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2006年6月28日 (水)

福留貴美子さん拉致事件を考える集い(7)

   『パネルディスカッション その1』

「福留貴美子さん拉致事件とよど号拉致事件」

★司会

川添友幸 救う会神奈川会長

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★パネリスト

野村旗守氏(ジャーナリスト)
荒木和博 特定失踪者問題調査会代表
斉藤文代さん
増元照明 家族会事務局長
岡田和典 特定失踪者問題調査会理事

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★司会 川添友幸氏

後半なんですがパネルディスカッション、今年の1月のよど号の集会のときにもパネルディスカッションやったんですが、今回もやりたいと思います。
よろしくお願い致します。
私が司会でちょっといろいろ質問をしていきますので、それでお答えをしていくような形で皆様お答え頂きたいと思います。

今日ですね。
急遽なんですが、拉致被害者家族会の事務局長である増元照明さんが今日来ていただきました。(拍手)
それではまず増元さんに早速なんですが、お伺いしたい事があって伺います。
増元さん自身、先ほど荒木先生が福留さんのお母さんと面識があったとお話をされましたが、増元さん自身お会いになられた事があるかな?と。
その時のエピソードのような事があれば教えて頂きたいと言うことと。

この福留さんの拉致事件に関してですね。
警察は拉致では無いというような事を言われましたが、それに関して拉致被害者家族としてどう思うか、と言うところを2点伺えればと思います。
よろしくお願い致します。

★増元照明氏

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あの、増元です。
何か勝手が違うので。(小さな笑い声)

先ほど荒木さんが仰っていたように確か多分荒木さんと同じ時に会ったんじゃないかと思うんです。
西村眞悟さんと一緒に会ったんですよね?
福留貴美子さんのお母さん、信子さんと仰るんですが、うちの母も信子と言う名前で全く字が一緒なんです。
その時は印象深いんですけれども、四国の片田舎から2000年だったと思うんですが出てこられて。
私たちも出て来られると言うのは全く知らずに横田ご夫妻と私と、たまたま西村先生と会うという事で永田町のあそこは赤坂見附だと思いましたけど、その事務所に行ったときに福留貴美子さん(のお母さん)がおられた。

それは荒木先生がアテンドして頂いたと私は記憶しておりますが、福留貴美子さんも拉致被害者であると言う思いが非常に強くて。
当時私たちは北朝鮮に拉致された可能性のある、というか殆ど間違いの無い寺越さんとかも一緒にやろうとしていましたし、当然よど号の松木さんとか石岡さんなどとも呼びかけはしておりました。
そして福留さんにも呼びかけを致しまして、で来られたんだと思います。
本当に体が弱ってられた中でも出てこられて、そして田舎の人間ですからそんなにお喋りになるような事は無いんですけど、必死の思いで貴美子さんを助けたいと言うその気持ちは非常に強く伝わった事を覚えています。

そして北朝鮮、福留さんは拉致では無いと言う警察の見解でしたね?
荒木さんが仰ったとおりのことでしょう。
とにかく北朝鮮に行って、どのような理由であれ北朝鮮に行って帰りたいと言うふうに思っても、帰れない状況になるならということです。
川添君が書いた福留貴美子さんのプロフィールに関してもそうですけど、モンゴルに行きたいと言う人が何故北朝鮮に行ったのか?という、全く不明ですから。
その辺は全く騙されていったのは間違いないと思います。

当初モンゴルに連れて行くという一緒に行くと言う予定で、どこかで・・・(聞き取れず)された。
そこでチュチェ思想の下に教え込まれた。
そしてよど号の妻となったと言う事でしょうけども、日本に帰ってきた事があって友達のところには行ってるわけですね?
実家には帰らなかったんですけども友達のところには行っている。
この辺をずっと監視体制の下で見ていた朝鮮総連もしくは、こちらの旗守さんが仰っていた日本の支援組織の人たちにばれたんですね。

で、無理矢理また連れて行かれたんですが、警察がいくら言っても日本で彼女が行動するためには、行動するには必ず監視されていたと言うのは、その一点を持って間違いが無いでしょう。
監視対象だと言う事は結局は無理矢理やらされていたというのは私たちの一般的に考える認識です。
ですから警察のその認識が自分達のおそらく捜査が今まで生温かった事を認めたくないという、案外官僚というのはそうなんです。
自分達の間違いを認めませんから。

田中均さんもずっと外務省の今までの拉致問題に対する対応を絶対に謝罪しませんでしたから。
悪くないと思ってるんですね、その官僚体制が、自分達が続けてきた事は。
ですからそういう何か悪い慣習というのかな?
あるのではないでしょうか?

私たちは自然に考えて無理矢理日本での監視対象であったと言う事は、まだ向こうの思想に染まっていないと言う、それでもう一回連れ戻された。
それで向こうで死亡とされているんですけども、私は多分内紛か何かあったんだろうと思っています。
高沢さんの「宿命」の中でもあまりにも不自然です。
岡本武と福留貴美子さんの死というのは余りにも不自然ですので、これは内紛があって処分されたのか?
それとも生きている事を隠なければならない何か事情があったのか?
とにかくよど号とは離されたと思いますね。

更に言わせて頂けば、田宮が死亡したというのも非常に不自然です。
高沢さんに田宮さんは「有本さんたちの返還を必ず成し遂げる」と言う風に約束されて、その数年後、一年後か二年後くらいに突然死亡していますので、何らかの画策をしてそれが発覚して処分されたのではないか?というふうに私は考えています。

あとチュチェ研の事を旗守さんが仰っていましたけど、チュチェ思想を作った張本人の黄先生が今韓国に亡命していますから。
黄長ヨプ(ヨプ=火へんに華)。
で彼に会って聞いたんですけども自分が作ったものですから、チュチェ思想は絶対に悪くは無い。
ただそれを使う人たちが悪いんだと言うふうには彼は言っておられた。
チュチェ思想は絶対に間違いの無い共産主義体制を支える北朝鮮では絶対的な思想であると、本当にパラダイスを作るための思想であると。
あれを使う人が悪いからああいう国になってしまったというふうに伺いましたので、その辺ではまだ主体研究というのに反省の無い残念な老人だなと私は思っております。
以上です。

★司会 川添氏

ありがとうございます。
次ですが、荒木先生に何点かお伺いしたい点があります。
今の荒木先生の、あと増元さんの話にもあったんですが、北朝鮮側が福留さんが死亡したと言う事をちょっと言われてまして、私自身もよど号を支援していた方から福留さんの遺骨があるとかお墓があるみたいな話を以前伺った事があるんですが、その辺のあたりというのはどうなんでしょうか?というのがまず一点。

次に先生、「しおかぜ」でですね。
何か福留さんの関係の放送とかそういうことはされたのかな?と、ちょっとお伺いできればと思います。
その2点、よろしくお願い致します。

★荒木和博氏

はい、え~とですね。
今川添さんが言ったようなことと具体的には変らないんですが、遺骨があるというような話を先ほど申しましたように、話があったというのは聞いています。
だから必要があればそれを出して来れば良いわけですけども、出して来れないというのは、やはり出して来れない理由があるのでは無いだろうかな?と考えざるを得ない。

松木薫さんの物にしても、もし本人が亡くなっておられるのであれば、北朝鮮でですね。
遺骨が出せないわけは無いわけでありまして、遺骨を出してしまえばですね。
それで納得せざるを得ないわけですが、わざわざ偽の遺骨を出してくると言う事事態に、そういう意味があるのだというふうに思うべきだろうと思います。

私、大学の授業でも良く学生には言うんですが、基本的には北朝鮮がする発表というのはですね。
最初からこれは全部嘘だと思って聞いた方が良いと。
その上で、なんでこの人たちはこういう嘘をつくんだろうか?というふうに考えると、だいたい向こうの言いたい事というのが以外に正直に出てきております。
ですからその偽の遺骨を出すと言うのはですね。
やはりその裏の意味がどういうことか?という事を考えていけば良いのではないだろうか?というふうに思います。

それから「しおかぜ」の中では、福留さんに関してはご家族からの声と言うのはお母さんがいなくなってしまって出せませんので、今全部の名前とそれから失踪時期のデータ読み上げの中で福留さんの事が一緒に入って毎回流れております。
今、ご案内の通り妨害電波が流れていますので中々聴き取り難いですが、今月中に周波数とか時間を変えてまた流しますので、また向こうが追っかけてくると思いますが、とりあえずまた聴こえるようにはなると思います。
以上です。

★司会 川添氏

ありがとうございます。
そうしますと次、野村先生にちょっと何点かお伺いしたい点があるのですが。
チュチェ研とよど号グループの妻以外の連携というか関係というか、妻たちの話では伺ったんですが、連携みたいな物。
例えば福留さんがこちらに戻られた時に監視されたという話があったんですが、その辺の監視体制はどうだったのか?という事がまず一点。

次にやはりよど号のご家族の問題を考えるのに社会党とかですね。
あの辺の責任といった物が出てくるのではと思いますので、チュチェ思想とかチュチェ研と関係のある社会党の国会議員とかの事をもしご存知であれば教えて頂きたいと思います。
その2点、よろしくお願い致します。

★野村旗守氏

チュチェ研に関しましては主にですね。
入り込んでいってるのはアカデミズムの分野だと思いますね。
先ほど言った労働者組織の他にアカデミズムの世界、特に大学教授あるいはそうそうたる法曹界のメンバーであるとか、そういったところのなんて言いますか。
非常に知的な人たちがなぜか知らないけれど、こういうわけの分かったような分からないような、学問なのか思想なのか良く分からない、それとも単なる根性論なのか良く分からないような思想に、なぜか日本のですね。
それこそ頭脳のトップに当たるような人たちが、なぜか先ほどの佐久川政一会長じゃないですけれども、そういったような人々がなぜか訳の分かったような分からないような、本当にこんな物が実現できるのか出来ないのか、所謂観念論というような思想にハマってしまうという、これ非常に面白い現象だなと思って。

今日は朝鮮総連とチュチェ研という関連を話してくれといわれて来て、先ほど言ったようにチュチェ研と朝鮮総連というのはそれぞれ役割が違う物ですからあまり接点は無いんですね。
というのはチュチェ研というのは北朝鮮に協力できる日本人を探す為のプールのような場所、これがチュチェ研であって。
朝鮮総連って言うのは北朝鮮の対日・対南活動、非公然活動に役立ちそうな人間をピックアップするプールのような役割をしている組織という事で、それぞれ在日の中からピックアップする組織、それから日本人の中からピックアップする組織という事で、それぞれ役割が違うのでこれ余り接点は無いんですけども。

それでも接点という事で言っていけばですね。
これ資金的にどうもこのチュチェ研を支援している資金というのは、どうも在日の中のある富豪、在日の中の資産家から資金が出ているようです。
というのは先ほど言ったチュチェ研総帥の尾上健一ですけれども、非常に潤沢な資金を持っておりまして、その白峰社という出版社を経営している他に、チュチェ研メンバーですね。
チュチェ研メンバー、だいたい40代から50代が主ですけども、この40代50代はチュチェ研のメンバー同士が結婚しているわけですが、それぞれ子供を作っていてその子供たちが通う保育園を経営し、更に池袋でスナックを経営していたりしまして。

それでこの尾上健一が住んでいるのが練馬区の光が丘のとあるマンションなんですけども、このマンション。
マンションのの名前今ちょっとすぐに思い出せないですけども、マンションの9階のワンフロアを全部使っているというような、大したお金持ちではあるんですね。
これが例えば白峰社の売り上げの中からそれだけの潤沢な資金が出てくるか?という事を考えていくと、とてもそれは考えられないわけであって、これはどこからかお金が出ているに違いないということが言われております。

と同時にこの日本におけるチュチェ研グループですけども、これがですね。
殆ど東京の豊島区の池袋あたりに固まってます。
先ほど言ったチュチェ研グループの例えば金日成主義研究会とか、あるいは自主の会であるとか、あるいは朝鮮女性と連帯をする会とか、そういったようなですね。
思想的なグループが池袋に固まっていて私がこのグループを、この白峰社も池袋にあるんですけど、これを一つ一つ訪ね歩いた事が実は前にあって、最初電話でアポを入れようとしたんですけどどこも相手にしてくれなかったもんですから、一軒一軒を、3つくらいの事務所がひとつのマンションに固まっていたのでそんなに難しい事じゃなかったんですけれども。

池袋のですね。
3ヵ所くらいかな?
マンションをアポなしで飛び込みで取材していって、コンコンとドアを叩いて尋ねて行ったことがありました。
それがもう2年か3年位前ですかね?
行ったんですけども、朝鮮総連の連中にいわせると「あのチュチェ研の連中は絶対におかしいと。
「目付きが尋常では無い」と。
良く朝鮮総連怖いと日本人の方々大体思っていて、実際怖いところがあるんですけども、その朝鮮総連の連中が評して「あのチュチェ研の連中は絶対おかしいですよ、あれ。目付きが違いますよ、我々と」(笑い声)言うふうにいうくらいですから。

確かにですね。
あの絶対おかしいと私も思いました。
ドアをノックして出てきたときのその表情から何から、もうこちらを見る目から朝鮮総連なんかよりよっぽど怪しいと私思ったんですけども。
あの人たちが出てきてそれこそ詰問調でですね。
「何しに来たんだ、お前。一切答えられない」ということで、ガチャンとドアを荒々しく閉めると。

そういった事を3ヶ所4ヶ所と繰り返されまして、顔つきからしてどうしても健全な通常の、健常な人間の顔とは思えないですよね。
まるでオウムの信者のような、確かに新興宗教のような。
確かに朝鮮総連の人たちはそんな顔をしていません。
日本の中で非常に憎まれていますけども、そういうような顔はしていないですけども、宗教の信者のような顔はしていないけれども、あのチュチェ研の人たちの顔つきというのは非常に宗教がかった、ちょっと一種独特の顔つきですので、この人たちは余りお友達にならないように(笑い声)、余りお友達にならない方が良いんじゃないかと、私ちょっと一言アドバイスをさせて頂きます。

なんか質問の答えになったかどうか分からないですけど、(司会より「国会議員の声)あ、国会議員ですか?
国会議員は、それこそ労組出身の例えば国会議員で言うと、チュチェ研に属している属していないという話になると難しいんですけども、一番言われているのがですね。
チュチェ研と社会党、特に結んでいたのではないか?と、黙される人物が、ここは講演会だから放送しちゃって、放送しないで下さいね。(笑い声)

あの○○○というですね。
元社会党の議員がいましたけど、もうあの人落選しましたよね?
○○○というのが、そのチュチェ研と社会党を結んでいた重要人物ではないか?という事で黙されておりまして、公安の中でもごく少数はそういうふうに疑っていた人たちもいたようですけども、実際捜査の手が伸びるということはなかったですね。
私が聞いている話に間違いがなければ、○○を特に個人的にマークしたという事は無いんですけども、これ例えば金丸訪朝の時とか、日朝交渉が重要な場面に差し掛かるとこの○○が裏でちょこちょこといろいろ画策していたというような話が漏れ伝わってきておりまして。
もう少しこの○○と朝鮮総連あるいはチュチェ研といったような物に対しての解明も進んで良いのではないかと思っております。
そんな事お前がやれといわれるかもしれませんけども、私もちょこちょこやってますので。
皆さんも機会があったら是非調べてください。

★司会 川添氏

確か○○は行方不明になってるんじゃないですか?
所在不明になっているという話を噂で・・・

★野村旗守氏

いや、僕はそれ聞いてはいません。

★司会 川添氏

何かそんな話を噂で聞いていると思いますけど。(会場より「最近また活動している」の声)
動いている?
ありがとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※文中、野村氏の意向に配慮して人物名を伏字でご紹介しております。
悪しからずご了承ください。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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2005年6月 9日 (木)

田中実さんに関する資料

・・・配布された資料を全文転載・・・

「田中実さんについて」      救う会・兵庫 長瀬猛

1.田中実さんに関する基礎資料
 田中実さんのプロフィール
昭和24年(1949)7月28日生まれ、本籍神戸市東灘区。
幼いときに両親が離婚、神戸市内の養護施設で育つ。神戸市立高羽小学校、鷹匠中学校、神戸工業高校を卒業の後、市内のパン製造会社に就職するが退職、失踪直前は阪神「青木」駅近くの中華料理店「来大」の店員だった。

 拉致の暴露 張龍雲氏の告白
平成8年(1996)12月発刊、平成9年1月号の「文藝春秋」に、神戸在住の在日、張龍雲(チャン・ヨンウン)氏が、自らが北朝鮮工作機関「洛東江」のメンバーであったことを告白して、同組織の韓竜大(ハン・ヨンデ)と曹廷楽(チョ・ジョンガリ)が共謀の上、昭和56年(1981)年6月6日、田中さんをウィーンに連れ出し、モスクワを経由して平壌へ拉致した事実を暴露した。韓は彼が勤めていた「来大」の経営者だった。
平成11年(1999)には、「洛東江」の謀略を詳述した張氏の著書「朝鮮総連工作員(黒い蛇の遺言状)」が小学館文庫より出版された。張氏は平成13年(2001)持病の悪化意により他界された。

 行政の認識
平成8年(1996)12月12日、兵庫県議会警察常任委員会にて大前繁雄県議(現衆議)が、同月発刊の文藝春秋を取り上げ、「警察は何か情報を得ておられるのか、得ておられるならお示し頂きたい」と糾した。
大橋警備部長(当時)は、「調査の結果、神戸市内に居住していた同姓同名の人物が、昭和53年に成田から出国した後、現在まで所在不明となっている事が判明している。この人物が記事に言う当該田中実氏と同一であるという可能性は否定できないと考えている。県警としては、当該人物の行方については、拉致された可能性も含めて慎重に調査しているところである。」と答えた。

2.救出活動の経緯
 張龍雲氏との出会い
平成12年(2000)年秋、神戸市内において、ある団体の設立記念式典が開催され、記念講演の講師として張龍雲氏が登壇された。私たちにも理解を示してくれていたこの主催団体は、同年3月に家族会と救う会が実施した「50万トン米支援反対抗議行動」所謂「座り込み」に関する報告の場を提供してくれた。
張氏とはこの催しの楽屋で初対面の挨拶を交わした。すでに持病の糖尿病がかなり進行していると語り、もっと早く皆さんに会っておけば良かったといって手を握って頂いた。車椅子から降りる時も奥様の介添えを必要とする程、その病状は相当なものだった。いつでも分からないことがあれば尋ねなさいと言って指し出された名刺を受け取ったが、この半年後、張氏は帰らぬ人となった。
この日の講演内容は、前年出版の「朝鮮総連工作員」に関する内容であり、特に田中実さんのくだりについて詳しく言及されていた。
これ以降、県下で実施する街頭署名活動においては、有本恵子さんと一緒に田中実さんの名も連呼するように努めた。しかし、田中実さんに関する世論の関心は極めて低く、また張氏の告白を補完するような新たな証言や証拠も得られずに、時の経過を許す日々がつづいた。
・田中実さんの写真公開
平成14年(2002)は、3月には八尾めぐみ氏が有本さん拉致を証言、9月には小泉首相が電撃訪朝、何ともドラスティックに変動した感があるが、その影で田中実さんに関して重大な事実が発見された。
田中さんと同い年の岡田和典氏が同じ学区(中学校)だったことが判明、彼は中学校から私学に進学したが、多くの同窓生は田中さんと同じ鷹匠中学校へ入学しており、ここで田中さんと同窓になったのである。「灯台下暗し」とはまさにこの事である。
岡田氏が早速同窓生に呼びかけたところ、あどけなさの残る中学時代の田中さんの写真がもたらされた。これが声明と共に公開された1号写真だった。
9月16日の「総理訪朝緊急国民大集会」開催直前、日比谷公会堂の楽屋で開催された幹事会は、異様なまでの緊張感につつまれていた。訪朝直前に家族との面会を拒む小泉総理に語気を荒げる人々も少なくなかった。その最中1号写真の掲載されたチラシは披露された。
しかし、事態はこれで終わらなかった。小泉総理が機上の人となり、私たちも帰路に着いた同日、また新たな証拠がもたらされたのである。
何と高校時代の卒業アルバムがもたらされたのである。そこには1号写真からは窺い知ることのできない、生き生きとした男子としての田中さんが収められており、その豊かな表情は私たちの認識を一変させた。「田中さんは生きている!」
帰国した小泉首相が「5人生存10名死亡」と家族に告げたその夜、私たちは憤りに打ち震えながらも「このままでは田中さんは見捨てられる」と異口同音に思った。
9月22日、緊急報告会として有本さんにご登壇いただいた後、この2号写真(数種類)をマスコミに公開した。この2号写真は衝撃をもって受け入れられたらしく、各紙に田中さんが大きく取り上げられた。さらに情報は寄せられ続けたのである。

 恩師渡辺友夫先生
田中さんが在学していた頃の神戸工業高校の技術課程は、1年から卒業までの3年間クラス替えが無かったそうである。それ故に彼のことを覚えている人々も多い。ただ卒業から40年近く経って、夫々の人生を歩んでいる同窓生たちが名乗り出るのは、やはり困難な事であり、私たちもそれは覚悟していた。しかし、そんな事はものともせずに立ち上がった人がいる。3年間担任教師であった渡辺友夫先生である。
学校OBに知己のある知人を介して、「親代わりに」という申し出を受け、さっそくお宅へ赴いた。
ご高齢には違いないが、かくしゃくとされた方である。挨拶もそこそこに田中さんの思い出を語られた。「彼は施設から通っていたので、常に気にかけていました。当時の同級生には同じ境遇の者は居なかったので、心配したのですが、屈託の無い笑顔をする奴でした。しかし弁当が(施設で提供される)小さくて粗末だったので、職員室に呼んでおかずを分けてやったりしました・・・」ひとしきり語り終えた先生の目には、涙で一杯だった。
以後先生には、あらゆる場所へお運び頂き、田中さん救出を訴えていただいた。そしてついには、青森県八戸市で隠遁生活を送る韓竜大を訪れて、彼に直接会った。
同行した雑誌記者によればへらへらとはぐらかす韓に対し、掴みかからんばかりの勢いであったそうである。

 韓竜大告発へ
小泉首相の訪朝後の11月、日朝国交正常化実務者会議が開かれ、日本側が複数の拉致被害者を照会した。何かの集会に参加していた平沢勝栄衆議に会った折、田中さんはどうなったのですか?と尋ねたところ、そのリストの最前列で照会してあるそうである。しかし、拉致認定される様子は全く感じられなかった。
この期に及んで今だ消極的な国に対し、もっと強力に訴えるものは無いか、策を巡らして辿り着いたのが「告発」だった。
「相手を訴える法律知識(自由国民社)」を参考にして書面を整えるという、まことに稚拙な物ではあったが、可能な限りの証拠集めの奔走した。
田中さんが育った施設関係者の証言、張龍雲氏が「拉致工作」を告白した横田夫妻へ宛てた手紙、そして渡辺先生の証言。しかし事件性を窺わせるものがなく、途方に暮れたが、同郷の岡田氏が執拗な調査を続けて、ついに決定的な証言を得た。それは、田中実さんと同じ施設で育った後輩の、金田龍光さんを一時期雇っていた雇用主の関係者によるものである。証言者と金田さん及び周辺関係者は、田中さんの働いていた中華料理店「来大」へ頻繁に出入りしており、金田さんは金ちゃんと呼ばれ親しまれていた。田中さんが姿を消してから後、オーストリアからの国際郵便が金田さんへ届けられた。差出人は田中さん。内容は「オーストリアは良いところだから、君もこっちへ来ないか」という誘いだった。金田さんは筆跡に疑いをもち、この証言者に打ち明けていた。しかし、この誘いを受け入れてしまった金田さんは、渡欧準備のために上京することになり、何とこの「来大」で送別会が開かれたそうである。
上京した金田さんは音信不通となり、約半年後に証言者の近親者が「来大」の韓を詰問したが、韓は「しらない、分からない」という要領を得ぬ返事に終始した。
以上の内容を、国外移送目的略取等(刑法226条)を罪名及び罰則とする、告発状に添付して、平成14年(2002)10月4日、兵庫県警に提出した。受理はくしくも10月15日、拉致被害者5名の帰国の日だった。 (ここまでぴろんさんテキスト話の花束)

 張龍雲氏の置きみやげ
田中さんに関る原点は、それは言うまでも無く張龍雲氏の告白であり、その著書「朝鮮総連工作員」である。しかし刊行物に著されたものに、犯罪を立証するだけの証拠価値があるのか否か、その疑念は当初から私たちの心を煩わした。

張氏の死去から2年近くたっていたが、そういえば「わからないこともあれば、いつでも尋ねなさい」といわれて受け取った名刺があったことを思いだし、思い切って訪ねてみることにした。
以下は情報提供にあたり秘匿を約束したため、実名は差し控えるが、その関係者は私の申し入れを快く承諾くださり、張氏が遺した膨大な量の日記を貸して頂いた。
中には大乗寺事件や十文字山事件といった、関西在日社会でおきた経済事件(詐欺)に関する記述も多いが、中でも特筆すべき資料を発見することが出来た。
それは平成9年1月に山形県下で起こった、張氏と曹の民事紛争に関る告訴状である。内容は「洛東江」という組織名を挙げて、曹が非合法組織に幹部であり、その活動の一貫として資金を集めているというものである。
ということは、曹は平成8年から9年にかけて、月刊誌・単行本による表現と、利害の対立する法廷における一方的な表現により、著しく名誉を傷つけられている訳で、当然の事ながら対抗処置としての、誣告罪や名誉毀損による告訴を行うべきところを何もやっていないのである。
しかも当確民事紛争は結果的には曹に軍配が上がっているにも関わらずである。
張の日記は、私たちが曹を告発するために大いなる置きみやげとなった。私たちは準備に着手した。

 曹廷洛告発へ
曹は事件を手動したと考えられるだけに、何としてもそれを裏付ける新たな証拠を入手しなければならない。しかしもはやそれは、民間人の領域を踏み越えており非可能に思えた。
「何故反論しないのか?」本人に訊くのが一番ではあるが、山形県から一件の家を探し当てるのは容易ではない。ここでも調子の日記が化tすや串手、まず曹が経営する遊技場の所在地が判明し、各地の関係者にもご協力頂き、ついに曹の自宅を突き止めたのである。
平成15年6月、ある雑誌社から直撃取材同行のオファーを受けた。「この機会を逃してなるものか」私と岡田氏の2名は躊躇なくこれを承諾し山形へ飛んだ。
張り込み3日目、奇跡的に温泉へ出かける曹をキャッチして、直撃取材が成功した。
当初激しく抵抗したが、すぐに落ち着きを取り戻し着席して私たちの質問に答え始めたやりとりは1時間以上に及び、概ね以下のような理由から、私たちは告訴へ踏み切る決意をした。
 1)田中さんが拉致されていること自体は否定しない。
 2)曹は平成14年に韓国へ渡り、当局へ身の上を告白した。韓竜大は2年前にそれを終えている。
 3)名誉を守るべき手立てを講じない理由はなかった。
 4)肝心な部分は、否認するのではなく、韓竜大に訊けとはぐらかす。
 5)文章による回答を求めた質問状にまともに答えようとしない。

罪名罰条は前回同様に、平成15年7月22日に提出した。受理は約10日後だった。

(一部誤字と思われる部分は修正)


3.問題点
 田中さんの出国に関する疑問
韓竜大の告発については、警察は「出獄記録ならびにパスポート申請記録を探しているが、当時はすべて紙媒体であり、保管されていない可能性が高い」として、物証が無いと言わんばかりであるが、それならば平成8年12月の兵庫県議会警察常任委員会における警備部長答弁では何故「昭和53年6月6日」出国と認めたのか?

 韓国の司法当局への告発について
韓竜大・曹廷洛の両名に共通する供述の中に、「韓国に行って当局に洗いざらい話した」というくだりが存在する。更に、曹の話によれば韓国での供述に基づき、日本の警察も聴取にやって来て、それに応じたとある。
これが真実ならば、日韓の超法規的捜査協力が存在することが疑われる。
また日本の警察にも・・・・という事になれば、一種の司法取引が超法規的に為されたということにならないか?

 告発の取り扱いについて
韓の告発から2年5ヶ月、曹の告発から1年7ヶ月が経過しているが、もし、事実誤認があって犯罪が成立していないのならば、一刻も早くそれを表明して両名の名誉が不用に毀損され続けている状態を、終わらせなければならない。
あるいは、犯罪の事実はあるが起訴が難しい場合、これは捜査を怠る(たな晒しにする)理由にならず、捜査はしなくてはならない。
道義的責任があっても、法律が無いが故に犯罪が成立しないのであれば、国家治安の根幹に関わる重大事であるから、捜査はしなくてはならない。
時効が成立するか否かが判断し難いならば、内閣法制局に見解を出させる必要がある。
これらの何れの結果も出さず、事実上のたな晒しを続けている現状は許されない。(担当金木犀)
蒼き星々にも保存

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救う会兵庫 長瀬猛氏のお話 その1



救う会兵庫の長瀬でございます。
本日はかように皆様お運びいただきましてありがとうございます。

今、平田事務局長からご案内させて頂きました通り、渡辺友夫先生に本来ならご足労いただいて。
この極めて、田中実さんと言うその人となり、どんな人物だったのかを語る人が少ないですね。
この拉致被害者について語って頂くはずでした。
大変渡辺先生も心苦しいと仰っておられましたが、この東京集会に合わせて何とか、と思っていたんですけども、先週から急に容態が悪くなられまして。
持病の心臓の方が悪くなられまして、残念ながらおとついに手術したばっかりですので。
もしこちらにご足労が無理な場合は、先生に私がメッセージをビデオで持ってくる予定だったんですけども。
面会して長時間っていうのも、お医者さんにちょっと止めてくださいと言われていたもので、それも出来ませんでした。

そこでですね。
ただ今よりごく短い時間ではありますが、ビデオで渡辺先生がご発言というのをちょっと見て頂こうと思っています。
こちらのビデオはですね、テレビ局様の方からご提供して頂いた物です。
最初に見て頂く物は約1分半の物でございますが、こちらは関西テレビさんの方からオンエア前の、当時のニュースで流すオンエア前の物です。
約2年前のニュースで使われる前の物を多少(編集して)作っていただきました。

それからもうひとつ、先だってですね。
TBSの報道特集で田中実さんについて相当詳しくやっていただけまして、その中で渡辺友夫先生、かなり長くインタビューに応じていられます。
これはオンエアされた後の物をですね、渡辺先生の息子さんが自宅のビデオで録画されてましてね。
「どうしてもせめてこれだけは持っていって、まだ見たことのない人もいるだろうから、父のですね。気持ちだと思ってやってください」ということで、私が受け取ってまいりましたので、その二つをこれからお流ししたいと思います。
どうかそういうことでございますので、ご了承頂きたいと思います。

最初にそしたら関西テレビさんの方からいきます。
(ビデオのスイッチが入る。
「来大(らいだい)」の外観映像、車の中でインタビューを受ける韓竜大の映像、曹廷楽のインタビューテープを流す記者会見の映像などが流れる。
音声が小さかったので、聞き取りはほとんど不可)

これはですね、後でまたご説明しますが、田中実さんが拉致される直前まで働いていた中華料理店「来大」と言うお店です
(車の中でインタビューを受ける韓竜大の映像)
これは韓竜大本人です。
(記者会見場でテープを流す映像)
これは曹廷楽です。
次はごめんなさい、渡辺先生のやつです。
(TBS報道特集の中から渡辺友夫先生のインタビュー部分のみを流す。
渡辺先生のインタビュー部分だけを以下テキスト化)

(田中さんの恩師だとの紹介ナレーションが入った後)
田中実についてはね、今でもはっきり顔が分かるし。
彼は特別な子供でしたからね。
施設から来てる生徒やったからね。
おとなしいし、しかった指導もないし、まぁいわゆる普通の子やったね。

(渡辺先生は修学旅行の思い出を良く覚えているとのナレーションが入った後)
施設のなぁ、先生にお土産くらいお菓子くらい買っていかなあかんのかなぁ?って言うから、そんなんいいですよって、そんな会話しとるんですよ。
そんな記憶もあるんですけどね。

(渡辺先生は来大店主の韓竜大に会いに行ったこともある、とのナレーションの後)
担任や、ってな事を言いました。
田中実の担任やって。
本当のことを話してくれませんか?いうて。
そしたら、俺はそんな事知らんで、って。
俺そんなん、関係ないから、って。
親も無い、兄弟も無い子供でしたから、ちょっとラーメン屋さんの甘い言葉・優しい言葉についほろりとなってね。
行ったのもうなずけますわな。
(渡辺先生は田中さんのこれからも救出活動をするとのナレーションが入る。
ビデオはここで終了)

非常にごく短い渡辺先生のメッセージだったんですけども。
渡辺先生は、昭和40年に田中実さんが神戸工業高校の機械科Bというところにご入学されてから3年間、受け持っておられます。
ですから田中実さんのことは大変よく覚えていらしゃいます。
まず最初に田中実さんと言う人がどんな人だったのかなぁ、ということをですね、私が普段渡辺先生と接したり、あと田中実さんの同級生から聞いている話を多少ね。
お話いただいたこともありますので、その辺のお話を含めてお話させていただきたいと思います。

まず田中実さんのプロフィールでございますが、田中実さんは昭和24年1949年7月28日、神戸市のお生まれです。
幼いときにご両親が離婚されて神戸市内の養護施設、児童養護施設でずっとお育ちになられておられました。
その後神戸市立高羽小学校、神戸市立鷹匠中学校、そしてこの渡辺先生の勤務されていた神戸工業高校を卒業の後ですね。
神戸でも今でも著名な神戸市内の洋菓子店、パンとかお菓子を作るメーカーにご就職になられたんですが、そこもそう長くせず辞められて以来職を転々とされます。

田中実さんが皆さんの前から姿を消したのは、昭和53年です。
1978年6月6日です。
先ほどの最初のビデオで前後しましたけれど、最初のビデオでこれが田中実さんが勤めていたラーメン店ですよと言ったあのラーメン店の来大には、わずか半年しか勤めておられません。
で、なぜこの半年で姿を消したのか?という事についてもですね。
お友達がいらっしゃったとかいろんな話がありますが、それは後ほどですね。
事件の実行犯たちの追跡と言う部分で詳しく触れさせて頂きたいと思います。

この田中実さんという方はですね。
お父さまお母さまがいないと言う境遇の中でも、渡辺先生の記憶の中でもそんなに例えばグレてしまうとかそういうことは全然無かった。
むしろですね、時々照れくさそうにニコッと笑う少年だったと言う記憶があるとおっしゃっています。
今ビデオの中では修学旅行の時に施設から、当然施設から通って来ている訳ですから、施設のスタッフの人にお土産を買っていこうと思うんだけど、どうしたらいいんだろうか?と。
当然そんなにごくわずかの小遣いしか与えられていない中で、その中でお土産に使わなければいけないんじゃないか?と考えられたんだそうですね。
大変に渡辺先生の心を強く打ったと、言うことだそうです。

やはり、お弁当がですね。
神戸工業高校、お昼は当然お弁当を持ってくるんですけど、他の子供たちに比べて粗末。
少しこう、そう思ってたのかな?田中実さんが。
実際はどうだったか分からないけれど、だからいつも隠れるようにお弁当を食べていたと。
「おい、田中どうしたんだ」と言ったら。
そしたら「いやちょっと俺の弁当おかずも少ないし」と言うこともあって、「それだったら職員室で食べなさい」と、言うようなことも何度かあったと。
いうふうに渡辺先生からはお聞きしました。

神戸工業高校というところを卒業した、この児童養護施設からはたった一人なんですね。
で、これはですね。
神戸市の方針として、そういう施設の子供でも成績が優秀でやる気のある子供たちは、積極的に高校進学を進めていこうと、そういう取り組みの一環でですね。
この時期のこの田中実さんの在籍された児童養護施設でたった一人、田中実さんが高校へ行かれたということです。
その後ですね、また2名の方がということですが、非常に数が少ないうちのお一人だと言うことをお聞きしています。

頑張ってですね、機械科Bと言う所を昭和43年の3月に卒業した時の写真がこれです。
よくまぁテレビでも紹介されていますが、これが卒業写真ですね。

卒業アルバムから

私ちょっと丸印していますが、分かり難いんですけど、これの方が田中実さん。
また後でね、お近くで見て頂いたら良いと思うんですけど。
こちらが渡辺先生ですね。
若かりし日の渡辺先生です。

こちらは同じく卒業アルバムからお借りしてきました。
これはそれぞれの文化活動の仲間と一緒にスナップと言うか、そういう写真が卒業アルバムの中に掲載されてまして、書道だとかいうふうにお聞きしましたけど、田中実さんこちらですね。(写真前列右を指差す)


これが卒業写真の個人の写真です。
高校卒業ですから、17~8の頃の田中実さんです。
29歳で拉致されてますから、拉致される10年前の写真ですね。


こちらのお写真がおそらく拉致されたときに一番近いと思われる成人後の田中実さんの写真です。
これも偶然ですね。
知人が保管されていた物を報道機関の方が保管されていた物を、私ども救う会兵庫がご好意でお借りしております。
これはお友達と一緒にですね。
京都に旅行された時の写真だそうです。

田中実さんはこの頃になりますと、大変女性に良くおモテになったという噂、周辺の人の記憶では女性におモテになったと。
まぁ、プレイボーイと申しますかね。
若い日は誰でもそうなんでしょうけど、そういう側面もこの頃持ち合わせていたと。

あとでまた詳しく説明しますが、田中実さんを語る上でどうしても切っても切ることの出来ない特定失踪者に金田竜光さんと言う方がいらっしゃるんですが。
この金田竜光さんと言う方は、いっつも田中実さんの後をついて歩いていたそうです。
「金ちゃん金ちゃん」と呼ばれていた金田竜光さんはこの田中実さんを本当の、まぁ金田さんもご両親はいらっしゃるんでしょうが同じ養護施設ですからね。
同じ境遇ですから兄のように慕っていたと。
そういうことは結構ですね、周辺の様々な方が今でもご記憶になっています。
当時ちょっと若気の至りと申しますか、少しねお遊びが過ぎたような田中さんに対してですね。
金田さんと言う人はちょっと引っ込み思案で、傍目にもちょっとコントラストがハッキリしているような二人だったと、そういう二人だったというお話を聞いております。

田中実さんはですね、なぜこの中華料理店に勤めることになったか?と言いますと、これは金田竜光さんが先にこの中華料理店に就職されていて。
まぁ、なんて言ったんでしょうかね?
おそらく「兄貴」なんて呼んでたんでしょうか?
「ふらふらしないで兄貴、中華料理店で働きなよ、ラーメン店で働きなよ」といったことを言ったのでしょう、おそらく。
引き込むと言うか紹介するという形で、先に金田さんが勤めていてその後から田中さんが就職されたと、いうふうに聞いております。

ちなみにですね。
少し金田竜光さんと言う方のプロフィールにも触れておきます。
金田竜光さんは昭和27年1952年のお生まれです。
田中実さんの3つ年下ですね。
金田さんは高校には行かれておりません。
金田さんは昭和52年1977年、田中さんが拉致される前年ですね。
この来大に就職しております。

このあたりは正確に何年の何月と言うのは分からないんです。
周辺の人たちの何となくという記憶を整理していますのでだいたいの推測ですが、年を越えて昭和53年1978年の初めの方ですね、田中さんを連れてきたと。
で、もう6月には田中さんはウィーンに行かれてしまうと。
その後の金田さんはですね。
昭和53年、田中さんが拉致された年と同じ年の年末に田中さんの後を追うといって姿を消してですね。
その後全く音信が途絶えております。

最近私どもが得た情報でございます。
1次情報ではございません。
私どもが2次的にお聞きしている情報でありますが、金田竜光さんは、まぁお名前からもハッキリしているんですが在日ですが。
当然在留許可証を持っておられますし、海外に行かれるときは再入国許可証と言う我々で言えばパスポートに該当する物が交付されているんですが、これらが使われた形跡がございません。
と言うことは田中実さんの後を追いかけて姿を消したんだけども、ウィーンには行っていないのか?
あるいは別の人間に成りすまして海外に出る必要があったのか?
あるいはまだ国内にいるのか?
まったく分かりません。

私どもが田中実さん、金田竜光さんの本当の素顔に迫るお話と言うのは、正直申し上げまして今お話したくらいが全てです。
なんかね、コンクリートの壁を一生懸命引っかいているような、ほとんど音が伝わらないようなもどかしさをお持ちだと思うんですけども、本当に情報が少ないです。
これからね、私のお話しすることはその極めて人物像が不確かなこの二人にですね。
それでもいろんな形で方々から情報を集めて、少しずつ人物と事件の背景に迫って行こうと我々ボランティアで協力してやっておりまして。
今日はたまたま私がこうして発表の機会を頂戴しておりますので、私が発表すると言う経緯をご披露させて頂きたいと思います。

今日お手元の資料はですね、前回合同学習会で皆様にお配りしたものとほとんど変わっておりません。
前回の合同学習会の時にお話した内容は割愛させて頂いて、韓竜大と曹廷楽の二人ですね。
拉致の実行犯がどういう組織に所属していて、どういう活動をしていたのか?
我々がどういう証拠に基づいて彼ら二人を告発したのか?と言う部分にですね、今日のお話の重点を置いていこうと思います。

まずですね、後ほど西岡先生のお話でも登場するとは思うんですが、張龍雲さん。
朝鮮語読みではチャン・ヨンウンさんという重要な、田中実さんを語る上で重要な方がいらっしゃいます。
こちらの「朝鮮総連工作員」と言う本を書いておられます。
小学館文庫から発売されている物なんですが、この中に田中実さんの拉致及び田中実さんの拉致を実行した「洛東江(らくとんがん)」と言う秘密工作組織について詳しく書かれています。
この張龍雲さんという方はお亡くなりになってしまったんですが、本当にお亡くなりになる直前にですね。
私偶然にも面識を頂戴することが出来まして。
私がお会いした時にはもう車椅子に乗られておられて、おそらく片足を失われて義足になられていたと思うんですね。
糖尿病がすごく悪化されていて、張龍雲さんと私がお会いしたのが平成12年2000年の秋にですね。
神戸市で初めて初対面でお会いすることが出来ました。

そのときにですね。
この本が出ているのは知っておりましたけれども、張龍雲さんがどういう経緯でこういうふうに至ったのか?も、それほど僕自身詳しく知らないまでも。
まぁ、お名刺を頂戴しましてね。
「もっと早く皆さんの前で真実を語るべきだったんだけど、僕には時間が残されていない」と。
「だから分からないことがあれば何でも聞きに来なさい」と、お名刺を頂戴しました。
その日の講演を聞いて、その後もう1回2回お電話でお話をすることはあったんですけど、半年後、翌年にはですね、張龍雲さんお亡くなりになりました。
私どももせっかくの張龍雲、面識を得ておきながら、お亡くなりになった以上これはどうにもならないな、と思いながら、運動を進めておりましたところ、実はこの張龍雲さんと私どもが出会ったということが、その後の韓竜大と曹廷楽の告発に持ってまいります。

田中実さんの写真を私ども公開したと言う話は前回もお話しているんですけど。
当然この写真は神戸工業高校の卒業写真を公表した時に、大変大きな反響がありまして各方面から様々な証言がもたらされるようになります。
まずですね、田中実さんの拉致を直接手を下したというふうに書いてある韓竜大。
田中さんが勤めていた来大、元店主ですね。
ラーメン店の店主というふうに紹介されておりますけど。
この人をどうやったら告発できるのか?と言うことを考えたんです。
ひとつはこの張龍雲さんが家族会の横田さんにですね、告白の手紙を送られていましたので、その本旨と言う物を改めて証拠価値があると。
それから当然田中実さんというのはこういう人だったんだよ、と言うことが証言できる渡辺先生の証言。
それからその児童養護施設の関係者の証言と言う物が得られました。

ただ、どうしても犯行であるとか組織であるとかに近づく証拠と言う物が、我々の手元には全く無かったんです。
色々な情報がもたらされた中で登場してきたのが、金田竜光さんで。
金田竜光さんはどこへ行っちゃったの?ということで周辺の人たちの感情と言う物が、この告発につながっていくんですが。
実は金田竜光さんが、田中実さんの後を追って同じ年の暮れにですね。
とりあえず東京へ行くという事になったんです。
そのときにですね、この周辺の人たちは、「じゃあ金ちゃんの送別会せにゃいかんなぁ」と言うことでこのラーメン店の来大で送別会やってますね。
で、私どもその送別会に出た方に会ってお話をお聞きしました。

その時にはハッキリと「ウィーンに行くんだ」と。
「ウィーンに行く準備のため東京に行かなければならない」と。
全幅の信頼を置いていたのが、この来大の経営者・韓竜大。
そういうシチュエーションの中で彼は旅立って行ったと。
ただ、ごく近しい人には田中実さんが旅立った後ですね。
田中実さんが出した手紙が届いたそうです。
そこには金田さんに対して「金ちゃん、お前もウィーンに来いよ」と。
「仕事もあるし、良い所だ」と言うことが書いてあると。
「でもどうしても田中実さんにしては字がきれい過ぎる」と。
いうことは金ちゃんは不思議に思って、そのことを周辺の人にずい分相談しているんです。

行きつけの居酒屋と言うかお寿司屋さんの大将みたいな人に、「大将、どうもおかしいと思う」と言うことを言っておったり。
最近聞いた話では、お手伝いと言うか少し働いていた雑貨屋の店長のような所には何度も足を運んで、「僕はもうこれから旅に出ます」と言うことを唐突に言ってみたり。
非常に不安げだったという証言がたくさん出ております。

この事実を証言して頂いたことは、これは非常に田中実さん事態も犯罪に巻き込まれたであろう、拉致されたであろうと推測するに十分な。
直接田中実さんということではないけれど証拠であると判断して、証言いただいた方のご協力をいただいて、まず韓竜大を告発いたしました。
韓竜大の告発は、平成14年の10月の4日でございます。
この平成14年と言うのは大変な激動の年でございまして、9月の17日に小泉さん訪朝しましたし。
10月15日には5名の被害者の方が帰って来られる劇的な年ではありましたが、帰国の日にこの告発状は受理して頂きました。

事はこれは一件落着というわけではなくて。
この告発の経緯の中で渡辺先生が当時まだ本当にお元気でしたので。
今から2年ちょっと前は物凄くお元気でしたので、自ら「韓竜大の首根っこ捕まえてぶん殴ってやる」と言って八戸まで会いに行かれたんですね。
ある雑誌の協力で。
でまぁちょっとこれは差し支えあるかもしれませんがその時の写真が、
(雑誌のページをめくって写真を探す)
ちょっとごめんなさい、渡辺先生が行った時の写真持って来てないですけど。
先ほどちょっとビデオで韓竜大が車の中から、「関係ない、関係ない」と言ってる部分がありましたよね?あそこの韓竜大に渡辺先生が直接会いに行ったということもありました。

その時にはもう、韓竜大は知らぬ存ぜぬで「とにかく俺じゃないんだ」と。
「曹に聞け」と「あいつが全部やったんだ」と「あいつに聞いてくれ」と言うのに終始していたんですけど。
それもあって、ならば曹に話を聞いてみようじゃないか?と。
曹廷楽と言う人がいわば犯罪を主導したと言う風に、張龍雲さんの本には書いてあるのだからならば曹廷楽に会いに行こうと、私どもは山形の曹廷楽と言う人に会いに行きました。
まぁそう簡単に会いに行けたわけではないんですが、何とか曹廷楽に話を聞く機会を得まして、約1時間半に亘って、ああでもないこうでもないと彼の話を直接聞く機会があったんです。
もう一度ちょっとそのビデオもう一度。
先ほどビデオの順番が相前後しましたけど、もう一度ちょっとお流します。

(ビデオを再び流す。田中さんについての思い出を語る男性と女性の姿が映る)
これは田中実さんの中学校時代の同級生の方です。
ちょっと早送りしますね。

(記者会見場でテープを流す場面。以下聞き取れる所のみテキスト化)
これが曹廷楽がしゃべっている所です。

・・・・・・田中実なんてまったくそんなの本当に聞いたことが無いよ?俺。本当に・・・・・・

(場面が変わって来大の外観が映る)
これが中華料理店の来大です。
(車の中でインタビューを受ける韓竜大の映像が映る。以下聞き取れる所のみテキスト化)

・・・そういうことでどうであれ・・・

これが韓竜大です。
これも韓竜大です。
(記者会見場で再び曹廷楽のテープの音を流す場面が映る。聞き取れる範囲のみ以下テキスト化)

・・・・・・田中実は自分の足で、あのウィーンに行ってるんですから、ね。
ね、彼は、だから拉致じゃないでしょう。
自分の足で歩いて行ってる。
ウィーンに・・・ね・・・・・・

(ビデオ終了)
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救う会兵庫 長瀬猛氏のお話 その2

一時間半の話の中でごく短い所しかご紹介できなくて、大変ちょっと我々の準備不足を申し訳なく思うんですが。
少しこの時のやり取りをご紹介しますと、まず我々はですね。
ここまではっきり実名を出されて、しかもこの本が出る前々年にはですね。
週刊誌で告白記事というのが出ましてそこでも名指しされ、さらにこの本でも非常に詳細に犯罪組織のトップであると名指しされていて、しかも拉致だけではなくて、関西のですね。
在日社会の中での経済事件。
十文字山事件とか大乗寺事件とかがあるんですが、在日を対象とした詐欺事件というのに深く関わった犯罪者というふうに書いてあるにも関わらず、曹廷楽と言う人がどういう対抗手段をとったんだろうか?と。

今はですね、山形県でパチンコ屋を営んでおって、一応普通の暮らしをしておると。
それであれば普通であればね。
名誉毀損なり誣告罪なりのですね。
自分の名誉を守るための法の手立てというものを取るのが当然であるのに、そういうことをまったくしていないと言うのを、僕は非常に不思議に思ったんです。
で、会った最初にまずね。
もう息切れの激しい曹廷楽をなだめて。
「まぁまぁ落ち着いてください」と、「とって食おうという訳じゃないんだから」と言う話をして。
「我々はどうしても理解できない」と。
「韓竜大に話を聞いたら、全部あなたに聞いてくれと言われましたよ?」と。
「しかもここにあなた名指しされてるでしょ?」と。
「もし事実無根であるなら、あるいは事実誤認であるなら、当然のことながら名誉毀損とか誣告罪とか様々な対抗手段が打てたでしょ?」と。
そういう話をしたんです。

そしたら曹廷楽と言う人はですね。
田中実の拉致自体は否定しないんです。
ここが僕、実に注目した所なんです。
一番注目した所なんです。
今の短いビデオがまさに凝縮された所なんですが、田中実が拉致されたわけじゃないんでしょ?と。
自分の足で行ったんでしょ?と言ってましたよね?
つまりこれはどういうことかというと、暴力的な拉致をさしているわけなんです。

我々も何の前触れも無く会いに行っているんですからね。
曹廷楽と言う人は拉致と言う物を、横田めぐみさんの例やあるいは曽我ひとみさんの例のような物を完全にステレオ的に頭の中に思い込んでいて、自分の足で歩いて自分の足で飛行機に乗った者は拉致ではないと思い込んでいるからそういうふうに言ってるわけです。
もし事実無根であるなら、田中実なんて者は全く知らないし、土台そんなことがあるはずが無いと言って全否定すれば良いじゃないですか?
まずそれを全く90分にわたって、それを結局最後までしなかったと。
それが我々の確信を得る大きな告発の動機となりました。

90分の話し合いの中には、他にも話し合いの中にはいろいろあったんですが、ひとつはですね曹廷楽は自分のことは結構良くしゃべるんです。
それで平成14年のつい最近ですね。
平成14年に韓国へ行って、韓国の治安当局に対して「一切合財の身の上はもう話したんだ」と。
しかも韓竜大は私が行く2年前すでにそれを済ませていると、言うことを言うんですね?
え~、ここ日本でしょ?と。
韓国の治安当局に言ったからって、僕たちに関係ないじゃないと思うんだけども。
さも免罪符のように言う。

そしてそれに基づいて日本の警察も来て、全部しゃべったって言うんですね。
あぁ、そうですか。
その場はただ、あぁそうですかとしか言い様が無いんですけども。
この事実も大変大きな事です。
韓国の治安当局に話をして、その情報が日本にもたらされて、そしてそれに基づいて日本の警察が早い段階に、これは我々が告発するなんてよりはるかに前の話と言うことですよ。

はるか前に日本の警察が事情聴取をして、そこで一切合財話をしてるという
先ほどの話とちょっと矛盾すると思いませんか?
自分の罪が全く無いんだったら、何もしゃべる必要ないじゃありませんか?
しゃべる内容がないはずでしょ?
でもしゃべる内容があるんですね。

おそらくその、彼らの工作に関わるいろんな秘密の話があるということを、この部分で暗に曹廷楽は認めたんですね。
さらにですね、それは韓竜大と曹廷楽に共通して言えるんですが、事実を否定するんだったら、事実無根だととにかく主張するのが普通だと思うんですね。
ですが、曹廷楽と言う人は「韓に聞け、韓竜大に聞け、あいつが全部知ってるんだ」と。
事件は、彼らは張龍雲と言わず張タツオと呼ぶんですが、「事件は全部張タツオがやって、全部張タツオが仕組んで、韓がやったんだ、俺は何も関係ないんだ」と言うことをとにかく繰り返すわけですね。
これもですね、我々は大変注意深く見た証言の一部であります。

で、一応ですね、「我々はあなたを告発するつもりだ」と。
「言い分があるだろうから、我々の質問状に対する回答が欲しい」と、言うことで一応質問状を送りました。
その質問状に対する答えというのはですね、ゴミを送ってきました。
これは彼らのメンタリティーの中で何を意味しているのか?分からないんですが、我々に対してゴミを送ってきました。
その中にはですね、その辺のスーパーのチラシだとか、なんかお菓子の食べた後の紙だとかそういうゴミをですね。
このくらいのA4の袋につめて込んで送ってきました。
それは韓国というか、我々と違うメンタリティーの抗議の意思の表明なのかな?と。
意味が不明で我々はそれを抗議と受け取ることが出来なかったので、曹廷楽を告発しました。

曹廷楽の方の告発はですね、平成15年7月の22日です。
受理は10日後でした。
ここに至るまでにもうひとつ我々の中で疑問があったのは、なぜ?張龍雲さんが曹廷楽との間でこのような事になっているのか?というのが我々の中でちょっと大きな疑問ですし。
これを解決しないと、我々としても不十分だろうと。
いう思いが強かったんです。

というのは、これは一方的に曹廷楽を傷つけることが事実上目的のような内容ですから、これに100%乗っかって良いんだろうか?という思いが強かったんです。
実名を明かすことは出来ませんので、協力いただいた方の実名はちょっと明かせませんが、張龍雲さんのごく関係者の方からですね。
張龍雲さんの生前に残された膨大な資料と言うものを、我々が目にする機会というものがありまして。
それらを探していく中で、この答えが見つかりました。

それはですね、今山形にあるパチンコ店のですね。
所有権を巡る民事裁判を、民事紛争がこの二人の間に繰り広げていたんですね。
これが1996年10月15日に告訴された民事紛争がありまして。
今私がその写しを持って来てるんですが。
この民事紛争はですね、簡単に話をしますと洛東江という秘密工作機関がですね。
主に在日の商工人からですね、多額のお金を集めて工作資金とすると。
工作資金の一部を更に自主運用して、事業をして資産を増やすと。
更なる工作資金を潤沢にするという。
この仕事のトップが張龍雲さんだったんですね。
で、それを指示していたのが曹廷楽だったと。

当然のことながら資金工作に関わる証拠書類という物はそのたんびに処分しますから、何も残っていない。
契約書も残っていない。
ということは、張龍雲さんとしても使用者に対して、もうそろそろ引退させてくれだとか、ここまで頑張ったんだから少し分け前をくれだとか話をしても、何も証拠が残っていないということなんですね。

それを良い事にこの曹廷楽という人が、これはごめんなさい。
良い悪い是非は別ですから、彼らの論理によればですね。
組織の中で工作資金を運用するために作った事業のひとつであるパチンコ屋の所有権を、彼が自分の物に書き換えて。
土地建物の登記を全て自分の名前に変えて運用するのはいかがなものか?と。

しかもそれは完全に私腹を肥やしているという事に彼は非常に腹を立てて。
しかもですね。
長年に亘って洛東江の秘密工作に関わったにもかかわらず、張龍雲さんの方には何の連絡も無ければ、何の利益も供与されていない。と。
これは実に不当なのでと言うことで裁判を起こしている。

しかしながら、これは工作に関わるもので書類が無いちゅうことなんですね。(薄笑いの声)
一方の曹廷楽の方にはそれこそ日本の法律に則った、登記謄本から何から書類が揃っているわけなんですよ。
ですからこの裁判は土台張龍雲さん、勝てる見込みの無い裁判でした。
ただ、その裁判の中で張龍雲さんは、この日本国内で行われている工作活動をはっきりさせなければいけないと、おそらく衝動に駆られて。
詳細なこれは「告訴事情の補充書」と言うのを出しているんです。
ちょっとこれを一部読んでみますね。
これは冒頭からこういう形になってます。

「告訴人と被告訴人は朝鮮労働党が韓国内での反政府組織を支援することを目的として、日本国内に活動の拠点を置く非公然の組織・洛東江の構成員であり、被告訴人がその責任者であり、告訴人はその直属の財政担当者であった。」

もう冒頭からこういう感じで進んでいます。
また例えばこういう文言も出てきます。

「告訴人に対して朝鮮での朝鮮での金山開発を指示された。
告訴人は、在日の朝鮮人実業家10数人を募り4億円を集め、開発のための調査や掘削等の機械の購入資金に当てた。
また告訴人は被告訴人から朝鮮労働党への送金分として、1990年までに合計3億円の資金を提供している。
ところが後に朝鮮労働党は被告訴人から、3億円の提供を受けたことが無いことを明らかにしたため、被告訴人が全てを取り入んでいたことが全て判明した。」

要は私腹を肥やしたということですね。
被告訴人が着服していた。
工作資金を着服していたということですね。
こういうことがるる述べられているものが、我々の手にすることが出来まして、なるほどと。
張龍雲さんには張龍雲さんなりに、この「朝鮮総連工作員」と言う本を書かねばならなかった必然性と言うものがこれでハッキリしたなと思いました。
でこの金山開発であるとか、先ほど言いました十文字山事件ですとか、これはこれで非常に大きな問題なんですが。
これは今日はちょっと割愛します。

それがハッキリしたと言うことで、これ以外にもたくさん資料をいただいておりましたのでね。
曹廷楽の自分自身の発言と、張龍雲さんと曹廷楽との間の利害関係ですね。
こういうものの書類なんかをですね、補充する形で私どもは曹廷楽の告発したという事であります。

張龍雲さんという人はですね。
どのような動きをされていたか?と言うものは他にもありましてですね。
ちょっとご紹介しておきますと、地震の年ですね。
阪神大震災のあった平成7年の春先4月にですね。
あの頃は今と違って万景峰号が全国あちこち出入りしてましたから。
神戸港にも来たんです。
私もたまたまそこに立ち寄っていたんですけど。
立ち寄っていたと言うか、それを知っていたんですけど。

後で聞いた話ですが、この万景峰号の入港に際して、万景峰号の中に労働党統一戦線部第一副部長のカン・ジュイリーと言うのが乗っていると言うことを朝鮮総連幹部からですね。
張龍雲さんは情報を入手しまして、当時の外務省、北東アジア課長・別所ヒロアキ氏を同行してですね。
この拉致の事実関係をカン・ジュイリーに聞くということをしております。
最終的に神戸港のポートターミナルまで別所氏を連れて行って、朝鮮総連の国際部の人間とかなり揉み合いになりまして。
ここに日本政府と話をできる人間は乗っていないと言うことで、中には乗せてもらえなかったそうです。

ただこのことは後に朝鮮総連の内部で大変大きな問題になりまして、たくさんの人が処分されたと、いうことだそうです。
張龍雲さんと言う人は、そういう形でね、
裁判だけではなくて、この告白記事だけでなくて、いろいろと動かれていたと言う一つのエピソードでございます。

我々は二つの告発をしまして、いろいろ問題点がやっぱりここに来て浮上しました。
なによりも4月に25日に田中実さんが拉致認定されたんですが。
この拉致認定されたと言うことと、告発されたと言う罪に対して、どのように政府が接するか?という部分について、この国は非常にあいまいにしております。
まずですね。
いくつか今からですね、ちょっと問題点をご指摘申し上げます。

まず韓竜大の告発については、警察は(田中実さんの)出国記録ならびにパスポートの記録を探しているが、当時は全て紙媒体であり、保管されていない可能性が高い。
これは私どもが告発した時に警察から聞いた言葉です。
しかしその後、昭和53年6月6日出国と、日本政府は認めております。
出国記録はあったんですね?

と言うことはパスポートの申請には、当時は今と違って銀行の残高証明付けなきゃいけない時代だったと思うんですね。
しかも田中実さんが、そのような30万円だったかどうかの残高証明を証明するだけの力があったのか無かったのか?
そのようなことをするに当たって後見人として、その色々な書類を手伝った人間はいるはずだし。
どこかの書類の中に韓竜大の名前が残っているかもしれない。
可能性としてあると思うんですね。
だからこのパスポートの申請記録というのが大事なんですが、申請記録だけは見つからないそうですね。
出国記録だけは残っているそうなんですね。(会場より「ふ~ん」と言う声)
まずこれ、不思議ですね。

それから先ほども言いましたけども、韓竜大と曹廷楽はハッキリと。
かなり日時もですね時間的なものもハッキリとですね。
韓国へ行ったということをハッキリと言ってるんです。
敵国へ行って軍門に下ったということですね?
一部始終を話したんでしょう。
しかもそれが日本国内においても同じ事をしゃべったと言ったんです。
やってないと言っておきながら、秘密のことをしゃべったと言うんです。
でもそれはあなたには言えないというんですね。

それで曹廷楽に至ってはですね、最後は「逮捕状持って来い!」と。
「日本の警察は俺のことを逮捕していないんだ」と。
「逮捕状を持って来い!」というわけですね?
と言うことは日本の警察は逮捕してないんですから、一部始終を話すことによって罪一等を減じているんでしょうか?
私たちの国にはですね、司法取引制度と言うものは無いんですね。
にも拘らず、超法規的に曹廷楽と韓竜大の二人との間にこういうことが行われていた可能性が、あるな?と。
私ども思わざるを得ません。

それから、この告発されてですね、もう韓の場合2年半経ちますね。
なんか、最近では体悪くなったそうです。
その2年半経った韓竜大が、我々に対してですね。
何の対抗手段も取ってこない。
先ほど来の話から非常に不思議なんです。
にもまして、日本の司法当局は我々の告発を受理しているんですね?
でこれ事実無根あるいは事実誤認があるならば、警察の方が先に捜査したけれども、告発事実にはいささか誤りがあったので捜査は出来ないということを、もしね我々が間違っているんだったらば、やっぱり彼らにも人権があるんだから、やっぱり日本政府として表明するべきですよね?
でもそれはしていない。

あるいは犯罪の事実はあるんだと。
しかし起訴できないんだと。
言わば時効だということですね。
我々は国外移送目的略取という罪でこの2名を告発しております。
この罪の公訴時効は7年でごす。

ただし。
ただしですよ?
これロジックですけども、金正日が主犯であり彼らが従犯である。
あるいは朝鮮労働党の工作責任者が主犯であるというのであれば、国外逃走中というなら公訴時効は消えるんじゃないかな?と言うひとつのロジックは成り立つし。
あるいはもっと時効の長い罪に問えるかもしれないし。
あるいはこれが監禁罪ということであれば、これは犯罪事実は終結していないのでありますから、時効の起算点は発生しないということですから。
果敢にですね今の法律を活用してですね。
実行犯に詰め寄ろうとする姿勢があるならば僕は起訴は可能だと思うんです。
だけど、どうも起訴できないように起訴できないように、こちら側が法律を運用しているとしか、私ども考えられないんですね。

で、もしですね。
道義的責任があるんだけども、法律が無いんだと。
法律が無いから出来ないんだと政府とか司法当局が言うんであればね。
小泉さんが平成14年が9月の17日に訪朝してもう何年経ったんですか?と。
何でその間に法律の不備を国会なり政府は正さないのか?
新しい立法処置を講じないんですか?と。
一体いつまで不作為を続けているんですか?と言う事をですね。
我々としてもどうしても非常におかしいと思います。

これらの告発についてですね、事実上今棚晒しが続いております。
我々にいろんな情報をもたらしてくれた周辺の方たち。
皆様のお名前を公表してもらうことができないし、ここに来てもらうことができないのは、やっぱり恐ろしいからです。
犯人が逮捕されてないからです。
組織の全容が明らかになってないからです。
生活の真横にそういうものが暗闇に広がっていると思えばね、不思議とそこで生きてる人の口を閉ざすんですね。

我々もですね。
そういう失敗をした経験があって大変しかられたことがあるんで、そのことをひとつご披露しますと。
ある情報提供者の約束していたプライバシーがですね。
少しそのお約束が守れなかったと言うことがあった時に、ある在日の人から非常に厳しく叱られました。
日本人には分からないんだと。
だけど我々は今まで突然いなくなった人、あの人はいなくなったけれども、何となくあの人の話はもうしてはいけないんだと言う事を、そういう経験を何とかしたい。
そういう噂を聞いたりしながら生きてきたんだと。
よもや、もう無いと思うけれども、やっぱり自分の子供は可愛いし、家族は可愛い中で貴重な証言をしている以上、そこの所は分かってもらわないと困ると言うことで、非常に厳しく怒られたことがあるんですね。

僕もね、あぁそういうものか?と。
拉致っていうのはそういうものか?ということが改めて実感されました。
最後にひとつね。
今の話に関連して、金田竜光さんと言う方は在日の方ですよね?
金田竜光さんが拉致なのかどうなのか?と言うのはこれからの大きな問題だと思います。

この金田竜光さんが拉致かどうかというものを考える上でひとつ重要な話がありまして、これもですね韓竜大・曹廷楽両方共にですね。
発言しているんですが、いわゆるホウセツ活動と言うのを盛んに行われておったんだそうです。
朝鮮総連の中でも、あるいは洛東江が主導して朝鮮総連にやらせてたりしてたんでしょうけれども。
ホウセツ活動と言うのは在日の、これは朝鮮総連あるいは民団に関わらず、日本で暮らしている在日の青年をですね。
思想をオルグして、洗脳してですね。
韓国に送り込むと。

韓国国内の中でのですね。
様々な政治工作であるとかですね、携わるように携わるように洗脳していくというのをホウセツ活動と言いまして。
韓竜大と曹廷楽のインタビューで面白かったんですけども、彼らに罪の意識が全く無いんです。
あのね、笑っちゃうんですけどね。
曹廷楽はですね。
横田めぐみさんのことについてね、30分くらい怒るんですよ。
許せない!あれは人間としてやってはならんことなんだ!と30分くらい一方的に、聞いてもいないのに本気で怒りだすんですね。(会場より薄笑いの声)

だけど、我々はホウセツはやったよ?と。
それは同じ民族なんだから、というわけですね。
普通にいうとあぁそういうものか?と思うんですけど、考えてみたらこれこそがですね。
このメンタリティこそが、拉致の実行犯のメンタリティ、そういう物に携わった者のメンタリティ。
普通に考えたら、一在日の青年がたまたま何かのきっかけで接点があったのを、ず~っとこう洗脳していってですね。
韓国へ行って韓国国内の非合法な言論活動。
当時は軍事政権でしたから。
それによってたくさんの人間が向こうで捕まったりするんでしょうね?
中には殺されたりする人もいるでしょう。
そういうことをいとも簡単にやってのける。
それにたいして、全く罪の意識が無い。

もしかしたら金田竜光さんと言う人はそのホウセツ活動の中で埋没している可能性もあるし。
そういうものを掘り起こしていくと、この拉致の犯罪と言うのは非常に根深いな、と言うふうにつくづく思う次第です。
私どもこれからも出来るだけ情報をいただいた方のプライバシーを大切にしながら、引き続きこの問題を追いかけて行きたいと思います。
田中実さんの拉致認定は遅きに失したというよりも、通過点にもなりません。
私はこの田中実さんの拉致認定は極めて政治的なものであって、拉致の全容解明。
拉致の完全解決というもののためにはですね。
これで現を抜かす、我々が喜ぶなんて物は全く意味が無いなと思っております。

これからもですね、地元の情報と言うものをしっかりと集めながらですね。
すこしでも真実に近づいて行きたいなと思っておりますのでまたご協力よろしくお願いします。
集会なんですけど、田中実さんの人となりと言う物をお知らせする集会だったんですけども。
田中実さんと言う特殊な境遇と、それと渡辺先生が今日はこちらに運ぶことが出来なかったと言うことでこういうお話となってしまいした。
また今後ともひとつよろしくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)
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西岡力副会長のお話 その1

今の話を聞いていて私も分かっていたつもりなんですけど、すぐ近くに闇があると言う話は確かにそうなのかな?と思いました。
考えて見るとですね、まだ、北朝鮮が拉致を認めて5人が帰って来た訳なんですけど、実行犯を一人も逮捕できてないんです。
誰もいないんです。

今拉致の実行犯として日本政府が名指しで指名手配しているのが3人いるわけですが、シン・ガンスとキム・セホと安部公博ですね。
この3人は北朝鮮にいるわけですけども、その引渡しを日本政府は北朝鮮に求めていて。
安倍晋三幹事長代理は、この3人の引渡しに応じないんだから経済制裁するべきだと、言うことを言っているわけですけども。
今日本政府は16人拉致を認定しているわけですけども、その中で3人しか犯人を特定できていなくて、そして逮捕も出来ていない。

八尾恵さんはどういういう罪名になるのか、主犯でなくて従犯なのか?
まだ逮捕してないんですね。
彼女は自分じゃなくて別の人の裁判で証言したんですね?
私が拉致をしましたと。
彼女の裁判はまだ起きてないわけです。
裁判どころか逮捕状も出てない、テレビで謝ったりしてますけど、法的な裁きを受けていない。(会場より「おかしいよ」の声)
阿部公博が身柄を拘束出来た時に一緒に逮捕しようと思っているふうに思われるんですが、つまり誰もいないということです。

拉致について考えますと日本国内の協力者無しで、これだけ大規模な拉致が出来たんだろうか?
具体的に日本国内の協力者が無ければ出来ない拉致があるわけですね。
海岸から拉致された人たちでなくて、連れて行かれている人たちはそうですよね。
それにも関わらず誰もまだ法的な裁きを与える事が出来ないでいると言うことなんです。
それは長瀬さんが最後に不作為だと言う話をしましたけども、例えば日本の刑法で罰する場合には一人一人しか罰せられないわけですね。

北朝鮮による拉致とは認定できても、あるいは北朝鮮の工作機関の拉致だと認定できても、工作機関を裁判所に立たせることは出来ないんですよね。
どこの誰でという個人でしか裁けないわけです。
ただ今は3人しか特定できていないと言うことで、多分今の曹廷楽と韓竜大を逮捕したら、じゃあ今逮捕したら多分どうなのか?
証拠不十分で起訴できないか、あるいは無罪になってしまう可能性がある。
いうふうに捜査当局が考えている節がある。

しかし日本政府は拉致だと認定したわけですよね?
拉致というのは自分の意思と反して北朝鮮に連れて行かれたということなんですね?
連れて行くという事に関して関与したと言われている人がいるわけですね?
この本に書かれているわけですね、固有名詞が。
日本の法の枠組みの中では逮捕もできないんです。
言うことが現状の中ですね。

だからこそ今でも拉致をした地下組織は生きてるわけですね?
安明進さんから聞いたんですが、70年代の半ばまぁ76年と推定されるんですが、金正日が工作員の現地人化教育の為に現地人を連れて来いと命令をして、拉致が本格化するわけです。
最初はむやみやたらに連れてきたんです。
朝鮮語で「マグジャビ」と言うんですが、マグジャビで連れてきたと。
そしたら教師として使えない人もいたと。
精神的に安定していない人、学歴の面で使えない人、思想的に使えない人がいたと。
それで日本国内の協力者に頼んで、人の選定をしてもらったと。
その後は上手く行ったと。
いうふうに金正日政治軍事大学の教官から聞いたと。
言っているわけです。

で、田中さんのケースは後者に当たるわけですね。
洛東江と言う組織が、じゃぁ今名前の出ている3人だけの組織なのか?
じゃあ洛東江以外にどれくらい組織があるのか?
あるいは今日飯塚さん来てらっしゃいますけど、田口八重子さんを高田馬場のベビーホテルに子供を預けてどこか海岸に連れて行ったのは誰なのか?
分かってないんですね?

もっと深刻なのはですね。
森と黒田と言うよど号の妻がいますね?
それが近く帰ってくるかもしれないんです。
帰ってきたとしても拉致で逮捕できない可能性がある。
つまり今の所彼女たちを拉致で指名手配してないんですね?
阿部公博については有本恵子さん拉致で指名手配していて、北朝鮮当局に身柄引き渡しを拉致を理由に求めてるんですけど、森と黒田はそうでなくて旅券法違反だと。
旅券法違反でしか逮捕できなかったとすれば、今しきりによど号グループは色々反論しているわけですけども。
有本さん拉致に八尾が加担したのはもしかしたら事実かもしれないと。
しかしそれ以外は全く事実無根だと、言ってるわけですね。
逮捕できなかったとすると、彼らの言ってることが正しいんじゃないか?と。

日本政府は黒田と森の身柄は捕るんですね?
入ってきたら、逮捕するんです。
取調べはするんです。
取調べをした結果、拉致では起訴できないんです。
言うことが起きる公算が、今現在は、つまり阿部公博については指名手配してるのに、してないんですから。
何か決定的な証拠を隠しているということがない限り、あるいは証拠が出てこない限り、そうなる可能性が高い。
つまり拉致認定と言うのは、犯人逮捕ではないんですね。
北朝鮮による拉致ということでやっと拉致認定できたわけで、認定されていて犯人の名前が分かっていて、逮捕できていない。
というのが、田中実事件ですよね?
だから彼らはうそぶいてるんですね。
日本の警察に事情は話したと。
で自分はちゃんとこういう自由の身でいるんだから、こっちの本に書いてある事は嘘なんだと。

絶対深刻な問題だと思うんですけども、拉致という国家が命令して組織的に行われるテロに対して、刑法で、一人ひとりの個人で裁く刑法で対応できるのか?ってことですね。
実は日本も、日本国内で刑法で対応できない時のための法律があるわけです。
破壊活動防止法と言う法律を日本国は持っているわけですね。
組織がですね、組織として日本国内の治安を乱そうとする。
体制を転覆させようとする活動をする。
組織として毒ガスを作ってですね、地下鉄で撒く。
言う事をやった場合はその組織を解散すると。
個人が特定できなくてもですよ?
組織に対して解散命令を出す。
そういうことの可能性のある組織については、専門の機関を作って監視すると。
言うのが破壊活動防止法ですよね?

それで公安調査庁という警察とは全然別の組織があるわけです。
それは組織が組織的に治安転覆活動をやった場合には、刑法では間に合わないと言う認識があるわけです。
それを日本国内でオウムのように監視が出来る組織の法律なんですね。
海外に拠点のある、朝鮮労働党が命令して拉致をしたわけです。
朝鮮労働党は拉致の目的のひとつがテロだったわけで、115人も殺したわけです。
ラングーンでも爆弾を爆発させてますよね?
まだ、朝鮮労働党に破防法をかけて解散命令を出すのは・・・(会場内少しクスクス笑い)
それは日本国内でしか出来ないわけです。
普通の国は防諜機関があるわけですね。
国家対国家の関係で謀略をやったりテロをやったりすると。
国家同士で。

つまり日本はオウム真理教や過激派の左翼や右翼の過激派みたいのを監視するわけですよ。
もっと危ないのはテロ国家です。
実際に拉致をしたんですから。
それに対しては刑法でしか適応してない。
だから長瀬さんが最後に言ったような事が起きるわけですね。
拉致認定してるのに、長瀬さんたちが犯人の所に行って一時間半くらいテープを録って来るけれど、警察は逮捕できない。
どこにいるか分かってるわけです。
堂々と暮らしているんです。

彼らに言わせれば、法治国家で自分たちが捕まえられていないと言う事は、推定無罪だと言う事ですね。
有本のお父さんはいつもそう言って、「法律変えても拷問でもせい!」っていつも言うんですけど。
「なにやってるんだ!」と。
そういう気持ちは分かりますよね?
目の前に犯人がいて、出来ないわけですよ、何にも。
(会場より「名前とか電話番号、教えて欲しいですよ。インターネットに書いちゃう」の声)
あの~~、そういう固有名詞が出てなんとかという事になるとこれはリンチになっちゃうんですね?
今そういうことしか出来ないのか?ということになっちゃう。

つまり基本的な問題は日本に防諜機関が無いということです。
謀略を仕掛けられたとき、情報機関が無いということです。(会場より「甘いね」の声)
テロを仕掛けられるんですよ、国家と言うのは。
こちらがテロをする必要はないですけれども、テロに対して守るには破防法かもうちょっと、つまり組織が組織としてテロをするんだと。
金賢姫一人死刑にしてもテロは無くならないんですよ。
命令した人間が問題なんで。

ただ暴力団についても暴対法というのを作ってるわけですね?
組織を相手にした法律があるわけです。
しかし、日本人を拉致した相手に対しては、無いんですね。
で、警察と外務省はそれぞれの枠の中でしか、取りあえず無いと。
金正日が拉致を認めて大きく進展したように見えてますけど、いま今日の話で一番良く分かるのは誰も捕まってないということです。
裁判も起きてないです。
誰も起訴されてない。
そして時は過ぎていくわけですね。

田中実さんの拉致認定について言うとですね、私は若干長瀬さんと違って少しは進展したんじゃないかとみるべきじゃないか?と言う意見なんですが。
私の見方は、警察と首相官邸との大変な深刻な対立があって、警察が勝ったということじゃないかと思います。
去年の2月くらいから警察庁の幹部が田中実さんと小住健三さんは認定ほぼ間違いないんだと。
後は政治的決断だけだと、言う話をしていると言うリーク情報が流れてくる。
我々も耳にするから、こういうところで何でしないんだ?と。
実際にその警察庁の幹部がそういう話をしていたようです。
何でするのか?ということですよね。
政府の中に居ながら、政府のやってる事をに不満を覚えていると、警察庁の捜査機関のトップがそういうことを言うんです。
異例中の異例ですよね?

今の法律の中でできる事と出来ないことがあるわけですね。
認定は警察は出来ないんです。
しかし、去年進んだのは新しく認定する方向じゃなくて、首相が2回目の訪朝をする方向だったんです。
首相の2回目の訪朝、そして参議院議員の前に蓮池さんや地村さんや曾我さんのご家族が帰ってくる。
言う事の為に官邸が動いていたのは間違いがないですから。
その中で政治的な決断として、認定がされない。
それにたいして不満がある部署が情報をリークして、世論を使おうとしている。
結局首相が訪朝して子供たちが帰ってきて、参議院選挙の前だから、総理大臣が朝鮮総連の大会にメッセージを出したんです。
自民党総裁の名前ですけどね。

その朝鮮総連というのはどういう組織か?と言うと、この今の地下組織とつながってるのが朝鮮総連なわけです。
破防法で朝鮮総連見張られているわけです。
先ほどの破壊活動防止法で監視の対象になってるんです。
そしてこの張龍雲さんはもともと朝鮮総連の商工会に勤めてたわけですね。
60年代に勤めてて、神戸の税務署に乗り込んで机叩いてパチンコ屋さんとか焼肉屋さんの税金を、日本は36年間ひどいことをしたんだから、こんな高い税金払えないと言って負けさせてですね。
そのお金と洛東江に入れてたんです。
だから財務担当だったんです。
日本の税務署で払われるべき税金が払われなくて、日本人を拉致する資金源になってたんです。(会場より「え~?」と言う声)

だから彼はその事を書いてるんですね?
その部分は彼がやった事ですから。
拉致は彼がやった事ではないから聞いた話なんですけども、その税務署との関係は自分がやった事ですからね。
だからさっき言ったように財務担当なんですね、彼はね。
そういうことをやっていた朝鮮総連を調べるために法律を作るとか、朝鮮総連の背後にある組織を調べるんじゃなくて、大会にメッセージを出した。
それが小泉総理が昨年の5月以降にやった事で。

金正日としても実は日本国内にある組織を守る事は重大なことなわけです。
去年の5月に小泉総理が北朝鮮に行ったとき、在日朝鮮人に対する差別を無くすと言う事が言及があったわけです。
差別というのは何かと言うと、こういう事を調べられる事が差別だという。(会場より溜息の声)
法律を普通に適用されない事がなぜ差別になるのか?
しかしまぁ、そういうことが起きて、そして小泉訪朝のあと家族が帰ってきて。
参議院選挙前に帰ってきて、朝鮮総連にメッセージを出すのと、どうか分かりませんけどそういうことがあって。
再調査が行われていたので、北朝鮮を刺激したくないということで認定がずっと遅れてきた。

しかし偽の遺骨が来たわけですね。
日本政府もけしからんという事になって、12月の24日に北朝鮮の出してきた証拠は全く根拠がないと。
誠実に迅速な対応を求めると、それがなければ厳しい対応をすると、官房長官が話をしたわけですけども。
その後、認定は今度起きなかった。
そして5月に認定されたわけですけど。
その時田中さんだけだったんですね。
小住さんは認定されなかった。
当時最初から田中さんと小住さんと言われていたのに、何で田中さんなのかなと?
色々当時の警察の出した資料を見て色々考えるんですけどね。

今言ったのは私の仮説ですけどね。
新しい情報があったから認定できたと言ってるんですね。
新しい情報と言うのは2月くらいらしいんですが、田中さんの知り合いの方複数の方が当時田中さんが北朝鮮に行って中華料理を作るとか、北朝鮮に行けばお金が入るとか。
北朝鮮と言う事を話していたと言う証言がこの2月くらいに取れたと。
しかしそれも、事実のようですが、新しい物を何か取ったんですね。
そして認定となったと。
そう書いてあるんですね。
警察の発表にはそう書いてある。
新しい事があった。

最初は曹廷楽が何か新しいことを言ったのか?と思ったらそうではないんですね?
小住さんは認定されなかったんですね。
これはどう見るべきか?ということなんですけど、つまり今の時点で小住さんと田中さんを一緒に認定したらどうなるか。
じゃあなぜ今なのか?
去年一年間政治的に参議院選挙や朝鮮総連などのパーティーにメッセージを出したりするのに政治的な判断で遅らせたんじゃないか?と言われてるんです。
それに対してちゃんと反論できるためには何か新しい材料はないか?と。

田中さんは新しい材料が出てきた。
新しい材料が出てきたから、認定したんですよと言う論理が通じる仕組みを警察が作ったと。
警察は両方やりたかったから情報リークして世論を盛り上げておいて、官邸を圧迫して、完全にもうひとつ逃げ道を作って。
新しいのが出来ましたから、官邸は非難されないようなやり方で認定が出来ますよ、と言ったんじゃないか?
でもそういうことしか今の法の枠組みで出来ないとすれば、警察も悔しい思いをしているんじゃないか?と私は推測しています。

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西岡力副会長のお話 その2


そうすると今の仮説が正しいとすると小住さんの認定というのは大変難しいと。
新しい物が出てこないで今やると認定の基準が何なのか?
今裁判が起きてますよね?
そこで明らかにしなきゃならなくなるわけですけども。
今の段階では(認定)出来なくて、新しい物が出来たら(認定)するんだという枠組みを崩すと。
金正日を刺激したくない時は(認定)出来なくて、金正日を刺激しても良いという時は(認定)出来るんだと。(会場内小さな笑い声)
いうことになるわけで。
そんな事言えないでしょうから、小住さんのことについても情報を集めたりする事は必要でしょうけども、基本的にはこの枠組みでは、犯人・金正日が拉致を認めたのに。
そして被害者が5人帰ってきて拉致された事が明らかになっているのに、誰も逮捕出来てないんです。
このまま行けばこのまま終わってしまうんですね。

長瀬さん時効の話をしましたけれども。
今の警察庁長官、漆間さんが2002年の3月に参議院の防衛外交委員会で答弁しているんですが。
有本恵子さん事件に関する八尾恵ですね。
八尾恵の容疑は時効が成立していないと。
その解釈は、有本さんがまだ帰ってきてないので犯罪行為が終わっていない。
誘拐罪であれば人質が解放されるまで、犯罪は続いているという解釈ですね。
という事を、言ってるんですね。
にも拘らず八尾恵をまだ逮捕していないのは、あるタイミングでやろうと思ってるんだろうな?と言うふうに思うんですが。
しかしそれも解釈ですよ?
しかしそれも帰ってきたときどうなるか?ね。

このまま普通に解釈すれば時が経てば、刑法で言えば時効というのがありますよね?
八尾みたいに日本に帰ってきちゃった人間は時効が進むんですよね。
黒田も森も帰ってきて、8年経てばもう時効になっちゃうと。
この今の法律の体系では、誰も裁かれないで終わってしまうことも有り得る。
本当に悔しい思いがするんですけども。
じゃあ、いったい日本国はどうするのか?ということなんですよね?
本当は拉致特別委員会でこういうことを真剣に話をしてもらいたい。

犯人も目の前に。
田中実さんが拉致認定されたとき、犯人がいるのに逮捕できないのは一体どう考えれば良いのか?
衆議院特別委員会には曹廷楽と韓竜大を参考人に呼んで欲しいと、家族会と救う会で申し入れをしてあります。
理事会は今検討しているという所だと言いますが、まだ呼ぶというというアクションさえしてないんですね。
呼ぶというアクションをして拒否された・・・(聞き取れず)かもしれませんけれども。
彼らは日本で合法的に住もうと思うのならば、偽証罪が成立する所でちゃんと話をしろと。
いうふうに僕らは強く言いたいと思っていますけども。
まだまだ闇は深くて、それがだから日本の中に潜伏しているということですね。
(会場より「やだね」「いや~、恐ろしい」の声)

安明進さんは日本国内の地下に潜入している工作員を、300人だというふうに政治軍事大学で聞いたと。(「ほぉ~」の声)
言ってます。
(会場より「今日誰か来てるんじゃないの?」の声)
分かりません。
ただし、北朝鮮から来た人だけじゃなくて、朝鮮総連の青年組織の人間が、工作船などに乗って行って
軍事訓練を受けると。
そして帰ってきた人も入っているというふうに、政治軍事大学で聞いたと。
いうふうに言ってます。
一部警察も掴んでると。
24時間尾行している人もいるという話を聞いてます。
実は闇の中でも戦いは続いていて、全然分かってないわけじゃないんですけど。
しかし、法治国家として今の刑法では北朝鮮の工作員だからと言って逮捕できないんです。
逮捕できるとすれば不法入国ですね。
今までも日本の警察は不法入国で逮捕しましたけども、その人たちはそのまま(北朝鮮へ)帰るんです。

よど号の妻たちだけじゃなくて、子供たちも帰って来てますよね?
日本政府は子供たちに旅券を出してるんです。
家族連座制と言うのは無いですから。
その子供たちがだいたい交代で月に一回くらい平壌に今行ってるんです。(「え~?」「おかしいじゃんこんなの、スパイじゃない」の声)
だからメッセージを伝えるのに、一番良いのは人から人なんですね?(「げ~!」と言う声)
電話や手紙や、メールも誰かが見るかもしれない。
・・・(聞き取れず)の能力があったらいろんなことが出来ますから。

しかし人から人へというのは絶対大丈夫ですから。
帰ったよど号の人たちと、北朝鮮にいるよど号の人たちをひと月に一回くらいは人を通じて話が出来ると。(「ふ~ん」と言う声)
しかし日本は憲法の下、人権が保障されていますから、親がスパイだからといって。
つまり親が旅券法違反の有罪者というだけですよね?
執行猶予がついてる親の子供だからといって、パスポートを出さないということは出来ない。
(「冗談じゃない」の声)
しかし、めぐみさんたちは帰ってこられない。

これは最近韓国のそういう情報関係の人から聞いた話ですけども、同じ事を言われたんですけども。
日本は全く分かっていないと。
平島さんという日本人妻が北朝鮮に帰りましたよね?
北朝鮮に家族がいる人たちが一番弱いのは家族の身に何か起こるって事だと言われることだと。
本人の意思云々を北朝鮮にいる人たちが考えるという事事態がおかしな話で。
今北朝鮮は遺骨の問題で日本から攻められているので、どうも自分の意思で日本に帰ってきた日本人妻が実は自分の意思じゃなくて(日本に)拉致されたと。
言わせるような謀略を考えているようだと。

その人の私が間接的に聞いた話では、確認取れてないんですが。
もう一人日本人妻で平島さんと同じように帰ってきた人が、今中国に出ているという情報があります。
その人が突然記者会見して、「将軍様、万歳!」と。
日本に出てきた事は拉致されたのだと、言う可能性があります。
実は平島さんは日本人妻とたくさん会ってるんですね。
どこに誰がいるか知っていて、その情報を持って帰ったわけです。(「危ないな~」の声)
日本人妻の人たちがマスコミの前に出るのを一所懸命に避けるのは、自分が日本にいるのか中国にいるのか北朝鮮国内で行方不明になっているのか?
北朝鮮当局は掴んでないんですね。

日本にいる事が分かると家族の身の上に何があるかも知れないし、家族を使って脅迫されるかもしれない。
という国で。
つまり向こうは組織を挙げて謀略をするわけです。
弱いところを突いてくるんです。
それに対して刑法で一人一人特定して、平島さんについて言うなら脅迫罪で、誰が子供の事を手紙に書いたのか?電話をしてきたか?
それを誰々の誰ベェと特定しなければ、犯罪としては扱えない。
本人が記者会見してるんだから、本人に聞いて見なければ本人の意思かどうか分からないなんて言ってると、どんどんどんどん向こうは意思を持って謀略を仕掛けてくると。

それは寺越さんについても同じですよね?
寺越武志さんもお母さんとご本人が認定してくれるなと言ってるから認定しないと。
寺越さんは向こうに家族がいるし、日本に来た時も家族が北朝鮮にいたわけですね?
そういうときに本人の意思が自由意志なのかどうか?
国家として考えれば分かるはずなんですけども。
そういうことを判断できる組織がないわけです。

アメリカは今、下院の外交委員長が下院に出した日本人・韓国人の拉致問題の決議案で、寺越事件も拉致だと認めてるんです。
上院と下院と両方あわせて決議をすると言ってるんですね。
それを寺越さんのお母さんや武志さんにインタビューした結果じゃないんです。
状況を見てアメリカ議会として拉致だと思う、ということなんです。
家族が向こうにいる人にインタビューして本当のことを言うなんて思ってないから、そんな事はしない。

日本がその立場に立ってたのは、中山恭子参与がいたときに5人が帰ってきて。
2週間の予定で帰るといったときに、本人の意思ではなくて日本国として残しておくと決定したんですね。
それは本人と家族が一緒にならなければ、本人の意思の表明ができないという国家の判断があったんです。
じゃあ寺越事件についてなぜそれをしないのか?
平島さんについてなぜそれをしないのか?
ということをしなければどんどんどんどん、彼らの謀略戦術は続いていきますよね。

そして本人たちが自供するか、証拠がなけれが有罪にできない。
国家犯罪は、組織犯罪はどんどん続いていく、という悔しい状況で。
我々民間機関が情報を集めるなんて言ったって、ほとんどごまめの歯軋りみたいな物で。
何も出来ないですけども、おかしいではないか?と言い続けることは出来るんです。
やっぱり、ぽっかりとどこかまだ穴が開いていると。
見ない振りをしてますけど、日本国内に拉致の犯人はいると。
金正日の命令があれば、日本国内で爆弾を爆発させるような事ができる人たちが300人位はいると。
それがテロ国家だという事なんですね。

しかしそういうテロ国家に対して、最近一番思っている事は、昨日もワールドカップのサッカーの試合がありましたけども。
日本と北朝鮮が国際的な所で試合出来るんですよね?
まぁ、あれはFIFAという国際サッカー連盟に入っているからしょうがないと言えるかも知れませんが。
今度は何ですか、東アジアカップとか言って、日本と韓国と中国と北朝鮮で試合をするっていうんでしょ?
北朝鮮とスポーツ交流できるような、国と国との関係なのか?ということなんですよ。
戦争してたら、スポーツ交流なんか出来ないですよね?
アメリカと中国は、最初卓球交流と言うのをやったんですね?
大変敵対的な関係だったけど、ある段階に来てニクソン訪中の前に卓球交流をやったんですね。
国と国の関係が悪くなればスポーツ交流なんて出来ないんです。

しかし今の日本と北朝鮮の関係は、北朝鮮の国会議員が日本に6人住んで自由に行き来できると。
万景峰号も自由に新潟に入ってこられると。
北朝鮮と日本は有効の為にスポーツ交流をすると。
北朝鮮の歌劇団が来ると、地方自治体が支援金出して後援して、なんかいろんなところで北朝鮮の芸術が披露されて友好が図られる。
何も問題が無いかのような事が過ぎていくんですね。

実際は犯人は誰も逮捕できない。
地下組織が日本国内にあって、るみ子さんや八重子さんやめぐみさんたちがまだ帰って来られないのに、総理大臣が今年も今度は総連の50周年の記念パーティーにメッセージを出したと。
これ、普通の国と国の関係ですよね?
あたかも何も起きていないかのように、皆振舞っている。

で、今日お配りしましたけども、座り込みの実施についてという・・・(会場内ガサガサとチラシを広げる音)
我々は今日本と北朝鮮の関係が許す事のできないくらい悪化していると思っています。
異常な関係だと思っています。
現状維持は絶対許されないくらいひどく悪化していると思っています。
普通に過ぎていく事は絶対に許してはいけない状況だと思っています。
日本政府、法律が未整備の中でも3人の犯人を北朝鮮に引渡しを求めてるんですよね?
シン・ガンスとキム・セホと阿部公博ですね。
それを北朝鮮は返さないわけです。

シン・ガンスは2000年に、韓国にいたのに北朝鮮に送られてしまったんですね?
そのシンを送った大統領というのが日本に来て東京大学で、朝日新聞とトヨタ財団の後援でシンポジウムに出て堂々と話をすると。
その東アジア情勢のシンポジウムでは、拉致問題は一言も話をされないと。
そして同じ時期小泉総理は、総連のパーティーにメッセージを出して。
シン・ガンスが北朝鮮に送られた事は大変遺憾な事で、そしてその北朝鮮にいるシン・ガンスを日本に送らない事は大変な遺憾な事だと思ってたならば、こんな事は出来ないわけですね。

余りにも日常生活が日常生活で回っているので、闇の存在を気付いていない。
気付いているのは家族だけなんです。
帰って来れない人たちは分かってるんですね?
自分の家族の中にポッカリ闇が開いてるんですから。
どこにいるのか分からなくて、今消息も全く分からない20何年間かが過ぎてるわけですけども。
同じ北朝鮮に対して、何もしないと。
いうのは絶対に我慢できないと言うふうに、この間週末に家族会と救う会の幹事会を開きまして、議論しました。
我々は今の状態が良いとは絶対に思わない。
今のまま放棄すると現状を我々も認めている事になってしまう。

横田滋さんが記者会見で、座り込みをするのは本意ではないと。
経済制裁も本位ではないけれど、このまま何も起きないで過ごすと拉致問題がうやむやになってしまうかも知れないと思って、やむにやまれす座り込みを決断しました、と仰ってましたけど。
同じ気持ちです。
普通に北朝鮮とのサッカーが出来て、船が入ってきて貿易も出来て。
朝鮮総連の人は自由に行き来が出来て。
拉致をしたグループの子供は、月に一回パスポートを持って(北朝鮮に)行って相談して、また帰ってくると。
日本の中にいる犯人も捕まらないと。

法治国家ですから、法に基づく事しか出来ないとしても、世論があって選挙があってですね。
民主主義の結果、制裁法と言うのができたわけですね?
去年、国会は制裁法を作ったわけですから。
北朝鮮の船を止める事ができるわけです。
制裁法は議員立法だったんですけども、制裁法を提案した議員の人たちは、制裁発動の理由に日本人拉致問題が入ると。
提案者たちは言ってるんです。

だから後は総理の決断だけなんですね。
決断をしないということは、この問題はそれほど重大な問題ではないということです。
重大な問題ではないと考えている、ということですね。
我々は重大な問題だと考えている。
今の普通の日常はおかしいと思う。
ですから今の普通に過ごされていて、これが6ヶ月経っても何も起きなくて、7ヶ月8ヶ月ということは絶対に許されないと。

そう思って6月の24日午前10時から首相官邸の近くで、まぁ、喧嘩をするつもりはありませんから。
警察ともみ合うような場所じゃなくて、通常他の人・グループが許されているような所で座り込みをやろうと思ってます。
まぁ議員会館の前あたりの道を考えています。
ご家族の方は5年前に比べて5年歳を取られてですね。
皆さん高齢で首が痛いとか足が痛いとかいろんな方がたくさんいらっしゃる中、決断するのは少し迷いましたけど。

そういう人たちでも、家族の人たちには闇が見えているんですよ。
おかしいと。
このまま時間が普通に過ぎていく事は許されないと。
このまま日本国内で曹廷楽や韓竜大が普通に過ごして、畳の上で天国へ行くというのはおかしいじゃないか?
田中さん帰って来られないのに。
で組織犯罪ですから、北朝鮮と言う国がやったんですから。
北朝鮮に対してNOと言うには今制裁法案持ってるんですから、万景峰号を止めると。
貿易を止めるという事をやって欲しいと。
北朝鮮の国会議員の自由往来をとめることをやって欲しいと。
その要求を持って、座り込みをします。

集会じゃないのでですね。
道路使用許可を取って集会をやるというわけじゃないので、何月何日集合、皆さん不特定多数の人が来てくださいという事ではないんですが、我々は座り込みをします。
横の道は空いてると思います。(笑い声)
それぞれ自分の意思で来てくださる方は、その道の横にお座りくださるのは国民の意思だと思います。
どのくらいの方が来てくださるのか?
今のままで時間が流れていく事は許せないと思う方は、ぜひいっしょに来て頂きたいと思います。(拍手)
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増元照明事務局長のお話


古川了子さんの裁判が先日始まりました。
この田中実さんの認定にも関係があるんですが、田中実さん認定が4月25日です。
発表したのがここ半年ほどで一番騒々しい出来事、JR西日本の事故があって、その日にぶつけて来たのかな?という、そんな感覚でいるんですが。
事故の方が大きくなって、田中実さんの認定の報道の方が小さくなった。
それくらい考えたんですが。
で、調査会の方では、田中実さんの認定は古川了子さんの裁判と言うかそれを提訴したからではないか?
先日裁判所でちょっと聞いたんですけど、政府はこちらからの提訴に関して、向こうの要望書。
とにかく提出した書類を見るとまずその私たちの提訴を忌避して頂きたいという、その要請があったということです。

つまりこれは自分たちが一生懸命やってるんだから、それは当然やっているのだから、裁判で争う必要はないでしょうと。
で、その結果として、田中実さんを認定しているではないですか?と。
そういう言い訳に使われているのではないかな?と、いうことを言われております。
それくらいちょっと姑息ではないか?と、私は思うんです。

政府のやり方は非常に姑息で、小泉再訪朝の時もそうですけども、私は二日前に聞いておりました。
まず食糧支援をやる事と、それからふたつ官邸サイドで。
もうひとつはなぜか意味が良く分からなかったんですけど、在日朝鮮人の差別を対して非常に・・・(聞き取れず)
この二つです。

なぜ?あの時この二つをやらなければならなかったのか?
今言っているように、朝鮮総連へのメッセージもひとつ入ってますし。
更に全国で行われている朝鮮総連の施設に対する課税。
あれの動きを止める意味合いもあったのではないか?
しばらくは止まっておりましたけど、また再燃しておりますので。
朝鮮総連の施設に対する免税措置は、普通の適正化ということで、やはりしっかりやっていただかなければならないと考えています。

田中実さんの認定の中で、先ほど長瀬さんのお話にあった中で張龍雲と言う人が出てきましたけど。
去年の12月の増元るみ子の集会の中で出てた、あの時私の姉に子供がいるという祐木子さんの話。
あの時この場で私言ったはずなんですが、3つの方向から子供がいるという話を聞いて、ひとつは祐木子さんなんです。
ひとつはこの張龍雲さんからの話なんですね。
張龍雲さんに、兵本さんと言う方皆さんご存知だと思うんですけど。
兵本さんが張龍雲さんからしつこく聞いて、市川さんとうちの姉に子供がいる。
何人いるんだ?と聞いたら、二人。
祐木子さんは子供がいるとしか聞いていません。
その後もうひとつ平成12年に入ってきた別の情報も、子供がありとしか書いてないんですけども。
張龍雲は二人と言ったそうです
そういうこともある。
この拉致という問題、色々な人間が絡んで色々な情報が錯綜しているという事なんでしょうけれど。

とにかくこの現状、明日は万景峰号が入ってきますので、これから新潟の方へ行きますけども。
万景峰号の入港を阻止するのは経済制裁とかそういうのではなくて、小泉さんが一言言えばいいんです。
拉致被害者を全員返すまでこの船を入港させませんと。
入港を求めるんだったら、拉致被害者を全員返しなさい。
そして大型工作船である危険な船であるというふうに認定すれば、小泉さんが認めれば入れる事を拒否する事が出来る。
経済制裁でもなんでもなくて。
普通の一般の船ではなくてあの船は危険な船であると、私たちは認識しているはずなんですけど、小泉さんは認識していません。
新潟県民も余り認識してないようですけども。
北側国交相も認識してないでしょう。
あの船は大型工作船であるということを、私たちもっと広めていかなければならない。
そしてあそこの新潟埠頭でもっと大きな声を上げていかなければならないという事で、今日これから行って参ります。

それでは先ほど24.5.6、私たちは座り込みをやります。
同じ思いの人が集まってるのを誰も止める事は出来ません。
ただ意図的に混乱を作る方が出てくる可能性があります。
それに対しては厳しく対処していきたいと思います。
私たちと同じようにお思いの方がいらっしゃたら、粛々とやりましょう。
お願いします。(拍手)
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飯塚繁雄副代表のお話


皆さんこんばんは。(拍手)
いつも大変応援いただきましてありがとうございます。
今日は田中実さんの色々な状況についてとか、それについては私も今日初めて詳しい事情を知りました。
こういった事情を持った人がまだまだたくさんいると。
しかももう間違いが無いと判断された方が、33人います。
先日支援室を訪れまして、政府官邸に申し入れ書を出しました。
その中で我々調査会が申請した人を早く認定してくださいという事であります。
それとこの問題に関して、我々の願いを更に小泉さんに伝えるために、ぜひ会いたいという申し入れもしました。
しかしながら伝達なんですけれど「私は家族の人たちともう3回会った。もう会いません」と、こういう返事なんですね。(冷ややかな感じの笑い声)

ですから、そういうことを色々考えますと、今日西岡先生の解説にも色々説明ありましたけれど。
我々今までいろんな活動で頑張って参りましたけど、一体何をすれば良いのか?
言うようなことにだんだん突き詰められまして、もはや今の状況を見ると、小泉総理が我々の対応する唯一の人だと。
ここではちょっと言葉を控えますけども、そういう状態になって来てますね。
経済制裁につきましても段取りは全て出来てるそうです。
総理の一声があればいろんなケースの制裁が即発動できるという段取りが出来てると、いうことも聞いております。
私たちもう我慢の限界だと、いう時期が何回も来てるんですが。
ここに至っては、この拉致問題解決するのかな?と、言う不安も感じますが。
やはりそうはいってもやるだけはやっておかないと我々の気持ち、皆さんの応援がありまして今回座り込みやりますけども。

実際これをやるについては論議ありました。
それから議員の先生方からも色々言われました。
それで官房長官に向かって、こんなかわいそうな家族を座り込みまでさせるんですか?
同じような発言もありましたし。
それを聞いてどう思ったか分かりませんが。
確かに横田夫妻、私も少しはそうですけど歳を取って体中が痛い。
本当に座り込みなんかさせるのは大変な判断なんですね。
可哀想なんです。
まぁそれでもやらなきゃならないという今時期にありますので、我々ちょっと3日間座り込みという形で、抗議やりますので。

これはあの怒鳴り込みとかそういうのじゃなくて、粛々とメッセージを掲げながら訴えていくと。
いう形にしたいと思いますので、ぜひ皆様も何らかの形で応援いただければ大変ありがたく思います。
こんな事件がですね。
もっと10年くらい前に発覚してどんどん進展すれば、もっともっと特定者の人たちの情報もハッキリと分かっただろうし、私たちの家族も早い解決につながったんではないか?というふうに悔やまれますが。
今となってはそれを挽回させるような・・・(聞き取れず)は無いと。
いうことでそういった覚悟でこれからもやっていきますので、ぜひ相変わらずの皆さんご支援・ご支持をよろしくお願いします。
ありがとうございます。(拍手)
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