふうにですね。
なってしまった可能性も、これも当然ある、と言う事でございます。

で、この名刺なんか出したのはたいした事無いんですが、そこのママさんがやはり大物でですね。
大物だっただけに結構ちゃんとした人でですね。
その後、もう亡くなったと聞いていますけども、いろいろとお付き合いと言うわけじゃないですけど、店には行ったりしたという事がございました。

で、今日は焦点となっていますのは福留貴美子さんの事で、先ほど川添さんのお話の中に、警察がどういうふうに認識をしているか?と言うことについてのお話がありました。
これはですね。
この中にもおそらく神奈川県警の方なんかおられるのかな?
まぁ警察の認識としては、さっき川添さんが言ったように自分で行ったと。
そして逃げられたのに逃げなかったと、いう事でこれは拉致だと認めていないという事、ですね。

この2月の日朝の実務者協議のときに、福留さんの名前を出していると言うのは、これは実は警察に相談しないで外務省がやった話です。
だから外務省はですね。
警察からの追求を避けるために三十数名と言う言い方をしています。
実際は1000番台リスト34名に、小住さんと福留さんを入れて36名なんですが、これを三十数名というようにぼかしているのは、この福留貴美子さんとそれから警察が死んだと言うことにしている山本美保さんの二人が入っているから、と言う事でございます。

この福留さんの事件と言うのは、非常にある意味でいうと象徴的な事件でありまして、一体拉致の本質は何か?と言う事を考える上でですね。
それは非常に重要な事件です。
と言いますのは、拉致と言うとやはりですね。
海岸を歩いていたらば無理矢理捕まえられて、そして袋に詰め込まれて船に乗せられたと、いう事でですね。
連れて行かれたというふうに思われるイメージが非常に強いと。
しかし、実際にはですね。
そういうケースはそれほど多くはない、と思います。

今日は家族会の増元事務局長がお見えですけども、増元るみ子さんなんかの場合はですね。
やはり市川さんとデートに行ってる時にやられたと言う事で、その可能性が一番近い人ですけども、しかしその増元さん・市川さんのケースでも市川さんは電電公社の社員でしたが、電電公社とか電話の関係者でいなくなってる方が多い事を考えますとね。
その場で行き当たりばったりではなかった可能性と言うのも存在をする。

一番可能性として高いのは横田めぐみさんですとか、おそらく横田さんの場合でも全くたまたま出会いがしらと言うのではなくて、若い女性を連れてくるという指示があって待ち構えていて網に引っかかったと言う事は最低限あるんでしょうが、そこから段々段々ですね。
グレーゾーンに向かっていくんですね。

一番のグレーゾーンと言うのはやはり自分で北朝鮮が好きになって入ったと。
しかし戻れなくなったと、いうことです。
これはある意味ではよど号の妻たちでもそうです。
よど号の妻たちでも彼女たちは大部分は北朝鮮にですね。
もちろん自分の意思では行ってますけど、まさか向こうでよど号グループと結婚させられるとは想像していない。
で、行ってみたら無理矢理くっつけられたと。

これもいろんな話があるんですが、どうもですね。
相当無茶な事をされた・相当酷い事をされたらしいと言う話も私聞いております。
そういう中でも他に選択がなくなって結婚をしたと。
で、しかし結果的にはですね。
本人たちがその気になったから、あれは拉致ではないということなんですが、彼女たちだってもし向こうに行ってからですね。
「こんなはずじゃなかった」と「私たち帰る」と言ったら間違いなく拉致になります。

福留さんはやはりそこに近いグレーゾーン、だと思いますね。
自分の意思で北朝鮮に入った事は、まぁ間違いが無い。
そういった意味では有本恵子さんとか、松木さん、石岡さんなんかと同じケースになります。
しかし、そこでず~っと暮らす事になるとはおそらく思っていなかった、いう事でですね。
拉致と言うのはそこまで全部ひっくるめないと、いけない。

そうすると更に言えばですね。
この自分の意思で入ってそして出られなくなった拉致と言うのはですね。
もうほとんど境界線の無いくらいの先には、今度は帰国運動があるんですね。
帰国運動で、確かにそれは自分達で決めて北朝鮮に行ったと。
しかし、すぐにですね。
帰国運動の時は1年か2年したらば里帰りできると思って行ったらば、全く出られなくなってしまったと、いうようなことがある。
これは殆ど境目が無いに近いぐらいの状態でその向こう側にはこれがある。
ず~っと、これグレーゾーンなんです。

この間に更に今はほとんど問題になっていませんが、在日朝鮮人の拉致被害者と言うのがやはりいます。
このケースもですね。
やはり、例えば工作船なんかを使って不法に出国したと言う可能性はある。
しかし本人たちは戻ってくるつもりだったのが戻れなくなったとかですね。
そういうケースが相当ある。

だから拉致と言うのはですね。
バシッとですね。
ここでもうこれは拉致です、これは違いますというふうに割り切れる物ではなくて、凄くですね。
非常に複雑だと、いうことです。
それを是非考えておいて頂きたい。

それから福留さんのケースでやはり日本に戻って来たと、これが警察が拉致を認定しないひとつの大きな理由なんですが、これは先ほど川添さんが言ったように、子供たちを残して来ているという事でですね。
無茶な事は出来ないと。
尚且つ、例えば警察に駆け込んだところでですね。
警察がその時相手にしてくれたかどうか?と言う事も疑わしい、と言うことであります。

レバノン人の拉致被害者ですね。
彼女たちも、北朝鮮の当局はベオグラードに出す時に、「お前たち、もし逃げ込んだってレバノンの大使館にだって俺たちの仲間はいるんだぞ」と言うような事を言っていたと、言う事でですね。
当然「警察にだって仲間はいるんだ」とか言ってたでしょうし、そうするとそこでですね。
勇気を出してそういうことが出来るか?と。
ひとつ間違えたらば、自分の命が無いかもしれないと、言う事があったということでありまして、これも重要な問題として、考えておかなければいけないわけです。

向こうに行ったというのは、基本的には向こうが何か使おうと思ってるわけですから、当然何かしらの工作活動に従事している可能性は十分あります。
だって例えばですね。
今帰っている蓮池薫さんなんかにしたって、全然喋らないですよね?
喋らないどころか彼が出してくる情報の中には、どう考えてもですね。
何らかの目的を持って出しているとしか考えられない情報が決して少なくは無い、わけであります。

こういう事が彼の耳に入ると彼は相当敏感になるんだそうですけども、この間金英男さんのご家族が行って会ったときも、金英男さんのご家族は今まで聞いていた事だけだったと非常に失望されたと言う事だそうですが、実際おそらくそうなんだろうと言うふうに思います。
今でも例えば地村さんなんかは毎日のように柏崎に電話して指示を仰いでいるという話であって、蓮池薫がコントロールタワーをやっているだろうと言う事は、もうみんな公然の秘密みたいな物でありまして、誰も言わない。
ある意味で言うと子供たちが帰ってきたら喋るんじゃないか?と思っていた私たち自身の期待も裏切られて、そして子供たちが帰ってきたら尚の事喋らなくなってしまったと、言うのが残念ながらその事実であろうと言うふうに思います。

かといってじゃあ、彼らをですね。
全面的に非難できるか?と、今喋ってくれない事については私は様々な思いがありますけども、しかしですね。
彼らが喋らないのは、ただ単に北朝鮮に対して忠誠心を持っているから喋らないと、いうことではやはり無いと思います。
ある意味で言うとドメスティック・バイオレンスみたいなものでですね。
恐怖感からは絶対に抜けられないと。

彼らのところに書いた手紙では、私は「戦ってくれなければ絶対にその恐怖感からは逃げられませんよ」と言う事を書いたりしたことがあるんですが、そういう事を書いたら何か脅迫状が来たとか言う事をですね。
言われてしまっていますので、まぁ相当嫌われているんでしょうけども、しかし現実問題としてはやはり彼らの恐怖をですね。
つかさどっているあの体制が潰れない限りは、どうやってもですね。
彼らがその恐怖感から逃げる事はできません。
だからそういう意味では、彼らが今やってることについて、100%の非難は出来ないと。
もちろん喋ってもらわなければいけませんし、もっと無理をしてでも喋らせなきゃいけないと私は思いますが、そういうことはある。

だから拉致被害者が何となくイメージとして、無理矢理つれて行かれて、何とか日本に帰りたいと思ってですね。
ただじっとしていると言うふうに思うイメージを思い描いていると、後でおそらくそれと現実のギャップがですね。
相当違った物が見えてくると。
その時に我々騙されたとか言う事をですね。
なってしまうと、これは拙いです。

そうじゃなくて、ああいう国の中にいるんですから、当然そういうことをさせられたと言う事はあるわけで。
それが例え半分くらい本気で彼らがやっていたとしても、それをですね。
最終的に我々は全て悪事を働いていたと言うような見方をする事は出来ないであろうと、言うふうに思うわけでありまして、その点をどうかご理解を頂きたいと思います。
福留さんの事件はまさに、そういう事件のひとつの象徴であります。

で、特に彼女の場合はですね。
私も救う会の事務局長をやっていた時代から彼女の事には関わっておりまして、高沢皓司さんと一緒に高知に行ってですね。
お母さんご存命のうちに2度お会いした事があります。
あのお母さんはですね。
前に日比谷の全国集会に一回来ていただいた事がありますが、本当に見かけは田舎のおばあちゃんですけども、物凄い記憶力の良い人で、凄い頭の良い人だなぁと、私よりよっぽど良く物を覚えている人でありました。

お母さんの言った事で非常に印象に残っているのは、あの時よど号グループの関係者が何とかしてその孫をですね。
貴美子さんの娘さんたちの事で結びつきを持って、そして福留貴美子さんの死亡届を出させようとしていたと。
その時に、お母さんが言ってたのは「私が骨で、そして貴美子は肉なんだ」と「そして孫たちは皮である」と。
「皮と骨は直接繋がらないで必ず間に肉がなければいけないので、貴美子の事が分からないのであれば、それは分かるまでやらなければ、そこで妥協すると言う事はできない」と言う事を言っておられました。

そういうお母さんですから、かなりしっかりしていたという事もあり、相手側もですね。
相手側と言うかよど号グループの関係者、この中にも誰かしらいるんでしょうけども、相当神経を使ってました。
ひとつ前に言われてびっくりしたのは、ご存命のときにですね。
福留さんのお母さんが一回ですね。
何か目の病気で隣町の病院に数日間入院した事がある。
数日で帰ってくるんで近所の誰にも言わなかったと。

で、郵便局にだけ「手紙をちょっと止めて置いてください」とか何とか言ってたらしいんですが、そして帰ってきてからしばらくしてからですね。
北朝鮮のよど号グループから、その病院気付でですね。
お母さん宛に手紙が届いたという話をしてました。
ですからどこでどういう事をしているのか?と言うのをですね。
チェックしている人間がいるんだなぁということが分かったわけで、あんな本当に田舎なんですけども、そこでもそういう事をやっていたという事であります。
だからこそ、そういう一応ネットワークがあるから、そう簡単に帰国したからと言ってそこでパッと逃げ出せるということでは無いと言う事をご理解を頂きたいと思います。

政府が認定しています11件16人というのはですね。
これ結局、我々も古川了子さんの訴訟で認定の基準の問題なんかをやってるんですが、要はですね。
認定の基準なんか何も無いんです。
たまたまマスコミが騒いだとかですね。
それから工作員が捕まって自白したとか、そういう事でやってるだけで、それ以外の物は無いと。
そこに一生懸命ですね。
屁理屈を付けて、認定の基準はこうだとかああだというような事を言うから、返って話がおかしくなる。

所謂その警察の捜査のやり方でですね。
そして認定できる人間なんてそんなにおそらくいないだろうと、言うふうに思います。
しかし問題は、じゃあ警察の判断で認定できる人間がいないから、じゃあみんなそのままで良いのか?と。
あいつは自分の意思で行ったんだよと言うことだけでですね。
済ましてしまえるのか?と。

非常に不謹慎ながら、私は時々例えで使うんですけども、「踊る大走査線」でですね。
青島刑事が公安の刑事だったとしてですね。
人がいなくなる失踪事件を追っかけると。
で、「いやあの人は拉致されたことに間違いがありませんよ」と言ったらですね。
所長と副所長と課長がですね。
「いや青島君、あの人は自分でいなくなったんだからね。拉致じゃないから、自分でいなくなったよ」と言う風にして終わりにしてしまうと言うようなパターンがあるのではないだろうか?と。

ですから最終的には田中実さんの事件とか、原敕晁さんの事件とかもそうですが、ああいって身寄りの無い人を狙ったケースについては、ご家族が名乗り出る事も何も無いわけなので、結局全ての人たちを返してくるためにはやはり今の体制を変えてしまってですね。
そしてみんな自由に出て来れる様にすると言う所に持っていく以外に方法は無いと。
これは他の北朝鮮の人権問題の解決なんかも結局そこに辿り着いてしまうんで、そこに行くしかないわけですが、そこを警察的に刑事事件として捉えるということであれば、逆に上手く行かないであろうと言うのが私の考え方でございます。

先ほど野村さんが言われたチュチェ研の動きとか、そういう事はですね。
これは全部止めるなんて事は絶対出来ません。
どんな国だって、自分の国が生き残る為に工作活動っていうのは必ずやります。
アメリカだってもちろん日本に対してやってますし、イギリスだってやってると。
中国も韓国ももちろん皆やってるわけでありまして、それは同盟国・友好国とか関係ありません。
生きるためには当然そういうことはしなければいけないわけでありまして、日本だってですね。
極めてお粗末ではありますけども、やって無い事は無いわけであります。

戦前はかなりですね。
それこそ満鉄の調査部とかあんなのを含めて考えれば、膨大な情報機関を持ってやってきたわけで、これは国家として生き残る為に当然です。
ですからどういう世界になろうと、そういう物をですね。
全部なくす事はできないんで、ですからそれはカウンター・インテリジェンスでですね。
抑える努力をしながら、そしてこちらからも送り込んでですね。
そして情報を取ると。

場合によったら、アメリカほど荒っぽい事をやらなくてもですね。
政権の転覆を図るような事くらいまで、やんないとですね。
攻撃は最大の防御と言うやつで、専守防衛でいくらやったってこの国を守る事なんか絶対に出来るはずなんか無い、と言うことであります。

そういう意味で福留さんの事件を我々本気になって取り返すことが出来るかどうか?と言う事が、ある意味で言うとこの拉致問題での認識をですね。
どういうふうにしていくのか?と言う重要な問題に絡んでくると言う事でございまして、どうかその点をですね。
ご理解を頂きたいと思うわけでございます。

もちろんそれだけは言っておきますが、かつてですね。
金子だったかな?
誰かが日本との電話の中で、「福留さんのお骨は実は今私の横にあるのよ」と言うような話を言ったと言う事を、私聞いたことがございます。
それが本当であればそのお骨を持って来れるはずですよね?
それでもちろんそれを鑑定することも出来る。
いまだにそれは出てきていないと。
と言う事はこれは間違いない事実だと言うことでありまして、松木さんの骨だってもし本当に亡くなっているのであれば、当然その遺骨が出てくるわけですが、わざわざ2回も偽物を掴ませてくるという事がどう言う意味が在るのか?と言う事は皆さんお分かりだろうというふうに思います。

まぁ以上ですね。
私申し上げましたが、拉致問題の解決と言うのはやはり幅広く見ていただく必要があるという事で、ご理解を頂きたいと言う事でございます。
ありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年6月17日 (土)

北朝鮮人権法可決について(荒木和博氏)

■北朝鮮人権法可決で思ったこと
                    荒木和博

 今日北朝鮮人権法案が参議院で可決成立しました。

 会期延長がないということで、正直なところ継続審議になってしまうのではないかと思っていましたので、とりあえずほっとしています。内容的にも評価できるものであり、自民・民主・公明各党の担当者の皆さんのご尽力に心より敬意を表する次第です。

 私は今島根の松江にいます。明日開催される島根県民集会に参加するためです。この集会には加藤博・北朝鮮難民救援基金事務局長と私が講演しますが、空港から松江市内に向かう途中、加藤さんと「10年前なら『北朝鮮人権法』などと言っても誰も相手にしなかったでしょうね」と話していました。世の中の変わりように感慨もひとしおです。

 ところで、ここに来る前に平沼赳夫・拉致議連会長にお会いしたところ、事務所に「人権法に難民の保護をうたっているのはけしからん」という内容のメールが多数来ていると言っておられました。それを聞いたときに、私は、「これこそが今後の運動の中で克服していかなければならないことだな」と思いました。

 「拉致問題だけ協力してほしい」と外国で言ったところで、それは基本的にはエゴでしかありません。「北朝鮮の人権問題は深刻であり、拉致被害者のいる日本はそれを身にしみて感じている。したがって先頭に立って北朝鮮の人権問題を解決します。皆さんも協力してください」というのがあるべき姿でしょう。直接の解決はあくまで日本の安全保障問題として、日本と北朝鮮の二国間でやるべき問題です。

 例えば、アメリカ人が日本にやってきて「うちの息子がキューバに拉致されている。日本は同盟国なのだから助けて下さい」と言ったらどう思うでしょう。「それは、お気の毒だけど、まずアメリカとキューバの間でやることではないですか。もちろん、お手伝いはしますが」というのが正直なところでしょう。

 難民保護について、日本国内の混乱を心配する声もあるようですし、確かにその懸念が全くないとは言えません。しかし、日本の人口から考えれば最大限でもコンマ数パーセント程度の、しかも日本に縁故のある難民を引受けられないほど、この国は包容力のない国なのでしょうか。

 大東亜戦争をアジア解放の戦争だと思っている方は、多少の犠牲を払っても北朝鮮国民を独裁政権から解放することこそ、英霊の思いに報いることと考えていただきたいですし、逆に侵略戦争だったと思っている方は、その償いのためにも北朝鮮の独裁政権から、彼の地に住む人すべてを解放しようと考えてもらいたいと思います。今、本当になすべきことは何なのかを考えれば、そう違った結論は出てこないはずです。

 いずれにしても、この人権法可決は今後大きな効果をもたらすでしょう。まさに「攻撃は最大の防御」であり、法律制定の効果を高めるためにさらに次の手を打っていかなければなりません。わたしたちもそのために努力を続けるつもりです。

 今朝、石川県の白山市では、特定失踪者安達俊之さんのお母さんと支援者の皆さんが早朝5時半からの「しおかぜ」第一放送を聞いてくださいました。東京では受信状況が悪かったので心配したのですが、石川ではしっかり聞こえたそうで安心しました。ご家族の思いを何とか結果に結びつけるように、がんばります。今私たちのところに入ってきている様々な情報は、間違いなく近いうちに大きな変化があることを指し示しています。人権法制定をはじめ
このチャンスを絶対に逃さないようにしていきます。今後ともよろしくお願い申しあげます。

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2006年4月29日 (土)

荒木和博氏講演(2006/4/16)

日本再生フォーラム第17回講演会 (06.4.16 JACK大宮ビル5階にて)
「拉致問題を通して日本のあり方を考える 第6弾 ~北朝鮮による拉致を二度と許さないために~」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その1』

本日はお忙しい中、多数の皆様お集まり頂きまして本当にありがとうございます。
また、この会を主催するに当たりまして竹本代表を初めと致します、日本再生フォーラムの皆様のご尽力に心より敬意を表する次第でございます。

これから私がお話いたしますのは、今日ですね。
特に中心的な題は「拉致を二度と許さないために」と言う事でございまして、主にこれからどういうふうにするべきかという事について話をさせて頂きたいと思いますが、皆様なんと言いましてもこの所出ておりますキム・ヘギョンさんと韓国人拉致被害者・金英男さんのDNAの鑑定の結果等々をですね。
この事が大変ご関心を持っておられると思いますので、ちょっと最初にこのことに触れておきたいと思います。

この事が明らかになったのは先週辺りから、先々週ですか。
辺りからちょっと話が出るんではないか?と言うことを言われておりました。
正式に発表がありましたのが11日でございまして、この時に政府がそのDNA鑑定の結果、キム・ヘギョンさんの血液とそして金英男さんと言う、昭和で言うと53年の8月5日に韓国の西海岸の島から拉致された当時工業高校の高校生です。
このDNA鑑定の結果ですね。
二人の間に血縁関係がある事が確認をされた、と言うような報道でございました。

この(DNA鑑定を)2ヶ所やってほぼ間違いが無い、と言うような事でございましてですね。
私たちにとりましてはご存知の無い方もおられるかもしれませんが、特定失踪者のDNA鑑定の問題と申しますと、山梨県の甲府市で失踪された山本美保さんの事について、山梨県警が行ったDNA鑑定と言うのはですね。
どうも余りにもちょっと信用できないと。
言う物がありますので、DNAと聞いただけでちょっと?マークがつくんですが、今回の調べ方等々からするとやはり間違いないだろうと言うふうには思っております。
ですから少なくとも一時期、横田めぐみさんと金英男さんの間に夫婦の関係が存在したという事は間違いが無いかと思います。

で、もともとこの情報は去年の12月にですね。
韓国の拉致被害者家族会、韓国では拉致被害者の家族の会が3つありまして、そのうちの一つの拉致被害者家族会の崔成龍さんという代表が発表をした。
これは一昨年の2004年の9月、中国で情報をですね。
北朝鮮の高官から得たと、言う事で発表した情報だったんですが、それが確認されたと言う事でございます。

ちなみに去年くらいからですね。
ニュースにもちょっと出たようですが、蓮池薫さんが横田めぐみさんのご主人は韓国人の拉致被害者であるということを言っていたと、言う話もございました。
ですからその二つのソースがあったわけですが、今回これが確認をされたと言う事です。

私が調査会のメールニュースでですね。
書いたんですが、蓮池さんは帰ったときにですね。
帰国した時に横田さんのご両親ともそれから双子の弟さんにも会っている。
その後も何回か会っている訳ですが、最初の内はですね。
めぐみさんのご主人は拉致被害者の韓国人であると言う事は一言も言っていません。
一昨年くらいから、ちょっと周辺には漏らし始めたという話を聞いておりますが、結局ですね。
横田さんのご両親はあるいは弟さんたちは直接は彼らからそういう話は聞いていない、と言う状態であると思います。

で、ここにおられる皆さんもいろいろなお気持ちの方がおられると思いますが、私もこういうことばかり言っておりますんで、相当彼らからは煙たがられているようなんですけども、あのですね。
ちゃんと言うべきですよね?こんな事は、当たり前の話で。
最初からそんな事を分かっているなら、分かってないわけが無い。
彼らは一緒に暮らしていたわけですから、一緒に暮らしていたのが嘘であれば分かりませんけど、本当に一緒に暮らしていたのであれば、当然一緒に暮らしていた人間が同じ朝鮮語で話をしていたって、それがただの元々の北朝鮮の人なのか?
拉致された韓国人なのか?くらいはですね。
わかんないはずが無い。
ですから帰国した当時すぐにですね。
それを教える事が出来てもおかしくなかったと言うふうに思います。

あの当時彼らが言っていた事は殆ど横田めぐみさんの事についての証言ばかりでございまして、そのあとポツリポツリと田口八重子さんについての証言ですとか出て参りましたけど、あの時はめぐみさんの事ばっかりでございます。
それはどういう事を意味するかと言いますと、この横田めぐみさんの事を出すことによりまして、横田さんのご両親をピョンヤンに呼ぶと。
そこで横田めぐみの墓と言うものでも作っておいてですね。
そこで拝ませて、キム・ヘギョンさんと感動の対面をさせて、それを持って拉致問題はおしまいと言うふうにしようとしていたんだろうと思います。
彼ら自身はちゃんとそういうふうに喋れと、言う事のシナリオに従って喋ったんだろうと私は思っております。

しかし、これはある程度仕方が無い部分があります。
当然そういうような事をですね、しなければ北朝鮮が出すはずもありませんから、ある程度は仕方がなかったと思うんですが、それにしてもここに来てからもう3年半経つわけですが、その頃になってこういう事が出てくるということ事態がですね。
やはりどう考えてもおかしいんではないか?と思うんです。

それからですね。
ちょうど蓮池さんが拉致されたのと金英男さんが拉致された頃がほとんど同じ時期です。
7月の末と8月の初めですから。
で、つまりご両親はこの二人の息子をそれぞれ二十何年前待ち続けたんですね。
蓮池さんのお母さん、ハツイさんなんかは最初の内はですね。
本当に、こう言っては失礼ですが、錯乱状態に近いような状態になってしまったという話を聞いております。

そういう状態の中で苦しんで、しかし息子を何とか取り返したいと言う思いでですね。
お母さんは一生懸命やってこられて、そして現実に息子さんを取り返す事が出来たんですが、同じ苦しみを受けているお母さん、崔桂月さんに対してですね。
もっと早く本人から直接ですね。
連絡を取って上げられなかったもんだろうか?と、そういうことを私は未だに非常に疑問に感じております。
彼らにすればもちろん言い分はあるんでしょうけども、しかし普通に考えてですね。
やっぱりおかしいんじゃないかな?と言うふうに私は思っております。

彼ら自身は特にですね。
今まで喋ってない事は非常にたくさんあります。
彼ら自身は政府に対しては殆どみんな喋ったと言うような事を言っておりますけども、そんな事絶対にあるわけは無いです。
もちろん、喋れない事もあるんでしょう。
それはまぁ認めますけども、しかし、それはそれとしてですね。
それにしても彼らが全部喋ったと言う事は嘘だとしか言いようが無い。

彼らの中でもですね。
特に地村さんご夫妻とか、あるいは曽我さんなどはですね。
何かあれば柏崎に連絡を取って、そして喋っては駄目というふうに言われると喋らない。
こういうような話を私はいろんな所から聞いております。
ならば、やっぱり蓮池薫さんがですね。
それなりの責任を持って対応をするべきであろうと言うふうに思っております。
こんな事を言うのは大体私とあと何人もいませんので、言えば嫌われるんですけども、そんなのんびりした事も言っていられませんので、この場を借りてもですね。
ちょっと申し上げておきたい、と言うふうに思っております。

そうしないと、まさに、今回の金英男さんの件でもそうですが、こういうことが明らかになってからですね。
なんだあいつ等話してなかったじゃないかと言う話になってくる。
これ日本人の、韓国人にも酷い話ですけど、例えば日本人の拉致被害者の人で特定失踪者の中の人とかですね。
当然蓮池さんは藤田進さんなんかを見てるはずなんですが、見ていないと。
やがて別の所から明らかになったときにですね。
なんだ、何であの時言わなかったんだ?という話になれば、彼ら自身の立場の方が危なくなる、非常に悪くなるということもあるわけで、やはりいろいろ問題はあるんでしょうけども、しっかりとそこは話をして貰いたいという事をですね。
本当に切実に感じております。

しかしこういうふうになる事の理由がいったいどこにあるのか?
まさにこの国の根本に関る問題である、と言う事であります。
この国がもうちょっとしっかりしていれば、彼らはもちろん拉致をされる事は無かったでしょうし、拉致をされてももっと早く取り返す事が出来たでしょうし、こんなに多数の方々が拉致をされる事もなかったであろうと言うふうに思います。
もちろん拉致をしたのは北朝鮮と言う極めて異常な体制の国がやった事ではございますけども、一方でその拉致をやらせてしまった言う意味でですね。
日本と言う国も極めて異常な国である、というふうに言わざるを得ません。

田口さんの拉致もおそらく今まだいろんなこと分かってない事がたくさんあると思うんですが、横田めぐみさんの拉致もですね。
複数の筋から私が聞いている話では、昭和52年11月15日のあの拉致をされてから間もなくの時点で日本政府の上の方はですね。
もう北朝鮮による拉致だと言う事は認識していたと言う話がございます。
おそらく私はそれは間違いが無いだろうと思っています。

で、しかしその後ずっと言って来なかった。
平成9年にこれが明らかになったためにですね。
政府は拉致であると言い始めたわけでありますが、これを民間の方で明らかにしていなければですね。
未だにおそらく横田めぐみさんはただの失踪した中学一年生の少女、と言う事であったのではないだろうか?
もちろん今帰国している5人も帰ってくる事はなかっただろう、と言うふうに思うわけでございます。

で、どういうふうにこの国がおかしかったのか?と言う事を知る上でまずですね。
北朝鮮がどういうことを今までやって来たか?と言うようなことについてのお話をして行こうと思います。

ちょっと遠くの方は分からないかもしれませんが、これは北朝鮮の潜水艦です。(写真を一枚掲げる)
今から11年前にですね、東海岸に工作員を侵入させるためにやって来てですね。
そしてそこで波が高かったので座礁して、帰れなくなったという潜水艦でございます。
事件を覚えていらっしゃる方もおられるんじゃないかと思います。
この時にこの潜水艦に乗っかっていた乗員はですね。
全部上陸をいたしまして半分はその場で集団自決をする。
残りは皆山の中に逃げ込んで、そして一人が捕まりまして残りの13人だったかな?
が射殺されて、一人はどうも北朝鮮に逃げ帰ったらしいと、言うふうに言われております。

で、この潜水艦、近くじゃないと分からないと思いますが、前に魚雷の発射管が無いんですね。
ここから見えませんがこの反対側、右舷の船首の方にですね。
一ヶ所だけハッチが、魚雷発射管みたいな場所に付いています。
それが何かと言うと工作員が脱出する為の、つまり上陸したりするときのですね。
ここから出て水中スクーターのようなそういう物で海岸に入る。
そのためのハッチが一つだけ付いております。
他にはこの船にはですね。
魚雷もないし、それ以外の武装もしていない。
もちろん銃とかですね、そういう物は持ち込んでいたんですけども、その船自体には直接くっついてはおりません。

それはいったいどういう事を意味するのか?と言いますと、この潜水艦がいわゆる普通の海軍が戦闘をやったりするために使う船では無いと言うことですね。
この潜水艦の目的と言うのは韓国に工作員を送り込む、偵察を行う為の潜水艦だと言う事です。
北朝鮮の工作活動と言うのは、ですからたまたまいろんな事をやってる中で必要性に応じてついでにやると言う事ではなくて、工作活動をやること事態が彼らにとって極めて重要な物のひとつである。
それは韓国の中の政権を転覆させて、そして南を共産化統一をするという北朝鮮の国家目標に基づいたものですけども、そういう物に基づいて作られていると言う事です。

韓国はそれに対抗する為にこうやってですね。
海岸に韓国の東、西、南の海岸と言うのはほとんどこういう鉄の柵が巡らされております。
韓国へ行かれたら海岸の方で人目の無い所でもずっとこう言うのが通ってますから、御覧になったら良いと思いますが、かなりしっかりとした鉄の柵で上には鉄条網が巻かれております。
こういうものがずっと渡されている。
こう言うのがあっても潜水艦が来たら平気で入ってくるんですね、北朝鮮の工作員と言うのは。

それと今、埼玉には海はありませんけども、この茨城でも千葉でもですね。
海岸線にこんな物あるか?と言うと、どこにも無いわけでございます。
この中には、これもちょっと小さくて分かり難いと思いますが、ここの端の所にですね。
韓国軍の警備・・・(聞き取れず)があります。
ここには実弾を込めた銃を持った兵隊がですね、警備をしている。
それから海も船がパトロールをしている。
こういうふうにやってる中ででもですね、平気で入って来る、と言う状況です。
それと日本の状況を比べてみるといったいどういうものか?と言うのは非常にお分かりになるだろうと思います。

で、日本には、今潜水艦はひょっとしたら使ってるのかもしれませんけども、基本的にはこのこういう工作船ですね。
こういう物で入って来ているという事が多い。
最近一応(潜入は)止まってるんじゃないか?と言う話も有りますが、ちょっと詳しい事は分かりません。
使える時は、また使ってくると思います。

この工作船は今横浜のですね。
観光地になっています赤レンガ倉庫がありますが、あの先に海上保安庁の施設がありまして、そこで展示をしてあります。
ゴールデンウィークにでも横浜の方に遊びに行かれたらちょっと足を伸ばしてですね。
30分くらいで見れますので、行って御覧になったら良いと思います。
陸の上に上げてありますから、非常に大きく見えます。

船の事をお分かりの方ならすぐ分かると思うんですが、この船の船首の形状は非常に尖ったV字型の形状をしております。
これもさっきの潜水艦と同じように、漁船を改造したとかそういう片手間仕事でやった物では無いと言うことです。
完全に工作活動をやるために、特に日本に工作員等を送り込むために作った船だと言うことですね。
この船は時速で言いますと大体40ノット(1ノットは1.852キロメートル毎時、40ノット=時速約74キロメートル)以上のスピードが出る。
この船の後ろの方が観音開きで開きまして、工作小船という、ちょっと上から見ますとですね。
普通のポンポン船にしか見えない船が出てくるわけですが、この船はもっとスピードが速くて50ノット(=時速約79キロメートル)くらいのスピードも出して走ることが出来る。
そういうような船ですね。
この船で沖合い500メートルくらいまで行って、それからゴムボートに乗り換えて上陸をすると、言うようなパターンが非常に多いというように聞いております。


このテキストは話しの花束ぴろんさんの労作です。

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2006年1月 7日 (土)

荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【1】

特定失踪者調査会 代表荒木和博氏

ご紹介いただきました、荒木でございます。
今日は、正月から、たくさんの方、おいでいただきまして本当にありがとうございます。
限られた時間でございますので、できるだけ簡潔にお話をしたいと思いますが。

おそらくここにおいでのみなさん多くの方が非常に関心を持っていらっしゃるのがこの年末年始に流れました、あの横田めぐみさんや地村さんの事件の実行犯の問題ではなかろうかと思います。

結論から申します。
あのニュースはすべてウソです。

(会場から『え?』)

あの横田めぐみさんや、地村さんをやったのは辛光洙ではありません。違います。

辛光洙はあの事件の頃は、北朝鮮に戻っております。それは彼を捕まえた後の韓国の1985年11月にですね--
2月に捕まえまして、11月にソウルの地裁で、判決が出ておりまして、その判決文の中に、彼が生まれてからどういう風に行動していったかと、工作員になってから、どういうふうに、どっから日本に上陸して、そしてまた北に戻って、また来て、どういうふうに誰と接触して行動していったかということが、書いてございます。その中には1977年1978年のあの時期は北朝鮮に戻って、教育を受けている時期でございまして、日本にはおりません。抜け出して拉致をしたと言うことはあり得ないわけでございまして、あの報道自体が、(もともとそれを確認する前からおかしいと思ったんですが)やはり明らかに、意図的なウソであろうと、言う風に思います。

韓国政府の関係者の知り合いにも聞いてみましたけれども、まぁその彼も『自分の名誉にかけてそんな地裁の判決が、そんなところで大嘘をつくことはあり得ない』と、言うふうに言っておりました。

で、そうするといったい何でこんな事が出てくるんだと言うことに当然なるわけですね。

あの年末の話は、辛光洙(シン・ガンス)と朴(パク)といわれる西新井事件というですね、いろんな日本人に成り代わって工作活動をやったとされる、工作員の二人が主役として出てきたわけでありまして『それくらいしか、北朝の工作員はいないのか』と、当然あの時ですね、不思議に思うわけですね。

拉致は、相当の数、今、日本政府が言っているだけで16人ですから、実際、まぁ遙かに多い数の拉致が行われているわけでありまして、それをですね、一人や二人でやるなんて事はあり得ない。
あの調子ででてればですね、そこのポスターにある450人全部辛光洙がやったという話になってもおかしくないわけでございます。

何でこんな事になるのかと。
あのニュースがでたのは、だいたい『7時のNHKのニュース』です。

今日もちょっと有本さんのお父さん、NHKの批判をされましたが、いつもは、有本さんのお父さん、NHKの批判をすると、私の方はですね『そんなきついこと言わないで、穏便にしましょうよ』となだめるんですが、やはりあそこから話がどうも始まっているのではないかと思われます。

あのニュースを受けて、各社が動き始めると。で、そして翌日には、各社一面トップとか大々的に乗っかるわけでございます。で、しかし、実際には、しゃべったと言われる人たちはですね、直接の取材を受けない訳なんですよ。
これは9.17のあと、10月15日に帰ってきてから、ずーと同じ状態なんですが、あの時は異常に特殊な状況であったと。最初帰ってきたときは、なんとか彼らを北に戻さないようにしなければいけない。そしてその後は、家族がまだ残っているから、と言うことがあってですね、我々、あの当時、私は救う会の事務局長でしたが、報道規制をしていただかなければいけなかった。で、しかしもう家族が帰ってきたわけですが、その報道規制の状態、未だに続いています。

もし、あの時(年末年始の報道の時)NHKが放送したと。それで、当然各社の拉致の担当記者さんは、本当であれば、普通であれば、蓮池さんに電話をかけて、あるいは柏崎や、小浜にすっ飛んでいって、『これいったいどういう事なんですか』と言う風に聞くわけですね。それに対して、『いや、これは事実関係はこうなんだ』というふうに答えるはずなんですが、ところがそれが全くできない。

そうすると、あと聞けるのは、それを聞いたはずである家族会の方々とか、そういうことになってくる。しかし、それもですね、家族会の方からすれば、そういうことを言われたという事実はたとえ有ったとしても、それが事実であるかの、もちろん確認はできない。 確認はできないけれど、一社が抜かれてしまったら、他の社もですね、そういうふうに動かざるを得ない。そういう状態だと、もしたとえば他にリークが行われれば、それにのもうすぐに飛びつくという状態が、作られてしまっています。

この状態はですね、考えてみると去年の7月ぐらいですか、あの蓮池さんが、太陽里(ちゅんちょんり)、住んでいたところの地図かなんかとかが出てきて、ここでこうしてとか言う、話が出ました。で、あのニュースの時も私非常に不思議に思ったんですが、あの時のNHKの報道はですね、『こうであることがわかった』という報道になっています。わかったはずがないです。裏がとれるはずがない。絶対に。

そういうことを、言っているという報道であればいいんですが、『わかった』と言うことになっている。
あの時は確かその後ですね、クローズアップ現代でも、この問題だけをやっていて、そこでもですね『こういう事がわかりました、という報道になっています。これはもう絶対におかしいです。

それを誰も確認ができない。たとえば安明進が、『ここはこうで、ここはこうで確かにそのとおりだ』 と言う話でもしたのであれば、しまいには別な、脱北者ですとかなんか、他の人でもいいですが、そういう事がでてくれば、確かにそういう可能性があると言うことになるかもしれませんが、そういうものは一切ない。ただ5人が証言をしたと。
それもその本人たちが証言したのではなくて、ただ伝聞で出てきたと言うことだけの話でございまして、これで事態が動くとしたら非常に怖いことでございます。

なんでこういう事が起きているかと。
可能性として一つあるのはですね、日本と北朝鮮の間で(ま、今有本さんがいろんな取引やなんかの話をされましたが)もうすでにある程度のですね、落としどころが決まっている可能性がある。

それはどこかと言うと、この事件をやったのはみんな辛光洙と朴なんだと言う話にしてしてしまおうとしてるのではないかと。

横田めぐみさんも、誰々さんも・・そのうちですね、下手すると、よど号グループのことも隠したいと思ったらですね、『有本恵子さんも辛光洙がやりました』という話が出てきてしまうかもしれません。もう、そういうようなことをして、ともかく『あれ(辛光洙と朴)だけがやったんだ』ということで他のものを全部押さえてしまうと。

そこで、北朝鮮側とすれば、調べてみましょうかとたとえば、日本側に回答して、『朴というのは確かにいたけれども、もうとっくに死んでしまった』といってですね、『もう記録も残っていない。』
それから『辛光洙は確かにいるけれども、もう高齢だから、北朝鮮から出すことはできない、もし日本から来たらば、ちょっとぐらい会わせてあげてもいい。』まぁ30分ぐらいおざなりに会わせて、あとはちょっと体調が悪いからと言って隠してしまう。もう何もしゃべらないと言うことは十分に考えられますね。
へたしたら、北朝鮮のことですから、『いや、これは辛光洙と朴の骨ですよ』と出してきても、これもおかしくないわけでございます。(会場笑い)

そういうような事に日本側でも、そこで話を一段落させて、そこで次ぎに進もうと。つまり、今、日朝交渉の中で、平行して、拉致の問題と、国交正常化の問題を別々にやっていくという話になっていますから、そういう中で『いや、拉致の問題は北朝鮮側、譲歩してきた』と。だから日朝(国交正常化)交渉の方も、進める必要があると。こっちを、進めないと拉致の方も進まなくなると。そういう風な形にしていこうというのがですね、おそらくだいたいの可能性ではないだろうかなと。

ま、もう一つ考えられるのは、警察がそういうような動きに対してブレーキをかける為に出してリークしたという、そういう可能性もあるんですけれど、しかし、それにしては、この事実関係がですね、辛光洙がやったとか言う話というのは、あまりにも変な話でありまして、ちょっと警察がリークするとは思いにくい。

と言うことになれば、もっとその更に上の方で、ものは進んでいるのではないだろうかと言う感じがいたします。

そしてもう一つ言えば、拉致議連の幹事長である西村慎悟さんが逮捕されたのが11月の終わりで、そしてこのニュースが出始めたのは、西村さんが釈放された直後からと言うこともございます。

あの事件について、ま、いろんなことを、もちろん感じられている方、有ると思うんですが。あの政治家の弁護士で、非弁活動で捕まえようと思えば何人だって捕まえられるわけですね。あの西村さんが逮捕された直後になんかの番組で、福島瑞穂がでていて、このことが話題になった話があるそうですけれども。あの福島瑞穂さんって人なんかは当然西村慎悟みたいな一番嫌いなはずなんですが、青な顔して一言も言わなかったいうことでございまして、そういう風に思って、びくびくしている人はたくさんいると思います。その気になればいくらでも捕まえられると思うのですが、一切そんな動きはない。

おそらく、あの逮捕の目的というのは、西村慎悟からバッチをはずさせたいと。バッチをはずせば穏便に済ましてやると言うようなことではなかったかと。ま、本人とそこまで話したわけではないのですが、私の推測にすぎませんが、どうもそういう感じがします。

そういうものすべてが、今何か動いているというふうに考えた方がいいのではないだろうかと思います。これは、何もこれに始まったことではありません。

9.17の時はですね、9,17で北朝鮮が拉致を認めると。『拉致を認めたら、国交正常化交渉を動かす』と、おそらく日本側は言っていたわけです。で、認めたと。認めたら、逆に日本の世論が激昂してしまったと。そしてその次ぎにいったのが、『じゃぁ、生きてると言った5人を返してくれ、ともかく。ちょっと返してくれたら二週間ぐらいで戻す』と。
『そうしたら国交正常化を進める』と日本側言ったんですね。
でまぁ、北朝鮮側は『よし、わかった。こんどはほんとだな』と言って返したのが戻ってこないと。

ある意味でいうとですね、日本の外交の方がうまいのかもしれません。(会場軽い笑い)
北朝鮮をだまくらかしているといえないこともない。

この次ぎやったのはですね、『じゃぁ子供たちは残っているんだから、子供たちを返したら、そうしたら進めてやる 』と言う話になったけれども、子供たちとジェンキンスさんなんかは帰ってきたと。しかしやっぱり進まない。

あの、5.22の時に家族会バッシングということがありました。さきほど有本さんからお話がありましたけれど、あの時にですね、確か共同通信の世論調査だったと思いますが、小泉首相の訪朝を評価する声というのが確か68%ぐらいあったんですね。しかし第一次訪朝の時が86%ぐらいだったと思うので、それよりは低いんですが、まぁそれでも7割ぐらいの人が評価していた。しかしその一方で『これで拉致問題が終わったか』という質問に対してですね、確か8割以上の人が『終わっていない』と言う風に答えている。日本の世論はそう甘いものではないわけでございまして。

で、結局、子供たちが帰ってきても話は前に進まなかったと。

で、その次、その次というのは一昨年の11月になりますが、あの時私が思ったのは、北朝鮮がやる方法はおそらくもう一つしか残っていないだろうと。それはですね、死んだと言っていない人たち、つまり政府が認定していない人の誰かを出してきて、そしてですね、『自分の意志で行きました。今、日本に帰ることは、都合でできません』と。『ただし、自分としては両親に会いたい』と。『だから、お父さん、お母さんもし平壌に来てくれれば会います。早く国交正常化が実現して自由に行き来できるようになればいいと思います』ということを言わせようとしていたのではないかと言う感じがしています。

(続く)

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荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【2】

荒木和博氏講演 2005/1/7藤沢
 救う会神奈川主催 
 よど号拉致事件を考える市民集会にて

「嘘つきは北朝鮮の始まり」

 ところがあの時は、それができなかった。この間帰ってきた北川和美っていう変な女(嗤笑)おりましたが、あの彼女が、どうも目的としては、その要員として使おうとして連れてきたという話しでございます。つまり「自分の意思で行った」と。「私自分の意思で行きました」。鴨緑江で飛び込んだという話も多分ウソじゃないかと言われるのですが。自分で行った、あれもう既に荷物先に送ってあるわけですから(ウス笑)。

 そういうふうに出てきて、「私自分で行きました」と言えば、ちょっとこっち(日本)にいる北朝鮮シンパの方、国交「正常化」を進めようとしている人間が、「ほら見ろ、北朝鮮は折れてきてるじゃないか。あれ(北川某)はたまたま自分の意思で行った人だけども、こういうことはちゃんと信頼関係を作れば、そうしたら次に今度は死んだと言ってる人のことまで進んでいくかもしれない」という世論が作れる。

 それからもう一つは「いや北朝鮮に行った人も、やっぱり自分の意思で行った人もあるんじゃないか?」あるいは向こうでいい暮らしをして、帰りたくないと思ってるんじゃないか? ということを流していくと。それによってこちら側の行動にブレーキをかける。あるいは経済制裁とかですね、そういうのにブレーキをかける、としたのではないだろうかと思います。

 私は、あの時はもうあれしかないと思ってました。しかしそれに対して北朝鮮側がやってきたのは、何やったかというと、あの「遺骨」でございます。それ(荒木氏の予想した策略)ができなかった最大の理由はおそらく、金正日に9.17の時ほどの力がもう残っていないということなんだろうと思います。工作機関の中に手を突っ込んで、拉致した人間を引っ張り出してくるとか、あるいはそれ以外でも工作機関が関与した拉致被害者をですね、たとえ日本政府が認めていなくても出していくというのは、相当なリスクを伴うわけで、実際曾我さんの件ではですね、やったらば逆効果になっちゃったわけですね。

 そうすると、出してくるのはかなりの力を使わなきゃいけない。それが金正日にはおそらくできなかった、ということであろうと思います。

 そしてその「遺骨」、この時はおそらくちゃんとした合意ではなかったのでしょうけど、日本の中の誰かが、「どうせ鑑定なんかできないから、出してこい」と言ったのかもしれません。そうしたらば(遺骨はめぐみさんではないという)鑑定ができてしまった。で、話しが違うということに向こう(北朝鮮)としてはなって相当頭にきた、ということであろう。

 そうすると、その後やってきていること、今やってることもおそらく、そういう意味での落とし所を作りたいということに、それも北朝鮮側だけでなく、日本側だけでなく両方が既にある程度の合意が行われていると、思った方がいいのではないかと思います。

 ですから、今の流れているニュースをそのまま真に受けていますと、その方向へみんなどうしても流れていきます。非常に危険なことですので、ともかくここにおられる皆さんが、おかしいということは、しっかり思っていただきたいと。

 元々北朝鮮とは、ウソをつくことなんてのは、悪いとも何とも思っておりません。

「嘘つきは北朝鮮の始まり」

でありまして(爆笑)、
北朝鮮の「労働新聞」なんて、正しいのは日付くらいでありまして(笑)、
まあ今日のこの集会のテーマから言いますと、まあ

「嘘つきはよど号の始まり」

ということも言えるわけでございます。

 よど号グループも、後ほど有本さんのお母さんが、よど号の一人(赤木史郎)と話しをしたことを言われるかもしれませんが、まったく有本恵子さんの拉致を知らないと、言ってるわけですね。知らないはずがないということは、もう誰もわかっているわけでありまして、それを敢えて知らないと言うことは、彼らの言ってることもすべてはウソだ、ということの証拠でございます。

 ところが、日本人というのはマジメですから、もっともらしい顔をしてウソを吐かれると、ひょっとしたら本当のことが入ってるんじゃないかなと、思ってしまうわけなんですね。これが間違いで、そういう人でない場合には、そういう対応をせざるを得ないのではないだろうかと思います。

 そういう場合は、どういうふうにすればいいか? この会場で前にも言ったかもしれませんが、北朝鮮のやり方のウソの吐きかたというのは、わたくしは「試験問題戦術」という言い方をしますが、ともかくいい加減は試験問題を出して、ぶつけてくる。で、こちら(日本)側で交渉に当たる人というのは、だいたい非常に頭のいい学校の成績が良くて、東大をトップで卒業したような人たちが当たるわけですね。

 そうするとですね、試験問題というと無条件に解くものだというふうに頭にあるわけです。すると出てきた試験問題に、マス目に空白が空いていると、空いたままにしておくと、とても指が震えて禁断症状を起こしてしまう(ウス笑い)。そうすると、ともかく解答を書き込んじゃう。書き込んでいる間に相手は逃げていくわけです。

 しかしともかくマス目が空いていることは許せないということで、一生懸命マス目を埋めて、それから走っていって「ここは、こうおかしいじゃないか」と言って出す。そうするとまた向こうは、またいい加減な問題を作って渡してくる。こんな問題解いても仕方ないと思いながら、でも目の前にマス目があると埋めたくなってしまう。

 こういう交渉にあんまり頭のいい人使う必要はないですね。もうちょっと度胸があってですね、多少頭が悪い。試験問題を元々解けなかった人間を使ったほうが(笑い)、はるかに上手く行くわけでございます。

 北朝鮮という「国」相手に、まともな話し合いで信頼関係を作ろうなんてこと自体が、そもそも間違いなわけでございまして、金正日が代わってまともな政権ができりゃあ、その時はもちろんちゃんと話しをすればいんですけど、今のあの体制でまともに話し合いをしたって通じるわけがない。

 フツーのアメリカ人相手に、スワヒリ語(ケニヤやタンザニアなど東アフリカ地域で多用される言語)で話したって通じないわけですね。それと同じことです。北朝鮮相手に、普通の言葉で話しをしたって、朝鮮語で話そうが、何で話そうが通じない。「馬の耳に念仏」という言葉がありますけど、馬に言うことを聞かせるには、鞭でひっぱたくか、ニンジンをやるかどっちかぐらいしかない。

 そうすると北朝鮮に言うこと聞かせるには、経済制裁を初めとして圧力をかけることしか方法はない。実際に一昨年の前半、ですから3年前の(03年)12月の末ですか、平沢さんが中国(大連)へ行って、北朝鮮の日朝国交担当大使と会う。そしてその後4月に、山崎拓さんと平沢さんがまた行くと。あの時は、その後5.22の小泉第二次訪朝があるわけですけど、あの時一体北朝鮮はどうしていたかと。

 あの平沢‐山崎ルート以外にですね、あのレインボーブリッジ(小坂浩彰代表)という怪しげなNGOを使ったりとか、それから今の総理のですね、あの~(名前が思い出せない様子)腹の周りが120センチあるという秘書官(飯島勲首相秘書官)を使って、飯島秘書官と朝鮮総聯の大物の間とか、いろんなルートを使ってます。

 私、ちょっと見てて、何でそんなにあせるんだろうということを非常に思ってみていたんです。そこでわかったのが、結局あの時、経済制裁が怖くてしかたがなかったということです。あの前の年の暮れくらいから、経済制裁法案が具体化して決まっていく。次は発動だという話しになる。北朝鮮としては、何がなんでもそれを止めざるを得ないという状況に置かれていたわけでございます。

 そしてそういう状況の中で、なりふりかまわず日朝のルートを使っていった、というのが、1年半前の状況だったのではないか? その結果、小泉さんの第二次訪朝になった。そこに向かって、(帰国済みの拉致被害者)5人の家族の帰国最優先ということで行っていたので、そこでだいたい落としどころになっていったのだと思います。

 実際に5.22の小泉第二次訪朝で、北朝鮮は経済制裁は発動しないとか、あるいは在日朝鮮人に差別をしないとか、これは「差別をしない」というのは、つまり在日朝鮮人の個人、個人なんかどうでもいいんですね。北朝鮮からすれば、ただ収奪の対象でしかない。問題は、総聯に圧力をかけるのを止めたい、ということだけで、そのほとんどの目的をとりあえずは達成をしたということであります。

(続く)
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荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【3】

特定失踪者調査会 代表荒木和博氏

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これ裏を返せば、いかに北朝鮮がそういう制裁が怖がっているかと言うことでございまして、ならば、こちら側からは、それ(経済制裁)をやるしか方法はないであろうと言う風に思っています。

本当にひどい状況の国ではあります、そういう意味で言うと。
ただし、これはですね、さっき言ってきたように、9.17の時には、あくまで結果的ですよ、あくまで結果的ですけれども、あの田中均さんをはじめとする、福田康夫官房長官かわかりませんが、ともかく北朝鮮側にですね、『拉致を認めろ』と『拉致を認めたら、日朝交渉進めてやる』と言う風に言って、だまくらかして拉致を認めさせたと。
北朝鮮は、朝鮮戦争も自分からやったと言っていない。あれ、南から攻めたと言っています。
大韓航空機の爆破事件も、ラングーンのテロもみんな我々知らないと言っている。
その北朝鮮が拉致だけは認めたのです。

いかに意味があったかと言うことであります。

そのあとは『5人だけ、ともかく生きてるんだからともかく返してこい』と、『そうしたら戻してやるから』と言って戻さなかったと。
そして次には家族だけ帰してきたら、後は(国交正常化を)進めてやるといって進めなかったと。
と言うことでございまして、今回も、うまくいけば、辛光洙から、なんか取って、ものは進めないということも、まぁ、うまくいけばできるかもしれません。乗せられてはいけませんが。

と言うことで考えると、日本という国は、もどかしいんです。もどかしいし、かなり個別の工作事件のことでは、やられっぱなしではあるんですが、全体としては間違いなく、北朝鮮を押しています。間違いなく。これはですね、ご家族の皆さんにとっては、もちろん自分の家族を取られているですから、一分一秒でも(早く)という事がありますが、私にとっても、そうしなければいけないという思いはあるんですが、少なくとも全体から見れば、こちらが押しているのは間違いないのです。

アメリカはクリントンの政権の時は、逆行しようとしていたと。そのときに、結果的にですけれどブレーキをかけたのは日本であったと。日本だけが、ある意味で言うと、だんだん、だんだんに強行になって、そしてしかもその方針をかえていないということでございます。

ですから、このことが続いていけば、私はですね、どっかで大きな転換を持ってくることができるであろうと、確信をしております。

アメリカの私の友人に前に言われたんですけれど『とにかく日本はすごい』と。これはですね『5人取り返してきた』と。『北朝鮮に拉致を認めさせて』『アメリカでは考えられない』 と言っておりました。ちょっとまぁ意外な話ですね。我々ちょっといろんなところでお話ししますと、アメリカだったら、軍艦を送っても取り返してくるだろうという言い方するんですが、、まぁ、その友人、共和党系の人なんですが、『いや、アメリカ、そんなことしないよ』と言っておりました。『日本ができたのがすごい』と言うことでございまして、これはですね、もちろん社交辞令もあるでしょうが、やはり、我々自信を持っていいんじゃないかと思います。

なんか戦前はですね(具体的にいつどこというのは知らないんですが)ソ連に漁船が拿捕されたときに、ウラジオストックかどこかに、連合艦隊の船が戦艦か何かが行ってですね、港に向けて砲身をそちらに向けたらですね、返してきたと言う話があるそうで、もちろん日本でもそういうことがあったわけであって、今でも、こういう風に取り返してきたということを考えるだけでも、やっぱりそれ(奪還)はできるのであろうと言う風に思っております。

問題は、我々がこれができるんだというふうに確信できるか、それともできないかという問題です。
お恥ずかしい話で有りますが私自身もですね、あの羽田空港を(3年前の10月15日にですね)あの5人がタラップの上から降りてくる時に下で待っていたうちの一人ですが、あのタラップを降りてきた5人を見てですね、一番最初に思ったことは、『なんだやりゃぁ、できるじゃないか』ということでございました。

自分自身、もちろんそれはできると思ってやってるんですよ。運動盛り上げて、そして政府を動かせばですね取り返せると確信をもってやっていた、私自身が、目の前に生身の階段を降りてくる5人を見たときに、最初に感じたのは『なんだ、やりゃぁ、できるじゃないか』ということでございます。実感というのは、こんなに大きなものなんだなぁと感じました。

やられてる、やられてるとばっかり、思っちゃうとですね、なかなか、イメージとして湧いてきませんが、『絶対できる』と確信を持てば、それはおそらくすごい力になると思います。

北朝鮮と日本と比べてですね、これはもう、人口で六分の一、面積は三分の一、そして、国力、経済力は、そういうものは全く話にならない。国際的信用から何からですね、日本と北朝鮮と比べる方が、無理があるわけでございます。

まぁ確かに向こうは軍人が100万人以上いると。人口の20人に一人が軍人という国ですが、そのおかげで、飯食えないで、軍隊の中でも、なんか豚小屋つくったりとかですね、鶏小屋作ったりして、何とか飯くっているという状態のところなんですから、どこから言ったって日本が、そこにですね、負けるわけがないわけでありまして。

我々の力で、絶対できるんだと、このアジアの中でですね、そういうことのできる国は、我が国しかないんだと。そういうことを考えることによって、事態は間違いなく前に進むと思います。

こないだ、12月22日の東京の集会にはですね、レバノンの拉致被害者のお母さん(ハイダールさん)、それからタイの拉致被害者のアノーチャさんのお兄さん、そして韓国の拉致被害者の家族会のみなさんが見えられました。

あれはどういう事を意味しているかと言いますと、別にそういう風に決めてるのではありませんが、日本の力でああいう人たちをみんな、取り戻してあげると言うことです。

我々、外国人だから、それは外国がやってくれということは、これは言えないわけでございまして、この地域にあって、最大の影響力持っている我が国がそれをやらなければ、タイが助けるなんて事は、まずできません。
レバノンだって、あの時の4人取り返したのだって、非常に特殊な条件の中の話であって、本当の意味で、(自国=レバノンの)力で取り戻したわけではない。それができるのは我々しかありません。

それをやる使命も我々には持たされているということであろうというふうに思います。

私ども特定失踪者調査会では、去年の10月の末から『しおかぜ』と言う名前で短波のラジオ放送を始めました。
まちがいなく北朝鮮の中に伝わっているということは間違いございませんので、これから先、今年はですね、この『しおかぜ』のプロジェクトを、単に短波放送発信するだけではなくて、むこうから消息を実際取ってくるという作業をですね、やると言うことにいたしております。これを聞いた人がですね、なんだかの形で、たとえば手紙とか、そういうものを送ってくれるとか、何処かに向けて、なんかしらの、シグナルを送ってくれるとか、それを受け取ることができるようにしておこうと、これからやっていくつもりでございまして、とりあえず東京中央郵便局に私書箱をおきました。

調査会のあります文京区後楽・・・と言いましてもわかりやしませんけれども、東京中央郵便局の私書箱何号といえば、これはもう覚えられやすいと言うことで。
放送も韓国語・英語できれば中国語も含めて、少しでも多くの人が聞いてもらえるように、していこうと言う風に考えています。
ともかくやれる手はみんなやる。

我々のやっていることに対して、『これは本当は政府のやることなのに』と言ってくださる方も、たくさんございます。これもありがたいのですが、私は、少なくとも政府だけがやることではないと思います。やはり日本国民全部の責任としてですね、ここで今平和なところで暮らしている人間の責任として、それはやらなければならない。だから私は今その役割にいるんだからやるべき事、それをやるということでございます。

今、この問題を通して、我々やらなければいけない、考えておかなければならない事は、(この国は)今ここに集まっている皆さんをはじめとして、今この国の中に住んでいる人たちだけのものではないと言うことでございます。

この国が今ここにあるためにはですね、もう何千年も日本という国の名前もなかった頃から。我々の先輩たちが営々としてこの国を築いてくれた訳でございまして、そしてこれから先、このくににですね、次の生命がどんどん生まれて、我々の後を継いでいくわけであります。

我々がやるべきことはその中継ぎです。
全体の、そういうみんな含めた日本国民という意味では、我々の数、1億二千万というのはほんの僅かにすぎません。我々がやるべき事というのは、これまで先人が作って来てくれたことを汚さないこと。そしてこの次の世代にですね、あの頃の世代がいい加減だったから、こんなふうになってしまったということを絶対に言わせないように、次の世代にちゃんとした国を引き継いでいくことであろうと。

そのためには、やっぱりそれ相応のですね、我々自身が犠牲を払う必要があるのではないだろうかということでございます。
我々にはそれだけのことをする力がございます。

今、最初に言いましたようないろんな動きの中で動いておりますけれど、しかしこの国の今の状況をみますと、本当に確信を持ってですね、何が何でも(国交正常化を)やってやろうというところまでの確信では、私はないと思っています。いろんな思惑がごちゃごちゃ集まってるうちにこういう風になっているんだと思いますが、そうであれば、こういう状況の時に打開するのは、最終的着地点はどういうふうにするのかと。何を最後やらなければならないのかというような事でございまして。それをしっかりと見据えてやっていけばそんな大きな間違いはないであろうと思います。

拉致問題に関する限り、最終的な到達点というのは、『すべての拉致被害者を救出する』というこれ以外の何物でもないということでございまして。これはもう当然、そこから派生してですね、北朝鮮に住んでいる2000万の人たち、すべてが平和に暮らせるようになっていくということに間違いなく繋がることでございますので、そこに向かっていくと言うことであろうと思います。

本当に、この正月ですね、お休みの時、おいでいただいた皆様に感謝いたしますと共に、後もう少しで私は、それが実現すると思いますので、ご協力をお願いいたしまして私の話を終わらせていただきます。

ありがとうございました。(拍手)

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2005年12月22日 (木)

国民大集会(2005/12/22)荒木和博さん

司会櫻井よし子さん
さてここで特定失踪者問題調査会代表 荒木和博さんに特定失踪者の問題についてお話し頂きたいと思います。

特定失踪者問題調査会代表 荒木和博さん



ご紹介頂きました荒木でございます。時間が有りませんので、できるだけ簡単に申し上げます。私は前回のこの日比谷の集会で『来年の末までに問題を全て解決する』というふうに申し上げました。もう残り一年しかございません。ともかくできることを全てやっておかなければならないということで、10月30日から<しおかぜ>--さきほど横田早紀江さんからお話を頂きましたけれど--短波放送を開始致しました。(ポスターを見て頂ければかいてございますが)最初30分間の放送でございましたが、12月8日から1時間30分にのばしまして(会場から拍手)お名前の読み上げ=家族会の皆様を含め276人のお名前の読み上げと家族の方々から書いて頂いたメッセージを私が代読しております。来年年が明けましたら家族会の皆様、特定失踪者のご家族の中で吹き込みをして頂いた方、直接の声のメッセージを北朝鮮に流して参ります。

なおかつ今はこのメッセージの中で北朝鮮で聞いている方に是非とも--勿論身辺の安全の問題もありますが--その安全の問題がクリアされるのであれば何とかして情報をだしてもらいたいと繰り返し繰り返して申し上げておりまして、その情報をキャッチするということについて、今回のしおかぜの短波放送と言うだけでなくて、情報のこんどは受信のほうもですね、いろんな手を使いまして、新年から始めていこうと思っております。
明日、調査会理事会がございますので、そこで決定して実現をしていくつもりでございます。

いずれにしろ時間がございません。
『対話と圧力』と言いますけれども、『対話と圧力』というのは北朝鮮が横田めぐみさんの偽遺骨を出してきたらこちらからは『そんなとを言っていたら金正日を本当の遺骨にしてやる』という、これが本当の『対話と圧力』でございます。(拍手)

おそらくこの拉致問題が明らかになっていったら、我々が今想像もしていないようなことが次から次にと出てくると思います。それに我々自信が耐えていけるかどうかという事もございますが、こういうときには、順序を追って、話をしているようなのんびりしたことは必要ではございません。必要なのは戦うことだけであります。(拍手)

幸いにしてご挨拶頂きました、平沼議連会長も先の選挙の時に先頭きって戦われました。(拍手)とにかくのんびり話し合いをしているのではなく、戦うという姿勢を、是非とも持っていなくてはならないと思っています。その意味で、今必要なのは国会議員の先生方も戦うことでございます。ゆっくりお話しすると言うことではなく相手をどうやって叩きつぶしていくかということでございましてその意味でも、残念ながら今ここにはおりませんけれど西村眞悟議員にも是非はやいところ戦列に復帰してもらいたい。(長い拍手)

この中には警察の方もおられると思いますが、そこのところ是非よろしくお願いします。(会場笑いと拍手)なおかつ、もしそれができないのではあれば、北朝鮮から金をもらった国会議員を全部根こそぎですね・・・してもらいたい。(拍手・笑い)

ともかく、来年の末までに、全ての拉致被害者救出するために、全力をあげて戦います。どうかよろしくお願い致します。ありがとうございました。


司会櫻井さん
小泉さんは郵政民営化のためには殺されても良いと仰いました。そんなことで殺されるより拉致問題のために殺された方がいい・・(会場、拍手)

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荒木さんの戦う姿勢を理解してください。荒木さんの真意を読みとって頂きたいと思います。
追記
関連リンク

ぼやきくっくりさん
話の花束音声ファイル
話の花束音声ファイル2
笹団子の独り言さん
 外交のファンタジスタさん
なでしこ通信さん
退屈をブッつぶせ!さん

しおかぜ通信

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