カテゴリー「特定失踪者関連集会」の記事

2006年12月24日 (日)

東京都関連特定失踪者リスト42名

1.氏名 荒井 セツ      失踪年月日 昭和29(1954)年冬
ふりがな あらい せつ     生年月日 昭和11(1936)年1月12日
2.氏名 斉藤 宰       失踪年月日 昭和32(1957)~33(1958)年頃
ふりがな さいとう おさむ   生年月日 昭和11(1936)年5月6日
3.氏名 藤田 慎       失踪年月日 昭和35(1960)年
ふりがな ふじた しん     生年月日 昭和6(1931)年9月5日
4.氏名 山下(飯塚) 平   失踪年月日 昭和35(1960)年6月19日
ふりがな やました たいら   生年月日 昭和10(1935)年5月18日
      (いいづか)
5.氏名 宮澤 康男      失踪年月日 昭和35(1960)年9月21日
ふりがな みやざわ やすお  生年月日 昭和17(1942)年10月20日
6.氏名 二宮 喜一       失踪年月日 昭和37(1962)年9月頃
ふりがな にのみや よしかず 生年月日 昭和13(1938)年1月15日
7.氏名 井上 征子      失踪年月日 昭和37(1962)年12月6日
ふりがな いのうえ せいこ   生年月日 昭和19(1944)年1月11日
8.氏名 中塚 節子      失踪年月日 昭和38(1963)年6月16日
ふりがな なかつか せつこ   生年月日 昭和20(1945)年6月5日
9.氏名 馬場 昌一       失踪年月日 昭和39(1964)年6月4日
ふりがな ばば まさかず     生年月日 昭和19(1944)年12月13日
10.氏名 米川 茂雄      失踪年月日 昭和40(1965)年1月18日
ふりがな よねかわ しげお    生年月日 昭和17(1942)年7月14日
11.氏名 坂本 とし子      失踪年月日 昭和40(1965)年6月9日
ふりがな さかもと としこ       生年月日 昭和17(1942)年11月22日
12.氏名 小林 榮           失踪年月日 昭和41(1966)年8月21日
ふりがな こばやし さかえ    生年月日 昭和18(1943)年4月29日
13.氏名 日高 信夫      失踪年月日 昭和42(1967)年9月
ふりがな ひだか のぶお     年月日昭和19(1944)年11月27日
14.氏名 早坂 勝男      失踪年月日 昭和43(1968)年4月頃
ふりがな はやさか かつお   生年月日 昭和19(1944)年1月22日
15.氏名 大屋敷 正行     失踪年月日 昭和44(1969)年7月27日
ふりがな おおやしき まさゆき  生年月日 昭和27(1952)年12月5日
16.氏名 上田 英司       踪年月日 昭和44(1969)年11月4日
ふりがな うえだ えいじ       生年月日 昭和24(1949)年7月25日
17.氏名 越川 力        失踪年月日 昭和45(1970)年7月19日
ふりがな こしかわ つとむ    生年月日 昭和21(1946)年4月18日
18.氏名 馬場 重夫      失踪年月日 昭和47(1972)年
ふりがな ばば しげお      生年月日 昭和20(1945)年2月25日
19.氏名 生島 孝子      失踪年月日 昭和47(1972)年11月1日
ふりがな いくしま たかこ     生年月日 昭和16(1941)年6月14日
20.氏名 薩摩 勝博      失踪年月日 昭和48(1973)年1月
ふりがな さつま かつひろ    生年月日 昭和24(1949)年10月11日
21.氏名 高 敬美        失踪年月日 昭和48(1973)年12月頃
ふりがな こう きよみ        生年月日 昭和42(1967)年4月10日
22.氏名 高  剛        失踪年月日 昭和48(1973)年12月頃
ふりがな こう つよし       生年月日 昭和45(1970)年6月29日
23.氏名 堀江 一利      失踪年月日 昭和49(1974)年12月頃
ふりがな ほりえ かずとし    生年月日 昭和25(1950)年3月30日
24.氏名 石川 和歌男     失踪年月日 昭和49(1974)年12月6日
ふりがな いしかわ わかお   生年月日 昭和22(1947)年9月19日
25.氏名 高野 清文      失踪年月日 昭和51(1976)年7月30日
ふりがな たかの きよふみ   生年月日 昭和31(1956)年10月31日
26.氏名 星野 正弘      失踪年月日 昭和54(1979)年2月末
ふりがな ほしの まさひろ    生年月日 昭和31(1956)年1月13日
27.氏名 和田 吉正      失踪年月日 昭和54(1979)年4月14日
ふりがな わだ よしまさ     生年月日 昭和27(1952)年11月19日
28.氏名 上田 俊二      失踪年月日 昭和56(1981)年7月14日
ふりがな うえだ しゅんじ    生年月日 昭和6(1931)年11月20日
29.氏名 堺 弘美        失踪年月日 昭和57(1982)年4月2日
ふりがな さかい ひろみ     生年月日 昭和34(1959)年10月22日
30.氏名 永山 正文      失踪年月日 昭和57(1982)年9月18日
ふりがな ながやま まさふみ  生年月日 昭和34(1959)年1月7日
31.氏名 原 哲也       失踪年月日 昭和58(1983)年3月
ふりがな はら てつや      生年月日昭和37(1962)年5月22日
32.氏名 伊原 照治     失踪年月日 昭和59(1984)年8月28日
ふりがな いはら てるじ    生年月日 昭和33(1958)年4月10日
33.氏名 香月 正則     失踪年月日 昭和60(1985)年2月6日
ふりがな かつき まさのり   生年月日 昭和23(1948)年7月11日
34.氏名 下地 才喜     失踪年月日 昭和60(1985)年4月
ふりがな しもじ さいき     生年月日 昭和37(1962)年7月10日
35.氏名 林 かな子      失踪年月日 昭和60(1985)年11月22日
ふりがな はやし かなこ     生年月日 昭和35(1960)年9月7日
36.氏名 石坂 孝       失踪年月日 昭和63(1988)年11月20日
ふりがな いしざか たかし   生年月日 昭和33(1958)年12月27日
37.氏名 坂本 秀興     失踪年月日 平成元(1989)年6月22日
ふりがな さかもと ひでおき  生年月日 昭和36(1961)年7月14日
38.氏名 塩沢 勝己     失踪年月日 平成7(1995)年6月23日
ふりがな しおざわ かつみ   生年月日 昭和40(1965)年9月1日
39.氏名 楠本 勤       失踪年月日 平成11(1999)年12月
ふりがな くすもと つとむ    生年月日 昭和22(1947)年12月4日
40.氏名 浜崎 真嗣     失踪年月日 平成12(2000)年1月6日
ふりがな はまざき まさつぐ  生年月日 昭和49(1974)年8月2日
41.氏名 後藤 美香     失踪年月日 平成13(2001)年9月13日
ふりがな ごとう みか      生年月日 昭和46(1971)年7月13日
42.氏名 宮本 直樹     失踪年月日 平成14(2002)年3月3日
ふりがな みやもと なおき   生年月日 昭和52(1977)年11月9日

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2006年7月 3日 (月)

古川了子さん第6回行政訴訟報告会(4)

   『飯塚繁雄さんのお話』

皆さんこんにちは。

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多分今日、初めてこういった裁判を傍聴させて頂きましたけど、考えてみるに日本人拉致(被害者)の奪還という大きな目的がある中で、小さな部分で遅々として進まないというそういう実感を感じました。
例えば特定失踪者、我々のように認定されていない人も含めて、ひとりひとりこういった裁判をしていかないと日本は動かないのか?と。
そしたらここでも話に出たように、家族の方々がみんな歳をとっていつまで頑張れるか分からない状態の中で、悠長な事が言っていられないと言うのが現実だろうと思うんです。

私たち一応被害者という認定はされていますけども、かと言ってされているから奪還だと、いう所に繋がっていないのが現実でありまして、そういう意味では北朝鮮に拉致された日本人という単位でみんな動かなければ、ますます細かい部分での論争に終始されて、あたかもそれが目標であるような感じにされそうな気がするんですね。

先だって訪米してブッシュ大統領と会った件についても、会えば終わりというんじゃなくてあれがスタートという感じもするんです。
今回韓国の家族が北朝鮮に行ってまた一騒ぎさせそうですけども、ああいった事も考えるに北朝鮮と日本の関係というのは非常に悪い感じがあるわけですけども、そういう関係があるからこそもっと強い態度で当たっていかなければ、これ永久にこの問題は続いてしまう。
あるいは途中でやめてしまう。

当初、うちの感じでも特定失踪者の事を入れないように入れないようにという感じで、中途半端な幕引きをさせようという狙いがあったのではないか?と。
これは日本としてもそうだし北朝鮮もそういう考えがあったのではないか?
そこはそれは違うという事で皆さんが立ち上がって、この問題をこれだけ大きくしたんだなぁと感じますけども、いずれにしても最終目的は奪還ですから、如何にスピードを上げてこれに対応して頂くところをたくさん作っていくか?
例えば今回の裁判の話でも、今内閣に専門幹事会と言うのが各省の代表が集まってやっておりますけども、例えばそこで法務関係について、今杉浦さんが大臣ですか?
こういった問題どうするんだ?と。

いつまでも悠長にあと3ヶ月とか、次はまた3ヶ月後とか、こういうような遅々とした進め方では困るという話をしていったらどうですか?という思いもあるんですけども。
いずれにしてもこの問題非常に深く広くあるいは複雑になってきて、我々素人に判断はつかない状態になって来ますけども、やはり家族が拉致されたというその時点で共通すると言う事が、大きな一番の力を合わせるポイントだと思います。
これからも私たちに出来る事を一生懸命やりますのでお願いします。(拍手)

★司会 二瓶弁護士

次は山梨から、山本美保さんの妹さんの森本美沙さん、ちょっと一言。


このテキストは話しの花束ぴろんさんの労作です。

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2006年6月28日 (水)

福留貴美子さん拉致事件を考える集い(10)

   『参加議員の紹介、高沢皓司氏からのメッセージ紹介、閉会の辞』

★司会 高橋氏

本日は神奈川の議員が自治体から駆けつけてくださいましたので、ご紹介をさせて頂きます。
藤沢市議会議員・三野由美子先生。(立ち上がって会場に会釈、拍手)
ありがとうございました。

本日この集会にですね。
この福留貴美子さんの問題を初めて取り上げられた、こちらに「宿命」という本がありますけども、この本を書かれたジャーナリストの高沢皓司さんからメッセージを頂きましたので、紹介をさせて頂きます。

★高沢皓司氏からのメッセージ(代読:高橋氏)

本日の福留貴美子さんの拉致問題の集会について、こうしてお集まりくださいました皆様に心からの激励を送りたいと思いますと同時に、本日の集会を実行まで努力をしてくださった様々な方々、横田滋さん・横田早紀江さん・荒木先生・救う会神奈川の方々はじめ、皆様に御挨拶申し上げたいと思います。
と言いますのも、もう何年も前、限られた条件の中でジグソーパズルの駒を捜すようにして、この条件に合致する人間がどこかに必ずいるはずだと。
それだけを信じて四国の山中を捜しさ迷い歩いていた頃から考えますと、まさに隔世の感があり、本日の集会を実現してくださった方々には感謝の言葉も無いくらいありがたい事だと思っております。

★司会 高橋氏

このようにメッセージを頂きました。
高沢さん、どうもありがとうございました。(拍手)
続きまして事務局よりお知らせ、並びに閉会の言葉と致します。

★川添友幸 神奈川救う会会長 閉会の辞

本日は長時間、講演ありがとうございました。
福留さん中心にした集会、是非、私も良かったと思います。
今後も拉致の問題続くと思いますけど、宜しくご協力できればと思っております。
次回のお話なんですが、今回も講演いただきました増元さんに来月の7月の8日にこちらの方で講演を行おうと思っています。
増元さんと寺越昭男さん、内田美津夫さん、特定失踪者問題調査会から真鍋さんに来ていただこうと思っております。
あとですね。
北朝鮮難民救援基金さんの方にお願いして、脱北者の方にですね。
今交渉をしております。

ちょっとまた、昨年の7月こちらでやったときには頭巾みたいのをかぶって確かやったと思うんですが、また今回もそんな形になるんじゃないか?
まだ身の危険を感じている方、という話を伺っていますので。
講演会を行おうと思っておりますので、7月の8日、こちらではなくて上方のラウンジ、6階のラウンジの方になると思いますのでですね。
またご参加できればと思っております。
今日、長時間本当にありがとうございました。(拍手)

それでいつものお願いなんですが、ボランティアでやっておりますので、もしお心のある方いましたらカンパ箱がありますので、そちらの方のご協力お願いします。
本当に今回ありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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福留貴美子さん拉致事件を考える集い(9)

  『パネルディスカッション その3』

★司会 川添友幸救う会神奈川会長

次は野村さんにお話をして頂こうと思ったのですが、今日ですね。
兵庫から特定失踪者調査会の理事である岡田和典さんが来られましたので、ちょっと一言だけ御挨拶をしていただこうと思います。(拍手)

★岡田和典 特定失踪者問題調査会理事

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こんにちは。
えっとですね。
今日は野村さんもお見えでございますので、ちょっとだけお話をさせて頂きたい。
飛び入りで恐縮でございます。

野村さんのお書きになった本の中にも書いてある事なんですけども、私は神戸市です。
それも灘区というところで、今出ておりますSAPOIを御覧になった方はですね。
灘区周辺でですね。
拉致に関係する物が余りにも多いというような地図入りの、袋綴じじゃないんですけども(笑い声)、一番最初のページに出ています。

あれは恵谷さんと一緒にずっと回ったんですけどもね。
実は有本恵子さん。
当時ですね。
通っておりました学校がですね。
神戸市立の外国語大学なんですね。
ここから200メートルほど山側の方に行きましたところにですね。
神戸にはもう一人の拉致認定者がおりましてですね。
田中実さん。
養護学校がこの200メートルほどしか大学と離れていないんですね。

その上へ持ってきてですね。
有本恵子さんがですね。
通っておりました神戸外国語大学、有本さんは一部・二部の二部の方ですね。
所謂、我々の年代で申しますと夜間と申しましてですね。
夜の方に行ってたわけですね。
当然ですね。
当時の所謂ローテーション、シフトを見ておりますと、大学の先生方というのはですね。
一部担当と二部担当とに分かれていたようでございます。
これも私も少しばかり調べました。

その二部の担当のですね。
国際法というところにですね。
現在、金正日著作研究会連絡協議会の代表世話人、これが二人、鎌倉孝夫ですかね。
これと一緒に代表世話人をしている家正治ですね。
これがですね。
当時の二部の担当の教授なんですね。
教授ではなかったまだ当時は、京都大学を出てすぐに神戸外大の講師か何かになるんですが、まだ当時は教授じゃないですね。

この家先生でございますですね。
極めて怪しげな有本さんとの接触をしているわけですね。
まだ有本さんの事が、それ程世間に流布されていない。
それでも有本さんご両親ですね。
非常に積極的に様々な集会に出られてですね。
お訴えをされていたんですね。

そこにですね。
いきなり名刺持って来られた方がおるんですね。
その集会に参加されていた方が名刺持って来られてですね。
そんな方たくさんおられますから、一つ一つ覚えていないんですね。
ただお父さんがですね。
非常に珍しい名前だったから、覚えておられたんですね。

それから神戸市の外語大学なんかで、私も一緒にいろいろ活動をしまして、所謂同窓会。
そういう組織が動いてくれましてですね。
有本さんは2回3回ほど、神戸外大で公演等を、そういう集会等も行っておられます。
で、有本さんが拉致認定されてですね。
小泉訪朝があってですね。
有本さんの事がいよいよ明白になったと。

ですから訪朝後半年、一年も経ってなかったくらいだったと思うんですけど、今度突然にですね。
有本さんの家に手紙が届くんです。
で、これも有本さんのお母さんですね。
そういう手紙、全国からたくさん参りますので、特別覚えていないわけですね。

たまたま私がですね。
この家先生というのはいかがな人なんだ?と、言うような事でいろいろと、それなりにうろうろうろうろしておりましたらですね。
その集会の折に、有本さんご両親がたまたま揃っておりましてですね。
そこでこの家教授の話をしたわけですね。
お母さんからそういう話があったんですけどね。
「その人だったらこの前手紙が来たよ」とそこで初めて話が出るわけですね。

でそこで、今度はお父さんがですね。
「それ、覚えとるで」と。
「そんな変った名前の人はそんな多くは無いから、昔集会来とって名詞出したの覚えとる」
こういう話なんですね。
野村先生、中々の人物ですよね?この家先生という方は。

★野村旗守氏

ええ、謎の人物ですよね。

★岡田和典氏

でねぇ。
そんな方がわざわざ、どっちかと言えば拉致問題なんて話にですね。
世間で言ったら、我々は当たり前の大事な運動をしているつもりなんですけども、この拉致問題が明らかになる前はですね。
どちらかといえば、ああいうところに集まる人というのは真ん中というよりちょっと右じゃないかと。(笑い声)
世間では思われているような集会でございますよね?

★増元照明氏

よく反動勢力と言われて・・・(笑い声)

★岡田和典氏

そういう所に、チュチェ思想を信奉する先生が何しに来たんか?と、こう言う話にもなってくるわけですね。
今日おそらくですね。
こういう非常に福留さんという、よど号のグループにとってはですね。
一番アキレス腱といいますかですね。
触れられたくないということ、こういう会を川添さんが勇気を持ってやってこうしておられるわけで、間違い無しにこの中に、まぁ数人とは言いませんけども寝。
よど号の今の、今のですね。
支援するグループは多々あるわけです。(「ほう」という声)

間違い無しにこの中に来ておられますね。
皆さんも一人ずつ顔を覚えられているかも分かりません。(笑い声)
電車に乗るときなんかはですね。
絶対にプラットホームの前には立たないでくださいよ?(笑い声)
後ろからポンと押されたら終わりですのでね。
我々は何年もそういう事に注意しながら活動を続けております。
川添さんも全く同じ立場の人間でございます。

非常に中でも、私でも神戸で中々福留さんの集会よう開きません。
それ程非常に今日は貴重な集まりでございます。
ただ、余りにも先ほどから申し上げておりますように、極めて狭い空間の灘区の、本当に何百メートルというところに神戸に二人いる。
田中実さんそして有本恵子さんがお互い同じ空気、同じ匂いを吸っておった場所で生活しておられた方がおられる。
この事実ですね。

それと有本さんにですね。
なんかよう分からん人がですね。
極めて不思議な形で、接近していると言う点ですね。
何か日本の拉致事件というのはですね。
辛光洙が何もかも全員やったみたいな言われ方を最近、報道等も含めてですね。
警察発表でもございますけどね。
そんな事はありえないわけでございましてですね。

この中にもそういう過去に協力をした方がおられるか分からんですけど、間違いなしにですね。
日本人の協力者がいなければですね。
これだけの人間がですね。
北朝鮮に拉致されていたのは、ありえないわけでございます。

飛び入りで貴重な時間申し訳ございませんでしたが、そういう事を一言、神戸からのご報告という事で失礼致します。(拍手)

★司会 川添氏

岡田さん、ありがとうございました。
すみません、野村先生ちょっと宜しくお願い致します。

★野村旗守氏

私ですね。
本来、拉致問題門外漢でありまして専門家ではありませんので、ちょっと最後ですので一般的なお話をしたいなと思います。

前ですね。
あるインタビューで田原総一郎さんと喋った時があって、「いや、ここ10年くらいで本当に日本は変ったよな」という話になって、自分が89年に「朝まで生テレビ」あの番組を始めたころに、ディスカッション番組ですから朝まで激論するですね。
その当時としては画期的なスタイルの番組。
朝まで生で見ている番組を始めた時、あの右の論客を探そうと思ってですね。
探そうとしたんだけど誰もいないと。
という事は、右と左で激論を戦わせなければいけないので右の論客を探すんだけど、右の論客が誰もいないって言うんですよね。

ところが10年経ったら誰も彼もが右だ右だという事になって(笑い声)左の子と喋ってる奴はあいつまだあんな事を言ってるのか?と、馬鹿な奴だと生きてる化石みたいな野郎だという事ですね。
馬鹿にされているという傾向はあるけれども、でも10年前にそれこそね。
国家体制がどうとかいわゆる国際主義がどうとか言う事を、テレビがまともに喋ろうとしたら「あいつテレビであんな事を言ってるよ」と。
「もうちょっとアカデミズムの世界では相手に出来ないよな」というような、そういう風潮だったと思うんですよ。
10年、15年位前までは少なくともですね。
それがもうガラッと変ったと。

ガラッと変った中にはこの北朝鮮問題というのは非常に大きな要因だと思うんですけども、だた世の中のそういう空気。
要するに拉致をしやすい空気というものが、この日本の中の70年代80年代非常にあったと。
これですね。
これ拉致というのは北朝鮮の最初の首謀者は金日成であり金正日でありというような、それは分かっているけれども、それを助けたのは誰か?って言えば、金日成・金正日体制を支えた北朝鮮国民であり、それを支えていた日本の朝鮮総連と言う組織であり、その朝鮮総連という組織を生かしていた日本という社会。

別に同罪とは言いませんけども、かなりですね。
かなり日本側もムードで幇助していたという事は言えると思うんですよね。
日本のその片仮名で書くサヨクのムードが北朝鮮の拉致を幇助していた。
それがああいうよど号の事件を生み、あるいはよど号の妻たちというグループを作ったりしたわけで、そういったムードの犠牲になって例えば有本恵子さんが拉致された、福留さんが拉致されたというような事件が頻発して起こっちゃったんじゃ無いかな?と思うんですけども。

結局チュチェ研の目的はなんだったのか?と。
先ほど荒木さんも言われましたけど、あの中でチュチェ研の目的は何だったか?という事を考えていくと、私最大の目的は日本でそういうムードを作る事だったんだろうと。
北朝鮮のシンパをたくさん作っていて、例えば北朝鮮シンパとならずとも雰囲気的にでもですね。
例えばいざ事が起こった時、じゃあ韓国と北朝鮮がケンカした時に北朝鮮の方に味方してやろうと思うような。
普段は別に朝鮮問題なんかどうでも良いかもしれないけれど、いざ事が起こったらどっちかと言えば北朝鮮の方が良いよねと北朝鮮の方が正しいよねと、そういうようなムードを作る。
そういった空気を作る目的が第一の目的だった、チュチェ研の第一の目的だったのではないかな?と私はうっすらと考えているんですけども。
これ、正しいかどうか分かりませんが。

そういったムードを作るという非常に漠然とした仕事をしていたもんだから、これまで捜査の対象にもならないでですね。
なんと言いますか、何十年もこのチュチェ研という組織、いまだに相当数の勢力、独断で熱心に活動しているかどうかは別として相当数の勢力がいるようですが、そのムード作りにある時期まではある程度成功していた、言う事があったと思うんですが。
それが先ほどの田原総一郎さんじゃないけれども、10年間で本当にガラッと変っちゃったと。
10年前は右の論客なんか誰もいなかったと。
で、テレビに出てくれといったらとんでもないと誰も出てくれなかったと、そういう状況のなかで、ところが10年経ったら誰も彼もみんな右だということで、アメリカが正しいという事になってですね。
これもちょっと問題だなぁと私思わなくもないんですけど、そういったムードが出来た。
要するにチュチェ研の野望は途中で費えたわけですよね?

北朝鮮シンパを、あるいは社会主義をマルクス主義を、というようなチュチェ研の野望は費えたわけだけれども、いまだにこの拉致問題が全く、解決の兆しは見えましたけれども、兆しだけでその先進展しないというところ。
じゃあ何が、日本から北朝鮮を擁護しようというムード・空気は消えたにも拘らず、いまだに何が邪魔をしているのか?という事を考えていきますと、これはひとつムードとは裏腹にですね。
非常にムードと対照をなすような、非常に生臭いと言うか現実的なというか。
はっきり言ってムードとは対照的な裏腹の現実的なものと、現実的な裏づけという事でひとつ実益というか、利益・利権と言われるようなですね。
北朝鮮を利すると自分達が得をするという、例えば日本の政界にもいるし財界にもいるし、あるいはあらゆる分野に北朝鮮を利する事によって自分が得をすると。
それはごくごく私的な利益かもしれないけれども、とにかく得をするという事で国益を無視して私益に走る人たちがいるのが問題ではないかな?という事をまとめてみたのが、荒木先生に手伝って頂いた「北朝鮮利権の真相」という本なんですけども。

そういった中で例えば北朝鮮とですね。
国交を結ぶと、日本の側にとって何のメリットがあるのか?
国にとってはメリットは無いけれども、そこに北朝鮮と日本が国交を結ぶと何が起こるか?というと、これ日本と韓国の場合を考えてみれば分かるんですけども、日韓条約ですね。
日韓基本条約と言うのが結ばれた後に、当時のお金で5億ドルの経済協力という支援が行われました。
これ日本から韓国に一方的に流れるお金だけれども、これこのミソはですね。
キャッシュでお金払われるんじゃなくて、なんと言いますか、事業と建設というような形。
要するに日本の会社にお金が落ちるんですね。
日本の会社にお金が落ちる。
日本の建設会社は大挙して韓国に乗り込んでいって、その当時高速道路を作ったりとか地下鉄を作ったりとか、韓国のために随分と物を作ってあげたんですよね。
それによって韓国経済がぐっと成長したわけです。

それによって北朝鮮もやっぱり同じ事をやろうとする。
当時一番儲けたと言われているのは伊藤忠という商社ですけども、伊藤忠の瀬島龍三、政商と言われる男ですね。
非常にそういった政治的なビジネスに食い込むのが上手いと、元々・・・(司会より、残り時間の指示あり)
すみませんちょっと注意が入ってしまったので。(笑い声)

★司会 川添氏

すみません、会場が5時までしか借りて無いもので(笑い声)本当に申し訳ない。
また野村さんちょっとお呼びしてですね。
じっくりしたいと思います。
それでは最後に斉藤さん。
是非、今の思いをですね。
短くお願いして、なるべくお話して貰いたいと思います。
宜しくお願いします。

★斉藤文代さん

私は金正日に申し上げたいんです。
あなたは心があった人間であるならば、拉致した家族を全員返しなさい。
そうすればあなたの心も軽くなると言う事じゃないでしょうか?
全員返しなさいと申し上げたいです。(拍手)

★司会 川添氏

パネルディスカッション、どうもありがとうございました。
次が、今日始まる前にですね。
増元さんをお話もしていたんですが、岡田さんからも指摘があったんですが、福留さんを中心にした集会と言うのは全国でこれが初めてということだそうです。
今後も福留問題についてはですね。
私自身、よど号問題にかけておりますので、うちの会、神奈川の会では全国協議会とあるいは調査会と協力してやっていきたいと思っておりますので、今後もご協力の程を宜しくお願い致します。(拍手)
パネルディスカッションはこれで終わりにします。
   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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福留貴美子さん拉致事件を考える集い(8)

『パネルディスカッション その2』

★司会 川添友幸救う会神奈川会長

次に斉藤さんの方にちょっとお話をいろいろまたお伺いしたいと思います。
2月にですね。
私も警視庁に同行したんですが、よど号グループに対して監禁罪で刑事告発をしましたが、告発した事に対して心境はどうでしたか?どんな感じだったか?というのと。

実は今月の13日にですね。
八尾恵さんの長女が帰ってきます。
長女が帰ってきた後はですね。
どうもよど号の本丸、所謂松木さん・石岡さんを拉致した実行犯、もしくはそれに近い支援者の人間が帰ってくるのではないか?という情報が我々入って来ております。
拉致実行犯の帰国が迫ってますが、その辺に関してどのように思われているのか?と、この2点ちょっとよろしくお願いします。
0000821m
★斉藤文代さん

告発の件はですね。
前々から私は弟を拉致されたことに関しまして許せないと言う気持ちでいましたので、いつかこういう機会がありましたらば絶対に、よど号犯の拉致した人たちを許す事はできないので、前々から考えていた事ですのでそれが出来て良かったなと思っております。
それからこれからよど号犯の妻たちが帰ってくる予定になっておりますけども、私が申し上げたいのは、

「なぜ帰ってくるんですか?好きであなたは北朝鮮に行ったんじゃないんですか?」

と言いたいです。
帰って来るんであれば、日本の拉致した家族を全部連れて帰って来なさいと言いたいですね。
それでもし日本に住みたいのであれば、日本でちゃんとするべき事をしてから(日本に)住む人間になって欲しいと、私はその様に思っております。
本当に許せないんです。
こんなに我慢しているのに、自分達だけ都合の良い時に行ったり来たりするということは、許せないと思っております。(拍手)

★司会 川添氏

ありがとうございます。
そうしましたらですね。
皆様方に最後に一言ずつですね。
会場の皆さん、もしくは会場によど号グループの関係者が来られているかもしれませんので(笑い声)、一言お話して頂ければですね。
伝わってくれるかもしれませんのでね。
ひとつよろしくお願いします。
じゃあ、増元さんから。

★増元照明氏

よど号の事件というのは丁度1970年ですから、私が高校一年だと思いますね。
るみ子が高校三年生で、高校から帰ったら福岡空港にずっと飛行機が止まってまして、それをずっとNHKが追いかけて、金浦まで行ってそれで平壌に行ってしまったんですけども。
あの事件が後々自分にとってこんな大きな問題として関わってくるなんて、あの時全く思ってなかったですね。
画面の向こうの中、夢物語のような感じで「彼らは彼らの思想で行ったんだからしょうがないわ」と、それくらいしか思ってなかったのに、彼らが主体的になって家族会の有本さんや松木さんやそして石岡さんたちを拉致していくのに非常に関わっていた事について、私は家族会結成してビックリしました。

で、この方たちの存在が、私は結局ですね。
1970年に平壌に入って金日成や金正日が日本人を何というか、オルグしていけば使いやすいな?と思わせたんじゃないかと。
荒木さんたちはその前からずっとやってるというように言ってましたけど、それまでは必要に応じて拉致していた人たちだとは思うんです。
それから金正日が1970年代後半に拉致を頻繁にあちこちでしていったのは、自分達の国でオルグして工作員化すれば、もしくは日本人は本当に従順な勤勉な人間だから使えるなと思わせたのがよど号だと私は思ってましてね。
その70年のよど号が向こうに行った事件が、その後の日本から私の姉やそれからめぐみちゃんやそして多くの日本人を連れて行った可能性も否定できないなと思っております。

その点で、高校のときにただテレビの画面で見ていた事件が自分の人生に、本当に大きく関わって来ると言うふうになっていきますと、人生という物は不可思議な物であるし、予想もできない物を感じてしまいますね。
運命と言えば運命なんでしょうけども、ただあの時にもっとよど号問題を真剣に考えておけば良かったかな?とちょっと反省しております。

★司会 川添氏

ありがとうございます。
今増元さんが、私も実は同じくちょっと感じてしまったのは、私ずっとこの藤沢に住んでいまして小学校の高学年の時でしょうかね?
スイミングスクールに通ってまして隣が交番だったわけですね。
で、ポスターが貼ってありまして、リ・ウネのポスターでしたかね金賢姫に拉致された、この人知りませんか?と。
何気なく通りかかってうちの母親に「この人なんなんだ?」といったら、母親がなにか「北朝鮮に連れて行かれちゃった人なんだ」と言われてまして、もう15年くらい前の話ですが、良く考えればわずか15年後にですね。
この女性の方を助ける事ですね。
こういうふうに活動しているなんて夢にも思いませんでしたし、この間、飯塚耕一郎さんにこの話をしたら、「それは高田さんの本じゃありませんけど宿命だったんじゃないですか?」と言われてちょっと何か納得して・・・
今増元さんの話を聞いてそんな事も自分でイメージしてしまいました。

それでは次にですね、荒木先生。
ちょっと一言よろしくお願いします。

★荒木和博氏

先ほど野村さんのお話を聞いててですね。
ちょっと思ったんですが、一体そのチュチェ研というのは元々なんだったんだろうな?ということをちょっと気にかかったんですね。
というのは北朝鮮の基本的な対日工作というのは、昔は韓国に直接入り難かったので日本を経由して工作活動をやると浸透するという事が、それが一番のメインでありまして。
北朝鮮の国家目標というのは言うまでもなく武力統一ということで、南朝鮮からアメリカを追い出してそして傀儡政権を打倒して統一をすると、言うのが目的だったのでですね。
日本の中での事というのはあくまでも2次的なものだったと思うんですね。
それがなんでこんなに長い間組織が続いているのか?と。
単に北朝鮮からのですね。
影響だけで果たしてこれだけ続くんだろうか?という事をちょっとふと今思いました。
北朝鮮の工作のですね。
系統からしてもちょっと異質な感じが今ふとですね。
しましたんで、改めてこれについては考えてみる必要があるのかな?という気がしました。

それからですね。
お母さんの話がいろいろ出てましたが、先ほど増元さんが増元さんのお母さんも信子さんということだったと、私の女房も信子でございまして(笑い声)、これもなんかの宿命なのかな?と私思いましたけど。(笑い声)

この家族という事についてなんですけど、政府がですね。
ご家族の意向を尊重してという事をしょっちゅう使うんですけども、これかなり曲者でありまして、どうもそのまま鵜呑みには出来ない。
というのはですね。
これ逆に裏返しにしますと、家族がもう良いよと言ったらそれでおしまいに出来るという事でもあるんですね。

一番良い証拠は寺越武志さんです。
誰がどう見たって拉致されたという事以外に考えられない。
彼は向こうにいて、そして失踪したときの状況とかですね。
それから考えればこれだけで拉致だと十分分かるんですが、政府は認定をしません。
認定をしない理由は何か?というとあのお母ちゃんがですね。
拉致だと認めないからという事を言われていたんですね。

かつてですね。
平沢勝栄さんが拉致議連の事務局長をやってたときだったかな?
何かあの、福留さんの話が出てですね。
で、その聞いたらば、それ何かお母ちゃんが認めないからというような事を言ってですね。
そりゃあいくらなんでもないでしょうと、そんなの認められるわけ無いじゃないですか?と。
いや本人も認めないと、そりゃ本人が認めるわけ無いと。

という、いろいろすったもんだした挙句にですね。
いや、まぁ、じゃあお母さんが認めるんで有れば、警察の方も考えるという事を聞いたもんでですね。
お母さんに相談した事もあったんですが、結果的にはやっぱり認めるわけにはいかないという事でした。
お母さんも直接話すときには拉致だということは言ってるわけで、それを認めないというのはいったいどう言う意味があるのか?と。
そういう時にだけ、家族というのをですね。
隠れ蓑に使っているのではないだろうか?と。

9.17の後で北朝鮮側は、蓮池さんたちからはですね。
横田さんの情報だけ出させたと。
他の人たちについては全く知らないと言いながら、横田めぐみさんの情報だけはですね。
べらべら喋らせたと。
そしてあの時何をやろうとしたか?というと、お父さんお母さんを平壌に呼んでですね。
そして終わりにしようとしたわけです。

あの時もし、お父さんも相当ですね。
揺れたわけですけども、ご家族が北朝鮮に行ってしまって納得してしまえばですね。
まぁ家族が納得したんだから良いんじゃないですか?というふうになっていた可能性がある。
家族という物をそういうふうに使っていた可能性があります。

そして一方でですね。
政府の人間が逆に言う時は、国益の観点から行くと拉致被害者の事だけで日朝国交正常化が止まって良いんだろうか?と。
これは槙田(邦彦)元アジア大洋州局長の「10人くらいの事で日朝交渉止まっても良いのか?」という事を言いましたが、そこに本音が非常に表れているわけでございまして、ここはしっかりですね。
問題の本質を考えなければいけないと。

私は常にこの拉致問題というのは安全保障の問題であり、ある意味で戦争であると言っているのはですね。
ここにちょっともうひとつ重要な意味がありまして、ご家族が可哀想だ・本人が可哀想だという事でやっている救出運動であれば北朝鮮が暴発して、今もちょっとごちゃごちゃやってますけども、ミサイル撃つぞと。
ミサイル打ち込むぞという事を、例えば言った時にですね。
彼らにそんな度胸はないと思いますが、もしそういうような事を見せた時に日本の中でどういう判断が下るか?と。

いや確かにそれは拉致された人も可哀想だしご家族も可哀想だと。
しかしその事と、その人たちを助ける為にまた何十人だか何百人だか例えば犠牲者が出てしまったら、それは釣り合わないでしょうと。
だからこれは大人しくしていた方が良いでしょうというふうにですね。
なるんですね。
実際彼らがおそらく世論誘導をやろうとすると、そういう事をやろうとすると思います。

しかし問題はそうではなくて、もし彼らのそういう脅しに屈すればまた次の事をやられる。
あるいは北朝鮮だけでなくてですね。
他の国からもそういう事をやられるかもしれない。
言う事なんであって、それがまさに私がこの問題は安全保障の問題であって、家族の意向というのは2次的な問題だと、いうふうに言ってる事の最大の理由でございます。

もちろんそれはご家族の意向は最大限尊重して貰わなければいけないわけなんですが、そうは言ったって我々古川(了子)さんの訴訟でですね。
政府認定者とそれ以外の人たちとを差別するなというふうに言ってはいるわけですけども、そうは言ったって拉致の可能性のある人という意味ではですね。
我々のリストだけで460人いるわけで、それ以外にも警察に我々のと重なってますが、問い合わせは900くらい人以上いる。
そして問い合わせをして来ない方も相当いるわけで、この人たち全部に家族会と同じように説明するなんて物理的に不可能なんですね。

もちろん特定失踪者のご家族も、もちろん拉致の可能性が高いというふうに思っていられる方でもですね。
やっぱりその一面、ひょっとして日本の国の中でですね。
何かの理由でいてくれないか?という気持ちは皆さん共通であって、我々もそうであってそれで見つかってくれればそれで良いと思ってやっているわけでございます。

そうするとその間を埋める物は何か?と言うと、もしその、例えば説明の仕方とかそういう物がですね。
政府拉致認定者と違っていたとしても、じゃあ実際に北朝鮮の中に誰がいるんだ?どこにいるんだ?という事に付いてはですね。
全く見えないところでも何でも良いからともかく一生懸命探しているという事が分かれば、それはそれでですね。
ある程度は仕方が無いと言うふうになるわけで、問題はそこをしていないという事にある。

増元さんが前にもよく言われますけども、その家族会が出来る前までですね。
我々が見えないところで政府がやっててくれるんだろうというふうに思っていたらば実は何もしていなくて、言う問題がですね。
これがやはり問題の本質であって、国家の意思というものはそういうものでは無い。
安全保障上やっぱり守るためには、ただ食う物を抑えるということは絶対出来ないわけでありまして、こちらから戦っていかなければいけない。

相手側の情報を得てですね。
そして実際にどうやって取り返すのか?具体的な手を打っていくと、言う事の努力をしていかなければいけないという意味でございまして、この福留さんの問題というのはある意味でそういうもののひとつのバロメーターにはなるのでは無いだろうか?と。
これからまた先ですね。
場合によってはよど号グループとか、あるいは場合によったらその警察とか国家機関の方からもですね。
いや実は福留さんはああだったんだこうだったんだと、拉致ではないと言うような情報を流してくる可能性だってあります。

しかしそういう時にですね。
そこで踏みとどまって、ともかくこの人は帰って来て貰わなきゃいけないんだというふうにですね。
やはり国民の意思が結束できるか?と言うのが極めて重要でございますので、このお忙しい中お出で頂いた皆さんには、ぜひともそこをご理解頂きたいというふうに思います。
ありがとうございました。(拍手)

p>TITLE:蒼き星々 掲示板(サブボード)
DATE:2006/06/27 00:10
URL:http://8229.teacup.com/blueribbon/bbs

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2006年6月25日 (日)

福留貴美子さん拉致事件を考える集い(6)

  『大沢茂樹さん(特定失踪者・大沢孝司さんの兄) 特定失踪者家族の紹介と訴え』

★大沢茂樹さん

ただ今ご紹介にあずかりました、私、特定失踪者・大沢孝司のすぐ上の兄で、大沢茂樹と申します。
本日は福留貴美子さんの拉致事件を考える会に参加させて頂きまして、本当にありがとうございます。
今日は私の他に3家族の特定失踪者の家族も見えておりますので、この機会に簡単にご紹介をさせて頂きたいと思いますので、ちょっと前の方へ出て来て下さい。(特定失踪者のご家族が登壇する)

1151135188

(写真左より、寺島佐津子さんのご両親、高野美幸さん、大沢茂樹さん)

こちらにおられるご夫婦は昭和54年8月の10日、鎌倉市で花火大会があり、その銀行の親睦旅行を兼ねて花火大会に参加した後、戸塚駅でバスに乗り帰宅途中忽然として行方不明になった寺島佐津子さんのお父さんとお母さんでございます。

★寺島さんのお母様

よろしくお願いします。(ご両親がお二人揃って会釈をされる、会場より拍手)

■公開リスト詳細(検索結果)■

昭和54(1979)年
228
228 氏名 寺島 佐津子 失踪年月日 昭和54(1979)年8月10日
ふりがな てらしま さつこ 生年月日 昭和35(1960)年7月26日
性別 当時の年齢 19
身長 体重
公開 第12次公開
当時の身分 銀行員
特徴
失踪場所 神奈川県横浜市戸塚区
失踪状況 失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。

TITLE:特定失踪者問題調査会
DATE:2006/06/24 23:28
URL:http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi

※特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会より引用
http://chosa-kai.jp/index.html

★大沢茂樹さん

私の隣にいる方は昭和51年7月の30日神津島で、大学の友人と遊びに行き、神津島の民宿で忽然と姿を消した高野さんの妹さんでございます。

★高野美幸さん

いつもお世話になっております。
神津島から行方不明になりました高野清文の妹、美幸になります。
藤沢の方は良くお話をさせて頂いていますので、今回はちょっとご挨拶だけという事でありますが、今日は私いつも母の作品をお持ちしておりますけれども、調査会の方で「しおかぜ」という短波放送をしておりまして、最近ですね。
北朝鮮側から妨害電波が入っておりまして、非常に放送の状況が大変な状況なっております。
6月の中旬より対策をとりまして放送の方を再開・再編成と言う事で放送をしていくことになっております。
そのしおかぜの方の支援を致しますサポーターグッズ、タオルとかストラップ・リストバンドなどを販売しておりますので、W杯も近い折、娘さん息子さんに紛れてそういうグッズを使って頂いても良いかと思います。
ご協力の方をよろしくお願い致します。(拍手)

■公開リスト詳細(検索結果)■

昭和51(1976)年
80
80 氏名 高野 清文 失踪年月日 昭和51(1976)年7月30日
ふりがな たかの きよふみ 生年月日 昭和31(1956)年10月31日
性別 当時の年齢 19
身長 172センチ 体重
公開 第2次公開
当時の身分 電気通信大学2年生
特徴 中肉、丸顔鼻低い、口は大きい、眉濃い。
失踪場所 東京都神津島村の民宿から
失踪状況 大学寮の仲間と神津島へ行き行方不明に。前日に山へ行くと言っていたため、神津島村の天上山を捜索するが発見できず。同月12日に隣の新島でも若い女性が行方不明になっている。

※特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会より
http://chosa-kai.jp/index.html

★大沢茂樹さん

どうもありがとうございます。
もうお一方、昭和47年東京の渋谷区でクリーニング店に行くと行って出たまま、行方が分からなくなった生島孝子さんのご親戚のコイト(漢字表記不明)さんも見えておりますが、ちょっと席を立って後ろへ・・・(その場で立ち上がり会釈)
よろしくお願い致します。(拍手)
以上3名のご家族が本日の勉強会に参加させて頂きますので、よろしくお願い致します。
どうもありがとうございました。(拍手)

昭和47(1972)年
55
55
1000番台リスト
氏名 生島 孝子 失踪年月日 昭和47(1972)年11月1日
ふりがな いくしま たかこ 生年月日 昭和16(1941)年6月14日
性別 当時の年齢 31
身長 体重
公開 第1次公開
当時の身分 港区役所麻布支所交換手
特徴
失踪場所 東京都渋谷区
失踪状況 当日、一日の年休届けを出し勤め先を休む。朝、同居していた妹に「夕方に電話があったら出かける」と言っていた。衣類の入れ替えをし、夕方クリーニング店に衣類を出している。孝子さんは翌日出勤時に着る服を揃えておいて出かけていた。その夜何の連絡もなく帰宅せず。翌2日夜、自宅に電話があり、しばらく無言の後、「今更仕方ないだろ」と男性の声とともに切れた。平成16年9月29日、警視庁に告発状提出。

※失踪者の情報は特定失踪者問題調査会のHPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

うらさんの祈りはダイヤモンドになって―健気に生きた明治の母 うらさんの祈りはダイヤモンドになって―健気に生きた明治の母

著者:生島 馨子
販売元:文芸社
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参考朗読Blue jewel Voice

★大澤茂樹さん

簡単に御挨拶をさせて頂きます。
私の弟は昭和49年の2月の24日、新潟県の佐渡島で曽我ひとみさん親子が拉致された真野町の拉致現場から、距離にして7~8キロしか離れていない、天然記念物トキの保護センターのある新穂村と言うところで北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。
曽我さんたちの約2年半前の事件であります。
事件当日丁度日曜日で、一人で隣町の金井町と言う所に遊びに行きその帰り、単身で佐渡に渡っておりましたので夕飯を外食し、帰宅途中知人宅のタバコ屋に立ち寄り、そこまでは足取りがつかめておりますが、そのタバコ屋から一切消息が分からなくなっております。

事件当時、佐渡の両津警察さんの方から、大掛かりな捜索をしていただきましたが結局分からず、また失踪する理由も分かりませんでした。
私の家族は拉致の疑いが排除できず、約4年半前新潟県警の方に再調査を依頼致し、再調査をしていただいたところ「拉致の疑い間違いない」と言う新潟県警の異例中の異例の見解を頂く事ができました。

私の弟は今月の21日になりますと誕生日で満60歳で還暦を迎えます。
今から拉致されて32年になりますが、残りの人生の3分の1、何が何でもこの日本に戻し自由な国に過ごしてやりたいと思っております。
また私どもの親は、母親は弟が失踪してからその心労が元で昭和63年に他界いたしましたが、今年95歳になる父親はまだ健在でございます。
せめて父親が元気なうちに弟の再会を果たしてやりたく、私もこのような機会があれば出席させて頂き、このようにお訴えをさせて頂いております。
今の日本政府の拉致の取り組み状況は北朝鮮が悪いのか、日本政府の方が悪いのか分かりませんが、今硬直状態となっております。

先ほど松木薫さんのお姉さん、また荒木先生の方からもお話しがありましたが、横田めぐみさんまた松木薫さんの遺骨、また有本恵子さん等の診断と全て捏造であり、ばれました。
ところが北朝鮮は拉致はすでに解決済みと居直り、話し合いをする姿勢もありません。
このままでは拉致被害者は全て皆殺しになると思います。
私はこの拉致問題を一刻も早く解決するには、小泉さんから経済制裁の発動を一日も早く発動していただき、圧力で解決していかなければあの国とは話し合いでは解決できないものと思っております。

それには今の日本政府は皆様方の世論の後押しがなければ何もやってくれません。
どうかこの拉致問題が一刻も早くまた一日も早く解決するには、更なる皆様方の日本政府に対する圧力が必要と思っております。
更なるご支援とご協力をお願いし、甚だ簡単ではございますが私の挨拶とさせて頂きます。
本日はどうもありがとうございました。(拍手)

■公開リスト詳細(検索結果)■

昭和49(1974)年
69
69
1000番台リスト
氏名 大澤 孝司 失踪年月日 昭和49(1974)年2月24日
ふりがな おおさわ たかし 生年月日 昭和21(1946)年6月21日
性別 当時の年齢 27
身長 体重
公開 第1次公開
当時の身分 新潟県佐渡農地事務所勤務
特徴
失踪場所 新潟県佐渡郡新穂村
失踪状況 自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。当時事務所には50~60人が勤務、うち15~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我さんと違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。

※失踪者の情報は特定失踪者問題調査会のHPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年6月24日 (土)

福留貴美子さん拉致事件を考える集い(5)

  『斉藤文代さん(松木薫さんの姉)の訴え』

~~よど号グループに思うこと~~

0000706m

皆様、今日は本当にありがとうございます。
松木薫の姉の斉藤文代です。
いつもこうしてお話を聞いて頂いて、本当に私いつも思うんですけれども、早くこのお話を聞いて頂かなくても皆様が喜んで頂ける、まぁ顔ですね。
私も見たいし私も見せたいし、早く解決しないかといつもいつも願っておりますけれども、中々これは難しい問題で全然私たちも前進致しませんけども、やる事だけは全部やらなければいけないという気持ちで、私も一生懸命やっております。

私の弟は8つ下で1980年に北朝鮮の方に、先ほど話されたよど号の妻たちによって拉致をされて連れて行かれました。
もう本当にもう少しで帰ってくると言う。
本当に私の父も今度こそは自分の息子と一緒に住めると、長い長い願いがあったんですけれども、本当にお酒もですね。
父はうちの弟と一緒に飲み交わしたいと言う事を常日頃聞いておりました。

ですから「学校を卒業したら俺は薫と一緒に飲みたいから、お前もたまには付き合ってくれよな」って言うような事は良く私も聞いておりましたので、本当にそれをさせて上げられない。
可哀想だなと思って、薫がいなくなりましてからは、私も少々は飲めますので父が寂しい顔をしているときには「お父ちゃん、今日は一杯飲もうか」と言って、私は女ですけれども弟の代わりは出来ませんけれど、父と一緒に飲むとですね。
とても喜んで私といろいろ話をして中々それを終わろうとしませんので、母から「女の子なんだから」と言う事で「やめなさい」と言われる事もありました。

私は時々しか帰りませんので、家の方にですね。
父と飲める事を楽しみにしておりましたけども、ただただ残念な事には父は私の耳には一切薫の事は話してくれませんでした。
やっぱり話をすれば父も辛いんでしょうし、私もこういう人間ですから考えが道がどこかに逸れる場合もあるんじゃないかと父は思って、いろんな事で父は私に苦しい思いを話してくれなかったと思います。
今になって思えば父は本当に私たちに苦労をかけまいと思って、自分ひとりで苦しい思いをして、そして平成2年に亡くなりましたけど、拉致問題と言うのは拉致された家族じゃないと本当に言い表せない苦しみと言うのがあるんですね。

今度父が亡くなりまして、今度は残された母がまた気の弱い人間ですので、今度は私に全部これが降りかかってどうしたら良いんだろうと、母はまた随分苦しんだと思います。
それで普通でしたらばまだ、今現在84歳ですから元気でなければいけないんですけども、やはりいろんな事を考えてますので、痴呆に入るのが本当に早かったと私思います。
ですから私に対してお話をするときにでも、ときどきあれ?っていう様な、全然関係の無いような言葉をいう時があるんです。
何でこんな事を言うんだろうな?って、そういう言い方はお母さんの言い方にハマらないな?と思いながらも、私も案外無頓着な物で気が付かない所があるもんですから、それが段々段々酷くなっていたのに気がつかないで、私も気が付いてあげればよかったんですけども。

本当に苦しんで苦しんで私が気が付いた時には本当にもう、母と私が会話がじっくり出来るような正常な状態でお話が出来るような所でなかったもんですから、今思えば本当に可哀想な事をしてしまったと思いまして、今病院の方に入院しておりますけども、精一杯私は出来る事をして上げなければと思って今病院の方で。
前はですね。
昔は薫の事をお話しませんでしたけど、今は薫の事も黙っているよりいろいろお話してあげた方が良いと思って、いろんなお話をしながら母に希望を持たせなければいけないという気持ちがありますので、もうすぐしたら帰ってくるとか話をいろいろとっかえましていろんな会話をしておりますが。

私が一番本当に今現在正直に望んでいますのは、母もそんなに長くはこの世にいられないんじゃないか?と言うことも思っておりますので、何としてでもやはりこの問題を解決しなければと思いまして、私も力不足で何もこう得意な物もありませんし、いつもいつも考えてどうしたらいいんだろう?どうしたらいいんだろう?と、いつも考えておりまして、この間ですね。
ここの救う会、神奈川の救う会の川添さんから、「ノルウェーの方に行くんだけれども斉藤さん行って見ませんか?」と言うお話がありまして、急遽でしたが私が何か出来れば行って私が何かやりたいと言う気持ちもあったものですから参加させて頂きました。

それでノルウェーの方で斎賀大使と話をさせて頂きまして、国際会議ですからスケジュールはキッチリと詰まっておるんで、私が出てお話をするという事はそれは到底時間的にも出来ませんでしたので、斎賀大使が朝早く時間を取ってくださいましてお話しする事は出来たんですね。
それで拉致問題のお話を私はずっと経過をお話しまして、「拉致された家族・特定失踪者・私たちの家族、もうみんな本当に苦しんでおります」と。
「高齢化しておりますので、なんとしてでも皆さん全員家族に会わせてあげたいと言う気持ちで私はノルウェーまでお願いに参りました」と。
それでノルウェーの力、欧州の方からですね。
声を広げて頂いて、北朝鮮と言う国を理解して頂いて、早く何らかの解決の道がひとつでもですね。
前進をするようにお願いをしたいと私申しましたらば、国際会議の場で斎賀大使は自分の持ち時間を割きまして、拉致問題に対してたくさんお話をしてくださいました。

私は英語は分かりませんけども、日本から来られた外務省の方が「今こういうようなお話をしております」と、送ってくださいましたので、今こういうお話をしているんだなって事で。
本当に私はそれを聞いていまして、あぁ長い間ずいぶんお話してくださったなと思いました。
「今度は人権の方に話が変ります」とかって言われたので時計の方を見てみましたら、20分くらいは、だいたい持ち時間は30分くらいでしたが、20分くらいは拉致問題に対してお話をしてくださいました。

その時は私は本当に来てよかったと、私は他の方に、いろんな国の方が来ていらっしゃいましたので、本当に拉致と言う事は人権問題でもありますし、早く解決しなければいけない問題です。
本当に日本の場合は長すぎるんですね。
この問題がですね。
だからもう斎賀大使とお話をしていましても、私の母だけでなくて、いろんなお母さんたちの顔が拉致家族のお母さんたちの顔が浮かんできます。
本当にこのお母さんは、このお母さんはと言うたびに、私は胸が詰まりまして。
でもそれを言わなければ本当に皆さんがそれを分かってくださらなければいけないことなので、私も本当に苦しい事ですけども斎賀大使に「なんとしてでも助けてください」と、早く解決する事を私は本当に願っておりますし。

私もこういう体型ですけどもいろんな病気がありますので、私も母と同様に同じように床に付くようになってはいけませんので元気なうちになんとしてでも解決して、家族がですね。
みんなタラップから降りてくる事を、一回目のタラップからは私たちの家族は降りてきませんでしたけども、2回目は絶対に全員が降りてきて、皆がよかったねと、本当にこれまで一生懸命やって良かったねといえる日が来るまで、皆で頑張ろうねっていつもいつも励ましあっております。
だからそれが実現するまではなんとしてでも皆様方にこういうお力を借りて、本当に一日でも早く北にいる皆が日の丸の旗を掲げた飛行機を待っている。
皆を助けると言う気持ちで、私も一生懸命やらせていただいております。

本当に私の家族も骨とか持たされました。
2度もですね。
でもその骨も他人の物と言う事で、ますます私は薫を救ってあげたいと言う気持ちで頑張っておりますので、どうか皆様方もこれからも温かく私たちの家族を、全員の家族を支援して頂いて見守って頂いて、一日でも早く全員が帰国できまして、皆で笑って良かった良かったといえる日が一日でも早く来ますように、どうぞ皆様これからも力を貸してください。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

家族 家族

著者:北朝鮮による拉致被害者家族連絡会
販売元:光文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年6月21日 (水)

福留貴美子さん拉致事件を考える集い(4)

荒木和博 特定失踪者問題調査会代表 講演

~~福留貴美子さん拉致事件の本質~~

0000816m

ご紹介を頂きました荒木でございます。
今日はお忙しい中こんなにたくさんの皆さんお集まり頂きまして、本当にありがとうございます。

今、野村さんの話を聞いていてですね。
映画の話が出ましたんで、ふと思い出したんですが、私も実はその北朝鮮の映画を一回見に行った事がございます。
ずいぶん昔ですが、学生時代だったかな?渋谷にですね。
北朝鮮の映画を上映する映画館と言うのがあったんです。
確か、入場無料だったか千円くらい取ったか忘れちゃいましたけど、見に行きまして、観客私一人でした。(笑い声)
やってた映画はですね。
今でも覚えているんですが、「高圧線」と言う映画で、要は電気の技師がですね。
朝鮮戦争のときに米軍の爆撃から高圧線を守るためにですね。
その活動について描いた映画でございまして、これ、中々良く出来てですね。
正直言って私泣いてしまったという(笑い声)感動的な映画でありました。
で、私には幸いにしてその後お声はかからなかったんですけども、まぁそういうふうにして声の掛かった方はおそらくいたんだろうなと。

それからもうひとつ、これはまだ私が民社党の本部に勤めていたころですが、私の通勤経路がですね。
丁度歌舞伎町が通勤経路になっていまして、で、あるときですね。
もうだから20年位前かな?
仕事が比較的早く終わってですね。
ふらふらっと歌舞伎町の中を歩いていましたならば、こういう名前の看板がありまして、(後ろのホワイトボードに平仮名で「まだん」と板書する)これ韓国語がお分かりの方ならご存知と思いますが、広場と言う意味の韓国語です。
当時は今みたいな韓流ブームでも何でもなかったものですのでね。
こんな看板なんか殆ど見た事がなかったので、ふらふらっと入っていきました。
スナックでございました。

カウンターで飲みながらですね。
話をしてて、何でそうなったのか?今になるとよく思い出せないんですけども、マスターがですね。
おもむろに名刺を出してきました。
その名刺になんて書いてあったかと申しますと、(ホワイトボードに「統一革命党日本代表」と板書)「統一革命党日本代表」というこれは北朝鮮の工作機関ですが、この文章が突然出てきたもんですでね。
おそらく一体なんで入ったか?と言う話になって、韓国のこととかやっているという話をしたからじゃないか?と思うんですが、さすがに私もビックリしましてですね。
しかしまぁ、相手がそれを出して来たんだから、こっちも名乗らないわけにはいかないと思って、「いや俺は民社党本部の人間だ」という事を言って(笑い声)申しました。

そしたらそこに、これは名刺を出したのはマスターなんですけども、ママさんがいましてですね。
その人がいろいろ良くしてくれまして、それから数回行ったんですが、後で聞いたらこのママさんが、マスターは余りたいした問題じゃなくて、この人が大物の工作員と言うかエージェントだったという事が後に分かりました。
で、ふと今から考えてみるともしですね。
あの時、酒の中に薬でも入れられたらですね。(笑い声)
それでおしまいですね。
私だから、仕事終わって一人でふらっと帰ったわけであって、職場の同僚ももちろん分からないと。
で、家族ももちろん知らないと、いう所でですね。
入った飲み屋でそこで飲まされて、後はどこかへ行っちゃったという事であればですね。
誰も気が付かない事である。

その後私もですね。
性懲りもなく何回もその店へ行ったもんでですね。
そうすると今度はもし例えばそこの店に行ったという事が分かったとすると、今度はいやあいつはおそらく北朝鮮の事が好きになって自分で行ったんじゃないか?というふうにですね。
なってしまった可能性も、これも当然ある、と言う事でございます。

で、この名刺なんか出したのはたいした事無いんですが、そこのママさんがやはり大物でですね。
大物だっただけに結構ちゃんとした人でですね。
その後、もう亡くなったと聞いていますけども、いろいろとお付き合いと言うわけじゃないですけど、店には行ったりしたという事がございました。

で、今日は焦点となっていますのは福留貴美子さんの事で、先ほど川添さんのお話の中に、警察がどういうふうに認識をしているか?と言うことについてのお話がありました。
これはですね。
この中にもおそらく神奈川県警の方なんかおられるのかな?
まぁ警察の認識としては、さっき川添さんが言ったように自分で行ったと。
そして逃げられたのに逃げなかったと、いう事でこれは拉致だと認めていないという事、ですね。

この2月の日朝の実務者協議のときに、福留さんの名前を出していると言うのは、これは実は警察に相談しないで外務省がやった話です。
だから外務省はですね。
警察からの追求を避けるために三十数名と言う言い方をしています。
実際は1000番台リスト34名に、小住さんと福留さんを入れて36名なんですが、これを三十数名というようにぼかしているのは、この福留貴美子さんとそれから警察が死んだと言うことにしている山本美保さんの二人が入っているから、と言う事でございます。

この福留さんの事件と言うのは、非常にある意味でいうと象徴的な事件でありまして、一体拉致の本質は何か?と言う事を考える上でですね。
それは非常に重要な事件です。
と言いますのは、拉致と言うとやはりですね。
海岸を歩いていたらば無理矢理捕まえられて、そして袋に詰め込まれて船に乗せられたと、いう事でですね。
連れて行かれたというふうに思われるイメージが非常に強いと。
しかし、実際にはですね。
そういうケースはそれほど多くはない、と思います。

今日は家族会の増元事務局長がお見えですけども、増元るみ子さんなんかの場合はですね。
やはり市川さんとデートに行ってる時にやられたと言う事で、その可能性が一番近い人ですけども、しかしその増元さん・市川さんのケースでも市川さんは電電公社の社員でしたが、電電公社とか電話の関係者でいなくなってる方が多い事を考えますとね。
その場で行き当たりばったりではなかった可能性と言うのも存在をする。

一番可能性として高いのは横田めぐみさんですとか、おそらく横田さんの場合でも全くたまたま出会いがしらと言うのではなくて、若い女性を連れてくるという指示があって待ち構えていて網に引っかかったと言う事は最低限あるんでしょうが、そこから段々段々ですね。
グレーゾーンに向かっていくんですね。

一番のグレーゾーンと言うのはやはり自分で北朝鮮が好きになって入ったと。
しかし戻れなくなったと、いうことです。
これはある意味ではよど号の妻たちでもそうです。
よど号の妻たちでも彼女たちは大部分は北朝鮮にですね。
もちろん自分の意思では行ってますけど、まさか向こうでよど号グループと結婚させられるとは想像していない。
で、行ってみたら無理矢理くっつけられたと。

これもいろんな話があるんですが、どうもですね。
相当無茶な事をされた・相当酷い事をされたらしいと言う話も私聞いております。
そういう中でも他に選択がなくなって結婚をしたと。
で、しかし結果的にはですね。
本人たちがその気になったから、あれは拉致ではないということなんですが、彼女たちだってもし向こうに行ってからですね。
「こんなはずじゃなかった」と「私たち帰る」と言ったら間違いなく拉致になります。

福留さんはやはりそこに近いグレーゾーン、だと思いますね。
自分の意思で北朝鮮に入った事は、まぁ間違いが無い。
そういった意味では有本恵子さんとか、松木さん、石岡さんなんかと同じケースになります。
しかし、そこでず~っと暮らす事になるとはおそらく思っていなかった、いう事でですね。
拉致と言うのはそこまで全部ひっくるめないと、いけない。

そうすると更に言えばですね。
この自分の意思で入ってそして出られなくなった拉致と言うのはですね。
もうほとんど境界線の無いくらいの先には、今度は帰国運動があるんですね。
帰国運動で、確かにそれは自分達で決めて北朝鮮に行ったと。
しかし、すぐにですね。
帰国運動の時は1年か2年したらば里帰りできると思って行ったらば、全く出られなくなってしまったと、いうようなことがある。
これは殆ど境目が無いに近いぐらいの状態でその向こう側にはこれがある。
ず~っと、これグレーゾーンなんです。

この間に更に今はほとんど問題になっていませんが、在日朝鮮人の拉致被害者と言うのがやはりいます。
このケースもですね。
やはり、例えば工作船なんかを使って不法に出国したと言う可能性はある。
しかし本人たちは戻ってくるつもりだったのが戻れなくなったとかですね。
そういうケースが相当ある。

だから拉致と言うのはですね。
バシッとですね。
ここでもうこれは拉致です、これは違いますというふうに割り切れる物ではなくて、凄くですね。
非常に複雑だと、いうことです。
それを是非考えておいて頂きたい。

それから福留さんのケースでやはり日本に戻って来たと、これが警察が拉致を認定しないひとつの大きな理由なんですが、これは先ほど川添さんが言ったように、子供たちを残して来ているという事でですね。
無茶な事は出来ないと。
尚且つ、例えば警察に駆け込んだところでですね。
警察がその時相手にしてくれたかどうか?と言う事も疑わしい、と言うことであります。

レバノン人の拉致被害者ですね。
彼女たちも、北朝鮮の当局はベオグラードに出す時に、「お前たち、もし逃げ込んだってレバノンの大使館にだって俺たちの仲間はいるんだぞ」と言うような事を言っていたと、言う事でですね。
当然「警察にだって仲間はいるんだ」とか言ってたでしょうし、そうするとそこでですね。
勇気を出してそういうことが出来るか?と。
ひとつ間違えたらば、自分の命が無いかもしれないと、言う事があったということでありまして、これも重要な問題として、考えておかなければいけないわけです。

向こうに行ったというのは、基本的には向こうが何か使おうと思ってるわけですから、当然何かしらの工作活動に従事している可能性は十分あります。
だって例えばですね。
今帰っている蓮池薫さんなんかにしたって、全然喋らないですよね?
喋らないどころか彼が出してくる情報の中には、どう考えてもですね。
何らかの目的を持って出しているとしか考えられない情報が決して少なくは無い、わけであります。

こういう事が彼の耳に入ると彼は相当敏感になるんだそうですけども、この間金英男さんのご家族が行って会ったときも、金英男さんのご家族は今まで聞いていた事だけだったと非常に失望されたと言う事だそうですが、実際おそらくそうなんだろうと言うふうに思います。
今でも例えば地村さんなんかは毎日のように柏崎に電話して指示を仰いでいるという話であって、蓮池薫がコントロールタワーをやっているだろうと言う事は、もうみんな公然の秘密みたいな物でありまして、誰も言わない。
ある意味で言うと子供たちが帰ってきたら喋るんじゃないか?と思っていた私たち自身の期待も裏切られて、そして子供たちが帰ってきたら尚の事喋らなくなってしまったと、言うのが残念ながらその事実であろうと言うふうに思います。

かといってじゃあ、彼らをですね。
全面的に非難できるか?と、今喋ってくれない事については私は様々な思いがありますけども、しかしですね。
彼らが喋らないのは、ただ単に北朝鮮に対して忠誠心を持っているから喋らないと、いうことではやはり無いと思います。
ある意味で言うとドメスティック・バイオレンスみたいなものでですね。
恐怖感からは絶対に抜けられないと。

彼らのところに書いた手紙では、私は「戦ってくれなければ絶対にその恐怖感からは逃げられませんよ」と言う事を書いたりしたことがあるんですが、そういう事を書いたら何か脅迫状が来たとか言う事をですね。
言われてしまっていますので、まぁ相当嫌われているんでしょうけども、しかし現実問題としてはやはり彼らの恐怖をですね。
つかさどっているあの体制が潰れない限りは、どうやってもですね。
彼らがその恐怖感から逃げる事はできません。
だからそういう意味では、彼らが今やってることについて、100%の非難は出来ないと。
もちろん喋ってもらわなければいけませんし、もっと無理をしてでも喋らせなきゃいけないと私は思いますが、そういうことはある。

だから拉致被害者が何となくイメージとして、無理矢理つれて行かれて、何とか日本に帰りたいと思ってですね。
ただじっとしていると言うふうに思うイメージを思い描いていると、後でおそらくそれと現実のギャップがですね。
相当違った物が見えてくると。
その時に我々騙されたとか言う事をですね。
なってしまうと、これは拙いです。

そうじゃなくて、ああいう国の中にいるんですから、当然そういうことをさせられたと言う事はあるわけで。
それが例え半分くらい本気で彼らがやっていたとしても、それをですね。
最終的に我々は全て悪事を働いていたと言うような見方をする事は出来ないであろうと、言うふうに思うわけでありまして、その点をどうかご理解を頂きたいと思います。
福留さんの事件はまさに、そういう事件のひとつの象徴であります。

で、特に彼女の場合はですね。
私も救う会の事務局長をやっていた時代から彼女の事には関わっておりまして、高沢皓司さんと一緒に高知に行ってですね。
お母さんご存命のうちに2度お会いした事があります。
あのお母さんはですね。
前に日比谷の全国集会に一回来ていただいた事がありますが、本当に見かけは田舎のおばあちゃんですけども、物凄い記憶力の良い人で、凄い頭の良い人だなぁと、私よりよっぽど良く物を覚えている人でありました。

お母さんの言った事で非常に印象に残っているのは、あの時よど号グループの関係者が何とかしてその孫をですね。
貴美子さんの娘さんたちの事で結びつきを持って、そして福留貴美子さんの死亡届を出させようとしていたと。
その時に、お母さんが言ってたのは「私が骨で、そして貴美子は肉なんだ」と「そして孫たちは皮である」と。
「皮と骨は直接繋がらないで必ず間に肉がなければいけないので、貴美子の事が分からないのであれば、それは分かるまでやらなければ、そこで妥協すると言う事はできない」と言う事を言っておられました。

そういうお母さんですから、かなりしっかりしていたという事もあり、相手側もですね。
相手側と言うかよど号グループの関係者、この中にも誰かしらいるんでしょうけども、相当神経を使ってました。
ひとつ前に言われてびっくりしたのは、ご存命のときにですね。
福留さんのお母さんが一回ですね。
何か目の病気で隣町の病院に数日間入院した事がある。
数日で帰ってくるんで近所の誰にも言わなかったと。

で、郵便局にだけ「手紙をちょっと止めて置いてください」とか何とか言ってたらしいんですが、そして帰ってきてからしばらくしてからですね。
北朝鮮のよど号グループから、その病院気付でですね。
お母さん宛に手紙が届いたという話をしてました。
ですからどこでどういう事をしているのか?と言うのをですね。
チェックしている人間がいるんだなぁということが分かったわけで、あんな本当に田舎なんですけども、そこでもそういう事をやっていたという事であります。
だからこそ、そういう一応ネットワークがあるから、そう簡単に帰国したからと言ってそこでパッと逃げ出せるということでは無いと言う事をご理解を頂きたいと思います。

政府が認定しています11件16人というのはですね。
これ結局、我々も古川了子さんの訴訟で認定の基準の問題なんかをやってるんですが、要はですね。
認定の基準なんか何も無いんです。
たまたまマスコミが騒いだとかですね。
それから工作員が捕まって自白したとか、そういう事でやってるだけで、それ以外の物は無いと。
そこに一生懸命ですね。
屁理屈を付けて、認定の基準はこうだとかああだというような事を言うから、返って話がおかしくなる。

所謂その警察の捜査のやり方でですね。
そして認定できる人間なんてそんなにおそらくいないだろうと、言うふうに思います。
しかし問題は、じゃあ警察の判断で認定できる人間がいないから、じゃあみんなそのままで良いのか?と。
あいつは自分の意思で行ったんだよと言うことだけでですね。
済ましてしまえるのか?と。

非常に不謹慎ながら、私は時々例えで使うんですけども、「踊る大走査線」でですね。
青島刑事が公安の刑事だったとしてですね。
人がいなくなる失踪事件を追っかけると。
で、「いやあの人は拉致されたことに間違いがありませんよ」と言ったらですね。
所長と副所長と課長がですね。
「いや青島君、あの人は自分でいなくなったんだからね。拉致じゃないから、自分でいなくなったよ」と言う風にして終わりにしてしまうと言うようなパターンがあるのではないだろうか?と。

ですから最終的には田中実さんの事件とか、原敕晁さんの事件とかもそうですが、ああいって身寄りの無い人を狙ったケースについては、ご家族が名乗り出る事も何も無いわけなので、結局全ての人たちを返してくるためにはやはり今の体制を変えてしまってですね。
そしてみんな自由に出て来れる様にすると言う所に持っていく以外に方法は無いと。
これは他の北朝鮮の人権問題の解決なんかも結局そこに辿り着いてしまうんで、そこに行くしかないわけですが、そこを警察的に刑事事件として捉えるということであれば、逆に上手く行かないであろうと言うのが私の考え方でございます。

先ほど野村さんが言われたチュチェ研の動きとか、そういう事はですね。
これは全部止めるなんて事は絶対出来ません。
どんな国だって、自分の国が生き残る為に工作活動っていうのは必ずやります。
アメリカだってもちろん日本に対してやってますし、イギリスだってやってると。
中国も韓国ももちろん皆やってるわけでありまして、それは同盟国・友好国とか関係ありません。
生きるためには当然そういうことはしなければいけないわけでありまして、日本だってですね。
極めてお粗末ではありますけども、やって無い事は無いわけであります。

戦前はかなりですね。
それこそ満鉄の調査部とかあんなのを含めて考えれば、膨大な情報機関を持ってやってきたわけで、これは国家として生き残る為に当然です。
ですからどういう世界になろうと、そういう物をですね。
全部なくす事はできないんで、ですからそれはカウンター・インテリジェンスでですね。
抑える努力をしながら、そしてこちらからも送り込んでですね。
そして情報を取ると。

場合によったら、アメリカほど荒っぽい事をやらなくてもですね。
政権の転覆を図るような事くらいまで、やんないとですね。
攻撃は最大の防御と言うやつで、専守防衛でいくらやったってこの国を守る事なんか絶対に出来るはずなんか無い、と言うことであります。

そういう意味で福留さんの事件を我々本気になって取り返すことが出来るかどうか?と言う事が、ある意味で言うとこの拉致問題での認識をですね。
どういうふうにしていくのか?と言う重要な問題に絡んでくると言う事でございまして、どうかその点をですね。
ご理解を頂きたいと思うわけでございます。

もちろんそれだけは言っておきますが、かつてですね。
金子だったかな?
誰かが日本との電話の中で、「福留さんのお骨は実は今私の横にあるのよ」と言うような話を言ったと言う事を、私聞いたことがございます。
それが本当であればそのお骨を持って来れるはずですよね?
それでもちろんそれを鑑定することも出来る。
いまだにそれは出てきていないと。
と言う事はこれは間違いない事実だと言うことでありまして、松木さんの骨だってもし本当に亡くなっているのであれば、当然その遺骨が出てくるわけですが、わざわざ2回も偽物を掴ませてくるという事がどう言う意味が在るのか?と言う事は皆さんお分かりだろうというふうに思います。

まぁ以上ですね。
私申し上げましたが、拉致問題の解決と言うのはやはり幅広く見ていただく必要があるという事で、ご理解を頂きたいと言う事でございます。
ありがとうございました。(拍手)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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福留貴美子さん拉致事件を考える集い(3)

  『野村旗守氏(ジャーナリスト) 講演その2』

それをですね、裏付けると言うか、もしかしたらあったんじゃないか?と言う事を傍証にもならないかもしれないけれども、傍証になり得るんじゃないかと一時期騒がれたのが、月刊誌正論他にですね。
送りつけられてきた、元社会党員と名乗る人物の告発手記みたいな手紙が送りつけられていて、実は社会党の中に拉致補助グループがあって、その拉致補助グループが北朝鮮から資金運用を受けて、拉致被害者の選定に当たっていたと。
その下部要員がですね。
拉致被害者の選定に当たっていたと、言うような告発の手紙が正論他いろんな雑誌に届きまして。
実際に掲載したのが正論が殆どイニシャルで塗りつぶして殆ど何の事か分からなかったけれども、一応そういう手記を載せたと、言う経緯があってですね。

これがもしかしたらチュチェ研じゃないか?と言うような事を。
実はそこにチュチェ研と言う名前は出てこなかったわけですけども、我々と言うか捜査関係者、私は捜査関係者じゃないですけど、捜査関係者の間ではこれもしかしたらチュチェ研じゃないのか?というふうに一時期騒がれたんですよね。
今はもう余り話題にならなくなっちゃいましたけれども。
一時期はこれはもしかしたらチュチェ研じゃないかと言う事を、というか社会党の中にもチュチェ研グループというのがだいぶ入り込んでいて。

このチュチェ研と言うのが実態がわかり難いと言うのは、非公然活動の中でもそういった破壊活動とか分かりやすい活動はあまりやらないですね。
拉致の実行とか、それからどこかに爆弾を仕掛けるとか、そういった破壊活動をやらずに思想活動を普及していく。
日本には表現の自由・信仰の自由・思想の自由と言うのがありますから、憲法で保障されていますから、それをやるなと言うことは出来ないわけであって。

というのはこのチュチェ研と言うのは、はっきり言って取り締まりの対象にはなり難いグループだったから、だからこれは摘発されていませんけれども、先ほど言ったチュチェ研総帥のですね。
尾上健一と言う人物がいるんですけれども、この尾上健一氏が経営する白峰社という出版社が池袋にあって、白峰社と言うのは白い峰の会社の社。
白峰社と言う出版社があって、この出版社にあれは確か一時期・・・・(聞き取れず)日報さんでしたかね?
の旅券法違反に絡んで都内のチュチェ研関連施設に一斉にワッとがさ入れが入ったんですけど。

その時がさ入れをした捜査員に話を聞いたら、チュチェ研の尾上の事務所の会社の金庫の中から、朝鮮労働党から授けられた勲章が山のように出て来たと言う話があって。
この尾上がですね。
だいぶ拉致等にも関わっていたのではないか?と。
日本人の協力が無いと、あれだけこう、なんていいますか、見つかり難い人物・拉致被害者の選定が出来なかったんじゃないか?と言うようなことが今言われています。

チュチェ研がですね。
例えばどうやって人を増やしていくのか?と言うこと、それを実際の状況を書いたのがやはりこの八尾恵の「謝罪します」の中で八尾恵は、自分がどうやってオルグされたか?
仲間に引き入れられたか?と言う事を書いています。
それによるとチュチェ研のですね。
そのオルグの仕方と言うのは、「派遣と移住」という、要するに東京なり大阪なり大都市に拠点があって、それが八尾の場合尼崎でしたけど、尼崎の方にメンバーが派遣されていくと。

それで朝鮮映画を上演する会と言うチラシを配ってですね。
それで引っかかってきた若者たち、主に若者たちに映画を見せて、名前と住所を書いてください、と。
今日の映画の感想を聞かせてください、って言う事で名前と住所を書かせて、で電話番号を書かせて。
数日するとその上映会のメンバーから電話がかかってきて、「先日の映画の感想はどうですか?楽しかったですか?」と。
「感想を聞かせてください。出来れば話してみませんか?」と言う事で、そう言って電話をかけてきて近付いていくと。

で、見込みありそうだという事になったら、何人か仲間が出来たらそこに核が出来るわけですから、その仲間たち、「ちょっと一緒に暮らしませんか?」と言う事で、派遣されてきたメンバーがそこに住み着いちゃう。
移住しちゃってそこでまた細胞を作って普及活動を広げていくと言うような方法で、この尾上健一氏はですね。
70年代から80年代にかけて作ったチュチェ研組織が日本で約300あると、その功績が非常に認められて勲章を貰った。

オルグされたメンバー、何をやっていたか?と言うと、もしかしたらそういった例えば青年チュチェ研・教職員チュチェ研のようなメンバーが、ひょっとしたらこの拉致の関わりの中で行くと拉致被害者の選定と言う事でですね。
例えば名簿を集める。
拉致してもなるべく足の付かないような候補者を選んで、朝鮮労働党の方に送るといったような活動をしていたのではないか?というような話が出て来ています。

それともうひとつこのチュチェ研が関与した中で、何をやっているのか?と言うと、このチュチェ研の中核組織が金正日著作研究会と言う話は先ほど言いましたけれども、この金正日著作研究会の表の顔が「自主の会」という会がありまして。
この自主の会が主にどんな活動をしているか?と言うと、その中の大きな柱のひとつに、「アイヌと沖縄との連帯」と言うような事を謳っています。
日本の中の少数民族と連帯して、共に活動していこう、共に戦っていこうというような事を訴えています。
で、これどういうことか?っていうと、沖縄と言う事を非常に言うんですよね、彼らは。

沖縄に何があるか?といったら、これ米軍基地があります。
日本最大の米軍基地があって、東アジアというかアジア最大の米軍勢力が結集しているのがこの沖縄ですね。
で、私ちょっと沖縄関係の本を作った事があるんですけれども、沖縄でこのチュチェ研の事を調べていきますと、沖縄の米軍基地の中にこのチュチェ研が実はあります。
沖縄の基地の中に基地の職員の労働組合があるんですけども、その中にチュチェ研があります、実は。

尾上健一自身が「沖縄では基地の中で働く我々の仲間が、このチュチェ思想を広める為に日々頑張っています」と言うような事を北朝鮮で演説しているんですよね。
その文章を一度私インターネットの上で見つけた事があるんですけども、非常に血の気が引きました。
と言うのは北朝鮮の中の北朝鮮のメンバーがアジア、要するに北朝鮮の暴発の最大の防波堤と言うか、最大の抑止力になっている沖縄の米軍基地の中に、この北朝鮮の思想を信奉している信奉者が何人もいたら、これ一体どんな事が起こるんだろうか?と。

言う事を非常に不安になりまして、いろいろ調べきったわけじゃないんですけども

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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福留貴美子さん拉致事件を考える集い(2)

『野村旗守氏(ジャーナリスト) 講演その1』

0000814m

~~チュチェ思想とよど号妻~~

はじめまして。
どうも、野村と申します。
本日はお招き頂きましてありがとうございます。

今日はですね。
拉致問題の中でもよど号関連の特に福留さんの事件を中心にお話されると言う事なんですれけども、よど号と言えば必ず出てくるのがよど号の妻と言った関係で、この福留貴美子さんは非常にその中で異色の存在でして。
よど号の妻の中では、よど号の妻を送り出したある思想団体があって、それがチュチェ思想研究会と言う不思議な朝鮮の思想を学ぶ不思議な会があって、・・・(聞き取れず)の方にありまして。
そこから送り出されて行ったんですけども。

ところがこの福留さんのケースは非常にレアケースであって、福留貴美子さん自身は殆ど関係ないと。
チュチェ研とは関係ないところから送り込まれていたと言うんですけれども、よくよく調べてみると実は全くそういう思想に興味のなかった福留さんが、そのモンゴルに非常に興味を持っていたと。
モンゴルの事に興味を持っていて、モンゴルに行ってモンゴルの大地を歩きたい。
草原で翼を広げたいというふうに思われていた福留さんが、実はいつの間にか北朝鮮に行く事になってしまった背景には、実はチュチェ研の力が働いていた。

というのはモンゴルと北朝鮮とは不思議な因縁のある国でありまして、例えば日本モンゴル研究会とか日本モンゴル友好協会とか、そういったところに時々北朝鮮のメンバーが入っているという不思議な、これはまだ実際は解明されていませんけれども、もしかしたら福留さんが北朝鮮に行く事になってしまった不思議なきっかけと言うか、その原因ももしかしたらこのチュチェ思想の人間が絡んでいるのではないか?と言う疑いが浮上して来ているようです。

それでチュチェ思想研究会と言うのはですね。
特に公安の中でも警察のいろんな中でも、あまり何と言いますか。
注目されていない部分と言うか、今最も日本と北朝鮮を結ぶところ、なんと言いますか、いろいろなコネクションがありますけどもそういった絆の中で、これもっとも解明されていない部分ですね。

私もこの間警察のOB、公安のOBと話しておりまして、いろいろ言っていたんですけれども、一時期このチュチェ研と言うグループがですね。
余りにも謎の多い組織だと、いう事で警察の方も、あるいはその他公安機関も随分追いかけたらしいんですけども、だいぶ調べても分からない。
なんか調べても何も出て来ないという事で、これは危険度が無いだろうという事で、一度もうチュチェ研に関してはこの団体は危険性は無いということで、なんて言いますか視察の対象から外してしまったらしいですね。
外してしまったんだけれども、どうもこれは過去にいろいろやってるんでは無いか?という事で、最近またにわかに注目が集まって来て、捜査関係者の中でもやはりもう一度チュチェ研を調べるべきだと言うような声が上がっているようです。

と言うのはこのチュチェ研と言うグループはですね。
非常になんていいますか、秘匿性が高いグループでして、北朝鮮のチュチェ研と言うのは要するに「主体思想研究会」と書きますけれども、この主体思想研究会以下、なんていいますか。
日本人の中の、日本にいる北朝鮮の人たち、所謂朝鮮総連の人たちですね。
朝鮮総連をまとめるのは学習組という朝鮮の非公然組織がやってるんですけども、それとは別に日本の中にいる、北朝鮮が利用できそうな人材を確保するグループ、これがチュチェ思想研究会と言う事で、そういう捕らえ方でいいと思います。

これについてですね。
一番詳しい資料と言うのは、チュチェ研という事に関して書いた物・書かれた物というのは、要するにその実態について書いた文献というのは非常に少ないんですけど、このチュチェ研の実態を描いた文献として最も詳しいのは、私が調べた範囲では八尾恵。
日本に帰って来た元よど号の妻ですよね。
柴田泰弘の妻の八尾恵が書いた文藝春秋の「謝罪します」と、今確か文春文庫の中に入ってると思いますけど、あの「謝罪します」と言う本の中に書かれている描写が、おそらく私が調べた中では一番詳しい文献です。

八尾恵自身、このチュチェ思想研究会のメンバー。
特に青年チュチェ研。
この青年チュチェ研と言うのが今現在全国にたくさんあるチュチェ研グループ、これ全国チュチェ研と言う組織がありますけども、全部合わせた組織ですね。
その全国チュチェ研の中核組織が青年チュチェ研から発展していった「金正日著作研究会」というのがあるんですけども、この「金正日著作研究会」と「自主の会」
この二つが、実はこれ表向きの顔が「自主の会」で裏の顔が「金正日著作研究会」と言うんですけども、この「金正日著作研究会」と言うのが、これが本当の中核組織ではあるんですが、この中核組織が表に出てくると言う事はまず無いですね。
おそらくHPで「金正日著作研究会」と言うのをインターネットで引いても殆ど検索出て来ないと思いますけど。

ただ、実際にこの全国チュチェ研と言うのを操っているのはこの「金正日著作研究会」
そこの幹事長、実質的にここを支配している人物が尾上健一。
この尾上健一と言う人物、今60前後だと思いますけど、この尾上健一と言う人がチュチェ研の総帥と言うふうに考えて良いんで無いか?と思います。
この尾上健一氏が日本全国にいるメンバー、これ数千人からもしくは1万人くらいではないか?と目されていますけれども、正確な数は分かりません。

どういう組織かと言うと、この青年チュチェ研の中にいる学生のメンバー。
それからもうひとつは特に労働者組織ですね。
今現在日本の中にいる労働者組織と言うのは非常に力が弱くなりましたけど、一時期労働運動といったら官公労を中心に膨大な数のメンバーがいたんですけども、その中でももっとも勢力が強かったのは学校の先生です。
教職員の組合の中に入り込んだチュチェ研、これがだいぶ活動を広げていった。

と言う事で「教職員チュチェ研」と言う組織がありますけども、この中でどれくらいの方が北朝鮮にいかれたことがあるか分かりませんけど、おそらく北朝鮮にツアーで参加された方はですね。
平壌の主体思想塔。
なにか味も素っ気も無い、馬鹿でっかい、ただ高いだけのタワーが平壌に立っていまして、あのコンクリート製の建物ですね。
タワーがありますけれども、あのタワーの下のところにこれを建設する為に寄付を頂いたと。

その寄付をした人たちの名前がば~っと、こうパネルでですね。
一杯貼ってあるんですけども、そのパネルの中で例えば、岩波書店の何とか社長だとか、朝日新聞の名前は出てなかったかな?
とにかくそういった左翼系の日本の組織がだいぶあそこに寄付しているんだと言うのが分かりますけれども。
それ以外に例えば群馬教職員主体思想研究会だとか、福島教職員主体思想研究会だとか、あるいは熊本教職員主体思想研究会だとか、そういったような名前のパネルがずら~っと貼ってあります。
というのは、日本にいる主体思想信奉者たちが朝鮮にだいぶ寄付をしているという事ですよね?

で、先ほど八尾恵の話しましたけど、その八尾恵が書いている所によれば、一体この主体思想研究会・チュチェ研と言うのは何か?と一言で書いているんですけれども。
八尾恵の「謝罪します」と言う本によれば、

「北朝鮮が利用できる日本人を見つけるためのプールのような働きをしている」

この表現、的確だと思います。
「北朝鮮が利用できる日本人を見つけるためのプールのような働きをしている」
これ朝鮮総連が、要するに北朝鮮の非公然活動ですね。
やるために要するに南進赤化統一と言うような活動をするために、役立ってくる革命戦士を見つけるためのプールのような、在日朝鮮人のプールのような働きをしてるのが朝鮮総連だとすれば、それに役に立つ北朝鮮に役に立つ日本人を見つける。
プールのような働きをしている組織というのが、それがチュチェ研と言う組織。

そこに入って来たちょっと入って来た、ふらふらと迷い込んで来た人たちを自分達の仲間に引き入れると言う事をやっていて、よど号の妻たちと言うのは先ほど福留さんはちょっと違うんですけども、他の人たち、たくさんいますよね?
よど号の田宮から始まってあのメンバーの妻となった人たちって言うのはみんなそうですよね?
森(順子)さんにしろ、黒田(佐喜子)さんにしろ、チュチェ研と言う組織にふらふらと入ってきた。
もちろん八尾恵もそうですけども、入って来てちょっと北朝鮮に行って見ないか?と。
向こうに行けば面白い事あるよと地上の楽園があるよと言うことで、一回行って見ないか?と連れて行かれたら何か向こうでお見合いをさせられて、そのまま向こうの妻に納まったと、言うような経過を辿ったと言うんだと思いますけども。

そういう中でチュチェ研と言う組織が他にどんな働きをしていたのか?
これはまだちょっと完全に裏が取れていないということで余りおおっぴらに話す事は出来ないんですけども、ですからこれは確実に裏の取れた情報ではないけれども、一つ考えられるのは拉致事件との結びつきで言えば、ひとつ拉致の実行犯となったよど号メンバーの妻となったという、ひとつの実績と言うか、事実はあるわけですよね?
しかも妻たちも拉致に加担していたと、その事実もある。

それともうひとつ疑われているのは拉致者ですね。
拉致被害者の選定に、もしかしたらこのチュチェ研と言うグループが関わっていたのではないか?と言う疑いが今持たれています。
というのはこのチュチェ研と言うグループですね。
労働組織の中に随分入り込んでいたと。
労働者組織の中でも教員労働者、それから自治労とかそのあたりにいたんですよね。
どういうことか?と言うと教員それから自治労と言うのは自治体の職員、これは個人情報を非常に集めやすい立場にいると。

例えば学校、クラスの中のタナカ君のところのお父さんとお母さんはどうも仲が悪いらしい。
で、タナカ君のお父さんはアル中で奥さんはいつも苛められているらしい、と、これ例え話で言ってますよ?
そういった、じゃあタナカ君のところだったらいなくなっても、もしかしたら誰も調べないんじゃないか?とか。
そういったようなひとりひとり個人の情報を調べやすい。
拉致被害者これ、25年も30年も経過して殆ど、25年から30年間もこれだけの事件が多発していて殆ど足が付かなかった。

もちろん荒木さんとか佐藤さんとか、拉致被害者救う会の努力によって今になってワッと分かって来ましたけど、少なくとも四半世紀の間は、密閉にですね。
隠密にされていて明らかにされて来なかった背景と言うのは、これは元々いなくなっても分からない人間。
いなくなっても分からなかった人間を連れて来た可能性が強いと言う事で、じゃあ、誰がいなくなったら分からないか?と言うのを調べる役目ですね。

拉致を実行したのは例えば北朝鮮の工作員です。
それを補助したのは主に日本の中にある非公然組織ですよね?
補助グループ、これは殆どというか全員在日朝鮮人で構成される補助グループが、その主犯格の北朝鮮の工作員を助けると言う形で拉致を実行しますけれども、もしかしたらその選定にこのチュチェ研が当たっていたんじゃないか?と言う疑いが、今浮上して来ております。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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福留貴美子さん拉致事件を考える集い(1)

  「福留貴美子さん拉致事件を考える集い」 

         06.6.3 藤沢産業センターにて

『川添友幸 神奈川救う会会長 講演』

~~福留貴美子さん拉致事件とは?~~

本日はご参加頂きありがとうございました。
最初ですね。
この会は学習会みたいなのを考えていたんですが、こんなに人が集まって頂いてですね。
非常に私も嬉しい限りです。
今日は福留問題といって、まだ殆ど皆さんご存じない拉致問題・拉致事件だと思いますので、ご理解頂ければ良いと思いますし、更にこれがかなり福留問題と言うのは拉致事件の中で重要な事件。
他の拉致事件とは違った次元で重要な事件ですので、是非ご理解を頂ければと私たちも思っています。

そうしましたらまず、私が作りました「福留貴美子さんについて」と題したチラシを出してください。
だいたいこのチラシに添ってですね。
話をしていこうと思いますので御覧になってください。

福留貴美子さんですね。
この方、1952年1月1日に高知県の方でお生まれになりまして、1970年に高知県の高校を卒業し、大阪万博の方のですね。
警備員をされていました。
その後ですね。
上京しまして、アルバイトをしながら専門学校に通って保育士の資格を取りました。
その後、その頃ですね。
高校の頃からなんですが、モンゴルに行きたいという事を非常に熱望していました。
このモンゴルに行きたいというのはですね。
お父様が太平洋戦争のときに、満州の方におられたという事でモンゴルに行きたかったという事がどうもあったと、そういう話が関連しているのではないかと伺いました。

次、拉致事件の経緯なんですが、当時モンゴルはですね。
私もモンゴル大使館の方に確認をしたんですが、共産圏と言う事で殆ど一般の人が個人で旅行する事は出来なかったそうです。
しかしですね。
1976年の7月18日に、急にモンゴルへ行くといって直前にパスポートを取りまして、羽田を出国しました。
この後ですね。
全く所在がつかめなくなってしまいまして、1979年の8月に東ベルリン、昔ベルリンの壁ありましたね?
東ベルリン、共産圏の方ですね。
共産圏の東ベルリンの消印の手紙が、高知県の実家の方に届きました。

で、この手紙の中でですね。
福留さんが、ある共産圏の国にいる事と、もう少し海外に滞在しなければいけない事、生活には困っていないという事。
で、この後がちょっと重要なんですが、いとこの結婚式を祝う事が出来なかったので宜しく伝えて欲しいと書いてあったと。
ここで非常に重要なのはですね。
殆ど実家とは音信普通にも拘らず、何故いとこの結婚式を知っていたのか?と。
どうも福留さんの身の回りにですね。
北朝鮮と繋がっている人間がいた、あるいはよど号グループといた、と言うふうに考えるのが自然ではないか?と思われます。

その後ですね。
今度これも非常に奇妙な話なんですが、1980年3月11日に突然福留さんが、これは横浜に住まわれている方なんですが、同級生の家に突然現れまして2~3日間その家に滞在しましていろいろな話をしていたと。
このとき滞在した友人にですね。
これから高知の実家に戻るんだと言うふうな事を言ったそうですが、実家に戻る事はなく、また姿を消してしまいます。
この後同年6月にですね。
日本を再度出国したと言う記録が出て来ていますが、この記録自体が本当に正しいのかどうか?
あるいは別の方が出国したのか分かりませんし、確認は取れていません。

ここでちょっと注意しないといけないのは、ここでもうこの時にですね。
子供が二人お生まれになって、本当に日本に戻ってくるのであれば、子供たちを北朝鮮から連れて戻ってきますので、子供が一緒でなかったという事が非常におかしな事と言わざるを得ない所です。

さてですね。
拉致事件として実際如何に表に出たか?と言う事をちょっと見ますと、実はちょっと福留さんの話とはズレるんですが、よど号グループのメンバーの岡本武がですね。
テルアビブ・ロッド空港乱射事件、岡本公三のお兄さんに当たる方なんですが、岡本武がですね。
ずっと結婚相手が北朝鮮の方だと言われて来たそうです。

しかし、ジャーナリストの高沢皓司さんが1995年春に北朝鮮で田宮高麿とですね。
もう亡くなられました田宮高麿とインタビューした時に、岡本武は日本人と結婚している。
二人子供をもうけていると。
岡本武と結婚した日本人女性は、高知県の出身である事・東京に住んでいる事・剣道大会に出席した事がある事などを田宮が語ったと。
結婚の時に田宮が、岡本夫妻が今生存している。
今自分の手元から離れているが、どこか別の所で暮らしていますよ、と言う言い方をしていたと言う事を前提で話しました。

で、その後ですね。
高沢氏と朝日新聞などが調べましてですね。
高知県の、当時警察は実は把握してなかったそうですが、高知県の方でいなくなった福留貴美子さんと一致しているとして、96年の8月7日、朝日新聞の社会面に衝撃的な記事が踊りました。
この報道の直後から、急に国内にいるよど号グループの支援グループが動き始めまして、今度中日新聞に共同通信配信で、中日新聞が記事を書いたんですが、「よど号の岡本武容疑者の妻/8年前に死亡?」
96年ですから、88年に事故で亡くなっているということを、共同通信、これ北京の共同電ということで、これ、間違いなくよど号グループからのリークがあったと我々見ていますが、リークがあり、それを報道しました。

事件の概要ですと、88年に北朝鮮から岡本と福留さんが土砂崩れで死亡したという通知があったと。
(よど号グループの)支援者が高知の、福留さんのお母さんがおられまして、お母様の方に実はお話をしに来たということだそうです。
その後、お母様に対して、北朝鮮に来てですね。
遺骨を取りに来てくれとか、死亡届を出してくれとかですね。
そういうことをずっと連絡をしました。

お母様の方はですね。
1996年11月25日に、代理人を通してですね。
亡くなったという事は了解できないと。
全く死亡の経緯なども明らかでないので、と言う事で質問書を出しました。
しかしその質問書に対しても、田宮高麿が亡くなってしまいましたので、小西(隆裕)がですね。
第三者を介在させたくないので直接お母さんと話をしたい、と言う回答が1997年11月15日であり、そのあと電話がですね。
平壌から何度もかかって来たと。
その時に、貴美子さんの死亡届をお母さんに出して欲しいと、言うような事を言われました。

ここでひとつ、私思うのはこのチラシには書いて無いんですが、横田めぐみさんが亡くなられたときにですね。
しきりに北朝鮮側はですね。
来てくださいと促したりとか、今は金英男さんのお母さんに対して北朝鮮が韓国政府に来てくれと言う事をしきりに言うのと何か似ているなぁと思います。
これがまた向こうの多分やり方なのではないでしょうか?と思います。

実はその後ですね。
お母様が救う会の方に入られまして、家族会の方と一緒に行動されたんですが、2002年の1月の12日にご病気で亡くなられてしまいました。
実は(福留貴美子さんの)娘さんたち二人がですね。
2003年、2004年にですね。
帰国しました。
他のよど号のメンバーと帰国してですね。
現在関西の方で、他のメンバーたちと一緒に暮らしているそうです。

私自身ですね。
おととしの暮れのよど号の裁判の時に実はお会いしました。
まだ高知の方に若干親戚の方が残っていまして、そちらの方に時たま姿を現しているという噂を風の便りに私も伺ったという感じですね。

次にちょっと裏面の方のお話をします。
行政の認識と言う事をちょっとお話したいと思うんですが、行政が、政府や警察が如何に動かれたか?と言う事の流れなんですが、福留さんの拉致事件はですね。
発生当初から存在を感知していたとは感じられない。
これはどういうことかと申し上げますと、横田めぐみさんの拉致事件とかですね。
今日も来られています、増元(照明)さんの増元るみ子さんの拉致事件なんかと言うのは、ある程度起きた当時から拉致じゃないか?と言う事は分かっていたらしいんですね。

工作船の動きだとかですね。
そういう事で分かっていたんですが、福留さんの件に関してはですね。
存在を確認できた様子が感じられない。
どうも96年の朝日新聞の報道を受けてですね。
事件を認知したようで、警察の捜査でもですね。
旅券の更新手続きや足取り等の方もかなりつかめているようである。
国会で実は何回か福留さん問題になっていまして、国会の答弁を2回くらい見ておりましても、警察庁としては拉致にいたる判断をしていないと答弁していたんです。

しかしこれ、私間違えました、2005年なんです、2004年ではなくて去年なんですが、去年の10月11日にですね。
東京地裁でよど号関係者の民事訴訟と書いてあるんですが、簡単に申し上げますと帰国した娘さんたちのですね。
成田空港でカバンの所持品検査を警察で受けたんですね。
それに関して裁判を起こしまして損害賠償請求、その公判のなかで警視庁公安一課の幹部が、「救う会が認定している福留貴美子さんは、警察としては拉致被害者として考えていない」というような判断を致しました。

それに対してですね。
こちらの資料を御覧になっていただきたいんですが、救う会全国協議会ニュース。
ここの救う会全国協議会ニュースでですね。
私11日の日にこれすぐ情報入りまして、救う会の西岡副会長とちょっとご相談してですね。
すぐ反論を出した方が良いと言うことで、私の名前で反論を出しました。

それでですね。
端的な反論から申し上げますと、公安一課長がですね。
公安一課の幹部なんですね。
福留さんが日本に一時帰国している時に友人宅などに泊まったりなどしており、逃げる機会はあったと。
在外公館に自ら旅券更新をしていたので拉致ではないと言うような事を根拠に拉致では無いと言っているわけですが、まず私が思うにですね。
北に入った時点で洗脳されている可能性も高いですし、最大の問題は子供さん二人をですね。
北朝鮮側に人質として取られている状況で、例えば今ですね。
拉致被害者の方が、どこかの大使館に逃げ込めばこれは保護してくれると思いますが、80年代にこれをやってもただ頭のおかしい人と言う事で処理されてしまったと思うので、やはり難しいのではないかと。
これはおかしいのではないかと言う事で、反論を出しました。

あえてもう一点ここで私のコメントとして言わせて頂くと、連れて行かれた経緯がですね。
騙されて連れて行かれたとしても帰ってこれなければ、それは拉致なんですね。
寺越さんとか、例えば有本さんにしても同じだと思うんですが、騙されて例え自分の意思で行ったとしてもですね。
これは拉致なんではないか?と思います。
この辺は荒木先生に細かくお話をして頂こうと思っておりますので。

その後ですね。
このよど号訴訟の証言が出た後ですね。
今年の2月に北京で開催された日朝の実務者協議でですね。
外務省が36人の安否確認、これは政府が認定しています11人以外に、特定失踪者、所謂1000番台、今日来られていますが大沢さんのケースなんかを含めました1000番台の人間プラス、小住健蔵さんと福留貴美子さんの安否確認を行いました。
実はこれまでですね。
日本政府は福留さんの安否確認を言う事を北朝鮮側に行っていなかったんですが、そういうわけかここで安否確認を行った。
ということで、これも警察の判断とはちょっと違う判断で、どういうことかな?というふうに思います。

今後の問題点なんですが、福留さんの拉致事件の真相究明、特にどういうルートで連れて行かれたとか、実際殆ど分かっていません。
帰国も非常に重要であると私思っています。
しかしですね。
私、近頃最大の問題と思っていますのは、娘さん二人がですね。
22と27で、実は帰国して、関西の方にいらっしゃいます。
彼女たちの意思でですね。
そこに戻るならそれは良いと僕は思うんですが、生まれてからずっとよど号のグループと一緒にいる、ある意味監視下、北朝鮮の状況下にいる中で、これもやはりある意味拉致ではないかと私思うので、娘さんに対して早期に何らかの対応を取れないかと思うので、いろんな方と相談して何らかの対応を取れないかと言う事を考えております。

まとめとしてですね。
この福留問題と言うのは難しいと思いますし、救う会の中でも今までずっと店晒しと言うんでしょうか。
そういう面もあったかも知れませんが、今全国の救う会と併せてですね。
この問題を顕著化していこうと思っていますので、皆様のご協力とご関心の方をよろしくお願いします。
以上です。
ありがとうございました。(拍手)

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参考リンク

救う会全国協議会ニュース(2005・10・15)

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2006年2月13日 (月)

古川了子さん第5回行政訴訟報告会4

『藤野義昭弁護士(法律家の会共同代表)のお話』

★司会
私ども弁護団のほうで法律家の会の共同代表、藤野弁護士が北海道から来てますので一言。

★藤野弁護士

Photo_20
皆さんご苦労さんです。
今日は節目の口頭弁論になるんじゃないかと言う事で、私も東京関係の弁護士の皆さんにお世話になりっぱなしでまだ出頭した事がなかったんですけど、今日は出てきまして。
初めてこの裁判、出頭しました。

皆さんもお感じになったと思いますが、裁判長はですね。
あまりその積極的に原告側の言い分をですね。

取り上げようとしているふうには余り見えない方なんですが。
だからといって訴えを却下してですね。
ここでもう門前払いを食らわすと、言う勇気もないという事で、国側ももう少し真摯な対応を引き出した上で、その上で証人尋問に入って行こうと言う考えじゃないかな?と言うふうに感じました。
国側もですね。
まぁ私は国の代理人じゃありませんけども、中々これを国側として答弁するのも難しいかなと。

と言うのは書かれている事は全て真実でありまして、それについて余りそっけない答弁も出来ないんじゃないかな?
余計な気を回しておりますけども、ともかく一日も早くですね。
国側の態度も譲歩を引き出した上で、先ほど川人先生言われましたように証人尋問に入っていければと言う考えです。
どうぞよろしくお願いします。
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2006年2月12日 (日)

古川了子さん第5回行政訴訟報告会3

『竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)のお話』
Photo_19

今日は朝早くから本当にたくさんの支援の皆様方、そして私たちと同じ仲間の被害者の家族の方々と一緒にビラをまくことが出来まして、今日、今こういう時間をもてる事が出来まして、本当にありがとうございました。

私たちは4月からこの裁判始まりましてから1年になるわけですけども、先生からも私たち教えて頂いた中で、日本の国が司法・立法・行政という3つの形で国が上手く動くんだというところで、行政の方々、今日の被告側の方々ですよね。
行政の立場の方々に対して司法の立場の裁判所の方々から、公正な意見といいますか。
行政側に添ったような意見ではなくて、きちんとこの拉致の問題を行政に対しても司法の立場の方々からきちんとしなさいと意見が出ていただけるって言うのは、その意見を私たちは引き出したいと思ってこの裁判をしているひとつの理由ではないかと思います。
その先がちょっとは明るく見えるのかなぁ?と思いまして。

より良くこの拉致の問題が解決する為に、確かに国民としてのベクトルは同じかもしれないんですけども、しかしそこの中で行政の方々があのように今までのように、本当に今回の陳述書のように頑なになってしまう事の日本の国全体としての不利益、それから私たちの被害者本人たちの不利益と言う物を考えますと、前へ進んで頂く提案を一つしていただけたのかな?と少し、少しですがホッとしております。
どうぞよろしくお願いいたします。

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古川了子さん第5回行政訴訟報告会2

『質疑応答』

★司会者
それではご質問当ありますでしょうか?
この裁判に関して、もちろん記者の方でもあるいは今日傍聴された方などからご質問等ございましたら受けたいと思います。

★生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)
いいですか?
1月24日の被告側から出た意見書って言うのは、これ一種の回答なんでしょうかね?

★司会者
ちょっと二瓶先生の方からちょっと説明してもらえますか。

★回答 二瓶弁護士
1月24日に国からのね。
我々は4人の証人申請をしまして、それについては不必要である、と言う回答です。

★生島馨子さん
回答ですね?

★回答 二瓶弁護士
そうです。
それが今日26日ですから、急に来ましたので、今日口頭でそれに対する反論を行ったと言うことです。

従来どおり言ってる事はですね。
訴訟要件がないんだと。
その理由として認定しようとしまいと、法的な利益を受けるかどうかという事については変わりがないんだと。
だから認定されても認定されて無くても基本的には同じなんだと。
政府は一生懸命両方について真摯に交渉をしたり、取り扱ったりしているんだと。
だからこんな裁判はこれ以上進める必要はないと、簡単に言えばそういうことですよ。

それは従来どおりずっとその事を言ってですね、その考えを全然変えないわけですよね。
従って事実認定についての認否も一切しないし、主張も一切しない。
だからもちろん証人尋問なんかも必要ない。
こういう事でそれはとんでもない話であると。
認定されている認定されていないによってね。
取り扱いは極めて違うわけであるし、その事は国民が一番知っているわけですよ。
それを無視しているわけですよね。
国が拒否するということはとんでもない事ではないかと言う事で今日反論したと、こういう事です。

裁判所は同じ拉致問題解決するという事については、原告も被告も同じようなベクトルの中にいるんじゃないかと。
だからもう少し腹を割ってですね。
進行協議と言うことですけども、その中で具体的な証人尋問の順番とか、本当に必要でないと国は思っているのか?どうかとか。
そういう事に付いて真意を聞きたいというような感じでありました。
その前提としてはやっぱり証人尋問を積極的に国は拒否してますけどやらなくちゃいけないんじゃないかと。
裁判所はそういうニュアンスではないか?と我々は受けとめたので、裁判所の提案を一応受け入れたと。
こういうふうな事です。
今日の話ですね。

★生島馨子さん
再度いいですか?ごめんなさい。
細かい事で申し訳ないんですけども、裁判所の側はどちらかと言うと好意的に感じるんですが、被告の方が今までと同じ回答を再度、今日の日より前に出して来たって言うのは、何か全然新しい事でない、同じ事をもう一度言うというのは何か、意味があるんでしょうか?
かえって向こうが硬くなったんじゃないか?という気がするんですが。

★回答
証人申請をしたって言うのは今回具体的に初めてですから、それに対する意見って言うのは一応出てくるというのは予想されるんですね。
そういう意味で初めてなんですよ。
ただ、態度はね、全く変わりがなくて頑なですよね。
むしろ裁判所を通して国は誠意を持って裁判を進めていくようにですね。
こちらへ働きかけていく必要があるんじゃないか?

あともう一つ指摘しておきたいんですけども、やはり裁判所はですね。
今日国に対してああいう形で出たと。
進行協議と言う形で今後の進め方を考えたいということで、我々が申請した証人を却下するという事はしなかったですね。
我々はそれも予想していたわけですよ。
もしそれをすれば忌避しようと、裁判官をね。
いう所まで我々は考えてきたと。

しかしそれは最悪の事態ですから、そうならない事を願って我々は運動してきたわけですよね。
その中で皆さんが裁判所の前でビラを配ったりですね、配布したりして、この問題を一生懸命訴えたということはですね。
私は今日の結果に結び付いてるんじゃないかと言うふうに確信を致しました。
そういう点ではこれからますますですね。
国民に訴えていくという事がいかに大事かと言う事を痛感したと、いうことです。

★生島馨子さん
ありがとうございます。

★司会者
質問ございましたら、古川さんの件で、よろしいでしょうか?
そうしましたら竹下さんの方から挨拶を。

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古川了子さん第5回行政訴訟報告会1

『川人博弁護士による裁判報告』
Photo_18

本日は裁判所に傍聴に来て頂きました皆さん、どうもお疲れ様です。
あるいは取材の方もご苦労様です。
弁護士の川人の方から今日の裁判の経過について簡単にご説明いたします。

ご承知のように今日はですね、裁判の今後の進行を決める重要な日にちとして位置付けられておりました。
今日は第5回目の裁判の期日だったんですけども、私どもが今4人の方の証人の申請を求めております。

古川さんのお姉さんである竹下(珠路)さんご本人、それから北朝鮮で古川さんを目撃した安明進さん、そして家族会の事務局長の増元さん、調査会の代表の荒木さん。
この4人を申請をしております。
これはすでに前回昨年の段階で裁判所に証人を申請しておりましたんですが、今日までに国側はですね。
一人の証人も必要ないという事で意見を裁判所に出しておりました。
国側の言い分としてはもうこの裁判は、直ちに終わって貰いたいと。
こう言うのが国側の言い分だったわけです。

本日ですね。
そういう経過の中で裁判期日を迎えました。
裁判官がですね、言いましたのは結論としてはですね。
「進行協議期日」漢字で書きますとですね、(ホワイトボードに「進行協議期日」と板書)これ裁判用語で恐縮なんですが「進行協議期日」と言う物を設けたいと。
これはですね、法廷の中でのやり取りが裁判所の原則なんですけど、よく法廷と法廷の間などにですね。
やや実務的にこれからの細かい打ち合わせをすると言う期日があるんです。
それを「進行協議期日」と通常言います。
ここでですね。
より具体的に証人調べに関する協議をしたいと、いう事であったわけです。

裁判は若干の休廷を貰いましたのは、私共としては今日ですね。
是非証人決定を得てですね。
出来れば3月か4月には証人尋問を行うと、この様にしたかったわけですね。
裁判所の方がその前にですね。
進行協議期日を行いたいと言う事でしたので、どうするか若干弁護団で協議をしました。
結論としましてはですね。
私共が今日の裁判所のニュアンスを見る限りは裁判所としては、証人申請をするという事にある程度前向きと言うふうに受け取れるニュアンスがございました。
裁判所の方で4人の証人申請について我々は主張しているわけですが、それについてですね。
ある程度前向きなニュアンスの発言がありまして、実務的に打ち合わせをしたいとこういう事でございましたので、次回2月の27日午前11時ですが、この日の進行協議期日を受けるという事に致しました。

国側はそれを拒否するかどうか?と思いましたが、さすがに裁判所からの提案ですので国側もこれを拒否しなかった、と言う事で次回実務的な打ち合わせを行うという事になります。
従いましてですね、この日にですね。
今後の証人調べに関する具体的な話し合いが行われる可能性が高いと考えております。
もちろん正式に証人尋問が今日採用決定されたわけでは有りませんので、油断はもちろん出来ないと考えております。
従いまして、今後ともですね。
関係者の皆さんのご支援を頂きながら出来るだけ早くですね。
証人尋問が実施されるように弁護団としても努力をしたいと、その様に考えています。
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2005年12月 6日 (火)

古川了子さん第4回行政訴訟報告会1

『川人博弁護士による裁判報告』



では始めさせていただきます。
ちょっと関係者、荒木さん初めどうしても重要な用事(救う会の幹事会他)があって参加できないということがいらっしゃっるんですが、私の方で、司会を兼ねて報告をさせていただきます。
で、今日の法廷で、裁判官がかなり長い時間喋っていました。
ポイントについて改めてご説明申し上げます。

被告国側は、「本件は裁判になじまない。早々に裁判を打ち切って、訴えを却下してくれ」ということを、これまで一貫して言ってきたわけですが、はっきりと裁判を打ち切ってくれと、国が一週間ほど前の書面で出してきました。
何も喋らないで、答えないで、裁判終わらせてくれってね(苦笑)、こんなひどい話はないんですけども。
まあとにかく裁判は訴えを却下、認めないということで終了してもらいたい、とこういうことを言ってきた。
裁判所(正確には裁判長、以下同じ)は、今日だいぶ国側の代理人(訟務検事)とやりとりしてましたけど、こういうことなんですね。

国側は、事実関係についても、イエスともノーともはっきり言わないで、とにかくこの裁判については「法的利益がない」という言葉を使っていますが、裁判になじまないということで、訴えを認めないで欲しいとこういうことを言っているわけです。
例えばですね、こういうことなんですね。
田中実さんですね、神戸の田中実さんについて、今年4月の末に政府が拉致認定をしたわけです。
16人目の拉致被害者認定をして、そしてその後すぐに、北京ルートで彼を引き渡すようにと要求した。
これはもう、外務省あるいは政府関係者が認めていることで、新聞報道もされてるわけです。
にも関わらず、拉致認定しても、しなくても差別はしていないというわけですよね。
じゃあ同じように、古川了子さんについては、北京ルートで引き渡すよう言ったのかと、言っていないわけですから・・・。

要は、政府が認定してもしなくても、何ら差別はしていないと。
こういうことを一貫して言っているわけですけども、これは田中実さんを新たに認定して、すぐに北京の北朝鮮大使館にその名前を通告して、帰国させるようにということを交渉したという一事をもっても、明らかに差はあるわけです。拉致認定することの意味は明確なわけです。
ところがですね、この裁判では、北京ルートで田中実さんの引渡しを要求したか、否かについても、この裁判所の書面では答えないんですよ、答えない。
それについて繰り返しこちらが主張しても、国側は、イエスともノーとも言わない、そういうことがあったか、なかったかも言わないんですね。

ということで、裁判所が繰り返し「それについては認めるのですか? 認めないのですか? ということも含め聞いていました。
こちらも言いましたけども、そういうことです。
結局その事実を認めると、否認定者に対しては、差別的な扱いをしていることが明らかになるから困る。
かといって認めないわけにはいかない。
実際やってしまったことですからね。
ですので、皆さんが聞いていましても、おそらくおかしなこと言ってんなとお考えになったと思いますが、それが国側の態度でございました。これが今日の訴訟の前半戦ですね。

後半もですね、もうこちらとしては、国の方は、これ以上やっても何もはっきりしたことは言わないんですから、証人調べに入っていただきたい、とこういうわけです。
裁判というのは、前半にお互いに書類を出して言い分を言う、と。
後半に証人の調べをするというのが、だいたいの手続きなんですね。
それで我々としては、訴訟が始まって半年以上経っているわけですから、証人の調べに入っていただきたいということで、予め、安明進さん、荒木さん、増元さん、そして竹下さんの証人のお名前を出して、裁判所に証人の決定をするよう求めました。

今日安明進さんに今日傍聴していただきまして、私どもとしては、今日安さんのいらっしゃる時に次回の日にちも決めたいと。
それが最も安さんの日程もいろいろありますし、それがはっきり決めやすいと思いまして、そういうことで要求したわけですが、裁判所としては、今日そこまで決断できなかったのでしょう。
それで陳述書といいまして、だいたい裁判でどういう話しをするつもりなのかについて、予め裁判所に出すというのが、最近の裁判所では、慣例化されてきているんですね。
そんなもんで、こちらが申請している4人について、およそこういう趣旨の話しをしますということを予め書いて、それを裁判所に出して欲しい、と。
これを陳述書というのですけれども、これを裁判所が求めてきたのですね。

で、これ以上やっても今日は無理だろうと判断しましたので、次回来年1月26日(木)に期日が入ります。
それまでに4人の陳述書を出しまして、26日には必ず証人決定をしたい、というふうに思います。
まさか陳述書を出させた上で、誰も証人を聞かないということは、そんなことはしないと思うんですけれども、油断したら、何が起こるかわかりませんので、次回は、いよいよ証人決定の日だということで、是非皆さんのご注目をいただき、支援をいただきたい、と思っているわけでございます。
従いまして、順調にいきますと、証人尋問は来年3月ということになります。
ちょっと2月は厳しい。
3月中の火曜日か木曜日、入る曜日としては、そういうことになろうかと思います。
これが、だいたいの法廷の説明でございます。
時間の関係もあると思いますので、安明進さんからごあいさつをいただきたいと思いますが、通訳を宋允復(守る会:北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会事務局次長)さんにお願いしております。それではよろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは、原良一氏の手によるものです。

(写真:右から二人目が川人弁護士)
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古川了子さん第4回行政訴訟報告会2

『安明進氏のあいさつ(宋允復氏の通訳を再構成)』



皆さんとお会いできて嬉しいです。
安明進と申します。
韓国、北朝鮮、日本と裁判の傍聴は始めての経験でございます。
大変厳かな感じで、当初の想像とは異なるものでした。
言葉も必ずしも全部聞き取れていない(裁判の傍聴では、荒木氏の通訳を受けていたが、場所がら大きな声では話せなかったので)ので、最初は上手く進行しているのかなと思ったんですけど、聞いてみますと、日本国側が、裁判そのものをまともに受け止めていないことについて、大変残念に思っております。

96年半ばに、私が日本人拉致被害者について証言しました。
当時は日本政府もそうですし、日本国民の多くも、まともに信じてもらえず、嘘ではないか、デタラメな話しではないかという扱いだったのですが、今回、裁判での国側の対応を見ますと、またその段階から始めなければならないのかなという失望感に陥っております。
96年当時は、日本国民全体を説得しなければならない大変困難な労力を要する闘いになるなと思ったのですが、今現在は日本国民の多くは、私の話しをきちんと受けて止めていただいている状況で、逆に最も容易と考えていた日本政府が、一番難しい相手として立ちはだかっているので、非常に困惑しております。

古川了子さん、北朝鮮にいる時は、名前を存ぜず顔だけを知っていて、今隣にいらっしゃっる方がお姉さん(竹下珠路さん)と存じますが、お顔を拝見すると、本当に当時の古川さんの面影が甦ってまいります(竹下さん目礼)。
私自身、古川了子さんに関しては、自信を持って本にも書きましたし、証言もしてまいりましたが、こうして日本政府が拉致認定しないのを見ますと、そもそも自国民を拉致されるがままにしていた日本国政府の責任というものに向き合おうとしない、また向き合うことを厭う体質が現れているのかなあ、という感じが致します。

古川了子さんが、仮に3年後4年後、あるいは5年後に北朝鮮政府が、拉致を認めて日本に戻ってくる段になったとして、私自身は話すべきことは全部話しました、と言う事で、顔向けはできると思いますけれども、その時に日本政府は、今回の裁判の対応を通じて取っている対応を、何と申し開きをするんだろうか、古川さんに会わせる顔があるのだろうか?
そして古川さんのために闘っている皆様も、古川さんを取り戻せた時に、どのような報告ができるかということを、心に留めていただきたいと思います。

私は、先輩の工作員たちが犯した悪事を大変申し訳ないという気持ちから、また金正日と闘うという思いから、こうして証言を続けております。わたくしなりに申し上げるべきことは、申し上げておりますし、今後も闘い続けていきますが、日本政府、そして皆様も金正日の悪と闘い続けるということ、そして自国民を守れず、拉致されてしまった日本の国のあり方とも闘うという思いから、最後まで退くことなく闘い続けていただきたい。
私自身が、この間証言し続けてきたことも、次々と事実であったことが明らかになっておりますし、金正日の悪行を暴くことにもなっております。最後まで信じて皆様も退くことなく闘い続けてください。(拍手)

司会(川人弁護士)

それでは、裁判の進行についてのご質問でも結構ですし、安明進さんに対するご質問でも結構ですし、あるいは調査会も杉野さん(杉野正治、特定失踪者問題調査会常務理事)に伺ってお答えいただきますので、ご質問あれば、あと若干の時間がございますのでお願いします。

宋允復氏より安明進氏の発言の補足

安明進さんのことで、言い残していたことがありまして、北朝鮮は、拉致した人間を殺すことができないと思う、と。今も生きていると、信念をもってやっていただきたい、と、必ず帰ってくると。
その方々が、生還した暁には、これだけのことを何とかやりましたよ、と言えるように、私もやりますし、皆様もお願いします、とのことです。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

(写真:右が安明進氏、左が通訳の宋允復氏)

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古川了子さん第4回行政訴訟報告会3

『原田敬三弁護士(原告弁護団のお一人、最年長?)のお話』

介入という言葉が、裁判で出ましたので補足しますと、被告国側は、一切言わないというのを通していたわけですね。
裁判所の発言は、多少違いはあるけれども、例えば交通費の支給とか細かいことをあるんですけど、それは法的利益ではないんだ、と。
実はこういう構成の仕方もあるんだよと、それで事実の違いを認めて、でもそれは、多少の技術上の違いであって、法的な利益のレベルに達していないんだ、という対応をしてみたらどうですか、ということを、実はあの言葉の中で、被告国側にアドバイスしていたわけです。

それで私は、介入していると(苦笑しながら)言うと、裁判長は俄然、色めきたちましたけど。
基本的には、裁判所の誘導に、被告の指定代理人訟務検事は気がつかないままで、そういうことも、場合によっては後ほど検討すると、言わないまま、裁判所とのやりとりで終わってしまった。
まあ逆に、裁判所とのやり取りに終わらせてしまって、被告がそういうことも考えるということを言わせなかったのも、結果としてよかったのではないかということです。
そしてもう一つ、やはり裁判所が、かなり被告寄りだということを、傍聴された方にわかってもらいたいということで、敢えて裁判所に憎まれ口を利く、と。
まあ私の方が、あの裁判官よりだいぶ年上ですし、別に裁判官に睨まれてもいいということで(笑)、何よりも、複数弁護団の有利な点で、一人や二人でやっても、なかなかあれだけの憎まれ口を利くことは難しいんで、弁護団というのは、どこかでそういう役目を持っているというか、以上です。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

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古川了子さん第4回行政訴訟報告会4

『生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)のお話』

★司会(川人博氏)
何か、ご質問。ご意見あれば(Q:感想言わさせてよろしいでしょうか?)、どうぞ・・・。

★生島馨子氏(特定失踪者・生島孝子さんの姉)

古川さんや調査会の方にご迷惑かからないように、初めにお断りしておきますが、裁判を傍聴した私個人の感想を、少し言わせていただきます。
毎回傍聴していて、非常に厚い壁に弁護団の方たちが、立ち向かってくださる、とてもありがたく思ってるんですけど・・・。
日本政府がこれ程までに冷たいということを、マスコミは報道してくれないわけですよね。
裁判の途中経過なんてのは、普通の裁判であまり報道されないのが普通でしょうけれど、結果じゃなくて途中経過は。

それにしてもこの問題は、日本の国民が、すごく関心を持ってて、それなりの理解の仕方をしてると思うんですよ。
私に言わせると、国民は誤解をしているくらいじゃないか思うくらいなんですよね。
それは、日本政府は、こういう地道に行政訴訟まで起こしてるのに、あんなに木で鼻をくくったような対応を、三回も、四回もしているということを、国民の人は知らないと思うんですね。
一方で、前回の裁判の後で、ジェンキンスさんのご本の中から、タイだのシンガポールだのに拉致された方がいるということで、あちらのタイ政府なんてのは、即対応して北朝鮮に(抗議を)やってくれましたよね。それを思うと日本の政府というのは、凄く差があるなと思うんですね。

それから少し古い話しになりますが、安明進さんが、国会で参考人として選挙の直前でしたが、陳述してくださいましたよね。
その時に、横田めぐみさんだの、市川修一さんなんかと同列に並べて、古川了子さんを病院で見ました、と。
それから藤田進さんもタバコをもらいました、と言ってくださったわけですよね。
それに対して、何の反応もないんですよね、日本政府は。
国会という場で、正式に言ったわけですよね、まあ、立法府と行政府の違いはあるかもしれないけど。
相変わらず無視していると。

それから、ここのところは、聞き流してほしいんですが、救う会なんかも、それに対して何の反応も示さない。
それで、一般の人は、国会でああいうふうに証言をされたから、一緒に運動されてる、救出運動が、一緒になされていると思っていると思うんですよ。
そこら辺の所が、正確に伝わっていかないというのが、非常に今まで不満に思ってたんですよね。
これは、裁判のことはあまり宣伝はできないから、難しいとは思いますけれど、非常にどこに怒りをぶつけたらいいかわからないような、同じ家族としてはやるせない思いですね。

ちょっと話しは飛びますが、ここ最近、偽装マンション問題で、電波ジャックされたみたいに朝から晩までやってますよ、どこの局も。
ホントにひどい、あんなふうに…。
でも私たち特定失踪者、特にウチなんかもう34年です。
拉致された本人は34年、生命の危険を感じながら生きてるかもしれない。
家族は、人生をみんなダメにしてしまったんですよ。
それなのにね、この日本政府の冷たさね、マンション問題で人の命が大切です、大切ですって、マスコミで叫んでますよね、放送でやってますよね。
だけどこちらもね、34年生命を脅かされた人が何人もいる。
百人いるのか、400人いるのかわからないけれど、例えば、数の問題じゃなくって、一人の命って、国に守られて然るべきだと思うんだけど、そこら辺が何か、非常に世の中にもっと知ってもらいたいという焦りがあります。

そして、安倍さんが官房長官になった時のコメントの中に、「特定失踪者も含めて、生きていると思われる人が全員帰ってくるまでは、日朝国交正常化というのはありえない」とおっしゃったんですね。
それ聞くとね、あ、安倍さんて頼りになるなと思うかもしれないけど、私にしてみれば、逆なんですね。
特定失踪者っていう氏名の人はいないんですよ。
だから例えばね、古川了子さんだ、藤田進さんだ、加瀬テル子さんだ、佐々木悦子さんですか。
そういうふうにね、人の名前が一人でも出てくるんならいいけれど、特定失踪者なんていうふうに一括りにされてね、そいでね、皆さん運動してくださる、支援してくださる人たちは、「安倍さんが言ってくれたから、安倍さんが頼りになるんだ」って言うけれど、私個人としては、あまり信用できません。

話しが飛びましたけど、皆さん、どうしたら世の中に知ってもらえるか、本当に支援する方にそれを問いたいと思います。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

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古川了子さん第4回行政訴訟報告会5  

『一般傍聴者(川人弁護士の教え子)の感想』

★司会(川人氏)
どうもありがとうございました。
他にご質問か、なにか意見は? 何か、ご質問、ご意見等ありましたら、木内君、学生を代表して感想は? 急に感想っていうのも何だけど。

★木内達也氏(漢字は推定、川人氏の教え子)

川人先生のゼミで、先生にお世話になっております、東京大学文科二類の木内達也と申します。
普段大学で勉強してても、実際に裁判とかは見に行ったことはなかったので、国が冷たいっていう話しも、いろんな所で聞くことはあるんですけど、実際の裁判で目の当たりにしてみると、あんなに同じことを繰り返して突っぱねることもやるんだな、というのがわかったので、非常に勉強になりました。

★司会(川人氏)
まあいいよ。じゃあ、伊藤君、

★伊藤氏(漢字は推定、川人氏の教え子)

同じゼミに属している、東京大学文科一類の伊藤といいます。
僕も初めて、裁判を目の前で見たんですけど、思ったよりも、もっとかっちりしたイメージかと思ったら、すごく裁判官の方とお話しされてて、ちょっとイメージ違ったなあというのと、それから僕も、全然1年生なもので、まだ不勉強なもので知識がないんですが、素直に見ていてやはり国の態度が、不誠実だと感じました。
僕も将来は、政治方面に興味を持っているので、その時にあんな不誠実な態度というか、はっきり言えない立場はわかるんですけど、やっぱりちゃんと誠実に答えることが大切だなと思いました。

それから、僕は、ゼミの中で「マスメディア・パート」というのに属しているんですけど、ですから今のお話しで、たぶん世間の人は、テレビとかそういうものに映っているものだけを真実として無意識に受け取っちゃうと思うんですけど、一般の人々に知られていないこととか、どうやったら世の中の多くの人々に、本当に伝えたいことを知ってもらえるかっていうのは、メディアの責任というのは考えさせられました。
今日は勉強になりました。ありがとうございます。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

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古川了子さん第4回行政訴訟報告会6  

『二瓶和敏弁護士のお話、もう一度原田弁護士のお話他』

★二瓶和敏弁護士(原告弁護団のお一人)

代理人の二瓶です。
今日はですね、裁判所のやりとり見てまして、非常にやっぱり不誠実極まりないという感じが物凄くしてるわけなんですけども。
まあ一応裁判官はですね、ある程度国の代理人に対してですね、私から見れば、いろいろ問題はあるんですけども、かなり突っ込んだ形で認否について、どうするんだということを求めてたということがありましたんで、私は、根が優しいもんですから(笑、「良く言いますよ」など異議も(^^))。

とにかくねえ、国はけしからんと思いますね。
所謂「生の事実」って言ってましたよね。
それが訴訟要件にかからないから、認否する必要はないんだと。
あるいは、法律的な認知にならないんだと。

しかしこれはですね、法律家の考え方から言いますとね、「生の事実」についてどうであるかということから、訴訟要件があるかないか、あるいは法的認知にそれが評価されるかどうかということですから、評価の問題とは、事実が前提なんですね。その前提を逃げちゃってるんだ、あいつらね。
だから非常にけしからん話しで、だから裁判官が「法律家ならお判りでしょ」って、確かに答えないってことで、民事訴訟が進むってことはありうるわけですよ。
で、一般的に言えば、それは不利益に取り扱うというのが、裁判の一般原則なんですね。

しかし、そういうテクニック的な問題じゃなくて、事実について認否するというのが、国の最低の責任だと私は思うんですよね。
それをまったく避けて、逃げ回っているというのが、一貫していて、「逃げてるんじゃないか」と言ったら裁判官はまたですね、「その言葉は…」と言って(苦笑)、あの裁判官は、決して公正中立とはいえない。
やはり、国側にかなり軸足があるんじゃないか? ということは、皆さん見ておく必要がある、と。

そうしますとですね、裁判官を批判してもしょうがないですけど、わたくしは、国が一番けしからんと思いまして、この訴訟について、国がどういう態度を取ってるかということについてね、マスコミに報道してもらうとかですね、あるいはそれができないのであれば、次回は証人決定ということですから、当然それに向けてですね、国がどういう態度をしてるか? ということを、ビラ配りするとかですね、そういうのもやっぱ、行動として考えた方がいいんじゃないか、と。
それは裁判所の前でね当日撒いてもいいですし、その前に撒くとかいろいろありますけども、そういうこともちょっとね、原告弁護団、あるいは特定失踪者問題調査会、また皆さん含めてですね、行動提起を考えてみたいというようなことで、今日、裁判を、同じことを禅問答みたいなことを言ってて、本当にイライラするというのは、皆さんの気持ちだと思うんですね。それをやはり何らかの形で行動に移すということが、非常に重要じゃないか、ということを強く感じました。

★原田弁護士

私は、裁判官はけしからんという立場です(笑)。
例えば、新聞に出ているようなことを、普通の民事裁判で、被告が否定した場合ですね、露骨に裁判官は「あんた何を言ってるんですか? 新聞に報道されてることでしょう」と「それも認めないんですか?」と露骨に責めたてるんですよね。
ところがね、あの裁判官、一生懸命顔を立ててるんだか、鼻息を伺ってんだか、全然通常の、ごく常識的な普通の裁判官のやるべき訴訟指揮もしていません。
それから例えば外交官交渉でね、田中実さんの交渉で、やったかどうかについては、相手が認めるか、認めないか自由でしょう、と。

じゃあ理論的に外交官交渉したことについて、担当されたのは、アジア局長なんですかね、斎木審議官なんですかね、では斎木審議官をあの裁判所に呼んで調べる腹があるかというと、そりゃないんですよ。あくまで逃げるという姿勢のためにね、ああいうことを言っている。
しかも外交秘密もあるでしょうと、これも証拠に基づかない意見ですね。
今までの答弁書に何も書いてないんです。
外交上の配慮があるんでね、答えられないなんて一言も言ってない。
勝手に裁判官がですね、証拠に基づかない予断と偏見でやるっていうのはですね、この裁判官が言ってる裁判の手続きは、こうやって厳格にやらなきゃいかんということと、全然別の次元の、実は予断と偏見を持ってやっているという意味で、私は、引き続きあの裁判官の訴訟指揮については、目を光らせていきたいと、以上です。

★二瓶弁護士

まああそこは、行政訴訟を専門にやってる部なんですよね。
だからどちらかというと、国の行為について、訴えられたことについての適法性について判断してるってとこですから、これは東京地裁ですとか、大阪ですかね、名古屋それ以外は、そういう専門部はないんですけど、まあどちらかっていうと国寄りに考えてるということは、我々の常識というか、そういうことですから、きちっと監視の目は、厳格にやってかなくちゃいけない。
さっきから微妙な操作はあるということでございますので、まあ一つよろしくお願いいたします。

★司会(川人氏)

まあ行政部というのは、昔はね、国が負けることは殆どなかったのですが、この間はですね、この何年かを見ると時々国が負けるんですよ。
ですので我々としては、この間もですね、難民の問題とか、アフガンや、イラクの関係の難民の問題とか、そういう関係含めて時々、この東京地裁でもいい判決が出る、という傾向、昔は殆どありませんでしたけど、最近はそういう傾向があります。

従いまして、非常に壁は厚いし、裁判官の姿勢もそう簡単ではないんですけども、何とか裁判をきちっと進めて、拉致被害者の救出のためのいい判決を取るように全力を尽くしたい、とそのように考えております。
それで次回が証人決定になると思います。
もし、次回証人決定しないというか、すべて証人を却下するっていうことになったら、これはちょっと黙っておれないですね。
その場合は、いろいろな対抗処置があると思いますけど…。
まさかとは思います。
しかしまあ、そういう可能性もゼロではないんです。
ゼロではないです。
国側の主張をすべて認めたら、もう証人調べは一切しないということも、論理的にはゼロではない。
我々としては、その点は警戒しながら、何としても証人決定を次回に得て、遅くとも3月には証人調べを行うと、いうふうにしたいと思います。

時間もなくなってきたのですが、安明進さんに直接伺いたいことありましたら、通訳の方もいらっしゃいますので、ありましたらどうぞ何かお聞きください。よろしいでしょうか?
(質問が出ないので)そうしましたら、竹下さんの方からごあいさつ、あと調査会も、先に調査会の方から・・・

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

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古川了子さん第4回行政訴訟報告会7  

『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事のお話』


調査会の杉野でございます。
今日皆さん、本当にありがとうございました。
先程二瓶先生の方から「禅問答のようだ」という話しがありまして、まさにその通りだなと思ったんですけど、まあ時間もかかりますし、こちらの言ったことにまともに答えないと、そういう政府の態度でありました。

それを見ていて私思ったんですけど、まるで北朝鮮と対話してる(失笑)みたいだな、とそんな気がしてなりませんでした。
今北朝鮮の戦略といいますか、言えるのは、とにかく時間を何とか稼ぎたい。
まともに話しはしたくない、という感じだと思います。
日本政府もおそらく同じようなことだと思います。
だとすると日本政府は、まったくこの問題について、拉致問題について解決をしようと、拉致被害者を救おうという気がないと言われても、これはもういいんだというふうに思います。

先程、二瓶先生からもご提案ございましたように、これはもう、だとすると日本政府に対しても我々は、誠実な対応を取っていただけるように、やはり何らかの運動をしていかなければなりませんし、またこの裁判のことを、メディアの方などを通じる、あるいは国民の方々に直接訴えるという形で、もっともっと、先程生島馨子さんおっしゃられたように、知っていただくことが必要であろうと思います。
まあこうやって、ゆっくり、ゆっくり進んでいく間も、拉致被害者の方、今日は日本も寒いですけど、おそらく北朝鮮も寒いでしょう。

今日は伺うところによると特定失踪者佐々木悦子さんのお誕生日でございます。
そうやって皆さん歳を重ねていかれる。
日本国内のご家族の方も、歳を重ねておられる。
もっともっと、解決に向けてスピードアップをしていかなければいけません。
なおかつ犠牲が少ないように、できれば犠牲がゼロになるように、我々はまず救出ということを前提にして考えていかなければいけない。
と思いますので、皆様の方にも引き続きご協力をお願いしたいと思います。(まばらな拍手)

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

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古川了子さん第4回行政訴訟報告会8

 『竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)のお話』



本当に寒い中、遠くからお越しいただきまして本当にありがとうございます。
家族と致しましては、この裁判は、一人古川了子の問題だけではなく、生島孝子(1972年11月1日失踪)さん、佐々木悦子(91年4月22日失踪)さん、大屋敷正行(69年7月27日失踪)さん、山本美保(84年6月4日)さん、そして日本中の、たくさんの特定失踪者としか今は呼ばれていない拉致被害者の問題、家族にとって大変大きな裁判だと思っております。

日本政府のあの態度は、すべての生島さんの妹さんとか、そういう人たちに対する態度であって、これはほんとに許すことはできないし、このまま許すことはできない。
なんとしてもこの裁判で、裁判長がこちらを向いてくださるように、わたくしも、そして弁護士の先生方にお願いしながら、また支援の皆様にお願いしながら、頑張っていかなければいけないなと思っております。
何をしたらいいのか教えていただきながら、先程二瓶先生の方から、具体的なビラ配りと言うことも含めて、アイディアもいただいておりますので、なんとかこれからまた、いろいろなご支援の皆様とも相談して、頑張っていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

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古川了子さん第4回行政訴訟報告会9

『もう一度安明進氏、調査会の杉野氏のお話』

★安明進氏

わたくしも、もっと力を尽くしてがんばる所存です。
日本政府も含めてしばしば誤解されることですが、北朝鮮が、拉致被害者は既に亡くなったとか、日本側でも殺してしまったのではないかとお考えになる方もいらっしゃるようですが、北朝鮮は、拉致被害者を殺すことはできません。被害者は必ず生きていますし、戻ってきます。
ところが、既にこういう人がいたという明らかな証言がある人についてまで、日本政府の認定がここまで手間取るというか、躊躇する状況であっては、先程も申し上げましたが、一体彼らが生きて戻ってきた時に、どういう対応をするつもりなのだろうと思います。
最後まで私の証言を信じていただいて、闘っていただきたいということでございます。(拍手)

★司会(川人氏)
あのすみません、杉野さんの方からもう一つ、短波放送の話しが抜けました。

★杉野氏

再び杉野でございます。お知らせということで、裁判とは直接関係はないわけですけど、今調査会の方で「しおかぜ」とい銘打ちまして、北朝鮮の方に短波放送を10月30日から流しております。
聞くところによると、日本全土でも聞けるということなんですけれども、どうやら平壌でも聞けた、という情報も入っております。
何とか、ここにもいらっしゃいますけどご家族の声、それから日本人が待っているんだという、探しているんだと、絶対に助け出すという声を、拉致被害者に伝えたいということで始めていまして、現在、毎日30分間放送しておりますけれども、これが12月8日から、放送時間を1時間半に延長することが決まりました。
時間が、夜の11時から12時の1時間と、それから早朝の4時から4時半、これで毎日放送いたします。

特定失踪者の公開されている方の、お名前、生年月日、どこでいなくなったとかそういう情報の読み上げが一つと、それからご家族の皆様にメッセージをいただきまして、それを読み上げるということ、それから、これはこれから作業をしていくわけですけど、ご家族の皆さんの直接の声を、電波に乗せて北に送りたいと・・・。
あるいは、これは案外広範囲に電波が行ってるみたいですので、例えば、英語で解説をすれば、そこに来た旅行者が聞いているとか、あるいは韓国語で話していて、それを解する人たちがそれを聞いていて、日本では、こういう問題が起こっているということを、知ることができる。
そういうことを狙って、これから番組作りをやっていきたい、と。

周波数は5890MHz、短波放送が聴けるラジオであれば、実は私も聞きましたけれども、かなり良く聞こえます。
お天気ですとかに随分左右されるみたいですけど、アンテナを真上に立てれば、かなり聞こえる。
日本全国で聴けたという報告が入っております。
なぜか、今日本国内での反響が、非常にあって、北朝鮮以外でも、中国ですとかからも聞こえましたとのお便りをいただいておりますので、是非拉致被害者の耳に届けるように、もっともっと工夫をしていきたい、と思っております。ご協力お願いします。

★司会(川人氏)

これは当然ながら、国営ではございませんので、広範なカンパによって、このラジオ放送は(杉野氏:「その大事なことを言い忘れて・・・」)成り立って(笑)、何か大事なことを言わなかったんですが、放送を継続するために資金援助を、皆さんにご協力をお願いしているということですので、またその点もご配慮してください。

どうも長い時間ありがとうございました。
次回は、ほんとに重要な裁判の期日となります。
次回どういう判断になるか、証人を何時どういうふうに聞くのか? あるいは、まったく聞かないという危険もゼロではない。
非常に重要な期日となりますので、次回の裁判に向けて、裁判所にもわかるような宣伝とか、様々な世論形成をしたいと思いますし、法廷の当日においても、より重要な局面になると考えておりますので、ぜひよろしくお願い申し上げます。
今日は長い時間、ありがとうございました。(拍手)

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

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2005年12月 2日 (金)

山梨県民集会 記録

横田夫妻、韮崎で講演 拉致問題、早期解決訴え(2005年12月2日 読売新聞)


 北朝鮮による日本人拉致の問題を考える県民集会が、韮崎市文化ホールで30日夜に開かれた。拉致被害者・横田めぐみさんの父で、「拉致被害者家族連絡会」代表の横田滋さんと妻の早紀江さんも講演、拉致問題解決への協力を呼びかけた。横田夫妻が県内で講演するのは初めて。

 滋さんは「拉致問題には国際的な関心が高まっており、北朝鮮に対する国際的包囲網を敷くことで、1日も早く解決できるよう願っている」と話し、「国民が、同胞を助けようと思うことが何より大切」と呼びかけた。

 早紀江さんは「自分が41歳の時に拉致されためぐみが今年で41歳になる」と28年間の思いを振り返ると、「なぜ普通の人たち、子供たちがこんな恐ろしい思いをしなければならないのか。こんなに屈辱的で悲惨なことはない。拉致された人たちがあの国の土に埋もれてしまわないように、どうか力を貸して欲しい」と涙ながらに訴えた。集まった1000人を超える県民は、時折ハンカチで目を押さえながら聞き入っていた。

 集会には、中島真人参院議員や赤池誠章衆院議員も出席。中島参院議員が「小泉首相は日本人の命を守るために、3回でも4回でも訪朝して欲しい」とあいさつしたほか、特定失踪者問題調査会の荒木和博代表は早期の経済制裁発動を呼びかけた。

 最後には、出席者全員で童謡「ふるさと」を合唱。被害者が1日も早く故郷の土を踏めるように願った。

美保さんの会から転載許可を得て写真転載(12/2/13:13)
  

赤池議員             横田ご夫妻

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2005年12月 1日 (木)

山梨県民集会速報

30日行われた山梨県民集会の様子です。1000席のホールは満席、立ち見も多くあふれるほどの様子でした。

先の衆議院選挙で当選した、赤池誠章衆議院議員をはじめ、山下滋夫山梨大学教授、山梨県議会議員のみなさん、多くのボランティアのみなさんのお力を結集した、すばらしい集会でした。

会場の警備なども丁寧に行われていました。、超満員の会場、山梨県の力を結集した総合力がこの大成功をうんだものと思います。
関係者のみなさんの周到な準備の賜物、いろいろとご苦労もあったと思います。本当にありがとうございました。心から感謝します。



   
全体 

特定失踪者問題調査会代表 荒木和博さん
 
森本美砂さん(特定失踪者山本美保さんの妹) 


壇上の横田夫妻、荒木さん

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2005年11月30日 (水)

森本美砂さんのことば(2005/11/30)韮崎にて

特定失踪者ご家族のことばに、耳を傾けてください。
12.22の国民大集会に向け、認定されない被害者の存在にをもう一度認識しましょう。

森本美砂さんのことば(2005/11/30)韮崎にて

ご紹介いただきました山本美保の双子の妹であります森本美砂です。
本当に今日は平日の忙しい中にも関わらず、多くの方々に来ていただきまして、お話を聞いてくださいまして、ありがとうございます。
3年前姉のことが明るみにでて以来、本当に県民のみなさまにはたくさんのご支援をいただきました。改めてこの場をお借りしましてお礼を申し上げます。(拍手)

いろんなところでお話しさせていただいておりますが、姉、山本美保は21年前の、昭和59年6月4日にいつもと変わらない表情といつもと変わらない服装、姿で、「図書館に行ってくるね」と母に言い残して、家を出ました。当時受験勉強をしていまして、その大学進学を目指して勉強していて、図書館に通っていたのです。

二十歳で勉強していたのには少し理由があります。私たちが高校三年生の秋に突然兄を(当時、二つ上で、梨大=山梨大学に通っておりましたが)バイクの事故で亡くしました。それ以来、家族の歯車が狂ってしまって、家の中が真っ暗になってしまいました。両親は、もう無気力な状態で、毎日を過ごしていましたし、私たちもどうしていいかわからなかったんです。

でも自分の進路を何とかしなくてはいけないという思いで、何とか勉強を続けていましたけれども。姉は暗くなってしまった家の中を少しでも明るいものにしていこうと、たぶん、思っていたと思います。また自分の力を試してみたいと、東京の大学を目指していました。当時父の一人の力では子供三人を大学に通わせるのは難しいと、行くなら地元だということで、東京の大学には行くことはできなかったんです。でも姉はそれを挑戦したんです。苦しい中ですけれども、見事日本女子大学に受かりました。でも私を含め、私も含めた家族は「お兄ちゃんがなくなった後、ひとりで東京になんか行かないで」と反対して、行くことに賛成できなかったんです。そのことをずっと、今でも悔いています。
あの時に行かせてあげればこんな事にならなかったんじゃないか、図書館にいってくるなんて、受験勉強をしなくてもよかったのではないかということを、未だに悔いております。
ですからなかなか、姉のことを言い出すことができませんでした。

3年前の有本さんの事件が明るみになったときに、姉は家を出てから4日後に、柏崎の荒浜海岸で鞄が見つかっています。当時行ったこともない新潟県で、海岸で姉の鞄が見つかったのだろう。当時新潟の柏崎署の方々の協力を得て、くまなく探し回りましたけれど、何の手がかりも見つかりませんでした。でも、何の手がかりもつかめない中で、どこに何を訴えていいかわからないまま、十数年がたっていました。

姉のことは片時も忘れることはなかったんですが、あの時応援できなかったということもあって、他の人に伝えることもできませんでした。

でも有本さんの拉致事件のことを知って、姉の鞄も、蓮池さんたちが拉致された20キロあまりの近くの海岸に落ちていた。何の手がかりもない。これは今何かをしなければ、動き出さなければ、姉に一生会えないという思いで、すこしずつ、調べを始めました。

そして新潟の小島会長さんに協力をいただきまして、詳しい話を聞いて頂きまして、「これは、拉致事件に間違いない」と言われまして、それからいろんな方々の支援を受けまして、すこしずつ運動して参りました。特定失踪者調査会の荒木さんにも相談し、「これはかなり濃い、今の特定失踪者野中で、特に拉致の疑いが濃い」 と言われまして、16人の中に数えられ、昨年1月29日刑事告発もさせていただきました。本当に県民の皆さんにもお力をいただきまして、20万の署名を集めて、政府に提出いたしました。

ところが、先ほどお話しがあったとおり、昨年の3月4日、私の携帯に電話がかかりました。「DNAが一致した」と電話がありました。まだ正式な鑑定書も寄せられていない状態での話でした。専門的なことはよくわかりません。でも、そう言われて、その翌日に、資料を見せられたときも、(本当はその鑑定をした専門家の方が説明をしなければならないのだと後で言われましたけれど)、県警の方が代弁する形で「よくわかりませんけれども、ここに<99.9999・>、この数字が美保さんのことを物語っています。美保さんでない確率は、六兆分の一だ」と言われました。

それがはじめは真実だと思いました。私は二十年間冷たいか鉄の中に放っておいてしまったんだと泣き崩れてしまいました。「なんてことをしてしまったんだろう」と。でも、となりで聞いていた夫は冷静でした。「なんかおかしい」とずっと思っていたようです。
その「おかしい」がやっぱり的中したんです。

DNAが一致したのであれば、全てのことがもっと一致していいはずです。
先ほどもお話がありましたし、いろんな資料にも書かせていただきました。遺留品がやっぱり・・。
遺留品は警察の方は、重視しないのでしょうか?「遺留品が違うことが、人が違うことになるんですか?」と言うことも(警察の方は)おっしゃいますけれども。

遺留品が全く違って、体のサイズも違って、専門家の方に聞きました。
「二十歳の女性の遺体が、13日後にこんなふうになってしまうんですか?」
その写真もDNAが一致したと言われた後に詳しい資料も見せていただきましたけれど、すごいご遺体です。まともにみられない状態です。男も女もわからない、年齢ももちろんわからない、姉の形などひとつもない、そういう痛ましいご遺体でした。手足がなかったんです。頭は白骨化でした。歯も13本も抜けているんです。
「こんなになってしまうんですか?」

上野雅彦先生という水死体を2万体検査、監査された、東京の監察医の先生にその事を、情報をお伝えしました。資料もお見せしました。
「そんなことはない」と はっきりおっしゃいました。
「二十歳やそこいらの人が、歯がぬけるはずがない。」
歯が身元を確認する唯一の手がかりになるんです。その歯が13本も抜けている。「一年以上たっていますね。」とそんなこともおっしゃっていただきました。
いろんな状況が姉とは一致しないのです。

そういうことを調べて、でも、99.999という数字だけで、姉が亡くなったとは到底思えないのです。意地を張っているわけではありません。真実であるならば、二十年以上探し続けている姉の存在がはっきりしたのであれば、どんな過酷な事実であっても受け入れるんです。でも数字だけのものは私に真実を伝えていません。

特定失踪者の中でも特に同級生の方々の力をいただきまして、本当に大きなご支援をいただきました。日本の中で400人以上いる特定失踪者家族は、あまり声を出していないんです。拉致の認定をもらっていないからです。「拉致でなかったらどうしよう。」と言う不安を抱えて生きているんです。何十年も家族に会えない状態で苦しい胸の内を秘めながら、「でも拉致でなかったらどうしよう。」「批判されるではないか」「特定失踪者問題調査会の荒木さんたちに迷惑をかけるんではないか」と、そんな思いもあってなかなか声を出せません。本当に発展していかないんです。

そんな中で、この美保を支援してくださる方は、大きな、大きな活動を通して支援をしてくださいました。
「そこをつぶしたのかな?」と思わざるを得ないのです。

現場の警察官の方々を批判するつもりはありません。父も山梨県警に40年以上勤めた人間です。(涙があふれる、話が少し涙声になる)現場の警察官の大変な生活、仕事ぶりは、身近でよく知っております。小さい頃、どこかに連れて行ってくれると約束してもそれをきちっと実現したことは少なかったんです。事件がおきれば、即、「今日はいけない。」だから小さな頃は、父は嘘つきだと思っていました。でも、だんだん父の大変さを知るにつけ、これは国民の命と財産を守る大変な仕事をしていると言うふうに思っています。

未だに現場の警察官の方々に、パトカーにあえば、頭が下がるんです。
でも姉の問題は納得できないんです。
真実ではないからです。(涙)

「しおかぜ」の短波放送、10月の終わりから聞かせていただいております
今日からは家族のメッセージというかたちで、荒木さんが家族のメッセージを読み上げてくださいます。私は長い間その手紙を書けないでいました県民の皆様に、美保の状況を訴えることはできても、二十年間なかなか声を上げることのできなかった姉に対して、なんと言えばいいのだろう。かける言葉が見つからなかったんです。
やっとの思いで書いた手紙が、今日読み上げられます。荒木さんの暖かい言葉で。
たぶん美保は北朝鮮で聞いていると信じております。

数字だけで何の一致もしない、DNAでも・・
北朝鮮で美保を見たという方がいるんですけれども、私を見たときに姉の特徴をかなりはっきり伝えてくれました。

「あなたより肩幅がありますね。」「あなたの方が、お姉さんより大きいですね。」

それはいろんなところでそのことを伝えていないんです。そんなことを、その方は言い当てていました。

「バレーボールが得意で運動がとても得意な人でした。」(目撃者のことば)

姉だと思いました。
北朝鮮で、元気で、必死でがんばっていると思っています。

どうか姉の真実がはっきりするまで、また全国にいる拉致被害者、拉致の疑いのとれない特定失踪者のことがはっきりと、真実が明らかにされるまで、みなさまどうかご支援の声を上げ続けてください。

皆様の力で、ここまで世論を盛り上げて、政府を動かして参りました、どうか・・。
これは政治問題ではないんです。
私たちは、家族は政治問題を言っているのではないのです。
家族が家族に会いたいだけなんです。
家族にあわせていただきたいという思いを、皆様に理解してくださってここまで来たと思っています。

どうか、その声をゆるめないで、全員が救出されるまで、お力を貸してください。
よろしくお願いします。
本日は、本当にありがとうございました。(拍手)

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2005年11月18日 (金)

めぐみさん写真展

有楽町に行きました。

会場はたくさんの人であふれていました。
午後1時の時点で、1000名を越えた模様です。
写真はどれも、ご両親の愛情を感じさせるものでした。
ハンカチで目を押さえ涙ぐむ人がたくさんいました。

手作りの子供服が印象的でした。
被写体のめぐみさんに向けられたファインダーの向こうに、滋さんのまなざしが見えるようでした。

入り口には、漫画アクション、西村慎吾さん、松原仁さん、平沼赳夫さん、古屋圭司さん、中川昭一さんなどからの花が飾られていました。署名とアンケートも合わせて行われていました。

会場の主催者のかたに少しお話を伺いました。
会場内は撮影禁止ということで、外部だけ写真を撮らせてもらいました。
めぐみさんご家族の写真の取り扱いに細心の注意をはらっていることがよくわかりました。
シロウトが初めての試みで写真展をやっているので、横田さんご家族のお気持ちを一つ一つ確認しながら、慎重に事を進めたとのお話。

主催者のご苦労の一端をかいま見ました。

パネルも写真の選び方も、カットもご親戚や、お友達にも配慮しているのがわかりました。
パネル作成費、5日間の会場費も相当かかるでしょうし、準備も大変だったと思います。どういう会計になっているかは知りませんが、あさがおの会の方に心から感謝したい気持ちになりました。

ザ・ワイドの特集もきれいにまとまっていました。
(先ほどビデオで確認)
有田さんのコメントも良かった。

この写真展は、「ごく普通の家庭から拉致された」という現実をまざまざと見せつけてくれます。間違いなく世論喚起に繋がります。

しかし、悲しいことに、「朝日新聞が絡んでいるから、この写真展はおかしい」などと言う声も聞きます。
<朝日関係者だから、支援者になれない> と言った考え方は間違っています。
大企業であれば、その関係者は日本中にいます。
ASAという新聞販売店の関係者だから、拉致解決を願ってはいけないなどと言うことはないはずですね。
朝日にだって、NHKにだって、拉致に関心を持つ人がいて、その人達が、味方になってくれれば、力になるではありませんか?

更に「とうとうプライバシーの切り売りまでするのね」という声もあると聞きました。耳を疑いました。

早紀江さんは、「普通の家族として拉致を考えて欲しい。めぐみだけでなく、もっとたくさんの普通の日本人がいきなり日常を奪われたことを家族の問題として見て頂きたい」と、仰っていました。

特定失踪者を含む被害者全員の家族の代表として<プライバシーを晒してまで拉致解決を訴える>横田さん達に向けられる悲しいことばに、唖然としました。

拉致がなければ、こんなことしなくても良かった横田さんご家族。
受けなくてもいい、世間の心ない言葉も、きっと私たちの知らないところでいっぱい投げつけられているでしょう。
様々な場所でいやな思いもたくさんなさっているんだろうな。。
と想像します。

関係者が写真画像の撮影を禁止するのも、写真に関するあらゆるトラブルに配慮してのことでしょう。

良い写真展です。どうぞみなさんも見ていてください。
「横田滋写真展 めぐみちゃんと家族のメッセージ 」
写真展は23日まで、有楽町マリオン11F朝日ホールスクエア・ギャラリーにて
時間:午前11時~午後7時(最終日の23日は午後5時終了)
場所:有楽町マリオン (11階)
内容:めぐみさんの写真、作文、手紙、横田夫妻の記録写真等です。

今後のことは全て未定とのことでしたが、可能であれば、全国で見てもらいたいと思います。

写真の一部は電脳補完録さんで拝見できます。
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2005年11月 3日 (木)

有楽町街頭活動写真報告

少し曇り気味でしたが、さわやかな秋の空気の中、日朝協議に向け、マリオン前で街頭活動が行われました。
ご家族は、最近ひげをはやした、増元照明さん、横田ご夫妻、飯塚繁雄さん。

通りかかる人は、立ち止まり耳を傾け、初めてという方も積極的に署名をしてくださいました。

大介さん、挽回さん、眠れる森さん、参加したみなさん、お疲れ様でした。

家族の願いが、できるだけ多くのかたに伝わりますように!


   


   

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2005年10月29日 (土)

-拉致問題を考える集い-青梅写真報告

「人権講演会とリコーダー演奏」-拉致問題を考える集い-に参加してきました。
プログラムは

青梅市長竹内俊夫氏の挨拶、
多摩西人権啓発活動地域ネットワーク協議会 実行委員長 野村哲也氏の挨拶
続いて、リコーダーの演奏

【リコーダー演奏】 指揮:諸岡忠教氏 演奏:青梅リコーダー・オーケストラ
   演目 野いばらに寄せて  母さんのうた ずいずいずっころばし 戦いのハヴァーヌ 故郷
   
【人権講演会】
 講演者:横田滋氏、横田早紀江氏、蓮池透氏、辺真一氏
 
主催:青梅市、多摩西人権啓発活動地域ネットワーク協議会
後援:青梅市教育委員会、青梅市社会福祉協議会、青梅市民政児童委員合同協議会、
西多摩地区保護司会青梅分会、青梅市自治連合会、
青梅市立小学校PTA連合会、青梅市中学校PTA連合会、
青梅・奥多摩更正保護女性会、青梅私立幼稚園協会

横田滋さんは、国連で人権問題として拉致が取りあげられたことをあげ、日朝協議の相手側が前回と変わらない顔ぶれであることに不満を漏らしながらも、期待と強い希望を述べられていました。

横田早紀江さんは、福島でのお話しを軸に、必ずめぐみを取り戻すまで頑張りますので、ご協力をお願いしますと、開場の涙をさそう、いつもながらのお話しでした。

久しぶりの蓮池透さんのお話は、今までの政府対応への不満、帰国した5人も苦しい思いをしている現実、そして、今回の日朝協議が正念場である。その正念場に国家として戦略をもって真剣に取り組んで欲しいと。
日本の人権問題を取り扱う人権擁護局、人権団体が拉致にもっと大きい声をあげるべきだとおしゃっていました。

辺真一氏は、独自の立場から拉致の解決を訴えていました。

追って、一部ですがテキストにします。
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2005年10月20日 (木)

古川了子さん第3回行政訴訟報告会1

『川人弁護士による裁判報告』10201

皆さんご苦労様です。
弁護団の川人と申します。
私の方から前回の法廷以降今回までの法廷でのやり取りについてご説明したいと思います。

前回の法廷がございましてですね。
要は前回の時に、被告・国側としてですね。
本件については門前払いにしてくれと、こう言う事をはっきり主張したわけです。
そして前回から今回までの間に、と言っても実際には今から一週間前なんですが。
被告側からこういった準備書面1と言う物が出てきまして。
それと合わせていくつかの国会議事録ですね。
などが出て来ました。
それが向こうから約一週間前に提出されまして、今日は主としてその問題についてのやり取りを中心に行ったわけです。

結局の所、今被告側が何を言っているかと言うと、こういう事なんですね。
拉致被害者支援法と言う法律が2002年の12月に出来たわけですね。
第一回の日朝首脳会談の後に拉致被害者支援法と言うのが出来ましたが、要は国側の主張は、被害者の認定をしてもしなくても、いずれにしてもやるべき事はやっていると。
こういう事なんですね。
従ってこの裁判で拉致被害者として認定するように要求が出されているけれども、そういう事の法的な利益が無い。
法的な利益が無い。
こういう事をるる述べてですね、それで具体的に過去に遡ってですね。
拉致問題でどういう取り組みをしてきたかと言う、まぁHPでですね。
彼らが書いている物の写しを裁判所に出してきた。
特に目新しい物は何もありません。

私どもはこれまでも主張した事なんですけども、今日もより裁判官に認識して貰いたいと思いまして、繰り返し弁護団の方から申し上げたのはですね。
古川さんの扱いと田中実さんの扱いを比べれば歴然としている、この問題は、という事なんですね。
古川了子さんについてはですね。
一度たりとも北朝鮮との交渉に名前を出した事がない。
そういうような報告はご家族にも一切無いわけです。
ですから一般的にですね、拉致被害者として認定した15人の方以外にもですね。
取り組みをしているといってもですね。
具体的にその問題で北朝鮮に対して追求して交渉したと言う事実が無いわけです。

他方ですね。
田中実さんに関しまして、今年の4月にですね。
この裁判が提訴された以降ですけれど、今年の4月の下旬に政府が16人目の拉致被害者として認定したと。
で、その後すぐですね。
北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に対して、彼を拉致被害者として政府は認定したと。
そしてこの件についてきちっと北朝鮮に対して真相を明らかにしなさいと。
彼を帰国させるように扱いなさいと。
いうことで、日本政府は北朝鮮政当局に要求をしたと、言う事であります。
それは新聞報道などで明らかなわけです。

ですから認定しても認定しなくてもですね。
違いはないんだと、同じようにやってるというのは、これはもうどう見てもおかしいわけですよ。
だけどもその当たり前の事をですね。
とにかく国側の代理人としては認めようとはしない。
結局ですね。
彼らが書いてる書面にはですね。
特に田中さんの問題については書けないんでしょうね。
一言も触れてないんですね。
私どもは田中実さんについては繰り返し今までも書面で触れているわけです。

一応裁判の書面では相手方の言ってることに反論をする書面でしょう?
今私が言った事はこれまでも繰り返しですね。
書面でも、田中実さんのケースと古川さんのケースの違いを主張しているわけです。
ですから彼らが反論を書いた言うんであればその事に触れてなければならないわけですね。
だけども反論は以上ですって言って、田中さんの事は一言も書いてないです。
つまり彼らの言ってる事と辻褄が合わないから、書きようが無いわけでしょうね。
それが今日のやり取りであります。

皆さん方から見られてですね。
しかしそれにしても裁判官はもっとなんで強く言わないんだ?と、被告国側に?と、思われたと思うんですね。
私どもも、もちろんそういうふうに思います。
ただですね、行政訴訟と言うのはなかなかですね。
裁判所もですね。
国側に変な意味で配慮すると言う所が、どういう事件でもございましてですね。
我々もですね。
そういう意味では裁判所を一つ一つ粘り強く説得してですね。
裁判官を味方に付けていくという活動をしなければいけないというのがありまして、現在の時点では余り強く裁判官を追及していくという法廷姿勢は取らないということであります。
もっぱら被告側を追求すると言う事で、裁判所にはですね。
あくまでもこちらの立場に立って判断をするように粘り強く説得すると。

今後の問題なんですけども、次回12月の6日という事になりました。
裁判所の方としては、向こう側が一週間前に出した書面についてですね。
反論の書面を出してくれと言うことなんですね。
でも、反論と言うか、我々も言う事は言ってあるんですけど、とにかく一応書いてあるものをそれは出しますと。
それはまぁ約束をしたんですが、合わせてですね。
本件に関して訴訟をどんどん進行して貰いたいと思いますので、次回は証人のリストを裁判所に出そうかと今思っています。
ですから具体的にですね。
証人申請をして、こういう人から裁判所に事情を聞いてもらいたいというリストを提出しようかと言うことで考えています。
具体的にはご家族と共に、安明進氏などの証人リストを次回裁判所に提出しようかと思っています。
今検討中でございます。

今日はですね。
日弁連、あるいは警察などに出してきておられます、竹下さんが作られた当時の彼女が失踪した当時の経過がわかる詳細な図面ですね。
どの場所からどういうふうにいなくなったという、図面など。
あるいはそれらについての写真ですね。
現地の方、我々よりもご存知でしょうけれど、彼女が立ち寄る予定で結局立ち寄らなかった美容室が、まだ同じ所にあるんですよね。
そういう所を含めて写真等も提出いたしました。
更に原告の竹下さん私どもが調査した内容のポイントなどについても、書面として出した次第でございます。

最後にですね。
向こう側が今後どう出てくるかと言う事なんですが。
おそらくですね。
今日やり取りした域のことは出てこないという可能性が高いと思います。
今の所。
向こうではおそらくいろんな議論をしているんだと思うんですけれど。
ですので次回、あるいは次々回位はですね。
いよいよ裁判所が決断を迫られる段階に入ってくると思うんですね。
今のところは裁判所もこちらが強く言うと、検討してくださいと向こうに言ってますが、裁判官はそろそろどこかで決断しなければいけない時期に近づいているわけですね。
その点では私どもも、裁判所を説得するためにはどういう点が大事かと言う議論をしてですね。
法廷に臨んでいきたいと。

中々傍聴席から聞かれていて、いらいらするやり取りかと感じられたと思うんですけれど、今申しましたような意味でですね。
次回、もしくは次々回はかなり重要な局面に入るかと思います。
向こう側の準備書面ですね。
とにかく認定してもしなくても一生懸命やると繰り返し言ってますので、これはある意味逆手にとってですね。
特定失踪者の方々についてですね。
何をやっているのか?と、どんどん追求して要請を強めていく必要があると。
とにかくしてもしなくても一生懸命やると繰り返し言ってますので、その通りにやってもらうのはそれ自体は重要な事です。
ですからその辺りはある意味では逆に活用してやっていただければ良いかなと、そのように思っています。
どうも私の方からは以上報告いたしました。
では、後は珠路さんの方から・・・―――――――――――――――――――
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古川了子さん第3回行政訴訟報告会2

『竹下珠路さんのお話』
10202

こんにちは。
皆さんありがとうございます、お忙しい中遠くまでありがとうございます。

私どももこの準備書面と言う物を読ませていただいた中で、本当に皆さんと一緒にイライラすると言うのが現実なのですけども。
準備書面といって出された中に国会での審議の書類が入っていたんですけれど、今日ちょっと読ませた頂いた中でも、警察庁が「証拠があれば認定する」と言う文言があちこちにありまして。
証拠集めを、これは荒木先生が前々から言って頂いてる、証拠集めをして拉致認定に結び付けると言う日本の警察のやり方が本当にそれで拉致という事につながっていくのか?と言う思いが。
警察はそれで証拠集めを一生懸命していても、それは証拠が出ないから認定されないという事になってしまうのか?というのを、つくづく感じます。

つい3週間ほど前に、千葉県警の担当官の方が私どもの方にも中間報告だと言う事で来て頂いたんですが。
「その後何にも証拠が出ないんですよね」って、彼らも言っているんです。
そこの中で国が証拠があったら認定すると、ここの同じ国側ではありながら矛盾では・・・
どんな証拠を?と言う私も求めたいんですけども、それでは拉致認定にいつまで経っても、警察の今のやり方ではつながらないんではないかな?と言うのが本当に歯がゆい思いをしております。
もっと色々な面から警察も考えていただかないと、それから千葉県警の例でも担当官は
「千葉県内から失踪した全ての人について捜査をしていただいているんですか?」
と私が踏み込んで尋ねた所が、
「いや私たちは古川事件に関して、これは告発されているので捜査しております。
それからもう一件千葉県では、加瀬テル子さんの事件に関しても捜査チームを作って捜査しております。」

「それ以外全般的な千葉県内の色々な特定失踪者の方々について捜査はしているんですか?」
と重ねて尋ねても「僕達には分からないんです」と言われてしまいました。
そういう県警外事課の返事をしているかもしれないし、してないかもしれないというのが、本当に暖簾に腕押しと言う感じがしてなりません。
弁護士の先生方と調査会の皆さん、救う会の方々にも政府が前進するようにお力を頂きながら頑張りたいと思いますので、どうぞ皆さん方もよろしく応援をお願いいたします。
ありがとうございました。(拍手)
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古川了子さん第3回行政訴訟報告会3

『増元照明さんのお話』

10203
ご苦労様です。
裁判を聞いていて、先ほど川人先生が仰ったように「何を言ってるんだ、こいつら」と思ったんですけども。
実際、家族会は認定被害者家族ですけども、認定と非認定の場合、非常に差があると思っております、私たち自身も。
私も調査会の一応理事をやってますので、外務省関係で佐々江局長たちとお会いするのは家族会・認定の家族だけです。
その他非認定の方たちに関しては直接佐々江さんと会う事も、今のところ誰も会っていないと思います。
それだけ差が出ていると言う事。
それが法的にどういう利益なのか分かりませんけども。

実際認定と言うのは2002年の9月17日以降、ちょっとハードルが高くなったんですね。
証拠が有る無しに関らず、横田めぐみさんは一応警察では拉致容疑事案に入ったんです。
それが9月17日金正日が認めたがゆえに、認定と言うふうになった。
それまでは私たちも拉致容疑事案であって、政府認定ではなかったんです。
ただ国会で一応6件9人、それはまず間違いないだろうという国務大臣、自治大臣の答弁があったので、一応認定と言う形になったのだと思いますが。

更に認定がされたのは横田めぐみさんが1997年の3月だと思いましたけど、国会答弁の後にされました。
有本恵子さんは2002年の3月、やはり東京地裁で八尾恵が証言して認定されました。
その時は政府認定ではなくて警察認定と言う形なんですけど。
ですから非常にこの認定と言うの。
警察がそこまで容疑事案としてあげても、官邸がそれを認めない限りは国側の認定にならないんです。
これが一番問題で、官邸サイドが増やそうとしていないので、一番攻めるべきはおそらく官邸だとは思うんですが。
これから私たちの運動で官邸がどう動くか?
それは私たちにも全然良く分かりません。
でも実際この拉致問題の全面解決までにはこの拉致は終わらないと感じておりますので、私たちは一生懸命やっていきたいと思います。
よろしくお願いいたします。(拍手)

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古川了子さん第3回行政訴訟報告会4

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表のお話』10204


今日はどうも、皆さんお忙しい所をありがとうございます。
今先ほど川人先生のお話をちょっと聞いて思ったんですが、やはり政府が認定しているとしていないに関らずちゃんとやってると。
言う所を、我々はもっと効果的に使っていく必要があるのではないだろうか?と、いうふうに思います。
今竹下さんが言われた、告発している人以外はやってるかどうか分かりませんと。

これもし何かちょっとでもやっていれば、おそらく警察はやってますと言う風にですね。
一応10にしても100にしても言うだろうと思いますから、分からないと言う事はやってないと、言う事だと思います。
これだけでも認定しているのとしていないのとの違いがハッキリ分かるのではないだろうかと、言うふうに思います。

今年の6月の参議院の内閣委員会の官房長官の答弁でですね。
ともかく認定については、要は民主党の森ゆうこ議員が「認定の枠をもっと広げても良いんじゃないか?」と言うことを言ってるわけですが、官房長官は「ちゃんと証拠が集まって警察が調べて、証拠が集まった物について認定する」と言う答弁をしております。
これも考えてみれば逆に使えるのではないか?と思っておりまして。
警察の責任で認定するのであれば、逆に認定をしていなかった方が拉致だと分かった場合は、当然警察が責任を問われるべきことですね?
警察の捜査によって分かったんではなくて、例えば曽我さんのように北朝鮮側が発表したことによって分かったと。
いうことであれば、当然それまで分からなかった、曽我さんの場合26年間ですか?
分からなかった事の責任をですね。
誰かがとって貰わなければいけないはずであると、いうふうに思います。

で、この6月の参議院の内閣委員会の時には官房長官はお詫びを一言言ってます。
おそらく私が覚えてる限りでは、これが政府がお詫びをした初めてのことではないかな?と、いうふうに思っておりまして、少し私も脅かしを込めてですね。
もしそういうことが分かったら警察庁の長官も当該県警の本部長もですね。
当然皆辞表を出すんだろうなと、いうふうに書いてあります。

尚且つこういう言い方をすると非常にご家族の方もおられるんでちょっとあれなんですが。
それでも帰って来た方に謝ることが出来ればまだマシな方で、もう謝ることもできない状況になってしまっていたと、いう事にでもなったらですね。
その時は辞表なんかでは済みませんよと、と言うふうにですね。
ちょっと今あちこちで言ったり書いたりしております。

だからもしそういう所で責任を取らされるのが嫌であれば、だったら警察だけでは出来ないんだと。
認定と言うことだけでは、拉致は解決できないんだと言う事を警察自らハッキリしろと。
言うふうに言っておりまして、こういう形で古川さんご家族にご無理をいただいて、そして法律家の会の先生方が一生懸命やっていただいているお陰で、ある意味で言うとそういう部分にいろんな所に道が開けているんではないかと言うふうに思っておりますから。
我々もこのことをですね。
私たち自身がこの訴訟のことを出来るわけではありませんので、この訴訟でやってる事を基礎にして、更にいろんな形の取り組みをしていきたいと思っておりますので今後ともよろしくお願いします。(拍手)
―――――――――――――――――――
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古川了子さん第3回行政訴訟報告会5

『質疑応答1(質問者・生島馨子さん 特定失踪者・生島孝子さん姉)』

★川人弁護士

何かご意見、あるいはちょっとこの点が良く分からないと言うようなご質問等ございましたらどうぞご遠慮なく。
もしマスメディアの方がいらっしゃったら挙手していただいて結構です。
もしありましたならどうぞ。
はい、どうぞ。

※質問者 生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さん姉)

生島孝子の姉の生島馨子でございます。
3回ほど傍聴させていただきましたけど・・・裁判の事についてはど素人ですのでお任せする。
それから調査会の方で色々お骨折りいただいているので、そうじゃなくて疑問に思うと言うか不思議に思うことをちょっとお聞きしようと思ってるんですが。

この行政訴訟を起こした当時、起こしましたと言う簡単なニュースは流れたんですね。
その後、まぁ被告側の回答がああいう物だから、マスコミでは取り上げようが無いんでしょうけれども、そういう事に関して余り報道されないんですね?
一方現実には認定された方とされてない者と、交渉の場のテーブルにも名前も直接出て来ない。
官房長官の談話なんかでも、会見なんかでも「その他にもいるようだし」と言う言い方しかしないんですね。
で、そういうような理解で・・・当事者も、国と言うのは当事者ですよね?
当事者もいるし、マスコミもそこら辺がキチッと分かってないし。

それから国会なんかでも質問はしてくれますけども、質問なさってる方も、この間の山谷さんのあれなんかを見てもね。
ちょっと扱いに差があるんだというのを分かってるのかなぁ?と言うのを、感じがしないでもないんですよね。
そして、「全員救出をするまではどうとか」っていうような答弁があるんですけども、拉致被害者という言葉の理解がそれぞれの立場ですごく幅があるように思うんですね。
政府はもしかすると、認定した者だけに思ってるんじゃないか?と思うし。

一般に運動してくださっている方には、当然それは認定者だけじゃなくて調査会で色々情報を得て告発した人も入ってるし。
名前の分かってない最後の一人までね。
救出するまでが拉致被害者っていうふうな理解して運動している。
私たちは「全員帰って来るまでよ」って簡単に言うわけですよ。
で、そういう言葉からすると推察されるのは、全員帰ってくるというのは認定されて無い人も入ってるんじゃないかなぁ?と思うわけですよね。
その言葉の幅がすごく広いので、裁判、係争中のことはあまり報道したり運動に使ったりしたらいけないんでしょうかね?
もうちょっと一般の人たちに、こういうようなことを知ってもらえるようなことは拙いんでしょうか?

あの例えば差があるという事実ね。
こういうふうに差があるんですよ、3回も(裁判を)やってるのに国の方は態度が全然変わらないんですよと。
そういうことをもうちょっと一般の人が分かるようにですね。
分かりやすく広めてって言うか、理解してもらえるようなことは出来ないんでしょうか?と、思うんですが。

★回答 川人弁護士

仰るとおりだと思うんですが、ちょっと色々その辺り、努力させていただきたいと思います。

★回答 荒木和博調査会代表

改めて(裁判も)もう3回目になるわけで、改めて向こう側が動かそうとしないと言うことは完全に明らかになっているわけですので。
今パッと思いつきませんけど、ともかく、古川さんの訴訟の事に絞って分かるような物を何かの形にまとめて公に発表すると言う事くらいは、それほど難しいことではないので。
そこはそうですね。
この訴訟の問題だけでひとつちょっと分かりやすくアピールできる物をちょっと考えて見ます。
これはですからマスコミがと言うことではなくて、我々が発信するという事になるわけですけども。
マスコミの中にも関心を持ってる方はいるので、今生島さんが言われた事を頭に置いてその部分をやってみたいと思います。

ですから拉致被害者がどこまでの枠かと言うのは、これは一人でも多くの人が大声で、全部最後の一人が帰ってくるまでは、帰ってこなきゃ駄目なんだと言う事を言い続けて既成事実化していくしかですね。
方法がないと思います。
政府の方は出来るだけ今の16人のところで止めておきたいと。
拉致被害者というイメージもそこまでにしておきたいというイメージ、だと思うんで。
それでもあの前は完全にそうだったわけですよね?
完全にそうだったものが、やはり世論が認定した被害者だけじゃないんだと言う事が分かって来た事によって、政府も少なくとも一言は付け加えなければいけないというふうになって来ている訳ですから。
これはもう世論が大きくなれば変わらざるを得ないと思うので、我々も注意して考えていきたいと思います。

※質問者 生島馨子さん

お願いします。

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古川了子さん第3回行政訴訟報告会6

『質疑応答(質問者・川添友幸 救う会神奈川会長)』

★川人弁護士

更にご質問ご意見等ありましたなら、あ、どうぞ。

※質問者 川添友幸・救う会神奈川会長

救う会神奈川の川添と申します。
ちょっと気になる点があってお聞きしたいなぁと思ったんですが。
先週例の、警視庁公安部がですね。
よど号の裁判の中で、「福留貴美子さんが拉致被害者では無い」と言うことを明言すると言う発言がありまして。
私たち神奈川の会では慎重に反論を書いて発表したんですが。
今まで初めてじゃないかと思うんですね。
拉致被害者ではないと言う事を言っていたと。
私たち心配していたのは今日の裁判を見ていて、最後は政府がそういうことを言ってくるんじゃないのかなぁ?と、言う事を感じたんですが。
あの、警視庁公安部の発言がこの裁判に影響すると言う事は、出て来る可能性というのはあるんでしょうか?
お願いいたします。

★回答 川人弁護士

あのですね。
拉致被害者として政府が認定しないと言う場合にですね。
ちょっと大別すると二つのタイプのグループがあると、被害者の。
一つはですね、典型的に古川了子さんのようにある日突然失踪して、それで警察や政府が言う所のハッキリした証拠がないと、言う事で認めてないケースですね。

で、もう一つは北朝鮮にいたことは事実だけども、要は自由意志で行ったと、言うふうな趣旨。
そこまでハッキリ言わなくてもそれに近い奴。
この間の証言は自由意志ってハッキリ言ったんですかね?
裁判では?
自由意志とは言わなかった?

★岡田和典 特定失踪者問題調査会理事

一度帰って来ているにも拘らず、そこで訴えだとかそういうものが無かったじゃないか?と。
で、そのまままた(北朝鮮に)帰ってるじゃないかと、そういうような話ですね。

★川人弁護士

ああなるほど。
つまり本人が、広い意味で自由意志という事になりましょうか。
そういう趣旨であると。
で、従って認定しないと。
多分大別すると2種類のタイプがあると思うんですね。

それでですね。
後者の方についてはですね。
あるいは他にも良く似た事案があるのかどうか分かりませんが、もうそういうことを考えて言い出したのかも知れませんね。
ある意味で言えば、有本さんのケースなどもですね。
騙されて行く訳ですけども、そういう100%暴力的な拉致の場合と騙して行く場合と比べて。
つまり騙して行く場合と言うのは、法律的には内心ですね。
瑕疵ある意思表示というんですけども、物理的な意味で拉致されたり連れて行った者と比べると、あるいは論争をしようと思えば、向こう側がですね。
騙されて連れて行かれたのか?自分の自由意思で行ったのか?と言うことが、論争しようと思えば向こうが出来る余地がややあると。
つまり色々な嘘の証言を集めればですね。

ですので、あるいは前回のよど号事件の証言の話は、今後そういう自分の自由意思で行ったのかどうか?というタイプの拉致認定に影響する事案ではないかと思います。
古川さんの事案は、そういう意味ではそういう議論になる余地は全くないと思います。
そういう意味での違いはあると思います。
ただ全体としての問題として、田中さんの認定が4月下旬にやられたわけですけども、その後新たな認定は今の所無いわけですよね。
そういう意味では、政府の方としては拉致の認定に消極的であると、変わってないということはあると思いますので、この裁判その他の活動を通じてですね。
その点の姿勢を正していく事は必要ではないか?と思っております。
そういうふうに思っております。
ちょっと補足をね・・・

★岡田和典 特定失踪者調査会理事

調査会の理事の岡田でございます。
ちょっと今の自由意志云々の話なんですけども、例えば田中実さんのケースなんですけども。
私ども兵庫県警に繰り返し拉致認定を求める。
そういう、外事の方に出向いて話をしておりますとですね。
自由意思で行った可能性はあるということは必ず匂わせながらですね。
だから中々拉致認定にならないんだと、そんな事も言ってるわけですね。
付け加えるわけですね。

ただですね。
この点についてはですね、非常におかしな訳ででしてね。
現実に4月の終わりに拉致認定された。
またこのですね。
去年の暮れぐらいにですね。
どうも田中実さんはですね、自分から進んでといいますかですね。
ラーメン屋の親父にですね、一緒に連れて行ってやると言われてると言う事をですね。
周辺に相談していたとか、そういうような情報が去年の暮れから初めて出てきたんですね。

最終的にはですね。
どんな情報が出てきたかと申しますと、養護施設の理事長のところにですね。
卒業してから、その養護施設を卒園してから1回だけ訪ねてるんですね。
その時にですね。
「僕は籍を売ろうと思ってる」と。
そういうふうな話すらもしているわけですね。
それが丁度、拉致認定の前くらいに出てきてるわけですね。
となってくるとですね。
自由意思で行ったか?と言う点ですね。
これがまだハッキリと明確な物が無いにも拘らず、拉致認定になったということですね。

もう1点ですね。
様々な伝聞情報、または雑誌などで、暴露・告発等によってですね。
田中実さんが北朝鮮に拉致されたと言う事は色々と取り沙汰されたわけですね。
ただ現実に、田中実さんを政治軍事大学で見たと、金正日の政治軍事大学で見たという証言があったのはですね。
安明進一人なんですね。
他には無い訳ですね。
こういう点からも含めてですね、向こうでの目撃証言があるいう点。
これは古川さんと共通する安明進氏の証言のみですね。

で、今言ってるのは自由意志云々という事になってくるとですね。
これもどちらかと言えば、今16人認定されている中ででもですね。
(田中実さんは)自分の意思で行った可能性が一番高い方でもあるわけです。
自分で籍を売りに行くんだと言う事をわざわざ周りに喋ってると、言うようなことででしてね。
この点もなぜ拉致認定されたのか?と言う点になるとですね。
はなはだ明確な根拠があるとは思えないわけですね。

非常に摩訶不思議なのはですね。
この古川さんの裁判、こうして続けているわけですけれども、何を思ったのかですね。
先日の、神奈川の川添さんから今お話がございました、よど号の帰国に関する裁判が先日行われた折にですね。
警視庁は何も聞かれてもいないのにですね。
わざわざ「福留貴美子さんは拉致被害者じゃない」と言う事を、極めて踏み込んだですね。
必要の無い裁判での発言をしているわけですね。

で、この古川さんの裁判においてはですね。
いまひとつ踏み込んで来ない。
逃げてばかりでいるにも拘らず、否定する部分についてはですね。
極めて積極的な必要も無いことをですね、言うてると。
じゃあ被害者で無い根拠は何なんだ?と、いう事になってきたときにですね。
その警視庁の公安の裁判の説明によるとですね。
福留さんはモンゴルに行きたい行きたいと言っていて、騙され諌言によってモンゴルに行って、騙されて北朝鮮に行ったもんだと言うふうに我々は考えているんですけども。

そのあとよど号のメンバーの指示によってですね。
日本に今一度再入国しているわけですね。
こうして日本に今一度入ってきたときにですね。
本当の拉致被害者であればですね。
いくらでも逃げられる自由とかそういう物があったんだと、それをしていないから拉致被害者じゃないんだと。
いうような説明をしているわけなんですね。

こういうところからでも、古川了子さん、あるいは田中実さん、また福留さんのこういうものを通じてですね。
国の姿勢と言うものが、垣間見えるわけですね。
何としてでも勝ち取っていきたいと思ってる次第でございます。

★川人弁護士

ちょっと法律家としての見解を申し上げます。
これちょっと私の個人的見解ですが、将来必要であれば法律家の会としての見解を出したいと思いますが。
おそらくですね。
次のどちらかの用件を満たしておれば自由意志ではないんですよ。
まず、向こうに行く時に、騙されたりもちろん暴力的に拉致されたりした場合、こういう場合は自由意志ではない、拉致であると。
これはまず明確ですね。

もう一つはですね。
そうであるかないかに関らずですね。
つまり全く100%共和国は素晴らしい国だと思って行ってもですね。
今度は向こうから自由に国を出られないと、そういう場合はですね。
これも拉致の被害者として、厳密に言うと言葉的には監禁の被害者なんですけども、そういう形で被害者として認定するべきだと。
だって自分の国籍である日本に自由に出国出来ないというのは、身柄を拘束されているのと同じですから。

ですから私は自由意志議論が問題になるとすれば、それは(日本を)出る時、または、且つじゃなくてね。
(日本を)出るときに何らかの形で騙されたりしていると。
または(日本を)出るときに仮に100%自由意思で出て行ったとしても、もう(北朝鮮を)出られなくなった状況になったときには、それはまた被害者として認定するべきだと。

例えばですね。
始めに騙されて(北朝鮮へ)行ってですね。
そして向こうで生活している間に様々なしがらみが出てきた結果、まぁ、言葉の上では帰りたいとは言わないとか、日本に。
あるいは寺越さんのような状況になったりすると言うことがあるわけで、ですから今現在ですね。
その人がどういうふうな表現を使ってるかどうかは、一番始めのところで犯罪行為によって連れて行かれている場合にはですね。
今その人がどう言っているかと言うことは基本的には関係ないです。
被害者なんですね。
連れて行かれたという場合、その後しがらみの結果、今は自分が日本に戻りたいとは思わないと、仮に言葉として使っているか使ってないかですね。
そういうことは基本的に問題ではない。
被害者の認定のあり方は、おそらくまたは、ですね。
(北朝鮮に)入っていく、または(北朝鮮を)出られないと言う、どちらかを満たしておれば被害者と考えるべきで、自由意志と言うのは本来ほとんどのケースで有り得ないと。

よど号の犯人はどうですかね?
この辺になってくると、それでもあり得るかもしれないですかね?
そういうふうに思っています。
また今後色々議論をしていきたいと思います。

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古川了子さん第3回行政訴訟報告会7

『質疑応答(質問者 時事通信・ヤマネ氏)』

※質問者 時事通信・ヤマネ氏

すみません。
時事通信のヤマネと言います。
さっき川人先生が次回あるいは次々回、裁判官が決断を迫られると言う・・・具体的にどういうふうな展開になりそうなんですか?

★川人弁護士

こちらとしては証人採用決定を求めていくという展開にしたいと思うんですよ。
つまり向こうはこれ以上乗れないと言うわけですよね。
ここに書いてある以上は。

で、普通の裁判だとですね。
こちらが主張しているように古川了子さんは、こうこうこういう経過で突然失踪したと。
こちらが言ってる事に対して、その事実は認める、あるいは認めない、分からない。
このどれか答弁をしなければいけない、普通の裁判ではね。
突然何月何日にいなくなったと、こちらは言ってるわけですね。
7月の7日にいなくなったというふうに主張していると。
その事実に対して、認める・認めない・分からない、このどれかを答弁しなければいけないというのが裁判のルールなんですよ?
所がそれをしないわけですよ、向こうがね。
だから実態審議に入らないで門前払いしてくれと言うのがそういう意味なんです。

通常の裁判だと認める・認めない・不知ということになってですね。
どれかなんですけど、それはなぜやるかと言うと、認めると言う部分に関しては証拠調べをする必要はないわけですよね。
で、争いになってる部分だけ、証人調べをしていくわけですよね。
ですから始めの内は書面のやり取りが続くというのが裁判なんですね。
ところが本件の場合は向こうがいつまで経ってもそれを応えないわけですよね。
ですので、こちらとしては見切り発車をして、相手が応えないと言う事は、全て争うという趣旨だと考えてですね。
どんどん証人調べをしていきたいと。
だから彼女が失踪した経過も含めてですね。
ご家族の方にも証人に立ってもらってですね。
どういう経過でいなくなったかと言う経過も含めて、証人調べに入っていただくと。
そういうことを裁判所に要求したいと思います。

そうしますとその時点で裁判所としては、証人決定をするかどうかと言うことで迫られてくるということですね。
向こうが言うように門前払いをするということは、証人調べを一切しないということですから。
ですからこちらが証人調べを求めるという事に対して、裁判所としての態度決定が迫られていくと。
そういうふうに理解いただければと思います。
ですから次回・次々回がその辺のやり取りが、裁判所としてもそろそろ、だから3人の間でそろそろ議論をしているんじゃないでしょうか?
どうしようか?というような話を、多分そういうような展開になると思います。

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古川了子さん第3回行政訴訟報告会8

『質疑応答(質問者・増元照明さん)』

★川人弁護士

他にございますか?
なにか取り組みその他でインフォメーションとかございますですか?

※増元照明さん

川人さん、先ほど裁判の中で彼らは認定してもしなくても、やってる事はやってると言う事は。
政府認定と言うのは総理の認証が要りますので無理だとしても。
彼ら自身は、じゃあ古川了子さんが拉致されていると認めることになるんじゃないですか?

★川人弁護士

そこは言わないんです。
言わないんですが事実上はそういうふうに近いわけです。
近いんですがハッキリは言わない。

※増元照明さん

今回の裁判は古川了子さんの拉致を認めるか認めないか、ということですが。
最終的には総理に認証させるしか無いと言うことなんですが、そこまで持っていくと?

★川人弁護士

裁判所が判決で認めれば、政府、内閣総理大臣はそれに基づいて認定しなければいけないと、こういう事になります。

※増元照明さん

裁判所の?

★川人弁護士

裁判所の決定に総理大臣が従って認証するという事になります。
それは三権分立の考え方からしますと、裁判所が決定したらそれに従わなければいけない。
こういう事になります。
それを求めているということですね。
で、向こうはそれは一種の専権事項のようなことで行政のフリーハンドにして貰いたいという事で、逃げてると。
やる事は一生懸命やってますと。
後はまぁ行政に・・・

※増元照明さん

言ってる事は同じことですね?

★川人弁護士

まぁ同じ事なんですけど、形として判決で内閣総理大臣の行為を縛るようなことはしないで欲しいと、こういうことですね。
本音はそういうことです。

えっと、よろしいでしょうか?
そうしましたら長時間ありがとうございました。
次回もですね、今日傍聴券の発行は無かったんですが、多分次回もないと思います。
裁判所の最近の傾向としては、定員とほぼ同じくらいの場合はですね。
多少多くなっても傍聴券の発行はしないと言う扱いになっているようです。
これは単純に理由は傍聴券を発行する職員の数が足らないと言う事、それだけの話なんです。
ですので、おそらく次回も傍聴券の発行は無しという事になるかと思いますが、従いまして、11時半でしたか。
まぁちょっと早めに来ていただければ、そうですね、20分か30分前くらいには法廷に入っていただいた方が宜しいかと思います。
どうも本日はありがとうございました。

・・・報告会終了・・・

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2005年7月31日 (日)

ババ抜きと化した六カ国協議

ババ抜きと化した六カ国協議
蒼き星々掲示板 ALLEN W. DULLES さんの投稿
(2005年7月30日)

北朝鮮2000万人を生かすも殺すも、アメリカと日本の胸三寸次第、
日本はためらわず「経済制裁」せよ

-------------------------------

 北朝鮮の各問題をめぐる「6か国協議」の真実が、次第に明らかになってきている。
 一言で言えば、「ババ抜き」である。
 イラク戦争に手こずっているアメリカは、北朝鮮を空爆したい衝動にかられながら、ホワイトハウス内での穏健派に阻まれて、強引な軍事行動に踏み切れないでいる。
 韓国外交部の情報筋によれば、金正日総書記は、軍部の最高指揮官である「国防委員長」であるにもかかわらず、米韓が共同軍事演習を行うと聞けば、すぐに「自宅の地下壕」や地中深くの「地下要塞」に潜り込んで、ブルブル震え、日本海に米第7艦隊が姿を現し、海中に潜水艦隊が潜行して北朝鮮に向けて、核弾頭付のミサイル発射の態勢を取っているとの情報をキャッチすれぱ、また直ぐに地下壕に駆け込んで、ブルブル震えていると言われている。

 そんな情報を得ているブッシュ政権は、北朝鮮を「赤子の手を捻るように簡単に処理であきる」と馬鹿にして、いつでも攻撃できる態勢にある。言い方を変えれば、「虫けら」扱いなのだ。

 この煩わしい存在の北朝鮮にかかわっていては、財政上もムダ遣いしかねないので、まずは、北朝鮮という「怪物」の産みの親である中国とロシア(旧ソ連)に「ババ抜き」させ、このババを引いたのが、中国だった。

 中国もメンツを重んじる国であるから、「議長国」として何とかこの場を体よく切り抜けたい。
 できれば、ババをアメリカに引かせて、最終処理を任せたいのである。その最終処理のうち、「北朝鮮の生殺与奪権」は、アメリカが左右するものの、仮に生かすとした場合の財政的な面倒は、アメリカの同盟国である何でも言うことを聞かねばならないことになっている「日本」に押しつける。
 韓国もズルイから、「太陽政策」などといういい加減な「自衛策」を掲げて、北朝鮮からミサイルが飛んでくるのを防ごうと懸命である。電力供給という「アメ」をしゃぶらせて、何とか「6か国協議」の場に引っ張り出出すのに成功した後、電力供給にかかる費用の一切合切は、日本に負担させるという腹積もりである。
 そのくせ、「6か国協議」では、「日本外し」を演出し、「拉致問題は日朝2国間の問題だ」といって、議題に乗せようとせず、共同合意文書にも記載されまいとガムシャラにガードしている。
 これらの姿から何が炙り出されてくるのかと言えば、やはり、「アメリカに掴まされたババ」を何とか、アメリカにつかませようという責任回避の姿勢と見苦しいほどの浅ましさである。

改めて考えてみるまでもなく、
大東亜戦争が終わって60年、朝鮮戦争休戦(1953年7月27日)から52年を経ていながら、北朝鮮の国土は、ほとんど「荒廃」したままの状態にある。約2000万人の食糧やエネルギーを「タダ」で供給し続けなければ、この国は、崩壊し、餓死者が累々として凄まじい地獄絵図が現出してしまう。それを避ける第1の責任は、金正日総書記ほか支配層にあるが、こんな「出鱈目な怪物国家」をつくった中国とロシア(旧ソ連)の責任は重く、放置もしていられない。かといって、莫大の資金を要する「援助」を続けるだけの力はない。約2000万人をタダで食わせ、生きさせるというのは、いかに「中華大帝国」「ロシア大帝国」といえども不可能に近い。
 となると、やはり、この北朝鮮という「ババ」は、アメリカに押しつけ、その尻尾をついてくる日本に任せるしかない。中国とロシア、韓国が、そう計算し打算するのは、至極当然と言えるだろう。 日本の大半のマスコミ論調は、「日本は蚊帳の外」とか「相手にされない日本」「日本孤立」などと適当な解説をしているが、みな出鱈目である。
 「6か国」のなかで、最も「優位」に立っているのが、わが日本国であることを忘れてはならない。北朝鮮の最終的な生殺与奪権を握っているのは、アメリカではなくこの日本であるからである。アメリカは、北朝鮮を「主権国と認める」とか「侵略の意図はない」と適当なことを言っているけれど、これは、あくまで「現在に限る」ことである。アメリカの腹の底には、「いつでも総攻撃した叩き潰す意図」があり、今日言ったことが、明日守られるハズはない。仮に総攻撃しないとして、北朝鮮を実質的に生き延びさせられるのは、日本のみである。北朝鮮約2000万人国民を生かすも殺すも「日本の決断次第」「日本国民の世論次第」なのである。それも、「拉致問題の解決」なしには、経済援助ほかのあらゆる支援は、絶対に始まらない。
 幸いにして、アメリカ以外の「中国、ロシア、韓国」は、「拉致問題は、日朝間の問題」と言ってくれている。「関知せず」ということある。「日本が好きなように北朝鮮と交渉すべき問題だ」とわざわざフリーハンドを与えてくれているのである。こんな都合のいいことはない。
 自民党の安倍晋三幹事長代理も、はっきりと言っているではないか。「困っているのは、北朝鮮なのだ」と。拉致被害者を返さないで、いつまでも「人質」として取っておく限り、日本は、いつでも「経済制裁」できる権利を持ち、行使もできる。まず、万景峰号の入港をストッブさせれば、金正日総書記ら北朝鮮中枢に向けての「資金」を中断でき、大打撃を与えることができる。「6か国協議」により、アメリカが、食糧やエネルギーを援助を再開したとしてもこの打撃は、深刻なものになる。ましてや、アメリカの援助だけでは、未来永劫にわたっていつまでも約2000万人の生存を保障できるわけではない。日本こそ、北朝鮮の国家建設を成しえる国であることを絶対に忘れてはならない。この自負と自信とを持って、ためらうことなく、「経済制裁」に踏み切ればよいのである。「6か国協議」を気にする必要はまったくない。何しろ「6か国協議に持ち込むな」と言われているのであるから、堂々と断行すればよいのである。お分かりか?

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ソウルトレイン上映会にて~写真報告~(1)

7月31日行われたソウルトレイン上映会会場の模様を写真で報告します。
脱北者の方が作られたストラップ




ストラップと一緒に配布されているメッセージ
  
 
トークショーの様子


加藤さん


フィリップ ジュン バック牧師
 
 
協力を訴えるお嬢さん 


署名のお願い    
 

釈放要求のはがき 

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2005年7月11日 (月)

浦和駅頭での上田知事の訴え(7/10)

<抜粋>
駅頭のみなさん、こんにちは。埼玉県知事の上田清司です。

今日は拉致議連のみなさんと救う会(埼玉)のみなさんと一緒に署名活動をしております。
正に拉致問題こそは人権、人道の原点です。
自分たちの子どもがさらわれた。正に<ひとさらい>です。
国家的事業として、北朝鮮によって<ひとさらい>が行われたのです。私達は毅然たる態度で、北朝鮮にたいし、そして、国際社会に対し、ものを言っていかなくてはなりません。

埼玉県でも、田口八重子さんが間違いなくさらわれているわけであります。
そして本日も、家族会の副会長の、田口八重子さんの飯塚さんも、署名活動を続けていらっしゃいます。
どうぞみなさんこの拉致問題の解決は「日本国民全部が、埼玉県民全部が、北朝鮮に、国際社会に圧力をかける」これ以外に解決の方法はありません。
どうぞみなさん、こぞって署名活動にご参加ください。

私は埼玉県知事の上田清司でございます。県議会の拉致議連のみなさんと、田口八重子さんのお兄さん飯塚繁雄さんと一緒に署名活動を行っております。

どうぞ埼玉県民のみなさん、埼玉市民の皆さん、この拉致問題に強い関心を持って頂きたいと思います。

正に、拉致問題こそは、人道人権の原点中の原点であります。

自分たちの子どもが、国家的施策によって北朝鮮にさらわれたとしたら、皆さんのこころは張り裂けんばかりだと、私は、思います。

どうぞ家族の皆さん、横田めぐみさんのご両親、多くのご家族のみなさんの気持になって、一緒になって拉致問題の解決に向かって取り組んで頂けますよう心からお願いを申し上げます。

ありがとうございます。私は埼玉県知事の上田清司でございます。

拉致被害者の救出に向け、一人でも多くの皆さまがたのご署名を心からお願い致します。
多くの皆さんのご支援によりまして、一日も早く横田めぐみさんを救出し、田口八重子さんを救出し多くの拉致された、日本人を取り戻そうではありませんか。

北朝鮮の国家的犯罪を決して許してはいけません。
日本は毅然とした態度で、国際社会に圧力をかけていく、北朝鮮に圧力をかけていく、これ以外方法はありません。より多くのみなさんの関心が高まれば高まるほど、北朝鮮は軟化します。

どうぞ皆様の力強いご支援と温かいご協力を心からお願いをいたします。みなさまの温かいお気持ちで署名をお願いします。

横田めぐみさんを救出しましょう。田口八重子さんを救いましょう。
どうぞみなさん、ご支援ください。よろしくお願いします。

------------------------
上田知事は、なんどもご自分の名前を挙げて、埼玉県知事が先頭に立って拉致問題の解決のための署名活動をしていると言うことを伝えようとしていました。
温かいお話の仕方で、解決に向けるこの方の情熱を感じました。
訴えは、街頭のものですので、繰り返しも多いため抜粋としました。


◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2005年7月10日 (日)

浦和署名活動(上田知事参加)

(2005/7/10)
7月10日、浦和駅頭にて、蒸し暑い中、救う会埼玉の署名活動が行われました。
全国でも初めてであろう、上田清司 埼玉県知事が応援に駆けつけてくださって、汗を流しながら、懸命にマイクで拉致事件の解決のための署名を訴えていました。県議2人も参加。
マイクでの訴えが終わると、すぐにご自分で署名版を首にさげ、たくさんの方に署名を頂いていました。
一時は知事の署名版の前に列ができることもありました。多くの特定失踪者を抱える埼玉で、拉致問題への理解を深める活動に忙しい時間を割いて参加してくださった知事。予定時間を超過しての熱の入った応援でした。
共に汗を流してくださる、その姿勢に、心からの感謝します。
全国の知事が同じように行動してくださるきっかけになって欲しいものです。

飯塚繁雄さんはじめ田口八重子さんのご家族、川口の特定失踪者のご家族、佐々木悦子さん、新木章さんのご家族も、参加されました。
ボランティアも会わせて50名近い人数での活動。
署名も1,100を越えたとのことです。
通常300程度ですから、上田効果抜群でした。

救う会埼玉を中心とする浦和での署名活動も少しずつ市民に浸透して来ていると思います。











※人数、署名数は救う会埼玉に確認し、正確な数字にしました。

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2005年7月 3日 (日)

(1)集会の概要~開会

出席した原良一さんのよる蒼き星々サブボードへの投稿による。原さんありがとうございます。

集会の概要
日 時:2005年(平成17年)7月3日 19時~21時(開場18時40分)
場 所:千葉市民会館 地階小ホール(〒2600017千葉市中央区要町1-1)
主 宰:加瀬テル子を支援する会
後 援:内閣府認証NPO法人 亜細亜人権協議会
協 賛:特定失踪者家族支援委員会
講 演:1.中村実氏(船橋市議特定失踪者問題調査会理事)
      「拉致認定の意義について」
    2.真鍋貞樹(特定失踪者問題調査会専務理事)
      「特定失踪者の多数出ている大町ルートについて」
    3.仲條富夫(加瀬テル子を支援する会代表、加瀬テル子従兄弟)
      「加瀬テル子の家族の訴え」

加瀬さんの基本情報

氏名 加瀬 テル子 失踪年月日 昭和37(1962)年4月
ふりがな かせ てるこ 生年月日 昭和19(1944)年5月4日
性別 女 当時年齢 17
身長 158センチ 体重
公開 第2次公開
当時身分 家事手伝い
特徴 細面。
失踪現場 千葉県海上郡海上町
失踪状況 午後、自宅からパーマに出かけてそのまま行方不明。所持金はパーマ代のみ。翌日に新宿コマ劇場へ観劇に行く約束を叔母としていた。脱北者が北朝鮮から持ちだしたとされる写真(写真1)が、鑑定の結果、加瀬テル子さんである可能性が極めて高いことが判明。また同じ脱北者が「同一の人物」とするもう一枚の写真(写真2)も、加瀬テル子さんである可能性がある。平成16年12月17日、千葉県警に告発状提出。

開会のあいさつ

 司会者(亜細亜人権協議会平野さん)
 本日は、忙しい中特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会にお集まりいただき、まことにありがとうございます。私ども特定失踪者加瀬テル子を支援する会は、特定失踪者加瀬テル子の従兄弟である仲條富夫氏を代表とし、内閣府認証NPO特定非営利活動法人亜細亜人権協議会全面支援協力の下、すべての特定失踪者、拉致被害者を家族の許へスローガンに掲げ、特定失踪者加瀬テル子の拉致被害者認定、家族との面会を趣旨として立ち上げ致しました。

 本日は、特定失踪者問題調査会専務理事真鍋貞樹氏、また特定失踪者問題調査会理事中村実(船橋市議会議員)氏をお招きし、講演をしていただきます。それでは只今より、特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会を開催いたします。初めに加瀬テル子を支援する会仲條富夫代表、ごあいさつをお願い致します。

 仲條富夫代表のあいさつ 
(マイクを使わず大きな地声で)
 どうも本日は、お忙しいところご苦労様です。

 まずもって最初にお詫び申し上げます。いろいろ努力をしましたが、皆さん心配していただいた通り(聴衆が3人だけ(>_<))になってしまいましたが、街頭の方でもチラシをお配りしてお願いしたんですが、なかなかやはり特定失踪者ということで、なかなかそれは他人事、絵空事だなあということを、雨の中も配りしましたし、今日も配らせていただきましたけど、これが今の現実なのかなあと敢えて申し上げたいと思いますけど(悄然とした口調)…。ただ今日来ていただいた方は、私どもとしましてはも千万の味方を得た思いが致します。

 これからこういう支援をする会を皆さんと共に進んでいくわけですが、最後にいってはおかしいですけれども、加瀬テル子が北朝鮮に拉致されていって向こうの確実に政府間の交渉に乗っていただいた時に、初めて会場が一杯になるのかなあ、という思い、これは自分の不安でもありますし、ある意味ではここで挫けてはいけない、遠い彼の地でこういう催しをしなければ、なかなか向こうの空で住んでいる人たちに声が届かないのかなあという淋しい思いもしますが、大変今日は申し訳なく思っておりますが、真鍋さん、中村さんの講演の方を是非聞いていっていただきたいなと思います。どうもありがとうございます。よろしくお願いいたします。

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(2)真鍋貞樹特定失踪者問題調査会専務理事の講演 1

 どうもみなさんありがとうございます。日曜日の夜お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。仲條さんの冒頭の言葉ありましたけれど、え~、あのお…(しばし言い澱み)8年前を思い出しました(しみじみとした口調)。私たちが拉致問題をスタートした時の状況は、もう今日のこの(聴衆がいない)状況でございました。

 1.スタートは一人から

 まず何かをやらなきゃいけないということで、何か会を作ろう。ということで集まったのが、当時で20人くらいでしたね。それからこれは集まっただけで何か具体的なものがあったわけじゃなくて、具体的なものを始めようとしたのが、とにかく署名活動をやろうと…。それから会を作ったことの記者会見をやろうということからスタートしました。

 で、最初に署名活動をやったのが、有楽町の数寄屋橋の駅前で、え~ま、10人くらいだったでしょうかね。そこでビラ配りをいたしましたが、だあ~~れも受け取ってくれませんでした。ビラもどれくらい用意したのかはわかりませんけど、一人として振り向いてくれる人はいませんでした。ま、こんなものだろうと思いまして、その後記者会見を行いました。

 その時の記者会見は、集まった記者はたった5人です。今でも誰と誰と誰と誰と誰とで、名前を挙げられるわけですけれども、その中で記事を書いてくれたのは産経新聞、それと読売新聞だけでした。産経新聞はご存知の通り、この問題は昔から熱心にやってましたから、一面のトップに救う会というものができて、これから活動を始めるという記事を書いてくださいましたけど、読売新聞は、ベタ記事のこのちっちゃなところにようやく、まあ見る人がみればわかるというくらいの記事で、ま、そういうところから運動というのはスタートするもんだと思っております。

 拉致問題というものが、大きく国民の関心を呼んでいる問題であるといっても、やはりどんな事例もそうでしょうけども、やはりスタートというものは、こういう一人か二人からスタートする、数人からスタートする、その積み重ねで大きくなっていく、というふうに思っていますから、今日はこういう所は、こういう状況でまずは第一歩が進んだということでですね、これから頑張っていこうという会に、是非していただければというふうに思っております。

 で今日は、前回の市原集会に来られた方がたくさん、というか多いので、この間と同じことを話してもいけませんが、中にはいらっしゃっていない方もおられるようです。ですからまあ、前回と同じだなあと思うようなところがあってもゴメンナサイ、申し訳ございませんということでご諒承いただければと思います。

 ただ今日は、加瀬テル子さんの会ですから加瀬テル子さんのことについてですね、詳しくお話をさせていただきたいというふうに思っております。

 2.加瀬テル子さん失踪の状況

 加瀬さんにつきましてはですね、もうテレビや新聞等々でご案内とはいえども、私たちもなかなか新聞に書いてほしいとか、訴えていることがいっぱいあるんですけど、どうしても割愛されてしまいます。ですから今日はちょっとその辺の割愛されている部分をお話しさせていただきたいと思います。

 加瀬さんの失踪の経過につきましてはですね、ここの皆さんのお手元の資料に書かれている通りなんですけれども、(当日配布のレジュメを)お持ちですね、これ、皆さんお持ちですね。こういう状況で失踪ということですから、自殺とか家出とか考えられない失踪だったわけですね。それがその昭和37年4月以降まったく音信がないということで、まさに神隠しという状況で失踪されたわけであります。

 ― 拉致に最適な環境 ― 

 もう地元の方はご存知と思いますが、海上町(うなかみちょうと読む)の町の中、今は当時とずいぶん変わっているようですけれども、非常に道が狭くてですね、両側にこんもりした屋敷森というのですか、そういうのが迫っていて、一旦そこに入ると迷子になってしまうような、アニメ映画「となりのトトロ」の中で主人公メイちゃんがお姉ちゃんとはぐれるシーンがあるのをご存知ですね、ちょうどああいう風景が、当時の海上町だったんですね。

 ですから、ほんと工作員があの場所に隠れていて、パーマから帰ってきた加瀬さんを待ち伏せしていて、そこで大きな麻袋で加瀬さんを拘束して、そのまま肩に担いで車に乗せて運べば、もう誰も知ることなく拉致ができるという絶好の場所ではあると思っています。

 ただですね、誰彼となく待ち伏せして拉致されたというふうには、考えていません(キッパリとした口調)。やはりある程度拉致の対象者をですね、選定するということは必ずあったと思います。そうでないことももちろんあると思いますけど、加瀬さんの場合はやはり狙われていたと思っています。

 その理由はいくつかあるんですけれども、それが大町ルートと絡んでくるんですけども、当時海上町の周辺では、砂鉄採りと水飴作りというのが盛んに行われていて、加瀬さんのお宅も一部関わっておられたんですね。その水飴作りと砂鉄採りに日本人も従事していたし、当時の在日の人たちもそれに一生懸命従事していたんですね。

 それで加瀬さんのお宅にも、どうもご家族の記憶によれば在日の人たちも家に出入りをしていた、ということなんですね。それとこれはまた気になる点なんですけれども、加瀬さんの家の周辺にですね、北朝鮮にお嫁さん(所謂日本人妻)として行った方がいらっしゃるんです。所謂帰国者という方ですけれども、まあ若い方はご存知ないと思いますけれども、1960年代から北朝鮮に北送事業というのがあったんです。戦争が終りましてですね、そして日本にたくさん在日の人がおられたわけですが、その方々を北朝鮮に送る運動というのがあったんですね。その送る運動の中にお一人の女性が、加瀬さんの家の周辺におられたわけであります。

 この北送事業というのが、非常にポイント、拉致問題とも繋がってくる事業だったんですね。ここは推測なんですけれども、おそらく北送事業で ―北に送ると書くんですね― 北送事業の中で2000人ほどの日本人女性が、北朝鮮に渡っています。当然当局の尋問を受けるわけですね。どこで何をしていたのか? 友人は何人で何をしているのか? どういう生活環境だったのか? 近くに重要な施設があるのかないのか? といったような尋問を受けるわけですね。

 そうした尋問を受けたデータが、これも推測なんですけども、北朝鮮による工作活動の重要な参考情報になったんじゃないかと、その中の一つにこの日本人拉致というのも当然あったわけですから、そこに参考情報として使われたのじゃないかなあと思っています。

 ― 拉致被害者の運搬方法 ― 

 それでですね、拉致された人をどうやって運ぶかという問題がありますね。これが解明されているのは一件もありません、実は…。帰ってきた5人の方々も、ご自身がどのように、拘束された場所はわかるんですね。拘束されたけれどもすぐに気絶させられたり、袋を被せられたりしていますから、どこでどう拉致されて運ばれていたかというのは、ご本人もわからないわけですね。

 唯一例外として曽我ひとみさんが、辛うじて3人の男性に後ろから追っかけられて、突然脇の道に引きずりこまれてお母さん(曽我ミヨシさん)と別れて、舟に運ばれましたということなんですけれども、まだ全容まではわかっていない。では加瀬さんがどうやって運ばれたのかということなんですが、ここに着目したのが大町ルートいうことになるわけであります。

 なぜ着目したかというと、先程の水飴と砂鉄が、どのように運ばれていたかということなんですが、当時マツダのオート三輪車ですかね、そういった運搬に使われていたのと同時にですね、実はちょうど加瀬さんが失踪された頃の記録映画がありましてですね、「干潟三千石」でしたかね(仲條氏より「三万です」と訂正入る)、あ、失礼、「干潟三万石」という記録映画が残っているんです。

 ほとんどは参考にならなかったんですけれども、一部だけですね、やはり当時の海上町周辺で「たくさん工場があって、水飴や砂鉄が大変盛んになっていました」というシーンに、大きなトラックがどんどん、どんどん走っているというシーンがあります。それを見た時に、この長距離トラックなんですね、千葉市を通って東京を経由して、山梨、長野、そして日本海に到って富山方面か、新潟方面に分かれていくという、そういう長距離トラックに荷物として運ばれていけば、これは拉致ルートの運搬としてはあり得るな、というふうに考えたわけであります。

 ただこれは一つの仮説です。もしかしたらということなんですけれども、当時は日本もですね、日本海側の警戒も厳しかったわけですし、北朝鮮側も拉致というものを、当時としては慎重に行っていたと思われますので、もしかしたら逆に太平洋側に寄港してくる北朝鮮の船がありますから、例えば千葉ですね、例えば横浜港、そういった船舶にですね、運んでしまえばそのまま運ばれていきますから、その可能性もなきにしもあらずということです。

 ― やりたい放題の北朝鮮工作員 ― 

 でもこれはまだまだわからないですね。多くの拉致被害者の方々が、どうやって運ばれたかということを類推する一つの方法としてですね、どのように北朝鮮の工作員が入ってきたかということになるわけですけれど、これは私たちが考えているよりも、非常に大胆です。

 北朝鮮の工作員にとって、日本に侵入する、上陸するというのは、三度の食事よりも簡単なことだ、というふうに言われているわけですね。もし見つかっても、ピストルで撃たれて殺されるということはまずないし、一週間くらい臭い飯を食ったらば、「強制送還」されて無事に戻るわけですから、な~んの心配もなく、北朝鮮の工作員は上陸してきます(いまいましげな口調)。コンビニで買い物というか、コンビニは当時ないですけれども、しばしば北海道の現地を調査しますと、海岸ふちのお店に買い物に来る日本語を話せない北朝鮮の人と思われる人が、しばしば来るという場所もあります。

 だからもう別に日本に来て、上陸して工作するというのは、彼らにとっては、ほんとに何の特別なことではない行為だということですね。それが使われるのが工作船であったり、万景峰号であったり、あるいは潜水艦であったり、貨物船であったりするということですね。あらゆる方法というか、日本にとりあえず接岸するものであれば、何だって利用できるということですね。

 極端な時にはですね、何年か忘れましたけど、飛行機で来た人もいますよ、(半ば吹き出しながら)広島に…。これは亡命ということなんですけれども、工作員が亡命に広島に飛行機で来たと、まあそういう非常に面白い、といってはあれですけれど、それくらい日本という国は、ある意味警戒感、危機感がないという状況が、ここ何十年も続いていたというわけです。その背景の中に、その背景を元に拉致が実行されていったわけですね。

 3.加瀬さん関連の重大情報

 はい、そんなことばっかり言ってますと時間がなくなりますので加瀬さんの方に戻りますけれども、加瀬さんにつきましては、私ども特定失踪者問題調査会が、設立当初から重大な情報としてもたらされておりました。それが目撃情報ということですね。この写真をもたらした人物とは違う人物です。

 ― 加瀬さんの目撃情報 ― 

 その人物から、平壌で加瀬さんらしい女性を何度も見たよと、もう一人布施範行さんと思われる男性と一緒に仕事をしていたと…。それで加瀬テル子さんについては、千葉の海から来たというふうに言っておられたと…。で布施範行さんについては、関西訛りの非常におとなしい、身長180㎝くらいの方でしたという情報がありました。

 これは実はですね、我々としても俄かに信じがたい情報だったんですね。この情報の信憑性を探るために、1年くらいかけて調査をしてきました。その間仲條さんには内緒で、いろいろと調査をしていて申し訳なかったんですけれども、内容が内容だけに慎重にということで、調査を進めていったわけです。

 そして、その裏取りをした結果、その情報についてはほぼ間違いがないだろうという形で、特定失踪者問題調査会としては、拉致の疑いが濃厚であるというふうに認定をしたということです。

  ―「拉致確定」の決め手の写真1 ~TBSから~ ― 
   

 その後、(ボードに貼られた写真の一つを指しながら)この写真というのが、出てきたわけです。我々としても、私もですね、加瀬さんのこの2枚の写真を見た時に、テレビ局のディレクターの方がですね「真鍋さん、この写真誰だと思いますか?」ということで見せられたんですね。

 私は(加瀬さんの家族から提供されたほうの写真を指して)この写真ばっかりずーっと眺めていましたから、この写真を見せられた時に「わかりません」と。これは(加瀬さんの)お父さんと一緒です。かつてのお父さんと一緒で「橋本正次東京歯科大助教授によれば、この女性は加瀬さんであると言っておられます」というお話しが来た時に、私は本当に信じられなかったです。

 だけどよくよく橋本先生のお話しなりなんなりをお聞きしていくうちに、だんだん目が慣れてくると「ああここが似てる、ここが似てる、ここが一致してる」ということで、私自身も納得をしていったということですね。

 それで橋本先生は細かく分析をされたわけですけれども、一番大切なのは、この写真が本物なのかということから、スタートするわけですね。藤田進さんの写真の時は、コピーでしたから本物じゃないんですね。オリジナルの写真じゃなかったものですから、我々としてもちょっと不安があったんですけれども、加瀬さんについては、完全な本物です。

 大きさは、よく学生証とか免許証に貼る写真とほぼ同じ大きさです。ほんと小さな(手で丸を作り)これくらいの大きさの写真です。(会場から「それは切ってあったんですか?」の問いに)いや、切ってあるというか証明写真なんですね。それがそのまんま剥がされていた、で剥がされていますから裏に糊がついています。そして本人の朝鮮名と思われる名前が記入されていました。

 それだったらですね、もしかしたらニセ物じゃないかということになるんですけれども、実はテレビでも放映されましたけど、(写真を指して)ここに傷が残ってるんですね、(円弧状に手を動かし)こういうふうに…。この傷というのは、刻印です。要するに証明書に貼って押さえる刻印ですね。

 で、(演壇の拡大された)この写真でははっきりはわからないんですけど、明確にハングルで書かれてます。何が書かれているかはわからないんですけど、ハングルであることは間違いない。という状況なものですから、これはもう本物で間違いないだろう、ということになったわけです。

 それから加瀬さんであるということは、やはり橋本助教授も1枚の写真からでは、なかなか判断はできない。断定することはできないわけなんです、普通は…。しかし加瀬さんの場合は、決め手がございました。(写真の右目下を指して)これが向かって左の目ですね。左の目(実際には右目)に、ここに小さなほくろがあるんですね。(家族から提供された)こちらの写真にも、(演壇の拡大された)この写真でははっきりはわかりませんけれども、ご本人の向かって左の目の同じ場所にほくろがある。

 これはご家族が記憶されている、非常に大きな本人の特徴なんですね。ここがまったく場所と形態が一致しているということで、ま、要するに「まったく矛盾するところがない」どころか、本人の極めて特徴的な場所・形態が一致しているということで、この写真については、ほぼ加瀬テル子さんであるということで間違いない、という判断を橋本助教授はなさった。

・加瀬テル子さん失踪関連の報道番組が保存されているサイト
「檀君 WHO's WHO」から
・「拉致問題映像ライブラリー」の
「報道特集『北朝鮮からの流出写真と大町ルート』」
(TBS系で2004年10月17日放映)

  ―「拉致確定」の決め手の写真2 ~フジテレビから~ ―

 そして、別のテレビ局から、こちらの立った(全身像の写真を指して)写真がもたらされたんですけども、別々に入手されたんですけど、(証明写真の)この女性と同一人物であるという情報で、我々にもたらされてきました。こちら(全身像)がフジテレビでしたかね、こちら(証明写真)がTBSです(仲條氏が「はい、そうです」と確認)。別々の社に一人の人物が売ったわけですね。

 で、問題はこちらの写真です。こちらの写真が加瀬さんであるかどうかというのは、こういうほんとちっちゃな写真ですからわからないんですけれども、加瀬さんのおばさんがこの写真を見た時に「テル子に間違いない!」、この立った姿は、お父さんもおばさんも「この立った姿はテル子だ」と仰いました。

 人間の記憶というのは、実は非常に曖昧でやはり全体的な雰囲気というもので記憶されているようですので、この顔写真の1枚では、お父さんが「これはテル子ではない」というくらいに曖昧なんですけれど、(全身写真で)全体の雰囲気を見ると「ああ、これはテル子だ」というふうに、皆さん異口同音に言われたわけです。

 ただしがありましてですね、この全身写真が本当に北朝鮮で撮られた写真かどうかいう点なんですが、非常に不思議な点が幾つかあります。一つはですね、このパラソル、日傘なんですね。北朝鮮の女性もパラソルを差します、当然…。

 で、この辺は矛盾はないんですけれども、問題はこのパンプスです。この加瀬さんが履いてるパンプス、ちょっとヒールの高いパンプス、これは北朝鮮の女性は履かない。それから丈が非常に短いパンツを履いてますね。これも北朝鮮の女性は一般的に履かない、と言う状況です。で、この背景の周辺はひまわりみたいなもので、これどうも北朝鮮かどうかというのははっきりしないんですが、この石畳というのは、北朝鮮でも一般的にある物なんですね。

 でも中国にもたくさんあるということなので、北朝鮮で撮られたような、また北朝鮮ではない外の第三国で撮られた可能性もある写真、まだわかっていません。この決め手のズボンとパンプスが、本当に北朝鮮で撮られたとするならば、少し違和感があるということなんですね。

 で、まだはっきりしないんですけど、拉致された日本人が、北朝鮮以外の第三国で活動させられているという、これは噂なんですが、噂は前からあります。あ、これはもう(客席の古川了子氏の姉竹下珠路さんと目が会い、含み笑いと共に)、古川さんもそうなんですけど、古川さんのみならず、他のケースもあるんですけど、例えばじゃないんですけど、こういう例があるんです。

 福留貴美子さんていらっしゃいますでしょう。福留さんは、一回日本に帰国をされているわけです。これ、秘密の工作活動として、そしてまた北朝鮮に戻されているという、そういう例もありますから、拉致した日本人をですね、東南アジアなどで貿易商社の職員みたいな形で、そういう所で働かせる可能性はあるわけですね。日本人として働かせる、ただし、当然貿易会社といってもただの貿易会社じゃないわけです。非常に、非合法的な活動に手をかける、手を出す貿易会社に働かせるということは、当然あり得る、想定できるということです。

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(3)真鍋貞樹特定失踪者問題調査会専務理事の講演2

  ― なぜ、加瀬さんが拉致されたのか ― 

 えーと、今何分喋りましたか? あと20分くらいでまとめないといけないわけですね。ということでですね、まだまだわからないのは、何故加瀬テル子さんなのか? という肝腎の部分ですけれども、なぜ拉致されたのか? その必要性は何なのかということなんですけど、まだこれは、解明されてません。

 古川さんの場合は、考えられるのは拉致された日本人男性の奥さんということになるわけでしょうし、どうも加瀬さんのケースの場合も、ご存知の通り、加瀬さんの夫の存在が重要なわけですね。

 えーと、(ホワイトボードに加瀬さんの夫の似顔絵を描きながら)ここにこの男性がですね、加瀬さんの夫とされる男性なんですけれども、この写真については、我々としては、公開をしていきたいと思っているのですが、マスコミの所有の物なのでなかなか出せないんですけれども、この人も、拉致された日本人であって、日本の国立大学の理工系を卒業したエリートだそうだというんですね。で、この人と加瀬さんが夫婦であると、そしてこの男性が、拉致された日本人を管理している責任者で、そういう役回りをさせられている、ということなんですね。

 で、そう考えると、やはりこれはわからないです。どちらが先に拉致されたのかということはわからないんですけど、こちらのデータがないもんですからね。ま、そうだとすると、加瀬さんもお嫁さんという形で選定されていたと考えられるわけであります。

 4.千葉県のおける特定失踪者の状況

 そしてですね、加瀬さんについてはこれくらいにしまして、加瀬さんを中心に千葉ということなんですけれども、大町ルートについては、ちょっと置いておきまして、この場所なんですけど、さっき中村さんの方からお話ありましたけど、この院内という所、この栄町と院内という場所ですね、ここは要町というんですか? この会館そのものは?(仲條氏より「そうですね」の答えに)はい。

 ところが私、来る前にその辺ちょっと見てきたんですけど、とんでもない(ソープなど風俗産業が多い)場所ですねぇ。実はということで、さっきお名前が出ましたけど、関谷俊子さんですね。この間記者会見をして発表した女性が、関谷俊子さんプラス女性プラス男性(ホワイトボードに名前を書いている)。この3人が~ここの場所で失踪してるんですね。


 <参考資料>
[特定失踪者問題調査会NEWS 264](17.6.27)着信分から抜粋

関谷 俊子(せきや としこ)(当時17歳)

生年月日  ・昭和32(1957)年5月19日
失踪年月日 ・昭和49(1974)年7月11日
性別 女
当時の身分 ・千葉市内の薬品会社に勤務 定時制高校在学中
当時の居住 ・千葉県市原市
失踪場所  ・千葉港付近
失踪当時の状況 ・親類の男性と幼馴染の同級生(女性)と千葉市内の飲食店で飲食後、親類の男性が「車で二人を家まで送ってくる」と店の従業員に言い残して出たまま3人一緒に行方不明となった。店の従業員は男性の兄と妹。男性の乗っていた車も発見されていない。関谷俊子さんは古川了子さんと同じ高校で3学年下。古川事件の1年後の失踪で同じ7月である。


 地名を具体的にいうと院内です。院内のスナックからこの3人で一緒に、この男性の妹さんとお兄さんが働いていた院内のスナックで食事をした後、この男性が車で関谷俊子さんと女性を家まで送っていくと言い残して家を出たまま失踪と…。(会場より「何年と?」に)古川了子さんの事件のちょうど1年後(昭和49年)です。

 この関谷さんとこの女性は、小学校からの幼なじみで、古川了子さんと同じ千葉商業高校ということです。で、千葉商業高校はすぐそこにありまして、院内と栄町に非常に近い。関係者のお話によると、当時朝鮮高校の人たちと(笑いをこらえながら)相当ケンカをしていたと言うようなことで、どうも古川了子さんも千葉商、この二人の女性も千葉商、そういう形でしかもこの3人は千葉駅の周辺の院内ですし、古川了子さんも千葉駅ということですから同じような場所、それからこの女性が働いていたのは、古川了子さんが会社に通う途中の八幡宿(やわたじゅく)のルート上で働いていました。

 どうも古川了子さんと二人の女性というのは、非常に近い関係にあるというのは不思議でなりません。で、関谷さんとこの女性も市原の生まれ育ちということです。非常にこの3人の失踪というのは、関心をもって調査しているというわけです。

 ただやはりですね、ただ一般的な失踪もそうですけど、どうしても千葉でいうとこの院内、栄町という歓楽街といいますかね、そこを中心として事件が起こると、例えばですけれども、札幌でいうと、所謂ススキノという場所で関係した失踪が非常に多いのですね。

 やはり、そういう歓楽街というのは多国籍ですから、いろんな国の国籍の人が活動してる、どうしてもそこに失踪というか拉致とかいうものとの繋がりがあるんじゃないかな…。ご存知のように田口八重子さんは、池袋の駅前の、ほんとに歓楽街のど真ん中だったわけですから、どうもこういう拉致、失踪、それからそういう地域というのは結びつくなと思っています。

 5.何もしない日本政府

 で、そういう状況なんですけれども、あと10分くらいにしますね。今後の対応なんですけれども、なぜ加瀬テル子さんこういう状況になっても政府は何もしないのか? ですね。なぜ拉致認定しないのかという以前になぜ何もしないのかです。認定以前の問題なんですね、もう(吐き捨てるような口調)。

 警察、千葉県警の方では、捜査をしているようですけども、事件はもう40年も前の事件ですから、やりようがないというようなことをどうも言っているようですが、こういう写真が出てきても、なお依然としてこれは千葉県警の責任じゃないと思うんですけど、もっと上のレベルの話しだと思うんですけど…。

 拉致認定をしない理由は、この間もちょっとお話ししましたけれど、加瀬テル子さんが日本から出た証拠がない、(吹き出しながら)これは私が聞いたんですけど…。どう考えたって、加瀬テル子さんと同一人物が、北朝鮮から脱北した人間が持ってきた事実と、それからハングルで書かれた刻印が捺されているということであれば、日本以外であるという明確な証拠であるにも関わらず、加瀬テル子さんが日本国外に出たという証拠がないから拉致認定しませんと言う…。

 これはもう、拉致認定したくないということを言ってるようなもんですね。で、なぜ拉致認定したくないのかということなんですが、この間の古川さんもまったく同じだし、松本京子さんも同じだし、これはもう戦線拡大をしたくないから、ま、これ以上、言葉は悪いけど煩わしいことはやめたい、ということの現われだろうと思われます。要は一言でいえばですね。

 これは警察というよりも、日本の政府の中枢の判断だというふうに思ってます。警察は、政府中枢の命令があれば、指令があれば、ぱっと動くわけですね。現場の警察官の皆さんは、もう忸怩たる思いをいっぱいしているわけですね。工作員を捕まえてもすぐに逃がしたり、拉致の犯人を捕まえてもすぐに逃がしたり、立件する寸前になったのに、政治的圧力がかかって「もう止めろ」と言われたり、その苦渋を嘗めてきて日本の警察も学習してますから、下手に動くと内閣の中枢から圧力がかかってくるというのは重々承知してますから、警察がこういう判断をしているとは思っていません。かなり権力の中枢が、この特定失踪者の問題を触れるなと、やるなという判断がされているからに他ならないと思っています。

 ― 何故拉致認定しないのか ― 

 ま、それが何故なのか? ということですね。要するに小泉さんが、何故そういうふうに経済制裁はともかくとして、特定失踪者の問題に非常に消極的な姿勢を取っているかということは、これはもう小泉さん自ら語っていませんのでね、我々の類推するところ二つ考えられます。

 一つは中国への遠慮、もう一つは、これはわからないんですけどアメリカからの圧力です。このアメリカからの圧力というのは、二通りの意味がありまして、今米朝関係、いろいろゴチャゴチャやってますね、その動きというものを待ってた、というようなことですね。アメリカとしても、人権問題について関心があるけれども、あまり北朝鮮を刺激したくないという配慮も当然あるだろうと思います。

 もう一つ考えられるのは、アメリカが本気になるかもしれないということですね。で、あまりこの問題で、これは矛盾するんですけれども、アメリカが本気になってイラクとかアフガンの問題が落ち着いたとするならば、本気になるかもしれない。そういうところまで待て、というようなことがあるのかもしれません。

 だから、二通りの矛盾した想定が成り立つんです。我々としては、どっちでもいいから早く救出してくれということなんですけれども、もう少し時期を待てということになっているのかもしれません。

 とはいっても、ご家族の思いというものは、一刻も早くということですから、我々としてはそういう悠長なことは言っていられませんから、次なるステップを踏んでいかなければいけない。これがまあ古川さんの拉致認定訴訟ということになりますね。

 我々としては、古川さんが一つの代表選手という位置付けにしてはいるわけですけれども、場合によってはですね、古川さんの事件と連合裁判というんですかね、ちょっと法律用語はわかりませんけれども、二つ、三つの事件を一緒になって拉致認定を求めていく、というようなことも考えています。

 これは様子を見ながら、古川裁判の様子を見ながら、複数の、多くの事件で認定訴訟を求めたほうが、古川事件を含めて有利に働くのかどうかを見極めた上で、もし場合によっては、次なる認定訴訟を考えてみたいというふうに思っています。

 裁判は勝ち負けの世界ですから、勝てるというふうな見込みに立った上での戦術を取っていきたい。その中で当然、加瀬テル子さんということも考えられるし、松本京子さんということも考えられるということです。

 6.帰国した拉致被害者による情報の扱い

 それから、中村さんもちょっと触れてますけど、帰国された5人と我々との接触ですね。帰ってこられた5人は情報の宝庫です。もしかしたら古川さんを見てるかもしれない、加瀬さんを見てるかもしれない。少なくともこの情報が本当だったら、この男性(加瀬さんの夫で、日本人拉致被害者の管理役とされる男性)は知ってるはずです。

 この5人が、この男性を見たといった段階で、もう間違いなく加瀬さんは認定せざるを得なくなるわけですね。(会場から「その写真の方は、日本人ということで確認をされているわけですか? 調べられているんですか?」の問いに)その男性が誰かということは、我々のデータにはまだないんです、(悔しげに)残念ながら…。私もその男性を探してるんですけど、日本国内にいる失踪者の内の誰かと思うんですけどまだわからない。で、ついでにこの間もお話ししましたけれども、国井さんですね。

 この国井えり子さんという札幌、あ、ごめんなさい網走で失踪した方と同じ場所で写った写真、そしてこの男性と加瀬テル子さんは夫婦である。それでKなる人物は、加瀬さんと藤田進さん(の二人を運んだとされている)、(ホワイトボードに相関関係を書きながら)そういう関係からすると、あの(帰国した)5人の内誰かでも、どなたでもいいからこの人物を見たとなったら、ワン、ツー、スリー、フォー(関連図を順に指して)という形で、もう間違いなく拉致認定しなきゃいけない存在になるわけであります。

 で、我々としては、(帰国した)5人の方々に証言してくださいというお願いを再三しています。再三していますし、向こうからそれとなく意向が伝えられたことがありましたけれども、ちょっと我々としては、この問題は慎重にしなければいけないと思っています。

 信頼しないということではないんですけれども、あの5人の立場ということからすると、彼らの本心なり、本音なり、彼らの持ってる本当の情報が、隠蔽したり、曲げられたりして我々の所に来る可能性があると思っています。最悪の情報は「他に誰の日本人も見ていません」という情報がもたらされてしまったら、もうそれっきりになる。そういうことにならないように、注意していかなきゃならないと思っております。

 で、これは地村の親父さん(原発言のママ、地村保氏のこと)が再三、再四言うんですけれども「保志は、すべての情報を日本政府に語っている」と。「だから日本政府が責任をもって情報を開示すべきなんや」と地村の親父さんは再三、再四言っておられますね。

 我々としてもその通りだと思ってます。我々として5人を責めるんじゃなくって、5人がけしからんって間違っても言うんじゃなくって、5人の方々はすべて情報を提供しているわけです。だったとしたら、日本政府はその情報を握り潰してる、隠蔽してるんですね。何の理由かわからないけれど。

 ― たとえパンドラの箱であろうとも ― 

 知ってるんですね、知っているのに何も言わない(怒りのこもった口調)。ご家族にも何も伝えてこない。加瀬さんの所にも、古川さんの所にも、特定失踪者のご家族の所にも何にも言ってこない。

 で、これは私の憶測なんですけれども、拉致被害者の5人の方は、もっと、もっと多くのことを知っているはずです。知り得る立場にあったと思います。それが日本政府は知っていながら、いまだに情報を何も開示していないというのは、一体どういうことか? それはもう、また戻りますけれども、特定失踪者の問題をこれ以上大きくしていきたくないということなのか? もしかしたら、とんでもないパンドラの箱になってしまうのかもしれません。

 我々としては、パンドラの蛇が出てくるのか、何が出てくるのかわからなくても、すべてを開示してほしいと思ってるんですけど、それにご家族が耐えられるかどうか? という問題もあるんですね。だから善意に解釈すれば、日本政府としてもその辺を慮っての行動なのかどうかはわかりませんけれども…。

 ただやはり私たちは、ご家族とお話し合いをした時は、必ず結論的にはどんな情報でもいいから、とにかく覚悟しておられるということですから、そういうご家族の思いを踏みにじってはいけない、というふうに思ってますから、我々としてはこれから強くですね、日本政府にこの5人が語った情報を開示せよ、という形でですね求めていきたいと思っております。

 7.加瀬テル子さん救出運動のあり方

 えー、それではですね、そろそろお時間ですのでまとめたいと思いますけれども、大きな話しは中村さんがなされましたので、今後の加瀬さんの運動のあり方なんですけれども、まあ一つには、今日古川さんのお姉さんご夫婦が来られてますので、それから関谷さんというまだまだわからないけどご家族が出ましたから、やっぱり千葉のご家族で、できる限り連携した動きで、進めて行っていきたいなというふうに思っております。

 やはり、お一人、お一人のご家族だとしんどい場面もあると思いますので、できれば横の連絡をしてまとまって何かを進めていかれるというのが…、まとまるとまた難しいこともあるんですけれども、こういう集会という時には、やはりまとまっていかれる方が、より効果的になるかもしれません。

 加瀬さんの場合には、単独でやられる場合は地元という感じで、それも百人とか二百人というイメージは捨てられた方がいいと思います。10人、20人という小さな集会をもういくつも、丹念に、丹念にやっていくというイメージからスタートされた方がよろしいかな、と思っております。

 その中で、まずはご家族が団結される、ご家族が団結しない限り、この運動は絶対に進まない。これはもう拉致問題の宿命みたいなもんです。いい例が石岡さんね、それから福留貴美子さん、ご家族にいろいろな事情があって、ご家族が表に出られない。結局運動も進まない、という状況があるのは、これは共通してますので…。仲條さんの方にお願いするのは、やはりご家族でまとまって、できればこういう集会をやる時には、おばさんが交代、交代で訴えられるという状況を作っていただきたい。

 そういうことを積み重ねていく内に、地元ですとか、友人、知人という方たちが入ってきて、そこを我々第三者というか、支援する皆さんにお手伝いいただくというイメージで、ぜひ進めていっていただければなあ、と思っています。

 で、最初に戻りますけれども、こういう活動は、どんなに問題が大きくても最初は一人から、やっぱり数人からという宿命もあると思います。ただやっている内に、理解が深まるし、支援してくださる方も増えてくると思いますので、今日をスタートという形ですね、また一緒に皆さんと共にですね、この問題の解決に私も努力していきたいと思いますので、本当にご家族の皆さん大変でしょうけども、ご努力をお願いしたい。

 それからスタッフの皆さんにも、今日おいでになった皆さんにも、今日は最後になりましたけれども、亜細亜人権協議会の皆さんにご尽力いただいたことを、心からお礼を申し上げまして、お話しを終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

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(4)1.中村実船橋市議会議員、特定失踪者問題調査会理事の講演‐1

蒼き星々サブボード原 良一さんの投稿より

  原さんの入力に対する姿勢

 今回も入力に当たって、発言者の口調や集会の雰囲気をできるだけ忠実に再現するため、講演者の発言は、極力オリジナルのまま(いわゆる丸起こし)とし、補注が必要な部分は( )で補いました。

 また中村氏は、講演の原稿を用意していたようなので、その読み間違いと思われる言い直しは省いて再構成しました。さらに見出しの設定は、入力者の判断によるもので、中村氏が強調したい点と一致していない可能性があるのでご留意ください。

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 1.中村実船橋市議会議員、特定失踪者問題調査会理事の講演‐1
    「拉致認定の意義について」

 本日は、若干雨も降ってきましたところ、ご参加をいただきまして本当にありがとうございます。特定失踪者問題調査会の方で、理事という形で拝命をいたしております中村と申します。

 本日はこういう形でもありますので、ぜひ会場の皆様でご参加をいただくような形で、いろんな質疑応答を始めといたしましたやり取りといったこともあればいいのかな、ということを思いながら若干のお話をさせていただきだいと思います。

  政府の不作為を打破するためには 

 現在の政府の動きといったものは、ご案内(集会レジュメ)の通りでありまして、これが未だ北朝鮮による拉致という犯罪が行われていながらも、さらにこれまでの自らの不作為であるとか、ただ自らのこれからの仕事が増えるのが困るのではないかと、そんなふうにさえ捉えたくなるような、これまでの政府の動きといったものが多々ございます。

 だからこそ、どこの国の政府なのだろう、と本当に思うことが皆さん多くあると思います。しかしながらやはり、今の現在におきましては、政府を上手く、一緒に私たちの方向性にと引っ張っていくということ、それがとても大事なことではないかと思います。

 やはり私どもが、例えば北朝鮮の方と直接に交渉できるとか、そういったことであれば、もちろん政府がどれだけ腰が引けていようが、後ろ向きであろうが、まったく度外視をすればかまわないのでありますが、残念ながら今の世の中、北朝鮮との交渉の窓口は、あくまでも政府でございます。

 内閣府、そして外務省、そして様々な諸官庁を、うまくこの問題に対処させまして、的確な動きをしていただく、そのためにやはり、私たち国民世論の声で政府を動かしていくという意気が大変重要であるかと思います。

  拉致は日本海側だけではない

 そのなかでやはり特定失踪者問題、所謂政府が認定しております拉致被害者の方々がおられます。そしてその一方で、現在では政府は拉致被害者認定をしてはいませんが、北朝鮮に拉致された恐れが多分に高い、ほぼ間違いない方々が、我が国の国内にそれこそ全国的にいらっしゃいます。そしてもちろん、この千葉県内にもいらっしゃるわけでございます。

 古川了子さんを初め、加瀬テル子さん、そして現在お名前を明かしても構わないよという仰ってくださるご家族の方々を含めましても、やはり千葉県内におきまして、これまでは拉致という問題、およそ日本海側の話であると、わたくし自身も思っておりました。やはり北朝鮮による拉致ということを考えますと、どうしても柏崎市、わたくしもその現場を見たことがありますが、柏崎のあの砂浜であるとか、新潟県の寄居の浜辺であるとか、どうしても日本海側の海辺を思い浮かべるわけであります。

 しかしながら、ちょうど先日の市原集会にもご参加くださった方もいらっしゃると伺っておりますが、やはりその際、真鍋専務理事よりお話しくださった大町ルートの問題もあります。やはりこの千葉県内におきまして、昭和40年代、そして50年代、60年代、さらには平成になってからも、何が起きていたのかということを、これはもちろん千葉県内におきまして、様々な所で歴史的な経緯があるわけでもあります。

 たとえば、こちらの市民会館、かつては駅があった(昭和38年に現在の千葉駅ができるまでは、市民会館のある場所が千葉駅だった)というふうにも聞いております。そしてまたこの周辺の土地のいろいろな歴史的経緯があります。戦争を挟んで、様々な歴史的な経緯を歩んできた千葉県でもあります。

 そしてまた海上郡海上町(「かいじょうぐんうなかみまち」と読む)、今度(市町村合併で)旭市になると伺っておりますが、その海上という、ほんとに太平洋岸の穏やかな遠浅の海の町でありますが、その町におきまして何が起きていたのかということを、昭和40年代に遡るということを、今昭和でいいますとちょうど80年でありますから、40年前を遡るということは、大変なことではあります。

  救出運動記事を見ていた蓮池薫氏

 しかしながら、やはりご家族の方々の苦悩といったものを、そしてまた苦しみといったことは、どんなに年月が経とうとも、まったく変わるものではありません。そしてまた、先程も仲條さんの方からお話がございましたが、以前、今現在は、ご家族揃って帰国を果たされましたが、蓮池薫さんがいらっしゃいます。奥土佑木子さんとのご夫妻でいらっしゃいますが、蓮池さんは北朝鮮におきまして、所謂工作員、そしてまた反日活動に対して、所謂我が国に対しましての工作活動に従事をさせられていた方でもあります。

 そういうポジションにおられた方だからとは思いますが、やはり我が国におきましての新聞の報道といったものを知る機会がおありだったわけでもあります。もちろんその蓮池さんも、お仕事をされている以上、あまり我が国におきましてどういう動きが起きているということは、もちろん北朝鮮当局も徹底した検閲をしていたわけではあります。

 しかしながら、杜撰というかそのあたりの注意が、彼らとしては怠っていたとは思いますが、やはり遠い北朝鮮、距離でいえば本当に近いですが、遠い異国の北朝鮮の地におきまして、本当に意に反しまして辛いお仕事を、強いられていたわけでもあります。その際に、日本での報道といったものをお知りになる機会があったわけであります。

 それが、たまたまその記事が削除をされていなかったのか、また係りの人間が、それはおそらく蓮池薫さんの目には触れさせてはいけないという、そういう記事の内容だったと思いますが、日本におきまして蓮池さんのお父さん、お母さん、そしてまたお仲間の方々が、蓮池さんが北朝鮮に拉致をされたのではないかと…。

 そしてまた、奥土さんのお母さんも大変年配の方でもいらっしゃいますが、やはりお歳を重ねていらっしゃる、そしてまたは若年の方を問わず、日本の国の中で蓮池薫さん、奥土佑木子さんを初めといたしました拉致被害者の方々を、一日でも早く日本に取り返さないといけない、そういう思いを抱いて動いている方々が、日本の国にいるということを、たまたまその記事をご覧になることによってお気づきになったのであります。

 やはりどれだけ失意の中で、それこそ夏休みの帰省中の夏の日に、柏崎の浜辺から拉致をされてしまって以降、北朝鮮でどれだけ絶望の日々に立たされていたのか、本当に想像を絶する世界にあると思います。およそ察することのできない世界でありますが、その絶望の淵におきまして日本でこういう運動が起きているんだということをお気づきになった時、蓮池薫さんがどんなお気持ちになられたのか? あまりご本人は、マスコミを通じて言葉をうかがう機会はあまりありませんが、やはりその記事を読まれた時に、周りには気づかれないようにどれだけ心の昂まりというものがあったのではないかと思います。

  救出を待ちわびる特定失踪者たち

 そしてまた同じように、古川了子さん、また加瀬テル子さんを初めとしました特定失踪者の方々も、北朝鮮におきましてそれぞれ歳月を経た形ではありますが、生活を営んでおられるのだと思います。どのようなお仕事に携わっておられるか? 私どもには知る由もありません。

 しかしながら、もしかしたら今日のこの集会のことも、そしてまたちょうど先々週でしたでしょうか、産経新聞の千葉版にこちらの集会の記事が、そしてまた加瀬テル子さんを救う会の活動を多くの方々が起こしておられるとの記事が載っていたわけでもあります。

 そしてまたもちろん、北朝鮮の情報機関もすべて我が国の動向を注視しているわけであります。そしてもちろん、7月の3日の7時から加瀬テル子さんを救う会の集会が、市民会館の小ホールであるということも(北朝鮮側は)把握しているわけであります。

 その中で、こちらの集会でどういう話が出たか? そしてまた参加者がどれくらいいたか? そしてまたどういう顔ぶれが来ていたか? 逐一おそらく今日の内には北朝鮮に伝わっているわけであります。その中で、もしかしたら今日この7月3日の7時に、加瀬テル子さんを救うために千葉の皆さんが集まって声を挙げていたということが、ご本人の耳に入るかどうか、これは定かではありません。

 しかしながら、どこかで、何らかの形でおそらく特定失踪者の方々同士が、それぞれの任務を遂行している中で、どっかですれ違ったり、お手洗いですれ違ったり、または病院で出くわしたり、様々な場面があると思います。その時、加瀬テル子さんも、片時たりとも海上郡海上町、そして故郷の千葉県を一度もお忘れになることがあるわけがありません。そしてまた肉親の方々、親族の方々の(テル子さんと)お会いしたいというお気持ちは、1日たりとも薄れることはありません。

  北朝鮮が終の棲家になってたまるか!

 だからこそ、日本におきまして自分たちは、これまで30年、40年とこのまま北朝鮮の地におきまして、北朝鮮が終(つい)の棲家となってしまうと悲痛な思いで、これまでお過ごしでいらっしゃったかもしれません。しかしながら、我が国におきまして政府の責任におきまして、拉致被害者の方々、特定失踪者の方々の人権の回復のために行動を起こされている方々がいらっしゃるということを、何らかの形で耳に止められるかと思います。その時のためにも、やはり私たちが声を挙げていくということ、とても大事ではないかと思います。

 またもちろん世の中の動きといったものにも、大きな世論の動きの変化といったものもあります。増元照明さん、増元るみ子さんの弟さんでいらっしゃいます。増元さん、当時はやはり北朝鮮による拉致という問題、なかなか世論の中におきまして認識の度合いといったものが、まだまだ薄かった時代でもあります。

 そしてまた当時は、今の政治状況とは違いまして、やはり北朝鮮または朝鮮総聯のロビイストでもありました日本社会党といったものが、大きな勢力を持っていたわけでもあります。それはもちろん国政におきましても、例えば警察本部を所管する都道府県におきましても、大きな力があったわけでもあります。その際に、やはりわかっている人は、皆わかっていたわけであります。

 しかしながら警察当局、そしてまた警備公安警察に到りましても、その実態を掴んでいながらも、警察当局として責任ある使命の履行が果たせなかった、忸怩たる思いであったと思います。そしてまたもちろん、政治状況から致しましても、金丸信であるとか、ああいったまさに我が国を貶める国会議員といった者が、実力者として我が国の政界に君臨をしていた時代でもあります。

 しかしながらその当時とはいえ、やはり増元さん、お姉さんが北朝鮮に拉致をされたのではないか、その恐れがまさにつのるわけでございます。しかしながら、当時声を挙げようと思っても、もちろん鹿児島という大変保守的な風土でもありましたが、やはり増元るみ子さんを北朝鮮に拉致をされてしまったのかもしれない。そう思いながらも、やはり声を大にして訴えていく機会というものは、およそ無かったと伺っております。

 そしてまたやはり当時といたしましては、北朝鮮に拉致をされた日本人の救出の運動といったことを、問題提起すること自体が、当時の世論の動向と致しますと少なかったのではないかと思います。そしてまた北朝鮮という、朝鮮総聯という勢力の動きといったものが、今とは大きく違っていた時代でもあります。なかなか声を大にして言えなかった時代なのかな、とわたくしなど思います。

 そしてまた歳月が経まして、そしてまたやはり事実といったものは一つでありますから、一つ一つ事実関係が明らかになり、そしてまた政府もまた認識を改めていったのでありました。そして北朝鮮との交渉の場面におきましては、やはり北朝鮮に拉致された日本人の救出を、すべてに勝る最優先課題であります。その議題に乗せてもらうために、なぜ私たちが声を挙げなければいけないのか?

  自国民を守らない認定政府

 本末転倒な話といえば、それまでであります。しかしながら今の政府の実態といったもの、今の政府が、例えばブッシュ政権であるとか、またはこれまでの北朝鮮に拉致された自国民の人権を取り戻すために全力で動いていったレバノンの政府であるとか、様々な国の政府とは残念ながら、やはり自国民の保護、そしてまた財産、生命、人権の保護に対する感覚が違うことは、紛れもない事実であります。

 だからこそ、その政府を動かしていかなければいけない。また、私たちとしましては、なぜそのようなことを私たち国民サイドからやらなければいけないのか? 本当に多くの皆様、お怒りになるのは当然であります。しかしながら拉致被害者認定を、政府にきちんとしていただくこと。

 そしてまた、北朝鮮との外交交渉の舞台におきまして、的確に、そしてまた迅速に提起をしてもらうことによりまして、一日でも早く、そしてまた本当に親御さん、ご親族の方々、40年、また中には50年も経ている方もおられます。やはりご本人ももちろん、人生におきます多感な時期といったものを、青春期といったものを、北朝鮮におきまして辛い生活を強いられているわけであります。

 そしてまた、ご家族の方々、ご親族にとりましては、本当に辛い、30年、40年を過ごしておられるわけでもあります。ご家族の方々の高齢化、本当に切実な問題であります。今現在、女性の方々の方が、平均寿命長いといわれております。しかしながら、もう待てない。100歳、120歳まで生きられる方はそうはいらっしゃいません。

 だからこそ、本当に時間がないと思います。政府に対しまして、国家として、政府としてあるべき動きをしてもらうために、私たちが声を挙げていく意義は大変大きいわけであります。そのために何をしなければならないのか? 世論の喚起、そしてまたこの問題自体をお一人でも多くの方に、認識をしていただく必要があるわけでもあります。

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(5)中村実船橋市議会議員、特定失踪者問題調査会理事の講演‐2

  救う会の活動なかりせば…

 やはりこれまでの北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会、所謂救う会であります。やはりこれまでこの救う会が、この問題に関しまして問題提起をしてこなかったのであれば、どういう状況になっていたのであろうかと、わたくし大変そら恐ろしくなるわけであります。救う会ももちろん、当初から本当に小さな所帯から始めていった運動でありました。

 やはり北朝鮮に拉致された日本人の方々が、おられるのではないか? その動きに対しましては、もちろん様々なプレッシャーがかけられていったわけでもあります。北朝鮮本国の意を受けた様々な勢力が、救う会を包囲しようとしていく…。様々な動きも多くありました。わたくしもそういった動きを目の当たりにするにあたりまして、やはりどれだけ北朝鮮、朝鮮総聯といったものが、救う会を初めと致しました北朝鮮に拉致された日本人の人権を取り戻そうという動きに対しまして、警戒をしていたのかなあと、わたくしもよく実感を致しました。

 しかしながらやはり、事実は一つでございます(断乎たる口調)。救う会がこれまでにも一つ、一つ解明をしてきた問題、そしてまた政府に対しまして働きかけをしてきた問題、歳月は長くかかりました。そしてまた労力も多く費やしてきたわけでもあります。

 が、ようやく平成の時代にはなりましたが、国会におきましてもそれこそ当時の梶山静六官房長官の答弁、そしてまたその後国会議員も、やはり我が国の国会議員として、果たすべき当然な役割といったものを、ようやく動きといたしまして、所謂政府に対しましての質問趣意書を初めといたしましても、予算委員会におきましての質疑、そしてそれに対しましての国家公安委員長、様々な政府機関が、拉致の認定といったもの、そしてまた北朝鮮による拉致といったものが、どれだけ恐ろしいものであるかということを、これまでわかっていた人たちも声を出し、はっきりとは言えなかった時代といったもの、長きに渡りまして続いていたわけでもあります。

  かわりゆく国の動き ― 60年周期説 ―

 しかしながらやはり、我が国も、国民の、自国の国民の人権を、また生命と安全を守るのは、政府にとりまして最優先な課題であります。よくいわれることでありますが、60年周期といった言葉があります。ちょうど戦争が終りまして60年経過をするわけでもありますが、その60年ごとに我が国におきましては、それこそ国の動きといったものが、大きく変わっていく周期というものがあるといわれております。

 これまで、確かに戦前の悪い部分といったものが、多くクローズアップされてまいりまして、戦前というものは、すべて悪かった、確かにそういう位置付けが多くありました。しかしながらその結果といたしまして、やはり国家としてあるべきこと、政府として果たすべきことといったものが、蔑ろにされてしまう。それはやはりおかしいのではないか? ということが、これまでやはり60年周期で、周期によるものではないと思いますが、やはり国家としてあるべき方向に進みつつあるのではないかと思います。

 しかしながらやはり、先だってのNHKの問題もありましたが、やはり北朝鮮拉致問題におきまして、あるべき政府の道筋といったものを、的確に示そうとする国会議員の安倍晋三幹事長代理であるとか、中川昭一経済産業大臣ですね、ああいった方々に対しては、それこそ我が国を貶めようとする勢力といったもの、闇の世界では見事に連携しております。

 そういった勢力が追い落としを図ろうとする、もちろんそれだけ焦っている証拠ではありますが、やはり今のこれだけ北朝鮮の拉致問題といったものが、はっきりと明らかになった今の世の中でさえも、さらに危機感を感じながら、この問題に対しまして足を引っ張ろうという勢力が、たくさんあるわけでもあります。

  国民世論の声で拉致事件の真相解明を

やはりこれ以上、北朝鮮の拉致問題といったものを、その事実が解明されてしまっては困る人たちが、我が国の内外にたくさんいるわけであります。やはりそういった方々に対しまして、国民世論の声といったものが、きちんと勝利していかなければいけないわけでもあります。これ以上、闇の中に葬られるわけにはまいりません。そのためにはやはり、私たちが声を大にしていくこと、とても大きな役割ではないかと思います。

 世論を形成していくために、やはり私たち自身が声を大にしていくこと、それは様々な、私たちにできることはいっぱいあります。例えば、お家に帰られてご家族で今日こういう集会があって、参加してきました、と。または、今日駅でこういうチラシをもらいました、と。千葉県からも、海上郡の海上町からも、北朝鮮に拉致された疑いのある加瀬テル子さんという方がいらっしゃるんだということを、この事実といったことを、私たちが知るということから、すべてが始まっていくわけでもあります。

 そうした中、わたくしも大変驚くわけでありますが、やはり大人といった方々、これまでそれこそあたかも他人事であるかのような大人が多くいるわけでもあります。しかしながら、若い方々、中学生、高校生の方々、本当に多くの方々、市原市内におきましてもそうであります。

 古川了子さん、昭和48年に千葉駅での連絡を最後に、行方がわからなくなってしまった。この事実といったことを、ご存じない方々の方がこれまでは多かったのかもしれません。しかしながら、市原市内を初めと致しまして本当に多くの方々が、同じ市原市におきまして、同じ千葉県におきまして、古川さんという北朝鮮に拉致された人がいるというその事実を知って、これは本当に許せない。そしてこんなことがあってはいけない。率直なお気持ちを皆さんお持ちになられました。

 そしてまた、それぞれの方々が、じゃあどうすれば古川さんの人権を一日も早く取り戻すことができるのか? 皆さん、お考えになることでもあります。そして署名活動、拉致された古川さんを特定失踪者ではなくて、拉致被害者として政府に認定をしてもらう。そして外交交渉の場におきまして、あるべき交渉の議題にしてもらう。その唯一の目的のために、署名活動展開させていったわけであります。

   14万8千人もの署名の重み

 これはもちろん、古川さんのご親族の皆様、そしてまた高校のお友だちの方々を初めといたしまして、本当に多くのお仲間の方々、そしてまたこんなことがあってはいけない、そしてまた古川さんと机を並べていた、または同じ電車に乗っていたいろんな皆様が、本当にお力を合わせて、この署名運動くり広げていたわけであります。

 14万8千人もの、本当に多くの方々が、やはりこんなことがあってはいけない。そしてまた北朝鮮に拉致された古川了子さんを、1日も早く取り戻していただくためにも政府に対しまして、私たちの声を届けていかなくてはいけない。その思いで皆さんが、一筆、一筆署名をしてくださったわけでもあります。

 その筆跡の中には、もちろんお父さん、お母さんが、小さい子供さんの名前を代筆をされている(選挙と違い、署名は未成年や外国籍でも有効)。もちろんご本人の諒解を得た上で、小さい子供の字ではなくてお父さん、お母さんが、代わりに子供さんの名を書いたんだと思いますが、小さなお子さんの名前と思われる名前もあります。そしてまた中学生くらいの子供さんでしょうか、本当にたどたどしいような字で、一筆、一筆お書きになっている方もおられます。

 内閣府に提出されましたこの署名、本当に政府に対しましてプレッシャーという言葉は、不適切かもしれませんが、政府に対しまして、自分(政府)たちの不作為に対しまして、私たち世論は許さないのだということを、はっきりと示すことができたのではないかと思います。

 そしてまた、どれだけ重大な問題であるかということを、改めて内閣府、内閣府というのは、まさに政府であります。首相官邸に直結している他の省庁の、いわば頂点にある政府直属の機関が内閣府でありますから、これは小泉首相に直接話をしたのと同じわけではありますが、どれだけ重要なことが起きているのか? そしてまた、政府としてなすべきことを為してこなかったということを、改めて知らしめる機会になったかと思います。

  千葉県における拉致工作活動の闇

 本日、加瀬テル子さんを救う千葉集会、やはり千葉県内、ほんとうにこの千葉県内におきまして、昭和40年代、今から40年近く前になります。どういった人たちが蠢いていること、そしてまた誰がどこで、誰の意を受けて工作活動を行っていたか?

 そしておそらくその当時から、きちんと警察機関、様々な治安機関がその動きを把握していたのかと思います。しかしながら、例えば目の前で犯罪行為が行われていても、現行犯で逮捕することができなかった。または仮に逮捕したとしても、その後の世論の反応といったものが、どうなるかといったことを、もちろん一線の警察官も危惧をするわけであります。

 私たちの世論の声といったもの、もちろん政府にとりましても、そして様々な治安機関にとりましても、やはり私たち県民世論、国民世論が常に応援をしているということ、それがとても大きな援護になっていくわけであります。

 もちろん、先日も特定失踪者問題調査会の方で発表もいたしましたが、市原市におきまして当時17歳の関谷俊子さん、北朝鮮に拉致された疑いが極めて高い方がいらっしゃるわけでございます。そしてまた様々なご事情によりまして、またはご家庭の中で様々なご事情もありまして、はっきりとは申し上げられない方々もいらっしゃいますが、この千葉県内におきまして、今千葉県には600万の県民がいます。

  まずは真実を知ることから

 しかしながら、当時、昭和40年代当時、千葉県は本当にのどかな県でありました。そののどかな県の山間部におきまして、または海辺におきまして何が起きていたのかということ、これを知ることからまずは初めていこうではありませんか。そしてまた、加瀬テル子さんを初めとした方々が、北朝鮮に拉致をされていたこの事実を、私たちは今日この場で真鍋理事のほうから、そしてまた仲條さんのほうからも克明にご説明があるかと思います。

 私たちが、今日この場で意識を共有できたこと、その思いといったものを、ぜひ今夜から、今すぐぜひお家の方に、皆さんにお話しいただく。そしてまたいろんなインターネットを活用して発信される。私たちにできることからどんどん始めていこうではありませんか。

 そしてまた、国民世論の声といったもので、政府を動かしていくこと。やはりまず政府を動かしていかなければいけない。そして私たちも、こういう重大な事実があるということを、知った以上は、これまでの政府のように不作為であってはいけないわけであります。

 私たちもその現実を認識をした以上は、私たちにできる形で情報発信を行っていこうではありませんか!またはアクションを起こしていこうではありませんか!(声に力がこもる)

  越えなければいけないハードル

 そのためにはやはり、まず第一の、まずはこれから越えなければいけないハードルがたくさんあります。もちろん北朝鮮に対しまして、拉致問題の解決、これは最大にして最終の越えなければいけないハードルであります。その前の段階におきまして、私たちがまずは越えなければいけないハードル、それは政府に対しまして特定失踪者の方々は拉致被害者であるという、この政府の認定をきちんと政府に対しまして求めていくこと。

 そしてまた政府が、これから北朝鮮と交渉を行っていくにあたりまして、加瀬テル子さん、古川了子さんを初めとした千葉県内を初めとした全国から北朝鮮に拉致された日本人の方々の人権を取り戻すことなしには、北朝鮮との援助といったもの、問題、そしてまた北朝鮮とのこれまで通りの様々な便宜の供与といったものもありえない。

 要は経済制裁を断乎行っていくという姿勢を政府に対して、私たち国民世論の声として発信をしていくことによりまして、私たちの意を受けた形で、政府が北朝鮮に対して毅然たる態度で接すること、そして北朝鮮に拉致された日本人の方々の一日も早い帰国の実現へ、すべてその帰結点、その帰結点に到るまでの道筋といったもの、これだけはっきりとしているわけであります。

 しかしながら、なぜそれができないのか? もちろん様々ないろんな話は聞きます。もちろん、我が国におきましても、この千葉県におきましても、北朝鮮や朝鮮総聯の思うがままに動かされている勢力がたくさんいるわけであります。

  はびこる北朝鮮のスポークスマン

 わたくしは船橋でありますが、船橋にもそういう方々たくさんいます(吐き捨てるような、怒りのこもった口調)。がんじがらめで、もう見事なまでに北朝鮮、または朝鮮総聯のスポークスマンとして、拉致被害者の方々の人権がこれだけ侵害されていても、平然としていられるような許しがたい人間たちが、この千葉市内にもいっぱいいます。しかしながら、そんな連中の意向といったもの、これからますます私たち国民世論の声で、打倒していかなければいけないわけであります。

 そしてまた北朝鮮の政府が、我が国を囲い込んでいく。外堀を埋めてきた。これまではいろんなやり方がありました。北朝鮮のエージェントのような国会議員、実力者もたくさんいました。そういった人たちが、これまでは我が国の自民党政府を初めとした、戦後政治を牛耳ってきたわけではありますが、そうではなくって、私たち国民世論の声といったものが、これからの我が国の政治を決めていくわけでもあります。

 そして北朝鮮に対しまして、交渉のテーブルに着くように、そして加瀬テル子さん、古川了子さんを初めとした拉致被害者の一日も早い帰国がなければ、交渉自体がありえないということを、はっきりと示していくために、そのための前段階と致しまして、政府に対しまして北朝鮮に対して毅然たる交渉を求めていく上でも、その議題の中に、加瀬テル子さん、古川了子さんの一日でも早い人権の回復を、きちんと明記をさせるために、そのためにまずは、政府に対しまして拉致被害者認定を求めていくことが、越えなければいけない第一のハードルであります。

  声を挙げよう! できることを行おう!

 そのために、私たちは声を挙げていこうではありませんか!
 私たちにできることはいっぱいあります。
 できることはすべて行っていこうではありませんか!

 えー、わたくしの持ち時間40分ではありますが、もう一言だけ、申し上げさせていただきます(汗まみれなので、背広を脱ぐ)。やはりこれまでは、北朝鮮の拉致問題、私たちはサイレント・マジョリティーだったわけであります。私たちの思いといったもの、あまり発言してこなかった。または行動に起こしてこなかった。それは即ち政府にとりましては、やはり国民世論の動向といったものは今どうなのか? ということを政府も、もちろん北朝鮮もウォッチをしているわけであります。

 だからこそ、私たち国民世論の意向といったものは、これはもちろん政府だって無視はできないわけであります。そしてまた政府の中におきましても、拉致被害者認定を行うにあたりまして、様々な障壁があります。だからこそ、その障壁を政府に乗り越えさせるためにも、私たちの声で、今後も引き続いて政府を動かして参りましょう!

 是非とも今日ご参加いただいた皆様にも、さらなるご活動をお願い申し上げまして、わたくし、中村の基調、まずは、え~、失礼いたしました。本日まだこの後、時間が詰まっておりますので、あまり長引くわけにはいきませんが、私たちが気づいたことから、どうか始めていこうではありませんか。時間を若干超過いたしましたが、ご静聴いただきましてありがとうございました。(拍手)

・中村実船橋市議会議員のホームページ
『中村みのる「みのるCLUB」』 

・中村みのるを育てる会
〒2730031船橋市西船3828
tel:0474334047 fax:4334024
Email:Minoruclub@aol.comi

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(6)質疑応答&仲條富夫氏の発言

 質疑応答

 Q1.会場参加者(仮称Q氏)― ブッシュ・姜哲煥会談の意義 ―
 あ、一つ伺いたい。(真鍋氏:どうぞ)先程ですね、アメリカが本気になるかもしれない、と言っておられましたけど、つい最近、ブッシュ大統領が姜哲煥(カン・チョルファン)さんとお会いになりました(真鍋氏:そうですね)けど、そのことをどう思いますか?人道的観点から・・・。

 A1.真鍋理事の回答 ― 北朝鮮への強力なメッセージ ―
 よくご存知のとおりですね。なぜ姜哲煥に会ったかということですね。今、6カ国協議が始まるか、始まらないかの時に、脱北者のシンボルにですね、わざわざブッシュ大統領が30分くらいですね。
(Q氏:40分です。盧武鉉と45分の会見なので、それとほぼ同じ時間なんです)
40分ですか。だから異例なんですね。
これは、もう北朝鮮に対する非常に強いメッセージだというふうに認識してます。
(Q氏:はい、わかりました)

 ご質問ありがとうございました。最初の口火で、他に、もしよろしかったらご質問、この際ですから、何でもよろしいですから。

 Q2.原 良一(投稿入力者) ― 帰国した拉致被害者との信頼関係の構築は? ―
 先程ですね、戻ってきた家族との関係がなかなか上手くいってないって話が出てて、私は「奪還2」(新潮社)を読んでるんですね、蓮池透さんの…。それで、その中で明らかに調査会に不信感を滲ませた記述があるわけなんですよ。

 そして逆に、安明進さんの本(「新証言・拉致」廣済堂出版)も読んだんですけど、そちらでも蓮池さんが本当のことを話していない、と…。で、実際に安さんと蓮池薫さんが電話で話したことを、後で透さんが伏せてくれと言ってきた。

 結局それは、ある程度安さんの怒りもあって、本の中で暴露しちゃってるわけなんですけど、ま、暴露するってことも、逆にいえば蓮池家にとっては、感情を悪くする危険が高いと思うんですけど、そういう中で、拉致被害者とは、どうやって信頼関係を作ってるんでしょうか?

 A2.真鍋氏 ― 多すぎる「門番」、聞こえない本音 ―
 あの~ですね、基本的に5人の本音が聞けないんですね。というのは、5人には「門番」がたくさんいましてね(会場から失笑)。まあマスコミの注目度も非常に高いので、どうしても門番が囲ってしまうという状況があって、その門番を通じてでしか5人の発言が聞こえてこないわけですね。

 じゃあ門番は誰か? 蓮池薫さんにとっての門番は透さんですよね、それからまあお母ちゃん(ハツイ氏、不敬発言ご容赦)ですよね。それと(内閣の)支援室ですね。

 どうもそこらへんを通して、いろいろ行ったり来たりをするもんですから、ほんとに蓮池薫さんが何を思ってるのか? 何を言いたいのか? 言いたくないのか? がはっきり伝わってこない。我々も想像するしかない。これは非常に悪い状況ですね。

 だから拓也君(横田拓也氏、家族会事務局次長)なんかはですね、前から5人がすべて自分の口で言わなきゃいけない、と。自分の口で明らかにしないといけないと…。よく言われるのは、やはり情報ってのは、スクリーンを通ったり、本人以外の別の口を通ったりするとですね、捻じ曲げられちゃうじゃないですか。本人の意思と違うことになっちゃうじゃないですか。おそらくあの5人にとっても、決して良くないことだ、と私たちは思っています。

 が、が、これが地村の親父さんがよく言うように、あの5人が自らすべてを証言したら、あの5人殺されてしまう、と当然…。日本には300人から400人の北朝鮮の工作員が、まだいるわけですから…。喋ったら、ただじゃ置かないぞ、ってことになってるわけですから…。

 もしあの5人が喋ったり、誰かが喋ったら、当然狙われる、ということになってますから、それを敢えて強調してですね、我々が喋れというのは、貴方の命を守るから喋ってくださいということでしょ。

 じゃあ我々が、彼らの生命を24時間守ってあげられるかどうか? そんな無責任なことは言えないし、やれないわけですね。だとすると、やはり彼らの口から直接言えないけれども、彼らが言った内容を、きちっと説明できる、あるいは説明すべき責任は、誰にあるかというと、日本政府ですね。日本政府は、その辺をきちっと責任を持って情報を開示する。5人の生命は責任を持って守るということがない限り、あの5人も安心して語れることはないんじゃないでしょうかね。

 Q3.Q氏 ― 小泉・安明進会談を突破口に ―
 今の質問の関連なんですけど、さっき姜哲煥がブッシュと会ったと言ったんですけど、先程の安明進さんの(めぐみちゃん拉致に関する)証言というのは、昔はちょっと眉唾かなということでね、言われてましたけど、今や拉致問題というのは、金正日が謝ったようにですね、きちっと認められて、どうもあの証言は、間違いないんじゃないか、ということにいってるようですから、小泉さんもですね、安明進さんの話聞いたらどうですかね。

 で、これを聞けばですね、今言った5人も言い始めませんかねぇ? つまり姿勢なんですよね。だから日本の首相が本気だぞ、と。ブッシュと同じようにですね、やるぞと見せればね、5人は言い始めるんじゃないですかねぇ。

 A3.真鍋氏 ― ブッシュ・横田家会談を企画中 ―
 もうそれはですね、安明進とは我々はしょっちゅう議論してるし、彼はそれを望んでいると…。
(Q氏:小泉さんがその気にならないといかんですね…)そうです。
(Q氏:だから救う会が、プッシュしないといけないんですよ)

 これがですねえ、(Q氏:大変だとは思うけど)小泉君はですね、もう一切会おうとしないし、会っても一切何も言おうとしないんですね。

(Q氏:だからブッシュさんから手を回せばいいんじゃないですか? ブッシュだったら言うこと聞くから)
 ハハハ、「実は…」てのが、あります。もし上手くいけば、ブッシュと横田さんが直接会う可能性があります。もしそうなったとしたら、小泉さんメンツ丸潰れです。これは今・・・

(Q氏:メンツ潰れてもいいからさ、拉致問題解決しろって)そういうことですね。

 Q4.Q氏 ― 6カ国協議から離脱すべし ―
 それともう一つはですね、何というか、これはお願いになっちゃうんですけど、古川了子さんの講演の時に、増元照明さんが、こういうこと言いましたよね、私、非常に印象的だったんですけど、あの~6カ国協議から日本は抜けるべきだという話をしましてですね、
(真鍋氏:ちょっと私記憶にないですけど)、
(原:いや、言ってましたよ、そういうふうに。そうやって恫喝したほうがいいということなんですね。結局日本の金が頼りなんだから、日本が6カ国から抜ければ実質機能しなくなりますから)


 <参考資料>
「古川了子さんを救う市原集会」での増元照明氏の発言の該当部分(記録者ぴろん様)

 即ち6者協議の中で他の全ての国が、日本の金を当てにして6者協議で核合意をしようとしているんです。
 そこに日本が入らないよと言ったら、他の国が慌てるんですよね。だから、慌てるから日本の言うとおり、じゃあ拉致問題も少し入れようか、というそういう動きになって当然だと思うんですが、それさえも今の日本政府はしようとしていない。
 今6者協議優先で拉致問題を取り上げようとしていない。実際本当に拉致被害者を救出する気があるのか? と。私はその辺が非常に腹立たしい思いで言ってるんです。


 Q氏
 これはですね、味のある話なんですね、よく考えてみると。6カ国協議に日本が入ってるのは、さっき言いましたように、要するに日本の支援は、お金出せということでしょう。だから他の5カ国は入れてるんですよ、北朝鮮のために。

 だったらね、もうやめたって、抜けるべきじゃあ、これをやっぱり政府に言わなきゃいけないんじゃないかなあ、救う会が、政府に言うべきですよ、こうなったらね。そうすればね、我々の声というのもやっぱり、国民の声はそれなりに見てますよ、ただ、誰も口に出して言わないからね。

 このことはぜひですね、救う会で採り上げていただいて、そういう声があるんだ、増元さんの言ってること、主張をぜひ採り上げていただきたいと、言ってやったらどうですかね。

 そしたら、もし日本が抜けたらね、計画がなくなることなんてないですよ。抜ければね、向こうは真剣に考える。

 A4.真鍋氏
 あー、すいません。前提として、私たち特定失踪者問題調査会なもんで、救う会幹事は中村さん(笑)なんでどうぞ、(Q氏すいません)
 A中村氏 ― 救う会に報告、会議の議題に ―
 じゃ、ちょっと替わります。仰る意味私もよくわかりますので、その6カ国協議、ちょっと私その増元さんの話、聞き落としていたんですが、
(Q氏:増元さんも救う会の理事ですからね、同じ仲間ですから、ちゃんと聞いてください。そうすればわかると思いますから)
 では、その6カ国協議、増元さんが仰ったという話の意義は、私もよ~くわかりますので、北朝鮮に対しての話の持っていき方の中で、ご指摘の方法論といったものも、大変私個人的にいうとすごく有効だと思いますので、またそういう方向性を政府に対して求めていくべきかどうか、また救う会の中で、協議をする必要もあると思いますので、それはもう、救う会の中で、佐藤会長を初めとした関係のところにこういうご指摘がありましたということで、きちんと報告させていただきます。
(Q氏:ぜひお願いします)わかりました。

 A真鍋氏
じゃあそんなところで、(Q氏:すいませんでした)はい、ありがとうございました。

 司会者
 真鍋さん、ありがとうございました。
続きまして、当会代表、仲條富夫からお願いいたします。

 3.仲條富夫加瀬テル子を支援する会代表、加瀬テル子従兄弟の発言
  ―「加瀬テル子の家族の訴え」―


 どうもいろいろとありがとうございました。
 あのお、先程ちょっとだけ言わせてもらいます。警察の方なんですけど、なんか私の聞いた情報では、先に拉致認定をして、もしそれが拉致認定じゃなくて国内などで見つかった場合に、本部長さんのところで、バツ(×)が一点ついちゃうと…。

 だからキャリア組、ま、千葉県は(県警本部長の)山浦さんは、キャリア組ではないと言ったら叱られますけど、そういうような感じで、キャリアの方はなかなか認めないと。認めなくて拉致がありましたよと、まあ曽我さんのようになった場合は、何のお咎めもないというような、申し入れじゃないですけど暗黙の諒解があるんで、なかなか県警単位では、何というのかな、拉致をパッと認めたがらない、というのが実情のように聞いております。

 あのう…、正直のところ自分の方、多分関谷さんの所もそうですけど、こういうことがありました。特定失踪者になりましたよと言った時点で、公安調査庁なり、県警なりと本当に毎日のように来ます。

 写真の方も出て、正直なところ証拠写真ですからうまく写ってるのを提出して、少しでも私ども家族としては、拉致認定がほしいですからあげたんです。けれども、で、壊していいですかという話になると、違う形で疑いがあると、壊されて認定された人だけならいいんですけど、仮に壊して何もなかった。あれ違う、じゃあ証拠写真出してくださいということになりますんで、壊すことは止めてください、と。証拠では、証拠写真としては提出しますから、というような状況になってます。

 それとあともう一点は、先程言った6カ国云々の話もあります。自分が、これは政治家に聞いたんですけど、ま、今の総理大臣は、前に言いました金丸さんと同じ、日本が悪いと認めて社会党たぶん委員長さんだと思いますけど、行って援助の約束をして、帰りに背負って立てないほどの金塊持ってきたというような経緯もあります。

 たぶん私が聞いた話では、その6カ国云々よりは今の小泉さんは、今の拉致のところで終わりにして、援助を再開してもその交渉はできるんじゃないか? という部分で、それがうまくいけば、たぶん院政をして日本を動かすほどの男になる。というような取り巻きの話もあるというような、どこまでほんとかわかりませんけど、あながちウソではないなということで…。

 先程の話に戻りますけど、あたかも特定失踪者、拉致被害者っていうのは、政治っていうか、そちらの方の道具に使われつつあるのかなあ? ていうのが、今の家族の心境なもので…。

 本来なれば、父の次信(つぎのぶ)とかの方がここに来て、皆さんにお願いするのがほんとなんですけど、体の調子も悪いし、先程真鍋さんの方心配なされてたんですけども、正直のところ親族のなかには、何を今更という部分での正直なところ冷たい意見も、仲條がそういう形でやっても、なかなかそうはいかないよという部分もちょっとあります。

 が、その反発もありまして、あえてこういう冒険というとおかしいんですけど、亜細亜人権協議会さんのお力を借りて、(集会を)やったんですけど…。

 であともう一点は、地元一市三町合併が7月1日になりましたので、素直に拉致認定の話云々、拉致被害者の話持っていけばいいんですけど、ややもすればそれが政治の方の形、選挙イコール票に繋がるということで、またそちらに利用されかねないのかなということで、若干危惧をしまして、ま、こういう形になりました。

 7月1日に合併、12月には市議会の方の選挙がありますので、実情を言いますと70人の市議会議員、現状あと6ヶ月なんですけど、それが26人に絞られるので大変厳しいのが予想されてる時に、またこういう形をすると拉致云々を飛び越えて、違う形になりがちなものですから、ちょっとその点を考慮したんですけども…。

 今考えてみれば、敢えてそれを冒してやった方がよかったのかな、と反省もございますけども…。ま、何はともあれ皆さんのお力をお借りして、曲がりなりにもこういう形で発表の場を得られましたので、深く皆様に感謝申し上げます。古川様には特に、先日に引き合わせてお声をかけていただきまして、ありがとうございます。じゃ、これで…(拍手)。

 司会者
 私ども、特定失踪者加瀬テル子を支援する会は、発会、歩き出したばかりですが、これからも集会、シンポジウム等、回を重ねていき、拉致被害者認定、家族との面会実現に向け邁進いたします。皆様のご参加、ご支援、ご協力、ご支援よろしくお願いいたします。

 それでは、特定失踪者加瀬テル子を支援する会総決起集会を閉会と致します。本日はまことにありがとうございました。
 仲條氏
 どうもありがとうございました。

◆―――――――――――――――――――――――――◆
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2005年6月25日 (土)

佐久間隆義市原市長のあいさつ

佐久間隆義市原市長のあいさつ

 皆様こんにちは、ただ今ご紹介いただきました市長の佐久間隆義と申します。お母さん(古川了子氏のご母堂)があちらにいらっしゃっておりますが、私は2年前に市長に就任を致しました。もう2年が過ぎようとしております。そういう中で、私も大変ご指導いただいておりました古川様のお兄様、その妹様が拉致をされたということで、その話を聞きました。

 市原市民の命と財産を守る責任は、私たち行政にもあります。事件や問題が起きた時に、警察だけにお願いすることなく、行政としてもしっかり対応していかなければいけない、という基本的な考えに立って、日々の活動をさせていただいておりますが、お話しをいただきました時に、私たちはできる何かをやらなければいけない、いつ私たち自身が被害者になるかもしれない。

 そういう思いの中で、町会長会長の小池さん、まだお見えになっておられないようですが、まもなく来られると思いますが、町会長の連合会の皆様にご相談をいたしました。市民のお一人である古川さんがこういうことになった。市を挙げて、市民を挙げて何か声を挙げなければいけない。

 そしてその声は、必ずあの国にも届くはずだ。そういう思いで署名を集めていただきました。今お話しの通り、15万弱の署名が集まった。その後もずっと思いを持っている方がたくさんいらっしゃいます。

 その皆さんの心と力を合わせて、是非お母さんがご健在な内に、この日本(にっぽん)に、祖国に身柄を引き渡していただきたい。こういう思いを、私たち市民一同持たなければいけない、こういう考えで私もおります。

 これから先も、拉致認定をされる、されないの問題はありますが、市原市として、市原市民として、市民の一人である古川了子さんが元気で、この故郷(ふるさと)に…(涙で声が詰まる)帰ってきてほしい…。(涙をこらえながら)心からそう思っています。

 私たちは人間です。みんな父や母があって生まれました。そしてその父や母によって育てられています。今、私たちの国で、子供たちに関わる様々な事件が、問題が、あっちこっちで起こっています。それは、どこにその原因があるのか?

 自分さえよければいい、自分だけ儲かればいい、自分だけいい思いをすればいい。そんな自分勝手な思いが、日本だけじゃなくて世界中に広まっている。だから自分の得のためには何でもしてしまう。そういうことが、今の私たちの社会の中で、悲鳴を上げているのが子供たちだと思います。

 被害者も加害者も、みんな私は犠牲者だと思います。社会がもっと、私たちがもっと周り中に目を配り、気持ちを注いで、より良い社会の実現のために、まず家庭から、地域、この町、この国、どんどんその思いを、思いだけじゃなくて、行動として進めていくその責任と義務が私たちにあると思います。

 どうぞ今日は、この集会にご参集いただきました皆様、本当にありがとうございます。私は市長という立場で、これからも最前線に立って、皆さんのために、私たちのために、未来のために、子供たちのために努力をさせていただきますので、どうぞお力添えをよろしくお願い申し上げます。

 古川了子さん、そしてご家族の皆様、今日(こんにち)までの苦しみ、そしてこれからもまだまだ大変なことがあるかと思いますが、共に一生懸命頑張りますので、お母さんもお元気で頑張っていただきたいと思います。どうぞ皆さん、これからもよろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました。どうぞ、よろしくお願いします。


原良一さんの投稿より
同じテキストを話の花束でぴろんさんもお書きです。こちらもどうそ。

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増元照明 家族会事務局長のお話 その1

古川了子さんを救う千葉集会in市原(2005/6/25)

こんにちは。
今紹介いただきました家族会事務局長の増元照明です。
先ほど中村さんからご案内頂き、今日はこの炎天下家族会一同、衆議院議員会館前で座り込みをやっております。
私は前からこの「古川了子さんを救う千葉集会」へ呼ばれておりまして、どうしようか考えたのですが。
私たちは両方とも大事なことです。
首相にやはり決断を促すための座り込みも必要ですし。
こうやって各地を回って、皆さんに拉致の真実と言うものを知って頂くことも重要だと私は思っていますので、今日は横田拓也事務局次長に全て任せてこちらに来させて頂きました。
私たちはなぜ座り込みをやるのか?
まずこれから多少時間をいただき、お話したいと思います。

私たちは昨年の12月24日に第3回日朝実務者協議でもたらされた北朝鮮の調査結果、小泉総理が5月22日に白紙に戻して再調査すると言質を取ったと言うふうに、成果を言っておられましたが。
その調査の結果がすべて捏造であって、更に横田めぐみさんの骨と称するものは他人の物であったということが判明し、日本政府はあの時点では死亡とする物証を全く認められない。
生存を前提にこれから交渉をするというふうに閣内でもというか、政府内でも意見が180度転換しました。
それまでは日本政府はほとんど北朝鮮の発表どおり、ほとんど人は死んでいるという、そういう考え方で。
官邸サイドが特にそうでしたけど。
そういう考え方で北朝鮮に再調査を依頼し、そして死亡の物証をどんどん出せと言う話をしてたんですが。
昨年の12月からは生存を前提に、生きてる人をどんどん返しなさいと言う、そういう姿勢で臨むと言う。
これは外務省で谷内事務次官が私たちに説明なされました。
というふうに方針転換したはずでした。

12月24日細田官房長官が、「迅速かつ誠意ある対応がなされなければ、日本政府としては厳しい対応を取らざるを得ない」というふうに言ったんです。
12月24日に言って、それから更にに3ヶ月経ち4ヶ月経ち、北朝鮮はその間に核の保有は2月9日に核の保有を宣言し、さらに外務省とは対話をしないと言う。
その話を聞いても小泉総理は「対話と圧力」と仰っておられます。
対話と圧力、対話がなされていない状況なのに圧力もかけていない。
じゃあ、いつ圧力をかけるんですか?いつ対話をするんですか?
それについても全く話をされないまま、今年になって郵政民営化のほうに興味を持たれた様で、ほとんど拉致問題に関しては話をされなくなりました。
対話と圧力、その一言だけ、ず~っとこの6ヶ月間言い続けています。

私たちはもう待てないとその意思表示をしておりましたけども、いつ政府は拉致被害者を救出してくれるんだ。
生存として方針転換したはずなのに、生存している人たちを全く助けようとしないことは、国家の総意として国民の命を預かるトップとして本当にそれで良いのか?と言う思いを、私たちは常に思っております。
政府に対する不信感もそうですが。
ただもうひとつ、私たちがこうやって大きな声を上げていかなければ、この拉致問題と言うのは核問題とそれと郵政民営化の間に埋もれてしまって、これから先いつになれば私たちの家族を取り戻せるのか?
そういう先が見えない状況に陥ってしまって、非常に危機感を持っておりました。

更に、これは蓮池薫さんが仰っておりましたけれど、朝鮮で情報収集するときに日本の新聞・雑誌を翻訳する仕事に従事していたということですが。
その時に向こうの担当者のミスで、お父さんが載っている写真を見たことがあるというふうに仰っています。
そして日本で拉致被害者の救出運動が起こっていることを知ったと言います。
それが今北朝鮮にいる人たちが3年前に蓮池さんや地村さん、そして曽我さんたちが帰っていったことを当然知っていることでしょう。
その彼らが次は自分の番だというふうに思っていて、ところが日本ではほとんどその他の拉致被害者のことに関してはほとんど騒いでいなくて。
そのような状況作っていては、彼らは向こうで日本に帰るという希望を失ってしまいます。
このまま向こうの体制の下に自分の人生を終えなければならないと言う、そういう悲しい思いをさせることは出来ない。

ですから私たちはあの官邸前で私たちが声を上げて、そして救出の火を絶やさないために体を使って座り込みをする決意をしました。
おかげさまで昨日から報道を一杯してもらっておりますけども、北朝鮮にいる拉致被害者に届いてくれることを望みながら、私たちはあそこの場で座り込んでおります。
その点いろいろとご批判も有るし、お年寄りをああいうところに座らせて良いのか?と言うそういう批判もありますが。
そのご老人たちが率先してやりたいということを仰っています。
それだけ今のこの現状には満足していないし。
私たちは政府のやり方に、今のやり方に非常に不信感を持っているということです。
それだけご理解頂きたいと思います。

私ひとりこういう涼しい場所でしゃべっていて良いのか?と言う、ちょっと思っておりますけども。
あの、「古川了子さんを救う千葉集会in市原」こういう非常に重い課題にこれだけの方が、しかも土曜日の昼下がりお集まりいただいてありがとうございます。
今特定失踪者問題調査会に依頼されている440名中400名ほど。
そのうちの12名、13名ほどは日本にいるもしくは死亡されているとされておりますけども。
その他400名強の方たちは全く分かっておりません。
それが拉致であるのか?拉致で無いのか?
ただ拉致の疑いが濃厚であるという方たちが今33名いらっしゃり、更に告発がなされております。

古川了子さんの場合先月でしたが、すでに裁判に持ち込んでおりますけども。
その裁判に持ち込んだと同時に4月の25日に、私が丁度ワシントンに着いた時だったんですけど、新聞記者のほうから田中実さんという方が拉致認定されたという話を伺いました。
この田中実さんそれからもうひとり小住健三さん、このお二人の方がいらっしゃいますけども。
私はその時にハッキリ自分で感じたのは、何で田中実さんだけなんだ?ということなんです。
田中実さんそれと小住健三さん、これは救う会の調査でまず拉致はまず拉致は間違いないだろうというそう言う決定をして、まず救う会の拉致被害者救出の救出しなければならない人の中にもうすでに入っております。
古川了子さんは9.17以降、安明進その他の証言その他で特定失踪者問題調査会が救わなければならない人の中に入れてほしいということで、救う会認定にはなっておりますが。
田中実さんと小住健三さんはもうずっとそれ以前から、救う会の救わなければならない人たちの中に入っておりました。

それがなぜ?今年の4月24日に。
今年の25日ですね。
急に拉致認定されたのか?
私たちが古川了子さんの拉致認定を求めて裁判を起こしたことが、これが田中実さんを拉致認定するひとつの要因となったのではないか?
すなわち政府は一生懸命調査しております。
警察は一生懸命調査しております。
だから裁判沙汰をしないでも私たちはちゃんとやっておりますと、今の政府の言い方なんですが。
裁判沙汰を、裁判に持って行かれたと言う時点で、政府のその姿勢を一応見せておかなければならないから田中実さんを政府認定し、私たちは一生懸命調査をしてそして拉致認定をしているんですよと。
裁判に有利な非常に姑息なやり方だと私は思うんですが、それしか今考えられません。

2年前に田中実さんと小住健三さんは、すでに警察庁その他警察関係の方たちにとっては、すでに拉致と言う、拉致容疑と言うことで官邸サイドに上げております。
官邸サイドは、そのとき福田官房長官でしたけども。
官邸サイドで小泉さんがそれを積極的にやったとは思えません。
ただ小泉さんはほとんど関心が無いですから、全て北朝鮮問題は福田官房長官、それから田中均外務審議官に全て任せておりましたので。
警察から上がった拉致認定の要請に対し、福田官房長官が官房長官のところでおそらく握りつぶしていたんじゃないかと。
拉致認定まで持っていってなかったと言うのが事実です。
なぜそこまで持っていかないか?
これ以上日本政府は、官邸は、特に拉致と言うこの事象。
拉致と言う事件をこれ以上大きくしたくないんです。
なぜ大きくしたくないか?
日朝国交正常化をしたいからです。

1990年以来政府・与党はずっと北朝鮮との国交正常化を望んでおりました。
これ、金丸信さんからずっとそうです。
なぜそれを望んだのか?
北朝鮮利権と言うものがあります。
さらにおそらく総理には名誉があるでしょう。
日中では田中さんが、私は今の日中友好条約それは汚点があると思っていますが、今の日中関係の悪さを作っているんだと思いますが。
それでも日中友好を成し遂げた人たちとして田中角栄さんの名前が載っております。
最終的にこのアジアの中で国交の無い北朝鮮と国交を成し得た総理として、名前を残したいと言うのが総理の自民党の政府与党の総理、全てにとって念願であったと言うのは事実です。

田口八重子さん、皆さんご存知のように田口八重子さんの事件が明らかになったのが1988年。
6件9人のアベックを含む、6件9人の拉致認定を国会の中で認めたのも1988年です。
1989年から金丸さんが北朝鮮外交を主導するようになって、その後日朝国交正常化交渉で拉致被害者を返せ、田口八重子さんを返せと言うのはほとんど行われておりません。
日朝国交正常化を優先するために拉致被害者の救出、返還を求めることをほとんどやっておりません。
名前だけ出して向こうが否定したので引っ込めたと言う、そういう状況がずっと続いており。
さらに第8回日朝実務者協議では日本サイドが事務レベルでの折衝の中で田口八重子さんと言う名前を出して。
出したが為に北朝鮮サイドが席を蹴って出て行ったと。
こちらも後を追わずに日朝国交正常化の政府間交渉がずっと流れていったんですけど。
そのように今の日本政府にとって拉致被害者の返還を要求するのと、日朝国交正常化をするのを比較したら、格段に日朝国交正常化の方が考えられていたと思われます。

金丸信さんはその時酷いことを言っております、その時に。
田口八重子さんと言う方は、東京の昔有名なキャバレーに勤められていたんですけども。
その事象を知って「女給の一人や二人で日朝関係がおかしくなっても良いのか?」と言ったのがあの金丸信です。
私たちはこれを聞いて非常に腹が立ってしまいましたけど、その程度の認識しかない。
6件9人のアベック10人、6件9人のそしてめぐみちゃんを入れて10人になっても外務省の槙田、
槙田なんて言いましたっけ?
今のエジプト大使でしたけど、その方が「9人や10人で日朝関係おかしくなって良いのか?」と、外務官僚がそう言った。

これが示すように日本政府はずっと日朝国交正常化を望んでおります。
今でもそうです。
小泉さんは今はもうほとんど諦めたと思いますけど、昨年の5月22日以降2~3ヶ月は私の任期中に日朝国交正常化をやるというふうに仰っておりました。
ですからどうも拉致問題はあれで終結したんだと言う、国民に知らせるために。
そして北朝鮮政府の望むように拉致問題を終結させて、日朝国交正常化に取り組もうとしていたんですけども。
結局北朝鮮が、アメリカの言うずさんな調査結果、あれがあったが為に日本国民の怒りが収まらずに日朝国交正常化を安易に出来る状態ではない。
これが今の現状です。

あの時私たちは横田めぐみさんの骨が出てきたとき、本当にドッキリしました。
特に横田家はやはり多少の覚悟はされていたと思います。
自分たちはあの骨は絶対にめぐみちゃんの骨ではないと言っておりましたけども、もしかしたら向こうで処刑されてそして骨だけ持ってこられたという可能性があるということまで考えました。
実際は別人の骨であった。
でももしもあの骨がめぐみちゃんの骨かどうか分からないとか。
もしかしたらめぐみちゃんの骨だったかも知れないという事だったらどうでしょうか?
国民の皆様の中に5人の被害者は帰ってきた。
5人の家族も帰ってきた。
で10人はもう死んでるというと言うふうになれば。
そして特定失踪者も無いという流れになれば、国交正常化が、何となく国交正常化の道へとなったのではないでしょうか?

私はそれが狙いで下手をすると、日本の官邸サイドから北朝鮮にあの骨を1200度で焼いたら鑑定が出来ないから、1200度で焼いてめぐみちゃんの骨と証する物を出しなさいと。
例えば日本の世論も沈静化できると、そのようにレクチャーした人がいるんではないか?
そのように思っています。
それほどあの骨はタイミングがよく出されている。
骨と言う物を出すタイミングは北朝鮮政府も狙っていたでしょう。
なぜなら8人死亡の内、骨が流されていないのは松木薫さんと横田めぐみちゃんだけでした。
他の人はみんな流されて分からなかった。
松木薫さんも流されたけども、その松木薫さんの骨があったところから拾い集めてこの中に松木薫さんの骨があるんではないか?と言って2002年の9月の末の調査団に渡されております。

その時に科警研がその骨をDNA鑑定できるかどうかやってみたんですけど、1200度程度の焼却をなされていたということです。
しかもご丁寧に2回焼かれていると言うことでしたけど。
最初に焼いた奴が埋められててそれが流されて、更にもう一回焼いたというふうに北朝鮮政府が言っておりますが。
それで科警研はDNA鑑定できませんでした。
そのDNA鑑定が出来ないという結果を持って、北朝鮮政府があのようにやればDNA鑑定ができないんだと。

あの時には60歳以上の女性の骨だったが、今度は30歳代の女性の骨を焼いて日本にやったら分からないだろう。
北朝鮮はめぐみちゃんの骨だと言い張って、そして終結に持っていこうと言うふうに持っていこうとしたのではないか?
日本政府も松木薫さんの骨は出来なかったんだから、あれと同じやり方をすれば分からないよと言う風にレクチャーをした。
とにかく終結をさせようとしたとしか思えない。
それほど私たちは日本政府に不信感を持っています。
特に官邸には不信感を持っております。

なぜなら飯島さんと言う今の総理の筆頭書記官ですが、あの人と朝鮮総連のチョ・ソンマン責任副議長が直結ラインを持ったという事が昨年の春位です。
直結ラインを持って北京に親書を持たせて北京に山拓さんと平沢さんを派遣した。
で、山拓さんは自分の選挙が近かったもので、ご自分の選挙の為に目立たなければならなくなったので、秘密裏ではなくて結局ジャーナリストを連れて行って。
北朝鮮サイドもあの時に、何だあれは?って言ってたそうです。
秘密の話だと言ったのに、日本サイドはジャーナリストを連れてきてカメラを連れてきて何だあれは?と。
と言うふうに言っておったということですが、山拓さんはご自分の選挙のためには自分が主導でやらなければならない。

結局その程度なんです。
国会議員の考えているのは。
票にはならない、金にはならないことがこの拉致問題であった。
ずっと拉致問題を、北朝鮮による拉致問題を隠蔽し、そして聞いても別に動かなかった。
そんなもんだろうと。
自分の選挙には関係ないしこの問題をやっても票にはならないから。
ほとんど積極的に動いてこなかったのがこの20数年間です。
それが今でも私たちには残念ですが。

ただ私たちもそうなんですが。
私たちの拉致認定と言うのは2002年の9月以降です。
私たちは平成9年の3月に家族会を結成いたしました。
家族会を結成してそして政府関係者、それからいろんな赤十字にも行きましたし、アムネスティにも行きました。
でもありとあらゆる所に要請しお願いしてきましたけれども、すべて拉致疑惑と言う言葉で片付けられておりました。
特に共産党それから社会党の方たちは、疑惑の段階でこれは共産党の・・・(聞き取れず)、疑惑の段階で拉致を持ち出すのはいかがな物か?と言うふうに言っておりましたから。
拉致と言う物を疑惑で全て闇の中に葬り去ろうとしたのが社会党と共産党です。

なぜそこまで言ってるのか良く分かりませんけど。
社会党は友党関係があったから、その自分たちの社会党と友党関係の朝鮮労働党がそのような非道ことをしていると明るみに出れば、それは社会党の威信にも関わるし。
社会党の今現在そうですが、社会党の票が減るということ。
共産党もまさしくその通りです。
共産党は2000年から朝鮮労働党との友党関係を回復し始めていて、特に朝鮮総連との関係を2000年の初めくらいから回復し始めました。
ですから朝鮮総連という組織が日本に行ってきた破壊活動や拉致と言う、これは朝鮮総連全てがそうだとは言いません。

朝鮮総連の一組織である非合法組織、洛東江とか、この前結成されたそうです学習組、あの中にも拉致に関わった人がいるんではないか?
確かにそこにいた人たち、朝鮮総連の商工人たち、それがすでに田中実さんの拉致に関係していたと言うのはもうすでに明らかになっております。
韓竜大と曹廷楽というこの二人の方たちなんですが。
この方たちも今日本でのうのうと暮らしてますから。
それに対して警察は手を出すことが出来ないのか?手を出そうとしないのか?
今でも青森とそれからこの前行きました山形に、二人は別々に暮らしております。

それほど朝鮮総連と言う組織が関わっていた。
特に責任副議長であるチョ・ソンマンはこのことを知らなかったことは無いと思います。
朝鮮総連と共産党が友好関係をまた再び復活させておりましたが、そこにやはり拉致と言う問題が大きくクローズアップされると、共産党の評判も落ちると。
共産党も中々手を出せなかった。
ですから議員秘書だった兵本さんを除籍したんです。
また先日萩原遼さんも除籍したそうですが。

萩原遼さん、今年の朝鮮総連の50周年記念パーティーの所で、北朝鮮人民の人権を守ると言うビラを配っていただけ。
共産党の悪口も言っておりませんし、共産党の批判もしていない。
そのビラを朝鮮総連のパーティーの出入り口で配っていたという事実を持って、共産党は萩原遼さんを除籍しているようです。
これは内部事情ですからハッキリ分かりませんけど、外部から見ているとそうとしか思えない。
そのような行為をしている。
だからよっぽど北朝鮮に何らかの借りが有るのか?
よっぽど北朝鮮と仲良くしたいのか?
よく分かりませんけども、共産党がどこを目指しているのか私は良く分かりません。

話の花束ぴろんさんのテキストです。

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増元照明 家族会事務局長のお話 その2

で、まずそういう方たちが日本の中に大勢いらしゃって、だから拉致問題はず~っと疑惑のままで伏せられていた。
疑惑のままで国民の皆さんに知られることが無かった。
疑惑ず~っと疑惑で、報道も疑惑と言っておりましたし。
2000年米食糧支援のときに、私たちは2回座り込みをやっております。
私たちは2000年米食料支援の時に2回座り込みをやっております。
その時に、その当時の外務大臣である河野洋平さんに私は強く言いました。

「河野さんあなたはこの拉致と言う物が本当にあったことだと思っていますか?それともでっち上げだと思っていますか?」
と言ったら河野さんは
「もう間違いなく北朝鮮による拉致だと思っています」
と言ったんです。
「じゃあ外務省の大臣として外務大臣として、マスコミに間違いないと発表してください」と。
「今政府がハッキリ言わないから、この拉致問題が大きくならないし、国民の皆さんに行き渡ることが無いんです。
だから外務大臣として正式に発表してください。
すでに1988年国会の予算委員会の中でそれをやってるじゃないですか?
ハッキリしてください」
と言ったら、河野洋平さんは
「いやそれは警察の頭越しに外務省が勝手にするわけに行かないんですね」
と言うふうに言ってるんですね。
外務省のトップがそう言ってました。

警察庁に行って
「あなたたちはこれは拉致が本当だと思ってるんですか?どうですか?」
と聞いたら
「いや限りなく黒に近い灰色です」と。
「じゃあ発表してくださいよ、警察庁の権限として。
警察庁が自信を持って発表してください」
って言ったら
「いや今は調査中ですので、中々そのこれを表に出すと言うことは出来ない
んです」
というふうに言ってるんです。
両方ともやることが出来ない。
責任を持ってこの拉致を国民の皆さんに知らせることをしないでいる。
この国の一番の問題だと私は思っておりますが。

今現在も小泉総理は対話と圧力と言っています。
しかし北朝鮮政府は対話を拒否しています。
更に圧力はほとんどかけておりません。
更に拉致問題の解決の為に、誰が責任を持ってどうやって助けるのか?と言う所を話し合う部署を作らなければならないと思っているんですが、それが全く作られていない。
だから小泉が対話と圧力と言うと、外務省もそれに従わざるを得ないですから。

でも拉致問題を担当し、被害者を救出するためにはどうすればいいのか?と毎日毎日話し合って。
それこそ経済制裁をシュミレーションやって、どうすれば効果があるとか。
毎日韓国に対して拉致被害者を救出するために私たちは経済制裁をかけようと思うけれど、協力してくれるとか。
そういうことを常にやらなければならない部署がひとつも無い。
責任者が誰も決まっていないから、みんな他の人に責任があるんだろうと思って、自分が責任を持って拉致被害者を救出しようとしない。
するような部署が無いからできないと言うのが現状です。

ですからこの拉致認定もほとんどなされていない。
警察庁に全て一応任せているわけですが、でも20数年前の話です。
20数年前に失踪と言う形で処理されて、20数年後30年近く経って新しい目撃者、新しい証言、中々得る事はできない。
よっぽどの捜査体制を組まなければ得る事ができない。
その事実がありながら、拉致認定が積極的にやる部署をほとんど持たない。
何人の人たちが拉致されているのか、何人の人がいつからどこで拉致されたのか?
それさえも把握しないで、北朝鮮政府に突きつけられるか?
突きつけられるはずが無いんです。

日朝国交正常化交渉も途絶えておりますが、とにかく日朝協議は3回行っております。
その時に今調査会に出ている33人に関しても、ほとんどと言うか全くほとんどですね。
昨年の6月に藤田さんの写真が出て、更に加瀬テル子さんの写真が出たので、そのお二人は出す気になったんですけど。
日朝国交正常化の場面でもそうですし、実務者レベルの実務者協議でも日本政府がその人たちの安否を尋ねることはないんです。
一回もしていないんです。
古川了子さんに関してはただの一回もしていません。
これだけ安明進の証言があります。
間違いないだろうと思うのに一回もやられることは無いんです。

私は先日、どこかの集会で申し上げたんですけど、古川了子さんのお母さんとお姉さんたちが家族会を結成して2~3年後に家族会と共に一緒にやってたら、もしかしたら今回は向こうが認定してきたかもしれません。
それぐらいの重要な事案であるにも拘らず、日本政府は認定をしていないということで積極的にその名を出して北朝鮮での実務者レベルでの協議では言っていません。
これが何を意味するのか?
私たちは家族会を結成する時に、実名を出してそして報道もらうことを決定したんですが。
その実名を出すことによって、やはり北朝鮮政府に下手な動きをさせないためです。
更に実名でしか国民の関心を呼ぶことは出来ないと思ったからですね。
ですから実名を出して、私たちは活動してきたんですけども。

今日朝実務者協議の場でさえ名前が出ていないと言うことは、北朝鮮は日本は何人いつから拉致しているのか全く認識していないと言うことを彼らが思って。
そして名前の出ていない拉致被害者を隠蔽する可能性があるということです。
日本政府、何も私たちは知らない、捉えていないこの段階と言うようなスタンスであれば、北朝鮮は自分の国にいる拉致被害者を、名前の知られていない人は自分の思い通りに生死を握ることができると言う。
これが一番の問題なんです。

認定作業を進めていかなければ、あの政府間交渉の中で名前が出ない。
名前が出なければ北朝鮮はどうでも出来る。
ただ日本政府がこの人を確実な認定ではなくても、とにかく拉致の疑いが濃厚であると。
日本政府が認定しますと言えば、北朝鮮政府もその人に対し簡単に手を出すことは出来なくなる。
これが私たちの一番の危惧なんです。
ご家族にとって特にそうだと思います。
私たち認定家族、2002年の8月17日から認定されていますが、それまでは先ほど行ったように疑惑疑惑と言う中で。
自分たちも実際北朝鮮に拉致されたと言う物証を持ってるわけではなく。
ただ安明進氏の証言とか、いろいろな状況から、まず北朝鮮の拉致に間違いないだろうと思いながらそれでも心のどこかでもしかしたら違うのではないか?とそういう思いを持って運動しておりました。

日本政府があの時にしっかりと拉致認定しておいていてくれば、私たちはもっと助けてくださいと言うことを大きく声を出して動くことも出来たでしょうし。
もっと早くに拉致の問題を国民の問題として、解決の方向に持っていけたのではないか?と私は思っておりましたし。
それが政府が認定しなかったが為に、政府がハッキリと公表しなかったが為に、結局金正日が拉致を認めるまで、国民の皆さんには日本に拉致と言う問題があると言うことが大きく報道されると言うこともなくて、知らない方も大勢いらっしゃると言うことなんです。

特定失踪者問題と言う、特定失踪者と言う名前はある程度定着していまして、しかし何人程度いるのか?
ほとんど日本の皆さんには良く分かっていらっしゃらない方も多いと思います。
めぐみちゃんの報道には非常に時間を割いて報道はされております。
しかし他の拉致被害者のことに関しては知らない方が多々あるんではないでしょうか?
例えば私、よく間違われるんですけど、増元るみ子さんのお兄さんといつも紹介されております。
それほど私のるみ子がどういう人間であったのか?
更に市川修一さんがどういう家庭に生まれてどんな人だったのか、ほとんど知られていない。
それと同様に特定失踪者の方たちの名前すら知らない人が大勢いらっしゃると思うんです。
その人たちを埋もれさせてはいけない。
それが日本政府の責任だと私は思っているんです。
埋もれさせてしまったら、もうこれから拉致問題は終結にどんどん向かっていく時に、日本政府は名前が出ていない人たちをどんどん切り捨てていくでしょう。

先ほど言ったように日本政府は日朝国交正常化を最優先で考えている節があります。
拉致認定を増やすと言うことは、拉致問題を大きくすると言うことですので。
それは日朝関係を修復するためには良くないと考えている政府与党の中に、特に力を持っている実力者と言う方たちがそれを重ねております。
ですから彼らにとっては国民の10人や20人、100人位は今の北朝鮮利権それに名誉欲、それに匹敵するのかと思う方たちが、大勢いるんだと私は推測いたしております。
そんな方たちに私たちは何を言わなければならないのか?
国民は馬鹿ではないと言うことをハッキリと示していかなければならないと、私は思っています。

本当に国民の命、先ほど市長さんも仰っていましたが、市原市民の命を守るのが市長の務めである。
市民の幸せを守るのが市長の役目である。
国会議員は何をするのか?
国会議員は国を司る人たちです。
そして国民の生命と財産に対して大きな責任を持たなければならないはずです。
そのトップである小泉総理は、やはりその責任の一番重い方であるということを自覚して頂かなければならない。
昨日私たちの座り込みに対して、小泉総理がコメントを求められてコメントされているようです。
「ご家族も辛いだろうが経済制裁をして、今拉致が解決するような現状ではない」と。

じゃあ、いつが経済制裁を課す現状となるんでしょうか?
昨年の12月8日にめぐみちゃんの骨がめぐみちゃんの遺骨と称される物が、めぐみちゃんのものではないと言う時に大きな渦が日本国内に舞いました。
その時も総理は対話と圧力と仰りました。
更に他の調査結果、北朝鮮の出した調査結果を精査してみなければ何ともいえないと言う風に言って、回答を引き延ばしました。
12月24日に政府が調査結果が出て、北朝鮮に言った、先ほどの細田官房長官が言った「厳しい対応を取らざるを得ない」と言う、その事を明確にした時も対話と圧力が必要だと仰ってます。

私たちが1月に会って申し入れした時も常に対話と圧力と言うことがずっと続いております。
じゃあいつが経済制裁の発動をいう現状なのか?
私たちには全然見えてこない。
それが非常に不安でなりません。
私たちは今経済制裁を求めてそして座り込みをやっておりますけども。
なぜ経済制裁をしなければならないのか?

6者協議を上手くまとめようとしている中国・韓国・ロシアがいます。
北朝鮮の現体制を維持しながら、6者協議で合意を得ようとしています。
中国はホスト国ですから当然それをやろうとしておりまして。
しかし6者協議の場で拉致問題を扱うのは北朝鮮政府が嫌だと言うことで、中国・韓国がそれに対して消極的です。
アメリカは一応日本の支援をするような形で協力すると言っておりますが。
アメリカも現時点でとにかく一回は6者協議を開かなければならない。
一回開いてそこで何らかの成果が出なければ、安保理だと。
そこまでは考えているようですが。

今この現況で6者協議優先になっております。
そして6者協議の場では拉致問題を話し合う場ではないと言うことは、皆さんも何回か行われている6者協議の場で話し合われていないことは皆さんもご存知でしょうから、分かると思います。
でも、あの6者協議の中で日本が持つ役割と言うのは、他の国からとってはお金だけなんです。
先ほど北朝鮮は日本の参加を望まないと言っておりますが、望まなければ私たちがあの6者協議に参加する必要は無いんです。
あの6者協議では核問題しか話し合われないのは事実です。
そして下手に合意がなされれば、私たちはその合意に基づいて経済協力を課せられることになる。

これは11年前の1990年、米朝実務者協議で米朝間の間で交わされたジュネーブ協約。
この中で日本は参加していないにも関わらず、軽水炉の建設に10億ドルの資金を払わされることになっておりました。
拉致問題が全く解決していない状況の中でアメリカに言われ、そして合意したから韓国と日本に手伝いなさいと。
その命令を受けて日本は10億ドル支払わされることになってたんです。
4億ドルしか今の所出していませんけど。
それは軽水炉が破綻したから。

これを6者協議、自分たちが入っている6者協議でもし下手に合意がなされたら?
まあ合意はなされないと思いますけど、そしたらば日本は北朝鮮に対して経済協力をしなければならなくなる。
しかも北朝鮮を支えるのは、皆日本の金だと思っています。
中国は自分の国であの北朝鮮を支えようとは思っていません。
どちらかと言えば放っておきたい。
出来れば日本の金で持ち直してくれれば、そして共産主義の防波堤になってくれればと思っているでしょう。
韓国は今の経済事情ではあの国を抱えることは出来ません。
ですから日本の大量のお金、1兆2兆という大量のお金が流れてインフラがなされて、そして普通の国になってから統一したいと思っています。
ロシアは無関心ですから。

すなわち6者協議の中で他の全ての国が、日本の金を当てにして6者協議で核合意をしようとしているんです。
そこに日本が入らないよと言ったら、他の国があわてるんですよね。
だから、慌てるから日本の言うとおりじゃあ拉致問題も少し入れようかと言う。
そういう動きになって当然だと思うんですが。
それさえも今の日本政府はしようとしていない。
今6者協議優先で拉致問題を取り上げようとしていない。
実際本当に拉致被害者を救出する気があるのか?と。
私はその辺が非常に腹立たしい思いで言ってるんです。

ですから、とにかく日本は6者協議に埋もれることなく。
6者協議に埋没することなく拉致問題が、日本と北朝鮮の間には拉致問題と言うものがあり、被害者がいまだに幽閉されていると言う事実を世界中に突きつけて。
そして日本の意思を世界中に突きつける必要があるんです。
それをしなければ、6者協議の中に核問題の中に拉致被害者が埋没していってしまいます。
日本政府は一歩もひかないと言う、拉致被害者を救出するために一歩も引かずに絶対に経済協力は出来ない。
被害者が帰ってくるまでは経済協力は出来ないということを表明しておかなければなりません。
その意思の発動が経済制裁の発動です。
国会意思の表現が経済制裁の発動です。
それをもって日本の国家意思の、国民を守ると言う国会意思を示すことが、この拉致問題を埋もれさせない唯一の方法だと私たちは信じています。

経済制裁を発動すれば宣戦布告とみなすという北朝鮮は一時期言っておりましたけれども。
30年近く前に国家主権を侵して、日本の国民を日本の領土から連れて行った時点で、北朝鮮は宣戦布告を日本に対してしていると考えても結構であると私思っています。
普通の国家間でしたら、それでもうすでに戦争が始まります。
経済制裁はまだ武力制裁よりもまだましなんだと、そういう気持ちで北朝鮮に当たらないと全ての被害者を取り戻すことは出来ません。
ですから私たち家族の覚悟だけでなく、そこには国民の皆さんの覚悟もひとつずつ何らか必要なのかもしれません。
北朝鮮と言う国は、しかし戦争を仕掛けたら自分が負けると全て分かっていますので、そのような馬鹿なことはしないでしょう。

でも覚悟だけはしなければならない。
それはなぜかと言うと、自分たちの国を守るためには、自分たちの安全を守るためには、やはり自分たちは自由と平和を守るためにはどこかで強い覚悟を持っておかなければならないんだと言うことを。
それがこの国のあり方、この先中国に脅されて北朝鮮に脅されて、更にお金をどんどんどんどん吸い上げられる国になって陥ってしまうという。
私たちこの拉致問題を通じて、この国のあり方を本当にこれで良かったのか?と。
今のままで良いのか?と学んでおります。

私たち家族の独りよがりにならないように私たちは皆さんに訴えてはいるんですが。
一人一人の家族を取り戻すためには、やはり国民の皆さん一人一人が大きく変わっていって頂くしかないのかと思っています。
北朝鮮に対してひとつになって拉致被害者を返せと言う声を上げていくこと。
経済制裁、万景峰号の入港は絶対に許さないという声を上げて頂くこと。
日本の国が、ひとつにまとまれば大きな圧力になります。
ぜひ皆さんにもこのことをご理解して頂いて、この拉致問題全員救出の為に。
日本人ひとりの命もおろそかにしないために、全ての拉致被害者・特定失踪者を救出するために最後までご支援頂きたいと思います。
本日はありがとうございました。(大きな拍手)

話の花束ぴろんさんのテキストです。

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真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話 その1

皆さん、こんにちは。
ただいまご紹介をいただきました、特定失踪者問題調査会の一応専務理事でございます。(笑い声)
この暑い中ですね、多数「古川了子さんを救う千葉集会」にお集まりいただいて心から感謝を申し上げます。

私どももこの古川さんの問題、ある意味で400何十人と言われる特定失踪者の問題の中でも、思いを代表するような形でですね。
この度訴訟と言う形でですね、取り組まさせて頂いております。
訴訟となりますとですね。
大変難しい問題を抱えますので、私ども弁護士の先生方、法律家の会と呼んでおりますけども。
30人の弁護士の先生方が、団結してこの古川了子さんの訴訟に当たると言うことでございます。
訴訟のことですから、その結果がどうなるか?
予断は許さないわけですけれども、大変重要な意味を持つ訴訟ですので、我々としてもですね。
ぜひ良い結果を生むように頑張っていきたいと言うふうに思っています。

最初に今日は大町ルートのお話をしながらですね、千葉県における特定失踪者の方々に触れさせて頂いて。
この拉致問題の拉致問題の全容解明のごくごく一部に当たると思いますけども、これを皆様にぜひご報告をさせて頂いて。
また皆様の方でお気づきのこととかありましたら、ぜひ情報としてお知らせいただければ幸いでございます。

冒頭千葉と言うことなんですけども。
皆様ご存知のことと思いますが、千葉県議会で千葉県警本部長の答弁というのはご存知でらっしゃいますでしょうか?
あれはいつだったか?私もちょっとハッキリしませんけど、千葉県議会でですね。
「千葉県における拉致問題はあるのか?」と言う議員さんの質問のときに、千葉県警本部長は「千葉においては拉致はありません」と言うふうに県議会の場で答弁をされました。

その後ですね私ども、その時はすでに古川了子さんの案件は明らかになっていたわけです。
しかしながら、千葉県警としては正式のコメントとしてですね。
千葉においては拉致は無いというふうに言明をされたわけです。
これ今どうなっているのか?私つぶさには知らないんですけど。
警察の方でもですね、この千葉には拉致は無かったと。
無いという見解をですね、ぜひ改めて頂きたいなと思っております。
少なくとも千葉において、拉致の容疑は濃厚であるという方の存在は認めていただいてですね。
やはり千葉県警挙げて、古川了子さんをはじめとする特定失踪者の問題に全力で取り組んで頂きたいと、思っております。

そうなんですけども、あまり警察ばかり責めているわけにはいかないんですね。
私どもが拉致問題を始めてからしばらくの間。
そして特定失踪者問題調査会と言うのを立ち上げてからしばらくの間、私も千葉には何度もお邪魔していろんな方と話をいたしました。
ところがお会いした方々皆さん異口同音に「千葉?千葉に拉致あるわけないよ」と。
「日本海側じゃないし、太平洋側だから拉致なんて無いよ」
いうのが警察の方々、他の政府機関の方々、そして普通の住民と言いますか市民の皆さん方も同じようなコメントが返って来ておりました。

それだけですね。
やはり太平洋側の、新潟と反対側の太平洋側の千葉県ですから、当初そういう認識を持たれていたと言うのはある意味では自然なことなのかな?と思っておりますが。
今に至ってそのような認識を持っていらっしゃる方、まさかいらっしゃらないというふうに私信じておりますけども。
信じるどころか私自身は、この千葉県と言うのはこの拉致問題を解明するに当たって、とっても重要な場所であると言うことを認識したわけであります。
このきっかけになったのがいわゆるカッコ書きの「大町ルート」と言う物であります。
このカッコ書きであるのは、まだまだ検証していかなければならない部分がたくさんありるので。
確証にまでは至っていないのですけど。
調べれば調べるほど大町ルートに怪しい存在と言いますかね。
拉致との関わりが大変強いルートだなと言うことを認識しつつあります。

で、もちろん、こうした拉致ルートと言うのは全国にいくつもあると思っております。
そこが具体的にどこなのか?と言うのが中々解明されていないのですけれど、少なくとも拉致された被害者と言うのを運ぶルートと言うのがあるんですね。
田口八重子さんは東京の池袋のど真ん中で、工作員によって誘き出されているんです。
仕事場から誘き出されてそして、まだまだ分からないんですけど、宮崎県の青島海岸まで連れて行かれてそこから工作船に乗せられて運ばれたと。
言うことのようなんです。
まだこれはハッキリ分かっていません。

とすると、当然東京から遠路はるばる2000キロくらい離れている宮崎の青島海岸までどうやって運んだのかな?と、言うことなんですね。
それだけの長い距離を運ぶとすると、そうとうご苦労が工作員にも発生していると思います。
車で運ぶとするなら何泊もしなきゃなりませんね、当時としては。
一人や二人じゃ絶対無理です。
工作員だって腹が減るからどこかで飯を食わなきゃいけないし、トイレ休憩しなきゃいけないし。
と言う所で普通のドライブをしているような物じゃないわけですから、当然そこで協力者と言う者が存在しなければ、それだけの距離を運べることは出来ないわけですね。
その協力者の存在なくしてこの拉致問題は無いと言う前提に立って、大町ルートと言うものをまた眺めて見ると、いろんなことが分かってきたと言うことでございます。

最初にちょっとこの大町ルートと言うものをですね、時間が許す限り詳しくお話したいと思いますけども。
お手元に大町ルートの地図がございますですかね?(大町ルートの地図はこちら)
ちょっと暗くて見辛いかと思いますけど。
これに基づいてご説明をさせて頂きたいと思います。
この絵はですね、私どもが作ったんじゃなくて、特定失踪者のご家族で高野美幸さんという方がですね。
一生懸命作ってくださったもので、大変重宝しているのですが。
これに基づいてお話をしていきたいと思っております。

この大町ルート、出発点が銚子周辺という事になります。
我々が知る限り、このきっかけになったのが実は加瀬テル子さんを調査している中でですね。
出て来た訳です。
私が初めて加瀬テル子さんの叔母さんにお会いしたときに、叔母さんの口から「当時この海上町で砂鉄を取っていました」と。
で、「その砂鉄の採集に日本人はもとより在日の人がたくさんいましたよ」と。
言う話から、これは一体どういうことなのかなぁ?というふうに強い関心を持ちまして。
今日も来られていますが、加瀬さんの従兄弟の仲條さんなどとも一緒になって色々調べていくうちに。
砂鉄のみならず当時はあの海上、海上町とか隣の旭市では水飴を作っていましたと。

それも日本人の人たちも作っていたけど、在日の人たちも作っていて、加瀬テル子さんの家もご実家も、そういった砂鉄だとか水飴にも関わっていて。
在日の人たちがよく加瀬さんの自宅の方にも良く来られていたということが、だんだんだんだん明らかになってきまして。
これいったいなんだろうな?ということでした。
そして水飴と砂鉄がどういうふうに使われるんだろうというふうに、考えました。
すると砂鉄と言うのは当然上質の金物ですね。
刃物ですとかね、そういった物に大変有効ですし、高品質の鉄が出来るわけですが。
それがですね、どうも新潟方面・富山方面に当時運ばれていたと。
それがどうも北朝鮮にも渡っていたようだ、ということでした。

それから水飴の方なんですけども、水飴も同じようにどうも新潟方面・富山方面に向けて運ばれていたようだと。
北朝鮮にも送られていたようだと言うことなんですが。
水飴と言うのはですね、朝鮮の焼酎がありますですよね?
韓国で言うと「ジンロ」が有名ですけど。
ああいった朝鮮の焼酎の味付けに水飴と言うのが使われているようですね。
水飴と砂鉄と言う物がこの銚子周辺で採られていて、千葉市を経由してどうも東京そして山梨・長野そして新潟方面・富山方面に運ばれていったと、言うことが判明してきました。

それで拉致とは結びつかなかったんですけど、これをヒントにですね。
大町ルートと言うものを何度も調べているうちに、類似した産品が明らかになりました。
それはテングサなんですね。
寒天の材料になるテングサです。
戦後ですけれども、当然水飴とか砂鉄とかも戦後の話なんですけども。
このテングサと言う物もですね。
この地図にもありますけども、大島とか新島・三宅島といったところでですね。
採取されていました。
このテングサを取っていた人たちが、当時在日の人たちだったわけですね。
在日の人たちがテングサを採って、それが横浜に運ばれてこの大町ルートを伝わっていって、これは北朝鮮ではなくて長野の名産になっていくわけです。

テングサというのはトコロテンの材料になっていくんですが、トコロテンの産地ってご存知でしょうか?実は長野なんです。
何で長野が、海の無い長野がトコロテンの産地なんだ?と大変興味を持ったところ、このルートを使ってですね。
戦前ですよ?
テングサが運ばれてきたということになるわけですね。
(筆者注: 寒天はテングサの煮汁を厳冬期の外気に晒し、いわゆるフリーズドライにして水分を抜いて作ります。寒天作りには冬の厳しい寒さが絶対に必要。長野は寒天の産地として有名な所です)

それから朝鮮総連との関係もこのルートで探してみた所、たくさんのことが分かってきました。
まず朝鮮総連直営のパチンコ店というのがこのルートに一杯存在します。
特に多いのがですね、実は山梨なんですけどね。
そういったところに、こういったルートに朝鮮総連が直営店というのがたくさんあるんですね。
全国で40~50あるんですけども、このルートになぜかたくさん有るということですね。
それからさっき増元さんの方からお話がありましたけど、山形の方には不思議と朝鮮総連の直営パチンコ店が多い所なんですが、これはちょっとあれですけども、そういったルートでありました。

それからいわゆる協力者と言いますが、土台人と言いますね。(後ろのホワイトボードに「土台人」と板書する)
まぁご存知の方いらっしゃいますと思いますが「トテイジン」といいますけども、日本語で土台人と言いまして、言葉の通り土台を作る人、と言う意味で。
日本に定着をして様々な活動をする人たちを称して、この土台人ということになります。
この土台人と呼ばれている人たちが、おそらくはこの拉致、最初に申し上げましたが拉致された被害者を運ぶ上で重要な役割を果たした人たちだろうと思っています。
その土台人だろうと思われる人たちがこのルート上にたくさんいるということです。
名前は分かっていますけども、ここでしゃべっちゃうと名誉毀損で訴えられちゃう可能性がありますので、それは避けるといたしましても。

日本の朝鮮問題でとっても重要な役割をというか、大きな事件に絡んだ土台人がこのルート上に存在しています。
一番有名なのが、朴・チョンヒ大統領が狙撃事件と言うのは皆さんご存知ですか?
奥さんが殺されましたですね。
こういった壇上にムン・セガンという男が近づいてきてバンバンと撃ったら朴・チョンヒ大統領に当たらなくて、奥さんに弾が当たって亡くなったと言う事件ですが。
そのムン・セガンという人物は日本で交番を襲ってですね。
交番のお巡りさんの拳銃を盗んで、それで韓国に渡ってそしてその事件を起こしているわけですけど。
このムン・セガンを日本で匿っていた人物がこのルート上に存在するということです。

それからもうひとつ行きますと、有名なシン・ガンスと言うのがいますね。
原敕晁さんの拉致の実行者ですね。
もちろん超有名人ですけど。
これのシン・ガンスを匿っていた人物もこのルート上に存在します。
と、言い出すとキリが無いんですけど、要するにこのルート上にこう言うふうにですね。
いろんな工作活動をするうえで重要な役割をする土台人がいる、ということです。

それからこれも固有名詞を申し上げるとちょっと難しいんですけど。
足立区にあるN病院。
N病院といえば、ご存知の方はあぁ、あそこだとなるわけですけど、このN病院と言う物が在日の大物が経営する病院なんですけど、ここが当然大町ルートに存在し。
尚且つですね。
このN病院の保養施設がこのルートからちょっと外れるんですけども、鴨川と○○(エミ?エミリ?ハッキリ聞き取れず)にあります。
当然ここが何らかの工作活動に使われたのじゃないか?と想像をしていたわけですけども。
これは後でお話しますけども、こういった施設がたくさんこのルートに存在します。

それからこのルートの重要性を示す一つの事件としてですね、有名な黄長燁書記さんていますよね?
北朝鮮から亡命した方ですけれども、今韓国にいますけど。
超大物の方ですけども。
この方がですね。
韓国に亡命する前に日本に立ち寄っておられるわけですね。
ルートと言うのはですね。
この逆コースです。
大阪空港から富山に抜けて、富山からからこのルートを使って長野に抜けて、そして甲府に寄って、そして東京の小平市。
私の住んでいるところですけど、そこに朝鮮大学校と言うのがございます。
朝鮮総連の経営する大学校ですね。
そこに立ち寄って東京方面に行って、そこから中国に渡って、そこで亡命をしたと言う経過になってますから。

この黄長燁さん、通った所はですね。
ただ通った所じゃなくて、拠点拠点に重要な人たちがいたわけです。
そこの重要な人たちと色々な話をしながら、何の話をしたか分かりませんけど。
話をしながら亡命ルートを辿って行ったという意味で、ルートと言うのはとても彼らにとって大事なルートなんだな?という事に気が付いたわけです。

そしてですね。
言い出せばキリが無いんですけども。
特に重要だなと思っているのは、旧日本軍の基地。
それから軍需工場との関係です。
どうもですね。
日本軍の基地があったところ、それから重要な軍需産業があったところから、そうした失踪なり何なりが有るなと感じたわけですね。

それを具体的に千葉で言うとですね。
香取航空隊基地になります。
旭市ですね。
加瀬さんの所の海上町のとなりの旭市に香取航空隊の基地の跡がありますね。
現在でも。
ここでそのとなりで加瀬さんの事件が起こったわけですけれども。
この香取航空隊基地は誰が作ったかと言うと、皆さん大先輩の方はご存知だとおもいますけども。
戦前のことですから、徴用と言う形でですね。
多くの在日の方がそこの基地を作るのに従事した。

その後戦争が終わってその在日の方がどうなったか?ということです。
戦争直前に朝鮮半島から徴用としてこの基地の建設に携わった方は戦後戻っています。
しかし戦争以前から日本にずっと長く日本に居住していた在日の人たちは、そのまま日本に残るわけですね。
そういった環境がじつは軍需産業の中にもあるわけです。
この中で一番重要な、たくさん有るんですけども、この軍需産業の一番重要なところは実は大町にございます。
長野県の大町ですね。
そこも今ある大きな工場があるんですけども、それは当然戦前に出来まして軍需産業として作られた所です。
そこに同じように在日の人たちがあそこで建設に携わり、そしてその戦争が終わったらその近くに住まわった、と言うことなんですが。
そこに先ほど申し上げましたような土台人と呼ばれる人たちが、そこに住んでいらっしゃると。
言うことでございます。

ですから拉致と言うものはですね。
闇雲に行われた物ではなくて、そういう歴史的な背景・歴史的な経過の中から、どうも土台人という人たちが点・点・点と存在をし、そこに北朝鮮からやってきた工作員ですね。
シン・ガンスのような工作員が、そこを転々としながら拉致・その他対日工作の拠点としていたであろうということですね。
その中で本国からですね。
拉致指令と言うものが来た時に、そういう周辺にある意味では物色すると。
対象をですね。
いうことになっていって実行されていく。
そういうことですから、どうも拉致と言うのはですね。
現れて来ている現象は点なんですけども、どうも点だけではなくって線があるようだというふうに今思って来ております。

話の花束ぴろんさんのテキストです。

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真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話 その2

ちょっと大町ルートから外れますけれども、今ちょっと私の方で作業しているのは、いろんな拉致被害者・特定失踪者、1000番台リストとか写真が出て来た方々は点・点・点と存在するんですけど。
どうもこれは皆つながっているようだと、言うことで調べようと思っています。
今日は古川了子さんのお話ですから、古川了子さんを中心にちょっと書いてみたいと思います。
ちょっとクールビズで失礼したします。(上着を脱いで、後ろのホワイトボードに向かう)

まだ整理中なんであの上手くご説明できるかどうか分からないんですけど。
古川了子さんがここにいらっしゃいますが、古川了子さんの証言をした人が安明進ですね。
で、安明進はたくさん日本人を見ていると言っています。
北朝鮮でですね。
20人ぐらいは日本人を見たというふうに証言をしておりまして、そのうち判明している人がまだまだ少ないんですけどが、20人くらい日本人らしき人ですね。
その中でこの人は間違いないというふうに証言したのが古川了子さん。
そしてですね、藤田進さんです。
藤田進さんと言うのは大町ルートに存在する川口の方ですね。
写真が最初に出て来た方が、藤田進さんです。

そして実はこれに関わったKと言う人物がいます。
と言われているという人物ですけど、このKと言う人物は、実は今日も来られていますけど加瀬テル子さん、を北朝鮮で目撃したと言っています。
そして藤田進さんを自分が運んだと言っているわけです。
これは週刊新潮で出てますから、新しい情報ではないんですけど、Kと言う人物が藤田進さん。
この大町ルートをほぼ通って運んだと言っています。
このご存知の方もいると思いますけど、加瀬テル子さんは夫といわれている人がテレビでも明らかにされていますが。
この夫となる人物が非常にポイントとなる人物で、この人も拉致された日本人なんですけれども。
加瀬さんよりも年上で、日本の国立大学を理科系の国立大学を卒業した当時としてはエリートの人だったというふうになってますが。
この夫と言う人が、実は拉致された日本人を管理する部署の課長の役割を担っていたと言う人物です。
この人物はまだ分かりません。

そしてこの間の記者会見で出しましたけど、北海道の国井えり子さん。
網走から失踪した方で、記者会見をやってテレビでもご紹介していただいたのでご存知の方もいらっしゃると思いますが。
この国井えり子さんと加瀬テル子さんと藤田進さんと古川了子さん。
それぞれ時期もバラバラ、場所もバラバラです。
でもこういうふうにつながって来ていることが実は明らかになりました。
この中の延長線上に千葉の特定失踪者の方々が存在するという事になります。

実は今日もこの会場にその特定失踪者のご家族がお越しになってますけれども、来週月曜日に記者会見して発表しますので、今日はご紹介はいたしませんけれども。
匿名でご紹介だけさせて頂きますが。
古川了子さんと同じ高校で、2歳年下なんですけど学年が、古川さんが早生まれなので学年は3つ違いますが、同じ千葉商業高校です。
2歳年下の方が女性がXさんとYさんと、そしてZさん。
この3人が古川了子さんの失踪の1年後千葉市内で失踪されています。

そして来週発表するのはこの3人のうちのお一人だけになります。
ご家族の今調整中なのでとりあえずこのXの方の発表だけに留めさせて頂きますが。
古川さんと同じ高校で古川さんと同じ年頃で古川さんと同じような場所で、3人一緒に居なくなってます。
Xさんは女性、Yさんは同級生で女性です。
ZさんはXさんの親戚筋に当たる方で男性です。
この3人が一緒に食事をして、Zさんが自分の車で2人を送っていって食事の所にまた後で戻ってくるよと言ったまんま、失踪です。
それでこのZさんの車はいまだに発見されていません。

実はですね、Kなる人物は曖昧なんですけど、まだまだ調べ切っていないんですけれども。
というかKなる人物の証言は、本当なのか嘘なのか記憶違いなのか分かっていませんけども。
調べようが無くって今は困ってるんですけども。
同じように千葉市内で2人の女性を藤田さんと同じように運んだと言う証言がありまして、どうも本当か嘘か分からないんですけど、なんらかの関係があるのかもしれません。
ただ、あまりにも古川了子さんと時期場所が一緒だし、高校が一緒だと言うことで我々としては重大な関心を持っているところです。

ご存知のことと思いますが、古川了子さんが拉致された周辺でAさんBさんという、今日もここにお越しですけれど、まぁ榎本さんが、榎本さんごめんなさい名前出しちゃって。
榎本さんなり、Bさんなりが当時とても非常に不思議な経験をされている。
その不思議な体験というのは拉致未遂ですね。
同じ千葉商業ですね。
3人千葉商業、ここも千葉商業。(ホワイトボードに書き込んだX・Y・ZとA・Bの文字を指し示す)
と言うことでどうも当時、千葉商業の周辺で何かがあったのではないか?と。
余りにも不思議な未遂事件、拉致事件、失踪事件。
とにかく同じような時期場所で起こっていると言うことは、これは我々としては非常に注目していきたいと思います。

それからこれが加瀬さんの周辺でですね。
実はたくさん失踪してますね。
公開されている方が、伊藤克(まさる)さんて方です。
お隣の旭市で農業を営んでいた伊藤克さんですけど、時期が全然ずれるんですけど、有名なメロン農家でした。
千葉県でもコンクールで金賞を取るくらい有名なメロン農家なんですけれども。
この方が仕事仲間と一緒に、東京へ出張に行って3人で行って3人で旭市まで戻ってきて。
じゃあねとタクシーに乗ったきり、家に帰ってこられていないと言う事件です。
タクシーの運転手は伊藤克さんの同級生の方でして、家の前まで送ったよと。
家の近くまで送ったと。
送って帰る姿を見たけどそれが最後だったと、言うふうに証言されているんですけど。
私もその現場に何度も行きましたけども、何があったんだろう?
一体何があったのか?という所でしたが。

実は調べますと、伊藤克さんと加瀬テル子さんの本家筋というか、あれは何ていうんですか?
親戚筋に辿っていきますと、お隣同士です。
ご本人同士がほぼ同い年なんですけれども。
同い年なんですけど面識があったかどうか?という所がひとつのポイントになるんですけど、現在の所この2人が昔々、面識があったかどうか?と言うのは明らかになってませんが。
ほぼ同い年ということですから、非常に注目しているところですね。

千葉ではたくさん他にも失踪があるんですけども、公開されている方では鵜沢幹雄さんと言う方ですね。
御宿(おんじゅく)。
御宿で失踪されていますけれども、とっても不思議な失踪で。
会社の忘年会で皆でわ~っと飲んでいて、酔いを醒まして行くよと言って仲居さんのサンダルをですね。
借りてふらふらふらふら海岸の方に歩いていったのが、同僚が見られた最後の姿なんですが。
この御宿の海岸で夜釣りをしていた方が、そのふらふらふらふら歩いている男性を見ましたと、言う証言をなさって頂いてまして。
その方が曰く、そのふらふら歩いてきた人物を介抱するような形で連れて行った男性がいます。
で、どこか遠くに一緒に歩いていきました、と言う証言があります。

それはとても重要なので、この介抱した人物は誰か?と言うことなんですけども。
いまだに現れていません。
これは一体誰だったんだろう?
つまり鵜沢さんは自殺とか事故ではないということですね。
その鵜沢さんの履いていたと言う女性物のサンダルが道路に落ちてましたので。
落ちてたと言うか転がっていたので、事故じゃないか?と言うことで終わってしまってるんですけども。
その目撃証言があるわけですし。
事故の形跡が全く無いという事件なんですね。
いったい鵜沢さんはどこへ行っちゃったんだろう?と。
それから鵜沢さんを介抱していた人物は誰なんだろう?と。
いまだに現れて来ていない事件ですね。

それからですね。
千葉で怪しい事件はですね。
これは千葉ならではと言う事なんですけど、印刷関係の方の失踪が多いということです。
これもマスコミでご紹介されているのでご存知の方もいらっしゃると思うんですが、千葉の西・東京の東地区に失踪の方が多発しているんですけども。
それがなぜか印刷関係の仕事に就かれていた方が多いということです。
千葉大と言うのはですね。
とても印刷業界の中では有名な大学なんだそうですってね。
で、千葉大の卒業の方も失踪されていますが。

それがですね、マスコミの方が一生懸命調べて頂いて、印刷関係の失踪者の方の経歴。
それからどういう分野に優れているか?を分析すると、だんだんだんだんレベルが上がってきているんです。
最初に失踪された方は職工さんという形ですね。
それで最後に失踪されている方は、千葉大を出てちゃんと理論的に印刷を勉強されてきた方だと。
で失踪がストップ。
後は印刷関係の人たちは、失踪は無いんです。
そのときその時期その場所でしか、印刷関係の方の失踪がないという不思議なことなんですが。

それと北朝鮮における偽札作りですよね。
偽札作りが作られていくプロセスと一致するということです。
偽札も最初は粗悪品って言うんですか?
今や本物のドルよりも、アメリカで刷られる本物のドルよりも精巧な、北朝鮮製の偽ドルが出回っているわけですね、アジアに。
スーパーKという本当にアメリカ人もびっくりと言うくらい、細かい本物のドルよりも細かい精巧な。
拡大するとですね、本物のドルの線はやはり滲んで来るんですって、拡大すると。
しかし北朝鮮製の偽ドルはそれがクッキリと入ってるとかですね。
やはり高度な技術を持っていることは間違いない。

じゃあいったい誰がそのドルを作るんだい?
という事になると、とてもとても北朝鮮の国内だけでそうした偽札を作る技術を入手するとは思えませんね。
と言うことは、これから先は推測な訳ですけども、こうした技術がやはり日本から持ち出されたのじゃあないか?と。
いうふうに思うわけです。
これがまだまだ推測の域を出ていないわけですけども。
もしかしたら?と言う状況でございます。

後10分しか無くなってしまいました。
もっとたくさんお話したいことが山ほどあるんですけども、というふうにですね。
千葉県の失踪と言うか拉致と言うものは、最初に申し上げましたように、千葉県警本部長が議会で答弁した状況とは全く違う可能性がある、ということです。
千葉と言うのはある意味で非常に重要なポイントの一つではなかったのか?というふうに思います。
現在千葉県内にお住まいの特定失踪者のご家族が、19人いらっしゃいます。
もちろん失踪当時から家を出て移られた方も含めて、ご家族が19人いらっしゃいます。
それから千葉県で失踪された方というのが15人いらっしゃいます。
ダブってる方もいらっしゃるし、ダブってない方もいらっしゃいますが。
それくらいの数になっておりまして、その特定失踪者の方々が全員拉致とは私どもも思っていません。
当然他の事件・事故と言ったようなことがありうると思っていますが。

我々の活動を始めて約2年半。
440名くらいの失踪者のご家族から届出を頂いておりまして。
そのうちですね。
日本で何らかの形で元気で暮らしていらっしゃる方、残念ながら自殺されていた方、残念ながらも死亡されていた方というのは分かった方は13名しかいらっしゃりません。
これだけ我々がマスコミの皆さんのご協力を頂きながら、テレビや新聞・雑誌等々で取り上げて頂いて。
ポスターなども広めて頂いているのにも関わらず、日本国内でそういう結論が出た方がわずか13人と言う現状ですから。
我々なりにもっと良く探せばということなんでしょうけども、本当に真相と言うものはまだまだ闇の中、と言う状況でございます。

それとですね、時間の関係でひとつだけ千葉の関係でご紹介しておきたいなと思うのは万景峰号ですね。
千葉県、千葉にいつも来ている万景峰号、ああごめんなさい新潟港、新潟港に来ている万景峰号ですね。
それともうひとつ忘れてはいけないのは普通の貨物船ですね。
これと千葉との関係なんですけども。
実は万景峰号は何度か更新されているわけですが、古い昭和50年代くらいの前の前の万景峰号が実はですね。
横浜にも入っています。
茨城の日立港にも入っています。

それと不思議なのはですね。
変な動きをするんです。
元山というですね、朝鮮半島のこの辺にありますね、元山。
それと日本の港に来る経過に変な動きがあるんです。
日本一周する旅があるんです。
元山を出ましてですね、横浜に寄ります。
横浜を行く時はまっすぐ九州を渡って来ないから、このあたりから四国がここで横浜に入ります。
そして青森に寄ります。
そして戻ります。(ホワイトボードの日本列島の略図を書いて線を示しながらの説明)
ちょっと分からないんですが、最初に横浜に来て青森に来て元山なのか?
ぐるっと回って横浜港なのか?ちょっとハッキリしないんですけど。
要するに日本一周の旅を万景峰号がやるときがたまにあります。

不思議なことはですね。
さっきの大町ルートとの関係なんですけども。
さっきの地図の大町ルートの最終地点ていうのがですね。
富山方面のですね、赤い線で日本海側へ出ているところ。
これが糸魚川市の所まで行ってるんですが。
この線は実は西に行きます。
西に行ってずっと、富山湾をず~っと西に行きましてここに「伏木(ふしき)」という。
あんまり聞いたことの無い地名でございますが。
富山湾の新湊の隣で貿易港がありますが、その西に伏木と言う小さな港があるんですけど。
でも国際港なんで、なぜか万景峰号がそこに何回も入ってるんです。

で、不思議、洒落じゃないんですけど、不思議なのはですね。
ここの伏木港で一杯失踪があるんです。
アベック事件がありますね?
富山のアベック未遂事件。
これが伏木港から車で10分も行けば現場になりますし、伏木港で失踪した人がまさに山田健治さんと言う人ですね。
1000番台リストに入っている方なんです。
拉致濃厚と言う方なんですけど。
そういう所に入っています。

本当に不思議なんです。
何で伏木みたいなところで万景が入るんだろう?
それからなんで日本一周するようなあえて航路を取るんだろう?
それから言い出すとキリが無いんですけど、なんでこんな所に泊まるの?というのがここに七尾と言うのがあります。
この伏木のちょっと先に七尾と言う、余り聞かない地名があるんですけど。
ここになぜか万景峰号が停泊した時もありますし、なぜかずっと海上に泊まっているというときもあるんです。
港に入るわけでないし、今ほど厳しくないわけですから、まぁいろんな事情があったんでしょうけど。
そういう状況があります。

それから北朝鮮の貨物船と言うのは、我々救う会がいつも新潟で万景帰れ~とか言ってますけど。
まずご存知の通り今でも貨物船は一杯入っているわけですね。
私も現場を見ましたけれど、いまだに堂々と入ってきています。
当然貨物船は千葉港にも入ってきてます。
安明進ですね、横田めぐみちゃんを目撃証言した。
安明進はいつも「貨物船に気をつけろ、貨物船に気をつけろ」とず~っと前から言ってます。
「貨物船じゃないんだからあれは」と。
「工作員が乗ってるんだから」と。
「あそこに小船が入っていて、モータボートみたいのがあって、それから上陸しているんだから、気をつけなさい」と。
言うことを何度も言ってますね。
それがやはりひとつの大きなポイントになろうかと思っています。

もう時間も無いんですけど、実は今でも工作船が入ってきているということは皆さんご存知かなと思います。
3年前には二つの事件がありましてですね。
ひとつは島根県で起こりました。
ダイバーと言うのが巨大なイルカと言うのをですね、見つけて大騒ぎになったと言う事件が3年前にあります。
で、ダイバーの人たちの話を直接お聞きしまして、巨大なイルカどころじゃないと。
イルカだったら、必ず水面に出て息をすると、そんなもんじゃないと。
20メートルくらいの大きな物体が水面下にいたと。
四角かったと。

そこに潜水艦のですね、こんなのありますね?(ホワイトボードに絵を描きながらの説明)
ここに翼みたいのがありますね?
こう言うものが出てて、ここにアンテナがあったと。
これは20メートルくらいの半潜水艇って言うんです。
要するに母船から降ろされてですね。
そこで半分潜りながら上陸すると言う船です。
これがだいたい長さが20メートルくらいあります。
どんなことをするかと言うと、工作員が上陸するためでありますし、それから工作員を回収するために使うわけです。
これが実は3年前に島根県で発見されているし。

この大町ルートの日本海側に出て行った糸魚川では、魚雷型の潜水艇が。
糸魚川の姫川と言うんですけどね。
姫川の河口に埋められているのが発見されています。
これは2000年になってからですね。
21世紀の話です。
そういう活動は現在でも続いていると言うことでございましてですね。

話の花束ぴろんさんのテキストです。

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真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話 その3

あまり物事を騒ぎ立てるつもりは無いんですけれども、やはり我々としてはさっきの増元さんの話じゃないですけども、こんなことで大丈夫なのだろうか?と。
あんまりにもちょっと平和はいいんですけれども、余りにこういう事に、こういうことを見逃しすぎていないだろうか?と。
平和は大切だけれども、それのみでやっていると、こういう拉致被害者と言うものが見捨てられてきたわけですし。
これはやはり毅然としてですね、対応していかなければならないし。
何よりも国民の皆様お一人お一人がですね。
本当にこんなことで良いのだろうか?と言う思いをですね、持っていただかなければいけないと思っています。

拉致問題の全容はほとんど解明されておりません。
我々もまだ一部しか分かっていません。
この拉致問題の解明の責任者は誰か?という事になると、当然政府のしかるべき機関という事になると思いますが。
いまだに拉致問題を専門に取り組んでくれる機関というものが存在しません。
警察は国内の調査はしますよと。
しかし一歩外に出たら、我々の手の及ぶ所ではございませんとおっしゃるし。
何よりも証拠が無いんだから、どうにもなりませんと。
拉致と言うのは証拠を残さない犯罪ですから、証拠が無ければ警察としてもどうしようもありませんということになってしまいます。
と言うことは見捨てると言うことと同じなんですね。

じゃぁ警察が出来ないんだったら、どこかがやってくれなければならないんですが。
警察以外にありません。
だから、しょうがないから我々貧乏所帯がコツコツやるという事になっちゃうんですけども。
こんなことで拉致問題の全容解明が、全員の救出と言うものが出来るのか?というふうに思っております。
小泉首相は来年9月任期が過ぎたら、引退するなんて仰ってます。
有終の美っていうものを飾るんだったらですね。
この拉致問題を全面解決まではいかないけれども、少なくとも政府認定の被害者の救出と、それから特定失踪者の方々の解明と救出に取り組むだけの、きちっとした責任のある機関と言うものを作っていただきたいなと。
それでこそ男・小泉純一郎で。
オペラなんぞに行ってる暇はないはずでございますね。

そんなことを常々考えていますが、ちょっと時間がオーバーして来ました。
先ほど話しましたけれども、加瀬テル子さんの従兄弟の仲條さんがお見えです。
ちょっとこの場を、私の方からお願いしましてですね。
ぜひ千葉県でも同様の拉致の疑いが濃いと言う、と言うか拉致被害者がいる。
加瀬さんの場合はモロですから、写真が出て来てますからね。
その救出の為に仲條さんの方から一言、お訴えの時間をいただければと思いますので、よろしくお願いします。
じゃあ仲條さん、お願いいたします。(拍手)

話の花束ぴろんさんのテキストです。

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質疑応答-古川了子さん集会-(2005/6/26)

★質問者1
すみません、今仰った加瀬さんの7月3日の集会のお知らせ、ちょっと内容を教えてください。
場所とか時間とか。

※仲條富夫さん
すいませんです、申し遅れましたけども。
今ペーパーの方がありますので担当者の方から配らせて頂きます。
そうでなければ出たときにでもお手元の方に届くようにしたいと思います。
場所は千葉市民会館で、午後7時開場になりまして7時半からの講演ということでお話させて頂ければなぁと思います。

先ほどちょっと言い忘れましたけども、今こういう現状ですので、やはり何べんも何べんも言われてるんですけど。
定失踪者と拉致家族というのは温度差があるものですから、中々同じ壇上に立てないんですよ。
昨年の例の日朝の時でもですね。
増元さんは言わなかったと言ってたんですけど。
その時は加瀬テル子の件は一行だけ、いわゆる特定失踪者と。
言うことで片付けられてましたので、古川さん他の特定失踪者いたんですけども。
皆さん一件一件こういう形で説明した中では、私どもはプレハブの所にいて一段落、まぁ一緒くたですよね。
そういうような感じになってますので。

それではちょっと知り合いと言うか、そういう事に詳しい、内閣認証の方のNPO法人でアジア人権会議と言う。
これはぜひ人権の方で政府の方に圧力をかけて、特定失踪者一緒になって進んでまぁ政府認定。
まずそれが一番だと思いますので進んでいきたいということで。
今回古川さんの席にお邪魔して皆さんにお願いしたいということでございますので、ひとつよろしくお願いします。(拍手)

※真鍋貞樹氏
すみません、ちょっとお時間があるようですので、ちょっと私の方からですね。
古川さんの訴訟との関係、それと仲條さんの今の発言の中で重要な意味を持つのはですね。
拉致の認定基準です。
いったいどの基準でですね、政府は拉致被害者と認定するんだ?と。
言うことがこれから裁判で争われることになります。
で、弁護団としては、政府の拉致基準は曖昧であるから、曖昧な物を正してきちんとした拉致基準を示せ、というスタンスになっています。

というのはなぜか?というと、皆さんそうでなければ古川さんが拉致なのか拉致でないのか?ということが結論が出ないからだという論理なんですけども。
我々で心配しているのは、政府は拉致基準のハードルを高くしてくると思います。
要するに証拠がある人は拉致認定をしますよと、これ一言です。
どこにも証拠無いんですよ?
あるのは安明進の証言だけですよね?
古川さんの物ってのは。
しかし、横田めぐみさんの時はどうでしたか?
横田めぐみちゃんを私が見ました。
安明進がそう言ったところからスタートして、後からやればやるほどいろんな事が出てきて、政府は事実上の認定をしていったわけですね。
事実上の、という所がポイントです。
あまりにも拉致基準と言うものを我々が明確にせよと求めれば求めるほど、我々が苦しくなるということもあります。

それとまた別に、これは先日なんですけれども。
拉致基準を鮮明にすることで政府が如何に恣意的というか、要するにいい加減に使って判断しているかと言うことが明らかになる。
まやかしの拉致認定って呼んでるんですけども。
まやかしの拉致認定が明らかになればなるほど政府側は苦しくなるはずだと、いうふうに考えています。
なぜなら一番良い例が曽我ミヨシさんですね。
曽我ミヨシさんについて政府はなぜ拉致認定をしたのですか?と言う根拠は、合理的推測です。
要するに曽我ひとみさんが拉致されたんだから、一緒に居た曽我ミヨシさんも拉致されたと合理的に推測ができるから、ということです。
それで拉致認定しているわけです。

そうすると、加瀬テル子さんの場合はどうなるんですか?と。
北朝鮮から間違いなく出された本人の写真が、日本国内ではなくって北朝鮮から持ってこられた写真が明確に本人であるってことは間違いないにも拘らず、政府は認定しようとしていない。
いったいこれはなぜなんですか?と。
それを政府に突き詰めると、加瀬さんが日本から出たという記録が無いと。
当たり前じゃないか?と。(会場内薄笑いの声)
ね?そういうことを日々やっております、私たち。

だからなにも日本政府、目の敵にしているわけじゃないんですけど、なんでこの日本政府及び腰なのか?
何でこの問題避けて通ろうとするのか?
何で特定失踪者の方々を、本当に言葉は悪いですけど差別するのか?
分かりません。
それはやはり政治的な配慮っていうのがあるんだと思いますが。
やっぱりそれを崩していくのは何か?というと、やはり国民の皆さんの支持しかないのかな?と。
拉致被害者の方々はもとよりですね。
こういった特定失踪者の皆様も、政府はしっかりやれという声をですね。
挙げて頂くしかないのかな?と思っております(拍手)

★質問者2
具体的に何をすればよろしいのでしょうか?

※真鍋貞樹氏
え~~~、世論をどうやって作るのか?という事に尽きるんですが、これはまぁ本当に地道な活動しかないわけなんですけど。
こういった集会をですね、こんな大きな集会じゃなくても良いと思うんです。
10人20人お集まりのときの会合のついでに、ちょっと真鍋来てくれとかですね。
あるいは場合によってはご家族来て話してくれないか?と。
よく選挙のミニ集会というのがありますよね?
そういったものをどんどん広げて頂くっていうことが、世論作りの基本になるんじゃないかと思ってますので。
無理することなく、こういった大きな集会は個人ではなかなか出来ないですけど。
個人で出来る範疇のミニ集会みたいなものを、企画して頂くって事がある意味効果的なのかな?と思います。

今日はブルーリボン付けて頂いておりますけども、もしよろしければ私ども特定失踪者問題調査会で携帯ストラップを作っております。
ちょっとリボンはどうかな?と言うような形の方はですね、それをお勧めしますし。
贈答品にもちょっと利用して頂いて、これはね、拉致問題解決の為にこういったストラップを広めてるんだよ、という形のご協力などもして頂ければというふうに思います。
あとは、やっぱり増元さんがしょっちゅう言われることですが、国民の皆さんお一人お一人がどうやって声を出すか?
どうやって声を、政府なり政治なりに議員さんをはじめとして届けるか?ということなんですね。
手紙とかFAXとかEメールとかでも何でもいいんですけど、そういった形で活動していただければ政府のプレッシャーになるんじゃないかというふうに思います。
ひとりでも出来る拉致問題解決のための運動みたいなものを、お一人お一人でぜひ考えて頂ければ幸いです。

★質問者3
古川了子さんの行政訴訟についてですね。
もし差し障りのなければですね。
報道などでは分かりませんので、今どういう状況にあって今後どうなっていくのか?
もし差し支えなければお話してください。

※真鍋貞樹氏
第一回の公判と言うのは、これは形式的にですね。
お互いに見解を述べ合うということで終わります。
それから次の公判日程を決めるということで、もう30分くらいで終わってしまいました。
終わるものなんですね。
今、弁護士の先生方のやってる作業はですね。
政府が最初に見解を文書で出したわけです。
その文書は一言で言うと、この訴訟を棄却せよと。
要するに政府としてはこの認定うんぬんかんぬんを判断できないから、裁判そのものが成り立たないから棄却して欲しいという、釈明、あれはなんていいましたかね?
(会場の席より、竹下珠路さん「回答書」の声)
回答書と言うものを政府が出してくるんですね。
それに対して弁護団がそんなはずは無い、と言うことを文書でまた出すと。
それを求釈明、求めるに釈明と書くんですけど。
求釈明というものを第2回の公判前に出します。

そこで議論になっているのは先ほど申し上げました、認定基準というものは如何なる物か?という所について、政府に対する見解を求めると。
それ以外にもいろいろあるんですが、そういった作業をしております。
で、8月4日、東京地裁の606号法廷でやります。
で遠い所で恐縮なんですけども傍聴ご希望の方は、抽選になりますけどもお集まりいただければと思います。
これはですね30席ちょっとしか席が無いもんですが、せっかく来られても入れない可能性もあって申し訳ないですけれども。
裁判官に対する心象の良し悪しは傍聴者の数によると、実際上。
裁判官もこれだけ古川さんの訴訟に、こんなに多くの人の関心が集まるんだということが、ひとつの判断材料になるということですので。
30席しかない所に200人300人来られたら私たち頭を下げ続けるってことになるわけですけれども、最後により良い結果にするためにはですね。
ぜひそういったところでのご協力・ご支援もいただければ幸いです。(拍手)

★質問者4
私も千葉商の同窓なんですが、私の方がちょっと年上なんですが。
同窓生に対してですね。
なにか署名とか何とかの活動のお願いと言うのはしているんでしょうか?

※榎本さん
あの、榎本です。
48年卒業の同級生なんですが、今現在はですね。
署名活動というものに関しましては先ほど一番最初にご報告させて頂いたんですが、拉致認定を求める署名を行っておりまして。
それにつきましては3月22日にもう提出いたしましたということで、それ以降は署名についてのお願いはしておりません。
また後、救う会って言うんでしょうか。
そちらの方で経済制裁を求める署名等の協力依頼があれば、また改めてHP等を通じてお願いしようかとは考えております。

話の花束ぴろんさんのテキストです。

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仲條富夫さん(加瀬テル子さんの従兄弟)のお話

本日はどうもありがとうございます。
この場を借りまして一言お願いを申し上げたいと思います。
実はこの7月3日の日に古川さんが最初に市民集会と言うことで集まりましたが、私も参加させてもらいましたけど。
そこで加瀬テル子の方のまぁ集会と言うことで、7月3日の午後7時からと言うことで集会を開きますのでぜひご参加いただければ幸いです。

それと先ほどここで言うと真鍋さんから叱られるかもしれませんけど。
増元さんも言ってたんですけども。
拉致被害者と言うのは、私ども古川さんもそうですけども、特定失踪者じゃないんですよ。
残念ながら。
ただ、そのために古川さんまず手始めに裁判を起こして、なんとかその政府認定を取りたいと。
いうのが切実な特定失踪者のその願い。
他の家族もそうですけど残念ながら今、個人個人で古川さんも大変だと思いますけども。

私どももそうですけど、今日お母さん見えてますけど。
加瀬テル子の父親も叔母も、もう歳とって正直な所そんなに先が無い身なんですよ。
その点では古川さんも私ども一緒なんで、ぜひなるべくなら何ていうのかな、待っているんじゃなくて。
もう少ない命を燃やしてますんで、皆さんのご協力無しにはこれ政府認定の方取れませんので。
ぜひご協力頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。(拍手)

話の花束ぴろんさんのテキストです。

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竹下珠路さん(古川了子さんの姉)のお話

改めましてこんにちは。
今日は暑い中お忙しい中、こんなにたくさんの皆様にお集まりいただきました。
本当にありがとうございます。
昨年、丁度一年前に、千葉市民会館で千葉集会というものを、高校の同期生の皆さん、そしてこの実行委員会の皆さんが立ち上げてくださいました。
それを考えまして、また今日なんですが。

実は私は昨日、国会を取り巻く座り込みの中に一日座っておりました。
その思いといたしましては家族としては、先ほど何をしたらいいですか?と言ってくださいましたが。
家族としても何をしたらいいのか分からないと言うのが、ここ拉致だと家族がハッキリ確認した2年半。
そしてその前からの32年間の思いなんです。

古川了子がいなくなってこの7月7日の七夕の日で丁度32年になります。
何をしたらいいのか?
当時私は、当時とても仲の良かった友達から、私は長男を産んですぐ後だったんですけども。
「竹下さん、自分の妹だったら何としてでも探し出すもんでしょ?」ということを。
励ましと叱責ともいわず受け止め、投げ掛けられて、苦しい思いをしたことがありました。
しかし、家族であっても親であっても何とかしようと思っても、出来ないことがたくさん有るんです。
(このあたり少し言葉を詰まらせながら語る)

でも出来る所から今出来る事から、動き出そうと思って。
こうして真鍋さんや弁護士の皆さんや救う会の中村さんや千葉商の会の皆さんや、みなさんにご支援をいただきながら。
ああしたらどうだろう?こうしてみようか?と言って、いただけることをではしてみましょうと、動き出す。
その一歩一歩が妹に近づくことなのかなぁ?と思ってそれを精一杯しているのが現実です。
昨年の千葉集会で皆様方に「古川了子を拉致被害者として認定してください」という、署名のお願いした所、たくさんの方々から励ましの署名とお手紙と色々な物をいただきました。
温かい心をたくさんいただきました。
見ず知らずの方々から、本当にあり難い事だなぁと思っております。
そして昨日5時の間にもつくづく思いましたことは、一人ずつの人間の力は小さくて本当に何をして良いのが分からないんですが。
皆さんと一緒にこうしたら良いかも知れないと言う思いを、思いを持って行動を起こしたときに、次第に風が強くなり。
そして政府を動かし、彼の国にいるであろう、私たちはいると信じております。
今も元気でいると信じております、了子の所に届くんだろうなと思っております。

母も一生懸命頑張って毎日暮らしてくれております。
私はその母と毎日ご飯を食べながら、皆さんの力が私たちに勇気を与えてくれるし、日本政府を動かしてくれるんだと信じております。
今後とも何をしていいのか分からない中でも、皆さんのお知恵をいただきながら、一生懸命家族としてまた日本人として多くの拉致被害者を救えるように。
裁判も含めて頑張っていこうと思いますので、どうぞ皆さま力を貸して下さい。
どうぞ声を上げ続けてください。
テレビで拉致の問題と言うニュースが流れた時に「ああもういいわと、進まないのね」と、パチンとスイッチを切ることの無い様に。
「どうなっているの?ちょっとは動いているの?」という、関心を持って見ていただきたいと思います。

今日もこの中に高校一年生の男の子さんが来てくださいました。
昨日も私は実は座り込みの現場でお目にかかった青年です。
こういう若い方たちが自分たちの国の問題だとして興味を持ってくださることが、とても私は力強さを感じますし。
若い人たちにこんなことが二度とあってはいけないんだと言うことを、もっともっと関心の無い若い方たちにも伝えて頂ければありがたいかな、と思っております。
今日はどうもありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(拍手)
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2005年5月24日 (火)

速報渋谷街頭活動









署名板が足りないぐらい。岐阜からの修学旅行の中学生、若い人も署名してくださいました。
早紀江さん、田口さんのご家族の訴えに足を止める方も多かったと思います。

政府はこの声にしっかり耳を傾けるべきです!
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