カテゴリー「古川了子さん訴訟関連」の記事

2006年11月23日 (木)

古川了子さん第8回行政訴訟報告会(1)

古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟報告会(第8回)
06.11.1 東京弁護士会館にて

『斉藤・二瓶両弁護士による裁判報告』

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(写真左は二瓶弁護士、右が斉藤弁護士)

★川人博弁護士

それでは始めたいと思います。
古川さんの拉致被害者の認定請求訴訟の報告会をします。
進行を行います弁護士の川人と申します。

まずですね、今日の内容について、大体皆さん法廷の中には入れたんでしょうか?
入れていない?
そうすると今日法廷の中に入れなかった方が多いと思いますので初めに法廷の内容について、今日証人尋問を担当した斉藤弁護士と二瓶弁護士の方からそれぞれお話・報告をしたいと思います。
それで、併せて証人台に立った安明進さんと竹下さんの方から挨拶をしていただきたいと思います。
じゃあまず、今日の法廷の内容の方から。
斉藤さん。

(写真左は二瓶弁護士、右が斉藤弁護士)

★斉藤健兒弁護士

弁護士の斉藤です。
安明進さんの証言の担当をしました。
安さんは今朝9時半でしたか?
ソウルの飛行場を発って今日の証言のために駆けつけてくれました。

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証言の中心は皆様のお手元にもあると思いますが、安さんが当時古川了子さんと思われる女性と遭遇した現場の略図、これは2002年12月の6日にソウルで竹下さんと荒木さんとそれから安さんとが初めて目撃情報の確認を行ったんですが、その時安さんが手書きでですね。
こういった地図を描いて説明した。
この図面をそのまま使いまして、その時どういう状況で会ったのか?というのをひとつひとつ証言してもらいました。
安さんは非情に韓国から中々来るのは大変な状況ですが、本当に貴重な証言を頂いてありがとうございます。
以上です。

★二瓶弁護士

原告の竹下さんの尋問を担当した弁護士の二瓶です。
法廷でお聞きになった方は大体流れがお分かりになったと思うんですけども、大体かいつまんで言いますと了子さんが失踪したときの状況ですね。
をまずは聞きまして、その後は了子さんが失踪した後の状況など。
これについては尋ね人で全国紙の朝日新聞に出したと。
あるいは当時蒸発コーナーだったんですけどご両親がテレビに出演して訴えをしたと。
しかし、全く情報は一切無い。
通常でしたら国内で起こった事件であれば、似たような人を見たとかですね。
それらしいものがあってもおかしくないが、そういうことも全く無い、いうことですね。

しかしながら古川さんの話は、了子さんは事故か事件に巻き込まれたと家族は思ってきたんですけども、その後ですね。
安明進さんが横田めぐみさんの事件でフジテレビに出て、それで証言をしていたと。
それを聞いてお母さんが「もしかしたら自分の娘も拉致されたのではないか?」というふうに初めてそのテレビを見て思ったんですね。
そして写真を添えて失踪したときの状況を書いて、それをテレビの担当者の方に手紙を出しましたですね。
そしてその手紙を出した事によって初めてですね。
重要な情報が浮かび上がった。
それはディレクターの方がわざわざ古川さんの家まで行って、「安さんに写真を見せたところ、自分が平壌の病院で見た女性と非常によく似ているということを証言した」という、そういう情報です。

それを安さんに対してですね。
1枚の写真を見せたのではなくて他に20人くらいの別人の写真を見せている。
そういう中から1枚の写真を取り出して「これは自分が平壌の病院で見た女性の写真だ」、こういう事なんです。
かなりそういう意味ではですね。
信憑性の高い情報だと当然考えられますし、その事によって是非安さんに直接会いたいとディレクターにお願いした。
そしてソウルでお会いしたとこういう流れになります。

そこで安さんに会ったところ、本当に瓜二つだったということで、お姉さんが了子さんときょうだい、まさに事実きょうだいなんですけどもきょうだいくらいに似ていた、本当に良く似ていると。
その話を・・・・(聞き取れず)いう事を・・・・(聞き取れず)。
いうふうなことでその経過については安さんも証言しているし、私どももそれを補充する形でですね。
証言をしました。

そういう形で一日も早くですね。
これだけ明白な事をですね。
日本政府は認定をしてですね。
そして早期救出に向かってですね。
是非早く働きかけをして欲しいという事を最後に強くお願いして来たわけですけども、大変分かりやすくですね。
皆さん聞いていてこの事件の本質を、あるいは家族の思いがどれくらいのものであるかと言うのをよく理解してもらえただろうというふうに思います。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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古川了子さん第8回行政訴訟報告会(2)

   『安明進氏のお話』

★川人弁護士

どうしましょうか?
この甲29号証について、お持ちで無い方も多いと思いますが、もうちょっと詳しく・・・・・

★真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事

マスコミの方でお持ちでない方いますか?よろしいですか?
(証拠文書のコピーを会場に配る)

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★川人弁護士

安さんの方で、日本語を急速にマスターされまして、今日は法廷ですので通訳で行われましたけど、場合によったら時々通訳で。
今日法廷で話をしていただいた内容をもう一度話していただくのも恐縮なんですが、一番初めて古川了子さんを1991年に北朝鮮で目撃したときの模様について今日詳しく証言をしてもらったんですけども、もう一度ここでその話をしていただきたいと思います。

★安明進氏(通訳:荒木和博氏)

ちょっと簡単にご説明しようと思って描いたのでお恥ずかしいんですが、1991年の7月ないし8月だったと思いますが、古川了子さんを見たところを簡単に説明しようと思って描いたものです。
1997年に本を書いたときには45日間頭を一生懸命していたもので、そこまでちょっと手が回りませんでした。
それとお姉さんにお会いして今日はそこらへんの記憶を、本に書いたものではなく自分の記憶を全部辿ってお話をするようにしました。

その了子さんと思われる人はですね。
自分も医者とか看護婦さんから日本人がいるという話は聞いていましたけど、直接会った人が了子さんであってしかもその時自分も非常に拙かったものですから了子さんであると自信を持って言えます。
この915病院は私以外にも拉致された日本人が入院するところだという話は出ていると思います。

私が聞いた看護婦ですね。
北朝鮮のこの915病院の看護婦が了子さんと思われる女性に嫉妬していなければ、つまり例えば化粧品をいじると怒るとかですね。
そういう事の情報がもっと少なかっただろうと思います。

写真を見たときにですね。
やはりこの人だろうというふうに思ったんですが、やはり一番決定的だったのは2002年の冬にお姉さんにお会いしたときですね。
顔の下半分の部分がともかくそっくりだったと。
それでもう間違いないと思ったということです。
その時はですね。
お姉さんがたくさん昔の写真を持ってきたと記憶をしていますけども、その写真よりもお姉さんの方が似ていたというふうに感じました。

今も古川了子さんは私が本を書いたり文章を書いたり、あるいはこうやって裁判に出ている事をご存知のはずだと思います。
日本政府が認定するかどうか分かりませんけど、私はやはり自分が見た人としてこの古川了子さんをですね。
全力を尽くしたいというふうに思います。

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ここに書いてあるのは915病院です。
外部には病院だと言っていますが、連絡所として知られています。
この二つは学生が入院する学生病棟です。(図面左端の四角い建物を指差す)
ここは古川了子さんが入院した病棟です。(図面右側の四角い建物を指差す)
日本で出た本で、衛星写真でこの病院について上からハッキリと写っているのがあります。
その写真でもこの二つの病棟とそれから古川さんがいた病棟、そして本部の病棟、総合病棟のようなですね。
それが全部写っています。

元々外出はしてはいけない事になっているんですが、そこを外出しようとしたときに古川了子さんに見られてしまったので非常に緊張した状態で。
もし古川さんが完全な工作員教育を受けた工作員であれば帽子を被ってそして顔を隠していたわけですが、それをしていなかったから顔を覚えていたという事で、大変幸運だったと思います。

自分が夕食が終ってから、ここは鉄条網になっているわけですがここを乗り越えて出て行こうとしてですね。
この、なんていうか、獣道みたいなところですか?
そこを行ったときに古川了子さんが後ろから見えたので、古川了子さんはこっちへ(=古川さんのいた病棟の方角)行ったわけですけども、その後をついていったわけです。

もし戻って非常ベルみたいのを押してですね。
そして鉄条網の方から逃げていこうとしたという話になれば、これは自分自身が危険な状態になりますので、そして追いかけていって、ちょっとちょっとと言う形で声を掛けて止めたわけです。
自分がそこで古川さんと向き合って「私は学生で、報告しないでくれ」というふうにお願いをしました。
その時の印象はですね。
顔が非常に青白くてやっぱり患者だという印象を受けました。
翌日看護婦さんに聞いたらば胃が悪くて長い間入院しているという事を言っていました。

そこでもししゃべれらたらどうか?と思ったんですけど、結局結果的には自分自身を守ってくれたという事でですね。
言わないでくれたおかげで自分が助かったという、ありがたいという気持ちもあります。
それよりも一番大事な事は日本人拉致被害者を助けるために努力をする事が、人間としての道理であるというふうに私は思っています。
可能な限り日本人拉致被害者を救出しようという事で自分なりに努力をしてまいります。   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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古川了子さん第8回行政訴訟報告会(3)

   『竹下珠路さん(古川了子さんの実姉)の挨拶』

★川人弁護士

どうもありがとうございました。
ご質問は後で若干時間を取ります。
竹下さんの方から、今日法廷で出ました尋ね人のこれは朝日新聞のコピーで、ちょっと報道の方へ。

★真鍋貞樹氏

お持ちで無い方いますか?(証拠として提出された尋ね人の新聞コピーを配る)

★川人弁護士

竹下さんの方から、裁判所で証言した感想を含めて。
今配ってもらっているのを含めて、初めに当時の状況などをお話していただいて、証言の感想など。

★竹下珠路さん(古川了子さんの姉)

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母が、古川了子が1973年の7月7日にいなくなってから、その年の秋に11月の4日だったと思いますけど、テレビ番組の蒸発と言う・・・・・・・・(聞き取れず)ました。
そしてその時に当時の番組担当だったテレビ局の方が分かりまして、・・・・(聞き取れず)に伺ったときにはだいたい画面に流れれば何か情報が来るものだけど、古川さんの場合は何も無いので特に際立った出演者でしたという事を覚えていてくださいました。

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それからこれはこういうふうに黄色くなってしまった新聞なんですけども、1986年5月1日、朝日新聞の尋ね人欄です。
当時母はずっと別の新聞を母の家では読んでいたんですけど、私とか姉の家では何人か朝日新聞を取っていたので、東京におります姉が勧めて、朝日新聞に尋ね人欄というのがあるから出してみたらどうか?と母に言って、母が一番了子らしいという写真を添えてここに載せたという事を当時も聞いております。
そしてこの写真が安明進さんにお渡しした最初の写真のはずなんです。
了子の最初の写真で私たち家族も、今ですから手元にございませんが、ニコニコ笑っている写真で一番私たちも妹らしいなと思う写真でした。

そしてこの写真と、恥ずかしいんですけど私が自分で忘れてしまうものですからこんなノートを、何冊目かになっているんですが、信友さんからご連絡を頂いたときの事を書いている。
信友さんから電話を頂いて、私は初めて母が手紙を差し上げた事・写真を送った事を初めて知ったんです。
同じ家に住んでおりましたけど、その事を母は何も言わなかったもんですから。
そして10月に信友さんから電話を頂いて、信友さんがすぐ家に来て安さんにお目にかかったときの話をして頂いて、それからようやく私は安さんから北朝鮮であったというお話をしていただいたんですけども。

もしかしたら1枚だけでは分からないし、それからすぐに市原警察署と言う最寄の警察署なんですが行ったときに「その頃では(拉致は)無いですよ」と。
「横田さんたちは昭和53年とかでちょっと早すぎるし、東京湾の方では千葉の方では(拉致は)無いですよ」という事だったのですが、もう一度次の写真と安さんにお目にかかれたらどこでも行きますからと、信友さんにその時お願いしてお別れしました。

そしてその次の年の3月の末に安さんの本が出版されまして、すぐに買って読んで信友さんから来た話と全く同じ事が安さんの著書に書かれていた事を確認しました。

そんな話を今日は二瓶弁護士の方からいなくなった時の当時から、二瓶弁護士が私が答えやすいように答えやすいようにと質問をしていただきまして。
実は珍しく私も緊張してまして、夕べは余り眠れなくて緊張していたんですが、終った途端に閉廷した途端にどっと汗が出て来まして、・・・・・・・・・・・・(聞き取れず)してましたけど。

安さんの今日の証言と私の証言と、それから先だっての荒木さんの証言とで、古川了子が拉致以外には考えられない事が裁判所の方にも分かっていただけたのでは無いかな?と思っております。
安さんにもお忙しいお体のところを裁判のために駆けつけてくださったり、皆様にも駆けつけていただいて本当にありがとうございました。   

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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古川了子さん第8回行政訴訟報告会(4)

   『川人博主任弁護士による補足と今後の裁判の進行についての説明』

★川人弁護士0000989m_1

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ちょっと補足しますとですね。
今日は反対尋問といいまして、被告の国側の質問はですね。
一切ありませんでした。
一切ありませんでした。
安明進さんに対しても質問をしませんでしたし、竹下さんに対しても質問をしませんでした。
従って、主尋問がほとんどでした。

それで裁判官の方がですね。
安明進さんに若干の質問をしたんですけども、特にですね。
裁判官からの質問の中で、安明進さんが良く覚えている理由についてですね。
つまり一度北朝鮮でお会いしたわけですが、その事について良く覚えている理由について説明して欲しいと、こういう裁判官からの質問があったんですが、それに対して安明進さんが工作員として訓練され、ある意味では生きるか死ぬかですね。
命をかけて訓練していると、その中で敵と味方を区別すると、そういう訓練を積んでいるので人間と会ったときにですね。
どういう人だったかという記憶ですね。
そういう点については大変自信を持っていると、そういう趣旨の証言をされまして、裁判官も納得をしたような顔をしておりました。

良く聞かれるんですよね。
一度だけお会いしただけでそこまで分かるのか?とそういう趣旨の疑問も出たりする。
質問に対して今申したような証言を安さんの方でされております。

いずれにしても日本の裁判所でですね。
この問題についてこういう形で古川さんの裁判が進行して初めなわけですけど、安さんが裁判所で証言したのは初めてでございます。
国会では一度委員会で話をされたんですけど、日本の司法の場で、裁判所の場で証言をですね。
そしてこれはきちんと反対尋問権も保障されたところで、あるいは裁判官質問も保障されたところで、公開の法廷で証言が行われてそれが公的な文書として、ずっと裁判の調書として記録として残ります。
そういう意味では大変ですね。
ある意味では歴史的な証言の内容だったと。
今日の証言というのはそういう意味でも大変画期的な意味を持っている、そのように私どもは考えております。

ここまででですね。
ご質問がありましたら、今後の進行の問題については後で説明しますが、とりあえず今までのところでご質問がありましたら受けますが、よろしいでしょうか?

そうしましたら最後に今後の問題なんですけども、裁判官の方からですね。
証拠調べは基本的には終了したと裁判所の方では考えていると。
厳密に言いますとですね、あとは証人申請している人で増元さんですね。
家族の会の事務局長をしている増元さんの証人尋問がされていないんですけど、裁判所としては基本的な証人尋問は終了したと考えているという事を言った上でですね。
裁判所としては和解を勧告したいということで、和解の場を持ちたいとこういう提案をしました。
で、次回の期日は11月の14日火曜日の午前10時で、解期日ですので原則非公開という事になりますが、11月14日の午前10時からそういう場が持たれます。

これ、一般の裁判の場合はですね。
証拠調べが終った段階で裁判所が和解勧告をする事は良くあるんですが、今日法廷が終ってからいくつかのマスメディアの方からですね。
「和解っていうのはこの場合どういう事があるんでしょうか?」と、こういう趣旨の質問を受けました。

それでですね、基本的に原告及び弁護団の考え方を申し上げておきますが、我々弁護団はですね。
当事者である竹下さんを初め、ご家族の方とこれまでも訴訟の進め方についてはなるたけ協議をしてきました。
それでですね、裁判所からこういう形で提案があるという可能性は有りますので、これについても多少議論はしてきました。
いずれにしても裁判所から和解協議の場の案があったらその場には乗ってですね。
それで話し合い・協議をするという立場でございます。
従って次回の期日もですね、そういう場で臨みたい、そういう姿勢で臨みたい。

この裁判自体がですね。
拉致の被害者の救出運動をどう前進させるのか?という事で被害者救出運動にプラスになるようにと考えて、この裁判が提訴されました。
これはご家族も古川さんの問題だけじゃなく、全体として政府に認定されていない方々の救出のためにどのようにこの裁判を活用できるのか?という事も含めて今回の裁判の闘争も続けて来たわけです。

従いまして、裁判所からの和解の勧告に対してもですね。
我々としては拉致の被害者の救出運動をどう進めるか。
本件の場合は政府が認定している以外の被害者について救出のためにどのようにですね。
運動を前進させる事ができるかと、こういう観点から和解の協議には臨むという事になると思います。

裁判所とは今後、今度の期日に向けてですね。
事前に何らかの連絡があるかもしれませんし、当日また話し合いという事になるかもしれませんが、いろんな場合を想定しながらですね。
今言った基本的な考え方に立って進めたいと思います。

繰り返しになりますけど、古川了子さんご自身の救出の問題と共にですね。
政府認定されていない方の救出をどのように前進させるのかと、こういう観点からこの問題を考えていく必要がある。
これが原告及び弁護団の考え方で、調査会の方もそういう考え方で、現在のところはここまで我々の基本的な姿勢としてご理解いただきたい。

では、ご質問等ございましたら、今の事も含めて。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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古川了子さん第8回行政訴訟報告会(5)

   『質疑応答』

★質問者1

朝日新聞の○○です。
結局その和解というのはですね。
つまりこの裁判は古川了子さんの政府としての拉致認定を訴訟なわけですね?
和解をするのはその判断が出ないと、認定を求める事に対して認定をせよと言うか認定の必要がないと言うか、とにかくそういう棄却するか認めるという判決を出さない。
出さない和解になるわけですが、どういうふうな形の和解がですね。
原告側としては望ましいという事になるのか?ということなんですが?

★川人弁護士

ですので一貫してですね。
裁判当初からこの裁判の論点になっているですが、政府の認定被害者とですね。
そうでない人々の間に歴然とした差別があると。
この事が一番の問題だったわけですね、この裁判を提訴する際の。
ですので、政府が認定した被害者の救出のためにこの間、いろいろ努力をしているというふうに思いますが、やはり認定していない人との間では明確な差別があってですね。
こういうものをどよのように是正するか?というのがこの裁判の出発点であると思います。
そういう観点から我々のこの裁判で獲得するものが出てくると思いますし、和解と言うものが成立するとすればですね。
今言ったような観点から見て得るものがいくらかでも大きいという場合にはですね。
一般論としてはありうると考えています。

★質問者1

要するに政府が認定していない人についても、政府が認定されている拉致被害者と同様に扱う事が何らかの形で示されればとか、例えばそういう事ですか?

★川人弁護士

ハッキリしている事は古川さんだけはこういうふうにします、とかですね。
そういう事がこの裁判のもともとの目的ではないわけですね。
ですので、古川さんを含めてですね。
被害者の救出の運動に、あるいは被害者の家族の方々に対する政府の対応の仕方を含めてですね。
これまでと違った明確な前進があるという事が、和解が成立するとすればですね。
そういう条件が整うという事が前提になると思います
例えばそういう事が整わないのであればそれは当然和解というのは難しいと、こういう話になってきます。

★質問者1

安倍政権は拉致問題対策本部と言うのを政府官邸の方に設けたり、専任の大臣を置いたり補佐官を置いたりというような対応をしているので、現政権ならそういう可能性があるのかな?と言う印象もあるわけですけども。

★川人弁護士

正直言ってそれは今度の期日に・・・(聞き取れず)が何を言うか現時点ではまだ想定できませんので何とも言えません。
えっとすみません、調査会の方で安倍政権になってから何か新しい動きでも?(周囲の人に尋ねる、会場より小さな笑い声)

★質問者1

ここでこうして欲しいと出すという事が、政府としても新しい対応に影響してくる可能性があるんじゃないか?と。
だから聞いているんです。

★川人弁護士

はい分かりました。

★荒木和博 特定失踪者問題調査会代表

あのですね、ちょうど今聞いていただいた事を言いたいと思うんですけど(笑い声)、安倍政権が発足する前から、今特定失踪者ご家族それぞれがお集め頂いた署名とかですね。
それから調査会が作った署名簿等が結構こちらにございます。
新しい政権が出来たらそれを提出して政府に対して要請をしたいと、いうことをですね。
重ねて調整室を通してお願いをして参りました。
しかし、今に至るも政府からはですね。
一切、何時ごろ出来そうだとかいつやるとか、誰が出てくるとかいう話はありません。
我々としては何度もそれをお願いしていますけども、それは無い、という事であります。

家族会の人たちに対しては政権が発足した直後に官房長官そして総理大臣まで来てですね。
会って決意を表明しているにも拘らず特定失踪者、つまり拉致の可能性がある、しかし政府が認定していない人たちに対しては一切ですね。
以前からお願いをしているにも拘らず、一切何も、こうしますという事も無いというのは、果たして本気でやる気があるんだろうか?という事について、正直申し上げましてかなり疑問を感じているところでございます。
もし、何らかでもやる気があるんであるというのであれば、もう少し別の対応があって然るべきでは無いか?というふうに思っておりますので、今の状況であれば体制が作られようが何をしようが、それが本当の意味での拉致問題の完全解決につながるものではない、とすら、私は思っております。

で、政府は古川さんの裁判も今日傍聴していただいた方は分かると思いますけど、あれだけの証言が出ればですね。
通常であればやはり拉致だと認定するのが当然だと思った方が多いと思いますけど、それをしない。
しない理由と言うのはやはりですね。
もし違っていたらば責任を取らされるという事であろうと思います。

それはそれで結構ですが、ここで強調しておきたいのは、もし認定をしないで置いた人が曽我さんのように拉致だという事が後に分かったとした場合に、その責任を当然問われて然るべきである。
そして日にちは経っておりますので、もし例えばその間にですね。
命を落とすような人があれば、その責任と言うのはですね。
単に辞表を書いたくらいでは終らないという事は、当然政府の担当者には認識をしていただかなければいけない。
そのあたりに対する疑問をですね。
政府の方でちゃんと我々に納得がいくようにして頂かなければなければいけないのではなかろうか?という事を我々としては常に考えています。

今川人弁護士の方でも仰ったようにですね。
この問題と言うのは古川さんの一人の問題をやるという事ではなくて、古川さんに代表になっていただいてそしてですね。
未認定の拉致被害者すべての問題をやるという事ですので、それに対して我々なりそしてご家族なりが納得がいくと。
そして将来拉致被害者の方が帰って来たときに、あのときの政府の対応は正しかったんだというふうに納得してくれるものでなくては、それは認められるものではないというふうに思っております。

ちなみにもう一言、この事とはちょっと別のことになりますが、「しおかぜ」の件につきましても、今日までの時点で政府から一切何の返事もありません。
何をしてくれるという返事も聞いておりません。
大臣の答弁ですとかあるいは次官の記者会見とか言葉だけは出ておりますけども、それが今のところ現実にはなっていない、いう事でございまして本当にやる気があるのかどうかについて私としては疑問を感じております。

ちなみにもう一言言っておきますと、先日発表いたしました日高信夫さんにつきまして告発を来週月曜日11時に行います。
これはもちろん今までと同じように被疑者不詳の告発という事になりますが、この件に対しても含めましてすべての事を政府として動かしていただきたい。
改めて6日の午後行われます記者会見のときに、それもその間これから数日ありますが、一体政府がどのように対応するのか?という事を確認した上で、私どもの意思表示をしていきたい。
その線で、もちろんこれは我々調査会としての立場でございますので、実際の裁判の手続き上の問題とかそういうのは法律家の会にお任せをしてごさいますので、我々はあくまでもそれに従うつもりでございますので、一応今の時点での意思表示という意味では以上のことでございます。

★質問者2 西村幸祐氏(ジャーナリスト)

川人弁護士と荒木さんにお聞きしたいんですが、そもそもなぜ和解を勧告してきたのか?という、これについてはどういう事になるのか?ご意見を。

★川人弁護士

裁判官が判決を書きたくないんだと思います。
端的に言えば。
つまりですね、判決で拉致被害者として認定することについても、あるいはそうでないという結論を出すにしても、どちらについても裁判所としては非常に躊躇するという事だと思います。
それが端的に裁判所としての和解勧告の大きな意味合いだと思います。
今までもそういう雰囲気の言動はあったわけですけど、今日は・・・・・・・(聞き取れず)

★荒木和博氏

私も全く同じです。

★質問者3

すみません、先ほど川人弁護士のお話でですね。
荒木さんも言われたんですけど、古川さん一人の話では無いとは言われたんですが、古川さんの事が拉致認定と言うふうに裁判の判決文に書かれる事は一つの象徴であって、やはりそういうふうに書かれる事がやはり他の人たちへの影響も大きいんじゃないかと、そういうふうな見方も当然あると思うんですけれども、そこに拘るんでしょうか?拘らないんでしょうか?

★川人弁護士

それはですね、今後出てくる最終的な成立するかもしれない和解内容によるんだと思いますが、いま仰ったのはその通りなんです。
だから裁判提訴したわけです。

★荒木和博氏

私の方から言えば、ともかくこの裁判の目的と言うのは未認定の拉致被害者をすべて救い出すという事のための裁判で、もちろんその中に古川了子さんが入っているわけですね。
ですからそれに向かって何が一番選択肢として一番いいか?という基準で今後の結論が出るだろうと思います。

★安明進氏(通訳:荒木和博氏)

一言申し上げます。
最初から日本の政府が交渉するときに拉致被害者を救出するという事を目的としてやっていればですね。
もうちょっと違った結果が今までに出ていたのではないか?
交渉するときに日朝国交正常化というものを置いてですね。
やったがために、拉致被害者を70年代後半から80年代前半とか、そういうふうに縮小するような結果となったのではないか?と思います。
それが70年代から更に80年代のですね。
拉致をして場所としておかしくなくて、そして北朝鮮と日本側が納得するところだけについてやったという事だと思います。

工作機関で働いた者の個人的な意見としてはそれは何か政治家たちがですね。
この手で作業したような作り出したようなものであるような感じがしています。
実際にはもう60年代には北朝鮮の工作員はどんどん日本に入っていたわけですし、寺越さんなどの場合は60年代に起きた明らかな拉致であるにも拘らず、日本政府が拉致とは認めていない。
なんでそういうふうに主張するのか?と思います。
非常にそういうふうにして来た事の責任が重いので明らかに出来ないという事では無いかと思いますが、被害者の方の立場に立てばもう少し別の対応があるのでは無かろうか?と思います。

今日本の方々が知っている北朝鮮・金正日体制の犯罪行為は、100分の1、あるいは万分の1くらいにしかならないのではないかと思います。
これは遠からず金正日政権が崩壊すれば大部分が明らかになる事だろうと思います。

★質問者3

すみません、安さんにもう一つお聞きしたいんですけども、脱北者のお立場で日本の裁判所でこういうふうに証言されたということはやはり脱北者の証言、この重みという事に対しても非常に大きな意味を持つ事になると思うんですけど、それに関するご感想を一言いただけませんか?

★安明進氏(通訳:荒木和博氏)

今回はですね。
私自身は脱北者と言う立場を忘れて、ともかく可能な限り当時の記憶を取り戻そうとして努力をいたしました。
私自身はともかく古川了子さんに間違いないと思っていますが、出来るだけ一生懸命記憶を取り戻すという事が、その方に対する人間的な最大限の道義だろうというふうに思っています。

★川人弁護士

大体よろしいでしょうか?

今から4年半前くらいになるかと思うんですけど、いわゆる八尾恵証言ですね。
裁判が行われたんですね。
・・・・(聞き取れず)と思うんですが、そこで彼女が自ら法廷と言う場でですね。
自らの拉致への関与を含めてですね、証言をしたという事がやはりその後の、日本の拉致被害者救出運動に非常に大きな転機となったと。

裁判所で、公的にも明確に認めたという事が非常に大きなその後の救出運動の前進になり、それが多分ですね。
2002年9月以降の様々な進展につながったと思っておりますが、今日の安明進さんの証言が今後の日本の拉致被害者の救出、特に政府が認定していない人々の被害者の救出運動の大きな一つになるという事を我々としては期待したいと思っていますし、今日の証人尋問含めてですね。
今日の証言を通じて我々の目標は大きく前進をしていると、そのように考えています。

今後ですね、裁判自体は様々な展開がありうるわけですけど、是非関係者の皆さんの一層のご協力を訴えたいと思います。
今日はどうもお疲れ様でした。

★荒木和博氏

ありがとうございました。

・・・報告会終了・・・   

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2006年11月15日 (水)

古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟

古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟より 

             竹下珠路さんの証人尋問要旨 

   古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟(第8回)
06.11.1 東京地裁606号法廷にて

『竹下珠路さん(古川了子さんの実姉)の証人尋問要旨』

★原告側 二瓶弁護士

(陳述書を示しながら)了子さんは11歳、年の離れた妹ですね。

★竹下珠路さん

そうです。

★二瓶弁護士

了子さんは千葉県立千葉商業高校を卒業し、三井造船の・・・(了子さんの学歴・職歴などの経歴を読み上げる、書き取れず)
このときの年齢は18歳ですよね。

★竹下さん

そうです。

★二瓶弁護士

了子さんが失踪したのはいつですか?

★竹下さん

1973年7月の七夕です。

★二瓶弁護士

卒業して仕事を始めた年ですね。

★竹下さん

そうです。
7月7日は土曜日で会社は休みでした。
美容院へ行って、その後は母と浴衣を買いに行く約束でした。

★二瓶弁護士

美容院へは連絡を入れていたのですか?

★竹下さん

そうです。

★二瓶弁護士

予約が当日変更になった?

★竹下さん

7日の当日昼ごろ美容師さんから母のところへ、予約がキャンセルになった事と美容院のあと買い物の約束をしていたので、その都合も悪くなったからと母に伝えて欲しいと伝言の電話が入りました。
美容師さんはいつもと変わらず明るい声だと言っていました。

★二瓶弁護士

どこから美容院へ電話が入ったのですか?

★竹下さん

千葉駅にいると答えたそうです。

★二瓶弁護士

その話はお母さんから聞いたのですか?

★竹下さん

はい、そうです。

★二瓶弁護士

美容師さんからも直接聞きましたか?

★竹下さん

私も美容師さんから直接話は聞いています。

★二瓶弁護士

7月9日に捜索願を出していますね?

★竹下さん

家出をする理由が考えられないのです。
それまで無断で外泊をした事はないし、悩みも心当たりが無い。
失踪する前日に支給されたボーナスも全額机の中にありましたし、着替えも持ち出していない。
預金も持ち出していません。
事故か事件に巻き込まれたと家族は思いました。

★二瓶弁護士

その後の状況はどうでしたか?

★竹下さん

全く消息がありませんでした。

★二瓶弁護士

その年の11月にテレビのワイドショーに出たことはありますか?

★竹下さん

はい、あります。

★二瓶弁護士

情報は何か得られましたか?

★竹下さん

一切ありません。

★二瓶弁護士

(質問を書き取れず)

★竹下さん

これは母が朝日新聞の尋ね人に出した、古川了子を捜しているという写真入の記事です。(写真参照)

★二瓶弁護士

それで情報は寄せられましたか?

★竹下さん

情報は一切寄せられませんでした。

★二瓶弁護士

もしかすると北朝鮮による拉致ではないか?と思うきっかけはなんですか?

★竹下さん

19○○年(数字を書き取れず)の3月に元北朝鮮工作員と言うテレビ番組を見て、母がテレビ局に連絡を取ったのがきっかけです。

★二瓶弁護士

(質問を書き取れず)

★竹下さん

このテレビ番組を見て母が担当者に送った手紙です。
まだ母の手紙が残っていたので、FAXで私の自宅に送信してもらいました。

・・・その2に続く・・・   
古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟より 竹下珠路さんの証人尋問要旨 その2  投稿者:ぴろん  投稿日:11月 2日(木)10時08分16秒    引用
   ・・・その1から続く・・・

★二瓶弁護士

(質問を書き取れず)

★竹下さん

ノブトモナオコさんというプロデューサーから手紙に対する返事が来ました。
電話を貰って古川了子さんについて重大なお話があるので、お宅にお邪魔したいというお話がありました。

★二瓶弁護士

このノートはなんでしょうか?

★竹下さん

私の備忘録です。

★二瓶弁護士

このノートのここに貼り付けてあるこの名刺はその時にノブトモさんから貰ったものですね?

★竹下さん

そうです。
家に来たときに受け取りました。

★二瓶弁護士

ノブトモさんとはどんな話をしたのでしょうか?

★竹下さん

安明進さんに会った事、妹を含めた20枚の写真を見せたところ古川さんの写真を一枚だけ取り上げて、915病院で会ったと証言をした、と言う話です。

★二瓶弁護士

了子さんが失踪後、初めての情報ですね?

★竹下さん

そうです。

★二瓶弁護士

2002年の小泉訪朝の時北朝鮮は拉致を認めましたが、その報道に接してどう思いましたか?

★竹下さん

拉致はやっぱりあった。
曽我ひとみさんのように今まで知られていない被害者が出た事で、妹も北朝鮮にいると思いました。

★二瓶弁護士

安明進さんにソウルで会いましたか?

★竹下さん

会いました。
ノブトモさんが手配をしてくれました。

★二瓶弁護士

その時、了子さんのアルバムを安明進さんに見てもらいましたか?
安さんはその時何を言いましたか?

★竹下さん

どの女性よりもお姉さんが(安さんの目撃した)女性にそっくりですと言いました。

★二瓶弁護士

安明進さんの話を聞いて妹であると確信を深めましたか?

★竹下さん

そうです。

★二瓶弁護士

安さんの話を聞いてどう思いましたか?

★竹下さん

妹は北朝鮮で生きていると思いました。
ようやく消息をつかめたと思ってホッとしました。

★二瓶弁護士

帰国後どんな動きをしましたか?

★竹下さん

千葉県警に要請・告発をしました。
人権擁護委員会、日弁連にも申し入れをしました。

★二瓶弁護士

日弁連に人権救済の申し立てをしたのですね?

★竹下さん

妹の拉致を認め、外務省などへ救出への要望書を提出していただきました。

★二瓶弁護士

特定失踪者問題調査会の1000番台リストに古川了子さんは上げられていますか?

★竹下さん

はい。

★二瓶弁護士

1000番台リストとは何でしょうか?

★竹下さん

拉致の疑いの濃い人たちが1000番台リストに上げられていると理解しています。

★二瓶弁護士

救う会でも拉致被害者認定されていますか?

★竹下さん

はい。

★二瓶弁護士

政府が認定している被害者と扱いは同じでしょうか?

★竹下さん

違います。
日朝交渉の成果などは特定失踪者家族へは、政府から声を掛けてもらって報告などを聞いた事はありません。

★二瓶弁護士

被害者家族として呼び出されて説明を受けた事はありますか?

★竹下さん

ありません。

★二瓶弁護士

最後になりますが、裁判所に対して言いたい事があったら仰ってください。

★竹下さん

(やや声を詰まらせながら)妹は拉致をされてから33年も過ぎてしまいまして、母も90歳になりました。
母が生きているうちに会わせてやりたいのです。
拉致被害者として認定し、救出活動に向けて行動して欲しいです。
一日も早く認定して欲しいと切に願っています。

※原告側質問終了、被告側から質問なし、裁判官からも質問なし。
証人尋問を終了

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟

古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟より 

                 安明進氏の証人尋問要旨 その1    

特定失踪者・古川了子さんの拉致認定を求める第8回の行政訴訟は、今回安明進氏と実姉の竹下珠路さんの証人尋問が行われました。
法廷内でどのようなやり取りがあったかを、これからご紹介させていただきます。
尚、ご存知のように法廷内は録音禁止のため、手元のメモによる発言起こしとなります。
拾えたのは発言の7~8割程度で、言葉尻などに多少の違いがあることなどはあらかじめご理解いただき、おおよそこういう内容のやり取りがあったというレポートとしてお読みいただければと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟(第8回)
06.11.1 東京地裁606号法廷にて

『安明進氏の証人尋問要旨』

★原告側 斉藤健兒弁護士

(証拠の文書を示しながら)この二つの文書の署名は安明進さんの物ですか?

★安明進氏(裁判所の用意した通訳を通じての発言、以下同じ)

そうです。

★斉藤弁護士

陳述書の証人の経歴では1987~1993年、金正日政治軍事大学でスパイ養成教育を受けたとありますが、その通りですか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

朝鮮労働党直属軍事政治大学と言うのが正式名称でしょうか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

1994年4月に大韓民国へ亡命したのですか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

古川了子さんを目撃したという事で端的にお聞きします。
いつ目撃したのでしょうか?

★安明進氏

1991年のある夜だったと思います。

★斉藤弁護士

月はいつだったか分かりますか?

★安明進氏

7月か8月だったと思います。

★斉藤弁護士

場所はどこですか?

★安明進氏

行政上、場所は秘密とされている915病院です。

★斉藤弁護士

時刻は何時ごろだったでしょうか?

★安明進氏

夕食後6時から6時半くらいです。

★斉藤弁護士

915病院の正式名称は朝鮮労働党・・・・(書き取れず)ですか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

一般の病院との違いはなんでしょうか?

★安明進氏

公開されていないので、一般人は入れません。
入れるのはスパイ活動をしている人か、拉致された人です。

★斉藤弁護士

安さんはどうして915病院に行ったのですか?

★安明進氏

学校の訓練中に怪我をしてその治療のために入りました。

★斉藤弁護士

時期は覚えていますか?

★安明進氏

夏の7月か8月頃だったと思います。

★斉藤弁護士

陳述書だと8月となっていますが?

★安明進氏

ハッキリは覚えていません。
7月か8月頃だったと思います。

★斉藤弁護士

ソウルで古川了子さんのお姉さんの竹下珠路さんと会った事はありますか?

★安明進氏

はい、会いました。

★斉藤弁護士

それはいつ頃ですか?

★安明進氏

2002年の年末です。

★斉藤弁護士

当時救う会事務局長だった荒木さんも一緒でしたか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

(証拠文書を示す・写真参照)地図のようなものに日本語とハングルが書かれていますが覚えていますか?

★安明進氏

覚えています。

★斉藤弁護士

竹下珠路さんと会ったときに目撃の状況を説明するために書いたものですか?

★安明進氏

そうです。
字が汚くてすみません。

★斉藤弁護士

地図のところに鉄条網のような××が書かれていますが、こういった図面を描いたのはあなたですか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

地図の内容について説明してください。

★安明進氏

病院の説明です。
私のいた病院、私が行こうとしていた学校、古川さんがいた病棟と学校へ行く道を描きました。

★斉藤弁護士

ここはどういう人が入院する病院ですか?

★安明進氏

学生だけが入院できる病院です。

★斉藤弁護士

目撃した女性はどの病棟にいたのですか?

★安明進氏

ちょうどこの向い側の病棟です。

★斉藤弁護士

間に200メートルと書いてありますが荒木さんが書いたのですか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

(質問を書き取れず)

★安明進氏

この黒い点が二つあるのですが、ここに立って言葉を交わしました。
右側が古川さんで左が私です。

★斉藤弁護士

この現場に出かけていった理由はなんですか?

★安明進氏

入院中で腕が固定されていたので・・・・・・・・・・(書き取れず)
通信機器や乱数票を取りに学校へ行こうとしました。

★斉藤弁護士

図面で行くと学校はどちらの方向になりますか?

★安明進氏

この図面で行くと真上、北側にあります。

★斉藤弁護士

女性とはどんな出会い方をしたのでしょうか?

★安明進氏

私が食事を終え、患者服から軍服に着替え、患者服を着ていた古川了子さんとここら辺で会いました。

★斉藤弁護士

ここら辺というのは?

★安明進氏

学校へ行こうと・・・(書き取れず)散歩用の道です。
私は交差した所を上に歩いていくとき、二つの道が交差するところです。

★斉藤弁護士

大学へ行くために鉄条網を越えようとしていたのですか?

★安明進氏

私の行く道を進むと鉄条網が出てくるので、飛び越えていこうとしていました。

★斉藤弁護士

(質問を書き取れず)

★安明進氏

ちょっと悩みました。
その人が告げ口をしないかと思いました。
その人をその人が入院している病棟に追いかけて行きました。

★斉藤弁護士

(質問を書き取れず)

★安明進氏

その女性は(自分からは)特に何も話していません。
私の方から告げ口をしないでくれと言いました。
女性は笑顔で頷いていました。

★斉藤弁護士

(質問を書き取れず)

★安明進氏

当初は歩きながら声を掛けていました。
頼みごとをしたときは立ち止まって話をしました。

★斉藤弁護士

女性とは何か話をしましたか?

★安明進氏

私から相手に・・・・(書き取れず)私の話を理解してくれたようです。
そういう状況を良く知っていたようで、理解してくれました。

★斉藤弁護士

女性の年齢はどれくらいでしたか?

★安明進氏

確かな事は分かりませんが、20代後半から30代くらい、私より少し年上ではないかと思いました。

★斉藤弁護士

身長はどのくらいでしょうか?

★安明進氏

女性ですからヒールを履いていたので、160~160弱くらいだと思います。

★斉藤弁護士

ほかにどんな会話をしましたか?

★安明進氏

頼み事をする前に声を掛け、工作員ですか?と聞きました。

★斉藤弁護士

その質問に女性は答えましたか?

★安明進氏

うなづいていました。
でも実際は工作員ではなかった。

★斉藤弁護士

話をしていたのはどのくらいの時間でしょうか?

★安明進氏

当時、緊張していたので長く感じましたが、会話の中身を考えると5分くらいだと思います。

★斉藤弁護士

二人の距離はどれくらいでしょうか?

★安明進氏

すぐ近く、2~3メートルくらいです。

★斉藤弁護士

病院では顔に覆いをすることが義務付けられていたようですが、その時女性は覆いをしていましたか?

★安明進氏

人が多いところでは覆いを被りますが、散歩のときは被りません。
その女性は被っていなくて、覆いを手に持っていました。

★斉藤弁護士

その後、学校へは行きましたか?

★安明進氏

その女性を信じたいと思い学校へは行きました。

★斉藤弁護士

その女性が日本人と知ったのはいつですか?

★安明進氏

会った当日は知りませんでしたが、次の日看護婦さんから聞いて知りました。
女性の特徴を話して看護婦さんに知っているか?と聞くと、看護婦は「あの日本人が」と言いました。
私の方から工作員か?と聞いたら、そうではなく日本人だと言いました。

★斉藤弁護士

拉致された人か?と聞きましたか?

★安明進氏

私の方から質問したのではなく、看護婦さんの方から「拉致されたのでしょうね」と言いました。

★斉藤弁護士

他に看護婦さんから聞いた女性の特徴などは?

★安明進氏

看護婦さんは女性に良くないイメージを持っているようでした。
食事を偏食する、胃の病気が重い、神経質、長期入院しているという話をしました。

★斉藤弁護士

2002年、竹下珠路さんと会ったとき、同じ話をしましたか?

★安明進氏

そうです。

★斉藤弁護士

竹下さんは古川さんの写真を持ってきましたか?

★安明進氏

持って来ました。

★斉藤弁護士

それを見てどう思いましたか?

★安明進氏

写真を見る前に、ホテルに入ってくるお姉さんを見て頬の下の方が似ていてきょうだいではないか?と思いました。
写真を見て間違いないと思いました。
その女性が古川了子さんであると自信を持って言いました。

★斉藤弁護士

証言をしてからだいぶ時間がたちますが、古川さんについてどう思いますか?

★安明進氏

私は古川了子さんのお姉さんと古川さんの写真を見て、その女性は古川了子さんであると自信を持って言えます。
私が証言してから長期間経ち、まだ政府に認定されていません。
彼女が将来帰国した場合、事件が明るみになった場合、私は道義を尽くしていないという良心の呵責を感じます。

★斉藤弁護士

最後に裁判官に対して言いたい事があったら話してください。

★安明進氏

私は政府と裁判所にお願いしたい。
古川了子さんを認定して欲しい。
私の責任であると思う。
早く救出して欲しいと思う。

※原告側質問終了、被告側からの質問は無し。
裁判官からの質問に移る。

★関口裁判官

裁判官の関口といいます。
古川さんを良く覚えている一番の理由は何だと思いますか?

★安明進氏

私は7年間学校と病院で生活しました。
そこは1000人しかいないところで、そこでは相手を見て(瞬時に)敵か味方か見分けなければならない。
だから人の記憶については自信があります。

※安明進氏の証人尋問は以上で終了。引き続き竹下珠路さんの証人尋問へと続く。

蒼き星々サブボード への 話しの花束 ぴろんさんの投稿より

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