カテゴリー「フレーズ」の記事

2008年11月 4日 (火)

しおかぜを救おう!キャンペーン

北朝鮮向けラジオ放送 資金難


北朝鮮に拉致されたままの被害者などに家族からのメッセージを伝えるために続けられてきたラジオの短波放送が、金融危機などに伴う資金難のため放送時間の短縮を検討していることがわかりました。

「しおかぜ」と呼ばれるこの放送は、北朝鮮に拉致された可能性のある行方不明者の調査をしている「特定失踪者問題調査会」が3年前から続けているもので、拉致されたままの被害者や北朝鮮に渡ったまま行方がわからくなくなった人たちに向けて家族からのメッセージなどを伝えています。放送にかかる費用は、主に放送の趣旨に賛同した個人からの寄付などで賄われていますが、調査会によりますと、寄付金は年々減少し金融危機が表面化したことし9月以降の落ち込みが特に著しいということです。このため調査会は、現在1日2回、30分ずつ行われている放送について、早ければ来月にも1日1回に短縮することを検討しています。調査会では「『しおかぜ』は北朝鮮に向けた数少ないラジオ放送で、拉致被害者の人たちも聞いている可能性があるが、このままでは存続自体も難しくなる」などとして放送を維持するための寄付を呼びかけています。

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~ しおかぜカンパに協力を  ~

【郵便局】
郵便振替口座 00160-9-583587
加入者名 特定失踪者問題調査会
【銀行】
三菱東京UFJ銀行 鷹の台支店 普通預金3810752
口座名義 特定失踪者問題調査会専務理事 真鍋貞樹

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2008年5月10日 (土)

横田早紀江さんのコスモロジー

継続連載中ですが、上記リンクで、高世さんの文章を読んでください。

早紀江さんのコスモロジー - 高世仁の「諸悪莫作」日記
早紀江さんのコスモロジー2 - 高世仁の「諸悪莫作」日記

あの9.17の日、早紀江さんが使ったことば、「使命」。

家族も、救出することを「使命」としてこの6年必死で闘ってきました。

一体日本の政治家や外務省に、拉致解決を真に「使命」として肝に銘じて闘っている人がどれだけいるでしょうか?

必死さや、崇高な心根を感じられる人が、少ないから、結果が得られないのではないかと思うのです。

もっと、もっと使命感を持って、この問題に立ち向かって欲しい。
そうでなければ、日本の未来は開けないという危機感を政府関係者に持って欲しいと思います。

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2008年1月28日 (月)

冬の薔薇

  

  


庭のブルーローズが、この寒さにもかかわらず、一輪二輪と、霜柱の朝、冷たい風に負けずに咲いています。
寒く厳しいであろう北朝鮮での幽閉生活の中で、希望を失わずに待っていてくれるめぐみさんのことを思います。

早紀江さんは、以前集会で「30年も戻らない事には、必ず意味があると思っています。きっと使命があるのだと信じています」と強くおっしゃっていました。

冬の薔薇は健気に、静かに、傷つきながらも、咲いています。凜と天を見あげ、日の光を一杯に浴びようと懸命に咲いています。

たくさんの花を付ける5月の華やかさに比べれば、花も小さく、少し貧相ですが、それでも薔薇は薔薇。気品を感じさせる高い香りが、私を和ませてくれます。

どんなことがあっても、諦めてはいけないと、強い意志を私に与えてくれる冬の薔薇。

拉致被害者は必ず待ってます。
どんなに政府が動かなくても、私達の意志が強ければ、願いが結束すれば必ず救うことができると信じさせてくれる冬の薔薇。

その姿は、まるで早紀江さんの信じる姿に似て、待っているめぐみさんの耐えている姿に重なるのです。

普通の市民には、結局想いを重ねることしかできないのかもしれません。
活動家のように、集会にいくことも中々できないものです。
けれども、願いは一緒に持つことができます。

昨日見学した 東京国際キルトフェスティバル では、たくさんの救いたい願いを持つ日本女性にお会いしました。

展示されていたブルーリボンキルトには、<Dear Megumi>と刺繍が施され、さりげなく開場で、家族の再会を願うメッセージを伝えていました。

キャシー中島さんは、「必ず生きていると私は信じています」とおっしゃってくださいました。

冬の薔薇に、その想いを重ねて、私は祈ります。

全員返してください と。

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2007年12月14日 (金)

大韓機爆破-テレビ番組のお知らせ

以下のメールを頂きましたので、ご本人の諒解の元、掲載させていただきます。
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こんばんは、○○の××です。皆様にはお忙しいところ、このようなメールを配信することをお許し下さい。
是非、観て頂きたいドラマが放映されますので、ご案内させて頂く次第です。
ご関心のありそうな方への宣伝もどうぞ宜しくお願い致します。ある「日本の危機」を救った男たちの物語です。

1987年11月末、彼らがいなければ日韓関係は大変なことになっていました。
その危機を水際で防いだのは決してエリートのキャリア官僚ではなく、ノンキャリアの若き外交官たちでした。
しかし、彼らの「功績」を政府は役立てることもなく、対応を誤ります。
国のトップが無能だと、後々どれほど重いツケを国民に残すことになるか、お汲み取り頂ければ幸いです。

『大韓航空機爆破事件から20年 金賢姫を捕らえた男たち ~封印された3日間~』 が12月15日(土)午後9時、フジテレビ系で全国放映されます。

http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2007/071119premium.html

多くの皆様は20年前の11月に起きた、大韓航空機爆破事件をご記憶のことと思います。
翌1988年のソウル五輪を妨害しようとした北朝鮮が、バグダッド発ソウル行きの大韓航空機858便を爆破、 乗客乗員115名全員が死亡した事件です。

あの時の爆破犯人、北朝鮮の工作員であった金賢姫がバーレーンの空港で逮捕されたのは、 ご承知の通りですが、誰が、どのような経緯で拘束に成功したのかは、あまり一般に知られてはおりません。
金賢姫を取り押さえるのに成功した殆どの要因は、現地駐在の日本大使館職員の機転と、
わが身を顧みない努力によるものでした。彼の名を砂川昌順といいます。彼を主人公にしたドラマが放映されるのです。
なぜ私が、その宣伝をするかというと、砂川さんは私のよく知る人だからです。彼は私の父の元部下でした。

1984年、親父が西アフリカのガーナの日本大使館にいた時、外務省の外郭団体から派遣されて来たのが 砂川さんでした。2年間の契約が切れると帰国し、新たな職を探さねばならない立場にありました。
当時のガーナは政情不安でクーデターが頻発。アフリカの中でも最も貧しい国の一つでした。
リビアのカダフィ大佐と親交のある左翼軍事政権下で、戒厳令やCURFEW(夜間外出禁止令)が敷かれ、電気も水も食料も満足になく、国民は飢餓状態に近い様相を呈しており、マラリアなどの熱病をはじめ、大使館の庭には猛毒のグリーンスネークが出没するという、過酷な労働環境にありました。

その中で人一倍、勤勉で細かいところによく気がつき、優秀だった砂川さんを親父は可愛がり、 時には厳しい指導をして外交官としての基本を教え込んだのだそうです。
そして人事課に推薦状を書き、砂川さんは外務省職員として本採用されました。これはあまりないケースでした。
正規職員となった彼はアクラ(ガーナ)からバーレーンに赴任します。そこで大韓機事件に遭遇することになります。

事件発生直後には一体、何が起きたのか皆目、分かりませんでした。
ただ、ハッキリしているのは大韓機がミャンマー沖で消息を絶ったということだけ。
日本や韓国政府の対応は後手後手に回ります。事件発生から丸1日以上が経過して、ようやく在アブダビの日本大使館から「大至急電」が飛び込んで来るという有り様でした。

「親子連れの日本人らしき男女2人が最後の寄港地、アブダビで降機した模様。貴国に入国していないか、至急、確認願う」といった内容が、中東各国の日本大使館に配信されて来ました。
しかし、現地で様々な人脈を得ていた砂川さんは、事件発生直後から多くの情報を掴んでいました。
当時の中東各国の状況、航空事情などから、「高飛びするならバーレーンに入国している可能性が高い」と直感。
交際のあった空港職員、スチュワーデス、ホテルマンなどからの情報を元に、様々な困難を乗り越えて、ハチヤシンイチ、マユミが泊まっているホテルを突き止めたのです。

では他の大使館職員は何をしていたか。何と、本省から出張で来たお偉いさんの接待で夕食会を開いていたのです。
そんなことやっている場合ではないのに、危機管理意識がまるでありません。中東特有の難しい事情があったとはいえ、「関係先いくつかに電話で問い合わせ、調べた結果、不明と返信すればいい」程度の認識だったそうです。
対米開戦前夜、呑気に送別会を開いていた在ワシントン日本大使館の失態を彷彿させられます。
尤も、当時の外務省幹部の失態だけに、このような話はドラマではやらないと思いますが…。

これ以上、私が詳しいことを書くと、ドラマの楽しみがなくなってしまいますので、やめておきますが、砂川さんは殆ど一人で、ホテルにいる2人を監視、様々な苦労の末に翌朝、空港で出国ゲートに先回りし、「日本大使館の者です。パスポートを拝見…」と回収し、2人の確保に成功したわけです。
しかし、砂川さんや現地警察がほんの一瞬、目を離した隙に2人は服毒自殺を図り、シンイチこと金勝一は死亡、 マユミだけが一命を取り留めたのはご承知の通りです。

砂川さんは病院に何度もマユミを見舞い、日本語、中国語、英語の3カ国語で話し掛けました。
「何か困っていることはありませんか? 助けてあげますから…」と、優しく語り続けたそうです。
パニック状態に陥っていたマユミは、日本人を装ったり、中国人になりすましたりしていましたが、 韓国大使館員が韓国語で話し掛けると、わざと分からないふりをする様子が見て取れたそうです。
やがて最後には、大粒の涙を流しながら、「あのね、私ね、日本人じゃないのに…。親切にしてくれて、ありがとう…」そう答えたそうです。「マユミは心を開き始めた。あと3日あれば落とせる!」砂川さんは確信した。ところが、彼女が日本人でないことを東京に報告すると、日本政府の反応が急に冷たくなったというのです。

結局、日本はマユミを引き取らず、韓国への移送が決定。砂川さんは地団太を踏んで悔しがりました。
この時点でマユミの犯罪容疑は、まだ大韓機の爆破ではなく、日本の偽造旅券を使用したことだけです。
まず日本に連れて来て、日本の警察が取り調べるのが筋でした。バーレーン政府関係者も訝ったそうです。
「なぜ日本は身柄の引き取りを求めないのか?」と…。

やがて韓国に移送されたマユミ、つまり金賢姫の口から李恩恵こと田口八重子さんの存在が明るみになります。
もし日本に連れて来て取り調べていれば、拉致事件などの解明も、もっと早く進んだことは間違いありません。
少なくとも砂川さんがいなければ金賢姫は決して捕まってはおらず、金賢姫が捕まっていなければ大韓機事件は、「日本人の仕業」とされていたでしょう。ただでさえ反日感情の強い韓国のことです。国交断絶ぐらいでは済まない、大変な事態になっていたであろうことは想像に難くありません。いわば国難、日本外交の危機を救ったと言えます。

事件後間もなく、一時帰国した砂川さんは、事の詳細を報告するため、資料や写真、録音テープなどを 提出しようとしました。ところが外務省幹部は、こう言い放ったそうです。
「そんなものは要らない。見る必要はない。犯人を韓国に引き渡したのだから、もうわが国とは一切、関係がなくなった」
臭い物に蓋、事なかれ主義、危機管理意識のカケラもない見事な平和ボケぶりです。
ちなみに時の首相は竹下登、外相は宇野宗佑でした。

砂川さんの活躍は、事件後間もなく、私は親父から聴かされていました。
「あれは砂川君の大手柄だったんだよ。彼は大したことをしてくれたもんだ!」 と、自分のことのように喜び、詳細を話していた姿が今も強烈な印象に残っています。
しかし、親父は私たち家族に、固く口止めをすることも忘れませんでした。
「このことは一切、他言無用だ。絶対に口外するな! 万が一、マスコミにでも知られたら厄介なことになる…」
北朝鮮がどういう国か、私もよく分かっていましたので、砂川さんの武勇伝を人に話すことは一切できませんでした。

やがて、恐れていたことが現実となります。
当時、既に東側の諜報機関などから「ヨーロッパで行方不明になっている日本人が、北朝鮮に渡っているらしい」との情報を掴んでいた砂川さんは、一向に重い腰を上げようとしない本省に業を煮やし、単身でウィーンの北朝鮮大使館に飛び込むというスタンドプレーをやってしまったのです。
外務省職員が許可なしに国交のない国の人間と接触することは、重大な訓令違反になります。
キャリアでもなければ、私の親父の推薦状一枚で入省した砂川さんを庇う上司もいなかったようです。
砂川さんは笑って、決して答えようとしませんが、キャリアたちの嫉妬などもあっただろうと私は想像します。
これが元で砂川さんは、外務省を辞めざるを得なくなってしまいました。

そして怪しい影が、彼をつきまとうようになりました。来る日も来る日も、得体の知れない男たちに追われ、 逃げ続ける日々が続きます。雲隠れし、住居を転々と変えても変えても、すぐに見つけられ、追われるようになります。
買い物に出る時も防弾チョッキを着て外出する。そんなことの連続だったそうです。
金賢姫が「美人テロリスト」として脚光を浴び、ブラウン管などを賑わせた一方で、 もう一方の「主役」は決して、表舞台に姿を現すことはありませんでした。

私たち家族は、金賢姫の姿がニュースなどでブラウン管に現れる度に、話したのは砂川さんのことばかりでした。
「砂川君、どこでどうしているのか…」と親父はいつも顔を曇らせ、 「いっそのこと、金賢姫なんか捕まえなければよかったんじゃないか。これでは犬死同然ではないか?」 と、私も憤懣やる方ない思いがしたものです。
砂川さんが逃亡生活を続けた15年間は、私たちにとっても後味の悪い、重苦しい心境でした。

転機は2002年9月に訪れます。小泉首相が北朝鮮を訪問。金正日が拉致を認め、日本の世論は一変します。
その後は、もう砂川さんも追われることはなくなり、それまで彼を護ってきた公安関係者から、
「もう大丈夫だろう。真実を世に明かしなさい」と、安全宣言が出されました。
こうして出版されたのが、砂川昌順著「極秘指令」~金賢姫拘束の真相~(NHK出版、1680円)という本です。
ご関心のある方は是非お読み頂けると嬉しいです。

本来ならば砂川さんはその功績を讃えられ、国から最高位の表彰を受けていなければならないはずです。
しかしながら、彼は未だに何の褒美も貰ってはいません。外交官の鑑と言えば杉原千畝氏が有名ですが、 これでは将来、国のために命を懸けて仕事をする外交官はいなくなってしまうでしょう。
否、外交官ばかりではありません。全ての公務員、民間企業に勤める人たちとて同じです。
今からでも政府には、彼に対する再評価を強く求めたい気持ちです。

砂川さん役の俳優、高嶋政伸さんは、砂川さんとはイメージが随分と違うのですが、熱血漢ぶりが買われたそうです。
テレビ番組制作会社のスタッフとは私も3回、直接会い、当時のガーナや砂川さんのことなどを詳しく説明し、番組作りに少し協力しました。ただ、私はもちろん、砂川さんも番組を見ていないため、どのような内容かは、正直、分かりません。なるべく事実を忠実に再現するとは聞きましたが、面白くするための脚色はされているでしょうし、私たちの意向が反映されているか、見終わって期待外れでガッカリ…となるかは、何とも言えません。

長文になりましたが、最後まで読んで下さった方には厚く御礼を申し上げます。

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砂川昌順さんは、現在ネットライブの運営に中られ、調査会の記者会見や、戦略情報研究所講演のライブ中継に力を貸してくださっています。
以前の講演の様子は、以下のURLで、砂川 昌順さんのお話(2005年4月10日)

http://blog.goo.ne.jp/blue-jewel-7/e/0e79af3bb422837cae577142e808ebd1

参考書籍

Kazoku  

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2007年11月25日 (日)

2.8渋谷街頭活動のおしらせ

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   「12月8日 渋谷街頭活動」のご案内

                   平成19年11月24日
                     東京ブルーリボンの会・蒼き星々

私達は、来る12月8日(土)渋谷ハチ公前で、

『拉致は人権侵害!
 北朝鮮の全ての人権問題を糾弾しよう!』

と題して、「第二回北朝鮮人権週間渋谷街頭活動」を行います。

拉致はもちろん、強制収容所、飢餓、脱北者問題など、北朝鮮には過酷な人権状況に苦しむ人たちが多くいます。核で世界を恫喝し、拉致を切り捨てようとする北朝鮮に怒りを向け、北朝鮮で苦しむ全ての人々に平和と自由を勝ち取るために、私達は、首都東京、渋谷からから発信します。

当日は、10日から行われる北朝鮮人権週間に関わるイベントをより多くの人たちに紹介するため、イベント一覧のチラシを配付します。

一刻も早い拉致被害者全員救出のため、北朝鮮で苦しむ人々の人権を守るために、あなたも街頭活動に参加してください。
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日  時:平成19年12月8日(土)午後12:00~2:00
場  所:渋谷ハチ公前広場(大型掲示板付近)
呼びかけ人:東京都議会拉致問題解決議員連盟        古賀 俊昭 都議
     :北朝鮮に拉致された日本人を奪還する地方議員の会代表 土屋たかゆき都議
企画運営:東京ブルーリボンの会・蒼き星々
活動内容:
救う会認定被害者・東京関連特定失踪者問48名・川口特定失踪者の読み上げ
北朝鮮人権週間イベント一覧の配布
ブルーリボン配布
チラシ配布(しおかぜ・政府リーフレット・東京都作成特定失踪者チラシなど)
街頭アピール
各人権団体からのアピール 他

集  合:11:30 ハチ公前
※ボランティアの方々は「東京ブルーリボンの会」幹事の現場指示に従っていただきます。

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※この件についての問合せ、参加申し出は 
メール: jewel@blue-stars.org までお願いします。
当日配布物の準備などの参考にさせていただきます。


関係各団体への参加要請中。拉致被害者ご家族・特定失踪者ご家族も参加予定。

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2007年10月24日 (水)

中国に圧力を!(北京オリンピック反対!)

現在世界の人権団体が、2008年北京五輪開催に懸念を示し行動をおこしています。
世界中が中国の人権状況に注目しているのです。
中国共産党が人権侵害、宗教弾圧、関係各国(ダルフール、ミャンマー、東トルキスタンなど)の人権問題を解決しないまま北京五輪を開催することを許してはいけないという動きです。

ヨーロッパやアメリカでは、ダルフール、東トルキスタン、ミャンマーが注目されていますが、北朝鮮の拉致を含む人権問題も、中国が金正日政権を容認してしまっていることが解決への障害になっていることは、言うまでもありません。日本はそのことをもっと訴えるべきであり、世界的に認知させるための努力をすべきです。

北朝鮮における人権侵害を世界世論に訴えるためには、ダルフール、ミャンマー、東トルキスタン問題に 拉致や強制収容所、脱北者の問題 をリンクさせていく必要があるのです。

アメリカの人権活動家スザンヌショルティーさんたちも世界に発信しています。
中国の国内外での人権蹂躙の改善、北朝鮮からの脱北者に対して中国が行っている人権蹂躙が改善されないのであれば オリンピックをボイコットしようという呼びかけがなされています。

人権侵害の国中国・北京オリンピック反対のロゴ

http://www.pixpit.net/2007/09/26/how-beijing-olympic-got-its-logo/


 


 

スザンヌ・ショルティさんからのメッセージ
Dear Friends:

I had to share this with you! My oldest son, Chester, sent this link to me
describing How the Beijing Olympics Got Its Logo
http://www.pixpit.net/2007/09/26/how-beijing-olympic-got-its-logo/ and I have
also pasted the entire cartoon below. We always felt that the Beijing Olympic
logo
looked like a North Korean refugee fleeing! This is even more powerful.

Please remember (those of you in Washington, DC area): Steve Kim's first public address since his release from imprisonment in China for helping NK refugees to be held on Capitol Hill Friday, October 19, at 12:00 noon in 2168 Rayburn House Office Building.
He will discuss “China’s Crimes Against North Korean Refugees & Punishment of Those Who Help Them”. If you plan to attend, RSVP skswm@aol.com

Please remember (everyone around the world) YOU are needed: The International Protest Against China's Violent Treatment of North Korean Refugees at noon around the world on November 30 and December 1 -- go to your nearest Chinese embassy or consulate at noon to take a stand for the suffering North Korean refugees. We are still recruiting city and county coordinators and need someone in San Francisco and Houston. These cities have coordinators: Los Angeles set for Nov 30; New York set for Dec 1, Chicago set for Dec 1 , and Washington DC set for both Nov 30 and Dec 1. Also, we need more country coordinators. We have coordinators for Canada, Belgium, France, Germany, South Korea (of course!), England, Spain, Netherlands -- if you can be a coordinator for a city or country or have any recommendations, please let me know ASAP. Remember coordinators can simply deliver a petition at noon, hold a prayer vigil, and do not need to organize a large protest(as we are doing in many cities) -- the point is action in front of as many Chineseembassies and consulates as possible around the world.

Now please see cartoon below -- that could be North Korean refugee, a labor reform activist, a Christian house church leader, a Buddhist Monk, a democracy advocate, a Falun Gong practitioner, a Uyghur citizen, a college student activist, -- inother words, any of us!

Warm regards,
Suzanne

How the Beijing Olympics Got Its Logo  

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2007年9月23日 (日)

9.17報告

参加者80名 
配布ビラ1万枚、ブルーリボン一万個

残暑の厳しい日差しのもと、精一杯、2002年9.17から丸5年、何も変わらぬ拉致問題を訴えました。部のチラシ、一万個のブルーリボンも、ほとんどはけて、たくさんのボランティアのみなさんのおかげで、事故もなく、街頭活動が終了しました。

主催者側としては、行き届かない点も、多く、反省もたくさんあります。
けれども、とにかく、丸5年のこの日に、拉致問題を訴えることが出来たことに感謝しています。

全国からのリボン、メッセージ、掲示板での応援を頂いて、猛暑の中でしたが、精一杯訴えることが出来ました。

お疲れの見える飯塚繁雄さんも、最後まで頑張ってくださって、自ら率先してチラシを配ってくださいました。

若者の街、渋谷の反応は、厳しい部分もありましたが、参加者の熱意に支えられての活動でした。

生島孝子さんのお姉さま、生島馨子さん、古川了子さんのお姉さま、竹下珠路さんも参加して、「特定失踪者にも、もっと目を向けてください」と訴えていました。

北朝鮮難民救援基金の野口さんは、人権無視の北朝鮮の非道さを訴え、特定失踪者問題調査会の杉野さんは、拉致の疑いのある特定失踪者の問題を訴えました。お約束していなかった北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会の小川晴久先生も、駆け付けてくださいました。

参加してくださった全てのみなさん、応援してくださった全ての皆さん、本当にありがとうございました。

世論喚起の原点は、街頭活動にあると思います。
これからも、その原点から、私たちは訴えていきたいと、想いを新たにしました。

取材は三社。下記を参考に
産経
http://www.sankei.co.jp/shakai/rachi/070917/rat070917000.htm

時事
http://www.jiji.co.jp/jc/c?g=soc_30&k=2007091700211


用意されたチラシ1万枚


セットされたブルーリボンとカード


古賀俊昭都議

家族会 飯塚繁雄副代表

田口八重子さんのお兄様 本間勝さん

古川了子さんのお姉さま 竹下珠路さん

守る会の小川晴久先生

北朝鮮難民救援基金 野口さん

生島孝子さんのお姉さま 生島馨子さん

特定失踪者問題調査会 杉野さん

特定失踪者の御家族 鈴木智さん(鈴木賢さんのお兄さま)

全体の様子

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2007年9月 7日 (金)

ワシントンから9.17 渋谷へのメッセージ

 

私達の、9月17日の渋谷街頭活動に向け、ワシントンDCらち連絡会から、メッセージを頂きました。
文中の、「ありがとう、一緒にやりましょう。」 ということばが、
うねりのように日本中に満ちていくように、精一杯発信するつもりです。

ワシントンの浅野さん、メッセージを、本当にありがとうございます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 Everyone, Thank you very much for working hard,
and working for a long time.
  We just finished our "Appeal for 80,000 Abductees" in front of the White House.
We sent the message to Americans, to Japanese, to Koreans, and people all
over the world that we will not give up rescuing the abductees, and rescuing
human lives.
The Responses we received were absolutely positive.
They don't say "We will support you", but they say

 "Thank you for what you are doing.
Let's do it together." 


We don't live just for own profit.  We are responsible for all, even if it is small.
Let's work together, and let's really rescue all the abductees by cooperation.

━━━日本語━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  皆様の拉致被害者救出のための長年のご努力に深い敬意を表します。

私達はワシントンDCでの「拉致被害者8万人救出アピール」の活動を終わったばかりです。
拉致被害者の救出、生命の救出に、妥協も諦めも無いという明確なメッセージを、アメリカへ、
日本へ、韓国へ、そして世界の人々に送れたと信じます。人々の反応は非常にプラスのものでした。
「あなたを支援します。」というようなことを言いません。

「ありがとう、一緒にやりましょう。」と言います。
人は自分の利益のためにのみ生きているわけではありません。
人は例え小さくても全体に責任があります。世界の人々の連帯を果たし、拉致被害者全員の
救出を実現しましょう。 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

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2007年8月 3日 (金)

心を繋ぎ合わせたキルト

ブルーリボンキルトの会の活動に、いつも、感動している、不器用な私です。

いつも、手先が器用な人に憧れています。
この活動を応援したいと思っている私は、なんとか、このことをお知らせしたいと思っていました。

 

今回の選挙結果についても、増元さんは、HPで落胆の色を隠せない様子ですね。
拉致を忘れない日本人がいること、関心が薄れているのではないことを、何とかご家族にお伝えして、少しでも気持ちを安らげるようにと思って、今日、早紀江たちに、キルトのの画像を印刷してお持ちしました。

早紀江さんや、飯塚繁雄さんにおみせしました。とっても喜んでくださいました。

早紀江さんは、めぐみさんのお洋服もよく縫われたと聞いています。
手作りの温かさ  をよく知っていらっしゃるから、みんなの気持ちを感じ取れるんだと思います。

私達は、決して拉致を忘れない!
全員取り戻すまで、応援し続けるという気持ちが、きっと伝わったと思います。

安倍さんの北朝鮮政策は間違っていません。
民主党は、議席を伸ばした以上、外交、北朝鮮問題について、きちんとしたビジョンを出すべきだと思います。

それは、きっと安倍さんの政策と大きくは変わらないでしょう。そうであれば、民主党は、外交、北朝鮮問題については、安倍政権を支える立場に立つべきです。

そう言う意味でも、年金だけでなく、民主党は、そのビジョンを問われています!

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2007年7月18日 (水)

ブルーリボンキルト

友人が、「ブルーリボンキルトの会」というグループを作って、拉致解決を願うキルトの制作をしています。
下記の画像のように、全国から、パーツを送ってもらって、それをつなぎ合わせています。
友人の許可を頂いて画像を紹介します。
ご賛同の方がいらっしゃいましたら、mail@blue-stars.org まで、お知らせください。
取り次ぎを致します。

呼びかけ
横田めぐみさんや拉致被害者の人たちの無事と早急な日本帰還を祈りながら、多くの人が思いを込めながら縫ってつなげる(パッッチワーク)「フレンドシップキルト」を作りませんか

何の団体にも所属していませんが、何かお役に立ちたいと思う気持ちを形にするために始めました。
日常生活の中のほんの数十分をこの企画のためにご協力願えたらうれしいです

15センチx15センチ(縫い代別)に仕上げる
  =15センチ幅をなみ縫いするだけです。=

色はなるべく夢がある明るい色でどこかに「ブルーリボンの青色を入れる
「上手下手」、「老若男女」はまったく問いません。小学校の家庭科で十分です。初心者大歓迎。(気持ちはあっても布がない方にはお送りいたします。)
縫う時に「祈り」を込めて頂きたいそれだけです。
目標=15センチx15センチが100枚
集まった時点でつなげる+キルティングを検討します。
まずは単純に数箇所縫うだけです。よろしくお願いします。
 

    
 
    

心のこもったキルトが、すこしづつ大きくなっています。
私達は、絶対に拉致を忘れない。全員の帰国を願っているという思いのこもったキルトです。

この思いが大きく繋がって、北朝鮮から全ての被害者か帰国できるように、一緒に祈りたいと思います。

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台風一過 上野署名活動7.16

三連休の二日間は、雨で中止になり、三日目の今日、上野ではやっと署名活動が出来ました。

午後は曇り空、何時雨が落ちてきてもおかしくない、蒸し暑さの中、署名活動が行われました。高齢のKさんも、一生懸命署名の説明をしています。

ボランティアのみなさんの作ったリボンは、箱にいっぱい!
署名をしてくださった方に、渡されます。

いつも立ち寄ってくださる常連さんが署名してくださったり、久しぶりにお会いした画家さんにも声をかけていただいたり・・

署名の数は、多くはなくても、継続の力、忘れない意志を感じる活動でした。

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2007年7月 9日 (月)

焦り募らせる家族

  フォーカス2007参院選③
          拉致問題
  2007年7月9日産経朝刊
 
焦り募らせる家族 

  6243
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

 6月24日の有楽町での街頭活動の写真と共に、参院選における拉致問題の位置について書かれています。 

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忘れて欲しくない。関心を持ち続けてほしい。拉致は解決しておりません。

雨が降りしきる6月末の日曜日、大勢の買い物客らが行き交う東京・有楽町マリオン前。北朝鮮による拉致被害者、増元るみ子さん=拉致当時(24)=の弟で、家族会事務局長の照明さん(51)はこう訴えた。

都心では8年ぶりになる家族会の「原点」ともいえる活動に立ち返ったのは、「焦り」ともいえる思いがあったからだ。

北朝鮮の核問題をめぐる六カ国協議の米主席代表、ヒル小組時間補が6月下旬、北朝鮮を電撃訪問した。中断している協議再開の動きが急になり、米朝が歩み寄りを見せる中、拉致問題が置き去りにされかねないという危機感は募る。

「拉致という非道な問題を解決しない限り、米国がいかなる合意をしようとも(日本の)協力は難しいということを北朝鮮にわからせるようにしてかなければならない」

そのためには、国民の支持と政治の力が必要だ。拉致問題を内閣の「最重要課題」に位置づけた安陪内閣。家族にとって最も心強い内閣だが、目に見える成果はいまだない。

      ■  ■  ■ 

「安倍さん意外に真剣に拉致問題をやってくれる人はいないよいう思いがある」。有本恵子さん=同(23)=の母、嘉代子さん(81)は、安倍首相への期待を持ち続ける。

昨年9月の安倍政権誕生以来、首相を本部長とする「拉致問題対策本部」を設置し、「家族会の心情を一番理解している」(照明さん)中山恭子氏を拉致問題担当の首相補佐官につけた。

就任直後の北朝鮮による核実験では、即座に日本単独で対北追加制裁に踏み切った。制裁の理由に拉致問題をあえて入れた。政府の姿勢はいっぺんしたものの、北朝鮮は、「解決済み」と繰り返すばかり。

蓮池薫さん(49)の兄で家族会副代表の透さん(52)は「」何も動きがないのが一番辛い。何か動いてくれれば、それを頼りにと言う思いはある。有効な手段を講じて良い方向に持っていって欲しいと話す。「(解決への)動きがない中、選挙期間は更に動きが止まってしまう『選挙でそれどころではない』と言われるかもしれないが、それが残念」とも。

見えない道筋。家族の焦り。それは、安倍政権の焦りでもある。

      ■  ■  ■ 

家族会は今年3月、結成10年を迎えた。金正日が拉致を認め、被害者5人が帰国してからは5年になる。11月には、横田めぐみさん=同(13)=が拉致されて30年になる節目の年だ。

めぐみさんの母、早紀江さん(71)は「どうしてこんなに動かないのか。(北朝鮮へ)乗り込んで行きたいとも思う。いつまでも解決出来ないというのは、本当に許せない」 と語る。

三年前の前回参院選で、増元照明さんは無所属で東京選挙区から立候補した。被害者家族の声を国会で代弁したいとの思いからだった。38万票あまりの支持を得たが、議席には届かなかった。

「最後のお願い」をしたのも、有楽町マリオン前だった。「拉致問題は家族会だけではなく国の問題。皆さん一人一人が声をあげていくことで政治を変えることができる」。あのとき訴えた思いは変わっていない。
照明さんはホームページにこうも書き込んでいる。「だれがどの党から出馬しようがバッジを着けている方なら、優先的に解決を図るべき問題だ。多くの心を持った方がバッジを着けていただくことにより、解決への道が近づいていくと思う。」家族らは、こうした思いで「心ある一票」 の行方を見守っている。

※この記事が、24日増元さんが伝えたかったことを、的確に表しているかもしれません。  1
 
 
 
 
 
 

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2007年6月12日 (火)

魏京生氏からのメッセージ

2007/6/12付  調査会ニュースより  
 ~しおかぜのために収録されたもの~ 


   
 中国の著名な民主運動家 魏京生氏 からのメッセージ

 皆さん、こんにちは。

 こちらは日本の独立したラジオ放送、「しおかぜ」です。この放送は特定失踪者問題調査会が運営しています。

 中国の人権問題と北朝鮮の人権問題は皆さんもご存知の通り、大変厳しいものです。多くの人々にとって自由に話をする権利は無く、海外にいる私たちはそのような状況を語って行かなくてはなりません。私たちは中国、北朝鮮の人々に基本的な人権がどんなものなのか知らせていきたいと思います。それは言論の自由、政治の自由、国家を監督する自由を含む権利です。これらはもっとも基本的な権利であり、それが奪われたときに起こりうる悲惨な生活は想像がつくでしょう。

 人権問題は自分には縁の遠いものだと感じ、他人が人権弾圧を受けたことについて無関心な人もいます。しかし、もしも少数の人の人権が奪われれば、多くの人たちの人権も質は低下したと言えるでしょう。少数の人が言論の自由を奪われ、逮捕されたら、他の人々はそれを見て、自分たちも逮捕されると感じ、自由に物が言えなくなるからです。

 自由に物が言える人が減れば、政府はやりたい放題なのです。だからいかなる基本的な人権も私たちの普段の生活には無くてはならない存在であります。

 本来、政府に基本的人権を奪う権利はありません。しかし、中国、北朝鮮、金正日政権のような独裁政権は、基本的人権を剥奪しています。中国各地では、この人権について改善がみられますが、その理由は国際的世論、国内的世論による圧力があるからです。国際社会では、中国、北朝鮮の人権を大変注目しています。特に北朝鮮の卑劣な人権侵害について注目しています。ですから、国際的な注目がこの人権問題の解決へのきっかけにはなるかも知れません。

 しかし、それがきっかけとなったとしても、北朝鮮国内で北朝鮮の人々自らが行動を起こさなければ、本当の意味で解決へ向かうのは難しいでしょう。このような状況の中では、出来る限り多くの人々へ呼びかけることが大切です。

 実際は人権は西洋から東洋へ来たものですが、東洋にも昔から人権のようなものはありました。
例えば、中国でも朝鮮でも、冤罪で捕まった場合には自分の権利を政府へ主張したり、皆で議論し合いました。でもその人権は不公平に奪われたのです。

 このような権利を政府と交渉し、主張することの積み重ねが、人権として扱われるようになるのです。私は中国の過去の経験を北朝鮮の人々にも伝えて行きたいと思います。中国のような大きな活動もありますが、小さいことの積み重ねがいい結果へとつながるのです。このことにより、政府の国民への圧迫は、少しずつ軽くなっていくでしょう。また、政府の国民へ対する無理な強要もなくなって行くでしょう。このような小さなことを皆で行って行くと、その個人の人権だけではなく、より多くの人々の人権も保証していくことになるでしょう。

 例え、自分自身が人権弾圧を受けていなくても、他人の人権弾圧にも関心を持つことが大切です。こうしたような関心、行動が人権の改善につながります。そして社会全体も改善することができるでしょう。これは大変重要であると思います。

 ここで、私から皆さんへお伝えします。日本の特定失踪者問題調査会は熱心に人権問題へ取り組んでいます。調査会は失踪した、日本人、朝鮮人、中国人の調査も行っています。皆さんも情報があれば提供してください。電話は81-3-5684-5058、FAXは81-3-5684-5059です。ここへ皆さんが情報提供することで北朝鮮、中国の人権問題の改善につながります。

 またお会いしましょう。ありがとうございました。

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金正日重病説に思う。

Is Kim Jong so ill he needs surgery?By Sergei Soukhorukov in Beijing
 

  西側政府が伝えるところでは、
   金正日は休み無しでは30ヤード(27メートル)歩けない。

 

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    上記の重病説の真偽のほどは、なにしろ嘘で塗りかためられた国家からの情報なので、信じられるものなのかどうか、わかりません。

生きていることはそれだけでドラマなのであり、必ず人には寿命があるわけで、遅かれ早かれ、金正日にも必ず死の時 がくるわけですね。

私は、ここで日本政府、そして救出運動の関係者に聞きたい!!

  『あなた達は、もし、明日、金正日が倒れたときに、
    どうやって拉致被害者を救出するかという
        ビジョンや準備や、戦略が、ありますか?』 
と。

荒木さんは、あらゆる可能性を考え、試みではありますが、自衛隊が救出にどのように関われるかまで、シュミュレーションをしています。

明日、金正日がもし急死するようなことがあったとき、日本はどのような対応をするのでしょう?あたふたとしていたら、被害者の身が危ないではないですか?

そういうことを、きちんと考えている政治家はいるのでしょうか?

一秒、一秒の時と闘い、自分の命と闘っている被害者と家族を、どうやって救い出すのか?

今日明日ではなくても、北朝鮮権力者の突然の死があった場合、日本はどのように被害者を救い出すか、具体的シュミュレーションを考案しておくべき時がきています。

それは、明日かもしれない! 

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2007年6月 8日 (金)

念ずればはなひらく

2007/6/8付け、調査会ニュースより

 今日(8日)午後、愛媛県の加戸守行知事が調査会事務所を訪れ、「しおかぜ」の収録を行いました。

 加戸知事は特に愛媛県出身の公開されている特定失踪者、二宮喜一さん、山下綾子さん、大政由美さんを中心に呼びかけをされましたが、その中で詩人・坂村真民氏の詩「念ずれば花ひらく」を朗読し、励ましの言葉を送るとともに、自らも救出のために努力することを誓われました。この詩に込められた気持ちは皆同じだと思いますので、以下に書き写しておきます。ちなみに坂村真民氏は熊本出身、戦前朝鮮で教職に就き、終戦後は愛媛県で30年近く教鞭をとられた方です。

  

  ◆念ずれば花ひらく

   念ずれば
   花ひらく
   苦しいとき
   母がいつも口にしていた
   このことばを
   わたしもいつのころからか
   となえるようになった
   そうしてそのたび
   わたしの花がふしぎと
   ひとつひとつ
   ひらいていた
 

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2007年5月 3日 (木)

揺るぎなく前進を!

揺るぎなく、前進を!
 ~~国民大集会のテキストを終えて~~

 
 「忍耐は無限ではない」とライス長官も北朝鮮に警告を発していますが、アメリカは核重視、拉致は表面では見捨てない姿勢を見せていますが、積極的に関わってくる状況ではないと、私は見ています。アメリカは政権末期、レームダックをおこしている。だからといってアメリカへの働きかけがムダではないのですが、アメリカだけに頼っている場合ではないし、現政権だけではなく次期政権=オバマ、ヒラリー両氏のブレーンに対しても積極的に働きかけるべきです。それは、家族や救う会に任せるのではなく、与野党問わず政治家が行うべきであり、外務省ももちろん、民間や識者が積極的に関わるべきだと私は思います。 アメリカは、心情的には同情しているけれど、具体的に動く気配は感じられない。そのことは、3月の萩原先生の講演を聴いたときに、覚悟をしました。
 
   参照 
        萩原遼さんの講演(1)
        萩原遼さんの講演(2)
        萩原遼さんの講演(3)
 
  萩原先生は2009年の夏にならなければ、アメリカは動かないと言っています。それを聞いたとき、私は空しくて空しくて辛くなりました。
 
  命あるうちに再会を果たしてあげたい願いが遠のくようで、悲しかったのです。
    命も無限ではないのですから。 国民大集会の荒木さんの言葉は、鋭く私の胸をえぐりました。
 
   >今日拉致被害者が生きていると言うことは、明日の生命を保障するものではございません。   
 
 明日拉致被害者の命が失われるかもしれない。家族の命にも限りがある・・・ それでも、萩原先生は、私達にはそれまでにやることがたくさんあるとおっしゃっていました。 私は、今アメリカが拉致に関心を失わないように努力することは勿論大切ですが、日本が独自に動いていくこと が現在一番求められていることのように思います。
 
  今月号の『正論』で、荒木和博さんは、下記の文章を書かれています。  
 
    痛憤直言! なぜ拉致被害者救出に自衛隊を投入しない  
   ~~どこまでも「アメリカ頼み」とは情けなし。
        日本が自力で解決を図る決意こそ不可欠ではないか~~

 
  日本が自力で解決を図るぐらいの意志を持つこと。そのためには韓国詣をする山崎拓氏などは論外であるという意識を日本国民全体が持たなくてはいけません。自衛隊投入への国民的コンセンサスはまだまだ醸成されていません。これには、多くの議論が必要でしょう。 今日書店で『正論』『諸君!』をみていたら、そのそばに岩波の『世界』がありました。内容をめくると、『日本は韓国の宥和路線に戻るべきだ』とか『ネオコンを一掃して平和路線で北朝鮮問題を解決すべき』などの論調が見て取れました。政治家の中にも、識者の中にも、まだまだこういう人たちがいる。だからこそ、西村慎悟さんも国内の敵と戦わなければと言っているのでしょうし、荒木さんも以下のように言っているのです。
 
  >安倍総理が歴代の総理の中で最もこの拉致問題に、熱心にやってくださっている事は、私も重々承知をしております。>しかし、その安倍政権の基盤というのはこれまで半世紀にわたって拉致問題を隠蔽しそして隠して潰そうとしてきた>勢力がその中に入った上で、安倍政権はその上に乗っかっている。>これは、絶対に我々は忘れてはならないことだと思います。
  >総理、官房長官には、その勢力と本当に闘っていただかなければいけません。
 
  (この発言の時、安倍総理も、塩崎官房長官も既に退席していた。生でこの言葉を聞いて欲しかった)
 
 参考:国民大集会(2007/4/22)-7.荒木和博 特定失踪者問題調査会代表挨拶
 
 日本が自力解決を図る意志を持つためには、いまだ日本に巣くう『世界』などの識者を論破し、安倍政権の基盤に隠れている拉致を隠蔽してきた勢力を一掃することが求められています。国民全体の意識がどこまでそのことに目覚め、意識していく事が出来るか、難しい壁ですが、乗り越えなくてはならない。 命は無限ではない。このままでは、どんどん命は失われてしまう。命ある再会を実現させるために、私達にはやることがいっぱいある。
 
  ご家族は高齢です。横田夫妻のお体のことは、月刊『諸君!』6月号に下記の記事があります。
 
      家族会結成10年 「代表退任」の真意を訊いた!
    横田滋(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会代表)/横田早紀江
   《聞き手》櫻井よしこ(ジャーナリスト)

 
  この記事を読んで、私はもう高齢のご家族を壇上に上がらせてはいけないと思いました。血小板が著しく少なくなってしまう横田滋さん、疲労がたまって翌日の朝動けない早紀江さん・・
 できることなら、集会も客席で見てもらいたい。そのことは、座り込みの頃から感じていたことです。
 
  日本が主体的に拉致を解決しようとするなら、これからは家族に依拠する活動であってはならない。これは、佐藤会長もおっしゃっています。家族を少しでも安らげてあげ、生きて再会を実現するために、闘わなくてはならない。拉致を実行してきた総連という組織を解体しなければならない。北朝鮮を擁護し、拉致解決を妨げる国内の敵と戦い、国民全体が解決への一致した意志を確認できるようにしなければならない。
 
  ・・・・・・・・・・・・・・・・
 皐月の庭に一輪の薔薇が咲きました。ブルーローズです。
 
  明日、所沢での集会に出席する横田夫妻、お二人にこの薔薇を贈りたい。ともすると私達も心がめいります。ご家族も同じだと思います。 一輪の花が安らぎを与えてくれる時もある。薔薇を見て、1日も早く生きて再会してもらうために、横田夫妻にも、一時の花の安らぎを差し上げたいと思いました。 集会のテキストを終えて、揺るぎなく私達は歩まなければならないと想いを新たにしながら。。

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2007年4月11日 (水)

私たちの考え方

「蒼き星々」「蒼き星々」掲示板 とぴろんさんの「話の花束」 は、拉致問題に関係する集会をできるだけ多くの方に知ってもらいたい、家族の生の声に耳を傾けていただきたいとの願いで、集会の記録(写真・音声・テキスト)をインターネット上で伝えようと活動してきました。

その内容は、ここ、Blue jewelにも保存しています。

各地で行われる集会の参加者は、ここ5年を考えて全国を総計しても、私の知る限り、写真展の20万人、映画の10万人の合計30万人を大きく越えることはないでしょう。

参加したくても参加できない人、遠くにいる人のために、集会の模様を伝えたい。登壇者のタイムリーなお話、貴重な講演をそのまま伝えたいというのが私たちの原点です。私たちと同じよような活動をなさっている人や、各地の集会のレポートをしてくださる方も、同じ思いだと推察します。

もちろん、私たちの参加できる集会には限りがあり、情報量、読者も、大手マスコミにはとても、とてもかないません。
しかし、これは、集会の一部しか報道しないマスコミへのささやかな抵抗でもあります。

私たちは、今後の活動の指針を以下のようにまとめました。

――――――――――――――――――――――――――――――――
・今後特定失踪者救出運動の拡大に伴い、広範な特定失踪者のご家族が出席される集会・セミナー等が増加すると予測されることから、特定失踪者ご家族に関しては、十分な配慮をし、ご本人の意志を確認していきます。

・また、集会担当者とも、良好な意思疎通を図り、記録の作成にあたります。

・登壇者、集会担当者の要望には的確に応じていきます。

・場合によってはその確認のために文書で承諾を頂く用意もあります。

・資料の提供には速やかに応じていきます。
――――――――――――――――――――――――――――――――
上記の基本的な考え方については、家族会、救う会全国評議会、特定失踪者問題調査会には、書面でお伝えし、ご理解を頂いています。

今後もこの基本を守りつつ、集会ごとに十分に配慮して参りますので、各集会、セミナ-の主催者及び関係団体の皆様には、趣旨をご理解頂き、拉致事件解決のため、御協力をお願いいたします。

みなさんへ
この基本的な考え方を、各団体、集会担当者に伝えて活動して参りますので、どうぞ宜しくお願いします。

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2007年3月12日 (月)

護民の意識

日本の歴史をひもとけば、日本という国家に欠如していたのは、『護民の意識』 ではないかという意見を、井沢元彦氏は説いている。(「逆説の日本史9」)

 一分引用
中華思想にも美点はある。それは、国家が国民を守るべきだ、という感覚が非常に強いことだ。護民の思想である。日本の政治家は、護憲はよく言うが、護民はあまり口にしない。しかし、これこそローマの昔から政治家の第一の資格と考えられてきたことなのだ。アメリカの新聞によくある『トリビューン』とは、ローマの護民官のことである。貴族や官僚と庶民は身分が違う。だからこそ、為政者(権力者)は弱い立場の民を護らなければならぬというのが、護民の思想で、これは日本にはほとんどない。平等意識が強いことの裏返しかもしれないが・・

  参考:
 
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/roman/magi/tribunus.htm護民官1

       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B7%E6%B0%91%E5%AE%98 護民官2
     アメリカの新聞に多い<~トリビューン>という名前は、ローマの護民官(tribunus plebis)を語源

上記の中で、中国の護民思想は、外的から民を護ることはするが、民の人権としての意識は薄いと私は思っている。その点は別として、日本には、国家や為政者が民衆を護る意識より、民衆が、国を護る意識、国家が国家を護る意識が上回っていたというとらえ方も出来ると思った。

国を富ませよう、国を守ろうという意識は、国民にもあり、それは、愛する家族を護る、愛する故郷を護る、愛する国土を護る、そのために命も惜しまなかった。犠牲を惜しまない精神が国民にあっても、国家が国民のために尽くすという意識が西洋に比べて欠如していたのではないかということである。

安倍首相は、一貫して「一人の国民の命もおろそかにしない」と発言してきた。
戦後の首相の中で、<FONT COLOR=blue>『護民の意識』</FONT> を持っている希有な首相かもしれない。

相手を知ってこそ、外交は成立する。
中国はどうか、韓国はどうか、北朝鮮は?

中国に対して、外向の致命的失敗を犯した河野洋平氏に関して、下記のブロクで詳細を知ることが出来るので、是非一読を奨める。
参考サイト 国を憂い我と我が身を甘やかすの記
「河野談話」に対する河野氏本人の説明

この事例をみても、外交に於いて謙譲の美徳は、無益であるとこうことを、私たちも学ぶべきだと思う。
北朝鮮に対しては勿論、中国、韓国、ロシア、アメリカにも・・・

戦後半世紀以上も立って、国連の敵国条項が現存すること、安保理常任理事国入りが果たせていないこと、北方四島が返還されないこと、尖閣列島、竹島問題etc.

主張すべきことを、きちんと主張し、国民を護る国へ変わるために、拉致問題で筋を通して、国際社会に働きかけていくことは、重要なこと。現状をみて、安倍政権は、そのことを実践してくれる内閣だと感じている。

安倍さんの取り組みが全て正しいとは言わない。
しかし、護民と言う意識を強く持つ首相、それを実践しようとしている内閣を支持していきたい。作業部会でも、17日からの六者協議でも、世界に対して、粘り強く、正しいことを主張し、説得していってもらいたい。

北朝鮮、中韓露はもちろん、アメリカ内部にも、自民党内にも、拉致に対する日本の強い姿勢をけん制し、揺さぶりをかけ、切り崩そうとしている人たちがいる。一部の安倍たたきは、こういった勢力の思惑に惑わされている部分もある。

だからこそ、拉致問題の解決を目指す私たちにも、揺さぶりがかかる。拉致は国家命題であり命の問題でもある。時間の残されていない今、もうコップの中の嵐をやっている暇はない。こういう勢力に対抗するためにも、日本の世論を、拉致解決に向かう力として、大きく包みこみ、大河とするべきだと私は思う。

北朝鮮問題の解決には、どうしても日本の金と技術が必要。
オリンピック前も、オリンピック後も、中国には日本が絶対に必要。
韓国にとっても、日本の資金がなれれば、北朝鮮への援助も底をつく。。

青木直人さんも、中国にも、韓国にも、日本は『金』という切り札をちらつかせる外交をすべきだと言っている。(戦略情報研究所メールマガジンによる)

国家が、護民の意識をしっかり持って、拉致被害者全員を取り戻す意志を強く示すべき時が来ている。そのための外交に、相手のウィークポイントを知った上で、『日本の資金』というカードを示すことは、重要な鍵となると、私は思っている。

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今そこにある危機


 韓国のみなさん、アメリカの下院のみなさん、今救うべき命は、この写真の、命の危機にある子供達ですよ。
 スザンヌ・ショルティさんが、おっしゃっているように、今、北朝鮮で命の危機にある人たちは、たくさんいるのです。
 
  いわれのない罪で、強制収容所に収監され、人権を無視されて命の危機にある人たち
 親を失い、食べるものもなくさまようコッチョビ達。
 危険を侵して中朝国境を越えようとする脱北難民の人たち。
 物資も食料も与えられない下層階級の市民達。
 
  そして、いきなり拉致され家族から引き離されたたくさんの拉致被害者達
 
  その全ての人たちが、命の危機にあるのです。
 
  今そこにある危機に目を向けるべきです。
 従軍慰安婦問題を今頃、問題にしている時ではないでしょう。
 (河野洋平という人の罪の深さを痛感しますね)
  拉致被害者も、家族も、何時命を奪われるかもしれない、危機にあるのです。
 1秒1秒の時と、自らの命と、その双方と闘っている被害者と家族を再会させることが、目の前にある命題です。
 
  惑わされず、まっすぐに!
 

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2007年3月11日 (日)

『翼』ライブ

高田馬場、四谷天窓で行われた、『翼』ライブの模様をお知らせします。
 
学生の街、高田馬場、自分の学生時代の名残を探しながら、四谷天窓へ。
 
アコーズティックにこだわるライブハウス、温もりのある内装にまず、感激しました。会場には、飯塚進さん(田口八重子さんの二番目のお兄様)、綾子さんご夫妻、川口の会のみなさんをはじめ、藤井さんのご友人などたくさんのみなさんが集まりました。
 
ライブは、北朝鮮を訪問した経験談を交えながら、日本の唱歌(ふるさとや、花)や、フォルクローレ(コンドルは飛んでいく)などの選曲で、会場と一緒に歌うなど、終始楽しいムードで行われました。
 
藤井さんが、翼を作曲するまでの思いをひしひしと感じることが出来ました。
 
自分が、北朝鮮の音楽祭に招待されて平壌の地を踏んでいたとき、同じその時に、横田めぐみさんや田口八重子さんが、とらわれの身になっていたことを、帰国して10年後に知った、その衝撃。彼の感じた北朝鮮という国・・
 
以前蒼き星々に投稿してくださっていた、疲れ目さんも、同じ事をおっしゃっていました・・・・
 
作詞の小林さんも、駆け付け、最後の『翼』の歌と共に、会場は、救いたい願いに包まれました。
 
明日は、アミーカさんのライブもあります。藤井さんも駆け付けるそうです。
 

 

  
 

  
 

  
 

 
 北朝鮮の記念切手は、東欧の要人と金日成がうつっているものが多い。金正日が、一番恐れているのは、『チャウセスクになりたくない』ということ。そのために、彼は、核危機を作り出している。。。そのチャウセスクと金日成の記念切手・・・
 

 
 

 私は、『帰れ帰れ故郷に 家族のもとに ~♪』で終わる、この歌が、しおかぜにのって北朝鮮に届けば、きっとめぐみさんは生きて待つ希望を持つと思う。飯塚進さんは、『早く八重子に聞かせたい』とおっしゃっていました。
 
 参照:翼 歌詞

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2007年3月 8日 (木)

拉致を音楽で訴える『翼』発売

(つばさ)
     歌に乗せて、       

      この思い、 北まで届け!
 
 
 

先日来お知らせしている、『翼』のCDが、完成し、今日届きました。

ジャケットより
1986年4月、私は北朝鮮平壌の地を踏んだ。
演奏会を終えてホテルに戻る車中からデパートが目に飛び込んできた。通訳に言った。
『貴国の楽器を見たいので案内して欲しい』と。帰ってきた言葉は『先生、二時間待ってください』だった。
私は彼が忙しくて時間がとれないのであろうと思っていたが、それは大きな間違いであった。
実はその間“お客様集め、人集め”をしていたのである。
車中から見たデパートは確かに明かりがなく、人影もなかったはずだが、二時間後訪れた時は人の波!
そしていつの間にか電気がついて照明が煌々と光っていた。何か違和感を感じた一瞬である。
帰国後10年、発覚したのは非人道的な行為、拉致であった。
多くの拉致被害者家族の悲痛な叫びを、私は直接この耳で聞いた。
私は動く決心をした!その家族の方々の思いを歌に乗せて、北の地まで必ずや届けと!
北の行為は、百万言説明しようが、弁明しようが、ゆるせない!許してはいけない!断じて許さない!

北からの1日も早い帰国の実現を願って
 藤井ひでりょう

CDは、レコード会社からのオファーもあったそうですが、敢えて自費出版となさったそうです。
著作権の関係から、CD化された曲の一部だけですが、ご紹介する許可を頂いていますので、下記リンク先で是非聞いてみてください。
ストリングスも入って、良い仕上がりになっています。

『翼(つばさ)』CDサンプル音声  (Blue jewel Voice)で聞いてください。
http://www.voiceblog.jp/blue-jewel-7/280969.html

翼 集会での演奏

敢えて自費出版にしたため、市販はされていません。

『翼』、『風』の二曲が入って、1000円です。
購入希望の方は、下記連絡先に電話またはFAX、郵便などで連絡してみてください。

藤井音楽事務所 電話/FAX(03)5609-9217

                        E-MAIL   hideryofujii@yahoo.co.jp

                       136-0072 東京都江東区大島3-1-13

第一回ライブのお知らせ

翼(つばさ)in ライブ

日時:3月11日(日)
時間:12:30開場
   13:00開演

場所:四谷天窓(高田馬場)

チケット料:¥3300円
      (ドリンク含む)

先着70名限定
前売りのみ、当日販売無し
定員になり次第締め切り

申込先:藤井音楽事務所
    03-5609-9217(電話)
    03-3215-0862(FAX)
四谷天窓
169-0075
東京都新宿区高田馬場3-4-11
Baba hatchビル3F
    03-5338-6241

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2007年2月13日 (火)

SONG FOR MEGUMI

めぐみに捧ぐ歌(対訳)産経新聞2月12日記事より
 
  めぐみ何か話して。そしてもうすぐ私のそばにいるって言ってほしいわ。
 あなたのいない明日がずうーっと続くなんて思うと
 哀しみの涙があふれます。
 
  あなたは、まだ若い乙女なのに全ての夢を砕かれたのよね。
 そして別れの挨拶どころか何の言葉も無くいなくなったの。
 
  めぐみを私に返してください。
 荒ぶる大海の向こうより力の限り魂を叫びなさい。
 私の心なら必ずそれが聞こえるから
 そしたらあなたは家に帰るのよ。
 
  めぐみ、こっちに来て、あなたはどこに。
 風の中にあなたの声が聞こえます。
 
  めぐみを私に返してください。
 荒ぶる大海の向こうより力の限り魂を叫びなさい。
 私の心なら必ずそれが聞こえるから
 そしたらあなたは家に帰るのよ。
 私に返してください。
 私のめぐみを。

 
  ―――――――――――――――――――――――――
  ポール・ストゥキーさんのコンサートは、5月18日(金)19日(土)に文京シビックセンターで行われます。
 
  問い合わせ先
 電話 03-3407-2200
 ホーム・ページ
  http://www.paul-sanjapan.com/
  詳細は、ポールストゥーキー・コンサート実行委員会HP
  尚、今月、2月18日には、曙橋のライブハウスで横田夫妻に曲を披露なさるそうです。(一般入場不可)

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2007年2月11日 (日)

群馬の嘆き・民主党は答えよ!

総連との癒着・・・疑惑の民主党  (群馬救う会HPより)

総連から政治献金を受けていた。
 角田議員、ただ議長を辞任すれば済むことではない。
 民主党の方々、どうか疑惑を晴らしてください。
 どんな情報でもよい、関係する方々教えてください。
 前橋市・桐生市が、未だに総連施設に課税してないことは何か同様な後ろめたいことがあるのでしようか。
 
  民主党を信頼していたが、これでは余りにも酷い。
 旧社会党のことも、未だ明確にされてないのに。
 今、北朝鮮に政府として経済制裁をしているときに、民主党として、このことを明確にして欲しい。
 過去のことを明確にしてはっきり謝罪すべきではないのか。
 もしかして、拉致幇助にまで関わりがあるのではないですか。
 どうか、明確にしてくたさい。
 報道の指摘する疑惑に明確に応えて欲しい。
 このままでは酷すぎます。
 

救う会群馬の大野さんが嘆いています。
 救う会群馬は、横田夫妻のご友人として、代表の大野夫妻が、何とか手助けをとの思いで立ち上げられた会です。自民、民主とも県連などの支持を得て、多くの有意義な活動をしてきました。
 大野代表は、裏切られた気持ちなのだと思います。
 
  民主党は、つまらない言葉尻の揚げ足取りをしている場合ではありません。
 この問題は、拉致を隠蔽してきた日本政界の体質にもつながる、大きな問題です。
 きちんと答えず、やり過ごそうとするのなら、民主党は日本の政党とは言えない。
 
 旧社会党と同じです。 救う会群馬の勇気ある発信に敬意を表します。
 そして、民主党は、誠意を持って、徹底的に投げかけられた疑問に答えるべきです!
 
  県連としてでだけでなく、党本部も、きちんと答えを出すべきです!
 
  参照記事 角田参院副議長・政治資金記載漏れ:拉致被害者救う会・群馬、民主党に抗議文 /群馬 電脳補完禄さん

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2007年1月30日 (火)

中国には、日本が必要

ここに2つの新聞記事がある。

国産高速列車、旧正月ダイヤに導入 最高160キロ

            (「人民網日本語版」2007年1月26日

  今年の「春節」(旧正月)前後の鉄道の特別運行体制「春運」に、国産高速列車15台が導入される。うちCRH1型列車は5台(各車定員668人)、CRH2型列車は10台(610人)。鉄道部の王勇平報道官が25日明らかにした。

  春運期間中、これらの列車は上海鉄路局の管轄内の京滬(北京-上海)線・上海-南京区間と滬昆(上海-昆明)線・上海南-杭州区間、および広鉄集団の管轄内の広深(広州-深セン)線・広州東-深セン区間を運行する。最高時速は160キロに制限されており、通常の運行速度は110キロ以上になる予定。

  これまでの一般的な旅客列車は、機関車と動力のない客車とで構成されていた。今回導入される15台は各車に動力が備わり、双方向運転に対応できるほか、現代的なサービス設備も装備されている。中国では時速200キロ以上の列車に「中国高速鉄道」の英文「China Railway High-speed」を縮めた「CRH」で始まる略称をつけている。(編集KS) 

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中国大陸を「新幹線」走る はやて型列車が運行開始(Sankei Web)

 日本の東北新幹線「はやて」をベースとした中国のCRH2型高速旅客列車(通称「弾丸」)が28日、在来線の上海-杭州(浙江省)、上海-南京(江蘇省)両区間で運行を始めた。中国大陸での新幹線型車両による営業運転は初めて。

 当面は従来の列車と同じ最高時速160キロで走るが、4月のダイヤ改正後、全国の在来線高速化のために本格投入され、最高時速200-250キロにアップする予定。中国政府は北京-上海間の高速鉄道を年内に着工する方針で、高速化に向けた重要な1歩となる。

 この日の運転は、上海南駅-杭州駅(171キロ)間が5往復半、上海駅-南京駅(303キロ)間が2往復で、運賃は、それぞれ2等車が44元(約660円)、72元(約1080円)。

 杭州駅を朝出た一番列車(定員1220人)はほぼ満員で、ニュースで知り、「弾丸」列車の体験目的で乗った客も多かった。新幹線をベースにしていることを大半の乗客は知っていたが、反日感情を示す人はなく「座席がゆったりして、振動も少なく快適」「速度アップで生活が便利になる」と皆、満足げ。1993年にドラマで新幹線を見て以来あこがれていたという鉄道ファンの会社員(27)は「ついに新幹線が来た。地元の杭州から一番列車が出るのは誇りだ」と喜んでいた。

 列車は、中国の在来線高速化プロジェクトで川崎重工業など日本企業連合が2004年に受注した60編成の一部。日本側は3編成の完成車両を納入し、残りは日本側からの部品や技術提供により中国で生産し、段階的に国産化率を高める。(共同)

(2007/01/28 13:12)

――――――――――――――――――――――――――――――――

文章を良く見ると、同じことを日本と中国とで各々書いている。嘘は書いてない。最初の3編成は日本からの輸入だが、春節あたりから、走るのは日本側からの部品や技術提供により中国・国内で生産したものだ。即ち、中国・国産だ。産経は経緯を含めて書いているが、人民日報は、いきなり中国で生産する。全く知らない中国人が読んだら、中国の技術の発展を自慢とするであろう。隙あらば、他人の物でも自分の物と言う国である。

実態は、川崎重工業が開発した東北新幹線向けの新幹線「はやて」である。これが、上海-杭州、上海-南京を走る。更には北京-上海間の高速鉄道も計画されている。

いくら、国産にしようが継続的な技術開発、保守が必要となる。運用技術も難しい。中国の技術だけでは走れない。日本の技術が必要なのだ。日本の技術が無ければ中国の発展は無い。中国は、日本の技術という麻薬を飲んでしまった。一度、味わった麻薬は切らすわけにはいかない。鉄道、自動車、電機、環境技術も必要である。安倍首相が、靖国に行くとも行かないとも言わない、と言っただけで、にじり寄って来る理由は中国側にある。新幹線「はやて」の部品を輸出しなければ良いのである。半年も経たずに、中国の新幹線は走れなくなる。

中国に対して、日本はこれから好きなように言うことができる環境が出来つつある。
拉致事件の解決は中国がキーを持つと言われている。地政学的、政治的にはそうであるが、中国は日本無しでは存在できない。私たちは中国に対して圧力を加えることが出来る。

今まで、中国の宴席では政治の話はタブーであった。今や、中国の生殺与奪の剣は日本にある。構わない。北朝鮮の犯した拉致事件を前面に押し出して、議論をすれば良い。人権を絡めて話したら負けることは無いであろう。中国人は日本の技術を人質にとられたら、NOと言えないであろう。

結論は、中国は金正日を始末せよ、である。日本のメーカの諸君。中国に圧力をかけるのは君たちである。(momoedake)

蒼き星々メインボードより

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2007年1月27日 (土)

蓮池透さんの言葉

電脳補完禄さんの、下記の記事は、もうご覧になった方も多いと思いますが、改めて、全文ご紹介しておきます。
帰国した被害者も、手放しで幸せに暮らしているのではなく、苦しみを抱えながら、共に闘っていることを理解しましょう。

蓮池透さんの言葉(同窓会誌より)

信念持ってる弟 救出へ情報の活用を

蓮池透氏 ミニ講義

弟薫が帰って4年になりました。この間、同窓生の方々の支援に感謝を申し上げます。帰国当初の激励の言葉、特に堀井真吾さんらの朗読会など、大きな力になりました。
本人は野球が好きですから、やはり選抜高校野球が励ましになった。初の甲子園出場に、多くの方々と一緒に応援出来たのが良かった。試合に負けても、いい内容でした。
弟は、昭和53年7月31日、夏休みで1週間柏崎に帰って、拉致されてしまいました。市民プールと市民球場の間、中央海岸の人気のないところで、海岸をどっちに行こうか迷った。北(東の間違い)へ行ったので、拉致された。もし南(西)へ行ってたら、他の人が拉致されたでしょう。
当時から普通の海岸です。市民には、拉致の危険が身近に起き、本当に怖い(所となった)。成人同士の失踪で、事件性なしと、本気で捜索してくれなかった。横田さんのように、いろいろな遺留品もなかったし。捜査してくれなかった。あれだけの海岸に、市民もいたろうし、情報も得られたはずだのに。福井や鹿児島のように。
近況を申し上げますと、弟は毎日午前3時に起き、翻訳の仕事をして、昼新潟産業大へ。祐木子は市の保育園に通っています。長女は産業大に行き、当分自分の勉学につきたいと言います。長男は東京で一人暮らし。早稲田大で一生懸命勉強しています。
弟夫婦は、何としても向かってやろうという気持ちを持っています。着の身着のまま、何の将来の保証もないまま、帰国しました。
二人が、国に対してもっと(損害賠償など)訴えてもいいはず。24年間も無視されてきたのだから---と私たちは考えます。でも、弟はそれを言えない。24年間はもう取り返せない。これから24年を超える期間、国の世話になりたくないと。
母は、町など歩いていると「国がめんどう見てくれていいですね」と聞こえてきて、やりきれないそうです。風評は大変残念です。国の助けはいらない。自分で子供を育てる。失った24年を超えて育てる。そして、北朝鮮や日本を見返してやる(と思っているのです)。
これが5年や6年なら「責任を取れ」と言えるけれども、とても、そんな気は起きない。24年という長さに、とても勝てないのです。弟も先日の金正日の会見を見ていました。
帰国当時「北朝鮮はいい国だ。北はいいところだ。お出でよ」と盛んに言っていました。私は、おかしいと思った。こりゃ、東京にいてはだめだ。何しろ「米帝の協力で、日帝になど」といい、完全に洗脳されていたと思った。
それが、柏崎へ帰ったとたんに変わった。故郷の力、柏崎の力は非常に大きい。もし帰らなかったら、北へ戻ったと思う。
今弟と、まだ帰って来ない多くの方との間に、アンバランスが大きい。弟たちの帰国を、心の底から喜ぶことが出来ない。
それで母は、精神的に不安定になっている。どういう表情で、他人に向いていればいいのか困ってしまいます。喜んでいいのか。ブスっとしていれば、またいろいろ言われる。一時期、私もふさぎこんだ。自分たちは帰ってきたけれど、帰ってこれない人の事を考えると、心から喜べないのです。
これは、弟が一番考えていること、信念なのです。自分たちの持つ情報を、救出に使ってほしいと思っている。ただ公表すると、北朝鮮へ直ちに伝わり、対抗策や予防策を張られ、情報が何の価値もなくなると、考えています。
金正日の情報も、全てでなくても、良く知っていることはある。国や、まだ帰られない方の家族には、言っていることもあります。ただ公表すると、その人たちに危害が及ぶ恐れもある。自分たちと北と対局することになるし、情報の価値がゼロになってしまうかも。
自分たちの情報をもとに、早く国なりが補足して、まだ帰って来ない人を取り戻してほしい。表向きには、しゃべらない。そういう環境におかれています。
金正日との会見、韓国の人の面会についても、国や横田さんに情報を提供している(のが役立っているはず)。時間がたてばたつほど、帰らない方との間の格差が広がって、非常につらい。何とか早く、こういうことがなくなるように、ご支援をよろしくお願いします。

柏崎高校同窓会開放「とっこつ」2007年1月15日

参考記事:青梅集会 蓮池透さんの発言(2005/10/29)

※上記参考記事も、是非目を通してください。

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2007年1月22日 (月)

寒風・上野署名活動

 
 
大介さんの側で静かに署名活動を見守るエコー君

 
 
 
 87才の近藤のおじいちゃま 
 
 



 
 
 
RENKのジャケットを着て街頭活動を行うボランティアの男性
  今日の上野は、北風の中の署名活動でした。
 反応は? と言えば、なかなか厳しいものでした。
 エコー君と大介さんに勇気を貰いながらの活動。写真でご紹介している87才の近藤のおじいちゃまの、熾火のようにねばり強い信念にも、支えられています。
 
  蒼き星々掲示板で、大介さんがレポートしてくださっているように、暖かい声もいただきましたが、今日の反応は少し鈍い。
 『ボクは関心がある』といって近寄ってきた若いカップル。『北朝鮮はひどい国だ』と言うものの、『署名に意味があるのか』と聞いてくる。『何故、あなた達は直接北朝鮮に行かないのだ。そうでなければ、意味がない』と言う。
 
  色々説明しても、納得は行かないらしく、署名をせずに離れていった。
 
  街頭での活動は、こうして世間の風の冷たさや無理解と直面するときもある。
 
  <意味がない>と言われた署名活動を、何故私たちはやっているのだろう?
 誰のためでもない。拉致の認識を持てなかった過去の自分を振り返り、自分自身のために・・
 自分の無力さを感じながら、一人でも多くの人にこの問題に関心を持って貰いたいから。。
 
  普通の市民が、時間を割いて何とか継続しているこの活動。
 それを<意味がない>と、まだまだ思慮の足りない彼に言われても、私たちに出来る僅かな手段なのだから、仕方がない。
 それでも、たくさんの小さな力が集まって、現在の日本政府の姿勢があるのだと、言い聞かせる。
 
  立ち去っていく若いカップルが、今日ここ上野で私たちに意見を言ったことで、明日、拉致関連の記事やニュースに目を向けてくれることを祈りつつ、遠ざかるその背中を見送る。
 
  寒風の中、ポケットから出した手をすりあわせ、署名を書き、『寒い中ご苦労様』と言ってくれる人もいる。
 その声に励まされながら、上野の署名活動は継続されていく。
 

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2006年12月27日 (水)

「たまてばこ ほら」公演にあたり若宮さんからのご挨拶

ご挨拶


拉致問題を扱う。タイトルは・・・「だまてばこ、ほら」
すぐに浮かんだ。台本の執筆は、この無意識のイメージを埋めていく作業であったと思う。
皆さまも、ぜひ開演前に、ちょっと、このタイトルから、色々想像していて頂きたいと思う。
照明ざんの、"私には、「芝居」の何たるかわわかりません。"に対して、演劇人の私から定義するとしたら、そんな感じかな。
非常に抽象的でスミマセン。

  何本芝居を書いても、無意識にあるものは今回も変わらず、やはり"父"。そして"家族。
私の産まれる3週間ほど前に、私は父を失っている。中盤に石川啄木の臨終の場がある。身重の妻節子は、母に重なる。
  小学校入学の時、新しい父親が出来て、実の親では出来ないほどの愛・「慈悲」のような愛で私と姉を育でてくれ、妹も出来た。
最初にでてくる「浜田家の」父親をめぐる姉妹喧嘩は、本当にあった私と妹での出来事が元になっている。

  増元るみ子さんのお父さん・正―さんの娘に対する計り知れない愛と、無念を描くことが出来ただろうか。正―さんほ、「日本を信じる」とおっしやった。私の信じる「演劇の力」は、被害者のご家族の思いを表現することができるだろうか。
  皆さまのご感想を伺って、この芝居が拉致問題早期解決に少しでも役立つならば、演劇人として生きてきた甲斐もあるし、私のわがままに翻弄され続ける母も納得してくれるかもしれない。
 
女優: 若宮優子  作・演出 :朱宮理恵

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「たまてばこ ほら」

26日、午後2時からの、公演に行きました。
 参照(若宮優子と仲間達
  momoedakeさんが、紹介してくださっているとおり、昨日は、増元照明さんのトークセッションなどもあったそうですが、今日は、横田夫妻が、観劇され、終了後に舞台で若宮さんと感想や、今のお気持ちなどをお話になりました。 会場は満席、マスコミ各社の取材も多く、テレビ、新聞、通信社のほとんどが取材にきていました。
 
  「てんびん座」の舞台とは又違った形で、オムニバス形式、浦島太郎伝説の<たまてばこ>に絡めて、吹上浜から拉致された、増元るみ子さん、市川修一さんを中心に描いています。 様々な工夫がされており、滋さんも舞台後おっしゃっていましたが、普通のドラマというわけではなく、新しい表現方法をとっているので、最初は判りづらいかもしれません。けれども、イメージを大切にした演出は、後半にいくにつれ、迫力を増してきます。
 
 若宮さんが演じる、市川龍子さんは、ご本人の迫力のある言葉を、抑えめに表現しながら、その抑えめの言葉が、みるものの心に深く突き刺さってきます。 最後に、増元るみ子さんのお姉さま平野フミ子さんの手紙が朗読され、いつしかその声が、平野さんご本人の声に変わっていきます。深い思いやりと再会の願いを込めた平野さんの声が会場の涙を誘い、幕になる演出。
 
  年末ですが、明日、あさっても公演があります。お時間のある方は是非お出かけください。
 駅を下りて直ぐのビルです。
 
  市川龍子さんの歌参照:Blue jewel市川龍子さんお歌(1)  

                 市川龍子さんの歌(2)   
 
  ・彼の国へ飛んで行きたい今すぐに 翼が欲しいと母の声かな 
  ・老いてゆく我が身に鞭を打ちながら 愛しい吾子を抱く夢見て 
  ・風に舞う花の吹雪に君思う 我が家の桜も君を待ち続け 
  ・弟よ君の姿を追い求め 声を嗄らして今日もまた
  ・どこに我が子がいるのかと 捜しましたよこの母は 
  ・すがる術ないしがらみで 涙こらえる忍冬(すいかづら) 
  ・星も凍てつく雪山に 母はひな鳥捨て置かぬ 
  ・腹を痛めた可愛い子を 命かけても連れ戻す
  ・千里万里はいとわない 可愛い我が子に会えるなら
  ・親子絆の赤い糸 手繰り続ける歯がゆさよ 
  ・これが地獄と言えぬなら 他に地獄がありますか 
  ・生きて子どもが帰るまで 望み捨てずに春を待つ  
  ・巡り来る凍てつく冬の到来に 断じて生き抜け春を信じて
  ・北の果て木々(木々だと思うのですがここだけはっきり聞き取れず)を偲びて  
  ・幾年(いくとせ)か 老いたる母のしわの重さよ 
  ・故郷(ふるさと)に想いを馳せる弟よ 救いの手立てにいらだち募る 
  ・遅々として進まぬ異国の話し合い 老いたる母に笑みの来る日は 
  ・彼の国へ飛んで行きたい今すぐに 翼が欲しいと母の声かな 
  ・老いていくわが身に鞭を打ちながら 愛しい吾子(あこ)を抱く(いだく)夢見て 
  ・彼の国で助けを求める弟に 届けとばかりに声を枯らして 
  ・またしても騙され続ける日本国 国家の誇り取り戻せ今
 
  若宮さんは「日本を信じる」とおっしゃって亡くなった増元正一さんのことばに、演劇でこたえようとなさっているのだと思います。 若宮さんのご了解を得て、講演後ロビーで撮影をさせていただきましたので、ご紹介しておきます。中山成彬・中山恭子ご夫妻からの花も飾られていました。若宮さんは宮崎のご出身で、演劇の企画も、中山さんご夫妻に目を通していただいたとお聞きしました。
 
 
 横田夫妻と若宮さん 
 
 公演後、ロビーで取材を受ける横田夫妻
 
  中山成彬・恭子夫妻からの花 
 
  救う会鹿児島のブルーリボン

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「たまてばこ、ほら」公演によせて

下北沢で公演されている「たまてばこ ほら」の演劇によせた増元照明さんの文章をご紹介します。

「たまてばこ、ほら」公演によせて

  るみ姉が突然いなくなって、28年という月日が過ぎてしまいました。いつも笑顔で迎えてくれた姉がいなくなったことで、家族の間で本当の笑顔が消えてしまいました。それ以降の家族にとって、るみ姉の不在が信じられず、不可思議な思いの申で不透明な時間が過ぎていったように思います。めぐみさんの事件が発覚するまでの19年間、私たち家族は、るみ姉の話しをすることすら憚られる日々が続いていました。
  家族会が緒成きれ、漸ぐ自らの手でるみ姉の救出の道を切り開ける喜びを感じていましたが、同時にそれまでの国家というものが、国民の不在に対して、非常に冷淡であったことを知るようになりました。それから正に、るみ姉を拉致していった北朝鮮・金正日政権と、国民を救出しようとしてこなかった日本国政府との闘いを強いられてきました。国民に訴え、メデイアに訴え、あらゆる機関に訴えで、それでも救出できないジレンマに苦しみを覚えるようになっていました。あの時期は、家族の中にも「諦め」に似た感情が湧き出していたのではないでしょうか?
  米国ブッシュ政権になり、それまでの状況が激変し、2002年の 「平壌首脳会談」の実現を見ることにより、認めるはずのなかった 「金正日の拉致認証」という事態から、日本中の皆さんに、私達家族の苦難を知っていただくようになりました。それでも尚、るみ姉の帰国は実現していません。
  父は4年前、愛する「るみ子」の笑顔を見ることなく他界しました。死に直面した父の言葉は、「日本を信じろ!」というものでした。それは、日本政府ではなく、日本の国、又、日本国民の力を信じろというものであったと理解します。国民のカが、必ず娘を救出してくれるとい うものであったと理解しています。国民の力が、必ず娘を救出してくれるという信念に似たものであったろうと考えます。
  私には、「芝居」の何たるかわわかりませんが、この作品を通じて、皆さんに、「家族というもの」「国家というもの」を考えていただけるとありがたいと思います。
   かれらの不在に対して、関心を持ち、彼らを忘れないで欲しいのです。
  理不尽な行為の下で、今も苦しむ 「貴方の家族」がいるということを!

北朝鮮による拉致被害者家族連絡会事務局長  増元照明

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2006年12月25日 (月)

Xマスイブ・上野

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 継続の力を感じさせる署名活動、上野。
今日は今年最終日と言うことで、ご挨拶だけでしたが、伺いました。
寒い中、7名ほどでの署名活動。もう、ここは定例、いつもやっているということが、街ゆく人にもよく理解されています。地道に、ねばり強く署名活動を行っているみなさんに、敬意を表します。

街は、クリスマス・イブ、めぐみさんは、家族と一緒にクリスマスケーキを食べられなくなって、もう30年です。
毎年のように、「早く帰ってきてね」と言う願いを込めて小さなケーキで祝う、横田家のクリスマスは、今年を最後にしなければなりません。

それは、多くの特定失踪者も同じ事。
それぞれの家庭でそれぞれの思いで、クリスマスを迎えているはずですね。

それでも、願いは、一つ。家族との再会。
松本京子さんのお母様の、「もう、こんな年になってしまいましたが、それでも、あの子にあえるよーに、頑張っていかんとね・・」という言葉は、被害者の親の世代、共通のことばです。

クリスマスの空に、綺麗な星が輝いています。

救世主の待つ場所を指し示してくれた大きな星は、きっと今も空に輝いているはずです。
同じ星をみつめる被害者のみなさんにも、ささやかな幸せがありますように。
必ず家族の元に導いてくれるはずです。

見つめる星が、きっと願いを叶えてくれると信じてください。

「来年こそは!」と、全員の奪還を誓った、署名活動でした。

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2006年12月16日 (土)

「拉致被害者救出を目指す日米連帯同時集会」渋谷

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「拉致被害者救出を目指す日米連帯同時集会」渋谷
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「ワシントンDCらち連絡会」からの呼びかけに呼応し、「大阪ブルーリボンの会」や各地域での街頭活動と連帯して、
「さくら草奔会」と、「蒼き星々」は、12.16東京ブルーリボンの会としてこの集会を企画・推進します。
活動は、渋谷ハチ公前付近で、ワシントンと同時刻街頭行動を行います。

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日 時:12月16日(土)午前10時より12時
場 所:渋谷ハチ公前付近
発起人: 北朝鮮に拉致された日本人を奪還する地方議員の会 

      代表:土屋たかゆき
連帯団体:ワシントンDCらち連絡会、大阪ブルーリボンの会
横田夫妻をはじめ拉致被害者家族を支援する群馬ボランティアの会
しおさいの会、特定失踪者問題調査会、拉致問題を考える川口の会 他多数
企  画:12.16東京ブルーリボンの会(さくら草莽会、蒼き星々)

活 動 内 容
◆ ブルーリボン配布
◆ チラシ配布(12.16東京ブルーリボンの会から/救う会/特定失踪者問題調査会/人権擁護局などのチラシを予定)
◆ 特定失踪者を含む全ての被害者奪還と北朝鮮人権侵害問題を訴える
◆ 川口の会の協力を得て、特定失踪者のパネルの掲示
◆ 拉致被害者パネルの掲示

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ボランティアの募集
 当日参加できる方は、kagayaki@mail7.ph までご連絡ください。
集合は午前9:30 ハチ公前です。
詳細はメールにてお知らせします。

人権週間には多くの企画がありますが、最終日、一般市民の活動で、更に拉致問題への理解を深め、北朝鮮の人権問題を世論に訴える活動に積極的に参加してくださいますようお願いします。

尚、当日連帯して行動するグループに関しては、
<A ワシントンDCらち連絡会のホームページに掲載されています。

サイト、ブロク管理者のみなさまへ
この活動にご理解を頂き、告知に御協力いただけるサイトを募集します。
渋谷を含め、各地の街頭集会、街頭行動を告知してください。
特定失踪者を含む拉致被害者全員の奪還に結びつけましょう。
北朝鮮の人権問題を訴え金正日政権の非道を訴えかけましょう。
賛同のサイトのみなさんの書き込みをお待ちします。

;リボン制作者募集

配付ブルーリボンは掲示板他の呼びかけに応じてくださった方が作成してくださっています。
リボン作成に参加してくださる方も継続して募集しています。10個でも20個でも結構です。
貴方の作成したブルーリボンが、渋谷の人々に拉致被害者奪還を訴えかけます。
Card

 
 
 
 
 
 
 
 
 

◆ブルーリボンと一緒に配付されるカード(改善あり) 
  Ribon
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ◆ブルーリボンのパッケージ(モデル)

 

みなさまのご理解と、御協力をどうぞ宜しくお願いします。

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2006年12月13日 (水)

小川晴久先生から、集会の意味と参集のお願い

小川晴久先生から、集会の意味と参集のお願い

  ◆《啓発週間と強制収容所問題》 
 まもなく第一回北朝鮮人権侵害啓発週間がやってまいります。今年六月十八日、日本版北朝鮮人権法が議員立法で成立し、その中でこのような週間(十二月十日~十六日)が設定され、国レベルだけでなく、地方自治体も取り組む努力をすべきことが法律で決められました。この点を高く評価するものです。
 
  さて、北朝鮮の人権侵害を理解するに当たって、私たちはその根幹にある強制収容所の存在とその役割を理解し、その廃絶を真っ先に追求することの重要性をこの十三年間訴えてまいりました。その意味で、啓発週間の中でも強制収容所問題をとりあげる集会を必ず単独で開く必要があると考え、準備をしてきました。強制収容所の存在、残忍なその内容とその役割(全体抑圧の中での機能)、その廃絶の緊急性とその方法について、明らかにするつもりでした。勿論そのことに変わりはありませんが、新しい自体が発生しました。新しい段階に入ったと言っても良いでしょう。去る十月九日の北朝鮮による地下核実験の実施です。
 
  ◆《地下核実験の意味するもの》 
  今回の地下核実験がミサイル(テポドン)発射実験の直後に行われた関係もあり、一般の関心も私自身も、事実か否かとその規模に集中していました。しかし、放射能物質が上空で検出されたという報道から十日以上もたって、私は大量の放射能物質が北朝鮮の地下に大量に放出されたこととそのことの意味に気づくようになりました。微量ながら上空で検出されたということは、やがて地上に出てくるであろうし、地下水は確実に汚染されている。厚い岩盤のある所や厚いコンクリート壁をつくろうと、また山岳地帯であろうと、地下土壌と水を汚染したことは間違いない。金正日は自国の地下に大量の放射能物質を放出し、自国の土壌の放射能汚染化を自ら始めたことになります。
 
 核がなぜ抑止力になってきたかを考えると、広島、長崎の惨劇が雄弁にそれを立証します。放射能で汚染化された土壌の上で人々は健康な生活と生命を維持することはできません。アメリカや旧ソ連が大量の核爆弾をもっていても、それを行使していないのは、子々孫々に及ぶ生命破壊力ゆえです。しかし、金正日は自国の地下を核実験によって汚染したのです。自国の地下に核爆弾を打ち込んだのです。金正日は核の恐ろしさについての知識がないとしか言いようがありません。自国の土壌の核汚染をも辞さない人物が、他国に核を打ち込まないという保証は全くないことが、今回の地下核実験で立証されたのです。まず北朝鮮土壌をこれ以上の核被爆化から守りましょう。自国の土壌を核汚染化してまで、体制を守るというのは、死の上に生を築くというもので、その論は完全に破綻しています。朝鮮半島の非核化を金正日自ら破ったことを「東アジアに平和の家を」と叫んできた太陽政策派の人たちは直視し、自分たちが甘かったことを猛省すべきです。
 
  ◆《「完全統制区域」の強制労働の関わり》 
 ショッキングなニュースがもう一つ飛び込んできました。地下核実験場作りに、強制収容所、とりわけ「完全統制区域」の政治囚が長期にわたって使われていた可能性についての証言です。今回講師に招く耀徳(ヨドック)収容所体験者の姜哲煥(カンチョルファン)氏が十月十七日のテレビ朝日のインタビューの中でその関連の可能性について言及されたことを知りました。今回の実験場、“豊渓里”の近くに化城(ファソン)強制収容所(第十六号管理所)があります。そこは今や女や子供や老人たちしか主に残っていないという証言もあります。地下核実験場作りは一九八〇年代半ば頃から始まったともいわれます。うかつでした。一度入ったら二度と生きて出てこれないという「完全統制区域」の政治囚の人たちの運命を考え続けなかったことは、全くうかつでした。急遽一二月十三日の集会のテーマを「地下核実験と強制収容所」と変えることにしました。人間の生きたいという本能を利用して死のシンボルである地下核実験場を掘らせ、核実験を準備し、敢行し、彼等をも殺す。ここには金正日の二重・三重の残忍な悪行がみてとれます。
 
 まず強制収容所の存在、「完全統制区域」の囚人たちの存在を知り、その査察をし、その施設を廃絶することです。当日はその方法についても考えます。皆さん、お集まりください。力を合わせましょう。
 
  第一回北朝鮮人権啓発週間-強制収容所問題講演会-案内資料より
  金正日地下核実験と強制収容所
 ~金正日強制収容所廃絶の緊急性
 12月13日(水)午後6時30分~ 東京永田町 星陵会館にて
 

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2006年12月11日 (月)

北朝鮮の核実験と強制収容所ネットライブ

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上記の画像の通り講演会が行われます。

詳細

第一回北朝鮮人権侵害問題啓発週間 強制収容所問題講演集会

北朝鮮強制収容所廃絶の緊急性

日時:12月13日(水)午後6時半開会
場所:星陵会館(地下鉄「永田町」5分)

■北朝鮮地下核実験と完全統制区域政治犯
 核実験用の地下トンネルを掘らされたのは・・・
 講師:姜哲煥
 
■北朝鮮の全体主義体制と強制収容所
 講師:小沼堅司(専修大学法学部教授)
 
■金正日の犯罪と全世界の対応の道
 講師:小川晴久(二松学舎大学教授)
 
参加費:1,000円(学生500円)
主催:北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会

非常に大切な講演会が、北朝鮮人権週間12月13日に行われます。
たくさんの行事に挟まれて、まだ多くの人に知られていないようで、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、小川晴久先生も告知にご苦労なさっているそうです。

強制収容所体験者である、姜哲煥(カンチョルファン)さんが、ソウルから来日され強制所問題の重要性について話してくださるそうです。

今回の核実験に強制収容所の完全統制区域の政治囚たちが重大な関わりを持たされた可能性 について姜哲煥(カンチョルファン)さんが証言する貴重な集会になります。

核実験の実験場を作るために、強制収容所完全統制区域の政治囚を10数年に渡って使い、殺している可能性 を思うと、金正日の残忍性、犯罪性は想像を絶するものであり、この著しい人権侵害を訴えることは、金正日政権の崩壊、排除に向かって世界が心を一つにするきっかけになるはずです。

拉致問題を含む全ての北朝鮮問題に関心のある方のご参集をお願いします。

尚、この集会は、インターネットで中継をします。

アドレスは(http://www.netlive.ne.jp)です。

12日の人権サミットも、このアドレスで中継されますので、ご利用ください。
ネットを通じて東京以外の方もご覧いただけますので、どうぞお友達や関心のある方に伝えてください。

この集会を知らせるために小川晴久先生から、資料とお手紙を頂きました。
NET上ではありますが、御礼と感謝を申し上げます。

このお話を知り、政治犯収容所に拉致被害者が収監されている可能性を考えると、私は、血の凍るような思いがしました。

北朝鮮の人権問題を総合的に認識していかなければ、拉致問題も解決しない。
今回の北朝鮮人権週間は、本当に気を引き締めて取り組んでいかなければならないと思います。
皆様もどうぞ御協力ください。

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2006年12月 7日 (木)

ふたつのリボン

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  今日二つのリボンが届きました。
  左側の小振りなリボンは、以前上野で署名活動に参加してくださっていた方が作られた物です。控えめで、芯がしっかりしていて強い信念を持っていた方とお聞きしています。私自身は面識がないのですが、その方の拉致解決への想いがこのリボンに込められているのを今日、このリボンをみて感じ取ることが出来ました。こぶりですが、しっかりと接着され、丁寧に作られたことが、みただけで直ぐに判るのです。今は天国にいる彼女の貴重なリボンも、今回の渋谷で配付されることになります。きっと強い願いを伝えてくれることと信じます。
 
  右側のリボンは、12月16日の渋谷での活動を絶対に成功させると力強いサポートを申し出てくださっている男性の方が、慣れない針を使って一生懸命作ってくださった物です。リボンを触ると、いつも頑丈そうな体躯で頑張っているこの方の中にある優しい心が指先を通じて伝わってきます。 二つのリボンは、それぞれにその作成者の心を私に伝えてくれます。本当に貴重なリボンです。 12.16には、このリボンを配るために、このリボンを受け取るために、どうぞ渋谷にお出かけください。 多くの心のこもったリボンが集まってきています。それぞれの拉致解決への想いが、渋谷から大きく広がることを願って止みません。 二種類のリボンに、心からのありがとうを!!

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2006年11月25日 (土)

『アブダクション』=『めぐみ 引き裂かれた家族の30年』初日レポート

渋谷シネマGAGA(公園通りディズニーストア上階)で初日を迎えた『アブダクション』=『めぐみ 引き裂かれた家族の30年』の二回目上映にいきました。

一回目の終わりと、二回目の始めに、横田夫妻、増元照明さんの舞台挨拶があると聞いて駆け付けてみました。

公園通りシネマGAGAは、コンパクトな上映館ですが、駅からも近く便利なところです。

映画は救出運動の初期から現在までを丁寧に追っており、2002年9月17日以前の厳しい戦いの様子も描かれています。

  舞台挨拶で、 滋さんは、「ここまで救出活動の支援をしてきてくださった心ある皆さんのおかげで頑張ってこれました。こうして映画というかたちでもっと多くの方々に知っていただく機会ができたことはありがたい。めぐみをはじめ拉致された人々全員を取り戻すまで応援をお願いします」と。早紀江さんは、「長い間、拉致の問題を無視放置してきたこの国は一体なんだったのでしょうか。この映画は、私たちが命がけで闘ってきたことや、拉致が日本や世界にとってどんなものなのかがお分かりいただけると思います。こうして皆さんの後押しで政府も本気で動くことになりました。これからもご支援をお願いします」と。 増元さんは、「この映画の話が出たとき、監督に個人の生活の場のシーンは困ると言ったのですが、熱意に押されて遂に応じました。出来上がってみると全体が一つの(本物の)物語になっており、初めて見る方にとっても、一体なにが起きたのか、如何に長い時間が費やされてきたのかをお分かりいただけると思う。私はアメリカで5回、日本で試写会を5回観ましたが、回数を重ねるごとに涙の量が増えています。 今後も拉致された姉や皆さんが全員帰国を果たすまで頑張ります」と述べられました。   

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これは、映画館で配付されているチラシ。

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  映画館外 Gaga2_1

 
 
 
 
 
 
  
 
 チケット売り場上部 Imgp1156
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 会場内メッセージボード

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  上記画像は、会場内で販売されているプログラム(一部1000円)
 わかりやすい内容で、記事も豊富、お奨めです。

出来るだけ多くの人がこの映画をみることで、更に関心を深めていただければと思います。

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『めぐみ-引き裂かれた家族の30年』上映スケジュール

11月25日から、シネマGAGAで上映される『めぐみ-引き裂かれた家族の30年』の
上映スケジュールです。早朝の上映が多いようですが、全国展開です。

上記画像で公式サイトに飛べます。

GAGAUSEN

東京      銀座テアトルシネマ        03-3535-6000
東京      シネマGAGA!             03-3462-2539
東京      テアトルタイムズスクエア 03-5361-1937
東京     T・ジョイ大泉                  03-5933-0141
神奈川    109シネマズMM横浜  045-664-0199
神奈川    109シネマズ川崎         044-520-0109
大阪      梅田ブルク7                  06-4795-7600
大阪      シネ・リーブル梅田     06-6440-5930
京都     MOVIX京都                 075-254-3240
兵庫   シネ・リーブル神戸          078-334-2126
愛知   ゴ-ルド劇場                  052-451-0815
愛知     109シネマズ名古屋         052-541-3121
福岡      シネテリエ天神               092-781-5508
北海道    スガイシネマプレックス札幌劇場     011-221-3802
東京   立川シネマシティ          0425-25-1251
千葉  エクスワイジー・シネマズ蘇我    043-209-3377
千葉   京成ローザ10                        043-225-6312
新潟   T・ジョイ新潟万代                   025-249-4555
新潟   ワ-ナ-・マイカルシネマズ新潟     025-230-8787
大阪  MOVIX堺                               072-226-4803
大阪  109シネマズ箕面                   072-723-6109
奈良    MOVIX橿原                          0744-20-1720
岡山  シネマ・クレール丸の内             086-231-0019
広島  広島バルト11                        082-561-0606

香川  高松ホ-ルソレイユ                 087-861-3366
福岡  T・ジョイ久留米                      0942-41-4158
福岡  T・ジョイリバーウォーク北九州    093-573-1569
佐賀    109シネマズ佐賀
熊本     熊本電気館                          096-352-2121
大分     T・ジョイパークプレイス大分    097-528-7677
宮崎    宮崎キネマ館                       0985-28-1162
鹿児島  鹿児島ミッテ10                099-812-6656

http://www.gaga.ne.jp/

◆上映時間早朝の一回のみのところが多いようです。
 各上映館に問い合わせをしてみてください。 

入場者が多ければ、上映回数が増えることもあります。
今後変更などもあるでしょうから、GAGAのサイトでチェックしてください。

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2006年10月31日 (火)

邦人保護~希望~

中山恭子さんは、各地で邦人保護という立場で拉致事件の解決は政府の責任で行わなくてはならないと、そのために世論の支持が必要だと訴えています。
中国からの石油が止まった北朝鮮。夜明かりも無く、これから厳しい寒さを向かえる季節。
拉致被害者はどんな暮らしをしているのでしょうか?

どんなに苦しい暮らしでも、食料が乏しくても、明かりが無くても、生きて待つ気力を失わないように、救出への望みを失わないように、日本からの発信は重要です。邦人保護の観点からも、情報を流し、生きる希望を持ってもらうことは大切なのです。彼らが希望を失ってはいけないからです。

NHKによる報道は、『邦人保護』=『希望を持ってもらうために』=『命を失わないために』必要だと私は思います。
これは実質的に『要請』であると総務大臣も見解を示しています。

NHKへの『命令』という言葉に、反発する人たちに問いたい。もし、情報が流され無いことで、希望を失ってしまう人が出たら、そのときあなたは、責任が取れますか?

無理やり家族から引き離され、非道な国家で精神的にも追い詰められ、肉体的にも厳しい状況で、20年、30年を生きながらえて、もうすぐ帰還できるかもしれないのに、その希望を、電波で伝えられなかったことで、もし拉致被害者がこの時期に命を失ったら、どうやって責任を取るのでしょう?

放送命令という言葉であっても、内容には口を出さないと言っているのに、なぜそこまでNHKによる報道を阻止しなければならないのか、私は彼らに聞いてみたい。

情報を流させないことによって、
<実質的殺人>
    を犯すことになっても、

守るべきは
<形式的報道の自由>
    だと言うのですか?と。

報道の自由とは何なのか?命より重いものなのかと、問いたい。

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2006年10月15日 (日)

チェコのハヴェル元大統領 Time to Act on N. Korea と題した北朝鮮の人権問題についての論説

チェコのハヴェル元大統領の Time to Act on N. Korea と題した北朝鮮の人権問題についての論説の訳を掲載します。
ハヴェル氏が極東から遠く隔たった地にありながら北朝鮮の人権問題に深い造詣と関心と怒りをもっていることに驚かされます(ハヴェルがブッシュに成り代わって書いているかのようです)。
論説には「拉致」の言葉こそ出てきませんが、北朝鮮と周辺国の何を問題視し北朝鮮にどう対処すべきかについてのハヴェル氏の考えは、我々の考えと同じです。
また、二年以上前の論説でありながら、今のこの時機にぴったりの内容です。もっともそれは、二年たっても事態が好転していないからなので、 憂うべきことなのですが。

参照: ハヴェル大統領の北朝鮮人権問題についての論説

今こそ北朝鮮に対して行動を起こせ

ヴァーチュラフ・ハヴェル(元チェコ共和国大統領)
ワシントンポスト2004年6月18日

ルドルフ・ヴルバとアルフレッド・ウェツラーのアウシュビッツ収容所からの脱出のことを世界が知ってから60年になります。
ヒトラーのユダヤ人抹殺のための収容所の存在を明るみに出した脱出です。
彼らの証言により民主主義世界の代表的国々は、戦後になっても、信じたくないような事実に直面させられることになりました。
ヴルバ、ウェツラーら沢山の目撃者のお陰で、ナチスの「最終解決」の恐ろしさと規模は広く知られています。

ホロコースト同様ソビエト共産主義の罪悪と野蛮な実相も、ケストラーやソルジェニーツィンらの著述で略述され理解されています。
人間性に反する大罪を目撃証言によって暴こうと試みる人たちがどの時代にも世界のどの地域にもいるということは幸いなことです。
たとえば、リティ・パニュはクメール・ルージュの恐怖を描き、カナン・マキヤはサダム・フセインの野蛮な刑務所について詳述し、ハリー・ウーは中国の強制労働収容所での労改(労働改造)制度の濫用を知らしめようとしました。

今日では、中共経由で自由韓国に到る惨めな逃避行を生き延びた何千もの北朝鮮難民の証言が、北朝鮮独裁制の犯罪性を物語っています。抑圧の存在は、最新の衛星写真によって確認・立証されています。衛星写真は、北朝鮮で強制収容所制度が機能していることをはっきり示しています。「管理所」すなわち政治犯の労役のための群居地が20万もの囚人を収容し、囚人らは、ソビエトのグーラグ(強制収容所)制度下の何百万の囚人がそうだったように、日々を辛うじて生き延びるか、生き延びれずに死んでいます。

朝鮮半島北半は、世界最悪の全体主義的独裁者によって統治されています。この男のために、数百万の人命が失われたのです。この男金正日は、父金日成の死後、その共産主義政権を受け継ぎ、個人崇拝強化を続け、その計画経済と「主体思想」というナショナリズムと自立主義を混合した国家イデオロギーとが国に食糧不足を招いているというのに、世界最大級の軍隊を持ち続け、大量破壊兵器を生産しています。北朝鮮政権の犠牲者は何百万にも達します。

絶望した北朝鮮国民何十万もが軍隊と警察の警備をかいくぐって中国に脱出しましたが、中国政府は国際条約に反してこれら脱出民の難民認定を拒み、中国官憲は、国連難民高等弁務官事務所が中国国内の北朝鮮国民と接触することを妨害しています。中国政府は、国境沿いの森で北朝鮮難民狩りをし、難民を北朝鮮に送還しています。彼ら難民の旅路の果ては「管理所」です。こういうことがみなたった今起きているのに、世界は手をこまねいています。

韓国に辿り着ける幸運な難民もいます。しかし彼ら難民が韓国に居るということは、「太陽政策」と表向き呼ばれる韓国の政策にとっては目障りなことです。太陽政策というのは、善意と言い条、譲歩と慰撫を絶え間なく行なうことを基本とするものです。この政策に韓国は何億ドルも費やしていますが、それは無辜の人命を救おうという努力の役には立ちません。太陽政策はつまるところ、平壌の指導者の権力の座を守るだけです。

金正日には、巨大な軍隊や核兵器によって、また長距離ミサイルや兵器・軍事技術を世界中の同好の独裁者へ輸出することによって、世界を恫喝するという能力があります(訳注:皮肉です)。金正日は、外国から畏敬され、世界屈指の強力な指導者と認められたいのです(訳注:これも皮肉です)。金正日は国民を餓死させることを厭わず、自らの統治への忠誠をいささかでも躊躇う素振りを示す者を粛清するために食糧不足を利用しています。金正日は恫喝によって食糧や石油をせしめ、それを自分に忠誠な者(その第一は軍隊)だけに分配するのです。

驚いたことに、国連人権委員会が北朝鮮政権の酷い人権侵害を批判したことは、委員会創設以来二回しかありません。北朝鮮政府が人権委員会の勧告をまだ何も実施していないという事実には、それほど驚きはしませんが、心穏やかではいられません。

今こそ、世界の民主主義国(EUや合衆国や日本や韓国)は同じ立場に立つべき時です。全体主義的独裁者には譲歩しないということをはっきり示さなければなりません。今後の平壌との話し合いでは基本的人権の尊重を必ず議題にすると明言しなければなりません。金正日やその同類に通じるのは、断固とした態度、不屈の精神、強硬な交渉のみです。

蒼き星々メインボード閑居さんの投稿より

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2006年10月13日 (金)

ブッシュ大統領のコメント(2006/10/12)

(ゆるりさんの投稿より)
   ホワイトハウスのホームページに今朝の記者会見の内容がビデオと共に掲載されています。 横田早紀江さんとの会見について触れた部分です。

≪英文≫

You know, one of the most meaningful moments of my presidency came when a Japanese mother came to the Oval Office to talk about what it was like to have her daughter kidnapped by North Korea. You can imagine what that was like. It broke my heart. And it should break everybody's heart. But it speaks to the nature of the regime. And, therefore, we -- I am convinced that to solve this
diplomatically requires more than just America's voice.

ホワイトハウスホームページ

≪閑居さんの投稿より和訳≫

私の大統領在任中で最も有意義な時の一つは、日本人の一母親がオーバルオフィスに来て、自分の娘が北朝鮮にさらわれたということがどういうことであったか話してくれた時でした。
それがどういうことであったか皆さん想像できますね。
とても悲しい話でした。
誰が聞いてもとても悲しい話に違いありません。
でもそれが、北朝鮮政権の本質を物語っているのです。
ですから私は、北朝鮮に反対する声がアメリカだけでなく多くの国々から上がることが、これ(北朝鮮の人権侵害)を外交的に解決するために必要だと確信しています。

参考ニュースNHKニュース

蒼き星々メインボード より

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2006年10月 8日 (日)

『理念の逆転』と『感性の逆転』須藤久監督

『理念の逆転』と『感性の逆転』
                須藤久著
 「破邪顕正の浪曼」1974年第一版  三一書房より

『理念の逆転』と『感性の逆転』

またしても、一人の若者が病院の前に捨てられた。約2年前の海老原君は中核派の手によって捨てられ、今度の川口君は革マル派の手によって捨てられた。二年前、革マル派は大量のアンケートを主として知識人達に配って間接的に中核派の非難をもくろんだ。
 が、今度は自らがその立場に立った。目には目、歯には歯と彼等は言っているが、物はいいようである。今度のは、この言葉に値しない。こんなのは目くそ鼻くそを笑うという。
 赤軍派の隣地殺人事件の時に反スターリン主義を掲げる両派は、それぞれ大衆的、組織的な革命ビジョンを持ち得ない者の末裔と評した。
 当然のことながら問題はそんなところにあるのではない。問題は、『人殺しが平気で行える感覚を持てなければ革命家とはいえない』などという『感性の逆転』にこそあるのだ。

「14名もの大切な仲間を私は殺してしまった。『なぜ殺してしまったのか』『私はこんなために闘おうとしたんじゃない』と解決の付かない疑問にどうして良いのか解らなくなります。しかし、私がここで錯乱してはいけない。私がなぜ殺したのかここで必死に考えることを止めたら、14名の死者、そして今殺人犯として捕らわれている仲間の犠牲があまりにも無意味になる。これだけ大きな誤りを犯してしまった今は、すべての重みを心に受け止めるようにしたい。
私はこれおから明らかにする事実は、徹底して冷酷であり、人間性のひとかけらもないものです。この事実を私はいまでは、認めます。しかし、3月の中旬ごろまでは、これほど冷酷であり、絶対許されるものではないとは思わず、<u>私は革命戦争を闘おうとしたんだ。温かい人間になろうとしたんだ</u>と叫びたかったのです。いまはこの(人間性のひとかけらもない)事実の重みを芯に受け止めようとし、そのうえで、私は叫びたいのです。
この事実が精神異常者性格異常者によるものとして片付けられようとしている危険をいまはっきり私は感じます。このように片付けてはいけないのです。普通の青年男女が、こんなに残虐なことをしたところに歴史的教訓があると思います。この教訓を無視して、事実を精神的異常者の犯行として片付けてしまったら、14名の死はまったく無駄になり、現在殺人犯で問われている私たちの痛苦がなんだか判らなくなります。」(47年4月18日『朝日新聞』永田洋子自己批判書より下線筆者)

このような痛ましい『感性の逆転』が何故起こってしまったのか、永田洋子の自己批判書にもある通り、本人達にも判らないのである。私たちは彼女たちと一緒にこのことをあくまで考え抜かなければならない。
獄中にいる当事者の永田洋子ら自身が、ふつうの青年男女が何故このような残酷な事をしたのかと血を吐く思いで自らを問いつめているのに、獄外で原稿料を稼いでいる自称赤軍派評論家どもは気楽である。なかでも平岡正明と言う男はまことに威勢が良い。もっとやれ、どんどんやれと彼の原稿の売れ行きはなかなかである。しかし、彼の駄法螺を革命への勇気と取り違えて感心している知的特権階級養成所のガキ共ばかりが革命を考えているのではない。私はあくまで故高橋和巳の遺志を受け継ぎ、私は私なりの方法で、この問題をあくまで問いつめてゆく。

ここで書いたいま、テレビニュースによれば早稲田の一般学生による、川口君虐殺糾弾集会が18時間も続き、糾弾される側の革マル派の肉体的衰弱が心配との理由で大学側が機動隊を入れ、機動隊は一般学生を打ちのめしながら革マル派学生を救出したと言う。

あぁ、平岡正明よ、この機動隊によって救い出された、殺人の平気な革マル派も革命的であるのか?

ところでこの『感性の逆転』ということばは、吉本隆明氏の『理念の逆転』という言葉に対応して使ったものである。ここで読者の手元に本誌10月号があるならば、お手数だがもう一度私が引用した吉本氏の文章を読んでいただきたい。

吉本氏は、なんでもかんでも最下層民衆や後進地域を持ち出せば、そこには、そのまま正義倫理が完成してあるなどと楽なことを思うなと言っている。そこになんらかの『腹わたをつかみ出す』ような知的覚醒の努力を持たぬ限り、最下層民衆は常に理念が逆転して在るのだということを説いている。

私はこれをちょうど裏側から見たことになると思う。なんでもかんでも知的覚醒に基づく『正当なる理念』を持てば、それがそのままですなわち正義=倫理の完成であるなどと楽に思いよがられては困るのだ。そこになんらかの最下層民衆の共同体感性との間に血のつながりを持たぬ限り、知的覚醒は常に感性が逆転してあるのだということをいいたいのである。

おそらく吉本隆明氏も私も負っているものは一つのものであろうと予感するのだが、その立脚点は正反対のように思われる。吉本氏は『共同体の幻想』なるものを、そのまま、まるごとでなければダメだということを言っているのである。この『理念の逆転』と『感性の逆転』の対応関係は今後相当に辛い血みどろの格闘を自分に強いるものと覚悟している。

近代主義はまず人間の共同体構成と共同体感性を否定するところから出発している。親・子・兄・弟・姉・妹さらに夫と妻でさえ、これを『理性』によってすべて『他人』という『個』にバラし、そしてこれを『階級』という『利害』を共通の分母とする2つの階級社会によって再構成する。そして、この階級構成と階級理念以外は一切認めない。この一方が近代マルクス主義というわけである。

すなわち、人間と人間の実在関係の根本を『族』として『類』としての共同体感性によるものとせず、人間関係の原動力を『利害』という政治的人工的エサに定めて、理性的分配理念に求めようとした。

したがってそこでは人と人の結びつき、すなわち『団結』は人工的に構成された『敵』階級を殺すためのものであって、もっとも団結することは殺すためであり、もっとも殺すことは最も団結するためなのであるという『感性の逆転』が現実のものとなっていったのである。

近代のいう『統一と団結』はあくまで『利害』や『分配』を目前にした同一ブロック内だけのものであり、万一、何かの間違いでブロックを超えて団結しようものなら、たちまち裏切り者として殺されてしまうと言うわけである。始め、この『統一と団結』の提唱者はこんなはずではなかった。敵対する階級は2つだけであり、しかも片方はホンの一握りで、もう一方は残りの圧倒的多数全部だということであった。いつの世にもホンの僅かな悪逆非道な奴はいるものだ。だから2つの階級といっても、実際はひとつの階級みたいなものよとたかをくくっていた。したがって、この論理では、人類の『統一と団結』と我等が『階級の統一』は上手く重なって、問題ないはずであった。ところがどっこい現実はそうはいかなかった。利害の分配論理というものはタッタひとつであり得るわけがないから、圧倒的多数を自称するブロックが雨後の竹の子のように発生し、それぞれが『圧倒的多数』の利益を主張し、互いが相手を『圧倒的多数』の敵と規定し(反革命ともいう)、互いのブロック内だけにしか適用しない、『統一と団結』を叫んでちょっとでもブロックを超えようとすると、すぐさま病院の前に捨てられたり、裸にして埋められたりと言うことになった。こうなると、我が階級の『統一と団結』と、人類の『統一と団結』は重ならなくなる。近代のブロックはすべて統一理念を分母とした集団である以上、理念の種類が存在する数だけ集団の数もあることになり、理念は人の頭数だけ異なっておかしくないのだから、近代はもう自分以外はすべて『敵』として認識する他はない。そこでの『団結』はなんのことはない『自己愛』の役割しか果たさない。

人間関係の分母に論理や理性的認識を置くという近代主義はかくて、他者との結びつきに関して絶望的である。他者がすべて敵ならば、そこに『正当なる感性』があり得よう筈がない。
ここで『昭和残侠伝・死んで貰います』マキノ雅弘監督作品の一節を転載する。全東映任侠映画の中でその『正当なる感性』を証す代表的シーンであえる。
金もなく、メシも喰えず、おまけのチンピラたちに寄ってたかってなぐられ血だらけになった秀次郎(高倉健)はやっとのことである大きな銀杏の木にたどり着き坐る。そこへ15才の幾江(藤純子)が通りかかる。

幾江「お兄ちゃん、ケンカしたの」

といい乍ら近寄る。
秀次郎 「(思わず)よるなよ」
幾江  「(その声に驚くが)だって血が出ているよ」
秀次郎 「血が付くよ」
幾江  「大丈夫(徳利を差し出し)これで洗ってあげる。直ぐなおるんですって」

    と近づき、カサを置いて、かいがいしく徳利から酒を手拭いにしませて、傷の手当てをし始める。
    秀次郎の目にうつる----あかぎれた手寒そうにほっぺたの赤い顔。
    しゃべっている幾江の眼はおどおどしている。

秀次郎 「すまねえな・・・・ひでえあかぎれだな、痛えだろう
幾江  「ううん、修行ですもの」
秀次郎 「修行」
幾江  「あたし、ネ、芸者さんの卵なの。12の時に、可愛らしいなア、いい娘になるっていわれて買われたの、
      お父っあん、たくさんお金貰ったヮ・・・・」

    (中略)

幾江  「兄ちゃん、お金持ってる

     秀次郎、寂しそうに首を振る。

幾江  「今晩どこで寝るの
秀次郎 「うん、どこって・・・・・俺ア寝なくたっていいんだ、それよりその酒どうするの」
     と傷のところをおさえる。
幾江  「いいの、いいわ・・・・もう慣れてる・・・・ねえ、おかみさんにね、キセルでゴツーンと一つ、いや二つかな、たたかれたらいいの・・・・そう、そうだあたい、おかみさんに頼んでみる・・・今夜だけうちにとまりなさい・・・」

秀次郎 「とんでもねえ、そんな事したら、10も15もキセルで」
幾江  「あたい、おかみさんに、たのんでみる。兄ちゃんここで待っててね」
秀次郎 「いいよ、オイ」

幾江はそんな秀次郎の心配も聞かず、おかみに一生懸命頼む。がやはり、前借で半期奉公しているくせにと取り合ってもらえない。そのやりとりを表で立ち聞いた秀次郎はソッと去る。しかし、幾江はなおも粘り抜き、やっと物置ならよいという許しをもらって、飛び立つように表に出る。
   

   走って出る幾江、見回すが秀次郎はいない---。
   あっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・・・・。

幾江  「お兄ちゃあん!お兄ちゃあん・・・(と名前を知らないので困って・・・・しまって両手を口に当て)ヤクザの・・・ヤクザのお兄ちゃあーん

   と大声で叫ぶ・・・
   置き捨てられたカサに霧が尚も続いている・・・・。(F・O)

何という『正当なる感性』であることか。これは正に名作「難破船」に匹敵する名場面である。この少女の、この感性の美しさは一体どこから来るのであろうか。

ヒューマニズムや人民解放という近代思想が叫ばれ始めて、もう100年はゆっくり経った。にもかかわらず黒人問題、ユダヤ人問題、国内では被差別部落問題、在日朝鮮人問題等々と人間を差別してはならぬという実に簡単なことさえ、まだほとんど解決していない。政治的処置の問題ではなく、人間の心の問題として、近代人はまだほとんど「差別」一つ、なんとも解決していない。この100年の間に「差別」に関して幾百万の論文が書かれ、幾千万の書物が出版されたことだろう。差別を解消するための幾百の論理が立てられ、幾千の法律が立てられただろう。

「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と或るエライ人がいったそうである。そしてそのためには「学問のすすめ」をおこなわなければならぬといったそうである。だがしかし、学問や知識を充分に積んだと自称する者がどうであるかは今具体的に例をあげた通りである。それに引きかえ、この15才にして芸者に売られた、「汚れなき天使」は一個の文字も一片の理論も持っていないにもかかわらず、人間のまさに人間としての『正当なる感性』を、その<b>アカ切れた手の中で</b>知っているのである。孤独で淋しい15才の「売られた少女」は住所不定のルンプロに対して、なんらかの不信感、差別感も持たず、その姿が見えなくなると「ヤクザのお兄ちゃーん!」と涙声になって叫ぶのである。この少女の、この叫び声は、あらゆる文字や革命戦略をはるかに超えている。この少女の声が世界をおおいさえすれば、あらゆる差別はなくなる。あらゆる人間の悪を超えることができる。なぜか、なぜなのか。『正当なる感性』はなぜ、この少女の世界にしかないのであろうか。

近代理性は人間の感性をそのままでは「毒」になるものとして見てきた。しかし、人間の感性は、そのままでは共同体感性として現れる。人間が自然界の一部をなす動物という存在である限り、人間は性的な存在である。「男」か「女」かという存在であり、この両者の統合によってのみ人間は存在を続けているのであるから、それは否応なく、親子兄弟姉妹等の血縁共同体の世界である。従って、人間の最も自然な感性は共同体的感性であるわけである。

ところが、近代理性はこの共同体感性を蛇のように忌み嫌い、あらゆる血縁的存在を嫌悪し、「兄弟は他人の始まり」という後天的人工的因子で「階級」というような政治的なものにムリヤリ再構成しようとした。とくに近代マルクス主義は、この人間の協同的構成や感性こそが天皇制(領主制)の素因だとして、なお一層これを嫌悪し、一切の共同体理念を圧殺する挙に出た。これでは正当なる左翼理念(左翼理念を正当なものとして仮定して)が常に感性の逆転を伴うはずである。いかに天皇制(政治体制)が否定すべきものであっても、男と女が愛し合って、両親の下に子供が生まれる限り、工場から生産される自動車やロボットのように「個」という立場はあり得ない。人間であると言うことは、すなわち、男か、女か、親か、子か、兄か、妹かということである。人間が性的存在である限り、それは「血」の世界であり、近代のいう「個の主体性」なんてものは正確にはあり得ない。あるのは、共同体感性があるだけである。人間が共同体的存在であると言うことは、何といっても動かすことの出来ない事実である。このことと、どうにでも動かすことの出来る政治体制(天皇制)が良いか悪いかということは全く別の問題である。何よりも重要なのは、人間のまさに人間的実在であって政治ではない。もし政治が人間をおびやかすならば、政治をこそ粉砕すべきである。「良き政治」「良き革命」のために、人間の実存のほうが破壊されてたまるかということと全く同じ事である。

近代主義の理性や知識が、にもかかわらずあくまで「政治」や「生産」に奉仕し、共同体感性に敵対するものである以上、近代の「理念の正当」は常に「感性の逆転」を必然とせざるを得ない。

これを全く逆に考えれば、政治や生産に奉仕すべき何物をも持たない「売られた少女」がまさにその感性を毒されずに居ることは納得できるではないか。

東宝任侠映画。「任侠」とは近代権力に反逆する白刃の世界である。「任侠」が共同体感性の組織者であることは疑う余地のないものであるが、もう一つ、「任侠」はまた被差別絶対少数者のものであることから、これもまた、「政治」や「生産」に奉仕せねばならぬものと全く無縁である。だからこそ、東映任侠映画が、このような「汚れなき天使」の世界を創出し得たのである。否、東映任侠映画でなければ、このような「売られた少女」の立場にはとうてい立ち得ず、したがって、『正当なる感性』は手にすることが出来なかった筈である。

「ヤクザのお兄ちゃーん!」

これおほど『正当なる感性』に支えられた『正当なる理念』の世界が他にあろうか。

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須藤監督の挨拶(藤沢集会2006/10/7)

須藤監督の挨拶(藤沢集会2006/10/7)

~日本で拉致映画制作を目指す、須藤監督の思い~

          参照: 拉致映画制作委員会


 
 
 
 
 
 

どうも、みなさんこんにちは。

えーと、映画を作ると言うことは、なかなか信用していただけませんで、「拉致制作映画後援会」という話をしても、まず家族のみなさんに「へたなものを作るなら許可しないよ」みたいな反応の方が先に出てきまして、「そうですか、頑張ってください」と言う言葉より先にですね、そのくらい家族のみなさんがぴりぴりしているのが、よくわかります。

で、まぁそういうふうに、映画監督なり、映画界が信用がないのは私たちの責任でありまして。ただですね、映画監督にもいろいろいるということだけは、みなさんにわかってほしい。

まぁ、この飽食の時代にさまざまの映画が、しかも最近は、シネコンというのもできましたので、映画人口も少しはジりっと、あがてきたと言われていますが、そこに登場する(映画、監督?)、私たちの仲間が作るものですから、あまりこう良いことは言いたくないんですが。これは、ある評論家も言っていますけれども、≪最近は映像がほとんど社会とのつながりを失っている≫と。

で、じゃぁ、おまえはいったいどの辺に位置している男なのかということで、自分でちょっと説明をいたしますと、日本にはだいたい商業映画の流れと、それから、ご存じと思いますが、独立プロのの流れというものがありまして、独立プロの第一次、第二次、第三次まであります。

第一次は、みなさんもご存じのように、主に左翼系の監督たち山本薩夫さん今井正さん、家城己代治さん、その他のみなさんが頑張って一時期、戦後頑張られた時期。

それから、ここは藤沢でありますが、第二次独立プロの時代は、ヌーベルバーグ大島渚、 吉田喜重篠田正浩たちの、このころは、フランスの方でも、ヌーベルバーグがありまして、日本の方がまねをしたのかもしれませんが。まぁヌーベルバーグという、第二次独立プロと言う時代がありました。

ここまでは映画の制作費用は、ほとんど会社からでる。大島さんに言わせると、「会社を騙して作った。」これを彼は会社を≪犯す≫といってますが。そこまでは映画の制作費は、そう言う時代がありました。

こんどはその次ぎに、70年代第三次独立プロというふうになってきます。
これはみなさんご存じのように、同輩をあげますと、亡くなりましたけれど三里塚というあの大空港闘争を、延々と8年間も現地でとり続けた、<A HREF="小川紳介 、これが、第三次独立プロのまぁ看板であります。

※参考小川紳介

もうひとり私の同士、土本(典昭)という人が、水俣病にかかりまして、えーと、最近病気だと言うことをきいたんですが、これも地をはうように、12年も13年も水俣に取りかかると。
私はたまたまいろんな事もありましたが、自分の出生も兼ねまして、被差別部落に、だいたい7年半~8年ぐらいカメラを持ち込んだというふうな、そういう第三次独立プロのグループの中の一員と言うことであります。

この第三次独立プロからは、全部映画の資金も自分たちで作るというふうなのがこの特色でありまして。
最も、これは三里塚の映画にお金を出す企業というの全くいわけでありまして。70年から80年で、だいたい第三次独立プロというのは、みなさん年を取られましたし、収束していって、今のような、ちょっとこう、何とも言えないような、映画の世界が生まれてきて、その中で社会とのつながりを失った映像作品がいっぱいあるんでしょうが、ここで、「拉致問題の映画を撮るぞ」いうふうにと申し上げると「ん?」というふうな形で考えられるという現状であります。

でも、今私がそういう風なことを言ったのは、<映画をやり>ものには、いろいろありまして、家族や救う会のみなさんが命をかけてこれをやっていらっしゃるように、作家というのもですね、自分の作品には命をかけているんです。いや、かけてない奴がいっぱい多いから「ん?」という目で見られるんだと思うんですが、作品だってですね、良い映像をつくろうという人間は、それなりに覚悟をして望む者だと言うことを、判っていただきたいと思います。

で、まぁ、具体的なことですけれども、私がこれをやろうというふうに思い始めましたのは、福岡のほうですね、毎年一回デモがあります。そこに参加したときに、九州中の救う会の幹部の人たちが集まっていて、あとの懇親会のようなところで、「映画が欲しい」と。

私は、非常に、自分たちでお金を作るというのが、どんなに難しいかというのを、ちょっと知っておりますので、なかなかそこで「うん」とはは言えなかったんですけれども。

その後山口県で、県議会の中に拉致議連とうのができまして、そこの世話をしている人が、例の安倍晋三総理大臣の(言葉は下品ですが)選挙区で現金を握っている人という関係もありましてですね、そこで一生懸命、協力もしてもらい、はっぱをかけられる中で、「よし、この映画、やるべし」と。「資金作り難しいのはわかっているけど、やろう」と、それが、去年の2月から3月ぐらいの話です。

そういうわけで始めましたけれども、そのころの私の危機感は、政府認定の家族会のみなさんと、さっきお話のあった調査会のほうの未認定者(特定失踪者)がどっかで区分けされて、16人のみなさんのことだけであとはおしまいと言うことになるのではないのかという非常な危機感がありましたので、、『そうはいかないよ』という映画をつくるということで、拉致議連のみなさんと話をしながら、そのためにはどうしても、調査会の荒木さんのお話を聞かなくてはいけません。

荒木さんとは、映画をやりたいから知り合ったのではありません。映画の話の前から、荒木さんの本を読み、私も又本をお送りして、お互いがお互いの本の読者として交流がありまして、その中で、私は彼を盟友だと思っておりますが、そう言うことがあったので、「では相談しよう」ということになって、荒木さんに相談をし、こんどの映画のシナリオは荒木さんと共同で考えると言うことで、大変忙しい彼を、もう再三再四にわたって襲って、時間を奪ってですね、いまだかって完成しておりませんが。

荒木さんは、良い意味ですが、何をやらかすか判らん人です。
ですから私たちはこの拉致問題が、どう転がっていくかというのを、なかなかシナリオが端的にかけないんですね。で、もう、撮影に入る寸前までラストがかけない。何が起こるか判らない。

荒木さんも「何が起こるかわかりませんよ」とおっしゃるんでですね、そこんとこだけ、ラストがまだ決まりませんが、彼に食いつきながら、彼の意見を聞きながら、ラストは撮影直前に決めたいなーというふうに思っています。

ただですね、映画は、私たちは、劇映画ですから、≪後追いだけ≫では意味がありません。こうなって、こうなって、こういうふうになりましたということを、改めて劇にしたってそれは意味もないんでありまして。

映画はたとえばドキュメンタリーであり、劇映画であれ、『未来を予感するもの無ければならない』というのが、私の持論であります。

従って、私も荒木さんに負けないように、彼がいかなるどういう行動を起こそうといえども、俺たちの方にもやる気があるぞというふうな映画を考えています。

ただ、まぁ、制作資金の全くめどが立っていないのが、玉にきずでありまして、そっちの方、今鋭意いろいろと手を尽くして努力してる最中です。そういうことで、ご報告を終わります。宜しくお願いします。

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2006年10月 5日 (木)

アブダクション上映を成功させるために

シネマtodayサイトで『めぐみ-引き裂かれた家族の30年』のレビューが掲載されています。
コメント、評価を書き込む欄があります。
上映の全国展開に向け、意見や、評価を書き込んでみませんか?

アメリカでは「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演が危機的状況との情報があります。在米の方、アメリカに知人友人のある方にお願いします。

この公演をアメリカで成功させることは非常に大事なことです。

来月には、メグミストーリーの上映を控えていて、メグミストーリーがワシントンDCで成功しなければ、全米での火が消えてしまうとのことです。
「耀徳(ヨドック)ストーリー」も『アブダクション拉致~めぐみストーリー』も絶対失敗させるわけにはいきません。

拉致連絡会に連絡すれば、ヨドクの切符を5割引きで購入できるそうですので、<A HREF="ワシントンDC拉致連絡会のHPから、メールで連絡してください。

参照:「耀徳(ヨドック)ストーリー」について
北朝鮮の収容所の実体の話です。このミュージカルを作った鄭成山(チョン・ソンサン)=(Jung Sung-san)氏は脱北者の一人。自身もYoduk収容所の体験者です。
(彼は横田さんが米大統領に会った時、同様に招かれたゲストの一人でした)。

参照記事

鄭成山(チョン・ソンサン)氏 のお話

金英順(キム・ヨンスン)さんのお話

守る会集会の音声

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2006年10月 3日 (火)

横田早紀江さんの歌

横田早紀江さんの歌Blue jewelより

はろばろと睦み移りし雪の街に
    娘を失いて海鳴り哀し

朝まだき さえずる鳥の声も哀し
      子を待つ淡き門灯三とせ

消えし子よ 残せるサボテン花咲けり
    かく小さくも生きよと願う

如雨露に涙の露もそそぎいつ
     行方しれじ子 残す花守る

秋のこの かそけし道を汝は何
     秘めてたどりしか 行方もしれず

巣立ちし日 浜にはなやぐ乙女らに
      帰らぬ我娘の名を呼びてみむ

佐渡も海も茜に染むる浜に立てば
       わが魂は神にふれゆく

 

 ~ 横田早紀江さん著参照『めぐみお母さんがきっと助けてあげる』より~

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2006年9月20日 (水)

めぐみ-引き裂かれた家族の30年・上映

  ◆東京シネマフェスティバル
 
  ◆東京シネマフェスティバル公式サイト

  ◆作品情報

  下記の通り、東京シネマフェスティバルに『アブダクション・拉致』=『めぐみ-引き裂かれた家族の30年』が出品されます。
 
 日本での公式上映です。
 是非お運びください。
 
 

 日  時 :11月23~26日
 場  所 :新宿ミラノ1・シネシティ広場
 チケット :電子チケットピア 電話(0570-02-9999)

  めぐみ-引き裂かれた家族の30年
 監督:クリス・シェリダン、パティ・キム
 製作総指揮:ジェーン・カンピオン
  全米騒然!アカデミー賞最有力候補とも囁かれる話題作がいよいよ日本上陸!30年前に北朝鮮拉致事件に巻き込まれた横田めぐみさんとご家族 ― ニュースでは語りつくせない想像を絶する孤独な闘いと決して折れない親の愛で綴られる感動のドキュメンタリー! [配給]ギャガ・コミュニケーションズ

追記このイベントを知らない人もいると思います。よかったら、日記やブロクで取りあげて、知らせてあげてください。お願いします。

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2006年9月19日 (火)

安倍政権への期待

安倍政権成立が目の前、中山参与を拉致特命大臣に任命するのではとの観測もでて、ご家族・救う会も、一気に拉致問題解決への期待が膨らんでいると思います。

思えば昨年九月の郵政選挙のあと、安倍さんには2つの道がありました。ひとつは、閣外に出て次期政権を狙い小泉首相の怠慢に抗議し小泉首相と一線を画すと言う道、もう一つは閣内に残り政権内で拉致問題解決を推進する道。

どちらの道を選ぶかは安倍さん自身にも迷いがあったかもしれませんが、2つの道のうち、安倍さんは後者を選びました。閣内に残るべきではないという意見もNET内では多かったと思います。この掲示板でも、閣外にあるべきと言う意見もありました。

拉致に関心の深い人の中では、郵政選挙後、『安倍政権実現の可能性のある一年後までは辛いけれども忍の一字で耐えるしかない。ご家族には、その間健康に留意されて、待つことをお願いしなければならない。』と言う声もありました。

私は、どちらの道をとっても、安倍さんの拉致解決への気持ちは変わらないと信じていました。ですから安倍さんには、閣内に残ったことを最大限に生かして欲しいと思っていました。

安倍さんは、そのことを実現してくださいました。彼がいて拉致問題の特命チームができ、拉致のポスター持つくられ、調整室の機能も拡大されました。最大の効果は、北朝鮮がミサイルを発射したときに即制裁処置を執れたことです。

官房長官という要職にあり、直接小泉首相に進言したり説得することができるポジションにあったことが、迅速な対応にどれだけ力になったかと思うと、彼は選択した道を最大限に生かしてくれたのだと思います。

今安倍政権に対する期待は風船のように大きくふくれあがっています。しかし、こういうときであるからこそ、私たちは冷静でいなければならないと思うのです。

既にテレビ各局、マスコミでは、安倍さんは、拉致問題での活動があってこそ政権への道が開かれたが、今後拉致問題に展開が生まれなければ拉致問題が安倍政権のアキレス腱になることも考えられると伝えています。

最終的に日本の政治を左右するのは世論です。民主主義の国家として、正論を大切にするのは当たり前。拉致問題の解決を早めるのは、安倍さんではなく、世論なのです。

どこまで世論が安倍さんの北朝鮮政策を支持し、推進していけるかに、今後はかかってきます。
なぜなら、拉致問題への対応を理由に安陪おろし、安陪批判をしようという勢力が手ぐすねを引いているのは見え見えだからです。

進展が遅いとき、又は効果がなかなか上がらないとき、どれだけ世論が安倍さんを支持できるか?
既にテレビのコメンテーターなどには中山参与の起用や拉致担当特命大臣の設置が大げさであるとの論調も散見されます。

大きな転機を迎える拉致問題ですが、これですべてが解決するなどと言う楽観は禁物。
安倍さんがその行動力を遺憾なく発揮できるよう、世論が支えなくてはなりません。

万全な世論形成も小さな一歩からひとつづつ。
私たちができることは、国民全体に、動きが遅ければ、「もっとやれ」と激励し、頑張っているときには「良くやった」とほめることのできる雰囲気を作ること。そのために、リボン着用や、日々の話題、一筆の署名、そしてここに投稿してくださることも、その一歩だと思います。

気を引き締め、冷静に安倍政権スタートを見守りたいと思います。

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2006年9月17日 (日)

四年目の9.17~上野署名活動

新聞各紙、テレビなどでも、やはり9.17は節目として取りあげられていますね。
 参照記事:【闘い続く 9・17から4年】DNA鑑定 北の“決定打”封じ込める
 先日のNHKクローズアップ現代も、四年目の節目を機に作られたものでした。
 もちろん、救出運動はその前から行われていたのであり、初期からの参加者や運動体では、9.17はそれほど重要視されないのかもしれません。その後の<12.24>(細田官房長官が北朝鮮への制裁を発言した日)を、一つの節目と考えてきた人たちもいます。
 
   しかし、世論全体に強いインパクトを与えたのは、やはり<9.17>です。
 
  あのとき、もたらされた「5人生存・8人死亡」というニュースとその後の記者会見がどれだけ日本全国に拉致への認識と関心を生み出したかを思えば、やはり節目の日なのだと思います。
 
  四年目の9.17、上野では、継続している署名活動が行われました。
 救う会全国とは別の活動ですが、定着して活動しています。立川の署名活動と共に、東京でたった2つの署名活動のひとつです。
 
  懐かしい画家さんが、進んできてくださって、「ひさしぶりだね!」と声をかけてくださいます。色紙を書いてくださった書家の方も健在です。
 
 ここ上野の署名活動は、こういった人々の無言の理解と支援に支えられています。
 
  マイクのない署名活動、メガホンと肉声で「四年目の9月17日」を訴えます。
 近頃の署名活動の中では、反応が良いのは、やはり、9.17のせいでしょうか?
 
  一人二人と署名台の前に進んでくださいます。4~5人のグループのご婦人が全員で署名してくださいました。「頑張ってください」という一言がほんとうに有り難く、勇気を与えてくれます。
 
  「四年たって、まだ帰ってこれない被害者のために、あなたの取り戻したいというお気持ちを、署名という形で現してください。9.17のこの日に、取り戻す願いを署名として記録しましょう」
 
  訴える声に、行き過ぎた人が、親子連れで署名台に戻ってきてくれます。お母さんと一緒の三人兄弟は、8才と6才の女の子、そしてその下の男の子。
 
  「あなたの分、お母さんの分、これはお父さんの分ね、めぐみさんは、急に大好きなお母さんの側から、怖い国に連れて行かれたの。早く会えるように、このリボンをつけるのよ」と会話を交わし、こっくりうなずいてくれる純真な目がまぶしく見えます。手を振って後ろを見ながら歩いていく女の子の姿に、写真展のめぐみさんの幼い笑顔を連想もします。
 
  今日は、少し多くの署名が集まったように思います。あいにくの小雨模様の中ですが、暖かい署名活動でした。
 
  ただ、願うのは、もう一人二人、ボランティアが増えてくれたら、どんなに他の人が助かるだろうということです。
 
 
 
 
 
  救う会全国に加盟していない団体の活動も全国に広がってきました。ここ上野もそのひとつ。ボランティアは、ただ被害者を救いたいだけ。所属がどうのこうのは、横に置きます。
 
  茨城は独自の活動の道を選びましたね。それも選択の一つ。今までの積み重ね、水戸駅前の署名活動はきっと変わらず続けられることでしょう。
 
  新潟の小島さんも、独自の活動を続けています。全国加盟団体ではなくても、昨日の群馬の集会のように、有志で集会を開く方もいます。特定失踪者のために、奔走する人たちもいます。
 
  4年目の9.17に思いを新たにし、そのすべてが総合力になって拉致解決につながるよう、祈ります。
 

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ブルーリボン80%が実現しない理由

街頭でも、職場でも、町を歩いていても、やはりブルーリボンは少ないですね。
 。しおかぜカンパストラップなど、しおかぜグッズも、まだまだ普及しているとは言えません。
 
 しおかぜカンパストラップは3000個限定にもかかわらず、まだ売り切れていないのが私には不思議なくらいです。
 
  ブルーリボンは各地の街頭活動や、集会で署名やカンパをしてくださった方、集会の参加者などに配られていますが、日常的に付けている人を見かけるのはまれです。
 
  リボンを作ってくださる方も、材料も自己負担で、ほんとうにボランティアとして、こつこつと作られていますね。茨城では、施設のこどもたちが作ってくださっているとも聞いています。ぴろんさんを含めて何人かの方の手作りのリボンが、街頭で、集会で配付されているのを見るたびに、「どうか明日も付けてください」と受け取ってくださった方の後ろ姿を見つめてしまうこともあります。
 
  受け取ったリボンを堂々と付けてくださる方が少ないのは、ほんとうに残念です。増元さんは、新座の集会でアメリカの国防総省を訪れたとき、国防総省の人たちが、どこで手に入れたか、全員がブルーリボンバッチを付けて出迎えてくれたことに感激したとおっしゃっていました。
 
  リボンを遠ざける理由は何でしょうか?
 時折街頭で「リボンをどうぞ」と署名をしてくださった方に差し上げると、「いえ、結構です。ちょっと付けるのは。。」とおっしゃる方がいらっしゃいます。この人達は何を怖がっているのだろうと不思議に思うこともあります。
 
  考えてみると、今までの活動に対して、「政治的である」と見られたり、左よりの人たちから「右翼的である」と非難されたりもしてきました。
 
  けれども、横田早紀江さんが、いつも言うように、これは、理不尽な国家犯罪であり、溺れている子供達を助けることなのです。
 その部分がまだまだ理解されていないんですね。全国を行脚して、疲れた体にむち打って活動している横田さん達のおかげで、多くの人が拉致を知るようになりました。
  しかし、集会は、200、500、1000、最大で2000程度です。一歩進んだ理解まで至っている人は、まだまだ足りないのだと思います。そう言う意味で、クローズアップ現代が取りあげた≪写真展≫や、≪てんびん座の演劇、≫、≪アブダクション≫の映画、そしてこれから活動の始まる、日本での拉致問題を取りあげた映画作品作成などは、家族に負担をかけない形の訴えであると共に、集会にこない人たちにも、この問題を訴えかけ、ブルーリボンの普及に役立つ活動だと思います。
 
  そのことは、昨年有楽町で行われた写真展の時に、会場に集まっている人たちの雰囲気が集会に集まる人たちと違っていたことで感じました。
 写真展にはいける。でも、集会には二の足を踏む人が多いんだろうと思います。
 
  本来この運動は、拉致された人々を多く抱える日本国民全員の国民運動であるべきですし、報道も、もっとされるべきであり、署名などは、組合や企業などが組織的に協力しても良いはずだと私は思っていました。
 
  何故集会にまで足を運べないのでしょう?
 運動体の中枢の人たちに、その危機感はあったでしょうか?
 9.17移行関心を持ち、2003年5月7日に東京フォーラムに集まった2万人とも言われる人たちの力を結集することができたのかどうか?その部分は、未だに確信が持てません。
 
  運動体の中にいる人たちの極々一部に、「この運動は自分たちのもの」という感覚はなかったでしょうか?
 運動に参加しているものは、何をやっても良いというような感覚は全くなかったでしょうか?
 外部に警戒する余り、仲間を失ったことはないでしょうか?
 
  杞憂かもしれませんが、そう言う部分がないかどうか?

  この運動は、まっさらなもの、何の曇りもないものとして、国民全体に受け容れられれば、リボンは普及するでしょう。 毎日付けようとする人が、もっと増えるはずです。そのために、運動体の浄化も必要でしょうし、救う会加盟組織でなくてもしっかり活動をしている組織と更なる連携を図るべきだと私は思います。
 
  ブルーリボンシール頒布も継続されています。
 
  まず、私たちができることは、周りに知らせていくことです。そしてリボンに対する更なる理解を、ひとりひとりに、私たちが広げていくしかありませんね。身を正しつつ。
 

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2006年9月13日 (水)

クローズアップ現代9.14(横田夫妻生出演)

拉致問題の特集が組まれます。9.17から4年を機に、放送されるこの番組には、横田夫妻がスタジオで生出演をなさいます。

横田さん夫妻 時間との戦い(仮題)

9月14日(木)放送予定

北朝鮮が拉致を認めた日朝首脳会談から今月17日で4年。娘の救出を訴え続けた横田めぐみさんの両親、滋さんと早紀江さんはともに70歳を超えた。滋さんは去年末、病気で長期入院を余儀なくされた。早紀江さんも長年の活動の疲労が重なり、体の不調を感じることが多くなった。「拉致問題は残された時間との戦いだ」。横田夫妻は今、同じマンションの住民たちの協力を得て、写真展を開いている。大切にしまってきた家族写真を公開することで、拉致の残酷さを訴え、事態を少しでも前に進めたいという決断だった。写真展は各地に広がり、15万人が会場を訪れた。番組では命を削って活動を続ける横田夫妻の日々を見つめる。(NO.2295)

スタジオゲスト : 横田 滋さん    横田 早紀江さん

是非ごらんください。

追記   沢山のかたに知ってもらい、見ていただきたいと思います。「みたかったのにー」 と見逃すことのないように、知らせてあげてください。横田さんもそのおつもりで、体調の悪いのをおして、生出演なさると思います。

 

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2006年8月21日 (月)

家族を前面に立てない戦い

アブダクションのハリウッド公開から日本上映へ向けての動き、須藤監督の映画制作、各地で行われている写真展、そして北朝鮮の人権問題を訴えるミュージカル「耀徳(ヨドック)ストーリー」のワシントン公演の動きを見ていて、新しい方法で拉致、北朝鮮人権問題を訴えることの重要性を感じています。

この4年間、横田夫妻をはじめとする拉致被害者家族の活動をずっと近くで取材し追いかけてきたある記者の方は、『ご家族の疲労は限界に来ていると感じます。取材をするのも痛々しいほど・・』と漏らされました。

私達は、家族を前面に出して戦いを進めてきました。横田夫妻はとうとう日本国中、全都道府県で公演を行いました。ご家族がいるからこそ、ご家族の切実な声があるからこそ、集会に人は集まります。ご夫妻の訴えは、どんなに人々の心を揺さぶったことでしょう。この活動があって、世論が揺るがず、全員の奪還を誓い、制裁への理解も深まってきました。本当にご家族の努力には、頭が下がるばかりです。

北朝鮮や総連は金英男さんの記者会見で、すべてこの問題は収まると本気で信じていたようで、それこそ私達は呆れてしまうのですが、その北の思惑を覆してきたのが、救う会、家族会の活動による日本世論の目覚めであり、揺るがぬ奪還への意志です。

どれほど、北朝鮮が日本世論を誘導できずにじたんだ踏んでいるかを伺わせます。
それも、ご家族の活動の賜です。

9月以降も、集会の日程は目白押しです。昨年末に体調を崩された滋さんも、弱気を見せずに、疲れをおして、周りには、『大丈夫です』と気丈に答え、その疲れを見せまい、心配をさせまいとなさっているように思えます。まさにつかれた顔を見せることで、北朝鮮につけいられないように、必死に闘い訴え続けようという強い強い意志を感じさせます。
私達が、それを止めることはなかなかできません。

しかし、このままで良いのでしょうか?

もちろん生の声を聞くことは本当に大切です。
けれども、走り続けさせ、消耗させ、家族を全面にたてていて良いのかという疑問が湧きます。

確かにご家族が参加すれば、署名の数も増えます。集会の参加者も増えます。しかしご家族は集客マシーンではないはずです。ご家族の最大のお仕事は、『生きて、元気で再会すること』のはず。それを絶対に忘れてはいけないと思うのです。

横田さんには全国から応援の手紙が届き、季節の果物、ぬいぐるみなど様々なものが届くと聞き及んでいます。しかし、全国からのその暖かい贈り物は、送り手の自己満足になっていないでしょうか?横田さんの自宅には倉庫が欲しいほどの贈り物の山ができているそうです。横田さん達が願っているのはめぐみさんとの再会です。そのための世論の支持です。物ではないのです。暖かいお気持ちを無にするつもりは毛頭ありませんが、そのところを忘れてはならないと思います。

荒木さんは、9.17以降も、いつもおっしゃっています。『本当は私達が先頭に立って、ご家族の代わりに訴えていかなければならない。ご家族には少し休んでくださいと言って、我々が活動を進めなくてはならない』と。

私は、このままの状況を続けていては、高齢のご家族の中から体調を崩される家族がでるのは、時間の問題だと思います。

石垣島の集会は、NETで配信されています。ぴろんさんのサイトでは、集会の音声がいつでも聞くことができます。書籍もたくさんあります。写真展も、映画も、ミュージカルも。。

家族はそれでも走り続けます。走りたい、居ても立ってもいられないお気持ちもあるでしょう。
走っていなければ、安心できないといったお気持ちもおありでしょう。

それでも、敢えて私達は、ご高齢のご家族には、10回に一回は『無理をせず休息してください』と言うべき時が来ていると私は思います。
5回に一回でも良い。

石垣島集会オンデマンド放送や、ご家族の声、映画、写真展など、家族に代わる訴えのできるさまざまなアプローチを生かして、私達が少しでも、ご家族の100分の一でも、前に進んで活動をしていくべきではないかと、私は思います。

その意味でも、私は須藤監督の映画制作を支持しています。

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2006年8月20日 (日)

写真展(町田)取り戻すまで

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絆(きずな)めぐみちゃんと家族
横田滋家族ミニ写真展

8月18(金)・19(土)・20(日)の三日間

       絆(きずな)
めぐみちゃんと家族ー横田滋家族ミニ写真展

☆拉致被害者全員の帰国を願って

町田市民ホール第1・第2ギャラリーにて
(小田急線町田駅より徒歩7分)

開催時間 10時~5時
     初日18日のみ12時~5時

入場料 無料

主催・北朝鮮に拉致された日本人救出のための町田市民の会
町田救う会から
尚、私たちの会の名前が長すぎるため、通称を町田救う会とさせていただいています。

写真展に向け、ただ今準備中です。

ご協力、よろしくお願い致します。
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2006年8月 9日 (水)

空を見て、月を見て

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今日(8日)の東京の夕焼けは、鮮烈でした。
赤く燃える空を見ながら、遠く北朝鮮の空の下、拉致被害者も空を見あげているのではないかと思いました。

早紀江さんは沖縄で月の話をしました。沖縄の澄んだ空気、何もない自然な空に浮かんだ月はどんなにきれいだったでしょう?
早紀江さんは、何度も何度も月を見あげてめぐみさんも同じ月をみているだろうかと思ったそうです。月を見て、めぐみさんを思って何度泣いたかわからないと。。

今日の北朝鮮の空はどんな空だったのでしょう?
多くの被害者がきっと見あげているであろう空に、月は、星は見えているでしょうか?夕焼けはみえたでしょうか?

ただ待っている。助けを待っている人たち。
何の罪もなく、拉致された人たち。
どんなに苦しく、悲しい日々を過ごしているのでしょう?

私には今日の夕日が被害者たちの叫びのように感じられました。

拉致被害者の嘆き、叫びのように感じられました。

私達は、生きている、血の涙を流しながら、『私達は待っている、生きている』 と声にならない声で、泣き叫んでいるように見えました。

どうしても救い出したい、その思いを更に結集していかなければなりません。

高齢の家族は、残り少ない命と時と闘いながら待っている。
一分、一秒、自らの命を繋ぐ戦いを続けて。。

月よ、星よ、私達の心を伝えてください。
被害者に『生きて待ってください』と伝えてください。

長い時を重ねて、故郷への思い、家族への想いは変わらないはず。

せめて再開を願う、この祈りを伝えてください。

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2006年8月 5日 (土)

「美しい国へ」から

安倍晋三(文芸新書)より

はじめに――――――
  「闘う政治家」「闘わない政治家」

私は政治家として14年目を迎える。この間、素晴らしい仲間にめぐり合ったし、尊敬する先輩の指導を受けることもできた。
政治家の中には、あまり政策に興味を抱かない人がいる一方、特定の政策については細部まで突き詰める人もいる。政局になると力を発揮する人もいるし、そうしたことには一切興味を示さない人たちもいる。かつて自民党に「官僚派」と「党人派」という区分けがあったが、現在は「政局派」と「政策派」という分け方ができるかもしれない。その意味では、若手議員のほとんどは、かつてと比べて政策中心にものを考える傾向が強くなっているのではないだろうか?

時代は変わったが、私は政治家を見るとき、こんな見方をしている。それは、 「闘う政治家」と「闘わない政治家」である。

 「闘う政治家」とは、ここ一番、国家のため、国民のためとあれば、批判を恐れず行動する政治家のことである。「闘わない政治家」とは、「あなたの言うことは正しい」と同調するものの、けっして批判の矢面に立とうとしない政治家だ。

私が拉致問題について声をあげたとき、「右翼反動」というレッテルを貼られるのを恐れてか、運動に参加したのは、ほんの僅かな議員たちだけだった。事実、その後、私達はマスコミの中傷の渦のなかに身をおかざるをえなかった。「応援しているよ」という議員はたくさんいたが、いっしょに行動する議員は少なかった。「闘う政治家」の数が少ないのは、残念ながら、いつの時代も同じだ。

1939年、ヒトラーとの宥和を進めるチェンバレン首相に対し、野党を代表して質問に立ったアーサー・グリーンウッド議員は、首相の答弁にたじろぐことがあった。このとき、与党の保守党席から「アーサー、スピーク フォー イングランド(英国のために語れ)」と声が飛んだ。グリーンウッドは、その声に勇気づけられて、対独開戦を政府に迫る歴史的な名演説を行ったという。

初当選以来、わたしは、つねに「戦う政治家」でありたいと願っている。それは闇雲に闘うことではない。「スピーク・フォー・ジャパン」という国民の声に耳を澄ますことなのである。

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「耀徳(ヨドック)ストーリー」について

鄭成山(チョン・ソンサン)氏 
◆人 鄭成山(チョン・ソンサン)さん(36才)

 ~~~北朝鮮の収容所を描くミュージカルを監督する脱北者~~~

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政治犯収容所の非人道性を告発するミュージカルの題は「耀徳(ヨドック)ストーリー」。
南北和解を目指す韓国政府関係者から内容の変更を求められたり、会場に内定した劇場に断られたりしたと韓国で報道され、15日のソウルでの開催前から話題になっている。

北朝鮮で栄光の頂点に立った女性舞踏家が、耀徳(ヨドック)収容所へ送られ、冷酷な収容所長との間で愛と葛藤の悲劇を展開する物語。「日本人拉致被害者」役も登場する。幼い頃隣に住んでいた日本出身の一家が収容所に送られた思い出をもとにしている。一家が歌った「北国の春」を劇中でも「日本人」が歌う。

朝鮮労働党幹部の家庭に生まれ、平壌演劇映画大学とモスクワで映画を学んだ。韓国のラジオを聞いたことを理由に沙里院の収容所に送られたのが、偶然の事故のため逃げ出すことができた。北朝鮮を脱出して95年、韓国に来た。

「シュリ」「JSA」など大ヒットした韓国映画の脚色を担当。映画制作を通じて南北朝鮮の若いに一役買おうと思った。だが、02年、「収容所で父親が公開処刑された」と聞かされ、「父に代わって北朝鮮の人権抑圧状況を伝えるのが自分の使命」と思い立った。

ミュージカルに出たくて集まった韓国の若い俳優たちが、練習を見に来る脱北者から体験談を聞き、北朝鮮の現状を学んでいる。「ここも南北対話の場」と自負する。

(2006年3月15日新聞記事より)

民族の傷に薬を

北朝鮮告発ミュージカル監督来日
北朝鮮で映画制作を学んで韓国に亡命した脱北者で、北朝鮮の政治犯収容所を告発するミュージカル「耀徳(ヨドック)ストーリー」を上演している鄭成山(チョン・ソンサン)監督(36)が脱北者支援団体の招きで来日した。3月のソウルでの初演以来、韓国で10万人が三田ミュージカルは、秋には米国でも上演される。5、6日には東京と大阪で北朝鮮の人権問題について講演会に出席し、「日本でもぜひ上演したい」と意欲を語る。

◆日本公演を目指す 

栄光の頂点に立った女性舞踏家が収容所に送られる過酷な運命の物語。
耀徳(ヨドック)収容所8年半収容された金英順(キム・ヨンスン)さん(69)ら脱北者から聞き取りした。「日本人拉致被害者」も登場。絶望して自殺を図り、帰れぬ故郷を懐かしんで「北国の春」を歌う。

Imgp0920

金英順(キム・ヨンスン)さん

公演を見た韓国の若い世代から「本当にこんな事が起きているんですか」と驚かれ、「韓国でも北朝鮮の真の姿が伝わっていない」と感じた。

「北朝鮮の人権抑圧は民族にとっての『傷』。傷を隠さずに広げて薬を塗り込むような公演にしたい」と意気込む。

ソウルでは8月11日から再演され、米国では9月、10月にワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルスで公演する。日本公演のめどは立っていないが、劇団四季に2年間所属し、日本語も話せる俳優、李朱蓮(イ・ジュヨン)さん(27)が主役を務める予定という。

Imgp0915

講演会は5日午後一時半から東京麹町の食糧会館、6日午後一時半から大阪中央区の府社会福祉会館で。

2006年8月5日(朝日新聞より)

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2006年8月 2日 (水)

拉致問題映画制作に協力を!

・ 狭山の黒い雨  1973
・ 矢田教育差別事件  1976
・ 斬殺せよ 切なきもの、それは愛 

上記の作品などを手がけた映画監督の須藤久さんが、拉致問題を取り扱った映画の制作を目指しています。

ダイヤルQ2「映画3分間コラム」0990-535-535にアクセスすることで、映画制作にカンパすることができます。

<font color=blue>≪PR≫
新浪漫派映画監督須藤久が、時代を揺るがす映画をめざして、拉致問題をテーマとする映画製作を決意!その資金調達のため、上記ダイヤルQ2を開設しました。ご協力のほどを!詳しくは、ホームページまで!</font>
ホームページ
http://members2.jcom.home.ne.jp/kouzanji/

<u><b>参考資料</b></u>

[調査会NEWS 377](18.6.9)

■(参考情報)映画製作ダイヤルQ2

 下関市在住の映画監督、須藤久氏が現在拉致問題をテーマとした映画の製作準備をしています。須藤氏には部落問題をテーマにした「狭山の黒い雨」や2・26 事件をテーマにした「惨殺せよ」などの社会派作品がありますが、今回、ご自分の出来ることで拉致問題解決に協力できればということで、取り組まれることになりました。

 ただ、資金的には前売券方式が難しいため、須藤監督自身が語る映画評のダイヤルQ2を設け、そこから得られる情報料を資金とされています。1回約3分で、情報料は約300円(それ以外に通話料が必要)です。番号は下記の通り

0990-535-535(携帯・PHS・公衆電話不可)

 NTT側の意向でタイトル等に拉致のことは一切入れられませんでしたが、解説の中では拉致問題にも触れています。ちなみに現在流れているのは韓国映画「ブラザーフッド」の解説です。単に映画評として聞いても興味深い内容なので、ご関心のある方は一度お聞きください。

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2006年7月31日 (月)

拉致パネル展とてんびん座公演

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「横田めぐみさん等の拉致被害者を救出する市民パネル展in鎌倉」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
日時:平成18年8月16日(13時~21時30分)・17日(10時~21時30分)
主催:北朝鮮による人権侵害を考える市民パネル展実行委員会
共催:北朝鮮に拉致された日本人を救う神奈川の会
後援:拉致被害者と家族の人権を考える湘南の会実行委員会
場所:鎌倉芸術館ギャラリー  

        http://kamakura-arts.jp/

案内図:http://kamakura-arts.jp/access/index.html
問合先:090(9816)2187
又はsukukaikanagawa@hotmail.com

◆劇団てんびん座アンコール公演

8/16、17の両日は、鎌倉芸術館で、劇団てんびん座の拉致問題を扱った演劇が公演されます。ゴールデンウィークに横浜で公演されたものが、好評で再演されるものです。
沢山のかたに拉致の悲惨さを知ってもらいたいという願いで行われる公演です。
お近くの方はどうぞこの機会にお出かけください。

━━━━━━━━━━━━━━
『この手に』
  ~横田めぐみを想う~

━━━━━━━━━━━━━━

あの子を返してください
13才のあの子を・・・
生き生きと ぴかぴかだった
あの子の命を・・・
二十九年の『とき』を
返してください

――――――――――
 チケット購入方法
――――――――――
前売¥2500
当日¥2800

全席自由・日時指定

◆チケットぴあ
 電話:0570(02)9999
ファミリーマートから申し込めます。

◆松林堂書店(鎌倉駅前)
  その場で購入できます。
―――――――――――――――
劇団てんびん座
TEL:0467-31-6565
FAX:0467-25-5777

tembinza@kamakuranet.ne.jp

http://www1.kamakuranet.ne.jp/tembinza/

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2006年7月23日 (日)

翼(つばさ)

  川口の集会で紹介された曲です。
翼(つばさ)


           作詞:小林 かずまさ
           作曲:藤井 秀亮

もしも・・・ もしも悲願(ねがい)が叶うなら
この腕を 翼に変えて
力の限り飛んでいきたい あの子のもとへ
幾年(いくとせ)も 季節は巡り
咲く花も 川の流れも変わらねど
父も母も 於いて小さくなりました
だけど 瞼に焼き付く幼いあなたは
あの日のままで 微笑んでいる
寂しかろう辛かろう 北の彼の地は
戻れ戻れこの胸に

もしも・・・ もしも思慕(おもい)が届くなら
この魂(こころ)カモメに託し
絆の意図を届けて欲しい あの子のもとへ
今日もまた 星空仰ぎ
いつの日か 会えるその日を祈りつつ
合わす両手 皺もいつしか増えました
けれど 健気に生きているあなたを思えば
どんな苦労も 厭いはしない
ひもじかろう寒かろう 北の彼の地は
帰れ帰れこの腕に 父の腕に

いつか 戻る日信じて耐え抜いてるあなたを
片時だって 忘れはしない
泣きたかろう切なかろう 北の彼の地は
帰れ帰れ故郷に 家族のもとに
帰れ帰れ故郷に 家族のもとに

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2006年7月 7日 (金)

七夕・願いの短冊

テレビで横田さん夫妻を拝見していると、その苦しみ、悲しみ、怒りが伝わってきて、こちらまで五臓六腑をかき回されるような痛みを感じます。

お疲れはいかばかりか?心労はいかばかりか?

横田さん夫妻、めぐみさん、ウンギョンさん、三代に渡って、人生をめちゃくちゃにする北朝鮮、金正日!

許せない気持ちです。

今日は七夕、昨年願いを込めた短冊を見ながら、どうして日本は被害者を取り戻すことが出来ないのかと思います。

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2006年7月 2日 (日)

恐ろしいこと

≪TBSの報道特集≫

≪荒木和博氏≫
「日本の世論は記者会見、再会から見ていて、これはもう<言わされているな>と、北朝鮮というのはひどい国だなと言うことをますます学習してしまったと。おそらく韓国の中でもこれを真に受けている人はほとんどいないだろうと。そう言うことを考えると分断を狙ったのかもしれませんが結果は逆の方向に動いているんじゃないかと思います。」


≪ナレーション≫

<しかし、こんな心配も聞かれます。
金英男さんと横田めぐみさんの娘、キム・ウンギョンさん。これは新たに公開された写真。
  

幼い頃から裕福な家庭で育ってきたことが伺えます。
彼女は現在18才、親権を持つのは、父親の金英男さんです。
会見ではこう話しました。

≪金英男さん≫
「現在の状況で日本政府が取っている処置をみると、ウンギョンを送りたいとは思いません。またウンギョンも行かないと話しています。」

≪ナレーション≫
43年前のいわゆる寺越事件で父親が失踪、死亡と伝えられた内田美津夫さん。
かつて家族を分断された立場からこう話します。

≪寺越さんのご家族内田美津夫さんのことば≫
「取り返すなら、いまのうちです。
これが年月がたつと、キム・ヘギョン(ウンギョンさんのこと)ちゃん、

結婚することになるかもしれません。向こうの人と・・・。

出てくるにしても、旦那さんの家族とか、子供が出来たりすれば、また問題は難しくなります。」

≪ナレーション≫
美津夫さんの従兄弟、寺越武志さんは一緒に暮らそうと父親を説得し北朝鮮に連れて行きました。美津夫さんは同じ事態も考えられると言います。

≪寺越さんのご家族内田美津夫さんのことば≫
武志の父親は「お父さん一緒に暮らしましょう。私達も北朝鮮でこういう良い生活、広い部屋を与えられて、食べるものにも不自由しないで、そういう生活をしていますから、最後の親孝行をさせてください」と言われて、今平壌で暮らしています。 必ず、金英男さん家族も、そう言うことになるかもしれないと心配しています。

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2006年6月29日 (木)

物語のようなショック

ブルーリボンの祈り Book ブルーリボンの祈り

著者:横田 早紀江,斉藤 真紀子,真保 節子,牧野 三恵
販売元:いのちのことば社フォレストブックス
Amazon.co.jpで詳細を確認する

横田早紀江さんは、2003年に出版された「ブルーリボンの祈り」の序章で以下のように述べています。

―引用―――――――――――――――――――――――
~はじめに~  横田早紀江
金木犀の香りが街角に漂う秋、10月。
5日は、拉致された娘めぐみの39回目の誕生日。13才からの幾年間が、恐怖と寂しさに耐えながら、何度、金木犀の香りに日本の家庭や友人たちへの思いをかき立てられたでしょう。

今年は期せずして誕生日前日の四日に、昨年帰国なさった曾我ひとみさんから速達が届きました。『何かしら?』とあけて読むと、思いがけず、北朝鮮でめぐみと過ごした10月5日のことが書いてありました。拉致されてから2年目、めぐみの15才の誕生日にひとみさんとめぐみは、指導員の車で街をドライブし、二人ともご機嫌だったこと。賄いのおばさんの手により、お祭りの時よりもすごいご馳走が用意されていたこと。そこには肉、魚、野菜等々たくさんあって、二人とも少しお手伝いをしたこと。そのおばさんは、家でバースデー・ケーキを作って持ってきてくださり、『お母さんと一緒だったら、もっとおいしいご馳走を作ってくれたでしょうに、ごめんね』と言われたこと。そして、二人とも本当の娘以上にかわいがっていただいたことなどが書かれてあり、大変驚きました。いったいどのように過ごしているのかと想いを巡らし続けていた私達にとって、一時的ではあれ、このように優しい方に出会い、暖かい思いやりの中で過ごしていた娘の様子を知り、神さまのお守りを感謝しました。

          (中略)

私はこのように、まるで物語のようないろいろなショックを次々と受けながらも今日までやってこられたのは、さまざまな出会いがあったからです。

あの新潟での絶望の時に巡り会ったマクダニエル宣教師ご夫妻、事件直後、最初からかかわってくださった友人たち、何より大切な聖書との出会いがありました。
           (以下略)
参照:Blue-jewelVoice

――――――――――――――――――――――――――

今日の記者会見は、想定内の事ではあります。
それでも、きっと滋さん、早紀江さんにとっては、≪新たな物語のようなショック≫です。

金英男さんは、準備周到に用意された原稿を何度練習したのでしょう?よどみない会見をみながら、私は、平島筆子さんを思い出しました。彼女には、涙がありました。彼女は、ウソとわかっていても、北朝鮮に戻った以上、彼等の指示どうり語らざるを得ない、涙がありました。彼女は、泣きながら、「金正日マンセー」と叫びました。その声は震えていました。

寺越武志さんも中学生、15才で拉致をされました。彼も、表向き北朝鮮の代弁者ではありましたが、「そうせざるを得ない」苦悩も感じ取れました。

金英男さんは、よどみなく、「私は拉致されたのではない、北朝鮮政府に厚遇された。感謝している」と話しました。彼は、完全に洗脳されています。工作員としての教育を受けているんですね。

私は、金英男氏が哀れで仕方がない。
哀れです。痛々しいです。疑いもなくこの言葉を言っているのかどうかわかりませんが、彼は間違いなく自分の人生を北朝鮮に弄ばれている。

ここに三日ほどの間、横田夫妻のお疲れ、心労が日に日にたまっているように感じられます。北朝鮮は、どこまで人の心を弄べば気が済むのでしょう?

真心のない国家、北朝鮮。
それでも、早紀江さんは、耐えています。
≪物語のようなショック≫を乗り越えていく横田夫妻。

それを支えるのは、私達の責務です。
日本人としての責任ですよね、みなさん。

私達は今まで拉致を解決出来なかった日本人の責任を私達も果たさなければなりません。
この問題は次世代に引き継いではいけないのです。
今の時代に生きている私達が、解決に向け、関心を持ち、支えていきましょう。

今日の怒りを、はがき、メールに託してください。
蒼のはがき、送ります。メール(mail@blue-stars.org)までご連絡ください。
どうぞ、宜しくお願いします。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年6月28日 (水)

アブダクション 拉致 横田めぐみストーリー

本日(2006年6月27日)家族会主催で上映会が行われました。
会場には、外務省、政府関係者、報道機関、家族会、救う会関係者を中心に300名ほどの人数が集まりました。
安倍晋三官房長官、中山恭子元参与、鈴木政二官房副長官の姿もありました。

Chris Sheridan さん Patty Kimさんも駆けつけ、上映前にご挨拶、上映後には質問にも答えてくださいました。
サファリメディア(http://www.safarimedia.net/

映画について
めぐみさんの拉致当時から現在までを、コンパクトに丁寧にまとめたドキュメントでした。
めぐみさん問題を中心に、帰国した5人の家族や、まだ戻れない市川さん、増元さん、松木さん、有本さん、田口さん、石岡さん達にも触れながら構成されています。

会場の報道関係者からも、「改めてこの30年間の経緯をみることができ、感慨深い」との感想も述べられました。

明日、金英男さん家族の面会を控えた今日、この映画を見ることが出来たことは、非常に意味がありました。

家族が全国を駆けめぐる代わりに、この映画が日本の各地で上映されれば、大きな力になるだろうと思いました。

報道機関のみなさんには是非こういう映画があること、国内で配給されていないことなどをしっかり伝えてほしいと思います。

今回の上映会に当たっては、田村順子さんの多大なご助力があったと、増元さんから紹介があり、ご本人も会場にいらっしゃいました。
参考:(http://www.sponichi.co.jp/society/news/2006/04/10/02.html

これをきっかけに、この映画の配給会社が決まって日本上映が可能になることを祈ります。

◆尚、現在の状況は

調整室では民間の商業作品なので、政府は関与できないと言っていました。

少し詳しい人に聞いてみたら、
●実はサファリメディアの状況は莫大な個人負担の投資(借金)の回復を少しでも達成するためにも、映画をメジャーの配給主に売りたい。
●そのため、各地の映画祭への参加を続けている。
映画祭の規則で、参加作品は、一般上映していないという条件があるため、一般上映できずに、映画祭参加を続けている。

●日本の配給会社はドキュメンタリー映画の配給経験があまりなく、躊躇している?
―――――――――――――――――――――――――――

◇日本の大手の映画配給 会社に働きかけて、動かすことはできないでしょうか?

◇それは、どこの映画配給会社ならやってくれそうなのか?

◇だれかそう言う動きを率先してやってくれる知識人はいないでしょうかね?

読者のみなさんにも、上映に向けてどのような活動が有効か、どういった形なら上映が可能かなど、ご意見がありましたら、コメント欄に書き込んでいただけると幸いです。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年6月18日 (日)

北朝鮮人権法成立に思う

北朝鮮人権法は、成立に当たり与野党の意見をすりあわせて成立しました。
この法律が直接的に拉致問題の解決に繋がる訳ではないが、制裁発動の根拠となる部分も含まれ、日本政治の一つのステップとして前進したのだと思います。

拉致問題は今や国際問題です。家族や救う会の努力でアジアにも、アメリカにも国連にも取りあげられ、日本だけの問題ではなく、北朝鮮という犯罪国家による他国民への人権侵害として世界が注目しています。

法律に含まれる脱北者の保護について、厳しい見解も聞かれますが、日本が世界に拉致問題を人権蹂躙として訴えるならば、北朝鮮人民に対する金正日の人権蹂躙に対して私達が目をつぶり、そっぽを向くことは許されません。

この掲示板に投稿してくださっていた疲れ目さんが、北朝鮮が崩壊した場合に北朝鮮の難民受け容れる必要があると言う意見を数年前に書いてくださったことがあります。その折『日本が難民を受け容れる必要はない』『そんな余力はあり得ない』という反論もありました。

しかし、我々が世界に人権を訴えるのであれば、やはりこの問題は避けて通れないのだと私は思います。
人権という問題は、人類共通普遍の問題であるからこそ、ブッシュ大統領も家族と面会したのだと思います。

私達は今試されています。我々も、人権問題を主張し語る資格があるのかと。
日本人が差別や、嫌悪を超えて、人として人権を語る資格を持つこと、人権意識を高めることが大切だと思います。それは半島全体に対しても同じであるべきです。

北朝鮮の政権は人権を無視しているからこそ世界から非難を浴びます。今そのことに世界が気づこうとしています。このところの韓国の動きには、落胆する部分も多くあり金英男さん家族の北朝鮮での面会を推進する北朝鮮、韓国両政府にも私達は苛立ちを覚えます。しかしそれは、政権に対する批判であるべきで、そこに住む人々全体に対するものであってはならないはずです。

韓国の中にも、北朝鮮という国に対する対応に新しい動きがあり、私達と同じ考えを持つ人々がいることを、5.27の日韓連帯集会で知ることができました。(当ブロク記事参照)

<嫌韓>を超えて、世界共通の人権という意識を持たなければならないと思うのです。その意識こそが拉致問題解決への底力になるはずです。

調査会ニュースの中で加藤博さんと荒木さんの会話の「10年前なら『北朝鮮人権法』などと言っても誰も相手にしなかったでしょうね」というのは真実ですね。そこまでの人権意識が10年前の日本にはなかったでしょう。

この法律にはまだまだ不備なところもあります。けれども成立したことに意義があります。そしてどんな法律も運用する側の資質によってよくもなり悪くもなるのです。

大切なことは、この法律をきちんと運用できる政権を私達が選び、監視していくことです。そして不備があれば改善させることです。

韓国で私達と同じ意識をもっている人たちは、韓国保守ではなく、左の人たちです。私は日本の左の人たちにも、このことに気がついてほしいと思っています。九条の会の人たち、そして今回の法案に反対した社民党、共産党のひとたち。彼らは人権を標榜し、人権問題に積極的に取り組んできた人たちのはずですから。

しかし、哀しいかな社民党は北朝鮮人権侵害対処法案についてという談話を出しています。

  本法案がこれまでの外交的努力、国際的な努力を阻害させるおそれがあるばかりか、 かえって拉致問題の解決をも遠ざけるのではないかと危惧せざるを得ない

この政党に未来がないと改めて思いました。しかし、その中にももう一度人権と言うことを考え直せる人たちが出てきてもらいたい。そういう人たちが出てくる日本であってほしいと願います。

参考:参議院投票結果

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2006年5月28日 (日)

5.28国民大集会を盛りあげよう。

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国民大集会まで、あと一週間ですね。27日の◆日韓連帯東京集会 、28日同日開催の茨城県民集会(水戸)、そして、東京日比谷公会堂の「今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会」を成功させ、政府に決断を迫らなければなりません。 ご家族は本当にお疲れです。私達も力を出しましょう。 上記の画像を用意しました。

ブロクやサイトをお持ちの方、応援する意志を示すために、この画像をサイトに貼り付けてくださいませんか。日本中に関心を持ってもらいましょう。

大会に参加しなくても、参加しても、関心を持って見守っていますという目地印に。御協力頂ければ幸いです。

リンク先は(http://www.sukuukai.jp/index.html)救う会のTOPページまたは、(http://blue.ap.teacup.com/star717/528.html

または、このページに。

画像だけの掲載でも結構です。

サイトをお持ちのみなさん、トラックバックなどで、応援する仲間に知らせてください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◆今年中に拉致被害者全員救出を!国民大集会

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

と き:平成17年5月28日(日) 午後4時から6時半まで

開 場:午後3時(先着順)

ところ:日比谷公会堂 

   〒100-0012 千代田区日比谷公園1-3

      TEL03-3591-6388       

     地下鉄霞が関駅B2・C4口、内幸町駅A7口、

     日比谷駅A14口徒歩3分

司 会:櫻井よしこ・ジャーナリスト

訴 え:家族会会員・救う会役員・拉致議連役員       韓国人被害者家族と家族会など 来 賓:(未定)参加費無料(会場カンパ歓迎) 参照:救う会HPでご覧ください。

  

当日横田夫妻、増元さんは、水戸の集会から移動しての参加です。

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2006年5月 5日 (金)

劇団てんびん座公演『この手に・・・』

5月7日(sun)最終公演です。

とても良い作品です。

横浜まで是非お運びください。

先日の神奈川集会でも、案内がありましたが、5月、ゴールデンウィークに、てんびん座という劇団が、めぐみさんの拉致を取り扱った演劇を行います。
沢山のかたに拉致の悲惨さを知ってもらいたいという願いで行われる公演です。
お近くの方はどうぞこの機会にお出かけください。

  

━━━━━━━━━━━━━━
『この手に』

  ~横田めぐみを想う~
━━━━━━━━━━━━━━

あの子を返してください
13才のあの子を・・・
生き生きと ぴかぴかだった
あの子の命を・・・
二十九年の『とき』を
返してください

日時:2006年5月
3日(水)       18:30
4日(木) 13:30/18:30
5日(金) 13:30/18:30
6日(土) 13:30/18:30
7日(日)   15:00

全休日 開場は開演の30分前

場所:相鉄本多劇場
   電話:045-319-2150

―――――――――― 
 チケット購入方法
――――――――――
前売¥2500
当日¥2800

全席自由・日時指定

◆チケットぴあ
 電話:0570(02)9999
ファミリーマートから申し込めます。

◆松林堂書店(鎌倉駅前)
  その場で購入できます。

◆相鉄本多劇場窓口
  予約受付します
―――――――――――――――
劇団てんびん座
TEL:0467-31-6565
FAX:0467-25-5777
tembinza@kamakuranet.ne.jp
http://www1.kamakuranet.ne.jp/tembinza/

<地図>


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2006年5月 2日 (火)

ブルーリボン

早紀江さんのアメリカでの活動、すばらしかったですね。
お体を休める暇もない帰国後の行動力にも、本当に敬服して拝見しています。

早紀江さんの母としての訴えは、世界にも、そして日本でもたくさんの人の心を揺り動かしましたと思います。

今日、私はその実例にめぐり合いました。私の知り合いの方とお話をしたときのことです。
彼女は、大先輩ですが、まもなく定年になります。
日ごろから私が拉致問題に僅かばかり関わっていることを知っていて署名も快くしてくださった方です。

その方が、今日私に言いました。
『今回の訪米の様子を報道で見ていて、私は早紀江さんの姿が崇高にみえたのよ。あの姿は、現在の日本の母親が、時折忘れてしまっている、本当の母親の姿だと思います。どんなに苦しくても、わが子を救おうと必死になっている早紀江さんの姿を見て、涙がでた。私はもうすぐ定年で退職します。早紀江さんの姿をみて、定年後の時間を何かこの問題のお手伝いに使えないものだろうか?本当にこの問題は、制裁でも何でもやって取り戻すべきことだと思ったわ。あなたは、どんなことをやっているの?』と。(要旨)

私は署名、NETで情報を伝えていること、はがきの運動をしていること、集会に参加していることなどを言いました。そして、何か一つでいいから行動してほしいとお願いしました。

彼女は『今のところ、集会などに行く時間はまだ作れないけれど、何かできることはないかしら?』と。

私は、バックにつけていたブルーリボンを差し上げました。
『私は、手先が器用ではないので、リボンを作ることはしていません。よかったらリボンを作っていただけませんか?』と。

彼女は『これなら私にもできるわ。これを作ってあなたに渡せばいいのね?そうしたら、あなたが集会や、署名活動にもって行ってくれるのね?』

私は、物凄くうれしかったですよ!

彼女は仕事が終わったら、すぐにでもリボンを買いに行く、そして早速作り始めるとうれしそうに、おっしゃってくださいました。

私ができることは、こうやって一人一人を仲間にしていくことです。ほんのわずか、一人、一人ですが、仲間が増えているのが、心強いのです。

NETを通して、人を通じて、拉致の情報を知り、それぞれが仲間を増やし、何でもいい、行動をおこしてくれれば、きっと政府も動かざるを得なくなります。

早紀江さん、あなたの訴えは、日本人だけではなく、世界中の人間に響いたのだと思います。
大きな力をいただきました。

早紀江さんには、「どうか、お疲れを休めてください。」と言いたいです。

私たちも行動し、そしてめぐみちゃんや、特定失踪者を含む、すべての被害者を取り戻すまでがんばらなくちゃ!

先輩は、仕事が終わるとすぐにリボンを買いに、お店に向かいました。

もし、この記事を読んで、私もリボンを作りたいと思ってくださった方は下記リンクを参考にしてください。
作り方が書いてあります。

ブルーリボンの作り方

蒼き星々HPからメインメニュー、そこから、資料集にはいって、ブルーリボン工作室をクリックしてみてください。

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2006年4月30日 (日)

私達ができること

ホワイトハウスにメールを!ホワイトハウスに感謝のメールを送りませんか?
文章は以下だけでも、追加してもいいでしょう
――――――――――――――――――――――――――――

 My name is _______, and this mail is from Japan.
 Thank you very much for the meeting with Yokota family.
 I am very proud of you, Mr. President.
 God bless you, and God bless America.     
――――――――――――――――――――――――――――

ホワイトハウスホームページに今回の面会の様子が掲載されています。
ページ内からも日本からメールが送れます。
感謝のメールを送ることも、後押しになるでしょう。
ホワイトハウスにホワイトハウスにメールを送ろうと呼びかけているサイトもあります。

ブルーリボンをつけよう
バックに、胸に、ブルーリボンをつけましょう。
ビーズのお店Blue wishでは、拉致の解決を願うビーズのブルーリボンが見つけられます。
新しいデザインもありますよ。

  

署名
署名用紙はこちらからダウンロードできます。

官邸に拉致解決を願うはがきを送る運動。
  蒼のはがきキャンペーンにも是非参加してください。
  はがきの請求は、mail@blue-stars.org まで。
  ご自分で作ったはがきでも良いです。
  郵送先は
  〒100-8968
  東京都千代田区永田町 1-6-1
   内閣官房
   拉致被害者・拉致問題連絡・調整室気付
   内閣総理大臣 小泉純一郎様

  

総理官邸宛のメール
  小泉首相、官邸へのメールはこちらから
  みなさんの、拉致の解決を願う素直な声を届けましょう。

拉致関連書籍を読みましょう。
  お勧めの2冊

    

まず入口は「ブルーリボンの祈り 」が良いでしょう。

~横田 早紀江 (著), 斉藤 真紀子 (著), 真保 節子 (著), 牧野 三恵 (著)~世界、アジア情勢からの分析は「拉致」処分―家族を翻弄する米中のパワーバランス はいかがでしょう?  ~青木 直人 (著)
5月12日には、戦略情報研究所の講演会講師をなさいます。集会に参加することも目標に、事前に読んでおかれることをお勧めします。

今日の署名活動
   署名活動(上野)

   日時:4月30日(日)午後1時半~午後4時半
   場所:上野(西郷さんの銅像の下の歩道)
   主催:新潟救出の会関東県人会(代表・桑原)

お天気も良いようです。お近くでおこなわれる署名活動にも是非足を運んでください。

みなさん、何でも良いのです。
自分のできることを一つで良いのです。
ご家族の変わりに少しだけできることを行動に移しましょう。
それが私達国民のできる具体的支援です。
Netから、行動へ
Netで得た情報と知識を、貴方の周りの人にも伝えましょう!

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2006年4月18日 (火)

政府作成のポスター



新しく組織された拉致特命チームが、最初の仕事として、拉致の解決を訴えるポスターを作りました。
全国の駅、公共施設などに貼られることになるそうです。

本来、拉致奪還は国家が取り組むべきものなのに、現在までの活動は、ご家族、救う会にほとんど頼り切りでした。

これを契機に、拉致問題の集会の企画、パンフレットなどにも積極的に取り組んでほしいところです。

ポスターは希望者も多いようですので、デザインや、訴える言葉も工夫して第二弾、第三弾と企画してほしいと願っています。

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2006年4月16日 (日)

『金賢姫様へ』飯塚耕一郎さんからの手紙

群馬県前橋市で行われる集会『あなたも拉致の現実を知ってください 』のチラシに掲載されている、田口八重子さんの長男飯塚耕一郎さんから、大韓航空機事件の犯人、金賢姫宛の手紙です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



金賢姫様へ

前略
  突然の手紙をお許しください。私は田ロ八重子の長男の新一郎と申します。
  私の母であると言われている李恩恵について、お話を聞かせていただきたくペンを取りました。
 金さんにとっては、もう思い出したくない話かもしれません。
  しかし、私には母親の思い出がまったくないのです。
  母が北朝鮮に拉致されたのは、私がまだ1年半のときでした。
  母親の兄である飯塚繁雄に引き取られて二十五年、母のことは写真と養父から聞く思い出以外には何も知らずに生きてきました。
  それまで、記憶にない母に対する感情は正直言って曖昧なものでしかありませんでした。抱いてもらった思い出も、叱られた思い出も何もないので、当然なのかもしれません。
  2002年9月に、母の死亡という報道を海外出張先で知りました。そのとき心が張り裂けそうな衝撃に駆られました。どうしょうもない虚無感に駆られ、涙を流しました。
  そのときの気持ちはいまだに自分の中で整理できていないのですが、きっと自分の中に、二十五年ものあいだ触れることができなかった母親に対する感情がない、と知ったからだと思います。私には、実母の写真を見ても、どのような声で、どのような笑顔をしていたのかまったくわからないのです。

  そんな母に対してどんな感情を持てばいいのかわからないのです。ですから、金さんから母のことを聞いて、一片でも母の面影を自分の心の中にじかに焼き付けたい。私はまず、このことから始めたいのです。

  これから私が見るべき明日に向けて、そして未来の家族のためにも、空白になっている母の面影を少しでもつなぎ合わせていきたいのです。
  お忙しい中、このような手紙をご覧いただき、ありがとうございました。
  どうかご自愛ください。また、乱文失礼いたしました。      敬具
飯塚耕一郎


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2006年4月10日 (月)

「母が拉致されたとき 僕はまだ一歳だった」

漫画アクションに、飯塚耕一郎さんの
  ―――――――――――――――――――――――
   「母が拉致されたとき 僕はまだ一歳だった」
  ―――――――――――――――――――――――
の連載が始まりました。



耕一郎さんの気持ち
参照


第一回「大韓航空機爆破事件」の冒頭のことばです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  蓮池透氏は『奪還』において、
  “弟の拉致”を怒りを込めて語った。
  横田滋・早紀江ご夫妻は、
  『めぐみ』において、
  “娘の拉致”を悲しみをこらえて語った。
  そして本編において、
  田口八重子さんの息子、
  飯塚耕一郎氏が、“母の拉致”を語る。
  そこに去来する想いとは・・・!?
  「大韓航空機爆破事件」「拉致事件」
  という未曾有の国家犯罪に
  巻き込まれた家族を描く、
  漫画アクション発
  北朝鮮拉致事件 ドキュメンタリー第三弾

『母が拉致されたとき 僕はまだ一歳だった』

 原作・監修/飯塚耕一郎
(北朝鮮による拉致被害者家族会)
 作画・構成/本そういち


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

耕一郎さんは、未だに本当の母田口八重子さんに「お母さん」と呼びかけたこともなく、
一度も、母の日に本当の母、田口八重子さんに、カーネーションを渡す幸せも味わっていません。
自分が生きてきた年月全てを、母田口八重子さんは、北朝鮮にとらわれている。
幼く別れた我が子のことを想い続け、妊娠線をみせて、日本に帰りたいと訴えた八重子さんを、日本という国は、未だに救い出すことができない!

母を知らずに成人した二人の子供のよりどころのない不安感を想うと、私には言葉がありません。
彼の心底からの叫びを、どうか皆さんにも聞いていただきたい。
漫画アクションを見かけたら、是非このページを開いてください!

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2006年4月 5日 (水)

ドキュメント北朝鮮を見て

~3日分を見終わって簡単な感想~

金日成、金正日親子が、いかに狂った指導者であるか、世界一おかしな指導者をソビエトが育成し、その危険性を知りながら、放置し、アメリカは取るに足らない存在として黙殺している間に、北朝鮮という非道国家を存続させ続ける結果となり、そのあまりにも身勝手な行動の<罠>にはまってきたかということを知ることができました。

この番組内容が、北朝鮮の全てではなく、取り扱い方も完璧とは思いませんが、北朝鮮の謎を解き明かす手がかりとなる一万二千ページの秘密文書(旧社会主義国の党幹部や、外交官が間近に接した北朝鮮の実情を克明に記した資料)を世界各国から入手したこと、その記述を元に、歴史的事件の渦中にいた当事者200人あまりを取材、その直接のインタビューを放映したことは、貴重な証言として評価したいと思いました。

3日間の放送には、下記のワジム・トカチェンコ氏の悔恨ともとれる言葉のように、我々が記憶しておくべき証言内容が多く含まれていましたので、少しテキストとして残そうと思います。

<ワジム・トカチェンコ(当時、ソビエト共産党中央委員会)のことば>

「北朝鮮はソビエトにとって常に頭痛の種でした。彼らは主体思想を教え込まれ、目的達成のためには、どんな手段を用いてもかまわないと考えているのです。
自分の国のためなら、何をしても許されるのです。私は時折思います。このような人々と全く関わらない方がいいと。不用意に関わるとこちらが病気になり、傷つく事になります。」

顧みて実近でその姿を黙認してきた日本とは、いったい何だったのだろうと。

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2006年3月31日 (金)

トーマス・シーファー大使の手紙

救う会全国協議会ニュース(2006.03.31)より

――――――――――――――――――――――――――――
 シーファー米国大使は、3月16日、新潟で横田めぐみさんの通学路・拉致現場を視察したが、その際に面会した横田滋・早紀江さん夫妻など関係者に、22日付けの手紙が本日届いた。以下はその全文(仮訳)である。

■政府の最高幹部に話し続けます?シーファー大使から手紙

 3月16日に私と会って下さってありがとうございました。何年にもわたって苦しまれ、悲しまれたことを話してくださって本当に感謝しています。ずっと昔、めぐみさんが歩いた道を私も歩むということで、拉致という非道な行為は、拉致された方々もさることながら、残されたご家族の方々にどんな悲しみをもたらしたかが実感できました。愛するものがいなくなり、どこにどうしているのかわからないということは、私には察しようとしても察することのできない悲しみだと思います。この問題を取り上げ続けるために皆様ご自身が個々で、またグループとしてなさってくださっていらっしゃるご努力を高く評価するとともに、新潟でお話しした通り、私が駐日アメリカ大使の任についている限り、この問題をアメリカ政府の最高幹部に話し続けることをお約束いたします。

J.トーマス・シーファー(サイン

――――――――――――――――――――――――――――
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2006年3月28日 (火)

日本の春に・・・

東京は間もなく桜が満開を迎えます。
近所の遊歩道は、八分咲きの模様。提灯も下げられ、花見の季節真っ盛りです。
署名活動の行われている上野も今週末は満開かなと思います。

春の明るい日差しがまぶしいですね。
水戸から梅の盛りの写真が届きましたのでご紹介しておきます。

    




偕楽園の梅、次の出番を待つ、桜の蕾もふくらんでいます。
日本の四季、季節の花を見るたびに、拉致被害者が未だに戻らないもどかしさを感じます。
ぴろんさんの紹介してくださった、生島馨子さんの著書、『うらさんの涙はダイヤモンドになって』は特定失踪者のご家族のお立場、辛い思いをひしひしと感じる事のできる支援者必読の一冊です。

今、拉致問題が僅かに動きを見せている、この状況を見守りながら、特定失踪者のご家族は、期待と一緒に大きな不安を抱えていらっしゃいます。生島馨子さんも、そのお一人です。都会の中で、特に支援団体もなく、政府に認定されない拉致被害者の家族は、不安定な立場で、救う会、調査会にも気遣いをしています。

昨年韮崎で行われた集会で山本美保さんのご姉妹、森本美砂さんがおっしゃっています。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 『日本の中で400人以上いる特定失踪者家族は、あまり声を出していないんです。
 拉致の認定をもらっていないからです。
 「拉致でなかったらどうしよう」と言う不安を抱えて生きているんです。
 何十年も家族に会えない状態で苦しい胸の内を秘めながら、
 「でも拉致でなかったらどうしよう。」
 「特定失踪者問題調査会の荒木さんたちに迷惑をかけるんではないか」
 「批判されるではないか」
  と、そんな思いもあってなかなか声を出せません。』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

特定失踪者のご家族の中には、支援団体のある方もいらっしゃいます。でも、それは数えるほどです。一部のご家族は、地方の救う会と連絡を取られています。しかし400に上る特定失踪者ご家族の中には、孤独に苛まれ、支援団体もなく悶々とした思いで、北朝鮮に奪われたかもしれない家族のことを心配している方が多いのだと思います。

拉致を確信していても、<拉致でないかもしれない>という不安も抱えている。目撃証言の無い特定失踪者のほうが多いのですから、証拠もなく、認定もされず、調査もされず、交渉に名前のあがることもない。

その不安定な立場を、隣人である私たちは救って差し上げられないのでしょうか?その気持ちを聞いて差し上げる、悩みを分かち合う、それだけでも、心晴れることも多いのだと思います。

拉致であろうが、無かろうが、隣人の苦しみ哀しみに手をさしのべ、助け合うのが日本人の美点ではありませんか?

ご家族は、心から日本の春を楽しめません。
今、動きが見えるからこそ、特定失踪者のご家族は、その流れに、自分たちの家族が置き去りにされ、埋没するのではないかという不安を抱えていらしゃると思います。

特定失踪者の名前を覚えましょう。そしてその人達のことを考えましょう。気になることが見つかるかもしれません。
せめて、せめて、名前を。

生島さんのお母様は昨年2月に99才で、大好きな梅も桜も見ることなく亡くなられました。
せめて、水戸の梅の写真をお仏壇に供えたいと、ふと思いました。
馨子さん、元気を出して!
私たちも、忘れない、僅かですが手を差し出しますよ!

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2006年3月25日 (土)

日本という国

すこし時をはずしましたが、WBCの感動は政界にも広がりました。
安倍官房長官は記者会見で、「久々に国民の心が一つになった。思わぬ準決勝、決勝進出だったが、チャンスをよく生かした。本当にうれしかった」と述べた。

竹中総務相も「WBCという新しい試みが国民に感動を与えた。野球のシステム改革の中で選手が頑張り、ファンも感動を共有している。素晴らしいことだ」と。

首相は、首相官邸で記者団に、「久しぶりに興奮しながらテレビを見ていた。(プロ野球の)日本シリーズの緊張感と高校野球のひたむきさ、これが重なり合って、多くの人に興奮と感動を与えてくれたのではないか」と語った。

中川経済産業大臣は、イチローの示したとの時々のリーダーシップとその姿勢について、『われわれも学ぶ点が多い、WTOの交渉にも参考になる』と発言しています。

スポーツの世界でぎりぎりのところで発揮できる力は最終的にはその精神力と積み重ねられた練習の結果なのだと思います。

世界一の“二日酔い”WBC日本優勝一夜明け

イチローの示したリーダシップをけなす記事を書いているのは、韓国の一部メディア(<WBC>世界4強金寅植監督「学業並行が野球発展へ」)と日本の中のスポーツを知らないコメンテーターです。これは醜いですね。スポーツは勝つことを目的に行われるもの。公正なルールにのっとり勝ち負けが決まるのですから、『向こう30年間日本とは闘いたくなくなるような勝利』という表現は、完膚なきまでに敵を倒したいという、ごくごく普通のスポーツマンの精神であり、ライバルを貶める言葉でも何でもありません。

各国の論調も韓国を除けば、勝負の後のさわやかな記事になっています。

つくづく韓国という国が世界観を見失っていると感じざるを得ません。
そこから北朝鮮に近いものを感じるのです。
24日の惠谷さんの講演でも、韓国の赤化は、完全に北朝鮮の作戦(工作)どおり進行しており、これを崩すのは非常に難しいとのお話がありました。


実近の戦争犯罪という自虐史感にとらわれる人たちの中に、『イチローは突然愛国主義になった。発言はいきすぎだ』という人たちがいます。『日本は韓国が強いということを証明するためにも、優勝してほしい』といった、テレ朝の川村さんのことばを聞いて呆れてしまったのは私だけではないですね。
純粋に日本は日本のために勝利にこだわればいい。スポーツでは、他国に身を差し出して、媚びようとするのはルール違反です。しかし、特種な相手=韓国、北朝鮮、中国には、その発想が<0>なのです。
日の丸を焼いたり、指を切ったりする行動が、どのぐらい低次元かを私たちは知っています。

他国に占領されたり、蹂躙された経験のない国は、真の意味での国際交流や文化吸収ができない、国家とも言われます。

しかし、省みて日本という国はどうでしょう?韓国だけを笑ってもいられません。
歴史を紐解けば、日本が外国と戦闘を交えたことは数えるほどしかありません。
古代に百済に出兵したとき、蒙古来襲、朝鮮出兵、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦など。

ヨーロッパや、アラブに比べれば、本当に他国と戦闘を交えたことが少ない国です。

外国と戦うことをあまりしなかった国家、日本。
源平の争い、室町の争い、戦国時代、明治維新も含めて、日本という国はほとんど内戦だけしか経験がないのです。
外と戦うことを知らないということなのかもしれません。戦争ではなくても、外国と交渉することを学んでこなかったのですね。

外交べたな国とも言えますね。
明治維新の時には、長州がいち早く、敵の強さを知り、尊王に切り替わり、国を守ることに切り替えました。
不平等条約改正にも心を尽くし、思えば数十年でそれを解消しました。

戦後60年、現代の日本は、北方領土も、取り戻せず、まだまだ戦後を引きずろうとしています。
そして、北朝鮮拉致問題も、進展がない。

原因はどこにあるのでしょう?
私たちは、仲間を増やし、それぞれが認知し連携できてきたでしょうか?

少なくとも、関心を持つ仲間は手を繋ぐべきです。
たとえば攻めるべきは総連という組織であり、多少の違いはあっても、支援者同士が仲違いする必用はないのです。
私は、意見の合わない部分があっても総合的に救う気持ちさえあれば、誰でも味方だと思っています。9条の会の人たちまではとても無理かもしれませんが、異論があっても味方同士が貶めあう必用はないと思っています。

24日の講演の最後、質疑応答で、「同じ敗戦国であるのに、ドイツと日本はどうして違うのか」という質問に、「日本は負け慣れていない」という趣旨のご返事がありました。(詳細はテキストで)

戦争は、天皇がいたから起こったのではない。戦争は日の丸があったから起こったのではない。
戦争は、負けた日本がすべて悪かったのではない。
天皇を利用して、日の丸をシンボルにたて、人間が起こした罪です。
日本という国家が戦争の反省の上、二度と他国を侵さないという誓いを持ったのですから、もう戦後は終わりにすべきなのです。

イチローがダイヤモンドを日の丸をもってはしゃいで歩くさまを、子供たちはうれしそうに見ています。
親の世代が、日の丸への自虐意識を改めるべきではないでしょうか?新生日本の国旗なのですから、日の丸への自虐意識を卒業し、新しい日本の象徴として日の丸を捉えればいいのです。

先日の不届きもののような、過激極右を装った分子が、日の丸を貶めていると私は思います。意図的な貶めの可能性もあります。
私は、もっと素直に国旗をみたいと思うのです。普通に。

フランスは三色旗で革命を勝ち取りました。しかし、同じ三色旗でナポレオンはヨーロッパを蹂躙しました。功罪両面を持ちながら歴史は動いていきます。戦争には、醜いものが付きまといます。従軍慰安婦のような問題や、殺戮はどんな戦争にも必ず見られます。

人間は少しずつ学んできました。ヨーロッパは戦いから学んで、ルールを作ってきました。
日本も学べばいい。過去から学んで同じ間違いを犯さなければいいのです。

スパイ防止法も、破防法も、適用を躊躇するのではなく、正しく制定し、正しく適応し、正しく運用する知恵はすでに持っているのだと私は思います。

戦後、いつまでたっても戦争への恐怖と自虐からの脱却ができなかった。
いつも罪悪感を持ち、他国に気を遣うあまり日本が放置した拉致事件。

私たちも意識改革をすべきですね。内戦だけに明け暮れず、発展的に仲間を増やすこと、そして外国に向け発信していくこと。
そして、9月までに、拉致問題に関心を持つ国民の意識を更に深めていくこと。
日本という国全体がその意識を持つことで、政府は動きやすくなるはずです。

日本は戦争をせずに外国の知識や文化を吸収するという意味では天才的な国です。

心を一つにして、チームが闘う姿をWBCメンバーは私たちに見せてくれました。
日本中が一丸となって拉致問題に取り組むことも、出来るはずです。

和という日本の精神を、私たちは忘れていないのか?
そう言う気持ちを国民全体が持つことができれば、昨日の強制捜査に対して、総連が行った恣意的行為など、誰も目にとめないでしょう。自信を持って、政府が総連の解体に着手できるはずです。

世論が、現在の動きを応援している、まだまだ生ぬるいと思っていると言うことを、しっかり政府に伝えて行きましょう。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年3月20日 (月)

イチローの怒りに学ぼう

韓国戦敗退後、イチローは、怒りを隠さず、マスコミにそれを晒しました。
その怒りは自分自身にも向けられていました。

――――(イチローのインタビュー)――――――――――
 僕の野球人生で一番の屈辱でした。
 昨日はあれまくった。あれまくりました。
 食事して、飲んで、歯も磨かず、ベットの上で寝てました。
 気がついたら、ベットの上にいたという感じです。
 野球人生でこれほどあれたことはなかったですから。。
 日本が、同じ相手に3度も負けるなんてことは決して許されないですから。
――――――――――――――――――――――――

あまりに好戦的なイチローの言葉に、韓国NET界はイチローバッシングであふれたそうです。
彼は決してチームのせい、人のせいにするのではなく、まっすぐでまっとうな怒りを自分自身にも向けました。
この怒りが、チーム全体に伝わって緊張感を持たせ、『絶対勝つ』という意志を持たせることになったのだと思います。

イチローは今日、試合後のインタビューでも、以下のように答えていました。
―――――――――――――――――――――――
「僕は責任を感じない試合なんてない。」
「今日負ける事というのは日本のプロ野球界にとって汚点を残すことと同じですから、
最高に気持ちいいですね。」
「(前回の敗戦は)ホントに悔しかったですね。」
「野球とは喧嘩ではないんですけれど、(今日は)そんな気持ちでしたね。」
「勝つべきチームが勝った、当然ですね」
「何としてもここまできたら、チャンピオンになって皆さんに喜んでもらいたい」
―――――――――――――――――――――――


今日のWBC準決勝を見て、私は感動しました。
最大限自分に厳しく、技術を磨いて、責任を背負って、そして実力を十分に発揮した彼らの勝利に拍手を送りたい。

イチローはお正月のTV番組収録で一度もNG出さなかったと聞きました。
専門外でも取り組むときは、完璧を目指す。空恐ろしいような、気迫と真摯な努力。

とても凡人の私にはまねが出来ません。

ただ私が学ぶことは、拉致問題かなかなか動かない責任は原因はそれを放置してきた私たちにもあり、その我々は自分にも怒りをむけ、改めるために行動すべきだと言うことです。
総連を認知し、その非合法性を訴えることもなかった。
私たちも政治を動かせなかった。拉致に気づいていなかった。
その自分たちにも怒りを向け、その反省から、人々にそれを伝えていくべきだということです。

同じ事を、拉致問題に取り組む日本の政治家のみなさんに、私は望みたい。
あなた達にも、イチローの怒りと自己研磨を!
拉致という非道な犯罪に苦しむ被害者を救う役割をあなた達は背負っています。
市井の市民にはない経験と知識と力量を、あなた達は持っているはずですね。
政治家としての理想と理念を持って立候補し、国政を担当しているんですよね。

誇りと責任感を持って私たちの同胞を取り戻すために活動してください。

拉致被害者を『絶対に取り戻す』という意志を持ち、国民全体にその意志を伝える力のある政治家になってください。
責任を感じて行動してください。
私は、あなた達に活躍してほしいのです!

自らへの怒りも持ち、北朝鮮と対峙してほしい。
被害者を救うために、怒りを、行動に、形に!
どうか、イチローから学んでください。

そして
 「北朝鮮による拉致事件は日本の政治家として最大の屈辱でした。」
「日本が、北朝鮮に奪われ続けているなんてことは決して許されないですから。」
 「拉致事件の責任を感じない日なんてない」
「北朝鮮に負ける事というのは日本にとって次世代に大きな汚点を残すことと同じですから、絶対に取り戻す。」
 「現在の状況はホントに悔しい。」
「国際政治はけんかではないんですけれど、今はそんな気持ちです。」
 「正義が勝つ、それが当然ですね」 


こういう発言をし、そしてしっかり行動してほしい。

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2006年3月19日 (日)

goo kidsに透けて見える日本の現実

goo kidsには小学生用にフィルターがかけられています。
http://kids.goo.ne.jp/index.html
↑(goo kids)

試しに検索をすると、拉致関連のサイトはほとんど表示されません。
詳細はぼやきくっくりさんをみてください。

資料サイトである蒼き星々Blue jewelも表示されない。

電脳補完禄さんでさえ有害サイトということなのでしょうか?

救う会でもごく一部しか表示されない。
拉致に関心を持つ小学生が高学年で社会の自由研究に資料検索も出来ない状況なのです。

掲示板はともかく、資料サイトや、救う会のホームページさえ表示されないのに、何故か<総連>が表示されるのです。

この国では、総連は公式に認知されても、救う会は一部圧力団体であって、子供には拉致の現状を教えてはならないと言うことなのでしょうか?

総連は、国内で大使館並の扱いお受け、東京都内にはアジアアフリカの途上国の大使館など比べものにならない大きな建物がいくつもあります。

拉致に関与したであろう総連は、日本に認知され、救う会は子供にも見せては行けない組織なのですね。

改めて日本の闇を感じます。
私たちは、拉致事件が解決しない裏側に、この深い闇、総連による日本の政治家への工作活動があることを忘れてはいけません。

goo kidsに透けて見える総連の闇は、熊本の総連施設課税への動きが一気に全国に広がらない原因でもあります。
金昭子が家族に会いたいという人権を主張しても、その主張をそのまま記事に載せる新聞社さえある。そのことに、日本人全体が怒りを示せない。

この現実。

話は変わりますがWBCでの韓国戦敗戦後のイチローの怒りに私は爽やかさと、まっとうさを感じました。

怒りは決して憂さ晴らしであったり、的を間違ってはいけないのです。
彼の怒りは自分にも向けられていました。

総連への怒り、動かない政府への怒りは、そのまま自分たちの責任をはたしていない自らにも向けられるべきです。運動家も、支援者も、まっとうな怒りを持って、いかにその解決に向かっていくか熟考すべきです。

私たちは総連は拉致犯罪を幇助した組織であること、彼らが日本で生きる権利を得るのであれば、責任としての納税は当然なのだと言うことを、まず身の周りの人たちに伝えていくべきです。この部分が解消されなければ、いつまでも金を使った総連の工作で政治が被害者を救う方向に加速しないと憂慮されるからです。

日本は変わらなければなりません。
◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年3月12日 (日)

特定失踪者問題にもっと関心持って

特定失踪者問題にもっと関心持って 浜松、河嶋さん救出へ講演会 (静岡新聞)


 特定失踪(しっそう)者問題調査会の拉致認定を受け、北朝鮮に連れ去られた可能性が高いとされる浜松市出身の河嶋功一さん=失踪当時(23)=の救出に向けた講演会「拉致問題を語る」が11日夜、同市の浜北文化センターで開かれた。
 特定失踪者問題に対する関心を高めてもらい、拉致問題解決への世論を喚起しようと、河嶋さんの母校の浜松日体高卒業生らでつくる「河嶋功一君を探す会」(脊古道大会長)が主催。約180人が参加した。
 講師は同調査会専務理事の真鍋貞樹さんと、前衆議院議員の城内実さん。真鍋さんは「問題の本質は北朝鮮の独裁体制にある。日本人だけでなくあらゆる拉致被害者の1日も早い救出を目指したい」と決意を表明。元外務省職員の城内さんは「拉致された人は今この瞬間も生きている。北朝鮮という国を国民がしっかり理解する必要がある」と強調した。
 河嶋さんは大学卒業直後の昭和57年3月、横浜市の下宿先を出てから行方不明になった。最後に河嶋さんの母親の愛子さんと妹の智津子さんが舞台に上がり、「拉致被害者を1人残らず取り戻すまで頑張りますので、1人でも多くの人に関心を持ってほしい」と呼び掛けた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日は、上野、水戸、浦和で署名活動が行われています。
水戸まで足の伸ばせなかったので、私は浦和に伺いました。
来月16日の集会(拉致問題を通して日本の在り方を考える・第6弾~北朝鮮による拉致を二度と許さないために~)に向けて、集会案内のチラシも配られました。埼玉は田口八重子さんのご家族が、本当に熱心に活動されています。川口でも地元市議(前原博孝氏)の応援もあり、月に一回署名活動が行われる予定です。

  

今日の様子

埼玉には、本当に多くの特定失踪者がいらっしゃいます。今日も佐々木悦子さんのお母様も参加なさっていました。
参照:埼玉の特定失踪者

上記に紹介した記事のように特定失踪者河嶋功一さんには「河嶋功一君を探す会」が力になってくださっています。
山本美保さんにも美保さんの家族を支援する会があり、
古川了子さんには 古川了子さんを救う会があります。
大澤孝司さんには大澤孝司さんと再会を果たす会があります。
高野清文さんについては、妹さんの美幸さんがKONAborationSSQというブロクを持って訴えていらっしゃいます。
それぞれの地域で支援の輪を持つ特定失踪者ご家族もいらっしゃいます。


東京には、最近本を自費出版なさった生島孝子さんのおねいさま、生島馨子さんがいらっしゃいますが、支援組織もなく孤独な戦いを強いられています。本当に何とかして差し上げたいと思います。けれど東京には救う会東京が実態としてなく特定失踪者を支援できていないのです。

生島さんと同じような立場の特定失踪者のご家族は、きっと全国にいらしゃるのです。

私たちは、特定失踪者の問題にもっと関心を持って行かなくてはなりません。
どんなに苦しい思いで時を過ごしていらっしゃるのかに、想いをはせるべきだと思います。
特定失踪者にもっと関心をもちましょう。一人一人の名前を覚えていきましょう。
それだけでも、力です。
街頭で、「特定失踪者にも、名前があります。それぞれの人生がありました。いきなりその人生を奪われたご家族が、ここにいます。そのご家族に、どうかみなさんのお力を貸してください。」と訴えました。
お一人お一人の名前を読み上げること、覚えること、記憶すること、それだけでも支援になります。
そして、それぞれの家族を思う気持ちに呼応し、声を上げていきましょう。

お時間のある方は特定失踪者問題調査会◆特定失踪者リストに目を通してください。お願いします。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年2月26日 (日)

国を守るために

昨日の佐藤守さんの講演を聞いていて、痛切に感じたのは『情報』ということです。
実際日本の持っている情報は、国家機密であっても、防衛上の資料であっても、総連を通じて確実に北朝鮮に流れているでしょう。

よど号犯の妻たちは、防衛大学近辺で情報を集めたり何らかの工作活動をしていたことは明らかです。核開発技術も、他国を経由して北朝鮮に流れているわけで、日本の情報はほとんど筒抜けといってもいいのかもしれません。

それに比べて、日本は北朝鮮の軍事的状況は、ほとんど米軍頼りであり、拉致被害者の情報となると、帰国者と脱北者や安明進さんの証言以外は、何の情報収集もできていないわけです。

国内の拉致情報にしても、政府は民間機関である特定失踪者調査会とも情報交換さえ行われていないのです。(私は、藤田進さんの情報を斉木さんが「本当なのか」と聞いたことが忘れられません)

諜報機関の設置は、砂川昌順さんが各所の集会で訴えていますが、一向にその方向にも向きません。中国拡大の動きや、竹島問題も含めて、表向きの外交レベル以外にも、近隣諸国の情報を収集し蓄積する機関がどうしても必要だと強く思います。

繰り返しますが、拉致被害者の情報は北朝鮮から与えられたもの以外、僅かなのです。
どうやってその所在を確認するのでしょう。救い出すためには、まずその情報が必要なのに。

拉致査察にしても、何の情報も持たずに行えば、相手の思う壺の結果を導き出されてしまう(死亡の確認)わけで、何の意味も持たなくなってしまいます。

日本は、自虐史観と平和、人権、平等、弱者保護という言葉で、防衛上の機密さえ簡単に流出する状況を作ってきたのではないでしょうか?人権、平和、平等という言葉の陰で、他国に利を与え続けてきた人たちがいます。

今夕放送された、TBS報道特集の中でも、有本恵子さんのお父様が、多くの北朝鮮にパイプを持つ議員に働きかけたが、反応があったのは安陪さんだけだったとおっしゃっていますね。彼らは、日本を守る気持ちがなかったのですね。その犠牲が拉致被害者ではありませんか?

一昨日のNHKラジオ番組ではロシアの危険性について語られていました。『プーチン大統領は、政敵を次々にシベリア送りにし、憲法を変えて継続して実質的独裁政権を続けるつもりではないか』という話です。ロシアは北方領土を返還するつもりはない。
韓国は竹島に建物を建て、老夫婦を住み着かせ、あろうことか竹島の日に自治体の長がその表札を掛けに訪れている。

中国は、北朝鮮清津を軍事上の前線基地にしてしまっている。(佐藤守さんのお話による。SAPIO参照)尖閣列島を含め太平洋上のアジア地区にも着実に拡大展開路線を維持している。

そして、それを押さえようという動きには、日本の先の戦争を引き出し、南京大虐殺とか、靖国を持ち出し問題をすり替えてくる。

こういった東アジアの状況を考えれば、我々は自らを守る手段として情報収集に力を入れる必要があると痛切に感じます。

私たちは、この国を子供たちにきちんとした形で渡さなければなりません。
今、拉致問題を簡単に集結させることは、上記に述べた状況を容認することになります。
私たちは今、危機的状況にあることを、もう一度考えなくてはならないと思います。

政府には強い対応を求めます。

日本は好感度のもてる国という評価が最近ありました。
世界から、好感度のもてる国と見られて喜んでばかりはいられません。
好感度のもてる国=御しやすい国 でないように厳しい外交、強い自己主張も必要ではないでしょうか?
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2006年2月22日 (水)

ノルベルト・フォラツェンさんからのメッセージ

北朝鮮を知り過ぎた医師  脱北難民支援記  ノルベルト・フォラツェン著 草思社

上記書籍について、支援者の方からご紹介を頂きました。
一分引用してご紹介をいたします。

―――――――――――――――――――――――――
 ◆先の二冊と同じく、北朝鮮の人々と、
 彼らを助けたいと思っているすべての人に捧げます。
―――――――――――――――――――――――――

日本のみなさんへ  ~独裁国家の悲劇を終らせるために~

早いもので朝鮮半島に来てから三年以上の月日が立ちました。かつては北に、そして今は南にいます。ドイツ緊急医師団(カップ・アナムーア)の医師として一年半(一九九九年七月~二〇〇〇年末)滞在した北朝鮮での日々から、私の生涯の課題が生まれました。それはこの地球で最後のスターリン主義独裁国家における人権のための闘い、子供や飢えている人々、虐げられている人々のための戦いです。

なぜこの闘いを? なぜ私は介入せずに入られないのでしょうか?
なぜなら、ひとりの人間だからです。私たち人間は、苦しんでいる人のことのことを心にかける義務があります。抑圧され、虐待されている人がいたら、手を差し伸べねばならないのです。たとえそれが直接私に関係がなかろうが、いやそれどころか、他の国家の主権を侵すことになろうとも。
これからも私は介入しないわかけにはいきません。それは私が医師だから、それも今すぐ助けに行かねばならない緊急医だからです。

今すぐに行動しなければなりません。北朝鮮で起こっている悲劇は、世界史における非常事態なのです。今、こうしているあいだにも、この国では人々が、飢え、拷問され、死んでいます。このよう事態にあっては、医師である私も政治的な使命を引き受け、行動しなければなりません。―――――今すぐ、緊急医として。緊急医というものは往々にして思い切った処理をする必要に迫られます。時と場合によっては、法すれすれのこともあるでしょう。けれども緊急医は青信号を待っているわけにはいきません。たとえ信号が赤であっても突っ走らなければならないのです。

私が行動を起こさずにいられない一番の理由は、おそらく私がドイツ人だからです。
父が、祖父が、ナチの残虐さにたいして沈黙していたと非難されるドイツ人、行動を起こすことも、決起することも、反抗することもなかったと非難されたドイツ人だからです。当時、二度とこういうことを繰り返してはならないといわれました。独裁政治の不正を知った以上、たとえ強制収容所の噂を耳にしただけにせよ、二度と再び手をこまねいているわけにはいきません。私は歴史から学ばねばならないのです。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年2月 8日 (水)

北朝鮮はきたない!国民の声を政府に!

制裁解除なら6カ国復帰/「遺骨」で専門家協議提案
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 【北京8日共同】北朝鮮の宋日昊・日朝国交正常化交渉担当大使は8日午後、北京の北朝鮮大使館で会見し、同国の核問題をめぐる6カ国協議に復帰する条件について「(米国による)金融制裁の解除だ」と述べ、米国に対し復帰の条件を整えるよう伝えることを日本に要請したと表明した。要請の理由に関しては「日米は同盟関係にある」からだと語った。

 拉致問題については、横田めぐみさんのものとして北朝鮮が提供した「遺骨」を別人とした日本の鑑定結果をめぐる対立が最大の課題との立場を強調。「(日朝の)専門家協議を日本に提案した。日本は回答しなかった」と言明した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
だいたい、北朝鮮の鑑定技術などあてにならないし。
アメリカに対する金融制裁解除要請を日本に伝えるなど、まるで子供にお使いを頼むがごとし。

どこまで、非常識、ウソの固まりなのでしょう。
このような、<国家もどき>とまともな会話などしている時が、空しい。


ご家族はいつもいつも、裏切られ続けています。
裾野にこの怒りを伝え、日本政府に決然たる態度を取らせなければなりません!

どうか、そのために、『蒼のはがき』を書いてください。
ご自分で作られても、こちら(mail@bluestars.org)にご請求いただいても結構です。

話の花束
著::善ポコのタコ部屋

上記サイトでも訴えてくださっています。

拉致問題に関心の持つサイト、ブロクを管理している皆さんにお願いします。
どうか、ご自分のサイトでも、蒼のはがきの運動を伝えてください。

詳細は蒼き星々TOPから、蒼のはがきキャンペーン
   Blue jewel:砂川 昌順さんの蒼のはがき

皆さんの声を、政府に伝えましょう。
年齢を重ね、いつもいつも耐えて待ち続けているご家族の代わりに、私達が声を伝えるべき時なのです。
どうぞ、御協力を御願いします。
心からお願いします。

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2006年2月 4日 (土)

横田滋さんからのメッセージ

Photo_11

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                    平成18年1月30日
記者クラブ各社御中
                   救う会事務局長 平田隆太郎
                1120013文京区音羽11711花和ビル905
               TEL.0339465780 FAX.0339465784
                         09000000000(平田携帯)

                  ご連絡

 家族会・横田滋代表が昨29日退院し、救う会・家族会関係、報道関係の皆様へ伝言を
いただきましたのでご連絡させていただきます。
 以上、宜しくお願いいたします。

                      平成18年1月29日
              様

  寒中お見舞い申し上げます。

 ご心配をおかけ致しましたが、本日、昭和大学藤が丘病院を退院することが出来ました。懸命に治療に当たって下さった病院関係者と励まし続けて下さった皆様方のお蔭と感謝しております。

 これまでの経過をご説明しますと、12月9日(金)に体調不良を憶え、日本鋼管病院を訪れたところ即入院となり、診察の結集①血小板減少、②溶血性貧血等が見られ、杭血小板剤の服用患者に極めて稀に発生する(4万人に1人の割合)、「血栓性血小板減少性紫斑病;TIP』という特定疾患と判明し、急遽、血漿交換療治が可能な昭和大学藤が丘病院の救命救急センター に転院、血漿交換を繰り返し行った結果一命を取り留め、その後も順調に快復し退院に至りました。

 これからは、通院による検査と自宅での療養で自力快復を図りますが、完治するまでには、3ヵ月程度の期間を要するとのことです。これまでにお引き受けした講演等にはお伺い致しますが、当分の間、新規分は辞退させて頂き、体を慣らしながら1日も早く運動に復帰出来るよう努めてまいりますので、宜しくお願い申し上げます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

お疲れがたまっている滋さん、十分休んでいただかなければなりません。

どうかみなさんもはがきを書いてください。
ご希望は、メールで承ります。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年1月27日 (金)

蒼のはがき~中学生仕様~

中学生のお嬢さんと、蒼のはがきの活動に参加してくださっている方から、もう一枚画像を頂きました。

お二人のお嬢さんが考えて作ったはがきだそうです。
79402924_218


ブルーリボンをあしらって、女の子らしいデザインをしてくださいました。
家族そろって取り組んでいる様子を想像しただけで、ほほえましいですね。
みなさんもチャレンジしてみてください。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
この記事をみて、中学生の作品がいいな~と思った方、はがきを書いてみようと思った方は、下記バナーをクリックしてください。

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2006年1月26日 (木)

支援活動は何も怖くない、行動を!

よく「署名やはがき、メールを書いたり、拉致の問題を現実に話したり訴えたりすることは、怖い」という意見を耳にします。総連関係者などから脅されたり、妨害されたりすると思っている人、個人情報が漏れると思っている人も多いのだと思います。

でも、みなさんぜんぜん怖くないですよ!

まず、はがき、
これは私自身が調整室に行って確認していますので、間違いなく大切に扱われています。
内閣府ですから、ほかの省庁にもまして、お役人はきちんと取り扱っています。
安心してください。

署名
これも、まとめて取り扱われていますので、一人ひとりが特定されて何かあるというようなことはありません。日本という国家に戸籍をもち、個として存在する以上、住民票は私たちの存在証明としてあるわけですし、生きていることを隠す必要はないわけです。
私自身としては、個人情報について、神経過敏になっている風潮は、あまり好ましくないように思っています。

街頭でも、第一段階のころと同じように、「そんな恐ろしい国のこととはかかわりたくない」という声も、まだ聞きます。でも、私は署名、はがき、街頭での活動を通して一切妨害や脅迫など受けていません。
むしろ、NET内での内輪の誹謗中傷程度で、現実には外部からなにも影響は受けていません。つまらない妨害投稿は、削除すればいい。それだけです。

NETの中では、いまだに暴露、口汚いののしりあいなども散見されますが、当初に比べれば、NET世論は熟成されてきたと思います。

私はNETの力を信じています。
そしてNET言論も、その非現実や、強いリーダーシップで大論を主張することより、情報を交換し、冷静に意見を述べ合い、排除しないという方向になってきていると思います。そうなることで、NET言論はもっと社会を動かす力になりうるのだと思います。
その意味で、私たちは今試されていると思います。
さらに影響力を持つために、現実と連携していくこと。それが拉致事件解決への一歩であり、支援者である私たち国民世論も、21世紀という時代に試されているのだと思います。

非現実ではなく、中だけにこもるのではなく、少しずつ現実につないでいく時が、今来ていると実感しています。

共に、声を上げ、伝えていきましょう。

街頭で私はいつも問いかけます。
◆―――――――――――――――――――――――――◆
「増元正一さんが信じるといった、日本とは、国家とは、いったい誰のことでしょう?それは小泉首相でしょうか?政治家でしょうか?外務省でしょうか?・・・・・
増元正一さんが信じた国家とは、国家を構成する一人ひとりの国民なのではないでしょうか?・・・・・

いいですか、みなさん、増元正一さんは、私を信じたのです。あなたを信じたのですよ。すべての日本人を信じたのです!

信じられた私たちができることをしましょう!
一筆の署名で助けたいという意思を示そうではありませんか?」
◆―――――――――――――――――――――――――◆

拉致問題は、一部の専門家や運動家だけでは解決しないのです。
私たち、裾野の支援者が拡大してこそ、解決するのだと思います。

それを、増元正一さんは信じてくださったのだと・・・

できることをそれぞれに!
英訳ボランティアのできる方、リボンを作る方、アクセサリーを作る方、はがきを書く方、チラシを配る方、集会に参加する方、集会のテキストを書く方、キストを読み、それを誰かに伝える方、そして掲示板に投稿する方、それぞれが行動しつながること。
そのためのツールがNETです。
一歩進んで、信じられた私たちができることをしていきましょう。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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連携と行動で最終段階を戦おう

◆拉致問題の現状
9.17から3年がたって、NET言論はずいぶん変わってきました。
掲示板から、ブロクの隆盛への移行。拉致関連のいくつかのブロクの閉鎖。その中で私がなぜ、この掲示板を曲がりなりにも維持してきたかといえば、「被害者を救い出したいから」です。そのためには、絶対に国民世論が必要だといのが当初からのわたしの考え方です。

日本中にいるその想いを持つ全ての人に参加してほしい掲示板でした。
しかしNETの言論は、罵倒や潰し、あらしなどの言葉で表現されるような、醜いものも多く見られました。
それでも、伝える力はあるのだと、私は信じてきました。
掲示板から私はいろいろなことを学びました。9.17以降の後発組である私は、「今まで気づいてあげられなかった事への贖罪の意識」を持っていました。

拉致問題にまだ詳しくない人、知らない人、集会に出たことがない人にも、家族のことをもっと理解してほしい、もっと拉致について知ってほしい。いろいろな意見を交換する場所、NET初心者でも書き込める場所を維持してきたかったのです。

ごく普通の市民である私が、何ができるわけではありません。自分の無力をひしひしと感じながら、9.17以降の時を過ごしてきました。迷うこと多く、ご批判も頂きました。

私自身も、その中で私も小泉首相の無策に苛立ちを持っていました。
「小泉さんはだめだ」 という苛立ちも感じてきました。

しかし、拉致問題が動かない原因は全て小泉首相にあるのでしょうか。
過去の歴代の首相にも責任があり、政治家にも、外務省にも責任があり、土井たか子氏他親北の政治家、総連の存在、警察が動けなかった事情も、私たちの知らないこともあるかもしれません。
よく荒木さんや、真鍋さんが言う、日本という国家をひっくり返すような事情があるのかもしれません。

私は専門家ではありません。9.17以前からご家族を支えてきた人たちには本当に敬意を送ります。
しかし、拉致問題がこうして国民全体に知られた以上、その世論をまとめ上げることが必要でした。9.17以降、それができたのかというと、どうでしょう?
私が危惧を感じたのは、昨年4月の日比谷集会が決まったときです。
集会には、2000という数が集まります。しかし、その外側はどうなのかと言うことです。
もし拉致に強い関心を持つ人が、小泉首相支持の6割よりも多ければ、昨年の総選挙で拉致問題が吹き飛ばされることもなかったのでは、ないでしょうか?

座り込みの労力とその結果はどうだったでしょう?

掲示板当初から言われている 2-6-2の論理を下記のように表した、その真ん中の6の部分を取り込めたでしょうか?
まだ彼らは支援の裾野の縁にいるのではないでしょうか?


拉致についての世論 (世論全体10として)


■■□□□□□□××
 2   6   2
凡例
■■   拉致問題に強い関心を持つコア(核)な層
□□   一般世論 制裁もやむなし かわいそうという意識の人たち
■■   拉致に無関心、あるいは、解決を阻止しようとする勢力

具体的な行動、たとえば、メールやはがき、集会への参加、ブルーリボンをつける人がどれだけ増えたかと言うことです。

◆第三段階へ テーマは連携と行動

もし、9,17以前を第一段階とし、9,17以降を第二段階ととらえれば、現在は第三段階=最終局面に入っているのではないでしょうか?小泉首相の任期は9月まで。9月までの間も絶え間なく政府に拉致解決を訴えること。その力を更に拡大するために、私たちができることは、NETと現実の連携をはかることです。

NETの情報周知能力は絶対に高いと思います。日本中どこにいても、誰でも情報を得られる。遠くの集会のテキストや音声が聞ける。はがきの請求もできます。

大阪しぐれさんが取り組んでいる【家族】の英訳は、応募者が殺到したそうです。私も何人か立候補した方を知っています。これはとても私にはできないことですから、NETを通じて翻訳のことを知り、手を挙げてくださった方があることを嬉しく思っています。その方たちの連携も大切ですね。
はがきの請求をなさった方から、画像を頂きました。お仲間に配ってくださったそうです。

 

中学生のお嬢さんが作ったブルーリボンも添えて移してくださいました。
bluewishのアクセサリーをみて、そのお嬢さんたちが作ったネイルの写真も頂きました。
若い人たちが、ブルーリボンをあしらったネイルをつけて歩く姿を想像しました。すてきなことですね。



是非みなさんも、NETを通じて知識を深め、意見を交換しながら、そのことを外側に伝えてください。
そして連携と行動で裾野を広げていきましょう。そうすれば、次期政権に向けて支援者が力を蓄えることができるはずです。
それぞれが、自分のできることを、自分の力でできることを行動で示していくことが大切です。
それは、はがきでも、翻訳でも、掲示板での発言でもいいのです。

正念場とおっしゃる荒木さんの目標である、今年12月に向け理解と支援を広げていけば、絶対に政治を動かす力になると、私は信じます。

はがきの請求はお気軽に!

そして、もう一つの提案をもう少しでお知らせすることにします。


◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2006年1月22日 (日)

山茶花



東京は、雪になりました。
南越谷の集会に行けなくなって残念でした。特定失踪者的失踪者ご家族のお話を聞きたかったので。

東京もずいぶん積もりましたね。
北朝鮮はどんなに厳しい冬を迎えているでしょうか?
コッチョビには食料があるのでしょうか。

東京には、濡れ雪の重さを、しなやかな枝のバネではたき落としながら雪の中に咲いている山茶花がありました。
北に残されている被害者のみなさんも、山茶花のように、雪をはねのけて咲いていてほしい。

山茶花は、早紀江さんが苗木で買ったものを、新潟から東京に引っ越すときに、となりのおばあちゃまに差し上げてその方が育ててくださったと、早紀江さんの著書に書いてありました。年賀状にはいつも赤い山茶花のことが触れられていたそうです。
―――――引用―――――――――――――――――
「あの山茶花をみるたびに、めぐみさんは絶対何処かで生きているとしか思えません。きっと元気でいますよ」と書き添えてくださいました。
「めぐみお母さんがきっと助けてあげる」より
――――――――――――――――――――――――
平成9年には屋根の高さまで大きくなっていたという山茶花。横田家が新潟を離れてからもずっとめぐみさんを待っていた赤い山茶花。

今日、私は、赤い山茶花がめぐみさんのように見えました。
厳寒の北朝鮮でしなやかに寒さをかわして、生きて、生き抜いて待っていてください。

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おしらせ
特定失踪者、山本美保さんの双子の妹、森本美砂さんのしおかぜに乗せたメッセージが以下のブロクにUPされています。是非お聞きください。

http://aosora.cocolognifty.com/blog/

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2006年1月19日 (木)

「きまもり」

「きまもり」ということばを知っていますか?
晩秋、枝を埋め尽くすように実った柿の実が、すこしずつ減っていって、一つだけ残った最後の実のことを言います。
一本の木になるたくさんの柿の実のうち、ひとつだけ、最後までその木を守って朽ちていくように運命づけられた実があるという話。最後の実は鳥もその木から落とさないといいます。
Kimamori 

「きまもり」のように、恵子さんを待っている母、嘉代子さん。
「きまもり」のように、松木家を守って、薫さんの帰国を待っている90歳になるスナヨさん。
横田家の「きまもり」のように、しおかぜにのせて
「お母さんですよ、頑張ってますか?」
「必ず助けてあげるから、必ず帰って来れるから、元気でいなさい」
と一生懸命に叫んだ横田早紀江さん。

強い寒波が訪れているだろう北朝鮮、被害者はどのように過ごして待っているのでしょう?
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北風は冷たいですか?
今朝は何を食べたのでしょう?
食べ物はちゃんとありますか?

風邪をひいていませんか?
どこか病気になっていませんか?
家族はみんな元気ですか?

暖房は十分ですか?
燃料はありますか?

寂しくないですか?
日本に帰りたいでしょう?

お母さんたちは待っていますよ。
一生懸命がんばっていますよ。
「きっと助けてあげる」と私たちも声を上げていますよ。

今年は、厳しい冬ですね。
負けないでください。
もう少し、どうか体を大事に、寒波に負けずに待っていてください。
____________

「きまもり」ように、母たちは待っています。
被害者の救出のために、私たちは家族と一緒に救出のために心をひとつにしていかなければなりません。

小さな力を集めていきましょう。
政府に声を届けていきましょう。
こんな厳しい冬を来年も過ごさせないために!

はがきの請求をお待ちしています。(金木犀)

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2006年1月 3日 (火)

今年の展望~拉致問題~

帰国者の証言に関して、私は、帰国者には、帰国者の悩みがあると思っています。
彼らにはどうしても言えないこと、または『今は言えないこと』 があってもおかしくありません。そのことは、蓮池 透さん(青梅・2005/10/29)の中で以下のようなことばから感じます。
━━引用━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一度だけ弟に聞いたことがあります。まだ子供たちが帰っていない状況の中で、『今、日本で暮らしている、生き甲斐は何だ』 と。
弟は、『兄貴、そんな酷な事、聞くなよ』と言ったあとで、『そんなもん、ねぇよ』と言いました。『でもな、兄貴、俺たちはなぁ、絶対くじけないんだ。何事があってもくじけないというのが、24年間で身に染み付いてしまったんだ。』ということを、私に、怒るように言いました。
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くじけないと言うことを24年間で体にしみこませてしまった彼らが、語れるようになる『何か』がまだ足りないのではないでしょうか?
まだまだ残る、総連の呪縛。
田中実さん拉致に関係した人物が、拘束されずにのうのうと生きている日本社会。工作員も暗躍しているかもしれません。

2006年、私たちが戦うべきは、国内では総連や拉致解決を阻止しようとする勢力であり、最大の敵は、北朝鮮、金正日です。
内側で諍いを起こすのではなく、帰国者が話せない原因を駆逐していくことです。
未だに暴言を吐き続ける辻本清美氏(もじもじスケッチさん参照)も復帰しています。

戦う敵を支援者や組織の内側に作るのではなく、外側の人々に共感を得られる言葉で語り、理解を得、大衆世論を大きく巻き込んでこそ、政府は動きます。

内側に敵を作らず、外側のこちこちの北朝鮮シンパを駆逐することです。

今年、運動家ではない、私たちのような普通の市民が結束し輪を広げることができれば、運動は間違いなく勝利に近づくでしょう。
そのためには内部改革と、外側をできるだけ多く巻き込むこと。本来の敵である北朝鮮と総連と戦うために政府を動かす力と知恵を集結し、蓄えることです。

みなさん、それぞれ感じ方、とらえ方、好みもあるでしょうが、目的はひとつ、被害者奪還です。そのために、どうぞみなさんも声を出し続けてください。(金木犀)

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2005年12月15日 (木)

冬の月・望郷

寒くなりました。
日本海側では概ね雪の予想もあります。
新潟の町、柏崎、佐渡、福井、石川は明日は白い雪が降り積もるのでしょうか。

東京も冬めいてきました。
木々はいつの間にか葉を落とし、アイスブルーの少し冷たい空に
そのシルエットをくっきりと浮かび上がらせています。
昨夕、梢、遼に白い月が静かに寒空に浮かんでいました。





北の空はどんなふうでしょうか?
寒さはいかばかりかと・・・

  有本恵子さんは、両手をすりあわせながら、祖国を思っているでしょうか?
  松木薫さんは故郷熊本の家族を心配しているでしょうか?
  石岡亨さんは 北海道の冬を思い出しているでしょうか?
  市川修一さんは鹿児島の海岸を思い出しているでしょうか?
  増元 るみ子さんは、お父様のことを思い出しているでしょうか?
  曽我 ミヨシさん は、ひとみさんのことを気遣っているでしょうか?
  田口八重子さんは幼かった二人の子どもが寒くないかと心配しているでしょうか?
  古川了子さんは?小住健蔵さんは?、寺越さんは? 久米裕さんは?
  加藤さんは 原 敕晁さん 小住健蔵さんは何を思って待っているのでしょうか?

横田 めぐみさんはこの白い同じ月を見上げているでしょうか?

ちょっと寂しい冬を感じさせる風景をみながら、被害者のみなさんのことを考えました。

多くの大切な命が、帰国を願って待ち続けています。
長い年月、囚われの日本人達が声にならない声で叫び続けています。
懸命に生き待ち続ける被害者、取り戻そうとする家族....
その双方の命あるうちに、必ず再会できるように。

めぐみさん、お父様は幸い大事はないと聞きました。
滋さんがどうか一日も早く回復なさるように。
生きて貴女と会える日が一日も早いことを祈ります。

白い月は北の空にも浮かんでいますね。
遠く離れていても同じ月を見、同じ星を見ているのですね。
もうすぐ、きっと肩を並べて空を見上げることができるように、私たちも努力します。
どうか、どうか、待っていてください。

生きて抱き合えるようにと、願って止みません。
同じ願いを持つ日本人の一人として、私はその支援の輪の片隅に一緒にいたい。
僅かな支援を、仲間と共に続けたいと願っています。
たった一つの願いを共有する皆さん、国民大集会に行きましょう。
家族に会いたいというごく普通の願いを叶えてあげるために、どうか声をあげてください。

心からお願いを致します。

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『小さな雪の町の物語』

杉 みき子 文
佐藤 忠良 画    

最初の一説
おしゃれな少女が自分にいちばんよく似合う衣装や身のこなしを本能的に知っているように、
土地というものも、どこの土地にせよ、それぞれ自分の身をかざるにふさわしい季節を持っている。

この町は、自分にもっともふさわしい衣装として、冬という季節をえらんだ。

くもり日の似合う町である。長いがんぎに寄りそわれた木造の家なみは、この町に城のあった数百年のむかしから、少しの変化もなく、低い空の下でまどろんでいるように見えた。

九月の末家々のきんもくせいがいっせいに匂いはじめるころから、冬の予感がはじまる。
それはいわば短かったまぶしい季節の最後のかがやきで、その高い香りが長くはつづかず雨に散らされ、
がんぎの果てにそびえるいちょうの木が、なまなましいレモンイエローに染まって、暗紫色の空をそこだけあざやかに切りとる頃、
ことしの雪のうわさがひとびとの口にのぼりだす。

大好きな絵本

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2005年12月 7日 (水)

【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】

大介さんの回答を残します。

10この質問  投稿者: 大介  投稿日:11月30日(水)

問1.拉致被害者家族会が北朝鮮への経済制裁を訴える事に違和感を持つ。(#ご家族に対して、どれだけその心情を汲み取り、感情移入しているか?)

→家族が経済制裁を求めるのは当然。囚われている被害者の肉親として、できうる限りの方策を思案し、提示することはまっとうなことである。
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問2.例え拉致問題が解決しなくとも、今後、同じ出来事が自分の身に降り掛かるとは思えない。(#拉致問題を、どれだけ身近なものとして捉えているか?)

→拉致が自分の実に降りかかる可能性は低い。しかし、外国人犯罪に巻きこまれる可能性はありうる。
国際化の時代、外国の顔色をうかがって、国に見捨てられたくはないものだ。
ついでに、何か事件に巻き込まれて、政治圧力でもみ消されるような悲惨なめには合いたくない。
そうしたことからも、自分のこととして考えられる。
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問3.小泉政権による対拉致問題への取り組みは、生ぬるいと考える。(#拉致問題に取り組むにあたり、急進的な思考に立脚した論考を積極的に行うスタンスにあるかどうか。)
→当初、総理が拉致事件の全容解明と、被害者の全員の帰国を目指して、北朝鮮に出向いたのではないかと期待した。
しかし、時がたつにつれて、対話と圧力の対話が強調され、さらに国交正常化に対する姿勢が見うけられるように見える。
テロとの戦いを前面にイラクに自衛隊を出した総理は、北朝鮮のテロに毅然としていないように見えるのは、世論調査からも明らかだ。
責任ある立場の人間は、何時カードを切るのか、考えなければならないのは当然だ。
しかし、ピョニャンから帰ってきて、真っ先に、矛をしまいこむような姿勢を打ち出し、公言するのは、世界中に腰抜けであることを、知らしめるようなものであった。
現にジェンキンス氏と家族の帰国いらい、被害者とその家族の奪還は果たされていないどころか、北朝鮮の態度は硬化し、偽の遺骨を送りつけ、拉致は解決した、賠償金よこせと、それこそ解決済みの戦後賠償を持ち出してきている。
生ぬるいですね。
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問4.小泉政権による対拉致問題への取り組みが、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。(#政府の取り組みに対して、どれだけ信頼を置いているか?)


政府は世論の動向によって判断を保留しているように思えるほど、また米国を始めとする公っ過酷狭義参加国の動向に神経を使っているように感じる。
自主性があまり伝わってこないことが、信頼度を下げている。
しかし、これまでの総理は拉致に目を背けてきたが、小泉総理は違った。
しりつぼみにならぬよう、これからでもいいから、毅然と下外交手腕を見せてもらいたいと言う希望はある。
何につけても、これほど世論が注目するようになったことは、よいことだ。
しかし、総理の訪朝はきっかけであったが、被害者家族の、懸命な努力は、痛々しく見えるほどだ。
政府の取り組みは、結果が乏しいぶん、評価も低くせざるえない。
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問5.国際社会における米国との連携が、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。(#他国との連携のあり方をどう考えるか?)

→北朝鮮が軍事力をカードにするかぎり、日米安保は重要である。
また中国や韓国は反日であり、ロシアは平和条約を締結していない。
パワーバランスの観点からも、米国との同盟関係はフル活用する必要がある。
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問6.北朝鮮問題は日本の安全保障としての核の問題が第一優先事項。ここで対応を間違うと数千万人の単位で被害が出るから。数十人、最大でも数百人の拉致被害は優先順位では二番目だ。(#現実主義的思考の度合いは?)

→拉致も核もどちらも重要だ。
その時々で、手立てを打つ必要があれば、戦略的に行えばよい。
核で言えば、実際に北が使用したなら、独裁政権は破滅するだろうが、米国は本当に攻撃するか、中国の勢力はどれほどか、シミュレーションはしているか?
主権を侵害されたことについて、ならず者国家に一歩も譲歩する必要はない。
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問7.拉致被害認定者である残り 11 人の帰還を以って、「拉致問題の解決」と考える。(#何を以って「拉致問題の解決」とするのか?)

→被害者は全員帰さなければならない。
もちろんその家族も自由意思が働く情況が必要だ。
さらに、犯罪被害に対する賠償と、その指導者実行者の罪が罰せられなければならない。
正常でない国と国交正常化はありえない。
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問8.日本人拉致被害者のみならず、その他外国人の拉致被害者、また、北朝鮮国内における人権問題の解決も併せて目指していくべきだ。(#自国以外における北朝鮮問題をどの様に捉えているか?)

→もちろn必要だ。拉致は人権侵害でもある。
北朝鮮喪法治国家を名乗っているようだから、日本人だけ特例と言う訳にはいくまい。
他国の被害者や自国民に、人権侵害が続けられているならば、日本人にもまた新たな犯罪を企てる危険性が否定できない。
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問9.北朝鮮の体制が崩壊しない限り、この問題は解決しないのでは?(#北朝鮮体制の現状に対する認識、体制崩壊への方法論)

→北朝鮮は巧みに韓国中国ロシア対、日米の構図を利用している。
中国ロシアの弱点は北朝鮮同様人権問題であろう。
被害国である日本は北朝鮮の人権問題をもっと積極的に世界に発信する必要がある。
また、過去の日本の戦争犯罪について、誇張歪曲をきちんと正して、特定アジアの、日本に対するネガティブ人権侵害キャンペーンを打ち破り、北朝鮮とそれを支える国の人権問題提起の有効性を高めることができる。
そのためには、政府マスコミ、世論が一丸となって発信し続けることが大切。
世界に理解が得られれば、北朝鮮に対する経済制裁の有効性は高まり、北を独裁政権を支える、韓国中国の力を弱めることができる。
後は、ちゃくちゃくと薦められているが、ミサイル包囲網。
追尾撃滅技術の向上と、法律整備が必須。
特に、警察自衛隊を連携させた、テロへの備えは磐石でなければならないし、米軍との強調はなくてはならない。
相手の恫喝に右往左往するようではならぬ。
攻め込まれない情況を作ることだ。
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問10.この運動をきっかけに日本の愛国心の高揚を図り、他の様々な問題に対しても応援に向かい団結していくべきである。(#「運動」のあり方に対する考え方、日本国においての拉致問題の位置付けをどの様に考えるか?)

→これは効果覿面と言いたいところだが、愛国心を持つかどうかは、その人しだいだろう。
そんなにいやなら、日本から出ていけばいいのにと言う人も多いのは事実だが。
しかし、特定アジアが、日本の拉致事件解決の主張に対して、歴史問題を持ち出し、それをマスコミが報道すると言うマッチポンプ常態は、打開する必要がある。
まず、相手の言っている解決済みの戦後賠償については、はっきりとその矛盾点を指摘し、押し通す必要がある。
また、蔓延する自虐的日本の歴史認識について、客観的事実はどうであったか、多くの日本人が共有することによって、特定アジアの間違った歴史認識に屈することはなくなるだろう。
交渉の場で、特定アジアの歴史カードを無力化することで、人権問題未解決国家の不利が露呈することに繋がるだろう。
結果的に愛国心をもつ日本人が増えるのはよいことである。

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2005年11月22日 (火)

【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】

アンデスの声さんの回答  
あまりご期待には添えませんが、ご依頼ありましたので・・・。

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問1.拉致被害者家族会が北朝鮮への経済制裁を訴える事に違和感を持つ。(#ご家族に対して、どれだけその心情を汲み取り、感情移入しているか?)

【答】 家族会の主張は当たり前、何もしない日本政府が異常。経済制裁は、①北体制へのインパクト、②国家としての意思表示、の意味において、3年前の9月17日直後に即刻発動されて当然の外交手段だった。制裁だけで完全解決する必要はない、結果的に効果が無かろうが(私はあると思っている)やらねばならない、制裁が交渉の出発点、相手国に殴られて制裁しない(=何も言わない)のは誤ったメッセージを送ることになる。日本大使館員がフジモリに接見しただけで駐日大使を召還したペルー政府に倣うべし(あれでペルー政府の見解は日本に明確に伝わったはずだ、いま断交して損するのはペルーであり日本は痛くも痒くもなくペルーも本気で断交する気はない、外交は国家の意思表示、いくら腹の底で怒っても相手に具体的に伝わらなければ無意味)。なお、この設問が“家族への感情移入”とセットになっている意味が分からぬ、私がきのう昼食とったレストランに物乞いに来ていたやせ細ったインディオの母子だって可哀想だがインディオの乞食よりも日本人の拉致家族を私は助けたい、しかし情だけが動機でもない、情よりもむしろ私はこの拉致事件に象徴される自分の属する日本社会の腐りゆく行く末に対する危機意識のほうが強い。
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問2.例え拉致問題が解決しなくとも、今後、同じ出来事が自分の身に降り掛かるとは思えない。(#拉致問題を、どれだけ身近なものとして捉えているか?)

【答】 こういう板に投稿せず街頭署名も行わず集会にも参加せず大人しく暮らしてしていれば、自分が拉致被害に遭うことはまずありえない。だって日本人が合計百人拉致されたって確率は100万分の1以下だろ、宝くじより難しい。しかし拉致は北朝鮮の国家犯罪であり金正日体制が続く限り、自分以外の日本人の誰かが被害に遭う確率は100%だろう。拉致以外の北朝鮮の犯罪被害に遭う可能性はもっと一般的だろうし、すでに日本国家が甚大な損害を受けているわけだから(一部の加害者を除く)全日本国民が北朝鮮犯罪の被害者である。
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問3.小泉政権による対拉致問題への取り組みは、生ぬるいと考える。(#拉致問題に取り組むにあたり、急進的な思考に立脚した論考を積極的に行うスタンスにあるかどうか。)

【答】 「拉致はでっちあげだ」と言って犯罪者への阿諛追従を続けていた酔狂連中の息の根を止め、マスコミの北朝鮮タブーを壊し、多くの国民の目を覚ました功績は評価する。その後は何もしていない、どうもこのおっさん、最初にスペシウム光線出すわりに長続きしないな。ただし、彼個人への感情的な非難に私は与しない(興味ない)、本当の悪人はいま息を潜めている連中だろう、こいつらを公開質問状で、あるいは公開討論の場に引きずり出して袋叩きにできないマスコミや国民の甘さが情けない。
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問4.小泉政権による対拉致問題への取り組みが、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。(#政府の取り組みに対して、どれだけ信頼を置いているか?)

【答】 私にはよくわからないが、頑張っている人は頑張っているのだろう、きっと。
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問5.国際社会における米国との連携が、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。(#他国との連携のあり方をどう考えるか?)

【答】 米国が金正日を潰すときは、正義感でも日本への同情でもない、それが米国の利益になると判断したときだ。その見通しが無い限り米国への安易な期待は禁物。国際連携は大切だが、米国に限らず他国との連携はまず、日本自身に北朝鮮へ圧力をかける意志と具体的戦略があり、連携を依頼する相手に圧力をかけられることが前提、単なる好意や同情や正義感だけで他国のNGOは動いても政府は動かない。米国が“独裁者フジモリ”をペルーから追放したときの経緯をご紹介する。米国が追放を決断した直接の契機は次の2点。
① フジモリがソ連製ミグ29戦闘機を購入したためロッキード、ダグラスなどの米航空会社のロビーが激怒したこと。
② ワシントンの防衛大学でフジモリが米国のコロンビア計画(クリントン政権が始めたコロンビアでの麻薬撲滅作戦。麻薬退治は口実で、実際は左翼ゲリラ退治と石油権益を狙った米国の軍事的、外交的、経済的権益戦略)を公然と非難したこと。
政権崩壊のきっかけとなったモンテシーノスの議員買収ビデオ暴露にはCIAが関わった。フジモリ潰しに送り込まれたトレドの資金バックにはジョージ・ソロスがいる。
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問6.北朝鮮問題は日本の安全保障としての核の問題が第一優先事項。ここで対応を間違うと数千万人の単位で被害が出るから。数十人、最大でも数百人の拉致被害は優先順位では二番目だ。(#現実主義的思考の度合いは?)

【答】 核も拉致も許されざる重大な国家犯罪。核は多国間問題、日本人拉致は二国間問題、核は将来の多数の犠牲者を救う問題、拉致は今とらわれ殺されかけている人間を救う問題、交通違反取り締まりと瀕死の怪我人の救助を、比較し優先順序を付けるものではなかろう、どっちもやれ。
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問7.拉致被害認定者である残り 11 人の帰還を以って、「拉致問題の解決」と考える。(#何を以って「拉致問題の解決」とするのか?)

【答】 生存者が全員帰還し、この国家犯罪の全容が解明され、犯罪関係者が適正に断罪され、再発のおそれが無くなること。泥棒が盗んだモノを返したら“問題解決”ではあるまい。
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問8.日本人拉致被害者のみならず、その他外国人の拉致被害者、また、北朝鮮国内における人権問題の解決も併せて目指していくべきだ。(#自国以外における北朝鮮問題をどの様に捉えているか?)

【答】 不肖未熟な私は、自分の子供たちを、決して優秀でなくとも良いからせめて人様に迷惑かけないようにと育てるだけでも手一杯だ、他人の子供までも面倒見られればそりゃ理想だが、自分の子供が無事育てばそのうち人様にも参考話を披露できるかも知れない。しかし同じ苦労をかかえた者同士で知恵を出し助け合うことは、いまでも可能だろう。
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問9.北朝鮮の体制が崩壊しない限り、この問題は解決しないのでは?(#北朝鮮体制の現状に対する認識、体制崩壊への方法論)

【答】 体制崩壊は解決への早道だが金正日体制は意外に盤石だ、それを中・韓・日が支える限りしぶとく続くのではないか。金正日のピンポイント攻撃・拘束と拉致被害者の保護が難しいかぎり武力崩壊はリスクが大きすぎる。現実的には北朝鮮への経済制裁、総連の資産凍結、中国に対するODA停止、北を助け日本の足を引っ張る日本人・企業の糾弾・つるし上げくらいしか我々には手段はない。国交正常化→市場経済導入→独裁体制崩壊の筋書は、それが裏目に出た場合には最悪の結果をもたらす。リスクが少ないのが“締め上げ”と考える。国連決議もそれだけでは効果はない、北が最優先するのは他人の声よりも金体制の存続だ。
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問10.この運動をきっかけに日本の愛国心の高揚を図り、他の様々な問題に対しても応援に向かい団結していくべきである。(#「運動」のあり方に対する考え方、日本国においての拉致問題の位置付けをどの様に考えるか?)

【答】 これは戦術としても全く逆効果、“敵”につっこまれるだけ。“拉致問題はああいう連中がやっていること”としてレッテルを張り一般人の興味を引かせる。この拉致事件でにわかに高揚するような愛国心なら無い方が良い、敵愾心をきっかけに沸き上がる愛国心は危険極まりない、今の中国・韓国の愛国心を見れば明らかだろう。この問題で必要なのは周りの国・民族を包括する愛国心、それぞれの民族が自国を誇り大切に思うと同様に日本人は日本を大切に思うということ。我々の敵は北朝鮮の独裁者、中国の独裁政権であり、その国家権力に虐げられている国民ではない、叩くべき相手、手を組むべき相手を間違ってはならぬ(家族会の方はそのあたりを分かっているのではないか)。

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【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】

10個の質問への回答  蒼き星々掲示板への hashimoto さんの投稿

自分のなりの考えをまとめるのによい機会と思い、回答をしてみました。独り善がりかも知れず気後れしますが投稿します。判断の誤りがあれば指摘してください。

拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問への回答

1. 拉致被害者家族会が北朝鮮への経済制裁を訴える事に違和感を感じる。
回答②違和感を感じない事も無いが、心情は理解出来る。
(私自身には経済制裁の是非の判断がつきません。)

2. 例え拉致問題が解決しなくとも、今後、同じ出来事が自分の身に降り掛かるとは思えない。
回答③自分の身に降り掛かる可能性は十分にある。拉致に関わった北朝鮮工作員が、処罰される事無く現在も日本社会において根を下ろしている現状を考えるべき。
(様々な工作活動が日本社会を浸潤する恐れがあるのではないかと気になっています。)

3. 小泉政権による対拉致問題への取り組みは、生ぬるいと考える。
回答①生ぬるいと考える。拉致被害者に残された時間はそう長くは無い事を踏まえるべき。
(総連関係を含む対北問題全般の対応に不満。)

4. 小泉政権による対拉致問題への取り組みが、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。
回答①寄与していると考える。
(派閥政治という利権構造の温床に拠って私益と保身に汲々としてきた輩(含む社会党、共産党、外務官僚、財界人)の対北交渉に残した禍根の隠蔽と利権温存のために拉致問題は闇に葬られようとしていました。その旧来の体勢のままでは北朝鮮と堂々とわたり合えるわけがないと思います。
複雑な諸問題が絡み合う対北交渉はまだまだ道半ばだけれど、とにかく小泉政権になって進展が可能になったのは事実。
それにしても、当初は拉致問題・北朝鮮問題は門外漢だったらしい小泉さんのこれまでの対応には不満が残ります。熟知したであろう今後は、自身の思いを以て積極的に対峙してほしいものです。)

5. 国際社会における米国との連携が、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。
回答①米国と連携した北朝鮮への締め付けが、今後の拉致問題の進展に大きく寄与していく。

6. 北朝鮮問題は日本の安全保障としての核の問題が第一優先事項。ここで対応を間違うと数千万人の単位で被害が出るから。後略
回答③反対。核の脅しに屈して妥協することは北朝鮮の狙いにはまることでしかない。国家の尊厳を失うことは国家としての自殺なのだ。
(「国家の自殺」という表現は想定外で違和感がありますが、とにかく独裁政権の脅しに屈することは反対。国家の尊厳において自国民の人権侵害の回復に立ち向かうべきであり、国民もその覚悟が必要と思います。イコール戦争、と短絡に結び付ける以前の、人としての道理だと思います。国際社会に人権侵害を訴えるためにも必要な姿勢であり、それは、ひいては北の暴発の抑止にも繋がると思います。)

7. 拉致被害認定者である残り 11 人の帰還を以って、「拉致問題の解決」と考える。
回答③拉致の可能性が濃厚な特定失踪者を含めた残り 100 人以上に上る人々はどうなるのか。とても「解決」と考える事は出来ない。

8. 日本人拉致被害者のみならず、その他外国人の拉致被害者、また、北朝鮮国内における人権問題の解決も併せて目指していくべきだ。
回答①当然である。自分達だけ助かれば良いという考えは、道徳的にも国際的にも、到底受け入れられる事ではない。
(私にとって、最優先事項は『人間としての基本的人権』。次に『国家の主権と安全保障』です。しかし同列の被害者が各国に亘り存在するときは、やはり身内を先に助け出したいという心情が働きますし、国益という面で政府にもそう期待します。ですから回答の選択肢、<②(-前略-) 優先順位は考慮されてしかるべき。>も否定はできません。私の中の矛盾はここでぶつかり、折り合いをどのようにつけるか最大の難所のようです。人間誰しも、矛盾の中で悩みながら生きているのではないでしょうか。現実問題を前進させるためには納得できる折り合い点を探すことが大事だと思います。)

9. 北朝鮮の体制が崩壊しない限り、この問題は解決しないのでは?
回答⑤その他。
(設問に対してははっきり「そう思う」です。しかし、そのための手段(戦略)は、政治外交のど素人のため何ともわからないのです。ただ、回答3のように「ある程度で手を打って国交正常化」は絶対反対です。回答3の、後半のような形のレジームチェンジは見込まれるかもしれないけれど、もう長年耐え抜いている被害者と家族を考えると悠長なことは言ってられない、という思いが当然先に立ちます。
私としては、多くの政治・外交の専門家が正義の上に考え尽くした手段を実施するならば、その結果として発生するかもしれないリスクは国家の一員として甘んじて受け止める覚悟はある、と言うことしかできません。)

10. この運動をきっかけに日本の愛国心の高揚を図り、他の様々な問題に対しても応援に向かい団結していくべきである。
回答③反対。政治的なイデオロギーを持ち込むと運動の方向性が拡散するし、敬遠する人も出てくる。むしろリベラルな人でもこの問題には賛同するし怒りを覚えるという立場が大事。

(「愛国心の高揚を図る」こと自体に異存はありませんが、それと拉致被害者救出運動は別に考えるべきと思います。どういうイデオロギーの持ち主であれ、人権侵害を受けている被害者を救いたいと願う人間としての心情はみんな一緒だと思いますから。
私自身について言えば、この年(60代後半)まで自分は右か左かなど考えたこともなく過ごしてきましたが、この2、3年ネット上で様々な主張を目にして来た結果、自分のスタンスは右寄りではあるが、偏狭な国粋主義には組したくないという結論に達しています。ただ、自分のアイデンテイテイの拠って来たるところの日本という国を誇りに思うし、愛する国のよき構成員でありたいと願っています。私にとって誇りある国家とは、独自の文化を大事にしながら閉鎖的、排他的になることを戒め、国益の維持を第一義にしながら理想の国際社会に向けての理念をも追求する、そういう国家であってほしいと願っています。)

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【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】

【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】
蒼き星々掲示板 流 さんの投稿
引用
1.拉致被害者家族会が北朝鮮への経済制裁を訴える事に違和感を持つ。
(#ご家族に対して、どれだけその心情を汲み取り、感情移入しているか?)

 (1)とても違和感を持つ。
 (2)違和感を持たないことも無いが、心情は理解出来る。
 (3)この様な主張を行うのはある意味当たり前である。
 (4)拉致を解決できず、経済制裁が出来ないのは、私たちの力が足りないからである。申し訳ないと思う。
 (5)その他。

答え(2)
経済制裁がどのような効果を持ち、それが本当に拉致解決に結びつくかの検討が足りないと思う。
被害者家族の方々が北朝鮮に憎悪の念を持つのは当然だし、それに同調したい気持ちもある。
しかし、一歩引いたスタンスを持つ人間も必要だ。

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2.例え拉致問題が解決しなくとも、今後、同じ出来事が自分の身に降り掛かるとは思えない。
(#拉致問題を、どれだけ身近なものとして捉えているか?)

 (1)現実的に考えて、自分の身に降り掛かるとはとても思えない。今日において北朝鮮による拉致
が明るみになった以上、迂闊に工作活動を行う事は出来ないと考える。
 (2)何とも言えない。
 (3)自分の身に降り掛かる可能性は十分にある。拉致に関わった北朝鮮工作員が、処罰される事無
く現在も日本社会において根を下ろしている現状を考えるべき。
 (4)その他。

答え(3)
政治状況が変わり、拉致という手段を使うことは考えにくい。しかし、国家的テロリズムの
可能性はむしろ強まっているのではないだろうか。自分とその家族が家族会の方々と同じように
悲嘆に暮れる可能性はある。

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3.小泉政権による対拉致問題への取り組みは、生ぬるいと考える。
(#拉致問題に取り組むにあたり、急進的な思考に立脚した論考を積極的に行うスタンスにあるかどうか。)

 (1)生ぬるいと考える。拉致被害者に残された時間はそう長くは無い事を踏まえるべき。
 (2)何とも言えない。
 (3)生ぬるいとは考えられない。多少時間が掛かっても、着々と地に足の付いた取り組みを行うべき。
 (4)その他。

答え(1)この問題が人の命に関わる事を、小泉政権はきちんと考えるべき。

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 4.小泉政権による対拉致問題への取り組みが、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。
(#政府の取り組みに対して、どれだけ信頼を置いているか?)

 (1)寄与していると考える。
 (2)何とも言えない。
 (3)寄与しているとは考えられない。
 (4)その他。

答え(4)
5人の被害者とその家族の帰国は、小泉政権でなければありえなかったと思う。
しかし、それ以後の動きは解決へのベクトルを失っているように思える。

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 5.国際社会における米国との連携が、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。
(#他国との連携のあり方をどう考えるか?)

 (1)米国と連携した北朝鮮への締め付けが、今後の拉致問題の進展に大きく寄与していく。
 (2)逆効果、中韓と連携して融和政策を取るべき。
 (3)法整備も含め、日本単独で解決する道を探るべき。
 (4)その他。

答え(1)
北朝鮮からすれば、日本はアメリカと自国のクッションに見えているのではないか?
対アメリカ外交を進める上で、日本の拉致被害者はカードの一枚になっている悲しい現状がある。
それを逆手にとって、アメリカを悪者にして北朝鮮を懐柔する策も考えるべきだと思う。

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 6.北朝鮮問題は日本の安全保障としての核の問題が第一優先事項。ここで対応を間違うと数千万人の単位で
被害が出るから。数十人、最大でも数百人の拉致被害は優先順位では二番目だ。
(#現実主義的思考の度合いは?)

 (1)冷酷だがその通り。もちろん拉致被害者には同情するし解決して欲しいと思うけど…。
 (2)何とも言えない。
 (3)反対。核の脅しに屈して妥協することは北朝鮮の狙いにはまることでしかない。
    国家の尊厳を失うことは国家としての自殺なのだ。
 (4)その他。

答え(4)
我々が市民運動である限り、この問題に優先順位をつけるべきではないと思う。
まずもって、核の問題に対して市民ができることなんてあるのだろうか?
我々の目的は拉致被害の解決であり、そのための活動でいいと思う。

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 7.拉致被害認定者である残り 11 人の帰還を以って、「拉致問題の解決」と考える。
(#何を以って「拉致問題の解決」とするのか?)

 (1)拉致認定被害者が帰ってさえくるのであれば、「解決」と考えても良い。
 (2)拉致被害者の数は 11 人とは限らないかもしれないが、結果として妥当であると考えても良い。
 (3)拉致の可能性が濃厚な特定失踪者を含めた残り 100 人以上の人々はどうなるのか。
    とても「解決」と考える事は出来ない。
 (4)その他。

答え(4)
正直、自分の中に明確な答えがない。現在も思考中。

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 8.日本人拉致被害者のみならず、その他外国人の拉致被害者、また、北朝鮮国内における人権問題
の解決も併せて目指していくべきだ。
(#自国以外における北朝鮮問題をどの様に捉えているか?)

 (1)当然である。自分達だけ助かれば良いという考えは、道徳的にも国際的にも、到底受け入れられる事ではない。
 (2)もちろん、これらの問題が解決するに越した事は無いし、日本政府も取り組んでいくべきだとは思うが、優先順位は考慮されて然るべき。
 (3)まずは自国の拉致被害者を救出する事が先決である。あれこれ手を広げた結果、拉致被害者救出に支障をきたしてしまっては本末転倒である。
 (4)その他。

  答え(4)
どのようなスタンスが良いのか、まだ思考中。

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 9.北朝鮮の体制が崩壊しない限り、この問題は解決しないのでは?
(#北朝鮮体制の現状に対する認識、体制崩壊への方法論)

 (1)そう思う。アメリカに対する強力な外交カードを握って武力制裁に踏み切らせるしかない。
 (2)そう思う。でも中国と韓国がそれを許さないだろう。どうしたらいいのか分からない。残念だけど長引きそう。
 (3)ある意味そう思う。しかし拉致問題はある程度のところでいったん手を打って国交正常化を先に行うべきである。
北朝鮮に市場経済が導入され、不可逆的に日本への依存度が高まれば自ずと政治的自由を求める声が高くなり先軍独裁体制は
実質的に変化する。そのとき、拉致の解明は一気に進むであろう。
 (4)そうは思わない。このまま対話と圧力だ。圧力として経済制裁が必要。
 (5)その他。

  答え(5)
北朝鮮に感化(洗脳)されている可能性が高い拉致被害者が、体制崩壊の際にどのように動くのか予想がつかない。
一番恐れることは、体制の崩壊の混乱のさなかで証拠隠滅として殺害されること。
現体制のままで圧力をかけ続け、その結果として被害者が戻ってくるのが一番望ましいと思われる。
金体制崩壊は簡単かもしれないが、その後の混乱状態での策がない以上、リスキーな策はとって欲しくない。

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 10.この運動をきっかけに日本の愛国心の高揚を図り、他の様々な問題に対しても応援に向かい団結していくべきである。
(#「運動」のあり方に対する考え方、日本国においての拉致問題の位置付けをどの様に考えるか?)

 (1)その通り。拉致問題と他の国益に関する問題は直接は関係ないが間接的には関係している。問題は愛国心だ。
 (2)何とも言えない。
 (3)反対。政治的なイデオロギーを持ち込むと運動の方向性が拡散するし、敬遠する人も出てくる。
むしろリベラルな人でもこの問題には賛同するし怒りを覚えるという立場が大事。
 (4)その他。

答え(3)
リベラリストとして参加している以上、当然反対。
この板への書き込みが、最近かなり民青に近づいている。(排除、売国奴、裏切り者等々)
北朝鮮に妥協しないことは、北朝鮮に対して好き勝手な事を言うことではない。
自分自身と同じ考えを持っていなければ、拉致被害者の救出を願っていないわけではない。

代議制をとる日本であれば、政策への圧力は数の力に反映される。
狭量なナショナリズムが先鋭化し、大衆と乖離するならば、そんな組織は害悪である。

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2005年10月23日 (日)

10/23個人日記

大介さんがいらしていると聞いたので、エコーくんと大介さんに会いたくて、上野に駆けつけました。すれ違いで残念。大介さんPCの調子はどうですか?

秋晴れの上野は人出も多く、人々は明るい表情で行き交っていました。
昨日の群馬の集会のこと、福島での早紀江さんのことばを伝えようと思いました。

真剣に心配してくださるご婦人、日本語を勉強しているフランス人の方が、熱心に話を聞いてくださいました。(カタコト)

昨日の群馬の集会の写真をいただきました。450の定員に立ち見もでるほど集まったとのこと。
交通がけして便利とはいえないところにこんなに多くの方が集まってくださってほんとうによかったですね。

最後に歌われたビリーブの歌詞の一部

今未来の扉を開けるとき、悲しみや苦しみが

いつの日か喜びに変わるだろう

アイ ビリーブ イン フューチャー 信じてる


   



お二人も、歌っている小中学生も涙を流していたそうです。
>いつの日か喜びに変わるだろう
という歌詞をきっとご自分の気持ちに置き換えて聞いていらしたと想像します。
参加なさった方は『合唱の指揮をしていた中学生が、制服姿の女子で、その姿にめぐみさんがダブってしまいました。』とレポートを送ってくださいました。

必ず喜びの日がくるように、私達も支援してなくてはなりませんね。
はがき、メールのご協力をお願いします。
(金木犀)

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2005年9月28日 (水)

拉致問題へのスタンス

この掲示板は運動家が運営するものではありません。
本当に普通の一般市民の掲示板です。
被害者とご家族を支援する底辺の日本人の掲示板です。

最終的な目的は、運動の継続ではなく、「拉致被害者の奪還」です。
願はくは、すべての被害者を救出してこの運動がめでたくお開きになって欲しい。

家族を奪われた被害者家族の思いに心を重ね合わせる、市井のひとりの市民が大きな何かを出来るわけでもありません。運動家の皆さんは、それでは不満かもしれません。

でも、心を寄せる市民の数が多ければ、僅かでも国政への圧力になるのではないでしょうか?愚かといわれようと、心を寄せる市民を「妨害勢力」と切り捨てては、奪還運動は、一部の人たちに限定され、心を寄せる人たちを枠の外においだしてしまいます。

一番助けたいのは、救いを待っている被害者です。そしてご家族です。
そのための運動のはずです。

市井の市民の掲示板ですから、投稿は救う会の主張に全て沿ったもの、正論ではないかもしれません。一部には、過激なものも、多少言葉のたりないものもあるでしょう。

しかし、それが世論なのです。ときには、運動の方向とは違った投稿もあるかもしれません。それも世論です。少なくとも拉致問題に関心を持ってくれている参加者を、排除したりしないことが私達管理人の基本姿勢です。

私達一般市民は、運動家の人たちの指針を学び、できるだけその主張を理解ついていこうとしています。うさぎさんや、原良一さんなど、実践している人たちの意見は本当に貴重で、ありがたいと思っています。

NET上でも、きちんとした意見や納得できる主張をなさるブロクやサイトはたくさんありますから、私たちはそこからいろんな意見から学べばいい。学んだ感想や意見を書けばいい。自分の意見を述べればいい。身近な活動を報告してもいい。アイディアを提案してもいいと思います。

時には議論になることもあるでしょう。その中から学べばいいのです。

私たちは、支援する人を一色にしたいとは思っていないのです。

怒りは外側へ!

最近の現代コリアで佐藤会長は『自民、民主のどちらが政権の座についても拉致の解決は期待できない状況にある。われわれは、この現実をしっかりと見据え、あくまでも国民世論を背景に正攻法で戦い続ける意外にないことを今から覚悟しておく必要があろう』とその主張を閉じています。

『政治家はもうだれも信頼できない』という声さえ出ていると聞きます。多くの政治家を切り捨て、国民世論だけを背景に戦って行かなくてはならないということであれば、なおさら底辺を拡大する必要があります。

そうであれば、大きな集会でコアな支援者を集め、気炎をあげ、家族にカンフル剤を打つのではなく、地味でも支援の輪のほんの少し外側にいる人を仲間に入れることが必要ではないでしょうか。

内側から敵を作り、排除したり攻撃したりすることで、どれだけの人たちが輪の外側に行ってしまったでしょう?少なくとも内側には入っている人を排斥するのはおかしいと私は思います。

もし、その人の理解が浅いなら、攻めるのではなく上手に説得して欲しいと願っています。

掲示板での意見が未熟であれば、解説し、説明してください。言葉の中に不十分なところがあれば、そこを丁寧に教えてあげてください。

私はすべての投稿の中に被害者への想いがあれば、それでいいと思っています。ことば使いの問題も、投稿の中に支援の心があれば、その単語を読み替えて理解しています。世間にそういう見方もあるのだろうと、捉えています。

やさしく教えあいましょう。学び続けましょう。

私個人は、拉致奪還の先頭に立つ立派な指導者とか、リーダーとはなりえませんが、強く拉致問題に関心を持ち、たまには街頭に出て、生の世論を感じ取り、集会に参加して、ご家族の思いを感じ取り、救う会の活動にわずかな手助けをする程度です。

参加者の投稿にも聞くべき意見が多いと思います。

私個人としては、大上段に論をはることできないかもしれません。
具体案や方針を決めるのは、指導者にお任せします。
ただ、市井の一人の日本人として、その意見を書き込みます。
早くめぐみちゃんたちを取り戻したい思いは、誰にも負けないつもりです。

もう一人の管理人momoedakeさんは、私などよりずっと、見識が深い方です。
一緒に管理していただいて本当に感謝しています。

この掲示板は、被害者を救い出したい誰でも参加できる掲示板です。
一色に染まらない掲示板であることが支援の輪を広げることに少しばかり貢献できるようにと願っています。

ですから、ROMのみなさん、ひさしぶりのみなさん、気兼ねなく書いてください。

蒼き星々掲示板への投稿 金木犀)

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2005年9月 9日 (金)

投票に行こう~愛する人のために~

投票用紙には、ダイヤモンドの輝きもなければ
パソコンの便利さもありません。

けれど、たった一枚のこの用紙には、人間の血をかよわせることができます。
日本の未来への、切ない望みと願いをこめることができます。

平和と安全は投票だけでは得ることができません。
けれども投票用紙にその願いと愛情をこめることができます。

もし、愛するものを取り戻すために、
誇りある未来を作り上げるために、
投票の出来ないめぐみさんの変わりに
あなたがこの投票用紙を使うならば、必ず日本を変えることができます。
拉致被害者を取り戻すこともできます。

投票に行こう。

谷川俊太郎作 『愛する人のために』を選挙用に変詩

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2005年9月 4日 (日)

再び五人揃っての旅を

※拉致問題を選挙の争点のひとつにするためにも、2002年9月17日を忘れないためにも、この文章をお読み下さい。

ドキュメンタリー漫画:めぐみ(後編)より

めぐみ13年間のアルバム~再び五人揃っての旅を~
取材・文 小山唯史
横田家は一家でよく旅をした。左下の写真は、佐渡へ旅行したときのもの。めぐみは小学校6年生だった。1976年夏。新潟に引っ越してきてすぐの夏休みだ。
佐渡における船の玄関口・両津港に近い加茂湖の国民宿舎に泊まり、翌日は島の西北部の相川方面へ。金の採掘で有名な佐渡金山を訪ね、尖閣湾では遊覧船を楽しんだ。

しかし、この旅が、一家揃った最後の旅となってしまう。翌年秋、めぐみは忽然と姿を消してしまったのだ。

自殺や家出の可能性も考えて、警察は、佐渡汽船の乗客名簿まで調べた。家族で旅した想いでの地を選んだかもしれないと。だが、名簿に、それらしき名は見あたらなかった。

北朝鮮による拉致だと分かるのはsっひっそうから20年もあとのことだ。それまでの間、滋も早紀江も、生殺しのような年月を生きてきた。事件が事故か。あるいは自殺か家出か。てがかりは何ひとつない。霧の中を手さぐりで歩むような無限の日々。滋も早紀江も、悲しみぬき苦しみぬいた。

失踪は1977年11月15日。めぐみは13歳。その時から横田家は旅をしない一家になった。「いつ、めぐみが戻ってくるかもしれない。そのときは、必ず家に居てあげたい」

滋も早紀江も思いは同じだった。

知り合いの結婚式、葬式・・・・どんな用事でも、夫婦一緒に出かけることはなくなった。どちらかが必ず家に残った。めぐみが何時帰ってきてもいいように、門灯は明るいものに換え、一晩中、つけっぱなしにした。新潟に住んでいるあいだ、一日もかかさず。

新潟に来る前の広島時代は、周辺の観光地へ、一家で本当によく旅をした。萩、津和野、宍道湖、浜田、大山・・・・・。計画は滋が立てた。「一番楽しかった時代」
滋も早紀江も、そして当時まだ幼かった双子の弟たちも、そう口をそろえる。そんなある年。バスに乗って山陰地方の海岸に行き、民宿に泊まって海水浴を楽しんだ帰りのこと。めぐみが、杭に鎖で繋がれている猿を長い棒でからかったことがある。まねして手を出した弟たちは、棒が短すぎたので猿につかまってしまった。頭の上に乗られて帽子を取られたり、ひっかかれたり。

めぐみは、その光景に大笑いしながらも、あわてて両親を呼んだ。哲也の膝には、いまもその傷が残っている。

そんな“痛い”体験も含め、旅の記憶の全てが輝いている。ただ一人“見知らぬ北の国”へ、自分の意思とは無関係に連れ去られためぐみの、今も帰路に付けずにいるその“長い旅”だけを除いて。

そして今、横田家は日本中を“旅”する一家となった、1997年、めぐみが北朝鮮にいると分かったときから。滋のメモ用紙には細かな文字で予定がびっしり記されている。どんな遠くの、どんな小さな集会にも駆けつけ、マイクを握り拉致問題を忘れないで」と訴える。

横田家の旅は終わらない。滋のメモ用紙に、五人揃った家族旅行の予定が、書き込まれる、その日までは。

 

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2005年9月 3日 (土)

1977年という年

ドキュメンタリー漫画:めぐみ(後編)より
めぐみ13年間のアルバム
取材・文 小山唯史

1977年という年
めぐみは卒業式の謝恩会で「流浪の民」を歌う。
独唱したソプラノの歌詞は「なれし故郷を放たれて」だった。

横田家にとって絶対忘れられない年・・・1977年、昭和52年。前年末に福田内閣が誕生し、北海道では有珠山が爆発、巨人の王貞治が796号の本塁打記録を作った年だ。

その1977年の始まりは、横田家にとっても穏やかなものだった。正月、めぐみは玄関前で雪を背景に和服姿の写真を撮っている。(下写真)早紀江が「お母さんの若い頃の着物があるから、お正月だし、それを着て写真に撮っておかない?と言い出して写したものだ。

赤と白の大きな市松模様。髪は和服用に後ろに束ねた。めぐみは「わあ、私って、こんなに素敵だったんだあ」と、はしゃぎ、早紀江は「あら、厚かましい」と笑った。小学校最後の冬休みのことだ。

3月、コーラス部だっためぐみは卒業式の謝恩会で『流浪の民』を歌う。独唱したソプラノの歌詞は「なれし故郷を放たれて」だった。

4月、新潟市立寄居中学校に入学。めぐみは風疹で入学式を欠席する。入学式と始業式の間の日曜、父親の滋は「さくらの散らないうちに」と記念撮影にめぐみを連れ出した。中学の制服姿で。その写真の中で、病後のめぐみは寂しげな顔をしている。

失踪後の捜索に使われたのは、その写真。明るかっためぐみが、内気そうな少女として人々の目に触れることになったのは、そのためだ。

中学ではバトミントン部に。長年習っていたバレエは、『花のワルツ』を踊った8月の公演を最後に、やめた。部活に専念するために。

新潟での二度目の夏。早紀江は中学生になっためぐみのために浴衣を縫う。紺地に赤と緑と黄色の花柄。

その浴衣を着て、めぐみは夏祭りに。佐渡おけさ、新潟甚句・・・・「新潟まつり」の大民謡流しは阿波踊りにも劣らない大規模なものだ。地元企業も会社ぐるみで参加する。滋も日銀新潟支店の一員として菅笠をかぶり、踊りの隊列に。だが、滋の菅笠のヒモがほどけてしまう。余り器用とは言えない滋は、なかなかヒモを結び直せない。

その光景を、電話ボックスの横で早紀江らと見つめていためぐみ。
「どうする?お父さん、まだ結べないよ。大丈夫?でも、ここでお母さんが出ていって結んであげたら、もっとカッコ悪いし・・・」

ハラハラし続けていた。母の手縫いの浴衣を着て、父を案ずる娘。大人への階段を上り始めていた。

やがてカレンダーは秋を告げる。

10月5日、めぐみの13才の誕生日。
11月14日、滋の45歳の誕生日には、携帯用の櫛をプレゼントした。「お父さん、これからはオシャレにも気をつけてね」という言葉を添えて。

その翌日のことだったのだ。めぐみが忽然と消えてしまったのは。

けなげに、他の多くの少女達と同じように、平凡ながら夢いっぱいに生きていた、めぐみ。その先にも続くはずだった。“未来の暦”を突然引きちぎった拉致━━

今早紀江は川崎の自宅で、季節ごとにめぐみの写真を選び、額に入れて居間置いている。いつでもめぐみと一緒にいるために。

正月に飾るのは、いつも和服姿のめぐみだ。1977年、あの年を希望の中で迎えためぐみだ。

 

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2005年9月 2日 (金)

失踪直前“最後の一枚”

ドキュメンタリー漫画:めぐみ(後編)より
めぐみ13年間のアルバム
    ~失踪直前“最後の一枚”~
 取材・文 小山唯史

この顔が一番似ていますっっこ
その亡命・元工作員は、はっきりと言った。拉致一ヶ月前に、新潟空港で撮っ、この写真がよく似ています」と。横田夫妻とは初対面だった。

新たな激動が幕を開けたのは、この対面より二ヶ月後のことだ。

1997年1月21日。行方不明のめぐみは拉致され北朝鮮にいる---思いもよらぬ情報がもたらされた。失踪から20年が経っていた。嵐にも似た日々の始まり。新聞や雑誌が一斉に実名報道し、国会でも取り上げられたのが2月3日。
さらに、その翌日たまたまソウルでその記事を見た安明進の口から、新たな証言が飛び出した。
「(記事の中の写真の)この女性に見覚えがある」と。
安明進は北朝鮮の工作員養成機関(金正日政治軍事大学)に在学中、そこで、めぐみに似た女性を何度か見たと、訪韓中の取材陣に語ったのだ。20代半ばに見えたという。目撃したのは拉致から10年以上経った時期。年齢的にも一致している。

その安明進に会うために横田夫妻はソウルへ飛んだ。記事とは別のめぐみの写真を携えて。勿論、空港で撮った写真も。それが、一番新しい、めぐみだ。父の滋にとって、自分で撮った一番最後のめぐみ。

対面が実現したのは3月15日。その席で、安明進ははっきり言ったのだ。自分が北朝鮮で見た女性は、他のどの写真より、この空港の女性に似ていると。めぐみが北朝鮮にいるという話は、やはり本当なんだ・・・・・夫妻は「拉致」への確信を深めた。

その空港の写真。めぐみが新潟空港を訪れたのは、札幌の自宅に帰る祖父(滋の父)を、一家で見送るためだった。1977年10月。拉致は翌月のことだ。めぐみの横に立っているのは見送りに駆けつけた叔父(滋の弟)。めぐみの双子の弟、拓也と哲也は野球帽をかぶっている。

広島カープの赤い帽子。横田家が広島に住んだのは、カープが初優勝し、「赤ヘル」ブームにわいた時期だった。その地を離れるとき、弟たちは見送りの人からカープの帽子をプレゼントされた。「広島のことを、いつまでも忘れないで」と。それを新潟でも愛用し続けていた。

めぐみの顔は、短く丸い髪に包まれて、やわらかく微笑んでいる。それまでずっと長くしていた髪を、直前の夏に切った。めぐみにとって初めての美容院体験。この短い髪のめぐみこそ、あの日以来、探し求める面影となった。疾走直後の日々、「めぐみちゃん、どこにいるの?」と町じゅうを探し回り、幼い弟たちの手を引いて海岸をどこまでも歩き続け、追い求めた面影---。

ソウルで安明進と会った横田夫妻が帰国して間もない3月25日。日本各地にいた拉致被害者の家族が、初めて結集した。「家族会」の結成。救出へ、新たな闘いの始まりだ。

まるでそれを見届けるかのように翌日、北海道で祖父が息を引き取った。行方不明となった孫を、ずっと案じ続けていた祖父。めぐみとは、新潟空港での別れが最後だった。

 

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一本のラケット

一本のラケット
ドキュメンタリー漫画:めぐみ(後編)より
取材・文 小山 惟史

午後6時25分頃。めぐみはバトミントンの練習を終えて、寄居中学の正門をでた。部活の仲間と3人で。1977年11月15日、火曜日。いつものようにラケットを入れた赤いスポーツバックと学生カバンを手に。

帰宅の道は、日本海へと向かう直線の道路だ。途中で一人が右に折れた。次の交差点で、2人めがバイバイと言って左に曲がる。6時35分頃だった。家までは、あと3~4分。

だが、めぐみは遂に帰ってはこなかった。

中学になっためぐみは、クラブ活動として選んだバトミントン部で一生懸命、練習に取り組んでいた。当時、寄居中学は強豪として知られていた。失踪2日前の11月13日、めぐみは新潟市内の中学校新人戦に出場。ダブルスで5位に終わったが、市の強化選手に選ばれた。

身長はクラスで高い方から3番目。153センチの母・早紀江を既に1センチ上回っていた。その体格が見込まれたのか、思いがけず強化選手に選ばれて、めぐみはそのことを少し重荷に感じていた。勉強の成績は上位だったが、部活に時間を割く中で、二学期の中間テストは順位をやや下げていた。

行方不明となったとき、早紀江の頭に真っ先に浮かんだのは、ここ2~3日の、めぐみのそんな“迷い”だった。家出か?それとも思い詰めた果てに・・・。北朝鮮による拉致だなんて、想像もつかない時代だ。

前ページの写真(下部に表示)は、失踪後に顧問の先生がくれたもの。滋も早紀江も初めて見る写真だった。ピンクのラケットを手にしためぐみ(後列右から4番目)は、体をやや横に向けている。

その姿を目にしたとき、早紀江はとっさに思った。「ああ、めぐみちゃんは、私の言葉を覚えていたんだ」と。成長期で少し太り始めたことを気にしていためぐみに、早紀江はこうおしえたことがあったからだ。「写真を撮るときにはね、ちょっと体を斜めにするといいのよ。そうすれば少しスマートにみえるでしょ」今はいない娘とのやりとりが、まざまざと甦ってきた。

めぐみが中学を卒業するはずの時期、早紀江は一人でよく浜辺に立った。波間に浮かぶ遠いブイ。その赤い色を、いつまでも見つめ続けた日もある。あの日、めぐみが持って登校した、赤いスポーツバックに思えてしかたなかったからだ。

やがて寄居中学に入学した弟の拓也は、姉と同じバトミントン部を選び、それを大学まで続けた。

その頃、北朝鮮では楽器を習うように言われためぐみが、バイオリンを選んでいた。蓮池夫妻の証言によれば、その理由をめぐみは、こうかたったという。
「弟(小学生の拓也)が習っていたから」と。

---そして、あの、2002年9月7日。日本中に衝撃を与えた、小泉初訪朝の当日。

一本のラケットが、25年の時を隔て、海を越え、突然現れた。平壌のホテル。梅本和義公使と面会したキム・ヘギョンさんが持参したのだ。「母の思い出の品」として。

我々は、必ず取り戻さなければならない。そのラケットの真の持ち主を。海のこちら側に。




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2005年8月29日 (月)

七夕短冊お礼

8月6~8日の福島七夕へ短冊を送った皆さんに、救う会福島から報告が送られています。
事前、事後のマスコミ報道もあって、全国か約400枚の短冊、会場でも多くのかたが短冊を書いてくださったようです。

既に話の花束でぴろんさんもご報告になっていますが、福島からのお礼の書面をご紹介します。
参加した皆さん、ありがとうございました。
またこういった呼びかけがあれば、共に協力していきましょう。

礼状

お礼状の文章
「七夕祭りinふくしま
残暑お見舞い申し上げます。過日はご協力を賜り誠にありがとうございました。ご報告おくれて申し訳ありませんでしたがNHKはじめ、メディアでも多く取り上げて頂き、感謝です。全面解決まをめざして、みんなで頑張りましょう。」






8月7日付け福島民報新聞の記事
拉致問題で街頭活動 救う会ふくしま

北朝鮮に拉致された日本人を救う会福島の会(救う会ふくしま)は拉致問題への関心を高めるための街頭活動を六日から三日間、福島市のパセオ470通りで開かれている七夕祭りで、開催している。
大型の七夕飾りを日本掲げて「拉致被害者全員を取り戻そう」などとアピール。笹飾りも四本用意し、横田滋・早紀江さん夫妻をはじめ全国各地から寄せられた短冊約400枚を飾っている。
市民も拉致被害者の帰国を願うメッセージを短冊に書き、笹飾りに結びつけている。
福島の会久米充彦事務局長は「一人でも多くの人に関心を持ってもらい、福島の活動の輪を広げていきたい」と話していた。

※こうして参加者にこまめにお礼状をだす救う会福島のみなさんの心遣いに感謝します。

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2005年8月16日 (火)

おきなわ2005

おきなわ
台風襲来を前に、不安の中、沖縄に行った。
今回は事前準備がなくて、ドタバタと日程を決めたので不満足の行程。
空港近くでレンタカーを借り、まずはパイナップル食べ放題、すぐ近くに自衛隊の基地。沖縄にも米軍と協力して日本を守る自衛官がたくさんいる。
いつも、ここで自衛隊を意識する。



フェンス越しに

那覇は懐かしい匂いがする。まずはいつものコース58号線を少し北上し、BigDipブルーシールアイスクリームを食べる。
ドライブスルーのアメリカングラフティ スタイル、これがしたくてオーダーする。
でも、やっぱり暑いから、買ってから店内に入るという横着ぶり。

次は定番「A&W」ファーストフ-ド ここはルートビアという不思議な飲物、美味しくなくても一回は飲む。

2つの<ノルマ>をこなして那覇市内のホテル、格安、バレーボール九州大会の高校生と一緒。

夜はやっぱり国際通り、三越もなくなって小さな商店ばかりのこの通りを歩くのがやっぱり楽しい。沖縄特有の「~~しましょうね」ということばを聞くと嬉しくなる。

このことば、最初に聞いたとき、とても不思議だった。誘われているように聞こえるからです。でもその意味が「~~しますね」という自分の意思を表すことだと判って納得した。それでも、一緒に~しましょうねと聞こえるこのことばが大好き。何か仲間になったような気がするから。



ドラゴンフルーツを一個250円で買う。その場で切って貰って食べる。もう一個はホテルにお持ち帰り。

滞在中何度も58号線を運転する。ある地点に来ると直線が長くつづく。ここは事があれば、滑走路として使われると聞く。米軍の基地施設が両側に続く。楽しそうな家庭を想像させる住宅も見える。

残波岬という場所がある。夕日のきれいな岬だ。ここの夕日は本当にすばらしい。東シナ海の波間に沈む夕日を何度眺めたことだろう。

恩納村のリザン シーパーク ホテルに滞在、ここは何度も泊まっている。
最近は温泉もできて、泳いだあとゆっくりお風呂を楽しめるのもいい。
近くのルネッサンスリゾート、残波岬ロイヤルホテルにも温泉がある。

ところで恩納村には「元祖うみぶどう」というお店がある。毎回訪ねるが、人気があって、店舗も増えている。今年も食べました、うみぶどうどんぶり。


台風でナガンヌや慶良間など島に足を伸ばせなかったけれど、やはり沖縄は第二の故郷でした。(金木犀)

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2005年8月10日 (水)

『週刊ダイヤモンド』 櫻井よし子

2005年8月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 603


7月26日から北京で始まった6ヵ国協議で、佐々江賢一郎・外務省アジア大洋州局長は、核、ミサイル、拉致の諸懸案の包括的な解決が必要だと、冒頭発言で強調した。

日本としては当然の条件を述べたにすぎないが、中韓両国は即、日本を批判した。中国外務省の秦剛副報道局長は同日「拉致問題は日朝の協議で解決すべきだ」と語り、「人民日報」は「日本は各国の反対にもかかわらず、協議中に拉致問題を持ち出すことに固執している」と非難した。同紙は中国共産党の機関紙で、その報道は中国政府の見方を反映したものだ。

韓国の宋旻淳(ソンミンスン)外交通商次官補も「協議では朝鮮半島非核化に集中すべきで、焦点を分散させるのは理想的ではない」と批判した。北朝鮮の核を“防衛的”と形容し、理解出来るとした盧武鉉大統領の発言などが、北朝鮮の核政策を増長させてきたことを忘れたかのようだ。

中韓両国は、6ヵ国協議で北朝鮮への援助が決まれば日本に相当部分を負担させるのは当然と考えてはいても、日本への配慮は持ち合わせていない。米国は周知のように、北朝鮮が核廃棄の措置を取ったのち、多国間で北朝鮮に対し安全の保証を与えるとともに北朝鮮が必要とするエネルギーの調査を行う、北朝鮮が核の完全廃棄を確約し核開発計画を凍結するあいだ、米国は他国の北朝鮮へのエネルギー支援を容認する、と提案した。

さまざまな局面で、日本を含む5ヵ国が協力しなければ、米国の提案も絵に描いた餅で終わりかねない。だからこそ、関係諸国の北朝鮮関連の懸案を解決することが重要だ。日本は、拉致された国民を放置して北朝鮮へのいかなる支援の実施も考えられない。500人近い韓国人が北朝鮮に拉致されていながら、拉致にまったく言及しない韓国とも、人権を軽視する中国とも、日本はおのずと価値観が異なるのだ。

中韓両国の日本に対する一方的といってもよい姿勢を見ると、最近のある体験を思い出す。雑誌「文藝春秋」の対談で北京を訪れたときのことだ。日中双方から2人ずつ出席して、私たちは歴史問題と現在の両国間の摩擦について語り合った。5時間の激論の模様は同誌に詳しいので、興味のある方は同誌8月号を見ていただきたい。

だが、文春の文脈からはよくわからないかもしれないのが、中国側の一方的な姿勢である。歴史認識は共有できなくても、史実の共有は知的に可能なはずだと考え、対談で事実関係をいくつか質した。たとえば、中国の教科書ではなぜ、朝鮮戦争は米帝国主義が始めたと教えているのか、日中戦争の死者の数がなぜ、終戦直後の320万人という主張が570万人になり、2,168万人になり、ついに3,500万人と無制限に増えていきつつあるのか、などである。

この種の事実が指摘されると、日本人ならとにかく一所懸命に説明し答えようとする。ところが、中国人はいっさい答えない。都合の悪いことは無視して、新たな日本批判の論点に移ろうとする。二度三度と同じ問いを投げかけたところ、彼らはようやく言った。朝鮮戦争はこれからの研究の成果を待つべきだと。犠牲者の数は「被害者の気持ちを考慮」した数字だと。

こうした主張を赤面せずに展開し、日本の反省が足りないと、彼らは結論づけるのだ。自国の価値観と主張しか認めないというに等しい。その姿勢は、6ヵ国協議で北朝鮮の核廃棄を実現させるために日本の立場は無視してもよいのだとする姿勢と重なる。だが、核開発を行ってきた北朝鮮をこれまで支えてきたのは、ほかならぬ中韓両国である。中韓両国の批判にめげず、日本が拉致問題を提起し続けることが重要である。

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2005年8月 7日 (日)

国売りたまうことなかれ 序  

先に紹介した櫻井よしこさんの『国売りたまうことなかれ 論戦2005』を読んでいる。そのエッセンスは、その序文にあるのであろう。そしてそれは、私たちが戦っている拉致問題にも大きく関係している。この序文を読むとき、私たちの戦いの根源にあるものが日本にとって最も必要なことであることが再認識させられる。櫻井さんには許しを得ずに、その序文の抜粋を掲載する。

引用
あるいは大げさな表現かもしれない。しかし、日本はいま、国難に直面していると言える。内外の状況は国家としての土台を深刻に揺さぶり続けており、日本人の覚醒なしには、この国は日本であることを放棄し、無国籍国家として諦めの海に沈み行くと思えてならない。
 理由は大きく括って、ただひとつである。日本人が自国の歩んできた歴史を知ろうとしないことだ。そのために自己が何者であるか、何をなしてきたのか、なさずにきたのかの認識と把握が難しい。自分の国の歴史について十分に知らないために、他国にその歴史を論難されても検証できず、容易に、他国の立場から見た日本観をそのまま受け容れていく。他国はさまざまな政治的思惑、経済的思惑、国際社会で生き延び、さらに力をつけていくための駆け引きを考えながら、白を黒、黒を白と言いくるめる手法で、日本を論難する。その主張は事実に即したものというより、武力を使わない戦い、つまり国益のためには嘘も是とする外交の産物にすぎない。にもかかわらず、戦後60年間、日本は愚直にそうした他国の一方的批判を受け容れ、謝罪し、頭を垂れ続けてきた。(中略)
 だが、希望を捨てることはない。拉致問題の発覚は、国家のあり方、その意味や機能についてほとんど考えてこなかった戦後の鈍く長い眠りから私たちの目を醒ましてくれた。国家がしっかりしなければ、他国に拉致された国民を取り戻すことも国民を守ることもできないと、ようやく気づくことになった。危機を感じ取り、備えを整えるプロセスのなかで、この国がいかに長く無防備な時を過ごしてきたかも見えてきた。日本はもっとまともな国になってほしいという切実な願いが、国民の間で広く共有されていることを、私は感じている。
 だからこそ、この国の指導的立場にある人びとに向かって言わなければならない。。この国を支えてきた国民の心と向き合ってほしいと。そのうえで、けっしてこの国を貶めてはならない、国を売ってはならないと。この国の歴史を、じっくりと学び直すことで、必ず未来への展望が開けてくる。国難のいま、私たちは一人ひとり、心静かに歴史を振り返りたいものだ。

2005年7月15日
櫻井よしこ

(momoedake)

「国を売りたもうことなかれ」櫻井 よしこ (著)

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2005年8月 6日 (土)

夢と勇気

大きな拉致事件の集会で司会をして頂いている櫻井よしこさんの『国売りたもうことなかれ 論戦2005』の記念サイン会に行ってきました。一言書いてくれるとのことなので、蒼き星々をやっていますと話すと、「がんばってますね」、と言われてメッセージを書いてもらいました。「夢と勇気」です。
本の内容は、櫻井さんがいろんな本に書いているエッセイなどを集めたものです。
(momoedake )

  


「国を売りたもうことなかれ」櫻井 よしこ (著)

※momoedakeさんが紹介してくださった、櫻井よし子さんのサインは、蒼き星々投稿者、拉致問題解決を願うすべての人へのメッセージだと思っています。


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日本の政治家よ、国を売りたもうことなかれ!
小泉首相よ、国を売りたもうことなかれ!
外務省よ、国を売りたもうことなかれ!

国民よ、国を売りたもうことなかれ!

今後とも、共に頑張って声を挙げて行きましょう。

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七夕の短冊に願いを込めて

東北は8月、祭りの季節です。
余り知られていませんが、福島市でも商店街で七夕祭りが行われます。この七夕祭りで、一本の笹竹が拉致被害者救出の願いの短冊を飾るために用意されることが決まりました。会場に来た方に、被害者救出の願いを書いて貰って、飾るという企画です。

 
主催:救う会福島 事務局
(救う会福島は、以前から支援活動をしてきましたが、先頃正式に加盟したそうです)

全国からの短冊も受け付けるそうです。
送付先は下記、あなたも短冊に願いを込めて、おくってみませんか?

〒9608041 福島市大町9ノ18
 ビスポークカンノ内
 救う会福島 事務局(菅野重信代表)

短冊例
   

各サイトのみなさまへ

このことをなるべく多くの方に知って頂きたく、是非告知活動にご協力頂ければ幸いです。
竹がしなるほどの短冊が集まりますよう祈ります。

園丁日記さん記事:東北の七夕に願いをこめて…
話の花束さんTOP

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2005年8月 5日 (金)

ご家族・支援者の短冊



○一日も早くめぐみと再開できる日を待っています。  横田 滋

○めぐみ、ヘギョンちゃん等、拉致被害者全員が
  今年こそ帰国出来ますように!!         横田早紀江
===========================


○流れ星に乗せて、帰してください         飯塚 繁雄

○母を普通の生活に戻してください         飯塚耕一郎

○るみ子に早く会いたい
  年老いた母に会わせたい
           願いを叶えて       平野フミ子

===========================


恵子がきっと帰国できる様に    有本嘉代子

全員が帰国できるように運動します 有本明弘

拉致被害者全員の帰還を実現しよう 荒木和博

===========================


修ちゃんへ
お父さんお母さん元気で待っていますよ。
      早く帰ってきて!          姉 龍子

修ちゃんへ
市成の星は今もきれいよ。お水も美味しいよ。
空気も美味しいよ。早く帰ってきて味わってね。  姉 龍子

拉致被害者の為に力を貸してください   平野フミ子

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支援者の短冊(福島七夕)

支援者の短冊


○家族会の皆様の祈りが届きますように

○有本恵子さんが 一日も早く祖国にかえれますように 

○めぐみさんが一刻も早く日本に帰り
     ご両親の喜ぶ姿を見たいです


○特定失踪者を含む全ての拉致被害者が帰国できますように うつみ

○人類にとって最大の糧は希望であるとイエスは言われました
希望を持ち待ち続けている者の上に喜びの日が訪れますように

○拉致被害者の方々、すべての人の幸せが一日も早く来ますように祈っています
====================


○早く帰国できますように 神崎慎一

○横田めぐみさんの帰国を心より願っています 佐藤

○自由が訪れることを祈っております
===================


○元気でいらっしゃる事を祈り 早々の帰国を 田代

○有言実行が国民全員の願いです 早く解決を
            都議会議員 田代ひろし

○横田めぐみさんが早く日本に帰れますように 祈っています
            世田谷区議 下山 芳男
===================

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2005年7月31日 (日)

願いの短冊~上野~

何時も上野の署名活動を見守ってくださっている色紙作家の方から、福島七夕への短冊を頂きました。
  ○七夕や、
     一年一でも
        逢うせたし

      ○叶ふなら
         億万書くぞ
              七夕や
    

この二つの短冊は二つで一つの願いを表したものだそうです。
一の句では、私達の願いを、万感を込めて、<一>という毛筆の字が表してくれています。
そして二の句では<億万書くぞ>という言葉にご家族と同じ決意を感じさせます。


私達も億万の心を短冊に込めて、笹竹に飾ろうではありませんか?

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2005年7月26日 (火)

めぐみ

作詞:喜多浩志  作曲:いしいゆきお 
編曲:喜名政明  歌 :因幡 晃




小雪ちらつく 冬の訪れに
むなしく月日は 流れてゆくばかり

あなたは突然 姿を消した
今頃どこかで どうしているだろうか

季節はめぐる 人を待たない
ただ哀しみだけを 置き去りにして

神のめぐみ・・・どうか無事でと
わたしはひたすら 祈ります

海を距てた 町に住むという
言葉も知らない 見知らぬその土地で

果たして友達 出来たのかしら
頼りも返事も 届かぬもどかしさ

季節はめぐる 人を待たない
ただ悲しみだけを 置き去りにして

神のめぐみ・・・どうか無事でと
わたしはひたすら 祈ります


季節はめぐる 人を待たない
ただ悲しみだけを 置き去りにして

神のめぐみ・・・声をかぎりに・・・

あなたはわたしの 命です
あなたはわたしの 命です


この歌詞の紹介は因幡晃さんのCDの宣伝のつもりです。
どうぞ、みなさんも購入してください。
そして、ラジオや有線にリクエストしてください。
因幡晃 「めぐみ」1020円

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銀河



作詞:喜多浩志  作曲:いしいゆきお 
編曲:喜名政明  歌 :因幡 晃

見上げる夜空には 銀河
七夕まつりの 天の川

星の下には 故郷が
涙こらえて 見てるでしょう

民謡ながしに 浴衣着て
打ち上げ花火に 目をこらす

幼い頃の アルバムめくり
胸が・・・ 傷みます・・・・

手塩にかけてきた 愛娘(まなむすめ)
突然姿も 影もなく

泣いて暮らした 苦しみを
何処へ向けたら いいのでしょう

四季の移りは またも秋
哀しみ残して くりかえす

あきらめないわ 希望を捨てず
命・・・  あるかぎり・・・


群れなす鳥たちは 今日も
目指すは海越え 北の空

もしも翼が あったなら
飛んでいきたい いますぐに

天空(そら)に尾を引く 河を越え
あなたを尋ねて どこまでも

いつかは会える かならず会える
きっと・・・ 会えますね



この歌詞の紹介は因幡晃さんのCDの宣伝のつもりです。
どうぞ、みなさんも購入してください。
そして、ラジオや有線にリクエストしてください。
因幡晃 「めぐみ」1020円


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2005年7月25日 (月)

地球をまわすの だあれ

  
すてきないちにち はじまるよ 
おひさま ぐんぐん のぼるよ

世界が ぐるぐる まわってる
おとが きこえるよ

ちきゅうをまわすの だあれ
それは ぼくたち

はやく あしたへ いきたい
げんきな こどもたち

きのうの涙は わすれてる
すりむいたきずも なおってる

おはようの笑顔が ひとりずつ
ほ~ら あたらしい

ちきゅうをまわすの だあれ
それは ぼくたち

つちを しっかりふんで
のびてく こどもたち

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2005年7月16日 (土)

梨の花

白い梨の花をみていると
なきたくなることがある


遠い日に
母さんがゆする
ゆりかごで
見ていた花かもしれない

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2005年7月14日 (木)

めぐみ13年間のアルバム

めぐみ13年間のアルバム~新しいアルバム~最終回
『漫画アクション』より

取材・文:小山唯史



 横田家の「めぐみのアルバム」は13年で途絶えている。その先には白いページが続くばかりだ。

そんな一家に、行方不明となって以来、初めてもたらされた一枚のめぐみの写真。ヘギョンちゃんが「母親の20歳頃の写真」として持参したのを、政府調査団が北朝鮮から持ち帰ったものだ。2002年10月のこと。この写真を見たときの思いを、父の滋は振り返る。

「最初に見たときは、あまりめぐみだという感じはしませんでした。私にとって、めぐみは13歳のときのままなのです。20歳だと言われても、間が繋がっていませんから。年齢も20歳より上に見えました。でも、私の一番下の妹に、なんだか似ているなとは思いました。」

滋より17歳年下の妹。その若い頃と似ていた。もともと、めぐみは、どちらかと言えば父方似だった。

母の早紀江も言う。「初めて見たとき、すぐに『あ、めぐみちゃんだ』と言う感じはなくて、そういえばそうかなあという程度でした。主人の妹に似ているねとは思いました。」

親であるからこそ、胸の中で描く娘の像と、目の前の写真をうまく結びつけることが出来なかった。

「見た瞬間、姉だと思いました」というのは、弟の哲也だ。

幼い頃哲也はよく兄に泣かされた。双子でも兄の拓也のほうが体力に勝っていたからだ。そんなとき、めぐみは哲也をかばって拓也を叱った。写真を見た瞬間、哲也の目に映ったのは、拓也を叱ってキッと睨んだときの姉の面影そのままだった。

拓也は、この写真について、「たとえ似ていると思っても、似ているとか似ていないとかいいたくない」と言い続けてきた。北朝鮮が出してくるものには、どんな嘘や工作がくわえられているかもしれない。そう心に決めているからだ。拓也は、それが家庭の中で自分の役割だと考えている。

早紀江は、写真を初めて見たとき、少し安堵もした。思ったより穏やかな顔だと感じたからだ。北朝鮮で生きるために、もっと険しい目つきになっていると想像していた。

写真の中で女性が着ているカラフルな花柄のブラウス。それについても、早紀江は、後に耳にした一つの話を、大切そうにそっと語る。

「蓮池祐木子さんが、『この服は(北朝鮮でめぐみさんが着ているのを)見たことがあるような気がします』とおっしゃっていました。」と。

そして、いま、その花柄のブラウスを着て、かすかに微笑む女性の肖像は、拡大されて額に入れられて横田家のサイドボードの上に飾られている。ヘギョンちゃんの写真と並んで。

「ご飯を食べるときも見ていますから。毎日見ていて、今では、ああ、やっぱりめぐみちゃんだ、間違いないなあと思います。」 とつぶやく早紀江。その言葉に滋もうなずく。

13年で閉じられたアルバム。その空白のページを埋めることは、もうできない。だが、これからのアルバムなら再び作り出すことができる。

新しい、めぐみのアルバム----。
ふるさと日本で、両親と双子の弟たちに囲まれ、ヘギョンさんと一緒に微笑む、めぐみのアルバム。
その再会が一日でも早いことを心から祈る。

◆------------◆------------◆
漫画アクションの連載は、拉致に真正面から取り組み、丁寧で貴重なものだと思います。

日本の大手マスコミ、NHK、民放、週刊誌、月刊誌、新聞、すべてのメディアはどうしているのでしょう。これだけの内容のある記事や、番組は、今みあたりません。

フジテレビは、昨年、一昨年と続いた拉致問題を扱った9月の特別企画ドラマを、今年は別なテーマに変更しました。残念なことです。
マスコミが拉致を風化させるのでしょうか?

全てのマスコミに望みます。
漫画アクションの企画に負けない記事や、番組を作って頂きたい。それが使命です。

みなさんへ

読み終わった漫画アクションを、床屋さんなどに寄付しませんか?より多くのかたにこの漫画と文章を読んで頂きたいと思います。すでに、このような提案を、ラジオ番組でなさった方がいるそうです。

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2005年7月13日 (水)

めぐみ最終回(漫画アクション)

反響をよんだ、漫画アクション 
「めぐみ」 最終回 ~魂の叫び~

日朝実務者協議の前に横田早紀江さんがみた夢の話で始まる。



早紀江さんの実家のある京都山陰線の小さな駅で、長いエスカレーターのくだりに乗っている早紀江さんの前に、何故かめぐみさんに似た女性が赤ちゃんをおんぶして、乗っている。

あとを追いかける早紀江さん。



たどり着いた、とある家で、早紀江さんは「なんでこんなところにいるよ~~~」と声をかける。
めぐみさんはただ、「元気だよ」と答える。

「あなたも旅で汚れているから、お風呂にはいりなさい」という早紀江さん。
たらいでめぐみさんの背中を流してあげる。二人とも癒された表情にみえる。

「やっぱり食べ物が悪かったのね」
「栄養が悪いから背中の皮膚がかさぶたみたいになっちゃってる」




夢から一転して、現実は、偽の遺骨と写真を渡されたときの横田家の怒りと悲しみ。。。


「まだ・・  助けて あげられなくて ごめんね」
「探してあげられなくて、
     ごめんなさいね・・・めぐみちゃん」

そして、偽物との鑑定結果を聞いたときの怒りの様子・・・・


「私達の住んでいる日本は
そんな国でいいのでしょうか!?」


このことばのあとに、早紀江さんの願いが語られる。

  めぐみが帰ってきたら、
   私は、北海道にあるような
    広い牧場の 草原が 広がっていて
     馬や牛や羊が たくさんいて
      大きな青空が みえる所・・・

   そこで二人 大の字になって
    寝ころんで 白い雲を見つめたり

 自由だぁ---------ツ

       って言わせてあげたい

     空気のいい 自然の香りを たくさん吸って

    めぐみは そう言う所が 好きだったんです

       一番初めに そうしたい

 

 
 ----------------------
 早紀江さんはほとんど夢をみないという。
 めずらしくはっきりと覚えている夢
 この願いを早く叶えてあげたい。

(7/14日、一部校正・追加)

参照:★★★ぼやきくっくり★★★さん

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2005年7月 6日 (水)

飯塚家・家族の絆

田口八重子さんのお兄様、現在家族会の副会長を務める飯塚繁雄さんご夫婦、耕一郎さんの現在までの軌跡を語る文章をテキストにしましたので是非ご覧ください。

特別企画
  家族のかたち
     雑誌 「家の光」より
実の子として育てた日々
       飯塚繁雄(66) 飯塚栄子(61)

27年前、二人の子どもを残し、
突然いなくなった妹。
兄夫婦は残された子どもの
ひとりを「実の子」として育てる。
その後、妹は北朝鮮に
拉致されていることがわかり
子どもにも真実を告げることに・・・・
夫婦が語るその間の苦悩と、
妹に寄せる思い。



「お宅の妹さんが何日も無断欠勤をしています。」
妹、田口八重子の勤め先から突然電話があったのは、1978年、今から27年前の6月のこと。最初はなにがおこったのか状況がつかめませんでした。八重子は当時、夫と別れ、二人の子どもを育てるために東京・池袋のキャバレーに勤務していました。二歳半の長女と一歳の長男(耕一郎さん)をベビーホテルにあづけたまま、姿を消したのです。

自分の子どもは自分ひとりで育てる。そんな意思の強い妹でした。だから、子どもを置いていくなんて考えられません。二、三日もすれば戻ってくるだろう、と最初は楽観的に捉えていました。それが一週間たっても帰ってこない。トラブルにでも巻き込まれたのではないか。嫌な感じを抱いたのを覚えています。
私は7人兄弟の長男として、戦中戦後の食糧のない時代を必死で生きてきました。娯楽はなく、何事も我慢我慢の時代。一方、八重子は末っ子で昭和30年生まれ。私とは十七も年が離れています。親父が病気がちでしたので、あんちゃんあんちゃんといつも慕ってくれていました。

離婚したときには心配で、「昼間の仕事をしなさい」と言ったのですが、当時、女性が子どもを預けて働ける職場は水商売しかありません。いろいろと悩んだ上での選択だったと思います。二週間に一度は様子を見に行きました。勤め始めて二ヶ月、暮らしも落ち着き始めたころの出来事でした。(繁雄さん)



必死で仕事をして、子どもを育て生きてきました。
   そんな家庭にどうして・・・(繁雄さん)


そのころ私たちはすでに三人の子どもがいました。八重子さんがいなくなったこともそうですが、残された八重子さんの子どもを何とかしなくちゃいけない。私たちの子どもの分も含めて、ご飯食べさせなきゃ。ミルク飲ませなきゃ。必死でした。(栄子さん)

家族の一員として
   育てることに

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その後、八重子さんの長女は繁雄さんの妹が引き取り、繁雄さん夫婦は長男の耕一郎さんと養子縁組をして、自分たちの子どもとして育てることになる。
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子どもたちにも事情を話しました。「耕一郎はこれからお前たちのきょうだいとして生活する。ほんとうの子でないことは耕一郎が大きくなるまでは絶対に口にしてはいけないよ」と。子どもたちは、「うん、わかった」と素直に答えました。近所の人も気づいていたようです。妻のおなかが大きくならないのに、突然子どもが増えたのですから。
成人したら、耕一郎にこの事実を打ち明けるつもりでしたが、それまでは絶対に知らせてはいけないと思いました。多感な年代に事実を知ることで、自暴自棄になり、自分を見失ってしまうことが怖かったのです。三人のきょうだいはよく黙っていてくれたと思います。子どもだったら冗談で、「お前なんかうちの子じゃねぇ」なんて言っていってしまいそうですが、それだけは言わなかった。やはり子どもなりにいってはいけないことというのがわかっていたのでしょう。耕一郎が立派な大人に成長してくれたのも家族のおかげだと思っています。(繁雄さん)

あの子はかわいそうな子だからこうしてあげよう なんてことはまったく考えませんでした。子どもが四人もて、家のローンも抱えて、そんなことを考える余裕がなかったのも事実です。その分、私たちが一生懸命働く姿、生きている姿を見せてきたつもりです。そのことが耕一郎を育てる上でよかったんじゃないかと思っています。(栄子さん)


飯塚家に引き取られた直後の耕一郎さん。なんの疑いももたず、実の子として素直に成長した。

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1987年11月29日バクダット発ソウル行きの航空機がミュンマー沖で消息を絶つ。いわゆる大韓航空機事件だ。経由地で飛行機を降りた日本人を名乗る男女二人が服毒自殺をはかり、男性は死亡、女性は未遂に終わる。取調べの結果、北朝鮮の工作員であったことが判明。生き残った金賢姫は、事件は工作員による爆破テロであったこと、日本人に偽装するために、北朝鮮で、「李恩恵」と呼ばれる日本人教育係りから日本語や日本の風習を学んでいたことを証言する。そして驚くことに、その「李恩恵」は八重子さんであったことが、明らかになる。
-----------------------

最初はそんな馬鹿な話があるかと思いました。そりゃぁ、八重子に関しては十年近くなにも情報がなかったのですから、信じろというほうに無理があります。それからは毎週のように警察からの事情聴取を受けました。そして、最終的には金賢姫が八重子の写真を指して「李恩恵」だと証言したので、事実を認めざるを得ませんでした。八重子は北朝鮮に拉致されていたのです。

さいわい耕一郎には知られずにすみましたが、マスコミの取材攻勢はひどいものでした。会社や親族の家まで押しかけてきて、事実と違うことや興味本位なことを書かれ、ひどくショックを受けました。八重子は無理やり連れて行かれて、なにも悪いことはしていない。わたしたち家族は被害者なのに、どうして世間から傷つけられなければいけないのか。腹立たしい日々が続きました。(繁雄さん)

養子って
      どういうことなの?

-----------------------
1998年9月、耕一郎さん21歳のとき、ついに真実を告げるときがくる。きっかけはパスポートの取得のために取り寄せた戸籍謄本の「養子」の記載だった。
-----------------------

「これってどういうことなの?」
耕一郎に尋ねられ、わたしはついにそのときが来たかと思いました。言おう言おうと思いながら、なんとなく話すタイミングを逃していたのですが、そのときはたまたま妻も出かけており、二人でじっくりと話すことができました。
耕一郎は最初、「へぇ、そなんだ」とそっけない反応でしたが、内心は穏やかではなかったようです。あまりに重大な話だったのでショックを受ける余裕がないという感じでした。時間をかけていろんな話をきくことで、これは大変なことなんだということをすこしずつ実感してきたのではないでしょうか。話の最後に私は言いました。「でも、おまえの父親と母親はこれからもわたしらだからね」と。(繁雄さん)


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2002年9月17日、小泉首相が訪朝し、金正日総書記との日朝首脳会談が実現する。会談の結果、北朝鮮は拉致の事実を認め、五人の生存と八人の死亡を発表する。
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「あきらめずに待っていてくれ」
     なんとか妹にそう伝えたい(繁雄さん)


外務省から、携帯電話に連絡があったのは、ちょうど会社で仕事をしているときでした。それで「八重子は死亡した」という報告を受けたのです。

そのころ、耕一郎は出張でロンドンにいました。テレビの衛星放送で報道を見てすぐさま家に電話をかけてきました。
耕一郎の声は震えていました。日本から遠く離れた地で最悪の結果を知らされ、どうしようもないやるせない気持ちだったと思います。わたしと耕一郎が話している間ずっと、妻は隣で嗚咽していました。妻に受話器を渡しましたが、とても会話にならないようでした。

しかし、電話一本ではどうも納得がいかない。翌日、外務省まで出向き、一人で説明を聞きました。内容は、死亡したという事実だけで、証拠はなにもなく、説明もまったくありません。情報はまったくのでたらめとしか思えませんでした。

そのとき、わたしは決心しました。これまで家族の生活を守るために沈黙をしてきたけれど、このままでは何も進まない。家族会(「北朝鮮による拉致」被害者家族連絡会)に入り、世論に訴えていこうと。2004年2月からは耕一郎も家族会の一員として活動を始めました。拉致問題の解決の糸口が見えないなかで、「親父も疲れているだろう。少しでも補えるならおれも出るよ」と言ってくれたのです。出て行くには勇気がいったと思います。よく決意をしてくれました。

親子が抱き合う姿を
       一日も早くみたい


私たちは、必死で仕事をして子どもを育ててきました。「そんな家庭にどうして?」という思いは正直に言えばあります。また、日長実務者協議で、なぜ、八重子の情報が入ってこないのか、という苛立ちもあります。でも、一番つらいのは拉致された八重子本人です。北朝鮮で一人、「もうだれも迎えに来ないだろう」と、あきらめているんじゃないかと。「あんちゃんたちはぜったいにあきらめないぞ。取り返そうとがんばっているから待っていてくれ」、そのことを八重子に伝えることができたら・・・・。拉致被害者の家族には年老いている人がたくさんいます。私たちだって、もうそれほど若くはありません。でも、八重子が帰ってくる日までは倒れるわけにはいかないんです。(繁雄さん)

「ああ、今日も出張なんだ・・・」家族会の活動を始めてから夫が家を留守にすることが多くなりました。活動は夫が先頭に立ってくれていますが、気持ちはわたしも同じです。耕一郎がお母さんと抱き合う姿を一日も早く見たい。いま、心から願うのはそのことです。
(栄子さん)



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2005年7月 5日 (火)

七夕・星に願いを

もうすぐ七夕、早紀江さんや有本さん、被害者ご家族の見上げる空にも、特定失踪者や拉致被害者の見上げる北朝鮮の空にも彦星と織り姫は輝きます。
願わくば、七夕が晴天でありますように。
ご家族と被害者の見上げる空で、白鳥は大きく翼を広げて、再会を果たす輝く二つの星の橋渡しをしてくれますように。

早紀江さんとめぐみちゃんの再会の願いを叶えてくれますように。
すべての被害者の帰国を叶えてください。

上野の七夕の笹竹には、拉致の解決を願う短冊がありました。


             


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2005年6月24日 (金)

砂川 昌順さんの蒼のはがき

先日、神奈川の集会で廊下でたまたま砂川先生の著書にサインを頂いている方がいて、私もお願いしてみました。
快く、著書:極秘指令~金賢姫拘束の真相にサインをして頂きました。

その折り、蒼のはがきをご紹介したところ、「私も一枚書きます」と仰ってくださいました。
先生から今日メールを頂きました。
ご本人のご許可を頂き、皆さんにもご紹介します。

◆~砂川昌順先生のメールより~◆
頂きました"蒼のはがき"を出しました。わたしの出したはがきも、あの写真に写っていた多くのはがきの1枚となることを嬉しく思います。

はがきのわたしの一言です。
◇~~~~◇~~~~◇~~~~◇~~~~◇
         
周辺国との協調行動がなければ、経済制裁効果には限界があります。商人は算盤勘定をします。歴史を作る志士は人心も読みます。外交は、国の心を語ることで築かれます。経済制裁のみならず、可能な制裁を実施することは、国の心を内外に示すことを意味します。そこに、国家の存在価値があります。現在、「圧力と対話」のどちらも 存在していません。あるのは「挨拶」です。圧力は、可能な制裁を実施することで、対話は、北朝鮮に乗り込むことで実現します。「圧力と対話」の両面を実現するに は、事実と真理を見誤らない目が必要です。志士たらんことを望みます。日本国の真価が問われています。志士が民の心を疎んじた時、国は見失われ国益は失われます。
◇~~~~◇~~~~◇~~~~◇~~~~◇


今、政府に欠けているものは「ただいま」の声を聞くまでは闘い続けるという拉致被害者家族の信念と同じ「強い意志」です。その意志の見えない日本政府の態度は正さなければなりません。
小泉総理の決断は、国民の声にかかっています。国内的には制裁世論を、国際的には人権世論を高められるよう、わたしも声をあげていきます。

------------------


先日、旧支援室に伺い、届いたはがきの写真を撮ってきました。
この山がもっともっと高くなり、政府に声が届きますように願って止みません。
どうか、みなさんの声も届けてください。


はがきキャンペーン

以下6月22日追記
座り込み情報
蒼のはがきについては蒼き星々topから、蒼のはがきキャンペーンをクリックしてください。

座り込み支援のためみなさんも官邸にはがきを!

主旨 :小泉総理に経済制裁を求める市民の声を国政に届ける
方法 :裏面蒼を基調としたはがきに拉致事件解決の想いを書くブルーリボンシール又は画像でもよい
   官製はがきでもよい。
コメント
例:すべての被害者を救い出すために経済制裁を発動してください。など拉致事件への貴方の想い

送り先
〒1008968
東京都千代田区永田町 161
内閣官房 
拉致被害者・拉致問題連絡・調整室気付
内閣総理大臣 小泉純一郎様

注意:住所氏名は明記
問い合わせ・はがき請求:mail@bluestars.org
メールを頂けばご希望枚数を郵送しています。

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2005年6月11日 (土)

草の根の支援

10日、4.24に知り合った一人の女性から電話を頂きました。以前ご紹介した、蒼のはがきを100枚お知り合いに配ってくださった方です。

昨日の「田中実さんを救うぞ東京集会」にも参加なさったそうで、会場でお会いできなかったことが残念です。バスのルートが判らなくて、案内のはがきを頼りに地下鉄を乗り継いで参加なさったとのこと、少し迷われたようです。

「最近は長い時間椅子に座っているのが辛いのです」と仰るこの方は、9日も途中で腰の痛みを感じて退席なさったそうです。それでも帰りに余っている資料を受付で貰って帰り、「今日、署名を頂いたお近くの方達にそれを配りました。余って役に立たないのではもったいないと思って。」と仰っていました。

「24日もね、敷物と雨合羽を用意して行きますよ。黙ってみていられないんです。」と仰っていました。

拉致事件の被害者ご家族を思いやる温かい、そして強い意思を感じ取ることが出来ました。ご高齢でもあり、普段はNETもみず、お一人で行動をされている方です。支援の輪の外にいる方に悲しい言葉をかけられることもあるということ。それでも、一生懸命、痛い腰を我慢して活動なさっている様子に感銘を受けました。現実はNETより厳しいことでしょう。

9日は私のために印刷に使うようにとご自宅にあった用紙をお持ちになったそうです。それを持ち帰らせてしまったことが残念です。紙は、案外重い荷物になりますものね。

お電話でお話しをお聞きするだけでも、励まされ、互いの気持ちが伝わります。「梅雨時は、腰も痛むでしょう?お大事になさってください」と申し上げると、「貴方も無理しないように」と気遣ってくださいました。静かで、優しさが滲み出る話し方でした。

是非こういう方がいることをご家族にも知って頂きたいと思います。何よりの励ましになるのではと思います。増元さんご覧になっていたら、是非みなさんにお知らせくださいね。

NETで声を挙げることも大切。でも、この方は本当の草の根の支援をなさっています。心からの尊敬を送ります。

淡々と、静かな中にも強い意志を持って支援をなさっているこの方のことをどうしてもご紹介したくて、書かせて頂きました。
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2005年6月 8日 (水)

マスコミの重要性

昨日ザ・ワイドでの有田芳生さんはいつもより、声を強めて 拉致に触れていらっしゃいました。
座り込みにも触れて、「決して核問題に埋没させないよう、日本が世界にアピールすべきだ」と。
有田さんの日記酔醒慢録には拉致問題に触れる部分がよく見られます。有田さんの中にはいつも拉致問題へのアンテナが張られており、心配してくださっているのだと思います。家族の座り込みに関してはマスコミがほとんど取り上げない状況で、ご自分のコメントの中で精一杯触れてくださったと感じました。4.24の日比谷にも野外で参加されたとのこと。

竹島行きを果たした勝谷誠彦氏もいつも温かいコメントをしてくれます。4.24についての報道が少ない中、別なテーマのコメントでも触れてくれていました。私には、なんとかこの集会に触れようと努力してくださっているようにみえました。今朝のテレ朝、やじうまプラスでも同様でした。勝谷さんも日比谷の野外にいらっしゃっていました。

もうひとり、いつも大きなブルーリボンをつけて温かいコメントをくださる加藤タキさん、何度か集会にもお見えになり、ご家族への優しい視線が印象的な方です。

先日群馬の集会で、いくつかの報道機関の取材をみました。
TBSはその日、増元さんのインタビューのみの予定で来ていましたが、主催者の丁寧なお声がけで、最後まで取材をしてくれ、TBS報道特集のそれが9分の報道に繋がりました。このプロデューサーは、拉致問題に積極的な取り組みをしています。9分はこのところの拉致関係の報道では長い方です。

当日初めて取材に来たNHK群馬の女性記者は、関係者に理解を示し丁寧に挨拶をしていました。私は『拉致は人権の大切な問題です。公共放送のNHKがせめて集会の案内・最新情報などを毎日5分でいいから、三宅島情報や新潟地震情報のように流して貰えないでしょうか?』とこの記者に言ってしまいました。NHKが報道することの大切さは小川晴久さんも強く仰っていました。

一人でも多くの報道関係者が、この事件を理解し、積極的に取材して欲しいものです。そして文化人、コメンテーターも味方にしたい。彼らが一言触れることで、世論は喚起されます。マスメディアを活用する努力も、座り込みに向けて本当に大切だと思います。
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2005年6月 6日 (月)

苦渋の決断を支える

   

6月5日、午前の仕事を早々に切り上げ、吉祥寺駅頭へ向かう。自民党青年部・青年局の全国一斉街頭活動を見るためだ。今日、全国で一斉に自民党若手議員が「北朝鮮拉致事件」をテーマに街頭行動をするとラジオで聞いて、どのような訴えをするか聞きに行った。街頭には既に自民党関係者の動員もあって有る程度の人が集まっていた。のぼりには「北朝鮮問題の全面解決」と書かれている。若手議員は元気よく北朝鮮の非道さを訴えていた。それなりに筋は通っていた。

今日救う会の幹事会と聞いていからこそ見たかった。吉祥寺は24日の渋谷よりにぎやかだった。東京は都議選を前に候補者であろう議員の名前の入ったチラシも配布されていた。こんな活動でも政党は人集めは強い。

横田滋さんは、何度もその想いを振り切って闘ってきた。めぐみさんの写真を公開するときも、悩んだ。家族と共にめぐみちゃんを奪い返すために公開に踏み切った。それは英断であり、このことがなければ現在の拉致解決への運動は無かったと言っても良い。

ヘギョンちゃんに会いたい気持を断念したのも、大きな決断だった。自分の中にある孫への想いを押し込めて、北朝鮮の狡猾な作戦をはねつけて、現在の活動がある。

今回も最後まで決断を渋ったのは横田滋さんではないだろうか。私の勝手な想像である。その逡巡する背中をぽんと押したのは誰だろう?何もしない日本の政治?小泉総理?関係者?署名台の前を見て見ぬふりして通り過ぎる無関心な国民?いや、私たち支援者かもしれない。

ご家族を支援する私たちにも家族をここまで追い込んだ責任があると思う。現時点では座り込み自体は家族と救う会関係者に限定される模様。座り込み後の集会の企画はあるらしいが、私たちが応援に行っても警備の都合上側に、ご家族には近づけないかもしれない。差し入れも出来ないかもしれない。

ご家族は群がるマスコミの前にその年老いた姿を座り込みという形で見せる。私たちは家族をただ<さらし者>にしてはいけない。物見遊山にピクニックのように見物する人のないようにしなければならない。その家族の気持を、体を守らなければならない。

その為に私たちの出来ることは、「如何に苦しい心境で彼らが決断したか」を伝え理解して貰う事である。

吉祥寺から急いで上野に向かう。電車の中で巡る想い。家族に何故こんな事までさせなくてはならないのか。日本という国家は一体どうなっているのだろう。座り込みをしても恐らく経済制裁は発動されない。それならガス抜きに「小泉首相か政府関係者が面会すること」でお互いの対面を保つのだろうか?又は、北朝鮮議員の再入国停止でお茶を濁すのだろうか?

その怒りと悔しさから、私の声は少しばかり過激になる。


「ご家族は座り込みを決意しています。家族に会いたいというそれだけのことを、訴えているにも関わらず、政府は何も動かない、不甲斐ない日本。このような状況に誰がしたのでしょうか?
日本という国家を形成する一人一人の国民、私がそうさせたのかもしれません。その責任は私にもある。貴方にも有るんですよ、どうかせめて署名をしてその責任を果たしましょう。貴方の署名が一筆足りないのです。」

声の勢いに気付いて顔なじみになった階段の画家さんが立ち上がって手を振ってくれる。新潟の高校生が署名してくれる。

私たちは、決して盛り上げるだけではならない。苦渋の決断の中にある悲しい現実と悲痛な想いに、深くしっかり向かい合い、その苦しみの一端でも支援の輪の外にいる人に伝えなくてはならない。(金木犀)

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誰が家族をここまで追い込んだのか?



吉祥寺の街頭活動の模様
若手自民党青年部(45才以下)が声を挙げていた。
のぼりには「北朝鮮問題の全面解決」と書かれていた。

自民党青年部、青年局、年老いた家族が座り込みを決意した。
誰が家族をここまで追い込んだのか?
あなた達が家族の仮面をかぶり座り込みなさい!

「毅然とした対応必要」と訴え~拉致問題で自民党青年局

拉致問題解決には制裁必要 自民・安倍幹事長代理

ご家族の発言
横田滋さん
「我々家族と救う会メンバーの意思を示すために我々、座り込みを決定しました。」 (NHK)
 「座り込みは望むところではないが、このまま何もしなければ、うやむやになって終わってしまう」(TBS)

増元照明さん
「私たちは我慢の限界であるということを、はっきりと国民のみなさんに知って頂きたいし、国民のみなさんにも私たちと共に一緒の気持になって頂きたい。それが大きなうねりになり、そして小泉首相の決断を促す、その力になると思います。」(NHK)

有本嘉代子さん
「日本として何をすればいいかと言うことを、きちっと交渉にあたるかたは考えて頂いて、今は経済制裁よりないと私も思っていますので、座り込んでも、それ(経済制裁)はして頂きたい。」(NHK)

横田早紀江さん
「政府の心を動かすためにそれ(座り込み)はやらなければならない。いつまでそのようなことをしなければ自発的に当然のあたりまえのことをことしてくださらない。そのことのためにこんなにいつまでも時間がかかる。本当に悲しい日本だなとと思います。」(NHK)

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2005年6月 4日 (土)

エレニの旅

有田芳生さんの酔醒慢録を読んで、エレニの旅という映画を知った。
ギリシャの古典は悲劇も喜劇も人間の永遠のテーマを扱っている。オイディプス王の悲劇に代表されるように人は生きる事の不条理と闘いながら「櫓をこいでいる」2000年前も今も同じ。印象的な映像を是非みたいと思った。

以下酔醒慢録6月2日から引用~~
アンゲロプロス監督が多用する印象的なシーンでは、なぜ水に浮かぶ筏や小舟が出てくるのだろうか。そこには必ず人間が立ち尽くしている。大きな流れのなかに浮かんでいる小さな存在。歴史のなかで不安を抱えた人間を象徴しているのかもしれない。それでも「彼ら」は必ず櫓をこいでいる。その行き着く先に想像もできない悲劇が待ち構えていようとも……。
~~
私には「櫓をこいでいる人」が被害者家族に重なる。「大きな流れのなかに浮かんでいる小さな存在」は、支援者の私たちでもある。

人間は時の流れの中で、歴史の流れの中で「水に浮かぶ筏や小舟」の存在である。

流れに逆らわずそれに身を任せる人もいるだろう。流れの中でもがき苦しむ人もいるだろう。
歴史の中で、不条理と立ち向かい闘う人も多くいた。

拉致被害者家族は「櫓をこいでいる人」だ。懸命に我が子や、兄弟のために櫓をこいでいる。時には進まぬ事に苛立ち、櫓を捨てたくなるときもあるだろう。

私たちは、懸命に櫓をこぐ彼らを、応援する細波でしかすぎない。僅かでも解決の方向に流れるように微かな波を彼らに送る。せめてもの支援だ。

同じ酔醒慢録6月1日では長崎家裁佐世保支部の審判決定要旨の一言が、現在の政府の対応や支援の輪に入りきれない現代の人たちを象徴しているように思えた。

自らの手で被害者の命を奪ったことの重大性やその家族の悲しみを実感することができないでいる。

拉致事件に言い換えれば、
国家や国民が事件を放置し被害者の奪還に動かなかったことの重大性やその家族の悲しみを実感することができないでいる

とでもなるのか。

支援者も時折細波であることを忘れそうになるときもある。それでも、私たちは細波を合わせて、「その行き着く先」が「喜び」になるように、少しでも大きな波に育てて行くためにここにいる。

僅かな波が一つここにある。波が伝わり、若者の心に響くことを祈る。

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2005年5月31日 (火)

奪還

私達の目的は被害者の奪還です。
「一秒一秒が大切なんです。」というご家族のことばを受け止めてどのように行動するのか。

座り込みについてはまだ結論は出ていませんし、もし方針が確定しても、当日の情勢、要人の来日、核問題の推移、北朝鮮の出方などによっては、計画はしても出来ない可能性もあります。私達はそのことを、頭に入れておく必要があります。尚目途とされる6月24日は東京は都議選の告示日、政党所属の区議は全員、それぞれの担当都議の選挙初日に貼り付けになります。石原氏もひっぱりだこ、初日は国会議員も応援演説の駆けつけるでしょう。

 ~戦略を持ち、危険のないよう、熟慮と徹底した準備を、
何よりもご家族の健康に配慮して
それが出来ないのなら、見送るのも勇気~


と言うのが私の意見です。
4.24の集会を前に<座り込みも辞さず>という発言があったため、私達はその方向に流されてきたのではないでしょうか?私には4.24の告知をする時に、<座り込みなどさせてはいけない>だからこそ、4.24を盛り上げなくてはとの想いがありました。6000人は集まりました。でも政府は動きません。

ここで業を煮やして座り込みに転じたときの世論はどう動くでしょうか?私達はもちろん付いていきます。支援もします。しかし未だ60%の人が小泉続投を望んでいる状況で、支援の輪の外側にいる人たちがどう思うかを心配します。

理解している人はまだまだ少ないのです。支援の輪の外側の人々を街頭で感じます。「関わりたくない」とうつむいて通り過ぎる人、目を合わせて頷くけれども署名は躊躇する人、奇異な目で見る人、私達の少し外側にいる人たちがどう捉えるかです。

関心はあるけど、まだ積極的に署名の出来ない人たちは、座り込みという行為を、<欲しいものを買って貰おうとだだをこねる子供>のように捉えないでしょうか?

もちろん私達は、そう思いません。何故そんな批判が有るのか不思議に思うでしょう。それが昨年の5.22なのです。日本人の持っている不思議なバランス感覚を思い知らされました。

奪還は、国民運動でなくてはいけないのです。一部の支援者だけでは取り戻せないことは、9.17以降一人の被害者も帰ってこないことが証明しています。

私達は仲間を増やさなければならない。にもかかわらず、過激なグループとしてレッテルを貼られることで後一歩で仲間に入ってくれそうな人まで失うことにならないのかという疑問があります。

実際に座り込みを考えているとの発言を聞いた時に、最初に連想したのは救急車です。
ご家族は本当に疲れています。若い増元さんでさえ、眠れないという言葉を聞きました。ご家族がバンケイを見れば更に怒りがわきます。「座り込みをしよう」という気持になるのは、理解できますし、私の理解以上にご家族は焦燥感を募らせているのだと思います。

無責任に煽ることは控えて欲しいと思います。それは家族を更に酷使し、彼らの命を削ることです。

それよりも、しっかりとした戦略を持って取り組んで貰えるように、救う会、家族会を応援し、具体的に<奪還>につなげる行動になるには、どのように支えればいいかを考えたいものです。

いざ座り込みになった時に、世論に理解を求めることも、隣の人に説明をしてあげることも大切ですね。
最終目的は<奪還>、いたずらに煽るのではなく、早紀江さんの胸にめぐみちゃんが飛び込むその時まで、すべての被害者が帰国できるまで、家族を支えるため、心を繋いでいくのが、私たちの目的です。

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2005年5月30日 (月)

特定失踪者


山下春夫さんのご家族・山下孝治さんのお話
◆ 井上克美さんのお母様のお話
を聞いて、多くの特定失踪者のご家族は、地域の救う会と連絡も取れていないケースも有るのだと知りました。
井上イトノさんは今年の春まで、地元の救う会を知りませんでした。
山下さんは弟さんの失踪した福井県小浜市ではなく、前橋に住んでいるため、地域との連携は最近です。

多くの特定失踪者のご家族が同じような状況に置かれているのでしょう。川口は良い意味での例外なのかもしれません。
井上さんが、初めて占いの結果を吐露なさった時、30年以上、「もう帰ってこない」と言われたことを家族にも言えなかった苦しさから解放されたようにも見えました。

山下さんは79才、「ご自分で署名を集めるには限界がある」という言葉は切実なものでした。

特定失踪者問題は、それが拉致であっても、なくても、隣人の苦しみを受け止めて助けるという人間としての基本姿勢を問われる問題だと思います。

どうぞみなさん、地域に特定失踪者のご家族がいれば、その方達の力になってあげてください。救う会を教えてあげるだけでも良いのです。

そしてこれからは、特定失踪者問題を解明することが、拉致問題の進展に大きく寄与するかもしれません。
5人の帰国した被害者が写真をみてくれると言うことは、大きな動きだと思います。

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2005年5月18日 (水)

ニライ・カナイ

ニライ・カナイ  

沖縄には、ニライ・カナイという考え方がある。
奄美・沖縄地方で、海の彼方にあると信じられている楽土。そこから年ごとに神が訪れ、豊穣と宝をもたらすと考えられている。

世界の海洋文化の島には、似たような考え方がある。ポリネシア・アイルランド・エジプト・クレタ島でも同じような考え方がある。彼方、天空を駆け巡るラー神、ファラオの乗る船、妖精の国、など。。イメージを膨らませれば限りがない。

私の勝手な想像である。
めぐみちゃんや、多くの拉致被害者がニライ・カナイの神の船に乗って、沖縄の透明度の深いあの蒼い海のかなたから、光る船にのって戻ってくる姿を想像する。

ニライ・カナイの神が、あの非道な北朝鮮から、拉致被害者を救い出し、取り戻してくれるという幻想だ。

沖縄の星空はきれいだ。
離島の空は満天の星、波照間では南十字星も見ることができると聞いた。

見上げる星に願いを託し、佐渡の空を思い出した曽我さん、めぐみさん。蓮池祐木子さんも、月を見、星を見、家族は元気かと故郷に心をはせた言っている。(2002年5月7日)

多くの被害者が同じ思いで、北朝鮮にとらわれていることを思えば、私たち日本人は、誰であれ、どんな政党、どんな宗教、どんな組織にいても、救いたいと願うのが当然ではないのか?

あの万景峰号という悪魔の船を見るに付け怒りがわく。
現代は飛行機の時代、ニライ・カナイの神の飛行機で、すべての被害者を運んできて欲しい。
当然であるべきなのに、夢になっている、家族の元に戻りたいという願いを、長い間叶えられない現状を変えるために、私達は仲間を増やさなくてはならない。

昨年5.22のバッシングから、一年、私たちは救いたいという一点でもっと多くの人と手をたずさえていかなければ、と思う。国民の総力をあげて政府に北朝鮮に対する断固たる意思表示を求めよう。

目を背ける人々に、声をかけ、家族の想いを伝え、理解を求めていく。一歩一歩の歩みを、崩れた積み木を積み上げているご家族と共に、手を携えていく仲間を増やす努力をしていきましょう。

ニライ・カナイの神は私達が作り上げていくのです。 (金木犀)

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2005年5月 9日 (月)

母として、娘としての思い(曽我ひとみさん)

蒼き星々詩に込める想いより

現在の心境~母として、娘としての思い

 5月22日。
あの日から早いもので20日という日が過ぎてしまいました。
「時間」として見れば早いようだが、私にとってはあまりにもたくさんの出来事が次々と起こり、時には自分を見失ってしまいそうな事もありました。涙でくれた時間もどのくらいあっただろうか。

 当日のことを思い返してみる。
5人のあまりにも違う立場。報告を待っていた5人。
その時のあの部屋の静けさ。その中でただ1つ聞こえていたのは、時々開いたり閉まったりするエレベーターのドアの音だけ。今でも私の心の中から離れない。(いつか、いつか)と落ち着かない気持ちを抑えながら沈黙の中で、時間だけが過ぎていった…。

 ついに報告を聞いた。
悲しさの海を彷徨(さまよ)っていた。100%(パーセント)の期待はなかったが、やはりショックだった。つらい時間だった。

 それからどのくらいたったのだろうか。
ふと気が付くと4人に「おめでとう」の言葉を掛け忘れていた事を…。

 その後会見を行うことになった。
周りの人たちはとても心配してくれたが、私の気持ちは固まっていた。(会見は5人一緒にやるんだ。5人はいつでも、どこまでも一緒だと…)

 張りつめた気持ちのまま会見は終わった。
とても疲れた。部屋に戻ると自然と目がいくニュース…。

 次の日1人で佐渡に帰ってきた。
周りの人たちもみんな心配してくれている。
何も話はしないが私には十分温かい気持ちが伝わってきた。
しかし、私自身どうすることもできなかった。
誰を責める訳でもない。責めようとも思わない。
ただ私1人ではどうしようもない現実に心を痛めていた。

 そんな日々を過ごす中、全国から励ましの手紙や心のこもった荷物がたくさん届いた。
毎日毎日、手紙を1枚1枚読ませてもらいました。みなさんの心がうれしくて、読んでは涙しました。おじいさん、おばあさん、お父さん、お兄さん、お姉さん、弟、妹となる皆さま方からの手紙。こんな私に、こんなたくさんの方々から届くとは…。私ってとても幸せ者だと思いました。

 私にとって日本は、みんなが温かく励まし合いながら仲良く暮らす大きな家族です。

届いた物の中には、娘たちにとオルゴール、服、鏡、かばんなど、また勉強に使ってと参考書や本、それから音楽を聴いて元気を出してくださいとCD、その他花や食品など、ここに書ききれない程数多くありました。どれもこれもひと言で「ありがとうございました」とだけでは感謝の気持ちを表すことができないものばかりです。そしてそれらは今の私にとって大変ありがたいものであります。このような皆さま方の気持ちは、家族と会った時に必ず伝えたいと思っています。

 またあまりにもたくさんの手紙や荷物なので、お一人お一人に返事を書くことが時間的に困難です。この場をお借りして心よりおわび致したいと思います。本当にありがとうございました。

 今、目の前に来ている幸せをつかむために、自分なりにも一生懸命やっていきたいと思います。
母として娘としてこれからまだまだやらなければならないことがたくさんあります。

 お母さん、会いたいです。娘として母に会って「こんなに優しいお母さんに苦労を掛けてしまってごめんなさい」と謝らなくてはと思います。町中をいないと分かっていながら捜す、娘としての私。少しでも早くこの気持ちを母に伝えたい思いでいっぱいです。私に母親としての大切なことを教えてくれた母。今度は私が娘たちにしっかりと教えていきたいと思います。

 美花へ。
6月1日はあなたの21歳の誕生日でしたね。
ママは朝起きてテレビの上に飾ってあるあなたの写真に向かって「美花、21歳の誕生日おめでとう。
今年も一緒に祝ってあげることができなくてゴメンネ。
もう少し我慢してネ」と声を掛けた。
そして仕事が終わってからあなたの誕生日プレゼントを買いに行きました。
かばんとネックレスを買いました。
このプレゼントを1日も早くあなたに渡せる日が来ることを願っています。

 ブリンダへ。
今度のあなたの誕生日には家族4人そろって祝うことができればいいね。
その時は家族みんなでプレゼントを買いに行こうね。
その日が1日でも早く来るようにママは毎日祈っています。

 これからまだまだ険しい道もあると思いますが、皆さま方の力をお借りしながら1つの家族がもっともっと大きな幸せをつかむまで温かく見守っていただきたいと思います。
私も母親として妻として娘としての役割をしっかりと愛情を持って果たしたいと思います。
「いつでも、どこでも4人一緒に暮らしたい」と心より思っております。



平成16年6月15日

 曽我 ひとみ

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2005年5月 5日 (木)

母の歌(横田早紀江さんの歌)

横田早紀江さんの歌

はろばろと睦み移りし雪の街に
    娘を失いて海鳴り哀し
   
朝まだき さえずる鳥の声も哀し
      子を待つ淡き門灯三とせ
   
消えし子よ 残せるサボテン花咲けり
    かく小さくも生きよと願う


如雨露に涙の露もそそぎいつ
     行方しれじ子 残す花守る
      
秋のこの かそけし道を汝は何
     秘めてたどりしか 行方もしれず
      
巣立ちし日 浜にはなやぐ乙女らに
      帰らぬ我娘の名を呼びてみむ
      
佐渡も海も茜に染むる浜に立てば
       わが魂は神にふれゆく
      
  ~ 横田早紀江さん著
『めぐみお母さんがきっと助けてあげる』より~
      
      

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2005年5月 2日 (月)

まっすぐに前をみて




2005年5月1日
広島県庄原市でおこなわれた横田さんご夫妻の講演会にて

まっすぐに前をみて

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2005年4月27日 (水)

北の為政者よ

蒼き星々詩に込める想いより

北の為政者よ
幾億の不幸を生めば 気が済むのだろうか
血の涙を大河のように流せば 満足なのだろうか

貴方の国の人民がどれだけ苦しめば
どれだけ命を失えば貴方は気が済むのか

人の心を踏みにじり 世界に甘え たかり ゆすり 脅し・・

どれだけの我が儘を繰り返したら満足なのだろう

自らの民のみでは飽きたらず
日本から、韓国から、世界から
多くの人々を圧政の国家に連れ去り
心を踏みにじり 痛めつけ
その家族に計り知れない深い苦しみと哀しみを与え
現代の悪魔と化した為政者よ

人民を解放せよ
日本人を帰せ
世界に謝罪せよ
そして 消え失せよ


存在自体が悪である為政者を
今こそ その地位から引きずり降ろそう

そのときは 着実に迫っているのだ

フランス革命のときのように 人民はいずれ立ち上がる
バスチーユの陥落のように 強制収容所は破壊される

ベルリンの壁のように 38度線は崩壊するだろう

人民の怒りを覚悟せよ
世界の鉄拳に気をつけよ
拉致被害者の心の怒りは燃えている
私たちは絶対に貴方を許しはしない

自らの犯した罪を数え上げよ
跪き うなだれて 罪を悔いなさい
そのあまりにも膨大な罪に押しつぶされてしまいなさい

恐ろしくて身も凍るような罪を心から謝罪できない貴方は すでに人間ではない

悪魔の船を航行させるな
その船は日朝交流という仮面の下に 多くの犯罪を覆い隠してやってくる

その真実を私たちは看破している
その悪を私たちは赦しはしない

北の為政者よ
すでに時は迫っている
崩壊と自滅から目を背けるな

人民を解放せよ
日本人を帰せ
世界に謝罪せよ
そして 消え失せよ

返せ、日本人を帰せ
全ての命を返しなさい

北の為政者よ
貴方の命も必ず消える日がくるのだ
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2005年4月20日 (水)

砂川昌順さんからの呼びかけ

*****声を上げましょう!******

経済制裁の効果のみを云々する有識者がいます。経済制裁発動に否定的な人もいます。事を興せば波は立つものです。その波がこちらに寄せて来た時に、己の逃げ道だけを確保するために否定的な発言をする人がいます。時には逃げ道が必要な場合もあります。しかし、拉致問題は、逃げては解決しません。制裁を発動すべき時期に来ています。いえ、遅きに失しています。

"効果が小さいから経済制裁をしても意味がない、周辺国と北朝との取引が高まるだけ"との理由で制裁発動しなければ、主権国家としての日本の尊厳は消失し日本の未 来はありません。日本が国家としての尊厳を示し、拉致被害者の救出を目指すのであ れば、拉致問題の解決を現実として望むのであれば、経済制裁以外にも可能な制裁を即刻発動し、同時に北朝鮮へ乗り込むべきです。

特別機を用意し食料を詰め込み北朝鮮に乗り込み、機内で生活しながらでも、北朝鮮において徹底的な調査、究明に当たるべきです。それを実行すべく外交交渉ができてはじめて、国際社会で通用する国家としての姿勢が示せます。制裁と同時に北朝鮮へ乗り込む行為には、生命に関わるリスクを伴うでしょう。しかし、それでも北朝鮮に乗り込む日本の姿勢こそ、国際社会にも示すべきなのです。黙して、待っていては解決はしません。

日本政府の情けなさは、北朝鮮という異常な国を相手に、ただただ「圧力と対話」という紋切り型の言葉を並べ、どちらも実行に移さず、日本国民を欺いているところにあります。「直ちに、可能な制裁を発動し、北朝鮮へ乗り込め」と声を上げ、日本政府を、われわれ国民の手足として使い、さらに、許すべからざる人権問題として、国際世論へ訴えていくことが、問題解決への道です。声を上げネットワーク化を拡大していくことで、国民の声たる国内世論が高まり、国際世論が、国連をはじめとする国際機関や各国の人権擁護団体を動かし、国内世論と国際世論を高めて北朝鮮包囲網を作ることから解決への糸口が開かれるのです。

圧力も対話も徹底しない、国際世論も形成しようともしない、日本という国家に今求められているのは、凛とし、毅然たる、断固とした尊厳ある、国家としての姿勢を内 外に示すことです。国内的には、制裁の実施と北朝鮮に乗り込む姿勢について国民に 理解を求め制裁世論を形成し、国際的には人権世論の形成に全力を傾けるべきです。
国内外の世論を形成していくことで、外交姿勢を確立させていくことができます。その姿勢を打ち出せるかどうかは、国民ひとりひとり、わたしたちひとりひとりの声にかかっています。声を上げなければ解決への扉は開かれません。声を上げましょう!
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皆で頑張りましょう。
砂川昌順
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2005年4月17日 (日)

万景峰号よ

蒼き星々詩に込める想い より
万景峰号よ 映画好きさん作


万景峰よ、お前には聞こえるか。
おまえが悠々と航行するその白い航跡から立ち上る哀しげな声が。

万景峰よ、お前には聞こえるか。
20ノットで悠々と走るお前のエンジンの音ではなく、
50ノットで走る工作船の「羅津15号エンジン」の騒音にかき消されながら、
助けを求める若者達の悲嘆の声が。

それは、ほんの数年前の、あるいは20数年前の日本人達の声だ。
未来を嘱望され、明るい笑顔であったはずの若い日本人達の声だ。

万景峰よ、お前の作る航跡、
そして、お前の白い船体には、透かし模様のように、
数百もの、悲嘆にくれる若者達の顔が浮かんでは消える。

万景峰よ、地獄で産声を上げたお前は、
どんなはかりごとを携えて、
若者達が連れ去られた航跡を再びたどってやってくるのか。

万景峰よ、
地獄で生まれたお前は地獄へ帰れ。
神の手によって制裁を受けよ。
神の手によって海の藻屑と消えよ。

万景峰よ、お前には聞こえるか。
エンジンの騒音の中、数十時間もの間、暗い船室に閉じこめられ、
母に助けを求める13歳の少女の悲嘆の声が。

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2005年4月16日 (土)

キング牧師の祈り

 ◇蒼き星々 詩に込める想いより(yuriさんの投稿)


 友よ、私は今日あなたがたに言いたい。

われわれは、今日も、明日も、多くの困難に直面するだろうが、
それでも、私には夢がある。

 私には夢がある。

それは、いつの日か、この国が立ち上がり、「われわれは、すべての人びとは平等につくられていることを、自明の真理と信じる」という信条を、真の意味で実現させることだ。

 私には夢がある。

それは、いつの日か、ジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の息子と、かつての奴隷所有者の息子が、兄弟として同じテーブルに腰をおろすことだ。

 私には夢がある。

それは、いつの日か、不正と抑圧のために熱く蒸しかえるミシシッピ州でさえも、自由と正義のオアシスへと変わることだ。

 私には夢がある。

それは、いつの日か、私の四人の小さな子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に生きられるようになることだ。

 私には夢があるのだ!

われわれが、すべての村や集落で、すべての州や町で自由の鐘を鳴り響かせるとき、そのときこそ、われわれは、黒人も白人も、ユダヤ教徒も異教徒も、プロテスタントもカトリックも、すべての神の子たちが手を取り合って、あの古い黒人霊歌を口ずさむことができる日が来るのを、早めることができるのだ。

ついに自由だ!ついに自由だ!
全能の神に感謝せん、われわれはついに自由になったのだ!


もし私の最期の日に立ち会うことがあったら、長々と弔辞を述べないで下さい。

私がノーベル平和賞を受賞したことなど言わないで下さい。
そんなことは重要なことではないのです。
何百もの賞を受けたことなど言わないようにお願いします。
どこの学校に行ったかなど、どうでもいいことです。

最期の日には、私マーティン・ルーサー・キングJr.は、人のために一生を捧げた、と言ってもらいたいのです。

戦争の問題では、つねに正しい立場に立ったと言ってもらいたいのです。

すべての人間を愛し、仕えたと言ってもらいたいのです。

私は、お金もぜいたくな物も後に残すつもりはありません。
ただ私は献身的な生涯を残したいだけです。

もし、私がキリスト者としての義務を果たすことができるなら、もし世界を救済することができるなら、もし、御言葉を広めることができるなら、私が生きたことは無駄ではなかったのです。

そうです。イエス様、私は利己的な理由からではなく、あなたの御許にいたいのです。

政治的な思惑や野心からではなく、愛と正義と真実と人にたいする思いやりをもって、あなたの御許にいて、この古い世界を新しい世界にしたいのです。

これから先、何が起ころうとしているのか、私にはわかりません。
たしかに、われわれの行く手にはさまざまな困難が待ち受けています。
しかし、私にとって、それはもはや問題ではありません。
なぜなら、私は、山の頂にのぼったのです。
私は、もう何も気にしてはいません。

ほかの誰もがそうであるように、私も長生きをしたいと思っています。
長く生きることには、それなりの意味があります。
しかし、私は、いま、そのことに執着していません。
私は、ただ、神の意志のままに行動したいのです。

神は私に山の頂へ行くことをお許しになりました。
そして、私は山の向こうを眺めてみました。
そこに、私は約束の地を見たのです。
みなさんとともに、あの約束の地へ行くことは、私にはできないかもしれません。
けれども、今夜あなたがたに知ってほしいことは、われわれは、みな、いっしょに、約束の地へ着くことができるということです。

私は、いま、とても幸せです。
何も心配しておりません。
誰もおそれておりません。

私の目は、主の降臨の輝きを見たのです

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2005年4月15日 (金)

横田めぐみさんの小学校時代の作文

横田めぐみさんの作文:「思い出」
蒼き星々詩に込める想い より

 初めてこの小学校に来たのは、1年生の3学期父と、いっしょに階段を登ってへとへとになっていたあのころ・・・もう私たちは卒業を真近にひかえている。
 そんなに早く過ぎた6年間だから何もなかったのだろうかとふり帰って見るとたくさんの事がある。クラブの仲間入り、はんごうすいさん、修学旅行、このほかまだまだある。

 そんな、なつかしい思い出のたくさんある学校、それはほかにないくらい階段があって、うらの山にはキノコや花がさき、ある時はヘビもいた。運動場からは瀬戸内海までみわたせるかんきょうのいい所にある。
そして4月6年生は、中学へとあがっていって、私たちの上はいなくなった。・・・・やがて、オーシャン回転シーソーなどもせんりょうし始めて、自由に遊んだ。

 先生もかわって、親友もできた。毎日、手紙や絵を、かえっこして楽しんだ日々をなつかしく思う。でも、父の仕事の関係で、ひっこしにきまってしまった。
4年半いたこの牛田新町小学校とも、おわかれになった。親友と別れるのはさびしい・・・いずれ、卒業の時こうなるのだろうけれども、卒業までまだ5ケ月もある。

この5ケ月間には、まだいろいろな事がおこるだろう。卒業までの、5ケ月間、小学校生活の最後として、なるべく牛田新町小学校に、いる気持ちでがんばろうと思っています。(原文のまま)

         ~~~~~◇~~~~~~~~◇~~~~~
◆工藤新一さんから
めぐみさんの直筆のまま転載できないのが、残念ですが、小学生らしい、まだたどたどしい筆跡と文章で、卒業前に去り行く小学校の思い出を語っています。仮定の話になってしまいますが、新潟に引越をしなければ、北朝鮮に拉致されることもなかった。まだ、その時のことなど夢にも考えていないだろう時期のめぐみさんの作文を読むと、涙を誘われます。

牛田より太田川を望む(南方面)

広島市内
◆明るい広島の気候が大好きだっためぐみさん
  広島の街は今も変わらずめぐみちゃんを待っている
※写真は2点とも広島在住のサンデーさんから、頂きました。
 ありがとうございました。

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2005年4月13日 (水)

市川龍子さんの歌

 
 どこに我が子がいるのかと 捜しましたよこの母は
 すがる術ないしがらみで 涙こらえる忍冬(すいかづら)
 星も凍てつく雪山に 母はひな鳥捨て置かぬ
 腹を痛めた可愛い子を 命かけても連れ戻す
 千里万里はいとわない 可愛い我が子に会えるなら
 親子絆の赤い糸 手繰り続ける歯がゆさよ
 これが地獄と言えぬなら 他に地獄がありますか
 生きて子どもが帰るまで 望み捨てずに春を待つ 



  ◇巡り来る凍てつく冬の到来に 断じて生き抜け春を信じて

 ◇北の果て木々(木々だと思うのですがここだけはっきり聞き取れず)を偲びて

  ◇幾年(いくとせ)か 老いたる母のしわの重さよ

 ◇故郷(ふるさと)に想いを馳せる弟よ 救いの手立てにいらだち募る

  ◇遅々として進まぬ異国の話し合い 老いたる母に笑みの来る日は

 ◇彼の国へ飛んで行きたい今すぐに 翼が欲しいと母の声かな

  ◇老いていくわが身に鞭を打ちながら 愛しい吾子(あこ)を抱く(いだく)夢見て

 ◇彼の国で助けを求める弟に 届けとばかりに声を枯らして

  ◇またしても騙され続ける日本国 国家の誇り取り戻せ今


2005年3月10日(木)
東京友愛会館で行われた市川修一さんを救うぞ東京集会にて
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2005年4月10日 (日)

~蒼明~

~~蒼明~~  作詞:高野美幸   作曲:きなさか ゆうま

触れることも叶わない セピア色の過去なのに
見送ったキミの背中 何も変わらず

記憶の片隅に隠す この手つないだ温もり
見つけ出すよ君の全て 胸ふるわせる真実

Ah 北西の地にはまた 君の命輝き 
日よ照らして 月の鏡に 流れ星願かけて

涙でできた海の蒼い海流 赤い太陽 黄に夜明け染めて

流されないで 戦い方も知らない 小さなISLANDS

もうこれ以上 待てない その愛を 取り戻す今

白く霞む水平線 一人細波に歌う
無機質なビルの壁に 浮かぶせつなさ

あの日海に沈められて 眠る本当の自分
もう一度見つけ出せたなら 抱きしめられる真実

Ah 蒼い絆は切れず 強く結ばれている
風にのせて 空よ映して 海よ伝えて欲しい

涙でできた海の蒼い海流 心にともる火で 橋を架けて

蒼い炎が 深く暗闇を照らす 凍るPARADISE

自由の羽広げる その夢が 蘇るように

~~~ご本人の了解を得て掲載します~~~~~
特定失踪者高野清文さんのご家族の作品です。
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2005年3月29日 (火)

星は生きて人の心に

夏の星座 
  冬の星座を
   楽しげに教えくれし子よ 
          星はかたみぞ

失った子が残した記憶は宇宙という壮大なものでした。
作者は生きている子を夜空を見上げるたびに見つけ出す。
子の残した記憶は悠久の宇宙、宇宙がかたみという感覚

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