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2007年10月 8日 (月)

東京と拉致 荒木和博氏講演(2007/8/11)

~~東京と拉致~~

失礼して座ってお話をさせていただきます。
ご紹介を頂きました荒木でございます。
今日は本当に暑い中、皆様こんなにお出でいただきましてありがとうございます。
また、この場所をご提供いただきましたご主人にも本当に感謝申し上げます。

先ほどお話にもありましたようにこのポスターはですね。
やはりこういう場所に貼って頂いて、なんとなく見ていただくというのが一番情報が集めやすい、という事でございまして、お蕎麦食べながら「そういえばこの人どこかで見た事がある」とかですね。
そういう情報が入ってくる事を本当に切に期待を致しております。

それでこのポスターはお気づきになった方あるかもしれませんが、この情報提供はお近くの警察署・交番へと書いてございます。
で、これが実は凄く大事な事でありまして、政府の出しています広報機材にはですね。
「情報があったらここへ」というのはどれを見ても全く書いてありません。
もう一つ、地下鉄の駅なんかに貼ってあります「我々は見捨てない」という政府のポスター、あれをご覧いただいてもですね。
あの中に「情報提供はここへ」と一言も書いていないですね。
ですからこれであれば何か気がついた方は、警察にご連絡を頂くか、あるいはうちの電話番号もありますので、こちらにご連絡を頂くという事が出来るという事はですね。
そういう事だけでも一つ大きな意味があるのでは無いだろうかと思います。

今○○さんのお話の中に、田口八重子さんのお話がありましたが、田口八重子さんだけではなくてですね。
認定されている拉致被害者の中で一番最初の方、久米裕さん。
この方も拉致は東京の拉致ですね。
三鷹市役所のガードマンで、そしてお金を借りていたサラ金業者、現在も西東京市に住んでおりますけども、この李シュウキチという人物にですね、要は騙されて能登に連れて行かれたと。
ですから連れ出された場所は能登ですけども、実際に拉致の現場はですね。
事実上東京であると、いうことでございます。

ここに来られている方は皆さんお分かりの方が多いと思いますが、今でもまだイメージとして海岸線で拉致をされていると、言うようなふうに思っている方が多いんですが、これは全くの間違いでございまして、現場となる場所は海岸も何も関係ないと。
いわんや東京みたいに極めて人の移動が大きくて匿名性の高いところであれば、逆に拉致と言うのは非常にしやすいんだという事を認識していただければと思います。
今日、生島さんお見えですけども、生島(孝子)さんも本当に東京都内でいなくなっているわけですが、ここにおられる方も本当に東京の街中でいなくなっている方が本当に多いという事でございます。

この間、今古賀先生もお話の中にありましたように参議院選挙も済みまして、そして残念ながら拉致のことなどはまったくと言っていいほど争点にはならなかった。
自民党が大敗をした中で中山恭子さんが高位で当選したという事は、それなりのもちろん意思表示であったと思うんですが、選挙自体には一切争点になっていなかったという事が残念ながら現状では無いだろうかと思います。

この間、安倍政権が出来まして約一年間の事を最近改めて思い直してみまして、安倍さんになったことの逆効果というのがですね。
私は非常に出てしまったのではないか?と私は思っています。
それはどういう事かというと、「あれだけ拉致の事を一生懸命やってきた安倍さんが総理大臣になるんだから、もう任せても大丈夫じゃないか?」という意識がですね。
全体の中にやはり蔓延してしまったのでは無いかと。
「安倍さんだからやってくれるだろう」という事でですね。
それが運動の低下につながっていなかったか?という事を、私は実は最近非常に感じております。

各地の救う会の方々といろいろ話をしてやはりですね。
例えば集会をやっても動員が中々し難くなったとか、あるいは署名を集めようとしても中々集まり難いとか、カンパも中々集まらないとかですね。
大変お恥ずかしい話ですが、我々調査会も基本的にはカンパだけで、いろいろなところからももちろんお力を頂いているのですが、結局突き詰めていけばカンパだけでやっているんですが、それもですね。
非常に少なくなったという事が、この間からSOSを出してしまった原因となっているわけですが。

問題は安倍さんが本当に拉致問題を解決しようという事であれば、よりさらに運動を高めていかなければいけなかったのではなかろうか?と。
私自身もその意味で責任を感じている一人ですが、どうも安心をしてしまっている間にどんどん事態が、時間だけが過ぎて行ったのではないか?と、最近これは非常に懸念をしております。

さっき言いました政府のポスターと東京のポスターが、この情報提供のこと一つとっても違っているというのはそういうところに意味がありまして、政府の対策本部の方々と話をしていてもですね。
「何とかして解決をしなくてはいけない」というような、切迫したような環境はあまり感じられない。
正直言って「助かってくれれば良いな」位のですね、感情では無いだろうか?という事をですね。
担当者の人たちと会うたびに本当に私は痛感をしています。
真面目にやっている人も確かにいるんですけど、中の全体の雰囲気では、あそこに行きますとまったりとした空気に包まれていまして、切迫した感じですね。
ともかく今助け出さなくてはいけないんだという感じはですね。
残念ながらあまり感じられないというのが正直なところでございます。

この間、中には読まれた方もおられるかもしれませんが、月刊誌の諸君に連載しているものの中で、今回安明進さんの事をちょっと長めに書かせていただきました。
で、あの中で実は私一つちょっととんでもない間違いをしております。
どこかと言いますと、一番最初に横田めぐみさんの事について情報を出した方、これは現代コリアの平成8年10月号にですね。
石高さんの論文の記事が載ったものですが、この情報を出した者が安明進さんと同一人物であると、私あの中で書いたのですがこれは後で石高さんからもちょっと指摘をいただきまして、全く別人であるという事でした。

私もこれは最初は別人だと思って人にもそう言っていたんですが、だんだんだんだんこんがらがって来まして、あれはやはり同じ人物ではなかったかな?というふうにって、あまり確かめもせずにあの諸君に書いたんですが。
改めて考えて見ますと、あの情報はそれぞれ別々の物でありまして、安明進とは全く別の脱北者・亡命者の方が言った情報だったんですね。
それで改めて考え直してみるとですね。
安明進さんはたまたま平成9年の2月3日にこの情報が出たことによって、それを見たと私は見たと言った事で明らかになった情報だったんですね。

ところがじゃあ考えてみると、あの情報と言うのは(韓国の)安企部の人から石高さんが聞いて書いていたわけですけども、あの時点ですでに日本の政府には情報は渡されていたと。
渡されていたのがどこかで潰されてしまったという事だったんですね。
明らかになり、そして横田めぐみさんだという事が分かって、そして西村眞悟さんの2月3日の質問に行くと。
その直後に高世仁さんがソウルに行くときにですね。
アエラと産経を持って行った事で、それが安明進さんが「この人は見た」と言って明らかになったという事です。

ということは、安さんがあの時ですね。
その情報に接していなければ、あるいは本人が、それまでも知っていたけどもちろん言っていなかったわけですね。
日本人拉致の事は安企部には一言も言っていなかった。
それをもし言わなかったらどういうふうになっていたか?というと、あの話はそこで止まっていたという事も無いとは言えない。
あの時やはり目撃したという人があった事のショックがですね。
その先につながったという事は間違いのない事でございまして、そういう意味でも安明進と言う人は非常に重要な役割を果たしたと思うんですが、同時にその情報がすでにあったにも拘らず、それを日本政府がどこかでブレーキをかけて止めていたと言う事は、これはやはり極めて重要な問題であって、そのことについては基本的に今も変わっていないというふうに思えるわけでございます。

あの時めぐみさんの事が出るに当たっては今日お見えの横田代表がですね。
ご家族の中でお名前を出すべきかどうか?という事で、相当いろんな議論があった時に、横田さんがお一人、ともかくこれは名前を出さないことにはここで終ってしまうという事でですね。
決断をされてそしてそれによってこの問題が明らかになったと。
あの時もし横田さんも、早紀江さんですとか息子さんたちの意見にですね。
同調して、じゃあ匿名のままで行こうという事にいっていたら、今日の事は無かっただろうというふうに思います。

しかし、そういう事を考えてまいりますと、結局この問題動かして来たというのはですね。
その時その時のご家族であり、あるいは民間の声であり、そういう物で動いてきたのでは無いだろうか?
そして政府の意思として拉致問題を解決しようと言うというふうな事と言うのは、実はほとんど動いて来ていなかったのではなかろうか?というのが、結局はとどのつまりの結論でございます。

だからその声が安倍さんだからといって弱まる事は実は非常に危険なことでありまして、安倍さんだからこそもっともっと大きな声にしていかなければならない。
これは今からでも何とかですね、正していかなければいけない事だと思います。

今日生島さんがお持ちの生島うらさん、お母さんのお写真をお持ちですけども、お母さんが亡くなった時、ほぼ同時に曽我ひとみさんのお父さんが亡くなったんですね。
同じ日、同時だったんですね。
それで私は生島さんのお通夜にもチラッと顔を出したんですけども、あの時本当に感じましたのは、曽我さんのお父さんのですね。
お通夜・お葬式の場面と言うのはテレビでも放送されまして、政府の関係者とか県の関係者とか皆さんたくさん来ていたわけですけども、生島さんのお母さんのお葬式の時は本当にもうご高齢で身内の方が少なかったという事も有るかと思いますが、本当に内輪の方だけでのお葬式でございまして、何でこんなに違うんだろうな?という事を非常に感じました。
認定をしていることと認定をしていないとかいう事だけでかくも違うのか?ああいう時になるとですね。
つくづくと我々感じさせられる事でございます。

政府の対策本部の人と会うと、認定してもしていなくても扱いは変わりませんと言う言い方はするんですけれども、決してそうでは無いと。
現在政府がやっております「ふるさとの風」という北朝鮮向けの短波放送でも、家族会の方々、それから家族会には入っていませんが石岡亨さんのお兄さんですね。
認定被害者の方については家族のメッセージ、放送しています。
石岡さんなんかについては、最初ご本人はやるつもりは無かったんですけど、わざわざ対策本部の方から電話をかけてですね。
「やってください」と言ってお願いをして、声を流しているんですね。

ところが我々ですね。
対策本部の人たちからこのふるさとの風について意見を聞きたいと言われた時に、最初は特定失踪者のご家族のメッセージも流してもらいたいというふうに言ったんですが、これは認定されていないと認定されている人々と一緒になるのは出来ないと言われたんですね。
それだったらせめて、次ですね。
この方たち拉致被害者だと言わなくていいから、名前だけでもいつどこで、東京でいなくなったとかですね。
そういう事の情報だけでも流してくれませんか?という事を再三再四お願いし、それから西村眞悟さんの質問趣意書などでも書いてもらったんですけども、一切やる気は無いということですね。
これはもう明確な拒否です。
検討しますとか、そういう事ではなくて明確な拒否をしていると。

どう考えたってですね、おかしな話ですね。
そういう形でやっていたら、こういう方たちの情報は絶対に集まらないというふうに思います。
確かに拉致じゃないかもしれないんですね。
それは我々だってやっていて、ご家族の本当の気持ちと言うのは私にも分かりません、正直言って、当事者じゃないんですから。
分かりませんけど、しかしまぁ、時々はそれに触れる者としてですね。
それはもう、拉致でなくて日本国内で元気で見つかってくれたら、その理由はどんな理由であれ構わないんです、全然。

それでかまわないんですけど、失踪していなくなって、どういう思いか?っていうのはこれはもう横田さんも同じようにですね。
一体どんなになっていなくなったのかも分からない。
事件か事故か、自分で失踪したのか?何も分からない中で生き地獄が続くという事から考えたら、それはですね。
ここにおられる方が拉致では無いという事が分かったとしてですね。
北朝鮮はそうするとほら見ろ違うじゃないかと言うんですけども、それでおしまいの話なんですね。

すでに北朝鮮は金正日が拉致を認めているわけですから、今更ですね。
今までやったことが無いと言ったのが拉致だったと認めているわけですから、別の人がそれ以上やっていないと言ったって、損なのは嘘に決まっているわけで、それがですね。
ここにおられる方の誰かが日本国内で見つかったからと言って、北朝鮮が拉致をやっていないという事には何にもならないわけですね。

ですからこれは可能性があるという事でやって、その結果見つかればですね。
それに越した事はない。
我々は今までやっていまして、大体20人くらいですね。
拉致でなかったと分かった方がおられます。
公開の方もいれば非公開の方もいる。

お一人東京で、もうこの中にはお写真ありませんけども、石川千佳子さんという足立区の小学校の先生がですね。
残念ながら殺人事件の被害者でおられたという事が分かったと、そういう事があったんですけども、非公開の方でも我々は見つかったらですね。
「非公開の方がお一人見つかりました」という事を、発表してます。
それはどうしてか?というと、非公開の方発表しなくたって誰も分からないですよ。
誰も分からないのにあえて発表するのは、ここにおられる公開の方の中でも、やはり拉致で無い可能性の方はいるんですよ」という事を言っておいた方がですね。
より理解はしやすいだろうと。
そういう事もあるかもしれないという事で、とにかく情報を何でもいいから集めて貰うと。

で、例えばこういうふうにやっているという事でですね。
ひょっとしたら何か情報が、この人の事はとか、あるいは上手く行けばですね。
日本国内に工作員がまだたくさんいるわけですから、かつてそれに関わった人間からですね。
見て、どうしてもこの人が気にかかるという事で、例えば匿名の情報でも何でもですね。
出して頂ければいいと思いますし、あるいはこういう物を見ているうちに、この中に載っていない方、福留貴美子さんとか横田さんでも何でも結構なんですけども、認定された方でもですね。
拉致に関わった人が実は、というふうにですね。
言ってくれる事が一番ありがたいことでありまして、そういう意味ではこうやってお蕎麦屋さんに貼っていただくという事はですね。
極めて、私は重要な意味があると思う次第でございます。

東京の都内で拉致というのはどういうふうに行われるのか?と。
これはですね。
別に東京に限らないんですけども、やはり何かの理由が有る事は間違いないと。
基本的には北朝鮮にとって拉致をやるというのは当たり前のことですね。
北朝鮮側は拉致というのは、日本が植民地支配をしてその清算をしていないという状況の中で、たまたま一部の人間が勝手にやったんだというような事を言っているわけですけども、これはもちろん全く嘘だという事は皆さんよくお分かりだと思います。

もし植民地支配をしたと言う理由でですね。
拉致をするんだったら、じゃあルーマニアもタイもですね。
北朝鮮を植民地支配したのか?という事になります。
何の関係もないところから拉致をする。
韓国からは朝鮮戦争中に連れて行った人を入れるとですね。
9万人とも言われる人が連れて行かれているわけでございまして、それは別に植民地支配も何も関係ない、わけであります。
ともかく足りなければ持って来ればいいと、言うようなことで連れてくる訳ですね。

その数には自分で行く人も入っています。
お蕎麦屋さんでは有りませんけども、日本でですね。
本を出しています藤本健次さんという寿司職人の人、あの人は要は金正日がですね。
そういうものが食べたいというのが最初の理由で北朝鮮に渡るようになる、わけですね。
技術者なんかで人によっては、中国へ旅行という事になっていて中国で北朝鮮のパスポートを渡されて、そして北朝鮮に入って仕事をしてまた出て来て戻ってくる。
日本のパスポートには中国に行ったことしか書かれていない。
こういう人はかなりいるというふうに聞いています。

しかし、それも駄目だった場合、自分から(北朝鮮に)行ってくれない。
でもこういう技術の人が必要だという事になった場合には、例えば何かの形で、一番早いのは北朝鮮になんとなくシンパシーを感じていて集会なんかに出た事があると。
そういう人であればそういう人に声をかけて、ちょっとひと月くらい行ってきませんか?と言うと。
で、そしていいですよと言ったらそのまま(北朝鮮に)入れて、そのまま返さないと。
技術者と言うわけではありませんけども、ヨーロッパ拉致の3人は皆それに近いですね。
ちょっと入って、また出てくるつもりだったのが出してくれなかったと。

技術者と言う意味で言えば、やはりですね。
北京経由で入ったりするのもバリエーションみたいな形で行って出られない人も、かなりいるであろうと。
あるいは今度はもうちょっと乱暴なケースで、人間関係を何か作ってそしてどこかにおびき出しておいて、そこから先はあとは強制的に連れて行くというケース。
こういうケースがおそらく一番多いんでは無いかな?と私は思います。

例えばこの間、去年ですね。
目撃証言があったという事で発表された日高信夫さん。
この方は調査会の事務所がある飯田橋の近くの印刷会社に勤めていた方ですが、この人がいなくなっている。
この早坂さんも印刷の仕事ですね。
後千葉の方とか、何人か印刷関係の仕事をしている方がこのあたり、1970年くらいにですね。
小林栄さんも、この3人ですね。
いなくなっているというのは、この頃印刷の仕事の人が欲しいなと言うような意向があって、それが伝えられてそれぞれが住んでいる人間でですね。
エージェントみたいなのが自分の近くにこういうのがいると。
場合によったら飲み屋かなんかで隣に座った人、と言うのがあるかもしれません。
そういうのを探していてですね。
そして騙してどこかに連れて行ったというのが、一番可能性がかなりあるのでは無いだろうかと言うふうに思います。

だからそういう意味で言うと、何処でも出来るんですね。
海岸なんか別に必要では無いです。
横田さんの事件だって、新潟ですから海岸の事件と言うイメージが多いですけれども、実際に拉致をされているのはご自宅の近くで車の中に引きずり込まれてですね。
そして連れて行かれている、と言うケースでございまして、これはやはり皆狙ってやったというケースがかなり多いだろうと。
海岸でですね。
たまたま偶然に連れて行ってしまったケースというのは、これは工作員が中にはですね。
進入したという証拠として持って言ったというのもあると聞いていますけど、それよりはおそらく計画的にですね。
狙って連れて行ったというケースが多いんだろうと思います。

北朝鮮と言う国からすれば連れて行くのは当たり前の話ですから、工作員はやはり連れて行けばですね。
それが何かの点数に関わった可能性がある。
あるいは場合によったらやくざをですね。
下請けにして、そのやくざに金を渡して連れて来させたというケースもあるのでは無いかと言う感じも致しております。
そういう事を考えますとやる事が当たり前だと思っていれば、今政府のパンフレットなどに書いてあります70年代の後半から80年代の初めって言うのは、これは真っ赤な嘘というか、全くの認識の違いであると言うふうに思えます。

これは金正日がですね。
拉致の指令を出したのが76年くらいという事でですね。
そういう事を思っているのでは無いだろうか?と思っているんですけれども、我々が見ていてですね。
70年代の前半、あるいは60年代にいなくなった方々、この中にもたくさんおられますし、あるいは80年代の後半以降にいなくなった方々もたくさんおられるんですけども、いなくなり方から考えてですね。
拉致が疑われる人たちは、いなくなり方から考えて70年代の後半から80年代の初めは特別な特徴と言うのは私はそんなに無いと思っています。
量的に多いという事は有るかもしれませんが、そんなに極端に多いというような感じもしない。

それより前からず~~っと計画的にやっていて、そしてその後もですね。
やはり計画的にやった拉致というのが続いているのでは無いだろうか?と言うのは、我々が実際にこれ調査して来てみてのですね。
感覚でございます。
北朝鮮と言う国にとって拉致をするというのは、金日成の時代から当たり前のことであって、当たり前の事をやっているわけですから、金正日になって多少拍車が掛かったという事があったとしても、現実にはその時だけの事であるはずが無い、という事でございます。

だからず~~と昔からやっている。
そして東京は非常に匿名性がある場所ですから、全く知らぬ人がどこかアパートに住んでいてもですね。
全く分からない、わけですね。
誰がいなくなっても一人住まいしていたら、全く分からない。
久米裕さんなんかを狙ったというのは、おそらくやはり当然ですね。
回りにあまり縁故が無いということを狙っているわけでございまして、そしてそういう事から考えればですね。
いくらでも逆に非常にやりやすい。
この東京と言う場所はですね。
場所であるというふうにいわざるを得ないであろうと思います。
田舎なんかで向こう三軒両隣ですね。
誰が住んでいてどこに勤めていてどういう暮らしをしているか?と言うのを分かっているような場所であれば、いなくなりゃおかしい、と言うふうになるわけですけども、ここはそういう所ではないという事ですね。

実際私もですね。
かつて新宿で昔民社党に勤めていた時に、通勤経路が歌舞伎町で地下鉄から西武新宿に乗り換えて帰っていました。
で、歌舞伎町を途中通るわけですね。
あるとき仕事の合間にですね。
暇だった時に夕方ですね。
ふらふらと歌舞伎町を歩いていたらばたまたま「まだん」と言う名前の店が目に入りまして、これはまだ80年代の半ばくらいだったと思いますが、「まだん」というのは朝鮮語で「広場」と言う意味なんですね。
まだ韓流ブームも何も無い頃で、非常に珍しかったのでそのスナックですが、入ったんですね。

入ったらばそこはですね。
そこのマスターから、飲んでいたらいきなり出された名刺にはですね。
統一革命党日本代表部と言う、これは北朝鮮の工作機関の名刺を出されてですね。
大体こういう名刺を出す方は大した方はいないんですけども、どちらかと言うとママさんの方がもうちょっと大物だったみたいでですね。
しかし、その後仲良くなりまして、私も向こうが所在を明らかにしたんでですね。
こっちも明らかにしないと卑怯だと思ってですね。
民社党の名刺出しまして、それから時々、ちゃんとお金払って飲んでいたんですが、少し安くしてもらってですね。
飲んだりしておりましていたんですけども、あれもしあの時ですね。
私が入って最初の時、一人しかお客がいませんでしたから、酒の中に眠り薬でも入れられて眠ってしまったら分かりませんよね?

酔っ払いみたいに見せかけてですね。
肩担がれて「おい大丈夫か?」なんて言いながら声かけながら車に乗っけちゃったら誰も分からない。
職場の方にいつまで経っても帰って来ないと言って家族が心配をして職場に電話をする。
「いや、普通に夜出て行きましたよ」という話になる。
警察に行ってもですね。
家出人の捜索願くらいしか受け付けて貰えない。
「何か悩みでもありませんでしたか?」と言うふうに聞かれてですね。
「そういえばあいつこの間塞いだみたいだった」とかですね。
そういう話になれば、やっぱりそれでいなくなったんだろうという話で片付けられてしまうという事が有ったのでは無いだろうか?と言うふうに思います。
そういうふうにして、実際拉致をされた人と言うのは、当然いてもおかしくない事でございまして、そういう事を考えると東京と言うのは何でもできる場所だというふうに思った方が宜しいのではないだろうかと、感じが致します。

だから、じゃあこういうのをどうしなければいけないのか?と。
これはですね。
やはりそういう状態の中で完全に拉致を防ぐなんて極めて難しい事であります。
まだ日本人の拉致の場合はそれでもご家族がいれば、ご家族がまだ声を上げてくれて何とか世論になる可能性がある。
久米さんなんかの場合は、犯人が捕まってなければ家族がいないわけですから、誰も何も言っている筈が無いわけですね。
それ以外の方々でもおそらく家族がいない人を狙ってやって、成功していれば誰も何も言わない筈であります。
そういう人が非常にたくさんいる。

それからおそらく日本人以上にですね。
在日の拉致と言うのもかなりあるんじゃないだろうか?と私たち推定しています。
我々のリストの中、この東京の中には無いですけども、在日朝鮮人の方でですね。
いわゆる帰国運動と別に拉致をされたのでは無いだろうか?と言うケースが結構色々ありまして、これはですね。
ご家族が数人、我々に名乗りを上げている方がおられますけども、それ以外はですね。
全く分からない状態のままに今日に至っているという事でございまして、ここら辺もですね。
我々としては非常に大きな問題だろうと思います。

そういうふうに非常に大きな事をですね。
防ぐという事は中々難しいんですね。
これは防御と言う形では絶対に出来ません。
それはどうするか?と言うと、ともかくですね。
少なくとも今拉致をされている人たちはどんな事をやっても、草の根分けてでも見つけ出してですね。
探し出すぞ、という事をですね。
やっていかなければいけない。

そして拉致をされていると分かった人はですね。
何が何でも取り返すぞと言う意思を我が国が見せていかないと、北朝鮮は返して来ないだろうと言うふうに、私たちは思っています。
そのためにはだからやっぱりこういうのが必要になるんですね。
こういう情報を、と言う話が。

政府も昨年度3月くらいにですね。
何回か拉致の事を放送、テレビコマーシャルをやりました。
拉致は許せない、許せないのは当たり前の話でございまして、そんなのはわざわざ膨大な金をかけて政府がやるなと。
誰も分かっているんですね。
日本中の誰に聞いたって、拉致を許せますか?って、ハイ許せますなんて人はほとんどいないわけでありまして、姜尚中位だと思いますが、それ以外皆許せないわけですね。

それを言われたって困るわけです。
それよりももし例えばですね。
金かけてポスターを作る、あるいはテレビコマーシャルをやる、パンフレットを作るというんであれば、ともかく拉致今のうちにしゃべった方が身のためですよ、というですね。
脅迫するぐらいのですね。
コマーシャルでもした方がいい。

今情報を出してくれればですね。
警察も不問にしますよと、まぁ警視庁の方もおられるんでですね。
そういう事を言っちゃいけませんかもしれませんが、ともかく今のうちに言った方が身のためですよと。
今吐けばですね、あなた本当に皆さん大事にしてあげますよ、と。
最後まで行って他の事が分かってからバレたらあんた必ず捕まえますよと、いうふうにですね。
それくらいの脅かしをする位の事をしなければいけない。

この間ニュースでですね。
外国の記者を対策本部で呼んで、そして拉致のことについてご家族の方に会って頂いたりとか、現場を見せるとか言っておりましたけども、その対策本部の人たちがですね。
自分で自腹切って外国から読んで来るんだったら構いませんが、税金使ってですね。
そんな事やる事か?と。
ジャーナリストと言うのは本当に価値が有ると思えばですね。
自分で金使ってですね、やってくるわけですね。
わざわざですね。
お足つきで呼んで来てですね。
そんな事を書かせるんじゃあ北朝鮮と何の変わりもないと言うふうに思います。

もう何か見ていると、何に金使っていいんだか分からない。
何をやればいいのか?分からないという状態では無いだろうか?というふうに私ども思っておりまして、本当はですね。
やらなければいけない事が山ほどある。
政府の中にもやらなければいけないか?って何か分かっている人が、実は本当にこのことに携わっている人がたくさんいるんですね。
こんなことでは駄目だと、我々も政府の中のいろんな立場の人から話を聞いておりまして、しかし中々動かすことが出来ないというのが、残念ながら現状でございます。

それを我々は何とかして変えて行かなければいけないんですが、変えるのには何が必要か?と言うとやはりですね。
皆さんの声が必要です。
こうやって暑い中ですね。
36度くらいあるだろう中をこうやって来て頂いて、お話を聞いていただくというような事をするというお気持ちがあるというお気持ちがですね。
まさに政府を動かして、そして拉致の解決につながるんだという事です。

この声を絶対に小さくしたらいけないです。
任せておいて大丈夫だろうと思うとですね。
絶対にその方向には行かなくて、逆の方向に行くという事でございます。
何か近々、山崎拓さんが平壌に行くという話が出ております。
28日から30日は韓国の大統領とですね。
北朝鮮のあの金正日がですね。
また2泊3日も何しに行くんだか良く分かりませんけども、行って話し合いをしてくるという事でございます。

ほったらかして置くと、どんどんどんどんこの拉致の問題はですね、埋もれてしまうと。
日本政府は今何とかですね。
それでも支援をしないと言うところで止まっておりますけども、下手をしたらばそういう所もですね。
何かちょっとした餌を与えられて、そして分かりましたと言ってですね。
アメリカや中国やそして南北朝鮮のですね。
ペースに嵌められてしまわないという事も限らないわけで、そこに嵌められないために必要なのは世論だと。
結局最後はそこにやって来てしまうんだという事をですね。
ご理解をどうかいただきたいというふうに思うわけでございます。

我々は今度お盆休み明けにですね。
例の問題の朝鮮中央放送委員会の愼範アナウンサーのとですね。
矢倉富康さんの声のですね。
ご家族の声の鑑定の結果が大体出るという予定になっております。
その結果も踏まえた上で、20日過ぎからですね。
具体的に動こうと思うんですけども、今のところ政府は、我々よりも前にこの情報に接していた事は間違いないにも関わらず、全く動いた形跡が見えないという事でございまして、ここが愼範さんが矢倉富康さんだという事がハッキリすればですね。
ここをきっかけに何とか切り込んで行きたいというふうに思っているわけでございます。

我々何度も何度も言っておりますし、是非皆さんにもご協力をいただきたいんですが、この問題の解決と言うのはですね。
話し合いでは絶対に解決できません。
話し合いをするにしてもそこに、力の裏づけが絶対に必要になります。
日本がですね、その力を行使するという裏付けなくして、この問題は絶対に解決できません。
そんなちょこっと話し合いをしただけで、彼らが帰ってくるくらいであれば、大体拉致なんかするわけが無いはずでありまして、こういう状態の中で拉致が起きまして、そして返して来ない。
この間の北朝鮮の外務省の備忘録なんてのを見ればですね。
読んでいくと日本が悪いんじゃないか?と思えて来るような内容でございます。

そういう相手から取り返すためにはですね。
ふざけた事を言ったらば張り倒すという力が必要でありまして、それをやはりやっていくのは軍隊がいなければいけないと。
どこまで使うかは別としてですね。
やはりその裏付けが無いと問題解決しないと、私は思っております。

幸いここにもですね。
私含めまして3人予備自衛官がおりまして、そこにいる○○君と、上島議員とですね。
さらに今古賀議員の息子さんも予備自衛官補として訓練受けているそうですので、大分昔に比べて比率が高くなったなと言う感じが致しますので、我々はもう召集が来れば直ちにですね。
これを迷彩服に着替えて、北朝鮮に乗り込む覚悟でおりますので、そういう、もう絶対に取り返すんだという意思が向こう側に伝わればですね。
あの国は力しか信頼していないんですから、こっちが力を使うぞと言う意思があればですね。
向こうはそれに応じて来ざるを得ないという事でございます。

そういう意思を国民全体が持つ事によって今度はですね。
北朝鮮側だけでなくて他の国もですね。
日本と言う国に対して手出しが出来ないというふうに思うわけですね。
それが無かったら、いつまで経っても拉致被害者取り返す事が出来ないばかりか、日本と言う国は何をやっても大丈夫なんだと回りから馬鹿にされてですね。
更に被害者がでるという事は間違いが無いわけでございまして、我々はそういう意味でですね。
この決意とそしてそれをですね。
世論をバックに実行させていくと、いう事が絶対に必要であろうという事を思っている次第でございます。

色々ございますけども、本当にですね。
この拉致問題をこの10年間進展させて来たのは、他でもないここにお出での皆さんの熱意があったからという事でございます。
私はあともう少しのところまで来ているというふうにですね。
思っておりますので、もう少しの間お力を更に高めていただくことをお願いいたしまして、お話を終らせていただきたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・
音声ファイル及びテキスト中に出てくる個人名は、プライバシーに配慮してあらかじめ削除をしております。
悪しからずご了承の程、よろしくお願い申し上げます。

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2006年7月25日 (火)

■金正日は「合理的な考え方をする指導者」か

■金正日は「合理的な考え方をする指導者」か

              荒木和博

 安倍晋三官房長官が昨23日、横浜市内で行った講演で、4年前の9.17第1次小泉訪朝で金正日と会った際に「論理的な話のできる、合理的な考え方をする指導者との印象を持った」と語ったとの報道がなされていました。一瞬目を疑いましたが、特に否定のコメントもないようなので、やはりその通りなのでしょう。

 しかし、もし金正日が「論理的な話のできる、合理的な考え方をする指導者」であれば、北朝鮮はこんな惨憺たる状況にはなっていません。官房長官の発言が本心であるとすれば、これはとんでもない勘違いだと言わざるを得ません。あるいは、何らかの部分的解決に向けての動きが北朝鮮との間であるのかも知れませんが、現体制が存続する限り、拉致問題の完全解決はあり得ず、結局は拉致問題の棚上げにつながるものと懸念せざるをえないというのが正直なところです。

 金正日体制の存続を前提に、話し合いでやっていけば、未認定の拉致被害者の多くは見捨てられてしまいます。また、身寄りがない人であった場合など、曽我さんのように北朝鮮が勝手に出してくることは奇跡でもない限りありえません。また、外国人の拉致被害者の救出や帰国者・日本人妻、そして北朝鮮2000万国民の人権問題解決も、体制の維持を前提としている限り不可能です。

 これまで拉致問題に熱心に取り組んできた安倍長官ですから、このような餌をぶら下げて北朝鮮当局を釣出しておいて一気に潰してしまおうという策であろうとは思いますが、あと一歩で倒れるというときに救いの手を差し伸べるようなことにはならないことを願うのみです。

 北朝鮮相手にはアメリカ頼みでもだめ、専守防衛でもだめです。拉致問題を自国の戦争と位置付け、攻撃は最大の防御(もちろんこれは武力だけの意味ではありません)との原則の元に手を打っていくことだけが解決の道だと確信します。

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2006年7月 3日 (月)

■悪者は誰か

[調査会NEWS 383](18.7.2) より

                      荒木和博

 金英男さんとご家族の対面、そして記者会見等を受けて日本のマスコミではその矛盾点がクローズアップされています。お姉さんの英子さんのインタビューなども流されていますが、正直なところ、「こんな間違い探しばかりやってどうするのか」という思いがしてなりません。

 寺越事件の例を挙げるまでもなく、あのようなときに金英男さんが事実を話せるわけはなく、また、それを聞いたご家族が、「英男の言葉は嘘だ」と言えるはずもありません。家族の思いからすれば何としても金英男さんを守ろうとするでしょう。北朝鮮当局のシナリオに沿って言わされているのは自明の理なのに、その矛盾ばかり突いていたら金英男さんやそのご家族が悪者になるばかりです。

 悪いのは拉致をした北朝鮮当局です。金英男さんにああいうことをしゃべらせている金正日体制に問題があるのであって、28年ぶりの再会で自分の感情を表現することすらできなかった彼に罪はありません。また、彼の発言をを否定することの許されないご家族でもありません。記者会見のときとうって変わって、お母さんとお姉さんを見送るときの金英男さんの顔は必死に耐えているようでした。あるいは彼の発言は、あえて矛盾を大きくし、自らが言わされているのだということを知らせようとしたメッセージかもしれません。

 ともかく報道される皆さんも、それを見られる皆さんも、本当に悪いのは誰かということをもう一度心にとめていただければと切に願う次第です。

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2006年6月21日 (水)

福留貴美子さん拉致事件を考える集い(4)

荒木和博 特定失踪者問題調査会代表 講演

~~福留貴美子さん拉致事件の本質~~

0000816m

ご紹介を頂きました荒木でございます。
今日はお忙しい中こんなにたくさんの皆さんお集まり頂きまして、本当にありがとうございます。

今、野村さんの話を聞いていてですね。
映画の話が出ましたんで、ふと思い出したんですが、私も実はその北朝鮮の映画を一回見に行った事がございます。
ずいぶん昔ですが、学生時代だったかな?渋谷にですね。
北朝鮮の映画を上映する映画館と言うのがあったんです。
確か、入場無料だったか千円くらい取ったか忘れちゃいましたけど、見に行きまして、観客私一人でした。(笑い声)
やってた映画はですね。
今でも覚えているんですが、「高圧線」と言う映画で、要は電気の技師がですね。
朝鮮戦争のときに米軍の爆撃から高圧線を守るためにですね。
その活動について描いた映画でございまして、これ、中々良く出来てですね。
正直言って私泣いてしまったという(笑い声)感動的な映画でありました。
で、私には幸いにしてその後お声はかからなかったんですけども、まぁそういうふうにして声の掛かった方はおそらくいたんだろうなと。

それからもうひとつ、これはまだ私が民社党の本部に勤めていたころですが、私の通勤経路がですね。
丁度歌舞伎町が通勤経路になっていまして、で、あるときですね。
もうだから20年位前かな?
仕事が比較的早く終わってですね。
ふらふらっと歌舞伎町の中を歩いていましたならば、こういう名前の看板がありまして、(後ろのホワイトボードに平仮名で「まだん」と板書する)これ韓国語がお分かりの方ならご存知と思いますが、広場と言う意味の韓国語です。
当時は今みたいな韓流ブームでも何でもなかったものですのでね。
こんな看板なんか殆ど見た事がなかったので、ふらふらっと入っていきました。
スナックでございました。

カウンターで飲みながらですね。
話をしてて、何でそうなったのか?今になるとよく思い出せないんですけども、マスターがですね。
おもむろに名刺を出してきました。
その名刺になんて書いてあったかと申しますと、(ホワイトボードに「統一革命党日本代表」と板書)「統一革命党日本代表」というこれは北朝鮮の工作機関ですが、この文章が突然出てきたもんですでね。
おそらく一体なんで入ったか?と言う話になって、韓国のこととかやっているという話をしたからじゃないか?と思うんですが、さすがに私もビックリしましてですね。
しかしまぁ、相手がそれを出して来たんだから、こっちも名乗らないわけにはいかないと思って、「いや俺は民社党本部の人間だ」という事を言って(笑い声)申しました。

そしたらそこに、これは名刺を出したのはマスターなんですけども、ママさんがいましてですね。
その人がいろいろ良くしてくれまして、それから数回行ったんですが、後で聞いたらこのママさんが、マスターは余りたいした問題じゃなくて、この人が大物の工作員と言うかエージェントだったという事が後に分かりました。
で、ふと今から考えてみるともしですね。
あの時、酒の中に薬でも入れられたらですね。(笑い声)
それでおしまいですね。
私だから、仕事終わって一人でふらっと帰ったわけであって、職場の同僚ももちろん分からないと。
で、家族ももちろん知らないと、いう所でですね。
入った飲み屋でそこで飲まされて、後はどこかへ行っちゃったという事であればですね。
誰も気が付かない事である。

その後私もですね。
性懲りもなく何回もその店へ行ったもんでですね。
そうすると今度はもし例えばそこの店に行ったという事が分かったとすると、今度はいやあいつはおそらく北朝鮮の事が好きになって自分で行ったんじゃないか?というふうにですね。
なってしまった可能性も、これも当然ある、と言う事でございます。

で、この名刺なんか出したのはたいした事無いんですが、そこのママさんがやはり大物でですね。
大物だっただけに結構ちゃんとした人でですね。
その後、もう亡くなったと聞いていますけども、いろいろとお付き合いと言うわけじゃないですけど、店には行ったりしたという事がございました。

で、今日は焦点となっていますのは福留貴美子さんの事で、先ほど川添さんのお話の中に、警察がどういうふうに認識をしているか?と言うことについてのお話がありました。
これはですね。
この中にもおそらく神奈川県警の方なんかおられるのかな?
まぁ警察の認識としては、さっき川添さんが言ったように自分で行ったと。
そして逃げられたのに逃げなかったと、いう事でこれは拉致だと認めていないという事、ですね。

この2月の日朝の実務者協議のときに、福留さんの名前を出していると言うのは、これは実は警察に相談しないで外務省がやった話です。
だから外務省はですね。
警察からの追求を避けるために三十数名と言う言い方をしています。
実際は1000番台リスト34名に、小住さんと福留さんを入れて36名なんですが、これを三十数名というようにぼかしているのは、この福留貴美子さんとそれから警察が死んだと言うことにしている山本美保さんの二人が入っているから、と言う事でございます。

この福留さんの事件と言うのは、非常にある意味でいうと象徴的な事件でありまして、一体拉致の本質は何か?と言う事を考える上でですね。
それは非常に重要な事件です。
と言いますのは、拉致と言うとやはりですね。
海岸を歩いていたらば無理矢理捕まえられて、そして袋に詰め込まれて船に乗せられたと、いう事でですね。
連れて行かれたというふうに思われるイメージが非常に強いと。
しかし、実際にはですね。
そういうケースはそれほど多くはない、と思います。

今日は家族会の増元事務局長がお見えですけども、増元るみ子さんなんかの場合はですね。
やはり市川さんとデートに行ってる時にやられたと言う事で、その可能性が一番近い人ですけども、しかしその増元さん・市川さんのケースでも市川さんは電電公社の社員でしたが、電電公社とか電話の関係者でいなくなってる方が多い事を考えますとね。
その場で行き当たりばったりではなかった可能性と言うのも存在をする。

一番可能性として高いのは横田めぐみさんですとか、おそらく横田さんの場合でも全くたまたま出会いがしらと言うのではなくて、若い女性を連れてくるという指示があって待ち構えていて網に引っかかったと言う事は最低限あるんでしょうが、そこから段々段々ですね。
グレーゾーンに向かっていくんですね。

一番のグレーゾーンと言うのはやはり自分で北朝鮮が好きになって入ったと。
しかし戻れなくなったと、いうことです。
これはある意味ではよど号の妻たちでもそうです。
よど号の妻たちでも彼女たちは大部分は北朝鮮にですね。
もちろん自分の意思では行ってますけど、まさか向こうでよど号グループと結婚させられるとは想像していない。
で、行ってみたら無理矢理くっつけられたと。

これもいろんな話があるんですが、どうもですね。
相当無茶な事をされた・相当酷い事をされたらしいと言う話も私聞いております。
そういう中でも他に選択がなくなって結婚をしたと。
で、しかし結果的にはですね。
本人たちがその気になったから、あれは拉致ではないということなんですが、彼女たちだってもし向こうに行ってからですね。
「こんなはずじゃなかった」と「私たち帰る」と言ったら間違いなく拉致になります。

福留さんはやはりそこに近いグレーゾーン、だと思いますね。
自分の意思で北朝鮮に入った事は、まぁ間違いが無い。
そういった意味では有本恵子さんとか、松木さん、石岡さんなんかと同じケースになります。
しかし、そこでず~っと暮らす事になるとはおそらく思っていなかった、いう事でですね。
拉致と言うのはそこまで全部ひっくるめないと、いけない。

そうすると更に言えばですね。
この自分の意思で入ってそして出られなくなった拉致と言うのはですね。
もうほとんど境界線の無いくらいの先には、今度は帰国運動があるんですね。
帰国運動で、確かにそれは自分達で決めて北朝鮮に行ったと。
しかし、すぐにですね。
帰国運動の時は1年か2年したらば里帰りできると思って行ったらば、全く出られなくなってしまったと、いうようなことがある。
これは殆ど境目が無いに近いぐらいの状態でその向こう側にはこれがある。
ず~っと、これグレーゾーンなんです。

この間に更に今はほとんど問題になっていませんが、在日朝鮮人の拉致被害者と言うのがやはりいます。
このケースもですね。
やはり、例えば工作船なんかを使って不法に出国したと言う可能性はある。
しかし本人たちは戻ってくるつもりだったのが戻れなくなったとかですね。
そういうケースが相当ある。

だから拉致と言うのはですね。
バシッとですね。
ここでもうこれは拉致です、これは違いますというふうに割り切れる物ではなくて、凄くですね。
非常に複雑だと、いうことです。
それを是非考えておいて頂きたい。

それから福留さんのケースでやはり日本に戻って来たと、これが警察が拉致を認定しないひとつの大きな理由なんですが、これは先ほど川添さんが言ったように、子供たちを残して来ているという事でですね。
無茶な事は出来ないと。
尚且つ、例えば警察に駆け込んだところでですね。
警察がその時相手にしてくれたかどうか?と言う事も疑わしい、と言うことであります。

レバノン人の拉致被害者ですね。
彼女たちも、北朝鮮の当局はベオグラードに出す時に、「お前たち、もし逃げ込んだってレバノンの大使館にだって俺たちの仲間はいるんだぞ」と言うような事を言っていたと、言う事でですね。
当然「警察にだって仲間はいるんだ」とか言ってたでしょうし、そうするとそこでですね。
勇気を出してそういうことが出来るか?と。
ひとつ間違えたらば、自分の命が無いかもしれないと、言う事があったということでありまして、これも重要な問題として、考えておかなければいけないわけです。

向こうに行ったというのは、基本的には向こうが何か使おうと思ってるわけですから、当然何かしらの工作活動に従事している可能性は十分あります。
だって例えばですね。
今帰っている蓮池薫さんなんかにしたって、全然喋らないですよね?
喋らないどころか彼が出してくる情報の中には、どう考えてもですね。
何らかの目的を持って出しているとしか考えられない情報が決して少なくは無い、わけであります。

こういう事が彼の耳に入ると彼は相当敏感になるんだそうですけども、この間金英男さんのご家族が行って会ったときも、金英男さんのご家族は今まで聞いていた事だけだったと非常に失望されたと言う事だそうですが、実際おそらくそうなんだろうと言うふうに思います。
今でも例えば地村さんなんかは毎日のように柏崎に電話して指示を仰いでいるという話であって、蓮池薫がコントロールタワーをやっているだろうと言う事は、もうみんな公然の秘密みたいな物でありまして、誰も言わない。
ある意味で言うと子供たちが帰ってきたら喋るんじゃないか?と思っていた私たち自身の期待も裏切られて、そして子供たちが帰ってきたら尚の事喋らなくなってしまったと、言うのが残念ながらその事実であろうと言うふうに思います。

かといってじゃあ、彼らをですね。
全面的に非難できるか?と、今喋ってくれない事については私は様々な思いがありますけども、しかしですね。
彼らが喋らないのは、ただ単に北朝鮮に対して忠誠心を持っているから喋らないと、いうことではやはり無いと思います。
ある意味で言うとドメスティック・バイオレンスみたいなものでですね。
恐怖感からは絶対に抜けられないと。

彼らのところに書いた手紙では、私は「戦ってくれなければ絶対にその恐怖感からは逃げられませんよ」と言う事を書いたりしたことがあるんですが、そういう事を書いたら何か脅迫状が来たとか言う事をですね。
言われてしまっていますので、まぁ相当嫌われているんでしょうけども、しかし現実問題としてはやはり彼らの恐怖をですね。
つかさどっているあの体制が潰れない限りは、どうやってもですね。
彼らがその恐怖感から逃げる事はできません。
だからそういう意味では、彼らが今やってることについて、100%の非難は出来ないと。
もちろん喋ってもらわなければいけませんし、もっと無理をしてでも喋らせなきゃいけないと私は思いますが、そういうことはある。

だから拉致被害者が何となくイメージとして、無理矢理つれて行かれて、何とか日本に帰りたいと思ってですね。
ただじっとしていると言うふうに思うイメージを思い描いていると、後でおそらくそれと現実のギャップがですね。
相当違った物が見えてくると。
その時に我々騙されたとか言う事をですね。
なってしまうと、これは拙いです。

そうじゃなくて、ああいう国の中にいるんですから、当然そういうことをさせられたと言う事はあるわけで。
それが例え半分くらい本気で彼らがやっていたとしても、それをですね。
最終的に我々は全て悪事を働いていたと言うような見方をする事は出来ないであろうと、言うふうに思うわけでありまして、その点をどうかご理解を頂きたいと思います。
福留さんの事件はまさに、そういう事件のひとつの象徴であります。

で、特に彼女の場合はですね。
私も救う会の事務局長をやっていた時代から彼女の事には関わっておりまして、高沢皓司さんと一緒に高知に行ってですね。
お母さんご存命のうちに2度お会いした事があります。
あのお母さんはですね。
前に日比谷の全国集会に一回来ていただいた事がありますが、本当に見かけは田舎のおばあちゃんですけども、物凄い記憶力の良い人で、凄い頭の良い人だなぁと、私よりよっぽど良く物を覚えている人でありました。

お母さんの言った事で非常に印象に残っているのは、あの時よど号グループの関係者が何とかしてその孫をですね。
貴美子さんの娘さんたちの事で結びつきを持って、そして福留貴美子さんの死亡届を出させようとしていたと。
その時に、お母さんが言ってたのは「私が骨で、そして貴美子は肉なんだ」と「そして孫たちは皮である」と。
「皮と骨は直接繋がらないで必ず間に肉がなければいけないので、貴美子の事が分からないのであれば、それは分かるまでやらなければ、そこで妥協すると言う事はできない」と言う事を言っておられました。

そういうお母さんですから、かなりしっかりしていたという事もあり、相手側もですね。
相手側と言うかよど号グループの関係者、この中にも誰かしらいるんでしょうけども、相当神経を使ってました。
ひとつ前に言われてびっくりしたのは、ご存命のときにですね。
福留さんのお母さんが一回ですね。
何か目の病気で隣町の病院に数日間入院した事がある。
数日で帰ってくるんで近所の誰にも言わなかったと。

で、郵便局にだけ「手紙をちょっと止めて置いてください」とか何とか言ってたらしいんですが、そして帰ってきてからしばらくしてからですね。
北朝鮮のよど号グループから、その病院気付でですね。
お母さん宛に手紙が届いたという話をしてました。
ですからどこでどういう事をしているのか?と言うのをですね。
チェックしている人間がいるんだなぁということが分かったわけで、あんな本当に田舎なんですけども、そこでもそういう事をやっていたという事であります。
だからこそ、そういう一応ネットワークがあるから、そう簡単に帰国したからと言ってそこでパッと逃げ出せるということでは無いと言う事をご理解を頂きたいと思います。

政府が認定しています11件16人というのはですね。
これ結局、我々も古川了子さんの訴訟で認定の基準の問題なんかをやってるんですが、要はですね。
認定の基準なんか何も無いんです。
たまたまマスコミが騒いだとかですね。
それから工作員が捕まって自白したとか、そういう事でやってるだけで、それ以外の物は無いと。
そこに一生懸命ですね。
屁理屈を付けて、認定の基準はこうだとかああだというような事を言うから、返って話がおかしくなる。

所謂その警察の捜査のやり方でですね。
そして認定できる人間なんてそんなにおそらくいないだろうと、言うふうに思います。
しかし問題は、じゃあ警察の判断で認定できる人間がいないから、じゃあみんなそのままで良いのか?と。
あいつは自分の意思で行ったんだよと言うことだけでですね。
済ましてしまえるのか?と。

非常に不謹慎ながら、私は時々例えで使うんですけども、「踊る大走査線」でですね。
青島刑事が公安の刑事だったとしてですね。
人がいなくなる失踪事件を追っかけると。
で、「いやあの人は拉致されたことに間違いがありませんよ」と言ったらですね。
所長と副所長と課長がですね。
「いや青島君、あの人は自分でいなくなったんだからね。拉致じゃないから、自分でいなくなったよ」と言う風にして終わりにしてしまうと言うようなパターンがあるのではないだろうか?と。

ですから最終的には田中実さんの事件とか、原敕晁さんの事件とかもそうですが、ああいって身寄りの無い人を狙ったケースについては、ご家族が名乗り出る事も何も無いわけなので、結局全ての人たちを返してくるためにはやはり今の体制を変えてしまってですね。
そしてみんな自由に出て来れる様にすると言う所に持っていく以外に方法は無いと。
これは他の北朝鮮の人権問題の解決なんかも結局そこに辿り着いてしまうんで、そこに行くしかないわけですが、そこを警察的に刑事事件として捉えるということであれば、逆に上手く行かないであろうと言うのが私の考え方でございます。

先ほど野村さんが言われたチュチェ研の動きとか、そういう事はですね。
これは全部止めるなんて事は絶対出来ません。
どんな国だって、自分の国が生き残る為に工作活動っていうのは必ずやります。
アメリカだってもちろん日本に対してやってますし、イギリスだってやってると。
中国も韓国ももちろん皆やってるわけでありまして、それは同盟国・友好国とか関係ありません。
生きるためには当然そういうことはしなければいけないわけでありまして、日本だってですね。
極めてお粗末ではありますけども、やって無い事は無いわけであります。

戦前はかなりですね。
それこそ満鉄の調査部とかあんなのを含めて考えれば、膨大な情報機関を持ってやってきたわけで、これは国家として生き残る為に当然です。
ですからどういう世界になろうと、そういう物をですね。
全部なくす事はできないんで、ですからそれはカウンター・インテリジェンスでですね。
抑える努力をしながら、そしてこちらからも送り込んでですね。
そして情報を取ると。

場合によったら、アメリカほど荒っぽい事をやらなくてもですね。
政権の転覆を図るような事くらいまで、やんないとですね。
攻撃は最大の防御と言うやつで、専守防衛でいくらやったってこの国を守る事なんか絶対に出来るはずなんか無い、と言うことであります。

そういう意味で福留さんの事件を我々本気になって取り返すことが出来るかどうか?と言う事が、ある意味で言うとこの拉致問題での認識をですね。
どういうふうにしていくのか?と言う重要な問題に絡んでくると言う事でございまして、どうかその点をですね。
ご理解を頂きたいと思うわけでございます。

もちろんそれだけは言っておきますが、かつてですね。
金子だったかな?
誰かが日本との電話の中で、「福留さんのお骨は実は今私の横にあるのよ」と言うような話を言ったと言う事を、私聞いたことがございます。
それが本当であればそのお骨を持って来れるはずですよね?
それでもちろんそれを鑑定することも出来る。
いまだにそれは出てきていないと。
と言う事はこれは間違いない事実だと言うことでありまして、松木さんの骨だってもし本当に亡くなっているのであれば、当然その遺骨が出てくるわけですが、わざわざ2回も偽物を掴ませてくるという事がどう言う意味が在るのか?と言う事は皆さんお分かりだろうというふうに思います。

まぁ以上ですね。
私申し上げましたが、拉致問題の解決と言うのはやはり幅広く見ていただく必要があるという事で、ご理解を頂きたいと言う事でございます。
ありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年6月17日 (土)

北朝鮮人権法可決について(荒木和博氏)

■北朝鮮人権法可決で思ったこと
                    荒木和博

 今日北朝鮮人権法案が参議院で可決成立しました。

 会期延長がないということで、正直なところ継続審議になってしまうのではないかと思っていましたので、とりあえずほっとしています。内容的にも評価できるものであり、自民・民主・公明各党の担当者の皆さんのご尽力に心より敬意を表する次第です。

 私は今島根の松江にいます。明日開催される島根県民集会に参加するためです。この集会には加藤博・北朝鮮難民救援基金事務局長と私が講演しますが、空港から松江市内に向かう途中、加藤さんと「10年前なら『北朝鮮人権法』などと言っても誰も相手にしなかったでしょうね」と話していました。世の中の変わりように感慨もひとしおです。

 ところで、ここに来る前に平沼赳夫・拉致議連会長にお会いしたところ、事務所に「人権法に難民の保護をうたっているのはけしからん」という内容のメールが多数来ていると言っておられました。それを聞いたときに、私は、「これこそが今後の運動の中で克服していかなければならないことだな」と思いました。

 「拉致問題だけ協力してほしい」と外国で言ったところで、それは基本的にはエゴでしかありません。「北朝鮮の人権問題は深刻であり、拉致被害者のいる日本はそれを身にしみて感じている。したがって先頭に立って北朝鮮の人権問題を解決します。皆さんも協力してください」というのがあるべき姿でしょう。直接の解決はあくまで日本の安全保障問題として、日本と北朝鮮の二国間でやるべき問題です。

 例えば、アメリカ人が日本にやってきて「うちの息子がキューバに拉致されている。日本は同盟国なのだから助けて下さい」と言ったらどう思うでしょう。「それは、お気の毒だけど、まずアメリカとキューバの間でやることではないですか。もちろん、お手伝いはしますが」というのが正直なところでしょう。

 難民保護について、日本国内の混乱を心配する声もあるようですし、確かにその懸念が全くないとは言えません。しかし、日本の人口から考えれば最大限でもコンマ数パーセント程度の、しかも日本に縁故のある難民を引受けられないほど、この国は包容力のない国なのでしょうか。

 大東亜戦争をアジア解放の戦争だと思っている方は、多少の犠牲を払っても北朝鮮国民を独裁政権から解放することこそ、英霊の思いに報いることと考えていただきたいですし、逆に侵略戦争だったと思っている方は、その償いのためにも北朝鮮の独裁政権から、彼の地に住む人すべてを解放しようと考えてもらいたいと思います。今、本当になすべきことは何なのかを考えれば、そう違った結論は出てこないはずです。

 いずれにしても、この人権法可決は今後大きな効果をもたらすでしょう。まさに「攻撃は最大の防御」であり、法律制定の効果を高めるためにさらに次の手を打っていかなければなりません。わたしたちもそのために努力を続けるつもりです。

 今朝、石川県の白山市では、特定失踪者安達俊之さんのお母さんと支援者の皆さんが早朝5時半からの「しおかぜ」第一放送を聞いてくださいました。東京では受信状況が悪かったので心配したのですが、石川ではしっかり聞こえたそうで安心しました。ご家族の思いを何とか結果に結びつけるように、がんばります。今私たちのところに入ってきている様々な情報は、間違いなく近いうちに大きな変化があることを指し示しています。人権法制定をはじめ
このチャンスを絶対に逃さないようにしていきます。今後ともよろしくお願い申しあげます。

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2006年4月29日 (土)

荒木和博氏講演(2006/4/16)

日本再生フォーラム第17回講演会 (06.4.16 JACK大宮ビル5階にて)
「拉致問題を通して日本のあり方を考える 第6弾 ~北朝鮮による拉致を二度と許さないために~」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その1』

本日はお忙しい中、多数の皆様お集まり頂きまして本当にありがとうございます。
また、この会を主催するに当たりまして竹本代表を初めと致します、日本再生フォーラムの皆様のご尽力に心より敬意を表する次第でございます。

これから私がお話いたしますのは、今日ですね。
特に中心的な題は「拉致を二度と許さないために」と言う事でございまして、主にこれからどういうふうにするべきかという事について話をさせて頂きたいと思いますが、皆様なんと言いましてもこの所出ておりますキム・ヘギョンさんと韓国人拉致被害者・金英男さんのDNAの鑑定の結果等々をですね。
この事が大変ご関心を持っておられると思いますので、ちょっと最初にこのことに触れておきたいと思います。

この事が明らかになったのは先週辺りから、先々週ですか。
辺りからちょっと話が出るんではないか?と言うことを言われておりました。
正式に発表がありましたのが11日でございまして、この時に政府がそのDNA鑑定の結果、キム・ヘギョンさんの血液とそして金英男さんと言う、昭和で言うと53年の8月5日に韓国の西海岸の島から拉致された当時工業高校の高校生です。
このDNA鑑定の結果ですね。
二人の間に血縁関係がある事が確認をされた、と言うような報道でございました。

この(DNA鑑定を)2ヶ所やってほぼ間違いが無い、と言うような事でございましてですね。
私たちにとりましてはご存知の無い方もおられるかもしれませんが、特定失踪者のDNA鑑定の問題と申しますと、山梨県の甲府市で失踪された山本美保さんの事について、山梨県警が行ったDNA鑑定と言うのはですね。
どうも余りにもちょっと信用できないと。
言う物がありますので、DNAと聞いただけでちょっと?マークがつくんですが、今回の調べ方等々からするとやはり間違いないだろうと言うふうには思っております。
ですから少なくとも一時期、横田めぐみさんと金英男さんの間に夫婦の関係が存在したという事は間違いが無いかと思います。

で、もともとこの情報は去年の12月にですね。
韓国の拉致被害者家族会、韓国では拉致被害者の家族の会が3つありまして、そのうちの一つの拉致被害者家族会の崔成龍さんという代表が発表をした。
これは一昨年の2004年の9月、中国で情報をですね。
北朝鮮の高官から得たと、言う事で発表した情報だったんですが、それが確認されたと言う事でございます。

ちなみに去年くらいからですね。
ニュースにもちょっと出たようですが、蓮池薫さんが横田めぐみさんのご主人は韓国人の拉致被害者であるということを言っていたと、言う話もございました。
ですからその二つのソースがあったわけですが、今回これが確認をされたと言う事です。

私が調査会のメールニュースでですね。
書いたんですが、蓮池さんは帰ったときにですね。
帰国した時に横田さんのご両親ともそれから双子の弟さんにも会っている。
その後も何回か会っている訳ですが、最初の内はですね。
めぐみさんのご主人は拉致被害者の韓国人であると言う事は一言も言っていません。
一昨年くらいから、ちょっと周辺には漏らし始めたという話を聞いておりますが、結局ですね。
横田さんのご両親はあるいは弟さんたちは直接は彼らからそういう話は聞いていない、と言う状態であると思います。

で、ここにおられる皆さんもいろいろなお気持ちの方がおられると思いますが、私もこういうことばかり言っておりますんで、相当彼らからは煙たがられているようなんですけども、あのですね。
ちゃんと言うべきですよね?こんな事は、当たり前の話で。
最初からそんな事を分かっているなら、分かってないわけが無い。
彼らは一緒に暮らしていたわけですから、一緒に暮らしていたのが嘘であれば分かりませんけど、本当に一緒に暮らしていたのであれば、当然一緒に暮らしていた人間が同じ朝鮮語で話をしていたって、それがただの元々の北朝鮮の人なのか?
拉致された韓国人なのか?くらいはですね。
わかんないはずが無い。
ですから帰国した当時すぐにですね。
それを教える事が出来てもおかしくなかったと言うふうに思います。

あの当時彼らが言っていた事は殆ど横田めぐみさんの事についての証言ばかりでございまして、そのあとポツリポツリと田口八重子さんについての証言ですとか出て参りましたけど、あの時はめぐみさんの事ばっかりでございます。
それはどういう事を意味するかと言いますと、この横田めぐみさんの事を出すことによりまして、横田さんのご両親をピョンヤンに呼ぶと。
そこで横田めぐみの墓と言うものでも作っておいてですね。
そこで拝ませて、キム・ヘギョンさんと感動の対面をさせて、それを持って拉致問題はおしまいと言うふうにしようとしていたんだろうと思います。
彼ら自身はちゃんとそういうふうに喋れと、言う事のシナリオに従って喋ったんだろうと私は思っております。

しかし、これはある程度仕方が無い部分があります。
当然そういうような事をですね、しなければ北朝鮮が出すはずもありませんから、ある程度は仕方がなかったと思うんですが、それにしてもここに来てからもう3年半経つわけですが、その頃になってこういう事が出てくるということ事態がですね。
やはりどう考えてもおかしいんではないか?と思うんです。

それからですね。
ちょうど蓮池さんが拉致されたのと金英男さんが拉致された頃がほとんど同じ時期です。
7月の末と8月の初めですから。
で、つまりご両親はこの二人の息子をそれぞれ二十何年前待ち続けたんですね。
蓮池さんのお母さん、ハツイさんなんかは最初の内はですね。
本当に、こう言っては失礼ですが、錯乱状態に近いような状態になってしまったという話を聞いております。

そういう状態の中で苦しんで、しかし息子を何とか取り返したいと言う思いでですね。
お母さんは一生懸命やってこられて、そして現実に息子さんを取り返す事が出来たんですが、同じ苦しみを受けているお母さん、崔桂月さんに対してですね。
もっと早く本人から直接ですね。
連絡を取って上げられなかったもんだろうか?と、そういうことを私は未だに非常に疑問に感じております。
彼らにすればもちろん言い分はあるんでしょうけども、しかし普通に考えてですね。
やっぱりおかしいんじゃないかな?と言うふうに私は思っております。

彼ら自身は特にですね。
今まで喋ってない事は非常にたくさんあります。
彼ら自身は政府に対しては殆どみんな喋ったと言うような事を言っておりますけども、そんな事絶対にあるわけは無いです。
もちろん、喋れない事もあるんでしょう。
それはまぁ認めますけども、しかし、それはそれとしてですね。
それにしても彼らが全部喋ったと言う事は嘘だとしか言いようが無い。

彼らの中でもですね。
特に地村さんご夫妻とか、あるいは曽我さんなどはですね。
何かあれば柏崎に連絡を取って、そして喋っては駄目というふうに言われると喋らない。
こういうような話を私はいろんな所から聞いております。
ならば、やっぱり蓮池薫さんがですね。
それなりの責任を持って対応をするべきであろうと言うふうに思っております。
こんな事を言うのは大体私とあと何人もいませんので、言えば嫌われるんですけども、そんなのんびりした事も言っていられませんので、この場を借りてもですね。
ちょっと申し上げておきたい、と言うふうに思っております。

そうしないと、まさに、今回の金英男さんの件でもそうですが、こういうことが明らかになってからですね。
なんだあいつ等話してなかったじゃないかと言う話になってくる。
これ日本人の、韓国人にも酷い話ですけど、例えば日本人の拉致被害者の人で特定失踪者の中の人とかですね。
当然蓮池さんは藤田進さんなんかを見てるはずなんですが、見ていないと。
やがて別の所から明らかになったときにですね。
なんだ、何であの時言わなかったんだ?という話になれば、彼ら自身の立場の方が危なくなる、非常に悪くなるということもあるわけで、やはりいろいろ問題はあるんでしょうけども、しっかりとそこは話をして貰いたいという事をですね。
本当に切実に感じております。

しかしこういうふうになる事の理由がいったいどこにあるのか?
まさにこの国の根本に関る問題である、と言う事であります。
この国がもうちょっとしっかりしていれば、彼らはもちろん拉致をされる事は無かったでしょうし、拉致をされてももっと早く取り返す事が出来たでしょうし、こんなに多数の方々が拉致をされる事もなかったであろうと言うふうに思います。
もちろん拉致をしたのは北朝鮮と言う極めて異常な体制の国がやった事ではございますけども、一方でその拉致をやらせてしまった言う意味でですね。
日本と言う国も極めて異常な国である、というふうに言わざるを得ません。

田口さんの拉致もおそらく今まだいろんなこと分かってない事がたくさんあると思うんですが、横田めぐみさんの拉致もですね。
複数の筋から私が聞いている話では、昭和52年11月15日のあの拉致をされてから間もなくの時点で日本政府の上の方はですね。
もう北朝鮮による拉致だと言う事は認識していたと言う話がございます。
おそらく私はそれは間違いが無いだろうと思っています。

で、しかしその後ずっと言って来なかった。
平成9年にこれが明らかになったためにですね。
政府は拉致であると言い始めたわけでありますが、これを民間の方で明らかにしていなければですね。
未だにおそらく横田めぐみさんはただの失踪した中学一年生の少女、と言う事であったのではないだろうか?
もちろん今帰国している5人も帰ってくる事はなかっただろう、と言うふうに思うわけでございます。

で、どういうふうにこの国がおかしかったのか?と言う事を知る上でまずですね。
北朝鮮がどういうことを今までやって来たか?と言うようなことについてのお話をして行こうと思います。

ちょっと遠くの方は分からないかもしれませんが、これは北朝鮮の潜水艦です。(写真を一枚掲げる)
今から11年前にですね、東海岸に工作員を侵入させるためにやって来てですね。
そしてそこで波が高かったので座礁して、帰れなくなったという潜水艦でございます。
事件を覚えていらっしゃる方もおられるんじゃないかと思います。
この時にこの潜水艦に乗っかっていた乗員はですね。
全部上陸をいたしまして半分はその場で集団自決をする。
残りは皆山の中に逃げ込んで、そして一人が捕まりまして残りの13人だったかな?
が射殺されて、一人はどうも北朝鮮に逃げ帰ったらしいと、言うふうに言われております。

で、この潜水艦、近くじゃないと分からないと思いますが、前に魚雷の発射管が無いんですね。
ここから見えませんがこの反対側、右舷の船首の方にですね。
一ヶ所だけハッチが、魚雷発射管みたいな場所に付いています。
それが何かと言うと工作員が脱出する為の、つまり上陸したりするときのですね。
ここから出て水中スクーターのようなそういう物で海岸に入る。
そのためのハッチが一つだけ付いております。
他にはこの船にはですね。
魚雷もないし、それ以外の武装もしていない。
もちろん銃とかですね、そういう物は持ち込んでいたんですけども、その船自体には直接くっついてはおりません。

それはいったいどういう事を意味するのか?と言いますと、この潜水艦がいわゆる普通の海軍が戦闘をやったりするために使う船では無いと言うことですね。
この潜水艦の目的と言うのは韓国に工作員を送り込む、偵察を行う為の潜水艦だと言う事です。
北朝鮮の工作活動と言うのは、ですからたまたまいろんな事をやってる中で必要性に応じてついでにやると言う事ではなくて、工作活動をやること事態が彼らにとって極めて重要な物のひとつである。
それは韓国の中の政権を転覆させて、そして南を共産化統一をするという北朝鮮の国家目標に基づいたものですけども、そういう物に基づいて作られていると言う事です。

韓国はそれに対抗する為にこうやってですね。
海岸に韓国の東、西、南の海岸と言うのはほとんどこういう鉄の柵が巡らされております。
韓国へ行かれたら海岸の方で人目の無い所でもずっとこう言うのが通ってますから、御覧になったら良いと思いますが、かなりしっかりとした鉄の柵で上には鉄条網が巻かれております。
こういうものがずっと渡されている。
こう言うのがあっても潜水艦が来たら平気で入ってくるんですね、北朝鮮の工作員と言うのは。

それと今、埼玉には海はありませんけども、この茨城でも千葉でもですね。
海岸線にこんな物あるか?と言うと、どこにも無いわけでございます。
この中には、これもちょっと小さくて分かり難いと思いますが、ここの端の所にですね。
韓国軍の警備・・・(聞き取れず)があります。
ここには実弾を込めた銃を持った兵隊がですね、警備をしている。
それから海も船がパトロールをしている。
こういうふうにやってる中ででもですね、平気で入って来る、と言う状況です。
それと日本の状況を比べてみるといったいどういうものか?と言うのは非常にお分かりになるだろうと思います。

で、日本には、今潜水艦はひょっとしたら使ってるのかもしれませんけども、基本的にはこのこういう工作船ですね。
こういう物で入って来ているという事が多い。
最近一応(潜入は)止まってるんじゃないか?と言う話も有りますが、ちょっと詳しい事は分かりません。
使える時は、また使ってくると思います。

この工作船は今横浜のですね。
観光地になっています赤レンガ倉庫がありますが、あの先に海上保安庁の施設がありまして、そこで展示をしてあります。
ゴールデンウィークにでも横浜の方に遊びに行かれたらちょっと足を伸ばしてですね。
30分くらいで見れますので、行って御覧になったら良いと思います。
陸の上に上げてありますから、非常に大きく見えます。

船の事をお分かりの方ならすぐ分かると思うんですが、この船の船首の形状は非常に尖ったV字型の形状をしております。
これもさっきの潜水艦と同じように、漁船を改造したとかそういう片手間仕事でやった物では無いと言うことです。
完全に工作活動をやるために、特に日本に工作員等を送り込むために作った船だと言うことですね。
この船は時速で言いますと大体40ノット(1ノットは1.852キロメートル毎時、40ノット=時速約74キロメートル)以上のスピードが出る。
この船の後ろの方が観音開きで開きまして、工作小船という、ちょっと上から見ますとですね。
普通のポンポン船にしか見えない船が出てくるわけですが、この船はもっとスピードが速くて50ノット(=時速約79キロメートル)くらいのスピードも出して走ることが出来る。
そういうような船ですね。
この船で沖合い500メートルくらいまで行って、それからゴムボートに乗り換えて上陸をすると、言うようなパターンが非常に多いというように聞いております。


このテキストは話しの花束ぴろんさんの労作です。

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2006年1月 7日 (土)

荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【1】

特定失踪者調査会 代表荒木和博氏

ご紹介いただきました、荒木でございます。
今日は、正月から、たくさんの方、おいでいただきまして本当にありがとうございます。
限られた時間でございますので、できるだけ簡潔にお話をしたいと思いますが。

おそらくここにおいでのみなさん多くの方が非常に関心を持っていらっしゃるのがこの年末年始に流れました、あの横田めぐみさんや地村さんの事件の実行犯の問題ではなかろうかと思います。

結論から申します。
あのニュースはすべてウソです。

(会場から『え?』)

あの横田めぐみさんや、地村さんをやったのは辛光洙ではありません。違います。

辛光洙はあの事件の頃は、北朝鮮に戻っております。それは彼を捕まえた後の韓国の1985年11月にですね--
2月に捕まえまして、11月にソウルの地裁で、判決が出ておりまして、その判決文の中に、彼が生まれてからどういう風に行動していったかと、工作員になってから、どういうふうに、どっから日本に上陸して、そしてまた北に戻って、また来て、どういうふうに誰と接触して行動していったかということが、書いてございます。その中には1977年1978年のあの時期は北朝鮮に戻って、教育を受けている時期でございまして、日本にはおりません。抜け出して拉致をしたと言うことはあり得ないわけでございまして、あの報道自体が、(もともとそれを確認する前からおかしいと思ったんですが)やはり明らかに、意図的なウソであろうと、言う風に思います。

韓国政府の関係者の知り合いにも聞いてみましたけれども、まぁその彼も『自分の名誉にかけてそんな地裁の判決が、そんなところで大嘘をつくことはあり得ない』と、言うふうに言っておりました。

で、そうするといったい何でこんな事が出てくるんだと言うことに当然なるわけですね。

あの年末の話は、辛光洙(シン・ガンス)と朴(パク)といわれる西新井事件というですね、いろんな日本人に成り代わって工作活動をやったとされる、工作員の二人が主役として出てきたわけでありまして『それくらいしか、北朝の工作員はいないのか』と、当然あの時ですね、不思議に思うわけですね。

拉致は、相当の数、今、日本政府が言っているだけで16人ですから、実際、まぁ遙かに多い数の拉致が行われているわけでありまして、それをですね、一人や二人でやるなんて事はあり得ない。
あの調子ででてればですね、そこのポスターにある450人全部辛光洙がやったという話になってもおかしくないわけでございます。

何でこんな事になるのかと。
あのニュースがでたのは、だいたい『7時のNHKのニュース』です。

今日もちょっと有本さんのお父さん、NHKの批判をされましたが、いつもは、有本さんのお父さん、NHKの批判をすると、私の方はですね『そんなきついこと言わないで、穏便にしましょうよ』となだめるんですが、やはりあそこから話がどうも始まっているのではないかと思われます。

あのニュースを受けて、各社が動き始めると。で、そして翌日には、各社一面トップとか大々的に乗っかるわけでございます。で、しかし、実際には、しゃべったと言われる人たちはですね、直接の取材を受けない訳なんですよ。
これは9.17のあと、10月15日に帰ってきてから、ずーと同じ状態なんですが、あの時は異常に特殊な状況であったと。最初帰ってきたときは、なんとか彼らを北に戻さないようにしなければいけない。そしてその後は、家族がまだ残っているから、と言うことがあってですね、我々、あの当時、私は救う会の事務局長でしたが、報道規制をしていただかなければいけなかった。で、しかしもう家族が帰ってきたわけですが、その報道規制の状態、未だに続いています。

もし、あの時(年末年始の報道の時)NHKが放送したと。それで、当然各社の拉致の担当記者さんは、本当であれば、普通であれば、蓮池さんに電話をかけて、あるいは柏崎や、小浜にすっ飛んでいって、『これいったいどういう事なんですか』と言う風に聞くわけですね。それに対して、『いや、これは事実関係はこうなんだ』というふうに答えるはずなんですが、ところがそれが全くできない。

そうすると、あと聞けるのは、それを聞いたはずである家族会の方々とか、そういうことになってくる。しかし、それもですね、家族会の方からすれば、そういうことを言われたという事実はたとえ有ったとしても、それが事実であるかの、もちろん確認はできない。 確認はできないけれど、一社が抜かれてしまったら、他の社もですね、そういうふうに動かざるを得ない。そういう状態だと、もしたとえば他にリークが行われれば、それにのもうすぐに飛びつくという状態が、作られてしまっています。

この状態はですね、考えてみると去年の7月ぐらいですか、あの蓮池さんが、太陽里(ちゅんちょんり)、住んでいたところの地図かなんかとかが出てきて、ここでこうしてとか言う、話が出ました。で、あのニュースの時も私非常に不思議に思ったんですが、あの時のNHKの報道はですね、『こうであることがわかった』という報道になっています。わかったはずがないです。裏がとれるはずがない。絶対に。

そういうことを、言っているという報道であればいいんですが、『わかった』と言うことになっている。
あの時は確かその後ですね、クローズアップ現代でも、この問題だけをやっていて、そこでもですね『こういう事がわかりました、という報道になっています。これはもう絶対におかしいです。

それを誰も確認ができない。たとえば安明進が、『ここはこうで、ここはこうで確かにそのとおりだ』 と言う話でもしたのであれば、しまいには別な、脱北者ですとかなんか、他の人でもいいですが、そういう事がでてくれば、確かにそういう可能性があると言うことになるかもしれませんが、そういうものは一切ない。ただ5人が証言をしたと。
それもその本人たちが証言したのではなくて、ただ伝聞で出てきたと言うことだけの話でございまして、これで事態が動くとしたら非常に怖いことでございます。

なんでこういう事が起きているかと。
可能性として一つあるのはですね、日本と北朝鮮の間で(ま、今有本さんがいろんな取引やなんかの話をされましたが)もうすでにある程度のですね、落としどころが決まっている可能性がある。

それはどこかと言うと、この事件をやったのはみんな辛光洙と朴なんだと言う話にしてしてしまおうとしてるのではないかと。

横田めぐみさんも、誰々さんも・・そのうちですね、下手すると、よど号グループのことも隠したいと思ったらですね、『有本恵子さんも辛光洙がやりました』という話が出てきてしまうかもしれません。もう、そういうようなことをして、ともかく『あれ(辛光洙と朴)だけがやったんだ』ということで他のものを全部押さえてしまうと。

そこで、北朝鮮側とすれば、調べてみましょうかとたとえば、日本側に回答して、『朴というのは確かにいたけれども、もうとっくに死んでしまった』といってですね、『もう記録も残っていない。』
それから『辛光洙は確かにいるけれども、もう高齢だから、北朝鮮から出すことはできない、もし日本から来たらば、ちょっとぐらい会わせてあげてもいい。』まぁ30分ぐらいおざなりに会わせて、あとはちょっと体調が悪いからと言って隠してしまう。もう何もしゃべらないと言うことは十分に考えられますね。
へたしたら、北朝鮮のことですから、『いや、これは辛光洙と朴の骨ですよ』と出してきても、これもおかしくないわけでございます。(会場笑い)

そういうような事に日本側でも、そこで話を一段落させて、そこで次ぎに進もうと。つまり、今、日朝交渉の中で、平行して、拉致の問題と、国交正常化の問題を別々にやっていくという話になっていますから、そういう中で『いや、拉致の問題は北朝鮮側、譲歩してきた』と。だから日朝(国交正常化)交渉の方も、進める必要があると。こっちを、進めないと拉致の方も進まなくなると。そういう風な形にしていこうというのがですね、おそらくだいたいの可能性ではないだろうかなと。

ま、もう一つ考えられるのは、警察がそういうような動きに対してブレーキをかける為に出してリークしたという、そういう可能性もあるんですけれど、しかし、それにしては、この事実関係がですね、辛光洙がやったとか言う話というのは、あまりにも変な話でありまして、ちょっと警察がリークするとは思いにくい。

と言うことになれば、もっとその更に上の方で、ものは進んでいるのではないだろうかと言う感じがいたします。

そしてもう一つ言えば、拉致議連の幹事長である西村慎悟さんが逮捕されたのが11月の終わりで、そしてこのニュースが出始めたのは、西村さんが釈放された直後からと言うこともございます。

あの事件について、ま、いろんなことを、もちろん感じられている方、有ると思うんですが。あの政治家の弁護士で、非弁活動で捕まえようと思えば何人だって捕まえられるわけですね。あの西村さんが逮捕された直後になんかの番組で、福島瑞穂がでていて、このことが話題になった話があるそうですけれども。あの福島瑞穂さんって人なんかは当然西村慎悟みたいな一番嫌いなはずなんですが、青な顔して一言も言わなかったいうことでございまして、そういう風に思って、びくびくしている人はたくさんいると思います。その気になればいくらでも捕まえられると思うのですが、一切そんな動きはない。

おそらく、あの逮捕の目的というのは、西村慎悟からバッチをはずさせたいと。バッチをはずせば穏便に済ましてやると言うようなことではなかったかと。ま、本人とそこまで話したわけではないのですが、私の推測にすぎませんが、どうもそういう感じがします。

そういうものすべてが、今何か動いているというふうに考えた方がいいのではないだろうかと思います。これは、何もこれに始まったことではありません。

9.17の時はですね、9,17で北朝鮮が拉致を認めると。『拉致を認めたら、国交正常化交渉を動かす』と、おそらく日本側は言っていたわけです。で、認めたと。認めたら、逆に日本の世論が激昂してしまったと。そしてその次ぎにいったのが、『じゃぁ、生きてると言った5人を返してくれ、ともかく。ちょっと返してくれたら二週間ぐらいで戻す』と。
『そうしたら国交正常化を進める』と日本側言ったんですね。
でまぁ、北朝鮮側は『よし、わかった。こんどはほんとだな』と言って返したのが戻ってこないと。

ある意味でいうとですね、日本の外交の方がうまいのかもしれません。(会場軽い笑い)
北朝鮮をだまくらかしているといえないこともない。

この次ぎやったのはですね、『じゃぁ子供たちは残っているんだから、子供たちを返したら、そうしたら進めてやる 』と言う話になったけれども、子供たちとジェンキンスさんなんかは帰ってきたと。しかしやっぱり進まない。

あの、5.22の時に家族会バッシングということがありました。さきほど有本さんからお話がありましたけれど、あの時にですね、確か共同通信の世論調査だったと思いますが、小泉首相の訪朝を評価する声というのが確か68%ぐらいあったんですね。しかし第一次訪朝の時が86%ぐらいだったと思うので、それよりは低いんですが、まぁそれでも7割ぐらいの人が評価していた。しかしその一方で『これで拉致問題が終わったか』という質問に対してですね、確か8割以上の人が『終わっていない』と言う風に答えている。日本の世論はそう甘いものではないわけでございまして。

で、結局、子供たちが帰ってきても話は前に進まなかったと。

で、その次、その次というのは一昨年の11月になりますが、あの時私が思ったのは、北朝鮮がやる方法はおそらくもう一つしか残っていないだろうと。それはですね、死んだと言っていない人たち、つまり政府が認定していない人の誰かを出してきて、そしてですね、『自分の意志で行きました。今、日本に帰ることは、都合でできません』と。『ただし、自分としては両親に会いたい』と。『だから、お父さん、お母さんもし平壌に来てくれれば会います。早く国交正常化が実現して自由に行き来できるようになればいいと思います』ということを言わせようとしていたのではないかと言う感じがしています。

(続く)

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荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【2】

荒木和博氏講演 2005/1/7藤沢
 救う会神奈川主催 
 よど号拉致事件を考える市民集会にて

「嘘つきは北朝鮮の始まり」

 ところがあの時は、それができなかった。この間帰ってきた北川和美っていう変な女(嗤笑)おりましたが、あの彼女が、どうも目的としては、その要員として使おうとして連れてきたという話しでございます。つまり「自分の意思で行った」と。「私自分の意思で行きました」。鴨緑江で飛び込んだという話も多分ウソじゃないかと言われるのですが。自分で行った、あれもう既に荷物先に送ってあるわけですから(ウス笑)。

 そういうふうに出てきて、「私自分で行きました」と言えば、ちょっとこっち(日本)にいる北朝鮮シンパの方、国交「正常化」を進めようとしている人間が、「ほら見ろ、北朝鮮は折れてきてるじゃないか。あれ(北川某)はたまたま自分の意思で行った人だけども、こういうことはちゃんと信頼関係を作れば、そうしたら次に今度は死んだと言ってる人のことまで進んでいくかもしれない」という世論が作れる。

 それからもう一つは「いや北朝鮮に行った人も、やっぱり自分の意思で行った人もあるんじゃないか?」あるいは向こうでいい暮らしをして、帰りたくないと思ってるんじゃないか? ということを流していくと。それによってこちら側の行動にブレーキをかける。あるいは経済制裁とかですね、そういうのにブレーキをかける、としたのではないだろうかと思います。

 私は、あの時はもうあれしかないと思ってました。しかしそれに対して北朝鮮側がやってきたのは、何やったかというと、あの「遺骨」でございます。それ(荒木氏の予想した策略)ができなかった最大の理由はおそらく、金正日に9.17の時ほどの力がもう残っていないということなんだろうと思います。工作機関の中に手を突っ込んで、拉致した人間を引っ張り出してくるとか、あるいはそれ以外でも工作機関が関与した拉致被害者をですね、たとえ日本政府が認めていなくても出していくというのは、相当なリスクを伴うわけで、実際曾我さんの件ではですね、やったらば逆効果になっちゃったわけですね。

 そうすると、出してくるのはかなりの力を使わなきゃいけない。それが金正日にはおそらくできなかった、ということであろうと思います。

 そしてその「遺骨」、この時はおそらくちゃんとした合意ではなかったのでしょうけど、日本の中の誰かが、「どうせ鑑定なんかできないから、出してこい」と言ったのかもしれません。そうしたらば(遺骨はめぐみさんではないという)鑑定ができてしまった。で、話しが違うということに向こう(北朝鮮)としてはなって相当頭にきた、ということであろう。

 そうすると、その後やってきていること、今やってることもおそらく、そういう意味での落とし所を作りたいということに、それも北朝鮮側だけでなく、日本側だけでなく両方が既にある程度の合意が行われていると、思った方がいいのではないかと思います。

 ですから、今の流れているニュースをそのまま真に受けていますと、その方向へみんなどうしても流れていきます。非常に危険なことですので、ともかくここにおられる皆さんが、おかしいということは、しっかり思っていただきたいと。

 元々北朝鮮とは、ウソをつくことなんてのは、悪いとも何とも思っておりません。

「嘘つきは北朝鮮の始まり」

でありまして(爆笑)、
北朝鮮の「労働新聞」なんて、正しいのは日付くらいでありまして(笑)、
まあ今日のこの集会のテーマから言いますと、まあ

「嘘つきはよど号の始まり」

ということも言えるわけでございます。

 よど号グループも、後ほど有本さんのお母さんが、よど号の一人(赤木史郎)と話しをしたことを言われるかもしれませんが、まったく有本恵子さんの拉致を知らないと、言ってるわけですね。知らないはずがないということは、もう誰もわかっているわけでありまして、それを敢えて知らないと言うことは、彼らの言ってることもすべてはウソだ、ということの証拠でございます。

 ところが、日本人というのはマジメですから、もっともらしい顔をしてウソを吐かれると、ひょっとしたら本当のことが入ってるんじゃないかなと、思ってしまうわけなんですね。これが間違いで、そういう人でない場合には、そういう対応をせざるを得ないのではないだろうかと思います。

 そういう場合は、どういうふうにすればいいか? この会場で前にも言ったかもしれませんが、北朝鮮のやり方のウソの吐きかたというのは、わたくしは「試験問題戦術」という言い方をしますが、ともかくいい加減は試験問題を出して、ぶつけてくる。で、こちら(日本)側で交渉に当たる人というのは、だいたい非常に頭のいい学校の成績が良くて、東大をトップで卒業したような人たちが当たるわけですね。

 そうするとですね、試験問題というと無条件に解くものだというふうに頭にあるわけです。すると出てきた試験問題に、マス目に空白が空いていると、空いたままにしておくと、とても指が震えて禁断症状を起こしてしまう(ウス笑い)。そうすると、ともかく解答を書き込んじゃう。書き込んでいる間に相手は逃げていくわけです。

 しかしともかくマス目が空いていることは許せないということで、一生懸命マス目を埋めて、それから走っていって「ここは、こうおかしいじゃないか」と言って出す。そうするとまた向こうは、またいい加減な問題を作って渡してくる。こんな問題解いても仕方ないと思いながら、でも目の前にマス目があると埋めたくなってしまう。

 こういう交渉にあんまり頭のいい人使う必要はないですね。もうちょっと度胸があってですね、多少頭が悪い。試験問題を元々解けなかった人間を使ったほうが(笑い)、はるかに上手く行くわけでございます。

 北朝鮮という「国」相手に、まともな話し合いで信頼関係を作ろうなんてこと自体が、そもそも間違いなわけでございまして、金正日が代わってまともな政権ができりゃあ、その時はもちろんちゃんと話しをすればいんですけど、今のあの体制でまともに話し合いをしたって通じるわけがない。

 フツーのアメリカ人相手に、スワヒリ語(ケニヤやタンザニアなど東アフリカ地域で多用される言語)で話したって通じないわけですね。それと同じことです。北朝鮮相手に、普通の言葉で話しをしたって、朝鮮語で話そうが、何で話そうが通じない。「馬の耳に念仏」という言葉がありますけど、馬に言うことを聞かせるには、鞭でひっぱたくか、ニンジンをやるかどっちかぐらいしかない。

 そうすると北朝鮮に言うこと聞かせるには、経済制裁を初めとして圧力をかけることしか方法はない。実際に一昨年の前半、ですから3年前の(03年)12月の末ですか、平沢さんが中国(大連)へ行って、北朝鮮の日朝国交担当大使と会う。そしてその後4月に、山崎拓さんと平沢さんがまた行くと。あの時は、その後5.22の小泉第二次訪朝があるわけですけど、あの時一体北朝鮮はどうしていたかと。

 あの平沢‐山崎ルート以外にですね、あのレインボーブリッジ(小坂浩彰代表)という怪しげなNGOを使ったりとか、それから今の総理のですね、あの~(名前が思い出せない様子)腹の周りが120センチあるという秘書官(飯島勲首相秘書官)を使って、飯島秘書官と朝鮮総聯の大物の間とか、いろんなルートを使ってます。

 私、ちょっと見てて、何でそんなにあせるんだろうということを非常に思ってみていたんです。そこでわかったのが、結局あの時、経済制裁が怖くてしかたがなかったということです。あの前の年の暮れくらいから、経済制裁法案が具体化して決まっていく。次は発動だという話しになる。北朝鮮としては、何がなんでもそれを止めざるを得ないという状況に置かれていたわけでございます。

 そしてそういう状況の中で、なりふりかまわず日朝のルートを使っていった、というのが、1年半前の状況だったのではないか? その結果、小泉さんの第二次訪朝になった。そこに向かって、(帰国済みの拉致被害者)5人の家族の帰国最優先ということで行っていたので、そこでだいたい落としどころになっていったのだと思います。

 実際に5.22の小泉第二次訪朝で、北朝鮮は経済制裁は発動しないとか、あるいは在日朝鮮人に差別をしないとか、これは「差別をしない」というのは、つまり在日朝鮮人の個人、個人なんかどうでもいいんですね。北朝鮮からすれば、ただ収奪の対象でしかない。問題は、総聯に圧力をかけるのを止めたい、ということだけで、そのほとんどの目的をとりあえずは達成をしたということであります。

(続く)
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荒木和博氏講演(2005/1/7 藤沢にて)【3】

特定失踪者調査会 代表荒木和博氏

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これ裏を返せば、いかに北朝鮮がそういう制裁が怖がっているかと言うことでございまして、ならば、こちら側からは、それ(経済制裁)をやるしか方法はないであろうと言う風に思っています。

本当にひどい状況の国ではあります、そういう意味で言うと。
ただし、これはですね、さっき言ってきたように、9.17の時には、あくまで結果的ですよ、あくまで結果的ですけれども、あの田中均さんをはじめとする、福田康夫官房長官かわかりませんが、ともかく北朝鮮側にですね、『拉致を認めろ』と『拉致を認めたら、日朝交渉進めてやる』と言う風に言って、だまくらかして拉致を認めさせたと。
北朝鮮は、朝鮮戦争も自分からやったと言っていない。あれ、南から攻めたと言っています。
大韓航空機の爆破事件も、ラングーンのテロもみんな我々知らないと言っている。
その北朝鮮が拉致だけは認めたのです。

いかに意味があったかと言うことであります。

そのあとは『5人だけ、ともかく生きてるんだからともかく返してこい』と、『そうしたら戻してやるから』と言って戻さなかったと。
そして次には家族だけ帰してきたら、後は(国交正常化を)進めてやるといって進めなかったと。
と言うことでございまして、今回も、うまくいけば、辛光洙から、なんか取って、ものは進めないということも、まぁ、うまくいけばできるかもしれません。乗せられてはいけませんが。

と言うことで考えると、日本という国は、もどかしいんです。もどかしいし、かなり個別の工作事件のことでは、やられっぱなしではあるんですが、全体としては間違いなく、北朝鮮を押しています。間違いなく。これはですね、ご家族の皆さんにとっては、もちろん自分の家族を取られているですから、一分一秒でも(早く)という事がありますが、私にとっても、そうしなければいけないという思いはあるんですが、少なくとも全体から見れば、こちらが押しているのは間違いないのです。

アメリカはクリントンの政権の時は、逆行しようとしていたと。そのときに、結果的にですけれどブレーキをかけたのは日本であったと。日本だけが、ある意味で言うと、だんだん、だんだんに強行になって、そしてしかもその方針をかえていないということでございます。

ですから、このことが続いていけば、私はですね、どっかで大きな転換を持ってくることができるであろうと、確信をしております。

アメリカの私の友人に前に言われたんですけれど『とにかく日本はすごい』と。これはですね『5人取り返してきた』と。『北朝鮮に拉致を認めさせて』『アメリカでは考えられない』 と言っておりました。ちょっとまぁ意外な話ですね。我々ちょっといろんなところでお話ししますと、アメリカだったら、軍艦を送っても取り返してくるだろうという言い方するんですが、、まぁ、その友人、共和党系の人なんですが、『いや、アメリカ、そんなことしないよ』と言っておりました。『日本ができたのがすごい』と言うことでございまして、これはですね、もちろん社交辞令もあるでしょうが、やはり、我々自信を持っていいんじゃないかと思います。

なんか戦前はですね(具体的にいつどこというのは知らないんですが)ソ連に漁船が拿捕されたときに、ウラジオストックかどこかに、連合艦隊の船が戦艦か何かが行ってですね、港に向けて砲身をそちらに向けたらですね、返してきたと言う話があるそうで、もちろん日本でもそういうことがあったわけであって、今でも、こういう風に取り返してきたということを考えるだけでも、やっぱりそれ(奪還)はできるのであろうと言う風に思っております。

問題は、我々がこれができるんだというふうに確信できるか、それともできないかという問題です。
お恥ずかしい話で有りますが私自身もですね、あの羽田空港を(3年前の10月15日にですね)あの5人がタラップの上から降りてくる時に下で待っていたうちの一人ですが、あのタラップを降りてきた5人を見てですね、一番最初に思ったことは、『なんだやりゃぁ、できるじゃないか』ということでございました。

自分自身、もちろんそれはできると思ってやってるんですよ。運動盛り上げて、そして政府を動かせばですね取り返せると確信をもってやっていた、私自身が、目の前に生身の階段を降りてくる5人を見たときに、最初に感じたのは『なんだ、やりゃぁ、できるじゃないか』ということでございます。実感というのは、こんなに大きなものなんだなぁと感じました。

やられてる、やられてるとばっかり、思っちゃうとですね、なかなか、イメージとして湧いてきませんが、『絶対できる』と確信を持てば、それはおそらくすごい力になると思います。

北朝鮮と日本と比べてですね、これはもう、人口で六分の一、面積は三分の一、そして、国力、経済力は、そういうものは全く話にならない。国際的信用から何からですね、日本と北朝鮮と比べる方が、無理があるわけでございます。

まぁ確かに向こうは軍人が100万人以上いると。人口の20人に一人が軍人という国ですが、そのおかげで、飯食えないで、軍隊の中でも、なんか豚小屋つくったりとかですね、鶏小屋作ったりして、何とか飯くっているという状態のところなんですから、どこから言ったって日本が、そこにですね、負けるわけがないわけでありまして。

我々の力で、絶対できるんだと、このアジアの中でですね、そういうことのできる国は、我が国しかないんだと。そういうことを考えることによって、事態は間違いなく前に進むと思います。

こないだ、12月22日の東京の集会にはですね、レバノンの拉致被害者のお母さん(ハイダールさん)、それからタイの拉致被害者のアノーチャさんのお兄さん、そして韓国の拉致被害者の家族会のみなさんが見えられました。

あれはどういう事を意味しているかと言いますと、別にそういう風に決めてるのではありませんが、日本の力でああいう人たちをみんな、取り戻してあげると言うことです。

我々、外国人だから、それは外国がやってくれということは、これは言えないわけでございまして、この地域にあって、最大の影響力持っている我が国がそれをやらなければ、タイが助けるなんて事は、まずできません。
レバノンだって、あの時の4人取り返したのだって、非常に特殊な条件の中の話であって、本当の意味で、(自国=レバノンの)力で取り戻したわけではない。それができるのは我々しかありません。

それをやる使命も我々には持たされているということであろうというふうに思います。

私ども特定失踪者調査会では、去年の10月の末から『しおかぜ』と言う名前で短波のラジオ放送を始めました。
まちがいなく北朝鮮の中に伝わっているということは間違いございませんので、これから先、今年はですね、この『しおかぜ』のプロジェクトを、単に短波放送発信するだけではなくて、むこうから消息を実際取ってくるという作業をですね、やると言うことにいたしております。これを聞いた人がですね、なんだかの形で、たとえば手紙とか、そういうものを送ってくれるとか、何処かに向けて、なんかしらの、シグナルを送ってくれるとか、それを受け取ることができるようにしておこうと、これからやっていくつもりでございまして、とりあえず東京中央郵便局に私書箱をおきました。

調査会のあります文京区後楽・・・と言いましてもわかりやしませんけれども、東京中央郵便局の私書箱何号といえば、これはもう覚えられやすいと言うことで。
放送も韓国語・英語できれば中国語も含めて、少しでも多くの人が聞いてもらえるように、していこうと言う風に考えています。
ともかくやれる手はみんなやる。

我々のやっていることに対して、『これは本当は政府のやることなのに』と言ってくださる方も、たくさんございます。これもありがたいのですが、私は、少なくとも政府だけがやることではないと思います。やはり日本国民全部の責任としてですね、ここで今平和なところで暮らしている人間の責任として、それはやらなければならない。だから私は今その役割にいるんだからやるべき事、それをやるということでございます。

今、この問題を通して、我々やらなければいけない、考えておかなければならない事は、(この国は)今ここに集まっている皆さんをはじめとして、今この国の中に住んでいる人たちだけのものではないと言うことでございます。

この国が今ここにあるためにはですね、もう何千年も日本という国の名前もなかった頃から。我々の先輩たちが営々としてこの国を築いてくれた訳でございまして、そしてこれから先、このくににですね、次の生命がどんどん生まれて、我々の後を継いでいくわけであります。

我々がやるべきことはその中継ぎです。
全体の、そういうみんな含めた日本国民という意味では、我々の数、1億二千万というのはほんの僅かにすぎません。我々がやるべき事というのは、これまで先人が作って来てくれたことを汚さないこと。そしてこの次の世代にですね、あの頃の世代がいい加減だったから、こんなふうになってしまったということを絶対に言わせないように、次の世代にちゃんとした国を引き継いでいくことであろうと。

そのためには、やっぱりそれ相応のですね、我々自身が犠牲を払う必要があるのではないだろうかということでございます。
我々にはそれだけのことをする力がございます。

今、最初に言いましたようないろんな動きの中で動いておりますけれど、しかしこの国の今の状況をみますと、本当に確信を持ってですね、何が何でも(国交正常化を)やってやろうというところまでの確信では、私はないと思っています。いろんな思惑がごちゃごちゃ集まってるうちにこういう風になっているんだと思いますが、そうであれば、こういう状況の時に打開するのは、最終的着地点はどういうふうにするのかと。何を最後やらなければならないのかというような事でございまして。それをしっかりと見据えてやっていけばそんな大きな間違いはないであろうと思います。

拉致問題に関する限り、最終的な到達点というのは、『すべての拉致被害者を救出する』というこれ以外の何物でもないということでございまして。これはもう当然、そこから派生してですね、北朝鮮に住んでいる2000万の人たち、すべてが平和に暮らせるようになっていくということに間違いなく繋がることでございますので、そこに向かっていくと言うことであろうと思います。

本当に、この正月ですね、お休みの時、おいでいただいた皆様に感謝いたしますと共に、後もう少しで私は、それが実現すると思いますので、ご協力をお願いいたしまして私の話を終わらせていただきます。

ありがとうございました。(拍手)

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2005年12月22日 (木)

国民大集会(2005/12/22)荒木和博さん

司会櫻井よし子さん
さてここで特定失踪者問題調査会代表 荒木和博さんに特定失踪者の問題についてお話し頂きたいと思います。

特定失踪者問題調査会代表 荒木和博さん



ご紹介頂きました荒木でございます。時間が有りませんので、できるだけ簡単に申し上げます。私は前回のこの日比谷の集会で『来年の末までに問題を全て解決する』というふうに申し上げました。もう残り一年しかございません。ともかくできることを全てやっておかなければならないということで、10月30日から<しおかぜ>--さきほど横田早紀江さんからお話を頂きましたけれど--短波放送を開始致しました。(ポスターを見て頂ければかいてございますが)最初30分間の放送でございましたが、12月8日から1時間30分にのばしまして(会場から拍手)お名前の読み上げ=家族会の皆様を含め276人のお名前の読み上げと家族の方々から書いて頂いたメッセージを私が代読しております。来年年が明けましたら家族会の皆様、特定失踪者のご家族の中で吹き込みをして頂いた方、直接の声のメッセージを北朝鮮に流して参ります。

なおかつ今はこのメッセージの中で北朝鮮で聞いている方に是非とも--勿論身辺の安全の問題もありますが--その安全の問題がクリアされるのであれば何とかして情報をだしてもらいたいと繰り返し繰り返して申し上げておりまして、その情報をキャッチするということについて、今回のしおかぜの短波放送と言うだけでなくて、情報のこんどは受信のほうもですね、いろんな手を使いまして、新年から始めていこうと思っております。
明日、調査会理事会がございますので、そこで決定して実現をしていくつもりでございます。

いずれにしろ時間がございません。
『対話と圧力』と言いますけれども、『対話と圧力』というのは北朝鮮が横田めぐみさんの偽遺骨を出してきたらこちらからは『そんなとを言っていたら金正日を本当の遺骨にしてやる』という、これが本当の『対話と圧力』でございます。(拍手)

おそらくこの拉致問題が明らかになっていったら、我々が今想像もしていないようなことが次から次にと出てくると思います。それに我々自信が耐えていけるかどうかという事もございますが、こういうときには、順序を追って、話をしているようなのんびりしたことは必要ではございません。必要なのは戦うことだけであります。(拍手)

幸いにしてご挨拶頂きました、平沼議連会長も先の選挙の時に先頭きって戦われました。(拍手)とにかくのんびり話し合いをしているのではなく、戦うという姿勢を、是非とも持っていなくてはならないと思っています。その意味で、今必要なのは国会議員の先生方も戦うことでございます。ゆっくりお話しすると言うことではなく相手をどうやって叩きつぶしていくかということでございましてその意味でも、残念ながら今ここにはおりませんけれど西村眞悟議員にも是非はやいところ戦列に復帰してもらいたい。(長い拍手)

この中には警察の方もおられると思いますが、そこのところ是非よろしくお願いします。(会場笑いと拍手)なおかつ、もしそれができないのではあれば、北朝鮮から金をもらった国会議員を全部根こそぎですね・・・してもらいたい。(拍手・笑い)

ともかく、来年の末までに、全ての拉致被害者救出するために、全力をあげて戦います。どうかよろしくお願い致します。ありがとうございました。


司会櫻井さん
小泉さんは郵政民営化のためには殺されても良いと仰いました。そんなことで殺されるより拉致問題のために殺された方がいい・・(会場、拍手)

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荒木さんの戦う姿勢を理解してください。荒木さんの真意を読みとって頂きたいと思います。
追記
関連リンク

ぼやきくっくりさん
話の花束音声ファイル
話の花束音声ファイル2
笹団子の独り言さん
 外交のファンタジスタさん
なでしこ通信さん
退屈をブッつぶせ!さん

しおかぜ通信

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2005年12月11日 (日)

■「家族」と「国家」

家族と国家
                荒木和博

 先日来小学生の女の子を狙った凶悪事件が大きな問題になっています。子供を持つ親であれば誰しも「うちの子が被害にあったら」という思いにさいなまれたのではないでしょうか。いわんや栃木の事件はまだ犯人が逮捕されていないのですからなおさらです。

 こういう言い方をすると冷たいと言われるかも知れませんが、事件を防ぐために何もしてあげられなかった者としては、亡くなったお子さんたちにできることは、せめてその現実を受け止め、それを教訓として、次の事件がおきないように努力することしかないように思います。それにしてもあらためて、安全とか平和というのが当然のものではないということが身にしみて実感されます。

 ところで、この事件について「うちの子が被害にあっていたら」と思うのと、他人事と考えて単に「可哀想に」と思うのでは、その後の対応は当然全く異なります。拉致問題についても同様であり、昔、自分にかかわりのないところで起きた事件ととらえるのか、あるいは自分や自分の家族が今後同様の被害に遭う可能性があると考えるのかで、その対処は全く異なってきます。

 残念ながら現在政府は前者の次元で問題を処理しようとしています。これはあくまで個別の事件としての取扱いです。後者は国家の安全保障の問題なのですが、この点は徹底して隠蔽ないし無視し続けているのが現状です。しかし、北朝鮮が国家の基本方針である対南赤化統一を目指して行ってきた工作活動の一環として拉致を行っていることを考えれば、この問題の本質はあくまで後者であって前者ではありません。

 その意味から考えれば政府が「ご家族の意向」と強調することは、裏を返すと個別の事件という側面を強調して国家の安全保障にかかわる問題という側面を隠そうとしている(意識的か無意識かは別として)ことにほかなりません。ご家族が納得すればそれでおしまいということになるわけで、実際9.17のときの政府からご家族への嘘の報告は、まさにそれを狙ったものでした。

 先日横田滋家族会代表が体調を崩され、講演をキャンセルしたとの話を聞きました。ご夫妻とは時折集会などでご一緒しますが、極めてハードなスケジュールをこなし続けておられ、傍で見ていても「お身体が持つのだろうか」という思いをしたことが一度二度ではありません。

 そうは言いながら、私もときにはお願いしてしまうことがあるので偉そうなことは言えませんが、今後集会を企画しておられる方にぜひお願いしたいのは、もっとも要請の集中する横田さんご夫妻をお呼びすることは、可能な限り控えていただきたいということです。また、勝手な話ながら、それ以外のご家族もご両親はどなたも高齢であり、無理はさせられません。例えば増元さんのように年齢的にも立場上もフットワークの良い方は別として、可能な限りのご配慮をお願いしたいと思います。「横田さん夫妻が来なければ人が集まらない」ということであれば、集会の規模を変更するなり、別の企画を入れるなりして対応されるべきではないでしょうか。

 少女殺人事件の被害者のご両親を引張り回して凶悪犯罪を防止しようという訴えをしてもらおうと言ったらどう思われるでしょうか。いわんやことは国家の問題です。北朝鮮という独裁国家による犯罪の被害者の家族であり、また、日本国が守ってあげられなかったという意味では政府の不作為の被害者の家族です。その点をどうかご理解下さい。

 「そうは言っても」という側面があることは承知しています。私自身、今後も、ご家族にお願いすることはあると思います。しかし、この問題は根本的には「家族」次元の問題ではないことを、一人でも多くの方にご理解いただきたく思う次第です。

2005年12月12日調査会ニュースより
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2005年11月30日 (水)

山梨県民集会 荒木和博さん

ご紹介いただきました荒木でございます
今日はこんなにたくさんの方々、おいでいただきまして、ほんとにありがとうございます。私は山梨に別に血縁はありませんけれど、ずっと無尽のグループに加わっておりまして、最近忙しくてそこに参加できないんですが、今日は無尽の仲間も来てくれております。
そういうご縁もあるということで、お話をお聞きいただければと思います。

今日これから後ほど森本美砂さん、横田ご夫妻のお話があると思いますけれども、この問題につきまして是非ともまず一番最初にご理解をしていただかなければならないことがございます。それは何かと申しますと、この問題が、単に拉致被害者がかわいそうだから、救出運動をやるという問題ではないんだということでございます。

拉致は、何十年も前から行われて参りまして、比較的最近でも、おそらく拉致ではないかと思われるケースがある。北朝鮮は拉致をやめたということは一言も言っておりません。これから先も必要であれば拉致は行うでしょう。そして主な拉致場所というのは、別に日本海側だけではありません。太平洋側でも、この山梨県のような内陸でも、どこでも行われるんです。

ですから、拉致被害者の救出の運動というのは、拉致をされた方々がかわいそうだから、自分と違う立場になった人がかわいそうだからやるんではなくて、これから先、ここにおられるみなさんや、そのご家族をどうやって守るかということをやっていくための活動だということです。

横田めぐみさんの事件は日本海の近くで起きておりますから、海岸の事件というふうに思っていらっしゃるかもしれませんけれど、あの事件も決して海岸の事件ではありません。ずいぶん離れております。やられた場所はご自宅の近くです。つまり、それはこの韮崎の町の中であっても、何一つ変わることはないということでございます。

今日は県警の方も、いろいろ警備をしてくださっていると聞いております。山本美保さんの話をしてしまえば、どうしても県警の批判をせざるを得ない。あるいはそれ以外でもこうやって一生懸命来てくださっている方々の中には、若干差し障りがあるかもしれませんが、敢えてこの問題はそういうことで遠慮を強いるわけにいかないということで、お話をさせていただきます。

横田さんの事と山本美保さんの事と、非常に共通した一つのことがございます。そして、その共通したことに直接関わった、私自身は唯一の証人でございます。

どういう話かと。3年前、いわゆる小泉第一次訪朝のとき、あの時に何があったのか、ということでございます。あの日横田さんご夫妻をはじめとする家族会のみなさん、そして私ども救う会のメンバー、あるいは拉致気連の役員、衆議院の議員会館に陣取りまして、その状況を見ておりました。

昼頃に首相管邸の方から(当時8件11人と申しましたが)「政府認定の拉致被害者全員の消息を伝える。だから外務省に来てもらいたい」というふうな話がありました。

行くつもりはなかったんですが、しかし、全員の消息が伝えられるというふうに聞きましたので、半信半疑で、外務省の麻布にございます飯倉公館というゲストハウスにみんなで向かいました。

こういうときだけは政府も手回しが良てくですね、観光バスが一台きておりまして、これに乗っかって飯倉公館というところに行きましたのが、(議員会館を出たのが丁度3時でしたから)3時半すぎだったと思います。そこで小一時間待たされまして、まず横田さんのご家族から、別室に呼ばれました。今日おみえのご両親とそして双子の弟さん、更に救う会で佐藤会長と当時事務局長だった私でございます。

そこで、植竹繁雄さんという外務省の副大臣が通告をされました。「まことにお気の毒ですがお嬢さんは亡くなっておられます。」と。お母さんは「そんなこと信じられません」というふうに言ったんですが、植竹さんは「何度も確認しました。何度も平壌に確認をして本当かどうかということを、確認をしたのでこんなにお待たせしてしまったんです。」という風に伝えました。


あの時、私自身でなくてもそうですが、この拉致の救出活動に関わっている者であればおそらく誰でも、心の奥底に<ひょっとして、この救出運動によって、拉致された方々の身が危なくなるんではないか>という懸念していない人は一人もいないだろうと思います。私自身、これをやっていけば絶対に取り返すことができるという確信をもってやっているわけでございますけれど、それでもやはり心の奥底にそういうものが無かったといえばうそになります。

あの植竹副大臣からの通告を聞いたときには、私は「自分のやったことは人殺しだったのか」ととっさに思いました。頭が真っ白にあるというのは、正にああいうことでごさいまして、「取り返しがつかないことをしてしまった」という思いがしていたわけです。


そのあと有本恵子さんのご家族、そのほかのご家族が順次呼ばれまして、「亡くなりました」といわれました。「亡くなりました」といわれたご家族が、「いつ亡くなったんですか」「何で亡くなったんですか」という風に聞いても「わかりません」「わかりません」というだけです。しかし「確認はした」ということでした。

実は、これがまったくのうそだったんです。翌日になってこれがほとんど偶然に近い形でわかりました。

さすがに外務省に連れて行かれて、副大臣、あるいは別の方は、当時の福田官房長官から、この通告を受けまして、そこまで言われるんだから、さすがにいくらなんでも「確認をしたんだろう」と思いました。それでも、やはりですね、<最後まで、本当にわれわれが納得するまではやらなければいけない>という思いだったんですけれど、半ばあきらめかけていた。

翌日、小泉首相に会って話を聞きたいというふうに、要請をしたんですが、小泉さんは「忙しくていけない」ということだったので、翌9月18日の11時半ごろだったと思いますが、記者会見をやって解散をいたしました。

泊まっているホテル荷物を片付けながら、「さてこれから先、どうしたらいいんだろう」「どういう風に責任をとれるんだろうか」という想いで、途方にくれて荷物を片付けておりましたら、電話がかかってまいりました。

電話をかけてきたのは、当時拉致気連の事務局長でありました、平沢勝栄さんでございました。平沢さんは、のちにいろいろな経緯がありまして、いろいろうまくいかないことがあったわけですけれども、あの時平沢さんの電話がなかったら、状況はまた、全く変わっております。

平沢さんの電話はどういうことかといいますと、「今平壌で、蓮池さんたちに直接会った、梅本さんという(当時イギリス大使館公使・前の北東アジア課長ですが)この方がまだ東京にいる。ひょっとしたら会えるかもしれない」という話でございました。「それはじゃぁ、是非すぐにお願いします」と頼んで、連絡の取れるご家族に引き返してもらいました。といっても、横田さんのご家族、蓮池さんのご家族だけです。蓮池さんのご両親とお兄さん、そして横田さんのご両親と双子の弟さんたち、そして私の合計8人。

その日の5時半だったと思いますが、外務省に参りまして、梅本さんにあった。
そこで話を聞いたら、梅本さんははっきりと「いや、確認はしていません」と言いました。「北朝鮮の行ってきた言葉を、東京にそのまま伝えただけです」という風にいったんです。

「話が違うじゃないか!<北朝鮮側がこういっているという話>と、<確認をしました。亡くなっておられますという話>は天と地の差がある。これはまったくの違った話である。訂正をしなさい」というふうに申し入れだんですが、梅本さんは「上司と相談して」いうだけで何も動こうとしませんでした。

みなさん、覚えていると思いますが、あの9月17日の昼過ぎから、選挙の開放速報のように、テレビにこうやって「だれだれさん、横田めぐみさん死亡、蓮池薫さん生存」と(テロップが流れました。)覚えていらっしゃる方もあると思います。あの時は、まだご家族には何も伝えられてはいない。あの時政府がやったことは、実はとんでもないことです。つまり家族を外務省の公館の中に隔離しておいて、マスコミから切り離しておいて、そこで話をする前に、もう情報をどんどんリークして、誰が生きてる、死んでるという話をどんどん流してしまった。そして家族には、確認をしていないことを、「確認をしました。間違いありません」と伝えたんです。

あの時、もし政府が、確認はしていません。北朝鮮はこういっています。という風に言ったらですね、世論の受け止め方、あるいはマスコミの報道は全部違っていました。亡くなったということだけ伝えている。

しかもそれだけではありません。あの9月17日の朝の時点で北朝鮮側から伝えられた書類には、死んだといわれた人たちは、死んだ日付まで全部入っていた。ところがその日付を聞いたときには、政府は伝えていない。ご家族が飯倉公館で「いつ死んだんですか」といってもですね、「わかりません」といっているんです。わかりませんじゃないんです。わかっているんです。わかっていて伝えなかった。どうして伝えなかったか?その日付が完全にでたらめだったからです。目撃証言があった日付より、もっと前に死んでいることになっているんです。ご家族が見たら、みただけでこれはウソだとわかる。うそだということがわかってしまえば、そこで拉致問題を終わりにしようとしていたのが、ご破算になってしまう。ということでそれを伝えようとしなかった。

のちにマスコミが事実をすっぱ抜きまして、明らかになるわけでございますけれども、私は、この一連の動きを見ていまして、『国家権力が、いかに恐ろしいものか』ということを、本当に痛感しました。

あの時は日朝国交正常化をどうしてもやりたい。そのためには、国民の命など関係ない。これが、あの時小泉政権が、やったことでございます。

そしてその一年後、二年後ですね(数えながら)3月に、夜森本美砂さんから電話をもらいまして、「山梨県警から電話をもらって、山形県で見つかった遺体とDNA鑑定の結果が一致したというふうに伝えられてきた」という話でございました。

あの時も同じようなショックを私は受けました。絶対に探し出して会うことができるとおもっていた山本美保さんがはるか前になくなっていたと。どういうことなんだという思いがしたんです。

ところが、あの、その前の、9.17の時の横田さんの話がございましたので、あのときに非常によく似たものを、私は感じました。(のちほど、この山本美保さんのことについては清水さんをはじめとしてご報告もありますし、お手元の資料にも書いてございますので、細かいことは省略しますが)とにかくDNAが一致したということ以外、すべての情報が違っているんです。体のサイズが違う、遺留品が違う。そして、もしバックのおいてあった柏崎の海岸で入水自殺をしたとしても、山形の海岸に13日後にたどり着くという可能性は、ほとんど<0>に近い。

もし警察が、本当に確信を持っているならば、DNAがちゃんとその鑑定をやったものであってそして間違いないと思っているんであれば、ほかの事の矛盾もすべて解消されるはずです。せめて一つや二つぐらい、何かですね、「いや実はこれ新しいことがわかった」ということがあるはずです。全くない。

先ほど挨拶をなさった赤池衆議院議員も初質問で、山本美保さんのことを質問をされましたけれど、そのときも、警察の刑事部長は、この事実関係について、一切答えることができません。

私は、やはりこれは、どう考えてもこれは県警が嘘をついているとしか思えない。そして、こういうことは、県警だけで決まられた問題では、私は、ないと思わざるを得ないわけでございます。

残念ながら、それがこの国の現状です。

そしてその被害者になる可能性があるのは、これから先、ひょっとしたら、ここにおられるみなさんや、そのご家族かも知れません。

前の官房長官、細田さんは、今年の6月の参議院内閣委員会の答弁の中で、「どうやって拉致された被害者を取り返すんですか。具体的に教えてください」いう質問を受けましてこういうふう答えました。
「相手側の政府、相手側にいるわけですから、話し合いをして、向こう側が『わかりました、拉致しておりました、返します』というまで粘り強く話し合いを続けます。」という言葉を言っておりました。

話し合いをして帰してくるぐらいな国ならば、最初から拉致などするわけがないのです。われわれはそういう異常な国を相手にして戦っている。それを《話し合いをして、『わかりました』というまでやるんだ》ということは何を意味しているのか?

《この国の政府が埒被害者を絶対に取り戻さないと国民の前で断言したこと》 と全く同じでございます。

ですから、皆さんのご家族が、もしこれから拉致されたとしても、この国のやり方は同じです。《向こうの国に行ってしまっているんだからあとは煮ても焼いても好きなようにしてくれ》ということにしかなりません。

私たちは、しかし、そういう中ですべての拉致被害者を取り返していかなければいけないんです。
それは単に拉致されたかたがただけではなく、私たち自身の安全を守るためでもあります。

先ほど会場の中で流れておりました、私の声で名前を呼びあげておりましたのは、現在北朝鮮向けの短波放送を流しておりまして、「しおかぜ」という名前で、毎日夜の11:30から12:00まあで、北朝鮮に向けてあのように拉致被害者、あるいは拉致の可能性がある失踪者のお名前を読み上げております。12月8日からは一時間に延長してできる予定になっておりますが、あの読み上げをしながら私自身、いつも思うんですけれども、あの中で「だれだれさん、昭和×年×月○日生まれ、昭和×年×月○日、どこどこで失踪、当時何歳、現在何歳・・・」自分で読み上げながら、一体この人達にとってこの20年、30年の日々というのは、一体何だったんだろうということを本当に感じます。

この人達がもし無事に帰ってきたとしても、私たちは、「一体どうやって謝れば良いんだろう」しかし、更に言えば、それでもまだ、謝れる相手が残っていてくれればいい。「あの時やっていなかったから間に合わなかった」と言うことになってしまったら、私たちは一生そこに悔いを残さざるを得ないわけでございます。

この拉致の問題というのは我々自身が「日本というのは本当に安全な国だ」と思っていたその間違いから起こったんです。確かに、街中に夜中に女性がひとりで歩いていても大丈夫だったかもしれません。しかしそんなことは、多少注意すればいいことです。それよりも、『外国の国家機関の力によって、人が拉致されている』そのことの方がはるかに危険なことです。

日本の政府は間違いなく、今よりもたくさん(今政府の認定者、16人ですが)それよりはるかに多くの方々が拉致をされていたことを知っていました。今でも、もちろん知っています。しかしそれを公表することはありません。

みなさん、現在政府が認定している16人。あの中で、政府のほうが誰も何にも言わないのに、自分から「この人は本当は北朝鮮が拉致をしておりました」と言ったケースが何件あるか、おわかりになりますか?
事実上一件も無いんです。

横田めぐみさんの事件は、現代コリア研究所というところの「現代コリア」という月刊誌が発端となってわかりました。アベックの拉致事件は、産経新聞が昭和55年の1月7日にスクープした記事でわかりました。あるいは田口八重子さんの事件は、大韓航空機の爆破事件、キム・ヒョンヒが、リ・ウネと呼ばれていた日本人女性に日本語や日本の風習を習っていたという事でわかった事件です。

そのように考えていくと、マスコミが明らかにしたか、あるいは工作員が捕まって自供したか、それがほとんどであって、政府の方から自分から、警察が何も知らない、国民が何も知らない時に、「この人が拉致です」と言ったケースは、実は事実上一つもないのです。

ということは、今日、本政府が認定している以外に、はるかにたくさんの人たちが、拉致をされていると言うことです。

曾我ひとみさんのことは、警察は「あれは違う」と言っていました。その人が拉致だとわかった。

でもみなさん、曾我ひとみさんのその曽我ひとみさんが拉致されていた。要は誘拐犯である北朝鮮の方が先にこれを出してきたんです。その時に日本政府の中で、誰か「曾我ひとみさん、これまで24年間、拉致を気付かなくて申し訳ありません」と言った人がいたか。ただの一人もいません。総理大臣も官房長官も、国家公安委員長も、警察庁長官も、新潟県警本部長も、誰一人として、責任を取った人も、お詫びをした人すらいません。

つまり皆さんのご家族がいなくなって、何十年か囚われていて、そしてそれにこの国が気がついていなくても、出てきても、誰も、誰もお詫びもしない。お詫びをしないと言うことは、どういう事かというと、つまり自分たちが拉致された人が何処にいるか、誰が拉致をされているかと言うことを、調べるための責任を持っている人が、ひとりもこの国にいないと言うことです。

この状態は絶対に変えていかなければいけないと思います。

この拉致問題というのは、最近タイの拉致の問題がでておりますけれど、単に一つや二つの問題ではない。レバノンでもやられておりますし、マカオでもやられておりますし、そして他の地域でも、恐らくやられていただろうというふうに捉えております。北朝鮮という国にとって、拉致をするということは当たり前のことであって、たまたま日本人をやったわけではない。

今横浜の赤煉瓦倉庫の先に置いてあります、あの九州南西沖での沈没した北朝鮮の工作船。見て頂ければわかります。全く漁船とは違う形状をしています。水の中に沈んでしまうとわかりませんが、丘の上に上げてみると、もの凄い切り立った、こういうV字型の船首をしている。シロウトが見てもこの船が工作目的につくられたということはすぐにわかる。漁船をたまたま改造して、ちょっと工作活動で使ってみようと言うのではないんです。その為の船を造る。そして、それを運用する人を育成している。こういう事をやって来た国があるわけです。

そして、あの船は海上保安庁の船に銃撃されて沈んだわけではなくて、自分で自爆して自沈をしております。この平和な日本に、自殺することを覚悟して、全員自爆することを覚悟して入ってくる工作員が、あの時のそうだったし、恐らく今でもいるだろうということです。恐らく、この山梨県の中にも、そう言う工作員はいるに違いない。ひょっとしたらこの会場の中にも来ているかもしれません。

私たちはそういうものと戦って私たち自身の安全を守って行かなければいけないと言うことでございます。

この問題は、そういう意味で言うと、非常にですね、この国はこんな事で良いのかと言うことになってしまう。しかし、そればかり話をしていくとだんだん暗くなって参ります。

一方でこの国は、大きく今変わりつつあります。そして本当に持っている力を発揮しつつある。それはどういう事か。あの9.17のあと5人が10月の15日に、羽田空港でタラップを降りて帰って参りました。そのときに五人を私は下でむかえていたわけですけれども、どういうふうに感じたかというと『なんだ、やればできるじゃないか』ということです。

拉致の救出運動の一員として世論を盛り上げて国を動かせば取り返せると思っていた私自身でも、本当にあの五人が帰ってきたときには、『あ、本当にできたんだ』という思いをしておりました。

この国の力というのは決して小さくはありません。世界第二の経済大国でございます。そしてアジアの最大の民主主義の国であって、世界のリーダーたる国です。その国の力を持って、拉致事件が解決できないわけはございません。
そして、それを実現していくのは、今日ここにこうやって集まって頂いた、たくさんの方々のお力です。こうやって集まっていただいて声を上げていただくことがこの国の政府を動かしてきたんです。外国から見れば、日本はすごい。拉致された人々をあのテロ国家から取り返したということを、非常に評価をしてくれる。ですからこの力をもっと絞り込むことが出来れば、北朝鮮から被害者を全員取り返すことは、絶対に可能でございます。

私は来年の末までに、すべての被害者を絶対に取り返して見せるということを公約致しております。それができなければ自分なりに責任を取らなければならないと思っておりますけれども、我々は、それは絶対に可能であると考えます。

そして、その方向を導いていくのは、ここにお集まりのみなさんだと言うことです。

この問題は被害者だけの問題ではない。この国全体を律していくという問題です。

我々は、この国の中に今生きておりますけれど、この国はわれわれだけの国ではありません。これまで何千年もの間、この国を創ってくださった我々祖先のものでもある。そしてこれから先生まれてくる我々子孫のものでもあります。我々は単にその中次をしているに過ぎません。

ですから、我々として過去の人たちに恥ずかしくない国を創り、そして次の世代に恥ずかしくない国を渡していくということをしなければいけない。拉致被害者の救出は日本人だけではなく、韓国人はじめとする他国の拉致被害者の救出にもつながりますし、そしてその次には、あの北朝鮮の中で苦しんでいる2000万の国民を救うことにも繋がります。

我々自身の安全を守っていく。そしてすべての被害者を救出して、北朝鮮の人々を助けてアジアの平和を守るのか?あるいは、それらすべてを見捨ててそれによって、自分たちの安全も脅かされることを許すのか?選択は二つに一つでございます。

これからやらなければならないことは本当に今まで思っていたこととまったく違う局面が必ず出てまいります。しかしその局面を絶対に乗り切って行かなければ行けません。
皆様方のお力で、全員が帰ってこれるように、そして山梨県の被害者は山梨県に、暖かくお迎えすることができるように皆様方のご協力をお願いいたしまして、私のお話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

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2005年9月14日 (水)

拉致を矮小化しているのは誰か

荒木和博さんの主張

(略)
これまで何人もの警察関係者から、直接間接に、現場では拉致だと考えた失踪事件であったのに上にあげると潰されたと言う話を聞かされているのである。

私は「拉致問題の全貌が明らかになったとき、日本の近代史は書き直しを迫られる」と言ってきた。
拉致問題はそれほど根の深い問題である。だからこそ政府はその実態を明らかにしないのだろう。あるいは帰国者5人の声が聞こえてこない理由もそこにあるのかもしれない。

もちろん今でも拉致が行われている可能性はあるのだが、長期間経過した事件の場合、名納得できる証拠の出てくるケースは拉致事件全体のごく一部にすぎないはずだ。この問題はそもそも個別に見るべきものではなく、安全保障上の問題、主権侵害、もっとはっきり言えば「戦争」ととらえるべきことなのである。

政府の中枢はこの点が分かっていると思う。だからこそ、その本質を見つめることを避け、逆に個々の事件、家族の問題に矮小化して乗り切ろうとしているのである。

「エコノミスト」より抜粋

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2005年1月15日 (土)

荒木和博氏講演2005/1/15(1)

2005年1月15日(土)
町田市民ホールで行われた集会の模様レポートします。
「拉致事件の全体像と私たちの安全」 

 特定失踪者問題調査会代表 荒木和博
 
 今日、本当に天気の悪い中多数の方お集まり頂き、本当にありがとうございます。
最初にお詫びと御礼を申し上げます。大西会長からお話しがありましたが、本来この講演会は安明進を中心とした講演会の予定でございました。安明進さんが緊急の用事で本人が出席できません。
安明進さんメッセージ
 町田の集会に参加された皆様へ

 本日は突然参加できなくなってしまい真に申し訳ありません。
ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
詳細はお知らせできませんが、拉致事件に被害者にも関係する重大な用件があり、どうしても日本にいることが出来ません。なにとぞご了承ください。

 さて、北朝鮮に対して日本の方々はあまりにも知らないと思います。
北朝鮮とはどんな国でしょうか?多くの方々は独裁国家であるというふうに言います。確かにその通りです。北朝鮮はまだ、社会主義を標榜する封建国家の状態でございます。どうか皆様、北朝鮮という国を正しく見て頂いて、金正日体制を支援することが無いように、また経済制裁を実現してくださいますように心よりお願いする次第です。

 日本の政府がやろうとしなくても、国民の皆様が立ち上がれば出来るはずです。
ここにおいでの皆様は日本が再び立ち上がることを求められて来られた方々だと思います。皆さんの安全を守り、拉致被害者を救出し、今、飢え、凍えて苦しんでいる私たちの同胞を助けるためにどうかご協力を頂きたくお願い申し上げます。重ねて集会に参加できなくなったことをお詫び申し上げます。
                                            2005年1月15日 安明進

 安明進氏の言葉の中にもありますように、正に今北朝鮮というのは、中世時代のような独裁国家でございますが、それを何とかしないことには、拉致問題も北朝鮮の人たちの人権問題も様々な北朝鮮に関わる問題は解決しません。

 抽象的な言い方ですが、彼はその根本的な問題の解決のために今、日本ではない別の国にいるということで、ごどうかご了承頂きたいと思います。ここで皆様方に彼がこれないと言うこと自体が救出活動の一環だと是非ご理解頂きたいと思います。

                      (選挙に関するお礼など・中略)

 さて、私がこれからお話しますのは、以前もお話しさせて頂いたことがございます。
今までのことは少しはしょりまして。これから今月来月と日本も北朝鮮も中国もアメリカも韓国もこれからいろんなことが急速に動くと思います。でその時どうするべきかという今後の話を中心にお話しさせて頂きたいというふうに思います。

 まず簡単に、これまでの経過を申し上げます。
家族会が出来ましたのは平成9年の3月の終わりでございまして、これは平成9年の2月に現在民主党におられます西村慎吾衆議院議員が国会で質問をした。これがきっかけとなりまして、大変大きな、拉致問題が、横田めぐみさんの事件を中心に取り上げられました。

 そしてそれまでこの拉致の問題を追ってこられました朝日放送の石高健二さんとか、あるいは当時共産党の参議院議員秘書だった兵本達吉さんとか産経新聞の現在編集局長の安倍雅美さんとか、そういう方がいろいろ協力してご家族に働きかけて家族会が出来たわけでございます。

 私はそれ以前、現代コリア研究所と言うところにおりましたので、そこで横田めぐみさんの事件が明らかになったと言うこともございまして、それ以降この救出運動に参加して参りました。

 新潟の救う会の代表の小島晴則さんをスタートにいたしまして、その後全国で救う会が出来て参りました。2000年に救う会の全国協議会の組織をきっちりさせようと言うことで事務局体制を取るようになりましてそれ以降私が事務局長ということで2年前まで務めて参りました。

 その間、余り大きな変化は5年間ぐらいは、なかなかございませんで。米支援反対の座り込みをやったりし、様々な行動をやりました。しかし増元さんをはじめご家族の皆さんが非常に熱心に訴えられたと言うことが、影響力という意味で大きな力となりました。これで世論が大変盛り上がって参りました。

 変化が起きましたのは3年前、平成14年の3月にですね、有本恵子さんの事につきまして、有本恵子さんを拉致した八尾めぐみという元よど号の妻が、「自分がやった」と証言をいたしました。警察は有本さんの事件を拉致であると認める。それまで横田めぐみさん7件 10人と言っていたものが、8件11人と言うことになりました。

 この頃から動きが急に活発化しました。
国会で衆議院、参議院、自民党から共産党まで全会一致でそれぞれ北朝鮮への非難の決議が行われました。
これに対して北朝鮮側の反論があったんですが、それは「日本は行方不明者問題を拉致問題にしようとしている」というような言い方でございまして、それまでは「我が国は一度も拉致をしたことがない」と言う風に言って「拉致などというのは日本の反動がでっち上げたことである」というふうにずーと言ってきたわけですが、それが言い方が変わりました。こういう風に言い方が変わったときは何かある証拠でございますが、何かあるんだろうと思っていたのですけれども、そしたら5ヶ月後に小泉さんが突如訪朝をすると言うことになりました。

 そしてその訪朝で北朝鮮側は拉致を認めまして、「5人生存8人死亡」というのをはじめて伝えてきたわけでございます。5人生存というふうに言われたお一人が曽我ひとみさんでございまて、曽我ひとみさんが出てきたと言うことがきっかけになりまして、全国で失踪者のご家族が「ひょっとしてうちの家族も拉致をされたんではないか。」「全く原因のわからない失踪をしている。」「どう考えても他の理由が考えられない。」ということでお問い合わせをされて参りました。(当時私は救う会の事務局長でございましたが)

 これがあっという間に何十人にもなってくる。毎日のように事務所に電話、FAX、Eメールそしてお手紙がくるようになりまして、これは何とかしなければならないと思うようになりました。
その結果として一昨年(2年前)の1月10日に救う会の全国協議会から、この失踪者の問題についてやる部分を分けて出来ましたのが、今私が代表を務めます、特定失踪者問題調査会でございまして、私はこれで調査会の代表になり、救う会の事務局長の方を退任をしたということでございます。

そして、2年間活動をやって参りました。活動をやってきて今結論で申し上げますと、それまでと認識が非常に大きく変わってまいりました。
増元さん、市川さんの拉致というのは昭和53年の8月12日でございます。横田めぐみさんのが昭和52年11月15日、政府認定者の中で一番新しいのは有本恵子さん昭和58年の8月でございます。
そのころまでは拉致というものは大体そのころに固まっているんだと思っていたわけですが、この失踪者のことをやり始めまして「これはとてもそんなもんじゃきかない」と思うようになりました。

 現在公開している中で一番古いケースというのは、昭和28年の10月に長崎県の自宅を出てから失踪した徳永 陽一郎さんという方で、この方は100%とはいえないのですが、北朝鮮で目撃情報のある方でございます。
一番新しい方、今ポスターに載っているかたであれば、確か去年だと思います。それぐらいのところまでずーと来ているわけでございます。ひょっとしたら拉致というのはず~~と行われてきたんじゃないかと感じるようになりました。なおかつ場所も北海道から沖縄まで、内陸から太平洋側、場合によっては伊豆七島まで含めてですね、失踪者が出ていると言うことでございます。これは、(我々の持っているリスト420名ほどおりますが)その全てが拉致ではないというふうに思っていますが、それにしても怪しいケースが多い。

 現在我々はこの420人の中で33人を拉致の可能性が高いとしていますがしかし、この数はこれからますます増えていくはずです。なおかつ、我々の所にお問い合わせをしてきていない方は当然、沢山いらっしゃいます。特定失踪者問題調査会と言っても政府の機関でも何でもございません。我々全くの民間の任意団体で、NPOですらない団体でございます。
 
 ですからそう言うところにお問い合わせをするというのはかなりの覚悟が、正直言っているはずです。ひょっとしたら金を請求されるのではないかとか、あるいはプライバシーに関わることを出さなければならないだろうというわけでございます。

 普通で有れば自分の所の子供がいなくなったとすればそんな表に出して明らかにしようなど思わないはずですし。我々自身はご家族からお金は一切受け取っておりません。時々送ってくる方が有りますが現金書留でお返ししておりますが、そんなこと誰にも判らないわけでございますから、そうすると最初にお声をかけてくださる時にその時点でかなりのハードルを超えてしまっているんですね。

 それくらいの覚悟をしてもやはり自分の子供、あるいは兄弟の安否を知りたい、助ける可能性を探りたいという方がこられているということで、これはかなり深刻なことだと思っている次第でございます。

 この問題は、一体どういう風に見るべきなのか?
この問題の原点というのは、日本と北朝鮮という2つの異常な国があったから出来たことでございます。
日本だけが異常でも北朝鮮が異常でなければこんな事は起こっておりません。北朝鮮がどんなに異常であっても日本がちゃんとした国で有ればこういう事は起きていない。起きたとしてもすぐに問題は解決しているはずです。

 問題が解決しないままで何十年も過ぎてしまった。これは何が意味があるかというと北朝鮮と日本が両方が異常な国だったと言うことでございます。

 北朝鮮が異常な国だというのは大体見ていれば判りますが、あの北朝鮮という国は、国が出来るとき、(正式な建国は昭和23年の9月9日ですが)日本が戦争に負けて、北半分をソ連軍が占領をいたします。その時に沿海州にいましたソ連軍の大尉であった今の金正日の父親、金日成ですね、これを連れてきて権力の座に着かせた。

 毛沢東やホーチミンなんかもやったことはひどい話ですけれど、少なくともこの人達は自分の力で、権力を奪取しようとして、人の力を借りたとしてもやはり自分の力をかなり使ったうえで権力をとった。

 金日成という人はそう言う人ではない。
要はどっかに新しい支店とか出張所を造る、そこの支店長にするのに誰がいいかと言うときに本社にいた 主任かなんかをやっている人間を連れてくる。この地域の地理に詳しいだろうとか、言うことを聞くだろうと連れてくる。これが金日成でございます。権力を自分の力で取ったんではなく人の力でもらってしまった。

 そしてあの地域のインフラは全て日本の時代に作ってあったものでございます。まぁ、かなり発電機などいろんなものをソ連が持っていってしまったらしいですが、基本的な物は残っている。

あの当時(今でも稼働していますが)満州国との国境にあった水豊(スプン)発電所(年配の方にはスイホウ発電所と言った方がわかりやすいと思いますが)この発電所は発電能力68万キロワットで、当時世界第2位の発電所でございました。こういうような、かなり良いインフラが朝鮮半島北部に(鉱山資源とか炭坑とかたくさんありましたので)集中をしていた。これも手に入る。

 軍隊は、朝鮮戦争を始めるとき朝鮮人民軍というのは10個師団の中に、(中国の人民解放軍の中で3個師団朝鮮人で構成された部隊がありまして)この部隊をそのまま入れてできたのが朝鮮人民軍の中核でございます。それ以外はソ連の軍事顧問がやってきて資材を提供してできあがったのです。

 ということで、国ができるときの基本的な構成要素であります「権力」と「インフラ」とそして「軍隊」とその3つを全て人からもらってきたのが北朝鮮と言う国でございまして、そうやってできあがった国がどんなことをやるかと言えば「たんなければ持ってくればいいじゃないか」問い言う発想になってしまう。

 もともと金日成たちは戦前パルチザンをやっていたと言うことをいいますが、パルチザンというのは山賊でございまして補給を全て掠奪に頼るということですね。自分たちで最初からちゃんとした補給を確保して戦争をするのではなく人の所に行ってかっぱらってきて戦争をやると言うことですからこの発想は全然変わっていない。
だから、たんなければ、金か物かあるいは人をどっかからもってくればいいという発想でやってきたと言うことでございます。

 先日、新宿の韓国料理屋に行きまして、そこで北朝鮮製の輸出用の葡萄酒を飲みまして、味もとんでもないんですけれど、味よりびっくりしたのは瓶でございまして、こうやってみてですね(瓶を持ち上げて目の前にかざすポーズをとって)、左右が対称になっていないですね。少し歪んでいるんですね。で、輸出用ですから、今時ですね、輸出用の葡萄酒の瓶がゆがんでいる国なんていうのは世界中捜してもそう残ってないと思います。と言うぐらいの技術力の国で、なんで、ミサイルや核兵器をつくれるのか、なんでものすごい精巧な偽札が作れるのか?(技術や人を)他から持ってきている以外に絶対に考えられないんです。

 独裁国家は技術の発展にものすごい障害になります。
自由な意見が言えないと言うことは技術の発展はできない。

 ひとつだけ例を申し上げます。

(以下中略)~70年代の間違った金日成の農業指導の例をあげて説明~

 こういうようなことで経済はどんどんメチャクチャになります。メチャクチャになっている経済を金正日はどうしようとしたかというと、経済を立て直すのではなくて、「この国はすばらしい国だという幻想」を無理矢理作っていくことでごまかそうとした。これが平壌の街の中にある凱旋門であるとか、三角形のホテル(もう崩れかかっています、作っている途中にやめていますが)銅像とか、そう言う物を次から次につくって、それでこんなにすばらしいんだと見せて、個人崇拝によってこれを止めようとしてきたと言うことでございます。

 そういうような異常な国ですから、自分で、自力で物の開発なんかできません。
出来なかったときにどうするかと言いますと、たとえば物を買ってくる。ミサイルなんかでもともとの技術はソ連から供与されたものですが、そうやって友好国からは供与してくれるものは貰う。金を払って買ってこなければならないものは買ってくる。かっぱらってこられる物はかっぱらってくる。場合によってはそれを作れる人を連れてくるということございます。

 日本でも闇からの谺―北朝鮮の内幕と言う本が出ておりますが、韓国の映画監督の申 相玉(シンサンオク)さんという方が1978年、増元るみ子さんが拉致をされたと同じ年に香港で拉致をされています。増元さん市川さんと同じお二人でございます。申(シン)監督の場合は、時期は違いますが、前の奥さん崔銀姫(チェ・ウニ)さんと平壌で一緒に暮らすようになる。

 この時に申(シン)監督に対して金正日は何と言ったかというと(映画監督ですから)「我が国の映画の水準が低いんだ、だから貴方を連れてきた。」と正直にいっているんですね。映画の水準が低いんだから映画監督を連れてくると言うんですから、後はなんでもありと言う事になってしまいます。

 そう言う風にして持ってくる中の一環でありますから、北朝鮮にとって拉致をするのはあたり前の事であって決して特別なことではない。我々それまで、ず~と拉致のために特別な命令があって、その時だけ拉致をしたんだろうと思っていたんですが、そうではなくて、拉致事態はず~とやっていて、(その時その時でこういう人間が必要だとか、「アベックで連れてこい」とか「20代ぐらいの女性を連れてこい」とかいろいろあったんだと思いますが)基本的にはず~とやり続けてきたんだと言うことで間違いないと思います。

 韓国では朝鮮戦争休戦までの昭和25年の6月25日から28年7月27日までの3年間の間に、韓国の民間人で連れて行かれた数は8万3千人。これは自分の意志で北に逃れた人とか、戦争時の軍人の捕虜とかは全て除いてありまして、韓国の民間人で無理やり連れて行かれた人がそれだけの数になるという事でございまして、なおかつ休戦になった時からの50年の間に連れて行かれた韓国人は3700人を超えております。

 韓国の場合は漁船の拿捕が多いわけですが(漁船の拿捕の場合は北朝鮮は9割方返してくるんですが)それでも今残っている人は、漁船民で残っている人と日本人みたいに海岸でやられた人や海外から連れて行かれた人を合わせて韓国政府が発表しているだけで486人。実際には間違いなく500人超えている。そういう数の人がやられている。

 78年にはレバノンでも女性が4人やられている。マカオでも中国人女性がやられている。等々ありまして年がら年中世界中で拉致をしていたんだと考えたほうがいいんだろうと言うことでございます。

 その北朝鮮の国の体制は未だに全く変わっておりません。ということはどういう事かと言うと、「これから先も拉致をやる可能性は十分ある」と言うことでございまして、その拉致の対象となるのは、別に特別な人間では無いんです。ですからここにいる皆さんとかそのご家族、友人のみなさんとかが拉致をされる可能性が十分にあるんだとお考え頂きたい。

 私みたいに年がら年中北朝鮮の悪口を言って歩いている人間がやられりゃぁまぁ、それはそれで仕方がないんだという話になるんですが、そう言う人間は大体あんまりやられないんですね。ですからできるだけ悪口を言っていたほうが安心だと思うんですが。(会場、笑い)そういう事と何の関係もないひとがやられる。

 何の関係もない人がやられると(-皆さんお考えてみてお判りになると思うんですが、自分のお子さんや家族がいなくなったときに、たとえば町田の救う会に関係してるからやられるなんて思わないでしょう-)北朝鮮がやったなんて思わないでしょうから。そうすると、自分の家族がいなくなった時に、小さい子であれば、何かの事件に巻き込まれんじゃないかと思う、大きい人であれば、何かいやなことがあって、家出でもしたんだろうとなるわけです。そうすると家族もいいところ、家出人の捜索願ぐらいしか出さない。

 どう考えてもおかしいと思っても警察は警察で、失踪者はたくさんいますから、まともに取り扱ってくれないわけです。

 家出人の捜索願を受けても、同じ警察署の中でも、家出人の捜索願は生活安全課が受けます。ところがこの人達と公安とは仲良くないんです。情報が横に行かない。踊る大捜査線みたいな世界でございまして。(笑い)こっち(公安)の人がみればひょっとしたらと思うようなことでも、ここ(生活安全課)で止まってしまっていかない。こういう事がず~と続いてきています。

 今警察は、私が感じているところでは、このところかなり気合いを入れてやっているような感じがしていますけれども、しかしそれでもですね、皆さんだって考えて頂いて判るとおもうんですが、たとえば「42年前の8月3日に何処にいましたか」と聞かれて答えられる人間なんかいるはずがないですね。ところが警察の場合、証拠を積み上げると言うやり方ですから、そういうこと、やっていかなくてはならない。

 そうすると大部分のケースというのは判らないと言うことになってしまいます。

 今、日本の中で拉致の救出のためにどういうやり方をしているかと言いますと、まず警察が捜査するわけですね。捜査してこれはもう間違いないと言う証拠があるということになった場合それをまず首相官邸にだします。首相官邸はそれを見て「じゃぁ、これは認定しようじゃないか」ということになって認定したならば、北朝鮮との交渉の場にだす。

 ところが、まず警察が認定するということを出すというところまで、ものすごいハードルがある。大部分の事件が、これができない。そして(警察が官邸に)持って行ってもですね、今の小泉政権はともかくこの問題を小さくして終わらせようと考えています。

 警察は去年ですね、特定失踪者ではないんですが、田中実さん、小住健蔵さんと言う方お二人を、首相官邸に拉致被害者として認定すべきであると具申しています。しかし、官邸は全く動かないです。

 ともかく、それは今の15人をこれ以上増やすと「もう、大変なことになる」と。「大変なことになる」って大変なことなんですけれども、しかし「大変なことだと国民が知ってしまう」と言うことでしょうね。おそらくね。だからもうやらない。なおかつ、もしそれを官邸が「判った」と言ったとしても、(今の状態だと経済制裁もしてないわけですから)そうすると外務省が向こうが話し合い乗ってくれたら、「こういう人はどうですか?」と聞く。

 向こうがまたいい加減なことを言ってくるわけですね、骨がどうしたとかですね、それを見ると、またその書類を見て(いい加減な書類がたくさん来るんですね)たくさん来ると、(日本側のお役人は学校の成績が良い方ばっかりですから)そうすると、いい加減な書類だと思っても読みたくなる、読んでこれは何処に間違いがあるかとか調べないと我慢できなくなる。そして調べて「おかしいじゃないか」いうまで数ヶ月かかります。判ってから持って行って「ほら見ろ、おかしいじゃないか」と言うと、又、向こうはいい加減なのを出してくる。

 そこで、学校の成績が悪い人間であると、開き直ってびりびりと破いて「こんなもんやってられるか」と言って「試験問題出すヤツが悪い」と言って一発ぐらいぶん殴るんですが、頭のいい人は試験問題がでると、ついやらないと気が済まなくなる。
そうやっている間に時間がドンドン過ぎていってしまうと言うことでございます。◆―――――――――――――――――――――――――◆
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荒木和博氏講演2005/1/15(2)

つまりどういう事かと言いますと、この問題を解決するには、今のやり方では絶対解決しない、と言うことでございます。このやり方を止めろとは言いません。止めろとは言いませんけど、別の筋のやり方を、様々な方法を考えて行かなくてはならない。

 そう言うと、平沢勝栄さんがやったように、訳のわからない工作機関の人間にくっついて、いい加減な情報を流すと言うことになるんですが、そうではなくて、やはり、正面から北朝鮮に圧力をかけて、そして取り返す事。大体圧力をかければ向こうも外務省との交渉に乗ってくるんです。

 外務省の中でも、ここまでいっちゃうと、武力の裏付けがなければ、どうしようもないんじゃないかという思いも、外務省の中にも今、あるんだということをちょっと聞いています。実際その通りで、「イザとなったらお前らぶん殴るぞ」という姿勢をみせてはじめて向こうは交渉に乗ってくる。

 北朝鮮の人間と話をして、もし北朝鮮の人間と日本側の人間が信頼関係を築いたらどうなるかというと

 ~日本側はそう言うんですね、北朝鮮の代表と信頼関係を結んで、だんだん向こう側を柔らかくして行かなくてはならないと。~

 しかし、北朝鮮の人間からすると日本に向かって話していることは、こっち(金正日)に向かって話している事なんです。こっち(金正日)が自分たちをどういう風に評価するかと言うことが大切なんであって、こっち(日本)なんてどうでも良いんです。

 どういう状態が評価されるかというと、「如何に日本をやっつけたか、如何に日本を騙したか」というのが評価されるんであって、もし日本の代表団と信頼関係なんて結んじゃったら、帰ったらすぐに収容所に放りこまれるんです。絶対そんなこと(信頼関係を結ぶ事)はありえない。だから北朝鮮に人間と信頼関係を結ぼうと思う方が間違いであるという事でございます。

 相手側も話がわかるのは(彼らの頭の中に信頼関係を結ぼうなんて考えは一切ないんですから)逆に日本側がこん棒を持って「ぶん殴ってやるぞ」という姿勢を見せたときに、「あぁ、なるほど、日本側の考えているのはこういう事なのか」と判るんですね。

なかなか我々の美意識でそう言うことはしにくいんですが、しかしそう言う認識でないと返ってこないと言うことでございます。

 時間がないので今後の事をお話して参ります。
先ほど安明進さんのメッセージの中で「日本の人はあまり北朝鮮の事を知らないんじゃないか」ということが有ったわけですが、(彼はこのことをあちこちで言っている訳なんですが)

 この写真、(写真を掲げながら)9年前に韓国の東海岸で座礁した潜水艦でございます。東海岸のカンヌン市というところで海岸に公園がありまして、ここに展示されている物でございます。 

 みなさんもし韓国に行かれることがあったら、お時間があったら、冬ソナばかりではなく、こういうところにも行った方が良いんじゃないかと思うんですが。

 この潜水艦は長さ35メートル、325トンあります。乗ってきたときは確か26人乗員がいたという風に思います。これは今、見学するためのハッチが付いていますが、もともとは付いていなくて、後で付けたものです。

 この潜水艦は魚雷の発射管みたいな物がありません。(表から)見えない裏側に穴がひとつございます。この穴は何かというと、工作員が水中から浸透するためのものです。つまりどういう事かと言いますと、この潜水艦というものは普通の海軍が使って作戦行動をするための潜水艦ではなくて、工作活動のための潜水艦と言うことでございます。

 工作員を敵国に潜入させて工作活動を行わせるための潜水艦だということです。これはもちろん、日本にしょっちゅうやってくる工作船も同じ事でございます。その為に彼らはやっている。

 この事件の時はですね、工作員を潜入させた、その工作員を回収しようとした時にですね、波が荒くて「もっと海岸に近づいてくれ」ということでバックをしたら、この後ろの方が波に煽られて座礁してしまった。

 もう動けなくなったんで、仕方がないから中を全部焼いてですね、外に出て山の上の方にあがって、11人は自決をした。それ以外の人間はですね、韓国軍、警察、民間ですね、ものすごい数の捜索をやったんですけれど、韓国人を(軍人、民間人あわせて)十数人殺して、最後まで一人だけは見つからずに終わりました。

 もう、すごく寒いんですね。0度ぐらいになる。しかも、あんまり木も高くない非常に険しい山中を何万人もの韓国軍の警戒の中をかいくぐって、そして逃げていったと言うことでありまして、如何にすごい能力を持った人たちであったかと言うことです。

 韓国の方はのんびりした、脳天気な国なんですけれども、韓国人は脳天気で「いや、戦争なんて起きないよ」と言っていますが、その国に対して、もう死ぬことを覚悟して、こういう潜水艦に乗ってやってくる人間が、今の、この時にもいるんだと言うことです。

 韓国は、海岸線がこうやって(写真を見せながら)ずっと鉄柵が巡らせてあります。海水浴場のようなところは入れるよういになっていますが、そういうところでもちゃんと歩哨がいてですね、そして実弾を入れて海岸を睨んでいるわけです。そう言う状態の中でも平気で入ってくる。

 日本の海岸線と比べてみても判ると思いますが、日本の海岸線の総延長はアメリカの半分あるんですね。それだけ長い海岸線で、そんな鉄柵が有る所なんてまずほとんど見たことがない。まぁ、原発があるの周囲とかぐらいで、どこでも入れます。

 私は飛行機に乗ってどこかに到着するときに、海から進入することがよくありますが、上から見ているとですね、「あ~ここだったら入りやすそうだな」という事をついつい考えてしまいます。

 なおかつ、この潜水艦の中の装備ですけれど(写真を見せながら)、モニターとかいろんなものがありますが、これはトキメック、昔の東京計器ですね、パナソニック、フルノといった日本の製品をふんだんに使って頂いておりまして、これ大変ありがたいと思っています。(笑い)大変ありがたいことですがそう言う事(日本製品が使われていると言う事)でございます。

 これは別に韓国だけにやっている事ではありません。侵入するのは韓国より日本の方がはるかにやり易いですから、日本に相当の侵入をしていることは間違いない。今もその状況は変わっていない。このところ日本側も武器を使うようになっていますから多少は気をつけているでしょうが、かなりやっているのは間違いございません。

 ですからこの拉致問題の解決というのはどういう事かと言いますと、これは増元るみ子さんがかわいそうだからとか、あるいは横田めぐみさんのご家族がかわいそうだから、これを助けると言った慈善事業ではないということございまして、これは正に今、拉致されている被害者の方々を救出すると言うことがイコール我々自信の安全を守ることになると言うことです。

 いわんや家族のみなさんから感謝して頂く必要は全くないわけでして、家族の方々が逆に我々の代表のような形で被害を受けられているわけですから、我々は、本当であれば、家族会の皆さんに「もっと休んでいてください」と言って我々がもっと先頭に立たなければならないんですが、(そうは言っても、私も今日、増元さんに無理をして頂いたわけで、余り言えないんですけれども)ともかく、我々自身の問題だということ是非ともご理解頂きたいと思います。

 去年、藤田進さん、加瀬テル子さんの写真が出て参りました。それ以降、我々の所に非常にたくさんの写真が持ち込まれるようになりました。特にマスコミ中心ですけれども、持ち込まれるようになりまして、現在既に100人以上の写真が私どもの事務所にあります。今、分析を続けているところでございます。そのうち結果を明らかに出来ると思っているわけですけれども。

 そう言うことから、去年ぐらいからかなり大きな変化が起き始めている。それまでは、写真がでることなどまずあまり考えられなかった事なんですけれど、そう言うことも起こるようになったと。今年はまだまだ<写真>も来るでしょうし、あるいは<声>とかですね、場合によっては本人が逃げ出すこともできるということすら有るのではないかと、様々考えております。

 更にそう言う動きの中で、推測の範囲をでないのですが、考えている事がありまして、これからいろんなことが判ってくると、私自身もまだ想像もしていなかったことが明らかになる可能性もございます。

 たとえば、拉致をされた方々が日本に戻ったことがあるとか、あるいは第三国に出国したことがあるとか、あるいは工作員として外国で活動をしていたことがあるとか、そう言うことが出てくる可能性があると言うことです。

 これは特に町田の皆さんにもご理解頂きたいんですが、そう言うことが有った時に、普通考えてしまうのは「なんだ、外国に出ているんだったら、人の目を盗んで、ちょっと家に電話するとか、手紙を渡すとそれくらいのことできるだろう」と言うことを思うかもしれない。「外国に出て何も北朝鮮の工作員として動くことはないだろう」と思われる方も当然おられると思います。しかし現実にはそういう(=電話ができない、手紙が書けない、工作員として動く)可能性はあるんですね。

 1978年にレバノンから拉致をされた方々4人、この方々は後に、ユーゴスラビアで別の国の大使館に逃げ込んで保護をされているんですが、その時、北朝鮮側の人間から前から、言われていたことがあるんですが、それはどういう事かと言いますと、「お前の国の大使館にはみんなスパイがいるんだから、おまえら、もし変な事をしたらすぐに判ってしまうんだぞ。」と言われていた。それで自分の国、レバノンの大使館には逃げ込むことが出来なかった。

 当然ですね、この日本ですから。「日本には朝鮮総連いくらでもいるんだ。日本の官庁の中にもいくらでもスパイはいるんだから、お前ら、もし変なことやったら、絶対にあとで只じゃ置かないぞ」と言われたら、もう、自分から行動を規制せざるを得ないんです。

 拉致被害者で政府認定者ではありませんが福留貴美子さんと言う元よど号の岡本武の妻にさせられた方がおられますが、この人は一度日本に入ってきている。入ってきて、横浜の友人のところにちょっと泊まって、その時はもちろん何も言っていないです。それから、高知の実家に戻ろうとして、どうも途中で捕まったらしい。捕まって北朝鮮に引き戻された。

 そう言うときですら連絡がとれないという、それは、如何に北朝鮮が恐いかという証拠でもありますし、だからこそ、今の帰っている5人も話さないんだろうと、私は思います。

 そう言う状況をご理解頂きまして、これから先、どこかでそう言う話が出てきたときに、「それはそんなことではないんだ」(簡単に連絡できない、脅されている)と言う風に、周りの人に言って頂きたいというふうに思います。

 ともかくそういうことも含めて、これからいろんな事がおそらく明らかになっていくだろうと考えるわけです。これをですね、一体どうしていけばいいのか言うと、私がさっき言いました、今のルート以外の別なやり方、(これは経済制裁ももちろん、その一つなんですけれど)別の手段を使うと言うことでございます。

 本来で有れば、普通の国であれば、これだけのたくさんの日本人が拉致されたとすれば、軍事力を使っても全く何の不思議もないということです。 私は少なくとも北朝鮮の中で体制崩壊が起きた時には自衛隊を投入するしか方法はないと再三再四、言っておりますし、私自身も予備自衛官ですので、その時は入れてもらおうと思っているんですが。

 それ以上の、本来でであれば、軍事制裁をやることだって当然オプションとしてあって良い事だろうと思っています。

 逆に言うと、経済制裁ぐらいで済まして貰えるんだったら、金正日は大喜びして日本に感謝しなければならない。

 「経済制裁をやってきたら戦争だ」なんて言うのは、とんでもない話で、感謝して貰ってもいいくらいの事でございます。 経済制裁で戦争だというぐらい、如何に彼らが経済制裁が恐いかという証拠で、経済制裁すれば効果が上がると言うことを、彼ら自信が正直にしゃべってくれているのと同じ事でございます。

 藤田さん、加瀬さんの写真が出たときに、みなさんもそう思われたと思うんですが、「やっぱりホントだったんだな」と、政府の言っている15人なんて違ったんだなと思われた方も多いでしょう。

これから先我々がやらなければならないのは、情報をともかくいろいろ収集して、それを可能な限り明らかにしていく。

 この国は平和ボケの国と言われますが、日本は災害にはぼけていない。

 皆さんいつでも、東京周辺に地震が起きるにじゃないかと想定していらっしゃる。自身は簡単に予知できませんが、台風が来る時は、もし来たらどうするか、もし被害が出たらどうやって助けるか、民間もお役所も一緒になってやっていくわけです。

 ですから、国民が今、日本が安全保障上こんなに危険な国なんだと判っていれば、ではこれはこういう風にしなければならないと絶対に理解が得られるはずだと言うことです。

 我々が今やらなければいけない事は、「この国が如何に危険な国であったか」と言うことについて、現実を国民の皆さんの前に明らかにしていく。そして同時に、その被害を受けている拉致被害者が一体何処にいて、どういう状況にあるのか、どうやれば助け出せるのかという事について具体的に調べていくことをやっていかなければいけない。

もちろんこれは国の仕事ではあるのですが、なかなかお役所と言うところはプラスアルファーの仕事をしても評価されませんけどマイナスだと失点になっちゃいますので、非常にやりづらいです。

 警察が認定の所でなかなか渋いのも、やはり認定しようと出した人の中でそうじゃない人が出てしまったら非常にマズイと言うところにあります。本当は拉致じゃないと思っていた人が拉致だったと言うのが一番マズイはずなんですが、そこについては余り言われない。

 ですから、こういう事を我々国民としても警察とかそういう国家機関をバックアップして、多少勇み足でも、一生懸命やっているときは、「そうだ、がんばれ」と言っていくことも必要だと思います。 

 我々自身が、有る意味で言うとパイロット的な役割で、情報集めなどを、やっていってそれによって後からお役所が本気になって動けば、我々のやる事なんて無くなってしまいますから、とにかくその方向付けだけはやっていこうと思っています。

 これをどんどん明らかにして、国民の中に安全保障の意識を持って頂くようにしていきたいと思っている次第でございます。

 そのあとは具体的にどうやって助けるかと言うことでございまして、中国や第3国に出た人はそこの在外公館が保護をする、これは外務省もおそらく、ちゃんとやってくれると思います。

 あるいは向こう側でなにか起きたら時は自衛隊を入れてちゃんと取り返していく。
今の時点では自衛隊というと、ピンとこない方も多いと思いますし、自衛官でもピンとこない人も結構いるんですね。

 しかし考えてみれば、基本的人権を侵されて何十年も苦しんでいる国民を助けないと言うこと自体が、憲法違反でございまして、その為に自衛隊を出すか出さないかと言う事が憲法違反かどうかなんて事は、条文をどういう風に解釈するかの問題ですから。

 イラクに多国籍軍で自衛隊を出しておいて、それで、拉致被害者救出にいけないようなら、どう考えても理屈が合わない訳でございます。 イラクに多国籍軍で自衛隊を出しておいて、それで、拉致被害者救出にいけないようなら、どう考えても理屈が合わない訳でございます。

 そんな時にそれでも行けない自衛隊だったらそんなもの、税金泥棒以外の何者でもないんで、そんなもの無くしてしまえばいいと言う風にすら思います。その為に年間何兆円もの税金を国民は払っている訳ですから。

 自衛隊の中でも本気になって考えている人達はたくさんいますから、我々もいろんな次元で連携を取りながら、そっちに向かって何とか持っていきたいと思っている次第でございます。

 ともかくですね、この問題は、日本という国が、自分たちがどれくらいちゃんとした国であるかという意識を持つかという事だと思います。

 この国には、あれもいけない、これもいけないといろいろ山ほど行けない事はあるんですが、いくらそんな事言ってもですね、周りの国は全く信用してくれません。

 昔、(エリツインの政権の頃ですが)ロシア人の友人と話していて、「今日本の政界は大混乱状態なんだ」と言ったら、ロシア人の友人曰く「一体何処が混乱しているんだ」という話でございまして、(会場笑い)あの当時のロシアに比べれたらば、日本が混乱しているなんて誰も信じてくれない。

 経済がメチャクチャだと言えば、メチャクチャな国は世界にいっぱいあるわけですから、日本の経済がメチャクチャだと言ったら、メチョクチャじゃない国の方がほとんど少ないわけでございます。

 「軍隊が?」と言っても、イージス艦だって何だって有るじゃないかという話になるわけでして。
 「憲法は?」と言えば、そんなもの変えれば良いじゃないかとそれだけの話であります。

 だから、この国にはそれだけの力があるわけです。

 評価は様々あるでしょうが、ともかくですね、戦争の時にですね、ロシア・中国・イギリス・アメリカ、世界中の大国と戦争してしまった国は日本しかない訳ですから。(笑い)

 しかも第二次世界大戦の時というのは、普通考えたら、「あんな戦争、まず、しない」中国で足を取られてそれだけでも大変な時に、アメリカ・イギリス相手に戦争をするなんて事は、よっぽど「上にいる人間がアホだったんだ」と私は確信を持っていいますが、それだけ上にいる人間がアホでも、4年間アメリカ相手に闘い続けたんですから、如何に中堅が優秀であるかの証拠でございまして。(会場笑い)

 この国の最大の問題は、中堅の人材が優秀な人が多すぎて、上がアホでもなんとかやっていけると言うことに問題がある。だから、その方針を作ればいい。

 この国が明治維新以来非常に大きな力を持ってきたのは、どういう時か?(自分から方向性をつけたことはほとんどないんです)明治維新の時は、お解りのように、外国から何時侵略されるか判らない、一刻も早く近代化しなければいけないと言う事で、コンセンサスがあったから、そこに向かってどうするか、ここにいる人と、ここにいる人が全然連携もとらないで、お互いが何をすべきか考えて動くことが出来る。

 アメリカとの戦争もそうですし、戦争に負けた後、復興という大方針ができたらば、ここで何とかやらなければならないと言うことになれば、それでものすごいスピードで復興することが出来るし、高度成長となれば、そういうふうになる。

 ところが、その方針をひとりのリーダーが提示すると言うことができない。残念ながら。

 韓国の場合、かつて1960年代、クーデターで政権を取った朴正煕大統領という人は、この国を絶対近代化して北朝鮮から攻められない豊かな国にしなければならないというはっきりとした方針を持ってやった人ですが、ああいうリーダーは日本には、まず、ほとんどでてきません。

 とするとその代わりをどうすればいいかというと、国民の手で作るしかない。我々国民の声でこの国がアジアの中で中心的な民主主義の国であると、我々自身が認識し、「だから恥ずかしいことは絶対出来ないんだ」という思いを持って、政府の動きをチェックして、その代わり、政府がちゃんとやるんであれば、進んで協力をしていくということをしたときにこの国は、他の国が付いてこれない力を発揮すると、私は確信をいたしております。

 昔、カンボジアのPKOの後で、中国の軍人さんが言っていたそうですが、「日本の自衛隊はすごい」と。、どうすごいかと言いますと、ともかく隊長が部下にちょこちょこと指示、命令をすると、すぐにみんなかってに動いていって、全部できちゃう。我が国だったらば、一人一人「お前は、これやって」と細かく指示しないと動かないんだという話をしていたそうです。

 そのプラスの部分を我々は最大限に活用して、マイナスをできるだけ少なくすることによって問題を進めていく。

 この方向ができるようになったらですね、私はこの拉致問題は簡単に解決すると思っています。
 今まで時間がかかりましたけれど、解決し始めたらそんなに長時間はかからないと、絶対の確信をしております。

 さっき安明進さんのメッセージにもありましたが、北朝鮮2000万の公民の大部分は苦しんでいます。今も一月ですから、北朝鮮の中国の国境近くは、冬ですから、零下20度30度です。そう言うところで子供が着の身着のまま凍え死んでいく状況は今でも続いているわけです。

 これを誰が助けるかと言えば、金正日が改心するわけ無いわけですから、そして韓国は今、金正日のご機嫌をとることで精一杯ですから。そうすると、誰がやるかと言えば、我々がやるしかない。日本はアジアの中心的な民主主義の国なんですから、我々の手で、あの金正日の独裁政権を打倒してしまって、あの国で今苦しんでいる人達を一刻も早く幸せなごく普通の生活が送れるようにする。その中にはもちろん日本から帰国していった帰国者の人もいるでしょうし、日本人妻とかその家族もいると思います。

 そう言うことをやって、我々が大国としての責任を果たしていく。これはもう、アジアの中では日本しかできない。アメリカにいくら任したって、アメリカはアメリカなんですから、アジアの国ではない。だから必要が無くなれば出て行くわけでありまして、日本はアジアから絶対に出て行くことができないのです。

 我々がその責任を遂行する。
そうしなければいけないし、そして、日本には絶対にその力があると私は確信をいたしております。

ご静聴ありがとうございました。
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2004年6月19日 (土)

ますもとさんを励ます会 にて(2004/6/19)

荒木和博さんの挨拶 (拓殖大学助教授・特定失踪者調査会代表)

2004年6月19日~ますもとさんを励ます会(照北会主催)にて~

ご紹介頂きました荒木でございます。現在『特定失踪者問題調査会』と申します、北朝鮮に拉致された可能性のある人の失踪事件について調査する団体の代表を致しております。

私は昨年の一月まで『救う会全国協議会』の事務局長を致しておりましたが、9.17以降、曽我ひとみさんがでてきたことによって『あるいは自分のところの家族も拉致をされたのではないか』との問い合わせが救う会に相次ぐようになりました。これに対応するために別途の団体を作りその代表となることになった次第でございます。

そして、特定失踪者問題調査会がスタートするときに、家族会からもだれ理事を出てくれないかとお願いしたところ増元さんが快く引き受けてくださいました。『私しかやる人はいないでしょう』というふうなことで自分からすすんでで私どもの活動にご協力をして頂き、ご家族とお会いいただいたりいろいろ議論をするということで忙しい時間の中を割いて頂いてきました。

私と増元さんは救う会のときからご一緒に活動しているのですが、(3年前になりますか)一緒に二人でジュネーブに参りました。-国連の人権委員会に要請を行うと言うことだったのですけれども-その帰りの飛行機の中でお話をしていて、-まぁ、その当時で23年間ですか-『大変だったでしょうね』という話をいたしましたら、増元さんがポツッと『よくおふくろが頭がおかしくならなかったと思いますよ』というふうに仰っていました。
こういう苦しみというのは我々いくら支援者として活動していてもあくまで支援者でありまして、そういう苦しみを自分が受けることはありません。『ひょっとして自分の家族がそうなったらどうだろうな?』と考えることはありますけれど、しかしいくら想像しても想像の範囲とそれ(苦しみ)を実際に受けてきたと言うことはそれは全く違うのでございまして、わたしはそういう意味でも、そういう苦しみを26年間これまで受け続けてきた増元さんが国政の場で活躍して頂くと言うことが、やはり大きな意味があるのではないかというふうに思っているわけでございます。

自分自身この救う会でやって参りました5年間の間『家族のいなくなる』と言うことの苦しみが眞にお恥ずかしい話ですが正直言って解りませんでした。
-被害者は北朝鮮にる、それをどうやって取り返すか-ということに自分の気持ちも焦点がいっておりましたので(家族が)その間どういった想いだったかということについて、思いを致すことはなかったわけです。

ところが、失踪者のことをやりまして、失踪者のご家族とお会いをする。(まだ北朝鮮かどうかわからないというところからスタートするわけですけれども)その家族がいなくなったときの気持ち---ある日お母さんからタバコを買いに行ってと言われて家を出ていく、わずか50mさきのタバコの自動販売機のところまでダバコを買いに行く、短パンにTシャツで、そしてわずか2~300円のお金だけ持って出で行ってその後全く行方がわからない---そういうような話を次から次に聞きまして家族が消えるということの恐ろしさというものを、もちろんそれは実感ではないんです、人から聞いた話でしかないんですけれども、それでもこんなに恐ろしいことだったのかとホントにつくづく感じました。
考えてみれば家族会の皆さんも全く同じ苦しみをそうやって受けてきたわけでありまして、5年間救う会の活動をしてきて自分がそんなことにも気が付かなかったと非常に強く反省をした次第でございます。

北朝鮮は今でも拉致をやめていないのです。これから先も必要で有ればいくらでも拉致をしてくると思います。そして今、この国はそういった拉致に対して本当に無防備な国です。
日本の海岸線というのはアメリカの半分あるんだそうです。どっからでも入れます。
韓国は、(今もう随分いい加減になりましたが)かなりきっちりと海岸線にず~と陸軍の兵士を歩哨にたてて警戒して、鉄条網を張り巡らせていたわけです。それでも入ってくるのです。
日本はもう、何もしていないと同じです。

そして拉致も、いわゆる海岸線で袋をもって待ちかまえるというようなケースはおそらく極少ないのではないかと思っています。私どもは増元さんと市川さんの拉致も、やはりある程度周到な準備されていておこなわれたのではないかというような感じがしております。
準備をしていて、どこかで騙して、そして一端(この部屋でも同じですが)密室の中に入ってしまえば跡は何してもわかりません。当て身を食らわせて気絶をさせて、あとは箱とか袋に詰めて荷物に偽装して持ち出せば誰にも解らない。車で走ればすぐに海岸にでる。おそらくそれも、工作船がまっているところにいきなり捕まえて連れて行ったと言うケースよりも、どこかにアジトがあってそこに何日間か監禁した上で連れて行ったというケースも少なくないと思っております。

そうすると、今でも拉致というのはいくらでも出来るんです。
そして増元さんがそうであったように拉致される対象というのは北朝鮮と何の関係もない人たちです。
ここにおられるみなさんやそのご家族が拉致の対象になるということも十分に考えられると言うことございまして、この拉致問題というのは正に『我々が我々自身、あるいは我々の家族を救う為にどうするかという戦い』であるのだと私は思っております。今この国は拉致と言う拉致に本当に無防備なのです。

私自身もスタートしたときは、横田さんのご両親あるいは増元さん、みなさん一生懸命やっていらっしゃるのをみて、これはやっぱりなんか少しは役に立たなければいけないということではじめたことではあったんですけれども、今私の気持ちは、単にこれがご家族が、あるいは被害者がかわいそうだからやるというのではなくて、これをやって拉致をされた方を全員連れ戻すことがイコール私達自身の安全を守ることになるという風に感じています。

東京の町中からも消えた人の数というのは非常に沢山いるんです。
拉致は北海道から沖縄まで、日本海側であろうが内陸だろうが太平洋だろうが関係なく行われております
そしてなおかつ始末の悪いことにはこの国の政府はその事実をず~と隠蔽をしてきました。拉致などと言うことは有ってはならないことだと言ったときに、当然拉致をされたならそれを絶対に取り返すんだというふうにならなければいけないのに、この国のやってきたことは『有ってはならないことだから無かったことにしよう。。。。』いう方になってしまったのです。

その為に被害者が更に増えていった。昭和52年の9月に久米裕さんが拉致をされました。見つかったときに石川県警は犯人の一人を逮捕しています。しかしその事実は一切外に出しませんでした。もしあのときにせめて日本海側だけでも『こういうことが行われている、(北朝鮮に拉致だと言うことは間もなくその犯人が自供して解るんですが)拉致が行われている、警戒をしてください』ということを一般の国民に広報することが出来たなら、そのあと2月後に起こった横田めぐみさんの事件、あるいは翌年におきた増元さんをはじめとするアベックの拉致事件は起きなかったかもしれないのです。
しかしそれを一切政府は明らかにしてきませんでした。

時間がないので詳しい話はできませんが我々やってくにしたがって、そういうことについての話を次から次に聞くに至りまして、本当にこれは『国の問題だ』ということを感じました。
今、日朝の国交正常化ということを言う人がたくさおられますけれど、しかし必要なことは国交の正常化ではなくて『日本と北朝鮮のそれぞれの正常化』です。日本が正常な国になり、北朝鮮が正常な国になったら国交なんかその次の日にでも結ぶことが出来るです。両方が不正常な状態で国交を結ぶなんてことは絶対に有ってはいけないことだと私どもは考えております。

どうかこの今回増元さんの選挙、厳しい中で増元さんが決意をしてくれました。
私どもとしても、決意に答えてそして増元さんの当選をステップとして拉致問題の全面解決へと一気に乗っていきたいと思っております。

日本と北朝鮮を比べた時に、人口で言えば3倍、面積で言えば6倍、経済力などくらべものにもなりません。軍隊は北朝鮮は100万いると言いますけれど、その大部分がまともに飯も食えないで山賊まがいのことをしていると言う国です。こんな国に日本が負けているはずがありません。我が国が力を出せばこの問題は絶対に簡単に解決することが出来ます。しかしその決断を下せる人間がいないと言う残念な状況がずっと続いています。増元さんが国会議員になることでそこに何とか持っていきたい。この国の国民が決意をもって北朝鮮に対するとき絶対に全ての拉致被害者を取り返すことができます。どうかみなさんこの選挙を通じてそれを実現するための場だと、是非ともお考え頂きたいとお願いを申し上げまして私のご挨拶を終わらせて頂きます。
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2004年4月30日 (金)

国民大集会Ⅵにて 特定失踪者報告

6.報告 特定失踪者問題調査会代表 荒木 和博

2004/4/30 国民大集会-Ⅵ 日比谷野外音楽堂にて
 
ご紹介頂きました荒木でございます。

 本日この会合にもたくさん特定失踪者のご家族、関係者の方がおみえになっています。
その中のひとりで我々が拉致の可能性が高いと言って発表した山本さん、山梨県甲府昭和56年6月4日に失踪した山本美保さんの件に関しましてみなさん報道などででご存じの通り警察は同じ年に山形で見つかった遺体が山本美保さんであるとつい先頃発表いたしました。
 そして我々としては、いろいろな疑問を示したわけですが、おととい警察庁すぐそこですけれど参りまして外字課長から説明をうけました。その結果ますます疑惑を増すばかりでございましてこんな事も知らなかったのかというような状態でした。

 誠に残念なことですが我々は一年余活動を通してこの国の政府は実はとんでもないことを隠しているのではないかというような疑念を持たざるを得ないのでございますこの国の中には多くの北朝鮮を助けた人々が様々な処におります。是非ともそういう方々は一刻も早くその全てを話して頂きたい。そしてこれはいろんな形で脅迫などを受けている在日のかたもいると思います

 しかし戦わなければ拉致被害者全員を救出することもその家族を救出することもできません。
このことは実は家族会にも救う会にも相談しないで上で一言申し上げれば帰国されている5人のかたもあえて北朝鮮と戦ってその全てを語って頂きたい。私の想いはおそらく多くの方が共有していることと思います。

 我々はあのテロ国家と戦っているのです。
 我々のやっていることは戦争です。
 戦争は勝たなければいけない。
 それをすることが日本人の拉致被害者を救出し、韓国人の拉致被害者を救出し、北朝鮮2000万の国民を救い最後にはこの東アジアに平和をもたらすことになります。

 どうぞみなさんこの問題は『外務省がけしからん』『政府が悪い』『警察がいけない』と言っているだけで、気がついたらみんな北朝鮮で死んでしまったと言うことでは許されないのです。 
我々1億2500万国民の全ての責任です。
我々もここにいる人も皆さんもその家族を守っていくために拉致被害者全員を救出しなければいけない。
最後までどうかご協力頂きたい。よろしくお願いします。◆―――――――――――――――――――――――――◆
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